トップ日本の心Blog基調自己紹介おすすめリンク集メール

 

オ ピ ニ オ ン  人権・男女

                       

題目へ戻る

 

ber117

 

猛威のジェンダーフリーと過激な性教育

2003.3.30

 

<目次>

「男女共同参画社会」の弊害

「男らしさ、女らしさ」を否定

同性愛の許容に子供を誘導

小学1年生にまで性教育

背後に日教組がいる

6.どうしてこんなことになったか

良識によってブレーキが踏まれた

軌道修正に努力しよう

 

ber117

 

1.「男女共同参画社会」の弊害

 

平成11年6月、「男女共同参画社会基本法」が制定された。そして、「男女共同参画社会の実現」のかけ声のもと、具体的な政策・施策が国や各自治体で進められてきた。「男女共同参画推進条例」等が、約140もの自治体で続々と作られている。

その結果、「ジェンダーフリー」という思想が、あらゆるところを席巻している。「ジェンダー」とは、生まれつきの男女の差ではなく、社会的・文化的に作られた性差を意味する言葉とされる。ジェンダーフリーとは、そうした社会的・文化的性差がなくなった状態という意味だろう。

そして「男女共同参画社会」の実現には、ジェンダーにとらわれない、自由な意思や考え方をもって行動すること、また性別による区分けや異なった期待、役割から解放された社会のあり方が必要であると言われている。しかし、そのソフトな呼びかけの影には、疑問を感じさせる点が多々ある。(1)

実際、ジェンダーフリーの思想により、わが国の常識や伝統を覆すような事態が起こっている。「男らしさ、女らしさ」を否定する教育や過激な性教育が、その事例だ。ここで軌道を修正しなければ、日本の青少年と、国民の将来が危うい。

 

2.「男らしさ、女らしさ」を否定

 

ジェンダーフリーの思想は、教育界にも急速に浸透している。そのことにより、恐るべき事態が学校で進行している。

もうそろそろ知らない人はいないかもしれないが、昔は児童や生徒を呼ぶ時の名簿は、男女別になっていた。ところがいまは男女を別にしない。男女を混合した名簿を使っている。男女の差別をなくすためだという。当初この名簿は「男女混合名簿」と呼ばれていた。しかし現在、日教組は、「女男混合名簿」と呼んでいる。あえて「女男」と言いなおすところに、狙いがありそうだ。「ジョダン」である。「ジョーダン」ではない。

 

混合名簿の導入をスタートとして、学校現場でジェンダーフリーの教育が強力に進められてきた。それによって教育の場で起こっていることを、いくつか挙げてみよう。

 

体育の授業や部活動の前に、高校生の男女が同じ教室で着替えをしている。そんな高校が珍しくなくなっている。高校生と言えば、男子はひげが生え、女子は胸が膨らんで、男女の性的特徴が明らかになっている年頃である。福岡県立大牟田北高校の教師によると、学校側が教室で着替えろと指導しているのではない。生徒側がそれを気にしない感覚になっているのだという。小学校の頃からジェンダーフリー教育を受けているので、もはや軌道修正がきかない状態になっているのだという。

 

平成14年4月、高校教科書の検定結果が発表された。教科書の内容に、「男らしさ」「女らしさ」について、社会的・文化的につくられた性役割に過ぎないとして、否定的に表記しているものが多くなっている。同じ月、文部科学省の委嘱で製作された子育て支援のパンフレットが刊行された。パンフレットには鯉のぼりやひな祭りなどの伝統行事を否定的にとらえた表現が載っている。鯉のぼりは、男の子に男らしく育って欲しいという願いが込められ、ひな祭りには、女の子に女らしく育って欲しいという願いが込められてきた。そういう行事を否定するような内容が、文科省から打ち出されているのだ。

 ページの頭へ

 

3.同性愛の許容に子供を誘導

 

さきほどの文部科学省による子育て支援パンフレットは、同性愛についても記述している。すなわち、「同性愛の人々にとって同性を愛するということは、『当たり前』の選択」とし、性別の枠にとらわれず「子どもが自分らしく生きるための支援」を呼びかけている。検定を受けた高校教科書の方にも、「今や同性愛のカップルでも家族といえない理由はない」という表現があった。これには検定意見がつき、「生活をともにする血縁関係のない者同士や同性愛のカップルを、家族と考える人も増えてきた」と改められた。

 

平成14年10月、東京都足立区立第11中学校で、自称「女装家」の三橋順子氏という男性が、着物姿で教壇に立った。「生物学的には男性のまま、女性として社会的な性を生きることを決めたです」と自己紹介した。トランスジェンダー(「性の越境者」)、一般的に言えばニューハーフである。三橋氏は、大学の非常勤講師をしたり、東京都教育庁関連の仕事で、講演をしたり、冊子に執筆したりもしている。以前は女装クラブやニューハーフパブに勤めた経験がある。そういう人物の話を聞かせることが、公立中学の義務教育の授業で行われている。

 

いったん動き出したものは、極端へと進んでいく。ジェンダーフリー教育を推進する自治体では、多くがパンフレットにカタツムリのイラストをつかっている。例えば、千葉県千葉市の市民局生活文化部男女共同参画課が発行する広報誌『ハーモニーちば』bR1がそうだ。そこには、カタツムリがインク瓶に登っているイラストが載っている。「カタツムリは性差がないから」というのが理由だ。そして、次のような文章が記されている。「カタツムリは、雌雄同体。"結婚"すると、両方の個体が土の中に白くて小さな卵を生みます。同じ一匹で雄の気持ちも雌の気持ちもよく分かるなんて、ちょっぴりうらやましいような……。」。

しかし、人間はカタツムリとは違う。哺乳類であり、霊長類である。子供にカタツムリのようになれといっても、混乱するだけだろう。それとも、男でもなく女でもない中性的な人間か、希に見られる先天性の両性具有者が望ましいとでもいうのだろうか。

 

以上の例に見るように、最近、わが国の教育の場では「男らしさ、女らしさ」を否定し、同性愛を肯定する方向が、打ち出されているわけだ。このような内容に、教育関係者から、最近のジェンダーフリー教育は、日本人の美意識を否定し、伝統文化まで否定しかねない、と危惧(きぐ)する声が上がっている。こういう教育を続けていけば、日本から「男らしい男」「女らしい女」はいなくなる。男らしくない男、女らしくない女、そして女性的な男、男性的な女ばかりとなるだろう。ページの頭へ

 

 

4.小学1年生にまで性教育

 

「男らしさ、女らしさ」の否定や同性愛の許容だけではない。どういうわけか、こうしたジェンダーフリー教育は、積極的な性教育と一体になって進められている。そこで、次に、行過ぎた早期性教育について見てみよう。

 

平成14年4月、「思春期のためのラブ&ボディBOOK」という小冊子が、全国の中学生に教材として配布された。厚生労働省所管の財団法人母子衛生研究会が作成した冊子だ。内容は、「キスや性交(セックス)にも興味がわいてくる年代だ」などとし、「コンドームは失敗率12%、ピルは失敗率1%」と、避妊方法について触れている。「(ピル=経口避妊薬は)世界中で広く使われている薬だよ」「きちんと飲めば避妊効果は抜群。産婦人科でお医者さんと相談してから使うだ」としている。衆院文部科学委員会で山谷えり子議員が、「セックスを安易にとらえるような記述が目立つ。ピルについてもメリットばかりを強調し、中学生に服用を促すような記述」と指摘した。遠山敦子文部科学相も「中学生には不適切」との見解を示した。

この冊子は、中学生に、性交をするかしないか、子供を作るか作らないか、産むか産まないか、そういうことは自分で考え、自分で決める、それが大事だと教えている。「性の自己決定権」を教えようというものだ。そして、避妊のためには、ピルがいいと中学生に勧めている。中学生というのは、なんの生活力もない子供たちだ。成人になるまで数年もある。そういう年端のいかない子供たちに、性交をするよう促し、ピルを勧めてどうするのだ。それにピルは、副作用の危険性が懸念されている錠剤である。

この冊子、なんと、ピルを作る製薬会社がスポンサーとなって製作されていた。

 

 性教育が積極的に行われる傾向の中で、最も衝撃的だったのが、東京都国立市の小学校での例だ。

平成14年11月16日及び12月6日付の読売新聞が、「小1の授業で性教育」「国立市立小保護者が抗議、校長謝罪」「教育長『適切さ欠いた』」などの見出しで大きく取り上げ、社会問題となった。

報道によると、国立市立第5小学校で、1年生の児童100人に対し、次のような授業が行われたという。3人の教師が、水着姿の男女の図を子供たちに見せ、「ペニス」「ヴァギナ」など、性器の名前を次々に児童に教えた。さらに、「インターセックス(両性具有)」という言葉を使って、「男女両方の性器を持つ人もいるのですよ」などと教えた。

この授業を受けた女の子が、母親に「大きくなったら、私にもペニスが生えてくるの?」と聞いた。母親の方は、「卒倒しそうになった」と憤った。他の子供たちも家に帰ってから、「ペニス」とか「ヴァギナ」とか、覚えてきた言葉を連呼していたという。カタカナだから距離感があるかもしれないが、日本語ではどこででも書ける言葉ではない。

 

一体、国立5小の教師たちは、どこからこんな授業を考えついたのか。彼らは「“人間と性”教育研究協議会」(略称 性教協)の資料を参考にしたという。急進的性教育の中核となっているのは、この団体だ。ジェンダーフリー運動の現場指揮をしている民間教育研究団体である。

それだけではなかった。国立5小での性教育の授業は、国立市が出している「国立市男女平等教育指導手引」の指導方針に基づくものだった。市によって組織的・計画的に行われているのだ。手引書の名称に注意したい。「男女平等教育」という名の下に、小学生相手に、父母が仰天するような、過激な性教育が行われているのである。(1)(註2

ページの頭へ

 

(1)過激な性教育の実態については、以下をご参照ください。はじめて見る方は、ちょっとショックを受けるかも知れないことをお断りしておく。

http://popup12.tok2.com/home2/education/

(2) 「“人間と性”教育研究協議会」(略称 性教協)の背後の思想については、以下の拙稿をご参照ください。

過激な性教育の背後に、妄想医師ライヒが

 

 

5.背後に日教組がいる

 

国立市だけではない。こうした急進的な性教育は、東京都全体に広がっている。すなわち、国立市の「指導手引」における性教育の基本的視点や指導上の留意点は、そのまま東京都教職員組合(略称 東京教組)発行の資料にも掲載されている。すなわち東京教組の「女と男の自立をめざす教育推進委員会」が発行する指導資料「やってみよう女と男の自立のための授業」では、小学校低学年の性教育の留意点として、「性交を科学的に教える」と明記されているのだ。

この資料の小学校高学年の方も見てみると、「指導上の留意点」に、性的指向として、男女の中間に「両性」という言葉を板書するよう求めている。また、中学校の「援助交際」についての指導では、「性の自己決定権」が大事だと強調している。「援助交際」をなくそうという指導ではなく、子供たちの自由意志に任せようというわけだ。さらに、やはり同性愛のことが出てくる。同性愛者は、決して「異常者」や「逸脱」ではないことを強調する。同性愛者に対する世界と日本の情勢、同性同士のパートナーシップについて詳述している。

 

このように、東京全体で、「女と男の自立をめざす教育」という名の下に、ジェンダーフリー教育と過激な性教育が行われているのだ。ついでに、ここでも「男と女」ではなく、「女と男」というように男女が逆転していることに注意したい。

 

東京教組は、日教組の傘下にある。母体は、日教組である。

 

さて、その日教組は、今年(平成15年)1月に、第52次教育研究全国集会「両性の自立と平等をめざす教育」分科会を、奈良県で開いた。参加した教員たちが発表した教育内容は、「ジェンダーフリー教育」のオンパレードだったという。

「性教育」もこの分科会のテーマだった。滋賀県の公立小学校の女性教師は、「男の子にとってペニスとはあに」と題して行った授業について発表した。この教師は、小学4年生の子供に、男性の自慰行為や包茎について教えたという。また、2年生には、「ぺニス」「ヴァギナ」という性器の名前を用いて、性交について教えたことも発表した。

あとは推して知るしだろう。国立市で行われた授業や東京教組が作成している資料のような内容が、日教組によって、全国に押し広められようとしているのだ。

 

日教組は、戦後のアメリカの占領政策を継承して、アメリカ型のデモクラシーを日本に移植するとともに、旧ソ連系の共産主義を青少年に吹き込んできた団体だ。「民主」「平等」「平和」「人権」等の理念の名の下に、日本の「民主化」を進め、それによって共和制さらに共産主義を実現しようというのが、日教組教育の狙いである。

その日教組が、いま力を入れているのが、ジェンダーフリー教育と急進的な性教育なのである。

 

こういう教育を続けていけば、男らしさや女らしさはないが、性にだけは異常に関心が強く、無軌道な行動に走る青少年が増えるだろう。

ページの頭へ

 

6.どうしてこんなことになったか

 

 どうしてこんなことになったのか。「男女共同参画社会基本法」の制定や、その解釈、運用に問題はなかったのか。

 

実は同法の制定には、ジェンダーフリーを推進する学者がブレーンとなっていた。その中心人物が、東京大学の大沢真理教授だ。大沢氏は、男女共同参画審議会の男女共同参画会議・影響調査会会長だった。また、同法の解釈や運用に、強い影響を与えている学者に、東京大学の上野千鶴子教授がいる。

ジェンダーフリー運動の大本の思想を支えているのは、この二人の女性東大教授である。二人は、「ジェンダーフリーの2大教祖」ともいわれている。

大沢氏は、上野氏との対談で、同法について、「ジェンダーそのものの解消を目指すことを議論し尽くした上ではっきり決めた」と話している。そして、「政府はジェンダーそのものの解消を志向している」と主張している。

 

大沢氏や上野氏の思想は、フェミニズムと呼ばれる。上野氏は、『ザ・フェニミズム』(筑摩書房、小倉千加子と共著)という本を出している。その中で「フェミニズムは、平等を求める思想というよりも自由を求める思想」「自由を求めるというとき、…『性的自由』って自由の根源」と言っている。そして、だから「性的自由」を束縛するような、結婚という制度を否定する。その先は、フリーセックスということになるだろう。

大沢氏や上野氏の解釈では、「男女共同参画=ジェンダーフリー」である。男女が互いの特性を認めて尊重し合う「男女平等」や「男女同権」をめざすのではない。男女の区別そのものをなくし、フリーセックスの世の中を実現するのが、「男女共同参画」の真の目標ということになるだろう。

そして、彼女たちの解釈が、「男女共同参画社会の実現」に向けた政策・施策に大きな影響をもたらしているのだ。国の官僚や自治体の役人が、そうした解釈をもの差しにしている。それが教育現場にも猛烈な勢いで、波及しているのである。

 

フェミニズムとは、もとは女性の権利を保護・拡大する思想であり運動であった。しかし、いまやフェミニズムの一部は、女性の自由や権利を追求するためには、家族を解体し、社会秩序を破壊し、伝統文化をも根絶しようとする過激なものとなっている。これがどういう思想であるかは、別稿に譲ることにして、話を続ける。(2)

ページの頭へ

 

(2)拙稿「急進的なフェミニズムから公共道徳へ」をご参照下さい。

 

7.良識によってブレーキが踏まれた

 

「男女共同参画社会基本法」の制定以後、ジェンダーフリー教育と過激な性教育が進められ、恐るべき事態が繰り広げられている。この動きを疑問視し、反対する声が次第に大きくなってきた。そして、ついに国会で問題になった。

 

平成14年11月12日、参議院内閣委員会で、亀井静香議員がこの問題について質問した。その答弁において、政府は「男女共同参画=ジェンダーフリー」という考え方を明確に否定した。

 

福田康夫官房長官は、「男らしさ、女らしさを強調しすぎるのは問題だが、時代や社会情勢が変わっても男女の性別に起因するものは否定できない」と、基本法は性差を否定しないという立場を示した。

フェミニストの間には「公務員や審議会の委員、企業の幹部などは男女同数が望ましい」という主張がある。三重県桑名市では、平成14年10月、男女共同参画条例が施行された。条例は、「男女の構成比率を平等」に、要するに男女同数にするという「積極的格差是正措置」を、市が所管する委員会や審議会に要求している。そればかりでなく、民間の「企業等」にもそれを要求している。

こうした傾向に対して、福田長官は「男女共同参画のために機会を提供し、男女が選択できることが重要」と述べ、目標は「機会の平等」であり「結果の平等」ではないことを強調した。

 

同じく、内閣府の坂東真理子・男女共同参画局長は、「『ジェンダーフリー』という言葉は国連も日本の法令も使っていない」と、公的用語ではないと指摘した。その上で「一部に、男女の区別をなくす、男女の違いを画一的に排除しようという意味で使っている人がいるが、男女共同参画社会はこのようなものを目指していない」ときっぱり否定した。

実際、「ジェンダーフリー」というのは和製英語で、アメリカ等では通用しない言葉だ。それをあたかも、国際的に使われている言葉で、日本だけが乗り遅れているかのように思わせるところに、詐術がある。

 

次に、米田建三・内閣府副大臣は、文部科学省の委嘱で発行されたパンフレットが、こいのぼりやひな祭りを否定的に記述していることなどについて答弁した。米田氏は、「男女共同参画社会に関する教育は、決して画一的・機械的に男女の違いを認めないということではない。誤解を生まないようにしたい」と述べ、文部科学省などと連携して教育現場に趣旨を徹底する意向を示した。

こうした政府の答弁は、男女共同参画行政は、ジェンダーフリー運動とは違うことを、政府がはっきりと示したことを意味している。

 

続いて、12月4日、内閣府の男女共同参画局から、男女共同参画行政は「性差否定ではない」との趣旨を伝える通知が、出された。これにより、男女共同参画の意味をどうとらえるかで混乱している自治体の行政が、是正に向かうことが期待される。また、教育現場での偏向した教育内容を正すためにも、大きな前進と言える。ページの頭へ

 

8.軌道修正に努力しよう

 

 政府が、「男女共同参画=ジェンダーフリー」という解釈を否定したが、問題は多く残っている。

内閣府から通知が出されたとはいえ、「通知」というのは、地方から問い合わせが来た時に答える文書というにすぎず、積極的に全国市町村に徹底しようというものではない。また、中央官庁から指示が出たとしても、それが地方の自治体に浸透するには、2〜3年かかると聞く。その間に、まだまだ混乱は続きそうだ。

男女の性差をなくせということは、受け止め方によっては、トイレも風呂も男女一緒にということになりかねない。笑い話ではない。ある地方自治体では、最近、トイレを共用にしなければならない、として男女共用のトイレを建築しているという。

 

そもそも、「男女共同参画」イコール「ジェンダーフリー」というような極端な解釈を許す「男女共同参画社会基本法」そのものが問題である。同法の制定において強い影響を与えた大沢真理・東大教授は、同法について、「ジェンダーそのものの解消を目指すことを議論し尽くした上ではっきり決めた」と述べている。基本法の条文のなかに、急進的なフェミニズムの思想が入り込んでいるのだ。だから、そういう解釈が出てくるのである。

 

“父性”“母性”“家族”の復権シリーズ(中央新書)などの著書で知られる林道義・東京女子大教授は、基本法の条文について、多くの問題点を指摘している。()男女の機会均等と利益享受の均等を混同している、()専業主婦を認めず、女性を全員働かせようという思想が秘められている、()家族の一体感や共同性を廃止すべきだとしている、などである。そして、ジェンダーフリー教育と急進的性教育は、家族の解体、文化の破壊につながると警鐘を鳴らしている。

 

「男女共同参画社会基本法」の改正を行わなければ、ジェンダーフリー教育や過激な性教育を押し留めることは、できないだろう。ここで軌道を修正しなければ悔いを千載に残す。

私たちがめざすべきは、男女がそれぞれの特長を認め合い、互いの短所を補い合って、調和・協力する社会である。家族を大切にし、伝統文化を尊重した、良識ある男女共同参画のあり方である。

このためには、現在の教育に影響を与えている共産主義的なフェミニズムや、日教組の背後にある思想を明らかにし、その危険性を知らねばならない。この課題については、別稿「急進的なフェミニズムはウーマン・リブ的共産主義」をお読み下さい。(ページの頭へ

 

参考資料

・渡部昇一・八木秀次・林道義共著『国を売る人々』(PHP研究所)

・林道義氏のホームページ

http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/

・『週刊新潮』平成15年1月23日号〜『高校生にも男女同室で着替えをさせる「ジェンダーフリー」教育の元凶』

・高橋史朗著『過激な性教育の背景を暴く』(月刊『正論』平成15年4月号)

    小島新一著『これは本気だぞ! 「男女平等」教育の真の狙いは革命にあり』(月刊『正論』平成15年4月号)

    西尾幹二+八木秀次著『新・国民の油断』(PHP)

    過激な性教育の現況については、以下のサイトをご参照ください。

http://popup12.tok2.com/home2/education/

 

「人権・男女」の題目へ戻る

 

ber117

 

ICO_170

 

トップ日本の心Blog基調自己紹介おすすめリンク集メール