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■嘘つきはジェンダーフリーのはじまり

〜『ブレンダと呼ばれた少年』を読む

2005.8.15

 

<目次>

 はじめに

マネー博士は嘘をついていた

明かされた真実

双子の不幸と死

誤った政策を転換せよ

ダイアモンド教授は批判する

生命と心の神秘

 

 

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はじめに

 

アメリカのフリーランスライター、ジョン・コラピントの著書『ブレンダと呼ばれた少年』が扶桑社から出た(平成17年7月刊)。ジェンダーフリー運動の誤りを明らかにするために、再刊が待望されていた本である。

私は読みながら、何度も涙が出た。読了後、心のなかに悲しみと憤りがよどんで、晴れない。読書ノートのような形になるが、知識と感情の整理をしておきたい。

1.マネー博士は嘘をついていた

 

ジョン・マネー博士は、かつて「今世紀でもっと偉大な性科学者の一人」といわれたアメリカの学者である。今日、ジェンダーという言葉が男女間の違いを表わす言葉として、よく使われるが、この言葉のルーツは、マネーにある。
 彼は、生物学的・身体的な性を指す言葉「セックス」に対し、名詞の性を表わす言語学の用語であった「ジェンダー」という言葉を、性自認、性役割など社会的な側面を指す言葉に転用した。性自認とは「ジェンダー・アイデンティティ」ともいわれ、自分を男であるとか女であるとかと認識することである。マネーの「ジェンダー」は、彼の権威とともに広く使われるようになり、今日のジェンダーフリー運動のキーワードになっている。

 マネーは、1950年代から60年代にかけて、ジョンズ・ホプキンス大学でインターセックス(半陰陽)等の研究を行った。彼は、新生児は性心理において完全に白紙の状態で生まれてくる、生後、男に育てれば男になり、女に育てれば女になるという学説を唱えた。それは、半陰陽の子供の研究に基づくものだった。
 半陰陽者とは、男性器か女性器かあいまいであるか、あるいは両方の要素のある性器をもつ人のことである。2千人に1人位の割合で誕生するという。ホルモン作用を持つ薬剤の影響も懸念されている。

 マネーは、半陰陽の幼児は、手術とホルモン療法によって、男性・女性どちらの性にも変えることができ、その子供たちも、選ばれた性で幸せに育つことができると主張した。
 さらに、それを普通の子供にも一般化して、「生まれて18ヶ月以内の子どもの性自認は中立であり、その間に養育上の性別と外性器の外見を一致させ、第二次性徴とともに適当な性ホルモンを処方すれば、生まれつきの性別とは無関係にその子の性自認を決定できる」という理論を唱えた。男女の性自認は生まれつきじゃない、育て方次第だということである。

 マネーの学説には、反論が出ていた。反論を唱えた研究者の一人が、現在のハワイ大学教授、ミルトン・ダイアモンドである。
 ダイアモンドは、昭和40年(1965)、モルモットを使った実験を例に挙げ、マネーが挙げる半陰陽者は生まれつきどちらの性にも向かい得る能力があるが、正常に生まれた子供にもそうとはいえないと批判した。マネーが治療していたのは半陰陽者であり、正常な男性として生まれた幼児に性転換手術を施したことはまだなかった。ダイアモンドは「完全に男性である正常な子供が女性として育てられ、成功したという実例はひとつも提示されていない」と指摘した。半陰陽の幼児という特殊な事例を、普通の子供に一般化することは、できないという主張である。

 しかし、既に性科学界のリーダーとなっていたマネーの権威は揺るがなかった。そして、ダイアモンドの批判論文が発表された1年8ヵ月後、マネーに、自説を証明するための格好の機会が訪れる。それが、コラピントの著書が世界に伝えた「双子の症例」だった。
 昭和40年(1965)、カナダのウィニペグに住むロンとジャネットのレイマー夫妻に、男の子の一卵性双生児が生まれた。兄はブルース、弟はブライアンと名づけられた。生後8か月の時、ブルースは、包皮切除手術の失敗から男性性器を焼き焦がされ、まるごと喪失した。
 人工性器を形成するしか手立てがないと診断された両親は、昭和42年(1967)、アメリカ、ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス病院にジョン・マネー博士を訪ねた。夫妻は、博士の勧めにより、哀れな息子を女の子として育て、性転換の治療を受けさせることに同意した。

 マネーは自分の理論を裏付けるための絶好の実験材料として、双子のケースを利用しようとした。正常に生まれた子供の性転換は、初めての事例となる。しかも、双子の片方は正常な男子、もう片方は男子から転換した女子だから、理想的な実験となる。
 マネーは、両親に、性転換をすれば、女性の生殖機能を持つことはできないものの、正常な性生活をおくれると説得した。困り果てていたレイマー夫妻は、マネーを信じるしかなかった。
 幼いブルースは、ブレンダという名前に改められた。女の子の髪形や服装で育てられたブレンダは、1歳10ヶ月の時に睾丸を切除する去勢手術を施された。

 マネーは、昭和47年(1972)、この実験についての論文「双子の症例」を医学雑誌に発表した。昭和50年(1975)には自説を一般向けに解説するために『性の署名』を出版した。双子の一人は性転換して女の子として順調に育っている。家族も幸せに生活していると大々的に発表した。これによって、半陰陽に生まれた子供に幼少のうちに性転換手術を行い、その性に育てるという医療が正当化された。
 マネーの報告は、キンゼーレポート以来の偉大な発見として、全米にセンセーションを呼んだ。「ダーウィン以来の大発見」とまでいわれた。マネーは、「今世紀で最も権威のある性科学者の一人」として名声を博した。

 ところが、である。マネーの発表は、真っ赤な嘘だった。正常な男の子を女の子に変えるマネーの人体実験は失敗に終わっていた。マネーは、ずっとそれを隠していたのである。
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2.明かされた真実

 

マネー博士は、双子の実験は成功していると大々的に発表した。しかし、実際は全く違っていた。

 双子の弟・ブライアンは言う。「ブレンダには全く女らしいところがなかった。歩き方も男みたいだったし、座るときはいつも脚を広げてさ。話し方だって男みたいで、家を掃除したり、結婚したり、化粧をしたりなんてことには興味も示さなかった。俺たちは二人とも、男友達と城を作ったり、雪合戦をしたり、軍隊ごっこをするのが大好きだった」。おもちゃのミシンもやたらとものを壊したがり、その仕組みを知るのが好きなブレンダが、ドライバーで分解してしまった。
 女の子の服装を着せられても、学校では「男の子のように見える」などといじめを受け、男の子をぶん殴った。弟より喧嘩が強かった。母親のジャネットは、小便をするときは便器に向かって立ってはいけないと教えようとした。しかし、ブレンダは聞く耳を持たなかった。いくら時間が経っても、立って用を足すことをやめなかった。地元の精神科医たちが治療を試みたが、成果はなかった。
 ブレンダは、女性の外性器をつくる手術はどうしてもいやだと拒否したが、10代になると女性ホルモンの投与が行われた。ところが、思春期になると、ブレンダは肩幅が広くなり、筋肉がつき、声変わりまでし始めた。だれがどう見てもブレンダは男であった。何かが間違っていると感じていたブレンダは、学校では孤立して心に深い傷を負った。両親も悩んだ。マネーを信じていた母親はうつ病、父親はアルコール依存症になっていた。

 マネー博士は、こうしたブレンダを女の子として順調に成長していると発表し、家族も幸福に暮らしていると、著書に書き、自分の名声を築いていたのだ。

 昭和44年(1979)9月、イギリスのBBC放送は、「双子の症例」を取材した。ところが、ブレンダには全然、女の子らしいところがない。そのことが、スタッフに強い印象を与えた。番組は、翌年3月に放映された。匿名の形で、「双子の症例」の実際には、マネーの報告と異なる点があることが明るみに出た。しかし、番組はほとんど反響を呼ばなかった。既成の権威は揺るがなかった。

 昭和55年(1980)3月、14歳になっていたブレンダは、悩み果てた父親のロンから、事の真相を告げられた。自分は男の子として生まれたこと、包皮切除手術で事故が起きたこと、両親が専門家に助けを求め、女の子に変えて育てるというマネー博士の方針に従ったこと。
 真実を知ったブレンダは、男に戻ることを決断した。自らデイビッドと名前を改め、男としての人生を歩むことにした。
 後にデイビッドは、振り返って次のように言っている。「みんながみんな、俺に言うだ。お前は女の子だって、だけど、俺は自分のことを女の子だとは感じられなかった。男の子がするようなことがしたかっただ。とにかくしっくりとこないだよ。で、俺は思っただ。何かが間違っているって」。

 一方、マネーは、BBCの取材の頃から「双子の症例」について言及しなくなり、同僚たちには「双子の家族とは連絡が取れなくなった」と語っていた。しかし、レイマー家はずっと引越しをしていない。後に、母親のジャネットは、「デイビッドが男に戻ったことや、あの子の日々の生活について、私は博士に手紙を書いた」と証言している。マネーからも80年代には返事がきていた。マネーは嘘をつき、事実を隠蔽し続けていたのだ。
 一度出来上がったマネーの権威は圧倒的で、容易に崩れなかった。おかしいと感じても多くの者は、その権威に抵抗できなかった。ブレンダ=デイビッドの治療をしていた精神科医でさえそうだった。マネーも質問や調査には黙秘をし続けた。

 私見を述べれば、たった一つの事例で自説の証明としたマネーもずさんだが、それを検証もせずに受け入れた当時のアメリカの性科学者たちは、よほどどうかしている。フロイトやその弟子のライヒやフランクフルト学派が発達させた性科学・性解放運動は、家父長制的な権威主義を批判するものだったが、その中から別の強大な権威主義を生み出した。これ自体が、一つの社会心理学的な研究課題だろう。

 さて、男性に戻ったデイビッドは、平成2年(1990)に結婚し、妻の連れ子である3人の子供の父親となっていた。そんな折り、昔の主治医から連絡が来た。「君の過去を役立てないか。君のように辛い思いをする患者をこれ以上増やさないために」と。デイビッドは同意した。そして、その主治医を通して、ミルトン・ダイアモンド教授と会った。
 ダイアモンドは、早くからマネーの学説に反論を唱え、BBCの放送以降、マネーの挙げた双子の所在を探していた。そして、ようやくその双子や両親に会うことができたわけである。ダイアモンドは、デイビッドの話を聴いて、涙を流した。その姿を見て、デイビッドは、心を開き、苦悩の日々を語った。平成9年(1997)、ダイアモンドは、実名を伏せ、住む町や治療に当たった医師などもわからないように配慮して、「双子の症例」を「ジョン/ジョアンの症例」として医学誌に発表した。その論文を、雑誌『タイム』やABC放送などが取り上げた。

 当時、マネー博士は、「今世紀で最も偉大な性科学者の一人」と賞賛されていた。しかし、ダイアモンドの論文によって、マネーの虚偽が暴露された。その権威は失墜した。
 ブレンダが男に戻って既に17年も経ってのことだった。
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3.双子の不幸と死

 

ライターのジョン・コラピントは、平成9年(1997)、『ニューヨーク・タイムズ』の記事でダイアモンドの報告を知った。強い関心を持ったコラピントは、その年の6月、カナダ・ウイニペグにレイマー家を訪れ、デイビッドに会った。デイビィッドは、赤裸々にすべてを打ち明けた。コラピントは両親・弟、治療にあたった精神科医たち、双子の友人たち等にも取材した。インタビューは、1000時間にも及んだ。

 ブレンダと呼ばれた少年は、男に生まれながら、そのことを伏せて女の子に育てられ、なにかが間違っていると思いながらも、14歳まで事実を知らなかった。男に戻った後も、頭の中は混乱を続けていた。デイビィッドは、「俺は頭の中をあいつらにめちゃくちゃにされてしまった」と、コラピントに憤りをぶつけた。「あいつら」とは、マネーやその協力者のことである。
 デイビッドは、実名を公表し、すべてを公開することを決意した。彼の事例以後、幼児への性転換手術が多数行われてきた。アメリカでは年間約100件、世界では既に数千例にも及ぶという。その結果、性の自己認識に苦しんで、不幸な人生を送っている人が多数いる。こんなことはやめさせなければ、とデイビッドは考えたのだ。
 
 コラピントの著書は、『As Nature Made Him』と名づけられた。「自然に生まれたままに」といった意味だろう。本書は、平成12年(2000)にアメリカで発行され、ベストセラーとなった。
 前項に、デイビッドが14歳の時、父親から真実を告げられ、男性に戻り結婚もしていたと書いた。ここで詳細に触れると、男として生きようと決意したデイビッドは、女性ホルモンの投与で膨らんでいた胸を切除し、16歳で人工陰茎を装着する手術を受けた。22歳の誕生日の前には、さらに精巧な人工男性器形成外科手術を受けた。それは彼の体中から筋肉や神経、血管、軟骨を集めて移植して作られ、性交もできるものだった。彼は、既に結婚していた弟夫婦の紹介で、ジェーンという女性と出会った。デイビッドは、彼女に事実を打ち明けた。ジェーンは、知っていた。正直な彼の心を受け入れてくれた。二人は永遠の愛を誓い、平成2年(1990)に結婚した。
 デイビッドの身体は、人工陰茎はあるが、子供をつくることはできない。ジェーンにはそれぞれ父親の違う3人の連れ子がいた。デイビッドは、その子供たちの父親として責任を果たそうとし、黙々と働き、真の男として生きようとした。デイビッドは、次のように語っている。
 「俺が父親から教わったのは、男っていうのは、妻を大切にし、家族の上に屋根を築き、良き父親であって始めて、一人前と言えるってことさ。きっとマネー博士なら、俺の子供たちに血を分けた父親たちのほうこそ、本物の男だと主張するだろう。でも彼らは、子供たちのそばにいて、ちゃんと面倒を見るようなことはしなかった。あの子たち(妻の3人の連れ子)は俺の手で育ててるんだ。俺にしてみれば、それこそ男ってことさ」
 私には二人子供がいる。年々、父親としての責任の重さを感じている。だから、デイビッドの言葉に、真の男を感じ、感動を禁じえない。

 著者のコラピントは、医学畑の家族に囲まれていた。彼らの助言を得て医学的な考察も加え、マネーの虚偽と不誠実を徹底的に追及した。それとともに、マネーの生い立ちや特異な思想をも伝えている。
 幼いマネーは、無慈悲に鳥を撃ち殺したり、自分をむちで打つ残虐な父親を嫌った。8歳の時、父親が死ぬと、母親やおばなど女性ばかりの環境で育てられた。彼女たちは、激しく男性非難をした。マネーは男であることに罪の意識をもち、家畜のようにすべての男性を去勢すれば、世界は女性にとってよりよい場所になると考えるようになった。一度結婚したがすぐ離婚し、その後は独身。子供はなく、子供を育てた経験もなかった。
 マネーは、健全な性道徳を否定する思想を持ち、フリーセックスを擁護した。サド・マゾヒズム、スカトロジー(糞尿愛)、切断願望、自己絞殺等を、性的な「倒錯」ではなく、「嗜好」と呼んで公然と擁護した。1960年代から70年代、アメリカでは性革命が進んだ。それを煽動した一人が、マネーだった。

 マネーの治療には、児童への性的虐待ともいえる内容があった。マネーは9歳の双子ブレンダとブライマーに対し、ポルノ写真を見せ、ブレンダに性器を見せろと強要し、裸にした二人に後背位の格好をさせ、写真におさめたりした。「誰とファック(性交)したいのか?」と繰り返し問い詰めた。双子は、こんなマネーに会いたくないと嫌がったが、両親はなんとかなだめすかして連れて行っていた。
 双子が性に羞恥心を抱くのは、両親に羞恥心があるからだ、とマネーは夫妻に裸で生活するように伝え、子供たちの前で性交をするように指導する。性行為は拒否したが、家では裸で過ごすようにするなど、母親は必死で努力した。
 子供も親も一人の博士に引き回され、利用されていた。そして、すべては明るみに出た。

 コラピントの著書によって、マネーの学説に依拠していたジェンダー理論は、非科学性を暴露した。アメリカでは、マネー説は引用されなくなった。
 本書の日本語訳も、原書と同じ平成12年(2000)に『ブレンダと呼ばれた少年』という題で出版された。男女共同参画社会基本法の制定は、平成11年6月。同法に基づく基本計画が策定されたのが、翌12年。日本語版は、非常に重要な時期に出たことがわかる。しかし、日本では本書は無視され、わずかのうちに絶版となった。ジェンダーフリー運動がこの時期から嵐のような勢いで、我が国を席巻した。過激な性教育も同様である。その運動の弊害が増長するなか、本書の復刊が待望され、ようやくこの7月、扶桑社から再刊された。

 デイビッドの幸福は長くは続かなかった。コラピントの著書が刊行されて4年たった平成16年(2004)5月、デイビッドは自殺してしまった。愛を誓ったジェーンとは離婚し、投資にも失敗するなどしていた。38歳だった。2年前に弟が自殺し、そのことにも衝撃を受けていた。双子の片割れであるブライアンもまた姉=兄のことで苦しみ、うつ病をわずらっていた。
 デイビッドは生前、「あんな拷問はない。やつらが仕掛けてきた心理ゲームのおかげで、おれの頭んなかはめちゃくちゃになっちまったのさ」と述べていた。母親のジャネットは、「デイビッドに辛い思いをさせた、あの惨たらしい実験がなかったら、あの子はまだ生きていたでしょう」と語っている。

 本書による私の印象を言えば、ジョン・マネー博士は、異常な思想と性癖を持つマッド・サイエンティストである。まともな人間ではない。ブレンダ=デイビッドの話を、私は「マネー博士の虚偽学説・児童虐待事件」と呼びたい。これは、近代科学史上、最大級のスキャンダルであると思う。しかし、未だにわが国では、マネー学説が行政や教育を支配している。
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4.誤った政策を転換せよ

 

わが国では、平成11年以来、国を挙げて、男女共同参画社会を目指すという政策が行われている。その下で、急進的なフェミニストや日教組が、「男らしさ」や「女らしさ」を否定するジェンダーフリー運動を進めている。彼らの背後には、ジョン・マネーの理論がある。(1)
 マネーの学説とは、簡単に言えば、新生児は性心理において完全に白紙の状態で生まれてくるのであり、男に育てれば男になり、女に育てれば女になるというものである。マネーは、半陰陽の子供が男女どちらの性にも向かい得ることをもって、正常な子供もそれが可能だという仮説を立て、「双子の症例」のみを唯一の証明とした。ところが、その事例は、真っ赤な嘘だった。
 ミルトン・ダイアモンドの論文「ジョン/ジョアンの症例」やジョン・コラピントの著書『ブレンダと呼ばれた少年』によって、「双子の症例」の失敗が暴露され、マネーの虚偽と児童虐待が明らかになった。

 マネーが「双子の症例」を正常に誕生した子供の性転換の成功例として発表した後、アメリカでは年間100件ほどの、子供の性転換手術が行われてきた。世界では数千例にも上るという。しかし、マネーの学説に対しては、早くから半陰陽者の治療法について、医学的に不必要な外科手術を幼い子どもの性器に対して行うのは、間違っているという反論があった。子供が物事を理解できるようになるまで待ってから、本人が手術を希望するかどうかで決定すべきであるというのである。ダイアモンド教授は、そのように反論した一人である。
 性自認に悩む手術の被害者からの苦情が多くなっている。子供のうちに不適当な性に身体を転換させられてしまった場合は、取替えしがつかない。マネーの理論は、実に危険な学説だったのである。

 フェミニスト(女権拡大論者)の一部は、マネーの学説を早くから利用してきた。アメリカのウーマン・リブの闘士、ケイト・ミレットは、昭和45年(1970)、著書『性の政治学』にマネーが1950年代に書いた論文「心理・性的分化」を引用して、「性心理的には出生時には両性間にはなんの分化もない。したがって性心理的パーソナリティは出生時に生じ、学習によって形成されるものなのである」と書いた。だから、ミレットたち急進的なフェミニストは、マネーが著書『性の署名』(1975年)で発表した「双子の症例」を、フェミニズムの科学的な粉飾に利用した。
 ところが、マネーの実験は、完全に失敗しており、博士は途中からは嘘をつきとおした。我が国のフェミニストや女性学者、教育家たちの一部は、いまだにこのことを無視している。

 例えば、ジェンダーフリーの唱導者の一人、大沢真理・東大教授は、「生物学的性差は、セックスだけど、それとは一応区別される、ありとあらゆる文化や社会が作りだした男らしさや女らしさの通念、つまり男女を区別している線、これは人工的に作り出されたものだから、人の意識的な営みによって崩していくことができる」と言っている。(『上野千鶴子対談集 ラディカルに語れば』平凡社、平成13年)

船橋邦子・和光大学教授は、「女/男と二分化する社会的性別によって生物的性別も二つに分けられている」「生物学的性別であるセックスが社会的性別であるジェンダーを決めるのではなく、社会的性別・ジェンダーが生物的性別・セックスを規定する」と述べている。(『知っていますか? ジェンダーと人権 一問一答』解放出版社、平成15年)

 彼女らのジェンダーフリー思想が、マネーの学説に依拠していることは、以下を見ればさらに明瞭になる。上野千鶴子・東大教授は、「彼ら(マネーと共著者のタッカー)の仕事は、セックスがジェンダーを決定するという生物学的還元説を否定した。(中略)マネーとタッカーは、生物学的性差の基盤のうえに、心理学的性差、社会学的性差、文化的性差が積み上げられるという考え方を否定し、人間にとっては性別とはセックスではなくジェンダーであることを明瞭に示した」と書いている。(『差異の政治学』岩波書店平成14年)
 また、国立婦人女性教育会館編の『女性学教育/学習ハンドブックージェンダーフリーな社会を目指して(新版)』(有斐閣、平成15年)は、「マネーはその著『性の署名』の中で、長い間女の子として育てられた子どもは、たとえ解剖学的に男の子であっても女の子としての性自認(ジェンダー・アイデンティティ)の方が解剖学的な性よりも強力である事例を報告している」と書いている。
 このように、ジェンダーフリー思想がマネーの学説に基づくことは疑い得ない。しかし、この学説が全く根拠のないものであり、事実を隠し、嘘によって作り上げられたデマゴギーであることは、とうの昔に明らかになっているのだ。ジェンダーフリー論者たちは、マネーの真似(まねー)をして、嘘を突き通そうというのだろうか。

先に引いた大沢真理氏こそ、男女共同参画社会基本法の制定において、審議会の男女共同参画会議・影響調査会会長として強い影響を与えた人物である。大沢氏は、同法施行当時、同法について、「ジェンダーそのものの解消を目指すことを議論し尽くした上ではっきり決めた」と話している。また「政府はジェンダーそのものの解消を志向している」と主張していた。そして、大沢氏や上野氏の「男女共同参画=ジェンダーフリー」という解釈が、行政や教育現場に強い影響を与えてきた。(註2


 未だに誤った学説が、わが国の男女共同参画政策の根拠になっている事態は、正気の沙汰ではない。日教組は、政府の方針のもと、堂々とこの "ウソつき児童虐待博士" の説によって、子供にジェンダーフリー教育をしている。東京大学をはじめ、各大学・女子大では、学生たちに偏向したジェンダー思想が教え込まれている。
 わが国の男女共同参画政策は、とんでもない間違いを起こしている。政府は、間違った理論を基にした政策を直ちに転換し、性差を否定・解消しようとする教育を止めなければならない。
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5.ダイアモンド教授は批判する

 

ジョン・マネー博士の権威に挑み、その学説の虚偽を明らかにしたのが、ハワイ大学のミルトン・ダイアモンド教授である。専門は解剖学・生殖生物学である。
 ダイアモンドは、昭和40年(1965)、マネーの性心理白紙説を批判し、「完全に男性である正常な子供が女性として育てられ、成功したという実例はひとつも提示されていない」と指摘した。しかし、マネーは双子を使った実験を自説の証明として、この反論を斥けた。性科学界は、マネーを権威にまつりあげた。
 1980年、BBC放送が「双子の症例」を報じ、ダイアモンドは双子の所在を調査した。そして、ようやく探しあてたデイビッドの話を聴き、平成9年(1997)に「双子の症例」を「ジョン/ジョアンの症例」として発表した。それがきっかけとなって、マネーの虚偽が暴露された。今日、ダイアモンドは、ジェンダーに関して、世界で最も知られた学者の一人となっている。

 ダイアモンドは、本年(2005)2月に来日し、日本のプレスの取材に応じた。ダイアモンドは、質問に答えて、セックス(生物学的性別)とジェンダー(社会学的心理学的性差)の違いについて、「ジェンダーというのは、生物学的基盤の上に社会的に築かれたものである。その組み合わせがどう現れるかは、個々人によって独特である。それらの振る舞いが、単に環境や養育によって決定されるというほど単純なものではない」と述べた。
 マネーに関しては、「マネーがなぜ間違ったかは、単純な話である。彼は、単にウソをついていただけだ」と明言した。氏は言う。「フェミニストは、マネーの理論を利用してきた。ただ、米国のフェミニストは、マネーの実験の失敗について語るようになり、もっと現実的になった。『すべての人が同じだ』などとは言わなくなった」と。
 同様の傾向は、日本でも表れている。しかし、急進的なフェミニストは、いまだに虚偽学説の利用を自己批判せず、訂正をしていない。そのため男女の性差を解消しようというジェンダーフリー思想が横行している。とりわけ日教組によって、日々青少年にこの思想が教育されていることは、深刻な事態であり、早急に対応を要する。

 ジェンダーフリー思想の唱導者の一人、上野千鶴子・東大教授は、著書『差異の政治学』(平成14年)に、次のように書いている。「彼ら(マネーと共著者のタッカー)の仕事は、セックスがジェンダーを決定するという生物学的還元説を否定した。(中略)マネーとタッカーは、生物学的性差の基盤のうえに、心理学的性差、社会学的性差、文化的性差が積み上げられるという考え方を否定し、人間にとっては性別とはセックスではなくジェンダーであることを明瞭に示した」と。
 ダイアモンドは、インタビューにおいて、「彼女(上野氏)は、全く学問的ではない。それがウソであることを明示した私の論文を知らないでいる。私は、その論文を1997年に書いた。その本(『差異の政治学』)を2002年に出したなら、5年間もの違いがある。全く、何の言い訳も成り立たない」「上野千鶴子氏は、自分の主義主張を宣伝するために、利用できることは何でも利用しようとしている。正直ではない」と厳しく批判している。

 わが国の内閣府は、男女共同参画政策を定める男女共同参画基本計画(平成12年)において、「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)」という見解を打ち出した。しかし、ダイアモンドは、「ジェンダーはセックスとは切り離せないもので、生物学的基盤の上に社会的に築かれたもの」という認識に立って、内閣府によるジェンダーの定義に異論を唱えている。わが国の男女共同参画政策の核になっているジェンダー概念は、根底が崩れているのである。政府は、マネー学説の虚偽を暴いたダイアモンドの指摘に傾聴し、見解を改めるべきである。

 今日では、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)は、単に後天的に形成されるのではなく、生物学的な基礎があるということが、明白になっている。脳科学の研究が進み、性自認において、最も重要な器官は、生殖器よりも脳であることが、報告されている。胎内で脳の男性化、女性化が進んでいるのだという。性心理白紙説は、もはや非科学的な謬説となっている。

 男女共同参画社会基本法及び同法に基づく基本計画は、見直しをしなければならない。国会議員には、最新の科学の成果も理解したうえで、早急に同法・同計画の適切な改正を行う責任がある。とりわけ小泉総理大臣の責任は、重大である。
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6.生命と心の神秘

 

 『ブレンダと呼ばれた少年』を読んで、読書ノートのような形で書きつづってきた。最後に私見をまとめて述べたい。

 本書の主人公、デイビッド・レイマーは生後間もなく医療ミスで陰茎を失い、幼児のうちに、性転換手術で睾丸を切除された。女の子として育てられたが、まったく女の子らしいところがなかった。10代には女性ホルモンを投与されにもかかわらず、肩幅が広がり、筋肉がつき、声変わりもした。本人は自分が男として生まれたことを知らなかった。だから自分の意思で男らしくなりたいと思っていたわけではない。男性生殖器もなく、男性化の意志もないのに、ブレンダと呼ばれた少年は、男性的な性徴を表わすようになった。
 デイビッドが子供の時から女の子らしくなかったということと、この思春期における生理的変化は、まったく別の問題である。この点から、「双子の症例」には、次のような解釈が可能であると私は考える。すなわち、男女の性差には、生物学的な基礎があり、その基礎は生殖器でも脳でもなく、生物学的には遺伝子またはより深いレベルに、心理学的には心の深層、無意識のレベルに根源を持つという解釈である。デイビッドの性徴は、そのことを示唆していると思う。それほど、男女の性差が発現する源泉は深い、と。
 だから、正常に生まれた男子・女子の場合、成長に伴う性差の発現を妨げるような育て方や教育をすべきではない。生命と心の深いレベルから現れてくる男らしさ、女らしさを自然に伸ばすことが大切である。かくして「双子の症例」は、性差の解消をめざすジェンダーフリー思想の間違いを、強く示唆するものであると、このような解釈ができると思う。以下、私見の補足と敷衍をする。

 今日、性差は脳に根拠があるという説が有力である。胎児の脳は、胎内で男性脳・女性脳に特化する。しかし、単に脳の性差ということだけでは、デイビッドの身体に起こった生理的な変化は説明しきれない。脳もまた一個の受精卵が細胞分裂によって形成された器官の一つである。各種の脳細胞も、最初の細胞が分裂して、様々な細胞に特化する過程で形成されたものである。こうした成長の過程は、遺伝子に組み込まれたプログラムによって発現している。私は、少なくともそのレベルまたはさらに深いレベルに、性差の源泉があると考えるべきと思う。
 性差のありかを脳に限定して考えるのは、とらえ方を狭くすると思う。ましてや、性差は生得的な性別と異なり、ひとえに後天的につくられる社会的・文化的なものだなどと決め付けるのは、単純極まりない暴論である。

 正常な男性はXY染色体を持っている。胎内において、XY染色体を持っている胎児は、男性化する。XX染色体を持つ胎児は、そのまま女性として成長して誕生する。デイビッドは、XY染色体をもつ正常な男児として生まれた後に、陰茎・睾丸を失った。しかし、そのような身体であっても、遺伝子のレベルでは、男性である。
 DNAの情報の一部は、成長に従って時間的に作動する。それが思春期になると、男性は男性としての、女性は女性としての性徴を表わす。デイビッドは思春期を迎えたときに、性ホルモンを分泌する器官はないにもかかわらず、遺伝子またはより深いレベルの働きがそれを補い、男性的に成長しようという力が働いたと考えられる。これは、脳の働きによる意識的な努力ではなく、自律的な働きによる生理的な変化である。心理学的に見れば、心の深層、無意識のレベルから湧き出てくる力と想定できる。

 性差を生み出す源は、どこにあるのか。人間は、まだ性の神秘また生命の神秘を、いくらも解き明かしえていない。心の深層については解明どころか、ますますわからなくなってきている。どこまでも深くまた広く、心は時間的・空間的に広がっている。ユングからグロフ、最近のトランスパーソナル学の研究と体験報告にふれたことのある者には、それが基本認識となりつつある。唯物論や唯脳論のパラダイムでは説明の出来ない事例が、非常に多い。

 話を現代日本の社会動向のことに移したい。わが国では、正常な男性または女性に生まれ、身体的にもなんの欠陥もないにもかかわらず、自然な性自認を持てず、反対の性への転換を求めたり、中性を指向したりする人が増えている。それが単に個人的なものであれば、個人の問題として各自が取り組めばよい。その意思は尊重されるべきである。しかし、自分個人の問題としてでなく、自己の志向を標準化するために、自己の所属する社会や文化を変えようとする人間がいる。それを試みるジェンダーフリーの運動家を、私は批判するのである。
 私は、科学的真理を無視し、事実を隠匿・捏造してまで性差の解消をめざす社会運動を行う人々に、一つの心理的な傾向を感じる。この種の人々に見られる観念複合体を、「ジェンダーフリー・コンプレックス」と名づけてはどうかと思う。

 また、ジェンダーフリー運動家には、性の自由、性の自己決定を説く人がいる。それを実行すれば、フリーセックスの社会に行き着く。性教育家には、人類が禁止してきた近親相姦のタブーさえ、否定しようと説く人がいる。人間の自由や自立に関し、性の問題に極度に重点を置くこうした考えは、思想というより、一つの心理傾向と見るべきと思う。
 この種の心理傾向を持つ人は、失礼ながら性衝動が強く、それを理性で抑制して、秩序ある家庭生活や社会生活を行うことができないのかもしれない。もし自己の衝動を正当化するために、理論や学説を唱えて、社会の性秩序を破壊しようとするのであれば、恐ろしいことである。この心理傾向を、私は「フリーセックス・コンプレックス」と名づけてはどうかと思う。
 「ジェンダーフリー・コンプレックス」と「フリーセックス・コンプレックス」は、現代に特徴的な社会心理として併せて研究されるべきものと思う。私は専門家ではなく学位もない。一介の野人である。現代日本を憂える心理学者・精神医学者・社会学者等の方々に、こういった研究をお願いしたいと思う。

ジェンダーフリーの教育は、正常に生まれた男子・女子に対し、「男らしさ」「女らしさ」の意識や、男らしくまたは女らしく育とうという意識を与えないように、集団に対して一律に教育する。
 私は、これは青少年の発達に有害であると考える。子供は、発達過程で、男子は父親または模範的な男性、女子は母親または模範的な女性を理想像として持ち、それに向かって成長することが、健全な成長に必要だと思う。そういう適切な目標を持てない場合、子供はどのように成長してよいかわからず、そのために自我の発達、人格形成もうまく進まないという状態に陥るのではないか。家庭内暴力や引きこもり、非婚化等の一要因になっているのではないかとも思う。特に家庭における父性の喪失、母性の低下とあいまったとき、悲劇は深刻になると想像する。

子供は、男の子は自然と男の子らしいものに興味を持ち、女の子は自然と女の子らしいものに興味を持つ。育て方や環境に関わらず、ほとんどの場合において、そうなる。それを、何千年、何万年もの間、子供の親たちは、感動を持って確認してきた。いわば性差に関する実験は、人類が何億回も繰り返してきたともいえるわけである。中には、男顔負けの男の子のような女の子がいる。おてんばさんだ。しかし、そういう子が思春期になると身体に変化を覚え、ある日、突然恋に落ちる。そういう話が一杯ある。思春期に入った子供は、身体の性徴を表わしつつ、男子は男性として人格を形成し、女子は女性として人格を形成していく。そこには。親の育て方や社会・文化の環境という後天的な要因を越えた、人間の生命、自然の生理の中に、人間の心の発達を導いているものがあると思う。その内なる自然に従うことが、健全な成長と人格形成になると考える。逆にこうした内なる自然に対し、無理に反対の方向に進もうとすると、いろいろな心理的なトラブルや精神障害を生じるのではないかと思う。ジェンダーフリー教育は、こうした健全な性徴的人格形成を妨げるものと私は考える。

多くの人のなかには、性同一性障害に苦しむ人がいる。米国の研究では男性の2万4千人から3万7千人に一人、女性の10万3千人から15万人に一人の割合で、この障害が発生しているという。性同一性障害は、生物学的には完全に男女どちらかの性に属し、本人もそれをはっきりと認知しながら、人格的には自分が別の性に属している状態とされる。青年期に入ってもなおそういう障害を持っている人には、適切なケアと治療が求められると思う。また、健常者は、その理解と配慮が必要だと思う。
 ただし、性同一障害への理解とジェンダーフリーの推進は、まったく異なる事柄である。ジェンダーフリー教育は、性同一性障害の要素をかかえている子供が、本来の性に成長することを妨げ、性自認に混乱または遅滞を生じ、性同一性障害を助長するおそれがあるとも考える。こういう点から、小中学生の段階で、世の中には性同一性障害者や半陰陽者、同性愛者がいることを、ことさらに強調して教える必要はなく、第2次性徴期が進んだ高校生の段階でよいと思う。
 すでに性同一性障害をもって苦しんでいる人へのケアや治療は必要だが、健常な子供全体に対するジェンダーフリー教育は即刻廃止すべきである。 


 私が心配していることをもう一点書く。流産を防ぐために飲む薬にホルモン作用があり、女の胎児が過剰のテストステロン(男性ホルモンの一種)の影響を受けて、精神的または身体的に男性化してしまう事例があるという。一方、農薬、プラスチックなどの「環境ホルモン」(ホルモン撹乱物質)の影響で、日本の青年の精子数がひどく減少しており、生殖力が低下しているという危機的な状況もある。人工物質の影響で、男性が女性化=メス化し、女性が男性化=オス化する現象が起こっている。その現象は身体的生理的な方面だけでなく、心理的思想的な方面にも発現するだろう。
 性をめぐる最近の思想・運動の拡がりと混乱は、人類史上かつてない「ホルモン撹乱の時代」に現れた、人間を自然な状態、本来の姿から逸脱した無意識の心理作用であるようにも、私には思える。ひたひたと進行する少子劣子化、青年・女子の晩婚化・非婚化・単身化とあわせ考える時、わが国と青少年の将来は憂慮にたえない。
 日本の再生のために、早急に根本的な対策を要する重大課題の一つだと思う。国家の最高指導層にある人たちは、この対策のために一大プロジェクトを提言・開始すべきである。
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(1)フェミニズムについては、以下の拙稿をご参照ください。

 「急進的なフェミニズムはウーマン・リブ的共産主義

(2)ジェンダーフリー運動の危険性については、以下の拙稿をご参照ください。

 「ジェンダーフリーは革命思想〜デルフィと大沢真理

 

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