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■『フランス敗れたり』に学ぶ〜中国から日本を守るために

2006.10.03

 

<目次>

はじめに

1.日本と日本人に重大問題を突きつける本
2.大国フランスが敗れた経緯
3.フランスの敗因
4.前車の轍(わだち)
5.祖国の救済策
6.わが国の予防策として読む
7.ファシズムと共産主義に共通するもの
8.中国はナチス・ドイツに似てきている
9.中独の具体的な類似点
10. 東アジアに第2次大戦は起こり得る
結びに〜国家・民族の中心を保つこと

 

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はじめに

 

 平成18年9月に安倍政権が誕生した。新政権の課題の中に、国防の整備と外交の自尊がある。特に中国に対する外交・防衛が重要である。これからの数年または十年ほどの間に、わが国は戦後初めての対外危機に直面する可能性が高い。主たる相手は中国である。そういう事情を直視するため、一冊の本を取り上げたい。

『フランス敗れたり』――つい最近まで私は、この本を知らなかった。著者は、アンドレ・モーロア。フランスのユダヤ人で文芸評論家、歴史家である。本書は昨年、実に約65年ぶりに復刊された。そして、現在のわが国に、重大な問題を突きつけている。そこで、本書及びそれが突きつけるものについて書く。

 

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1.日本と日本人に重大問題を突きつける本


 昭和15年(1940)5月、ナチス・ドイツがフランスに侵攻し、わずか6週間弱でフランスは敗北した。どうしてフランスはあっけなく、敗北したのか。著者モーロアは、亡命先のアメリカで、痛恨の反省を込めて祖国の敗因を書いた。
 10月にアメリカで刊行されると、翌月には日本語訳が発行された。刊行後3ヶ月で200版を重ねる記録的な大ベストセラーとなった。わが国は、それに先立つ9月に日独伊三国同盟を締結していた。欧州を席捲するドイツの勢いに幻惑されて、「バスに乗り遅れるな」と、同盟に走ったのである。ヒトラーは、世界制覇の野望のために、日本を利用しようとしていた。比類ない洞察力を持つ大塚寛一先生は、建白書を送って指導層に警告した。しかし、当時ほとんどの日本人は、ヒトラーのたくらみに気づかなかった。
 昭和15年当時、本書を読んだ人は、現在80歳代半ばを越えるだろう。本書の刊行後、わが国は、三国同盟が災いして、アメリカに敵対視され、ついに大東亜戦争に突入して、大敗北を喫した。日本の敗因は、フランスとは大きく異なっていた。戦後の国情も異なっていた。そのため、本書は戦後、忘れられた本となっていたようだ。私などは寡聞にして存在すら知らなかった。ところが、現代になって、本書には、日本の将来を暗示するようなことが書かれていることが再発見された。

 昨年(平成17年)5月、本書は、株式会社ウェッジから再刊された。巻末に中西輝政氏(京都大学大学院教授)が解説をつけ、「本書に描かれている内容は、実は現代の日本と日本人に非常に重大な問題を突きつけている」と強調している。
 「ドイツを遥(はる)かに上回る経済力と政治力、そして国民の大きな可能性を秘めていた当時のフランスが何故かくもあっけなく崩壊したのか。これこそ繁栄を享受する民主主義国家、現代日本が持っているのと同質の脆弱(ぜいじゃく)性とストレートにつながっている」と中西氏は警告する。

 現在の日本は、ドイツに敗れる前のフランスに似てきているのである。私見によれば、かつてのナチス・ドイツに当たるのは、今の中国である。日中関係は現在、1930年代から1940年にいたる仏独関係に、ぞっとするほど似てきている。私は、米中冷戦が始まった現在、近いうちに日中間に紛争が起こりうることを、深く憂慮している。
 そこで、まず本書の概要をまとめ、その後、現代日本の重大問題について考察したい。
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2.大国フランスが敗れた経緯


 『フランス敗れたり』でモーロワが書くフランスは、第三共和制の時代にあった。
 1871年、フランスは、普仏戦争で敗れた。ビスマルクの率いる新興軍事国家プロシアに大敗したのである。 第三共和制は、敗戦によって誕生したデモクラシーの国家体制だった。当時の為政者も国民も敗戦の原因は圧政にあったとみなし、良い風習も悪い風習も含めてすべて戦前を否定し、極度の「平和至上主義」になってしまった。
 第1次世界大戦では、フランスはドイツと戦って勝利した。しかし、150万人もの兵士が戦死し、勝利で得たものは少なかった。戦後のフランスには、厭戦気分が蔓延した。欧米全般にも、国際協調による理想主義が高まっていた。その一方、ドイツは敗戦による痛手に加えて、ヴェルサイユ条約による過酷な報復を受けていた。その屈辱と反発の中から、ナチスが台頭した。

 1933年(昭和8年)、ナチスは、ドイツの国家権力を掌中にした。ヒトラーは36年、オーストリアを併合し、38年にはチェコからズデーテン地方を割取した。英仏の宥和政策は、裏目に出た。39年9月1日、ドイツは突如ポーランドに侵攻し、第2次世界大戦が開始された。3日にはイギリス・フランスが対独宣戦布告を行った。しかし、その後、約8ヶ月、双方とも積極的な動きのないまま、時が経過した。
 冬が過ぎた翌年5月10日、ドイツは電撃的な作戦を開始し、中立国ベルギーに侵攻した。想定外のことだった。対独防衛のために構築していたマジノ線は、やすやすと突破された。フランス兵は、なすすべもなくもなく殲滅(せんめつ)され、フランスは国防力の大部分を失った。
 6月18日、まさかのパリが占領された。追い詰められた英仏連合軍は、ダンケルクから撤退し、22日、独仏休戦協定が成立した。侵攻後、わずか6週間弱で、大国フランスは、あっけなく敗れたのである。フランス革命によって自由・平等・博愛の理想を掲げたデモクラシーの国・フランスは、全体主義の支配を受けるはめになった。その後、4年4ヶ月にわたって、フランスはナチスに占領された。フランス人は、鉤十字(ハーケン・クロイツ)に服従を強いられた。

 敗因は自国にあった。モーロアは、そう自覚した。彼は英国軍との連絡将校をつとめ、レノー、チャーチルといった当時の仏英の指導者と交流があった。そこで見聞したことや、国内の諸事情、国民の心の動きなどをもとに、モーロワは、祖国は敗れるべくして敗れたのだ、と敗因を分析している。
 その内容は、現在のわが国にとって、非常に参考になる。
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3.フランスの敗因

モーロワは、著書『フランス敗れたり』で祖国の敗因を分析する。以下、私なりに要点を整理してみよう。

@軍備を怠っていた
 モーロワがまず指摘するのは、戦争準備の不足である。フランスは、仏独国境に、防御陣地であるマジノ線を完成していたが、他には多くの欠陥を抱えていた。
 ドイツに対して宣戦布告した後、約8ヶ月もの間、フランスは戦争のための準備をほとんどしていなかった。軍備のために必要な兵器の対外発注を行わず、生産水準の極めて低調な内国産業の生産拡大で対応しようとした。そのため、航空機、戦車、対戦車砲、高射砲、機関銃、トラックなど、前線ではあらゆる物が不足していた。
 一方、ドイツは1933年の再軍備から7年かけて戦争の準備をしていた。開戦後も着々と侵攻計画を進めていた。そのため、彼我の戦力に大きな差が出来ていた。

A平和至上主義が戦争を引き起こした
 フランスには、第1次大戦後、厭戦気分が蔓延していた。国民は、「あんな馬鹿げた戦争」など二度と起こるはずがないという幻想を抱いていた。そして、いかなる戦争も軍隊も悪という平和至上主義が広がっていた。しかし、平和至上主義こそが、ドイツへの対応をにぶらせ、ドイツの侵攻を招いた。

B社会主義が敵国を有利にした
 ロシア革命後、マスコミ・知識層・労働者・学生たちに社会主義が浸透した。社会主義は国内に思想的・階級的な対立を生み、国民がまとまらなかった。ソ連への幻想が、国内の団結より、他国への連帯を意識させた。社会主義の思想は、常に外国の利益に奉仕する結果となった。

C国際連盟に期待しすぎていた
 国民の間に、国際連盟があれば地上から戦争はなくなるという過度の期待があった。
 事情はイギリスでも同様だった。モーロワは書く。「英国は国際連盟というものに過大なる重要性を与えていて、半ばは真面目な理想主義と、半ばは国際連盟というものが、お説教の一斉射撃で大砲を圧倒するだろうという誤れる考えとによって動かされていたのだ」と。

D専守防衛の誤りを侵した
 フランスは、ドイツに対し、専守防衛に徹した。敵国が攻めてくるまで待ち、それを迎え撃つことしか考えていなかった。
 宣戦布告後、約8ヶ月もの間、相手に、攻撃の準備をする時間を与えてしまった。戦争は前大戦と同じく膠着戦になるという前提で、長期戦の戦略が立てられた。ドイツが取っている新しい戦術、電撃戦への対応が全くできていなかった。

E希望的観測に陥り、現実を見なかった
 フランスは、ヒトラーが政権をとっても、正確な情報を得ようとしなかった。ドイツは攻めてはこないだろうという希望的観測によって、国際社会の現実を見ようとしていなかった。
 フランスは、最後の瞬間までドイツとの戦争は交渉によって避けうるものと思っていた。ナチス・ドイツは虚勢を張っているだけで実際は弱体であると考えていた。

F首脳部に不協和があった
 当時、交互に首相・蔵相・外相を務めたダラディエとレノーは、権力争いのためにお互いを非常に嫌悪していた。互いの愛人が政治に口を出したこともあり、個人的な争いを行なっていた。開戦時の首相レノーと総司令官ガムラン元帥との間にも攻勢論と守勢論とで軋轢があった。
 これらフランス首脳部の不協和は、イギリスをして、「彼らはドイツと戦争する暇がないのだ。お互い同士の間で戦争をするのに忙しいから」と言わしめるほどだった。

G敵国の宣伝工作にやられた
 仏英は、かつて百年戦争を戦った。フランスには、その記憶による反英感情があった。ドイツの宣伝戦は、英仏を離反させることを狙っていた。これに、国内の「第5列」つまりナチ・シンパが呼応していた。
 仏英の離反は、大戦直前まで高い成果を上げていた。ドイツの情報操作により、フランスが強大化するという妄想を抱いたイギリスは、ドイツに軍事的な援助を与えていた。同盟国より、敵国を強大化させる愚を犯した。
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4.前車の轍(わだち)


 モーロワの挙げるフランスの敗因は、ドイツに侵攻される前のフランスの事情である。それを現代日本の事情と照らし合わせてみよう。1930年代〜1940年における仏英独の関係は、現代の日・米・中に対比できる。
 以下の@〜Gは、先ほどの敗因である。下にそれぞれつけた文章は、現代のわが国の事情である。

@軍備を怠っていた
 わが国は、第1次大戦後の欧州における歴史的教訓に学ぶことなく、軍備を怠っている。憲法第9条によって、国防に大きな制約がかけられている。国民に国防の義務がなく、国防の意識が極度に弱い。防衛・防災の訓練もされていない。

A平和至上主義が戦争を引き起こした
 現行憲法は、平和至上主義の法典である。もう戦争は起こりえないという思い込みも、国民に広がっている。それが周辺諸国の侵攻意欲を刺激し、冒険主義を助長している。

B社会主義が敵国を有利にした
 かつてわが国の社会主義運動は、旧ソ連に奉仕した。現在では、中国・北朝鮮を利する行動になっている。国境を越えた連帯は、現在の東アジアでは、中華共産主義の拡大を促進するものとなっている。

C国際連盟に期待しすぎていた
 第1次世界大戦後、国際連盟への過度の期待が、仏英に惨禍を招いた。第2次大戦後、わが国はその教訓に学んでいない。国際連合への誤認と幻想が、政治家にも広く見られる。

D専守防衛の誤りを侵した
 専守防衛主義の誤りは、仏独戦も証明している。国防の自制は、他国の侵攻を容易にする。自らの身を守るには、自らの手を縛ってはいけない。

E希望的観測に陥り、現実を見なかった
 わが国には、中国・北朝鮮は攻めてこないだろうという主観的願望が広がっている。東シナ海での領海侵犯や竹島占拠、テポドン乱射の現実を、国民は本気で見ようとしていない。

F首脳部に不協和があった
 わが国では、政党の間の党利党略、政治家の間の私利私略が横行している。政敵を攻めるために、他国の容喙を呼び込む者がいる。しかも、歴史認識、教科書、靖国神社等、国家の根幹に関わることを、政略に使っている。

G敵国の宣伝工作にやられた
 ドイツは、仏英を離間しようとした。中国は、日米を離反させる工作をしている。親中派の政治家・財界人や共産主義者・朝日新聞等が、その工作を助長し、時に中国を扇動している。

 これらをまとめると、フランスで敗北の原因となったのと共通の要素を取り除くことが、わが国に国家の安泰、民族の繁栄をもたらし、東アジア及び世界の平和に寄与することともなるだろう。
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5.祖国の救済策

 

モーロワは、祖国の敗因を分析した上で、「救済策」を提示している。救国の対策である。フランスはナチス・ドイツに占領されている。その状況にあって、モーロワは、祖国が自由と独立を回復するために、何をなすべきかを自国民に呼びかけた。それが以下の9つの対策である。
 便宜上、番号を振ることにする。

@強くなることーー国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。

A敏捷に行動することーー間に合う様に作られたる1万の飛行機は、戦後の5万台に優る。

B世論を指導することーー指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。

C国の統一を守ることーー政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ。

D外国の政治の影響から世論を守ることーー思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守るために、外国から金を貰うのは犯罪である。

E非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきであるーー非合法暴力への煽動は犯罪である。

F祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ることーー祖国を守る為に努力しない国民は自殺するに等しい。

G治めるものは高潔なる生活をすることーー不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足掛かりを与えるものである。

H汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずることーー軍隊は、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する値打ちがある。

以上である。

フランスは、起ちあがった。レイノー内閣の国防次官だった将軍シャルル・ド・ゴールは、パリが陥落すると、イギリスに亡命し、ロンドンからレジスタンスを呼びかけた。「自由フランス国民委員会」を結成し、「自由フランス」を指揮して北アフリカ戦線で戦い、対独抗戦を指導した。
 アメリカにあって救国の対策を示したモーロワは、国民に勇気を与え、また米英等の国民に助力を促しただろう。
 幾多の困難を経て、1944年6月、連合軍によるノルマンディー上陸作戦は成功した。8月25日、パリが解放され、フランスは自由と独立を回復した。

 フランスは、まだ幸いだったのかもしれない。英米との同盟があったからである。旧ソ連の侵攻を受けた東独等の東欧諸国は、40年以上の支配と搾取を受けた。中国の侵攻を受けたチベットは、徹底的な虐殺と破壊により、民族絶滅の危機に陥っている。国防力が弱く、また強力な同盟を持たない国は、なすすべなく蹂躙される。
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6.わが国の予防策として読む


 モーロワの書『フランス敗れたり』は、日本に今後起こりうることを、不気味なほどに暗示している。それとともに、それを避けるための方策を読み取ることもできる。
 モーロワの「救済策」は、祖国が他国に蹂躙されてしまってからの対策だった。我々日本人は、前車の轍を踏まぬよう、これを予防策に読み替えて、教訓としたい。
 以下、救済策の下に、私の所感を書く。

@「強くなることーー国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう」
 フランス国民は、自由と独立を守るために戦うことを怠った。その結果、全体主義の侵攻に敗れ、自由と独立を失った。日本国民は、フランスの教訓に学ぶべきである。

A「敏捷に行動することーー間に合う様に作られたる1万の飛行機は、戦後の5万台に優る」
 国防は、相手があってのもの。変貌する東アジアの事情に対応できる国防政策を行うことが必要である。なにより憲法の改正なくして、日本は守れない。現行憲法は亡国憲法である。自らの手で新憲法を作り、安全保障を整備することが急務である。

B「世論を指導することーー指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない」
 デモクラシーは、指導者と国民に道徳があってのもの。道徳が崩壊すれば、デモクラシーは堕落する。堕落したデモクラシーは、独裁か愚民政治に至る。大衆が愚民と化し、指導者がその大衆に迎合するとき、国は危殆に瀕する。国政に当たる者は、このことを肝に銘じてほしい。

C「国の統一を守ることーー政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ」
 日本丸が沈没すれば、国民は家族の生命や財産を失って漂流する。政治家は個人的な争いにとらわれて、民利国益を見失ってはならない。自国より他国の利益に奉仕する者は、国民を裏切り、遂には自らも破滅する。

D「外国の政治の影響から世論を守ることーー思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守るために、外国から金を貰うのは犯罪である」
 戦後、わが国は米ソの影響に支配されてきた。近年は中国・韓国・北朝鮮の影響が強くなっている。利権に執着し、脅しに屈服し、他国に買収され、国を売る行為は、厳罰に処すべきである。

E「非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきであるーー非合法暴力への煽動は犯罪である」
 本項は、共産主義やファシズムについて言うものだろう。わが国は過激派やオウム真理教に対して、破防法の適用をせず、破壊活動を許した。日本人拉致に関与した在日朝鮮人組織にも、有効な規制をかけていない。非合法暴力には、断固たる対応が必要である。

F「祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ることーー祖国を守る為に努力しない国民は自殺するに等しい」
 戦後日本には、米・ソ・中・韓・朝等の思想が大量に流入している。それどころか、反日的・反国家的な思想が、公教育で青少年に教えられ、マスメディアによって国民に吹き込まれている。良識ある国民は、これ以上、亡国自滅の行為を許してはならない。

G「治めるものは高潔なる生活をすることーー不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足掛かりを与えるものである」
 政治家・官僚のモラルが低下した国は、外交でも軍事でも外国の工作に敗れる。為政者は、国の運命を担っている。その自覚を持って、国政にあたってほしい。皇室における「仁」の伝統を仰ぎ、為政者における武士道の精神を取り戻したい。

H「汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずることーー軍隊は、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する値打ちがある」
 どの国、どの民族にも「本来の思想と生活方法」がある。それは、フランスであればフランス精神であり、日本であれば日本精神である。その「本来の思想と生活方法」を守り、信念をもって国難にあたることが、最も大切である。
 日本人は、自己本来の日本精神を取り戻そう。
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7.ファシズムと共産主義に共通するもの

 

『フランス敗れたり』と似たようなことが、今の日本に起こりうる、と私は憂慮している。日本の国内事情に加えて、東アジアはそういう情勢になりつつある。
 1930年代〜1940年の欧州におけるナチス・ドイツに今日、東アジアで相当するのは、中国である。中国が台湾に侵攻・制圧する。朝鮮半島で影響力を強め、中国の主導で統一を行う。わが国に対しては、尖閣諸島・南西諸島を占領し、沖縄へ、さらに本土とへと侵攻の手が伸びてくる。そういう可能性が年々高まっている。今のまま対応が遅れれば、わが国は、ナチス・ドイツにあっけなく敗れたフランスと似た運命をたどる恐れがある。

現代中国がどういう国家であるか、次にこの点を検討したい。

 ナチス・ドイツは、ファシズムの国家だった。それに対し、中華人民共和国は、共産主義の国家である。ファシズムは、共産主義側から、共産主義革命に対する「反動」であり、「反革命の最も先鋭な最も戦闘的な形態」とされる。ヒトラーとスターリンは、独ソ戦争を戦った。その点では、ファシズムと共産主義は、敵対的な対立物である。しかし、これらには共通点がある。

 例えば、政治学者・丸山真男のファシズムの定義には、次のような特徴がある。

@独裁者の出現とその神格化
A議会政治の否定による一党独裁
B非立憲制
C言論・集会・結社・団結の自由と自主的コミュニケーションの禁止
Dテクノロジーとマスメディアの駆使による大衆の画一化
Eテロ・暴力の駆使による「恐怖の支配」
 
 これらの特徴は、ほとんどが共産主義にも当てはまる。マルクス=エンゲルスの思想は、理論上では必ずしもこうではないから、ロシア型共産主義には、と補足しておこう。歴史的現実的に実現した共産主義体制は、ロシア型つまりレーニン=スターリンの系統である。21世紀に生き延びている中国も北朝鮮も、同系統である。本稿にいう共産主義は、この意味で言う。

 ファシズムと共産主義は、全体主義という概念でとらえることができる。フリードリッヒ・ブレゼンスキーの『全体主義的独裁と専制』によると、全体主義には、次のような特徴がある。

@首尾一貫した完成したイデオロギー(世界征服を目指す千年王国論)
A独裁者の指導による単一大衆政党
B物理的・心理的テロルの体系
Cマスコミの独占
D武器の独占
E経済の集中管理と指導

 これらの特徴は、ナチス・ドイツにも旧ソ連にも当てはまる。特にスターリン時代のソ連は、国家主義的・民族主義的傾向が強く、ナチス・ドイツとの共通点が多い。違いは、ソ連はマルクス・エンゲルス・レーニン等の思想を掲げるが、ナチスは彼らの思想を敵視するところにある。それを除くと、政治体制・統治方法・行動形式は、よく似ている。
 経済体制は、ソ連には私有財産制が存続し、共産党官僚が権力を利用して富を獲得し、新しい支配階級に成り代わった。その正当化のために引き続きマルクス=レーニン主義を利用していた。世界の共産化という戦略も、自国の利益追求のための膨張政策を、マルクス・レーニンの文言を切り貼りして粉飾していたようなものである。
 ともあれ、スターリン以後もソ連は、資本主義に対抗して、計画経済を行なっていた。また、マルクス=レーニン主義による革命運動を世界に指令していた。共産主義のイデオロギーで、自由主義と思想闘争を行なっていた。そういう外形は保っていた。だから、旧ソ連をファシズムとは呼ばない。
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8.中国はナチス・ドイツに似てきている


 中華人民共和国は、もともとスターリン時代のソ連の指導と援助を受けて革命に成功し、また国家建設を進めた。毛沢東は、シナのスターリンというべき独裁者だった。彼らをイワン雷帝と始皇帝に比せられよう。
 毛時代の中国は、ソ連ほど工業化が進んでおらず、社会主義体制というより、アジア・アフリカ・ラテンアメリカにおける軍事政権による開発独裁に近い体制だった。開発独裁は、政府主導の近代化・産業化であり、資本主義化の道と社会主義化の道を選択しうる。

 革命国家は、資本主義経済体制と社会主義経済体制の過渡期にある。資本主義から社会主義への過渡期においては、資本主義への逆戻りがありうる。社会主義国で資本主義的要素が多くなることは、社会主義建設の後退と考えられる。
 中国の場合、毛沢東の時代には、まがりなりにも社会主義経済体制をめざしていた。しかし、毛の政策は、大躍進政策や文化大革命等、破壊と混乱を繰り返すばかりで、ほとんど経済成長ができなかった。核の開発だけが突出して推進された。
 毛の死後、実権を握ったケ小平は、走資派の頭目だった。走資派とは、資本主義に走る者という意である。ケは「社会主義市場経済」という原理的には矛盾した政策を掲げ、資本主義的な近代化・産業化のコースに舵を切った。政治的には共産党支配の正統性を保ちながら、経済的には外国資本の投資を呼び込んで経済成長をめざした。

 旧ソ連の革命は、新しい貴族階級「ノーメン・クラツーラ」を生み出した。中国の革命も、同様である。権力を握る共産党官僚や人民解放軍幹部が富を獲得していくという国家に、中国は変貌している。
 もちろん現在も、政治思想は共産主義であり、マルクス=レーニン主義・毛沢東思想を掲げている。しかし、共産主義の理想である私有財産制の否定、それによる貧富の格差の解消は、かなぐり捨てている。
 社会主義的全体主義が、私有財産制を認め、資本主義的要素を多く取り入れれば、資本主義的全体主義に近づく。資本主義的全体主義をファシズムと言うならば、現在の中国は、共産主義がファシズムに変質しつつあると見られる。とりわけ、対外戦略は、ナチス・ドイツに似た思想と行動を表している。
 現在の中国は、かつてのソ連以上に、もっとナチス・ドイツに似てきているのである。「社会主義市場経済」という原理的に矛盾した言い方にならえば、このファシズム化しつつある共産主義を、「ファシズム的共産主義」と呼ぶことが出来るだろう。ファシズムそのものではない。マルクス=レーニン主義を掲げている以上、いかに変質してもなお共産主義である。
 わが国は、このような国と対面しているのである。
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9.中独の具体的な類似点


 日本がフランスと同じ失敗をしないためには、現代中国の特徴を理解することが欠かせない。前項で中国はナチス・ドイツに似てきていると書いたが、もう少し具体的に類似点を挙げてみたい。

@武力による政権奪取
 ナチスはテロと議会制圧によって、権力を奪取した。中国共産党は国共内戦を通じて、権力を奪取した。過程は違うが、ともに武力によって政権に就いている。

A一党独裁
 政権奪取後、ナチスは一党独裁、中国共産党は事実上の一党独裁を維持している。ともに個人の自由は極度に制限され、思想統制が行なわれている。政権または党への批判は、徹底的に弾圧される。

B国家資本主義
 経済政策では、ナチスは、自由主義的な資本主義に対して統制をかけ、一部事業の国有化を行ない、政府主導型の国家資本主義体制を取った。中国は「社会主義市場経済」の導入により、政権は共産党だが、経済は政府主導型の国家資本主義となっている。

C弱者の復讐
 ドイツは、第1次世界大戦の敗戦国であり、ヴェルサイユ条約で過酷な制裁を受けた。これに対するドイツ国民の反発が、ナチスの台頭を生んだ。ナチス・ドイツは、フランス・イギリス等への復讐心に燃えていた。
 中国は、第2次大戦の戦勝国ではあるが、アヘン戦争以後、西洋列強の侵略を受けていた。またシナ事変以後、日本との戦いでは、連戦連敗だった。戦後はアメリカの核で何度も脅された。こうした屈辱が、日本への復讐心、アメリカへの対抗心となっている。

D極度の民族主義(アルトラ・ナショナリズム)
 ナチズムは、ユダヤ民族の選民思想を、ゲルマン民族に置き換えた性格を持つ。中国は、古来、中華思想を持ち、周辺諸民族を蛮族と見て、朝貢体制を築く。この中華思想と共産主義が結合した。さらに江沢民以後の反日愛国主義教育が、中華思想と結びついた民族主義を高揚させている。

E民族浄化
 ナチスは、ユダヤ人の虐殺を行い、ユダヤ民族の絶滅をめざした。中国共産党は、チベットに侵攻し、チベットの人口の4分の1に当たる120万人のチベット人が殺害された。チベットの女性はみな断種手術を強制されたため、民族の絶滅を迎えようとしているという。今日、中国国民の中には、愛国主義反日教育の結果、日本民族の殺戮・強姦・絶滅を叫ぶ者が出ている。
 これは共産主義の思想ではなく、ナチズムの思想に近い。

F猛烈な軍拡
 大戦間期のドイツは、猛烈な軍拡をした。中国は18年間連続で、軍事費が2桁の伸びをしている。ドイツは、優秀な科学者を結集し、当時、世界最高水準の科学兵器を開発・製造した。中国は成長する経済力をもって、核ミサイル、原子力潜水艦、空母、宇宙兵器等の科学兵器を開発・製造しつつある。
 軍拡の目的は、中独とも、生存圏の確保、地域覇権の確立、世界支配であろう。

G生存圏の思想
 ナチス・ドイツは、「生存圏(Lebensraum)」の拡大、すなわち、増大する人口を完全に許容し、民族を自給自足体制に移行させ、世界強国との闘争を可能とする資源をも産出する広大な領土の獲得を目指した。中国共産党は、江沢民時代以来、「民族の生存空間の確保」を打ち出している「13億の中国人にとって海洋は絶対に欠かすことのできない民族的生存空間だ」と公言し、海洋への進出を強化している。
 これは共産主義の思想ではなく、ナチズムの思想である。

H地域覇権主義
 ナチス・ドイツは欧州における覇権をめざし、一時的にそれを実現した。中国共産党は現在、アジアにおける覇権の確立をめざしている。ナチス・ドイツは、オーストリア・チェコ・ポーランド等に触手を伸ばしたが、中国は既にチベット、モンゴル、新疆等を支配し、さらに台湾、尖閣諸島、東シナ海等に版図を広げようとしている。
 この行動は、共産主義による民族解放・共産党政権の樹立とは関係ない。ファシズムの行動である。

I世界支配の野望
 ナチズムは、ナチスという党が世界を支配することをめざした。大陸に拡散した古代ゲルマン民族の膨張願望に通じるものがある。中華思想は、世界統治の思想である。共産主義は、世界の共産化を目指している。中国共産党は、中華思想的共産主義によって、世界を支配しようとしているように見える。

 以上、中国とナチス・ドイツとの共通点を10点上げた。「ファシズム的共産主義」と呼ぶ論拠である。このような国が、わが国と海を隔てて隣接しているのである。
 違いも、もちろん多くある。特に、現代中国は核兵器を持っていること。膨大な人口を持っていること。この二つは見逃せない。
 膨大な人口を周辺諸国に流出・移住させ、世界核戦争の際は人口力による生存・支配を図るという戦略は、ナチス・ドイツにはできなかったものである。
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10. 東アジアに第2次大戦は起こり得る


 これまで書いたように、1930年代〜1940年のフランスと今日のわが国、同じく当時の仏独関係と、今日の日中関係には、不気味なほど似た点がある。
 世界は、米中冷戦の時代に入ったという見方をする識者が増えつつある。私も、同意する。ただし、東アジアに限って見ると、むしろ第1次大戦から第2次大戦への戦間期、1930年代のヨーロッパに似た事情になってきていると私は思う。
 第1次世界大戦は、世界大戦とはいうが、まだ第1次欧州大戦というべきものだった。東アジアでも戦闘はあったが、規模が小さかった。地球的規模で言えば、第2次大戦こそ、世界大戦という名にふさわしい。しかも、最後には核兵器が使用された。私はその時点をもって、近代と現代を分けている。
 第2次世界大戦は、欧州では第2次欧州大戦だったが、東アジアでは初めての大戦であり、これを第1次東アジア大戦ととらえることもできよう。この見方で言えば、現在東アジアは、第2次東アジア大戦に向かいかねない状況になってきていると思う。
 米中冷戦は、資源・エネルギーの争奪を中心に、世界的規模での米中の主導権争いとして展開されているが、軍事的な対峙は東アジアが主な舞台である。欧州は場外である。それゆえ、わが国を含む地域で大戦が勃発する危険性を孕(はら)んだ緊張状態が、米中冷戦である。

 かつてアメリカは、ナチス・ドイツと直接戦ったが、ソ連とは決戦をしなかった。覇権闘争を貫徹したナチスと異なり、ソ連共産党は平和共存の道を選んだ。中国はどうか。中国指導部の戦略思想は、ソ連よりナチスに近い。生存圏の思想を唱え、極度に民族主義的・排外主義的である。こうした国家は、自己崩壊しない限り、冒険主義的な行動を起こす。しかも、核の使用による人命の尊重をいとわない。だから、私は、そう遠くない将来に、米中が激突する可能性は高いと思う。焦点は、台湾侵攻である。この過程で、わが国が中国の恫喝と攻撃を受ける事態がありうると思う。
 ナチス・ドイツがオーストリア、チェコ、ポーランド等に向かったように、中国が台湾、尖閣諸島、東シナ海等に向かうことは、現実の可能性である。そして、ドイツがフランスを攻め、フランスがあっけなく敗れたような事態が、今のままではわが国に起こりうる。
 われわれ日本国民は、アンドレ・モーロワの『フランス敗れたり』に、真剣に学ぶべきと思う。モーロワによる敗因と救済策の項目に書いたように、現状分析とそれに基づく方策の立案・実行が急務である。
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結びに〜国家・民族の中心を保つこと


 結びに、わが国と、第1次欧州大戦後のフランスとの最大の違いに触れたい。この点を多くの方に考えていただきたい。それは、わが国には、国家・民族の中心があることである。皇室の存在である。

 フランスには、そういう中核がない。18世紀末、圧政を行う専制君主への反抗からフランス革命が起こり、王政が廃止された。国民は自由を得たものの国家は混乱が続いた。
 革命後のフランスは、わずか80年ほどの間に目まぐるしく体制が変わった。ナポレオンという独裁者の登場による第一帝政、その没落後の王政復古、七月王政、第二共和制、ナポレオン三世による第二帝政。国王の代替物を求める動きとそれへの反発が繰り返され、国家体制が激しく動揺した。そうして生まれたのが、第三共和制だった。
 第三共和制は、もはや中心のない脆弱な体制だった。指導層から国民各層まで、一個にまとまりうる軸がなかったのである。

 これに対し、わが国には、古来一系の皇室が存続し、国民団結の要となっている。幕末、西洋列強による植民地化の波が、わが国まで押し寄せてきたとき、日本人は、天皇を中心として精神的に団結できた。皇室の存在が求心力を発揮し、国内の対立・分裂を防ぎ、国民は一致協力して国難に向かうことができたのである。
 大東亜戦争の際には、未曾有の大敗を喫したが、昭和天皇による「終戦の御聖断」は、国民を自滅的な戦いから救い、秩序整然とした行動に導いた。潔い対応によって、諸外国による分断支配を回避しえた。昭和天皇による全国御巡幸に力を得て、国民は苦難のどん底から立ち上がり、復興と発展の道を歩むことができた。
 こうした皇室の存在が、国家・民族の危機が深ければ深いほど、重要な役割をしている。それが、日本という国である。

 今後、数年から十年ほどの間に、東アジアは大乱の時代になるかも知れない。日本国民が、こういうわが国の伝統・文化・国柄に心底めざめ、精神的に団結できるかどうかに、日本及び日本人の運命がかかっていると思う。
 私が日本精神の復興を呼びかけるゆえんである。戦いを防ぎ、平和を保つ道を進むためにである。
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参考資料
・国防に関しては、以下の「憲法・国防」の項目の関連事項06-08をご参照下さい。
・共産主義については、「共産主義」の項目をご参照下さい。

 

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