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トッドの移民論と日本の移民問題

2012.1.17

 

<目次>

はじめに

第1章 移民に関する人類学的考察

(1)ヨーロッパの統合

(2)国家の役割と国民・移民

(3)統一ヨーロッパにおける移民問題

(4)画期的な研究書『移民の運命』

第2章 トッド著『移民の運命』の概要と検討

(1)アメリカの場合

(2)イギリスの場合

(3)ドイツの場合

(4)フランスの場合

(5)トッドの主張と批判的摂取

第3章 欧米の現在と将来

(1)深まる混迷

(2)オランダとドイツの悲劇

第4章 深刻化する日本の移民問題

(1)日本の移民問題を考える
(2)トッドの日本論

(3)日本と欧米・ユダヤとの比較
(4)日本と朝鮮・シナの比較

第5章 中国人移民にどう対応するか

(1)深刻化するわが国の移民問題

(2)急増する中国人移民の行動

(3)中国人移民問題は中国への対処

第6章 移民受け入れ1000万人計画

(1)政財界に移民大量受け入れの動き

(2)坂中英徳氏の移民国家論批判

(3)学ぶべきオーストラリアの失敗

第7章 日本を再建し、移民に奪われぬ国へ

(1)国家・国民・国益の意識を高めよう

(2)外国人に参政権を与えるな

(3)日本国籍を安売りするな

(4)亡国の移民国家法案

(5)移民に頼らぬ方策を

(6)日本を再建し、移民に奪われぬ国へ

 

 

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はじめに

私は先にエマニュエル・トッドに関し、「家族・国家・人口と人類の将来〜エマニュエル・トッド」を書いた。トッドは、現代世界で屈指の知の巨人である。トッドは家族人類学・歴史人口学の専門家であり、家族制度と人口統計の研究に基づいて、極めて早くソ連の崩壊を看破したことで知られる。またアメリカの最盛期に帝国の解体を説き、世界の人口は21世紀半ばに均衡に向かうと予測している。長期的な人口の動態と国際関係の変化を踏まえ、わが国の進路についても、傾聴すべき意見を述べている。
 本稿は先の拙稿の続編として、大著『移民の運命』(藤原書店、原書1994年、邦訳99年刊)を中心に、エマニュエル・トッドの移民論を考察し、それを踏まえてわが国の移民問題を論じるものである。

 

1章 移民に関する人類学的考察

 

(1)ヨーロッパの統合


●トッドはヨーロッパ統合に懐疑的
 
 現在、わが国では、永住外国人への地方参政権付与の可否が、重大な問題となっている。この問題は、地方参政権にとどまらない。外国人に日本の国籍を与える場合の基準にかかわる。さらに、移民をどれだけ受け入れ、どのように扱うべきかという問題に帰着する。そして、移民への対応は、日本という国家のあり方、また日本人のあり方を、根本から問い直す問題なのである。私は、エマニュエル・トッドの移民論を通じて、この問題の大きさを一層強く意識するようになった。
 拙稿「家族・国家・人口と人類の将来〜トッド」では、人類の将来を展望するトッドの大局観、及び人類学的な見方による国際関係論を考察した。そこでは、ヨーロッパに関する分析には、あまり触れなかったが、トッドは、近代ヨーロッパについて『新ヨーロッパ大全』(藤原書店、原書1990年、邦訳は93年刊)という大著を書いている。人類学的な分析方法を用いて、ヨーロッパの文化・社会・歴史を徹底的に見直した本であり、ヨーロッパ人のヨーロッパ像を大きく変えたものである。カール・マルクス、マックス・ウェーバー、アーノルド・トインビー以来の画期的な研究書だと思う。
 日本人の目には、ヨーロッパは一個の文明であり、共通の文化を持ったほぼ均一な社会であるように見える。だが、ヨーロッパの内部には多様な文化があり、多様な価値観がある。そのことをトッドは、人類学の研究に基づく家族構造の違いから明らかにした。ヨーロッパ、及び西洋近代文明に関しては、もはやトッドの理論を抜きに論じることはできない、と言っても過言ではないと私は思う。
 それほど大きな認識の変化をもたらした巨人がトッドなのだが、実はそのトッドは、ヨーロッパの統一に一貫して反対してきたヨーロッパ統合反対論者なのである。
 わが国には、ヨーロッパの統合は人類の大きな進歩であり、わが国はそれに習って、国家を超えた広域共同体の実現を目指すべきだと考えている人が多い。東アジア共同体構想を掲げる鳩山由紀夫首相も、その一人だろう。しかし、ヨーロッパには、ヨーロッパの統合に反対する意見もある。世界的に有名な反対論者の一人が、エマニュエル・トッドである。
 トッドは、ヨーロッパ統合に懐疑的であり、懐疑的反対論者と言うことができる。その主張は、社会的文化的な人類学、人口学、歴史学、心理学、国際関係論等にまたがる類まれな学識に基づいている。トッドの移民論を検討するには、まずなぜトッドはヨーロッパ統合に反対なのか、という点から始めなければならない。移民への対応という問題が深くかかわっているからである。

●トッドがヨーロッパ統合に反対する理由

 トッドはヨーロッパ統合に反対する理由を五つ挙げる。各国の社会構造・精神構造の違い、言語の問題、国家・国民(ナシオン)の自律性、人口動態の違い、移民に対する態度の違いである。これらのうち最後の移民に対する態度の違いこそ、本稿の中心的な論点である。

 ヨーロッパ連合の設立の基本方針を定めたのは、1992年(平成4年)のマースリヒト条約だった。マーストリヒト条約は、通貨統合や共通外交など、加盟国に国家主権の一部移譲を求めるものだった。これに対し、一部の識者から激しい反対が起きた。トッドは、条約に反対した一人である。
 92年(4年)に行なったセミナー「ヨーロッパの真実――人類学的視点から」(『新ヨーロッパ大全』日本語版に所収)で、トッドはマーストリヒト条約に反対する理由を二つ挙げている。
 第一の理由は、各国の社会構造・精神構造の違いである。トッドは「ヨーロッパにおいては、各国の社会構造、精神構造があまりに違っている」と言う。それゆえ、「ヨーロッパの統一は文化面の気質の違いからくる紛争を他の面で明らかにしてしまうという結果をもたらす」とトッドは考える。
 例えば、「経済管理面におけるフランスの気質はかなり無政府主義的なところがある」。これに対し、ドイツは、経済観念において「規律を重んじ、ヒエラルキーを重んじるという気質がある」。だから「この二つの国が通貨面で統一されると、むしろ紛争が起きるのではないかと考える」とトッドは語っている。
 第二の理由は、言語の問題である。「一つの統一された言語制度があってはじめて民主主義(デモクラシー)は機能する」「政治面で非常に多数の言語のある政治制度をつくることは、ヨーロッパ全体で民主主義を破壊することになってしまうと思う」「ヨーロッパ統一は民主主義の機能を妨げるものではないか、と考える」とトッドは言う。

 このようにヨーロッパの統合に反対するトッドは、2000年(平成12年)に日本で行なった「ナシオン消滅の幻想――ヨーロッパ統合の根本問題」という講演では、三つの理由を挙げている。(トッド著『世界像革命』(藤原書店)所収)
 それら三つの理由は、先に書いた社会構造、精神構造の違い、言語の問題という理由に付加するものとなる。
 第三の理由は、国家・国民(ナシオン nation)の自律性である。仏語のナシオンは、英語のネイションであり、国家・国民・民族・共同体等の訳語が可能である。ナシオン=ネイションの定義は、論者によって様々だが、アンソニー・スミスの定義は影響力を持っている。それによると、ネイションとは「歴史的領土、共通の神話や歴史的記憶、大衆、公的文化、共通する経済、構成員に対する共通する法的権利義務を共有する特定の人々」を意味する。トッドは、「ヨーロッパのナシオンが統合によってそう簡単になくなることはない、それは幻想だと考えている」と言う。その8年前に『新ヨーロッパ大全』を書いていた時は、「ヨーロッパの人類学的多様性を一つのメタ・ナシオン(超国家)にまとめあげること」は可能と考えるか不可能と考えるか、決めかねていたトッドは、その後、「私ヨーロッパ統合疑わしいという結論に達した」と言う。
 「ナシオンの役割はもう終わった、とよく言われる。しかし例えば言語的に言っても、ナシオンの統一性・均質性が今日ほど強まった時はない」。これは各国の国語のことを言っている。各国の国内で「近年、言語的統一は目覚しく進展し、フランス人はフランス語を話し、ドイツ人はますますドイツ語を話すようになっている。古いナシオンの文化的統合がますます進み、各ナシオンの自律性はますます強まっている。ということは、そうした自律性を乗り越えることがますます難しくなっているということになる」とトッドは言う。
 第四の理由は、人口動態の差異である。ヨーロッパ各国では、出生率の低下が進んでいる。出生率低下の現れ方は千差万別であり、人口の少ない年齢層は、国によって異なる。そのため、国によって、社会の年齢構成の変化への対応が違う。そこから大きな問題が生じている、とトッドは見る。ヨーロッパとして統一した労働政策、移民政策、社会保障政策等が取れないわけである。
 「今後のヨーロッパの実際の歴史とは、単一通貨ユーロの歴史であるよりは、こうした人口動態の差に対する各国の社会システム、経済システムの適応、それに対する対処・対応の歴史となるだろう」とトッドは予測する。そして「これほど人口動態の多様性を抱えたヨーロッパが、共通の財政や行政の規則や、共通の改革案を策定するのは難しいと思われる」と言う。
 第五の理由は、本稿が重要論点とする移民に対する態度の違いである。ヨーロッパの三大国であるフランス、ドイツ、イギリスで移民に対する対応は異なる。その対応の違いは、後に詳しく見るように家族制度の違いに根源を持つ。
 ヨーロッパは自由主義的民主主義・法治国家等の「共通価値を持っているという神話」があるが、「混交率を比較しただけでもヨーロッパは共通の価値を持っていないということが明らかである」とトッドは言う。混交率とは、外国人との結婚の比率、民族混交率である。フランスでは混交率が高いが、ドイツ・イギリスでは低い。このことはフランスでは移民の同化が進んでいるが、ドイツ・イギリスでは隔離が行なわれていることを意味している。こうした移民に対する態度の違いが、ヨーロッパの統合を困難にするというのである。「統合が一歩一歩進むにつれて、ヨーロッパの単一性の神話はまずます分解してしまう」とトッドは予測する。

 上記のように、トッドは、ヨーロッパ各国の社会構造・精神構造の違い、言語の問題、国家・国民の自律性、人口動態の違い、移民に対する態度の違いーーこれら五つの理由を挙げて、ヨーロッパの統合に懐疑的だという。そして2000年(平成12年)当時、「私は、単一通貨ユーロの創設にも拘わらず、確固たる反ヨーロッパ連合(EU)の立場を取り続けるものである」と述べている。

●トッドは単一通貨ユーロにも反対

 トッドは、ヨーロッパ統合に反対するだけでなく、単一通貨にも反対する。トッドは、ヨーロッパ単一通貨の構想段階から通貨統合に反対し、1999年(平成11年)のユーロの導入後も反対を続けている。わが国では、ヨーロッパにトッドのようなユーロ反対論者がいることはあまり知られていない。
 トッドは、単一通貨に反対する理由を、『経済幻想』(藤原書店、原書1998年、邦訳99年刊)に述べている。トッドは本書で、経済は、根底的には各社会に固有の人類学的要因によって、規定されていることを論証する。人類学的要因とは家族制度である。トッドは、家族制度の類型が資本主義の諸形態を生みだしているとし、アングロ・サクソンの個人主義的資本主義と、日独の直系家族型資本主義を対比する。前者は核家族的価値観に基づき、後者は直系家族的価値観に基づく。
 通貨についても、トッドは人類学の研究をもとに独自の論を張る。単一通貨は、同じ通貨を使うということだけでなく、各国が統一された通貨政策を行うことを意味している。したがって、ユーロが成功するかどうかは、ヨーロッパに、国民国家を超えた政治的共同体ができるかどうかにかかっている。トッドは、それは不可能だと見る。
 「共通の通貨の管理は、共通の財政管理を前提としている。しかし、人口動態が与えるショックが国によって違うので、共通の財政管理をさまざまな社会に適用するという考え自体をあやしげなものにしている。単一通貨は、それゆえ、壮大な非常識にしかなりえない」とトッドは批判する。ここに「人口動態が与えるショック」とは、出生率低下による年齢構成の変化が社会に及ぼす影響を言う。
 トッドは、ヨーロッパ統合に反対する理由の一つとして、各国における人口動態の違いを挙げていた。その違いが財政管理、ひいては通貨の問題に関わってくると見ているわけである。よく注意したいのは、トッドのヨーロッパ統合反対論、単一通貨反対論は、偏狭なナショナリズムによるものではなく、家族人類学・歴史人口学の見地から説かれていることである。

●単一通貨は国民意識を崩壊させる

 トッドは、ヨーロッパ連合の設立の基本方針を定めたマースリヒト条約に反対した。マーストリヒト条約は、単一通貨の創設を施策として打ち出した。トッドは「通貨の統合によって国民や国をなくそうとしている」と批判した。そして、次のように述べる。「1986年から97年に起こったヨーロッパ通貨の定着は、全く独自な精神的・イデオロギー的・宗教的流れの中でなされた。言い換えれば、民主主義の時代から受け継いだ共同的信念の崩壊という流れである。あらゆる帰属意識は、砕け散った」。「共同的信念の崩壊、とりわけ国民概念の崩壊」は「個人の解放や開花をもたらさず、逆に、無力感で個人が砕けてしまう」のだ、と。
 ヨーロッパの近代化は、農村共同体やギルド等、国家と個人の間の中間的共同体を解体しながら進展した。都市化・工業化がそれである。共同体が崩壊すると、それまで共同体によって守られてきた個人は、バラバラの個人になる。単一通貨は、残存していた中間的共同体の意識を崩壊させ、とりわけ国民共同体の意識を崩壊させる。その結果、帰属意識を失った個人を無力感に陥れる、とトッドは指摘するのである。
 ところで、トッドは、単一通貨創出の背後に「貨幣神秘主義」「貨幣一神教」の思想があることを示唆する。この思想の源流は、私の見るところ、西洋文明に巣くったユダヤの拝金主義である。現代の世界では、ロスチャイルド家を中心とするユダヤ系国際金融資本家とユダヤ的価値観を持つ非ユダヤ系支配層が協力して、世界の変造を進めている。目的は、国民国家の枠組みを壊して広域市場を作り出し、最大限の経済的利益を追求することである。この世界変造の重要課題が、世界政府の創設である。
 今日のヨーロッパ連合は、ヨーロッパの統合を通じた世界連邦の創設という構想に発したものである。鳩山由紀夫氏の「友愛」が依拠するクーデンホーフ=カレルギーは、世界連邦の構想のもとに、ヨーロッパ統合運動を提唱した。この点は、拙稿「友愛を捨てて、日本に返れ」に書いた。またヨーロッパ統合は、同時にイギリスの円卓会議やアメリカの外交評議会(CFR)、ビルダーバーグ・クラブ等を抜きに語ることができない。この点は、拙稿
、「現代世界の配構造とアメリカの衰退に書いた。
 世界政府が管理する単一の世界市場。あらゆる共同体が解体され、国民意識も崩壊して、バラバラの個人が集住する社会。こうした市場社会を運動させるものとしての共通貨幣。その管理システム。トッドが反対するのはヨーロッパの統合と単一通貨に限定されているが、その論理は、延長すれば世界規模・人類全体の問題につながっていく。

●ヨーロッパにおける通貨統合の弊害

 トッドは、通貨統合が生む利点よりも、各国が独自の通貨をやめることの弊害の方が大きいと予想した。『移民の運命』(原書1994年)所収の訳者インタビューでは、「2005年にはユーロは消滅する」と予測した。この予測は外れた。ソ連崩壊をいち早く予測して的中させ、「予言者」という異名を取ったトッドとしては、大はずれだった。ユーロは今日まで、継続使用されている。しかし、単一通貨には、トッドが懸念する弊害があることを、見逃すべきではない。
 ユーロが作られる前、ヨーロッパの各国は通貨の発行権を持ち、各国の中央銀行が自国の通貨の発行量や金利の調整を行っていた。ところが、ユーロを採用した国では、実質的に、自国の意思だけでは通貨政策・金利政策を決定できなくなった。
 ユーロ採用国は、財政政策を自国の判断で行う権限は持っている。国債発行、政府支出拡大等を行うことができる。ただし、毎年の財政赤字をGDPの3%以下に抑え、公的財務残高をGDPの60%以下に抑えなければならない。その枠内で財政政策を行うとしても、財政政策は本来、金融政策と連動しなければならない。ところが、各国は金融政策については権限を持たない。ドイツ・フランクフルトに本拠を置くECB(欧州中央銀行)に委ねている。フランクフルトは、ロスチャイルド財閥発祥の地である。
 こうしたヨーロッパ諸国を襲ったのが、2008年(平成20年)の世界経済危機である。リーマン・ショックは、発信源のアメリカ以上にヨーロッパ諸国に大きな打撃を与えた。アメリカのサブプライム・ローンやCDS等を多量に買って保有する銀行・金融機関が多かったからである。ユーロ採用国は世界経済危機による深刻な状態から抜け出ようとしているが、自国の判断で金融政策を行えないため、有効な景気対策を打てない可能性がある。
 なによりEU最大の工業力と経済力を持つドイツが、このジレンマに陥っている。今日のドイツ経済は、中国に似た典型的な外需依存型経済である。そのため、経済危機による世界的な不況、需要の収縮によって、ドイツは深刻な打撃を受けた。だが、ドイツは自国の通貨政策・金利政策で対処することができない。EU・ユーロ圏の国々と運命をともにするしかない。これは独自の通貨をやめたことによる大きな弊害である。そしてドイツの工業力・経済力が低下するならば、EUも全体として失速することを免れない。
 2010年(平成22年)5月現在、ギリシャの財政悪化がEU諸国を揺り動かし、EU諸国は連携してギリシャへの金融支援を行っている。信用不安はポルトガル、スペイン等にも取りざたされている。EUの中核国家であるドイツとフランスは、ユーロ防衛のために、相当の負担を担わざるを得ない。とりわけドイツは、ユーロを防衛するか、国民経済を防衛するか、重大な判断に迫られるだろう。
 わが国には、単純に広域共同体や単一通貨をよしと考える人が多いが、歴史・文化・宗教を共有し、各国の経済的発展段階も近いヨーロッパでさえ、広域共同体や単一通貨には困難な課題がある。全く条件の違う東アジアでは、よほど慎重に考えるべき事柄である。

●ヨーロッパ統合に向けた困難さ

 トッドが、先に書いたようなヨーロッパ統合反対論を述べたのは、1990年代から2000年にかけてだった。その後、ヨーロッパは様々な問題を孕みながら、統合への困難な歩みを続けている。2005年(平成17年)の5〜6月に、欧州憲法条約に関する投票が行なわれた。欧州憲法条約は、ローマ条約、マーストリヒト条約、ニース条約などの条約を集約し、複雑な法体系を整備しようとするものだった。しかし、フランスとオランダでは、国民の多数が条約の批准に反対した。フランスはドイツとともにEUの中核をなす国であり、オランダは自由主義的な伝統と宗教的寛容で知られる。そうした国々で、多数の国民が条約に反対を投じた。ここに統合問題の複雑さが垣間見られる。
 欧州憲法条約は、EUの全加盟国(当時25か国)が批准しなければ発効しない。特に独仏連合の片割れであるフランスで否決されたことは、条約案の見直しを迫るものとなった。協議を重ねて条約案に修正が加えられた。文面から「憲法」という表現を削り、単なる「改革条約」という呼称に変えた。通称リスボン条約である。
 リスボン条約は、理念的なヨーロッパ統合の将来像を掲げることを回避したところに特徴がある。内容は、EU大統領というべき欧州理事会の常任議長を創設。欧州委員会の副委員長を兼任するEU外交・安全保障上級代表を新設。外交・安全保障、税制、社会保障政策などの分野の案件は全会一致とし、各国に拒否権を認める。少数派を尊重し、一定数以上の国が反対する場合は議論の継続を可能とする。人権保障規定などを定めた「欧州基本権憲章」の順守義務を定めるが、各国法の優位性を認める。旗、歌などEUの象徴に言及しない、等の内容となっている。総じて統一より連合という緩やかな組織体となっている。
 ヨーロッパ連合の全加盟国で批准がされるのに時間がかかったため、リスボン条約は予定より1年近く遅れて、2009年(平成21年)12月1日に発効した。こうしてヨーロッパは、様々な課題を抱えながら、統合への困難な歩みを続けている。
 この点でトッドの予想は否定的に過ぎたという見方もできるだろう。だがその一方、ヨーロッパの内部では、トッドが指摘する諸問題が、徐々に大きくなってきていることも事実である。先に書いたギリシャの財政危機による信用不安のヨーロッパ全体への広がりがそうである。経済的な面での単一通貨の弊害が増大することにより、政治的な統合が滞ったり、対立・摩擦が生じたりする可能性がある。


(2)国家の役割と国民・移民

 

●トッドは今日の欧州で国家の役割を再評価する

 これまで書いたような、統合に向かうヨーロッパの抱える政治的・経済的な問題は、国家というものを今日どう評価するかという判断に集約される。ヨーロッパの統合は、ヨーロッパが生み出した近代国家の枠組みを超え、広域的な組織、市場、単一通貨を作ることが、ヨーロッパ諸国民の利益と考えるものである。しかし、こういう考え方に、トッドは疑問を投げかける。そして、トッドの疑問が最も大きく膨らむのが、移民への対応という問題に関してなのである。
 トッドは、1990年(平成2年)に『新ヨーロッパ大全』のフランス語版原書を出版した時には、自分は「ヨーロッパ信奉者」だったという。「国家の主権を委譲し、ヨーロッパが統一されることに全く賛成」だった。しかし、92年(4年)には次のように見解の変化を明らかにした。
 「実際にヨーロッパとしての統一政策が可能かどうかということを考えるにあたって、国家の役割を私は見直した。2年前には国家は必要でないと思っていたが、今は真に社会政策、労働政策を行なう際には、国家という枠組みは重要ではないかと考えている。そして統一された国家、統一された言語、民主主義にとって統一された枠組みとなる国家があってはじめて社会政策、労働政策が機能するのではないかというふうに考えが変わったのである」(『新ヨーロッパ大全』所収、セミナー「ヨーロッパの真実――人類学的視点から」)
 トッドが国家の役割を再評価したのは、社会政策、労働政策の検討による。私見によれば、トッドの言う社会政策、労働政策は、移民政策と関係するものである。ヨーロッパ諸国は、人口動態の変化による労働力不足を補うために、移民労働者を受容してきた。その移民の対処を含む社会政策、労働政策は、国家という枠組みがないと、有効に機能しない。
 国家の役割と移民への対応は、非ヨーロッパ世界に存在するわが国にとっても、重大な問題である。先例となるヨーロッパの実情を知るとともに、人類学に基づくトッドの分析・洞察に、日本人が学ぶべきことは多いと私は考えている。それが、本稿「トッドの移民論と日本」を書く動機である。

●グローバリゼイションを批判し、日本に期待

 国家の役割について関係するので、ここで補足をしておきたいのは、グローバリゼイションに対するトッドの見解である。トッドは、グローバリゼイションを根底的に批判し、国民国家の役割の強化を主張している。
 トッドは、『移民の運命』の4年後に出した『経済幻想』で、グローバリゼイションは「合理性と効率性の原理」であり、「社会的なもの、宗教的なもの、民族的なもの」を壊し、「個別的具体性を消し去り」「歴史から地域性を剥奪する」と述べる。トッドによれば、グローバリゼイションは、アメリカが主導してアングロ・サクソン的な価値観を世界に広める動きである。絶対核家族に基づく個人主義的資本主義の制度・習慣をグローバル・スタンダードとする動きとも言える。
 トッドは、アングロ=サクソン的な資本主義という範囲で、グローバリゼイションを批判し、ユダヤ的価値観を直接的に批判しない。しかし、私の見るところ、アングロ・サクソン的価値観は19世紀からユダヤ的価値観と深く融合しており、アングロ・サクソン=ユダヤ的価値観ととらえることができる。その価値観の表われの典型が、新自由主義・市場原理主義である。
 トッドは『経済幻想』で、「資本主義は、有効需要の拡大を保護するために、強く積極的な国民国家が介入することを必要としている」とし、グローバリゼイションに対抗するために、国民国家の役割を強調する。
 トッドは「ヨーロッパ主義、世界主義、地方分権、多文化主義等、表面は何の関連もないこれらの現象は、実際には、共通の特徴を持っている。それは、国民レベルの共同的信念の拒否である」と言う。そして、次のような独創的な見解を開陳する。「国民レベルの共同的信念を衰退させた原因は、経済ではなく、精神の自律的変化にある」「因果関連は、精神を出発点とし、経済に到達する。国民の外部志向が、グローバリゼイションを生むのであり、逆ではない」。「エリートの反国民主義こそが、(略)世界化した資本のあらゆる力をもたらしたのである」と。そこからトッドは次のように主張する、「国民に集結された共同意識を取り戻せば、グローバリゼイションという虎を受け入れ可能な国内の猫に変えられるであろう」「もしグローバリゼイションが国民国家を解体しているのではなく、国民国家の自己解体がグローバリゼイションを生み出しているなら、国民国家の再構成はグローバリゼイションの諸問題をなくしていくだろう」と。
 こうしたトッドが、現代の世界で国民国家の役割を果たすことを強く期待しているのが、実にわが国・日本なのである。
 トッドは次のように語る。「日本は、人類学上の理由から、アングロ・サクソン・モデルとは極めて異なった資本主義の調整されたモデルを示している」。異なったモデルとは直系家族型資本主義のことである。トッドは続ける。「主義主張の面では、現在、沈黙を守っている日本は、アングロ・サクソン世界への対抗軸を代表しうるし、すべきであろう。すなわち、国民国家による調整という考え方の、信頼できる積極的な擁護者となれる」と。トッドはまた次のように言う。「フランスやヨーロッパにとっては、日本がイデオロギー面でもっと積極的になることが必要なのである」「世界第二の経済大国が、イデオロギー的にも政治的にも十分な役割を果たさないような世界は、不安定な世界になるしかない」と。

●国家と国民、そして移民

 話を移民に戻す。移民を論じるには、まず国家と国民の定義を明らかにする必要がある。移民とは、一国における国民ではない住民だからである。
 近代国家は、領土と国民と主権を構成要素とする。この三つの要素の一つが、国民である。国民を規定するものは何か。それが国籍である。国籍とは、国民の資格である。その国の国籍を持つ者が、国民である。国籍という資格を持たない者は、その国の国民ではない。その国の国民ではない住民が、移民である。移民問題は、その国の国籍を持たない住民への対処の問題である。また、そうした移民がその国の国籍を取った新たな国民も含めて、広義の移民と考えることができる。
 国籍とは、主権すなわち統治権を行使者である政府が、人々に与える国民としての資格である。国籍の付与には、出生、身分行為、帰化の三つの仕方がある。
 出生による国籍付与には、血統主義と出生地主義という考え方がある。政府が親の血統と同じ国籍を子に与える、つまり自国民から生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、血統主義である。政府が、出生地の国籍を子に与える、つまり自国で生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、出生地主義である。次に、身分行為による国籍付与は、外国人が自国民との間で婚姻、養子縁組などの身分行為をした場合に、国籍の取得を認めるものである。最後に、帰化による国籍付与は、出生後の国籍付与のうち、本人の希望に基づいて国籍を与えるものである。
 国籍付与の仕方は、ヨーロッパの各国で異なる。トッドは、このことがヨーロッパの統合において、重要な問題点であると指摘する。セミナー「ヨーロッパの真実――人類学的視点から」(1992年)で、トッドは次のように発言している。
 「ヨーロッパが移民の子供をどう取り扱うか、だれがヨーロッパ人になれるのかという共通した定義をもたないと、真の意味でヨーロッパの統一はなされない」と。

(3)統一ヨーロッパにおける移民問題

 

●戦後ヨーロッパは多数の移民労働者を受け入れた

 先に書いたようにトッドは、ヨーロッパ統合に懐疑的であり、その理由の一つとして各国における移民への対応の違いを挙げる。
 ヨーロッパに多数の移民が流入したのは、第2次世界大戦後のことである。戦後のヨーロッパは、統一への歩みを続けてきた。石炭鉄鋼共同体にはじまり、原子力共同体、欧州経済共同体(EEC)、欧州共同体(EC)等を経て、欧州連合(EU)へと漸進的に発展してきた。この間、ヨーロッパには、非ヨーロッパから異文明・異宗教の移民が流入し続けてきた。統一に向かうヨーロッパに、異文明・異宗教の移民が、外から入ってきたのである。
 トッドは、1990年に刊行した『新ヨーロッパ大全』の結尾において、現代ヨーロッパが直面する重要な問題である移民の問題に触れた。
トッドは言う。「低い出産率によって次第に人口が減少する衰弱するヨーロッパは、外国人の流入を必要とする。外国人が己れの土地に住み着くということが、ヨーロッパの生き残りの条件の一つなのである」と。
「ヨーロッパの生き残り」とトッドが言うのは、1990年当時、アメリカや日本に対抗するためだった。ヨーロッパ諸国は、出生率の低下により、少子化・高齢化が進んできた。若年労働者が減少し、また単純労働者が不足し続けている。これを補う安価な労働力を確保するため、ヨーロッパは非ヨーロッパから多数の移民を受け入れた。ヨーロッパは、経済的繁栄を維持するために、労働力として移民を入れる政策を取ったのである。
 戦後ヨーロッパの移民は、独立した旧植民地から多く流入している。異文明からの移民には、イスラーム教徒、ムスリムが多い。フランスのアルジェリア人、ドイツのトルコ人、イギリスのパキスタン人等がそうである。ムスリム以外では、イギリスに流入したジャマイカ人はキリスト教徒であり、同じくインド人のシーク教徒はヒンドゥー教の一派である。
 トッドは言う。「外の世界からやって来た外国人との対面によってヨーロッパ各国の社会は己れが何者であるのかの再検討を迫られる」。つまり、移民との出会いによって、ヨーロッパ各国の人々は、改めて自己認識を迫られた。それとともに、外からやってきた他者、つまり移民にどう対応するかという問題に直面した。移民への対応は、国によって大きく違った。トッドは、その対応の違いが、各国の家族型の違いによることに着眼した。
 トッドは言う。「皮肉にも統一を求めるヨーロッパの中で、イスラーム教という差異性は、ヨーロッパ各国の文化の間にあった根本的な差異が今でも存続していることを、まさに暴露しようとしている」と。この根本的差異とは、家族型の違いによる価値観の違いであるとする。

●家族型の違いによって移民への対応が違う

 トッドは、人類学の研究に基づいて、家族型の特徴による価値観の違いを明らかにした。ヨーロッパは均一ではなく、家族型の違いにより、主に四つの価値観が存在している。
 ここでは簡単に書くが、家族型には八つの型があり、ヨーロッパには平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、外婚制共同体家族の四つの型がある。これらの家族型は、結婚後の親子の居住と遺産相続の仕方に違いがある。その違いが親子間における自由と権威、兄弟間における平等と不平等という価値の違いとなって現れる。そして自由と権威、平等と不平等の二つの対の組み合わせによって、四つのパターンに分かれる。すなわち、平等主義的核家族は自由と平等、絶対核家族は自由と不平等、直系家族は権威と不自由、共同体家族は権威と平等である。
 トッドは『新ヨーロッパ大全』で、こうした家族制度論をもとに、ヨーロッパの諸社会を分類し、ヨーロッパの文化的な多様性を明らかにした。家族型に基づく価値観は、伝統的な社会が近代化する過程においても、また近代化した後であっても、人々の心性に強く影響し続ける。近代ヨーロッパ社会に現れた種々のイデオロギーにも、家族制度とそれに基づく価値観の違いが表われる。社会的無意識の内容と、政治的社会的な思想には、相関関係がある。こうしたことをも、トッドは解明した。そして、その成果をもとに、移民の問題に取り組むのである。
 トッドは、ヨーロッパの多様性は、非ヨーロッパからの移民の対応における違いとしても現れていることを指摘する。
 フランスは平等主義核家族、ドイツは直系家族、イギリスは絶対核家族が、それぞれ主な家族型である。この家族型の違いによって、各国で移民に対する考え方が違う。移民に対する対応は、家族型に基づく「自由か権威か、平等か不平等かという伝統的価値によって答えが変わっている」とトッドは言う。
 フランス、ドイツ、イギリスのヨーロッパ三大国が、外国人流入に対して選択した態度は互い異なっている。
 フランスの中心部であるパリ盆地は、平等主義核家族が主であり、自由と平等が社会における基本的価値である。「自由と平等という価値は相変わらずこの国に、ヨ−ロッパ系だろうと、イスラーム系、アフリカ系、アジア系であろうと、在留外国人を同化する必要があるとの教条を押しつけ続けている」とトッドは言う。国籍に関しては、フランスは出生地主義を取っており、アルジェリア移民の子供であってもフランスで生まれれば、フランス国籍を獲得しフランス国民になれる。
 ドイツは直系家族が支配的である。権威と不平等が社会における基本的価値である。トッドは1990年当時、「ドイツで外国人の親から生まれた子供の95%は外国人のままであると保証する」「外国人との結婚はドイツでは非常に稀である」と書いた。
 フランスは移民を同化し、ドイツは隔離する。この二国は対極的である。一方、イギリスは絶対核家族が多い。自由と不平等が基本的価値である。「その非平等主義的個人主義は、独特の在留外国人観を生み出す」とトッドは言う。「連合王国への入国を許された移民は簡単に帰化でき、一方、彼らの子供は出生地権の優位を保証する国籍法によってブリテン人と規定される」。移民を容認するが、それは徹底した個人主義による容認であり、個人としては認めるが、集団としては同化せず拒否するのである。


●移民対応の違いによるヨーロッパ統合の危うさ

 先に見たように、フランス、ドイツ、イギリスでは家族型的価値観の違いにより、移民への対応が違う。
 「もしアルジェリア人の子供がフランス人となり、トルコ人の子供がドイツ在住のトルコ人となり、パキスタン人の子供が特殊な型のイギリス市民となるとして、西暦2000年にヨーロッパ人となるのは一体、何者なのだろう」とトッドは問う。2000年とは、1990年の時点で10年先のことを言ったものである。
 トッドは「在留外国人の存在は、フランス、ドイツ、イギリスの国籍についての考え方の違いから来る反目を、ヨーロッパにおいて再びかきたてている。共通の市民権を確定しようと努めているヨーロッパにとって、この問題は枢要である。ヨーロッパ各国の国民が、政治的であるよりはむしろ人類学的な、これらの数千年来の差異を乗り越えることができるかどうかに、統一ヨーロッパというものの形態が掛かっており、もしかしたらヨーロッパが現実に存在し得るかどうかも掛かっているのである」と述べる。
 そして、次のように、本書を結んでいる。
 「ヨーロッパは普遍主義的であるだろうか。差異を尊重することになるだろうか。それとも自民族中心主義的であるだろうか。ヨーロッパ各国の国民は、まず最初に他者とは何かの定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人というものを作り出すことはできないだろう」と。
 最後の部分で、「普遍主義的」とはフランス、「差異を尊重」とはイギリス、「自民族中心主義的」とはドイツの移民に対する対応の態度を言うものである。トッドは、移民への対応の違いを乗り越えられるかどうかに、統一ヨーロッパの形態、さらに存在までもが掛かっていると言う。そして、まず他者の定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人を作り出すことはできないだろうと言う。
 『新ヨーロッパ大全』の結尾で、トッドが移民問題に触れた理由は、二つある。一つは、彼がヨーロッパに関して行なった人類学的分析が、非ヨーロッパから流入する移民とその対処についても有効か、という学問的な課題である。もう一つは、移民がヨーロッパ統合の阻害要因となっていることへの懸念である。非ヨーロッパからの外国人労働者への対応は、ヨーロッパの各国で違う。その対応が統一されなければ、ヨーロッパの統合は不可能になるのではないか、とトッドは憂慮する。そして、トッドは移民問題への取り組みを深めていく。

(4)画期的な研究書『移民の運命』

 

●移民問題は「現代の最も重要な問題の一つ」

 『新ヨーロッパ大全』で近代ヨーロッパの徹底的な研究を経たトッドは、最後に移民の問題に触れた。そして、この問題に深く取り組んでいった。その成果が、『移民の運命』(藤原書店、1999年刊)である。
 本書においてトッドは、移民の問題を「現代の最も重要な問題の一つ」と位置づける。トッドは本書で、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、ヨーロッパの抱える移民問題の深刻さを明らかにする。そして、移民を隔離したり、排除したりするのではなく、同化すべきとする。また、フランスは独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。
 こうしたトッドの研究と主張は、ヨーロッパの内部のものであり、特にフランスにおけるものだが、私は、移民の問題に直面しているわが国にとっても、大いに参考になるものと思う。そこで、次にトッドの『移民の運命』の内容を整理・検討する。そのうえで、日本における移民問題について私見を述べたい。
 トッドの移民論は、社会的文化的な人類学の成果に基づいている。それゆえ、トッドによって移民問題を考えるには、ある程度、人類学の知識が必要である。そこで、遠回りのようになるが、『移民の運命』の内容に入る前に、移民問題のための人類学の基礎知識を書いておきたい。その中で、若干の私見を述べることをお断りしておく。

●家族制度の類型

 トッドの移民論は、人類学的な家族制度の分析を、基本的な方法論とする。移民論の理解には、家族制度論の理解が必要である。そこでこの項目の最初に、トッドの家族制度論の概要を示す。
 トッドによると、家族型には八つの型がある。絶対核家族、平等主義核家族、直系家族、外婚制共同体家族、内婚制共同体家族、非対称共同体家族、アノミー的家族、アフリカ・システムである。そのうちヨーロッパには、絶対核家族、平等主義核家族、直系家族、外婚制共同体家族の四つの類型が存在する。主要な類型を、具体的に見ていこう。

@平等主義核家族
 核家族では、子供が結婚すると独立し、親の家を離れる。そのため、父と子の関係は自由主義的である。核家族には、平等主義核家族と絶対核家族がある。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる傾向がある。この傾向をトッドは普遍主義という。通婚制度、つまり結婚の仕方は族外婚といって、配偶者を自分の所属する集団の外から得る制度が取られている。
 平等主義核家族は、ヨーロッパでは、フランスのパリ盆地を中心とする北フランスと地中海海岸部、北部イタリア、南イタリアとシチリア、イベリア半島の中部および南部に分布する。西欧以外では、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、エチオピアに見られ、スペイン・ポルトガルの植民地だったラテン・アメリカではほぼ全域に分布する。
 自由・平等を掲げるフランス革命がパリ盆地で起こったのは、この家族型の価値観による。フランスは、中心部が普遍主義なので、国全体が普遍主義の傾向を持つ。

A絶対核家族
 絶対核家族は、父子関係が自由主義的である点は、平等主義核家族と同様である。違いは、遺産相続において、特に親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心な点である。この型が生み出す基本的価値は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる傾向がある。この傾向をトッドは差異主義という。通婚制度は族外婚である。
 絶対核家族は、世界中で西ヨーロッパにしか見られない特異な型だった。大ブリテン島の大部分(イングランド、ウェールズ)、オランダの主要部、デンマーク、ノルウェー南部、それにフランスのブルターニュ地方に分布するのみ。植民によって、アメリカ合衆国とカナダの大部分にも分布を広げている。
 アングロ・サクソンの家族型は、絶対核家族である。英米のアングロ・サクソン文化は個人の自由を重んじる。自由主義的かつ個人主義的である。その文化の中で発達した思想や制度、資本主義にもその特徴がある。

B直系家族
 直系家族は、子供のうち一人のみを跡取りとし、結婚後も親の家に同居させ、遺産を相続させる型である。その一人は年長の男子が多い。他の子供は遺産相続から排除され、成年に達すると家を出なければならない。父子関係は権威主義的であり、兄弟関係は不平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と不平等である。絶対核家族より激しい差異主義を生み出す傾向がある。直系家族は、権威主義的かつ集団主義的である。通婚制度は、族外婚と族内婚の二つの型がある。族内婚は、配偶者を自己の所属する集団の内部で得る制度である。
 直系家族は、ヨーロッパでは広く見られる。ドイツ、オーストリア、ドイツ語圏スイス、ベルギー、チェコ、スウェーデン・ノルウェーの大部分、イギリスのウェールズ、スコットランドの西半分、アイルランド、イベリア半島北部、フランス南部のオック語地方、及びフランスが植民活動をしたカナダのケベック地方に分布する。ヨーロッパ以外では、日本と朝鮮、そしてユダヤが直系家族である。

 ドイツ等のヨーロッパと朝鮮は外婚型直系家族である。これに対し、日本とユダヤは内婚型直系家族である。外婚型直系家族は外部に対して開放的だが、冷厳な差異主義を示す。内婚型直系家族は閉鎖的だが、温和な差異主義を示す。

C共同体家族
 共同体家族は、子供が遺産相続において平等に扱われ、成人・結婚後も子供たちが親の家に住み続ける型である。父子関係は権威主義的で、兄弟関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と平等である。
 共同体家族は、ロシア、シナ、モンゴル、北インド、ベトナムなど、ユーラシア大陸の大半に分布する。ヨーロッパでは、フィンランド、ハンガリー、ユーゴスラヴィア、ブルガリアに見られ、西欧ではイタリアのトスカナ地方およびその周辺のみである。他にキューバにも分布する。
 共同体家族には、族外婚と族内婚の二つの型がある。ヨーロッパでは族外婚だが、アラブ圏は族内婚である。トッドは、共産主義が広がった地域が、外婚制共同体家族の地域と一致することを発見した。西ヨーロッパでは、イタリア共産党の強固な地盤をなしていたのが、この型の地域である。
 共同体家族の権威と平等に基づく価値観は、共産主義の一党独裁と社会的平等という価値観と合致する。共産主義は、もともと権威と平等に基づく価値観を持つ社会にのみ浸透し、定着した。価値観の違う社会では、定着しなかった。トッドの発見は、家族型と社会思想との相関性を鮮やかに浮かび上がらせた画期的な業績である。

 以上、家族制度の主要な四つの類型について書いたが、こうした家族制度の違いが、価値観、法律、経済、イデオロギーから移民への対応の違いにまで、深く影響している。そのことをトッドは、画期的な研究によって明らかにしている。
 ただし私見を述べると、家族制度によって価値観、法律、経済、イデオロギーから移民への対応等が、一元的に決定されるわけではない。人間のものの考え方や生き方には、大陸・海洋、砂漠・森林、温帯・熱帯等の気候・風土や、米・小麦・イモ等の生産物、その集団が経験してきた歴史、信奉する宗教等々、様々な要素が複合的に作用する。家族型だけで、全体が決まるわけではない。しかし、その一方、トッド以後、家族制度論を抜きにして、政治・経済・社会・文化を考えることはできなくなっている。それほど画期的なことをトッドは明らかにした、と私は思う。わが国で政治・経済・社会・文化、あるいは文明を論じる人々が、あまりトッドに注目していないのは、素人ながら私には不可解である。

 

●族外婚と族内婚

 家族制度の諸類型について書いた際、族外婚・族内婚について触れた。親子・兄弟関係の遺産相続や居住に関する制度に加えて重要なのが、婚姻に関する制度である。移民問題では、この点が重要なポイントの一つとなる。男女の関係は、民族間の関係に直接関係するからである。
 人間は生物である。生物の目的は、生命を維持・発展させることである。人間も、生命を維持・発展させることを目的とする。生命の維持・発展には、男女が出会い、結び合うことが必要である。人間は、こうした生物としての基本的な活動のために、それぞれの社会で、婚姻に関する制度を作ってきた。それが通婚制度である。
 通婚制度は、女性を交換する仕組みである。通婚には、族外婚と族内婚がある。族外婚は、自分の属する集団の外部から配偶者を得ることをいう。族内婚は、自分の属する集団の内部で配偶者を得ることをいう。ここで集団とは、家族ないし親族のことである。
 ヨーロッパの四つの家族型は、すべて族外婚である。それに対してアラブの家族制度は族内婚であり、かつ父系的であるので、内婚制父系共同体家族と呼ばれる。内婚制父系共同体家族は、父親の兄弟の娘(父方平行いとこ 後述)との結婚を優先する。その際、娘に対する権利を持つのは父親ではなく甥であり、娘を他の男にめあわせようとする父親は甥に補償しなくてはならない。この家族型は、アラブ圏全域に加えて、イラン、アフガニスタン、パキスタン、トルコ、トルキスタンに分布する。インドネシアなどの東アジアを除くイスラーム圏の大半の地域である。
 ヨーロッパに流入するムスリムのほとんどは、内婚制父系共同体家族である。内婚制父系共同体家族は、ヨーロッパにはない価値観を持つ。そのため、受け入れ社会と移民との間で、価値観の違いによる問題が多く発生する。これは、普遍主義の国であるフランスにおいてさえ見られる重要な社会現象である。
 家族ないし親族における族内婚は、具体的にはいとこ婚として現象する。いとこ婚は、人類社会に普遍的に見られる近親相姦の禁止(インセスト・タブー)の対象となる。いとこには、「平行いとこ」と「交差イトコ」がある。「平行いとこ」には「父方平行いとこ」(父方の男の兄弟の子)と「母方平行イトコ」(母方の女の姉妹の子)、「交差いとこ」には「父方交差イトコ」(父方の女の姉妹の子)と「母方交差イトコ」(母方の男の兄弟の子)とがある。通婚禁止の対象は、各社会で異なる。

●直系家族における外婚・内婚の違い

 家族制度のB直系家族の項目に、ドイツ等のヨーロッパと朝鮮は外婚型直系家族、日本とユダヤは内婚型直系家族、外婚型は外部に対して開放的だが冷厳な差異主義を示す。内婚型は閉鎖的だが温和な差異主義を示す、と書いた。この点につき、ここで補足する。
 日本は族内婚的な直系家族の社会であり、これと同様なのはユダヤである。直系家族では兄弟は不平等だが、族内婚の場合、いとこ同士つまり兄弟同士の子供か孫同士の結婚は、兄弟同士の愛情の絆が続く。日本の伝統的社会はいとこ婚に対して寛大であり、その慣習は近代化・都市化によっても消えなかった。ユダヤもまた兄弟を不平等としながら、族内婚であることによって、兄弟関係に温かさを持っており、集団間の関係についての見方は穏和である。
 日本と朝鮮はともに直系家族だが、日本は族内婚であり、朝鮮は族外婚である。朝鮮はいとこ婚を禁止するが、日本はいとこ婚に許容的である。この点は近親相姦禁止の対象の違いなので、文化的に対立する。朝鮮人から見れば、いとこ婚に許容的な日本人は、人間ではないという風に映るようである。日本は姓氏の違いが結婚の禁忌にならないが、朝鮮は儒教を取り入れた後は、同姓不婚である。他にも、文化の異なる民族の受け入れには、習俗・習慣やそれに根ざした感覚や感情のレベルで、容易に相互理解の得られない問題が伴う。
 世界経済において、日本とドイツは直系家族型資本主義であることで、アングロ・サクソンの個人主義的資本主義と対比される。直系家族型資本主義は直系家族的価値観に基づく。しかし、同じ直系家族でも通婚制度の違いが、経済活動に表れる。日本は族内婚であり、ドイツは族外婚である。族内婚の社会は閉鎖的な傾向があり、国家経済も内需依存的となる。日本は世界の主要国のうち、アメリカとともに内需依存国家である。一方、族外婚の社会は開放的な傾向があり、国家経済が外需依存的となる。ドイツは中国に似た外需依存国家である。単に個人主義的資本主義に対する直系家族型資本主義という分類だけでは、日独の国家経済の違いはとらえられない。経済学には、人類学的な視点が必要なのである。

●民族内婚と民族混交

 トッドは、通婚制度の集団を、家族・親族だけでなく、民族にまで広げて応用する。配偶者を同じ民族内から選ぶべしとする規則を「民族内婚」と呼ぶ。ある民族が自民族以外の人間と結婚することを「民族混交」と呼び、その比率を「民族混交率」と呼ぶ。ある国で、国民と移民の民族混交率が高ければ、その社会は移民の同化が進んでおり、民族混交率が低ければ、同化が進んでいないか、隔離が行われていることを意味する。
 民族混交率については、『移民の運命』の刊行後、日本で行った講演で、トッドは次のように述べている。(講演「グローバリゼイション下の世界を読み解く」2000年〜トッド著『世界像革命』藤原書店に所収)
 「受け入れ社会の移民への受け入れ意思がどうなのかを理解するのに一番いいのは、移民そのものより移民の子供たちと受け入れ国の住民の結婚の率を見ることである。
 もしこの率が高く、移民の子供たちと受け入れ社会の住民との結婚が多数に上るなら、その移民たちはそこに受け入れられ、国の中に次第に拡散し、溶け込んでいく、ということになる。それに対して、この率が低ければ、移民集団は分離・隔離されており、やがては受け入れ国の中に新たな民族的ないし人種的マイノリティが形成されることになってしまう」
 ドイツとイギリスは民族混交率が低く、移民集団の分離または隔離が見られる。特に ドイツでは、トルコ人女性の民族混交率が2%程度と、極めて低い。トルコ人の女性がドイツ人の男性と結婚している例は、ほとんどない。このことは、受け入れ社会と特定の移民の間で、融合が進んでいないことを如実に示す事実である。
 これに対し、日本における在日韓国人は、日本人と結婚する者1984年に過半数を超え、現在は結婚相手の8〜9割が日本人といわれる。またその子供はほぼ全員が日本国籍となるとされ、民族混交率が非常に高い。

●家族関係の対称性と無対称性

 人類学には対称性という概念がある。本来は夫と妻、父方と母方という基本的一対の双方が等しい比重を持つことを意味する。トッドは『移民の運命』で、この概念を拡大し、兄弟姉妹間の平等性を意味するためにも用いている。
 女子も含めてすべての子供に平等に遺産相続を行なおうとする制度は、「全般化された対称性」を持つという。平等性を男子のみに限り、女子をそこから排除する制度は、「男性限定の対称性」を持つという。
 男性限定対称性の場合は、女性の地位は低い。アラブの制度がその代表であり、女子は家内に閉じこめられ、永遠の未成年者として扱われる。ヨーロッパの価値観に立てば、女性の権利が制限されるアラブの文化、ひいてはイスラーム教の文化は、人権侵害となる。逆にムスリムから見れば、女性が顔や肌を露出し、性的に自由な行動をするヨーロッパの文化は不道徳となる。
 族外婚の場合、女子は家族ないし親族の外部の集団に嫁ぐので苦労する。シナ・朝鮮等では、女子は嫁いだ集団では同等の人間として扱われない。これらの国々における夫婦別姓は、女子には一族と同じ姓を与えないという差別の制度である。これに対し、アラブの族内婚は、伯叔父・伯叔母の家に嫁ぐために、親しく大事にされ、族外婚の女子が体験するような苦労がない。アラブ社会は、西洋的な価値観に立てば、女性が抑圧されていると見られるが、親族内で女子が守られるという一面もあるわけである。
 家族制度における父方と母方の比重が対称的である場合は、その家族制度は父系でも母系でもなく、双系であるという。また、遺産相続が特定の子供にのみ行なわれ、他の子供に平等に行なわれない場合は、無対称的であるという。男女にかかわらず長子が相続する長子相続や、遺言による指名相続は、無対称性の例である。
 対称性・無対称性は、移民問題と家族制度の検討において、中心的な概念ではないが、補助的な概念として、家族制度の理解に欠かせないものである。

 

●夫婦関係と家族的価値

 トッドの家族制度論に関する基本知識を一通り書いたので、ここで私見を挟みたい。
 私が思うに、トッドの家族制度論は、親子関係・兄弟関係が中心で、夫婦関係はあまり記述されていない。婚姻における族内婚と族外婚の違い、女性の地位の高低は指摘されるのだが、夫婦のあり方がその家族型の社会の価値観に関係するかどうかについては、主題的な説明がない。しかし、男女の結びつきによる民族混交は、受け入れ社会と移民の自然的な融合を進めるものゆえ、夫婦のあり方はもっと重要な意味を持っていると私は思う。
 家族とは男女とその子供を中心とし、それに若干の親族が加わり、原則として共同生活をしている集団をいう。家族は、親から子へと生命を継承していくための、すなわち子供を育て、種を維持していくための基本単位である。それゆえ、両親と子供が不可欠の要素である。そして、父・母・子で構成される家族という単位集団を構成したときに、人類は誕生したといえる。それゆえ、家族あっての人類なのである。家族がなければ、人類はなくなるのである。
 「人間はサルから進化した」という説があるが進化論というものは、未だ仮説に過ぎず、検証されたものではない。しかし、人類の特徴を理解するために、他の大型類人猿と比較してみることは有効であろう。大型類人猿の社会構成は、オスとメスがペアをつくるペア型家族か、複数のオス・メスが交尾して群れをつくる乱婚型集団かのどちらかである。前者の例がゴリラであり、後者の例がチンパンジーやボノボである。
 ゴリラのようにペア型家族をつくる類人猿には、オスとメスの体格が各段に違う。また、メスを獲得するためにオス同士の対立が激しく、オス同士が集団をつくって協力することができない。それに対してチンパンジンーのように乱婚型集団をつくる類人猿は、オスとメスの体格はそれほど違わない。また、オス同士が協力し合い、挨拶行動がよく発達している。このように、オス同士の敵対関係を緩和する仕掛けが存在している。ペア型ではある程度安定した「つがい」ができている。これは、父・母・子からなる単婚家族の先駆形態とでもいうべきである。乱婚型では、単婚家族は成立せずに集団を構成している。
 人類の場合は、この両方の型のプラス面を生かす形になっている。男女が性的結合により、「つがい」を作り、ある程度安定した家族が成立している。それと同時に、男同士が敵対し合わず、集団を作り協力し合う社会を構成している。つまり、家族が寄り集まって集団を作り、その集団の中に家族がいくつか含まれているという社会である。人間の社会では、集団の共同性と家族の独立性とが両立している。こうした社会を形成したことが、人類の生存と繁栄に大きな利点をもたらしたのである。人類は、父母が協力して、知能が発達した子供を産み育てながら、集団で狩猟採集を行い、また定住して農耕を行う。複数家族の共同生活が、文明の発達を可能にしたのである。こうした人類文明の基礎は、家族にある。家族あっての人類である。家族がなければ、人類はなくなるのである。
 上記のように、人間の集団の基本的な最小単位は、父・母・子で構成される。このような視点で見れば、夫婦関係が家族における中心的な関係であり、男女の結合によって初めて子供が生まれ、親子の関係が生じる。さらにそれが世代間に及ぶ時、祖父母と孫の間の祖孫関係が広がる。
 親子の関係とは異なり、夫婦は契約による関係である。その契約は、男女の親同士によって結ばれる場合と、男女相互によって結ばれる場合がある。契約によって結ばれた男女関係が、夫婦である。親子は血統による自然的な関係だが、夫婦は合意による人為的な関係である。 

●家族における権威と伝統

 次に、私の理解では、直系家族は父権が強く、男性が支配的であり、女性の地位が低い傾向がある。核家族はそれに比べて父権が弱く、直系家族より女性の地位が高い傾向がある。この違いは、遺産相続や結婚後の居住に関する父親の権限の度合いによる。
 親子の関係を血縁と呼ぶのに対し、夫婦の関係を姻縁(いんえん)と呼ぶことができる。血縁による親族を血族、姻縁による親族を姻族と呼ぶ。親子・祖孫の血縁によって、血族は世代間のタテのつながりを主に広がる。夫婦の姻縁によって、姻族はヨコのつながりを主に広がる。親族は、こうした血族と姻族の係わり合いによって構成される。
 核家族は夫婦中心の単婚家族であるのに対し、直系家族は親子中心の複合家族である。核家族は子供が結婚すると独立し、親と別れて住む。単一世代で家族が解散する。これに対し、直系家族は子供のうち一人(年長の男子が多い)が親と同居することにより、祖父母や孫、曽祖父母や曾孫も同居する三世代ないしそれ以上の複数世代による大家族を構成する。当然、親族間の関係も、核家族の社会より直系家族の社会の方が強い。
 私の見るところ、トッドは世代間の価値観の継承を重視しないけれども、直系家族の場合は、祖先から子孫に伝承される文化が、重要な価値として尊重される。それが伝統である。伝統は、父親の権威を裏付ける価値であり、父親の父親、またその父親というように、世代を貫いて継承される価値である。核家族の場合、単婚家族であり一世一代で解散するので、直系家族ほど伝統が重んじられない傾向がある。
 直系家族における伝統は、最初の祖先に起源を持ち、その始原的存在が、古代においては祖先神と仰がれ、伝統が宗教的信仰と一体のものとなっていた。日本でもギリシャでも同様である。しかし現代の世界では、日本は例外的存在であり、ヨーロッパの直系家族社会は、はるか昔に、こうした形態を失っている。直系家族だからといって、日本とドイツを単純には比較できない。

 

●家族制度を拡大した「人類学的システム」

 トッドに話を戻す。トッドは、『新ヨーロッパ大全』で画期的なヨーロッパ研究を行い、移民問題へと取り組みを進めた。トッドは、これまで書いてきたような人類学の概念を用いて、移民問題を分析する。『移民の運命』でトッドは、家族制度から「人類学システム」と呼ぶものへと分析の装置を拡大する。
 ヨーロッパの伝統的な社会では、家族制度は安定していた。伝統的社会は、農業を主要な産業としていた。農業は家族労働を中心とし、土地を最大の生産手段とする。それゆえ、伝統的社会では、土地の相続における親子関係・兄弟関係が家族のあり方を規定していた。しかし、近代化によって貨幣経済・都市化・工業化が進み、土地所有を中心とする農業的な家族のあり方は大きく変化した。さらに脱工業化が進むことにより、家族のあり方は、一層の変化を続けている。
 トッドによれば、脱工業化社会では、家族だけでなく、学校、町内、企業を含めた社会全体が、家族型的価値の生産と伝達の場となっている。家族制度という枠組みだけでは、現代社会の分析はできない。トッドは、『移民の運命』では、家族を拡大した地域社会の総体を「人類学的システム」と呼ぶ。そして、家族制度に代えて、人類学的システムを分析用具としている。
 トッドは『移民の運命』において、家族制度に基づく人類学的システムが社会の下部構造であることを示す。また人類学的システムの違いによって、各国民の心性が異なることを明らかにする。
 トッドによれば、ヨーロッパ人なるものは「抽象に過ぎない」。実際に存在するのは、異なる家族型を持ち、異なる心性を抱く多数の社会集団である。そして心性の違いは、移民の受け入れ方の違いとしても現れる。非ヨーロッパから流入する移民の側にも、家族制度の違いによって、多様な心性がある。受け入れ社会と移民のそれぞれの多様性を踏まえて、トッドは、移民問題を心理学的に解明しようとする。トッドは、集団の心性を、意識と無意識に分けて分析する。その分析方法は、人類学的な精神分析とも言えるだろう。
 私見を述べると、移民問題は、文明論的には文明と文明の相互作用、特に人的交流が生む問題である。トッドは家族制度の比較研究を応用して、西洋文明と非西洋文明の遭遇による文明間の移民問題に取り組んでいると言える。

●人間観における普遍主義と差異主義

 トッドが『移民の運命』で使っている新たな概念に、普遍主義と差異主義がある。
 『新ヨーロッパ大全』では、ヨーロッパの四つの家族型の基本的価値である自由と権威、平等と不平等という二つの対概念を、ヨーロッパ分析の手段とした。これに対し、『移民の運命』では、普遍主義と差異主義という対概念を用いる。そして、受け入れ社会と移民の関係を分析する手段とする。普遍主義と差異主義は、家族型の価値のうち、遺産相続における兄弟間の平等・不平等という対にしぼって抽出した概念である。兄弟間の平等に基づくのが普遍主義、不平等に基づくのが差異主義である。
 トッドの言う普遍主義は、世界中の人間はみな本質的に同じという考え方である。一方、人間は互いに本質的に異なるという考え方を、トッドは差異主義という。理解の補助のために、人間観における普遍主義と差異主義ととらえておく。
 普遍主義は、遺産相続において子供が平等である家族制度で生まれる態度である。兄弟平等の相続がされるのは、平等主義核家族と共同体家族である。これらの家族制度が支配的な社会では、兄弟間の平等に基づき、人々は無意識のうちに、諸国民の同等性を教え込まれる。そこから、人間はみな平等であり、「普遍的な人間」というものが存在するという観念にいたる。
 差異主義は、遺産相続において子供が平等ではない家族制度で生まれる態度である。ただし、直系家族では兄弟の不平等が当然とされ、絶対核家族では平等に無関心という違いがある。これらの家族型が支配的な社会では、兄弟間の不平等に基づき、人々は無意識のうちに、諸国民の差異性が教え込まれる。そして、人間は異なるものであり、「普遍的な人間」は存在しないという観念が育つ、とトッドは言う。

●幼児期に作られる「先験的な形而上学的確信」

 人間観における普遍主義は、家族型を通して、子供のうちに無意識に植え付けられた確信である。差異主義もまた同様に形成された確信である。こうした確信を、トッドは「先験的な形而上学的確信」と呼ぶ。 「先験的」と言うのは、現実の経験によって形成されるものではないからだとする。哲学的な用語だが、カントやフッサールの概念とはだいぶ違う。幼児体験的という程度の意味だろう。
 フランスでは街角や学校で、あらゆる民族・人種の子供たちが無差別に交わって、一緒に遊ぶ。しかし、イギリスでは、そうではない。白人の子供によって、肌の色の違う移民の子供は日常的に言葉や暴力による攻撃を受ける。トッドは、これこそ「先験的な形而上学的確信」による出来事とする。人は、子供のころ形成された確信を、社会における経験の中で、改めて確認する。そしてその後の思考・行動は、その確信に支配されるというわけである。

●家族型的価値観による移民への対応の違い

 ヨーロッパの三大主要国であるフランス、ドイツ、イギリスでは、移民への対応が異なる。トッドによると、その対応の違いは、家族型的価値観の違いによる。普遍主義と差異主義という対で言うと、フランスは普遍主義的であり、ドイツ・イングランドは差異主義的である。
 フランスは、パリ盆地を中心とした地域では平等主義核家族が主だが、周辺地域では直系家族が多い。国内にこうした二重構造を持つが、国民の多くは普遍主義的である。人々は、到来した有色人種の形態的差異に当初は驚くものの、接触の経験を積むうちに次第にそれに慣れていく傾向がある。そして、移民を同じ人間として受け入れ、同化させる。
 一方、ドイツは直系家族、イングランドは絶対核家族が主である。ともに国民の多くは差異主義的である。人々は、到来した有色人種と接触の期間が長くなればなるほど、逆に憎悪が募っていく傾向がある。そして、移民を別の人間として隔離する。ドイツの場合は移民を集団として排除しようとする。イギリスの場合は集団を隔離した上で、個人としては受け入れるという違いがある。
 トッドによると、差異主義には、親子関係による価値が自由か権威かによって、二つのタイプがある。イギリスは自由主義的差異主義、ドイツは権威主義的差異主義とトッドは呼ぶ。
 歴史的に、普遍主義には六つの事例が確認できるとする。古代ローマ、及びそれを引き継いだカトリック教会、スペインないしイベリア、フランス革命、共産主義のロシア、シナ、イスラーム圏ないしアラブである。これに対し、差異主義には、八つの事例が確認できるとする。古代ギリシャないしアテネ、ドイツ、イギリス、バスク、カースト制のインド、シーク教徒、ユダヤ、そして日本である。わが国が差異主義とされるのは、直系家族の社会だからである。

●「受け入れ社会の全能性の原則」と移民の将来

 移民を受け入れる社会には、異なる家族型を持つ移民が流入する。この時、トッドによると、受け入れ社会の人類学的システムは、移民の流入によって変わることがない。移民の側は、3〜4世代のうちに受け入れ社会の家族型に変化する。この現象をトッドは、「受け入れ社会の全能性の原則」と呼ぶ。
 例えば、アメリカ合衆国は、イギリスから渡ったアングロ・サクソンによる絶対核家族の社会である。アメリカは、直系家族のドイツ人や平等主義核家族のイタリア人等を多数受け入れた。しかし、それでももとの家族型は変化していない。移民を当初からの習俗に同化させている。
 トッドは、移民にとって可能な将来は同化か隔離しかない、隔離は問題の先送りにすぎないと明言する。同化と隔離のいずれの解決が取られるかは、それぞれの受け入れ国の持つ無意識の家族型的価値観によって決まる。いすれの対応においても、「受け入れ社会の全能性の原則」が働くとトッドは言う。

●各国の家族制度と国籍付与の違い

 移民の受け入れの一つの方法が、国籍の付与である。国籍付与にも、家族型的価値観が表われているとトッドは見る。トッドは「家族構造と国籍に関する観念の間には、明白で緊密な関係がある」と指摘する。出生による国籍付与には、血統主義と出生地主義がある。政府が親の血統と同じ国籍を子に与える、つまり自国民から生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、血統主義である。政府が、出生地の国籍を子に与える、つまり自国で生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、出生地主義である。前者を「血の権利」、後者を「土地の権利」ともいう。
 血統主義は、直系家族の価値観を法的に制度化したものである。出生地主義は、核家族の価値観を制度化したものである。前者の例は1999年(平成11年)以前のドイツや日本等、後者の例はフランス、イギリス、アメリカ等である。
 平等主義核家族が中心部を占め、「自由と平等」を社会における基本的価値とするフランスは、出生地主義である。1889年に移民の子供にフランス国籍を保証する出生地権が確立された。外国人の子供でも、フランスで生まれれば、フランス国籍を与える。二重国籍も許容する。

 直系家族が支配的で、「権威と不平等」を基本的価値とするドイツは、血統主義を取ってきた。ドイツで生まれても、外国人の子にはドイツ国籍を与えなかった。

ドイツの国籍観が明確な形を取るのは1913年のことであった。出生地権は否定され、「ドイツはひとつの株を起源とする子孫の総体からなる民族的国家と定義された。ドイツ人を父に持つ子供はドイツ人となるとされた。1973年に母親がドイツ人の子供もドイツ国籍が与えられるように変更された。しかし、ドイツは、フランス等の影響で1999年に国籍法を改正し、出生地主義を取り入れた。ただし、二重国籍は認めない。子供が一定の年齢に達したら、単一の国籍を選択させる。

 絶対核家族が主で、「自由と不平等」を基本的価値とするイギリスは、独仏の中間的な形であり、一種の出生地主義なのだが、移民の子供は少し違った取り扱いを受ける。
 このように国籍付与にも、家族型的価値観が表われているとトッドは見るのである。

 

●トッドとマルクス、ウェーバー

 ここでエマニュエル・トッドとカール・マルクス、マックス・ウェーバーの関係について、私見を述べたい。
 マルクスは、『経済学批判』で唯物史観の公式といわれるものを提示した。それによると、「生産諸関係の総体が社会の経済構造、実在的な土台をなし、これのうえに法制的・政治的な上層建築がそびえたち、またその土台に一定の社会的意識形態が照応する」とされる。この「社会的意識形態」には、法、政治、哲学、宗教、道徳等が含まれる。歴史的・社会的に制約される観念形態であり、イデオロギーとも言う。
 仮にマルクスに従って生産諸関係の総体が、イデオロギーを規定する要因であるとしても、理論的には、上部構造が土台を反作用的に規定する可能性も考えられる。精神と物質の相互作用である。しかし、マルクス、エンゲルスの信奉者たちは、物質的土台が社会的意識形態を決定するという硬直した解釈に陥った。唯物論による経済決定論である。
 これに対し、ウェーバーは、経済に対する精神、特に宗教の影響を重視した。ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、近代資本主義の成立には、プロテスタンティズムの倫理が重要な役割を果たしたことを主張した。いわば上部構造と土台の相互作用を、歴史的に論証したわけである。ウェーバーは、近代ヨーロッパのみならず、世界の代表的な諸宗教における宗教と経済の関係を研究し、宗教的な価値観によって、経済活動が大きく影響を受けることを明らかにした。
 トッドは、経済的な生産関係を社会の土台とするマルクスの見方に対して、社会の下部構造は、家族制度に基づく人類学的システムであることを主張する。トッドの理論は、経済学に人類学的な基礎を与えるものである。マルクスのいう生産関係は、抽象的な個人の関係などではない。個人は、親子・夫婦・兄弟・祖孫等の生命のつながりによる家族関係の中に存在する。人間が誕生し、成長・生活する現実の社会は、多数の家族の集合である。ヨーロッパの家族形態には、四つの型がある。その型を分けるのは、親子の居住、土地の所有と相続のあり方である。経済学は、こうした人類学的な研究を摂取すべきである。
 また、社会の土台としての家族で作られる価値観は、上部構造に作用する。家族における自由と権威、平等と不平等、普遍主義と差異主義という価値観が、法・政治・哲学・宗教・道徳などの基本的な考え方に影響する。例えば、アトム的個人による契約国家、血統の意識で結ばれた家族国家、国籍法における血統主義と出生地主義等は、その事例である。
 ウェーバーは宗教的な価値観によって、経済活動が大きく影響を受けることを明らかにしたが、トッドによれば、宗教的価値観には家族的価値観が反映している場合がある。そうした家族的価値観に拠って形成された宗教的価値観が経済活動に影響する可能性がある。例えば、プロテスタンティズムは、父親の権威が強く、兄弟が不平等である直系家族の価値観を反映している。そのプロテスタンティズムの倫理が近代資本主義の成立において重要な役割を果たした。それゆえ、マルクスの意味での上部構造と経済的土台の相互作用を把握するには、家族制度を考察に入れる必要がある。
 私は、トッドが切り開いた地平は、ヨーロッパの歴史・文化・経済・社会・思想を分析する上で、マルクス、ウェーバー以来の画期的なものだと考える。さらに、マルクス、ウェーバーの業績がそうであるように、トッドの業績は、今日世界を覆っている西洋発の現代文明を理解するためにも大いに有効なものだと思う。

●トッドと精神分析学・社会心理学

 家族は、単に経済的な生産と消費の単位ではない。生命の再生産、文化の継承・発展、人格の形成と相互的な自己実現の場所でもある。子どもは、親から生命と遺伝を受け、胎内と誕生の体験を経て、親に生み育てられる。そして、家族の中で成長する過程で、心が発達する。私はそのように認識する者だが、トッドは、家族制度に特有の親子関係・兄弟関係が、子どもの無意識の内容の一部を形成し、自由と権威、平等と不平等に基づく価値観を「先験的な形而上学的確信」として継承するという説を提示している。
 トッドは、社会学者エミール・デュルケームが集合意識と呼んだもの、すなわち個人の外にあって個人の行動や考え方を拘束する、集団あるいは全体社会に共有された行動・思考の様式に着目する。そして、集団の心性(mentalite)を、意識と無意識に分けて分析する。その分析方法は、単に客観的な制度を理解するものではなく、主観的な心理を理解しようとするものであり、人類学的な精神分析と言えるだろう。医学における精神分析は、個人の治療だけでなく社会現象の分析へと応用されてきた。そこで、トッドと精神分析学・社会心理学との関係について一言しておきたい。
 精神分析学の社会への応用においては、マルクスとフロイトの統合が重要である。マルクスは、経済的な社会分析を主とし、人間の心理には、深い関心を持たなかった。フロイトが意識の下に潜在する独自の領域として無意識に注目し、19世紀末から20世紀初めにかけて、無意識の心理学を展開すると、マルクスとフロイトの統合が試みられた。
 なかでもエーリッヒ・フロムは、経済的下部構造(土台)が上部構造(社会的意識形態)を規定するというマルクスの図式を、精神分析で補完し、また精神分析をマルクス主義で補完しようとした。その結果、「経済的下部構造
イデオロギー」という図式を、「社会経済状況性本能(あるいはリビドー)イデオロギー(あるいは社会心理現象)」という図式としてとらえ直した。
 こうしてフロイトを社会に応用したフロムは、経済的下部構造から上部構造への作用において、家族の役割に注目した。ドイツに特徴的な権威主義的性格の研究を行い、その性格の形成には家族が大きな役割を演じていることを明らかにした。トッドをフロムに接合すると、権威主義的性格とは、直系家族の権威と不平等に基づく価値観の上に立って形成された性格である。特に19世紀半ばから20世紀前半のドイツでは、極端に父権が強大化し、家庭で厳格な教育が行われた。そこに生まれた独自の性格が、権威主義的性格だったと言える。それゆえ、私は、トッドの人類学的な精神分析は、マルクスとフロイトの統合によるフロムの研究を、最新の人類学の知見をもって更新したものととらえることができると思う。

●家族型と二つの資本主義

 社会の下部構造における人類学的システムは、家族制度を基礎とする。そして、各国民の心性の無意識の内容に作用する。また人類学的システムは、近代社会の経済や政治の分析にも有効である。そして、国民の心性や経済、政治の人類学的分析は、本稿の主題である移民問題に対して、総合的かつ根本的な検討を可能にするのである。
 まず経済についてだが、資本主義の主要な型には、アングロ・サクソン型とドイツ・日本型がある。トッドは、その違いは絶対核家族と直系家族の違いによることを明らかにする。家族型の違いが、価値観や制度・機構の違いに現れたものである。アングロ・サクソンは個人主義的資本主義であり、ドイツ・日本は直系家族型資本主義と対比される。トッドの直系家族型資本主義は、一部の経済学者によって、統合的資本主義と言われるものである。私は、社会の原理を個人におくか集団におくかを明確にするため、集団主義的資本主義と呼ぶ。トッドは、経済については、『移民の運命』に続く『経済幻想』(藤原書店、原書1998年、邦訳99年刊)に書いている。ここでは、本稿の主題から離れるので、簡単にとどめる。
 なお、共同体家族が支配的なロシア・中国では、共産主義が発達した。共同体家族は権威と平等を社会における基本的価値とする。共同体家族社会では、権威のもとでの平等を求める。そのため、政治的・経済的な統制が行われる。これを統制主義という。共産主義は、私見では資本主義とまったく異なる原理に基づくものではなく、統制主義的資本主義に過ぎない。集団主義的資本主義の集団的統合を、政府による統制へと徹底したものである。

●個人主義と集団主義の家族型的基礎

 先に私は、個人主義に対する概念として集団主義という用語を使った。その点について補足する。これは、人類学システムを近代社会の政治の分析にも適用するものとなる。
 トッドは、『移民の運命』で普遍主義/差異主義の対のほか、自由主義/権威主義、平等主義/不平等主義の対を使い、個人主義という概念も使う。個人主義は核家族社会から発生した。この事実は重要である。核家族の親子関係・兄弟関係が、個人主義を生む。個人主義は集団より個人を重視する価値観であり、個人を原理とする思想である。個人の自由と権利を正当化し、その獲得と拡大をめざす。
 個人主義には、家族型が平等主義核家族か絶対核家族かによって違いがある。フランス中心部は、平等主義核家族の社会である。トッドは、そこに生まれた個人主義を、平等主義的個人主義という。私見では、イギリスは絶対核家族が主ゆえ、そこに生まれた個人主義を、自由主義的個人主義と呼ぶことができる。平等主義的個人主義は、自由とともに平等を基本的価値とし、自由主義的個人主義は、自由のみを追求し、不平等には無関心である。より具体的に言えば、自由=平等的個人主義(自由主義的かつ平等主義的な個人主義)と、自由=不平等的個人主義(自由主義的かつ不平等主義的な個人主義)という言い方ができる。
 イギリスの自由=不平等的個人主義は絶対核家族に基づくものであり、徹底した個人主義である。子供は早くより親から自立し、結婚後、親子は別の家族となる。同時に兄弟のつながりも弱い。それゆえ、親族のつながりも弱い。自由競争をよしとし、自己責任を当然とする。
 トッドは、個人主義と対になる反対語を使っていない。直系家族については、統合的と表現する。個人を家族という集団に、よく統合するだろう。統合は、権威の働きによる。直系家族は、主に父権によって家族員が統合される。私は、個人主義に対比して、集団主義という概念を使う。集団主義は、個人より集団を重視する価値観であり、集団を原理とする思想である。集団主義は、家族・民族・国家の団結や利益を追求する。家族における親子の居住関係が、社会における個人主義/集団主義に影響する。結婚後、親子が別居するか、結婚後も親子が同居するかによって、自由か権威かという価値観の違いとなる。その違いが個人主義/集団主義を生む。

●二つの個人主義と二つの集団主義

 上記の私見を、個人主義/集団主義の対比をもとに整理すると、次のようになる。

 個人主義
  自由=平等的個人主義  フランス 平等主義核家族
  自由=不平等的個人主義 イギリス・アメリカ 絶対核家族
 集団主義
  権威=不平等的集団主義 ドイツ・日本 直系家族
  権威=平等的集団主義  ロシア・中国 共同体家族

 これを自由主義/権威主義の対比をもとに整理すると、次のようになる。
 
 自由主義の中で個人主義が発達
  自由=平等的個人主義
  自由=不平等的個人主義
 権威主義の中で集団主義が発達
  権威=不平等的集団主義
  権威=平等的集団主義

 トッドは、『新ヨーロッパ大全』で近代ヨーロッパに現れたイデオロギーが家族制度に影響されていることを示した。四つの家族型が生んだイデオロギーを、社会主義、民族主義、反動的宗教の三つに分けて詳細に分析している。詳細は、本稿の目的に外れるので、立ち入らない。なお、私の観点から近代西洋思想史を見ると、自由=不平等的個人主義のイギリスにはロック、自由=平等的個人主義のフランスにはルソー、権威=不平等的集団主義のドイツにはヘーゲル、権威=平等的な集団主義のロシアにはレーニンが出た。それぞれの家族型に典型的な思想だと思う。

 以上で、移民問題のための人類学の基礎知識、及び若干の私見の記述を終える。続いて、『移民の運命』の内容に入りたい。ところどころにトッド特有の概念が出てくるが、確認を要する時は、ここまでの記述を参照してほしい。

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第2章 トッド著『移民の運命』の概要と検討

 

ここから『移民の運命』の具体的な内容に入りたい。トッドは、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、ヨーロッパの抱える移民問題の深刻さを明らかにする。そして、移民を隔離したり、排除したりするのではなく、同化すべきとする。また、フランスは独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱する。
 トッドの記述にそって、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの順に概観し、その後にトッドの主張について検討しよう。

(1)アメリカの場合


●アメリカにおける「領主民族のデモクラシー」

 アメリカ合衆国は世界最大の移民国家である。移民問題を考えるには、まずアメリカを取り上げるのは、順当である。アメリカは、移民が建国した国である。建国の祖は、イギリス各地から渡来した移民、ピルグリム・ファーザーズだった。彼らは、カルヴァン主義を初めとするプロテスタント諸宗派を信仰していた。カルヴァン主義は、人間を神によって予め来世の救いに選ばれた者と、選ばれていない者とに峻別した。これを救霊予定説と呼ぶ。アメリカ建国の祖は、この説に立って、自らを神に選ばれた者とした。トッドはこれを「宗教的差異主義」と呼ぶ。
 建国の祖の宗教的差異主義は、兄弟の平等に無関心なイギリスの絶対核家族の家族制度を土台としていた。キリスト教の宗派のうち、家族型的な価値観に合う教義を信奉したわけである。家族型的かつ宗教的な差異主義は、旧約聖書の神の言葉によって増幅され、インディアンや黒人との混交を禁じることになった。旧約聖書はもともとユダヤ教の聖典であり、カルヴァン主義にはユダヤ教の影響が見られる。私はキリスト教の再ユダヤ教化と見ている。
 このようにアメリカ植民地は、厳しい差異主義の社会だった。ところが、そのアメリカ社会が「独立宣言」では人間の平等をうたう。そして、白人男性の普通選挙を実現した。これは、明らかに普遍主義の表現である。もともと差異主義的な社会でありながら、平等主義的なデモクラシーを建設したことは、大きな矛盾である、とトッドは指摘する。
 一体、この矛盾は何を意味するのか。トッドは、この矛盾をファン・デン・ベルへの「領主民族のデモクラシー」という概念を用いて説明する。「領主民族」とは、成員一人ひとりが「領主=奴隷主」であるような民族をいう。「領主民族のデモクラシー」とは、「領主=奴隷主」のみが政治に参加するデモクラシーである。
 実は、アメリカの「独立宣言」は、人間一般の平等をうたっているのではない。インディアンを差異の対象とすることで、領主民族としての白人の平等を宣言したものだった。白人は差異の確信を、最初はインディアン、次いで黒人の上に固定した。
 こうした時、トッドは「固着(fixation)」という精神分析の用語を使う。差異の観念が何らかの、主に民族的な集団に固定されることを意味する。精神分析では、「固着観念」とは、絶えず意識を支配し、それによって主として行動が決定されるような観念、固定観念のことを言う。
 白人は差異の確信をインディアンや黒人の上に固着したのだが、それによって、白人間の差異が解消され、白人の間に平等の観念が成立した、とトッドは解釈する。いわば差異の上に立った平等である。トッドは、白人の平等と黒人への差別の共存は、「アメリカのデモクラシーの拠って立つ基盤」である、と指摘する。ここには、デモクラシーの「暗い秘密」とも呼べる構造がある、と見るのである。

●デモクラシーと普遍主義/差異主義

 デモクラシーとは、民族的ないし人種的な差異主義を前提とするものなのだろうか。デモクラシーの発祥の地、古代ギリシャのアテネではそうだった。アテネでは、ポリスの政治に参加し得る者は、異民族を奴隷として支配する領主民族だった。アメリカのデモクラシーは、この構造を近代において再現したものである。民族的・人種的差異主義を前提としないデモクラシーは、フランス革命において初めて見いだされる。フランス革命は、市民と人間の平等を宣言した。またヨーロッパで初めてユダヤ人を解放した。これは普遍主義の理想を追求したものだった。デモクラシーには、差異主義的なデモクラシーと普遍主義的なデモクラシーがあるわけである。
 私の理解によれば、この違いもまた家族制度の違いに基づく。アメリカの差異主義的なデモクラシーは絶対核家族、フランスの普遍主義的なデモクラシーは平等主義核家族の価値観に根ざした思想である。
 ところで、トッドは触れていないが、建国時のアメリカにおける普遍主義的要素は、フリーメイソンの強い影響による。イギリスの連合王国からの独立には、フランス的な普遍主義が必要だった。ロックの抵抗権は、フランスで革命権へと急進化した。スコットランドのメイソンは、フランスでは革命思想に転換した。フランスで隆盛したメイソンがアメリカ植民地に広がった。ワシントン、フランクリン等の指導者は、メイソンの幹部だった。今日も米ドルにはメイソンの象徴が印刷されている。メイソンの「自由・平等・友愛」は、植民地支配から独立を勝ち取る思想となった。トッドはそのことの重要性をよく把握していない。
 アメリカ独立革命におけるフランス・メイソン的な普遍主義は、あくまで白人の間のものだった。そこには、ユダヤ=キリスト教の人種差別・宗教闘争の思想が存在する。白人キリスト教徒は、自らを旧約聖書のユダヤ人に同定し、インディアンを殺戮すべき異教徒に同定した。根底にあるのは、南米でスペインからの侵略者が原住民を大量虐殺したのと、同じ思想である。
 「領主民族のデモクラシー」論について私見を加えると、国家つまり政府=統治機関の起源には、主に共同体の組織化、階級分化、征服支配という三つが考えられる。ここでは国家論には立ち入らないが、征服支配によって生まれた国家は、ある民族がほかの民族を征服・支配してできた国家である。征服国家では、支配階級と被支配階級は民族が異なる。支配階級の政治体制がデモクラシーであれば、「領主民族のデモクラシー」となる。
 アメリカは植民によって作られた国家だが、白人は先住民のインディアンを駆逐し、アフリカから連行した黒人を奴隷とした。それによって、アメリカは征服国家に似た民族間の支配構造を持つ。支配―被支配の上下関係には差異主義、支配層の内部では普遍主義という立体的な構造が、アメリカのデモクラシーの基本構造であると言えよう。

関連掲示
・拙稿「西欧発の文明と人類の歴史
 フリーメイソンについては、第4章(2)「啓蒙の光と影」
 アメリカのメイソンについては、第4章(3)「アメリカという挑戦者」

 

●アメリカ黒人の「肌の色」の違い

 アメリカ合衆国では、白人平等のデモクラシーのもと、白人諸民族の同化が進んだ。シナ人移民の排斥や日本人移民への排日運動があったが、やがてアジア人も白人のサークルに加えられるようになった。今日、米国では、婚姻による白人同士や白人とアジア人等の融合の過程が加速度的に進行している。民族混交の増加である。
 しかし、この平等は黒人への差別を「代償」とするものだ、とトッドは告発する。平等の代償である黒人差別は、なくなっていない。トッドによれば、意識のレベルでは、黒人も平等という観念が成立していながら、無意識のレベルでは、差別は頑固に存続する。意識のレベルでの普遍主義と無意識のレベルの差異主義である。
 トッドによれば、アメリカ合衆国の歴史は、黒人も同じ人間と考える普遍主義的な意識と、黒人を嫌悪し、隔離しようとする差異主義的な無意識との「葛藤の歴史」である。トッドは、南北戦争による奴隷制の廃止は黒人を解放したが、そのことにより黒人と白人の「性的・遺伝学的分離が実現した」という逆説を暴く。1940年代以降の黒人解放運動は大きな成果を挙げ、1964年には公民権法が成立した。権利においては平等が実現した。しかし、大都市では、居住地と学校において、黒人の隔離が続いている。黒人の多い地域から、白人が逃げ出している。
 かつてアメリカの白人と黒人の間には、識字率など圧倒的な文化水準の差があった。黒人の「劣等性」にはある意味で根拠があった。しかし、19世紀から1世紀に及ぶ努力の結果、黒人の教育レベルは白人のそれと並ぶにいたった。白人との知的・文化的な差はなくなり、黒人の「劣等性」には根拠がなくなった。しかし、それでも差別は続いている。アジア人とインディアンが、「白人並み」に扱われるようになった現在、黒人だけが差異の対象となっている。この事態は、何を意味するか。黒人隔離の根拠は、肌の色の違いだった。「肌の色こそが本質的に重要であったことを意味する」とトッドは指摘する。

●白人/黒人の二元構造

 トッドは、次のように述べる。
 「有色人種集団を特殊な区画に隔離して一線を画すという措置は、差異を現に目で見て感じ取りたいという白人支配集団の欲求を満たすと同時に、当のその差異への恐怖症を鎮めるらしい。このような解決策はもちろん被支配黒人集団に満足を与えることはなく、彼らの自己破壊への傾向はますます明らかになって来る。片親家族の数、殺人率、麻薬中毒の頻度がこの世の終末のような地獄絵巻を繰り広げる。なんとかしてアメリカ合衆国から隔離を一掃しようとしたアメリカの民主的良心の努力は、差異主義的な無意識の抵抗によって挫折に追い込まれた。その結果、アメリカ黒人をまことに複雑な心理状況に追い込んだ。意図したわけではないが、宿命的に彼らの精神的崩壊を引き起こす原因となった。
 『お前は人間ではない』と言う社会が行なう隔離は、気分の良い経験としては体験されないというだけで済むかも知れない。しかし『お前は人間だ』と絶えず言明し続ける社会によって隔離されたなら、論理的には狂気に追い込まれるはずである」と。
 トッドが明らかにしたように、米国における黒人たちは、身体的差異という宿命的な違いによって差別される。黒人は、「お前は人間だ」と言われながら隔離される。それによって、心理的・道徳的な崩壊に追い込まれる。ここに米国という差異主義社会の根本構造が立ち現れる。すなわち、白人/黒人の二元構造である。そして、アジア人を含む広義の「白人」の平等と黒人差別の共存は、アメリカ建国当時の「領主民族のデモクラシー」が今日も、アメリカのデモクラシーの本質として続いていることを示しているのである。

 

●アメリカにおける「受け入れ社会の全能性の原則」

 トッドの基本用語の一つに、「受け入れ社会の全能性の原則」がある。移民を受け入れる社会には、その社会とは異なる家族型を持つ移民が流入する。しかし、受け入れ社会の人類学的システムは、移民の流入によっても変わらない。一方、移民の側は3〜4世代のうちに受け入れ社会の家族型に変化する。この現象をいう。
 アメリカ合衆国はアングロ・サクソンの絶対核家族の社会である。親子間の関係は自由で、子供は早期に独立し、兄弟姉妹間の絆は弱い。これに対して、米国に流入する移民の大部分は直系家族か平等主義核家族である。直系家族はドイツ、スウェーデン、アイルランド、ユダヤ、日本、韓国からの移民である。平等主義核家族はイタリアからの移民である。こうした移民が多数流入しても、アメリカ社会のもともとの家族型は変化していない。逆に移民の方は、移住後一時的に固有の家族型の特徴を強めるが、やがて絶対核家族的な習俗に同化していっている。
 直系家族的集団は、伝統的な社会が近代化し、さらに脱工業化社会になっても、親子の結びつきが強く、家族が団結する。それが、子供の勉学には有利に働き、社会的職業的な上昇を促す。ユダヤ人や日本人が、アメリカ社会で、大学に多数進学しているのは、そのためである、とトッドは指摘する。わが国もそうだが直系家族的集団は、産む子供を少なくして、子供一人一人の教育に費用をかけ、教育を財産として子供に与える。そのため少子の傾向がある。一方、絶対核家族は、個人の自由と子供の自立を重んじるため、教育では成果が上がっていない。その代わり、相対的に子供の数は多いという傾向がある。

●トッドはアメリカ発の多文化主義を批判

 アメリカ社会は、建国以来、差異主義を根底に持つ社会である。そうしたアメリカで、1965年から1990年にいたる期間、多文化主義が勢力を伸張した。多文化主義とは、異なる文化を持つ集団が存在する社会において、それぞれの集団が「対等な立場」で扱われるべきだという思想である。アメリカにおいては、アングロ・サクソンの文化を相対化し、それ以外の移民の文化を対等に扱うべきという主張となる。これもまた差異主義の一種である。優勢な集団による支配的な差異主義ではなく、劣勢な集団による対抗的な差異主義といえよう。
 アメリカ合衆国では、多文化主義によって、各自が民族的出自にアイデンティティの根拠を置くことが推奨された。国民的なナショナル・アイデンティティよりも、民族的なエスニック・アイデンティティを重視する動きである。さらにアメリカでは、女性であること、同性愛者であること等に、より重要な価値を置く風潮も広がった。
 多文化主義は、アメリカから全世界に輸出された。ドイツ、フランス、日本にも「押しつけられた」という表現をトッドは使う。トッドは、多文化主義は、米国で白人の間では客観的な民族的差異が消失した同化の最終段階に出現したもので、もはやアメリカには「複数の白人文化は存在しない」と言う。そして、多文化主義を「差異を見つけ出さなければ気が済まない差異主義の現れ」と説明する。
 アメリカの黒人の間には、黒人の特殊性を主張する差異主義が現れた、とトッドは言う。その例として、戦闘的黒人運動を唱道したブラック・パンサーを挙げる。トッドによれば、この動きは、黒人の自己発見ではなく、「アメリカの支配的イデオロギーが生み出した差異主義の一つ」にすぎない。
 トッドによれば、「多数の民族が織り成す万華鏡」という多文化主義のイメージは、幻想にすぎない。現実のアメリカには、白人と黒人という二分法のみが存在する。それは17世紀イギリスから来た移民が信奉していた、選ばれた者と劫罰を受ける者という救霊予定説の二分法が存続していることを示している、とトッドは指摘する。根底には、宗教的な差異主義が持続しているというのである。
 なお、アメリカの多文化主義については、国際政治学者のサミュエル・ハンチントンも、別の立場から批判している。ハンチントンは、トッドとは違ってアメリカ人であり、かつ広義の白人、ユダヤ系である。『文明の衝突』で、米欧は西洋文明として連携を強めるべき、とハンチントンは説く。ハンチントンは、多文化主義者は「多くの文明からなる一つの国家をつくりたいと願っている。つまりどの文明にも属さず、文化的な核を持たない国にしようというのである」と批判する。そして「多文明的なアメリカはアメリカではなくなり、連合国家となるだろう」と警告している。トッドとハンチントンの比較については、私見を拙稿「家族・国家・人口と人類の将来〜トッド」に書いている。

 

(2)イギリスの場合

 

●イギリスの“階級の差異主義”対“人種の差異主義”

 わが国でイギリスと呼んでいる国は、正式名称を「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」という。大ブリテン島は、イングランド、ウェールズ、スコットランドの三つの地域に分かれる。本稿では、国家としてのイギリスと、地域としてのイングランドを区別するため、国名はイギリスまたは英国と表記する。
 イギリス国民の民族はアングロ・サクソンが大部分である。スコットランド、ウェールズ、アイルランドにはケルト系が存在するが、本稿では国家間の比較のため、主にアングロ・サクソンの国家としてイギリスを記述する。
 イギリスにおいて、大ブリテン島の大部分は絶対核家族である。ウェールズとスコットランドの西半分の直系家族システムを除けば、大ブリテン島全域が絶対核家族である。アイルランドは直系家族である。いかなる平等主義的システムも、イギリスでは見られない。

絶対核家族は、差異主義による「先験的な形而上学的確信」を持つ。子供のうちに無意識に植え付けられた確信である。アメリカはそうした確信を持つイギリスからの移民が建国した。アメリカは、差異の観念をインディアンや黒人に固着させることによって白人の平等を実現した。一方、イギリスは、第2次世界大戦後に「非白人」移民が大量に流入するまでは「同質的白人国」であった、とトッドは言う。白人のみの国だったということである。

 イギリスでは、産業革命によって階級分化が起こった。それがアメリカにおける人種の差に匹敵するほど大きな階級の差を生み出した。イギリスの労働者階級は、アメリカの「黒人英語」を思わせる社会的方言を話す。トッドは言う。「イギリスの労働者は、白人であるけれども、19世紀半ばより、イギリス中産階級の精神の中では、差異の観念そのものを具現している」と。つまり、労働者階級は人種が違うくらいに異なった集団だと、中産階級は感じていたということである。イギリスはそれほど差異の観念が強い。
 第2次大戦後、イギリスに非ヨーロッパから多数の有色人種が流入した。主要な移民は、ヒンドゥー教の一種であるシーク教徒のインド人、イスラーム教徒のパキスタン人、キリスト教徒のアンチル諸島人である。彼らは当初、イギリス社会に同化する気構えを持っていたが、差異主義的なイギリス人の拒否に会った。拒否に会った移民集団には、それぞれ異なる結果が現れた。受け入れ社会と移民の文化の組み合わせによって、結果が違ったのである。ポイントは家族型の違いにある。
 インド人のシーク教徒の家族型は、直系家族である。彼らにはイギリスの差異主義が幸いし、囲い込みという保護膜に守られた形で同化が進んでいる。パキスタン人は、共同体家族である。共同体家族は、固有の普遍主義を持つ。これとイギリスの差異主義がぶつかった。パキスタン人は隔離された。これに対しもともとスンニ派であるパキスタン人は、イランのシーア派の活動組織と結び、イスラーム教原理主義に突き進んだ。アンチル諸島のジャマイカ人はキリスト教徒で、習俗もイギリス化していた。文化的には最も受け入れ社会に近い。しかし、アメリカの白人がそうであるように、イギリス人は肌の色にこだわり、彼らを「黒人」とみなした。そのため、ジャマイカ人は、アメリカの黒人と同様に心理的・道徳的な崩壊へと追い込まれている。ただイギリスの「黒人」がアメリカと黒人と違うのは、イギリス社会で「異なる人種」のような存在となっている労働者階級と、民族混交婚が進んでいることである。それによって、イギリスの「黒人」は、絶対的隔離を免れている。
 こうしたイギリスについて、トッドは、次のように書いている。
 「イギリスでは、人類学的システムは、アメリカ合衆国と同様に自由主義的差異主義に属する。だが、イギリス社会は、階級構造が極めて特異であるため、差異の観念が一つの移民集団に固着することが妨げられている」と。
 ここで人類学的システムとは、家族型に基づく地域社会の総体を意味する。また自由主義的差異主義とは、自由と不平等を社会における基本的価値とする絶対核家族に特徴的な差異主義である。
 イギリス人は、差異主義的な心性により、移民を集団としては隔離する。だが、自由主義的であるので、個人としては移民を受け入れる。そのため、イギリスでは、ある程度民族の混交が起こっている。「移民の子供の族外婚率は、イギリスではどの民族も15%以上であり、ずっと上回る場合もある」とトッドは書いている。
 イギリスの社会について私見を述べると、イギリスの歴史は、アングロ・サクソン人やデーン人等が海外から次々に侵入して、先住民のケルト人を駆逐してきた歴史だった。国内には、地理的に異なる民族が分布している。中でも1066年のノルマン・コンクェストは、英国史を画す出来事だった。このとき、北フランスからゲルマン系のノルマン人がイングランドを征服した。外来の支配者は貴族となり、フランス語を話す。土着の農民は英語を話す。民族支配と階級支配が一元的で、支配階級と被支配階級で民族や文化の異なる社会になった。その後、言語や文化は徐々に融合したが、資本主義が発達し市民革命が起きた後でさえ、中世以来の身分社会の構造が続いた。産業革命によって階級分化が進むと、階級の差が人種の差ほどにも大きくなった。それによって、イギリスは身分制と階級制が二重化したような社会になっている。移民が多数流入している今日のイギリス社会にも、こうした独自の特徴が見られる。

 

(3)ドイツの場合

 

●ドイツにおける「差異の知覚と単一性の夢」

 ドイツは、直系家族が支配的な国である。ドイツ人の直系家族的な心性は、家系への執着、誇り高き群小貴族の乱立とそれが産み出す自由主義なき民主制、政治的細分化と縦型の統合、ユダヤ人など差異を背負う住民を身近に必要とすること等、さまざまな現れ方をする、とトッドは言う。
 直系家族は、父親の強力な権威と兄弟間の不平等を特徴とする。権威と不平等を社会における基本的価値とする。不平等の価値によって差異主義を表すが、その差異主義は権威主義的である。一方、絶対核家族も不平等を価値とし、差異主義を表すが、こちらは自由主義的である。そのため、直系家族のドイツの差異主義は、絶対核家族のアングロ・サクソンの差異主義とは異なった特徴を示す。
 アメリカでもイギリスでも、アングロ・サクソンの差異主義は、肌の色という身体的外見にこだわる。異なる者を「隔離することで満足」する「隔離の差異主義」である。これに対し、ドイツの差異主義は、「ユダヤ的本質」というような、目に見えない「内的な人間の本質」に差異を固着させる傾向がある。そして、「より粗暴で矛盾した差異主義」を生み出す、とトッドは言う。
 トッドは「直系家族型の人類学的システムとは、人間の間の差異の先験的知覚を生むものであると同時に、単一性の夢を育むものである」と言う。ややこしい言い方だが、ドイツ人は、異なる者を見出して隔離しながら、自分たちは一つに統一された集団であることを夢想する。そういう矛盾した行動を表す、ということである。そして、ドイツ人は、自分で作り出した差異に堪え切れず、時に差異の固着の対象を「排除」しようとする粗暴な衝動にかられる。それが「より粗暴な矛盾した差異主義」と呼ぶ理由である。

 トッドは、ドイツでは「人間を異なるものと知覚するように仕向ける兄弟の不平等と、単一性の夢を助長する強力な親の権威との組み合わせが、排除(あるいは最悪のケースとしては絶滅)の差異主義」が生じたと言う。

 直系家族社会における「排除」の例には、スペインにおけるユダヤ人の追放がある。当時のイベリア半島では直系家族が主だった。15世紀末、イベリア半島から排除されたユダヤ人は、オランダやオスマン・トルコ等へ逃れた。こうした排除が極端な形になったものが、ナチスによるユダヤ人「絶滅の企て」だった、とトッドは言う。トッドはこれを「絶滅の差異主義」と呼ぶ。

 「絶滅の差異主義」は、ドイツに特殊な現象である。19世紀のドイツでは、フィヒテ以来、権威主義的な教育が宣揚され、家族における父親の権威が、マス・ヒステリー的に昂進した。そうした心理状況を背景として、ナチズムが出現したとトッドは分析する。
 ドイツのユダヤ人を中心としたフランクフルト学派は、ナチス支配を生んだドイツ人の社会と心理を研究した。フロムは、権威主義的性格が家庭で作られることを明らかにした。その家庭とは、トッドによれば直系家族であり、かつ極度に父権の強いドイツ独特の家庭だったわけである。
 トッドは、次のように言う。直系家族の不平等と権威の価値の組み合わせが、「矛盾する二つの願いの共存をもたらす。不平等は差異主義へと、権威は単一性へと導く。還元不可能な差異を感知しながらも、同質性を夢見るならば、可能な解決策として、『異なる』と指名された人間集団の排除を考えるようにならざるを得ない。歴史的危機の局面によっては、こうした論理的過程はその行き着くところ、差異の観念が固着した集団の追放あるいはせん滅にまでいたることもリ得る」。そして、「これこそナチス問題の核心」だとする。

 なお、トッドはナチスがユダヤ人を「絶滅」しようとしたという通説によっているが、この通説は検証を要する。ナチスがユダヤ人絶滅計画のもとに、科学的組織的な方法で600万人を殺戮したという主張は、根拠薄弱である。多数のユダヤ人が収容所に送られてナチスの犠牲になったが、600万人という数字は誇大である。また毒ガスによる集団殺戮を行うには収容所の設備は不十分であり、劣悪な環境でチフスに罹って死んだ者が多かったと考えられる。それゆえ、「絶滅の差異主義」は誇張した表現であると私は思う。

●ドイツにおける同化と隔離

 第2次大戦後、ドイツには、主にトルコ人とユーゴスラヴィア人が流入した。この二つの移民集団がドイツでたどった運命は大きく異なる。
 トルコは、識字化と出産率という指標から見て、近代化に成功した国である。アラブ諸国は共同体家族の社会だが、トルコの主要部には双系の核家族が存在する。その家族型の存在が西アジアで唯一の非宗教的な近代化を可能にした、とトッドは言う。ケマル・アタテュルクによる西欧化的な近代化である。一方、旧ユーゴスラヴィアは、多様な民族が混交している地域だが、家族型は父系の共同体家族が優勢である。この家族型が旧ユーゴスラヴィアの近代化の障害となっている、とトッドは見る。
 近代化という点から考えれば、トルコは近代化が進み、ユーゴスラヴィア人は進んでいない。彼らが流入したドイツで、トルコ人は同化が進み、ユーゴスラヴィア人は同化ができないと想像される。ところが、実際はそうではない。ユーゴスラヴィア人はドイツ社会に受け入れられ、トルコ人は隔離されているのである。この原因は何か。
 ドイツは差異主義的な社会なのだが、ユーゴスラヴィア人を同化できた。トッドはこれを「暗黙の同化」と呼ぶ。異なる者と知覚しながら、暗黙のうちに受け入れ、同化してきたという意味である。ドイツ人は、かつてはロシア人も暗黙に同化してきた。ユーゴスラヴィア人もロシア人も、家族型は共同体家族である。またドイツ人とは宗派は違うが、同じキリスト教徒だった。
 こうした受け入れ例がある一方、ドイツ人は、トルコ人を隔離した。そのことは、トルコ人の女性の族外婚率の低さに明瞭に表われている。ドイツ人男性とトルコ人女性の民族混交婚は、1990年におよそ2%だった。ちなみにアメリカ黒人女性の民族混交婚は、1992年に各種の統計調査で1.2〜2.3%である。
 トルコ人女性の族外婚率の低さには、イスラーム教が、ムスリムの女性とキリスト教徒の男性の結婚を否定していることが理由にある。この否定は、アラブの親族制度の父系制的要素を宗教の領域に再現したものである。ドイツでの族外婚率の低さは、このイスラーム教の伝統的父系制の現れというより、受け入れ社会の差異主義の現れである。「支配集団が被支配集団から女性を受け取ることを拒否するのだ」とトッドは述べている。
 トルコ人は、外見的にはイタリア人、ギリシャ人などの地中海人に似ている。だから、ドイツ人は身体的特徴で差別しているのではない。この点は、「肌の色」にこだわるイギリス人やアメリカ白人とは違う。「隔離の要因は宗教以外にない」とトッドは断定する。ドイツ人は、トルコ人イスラーム教信じる異教徒と見て、差異の対象としたのである。
 ところが実際は、ドイツに流入したトルコ人は近代化が進み、宗教への関心が薄かった。ドイツ人にムスリムとして隔離されたトルコ人は、イスラーム教に拠り所を求めるようになった。イスラーム教回帰に留まらず、イスラーム教原理主義にまで突き進んだ。これはドイツの差異主義がもたらした現象である。脱宗教化した民族が再び宗教化する現象は、トッドの説く近代化の一般的傾向に逆行する。近代化理論では想定外の現象である。しかし、ドイツ独特の粗暴な権威主義的差異主義が、そうした社会現象を生み出したのである。
 文明と宗教の異なるトルコ人は、ドイツに住み続け、融合しないまま増え続けている。トッドは、次のように言う。「トルコ人は統一ドイツの人口の2%を占めるにすぎない。然るに彼らの出生率はドイツ人の2倍以上であるため、その相対的比重はますます増加するはずであり、もし文化に対する現在の態度がこのまま維持されるなら、やがては緊張の険悪化にいたることになろう」と。後に改めて書くが、ドイツの現状は、トッドの予想を上回るほど深刻な状態になっている。

 ドイツの項目の最後に、同じ差異主義の国・アメリカ合衆国との共通点について、トッドの見解を記しておこう。
 「アメリカ社会とドイツ社会は差異についてのまことに確固たる考え方を持っている。ある種の女性、つまりアメリカ合衆国では黒人女性、ドイツ連邦共和国ではトルコ人女性が結婚に関して特定の集団内に閉じこめられているという事態は、紛れもない不可触賎民集団の存在を示すものである。族内婚率が97%から99%ということは、元々の基底部分が不可触のまま残っているということ、民主主義的諸形式の近代的外見の下で人間の差異に対する先験的な信念が存在することを証明している」。
 しかしながら、「隔離のメカニズムが恒常的に機能すれば、それで人種関係は一応の安定を見せるかというと、アメリカの場合もドイツの場合も、とてもそんな状態に達してはいない。差異への権利の親切ごかしのレトリックに耳を奪われて、差異の知覚というものは常に無意識レベルで不安を生み出すものであることを忘れてはならない」。
 この点、私の見るところ、英独の差異主義は、トッドが言うような、単に家族制度によるものではない。イギリスでは「肌の色」による白人の優越感があり、ドイツではイスラーム教に対するキリスト教の正統性の確信がある。つまり白色人種・キリスト教文化が、有色人種・非キリスト教文化と対立する差異主義だと思う。

(4)フランスの場合


●普遍主義の国・フランスの二重構造

 『移民の運命』の後半は、フランスを主題とする。トッドはフランス国民であり、関心の重点は祖国フランスにある。これまで見てきたアメリカ、イギリス、ドイツと比較しながら、トッドはフランスの移民への対応を分析し、評価を行う。
 フランスは普遍主義の国だが、実は純然たる普遍主義の国ではない。フランスは普遍主義的な中央部と差異主義的な周辺部という二つの部分からなる。パリ盆地を中心とする中央部は、自由と平等の価値を産み出す平等主義核家族に占められている。すべての人間を平等とするフランス革命の普遍主義はそこから生まれた。フランスには他の家族型も存在し、特に南フランスのオック語地方を中心に、権威と不平等の価値を産み出す直系家族が有力である。
 そのため、フランスでは、中心部の普遍主義と周辺部の差異主義という二つの人類学的システムの対立と均衡が見られる。このことをトッドは「全国システム」という用語で表現する。
 トッドは、『移民の運命』所収の訳者との対談で、フランスの全国システムについて、「人類に普遍的な人間の観念が与えられるよう、神の摂理がこのシステムを創り出したのだ」と語っている。冗談めかした口調だが、フランスで特殊な条件が結合しなければ、人類は「普遍的な人間」という観念を持ち得なかったのかもしれない。
 フランスは、普遍主義と差異主義という二つの価値体系が対立・均衡する特異な国であり、「フランス人であるということは、この根本的二元性がはらむ内的緊張を生きるということである」とトッドは言う。
 トッドによると、普遍主義がフランスで明示的な形式を取ることになったのは、この対決と緊張の賜物である。また、彼によると、フランスで近代国家機構が発展したのは、二つの人類学的システムを超越するものとして国家が形成されたためである。フランスという普遍主義的な国が、他の国と異なる一個の国家として形成されたのも、差異主義的な地域が自民族中心的要素を供給したからだ、とトッドは言う。差異主義はフランスにおいて、普遍主義を普遍主義たらしめた。こうした役割を果たした差異主義を、「普遍に奉仕する差異主義」とトッドは呼ぶ。純然たる普遍主義なら、国境で他と区別する国家は不要となる。フランスの国民は他の国民と同化し、フランスという国家は他に融合して消滅したはずである。差異主義があるからこそ、普遍主義が普遍主義として存立し、フランスもまた存立したのである。

●多様性を許容する普遍主義には「暗い側面」が

 フランスは普遍主義の国だが、外国人移民の排除を主張する国民戦線(FN)という極右政党も存在し、力を振るっている。この現象は、フランスには普遍主義だけでなく、差異主義的な要素があり、国民戦線はその要素が現れたものと理解できる。
 またフランス人が多様な移民を受け入れる力を持つのは、国内での普遍主義と差異主義の混在に由来する部分が多い。つまり、普遍主義一色ではなく、差異主義的な要素があることによって、フランス人の普遍主義は、多様性への許容力を持つようになったのである。
 普遍主義が多様性を許容する能力を持つというのは、一見逆説と思える現象である。人間は本質的に平等とみなすならば、差異は存在しないことになる。多様性とは差異の存在であり、普遍性の対立物である。トッドはこの逆説を次のように説明する。人間の本質的な差異を信じる者は、差異を恐れて他者に似ようとする。自分たちは同一の者として一体化しようとするわけである。ドイツ人の「単一性の夢」は、これである。これに対して、人間の普遍的な本質を信じる者は、現実の多様性を「小さな差異」として不安なく受けとめる。根本は同じと考えるからである。フランス人の許容力は、これに基づく、と。
 フランス中央部の普遍主義的住民は、他の多くの家族型の集団を、「小さな差異」の範囲内にある者と扱う。ユダヤ人、ベトナム人、人種的には黒人に属するアンチル諸島人等がそれである。ただし、無制限ではない。普遍主義は、「小さな差異」の枠を大幅に越えた差異に出会った時には、その差異的集団を非人間扱いする。そういう「暗い側面」を持っている。フランス人のマグレブ人への対応がそれである。この理由は、フランス人とマグレブ人の家族型の違いにある、とトッドは原因を究明する。

 

●マグレブ人は非人間扱いされる

 フランスの移民の中で最大の集団をなすのは、マクレブ人である。マグレブ人とは、北アフリカ出身のアラブ系諸民族である。アルジェリア人、チュニジア人、モロッコ人の総称である。
 1990年前後、フランスには約250万人のマグレブ人がいた。フランスの人口は約6000万人ゆえ、その24分の1に当たる。当時、人口約8000万人の統一ドイツのトルコ人が160万人ゆえ、フランスのマグレブ人の多さが分かる。ちなみに現在のわが国の人口を1億2700万人とすると、その24分の1は530万人。現在、日本の外国人登録者数は約200万人ゆえ、その2.65倍に当たる。しかもその530万人が、みなひとつの文化集団だとすると、相当の存在感だろう。
 マグレブ人の人類学的システムは、共同体家族であり、女性の地位の低さと族内婚を特徴とする。内婚制父系共同体家族は、フランスの人類学システムとは、大きく異なる。あまりに違うので、フランス人は、マグレブ人を集団としては受け入れられない。彼らは「人間ではない」として、非人間扱いをする。
 フランスには、平等主義核家族と直系家族という二つの家族型がある。これら二つの家族型には、共通点がある。ひとつは、女性の地位が高いことである。フランスの伝統的な家族制度は、父方の親族と母方の親族の同等性の原則に立っており、双系的である。双系制では、父系制より女性の地位が高い。トッドは直系家族父系制をここでは「否定的双系制」と呼んでいる。もう一つの共通点は、外婚制である。外婚制は、工業化以前の農村ヨーロッパのすべての家族システムの特徴でもあった。トッドはこれらの点をとらえ、双系制と外婚制が「フランス普遍主義の人類学的境界を画する最低限の共通基盤」とする。
 フランス人は普遍主義的だが、移民を受け入れるのは、双系ないし女性の地位がある程度高いことと、外婚制という二つの条件を満たす場合である。この最低限の条件を満たさない集団に対しては、「人間ではない」という見方をする。マグレブ人は、この条件を満たさない。女性の地位が低く、族内婚である。フランス人が要求する最低限の条件の正反対である。そのため、フランス人は彼らを受け入れない。

●二つの普遍主義の出会いが悲劇を生んだ

 フランス人は、自らにとっての普遍的人間の基準を大幅にはみ出す者を、「非人間」とみなす。ところが、マグレブ人の方も別の種類の普遍主義者である。マグレブ人は共同体家族ゆえ、権威と平等を社会おける基本的価値とする。フランスは、主に平等主義核家族ゆえ、自由と平等を基本的価値とする。ともに平等を価値とするから、普遍主義である。フランス人が普遍的人間を信じるように、マグレブ人も普遍的人間の存在を信じる。ただし、正反対のタイプの人間像なのだ。フランス人もマグレブ人も、それぞれの普遍主義によって、諸国民を平等とみなす。しかし、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。双方が自分たちの普遍的人間の基準を大幅にはみ出す者を「非人間」とするわけである。ここに二種類の普遍主義の「暗い面」が発動されることになる。
 第2次世界大戦後、フランスの植民地アルジェリアで独立戦争が起こった。アルジェリア人は、マグレブ人である。アルジェリア独立戦争は、1954年から62年まで8年続いた。アルジェリア人の死者は100万人に達した。その悲劇は、正反対の普遍主義がぶつかり合い、互いに相手を非人間扱いし合ったために起こった、とトッドは指摘する。今日でもフランスでは、マグレブ移民への集団的な敵意が存在する。外国人移民の排除を主張する国民戦線が一定の勢力を持っているのは、その顕著な例である。このようにフランスの普遍主義は、「小さな差異」の範囲外に対しては、差別的である。
 わが国には、フランス革命は人間の平等をうたった理想的な市民革命だと思っている人が多い。そして、フランスは人間平等の国と思っている人がいるが、話はそう単純ではないのである。

●集団は拒否しても個人は受け入れる

 フランスの普遍主義は「小さな差異」の範囲外に対しては、差別的である。しかし、フランス人には、集団は拒否しても、その集団に属する個人は容易に受け入れる傾向がある。
 トッドは、フランス人は「習俗のゆえに異なる集団に敵意を抱くが、その集団出身の個人がフランス社会に加わりたいという欲求を明らかにすると受け入れる」と述べている。
 実際、マグレブ人は婚姻によってフランス人との融合が進んでいる。この点が、ドイツの「排除の差異主義」とは違う。また、アメリカ合衆国では、婚姻による融合の前に習俗の同化を要求するが、フランス人は習俗の同化以前に婚姻によって個人を受け入れる。
 ドイツやイギリスでは、学校において、子供による移民への身体的攻撃や隔離・排斥がある。これに対し、フランスでは、移民の子供へのいじめや排除は見られない。マグレブ人の集団を隔離しないから、フランス人の子供は、マグレブ人の子供と一緒に遊ぶ。街角の少年たちの徒党も民族混成的である。フランス人の子供と一緒に遊ぶことを通じて、マグレブ人の子供たちには、フランスの個人主義と平等主義が注入される。また、フランス人の若者は、マグレブ人の若者と恋愛する。こうして、マグレブ人の青少年は、フランス人の同世代との交流を通じて、フランスの文化の影響を受ける。その結果、マグレブ人の青少年には価値観の変化が起こる。そして、マグレブ人の伝統的な家族制度は容赦なく解体されていく。
 ドイツやイギリスは差異主義的な社会だから移民を隔離する。隔離された移民は、固有の家族文化を保存する。逆にフランスは普遍主義的な社会だから、婚姻による混交と個人の意識変化が進み、移民は家族文化を失って、フランス人に同化していくのである。
 フランスには、アフリカの黒人も流入している。アフリカの黒人には、セネガル人、マリ人のような父系制の強い諸民族とギニア湾沿岸諸国の双系の諸民族がある。フランスでは、父系制の強い民族は同化に困難を覚えるが、双系の諸民族は容易に受け入れられている。このことも、フランス人のマグレブ人への対応が、家族型の違いによることを裏付けている。

●フランスと英独との違い

 トッドによると、アングロ・サクソンは、肌の色という身体的外見に差異を固着させる傾向がある。ドイツは宗教を主成分とする内面的本質、例えば「ユダヤ的本質」に、差異を固着させる傾向がある。これに対し、フランス人は文化的・習俗的差異に最もこだわる。こだわりの最低条件が、双系と族外婚である。ただし、フランスは、英米やドイツのような差異主義の国と異なり、少数民族を隔離して、不可触賎民化する可能性は考えにくい。また婚姻による融合と文化的交流により、同化の過程は加速している。
 トッドは、フランスと英独を比較して、次のように言う、
 「フランスはすべての移民を同化しようとするが、その企てはマグレブ人という客観的な差異によって困難になっている。緊張の指標たる国民戦線の出現は、そのことで説明がつく。イギリスは多文化主義のヴェールの下でパキスタン人とアンチル諸島人を同化しつつあるが、フランスのマグレブ人の同化に較べると、パキスタン人の同化は有効性を発揮していないし、アンチル諸島人にはより多くの苦痛を与えている。
 ドイツ人は旧ユーゴスラヴィア人を同化し得るものとして選り分け、トルコ人は隔離すべきマイノリティとして選り分けている。
 移民問題に対するヨーロッパ諸国の見解の相違は、矛盾した帰結をもたらすものである。それはかつてユダヤ人の運命をめぐって展開した対決を再現するものであるが故に、潜伏していた態度と対立を必然的に再び掻き立てることになるだろう」と。
 私見を述べると、人類は、肌の色、宗教、文化・習俗等、一切の差異を差異と感じず、無差別的に、人間はみな同じと感じる段階には至っていない。今後、人類の諸民族が、個性を尊重しながら、共存調和することは可能だろうか。それには婚姻による融合、識字率の向上と出生率の低下による近代化だけでなく、家族型の違いが生む価値観の相違を相互が理解することが必要であり、またそれだけでなく、無意識のレベルから変わることが必要なのである。それには、相当の時間が必要だろう。トッドは、普遍主義の国・フランスに大きな期待を寄せているが、フランスの普遍主義にも、マグレブ人を「非人間扱い」するという「暗い側面」がある。アメリカ、イギリス、ドイツの例は、先に見た。
 私は、こういう諸外国の現実を知ることなく、わが国で大量の移民受け入れを推進することは、安易かつ危険な考え方だと思う。

 

●欧州各国でのユダヤ人への対応の違い

 フランスの移民問題を考えるとき、ユダヤ人の存在は重要である。ここまで、アメリカ、イギリス、ドイツについて述べた際、ユダヤ人の問題について、主題的に触れてこなかったが、歴史的に見ると、ユダヤ人問題こそ、西洋における最大の移民問題である。そして、今日の欧米における移民問題は、西洋の歴史で最大の移民問題であるユダヤ人の問題と対照されるものである。
 ユダヤ人は、家族型は直系家族であり、族内婚である。宗教はユダヤ教である。ユダヤ教は直系家族に基づく差異主義的な宗教である。ユダヤ教は啓典宗教であり、文字を読む能力を必須とする。そのため、ユダヤ人は近代以前から識字率が例外的に高く、教育に力を入れ、知性を尊重してきた。知的能力の高さは、祖国を失ったディアスポラ(離散民)である彼らが、諸民族の間で生き延びるためにも必要だった。諸民族間の通訳や商業は、彼らが古代から得意とした仕事である。


 ヨーロッパにおけるユダヤ人の存在は、フランク王国にまでさかのぼる。しかし、トッドが『移民の運命』でユダヤ人について述べているのは、近代以降の歴史である。
 ヨーロッパの各国によって、ユダヤ人への対応は違う。そこにも家族型による価値観の違いを見ることができる。トッドは書く。「かつてフランスは、ユダヤ人が伝統的生活様式の重要な要素をいくつも保持することを受け入れつつ、彼らに同化を要求した。イギリスはより完全にユダヤ人の同化を実現したが、差異の尊重を説教しながら同化が推進された。ナチス・ドイツはユダヤ人を人間と考えることを拒否した」と。
 要するに、ユダヤ人に対し、フランスは同化を要求し、イギリスは容認し、ドイツは拒否したのである。こうした対応の違いは、フランスは人間の平等を信じる普遍主義であり、イギリス・ドイツは諸民族の本質的な差異を信じる差異主義であることの表れである。差異主義には、イギリスの自由主義的な差異主義と、ドイツの権威主義的な差異主義がある。その違いが、ユダヤ人の容認と拒否の違いとなって表われている。

●ユダヤ人の自己憎悪と自己主張

 中世のヨーロッパでは、キリスト教に改宗しないユダヤ人は差別され、市民権を与えられず、ゲットーに閉じ込められ、隔離された生活をしていた。ユダヤ人は各地で追放されたり、虐待を受けたりしながらも、金融や貿易等に能力を発揮した。西ヨーロッパにおいては、18世紀のドイツで、ユダヤ人の実質的な同化が始まった。同化はユダヤ教の棄教またはキリスト教への改宗を伴う。棄教または改宗を伴う同化が、19世紀にかけて進んだ。
 ユダヤ教を捨てた多くの個人は、反ユダヤ主義的な価値を受け入れ、出身文化を嫌悪するようになる。これをトッドは「ユダヤ人の自己憎悪」と呼ぶ。
 例えば、カール・マルクスは、祖父がラビつまりユダヤ教の指導者という家系に生まれた。マルクスの父は、1817年にキリスト教に改宗した。改宗ユダヤ人の家に生まれたマルクスは、非ユダヤ教的な教育を受けた。マルクスは、ユダヤ人の拝金主義を、怒りに満ちた言い方で激しく批判した。トッドは、これを「ユダヤ人の自己憎悪」の一例としている。
 一方、アングロ・サクソン社会では、ユダヤ人はイギリス社会に同化しながら、自らがユダヤ人であることを強調した。これをトッドは「ユダヤの自己主張」と呼ぶ。
 イギリスは19世紀中葉から急速にユダヤ人の全面的解放に向かった。1858年にユダヤ人が下院議員になることが認められた。ベンジャミン・ディズレーリは、ヨーロッパで初めてユダヤ人の首相となった。イギリス人はこうして移民の同化を受け入れる。しかし、移民に自己主張を要求する。ディズレーリは、洗礼を受けたにもかかわらず、改めて自分をユダヤ人として定義した。「それによってイングランド人の心は落ち着いた」とトッドは言う。「吸収される集団は、自分の差異をあらためて主張しなければならない。そうしなければ、受け入れ社会が安心しないのだ」とトッドは書いている。トッドは、ヨーロッパを出て故郷に帰ろうとするシオニズムも、「ユダヤ人の自己主張」の一例としている。
 ドイツとイギリスは、ともに差異主義の国である。ドイツは直系家族、イギリスは絶対核家族が主である。ドイツの差異主義は、移民を集団として排除しようとする。イギリスの差異主義は、集団を隔離した上で、個人としては受け入れるという違いがある。それぞれの社会で、ユダヤ人は「自己憎悪」あるいは「自己主張」を表した。トッドは、こうしたユダヤ人の「自己憎悪」「自己主張」は、ともに差異主義的な社会の中で押しつけられた「偽りの自覚」であると言う。

●フランス人のユダヤ人への対応

 普遍主義的なフランスにおいて、ユダヤ人はどのような運命をたどったのか。西欧におけるユダヤ人の歴史において、画期的なことは、フランス革命において、ユダヤ人解放令が出されたことである。解放令と言っても、フランス革命当時、フランス中央部にはパリ在住のほんの少数の個人を除いて、ユダヤ人はいなかった。中央部のフランス人はユダヤ人を知らずに、自らの普遍主義の理想を実現するために、ユダヤ人の解放を決めたのだった。これによってフランスにおけるユダヤ人の同化の歴史が始まった。
 フランス人は普遍主義の思想を公言しながら、人類学的な多様性を受け入れる。ただし、前に述べたように、それには最低限二つの条件がある。女性の地位がある程度高いことと族外婚である。これらの条件を充たせば、家族制度の差異には寛大である。ユダヤ人は族内婚ゆえ、その点ではフランス人の求める条件に抵触する。しかし、父親の権威が強い一方、女性の地位は低くないので、二つの条件のうち一つはクリアーする。そのため、ユダヤ人はフランスの社会で受け入れられた。
 トッドは、直系家族システムを「父系への屈折を伴う双系システム」と定義しており、ユダヤの人類学的システムは、父方・母方の親族に平等に重要性を与える双系制だとする。遺産相続は女性を対象から除外しており、この点は父系的だが、ユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれた者をユダヤ人とするので、この点では母系的である。そのため、女性の地位はある程度高い。フランス人が要求する条件に一部合っていたので、ユダヤ人はフランスで、あまり疎外されずに同化し得てきた。彼らは、ドイツにおける「自己憎悪」やイギリスにおける「自己主張」に陥らずに、自分を同時に「人間」であり、「フランス人」であり、かつ「ユダヤ人」であるという「普遍主義的な誇り」を持つことができた。フランスにおけるユダヤ人の同化は、「疎外の少ない同化」だったとトッドは評価する。
 そういうフランスにおいても、ユダヤ人の排斥は存在する。1894年、ユダヤ人将校を冤罪に陥れたドレフュス事件が有名である。事件は当時、ヨーロッパで高まっていた反ユダヤ主義の表れであり、シオニズムが興隆するきっかけになった。第2次世界大戦でフランスがナチス・ドイツに支配された時には、ヴィシー政権のもとでユダヤ人は迫害された。
 フランスでは、ユダヤ人対応の主たる傾向は同化だが、これらの事例のように、排斥が行われることもある。この点についてトッドは、普遍主義的な中央部でのユダヤ人問題への「無関心」と、差異主義的な周辺部でのカトリック・フランスを地盤とする反ユダヤ主義の「底の浅さ」との組合せによる、と分析する。これもフランスの人類学的システムの二元性によると見るわけである。

(5)トッドの主張と批判的摂取


●ユダヤ人トッドの視点と死角

 エマニュエル・トッドは、ヨーロッパに属するフランスのユダヤ人である。先祖や親族にはイギリス人やアメリカ人もおり、彼自身はフランスで育ち、教育を受けただけでなく、イギリスに留学して高等教育を受けた。そしてフランスの国立人口学研究所に勤めている。フランスに同化したユダヤ人の子孫である。そのことによって、トッドは独自の視点を持つともに、その視野には死角がある。
 現代ヨーロッパでは、カトリックは平等主義核家族の地域を中心に、直系家族の地域にも分布する。フランスでは世俗化の進む中央部より、直系家族が主な周辺部でカトリックが根強い。そういう周辺部で差異主義的な反ユダヤ主義が見られるわけである。ローマ・カトリックは古代ローマ文明の普遍主義を体現したものだが、キリスト教の正統は異端を弾圧した。異端尋問・魔女狩り・宗教戦争とユダヤ教徒への迫害には、共通の文化要素がある。その要素とは、排他的な性格を持つセム系一神教である。このことがはらむ文明学的な問題は、家族制度に中心を置くトッドの理論では浮かび上がらない。
 次の点も私見だが、トッドの視野には、ヨーロッパ最大のユダヤ人・ロスチャイルド家が十分入っていない。ロスチャイルド家は、ユダヤ人の中で最も成功した一族であり、ドイツからイギリス、フランス、オーストリア、イタリアに勢力を広げた。19世紀後半には、西欧諸国の中央銀行がすべてロスチャイルド家の所有銀行となった。西欧では、ヨーロッパにはロスチャイルド家という一つの権力しかない、といわれるほど、ロスチャイルド一族は莫大な富と権力を掌中にした。
 ヒトラーによってフランクフルトとウィーン、ムッソリーニによってナポリのロスチャイルド家が滅ぼされ、第2次大戦後、生き残ったのは、ロンドンとパリの二家となった。しかし、戦後もイギリス王室の繁栄は、ロスチャイルド家の富で支えられ、フランスの国家経済はロスチャイルド家の影響下にある。チャーチルは常にロスチャイルド家に忠実であり、ポンピドーはロスチャイルド銀行の頭取からフランスの首相となった。ユダヤ人を同化したイギリスやフランスは、逆に経済的にはユダヤ人の特定集団に支配される国になったのである。
 トッドは統一ヨーロッパに反対する。その統一ヨーロッパ実現のもとになった欧州統合運動やビルダーバーグ・クラブは、ロスチャイルド家の思想・資金・人脈を抜きに考えられない。今日のEUもまた同様である。トッドがユダヤ人を語りながら、ロスチャイルド家にあまり触れないのは、政治や学術に職業を持つ欧米の知識人にとって、ロスチャイルド家を解明と批判の対象とすることは、大きなリスクを負うことになるからだろう。しかし、巨大国際金融資本や世界に重要な影響を与える所有者・経営者の行動と組織の分析なくして、現代世界の実像に迫ることはできない。移民問題も同様だろう。

関連掲示
・拙稿「現代の眺望と人類の課題
 現代のユダヤ人とロスチャイルド家について記述。
・拙稿「友愛を捨てて、日本に返れ〜鳩山政治哲学の矛盾・偽善・破綻
 第1章(3)(4)で欧州統合運動とロスチャイルド家の関係を記述。

 

●多文化主義と「差異への権利」への批判

 トッドは著書『移民の運命』において、全世界規模では、アメリカの多文化主義を批判し、フランス国内では、それと連動する「差異への権利」を批判している。トッドは人類学的分析に基づいて、多文化主義と「差異への権利」の根源が、差異主義的心性の構造のなかにあることを指摘する。
 多文化主義とは、異なる文化を持つ集団が存在する社会において、それぞれの集団が「対等な立場」で扱われるべきだという思想である。1965年から1990年にいたる期間、アメリカで勢力を伸張した。アメリカの多文化主義については、本稿のアメリカの項目に書いた。
 多文化主義は、アメリカから全世界に輸出され、トッドの表現で言えば、フランスにも「押しつけられた」。
 もともと子どもは、幼稚園や学校で、言葉を習得すると同時に異文化を受容する。また、移民は出身国と受け入れ国の間に圧倒的な文化的発達の差があると、受け入れ国の文化を吸収する。それによって、自然に同化は進む。ところが近年フランスでは、フランス人自身が己れの同化・統合能カを疑うようになり、同化を悪と考え、民族的差異を尊重・保護すべしとする、差異主義的な考え方が強まった。そこに現れた主張が、「差異への権利」である。トッドは、「差異への権利」という多文化主義的な観念を批判する。  「差異への権利」が現れた原因には、アメリカに押し付けられた多文化主義の影響がある。また、カトリックの失墜によって、フランス周辺部の直系家族社会で文化的活力が復活したことも原因の一つだとトッドは見ている。
 「差異への権利」という主張は、諸民族の文化的差異を尊重・保護する人道的な主張のように響く。ところが、実際は、移民同化能力を発揮するフランスの民衆の自己意識を混乱させ、移民への反感を引き起こしている。フランスで移民反対を説く国民戦線が党勢を伸ばしているのは、こうした民衆の支持による、とトッドは指摘する。
 またトッドによると、人種主義に反対して「差異の権利」を唱える左翼の主張は、「一見善意と同情に溢れているが、実は異邦人への憎しみの裏返しに他ならない」。彼らの意識の奥底には、異邦人への無意識の嫌悪が存在する。「差異の権利」は、移民の側にも混乱をもたらしている。民衆のレベルで自然に同化が進んでいるのに、差異を賛美する左翼の活動が、移民やその子供たちにいたずらな幻想を振り撒いている。そのため、かえって取り返しのつかない窮境に移民を追い込むことになる、とトッドは懸念する。
 トッドは、移民の将来は「同化」しかありえない、と明言する。隔離は、最終的な同化を先送りすることに他ならない。「差異への権利」という観念は、移民第一世代がフランスで体験した衝撃を和らげはしただろうが、結局は彼らの適応能力を妨げている。また、第二世代には同化の円滑な進行を乱すことにしかなっていない、とトッドは厳しく指摘する。
 ここで私見を述べると、アメリカの多文化主義やフランスの「差異への権利」には、ドイツ=アメリカのフランクフルト学派、特にその最左派であるマルクーゼの影響がある。マルクーゼは、フロムらによるマルクスとフロイトの統合を、闘争的な方向へ推し進めた左翼の哲学者である。1968年のフランス5月革命で活動した知識人・学生は、「三つのM」すなわちマルクス・毛沢東・マルクーゼに傾倒した。マルクーゼは、先進国における共産主義革命をめざすにあたり、体制化した労働者階級に替わる主体として、知識人・学生・女性・少数民族等に目をつけ、共産主義革命に利用しようとした。この発想が、マルクス主義の文化革命戦術を激烈なものとした。マルクーゼは、「われわれが着手すべき革命は、社会制度を広汎に渡って解体するような革命である」と述べている。アメリカやフランスの新左翼が、差異主義的な主張をするようになった背景には、こうしたマルクーゼの思想がある。人権や個性の尊重、女性や少数民族の権利を説く運動が、実はそれを利用して共産主義社会を実現しようとする思想に裏づけられているのである。私は、そのことに注意を呼びかけたい。

関連掲示
・フランクフルト学派、マルクーゼについては、下記をご参照下さい。
 拙稿「急進的なフェミニズムはウーマン・リブ的共産主義
  第7章 フランクフルト学派の批判的否定

第9章 エロス的革命を唱導したマルクーゼ

 

●米英独仏の比較研究の総括

 トッド著『移民の運命』の結論部に話を進めよう。
 トッドは本書で「アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランスという西欧4大民主主義国の比較分析」を行い「移民現象と人間の差異の問題に対する各国の態度の根本的な違い」を明らかにした。その概要は、これまで書いてきたとおりである。
 トッドは言う。「発展水準もほぼ同程度で、互いに比較し得る自由主義的・民主主義的制度を持ったこの4カ国は、無意識の人類学的システムが存続することによって、互いに異なっている。家族生活と人間同士の関係――それは学校、近所付き合い、あるいは企業を通して表現されるーーによってその性格が決定される心性構造の内的論理は、脱工業化時代の合理性でも手が届かない」。家族制度に基づく「平等か不平等か、自由か権威かといういくつかの単純な価値が、これらの国においても、肌の色や宗教や習俗によって異なる人間に対する態度を織り成している。科学技術の進歩によって文化は自然に一つに収敷していくと考えられて来たが、移民現象はそれが神話にすぎないことを白日の下にさらしたのである」と。
 そして、トッドは、次のように4カ国の比較研究を総括する。アメリカ合衆国とドイツは、差異主義によって、それぞれ黒人とトルコ人という不可触賎民が存在する。イギリスは、白人が階級的に分断されていることによって、移民が民族的・人種的に分断されない状態になっている。これに対し、フランス革命以来、民族性・出自・血統の観念を排除した国民概念を形成したフランスは、普遍主義によって、移民の同化を実現し、安定した社会を築き上げる可能性を持つ。その可能性について、フランスは「他の国よりはるかに楽観し得る」と。

●統一ヨーロッパがはらむ問題点

 こうした総括に基づいて、トッドは統一ヨーロッパがはらむ重大な問題を指摘する。
 「ヨーロッパ諸国が外国に対する関係に関して還元不可能な多様性を持っているということが確認されるならば、統一ヨーロッパ建設の問題も再検討されなければならないということになる」と。
 トッドによれば、普遍主義の国・フランスは、実は特殊な存在である。フランスは、移民を同化吸収する点では、欧米民主主義諸国の中で最も寛容な国である。欧米民主主義の大国の多くは、差異主義的心性の国である。アメリカ、イギリス、ドイツともそうである。それゆえ、フランスの普遍主義は、普遍的なものでなく、実は特殊的なものである。
 差異主義の国のほうが多い。そのため、ヨーロッパの統一は、差異主義を統合して、ドイツ流の血統権の概念を、フランスを含む全ヨーロッパに押しつけることになりかねない。またエリート層のものである抽象的な統一ヨーロッパという観念は、民衆階層と移民との共通の集団的アイデンティティの源であるフランスという国家を消滅させることになる、とトッドは統一ヨーロッパへの懸念を表明する。

●フランスは統一ヨーロッパの弊害を克服できない

 統一ヨーロッパの弊害を指摘するトッドは、フランスにはその弊害を克服する力はない、と指摘する。
 「同化と隔離のメカニズムを現実主義的に観察すると、ヨーロッパ人としてのアイデンティティの観念がぽっかりと空虚であることが露呈して来る。普遍主義的方向で価側観の統一が行なわれるという仮説は、きわめて非現実的であろう。フランスは、すでに大幅に進行しているイギリスとドイツの軌道を普遍主義の方向に戻すのに必要な物質的・精神的なカを持っていない」と。
 そのうえ、アメリカ合衆国とドイツは、「フランスが己れの普遍主義的意志と、黒人とイスラーム系を含めてすべての移民を同化する己れの能力とを再確認しなければならない時に当たって、悪しき環境をなしている」とトッドは言う。米独は、「差異主義的理想を生き、表現し、輸出する」。「アメリカの影響は世界的に支配的な視聴覚文化によって運ばれ、巨大であるが、表面的でもある」。フランスはそのイデオロギー的圧力を受けている。ドイツの影響はもっと大きい。「ヨーロッパ圏内部では、ドイツはことさらに意図せずとも、その経済的威信によって、トルコ人の隔離と血統原理を含めて、己れの考え方を必然的に正統化することになる。そしてフランス社会の一部の分野に差異主義的教義が執拗に存続することを、助長するのである」と。
 フランスは、イギリスやドイツを普遍主義に変える力を持っておらず、逆にアメリカやドイツの差異主義の影響を受ける環境にある、というわけである。トッドは、また現在の世界において、アメリカの文化的・イデオロギー的支配の拡大に対抗し得る唯一の対抗軸を、フランスに見出している。

●統一ヨーロッパは、移民の対応でうまくいかない

 トッドは、統一ヨーロッパは、フランスにとって有害だと見る。
 「ヨーロッパ統一の夢はフランス社会にとって、『差異への権利』と同じように、一部の移民の子供がフランス国民の一員となることを阻止ないし妨害しかねない、破壊的神話となりつつある」
 第二次世界大戦より以前には、「フランスという国の理想の支配的定義がいかなる民族性、出自、系統の観念をも退けていたが故に」、フランスにおける移民の同化は「容易であり、効率的で痛みを伴うことがなかった」。 
 「フランス文化という枠組みのなかでは、強力な国民概念が同化を容易なものとしたのである。ところが統一ヨーロッパ神話は、国民というものの持つ集団的忠誠の固着点としての役割を弱めることとなった。かといってそれに取って代るにはいたっていない」とトッドは言う。そして次のように述べる。
 「フランス民衆諸階層と移民の子供たちとに共通のものたり得る唯一の集団的アイデンティティの源はフランスに他ならない。だが、ヨーロッパの建設はフランスを廃して、代わりにフランス民衆階層も移民の子供も賛同することのできない抽象的なヨーロッパを押しつける。それによって両集団のアイデンティティを解体してしまうのである」。
 このままではフランスの民衆と移民は、ともに統一ヨーロッパにも国民国家フランスにも、集団的アイデンティティを持てなくなる、とトッドは言う。私見によれば、その場合、彼らそれぞれのアイデンティティの対象は、政治的な組織より文化的な集団となるだろう。文明・宗教・民族(エスニシティ)が考えられる対象である。しかし、フランスの民衆は、文明(西洋文明)にも宗教(カトリック・プロテスタント)にも民族(ラテン系)にも、アイデンティティを持てない。一方、ムスリムの移民は、イスラーム文明・イスラーム教と各民族のエスニシティには、アイデンティティを持ちうる。こういう状態のフランスの民衆とムスリム移民が、ひとつの国に居住・生活することになるわけである。
 フランスだけに留まらない。ヨーロッパ全体が、大きな問題を抱えている。トッドは、「ヨーロッパという観念は内容のない抽象にすぎない」と断じる。統一ヨーロッパでは、同化しようにも同化のしようがない。「同化するとは、まず第一に、ある言語を学ぶことだが、ヨーロッパ全体には共通語が存在しない。第二に、同化するとは、一つの習俗システムのなかに入って行くことだが、ヨーロッパには共通の習俗システムがない」
 トッドは懸念する。「まずくすると、統一ヨーロッパはヨーロッパ大陸に現存するあらゆる差異主義を統一した、大規模な差異主義の企てとなって、ドイツ流の血統権をすべての国に拡大することになる。うまく行っても、統一ヨーロッパは、離れ離れの場所に住んで、異なる言語を話し、取るに足らない数の結婚でつながるだけの、フランス国民、イングランド国民、ドイツ国民の全く理論的な融合にすぎない、抽象的な世界を差し出すだけの話だろう」と。

 

●率直で開かれた同化主義

 『移民の運命』の最後に、トッドは、「統合」(integration)という「曖昧で偽善的な用語」に替えて、「同化」(assimilation)という率直な語を採用すべきと提案する。フランス人に対し、「率直で開かれた同化主義」を採ることで、移民受け入れ国としての責任を引き受けることを、トッドは主張する。フランスの移民同化政策は独善的だったという反省に立ち、新たな同化主義を提唱するのである。
 この提案は、フランスという国家のための政策提言であるにとどまらない。トッドは、「フランス人と移民の関係」が「世界中からやって来る人々の同化へと発展するなら、それによってフランスは具体的普遍となるであろう」と自らの期待を語る。
 ここに言う「具体的普遍」はヘーゲルの用語で、真に普遍的なものが自己を特殊化する弁証法的運動の中で自己自身であり続けることを言う。私には、トッドは、特殊が普遍化したものという程度の意味で使っていると思われる。人類の将来のためにフランスという国民国家(ナシオン)には重要な役割がある、とトッドは信じている。「普遍的人間」という観念がフランスに誕生したのは「神の摂理」だ、とさえ言う。トッドは、フランスが移民への対応において、人類社会のモデル、雛形となるべきと考えているのだろう。
 フランスに期待を寄せるトッドは、フランスは「率直で開かれた同化主義」を採るべきだという。簡単に言うと、フランスは移民の同化はこういう方針だと率直に言い切るべし。それがいやな人はお断りする、と堂々と言うべきだという主張だろう。
 トッドは言う。「率直な同化主義への転向は、フランス的最低共通基盤に入らないすべての人類学的要素を、何ら恥じ入ることなくフランスの国土から排除するということを意味する」と。排除される人類学的要素とは、共同体家族・族内婚・父系、特に女性への抑圧といったフランスと対極的な要素である。フランスの文化・習俗を受け入れないマグレブ人はフランスから出て行ってもらう、と言っているに等しい。
 移民にとってもそのほうがよいのだ、とトッドは言う。トッドは「フランスが存在するということ、そして移民の将来とは多数派の習俗に同調することでしかあり得ないということを、堂々と言い切ることができないからこそ、受け入れ住民の不安が掻きたてられるのだ」と言う。
 フランスのためにも移民のためにも、「己れの習俗システムの優先性を断言しつつ、しかし己れの基本的価値を受け入れる個人は迎え入れる」という姿勢をフランスは取るべきだ、とトッドは主張する。

●自国の文化に誇りを持ち、移民に対し主体的な姿勢を取れ

 トッドは、自国の文化に誇りを持ち、移民に対し主体的な姿勢を取れと言いたいのだろう。反対の要素を排除して同化させるという方針は、単なる排除ではなく、また同化の強制でもない。同化を望む者、求める者は、受け入れる。ただ無条件に移民を受け入れ、自国の文化が異文化と融合するのをよしとするのでなく、フランスの言語・文化・習俗を習得し、フランス人になりたい外来者は受け入れる。そうでない者は受け入れない。移民に対して門戸を開いているが、率直に自国の考え方を伝え、それでよければ受け入れるという姿勢である。世界で最も普遍主義的とされるフランスを評価するトッドは、そのフランスにおいてさえ、無原則にすべての移民を受け入れるのではなく、自国の主体的な姿勢をもって対応すべしと言っているのである。
 トッドによれば、こうした率直で「開かれた同化主義こそが、マグレブ人、マリ人を初め、多くの移民集団が最大の効率性をもって適応の過程に向かうことを可能にするだろう。各人が何よりも自分を迎え入れる共同体から一個の人間として認められることを願っている以上、あらゆる出自の移民は、フランスが彼らの子供たちを完全なフランス人にしようとしていると知れば、少なくとも安堵し、喜ぶことであろう。」と。
 ここでマグレブ人、マリ人を挙げているのは、これらの人々は、フランス人から見れば女性を抑圧しており、受け入れの最低条件を満たしていないからである。しかし、マグレブ人、マリ人であっても、もし女性の地位を尊重するのであれば、彼らを一個の人間として受け入れるというのが、トッドが採るべきと主張する移民への対応姿勢である。
 私は、このトッドの主張に日本人が学ぶべき点があると思う。ただ移民を受け入れるのではなく、日本語・日本文化を習得して日本人になろうとする者のみを受け入れる。日本の中に別の文化集団として入り込み、そのまま居続けることは認めない。それでよければ、受け入れる。嫌なら自国に帰ってもらう、というはっきりした姿勢を取るということである。受け入れ国が移民に合わせるのではなく、移民の方に適応させること。これが、移民受け入れ国の原則でなければならない。また、受け入れる移民を能力・適性を見て選択することも大切である。自国にとって必要な人材を選択し、そうでない人材は受け入れない。選択的に受け入れた外国人に対しては、しっかり言語・文化・歴史・伝統・法規範・国家理念等を教育して日本社会への同化を促進し、また彼らが活躍できる環境・条件を整えて能力を引き出し、日本の国益を増進することが必要である。

●トッドは国民国家の理念の重要性を説く

 『移民の運命』の内容を概述したところで、補足的な検討を行ないたい。国民国家と文明の将来についてである。
 現在、フランスという国民国家(ナシオン)は、それを越えるEUという広域共同体の中に統合されようとしている。国民国家の超克、さらには国民国家の解体・解消、こうしたことが、ヨーロッパの向かう方向として漠然と了解されている気配すらある。そのなかでトッドは国民国家的な理念の重要性をあえて主張している。
 トッドは、グローバリゼイションを根底的に批判し、国民国家の役割の強化を主張する。
 『移民の運命』の4年後に出した『経済幻想』で、トッドは、グローバリゼイションは「合理性と効率性の原理」であり、「社会的なもの、宗教的なもの、民族的なもの」を壊し、「個別的具体性を消し去り」「歴史から地域性を剥奪する」とする。トッドによれば、グローバリゼイションは、アメリカが主導してアングロ・サクソン的な価値観を世界に広める動きである。私ならば、アングロ・サクソン=ユダヤ的な価値観と言うところである。
 トッドは本書で、「資本主義は、有効需要の拡大を保護するために、強く積極的な国民国家が介入することを必要としている」とし、グローバリゼイションに対抗するために、国民国家の役割を強調する。「有効需要の拡大」と言うのは、ケインズの総需要管理政策の考え方に立つ財政金融政策の実施を想定しているものだろう。
 「ヨーロッパ主義、世界主義、地方分権、多文化主義等、表面は何の関連もないこれらの現象は、実際には、共通の特徴を持っている。それは、国民レベルの共同的信念の拒否である」とトッドは言う。そして、「国民レベルの共同的信念を衰退させた原因は、経済ではなく、精神の自律的変化にある」「因果関連は、精神を出発点とし、経済に到達する。国民の外部志向が、グローバリゼイションを生むのであり、逆ではない」。「エリートの反国民主義こそが、(略)世界化した資本のあらゆる力をもたらしたのである」と言う。そこからトッドは次のように主張する、「国民に集結された共同意識を取り戻せば、グローバリゼイションという虎を受け入れ可能な国内の猫に変えられるであろう」「もしグローバリゼイションが国民国家を解体しているのではなく、国民国家の自己解体がグローバリゼイションを生み出しているなら、国民国家の再構成はグローバリゼイションの諸問題をなくしていくだろう」と。
 グローバリゼイションが国民国家を解体しているのではなく、国民国家の解体がグローバリゼイションを生んでいる。国民国家の共同的信念を取り戻せば、グローバリゼイションは解消するというのが、トッドの主張である。そして、グローバリゼイションへの対抗のためだけでなく、移民への対応のためにも、トッドは国民国家の役割を高く評価する。その点は、本稿で先に諸所に書いたところである。
 ここでのトッドの主張の核心は、「国民レベルの共同的信念」「国民に集結された共同意識」の回復にある。言い換えれば、それぞれの国での国民精神の復興こそ、グローバリゼイションの強行や移民の増大を制御し、社会の共同性を保持するために、最も必要なものである。わが国であれば、日本精神の復興がこれである。グローバリゼイションによる国家の解体、日本の溶解や、移民の増大による日本の非日本化を防ぎ、国民経済を自主的に成長させる財政金融政策を行い、また日本の社会を日本人が主導して発展させるためには、日本の国民精神、日本精神の復興が必要である。

●トッドは共和主義者であり普遍主義者

 移民問題においてトッドが国民国家的な理念の重要性を説く根拠は、フランスの存在である。トッドは、国民国家は長期的な歴史の流れとしては、超克されるべき運命にあるかも知れないが、政治的装置としてはまだ当分の間、大いに効用があるはずである、と主張する。そして、フランスを通じて国民国家を再構築し、移民への対応のモデルたらしめようとする。ここにいうフランスは、普遍主義の国であり、移民を寛大に受け入れ、ヨーロッパ人の純血に固執しない出生地主義の原則によって、移民の子供をフランス人として認め、同化するフランスである。
 私見によれば、トッドは、こういうフランスはヨーロッパや世界に必要な存在だとし、フランス的価値観を広めようとしている。トッドは差異主義的な価値観に反対し、差異主義から普遍主義へと転換すべし、と主張する。これは、私の理解するところ、トッドの主張は、差異主義の諸国の家族制度が、平等主義核家族に変わることを期待するものとなる。具体的にはドイツの直系家族が核家族化し、イギリス・アメリカの絶対核家族が平等主義化することが望ましいということになる。わが国は、族内婚的な直系家族が主たる社会ゆえ、これも核家族化することが望ましいということになる。トッドの根底にあるのは、権威より自由、不平等より平等という自由と平等の価値を広めようという思想だろう。フランス革命の思想である。フランスの市民革命を理想化し、フランスという国家に期待するナショナリズムがここにはある。
 実際、トッドは、フランスで「国民共和主義者」と呼ばれているという。フランス革命が産み出した共和国の理念を擁護する共和主義者であるとともに、フランスというネイション(国家・国民・民族)を愛する愛国主義者であるという意味だろう。だたし、私見では、トッドの国民国家必要論は、フランスという国家が必要ということであって、国民国家一般を言うものではない。人種・民族の融合のために、フランスが必要だという意味であり、各民族の固有の文化の保持が目的ではない。民族文化保持なら、多文化主義への批判は別の論理による批判になる。それゆえ、私は、トッドはフランスのナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者であると理解する。
 共和主義とは、選挙で国の象徴または元首を選ぶ共和制をよしとする思想である。共和制は、君主制と対比される。わが国は、天皇を象徴とする立憲君主制の国家であり、私は世界に比類ない伝統を持つわが国の国柄を保守する者である。それゆえ、トッドがフランスで共和主義を信奉するのはよいが、日本で共和制を実現しようとする思想には反対する。核家族化の行き過ぎにも反対なので、トッドの論理構成に追従するものではない。

●トッドにおける国民と国籍の矛盾

 国家と国民に関するトッドの思想を批評する上で、重要なポイントは国籍付与に関する考え方である。
 『移民の運命』の刊行後、フランスでは、不法滞在者が問題になった。滞在許可証を持たない外国人は、「サン・パピエ」と呼ばれる。サン・パピエをどうするかは、移民問題の重大課題である。
 1997年10月、「出願したすべてのサン・パピエを正規化するためのアピール」と称する請願書が、フランス政府に出された。これに対し、11人の知識人が「移民問題をデマゴギーの舞台から引き出すためのアピール」を出して反論した。トッドはこのアピールに署名した。反対の理由は、出願した不法滞在者にみな滞在許可証を与えることにすると、無制限の移民流入に道を開くことになるからである。この判断は妥当であると私は考える。移民の受け入れ国は、移民に対して、流入を管理しなければならない。自国の社会的・経済的な事情を踏まえて、受け入れる移民を選択し、受け入れた後は、自国の言語・文化・習慣を学習させ、自国の社会に統合することが不可欠である。
 それゆえ、トッドの不法滞在者に対する姿勢は、私の賛同するところだが、国籍付与についてのトッドの考えには、私は反対である。トッドは、フランスの出生地主義をよしとし、自国で生まれた外国人の子供に国籍を与えて同化させるのをよしとする。ここで問題なのは、二重国籍の許容である。私の見るところ、トッドがフランスという国民国家の役割を回復・強化したいのであれば、フランスの国籍の価値を高め、フランス国民の他国民との差異を明らかにすることが必要だろう。フランスが国民国家であろうとするのであれば、二重国籍を否定し、国家への一元的な帰属を徹底すべきである。一方で移民の同化を進め、一方で彼らに二重国籍を認めるのは、矛盾している。
 トッドの所論に基づいてフランスの国民国家としての自立性を追及するならば、ヨーロッパの統合をやめることが必要となる。だが、普遍主義・移民同化・二重国籍は、フランス的な思想を実現するものであることによって、フランスを脱フランス化し、非フランス的な共和国に変えることになる。残るのはシステムとしての共和国であり、フランスの魂、フランス独自の精神文化は消滅する。これは大きなジレンマのはずだが、トッドは、フランスの魂、フランス独自の精神文化よりも、システムとしての共和国を求めるのである。
 先にトッドはナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者であると書いたが、私はここにトッドの根本的な思想があると思う。彼にとってのフランスは手段であって、目的ではない。この点、日本の伝統・文化・国柄の保守と、諸国・諸文明の共存共栄を目指す私は、その思想を日本で模倣することには反対する。外国の思想はわが国とは事情の異なる点があるから、参考になる点は肥料程度に取り入れればよいのであって、豚肉を食べれば豚になり、鶏肉を食べれば鶏になるような愚に陥ってはならない。

●トッドにおけるヨーロッパ及び人類の将来

 トッドは、統一ヨーロッパにおける最大の問題は移民問題だとし、ヨーロッパ諸国が取るべき方針は、フランス式の普遍主義・移民同化だと提言する。ヨーロッパ統合が進展すると、フランスという国民国家(ナシオン)は解体してしまう。フランスが解体すれば、ドイツ・イギリスの差異主義がフランスやヨーロッパに広がる。特にドイツ人がトルコ人に対して行なうような隔離が広がるのはよくない。ムスリムを原理主義化してしまうとトッドは恐れるのだろう。そこで、トッドはヨーロッパの混乱を避けるために、フランスは国民国家(ナシオン)であることを保持し、フランスの「率直で開かれた同化主義」がヨーロッパに、また世界に広がるべきだと主張するものだろう。
 トッドの主張を入れるとヨーロッパはどうなるか。私見を述べると、フランス革命は、民族性、出自、血統の観念を排除した国民概念を確立し、法の前での平等と国家と宗教の厳格分離の共和国を産み出した。トッドの主張の実行は、こうしたフランス的な共和国の理念をヨーロッパ全域に広めることになるだろう。その結果、ヨーロッパは白色人種と有色人種、キリスト教徒と非キリスト教徒が混交する社会となるだろう。文明学的な見方で言えば、今日西洋文明の一部となっているヨーロッパ文明とイスラーム文明が「接近」し、やがて文化的にも生物学的にも融合する将来像がそこに浮かんでくる。
 私は、エマニュエル・トッドに関する別稿「家族・国家・文明と人類の将来」で、トッドの理論と主張を紹介した。またトッドの所論をサミュエル・ハンチントンの所論と比較・検討した。トッドは、『帝国以後』で、西欧の近代化の過程と同様に、人類規模で、識字化、脱宗教化、出生率の低下が広がり、人類の人口は均衡に向かい、世界は政治的に安定し、平和になっていくと予想する。また『文明の接近』では 次のように述べている。
 「世界各地の住民は、文明と宗教を異にするけれども、収斂の軌道に乗っている。出生率指数の収斂は、われわれが将来へと、それも近い将来と想いを馳せることを許してくれるのである。その近い将来においては、文化的伝統の多様性は、もはや衝突を生み出すものと知覚されぬようになり、単に人間の歴史の豊かさを証言するものとなるであろう」
 言い換えれば、全世界的な出生率の低下によって、諸文明・諸社会が穏健化し、デモクラシーが普及し、ハンチントンの説くような文明間の「衝突」が防がれ、世界は協調と融和に向かうという予測である。こうした『帝国以後』及び『文明の接近』におけるトッドの予測と、『移民の運命』におけるトッドの主張を総合的にとらえるならば、こうした世界人類の趨勢を導くものがフランスの普遍主義であり、「率直で開かれた同化主義」だということになるだろう。

●文明は「接近」させるべきか

 もう一点、文明学的な観点から私見を加えたい。
 トッドは、ハンチントンの所説を文明の「衝突」論ととらえ、これに反対し、「文明の接近」を近代化の進行による一般的傾向として予想する。しかし、ヨーロッパの移民問題は、この過程が単純なものではないことを、既に現実として示している。
 実際、トッドは、移民への差異主義的な対応がフランスやヨーロッパ全体に広がることを防ごうとしている。私流に言えば、イギリス・ドイツの差異主義的な対応では、文明は「衝突」するということになる。移民の隔離や排除でムスリムが原理主義化し、イスラーム教原理主義がヨーロッパ内部で活発化・増大化すれば、文明の「衝突」が各地で起こる。ハンチントンのいう地理的な文明の断層線(フォルトライン)ではなく、各地の都市の街頭や学校や住区で、「衝突」が起こる。集団と集団の接するところ、交わるところで起こる。こうして、ヨーロッパは混迷に陥るという将来像が浮かんでくる。
 トッドは、フランスの普遍主義がヨーロッパ全域に広まることを期待する。その期待が現実になるには、文明は「接近する」ものではあるが、むしろ各国は移民の同化政策によって、文明を「接近させる」きだという主張に発展し得る。言わば、アングロ・サクソンやドイツの差異主義は「文明の衝突」を招く。フランスの普遍主義のみが「文明の接近」を実現する。隔離や排除によって敵対化、つまり「衝突」を招くのではなく、受容によって同化、つまり「接近」させよ。ヨーロッパ諸国は普遍主義に転じ、移民の同化政策を推進すべし、という広域的な政策が導き出される。
 これは、私の論理による展開であって、私の知る限り、トッド自身は、移民問題を「文明の接近」と結びつけて、主題的に論じていない。しかし、「文明の接近」をよしとするのであれば、移民問題を国家の問題としてだけでなく、文明の問題としても考察すべきだろう。また、そのような考察を進めてこそ、トッドの移民論は、日本及び日本人にとって重要な意味を持ってくると私は思う。
 以上で、『移民の運命』に基づく補足的な検討を終える。同時に『移民の運命』の内容の整理と考察はここまでとする。ページの頭へ

 
関連掲示
・拙稿「家族・国家・人口と人類の将来〜エマニュエル・トッド

 

第3章 欧米の現在と将来

 

(1)深まる混迷


●『移民の運命』以後のヨーロッパ

本章は、『移民の運命』以後のヨーロッパの実態と将来予測について書く。
 トッドの『移民の運命』は、平成6年(1994)に原書が出された。約17年前の刊行物である。この間、ヨーロッパの移民は増加し、問題は一層深刻化してきている。そこで、『移民の運命』以後のヨーロッパの展開と現状について記したい。
 ヨーロッパ諸国は統合に向かっているが、移民の受け入れで大失敗をした。そのことが『移民の運命』以後、より明確になってきている。ヨーロッパが移民問題で、混迷を深めるのは、むしろこれからである。
 平成17年(2005)の統計によると、フランスは人口6200万人のうち移民が約430万人、イギリスは人ロ約5880万人のうち約460万人、ドイツは人口約8200万人のうち約670万人を占め、移民人口比は7〜9%となっている。
 ヨーロッパは、域内に文明の異なる移民が恐るべき勢いで増加することに対して、統一的な対応がされていない。家族制度の違いから各国で移民の対応が異なり、統一的な政策のないまま移民がどんどん流入している。また域内で家族制度の違いに基づく文化的な多様性が顕在化したことにより、ヨーロッパの統合に疑念を生じている。これはヨーロッパ文明としての統一的なアイデンティティを確立することなく、各国でそれぞれの都合により経済的利益のために、安価な労働力として異文明からの移民を利用した結果だろう。
 ヨーロッパの近代化は外に拡大しながら進んだが、その過程は、世界の近代化の進展でもあった。ところが、異文明の人間がどんどん流入して住み着くという現象は、これまでのヨーロッパにおける近代化の現象の枠を、大きくはみ出ている。今度はヨーロッパの本国・中心部に周縁の異文明から移民が流入している。
 フランスでは、婚姻による漸進的同化と、意識の変化による文化的な融合が進んでいる。その主体は受け入れ国側にあるとトッドは言う。今まではそうだった。しかし、あまり移民が多くなると、「受け入れ社会の全能性の原則」は崩れると私は思う。すでにオランダやドイツで、この原則は崩れている。移民が一定の数の間は、受け入れ国の家族制度に同化させえても、一定の数を超えて増えすぎると、移民の独自性の方が上回る。
 オランダは、EU加盟国以外から流入したイスラーム系移民にも地方参政権を与えた。受け入れ国の主導性によって、同化できていない。ドイツはトルコ系等の移民を隔離し、また地方参政権を与えていないが、増えすぎた移民を帰国させることができない。フランスは移民を同化させ、二重国籍も許容するが、不法滞在者のサン・パピエが増えている。つまり、各国の対応の違いにかかわらず、移民の人口があまり多くなると、受け入れ国側の主導性は十分機能しなくなる。そして対立・摩擦が強まり、治安の乱れや学校の混乱等が起こる。

●文明の「接近」と「衝突」

 トッドの将来予想は、文明の「接近」である。イスラーム文明の諸国は近代化し、識字率の向上、出生率の低下で、やがて人口は安定し、政治的・宗教的な過激行動は鎮静化する。イスラーム教諸国は民主化が進み、脱イスラーム教化するという予想である。
 しかし、現状は、ヨーロッパという地域において、イスラーム移民の流入により、ユダヤ=キリスト教的西洋文明とイスラーム文明の対立・摩擦が強まっている。一部は文明の「接近」が進み、一部では文明の「衝突」が起こっている。文明と文明が地理的空間的に衝突しているのではない。一つの広域共同体の中で、先住の集団と外来の集団が混在し、その間で衝突が起こっている。ハンチントンは、文明のフォルトライン(断層線)で文明の衝突が起こる、また文明の内部でも衝突が起こると述べた。現在のヨーロッパでは、主たるフォルトラインは、ある文明に属する諸国と、別の諸国との国境地帯にあるのではなく、都市の街区や学校の教室の中に立ち現れている。国境のフォルトラインで戦争が起こるのではなく、都市のフォルトラインで、爆弾テロが起こる。地理的空間的に展開する軍隊同士の争いではなく、地下鉄や劇場でゲリラが攻撃を仕掛ける。これはハンチントンの予想を大きく超えた事態である。トッドもまたヨーロッパで、フランスで、パリで、メトロで、こういう争いが起こることを、よく予想できていない。
 今後、イスラーム移民の多くがヨーロッパで脱イスラーム教化し、ヨーロッパ文明に同化するのか、それとも同化を拒否するイスラーム移民がますます対立的闘争的になって、ヨーロッパの諸都市で文明の「衝突」が深刻化するのか。ヨーロッパは「月と星の民」を多く受け入れたことで、夜の闇を深くしているように、私には見える。トッドの「率直で開かれた同化主義」も、移民の数が増大すれば、ある段階から機能し得なくなるだろう。

 

●ヨーロッパにおけるイスラーム人口の急増

 ヨーロッパが移民問題で、混迷が深まるのは、むしろこれからである。欧州連合(EU)では近年、イスラーム人口が急速に増加している。平成21年(2009)8月、英「デイリー・テレグラフ」紙は、EU内のイスラーム人口が2050年までに現在の4倍にまで拡大するという調査結果を伝えた。それによると、EU27カ国の人口全体に占めるイスラーム系住民は前年には約5%だったが、現在の移民増加と出産率低下が持続する場合、2050年ごろにはイスラーム人口がEU人口全体の5分の1に相当する20%まで増える。イギリス、スペイン、オランダの3ヵ国では、「イスラーム化」が顕著で、近いうちにイスラーム人口が過半数を超えてしまうという。
 ヨーロッパで現在、イスラーム系住民が人口の5%いるというのは、日本であれば、635万人に上る。平成20年(2008)末現在、わが国の外国人登録者数は220万人だから、635万人とはその2.9倍にあたる。今より、約3倍の外国人が住んでいる状態である。ちなみに同年末で特別永住者は42万人。それが約15倍になった状態である。しかも、その外国人がほぼ全員、異教のイスラーム教の信者という状態である。今後、2050年ごろまでに人口の約20%にもなるとすれば、現在の日本であれば、2500万人もの大集団である。
 帝国の中心部(メトロポリス)に、周縁部(ペリフェリ)から移民が流入し、やがてその移民が帝国の運命を左右する。これは古代ローマ帝国で起こった出来事である。周縁部からゲルマン人が流入し、ローマ帝国は大きく傾いていった。帝国中心部の経済力・軍事力を、周縁部の生命力・人口力が徐々に凌駕していく。ゲルマン人がヨーロッパ先住民族を圧倒したように、今度はイスラーム教徒がゲルマン人を圧倒していくことが起こりかねない。古代ローマ帝国は部族的信仰を持つゲルマン人をキリスト教に改宗させえた。それが、ヨーロッパ文明を生んだ。しかし、今日西洋文明の一部となっているヨーロッパ文明には、イスラーム教徒を改宗しえる宗教的な感化力は存在しない。移民の価値観を変え得るのは、近代化・合理化の作用だろう。しかし、近代化・合理化は、人々が宗教に求める人生の意味、魂や来世の問題については、何ももたらすものがない。

●イスラーム化する旧大英帝国

 イギリスは、イスラーム系移民がヨーロッパでも最も多く、またEUの中でも最も速いスピードでイスラーム人口が増加しているのが、イギリスである。イスラーム化するイギリスの現状は、EU各国が迎えようとしている近未来の課題を示唆している。
 平成17年(2005)の統計では、イギリスは人ロ約5880万人のうち約460万人が移民である。移民人口比は約8%である。フランス・ドイツは、外国人地方参政権をEU国民にのみ与えるが、イギリスは国政参政権を英連邦国民、アイルランド国民に与え、地方参政権をこれらの国民に加えてEU国民にも与えている。
 トッドによると、イギリスは絶対核家族が主な社会である。差異主義だが、集団を隔離した状態にしながら、個人としては受け入れるという特徴を持つ。イギリス社会は、歴史的に、民族間の差より、階級間の差のほうが大きい。労働者階級は異なる人種のような存在になっており、方言英語を話す。ジャマイカ人、パキスタン人は労働者階級と混交し、白人労働者とともに、多民族的な階級を成している。イギリスの差異主義はドイツの差異主義と違い、異民族を排除しないが、一部のイスラーム系移民は過激化しており、ロンドン等の大都市で、無差別テロ事件が起こっている。また、イスラーム法「シャーリア」の導入を巡って摩擦が起き、一つの社会問題となっている。
 イギリスは、かつて「七つの海」を制した大英帝国だった。世界的な覇権国家としての地位はアメリカに譲ったものの、金融においてはなお巨大な力を振るっている。また、現在も旧大英帝国が形を変えた英連邦の盟主であり、英連邦の加盟国は54ヵ国。連邦全体の人口は17億人、世界人口の約4分の1を占める。ゆるやかではあるが、帝国の威容をとどめている。
 古代ローマ帝国では、帝国の周縁部からゲルマン人が流入し、ローマ帝国は大きく傾いていった。いま、これに似たことがかつての大英帝国、英連邦の中心国・イギリスで起こっている。今日のヨーロッパ文明には、イスラーム教徒をキリスト教に改宗し得る宗教的な感化力は存在しない。イギリスもヨーロッパ文明の一部として同様の状態にある。英国国教会という独自の国家的なキリスト教宗派を保ってはいるが、近代化・世俗化の進むイギリスに、熱烈な異教徒を信仰転換できる宗教的情熱は、見られない。
 先に引いた「デイリー・テレグラフ」紙は、近いうちにイギリスの人口の過半数がイスラーム系移民になるという。彼らの人口が増大する過程で、イギリスの社会には、かつてどの国も体験したことのない質的な変化が起こるだろう。並行して、他のヨーロッパ諸国にでも、イスラーム系移民の流入・増加による変化が、様々な形で現れるだろう。白人種・キリスト教のヨーロッパ文明から、白人種・有色人種が混在・融合し、キリスト教とイスラーム教が並存・対立するヨーロッパ文明への変貌である。このまま進めば、やがてユーラシア大陸の西端に、「ユーロ=イスラーム文明」という新たな文明が生息するようになるのではないか。
 日本人は、ヨーロッパ文明を日本文明に置き換え、イスラーム系移民を中国人に置き換えて、よく比較・考察し、前車の轍を踏まないようにすべきである。

 

●アメリカにおける多民族化

 アメリカは、大英帝国を上回る21世紀の世界帝国である。そのアメリカにも、イギリスと似たような展開が予想される。メキシコ等からヒスパニックが流入し、中国・ベトナム等のアジア人が渡海する。帝国の中心部には、富も仕事もある。周縁部は、貧困と政治的抑圧が覆っている。その周縁部から中心部へと、多数の移民が流入する。
 アメリカはもともと移民の国である。ヨーロッパから移住した白人が、先住民のインディアンを駆逐し、アフリカから連行した黒人を奴隷に使用した。東欧・アジア・南米等からの移民を受け入れ、アメリカは世界で最も多民族化した国家となっている。白色人種に対する有色人種の割合が多くなり、特に近年、ヒスパニックが増加している。人種の坩堝というより、融合しないまま混在する「諸民族のサラダボール」というべき状態である。
 アメリカで平成21年(2009)1月、建国以来、初めて黒人の大統領が誕生した。このことはまだアメリカが有色人種の優位な国になったことを意味しない。アメリカは貧富の差が大きく、社会保障が発達していない。新生児死亡率が高い。国民全体をカバーする医療保険制度がない。その面では、先進国とはいえない。こうしたアメリカにおいて、旧移民である黒人は依然として、普遍主義の下層にある無意識的な差異主義の対象である。「領主民族のデモクラシー」によって、白人/黒人の二元構造の一方の側にある。オバマ大統領は、黒人ではあっても、まだ数少ない白人指導層の中に入った「黒い白人」である。しかし、長期的には、アメリカは一層、多民族化し、白人の優位は後退していくだろう。ただし、社会の最上層は、アングロ・サクソン=ユダヤの富裕層が占め、その下の階層が多民族化するという構造が予想される。

●ヨーロッパとアメリカの比較

 アメリカは建国の理念として、自由の国という国家像がある。またデモクラシーとキリスト教がある。そうした建国の理念に従うように移民を教育し、アメリカ国民にしていっている。これに対し、ヨーロッパには、アメリカのような、明確な統合の理念がない。EUは広域共同体だが、その実態は歴史・文化・伝統の異なる国家の連合である。アメリカは共和主義だが、ヨーロッパは君主制国家が多くあり、政治的にも多様である。各国の移民に対して、アメリカほどの文化的思想的な感化力はない。
 ヨーロッパでは、なにより文明の中核である宗教が活動を弱め、キリスト教の信仰が後退している。知識層や若い世代を中心に脱キリスト教化が進んでいる。アメリカがキリスト教を保持し、キリスト教が自由とデモクラシーとともに、建国の理念を構成しているのと対象的である。私は、統一ヨーロッパは、アメリカほど非ヨーロッパからの移民を同化させることは、できないと思う。

 

●緊張関係を抱えるフランスの現在

 トッドは「率直で開かれた同化主義」と呼んで、フランスでは隔離ではなく同化、独善的強要的でない受容的な同化をよしとする。これはフランスの対応を評価し、ドイツ・イギリスの差異主義・隔離に反対する意見である。フランスは普遍主義で移民同化であり、移民に国籍を与え、二重国籍も許容する。
 トッドは、普遍主義の国・フランスでは他国よりも同化が進んでいることを評価しているが、そのフランスでさえ、移民による暴動事件やテロ事件は起こっている。
 平成17年(2005)秋、フランスでサルコジ大統領が選ばれた選挙戦の直前に、騒擾事件が起こった。アフリカ移民の青年2人が警察に追われ、逃げこんで変電所で感電死したのをきっかけにアフリカ系移民が起ち上がり、公共施設を襲い、車に火をつけるなどの一大暴動を起こしたのである。 路上で車が黒煙を立てながら炎上する光景は世界に衝撃を与えた。暴動を起こした若者たちはすべてフランス国籍を取得していた。国籍を取得しても就労の機会はなく、いまさらアフリカにも帰国できず、将来を悲観して自暴自棄になったことが原因だったという。

 その後、フランスの治安当局による徹底的な取締りにより、現在、フランス国内でのイスラーム教過激派によるテロ活動は抑えられている。過去にテロの惨禍を体験してきたフランスでは、治安維持の最大の課題の一つがイスラーム教過激派のテロ対策となっている。
 国外ではフランス人を対象とした誘拐事件が散発している。昨21年(2009)8月、西アフリカのイスラーム教国・モーリタニアでフランス大使館員を標的とする自爆テロが発生した。同年11月、同じ西アフリカのイスラーム教国・マリで発生したフランス人誘拐事件では、イスラーム・マグレブ諸国のアルカーイダ組織が犯行声明を出した。国内では、アフガニスタンにジハーディスト(戦闘員)を送り込むグループが検挙される事件や、国際テロ組織とインターネット経由で接触して連絡をとり、フランス国内でテロを計画した人物が逮捕される事件があった。しかし、フランス治安当局が、テロの未然防止を最優先に掲げ、各種テロ対策を強力に推進していることにより、同年はイスラーム教過激派によるテロは発生しなかった。
 普遍主義で同化の進むフランスにおいても、受け入れ国の国民と、文明も宗教も異なる異邦人との間の緊張関係は、明確に存在する。今後も、フランスで、文明の「衝突」なく「接近」が進むとは思われない。むしろ、イスラーム教徒の移民が増え続ければ、その人口力に圧倒される可能性があると私は思う。
 『移民の運命』の刊行後、フランスで不法滞在者が問題になっていることを先に書いた。滞在許可証を持たない「サン・パピエ」と呼ばれる外国人をどうするかは、フランスにおける移民問題の重大課題である。フランスは現在、「サン・パピエ」については、適切な調査によって条件を満たした者に限って、滞在許可証を与えている。
 フランスは、外国人地方参政権をEU国民にのみ与えると規定し、相互主義を謳っている。この点はイギリス、ドイツと同様である。しかし、EU以外の国民、非ヨーロッパから流入した移民にも、地方参政権を与えるべきだという意見がある。今後もし、非EU国民・非ヨーロッパ系移民に地方参政権を与えるならば、オランダの悲劇を繰り返すことになるだろう。

(2)オランダとドイツの失敗

 

●オランダゆえの大失敗

 EUにおいて、オランダは、EUの加盟国以外の外国人にも、地方参政権を与えている唯一の国である。オランダは、この地方参政権付与によって、大失敗した。わが国でも、定住外国人に地方参政権を与えるべしという意見があるが、オランダの二の舞にならないよう、よくその事例を学びたいものである。
 平成22年(2010)現在、オランダでは、人ロ約1600万人のうち約300万人が外国人になっている。ドイツ、フランス、イギリスにおける移民の人口比は7〜9%だが、オランダは20%に近い。
 トッドは、『新ヨーロッパ大全』において、オランダはイギリスより1世紀も早い17世紀の初めから、自由主義的な文化が出現し、宗教的寛容の観念が発達したと書いている。
 15世紀末、スペインはユダヤ人を国外に追放した。ユダヤ人の多くは、宗教的に寛容なオランダに移住した。彼らは、アムステルダムでアムステルダム銀行を作り、銀行業務を発展させた。1688年イギリス名誉革命の際、オランダのオレンジ公ウィレムがイギリスに渡ってウィリアム3世になった。名誉革命後、オランダからイギリスに多くのユダヤ人が移住した。彼らは、金融の知識・技術を発揮して、ロンドンを金融の中心地に変えていった。
 トッドによると、オランダの主要部では、絶対核家族が支配的である。絶対核家族の地域にはプロテスタントが多く、直系家族の地域にはカトリックも分布する。絶対核家族の社会は、イギリスと同じく、自由と不平等を基本的価値とする。自由主義と宗教的寛容は、絶対核家族の地域で発達し、今日に至っている。
 自由・不平等と宗教的寛容を伝統とするオランダ政府は、ヨーロッパ以外からの移民に対して、多文化共存政策を取ってきた。移民の多くは、イスラーム教徒である。移民の人口が増えると、オランダ政府は、彼らに外国籍のまま地方参政権を与えた。その際、「5年以上在住の者」という条件だけで、「EU加盟国の国民に限る」という制限を設けなかった。定住外国人の大多数は異文明からの移民、イスラーム教徒だった。彼らにも外国籍のまま地方参政権を与えた。その結果、大変なことになった。そのことを認めた政府報告書が発表されている。
 報告書によると、オランダのイスラーム系移民人口は報告書当時、総人口の10%を占める。彼らは、オランダ人とは融和せず、都市部に集中して群れを成して居住する。モロッコ、トルコ系移民の二世はオランダ人とは結婚はせず、祖国から配偶者を見つけてくる。
 アムステルダムなどの都市部で、彼らはゲットーを形成する。彼らのゲットーにオランダ人が足を入れようとすると、イスラーム系住民は敵意を燃やして攻撃する。そういう険悪な状態になり、オランダ人も危険を感じるようになった。とくに新たに流入したイスラーム系移民たちの暴力、犯罪や組織犯罪が目立ってくると、関係は悪化した。国内に別の国家が作られたような状態となってしまった。
 この政府報告書は、国の分裂を防ぐためには、イスラーム系移民の集中居住地区を取り壊し、彼らをオランダ人として教育し、同化させる以外にはないと、結論付けている。  
 イスラーム系移民の集中居住地区を取り壊そうとすれば、住民は激しく抵抗するだろう。また移民にオランダ国民としての再教育を施そうとしても、今からでは難しいだろう。ここまで深刻な状態になってから同化政策を取っても、手遅れだろうと私は思う。
 西尾幹ニ氏は『外国人参政権〜オランダ、ドイツの惨状』(月刊「WiLL」平成22年[2010]4月号)に次のように書いている。
 「もとより、オランダ国民が一丸となって戦う意思があれば問題は解決するだろうが、政治家とメディアは国民のために動かない。何があっても沈黙する。外国人差別を助長するような言論はあってはいけないと逆に封じられ、政府はインターネットを検閲し、法務大臣がイスラーム法の導入まで示唆するほどの倒錯に陥った。かくて社会の一体化は壊され、絶望したオランダ人は国外に逃げ出している」
 オランダが混迷を深めていくことを察知した富裕層・知識層は他国に移住し、財産の国外流失も増大しているという。
 オランダは小国である。しかし、欧米では重要な存在である。イギリス名誉革命の際、オランダのオレンジ公ウィレムがイギリスに渡ってウィリアム3世になった。今日では、ウィリアム3世の直系の子孫が、ヨーロッパ各国の王家の多くに広がっている。第2次世界大戦後、イギリス王室とオランダ王室が主軸となり、ロスチャイルド家等の巨大国際金融資本家と連携して、欧米の所有者集団が国際的に連携するために作ったのが、ビルダーバーグ・クラブである。創設の中心となったのは、オランダのベルンハルト公、現オランダ女王ベアトリクスの父だった。オランダ王室は、世界規模で資産運用を図る金融投資顧問団を持つ。ベアトリクス女王は、イギリスのエリザベス女王を遥かに上回る資産家といわれる。こうしたオランダが今日、異文明からの移民の流入によって、混迷に陥っていることは、ヨーロッパ文明の将来を暗示するものと言えよう。

●宗教的寛容が招いた宗教的対立

 オランダにおけるオランダ人とイスラーム系移民の対立には、文化的宗教的要因がある。
 イスラーム系人口の大半は、1960年代以降にオランダに入ってきた。彼らはヨーロッパで一番自由なオランダの文化を嫌悪した。彼らは、女性の権利、言論の自由、同性愛、麻薬・覚醒剤など、オランダのリベラリズムを象徴する自由と権利を軽蔑した。そしてイスラーム教の信条や生活様式のほうが、価値あるものと確信した。
 西尾幹ニ氏は、『外国人参政権〜オランダ、ドイツの惨状』で、次のように述べている。
 「外国人(註 イスラーム系移民)はオランダの生活習慣や価値観を嫌い、祖国のやり方を守るだけでなく、自由で近代的なオランダの文化や仕来りを自分たちの流儀に切り換え、変革しようとさえする。自国の宗教や文化を絶対視し、若い狂信派のテロリストを育てて、オランダの社会システムを破壊し、つくり変えようとする」と。
 平成16年(2004)、画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの甥、映画監督のテオ・ファン・ゴッホが、イスラーム教徒の女性の扱いを批判した映画を制作したことにより、モロッコ系移民に殺害された事件が起こった。これを切掛けに国内は騒然として、宗教内乱のような状況が発生した。
 オランダ政府は、イスラーム系移民との民族融和のために、モスク(イスラーム教寺院)に資金援助などをしてきたが、効果がなかった。逆にモスクでは、若者を徹底的に教育し、自爆テロも躊躇しない過激派を育成した。オランダだけでなく、ヨーロッパ全域において「イスラーム教過激派」の軍隊を組織する動きがある。ある報告によると、ヨーロッパ在住の選ばれたイスラーム教徒がアフガニスタンで軍事訓練を受け、帰国すると、習得してきた技術を、国内のイスラーム教徒に指導・伝授しているという。
 オランダは宗教的寛容の国である。その宗教的寛容が、ユダヤ=キリスト教とは異なる価値観をもったイスラーム教徒を、幅広く受け入れた。その結果生まれたのは、宗教の共存・協調ではなく、対立・抗争である。キリスト教とイスラーム教には、対立・抗争の歴史がある。今日の世界でも、ハンチントンが警告したように「文明の衝突」の主な要素は、キリスト教文明とイスラーム文明の「衝突」である。それが、地理的空間的なフォルトラインにおいてではなく、一国の都市部で、旧来の住民とゲットーとの間で起こっているのである。
 私は、オランダ人の理想主義的な宗教的寛容が、逆に宗教的な対立・抗争を招いたことを指摘したい。イスラーム教は独自の論理により、同じセム系一神教であるユダヤ教、キリスト教を教義の中に位置付けている。しかし、それらを発展的に解消するものとはなっていない。一方、キリスト教における寛容は、ユダヤ教に対してと、カトリック・プロテスタントの間における態度に、もともと限定されていた。オランダ人は、近代的な自由主義の思想で、ユダヤ=キリスト教内部における寛容を、早急にイスラーム教にも広げられると考えたところに、陥穽があった。宗教を含む文化の相互理解には、適度な距離と、ゆっくりした時間が必要である。また宗教的寛容は、諸宗教が交流を通じて、従来の教義を超えて、より高次の精神文化へと発展するのでなければ、かえって対立・摩擦を生じる。人々が新しい精神的指導原理を見出したとき、初めて宗教の相違による争いが止み、人類は精神的な進化へと向うだろう。

 

●異文明定住外国人への地方参政権付与、さらに問題な移民の大量受入れ

 オランダの混迷の原因には、宗教の相違に加えて、地方参政権付与と移民の入国数の問題がある。
 西尾氏は、「イスラーム教徒に地方参政権を与えたことが、アリの一穴となった。小さな穴は行政を麻痺させ、しだいにこれが広がり、国全体がしばられた。『国連』とか『世界市民』といった美しい理想が、政治や行政を動かしていることに問題があった。政府がもっと常識をもち堅実であったなら、外国人にオランダ文化を教え、自由で近代的な法意識に従わせるよう教導したであろう。しかし、外国の文化を何よりも尊重し、『同化』ではなく『共生』が大切だという、ドイツでもフランスでも一時はやったあの思想に政府がとりつかれているので、一般のオランダ人の庶民が無法な目に遭っても放置される」と言う。
 「あの思想」とは、多文化主義のことである。オランダは多文化主義の思想に基づく多文化共存政策を急進的に進め、異文明から流入した移民に対してまで、地方参政権を与えてしまった。
 西尾氏は、次のようにも書いている。「外国人地方参政権を『EU国民にのみ与える』という他の西ヨーロッパの国々と同じ政策をとっていたら、EU国民は自由で近代的な法意識を共有しているので、ここまでひどい事態にはならなかっただろう」と。
 私の観点から言えば、EU加盟国同士の地方参政付与は、同一の文明の内部における権利付与である。私は、定住外国人を「文明内定住外国人」と「異文明定住外国人」とに区別することを提案する。「異文明定住外国人」への参政権付与は、「文明内定住外国人」とは、まったく異なる問題を生み出すのである。
 西尾氏はまた、次のように述べている。「他の西ヨーロッパの国々よりもイスラーム系移民の人ロ比が高いことは、何よりもオランダを苦しめた。移民は出生率も高く劇的に増加する、というのが恐怖の的となっている」と。
 私は、この点の指摘が重要だと思っている。すなわち、移民の人口比が高くなりすぎたことである。オランダの大失敗は、非EU加盟国からの定住外国人に地方参政権を与えたことだけではない。そもそも、移民を多く受け入れすぎたことが失敗だったのである。ドイツ、フランス、イギリスにおける移民の人口比は7〜9%だが、オランダは10%を超え、20%近くにまでなっている。しかも、オランダ人は出生率が低く、人口が減少する一方、イスラーム系移民は出生率が高く、人口が急増する。そのため、今後、移民の人口比は大きくなり続ける。先に引いた先に引いた「デイリー・テレグラフ」紙は、オランダでは、近いうちにイスラーム人口が過半数を超えてしまうと予想している。
 私は定住外国人へ地方参政権付与の有無にかかわらず、移民の人口比が高くなりすぎると、その社会には崩壊に向うと思う。ヨーロッパの事例を見ると、移民の人口比は10%近くなると危険だと考える。移民の流入を数的に制限すること、そして、外国籍のまま地方参政権を与えないことが、死活的に重要である。

 

●ドイツは、いまやヨーロッパ最大の多民族国家

 平成17年(2005)の統計によると、ドイツは人口約8200万人のうち、移民が約670万人を占める。移民人口比は約8%である。ただし、帰化してドイツ国籍を取った者も外国人と呼ぶとすれば、人口の約20%、約1600万人が外国人である。この数字は、ドイツは今やヨーロッパ最大の多民族国家であることを示している。アメリカ、オーストラリア、カナダに近い国に変貌しているのである。国民・非国民を含む約1600万人の外国人のうち、イスラーム系は約400万人とされる。
 外国人地方参政権については、ドイツは、EU加盟国からの移民にのみ与えるとし、オランダと違って、異文明から流入した外国籍の住民に対しては、地方参政権を与えていない。しかし、いったん国籍を取得すれば、渡来人もドイツ国民として、参政権を行使する。渡来人のドイツ国民が、非国民である定住外国人の利益になるように、参政権を行使する可能性もある。
 後進資本主義国だったドイツは、戦前には目立つ植民地を持たなかった。第2次大戦の敗北により、政府機能を失ったドイツは、日本と違って無条件降伏をし、分割統治されて、東西二つの国家に分裂した。
 ユダヤ人を大量虐殺したという罪悪感を持つドイツ人は、戦後、他宗教・異民族の移民と支え合って共生することをいわば国是としてきた。旧西ドイツでは、高度経済成長期に入ると、労働力不足を補うため、昭和36年(1961)からトルコ、ギリシャなどの出稼ぎ労働者を大量に受け入れた。1970年代にはトルコ人の大量導入を行った。80年代に、トルコ人とのトラブルが多発し、わが国でも海外ニュースで話題になった。トルコ人の住む街区をネオ・ナチが襲撃して火を点けたなどの騒ぎがたびたび起こった。しかし、最近はこの種のニュースを聞かなくなった。その理由は何か。
 西尾幹ニ氏は、「外国人参政権〜オランダ、ドイツの惨状」(「WiLL」2010年4月号)で、最近のドイツ事情を伝えている。
 西尾氏は言う。「トルコ人問題で苦しんだドイツは、トルコへの帰国者を募り、相当額のお金をつけて故国へ返す政策を計画し、大規模に実行したことがある。しかし、間もなくムダと分かった。帰国させたほぼ同じ人数だけ、たちどころにドイツに新たに入国してくる。同じトルコ人が戻ってくるのではない。ドイツ社会に、トルコ人就労者を必要とする一定数の強い需要が生じてしまったのである」。
 外国人労働者を受け入れると、「先進国の社会は、送られてくる労働力のパワーに慣れ、それを頼りにし、次第にそれがなければ成り立たない社会に変わってしまう。先進国の側が外国人をつねに必要とする社会体質になり、その力を勘定に入れなければ国や、都市や、各種の組織が機能しなくなってしまうのである」と。
 西尾氏は、このことを次のように表現する。「ドイツは、トルコ人労働者という麻薬に手を出して抜け出せなくなったといっていい。じつはフランスも、オランダも、イギリスも、各国それぞれ様相は違うが、麻薬に手を出したという点では同じだといっていい」と。
 人間を麻薬に例えるのは不穏当だが、ここでは西尾氏の表現として引用しておく。

 

●国家中枢部分が外国人に依存する状態に

 西尾幹二氏は「外国人の力を借りることは本来あってはならないと世界のどの国でもが必ず考えるあろう国家中枢の部分」が二つある、と述べる。その二つの「国家中枢の部分」とは、「教会」と「国防軍」であると言う。
 「教会」はドイツなど欧米諸国では巨大な存在ではあれ、「世界のどの国」にも当てはまるとは言えないが、西尾氏の所論を続ける。
 ドイツは、「教会」と「国防軍」の「二つともに外国人への依存によって左右されていることを認めざるを得なくなった」。そのことが「事柄の最も深刻な最終事態を表現している」。「そのために、ドイツの国家意志そのものが『沈黙』を強いられている。政界からも、財界からも、教育界からも移民問題に関してはここ20年来、寂として声が出てこない所以である」と西尾氏は言う。
 二つの国家中枢部分の第一は、「教会」である。ドイツは、キリスト教国である。西尾氏は、次のように言う。「ドイツのキリスト教教会の財政は教会税で賄われているが、それだけでは足りないので国の特別な保護を受けている。国家財政が窮すれば教会への保護も削られる。人口が減少しているドイツでは、これがなかなか厳しい。ドイツの消費税は17%である。人口が減れば、消費税は減収につながる」「それが教会の財政を直撃する」。
 ドイツでは、「ありとあらゆるものに教会が関わっていて、雇用人口は巨大になる。この関係者に給与を支払うには、国庫や教会税だけではもはや足りなくなっている。で、教会は各教派を挙げて移民受け入れを推進することで増収を図ることに賛成している」と西尾氏は述べている。ここで私が指摘しておきたいのは、ドイツのキリスト教教会は、イスラーム系移民の改宗を目的としているのではなく、異教徒からの税収に期待しているということである。
 国家中枢部分の第二は、「国防軍」である。西尾氏によると、「ドイツは徴兵制の国であるが、じつはさまざまな条件で徴兵忌避が認められている」「そのため、あらゆる理由をつけて圧倒的な数のドイツの若者が軍隊に入隊しなくなってしまった」。ところが、「移民の子弟というのは積極的に軍隊に入隊したがる傾向がある」「移民の子供たちが大勢ドイツ国防軍に入隊している。そのため現在、ドイツ国防軍は外国人なくして成り立たなくなってしまった」と言うのである。私見を述べると、この現象には歴史的に多く事例がある。軍の兵士の多くを外国人が占めるようになった国家は、衰退する傾向がある。
 ドイツでは国家中枢部分である「教会」と「国防軍」の二つともが、外国人への依存によって左右されている。「教会」は移民受け入れを推進することで増収を図ることに賛成し、国防軍は外国人なくして成り立たなくなってしまった、というわけである。
 西尾氏は「ドイツの現状は以上のような次第だから、国内で『移民反対』と今さらもうまったく言えなくなり、道を引き返すすべはもはやなくなったといっていい」。「メディアも政府も『沈黙』する。知識人も言論人も『ものが言えなくなる』。これが外国人流入問題の最も深刻な最終シーンである。外国人を労働力として迎えるという麻薬に手を出した国の道の先にあるのは、民族の死である」と西尾氏は述べている。
 西尾氏は「ドイツは、地方参政権を『EU国民にのみ与える』という用心深い政策をとっていたが、EU域外からの怒濤のごとき人の波の流入はそれ以前からあり、何をどうしても防ぎようがなかった」と書いている。
 私は、氏の指摘の重要性をここでも強調しておきたい。ドイツはオランダと違って、非EU加盟国からの定住外国人には地方参政権を与えていない。それにもかかわらず、ドイツは増大する移民に国家中枢部分を依存する国家になってしまった。移民を多く受け入れすぎたことが失敗だったのである。この事例から日本人が学ぶべき教訓は、移民の受入れは人数を制限し、かつ自国の基準で人材を選択的に許可し、受け入れた移民に対しては、しっかり社会への同化を促進しなければならないということである。

 

●ドイツの学校教育とイジメ〜移民政策の破綻

 西尾幹二氏は、ドイツの移民問題に関し、「『外国人制限』がタブーになった」という記事を、産経新聞平成22年(2010)3月30日「正論」欄に書いた。
 「ドイツは国家意志が『沈黙』を強いられた悲劇に陥っている」として、移民問題に関し、ドイツ国営放送が制作したテレビ番組を紹介している。
その約9分のフィルムは、インターネットの動画(YouTube)で見ることができる。題名は「ドイツの学校教育とイジメ・移民政策の破綻」である。
 これは、ドイツの首都ベルリンのノイケルンというトルコ、旧ユーゴ、レバノンからの移民が9割を占める地区の小学校の調査リポートである。
 番組が取材したある小学校の校内は暴力が支配し、カメラの前で2人のドイツ人少年は蹴られ、唾をかけられ、安心して歩けない。この学校は校内撮影を許されたのだが、別の小学校では、ある児童が「お前はドイツ人か、トルコ人か」と問い詰められ、「そうさ、ドイツ人さ。神さまなんか信じない」と言ったら、いきなり殴られ、学校中の不良グループが集まってきてこづかれ、「僕は何もできなかった」と唇を噛む。ある少女は宗教を尋ねられ、「そうよ、キリスト教徒よ」と答えると、みんなから笑われ、「あんたなんか嫌いー」と罵られた。この小学校の調査訪問を申し出ると、撮影は「外国人差別を助長するから」という理由で公式に拒否された。
 番組のリポーターは、ベルリン市の行政当局を訪問する。移民同化政策の担当者にフィルムを見せたところ、「子供の気持ちは分かるが、そもそもドイツの学校はドイツ人のものだという古い考え方は倒錯した考えだ」と紋切り型の言葉を述べる。リポーターは家庭訪問も行う。母親は「街を出るのがいいのは分かっているけど、私はこの街で生まれたのよ」と言う。経済的に余裕のある人はこの地区に住んでいないという実態を、番組は伝える。街を逃げ出すのが唯一の解決なら「共生」という名の移民政策の破綻ではないかと、視聴者に投げかける。
 そして、問題を公にする者は差別者のレッテルを張られ、排除される。問題を公に口外できないタブーの支配が政治の最大の問題である、とリポートしている。
 西尾氏は「ドイツは今、税収不足を外国人移民の増加に依存し、それで救われているのが教会であり、国防軍も外国人の若者に頼るという、首根を押さえられた事態に陥っている」と、産経の「正論」の記事に書いている。国家中枢部分である「教会」と「国防軍」の二つを、ともに外国人に依存するようになったドイツは、移民問題について、「国家意志が『沈黙』を強いられた悲劇に陥っている」、と西尾氏は言うのである。
 ドイツは、国籍付与については、19世紀から血統主義を採ってきた。政府が親の血統と同じ国籍を子に与える、つまり自国民から生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、血統主義である。血統主義は、直系家族の価値観を法的に制度化したものである。これを「血の権利」ともいう。
 ドイツでは、血統主義により、ドイツで生まれても、外国人の子にはドイツ国籍を与えなかった。しかし、フランス等の影響で、ドイツは平成11年(1999)に国籍法を改正し、出生地主義を取り入れた。出生地主義は、政府が、出生地の国籍を子に与える、つまり自国で生まれた子に自国の国籍の取得を認めるものである。「土地の権利」ともいう。ただし、ドイツでは二重国籍は認めない。子供が一定の年齢に達したら、単一の国籍を選択させるという規定としている。
 出生地主義を取り入れたドイツでは、定住外国人の親から生まれた子供にドイツ国籍を与える。そのことは、外国人がドイツ国民になりやすくし、ドイツの多民族化を方向づけている。移民問題について「国家意志が『沈黙』を強いられた悲劇」が続くならば、ドイツで生まれドイツ国籍を与えられた外国人の子供が増えるとともに、ドイツの多民族化は、加速されていくだろう。

参考資料
Youtubeのビデオ「ドイツの学校教育とイジメ・移民政策の破綻」
http://www.youtube.com/watch?v=y-pVuiMzvq4

 

●メルケル首相が「多文化主義は失敗だった」

 西尾幹二氏が、ドイツの移民問題に関し、「『外国人制限』がタブーになった」という記事を書いた約半年後、ドイツで「沈黙」を破る重要な発言があった。平成22年(2010)10月16日、アンゲラ・メルケル首相が「多文化主義は失敗した」と述べて、論議を呼んだのである。
 メルケル首相の講演は、ベルリン南西郊外のポツダムで開催された、「キリスト教民主同盟(CDU)」の青年部会で行われた。CDUはメルケル首相が党首を務める政権与党の保守政党である。わが国では、憲法に定める政教分離を厳格に解釈する意見があるが、ヨーロッパでは政権を担う宗教政党は多くある。CDUはその一つである。
 ロイター通信などによると、メルケル首相は、講演で、若い党員や支持者を前に、「ドイツは移民を歓迎する」と前置きした上で、「ドイツに多文化社会を築こう、共存共栄しようという試みは、完全な失敗だった。そして、この30〜40年の失敗は、すぐには穴埋めできない」と訴えた。その上で「移民はドイツ語を学び、ドイツ社会に融合しなければならない。すぐにドイツ語を話さない人は、誰一人歓迎されない。ドイツ社会で生きてゆくなら、法に従うだけでなく、私たちの言語を習得しなければならない」と述べ、喝采を浴びたという。
 メルケル首相が慎重を要する移民問題にあえて踏み込んだのには事情がある。首相の後押しで選出されたウルフ大統領が10月3日、東西ドイツ統一20周年記念式典で、「わが国はもはや多文化国家だ。イスラームもドイツの一部だ」と演説した。これにCDUの右派が反発した。また15日にはCDUの姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首が、「多文化主義は完全に死んだ」「ドイツは移民国家になるべきではない」などと演説し、異文化国家からの移民受け入れ禁止を求めた。首相の発言は、こうした状況を意識したものと見られる。
 欧州の移民政策に詳しいオランダ・アムステルダム大学のエリナス・ペニンクス教授は、メルケル発言は、「移民禁止という右派の主張や移民に寛容すぎる左派にクギを刺して、CDUを中道に誘導しようしたもの」と分析している。

●ドイツはもはや手遅れ

 ヨーロッパでは、多文化主義が移民政策の理想モデルとされてきたが、移民を多く受け入れてきた国々で、1990年代から文化摩擦が相次いで表面化した。平成13年(2001)9月11日のアメリカ同時多発テロ事件によって、イスラーム教原理主義への警戒心が高まった。ドイツでも同様である。平成19年から20年(2007〜08)にかけてのサブプライム・ローン破綻、リーマン・ショックは、アメリカ以上にヨーロッパに深刻な影響を与えた。ドイツでも、仕事や年金を移民に奪われるという懸念が強まっている。
 人口8200万のうち約1600万人が移民か外国出身というのが、現在のドイツである。しかし、保守層を中心にドイツは多民族国家であることさえ認めたがらないという心理がある。最近の世論調査では、3割以上が「ドイツは外国人に乗っ取られる」と回答した。
 メルケル首相は今後、移民のドイツ語教育に力を注ぐ一方で、ドイツ基本法(憲法)に反するイスラーム教社会の強制結婚など、イスラーム教の伝統的な習慣を規制していくとみられる。また不法移民に対しては厳しい対応が行われるであろうし、それが正規の移民にも広がるという予想も出ている。
 しかし、私は、もはやドイツは手遅れだろうと思う。人口の約20%が移民か外国出身となり、国家中枢部分の「教会」と「国防軍」を外国人に依存し、出生地主義で外国人の子供に国籍を与えているドイツが、国家のあり方を大きく改善することは、非常に難しい。仮にこれから移民を制限し、統合政策を強力に進めるならば、それに対する抵抗・反発が起こる。テロや暴動が多発すれば、ドイツ人本来の「排除の差異主義」が動き出すだろう。

多文化主義については、これを支持してきたイギリスのキャメロン首相も、平成23年(2011)2月、ドイツで行った講演の中で、「イギリスでの多文化主義は失敗した」と述べた。メルケル首相の多文化主義失敗発言に呼応したものだろう。
 キャメロン氏は「多文化主義国家のドクトリンは、様々な文化がお互いに干渉せず、主流文化からも距離をおいて存在することを推奨してきた。そうした、いわば隔離されたコミュニティが我々の価値観と正反対の行動をとることすら許容してきた」と言う。そして「イギリスでのこうした多文化主義は失敗した」と述べ、異なる価値観を無批判に受け入れる「受動的な寛容社会」ではなく、デモクラシーや平等、言論の自由、信教の自由といった自由主義的価値観を積極的に推進する「真の自由社会」を目指すべきだという考えを示した。
 イギリスでは、イスラーム教過激思想に感化されたイギリス育ちの若いイスラーム教徒によるテロやテロ未遂が相次ぎ、大きな問題となっている。問題の背景には若いイスラーム教徒の一部が、イギリス社会に同化しきれていないことがあるとされる。キャメロン首相の発言は「多文化主義」が移民の同化を妨げてきたという認識に立つものだろう。

ドイツの首相に続いてイギリスの首相も、多文化主義は失敗したと述べたことは、ヨーロッパ全体がいかに深刻な状態にあるかを表しているものである。

●ヨーロッパの失敗に日本は学ぶべし

 移民問題におけるヨーロッパの現状と将来を考察してきた。イギリス、フランス、オランダ、ドイツを通じて浮かび上がったのは、移民の人口比が高くなると、その社会の家族型による価値観が差異主義であれ普遍主義であれ、また地方参政権を与えようが与えまいが、そして二重国籍を許可しようがしまいが、社会的な危機が増大するということである。そこにこそ問題の核心がある。だが、トッドはこの最重要点を指摘していない。
 わが国には、少子高齢化、それによる人口減少への対応のために、移民を1000万人受け入れるべきだという主張がある。それをやったら悲惨な結果になることは、ドイツの例を見れば、明らかである。まして、地方参政権を与えれば、オランダの悲劇以上のことが起こるだろう。移民の多くが共産中国から流入し、移民の行動を中国共産党が指示するだろうからである。
 国家とは何か、国民とはどうあるべきものか、わが国はどういう外国人なら受け入れ、また国籍を与えるべきなのか。こうした問題を掘り下げて考えることなく、生産年齢人口、特に労働力人口の減少を、外国人労働者で埋め合わせようという発想は、安易かつ危険である。

以上で、エマニュエル・トッドの移民論の考察を終え、次に日本の移民問題について論じたい。ページの頭へ

 

第4章 深刻化する日本の移民問題

 

(1)日本の移民問題を考える

●日本の移民問題

 エマニュエル・トッドの『移民の運命』に基づき、移民問題に関する人類学理論を概観し、『移民の運命』の整理と考察を行い、ヨーロッパの現在及び将来について記してきた。次にこれまでの内容を踏まえて、わが国における移民問題をより掘り下げて検討したい。
 第4部では、トッドの日本論、移民の対応における日本と諸外国の比較、日本を揺るがす移民問題の実態、特に日本興亡のかかる中国人移民・中国への対応を述べ、日本は移民への対応をいかにすべきかを論じる予定である。
 さて、トッドは『移民の運命』で、家族人類学の理論にいて、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、欧米が抱える移民問題の深刻さを明らかにした。そして、アメリカ発の多文化主義を批判するとともに、米英独のように移民を隔離または排除するのではなく、受け入れ社会に同化させることを主張している。トッドはフランスの普遍主義が世界に普及することに期待し、フランスが独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。
 こうしたトッドの主張は、ヨーロッパ、特にフランスにおけるものだが、私は、増大する移民に直面しているわが国にとっても、大いに参考になるものと思う。
 現在、わが国では、永住外国人への地方参政権付与の可否が、重大な問題となっている。地方参政権の問題は、それのみにとどまらない。外国人に日本の国籍を与える場合の基準にも関わってくる。さらに、外国からの移民をどれだけ受け入れ、どのように扱うべきかという国家としての方針の問題に帰着する。
 わが国には近年、共産中国からの移民が急増しており、今後も中国を中心とする移民の増加が予想されている。既に移民による様々な社会問題が起こっており、移民の増加とともに、社会問題の増大・激化が予想される。国家として、しっかりした対応の策定が急がれる。
 わが国は直系家族の社会であり、差異主義の価値観を持つ。しかし、わが国は、共存共栄・諸族協和の理念を併せ持つ。私は、こうした独自の価値観を発展させることによって、日本は移民問題においても世界に貢献できる可能性があると思う。ただし、重要なポイントは、普遍主義であれ、差異主義であれ、人口比率で移民を多く受け入れすぎると、対応能力を超え、流入・繁殖する移民によって、社会の統合ができなくなってしまうことである。
 わが国は、欧米諸国の先例に学び、移民の受入数を限定し、かつしっかりした同化政策を立てて、対応すべきである。そうすれば、わが国は日本の安全と繁栄を保ちながら、日本独自の文化の発現によって、世界の移民問題に貢献することができるだろう。
 こうした政策を実現するためには、わが国はまず自国の再建を行なわなければならない。実は、わが国における外国人移民への対応は、単に移民を入れるか入れないか、どれだけ入れるか、外国人にどう対応するかという問題ではなく、わが国の根本的なあり方に関わる事柄である。日本人とは何か、日本とはどういう国か、日本人は日本をどうしたいのかという問題である。
 私は、移民への対応は、日本人が国民・民族としての自覚をもち、憲法の改正、国防の充実、道徳の回復、家族の復権、日本経済の復活、脱少子化の推進、新しい文明の創造等による日本再建なくしては、適切に対応できない課題だと考える。その意味でも、移民への対応は、日本の死活的な課題だと思う。こういう観点から、わが国の移民問題を理論的かつ実際的に考察したい。

(2)トッドの日本論

 

●トッドの日本論1〜家族型と価値観

 日本の移民問題を検討するに当たり、最初にトッドが日本をどう見ているか、『移民の運命』を中心に述べておきたい。本稿で既に書いたこともあるが、ここでは日本に焦点を合わせて整理する。一部既述と重複する点があることをお断りしておく。
 トッドによると、日本は直系家族の社会である。核家族が夫婦中心の単婚家族であるのに対し、直系家族は親子中心の複合家族である。核家族は子供が結婚すると独立し、親と別れて住む。単一世代で家族が解散する。これに対し、直系家族は、子供のうち一人のみを跡取りとし、結婚後も親の家に同居させ、遺産を相続させる型である。相続するのは年長の男子が多い。他の子供は遺産相続から排除され、成年に達すると家を出なければならない。わが国では長男が相続人となる男系長子制が主だが、一部の地方には男系末子制や絶対長子制も見られる。
 直系家族は、祖父母や孫、曽祖父母や曾孫も同居する三世代ないしそれ以上の複数世代による大家族を構成する傾向がある。当然、親族間の関係も、核家族の社会より直系家族の社会の方が強い。
 直系家族では、父子関係は権威主義的であり、兄弟関係は不平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は権威と不平等であり、そして直系家族の社会は、差異主義の価値観を示す。わが国も同様である。直系家族は、権威主義的かつ集団主義的である。集団主義とは、個人主義と対になる概念として私が使用しているものである。
 直系家族は父親の権威が強く、一般に父系的と考えられている。しかし、トッドは、直系家族システムは「父系への屈折を伴う双系システム」と定義している。わが国の家族制度についてもこの定義が当てはまり、簡単に言うと、父系を主とした双系制ということができるだろう。父系が一元的・支配的ではなく、父系が主だが母系的な要素も尊重される双系的な性格を持つ。このことが、わが国の社会に父性的な厳しさや分離性だけでなく、母性的な温かさや融合性を与えていると私は考える。

 

 わが国の通婚制度は、族内婚である。族内婚は、配偶者を自己の所属する集団の内部で得る制度である。内婚型直系家族は外部に対して閉鎖的だが、温和な差異主義を示すとトッドは言う。直系家族では兄弟は不平等だが、族内婚の場合、いとこ同士つまり兄弟同士の子供か孫同士の結婚は、兄弟同士の愛情の絆が続く。集団内部の関係は温和である。日本の伝統的社会はいとこ婚に対して寛大であり、その慣習は近代化・都市化によっても消えなかった。家族制度が父系を主とした双系制であることに、通婚制度が族内婚であることが加わっていることが、わが国の社会の人間関係に、温和さや融合性をもたらしていると言えよう。
 次に、わが国では、家族の血統の維持を主とするが、完全に生物学的な血統主義ではない。血統よりも家という集団の存続を重視する場合がある。この点についてトッドは、次のように書いている。「日本では、土地と家紋を持つ家族集団の永続化は、原始的な遺伝学的観念からは比較的無縁である。養子縁組が非常に広がっていることからも、血の観念へのある程度の無関心が窺える。家系はいかなる生物学的正当化からも無関係に、物質的・文化的財の相伝を図ることができるわけである」と。
 ただし、「血の観念へのある程度の無関心」が指摘されるとしても、血統の維持が主であることは明らかである。また男系の男子が家を継ぐことを理想とする。ここには、単に血統の維持や家産の相続だけでなく、祖先の祭祀を継承するという宗教的・心霊的な動機がある。子孫が祖先の霊を祀り、慰霊や交感をすることが、安心や救済を得るために不可欠とされてきたからである。血統の維持は霊統の維持と重なり、男系男子による家の継承は祭祀や墓所の継承における理想でもあった。
 そして、日本の全ての家族のうち、ただ一つこうした日本人の理想を体現している家族がある。それが皇室である。トッドは、このわが国の社会の最大の特徴である皇室について、よく理解していない。わが国では、古代から一系の皇室が国の中心として、現代まで続いている。こうした社会は、ヨーロッパにも世界の他のどこにも存在しない。世界史上、他にない日本国の特徴である。天皇は男系継承であり、男系男子を中心として、125代に渡って皇位が継承されてきた。状況により男系女子がつないだ例があるが、あくまで男系男子による継承を続けるための措置だった。こうした皇室が日本の直系家族型社会における大元、本家のような存在となっている。皇室には姓がないことも、このことを示している。
 直系家族では、祖先から子孫に伝承される文化が、重要な価値として尊重される。それが伝統である。伝統は、父親の権威を裏付ける価値であり、父親の父親、またその父親というように、世代を貫いて継承される価値である。直系家族における伝統は、最初の祖先に起源を持ち、その始原的存在が、古代においては祖先神と仰がれ、伝統が宗教的信仰と一体のものとなっていた。この原型が日本では、今日まで存続している。わが国ではこの祖先神が天照大神とされ、皇室の祖先神にして、天皇はその子孫と信じられてきた。そして、日本の直系家族の世界に比類ない特徴は、古代から続く皇室を中心とした直系家族型社会であることである。
 わが国が皇室を中心とした国柄であるという思想は、聖徳太子の十七条憲法に示され、以後、鎌倉時代や江戸時代にその認識が一層深まった。19世紀半ば、アジアを植民地にしてきた欧米列強が押し寄せると、植民地化の危機が迫ると、大政奉還・王政復古によって、天皇を中心とした国のあり方を明徴した。武士たちは自らの身分を辞め、天皇を中心とした近代国家を建設した。日本はアジアで初めて近代化と経済成長を実現した。その原動力は、皇室を中心とした一大家族のような直系家族的な社会の特徴による。大東亜戦争の敗戦後の復興と高度経済成長を成し遂げたのもまたこの特徴を発揮したことによる。
 ヘブライ大学のベン・アミー・シロニー教授は、『天皇陛下の経済学』(光文社、昭和57年)で、「戦後の日本経済の奇跡は、一見、天皇と関わりはないように見えるが、その実、天皇の存在、あるいはその象徴しているありとあらゆる日本的なものによって励まされ、実現が可能になったといえるだろう」と書いている。そして、「皇室制度というユニークな体制と、それに象徴されるあらゆるパワーが、今日の日本の発展をもたらしたと、私は確信しています」と述べている。こうした天皇を頂点とした国家のあり方は、直系家族的な社会のあり方であり、また日本独自のものである。
 皇室の存在は、日本文明が一個の独立した文明であることを示す重要な指標である。トインビーは文明の中核は宗教であると主張し、ハンチントンもこれに従っている。日本文明には神道という固有の宗教が存在する。その神道の祭祀を行う中心的存在が天皇であり、皇室と神道は切り離すことの出来ない関係にある。こうした日本社会の本質は、家族型の分析だけではとらえることができない。類型的なパターン認識では、他に比類のない特徴を見失う。
 トッドは、皇室の存在という日本の最大の特徴をよくとらえることができていない。このことを始め、総じてトッドは、わが国の伝統・文化・国柄に対しての理解が浅い。また、特に近代の日本については、民族問題における対応に批判的な見方をしている。これはトッドが日本語に堪能でなく、彼がフランス語・英語等で読解できる日本に関する文献は、左翼的・反日的な傾向のある日本人学者によるものだからだろう。トッドはその影響を受けているものと思う。その反面、トッドは、戦後のわが国の脱工業化時代への対応を、非常に深くとらえている。私は彼の日本論ではその点に最も注目している。

関連掲示
・日本の国柄と皇室の存在については、マイサイトの項目「国柄」及び「天皇と国柄」に掲げる拙稿をご参照下さい。

●トッドの日本論2〜大東亜戦争の前後における日本の変化

 戦後のわが国の脱工業化時代への対応についてのトッドの見解を論じるには、大東亜戦争の前後における日本の社会と家族の変化を踏まえることが必要である。その変化について私の見方を概述する。
 わが国は古来、戦前まで、外敵に侵攻・支配されることがなかった。わが国は、古代にはシナ文明から多くの文化要素を取り入れたが、聖徳太子の7世紀初め以降、自立した発展をし、独自の文明を発達させた。唯一の危機は元寇だったが、二度の侵攻を受けたが、国土を侵されることがなかった。島国であることが作用して、江戸時代には、日本文明は熟成し、世界に誇る個性的な文化が満開した。
 日本の家族型は直系家族であり、三世代・四世代が同居する大家族を伝統とする。明治維新後、国民がみな姓を持つようになると、夫婦同姓が法制化された。共通の姓のもと、親子・夫婦・兄弟・祖孫のタテ・ヨコのつながりが強いのが、日本の家族である。明治維新によって近代化を進めるなか、民法が作られ、こうした伝統と近代国民国家の要件を合わせた家族制度が法制化された。
 明治民法において、家とは同一戸籍に記載されている親族の集団を言うとされた。家族は戸主権によって統率され、長子単独相続制によって家督相続がされた。家督とは家長の地位であるとともに、家産を意味し、祖先を祀り、墓を守るという宗教的な機能も込められていた。家督相続人は、普通は長男だが、次男以下や女子、被相続人の指定した者、父母または親族会が選定した者がなる場合もあった。
 こうした日本の社会に劇的な変化が起こったのは、大東亜戦争においてアメリカに敗れたことによる。日本を占領したGHQは、わが国が再び米国及び世界の脅威にならないようにすることを占領政策の目的とした。そして、日本の弱体化のために、日本の国家社会を変造しようとした。GHQはわが国に秘密裏に作った憲法を押し付け、国家体制を大きく変えようとした。現行憲法はアメリカの価値観にくものであり、欧米の個人主義、自由主義、社会契約論等がわが国に植えつけられた。そして、憲法の理念に反するからとして、民法の改正が強要された。その結果、わが国の伝統に基づく家(イエ)制度が廃止された。これは、絶対核家族の社会であるアメリカの価値観によって、わが国の直系家族を解体し、核家族の社会に改変しようとするものだった。
 戦後のわが国では、こうした外力による変造のもとで近代化が進むとともに、都市化・工業化が進行し、農山漁村の村落共同体が解体されていった。村落共同体の解体によって、家族の形態も直系家族的な大家族が縮小し、核家族化が進んでいる。
 これに伴って、直系家族的な価値観が後退し、絶対核家族ないし平等主義核家族に似た核家族的な価値観が広がっている。GHQが押し付けた憲法、そのもとで改正された民法が、法制度として、この変化の方向を定めている。それゆえ、日本の社会では集団主義は存続しつつも、個人主義的な傾向が強くなりつつある。天皇・父性・男性が担う伝統的な権威が低下し、個人の自由が追及され、大きな意識の変化が起こっている。
 以上は、私の見方によって大東亜戦争前後のわが国の社会と家族の変化を書いたものだが、トッドは、現在のわが国では、いまなお直系家族的な価値観が働いていることを指摘している。

●トッドの日本論3〜脱工業化時代への対応

 トッドによると、直系家族的集団は、伝統的な社会が近代化し、さらに脱工業化社会になっても、親子の結びつきが強く、家族が団結する。それにより、脱工業化時代にあっても、根本的な価値観を維持している。トッドは、次のように言っている。
 「20世紀において、ドイツ、スウェーデンあるいは日本の都市部では、両親と未婚の子供だけから構成される核家族型世帯が、人類学的な中核的制度として主流を占めるにいたる。しかし三世代家族が姿を消したからといって直系家族的システムの根本的価値観が消滅したことにはならない。その存続は別の形で家族生活の中に観察できるのであり、また社会生活の中で多様な具体的形態を通して観察できるのである。
 家族のレベルではその価値観の永続性は、親と既婚の子供の間の緊密な絆の維持に明らかに現れており、その絆は狭い核家族世帯の枠を超えた親族のネットワークを形成する。こうした連帯により、家計面であれ子供の教育に関してあれ相互援助が可能になる。とりわけ、核家族的外見の世帯の中核において直系家族的価値は、権威と規律という価値と家族の知的・職業的世襲財産の相伝と拡大という観念を重要視する教育の中に永続している。直系家族システムの核をなす家系の連続性の原則は、社会的・経済的状況の変化によって破壊されず、むしろ形を変えたのである」と。
 トッドが指摘する上記の傾向は、わが国においてはっきりと見ることができる。先に書いたように敗戦後、わが国の家族制度は外力によって変造されたが、それでもなお直系家族的価値観は存続し、また家系の連続性の原則は形を変えて保持されている。「価値体系としての直系家族は、家庭を形成する形態としての直系型世帯が消滅しても生き残ることができる」とトッドが言っていることは、わが国によく当てはまる。
 トッドは、社会的・経済的変化への直系家族の対応の例として、教育を挙げる。直系家族的集団は、親子の結びつきが強く、家族が団結する。それが、子供の勉学には有利に働き、社会的職業的な上昇を促す。直系家族の教育熱心さは、知識や技術が高度になった脱工業化社会では、次世代の育成に成果を上げている。トッドは、次のように書いている。
 「脱工業化時代の全般的な知的・技術的レベルの上昇の中では、社会的地位向上の欲求は、特に高度な教育を受けた子供の産出を通じて実現されるようになる。こうした目標を達成するために、もはや三世代同居家族ではなく、むしろ心性的システムを特徴とするようになった現代の直系家族は、大抵は子孫の数を制限し、両親の注意と援助をただ独りの子供に集中させるようになる」。日本はその例であることをトッドは指摘する。日本を含む直系家族は「極めて低い出生率が、今日では子供の優秀な学業成績と連動している」と言っている。
 日本人やユダヤ人が、アメリカ社会で、大学に多数進学しているのは、このためである、とトッドは指摘する。直系家族的集団は、産む子供を少なくして、子供一人一人の教育に費用をかけ、教育を財産として子供に与える。そのため少子の傾向がある。一方、絶対核家族は、個人の自由と子供の自立を重んじるため、教育では成果が上がっていない。その代わり、相対的に子供の数は多いという傾向がある。
 トッドは、直系家族的集団は、脱工業化時代になっても、根本的な価値観を維持し、親子の結びつきが強く、家族が団結し、次世代の育成に成果を上げているとし、その典型を日本に見ているのである。この見方は、日本の社会の特徴を評価し、日本人は直系家族的な価値観を保つべきことを示唆していると言えるだろう。

●トッドの日本論4〜一つの家族のような雰囲気

 トッドは、次のように述べている。日本はドイツとともに1900年から1945年までの時期は、「明示的差異主義」が現れた。この時期を「過渡期」とトッドは呼ぶ。世界史的には帝国主義の時代であり、第1次世界大戦、ロシア革命、大恐慌、第2次世界大戦等が起こった時期である。日本やドイツは後進資本主義国として、この時代に対応した。
 トッドは、次のように言う。「こうした過渡期を経た今日、直系家族型社会は現代的であると同時に秩序正しい社会として再定義される。高い生産性、労働における規律と完壁性、企業内での、ならびに国家に対する権威の尊重、社会的差別の承認、選挙民の動向の不変性と大抵は滅多に揺らぐことのない一党支配を伴う権力システムの安定、といったものがその社会の特徴である」「より個人主義的な文化圏からの訪問者の目には、まるで一つの家族のような雰囲気を持っているように思える」と。
 ここでトッドが、現代の日本の社会が「まるで一つの家族のような雰囲気」を持っているように思えると書いていることは重要である。日本の社会は、社会全体が一つの家族であるかのような特徴を持つ。この直系家族型社会の中心に、天皇がいる。現行憲法は、天皇は日本国の象徴にして日本国民統合の象徴と規定している。そして象徴としての天皇が国民を統合し、一つの家族のような集団を形成している。トッドが日本の社会に対して感じる「一つの家族のような雰囲気」の根底にあるのが、こうした国柄である。
 トッドは、世界の中で日本が示すこの最大の特徴を、よくとらえることはできていない。その点では見方が浅いのだが、現代の日本については、直系家族が脱工業化時代に対応しているとして、高く評価している。
 トッドは言う。直系家族とは「とりわけ安定してしっかり根を下ろしていた農村世界の崩壊が生み出した重大な問題をのり越えて、伝統的直系家族の特徴であった、個人の集団への強固な統合を見事に再び見出すにいたった脱工業化社会である」。直系家族型社会は「ゲマインシャフトを他ならぬ脱工業化社会に移し換えることを成し遂げたのである」と。
 ゲマインシャフトはテンニースの用語で、共同社会と訳す。成員が互いに感情的に結合し、全人格を持って結合する社会である。対置されるのはゲゼルシャフトであり、利益社会と訳す。成員が各自の利益的関心にいて、人格の一部分を持って結合する社会である。伝統的共同体はゲマインシャフトだったが、近代化の中で共同社会が解体され、利益社会が形成された。しかし、脱工業化社会において、再び社会は共同性を取り戻しているのが、直系家族型社会であると理解することができる。
 私は、日本の家族における共同性は、単に一民族の伝統としてではなく、人類の本質的な価値の保持として評価すべきだと思う。人類が人類になったのは、家族の出現による。父・母・子で構成される家族という単位集団ができたとき、人類が誕生した。家族と家族の間では、男同士が敵対し合わず、集団を作り協力し合う社会を構成する。家族という単位集団がタテ・ヨコに結合して大きな共同体を作っている社会が、人類の社会である。この社会を個々の単位集団へと解体する方向を示すのが核家族である。その点では、絶対核家族も平等主義核家族も同類である。これに対し、家族間の結合を維持する方向を示すのが、直系家族であると考えられる。
 戦後の日本の場合は、直系家族から核家族への変化が進みながらも、日本人は伝統的な直系家族の価値を守ろうとしてきた。核家族化は個人の意識を発達させ、個人の自由と権利を強化するが、その反面、個別化による弊害を生み出す。日本人は、核家族化・個別化の進行の中でも、親子や祖先と子孫の結びつき、夫婦や兄弟姉妹の結びつき、いわばタテとヨコのつながりを保とうとしてきた。そして、脱工業化の進む社会においても、伝統的な家族関係、人間の本来的な共同性を生かそうとする。こうした日本社会の特徴をトッドは高く評価している。
 人間には、個人性と共同性の両面がある。個人性に行過ぎると利己主義となり、共同性に行過ぎると全体主義となる。個人性と共同性の両面のバランスが取れたときに、個人の尊重と社会の調和が実現する。それが脱工業化社会の日本で一定程度、実現しているということができよう。ただし、橋本=小泉構造改革以後のわが国では、そのバランスが崩れ、個別化の傾向が強くなっている。私は現在の日本においては「個の自立」より「家族の絆の回復・強化」が必要だと考える。そして、このこと、つまり「家族の絆の回復・強化」は、移民問題の対応において、非常に重要な課題の一つだと思う。

●トッドの日本論5〜国民国家でグローバリゼイションに対抗

 先述したようなトッドの直系家族型社会への評価は、経済に対しても向けられる。
 「片やアメリカ社会、片や日本ならびにドイツ社会は、脱工業化社会の明瞭に異なる二つの型を代表するものとますます明確に受けとめられるようになっている。ドイツ=日本・モデルの強力な統合に、アメリカ・モデルの絶対的個人主義が対比される」とトッドは言う。
 この所論は、資本主義における代表的な二つの型に照応する。資本主義の主要な型には、アングロ・サクソン型と日本・ドイツ型がある。その違いは絶対核家族と直系家族の違いによる。家族型の違いが、価値観や制度・機構の違いに現れたものである。アングロ・サクソン型は個人主義的資本主義であり、日独型は直系家族型資本主義である。
 トッドによれば、グローバリゼイションは、アメリカが主導してアングロ・サクソン的な価値観を世界に広める動きである。絶対核家族に基づく個人主義的資本主義の制度・習慣をグローバル・スタンダードとする動きとも言える。
 トッドは『経済幻想』で、「資本主義は、有効需要の拡大を保護するために、強く積極的な国民国家が介入することを必要としている」とし、グローバリゼイションに対抗するために、国民国家の役割を強調する。
 トッドは「国民レベルの共同的信念を衰退させた原因は、経済ではなく、精神の自律的変化にある」「国民に集結された共同意識を取り戻せば、グローバリゼイションという虎を受け入れ可能な国内の猫に変えられるであろう」「もしグローバリゼイションが国民国家を解体しているのではなく、国民国家の自己解体がグローバリゼイションを生み出しているなら、国民国家の再構成はグローバリゼイションの諸問題をなくしていくだろう」と。
 こうしたトッドが、現代の世界で国民国家の役割を果たすことを強く期待している国が、日本である。トッドは次のように語る。「日本は、人類学上の理由から、アングロ・サクソン・モデルとは極めて異なった資本主義の調整されたモデルを示している」。「主義主張の面では、現在、沈黙を守っている日本は、アングロ・サクソン世界への対抗軸を代表しうるし、すべきであろう。すなわち、国民国家による調整という考え方の、信頼できる積極的な擁護者となれる」と。そして、「フランスやヨーロッパにとっては、日本がイデオロギー面でもっと積極的になることが必要なのである」と言っている。
 日本の国民経済の特徴は、直系家族型社会のものである。直系家族型資本主義の特徴は、短期的より長期的な利益を重視、株主の収益より社員の厚生、労働の移動性より労働力の育成等である。トッドはこうした特徴を持つ日本の積極的な発言に期待する。トッドはまた先に書いたように、直系家族型社会は「個人の集団への強固な統合を見事に再び見出すにいたった脱工業化社会」とし、「ゲマインシャフトを他ならぬ脱工業化社会に移し換えることを成し遂げた」ことを高く評価する。直系家族型社会は工業化の時代において資本主義を独自の形態で発展させ、脱工業化の時代においては、知的・技術的な高度化に対応し、社会の共同性を回復しながら発展を続けている、と見ている。
 トッドはこのように直系家族型社会のあり方を高く評価するのだが、移民問題においては、直系家族型社会の価値観を批判する。一方では、経済社会問題で直系家族型社会を高く評価し、国民国家としての活動を期待しながら、一方では、外国人移民問題では対応を批判する。トッドはフランスの普遍主義的な価値観をよしとするのだから、フランスの普遍主義的理念にく国民国家を、グローバリゼイションに対抗するモデルとして打ち出すべきだろう。ところが、フランスには、世界において有力な発言をするだけの経済力がない。だから日本に期待するわけだが、もし普遍主義的価値観が真に優れたものであるならば、国民経済においても、高い生産力を発揮できるのではないか。
 直系家族は、個人主義に対する集団主義を示す家族型の一つである。トッドは移民問題では普遍主義をよしとし、経済発展では集団主義を評価する。こうしたトッドの主張には、矛盾がある。私は、日本は直系家族的集団主義を保ち、また移民に対しても日本的価値観を保つべきだと思う。フランスがその普遍主義の理想によって、移民の対応では比較的成功しても、経済活動では停滞すれば、やがてフランスという国民国家はグローバリゼイションの威力によって押しつぶされていくだろう。しかも普遍主義は普遍主義であるがゆえに、フランス独自の文化・伝統は衰弱させ、一個の個性のない国民国家に変質していく。
 トッドがフランスにおいて提唱していることを、仮に日本で行うならば、日本は独自の特徴を失い、脱日本化していくことになる。私は、これに強く反対する。日本は直系家族型社会の特徴を生かして、自らの道を行けばよい。私は直系家族型社会では、集団主義でありながら、異民族に対して隔離・排除の差異主義ではなく、主体的な同化を進めていくあり方が可能だと思う。それを歴史的に実現してきたのが、日本である。なぜそれを実現し得たか。それを実現してきた日本の特徴をとらえるには、家族型以外の文化要素にも目を向けねばならない。比較文化的・文明論的な観点が必要なのである。その点は、次の項目に書きたい。

 

(3)日本と欧米・ユダヤとの比較

●日本とヨーロッパの宗教の違い
 
 文明における対内関係・対外関係・自然環境を総合的にとらえるとき、重要なものに宗教がある。トインビーは、文明の中核は宗教であると主張した。ハンチントンもこの説に従っている。宗教は、さまざまな文化要素を含む一個の世界観であり、宗教には、ひとつの社会の対内関係・対外関係・自然環境の特徴が総合的に表れている。
 トッドは家族型の分析をもとに、宗教についても考察している。家族型における父性の権威の強弱と、キリスト教における神のイメージには相関性があることをトッドは指摘する。権威の強い父からは厳格な神がイメージされ、全能の神のもとで人間の自由意思は否定される。直系家族を母体としたユダヤ教やルター・カルヴァン的なプロテスタントがこれであるとする。権威の弱い父からは寛容な神がイメージされ、非全能の神のもとで人間の自由意思が肯定される。絶対核家族を母体としたアングロ・サクソン的なプロテスタントがこれであるとする。私は、ユダヤ教は単純に自由意思を否定していないと考えるので、その点には異論があるが、プロテスタントの宗派間の違いに家族型の違いが照応することは理解できる。
 トッドは、日本の宗教について、阿弥陀如来を信仰対象とする浄土教に、ルター・カルヴァン的なプロテスタントに似た性格を見出し、これを直系家族的な信仰だとする。確かに阿弥陀信仰は一神教的な絶対的帰依を思わせる点があるが、釈迦や他の菩薩への崇敬を否定しない。救霊予定説が神による選別であるのに対し、阿弥陀信仰は無差別的な救済を施す。どこまでも厳格な裁く神とは、まったく対照的に、どこまでも寛容な許す仏である。類似点は一部に限られている。トッドの仏教理解、浄土教理解は表面的である。
 日本には固有の宗教として、神道がある。神道とユダヤ教は、ともに内婚型直系家族の社会で発達した宗教である。しかし、神道とユダヤ=キリスト教は、まったく異なる世界観・価値観を示している。神道は一般に多神教と呼ばれる。私は、この概念は一神教を基準にしたものであり、ユダヤ=キリスト教を優位に置き、多数の神格を持つ宗教を劣位に置く発想を感じる。多神教といっても、その世界観は一様ではなく、神々や霊的存在が単に多元的・並列的ではなく、本質において「一」であるものが、現象において「多」であるという「一即多、多即一」の構造を示す世界観もある。神道の世界観はこれだろう。「一即多、多即一」の構造において「一」の側面をみれば、一神教的となる。ただし、その「一」は、むしろゼロ(0)にして無限大(∞)という概念と考えられる。宗教学では、こうした哲学的な考察がされずに、現象的な「多」の側面を見て、多神教としている。(註1)
 多神教は、自然の事象、人間・動物・植物等を広く対象とする。神道は、森林や海洋に囲まれた環境で発達した多神教である。これに比し、ユダヤ=キリスト教は、中東の砂漠で生まれた一神教が、ヨーロッパで発達したものである。後者は「一」の側面が対象化、有限化されたものと言える。創造主と被造物が分離し、神と人と自然が差異化し、質料と形相、本質と実存、普遍と個物等の概念を組み合わせた複雑な思考が発達した。この差異の思考から、主客二元論、要素還元論、機械論的世界観等の近代西洋的な思想が誕生した。
 日本は直系家族型社会だが、ユダヤ民族とは違い、男性の人格的な唯一神を仰がない。皇室の祖先神と仰がれるのは女性神・天照大神である。天照大神は高天原を治める神だが、唯一神ではない。物事の決定は、他の神々を集め、衆議によって行う。専制的・独断的でない。しかも天照大神は始源神ではなく、男性神イザナギが生んだ三人の子供のうちの一人である。天照大神は、常にタカミムスビの助力を受けている。さらに、こうした神々の本源として、天之御中主神が尊崇されてきた。こうした神道の世界を直系家族という見方だけでとらえることは不可能である。
 天照大神には母系的な要素があるが、わが国の天皇は男系継承である。皇室は男系男子を主として皇位を継承してきた。それが国民の理想とされる。しかし、国民の家族においては、父系が一元的・支配的ではなく、母系の役割が大きい。婿養子の慣習が示すように、血統が主だが、家族集団の維持が優先される場合がある。
 日本の場合は、異文明の宗教を受容し、共存させてしまう。その典型が七福神だろう。シナ、インド等の外来の神々や宗教的尊崇対象を受け入れ、並列化してしまう。また神道では、人格神のほかに海・山等の自然神が多数仰がれており、人間と自然的事物の間に隔壁がなく、連続している。こうした多神教的現象は、ユダヤ=キリスト教社会では考えられない。一神教社会では、キリスト教とユダヤ教、キリスト教とイスラーム教、カトリックとプロテスタントの間で宗教紛争・宗教戦争が多く繰り返されてきた。これに対し、日本では、こうした宗教紛争・宗教戦争がない。神道と仏教は共存し、混交して、日本独自の宗教を形成した。(註2)
 欧米における移民問題は、主にキリスト教徒とユダヤ教徒、イスラーム教徒の間の問題である。日本における移民問題は、主に日本人と朝鮮人、中国人の間の問題である。この間には、文明間の違いと、受け入れ側と移民側の宗教・文化の違いがあると考えられる。

註1・註2 拙稿「日本文明の宗教的中核としての神道」を参照のこと。

 

●日本とドイツでの家族型と差異主義の違い

 日本とドイツは、直系家族を主とする社会である。ともに、権威と不平等を基本的価値とする差異主義の価値観を持つ。ただし、日独の間には違いがある。それが移民への対応の違いともなっている。
 ドイツの差異主義は、英米の自由主義的と異なり、権威主義的差異主義である。ドイツのそれは差異の知覚(差異を感じたい)と単一性への希求(一つでありたい)という両面を持つ。差異主義と統一主義が働くと、移民を差異によって隔離するだけでなく、自己の統一のために排除しようとする。それが高じると、ユダヤ人を「絶滅」しようとする。これがナチズムの本質だとトッドは言う。ナチズムは直系家族型社会の権威主義的差異主義が極端に至ったものとする。
 日本は、ドイツのように異民族を強く隔離・排除はしない。日本人にはドイツにおけるユダヤ人の虐待や、トルコ人の隔離のような例はない。同じ直系家族といっても、日本は受容的・融和的である。この違いを生んでいる要素には、通婚制と親族制度の違いがあると思う。
 通婚制度は、日本は族内婚、ドイツは族外婚である。内婚型直系家族は閉鎖的だが、温和な差異主義を示し、外婚型直系家族は外部に対して開放的だが、冷厳な差異主義を示す。もう一つ、差異主義の性格を左右すると私が考えているのが、親族制度である。トッドは直系家族システムの大多数は「父系への屈折を伴う双系システム」と定義している。私は、日本は父系を主とし、母系を従とする双系制であると理解している。ドイツはより父系的であり、父親は非常に厳格で、強い権威を持つ。この違いもまた日本の差異主義を温和なものに、ドイツの差異主義を冷厳なものにしていると思う。さらに、ここでは繰り返しになるので、触れないが、日本とヨーロッパの地理的・風土的な違いが日本とドイツの間にはある。家族型による要素は対内関係の側面だが、地理・風土による要素は対外関係や自然環境の側面となるものである。

●ユダヤ人への対応の違い

 日本とドイツの移民への対応の具体例として、まずユダヤ人の事例を挙げねばならない。ドイツ人とユダヤ人の間には、キリスト教とユダヤ教という特殊な宗教問題がある。ユダヤ=キリスト教におけるユダヤ人問題は、極めて特殊な宗教的な要因があり、直系家族の価値観に還元できない要素がある。
 ヨーロッパのキリスト教は、1478年から異端尋問所が設けられ、改宗後の隠れユダヤ教徒を激しく弾圧した。疑われた者は、自白を迫られ、ムチ打ち、財産没収、投獄、死刑(火あぶり)等の刑罰を科せられた。イタリア最初のゲットーは1516年にベニスに作られた。1517年に宗教改革を始めたルターは、ユダヤ人を「不愉快な害虫」と呼び、キリスト教徒にユダヤ教徒に対する憎しみを植え付けるとともにドイツ各地からユダヤ人を排除することを支持した。ユダヤ人は、イエスを迫害し殺害した民族として、問責された。こういう伝統の上にナチスがある。私は家族型の違いに還元できないこうした宗教的な理由を軽視してはならないと思う。宗教的理由は人類学的理由より遥かに深刻であり、かつ激烈である。
 トッドは、戦前の日本とドイツは1900年から1945年まで、ヒステリー的な明示的差異主義を示したという。帝国主義と世界戦争の時代にあって後進資本主義国として生存・発展するために、日本もドイツも列強に対抗した。それが強い民族主義となって表れた。1930年代の日本は、ドイツの影響を受け、指導層は政策を模倣した。しかし、日本人はドイツ人と違い、ユダヤ人の虐殺を行っていない。日本人は、ナチスがドイツを支配し、ユダヤ人を虐待していた時代に、ナチスに同調することなく、ユダヤ人に対して寛容だった。日本がドイツと三国軍事同盟を結んだ後も、ユダヤ人への支援を行った。外交官・杉原千畝がドイツから亡命するユダヤ人にビザを発行して、命を救ったことは、世界中のユダヤ人によく知られている。
 ユダヤ人に限らず、日本人は、他民族の組織的・計画的な大虐殺を行っていない。南京事件は、「南京大虐殺」などといわれ、ユダヤ人大虐殺に当たるものと誤解されているが、大虐殺を示す合理的な根拠はない。アメリカ人は日本人を原爆で無差別殺戮したが、それを正当化するために、東京裁判で南京「大虐殺」が捏造された。

関連掲示
・拙稿「西欧発の文明と人類の歴史
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない

 

●日本とドイツでの家族型と差異主義の違い

 日本とドイツは、直系家族を主とする社会である。ともに、権威と不平等を基本的価値とする差異主義の価値観を持つ。ただし、日独の間には違いがある。それが移民への対応の違いともなっている。
 ドイツの差異主義は、英米の自由主義的と異なり、権威主義的差異主義である。ドイツのそれは差異の知覚(差異を感じたい)と単一性への希求(一つでありたい)という両面を持つ。差異主義と統一主義が働くと、移民を差異によって隔離するだけでなく、自己の統一のために排除しようとする。それが高じると、ユダヤ人を「絶滅」しようとする。これがナチズムの本質だとトッドは言う。ナチズムは直系家族型社会の権威主義的差異主義が極端に至ったものとする。
 日本は、ドイツのように異民族を強く隔離・排除はしない。日本人にはドイツにおけるユダヤ人の虐待や、トルコ人の隔離のような例はない。同じ直系家族といっても、日本は受容的・融和的である。この違いを生んでいる要素には、通婚制と親族制度の違いがあると思う。
 通婚制度は、日本は族内婚、ドイツは族外婚である。内婚型直系家族は閉鎖的だが、温和な差異主義を示し、外婚型直系家族は外部に対して開放的だが、冷厳な差異主義を示す。もう一つ、差異主義の性格を左右すると私が考えているのが、親族制度である。トッドは直系家族システムの大多数は「父系への屈折を伴う双系システム」と定義している。私は、日本は父系を主とし、母系を従とする双系制であると理解している。ドイツはより父系的であり、父親は非常に厳格で、強い権威を持つ。この違いもまた日本の差異主義を温和なものに、ドイツの差異主義を冷厳なものにしていると思う。さらに、ここでは繰り返しになるので、触れないが、日本とヨーロッパの地理的・風土的な違いが日本とドイツの間にはある。家族型による要素は対内関係の側面だが、地理・風土による要素は対外関係や自然環境の側面となるものである。

●ユダヤ人への対応の違い

 日本とドイツの移民への対応の具体例として、まずユダヤ人の事例を挙げねばならない。ドイツ人とユダヤ人の間には、キリスト教とユダヤ教という特殊な宗教問題がある。ユダヤ=キリスト教におけるユダヤ人問題は、極めて特殊な宗教的な要因があり、直系家族の価値観に還元できない要素がある。
 ヨーロッパのキリスト教は、1478年から異端尋問所が設けられ、改宗後の隠れユダヤ教徒を激しく弾圧した。疑われた者は、自白を迫られ、ムチ打ち、財産没収、投獄、死刑(火あぶり)等の刑罰を科せられた。イタリア最初のゲットーは1516年にベニスに作られた。1517年に宗教改革を始めたルターは、ユダヤ人を「不愉快な害虫」と呼び、キリスト教徒にユダヤ教徒に対する憎しみを植え付けるとともにドイツ各地からユダヤ人を排除することを支持した。ユダヤ人は、イエスを迫害し殺害した民族として、問責された。こういう伝統の上にナチスがある。私は家族型の違いに還元できないこうした宗教的な理由を軽視してはならないと思う。宗教的理由は人類学的理由より遥かに深刻であり、かつ激烈である。
 トッドは、戦前の日本とドイツは1900年から1945年まで、ヒステリー的な明示的差異主義を示したという。帝国主義と世界戦争の時代にあって後進資本主義国として生存・発展するために、日本もドイツも列強に対抗した。それが強い民族主義となって表れた。1930年代の日本は、ドイツの影響を受け、指導層は政策を模倣した。しかし、日本人はドイツ人と違い、ユダヤ人の虐殺を行っていない。日本人は、ナチスがドイツを支配し、ユダヤ人を虐待していた時代に、ナチスに同調することなく、ユダヤ人に対して寛容だった。日本がドイツと三国軍事同盟を結んだ後も、ユダヤ人への支援を行った。外交官・杉原千畝がドイツから亡命するユダヤ人にビザを発行して、命を救ったことは、世界中のユダヤ人によく知られている。
 ユダヤ人に限らず、日本人は、他民族の組織的・計画的な大虐殺を行っていない。南京事件は、「南京大虐殺」などといわれ、ユダヤ人大虐殺に当たるものと誤解されているが、大虐殺を示す合理的な根拠はない。アメリカ人は日本人を原爆で無差別殺戮したが、それを正当化するために、東京裁判で南京「大虐殺」が捏造された。

関連掲示
・拙稿「西欧発の文明と人類の歴史
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない

 

●ドイツのトルコ人対応と日本の韓国人対応

 ドイツは戦後、ユダヤ人虐待の反省に立ち、外国人移民を多く受け入れた。しかし、トルコ人に対しては、冷厳な差異主義を発揮し、トルコ人を隔離した。
 トルコ人は、外見的にはイタリア人、ギリシャ人などの地中海人に似ている。だから、ドイツ人は身体的特徴で差別しているのではない。トルコ人イスラーム教信じる異教徒と見て、差異の対象としたのである。
 トルコは、識字化と出産率という指標から見て、近代化に成功した国である。トッドによると、アラブ諸国は内婚制共同体家族の社会だが、トルコの主要部には双系の核家族が存在する。その家族型の存在が西アジアで唯一の非宗教的な近代化を可能にした。それゆえ、ドイツに流入したトルコ人は西欧化的な近代化が進み、宗教への関心が薄かった。ところが、ドイツ人はそうしたトルコ人をムスリムとして隔離したものだから、トルコ人はイスラーム教に拠り所を求めるようになった。イスラーム教回帰に留まらず、イスラーム教原理主義にまで突き進んだ。ドイツ独特の粗暴な権威主義的差異主義が、そうした社会現象を生み出したのである。
 ドイツでは、トルコ人女性の民族混交率が2%程度と、極めて低い。ドイツ人男性とトルコ人女性の民族混交婚は、1%程度。アメリカの白人男性と黒人女性の間は3%程度ゆえ、極端に少ない。このことは、受け入れ社会と特定の移民の間で、融合が進んでいないことを如実に示す事実である。
 これに比べ、日本における在日韓国人は、日本人と結婚する者が1984年に過半数を超え、現在は結婚相手の8〜9割が日本人といわれる。またその子供はほぼ全員が日本国籍となっており、民族混交率が非常に高い。ここには在日韓国人1世は、元日本国民であり、大東亜戦争の敗戦後、日本国籍を失っても自らの意思によって、引き続き日本に居住することを選択したという歴史的事情がある。

現在は3世、4世の世代になっているが、彼らは1世、2世の子孫であり、日本に生まれ、日本で育った世代である。それとともに、在日韓国人の民族混交率の高さは、日本の社会に受容的・融和的な土壌があればこその事実である。わが国は、彼ら元日本国民に、特別永住資格という世界にもまれな特権を与えている。私は、この例は、日本の温和な差異主義の表れだと考える。ドイツの冷厳な差異主義に対して、顕著な違いを示している。
 トッドは『世界像革命』(藤原書店、2001刊行)所収の講演「グローバリゼイション下の世界を読み解く」(2000年、日本での講演)において、移民問題に関して、次のように述べている。「日本は同じ直系家族の国であるドイツやオーストリアで起こることに注目し続けるといいだろう」と。これは有効な助言である。
 ドイツは、アメリカ発の多文化主義を取り入れたことが、大失敗だった。先に引いた西尾幹二氏のレポートのように、ドイツはトルコ人をはじめとする異民族を多く入れた結果、ヨーロッパ最大の多民族国家に変貌し、国家の中枢である教会と軍隊の関係で、現在では移民問題を語ることがタブーになっている。もはや取り返しのつかない状態になっている。わが国においては、戦前の元日本国民に対する特別な配慮と、新たに流入する外国人への対処を明確に区別し、ドイツのように異民族を多く入れすぎてはいけない。これが、トッドの助言に対する返答である。とりわけ、移民への参政権付与と国籍の付与については、最大限の注意を要する。この点での日本とドイツの比較は、後にわが国の外国人参政権と国籍付与に関する問題を書くときに述べる。

 

●日本とユダヤとの比較〜内婚型直系家族の中での違い

 ここで先回述べた日本人とユダヤ人に関することを補足したい。日本とユダヤはともに族内婚型の直系家族社会であり、その社会の特徴として緩やかで温かな差異主義を表す。親族制度も似ており、日本は父系を主とし母系を従とする双系制だが、ユダヤも単に父系的でなく、母系的な要素がある。ユダヤ人の定義の一つは、ユダヤ人の母親から生まれた者である。このように父性原理・男性原理だけでなく、母性原理・女性原理が陰陽的に働いていることが、日本とユダヤの差異主義を温和なものとしていると思う。
 一般に直系家族においては兄弟が不平等である。しかし、トッドによれば、「いとこ同士の、つまり兄弟同士の子供か孫同士の結婚は、不平等の規則にも拘わらず、この兄弟同士の愛情の絆が永続していることを表現している。兄弟関係についてのユダヤの考え方は非対称的で、人間集団を先験的に不平等と捉える知覚を促進するが、しかし温かさを持っており、集団間の関係についての見方は穏和なものとなっている。(略)この点では日本はユダヤ的伝統の側に並ぶことになる。日本の伝統的農村社会はいとこ婚に対して大変寛大であり、その慣習は20世紀の都市化とともに消えることはなかった」と述べている。
 ただし、日本民族はユダヤ民族との間にも、はっきりした違いがある。その核心にあるのは、私の見るところ、宗教の違いである。ユダヤ民族は男性の唯一神を仰ぐ一神教を信じ、また選民思想を特徴とする。ユダヤ人は神に選ばれたユダヤ民族以外をゴーレムと呼んで人間と認めず、周辺異民族への報復・虐殺を宗教的に正当化している。同じ内婚型で双系的な直系家族であっても、日本にはこういう思想はない。
 わが国では、海の彼方から来る訪問者は、神話のスクイヒコナや民俗信仰のマレビトのように、恩恵をもたらす者であり、歓迎や尊崇の対象だった。これは家族型という対内関係とは別の対外関係・自然環境という側面の影響が見られる。元寇を除いて、海の彼方から攻めて来る例はほとんどなかった。大陸の諸民族が、繰り返し遊牧騎馬民族に侵攻され、略奪・支配されたのとは対照的である。ユダヤ民族の宗教観には、中東の社会的・地理的環境における歴史的な経験が深く影響し、一方、日本民族の宗教観には、海洋に囲まれた島国という環境における経験が深く影響していると考えられる。
 日本人は、ユダヤ人のように周辺異民族から迫害を受けたり、国を失い、故郷を追われて流浪したりした歴史を持たない。四方の海が天然の要害となり、異民族は一気に多数攻め入ることができない。むしろ故郷を追われてたどり着いた文化と技術を持った少数者が渡来する。これに対して、日本人は受容的である。ユダヤ民族は、兄弟間の関係が温和だが、日本民族は、類似した温和さが対内関係だけでなく、対外関係にも延長される傾向があったと言えるだろう。日本人は古代から渡来人に寛容で、渡来人の文化を尊重し、共存しながら、ゆるやかに同化してきた。移民の数が少なく、わが国の共同体が堅固だったから、それが可能であった。この点は、日本と朝鮮・シナの関係に関する事柄になるので、項を改めて書く。

(4)日本と朝鮮・シナの比較

 

●日本・朝鮮・シナの家族型と価値観の違い

 日本の移民問題は、日本人と朝鮮人・シナ人の関係を主とする。そこで、この問題をまずトッドにならって家族型という点から見てみよう。
 日本と朝鮮は、ともに直系家族の社会である。権威と不平等を社会における基本的価値とし、差異主義の価値観を持つ。ただし、日本は族内婚、朝鮮は族外婚という違いがある。朝鮮はドイツと同じ族外婚の直系家族である。家族型から見ると、朝鮮人は、ドイツと同じく、極端な排外主義になりやすいと考えられる。
 日本はいとこ婚に許容的であるが、朝鮮はいとこ婚を禁止する。この点は近親相姦禁止の対象の違いなので、文化的に対立する。朝鮮人から見れば、いとこ婚に許容的な日本人は、人間ではないという風に映るようである。日本は姓氏の違いが結婚の禁忌にならないが、儒教を取り入れた後の朝鮮は、同姓不婚である。他にも、文化の異なる民族の受け入れには、習俗・習慣やそれに根ざした感覚や感情のレベルで、容易に相互理解の得られないものが伴う。
 シナは、日本・朝鮮とは違い、外婚制共同体家族の社会である。共同体家族社会では、権威のもとでの平等を求める。この点が共産主義の思想と共通している。共産主義は、外婚制共同体家族の地域で発達した。外婚制共同体家族も、共産主義も、普遍主義の価値観を持つ。
 シナは普遍主義を価値観とする。普遍主義は、人間はみな同じという考え方である。ただし、普遍主義の社会では、自分たちの人間の観念を超えた者に出会うと、「これは人間ではない」と判断する。フランス人とマグレブ人は異なる普遍主義によって、互いを非人間扱いして、激しく争った。トッドは、シナの普遍主義について具体的に論じていないが、私なりにトッドの理論を応用すると、シナの普遍主義は中華思想となった。シナ人は、周辺の異民族を夷狄と呼び、禽獣に等しいものとして差別した。今日、日本に対して向けられる反日愛国主義は、伝統的な中華思想的普遍主義が形を変えたものという性格を持つ。特に青年層を中心に、日本人を激しく憎悪し、残虐な殺戮や核爆弾の投下を訴える言論は、単に江沢民時代からの思想教育によるものではないだろう。そうした言動が生まれる社会的な条件があると見るべきである。
 外婚制共同体家族の社会に定着した共産主義は、人間の平等を価値とする普遍主義の思想である。普遍主義は、その特徴として、異なる型の人間に対しては、激しい憎悪と敵意を向ける。共産主義において、その対象は、ブルジョワジーやプチブルジョワジーである。権力を独占し、新たな支配集団となった共産党官僚は、思想・政策の異なる政敵を「人民の敵」と呼んで、徹底的な粛清を行う。憎悪と敵意が階級から異民族に向うと、激しい民族差別を生み出す。スターリンはチェチェン人に対して強制移住を行い、毛沢東はチベット人に対して虐殺・弾圧を行った。これらは、大きな差異を示す集団を非人間扱いするという普遍主義の暗い側面の表れといえるだろう。

 

●異なる家族型の組み合わせ

 私は、トッドが挙げる親子/兄弟の価値観である権威/自由、平等/不平等の対とは別に、夫婦の価値観の違いが存在すると思う。日本は父系を主とし母系を従とする双系制であり、夫唱相和の文化を持つ。これに対し、朝鮮・シナは父系的であり、儒教による男尊女卑の思想が強い。
 夫婦の価値観の違いの表れの一つが、姓の制度の違いである。トッドは東アジアにおける姓の問題に触れていないが、それを見ないと東アジアの社会は、深く捉えることはできない。日本は夫婦同姓、朝鮮・シナは夫婦別姓である。別姓は男尊女卑の制度である。
 日本・朝鮮・シナについて、上記を整理して対比すると、日本は直系家族で族内婚、父系を主とし母系を従とする双系制で夫婦同姓。朝鮮は直系家族で族外婚、父系制で夫婦別姓。シナは外婚制共同体家族で、父系制で夫婦別姓である。このように見ると、朝鮮は日本とシナの中間的性格を持つことが明瞭である。
 ここで興味深い事実は、朝鮮は直系家族の社会だが、半島が分断され、北半分は共産化されたことである。北朝鮮は、ソ連の強い影響下に建国され、ソ連崩壊後は中国への依存を深めている。これは、朝鮮が歴史的にシナ文明の影響を受けてきたことと関係があるだろう。また北朝鮮は、単に共産主義的でなく、金王朝というべき世襲制専制国家となった。この点では同じ外婚型直系家族のドイツよりも、シナの前近代的家産国家に似ている。
 朝鮮が北半分のシナに近いほうは共産化し、南半分の日本に近いほうは自由化したのは、単なる地理的な位置関係だけでなく、思想が受け入れられ、定着する価値観の二面性があったということだろう。
 さて、日本の移民問題においては、受け入れ国の日本は内婚型直系家族で差異主義、朝鮮人は外婚型直系家族で差異主義、シナ人は外婚制共同体家族で普遍主義である。日本人と朝鮮人、日本人とシナ人の組み合わせは、家族型とそれに基づく価値観の違いによる現象を生むはずである、だが、トッドはこの点を具体的に論じていない。
 そこで私なりに試みると、日本と朝鮮は、直系家族と直系家族、差異主義と差異主義の組み合わせである。この点で、ドイツとユダヤの組み合わせに似ているが、日本は受け入れ側が族内婚、移民側が族外婚、ドイツは受け入れ側が族外婚、移民側が族内婚という風に、逆転している。また、日本は温和な差異主義、朝鮮は冷厳な差異主義という組み合わせである。これに比し、日本とシナは、直系家族と共同体家族、差異主義と普遍主義の組み合わせである。ドイツとアラブ(内婚制共同体家族、トルコは別)の組み合わせに似ているが、シナは外婚制、アラブは内婚制である。
 それゆえ、ヨーロッパには、日本と朝鮮、日本のシナと同じ家族型・価値観の組み合わせはない。わが国の人類学の専門家に、トッドのヨーロッパにおける研究を参考にした、日本・朝鮮・シナの間の家族型の理論による研究を期待したい。

●対外関係・自然環境による民族性の違い

 次に、ほかの点について、私見を述べると、日本人と朝鮮人・シナ人の組み合わせにおいては、単に家族型の組み合わせだけでなく、対外関係・自然環境を含めて、相手の民族性をよく知ることが大切だと思う。トッドは、理論敵にこの点が弱い。
 朝鮮は大陸の周辺部にある半島であり、大陸の文明の影響を受ける。陸続きのシナの社会変動の影響を強く受ける。また、シナからの侵攻や支配を受けやすい。これは対外関係という要素を示す。大陸と半島という地理的な位置関係が、民族性の形成に作用したのである。古代の朝鮮人の民族性は、日本人と近かったようである。しかし、シナ文明の支配下に入ると、シナ文明を模倣し、儒教や制度を取り入れ、自ら小中華を目指した。
 シナは、遊牧民族対農耕民族の侵攻・支配がくり返した歴史を持つ。家族型による対内関係以上に、周辺遊牧民族による侵入という対外関係が、民族性を作った。大陸では、馬による移動・侵攻が繰り返される。地球的な気候の変動による冷害・食料不足・飢餓の時代には、遊牧民族が豊かな中心部に侵入・略奪・支配を行った。しかも大陸ゆえ、広範囲に及ぶ帝国と強大な専制支配を生んだ。こうした歴史が、ウソ、無法、人治の文化・社会を生んだ。このことは、外婚制共同体家族という家族型とは、直接関係ない。シナの民族性には、対外関係と自然環境の面の影響が大きいだろう。
 日本人は、日本の移民問題を考える際、上記のように、対内関係としての家族型の組み合わせとともに、対外関係・自然環境から形成された民族の違いの組み合わせについても、よく考慮すべきと思う。

 

●有史以前からの日本人の特徴

 日本は差異主義ではあるが、欧米の差異主義の国のように、排外的・峻別的でなく受容的・融和的であり、歴史の中で豊かな同化能力を発揮してきた。 
 日本民族は、アジア・太平洋の東西南北からさまざまな民族が流入して、日本列島で融和・混交し、一個の民族を形成した。この過程は1万年以上の歳月をかけて進行したと考えられる。文化・民族の重要要素に言語があるが、日本人は日本語を共通言語とする。古事記・日本書紀・万葉集等の書物は、国民的な古典となっている。
 日本においても、古代から異民族との間の差別・対立はある。しかし、大規模な虐殺もなく、激しい排除はなく、比較的寛容であり、同化が進んできた。そのことは、神話によく表れていると私は思う。ユダヤ=キリスト教の聖書(いわゆる旧約)のようなジェノサイドは、日本神話には登場しない。オオクニヌシノミコトの国譲りの話や出雲大社の由来等、対決の後は譲渡・和解がされ、勝者は敗者を尊重する。これは何らかの具体的な事実を反映しているものだろう。
 日本列島には、古代より朝鮮半島を主たる経路として、朝鮮人、シナ人等が渡来したが、日本人は彼らを受け入れ、彼らの持つ文化・教養・技術を尊重し、摂取した。そして、共存の中で緩やかに同化が進んだ。こうした日本人の民族性は、日本列島は気候が温和で、食糧・資源が豊かであるという自然の諸条件が大きく影響していると私は思う。
 こう書くと、私が今日の日本において外国人を多数受け入れるべきという意見を持っていると誤解されるかもしれない。ポイントは移民の流入の量と速度なのである。古代における渡来人は、数がごく少なかった。日本人は小数の外国人移民を、ゆっくり同化していけばよかった。しかし、今日のように、多数の移民が続々と押し寄せる時代においては、移民の数を制限し、速度をコントロールし、かつ選別を行うという、しっかりした対策が必要である。

●明治以降、昭和戦前期までの展開

 古代から中世・近世まで、日本と朝鮮・シナの間の移民の流入には、大きな変化はなかった。これが大きく変化したのは、明治以降である。日本は日清戦争で大国シナに勝利し、清国から台湾を割譲された。以後、50年間、日本は台湾を日本の領土として統治した。続いて、韓国とは協議の上、日韓併合を行った。以後、36年間、朝鮮は日本の一部だった。これを植民地支配と見る見方があるが、それは皮相である。
 ヨーロッパ諸国がアジア・アフリカに植民地を広げ、有色人種を支配・収奪したのに対し、日本は台湾や朝鮮を日本並みに発展させようと努めた。学校を作って教育を施し、道路・港湾・ダム・病院等を建設した。台湾では米作を実現し、朝鮮では米の増産を実現するなど、白人欧米諸国には見られない仕方で、日本独自の開発を行った。特に朝鮮の場合、わが国の国家財政は持ち出しになっていたほどである。ここには、明治天皇の四海同胞・一視同仁の精神の感化があると私は思う。
 昭和戦前期、日本が統治していた台湾・朝鮮では志願兵が多数あった。日本国の軍人となった朝鮮人の中には、コリア名のまま陸軍中将になった者もいた。日本人は、朝鮮人将校のもと、その命令を受けて戦った。民族的な違いよりも、同じ日本国民としての同胞意識が強かったことの現れである。
 イギリスが植民地としたマレー、フランスが植民地としたインドシナ、オランダが植民地としたインドネシア等において、日本人が行ったことと白人種が行ったことには、大きな違いがある。日本人には異民族を同じ人間と見て、自ら近づき、理解し交流しようとした。そして彼らが自らの力で独立できるよう手助けした。
 この点、トッドは日本人の民族性、日本の文化・伝統をよく理解していない。これはトッドが日本語を読めず、翻訳文献を資料としているためだろう。海外で読まれる日本人学者の文献には、反日的・左翼的な色合いのものが多く、トッドはその影響を受けているものと思う。

関連掲示
・マイサイトの「和の精神」の項目
 目次から、04「和の精神を神話に見る」、05「神話と歴史を貫く和の精神」
・マイサイトの「歴史」の項目
 目次から、18「日本人はインドネシア独立に協力した」、19「インドの独立にも日本人が貢献」

 

●戦後における日本人と韓国人・朝鮮人・シナ人
 
 大東亜戦争の敗戦により、わが国は台湾・朝鮮・樺太等の領土を失った。台湾系、朝鮮系の国民は日本国籍を失った。彼らの多くは、台湾・朝鮮に帰国したが、日本に定住することを希望する台湾人・朝鮮人もいた。
 日本国は彼らに特別永住資格を与えて、厚遇した。在日台湾人・韓国人・朝鮮人は、在独トルコ人のような隔離を受けていない。そのことは民族混交率からも明らかである。また、2世・3世となるに従って、日本に帰化して日本国籍を取得する者が増加している。
 在日の元日本国民は、芸能界・スポーツ界・飲食業・遊興業等で能力を発揮し、社会的な成功や富を得た者も多い。台湾人では王貞治、韓国人・朝鮮人では美空ひばり、力道山等が有名である。彼らは日本人にとって国民的なスターだった。
 その一方、在日外国人の犯罪は、大きな社会問題となっている。国籍別の在日外国人の犯罪件数を算出すると、犯罪発生率の1位は在日韓国人・朝鮮人で、刑法犯全体では日本人の2.9倍に上る。犯罪種別では、殺人が2.8倍、強盗が4.5倍、放火が1.2倍、強姦3倍、暴行4.1倍、恐喝3.6倍、詐欺2.4倍、横領1.9倍、覚せい剤取締法違反が5倍に上る。とりわけ凶悪犯罪・猟奇犯罪のうち、かなりの多数が在日韓国人・朝鮮人による。マスコミ報道では、日本名で報道されるため、国民にはその実態が覆い隠されている。
 在日韓国人・朝鮮人やコリア系の帰化人には、反日的な言動をするものがいる。これは単に民族問題・歴史問題ではなく、背後にイデオロギーの問題がある。それがヨーロッパ人とユダヤ人やムスリムとの間の問題との大きな違いである。共産主義のソ連・中国は、世界の共産化という目的のもとに、民族感情を利用した。朝鮮半島は、南北に分断され、一つの民族が二つに分かれ、片方が共産主義、片方が自由主義となった。これらが激しく対立し、朝鮮戦争を戦った。同じ民族同士が激突して、多数の死傷者が出た。その惨禍は日本統治時代の比ではない。同一民族がここまで激しく戦い、殺し合うのは、朝鮮民族の特徴ともいえる。しかし、それを誘導しているのは、共産主義であることに注目すべきである。
 中国と台湾も、一種の民族分断国家である。シナ大陸は国共内戦で勝利した共産党が、中華人民共和国を建国して、支配している。一方、国民党政府は大陸から逃れ、台湾に侵入し、これを支配している。台湾に渡ったシナ人は、大陸の共産党政権に対し、政権の正統性を主張してきた。一方、中国共産党は、台湾は中国の不可分の領土だと主張し、台湾の統一をめざし、武力による統一を辞さない意思を表明している。中国共産党は共産主義であり、台湾の主要政党は本来、反共産主義である。ここには、イデオロギーの問題がある。もとはシナ人が共産主義と反共産主義に分かれて対立し、その一方が台湾に侵入して台湾人をこの対立に巻き込んでいるのである。
 こうした状況は東アジア独自の事情である。韓国人、朝鮮人、シナ人を主要な移民とする日本においては、移民問題は、単なる民族問題ととらえることができない。イデオロギーの問題が厳然と存在する。日本の共産化を目指す勢力が民族問題を増幅・誇張し、対立感情を作り出して、共産化に利用してきた。また北朝鮮主導の半島の統一に利用してきたのである。
 在日外国人の多くは、韓国人・朝鮮人が占めてきた。北朝鮮系は朝鮮総連を通じて政治活動・反日工作を行ってきた。金日成・金正日は日本革命を目指して、日本人の拉致を行った。
 日本人拉致も朝鮮総連が関与している。韓国の国内、及び韓国系の在日大韓民国民団に対しても、北朝鮮は、反日思想・共産思想が影響を与えてきた。また近年多く流入している中国人は、共産主義の国家から来ている。中国人移民は若い世代が多いが、彼らは愛国主義反日思想を教育された世代である。これはヨーロッパにはない重要な要素である。
 中国・北朝鮮は反日が国是の国である。中国共産党は、共産党が抗日戦争に勝利し、中国を解放したとして、権力の正統性の根拠としている。北朝鮮も金日成が抗日戦争で活躍したことを、金家による世襲政権の正統性の根拠としている。こういう国からの移民は、ヨーロッパにはない。ヨーロッパの場合、ドイツのトルコ人にせよ、フランスのマグレブ人にせよ、イギリスのパキスタン人にせよ、共産主義によるイデオロギー的な闘争原理や反日思想に当たる思想は持っていない。ヨーロッパの移民問題は、この点では参考にならない。それゆえ、日本は反日国家からの朝鮮人、シナ人の移民に対して、よほど慎重に対処すべきである。
 日本の移民問題は、日本人と韓国人・朝鮮人・シナ人の関係を主とする。そこで、この項目では、家族型という対内関係から、それぞれの特徴を理解し、異なる家族型と価値観を持つ民族への対応について書いた。そして、対内関係だけでなく、対外関係・自然環境の側面をよく見るべきことを書いた。日本人は、韓国人・朝鮮人・シナ人の対内関係・対外関係・自然環境を総合的に理解し、移民への対処を考えるべきである。特に最後に書いたイデオロギーの問題は、重要である。決して家族型やそれに基づく価値観に還元できない要素をしっかり踏まえないと移民政策を誤り、国を衰亡に導く。ページの頭へ

 

第5章 中国人移民にどう対応するか

 

(1)深刻化するわが国の移民問題

 

●わが国の移民問題

 わが国の人口は、平成22年(2010)時点で、1億2,769万2,273人。世界第10位の人口であり、先進国の中ではアメリカ・ロシアに次いで第3位に位置する。こうした豊かな人口は、わが国が独自の文明を発展させてきた基盤となっている。また同時にわが国が世界屈指の経済大国として繁栄しているのも、豊かな人口に負うところが大きい。
 わが国では、神話の時代から労働はよいこととされ、勤勉な国民性を持っている。そのうえ、識字化の進展が早く、江戸時代末期には、寺子屋等の発達により、読み書きそろばんが普及していた。明治維新後は近代的な学校教育が全国的に行われている。そのため、豊かな人口を持つとともに、国民が勤勉で教育水準が高いことが、わが国を独自の文化と経済力を持つ国としているのである。
 しかし、近年わが国は少子高齢化が進み、平成16年(2004)の1億2,777万人をピークに、人口減少時代に入った。18年末(2006)に発表された政府の将来人口推計は、出生率が今の低水準で推移すれば、50年後は9,000万人を切り、100年後は現在の3分の1にまで減少すると推定している。特に経済活動の中心となる生産年齢人口(15歳〜64歳)が長期的に大きく減少すると予想されるので、政府や財界には労働力を確保するために、外国人を積極的に受け入れようという動きがある。
 かつて、わが国における在日外国人といえば、最も多いのは、韓国人・朝鮮人だった。彼らの多くは、戦前から日本に居住しており、大東亜戦争の敗戦後も引き続きわが国に居住することを選んだ者とその子孫である。戦前は日本国民として日本国籍を持っていたが、敗戦によって日本国籍を失ったのである。わが国は、彼らに対し、特別永住資格という世界にも稀な優遇措置を取っている。だが、民族感情や共産主義の影響等によって、在日韓国人・朝鮮人の存在は、社会問題であり続けている。
 わが国は1980年代末のバブルが崩壊したことで、平成に入って不況に陥った。その上、政府の失政により、平成10年(1998)からデフレが続いている。こうしたなか、企業は安価な労働力を求めて、海外に生産拠点を移す一方、外国人労働者を多数受け入れてきた。そのため、新たな外国人移民問題が生じている。
 平成2年(1990)に出入国管理・難民認定法が改正され、日系ブラジル人の2世、3世を労働力として多く入国させた。現在、総人口に占める外国人比率が16%と日本一高いのは、群馬県の大泉町だが、同町の外国人移民は、日系ブラジル人を中心とする南米の日系人である。大泉町をはじめ、群馬県太田市、愛知県豊田市、静岡県浜松市等は、外国人労働者を多く受け入れた自治体だが、結果は惨憺たるものである。これら自動車や電機の工場が集積し、日系南米人が集住する地方都市では、深刻な問題が発生している。すなわち、

・小中学校で日本語の話せない南米人児童が増え、教育界が混乱
・列に並ばず割り込む、ゴミをきちんと捨てない、真夜中に洗濯機を回す等、生活習慣をめぐる地域社会との摩擦
・治安の悪化
・地方税や社会保険料の未納

などである。彼らは日系移民であり、日本人の血を引く。親や祖父母、曾祖父母等から、日本の文化・習慣・価値観等をいくばくか学んで日本に来た者が多い。それでもなお、この事態である。まして、わが国とまったく文化・習慣・価値観等の異なる外国人の場合、移民の数が増えた時に起こる問題は、上記の例の比ではないだろう。特に、近年急増している中国人移民は、各地で住民との間で様々な問題を起こしている。
 今後、より積極的に中国人移民を入れるならば、問題が深刻化することは確実である。人口減少時代、特に生産年齢人口が減少する時代におけるわが国の外国人移民問題の中心は、中国人移民問題である。本章では、特にこの中国人移民問題に焦点を合わせて、わが国の移民問題を考察する。

●在日外国人の数的傾向

 そもそもわが国には、どれほどの在日外国人がいるのか。
 法務省入国管理局の統計によると、全国の外国人登録者、いわゆる在日外国人は平成22年末時点(2010年)で213万4,151人。総人口の約1・71%に当たる。
 かつて在日外国人は、韓国人・朝鮮人が最も多かったが、近年中国人が急増し、現在は中国人の数が上回っている。
 平成10年(1998)には、外国人登録者の最多は韓国人・朝鮮人で63万8,828人だった。中国人は27万2,230人にすぎなかった。ところが、中国人は14年(2002)に40万人、17年(2005)には50万人と急増した。19年(2007)には60万6,889人になり、韓国人・朝鮮人を抜き、初めてトップに立った。その後も20年に65万5,377人、21年に68万518人、22年末に68万7,156人と増え続けている。
 この間、韓国人・朝鮮人は、20年に58万9,239人、21年に57万8,495人、22年末には56万5,989人と減り続けている。中国人が年によっては、2万人以上も増えるのに対し、韓国人・朝鮮人は毎年、1万人以上減少している。
 この変化を考えるには、永住権という資格について理解する必要がある。

●永住外国人の種別と変化

 在日外国人の中には、わが国が在留期限や就労に制限のない永住権を与えている者がいる。これを永住外国人という。永住外国人には、2種類ある。サンフランシスコ講和条約の発効で日本国籍を失った者、主に韓国人・朝鮮人・台湾人と、その子孫である「特別永住者」と、経済的基盤が日本にあることなど条件に法相が永住許可を与えた「一般永住者」である。特別永住者は平成22年末の時点で39万9,106人、一般永住者は56万5,089人で、計96万4,195人である。登録外国人の45%くらいを永住外国人が占める。
 永住者全体のうち、かつて最も多かったのは在日韓国人・朝鮮人の特別永住者だった。彼ら在日コリアンは高齢化のため、年々人口が減り続け、また若い世代を中心に毎年1万人ほどが日本に帰化している。日本人と結婚する者も多い。在日コリアンは、法務省入国管理局によると、平成22年末で39万5,235人。これは特別永住者の99%を占める。
 韓国人・朝鮮人がほとんどである特別永住者が減り続ける一方、外国人の一般永住者は急増している。平成10年末に約9万3千人だったのが、12年末に約14万5千人となり、16年末に30万人を突破。一般永住者は、平成19年(2007)に特別永住者を上回った。20年末には49万人を超え、10年間で約5倍に増えた。
 一般永住者で、最も多いのは中国人である。平成10年の3万1,591人から、20年には14万2,469人と、10年間で約4.5倍に増えた。毎年1万人以上の増加である。22年末には16万9,484人になっている。
 単純にこのペースで行けば、13年ほどで韓国人・朝鮮人の永住者と中国人の永住者の数は逆転する。登録外国人の中心問題、在日韓国人の処遇の問題から、中国人移民の問題へと移りつつある。
 特別永住者の在日韓国人・朝鮮人にどう対処するかというわが国の特殊な課題と、続々と新たに流入してくる中国人の一般永住者の問題は、全く別である。前者は敗戦のために日本国籍を失った元日本国民、及びその子孫の問題である。後者は新たな移民の問題である。前者には前者に応じた対応をし、後者はまったく別の基準によって対応すべきものである。

●一般永住者急増の原因〜官僚が勝手に方針を変更した

 中国人を中心とする一般永住者の急増は、平成10年(1998)2月に行われた入管行政の方針変更が主な原因である。この時の方針変更で、永住者の在留資格を与える要件が大幅に緩和された。
 それまで永住者となるには、@素行が善良である、A独立の生計を営むに足りる資産または技能を備えている、B永住認定が日本国の利益になる、という要件に加えて、おおむね20年の在日歴が必要だった。これが一気に10年に短縮された。これを契機に永住者は増加し、10年間で5倍増となった。
 在留期間を原則20年から半分の10年に短縮するというこの大幅な要件緩和は、国会審議や政策審議会などで議論されることなく、法務省と入管当局の裁量で行われた。官僚が勝手に国の方針を変えたのである。国会の議論もなく、一行政機関の裁量判断でこうした要件緩和が行われたのは、極めて重大な問題である。
 その後、行政裁量によって一般永住者の急増を招いたことは、国会で問題として取り上げられた。しかし、責任の追及はなく、あいまいなままに終わり、方針の見直しはされていない。
 そうしたなか、さらに永住資格取得の要件を緩和しようとする動きがある。法務省では、「専門知識や技術を持つ外国人」は日本での在留歴を、10年から5年に短縮しようとする一層の緩和方針が検討されている。平成22年(2010)1月、千葉景子法務大臣(当時)の私的懇談会「第5次出入国管理政策懇談会」が同様の主旨の報告書を提出した。早ければ本年(平成23年)の通常国会で入管法の改正案が提出される可能性があった。
 永住許可の緩和は国家の基本を揺るがす重大問題である。永住許可を得ると、無期限かつ制限のない在留が認められ、外国人による世論工作や、スパイ活動・破壊活動が容易になったりする。これほど重大な問題が国民に知らされぬまま、国民の意思を問うことなく、進められようとしている。

●官僚が日本を多民族化しようとしている

 移民受け入れ計画を進めている本体は、その時々で移り変わる政権ではなく、国家官僚組織である。表舞台の政治家の裏にいる官僚の思想・行動をつかみ、これを改めないと、日本は衰退・崩壊する。
 永住者資格を取得するために必要な日本での在留期間を「原則20年」から半分に短縮するよう入管行政の方針変更をしたのは、法務省である。出入国を厳重に管理すべき法務省が、逆に要件を緩和しようとするのだから、おかしな話である。また、法務省による移民受け入れの緩和と連携して「多文化共生」を推進しているのが、総務省である。総務省は、平成17年(2005)6月に有識者を集めて「多文化共生の推進に関する研究会」(座長:山脇啓造・明治大学教授)を発足し、同会は翌年3月「『多文化共生推進プログラム』の提言」を発表した。
 多文化主義を信奉する官僚と学者が、税金と行政機関を使って、多文化共生化を進めている。その一環として、多文化共生教育が推進されている。多文化主義に取り付かれている官僚や学者、教育者は、エマニュエル・トッドの移民問題の論考に学び、またドイツやオランダ等の失敗に目を開くべきである。
 日本を移民国家・多民族国家に変造しようとする理論的な指導者に、坂中英徳氏がいる。元法務官僚で、現移民政策研究所長である。「日本型移民国家」をめざす氏の主張については、第6章(2)で検討・批判する。
 日本の多民族化政策が行政府の官僚によって進められている一方、立法府である国会では、一部の政党・政治家によって、永住外国人地方参政権付与法案の成立が画策されている。永住外国人地方参政権付与法案は夫婦別姓法案、人権侵害救済法案と合わせて、3つの関連し合う法案と見たほうがよい。これらの根底には、「人権」という概念がある。外国人や女性や人権侵害の被害者の権利に係る法案ということで、いかにも進歩的な動きのようだが、これら3法案は、日本の家庭・社会・国家を解体する危険性を持っている。
 移民問題との関係で言えば、これらの法案は、日本の国家・社会を改造し、外国人移民を大量に受け入れるための準備を進めるものだろう。つまり、日本を移民国家とし、多民族国家に変えるための布石だと私は考える。そして、夫婦別姓法案、永住外国人地方参政権付与法案、人権侵害救済法案の3法案に、民主党が提唱する地域主権国家の実現と東アジア共同体の建設を加えると、日本を破壊する政策体系となる。
 永住外国人に地方参政権を付与することの危険性に気づく人が増え、22年(2010)4月10日現在で35の県議会で反対または慎重を求める決議がされ、さらに広がる勢いである。しかし、民主党には、参政権どころか、重国籍の容認や外国人住民基本法案の制定をめざす動きもあり、予断を許さない状況である。
 政治家や官僚が、日本を移民国家・多民族国家に変えようとしたり、日本という国家を解体しようとしたりするのを、国民は英知をもって阻止し、日本の進路を是正しなければならない。

●そもそも移民の受け入れそのものが問題

 移民問題は、日本という国のあり方、政治・経済・社会・文化の総体に関わるテーマである。国民が大いに議論し、日本人としてのアイデンティティ、日本のグランド・デザインを真剣に考えねばならない課題である。
 しかし、わが国は、明確な移民政策を持たないまま、外国から流入する移民を受け入れている。企業と官僚が積極的に移民増加を押し進めているなかで、移民に対して、どう対応するか、国民の間に何ら合意ができていない。その状況において、中国を筆頭とする諸国から、続々と移民が入ってきており、永住資格を得る者が増えている。
 私たち日本人は、どのような外国人なら受け入れるべきか、どのくらいの人数受け入れるか、受け入れた外国人にどのように対応するか、外国人に日本国籍を与える場合はどういう条件を満たすべきか等を問い直した上で、外国人の移民の問題を検討する必要がある。
 移民に伴う問題は非常に重要だが、移民の対応においては、より広い視野から問題をとらえる必要がある。根本は移民の受け入れそのものの問題だということである。
 私は、国内に移民が増え、移民の人口比が高くなりすぎると、その社会は崩壊に向うと思う。流入した外国人に対してどうするか、つまり権利を与えるとか、人権を擁護するとかということよりも、そもそも移民の受け入れをどうするかが、日本にとっての根本問題である。
 ヨーロッパの事例を見ると、移民の人口比が8%前後になると、社会的な統合能力を超える危険な状態になる。移民の流入を数的に制限することが、死活的に重要である。
 私は、人口比で5%を限度とすべきと考える。22年末の日本の人口は、約1億2,769万人だが、何も手を打たなければ、人口はほぼ確実に減少する。私は、人口1億人の維持を目標として、脱少子化政策を行うべしと考えている。詳しくは、次の拙稿をご参照願いたい。

・「脱少子化は、命と心の復活から
・「脱少子化と日本再建は一体の課題
・「少子化・高齢化・人口減少の日本を建て直そう

 目標人口1億人とすると、その人口の5%とは、外国人移民の上限は500万人となる。ただし、中国人に限れば、来日する中国人は、違法な手段を駆使して、親や親族等を呼び寄せ、大量に流入する動きを見せており、また背後に中国共産党の対日戦略があり、移民の数の限度をさらに厳しく下げないと、危険である。中国人移民については、不法行為が続く現状では、特別法を作って、人数制限をする必要があると考える。具体的には、登録外国人の上限を中国人は100万人とする立法措置を講じるのがよいと思う。500万人のうち残りの400万人は、特定の国に集中せず、できるだけ分散し、各国から優秀・善良で、日本語を学び、日本文化を愛する親日的な外国人を受け入れたほうが良い。
 さて、こうした移民問題を国民全体で検討するには、まず日本人とは何者か、日本とはどういう国か、日本をどういう国にしたいのかを、徹底的に考え、明確にする必要がある。
 日本は一国一文明である。西洋文明のように多数の国家に分かれていない。また家族型は、直系家族が主で、全国がほぼ均一的である。ヨーロッパのように、家族的な価値観の違いで細分化されていない。日本は日本としてどうするかのみを考えて、決めればよい。
 移民を多く受け入れようとする動きの主な動機は、安価な労働力の確保と、生産年齢人口の減少の補填である。これらは、経済的な動機である。経済的目的だけで、外国人の利用を考えてはならない。日本の目指すべき価値とは何か、日本人は真剣に考えるべきである。日本をどういう国にするのか、どういう国として発展させるのか。国家目標、国家のビジョン、グランド・デザインが必要である。理念を明らかにし、長期計画を立て、現在において安易に移民に依存せずに日本の繁栄を維持するには、どうすればよいか、世代を超えて国民全体で知恵を出し合う。そして、脱少子化についても、国民全体で考え、取り組んでいく必要がある。
 特に本章が焦点を当てる中国人移民の問題については、対中国の総合的な国家政策が求められる。これは同時に、21世紀において、日本文明がシナ文明に対して、どのような対応方針を取るかという課題となる。単に国家間の政治的・経済的・軍事的な関係だけでなく、文明と文明の関係という観点をしっかり持つことが必要である。

 

<付表>

法務省のサイトに掲載されている「登録外国人統計」より、ほそかわが作表

 

2008年度  2009.7.7公表 平成20年末

人口 128,056,026

登録外国人(法務省統計)の割合 人口に対し1.73%

 

総数

永住者

特別永住者

日本人の

配偶者等

永住者の

配偶者等

定住者

総 数

2,217,426

492,056

 

420,305

 

245,497

 

17,839

 

258,498

 

中 国

655,377

142,469

 

2,892

 

57,336

 

6,170

 

33,600

 

韓国・朝鮮

589,239

53,106

 

416,309

 

21,990

 

2,699

 

8,722

 

一般永住者 前年比52,299人増

439,757

 

2009年度   2010.7.7公表 平成21年末

人口 127,509,567

登録外国人(法務省統計)の割合 人口に対し1.71%

 

総数

永住者

特別永住者

日本人の

配偶者等

永住者の

配偶者等

定住者

総 数

2,186,121

533,472

 

409,565

 

221,923

 

19,570

 

221,771

中 国

680,518

156,295

 

2,818

 

56,510

 

7,087

 

33,651

 

韓国・朝鮮

578,495

56,171

 

405,571

 

21,052

 

2,643

 

8,622

 

一般永住者 前年比13,826人増

 

2010年度  2011.6.17公表  平成22年末

人口 127,692,273(内閣府統計)

登録外国人(法務省統計)の割合 人口に対し1.71%

 

総数

永住者

特別永住者

日本人の

配偶者等

永住者の

配偶者等

定住者

総 数

2,134,151

   565,089

   399,106

   196,248

    20,251

   194,602

中 国

687,156

    169,484

2,668

     53,697

      7,415

     32,048

韓国・朝鮮

565,989

     58,082

395,234

     19,761

      2,574

      8,374

 一般永住者 前年比13,189人増、永住予備軍 計93,160

 

(2)急増する中国人移民の行動

 

●中国人の急増ぶり

 1990年代から在日中国人は急増の一途をたどり、平成19年(2007)末には、法務省入国管理局が統計を取り始めてから初めて、在日中国人が在日韓国人・朝鮮人の合計を上回った。在日外国人の最大勢力となった。22年(2010)末の数は、約68万7千人。70万人近い。人口70万といえば政令指定都市の人口要件である50万人を大きく上回る。このままのペースで在日中国人が増えれば、10数年後には100万人を突破するだろう。
 在日中国人の外国人登録者は、正確には22年末で68万7,156人。そのうち、一般永住者が16万9,484人、特別永住者が2,668人、合計17万2,152人にのぼる永住者(広義)がいる。
中国人永住者の数は近年、年間1万人以上の増加を続けており、3年以内に20万人の大台を突破することが、ほぼ確実である。
 外国人登録者の中には、永住者以外の資格で登録している者がいる。そのうち注目されるのが、「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」、そして「定住者」である。
 22年末の人数は、次の通りである。

@一般永住者    169,484人
A特別永住者      2,668人
B日本人の配偶者等  53,697人
C永住者の配偶者等   7,415人
D定住者       32,048人

 @Aの合計、つまり永住者(広義)は172,152人、BCDの合計が93,160人である。これらの登録外国人は、他の資格による登録外国人に比べ、日本社会に移民として定着している中国人である。
 うち、B「日本人の配偶者等」、C「永住者の配偶者等」という在留資格は、最長3年だが更新可能であり、永住者の資格取得の要件も緩和される。日中問題に詳しい評論家・関岡英之氏は、『中国を拒否できない日本』(ちくま新書、平成23年)で、「永住者に準ずる存在とみて差し支えない」と言う。
 次にDの「定住者」は、一般にあまり知られていない在留資格である。「定住者」は、平成2年(1990)に改正された出入国管理・難民認定法によって導入された外国人の在留資格である。法務省のサイトによると、「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」と定義されている。もとは日系ブラジル人の2世、3世を労働力として合法的に入国させることが狙いだった。定住者は、3年ごとに入国管理事務所に出頭して在留資格の更新手続きをする必要があるが、就労条件は職種や労働時間等に制限がない。
 関岡氏は、定住者について、「これが認められた背景には、バブル期に入手不足で悩んだ経済界の思惑があった。ところがその後、中国残留孤児やその子孫等も、定住者として認定されるようになったため、在日中国人が急増する一因となった。近年では毎年3,000人を超える中国人が定住者として新規に認定されている」と言う。また、定住者と永住者との違いは「事実上、『一定の在留期間』という制限だけで、これも個別に更新することで尻抜けになっている」と指摘する。

●永住者予備軍、帰化人、不法入国者、不法滞在者もいる

 永住者の認定条件は、1998年に大幅に緩和されているが、そのうち定住者や日本人等の配偶者という在留資格を保持していれば、さらに永住権を取得しやすくなっている。関岡氏は、彼らを「永住者予備軍」と呼んでいる。
 この永住者予備軍が、22年末で合計93,160人いるわけである。永住者に永住者予備軍を加えると、合計26万5,312人に膨れ上がる。在日中国人の外国人登録者68万7,156人のうち、永住者、及び永住者予備軍の合計は、38.6%を占める。中国人の場合、このように、すでに永住権を取得している者以外に、多くの永住者予備軍がいるので、放置すれば爆発的に増加することは必至である。   
 ところで、これまで書いたのは、登録外国人としての中国人の数である。これに以外に、日本には日本国籍を取得した中国人がいる。彼らの数を中国人の登録外国人約70万人に加えると、既に日本国内に100万人ほどの中国人、及びシナ系日本人がいると推計される。
 外国に定着して住む中国籍の中国人を「華僑」、同じく外国籍を取得した中国人を「華人」というが、諸外国において、華僑と華人は、ともに中国人という国民的民族的なアイデンティティを持って団結した行動をしている。わが国においても、中国籍の華僑、日本籍の華人は、国籍に関わらず中国人としてまとまって行動する傾向がある。
 さらに、日本にいる中国人には、登録外国人や帰化人とは別に、統計上把握できない不法入国者、不法滞在者が存在する。その実態は当然ながらつかめない。諸外国の例を見ると、中国人移民のつくるコミュニティには、不法入国者、不法滞在者が寄り集い、当局が管理できないような経済活動、地下活動を行っている。わが国もこれを警戒し、不法な活動を封じる方策を実施する必要がある。

●来日する中国人の目的と傾向

 日本には毎年、多数の外国人がやってくる。韓国、台湾、米国、香港からの新規入国者の大半は短期滞在目的の観光客や出張者である。これに比し、中国人は、就労や留学など一定の目的のもとに日本を訪れ、長期滞在する傾向が顕著である。また、家族を呼んで暮らす来日形態が目立つのも中国人に特徴的な傾向である。
 年齢層はどうか。産経新聞平成22年(2010)4月4日号によると、平成20年(2008)の1年間に中国から新規入国したのは、121万人。年齢別にみると、10代以下が10万人、20代が35万人、30代が32万人、40代が23万人、50代が12万人、60代以上が6万人である。注目すべきは、30代以下が78万人と全体の3分の2を占めることである。全体に長期滞在や移民志向が強いから、こうした若い中国人の一部は登録外国人として登録され、日本に定着して生活するようになる。
 彼らは江沢民・前国家主席の政権下で、愛国主義反日教育を受けた世代である。幼いときから徹底的に吹き込まれた思想は、居住環境が変わっても容易に変わらないだろう。こうした反日思想を持った中国人青年が、日本国内に急激に増えているのである。日本にいる留学生の64%、就学生の60%、研修生の75%が、中国人である。その数は、他国を圧倒的に引き離している。
 日本の大学や日本語学校に通ったり、企業や商店で働いたりしている中国人青年は、何かの機会に牙をむく。平成22年(2010)4月、北京オリンピックを前に長野で起きた聖火リレー赤旗氾濫事件は、その具体例である。今後も、中国という国家の利益にかかわる状況や、日本と中国の国益がぶつかる時に、日本国内各地に居る反日的な中国人が10万人単位で、団体行動をするだろう。特に尖閣諸島をめぐる紛争が勃発したならば、大きな治安問題、外交問題となることは確実である。
 在日中国人、特に反日的な中国人青年が日本国内に増えるということは、そういう危険性を抱えることになる。
 中国人だけではない。わが国の在日外国人の半分以上は、中国・韓国・北朝鮮を中心とする東北アジア諸国に所属する。これらの外国人の共通点は、祖国が反日的な傾向があることである。彼らの人口が多くなればなるほど、日本人に同化するのではなく、逆に民族としての自己主張を強めていくだろう。

●中国人観光客の影響

 さて、登録外国人、長期滞在志向の中国人とは別に、中国人の観光客も近年急増している。この点を補足する。
 中国人に対する個人観光客向けの査証(ビザ)が、平成21年(2009)7月に解禁された。その時点では、年収25万元(約340万円)以上の富裕層に限定するという触れ込みだった。対象とされたのは約160万世帯だった。ところが、それから1年も経たないうちに、政府は「特に問題なかった」と総括し、政府は22年(2010)7月1日から、中国人の個人観光査証の発給要件を大幅に緩和した。関岡氏は、『中国を拒否できない日本』で次のように言う。「個人観光査証の対象を、中国人の富裕層から中間層に広げると称して、年収基準が25万元(約340万円)からその4分の1以下の6万元(約80万円)へ一気に引き下げられた。その結果、対象世帯は1年前の10倍の1,600万世帯となった。これは日本の全世帯数の3分の1に相当し、一家3人と仮定すると頭数では約4,800万人となり、わが国の総人口の4割に当たる」と。
 生活水準が違うとはいえ、年収が約80万円程度とは、わが国では貧困層や高齢の年金生活者である。海外に旅行して観光を楽しむ余裕があるのだろうか。また、このような階層にまで、個人観光査証の対象を大幅に広げる意味があるのだろうか。日本への渡航が容易であれば、不法滞在することも容易になる。私は、政府の姿勢は安易だと思う。
 菅首相は大震災発生で混乱の続くなか、行政刷新会議を主宰し、平成23年4月8日、中国人観光客への「マルチビザ」発行を閣議決定した。一度でも沖縄を訪れれば、3年間何度でも、最大90日間、日本訪問が出来るビザだ。このビザは7月1日に施行され、中国人にとって日本は自国同様の感覚で来ることのできる国となった。中国は、狙った場所に多数の中国人を送り込み、その地に強い影響力を及ぼすことで、勢力拡大を図る。菅首相の出入国政策の大幅緩和は、無防備この上ない。
 民主党は「沖縄ビジョン」という沖縄政策を公開しているが、その内容の骨子は、軍事基地の縮小、地域通貨の発行、ビザの免除による東アジアとの人的交流の促進、中国語等の学習、長期滞在中心の3000万人万人ステイ構想である。これは、沖縄を特別区のようにして外国人を大量に受け入れ、日本国と切り離すという構想だろう。日本併合を画策している中国共産党に対し、日本の側から招き入れるような売国的な政策である。
 観光客はわが国に金を落とすからと、熱烈歓迎のムードが一部にはある。しかし、実態はそう甘くない。
 中国人観光客を日本で受け入れているのは、中華系業者が多い。現在全国各地で中国資本や華僑資本が日本の老舗ホテルや、企業がリストラした保養所などを買収し、ホテルとして開業したとか、在日中国人が旅行代理店を設立したり、中国人が買い物をする家電量販店を買収したりという動きが伝えられている。関岡氏は、同書で、次のように言う。「要するに中国人同士の間でカネが回るだけのことであり、日本人の懐にカネが落ちてくるのはせいぜい最初の数年であり、一過性のものに過ぎないだろう」と。
 特に注目すべきは、富士山の周辺で、中国資本や華僑資本が経営の行き詰まったホテルや、企業が売却した保養所などを買収して、中華風に改造して中国人専用ホテルとして新装開業する例が増えていることである。日本のシンボルである富士山の周辺に、まったく異質な文化、行動、価値観をもった外国人が、したい放題の観光・事業をすることを、ただ経済活動の自由ということで、無制限に放置してはならない。
 沖縄に大量の中国人が押し寄せるとき、現在全国各地で起こっている以上の事態が進むだろう。日本を多民族国家にするという構想が政財界にあるが、沖縄はその構想を進めるための特別推進地区になりかねない。
 これは移民問題とは別の話だが、日本各地で中国人が土地を購入する動きが問題化している。特に森林である。深刻な水不足に悩む中国が日本の水資源に目をつけ、森林を買うことでその土地の水を利用としていると思われる。中国人の土地買収は、自衛隊基地の周辺など、安全保障上、重要な場所にも及んでいる。経済活動の自由ということで、独立主権国家としての意思を発動せず、規制を怠っていると、国益を大きく失うことになる。

 

●中国人不法滞在者への対処

 今日、中国人問題を考える際、坂東忠信氏のりポートは欠かせない。
 坂東氏は、警察官として18年、うち刑事、通訳捜査官として約9年間、北京語を使って中国人に接近、中国人犯罪者を逮捕し、取り調べをしたという経歴の人物。他の中国事情専門家や一般の学者・ジャーナリストの持ち得ない経験をもとにしたリポートは、独自の光彩を放っている。
 平成10年(1998)末、日本の中国人の登録外国人は27.2万人だった。以後、1年で5万人というハイペースで増加した。これと並行して、平成10年代には、東京などで中国人を主とする不法滞在者が増えた。当時、警察官だった坂東氏によると、不法滞在者の増加に対処するため、平成15年(2003)末から「65条渡し」と呼ばれるものが施行された。氏の著書「日本が中国の自治区になる」(産経新聞出版、2010年)によると、「警察、検察、入管が話し合い、むちゃくちゃな数の中国人をはじめとする外国人犯罪者の処理について、入管法第65条を適用することで合意した」のだと言う。
 第65条の内容は、簡単に言うと、警察が逮捕したオーバーステイに関しては、余罪がない限り、入国管理局に直送、強制退去とするという処分である。オーバーステイとは、合法的に入国した後、滞在期限を過ぎても不法滞在する者である。密航者は含まない。坂東氏によると、「65条渡し」によって、「多くの不法滞在者を検挙と同時に入管送りにしたため、密入国者は恐れをなして姿を消し」た。
 ところが、こういう効果はあったものの、平成18〜19年ころから再び中国人が増えてきた。ちなみに中国人の登録外国人が約60万6千人となり、初めて韓国人・朝鮮人の登録者数を抜いたのが、平成19年(2007)だった。

●増える中国人の入国方法

 一体、中国人は、近年なぜ増えているのか。坂東氏は、先の著書に、5つの方法を書いている。どれも、不法入国ではなく、不法滞在ではない。合法的な入国方法である。しかし、その実態は、驚くべきものである。
 第1は、なりすましである。他人になりすまして合法的に入国する方法である。坂東氏によると、これは「いまや中国国内でも定着しつつある戸籍売買を、海外渡航に転用したもの」で、「戸籍の売買による正規入国の方法」である。「どんな人間でも、前科者でもスパイでもお金さえ払えば、他人になり済まして安全確実に正規ルートで来日し、安心して日本でお金を稼ぐことができる」。「立件はほぼ不可能」で、「もう密入国する必要はない」と言う。
 第2は、残留孤児の偽装である。「偽名を使って公証役場に根回しし、残留孤児である証明書を作成させ、これを提出して正規旅券をゲット、来日する方法」だと坂東氏は説明する。「今日本に滞在する残留孤児関係者のほぼ9割が偽者であり、同様の偽装工作で来日して正規滞在している」と言う。恐るべき工作である。残留孤児と聞いたら、偽者という可能性を想定して慎重に対応した方がよい。
 第3は、研修生としての入国である。坂東氏の著書のデータをそのまま引くと、平成20年(2008)末までに研修生として登録された中国人は、6万5716人だった。これは、外国人研修生全体の75%を占める。
 研修生制度について、坂東氏は、次のように言う。この制度は「日本の企業が諸外国から受け入れた研修生に、「一定期間、専門技術を教え込み、技能習得後は帰国して母国の発展に役立ててもらう」ものである。だが、「中国人研修生にとっては、研修資格は来日の手段であり、研修生を送り出す中国企業にとってはいいビジネス」であり、「日本人経営者にとっては安価な労働力の確保」というのが実情である。就学・留学のように、ビザを発給する中国の日本領事館から高卒以上の学歴を問われないし、ビザ自体本人が取るのではなくてこの研修生派遣会社が一括申請し、ビザを取得するので、「密航同様、お金さえ払えば誰でも日本にいける」のである。
 第4は、就学生である。就学生は、高卒以上の学歴を要する。留学生は日本の大学に通うか、大学に通いながら日本語学校に通うが、就学生は日本語学校に通う。この点が違う。諸外国からの就学生総数は4万1,313人であり、その大半を占める中国人就学生は総数2万5,043人であり、外国人就学生全体の60%を占める。平成20年の1年間に新規来日した中国人就学生は1万2,566人に上る。
 第5は、留学生である。やはり高卒以上の学歴を要するが、就学生と違って、大学に通う。中国人は外国人留学生の64%を占める。平成20年(2008)7月20日に文部科学省が策定した計画によって、政府は2020年を目途に、来日留学生の受け入れ枠をこれまでの10万人から30万人に増やし始めている。現在の状況が続けば、その大半は中国人となるだろう。

 坂東氏は、以上の5つの入国方法を挙げる。研修生、就学生、留学生は、なりすましや残留孤児の偽装と異なり、犯罪性は認められない。問題はその実態である。

●驚くべき外国人留学生への援助金

 特に驚愕するのは、留学生について、坂東氏が明らかにしたことである。それは、外国人留学生には、日本が金を払って、留学してもらっている者がいるということである。
 外国人留学生は、一般留学生と国費留学生・私費留学生に分けられる。一般が80%、国費・私費が20%という割合である。日本国政府は、このうちの国費留学生・私費留学生に援助している。その金額が半端ではない。
 坂東氏によると、国費留学生に分類される研究留学生と教員研修留学生には、月額15万2千円〜15万8千円が支給され、学部留学生・大学に在学中の日本語学校学生・高等専門学校留学生・研修学校留学生には、月額12万5千円〜12万8千円が支給されている。さらに授業料については、国立大学法人及び高等専門学校機構は不徴収、公立私立は文科省負担である。渡航費用も往復で支給され、医療費補助は予算の範囲内で支給されている。この国費留学生だけで、日本からの支給総額は223億円に及ぶと言う。また、私費留学生には、大学院レベルは月額6万5千円、学部レベルは4万8千円が支給されている。国費留学生・私費留学生を合わせると、日本からの支給総額は毎年300億円以上になる。これほどの金が、「貸与ではなく無償」で支給されているのである。
 坂東氏は言う。「多くの国では、外国人留学生に対する学費は平均して3倍くらい高いのだそうです。自国民の学生に関しては、すでにその親から税金を頂いているので当然安くするし、税金を払っていない外国人学生から多くもらうのは、国際的に見て当然なんです。しかし、わが国では、自国の学生はお金を払い、外国人留学生はお金をもらって勉強する。しかもこれは、私たちが納めている税金です。私たちの国は、他国とはまったく逆のことをやっていたのです」と。
 私はこの実態を坂東氏によって初めて知った。国会で実態を明らかにし、即座に過剰援助を止めるべきである。
 坂東氏は、今後も中国人来訪者が増えると予想する。そのうち、警戒すべき者として、人民解放軍の兵士の大量来日を想定している。
 著書『日本が中国の自治区になる』で、坂東氏は語る。「中国人民解放軍は、開始時期は不明ながら2〜3年で陸軍兵士70万人を削減する計画を持っています」「これらの若いリストラ兵士は学生としてリサイクルされ、日本に就学生や留学生として大量に来日する可能性があります」「70万人の兵士をリストラするというのは、裏を返せば2〜3年で70万人の工作員を育成して海外に送り出す計画の可能性が多分にあり」「少なくとも25万人くらいは留学生として来日すると私は見ています」と。
 こうした元人民解放軍兵士に対しても、わが国は留学生として、金を支払って、勉強させ、または工作活動をさせることになる。直近に人民解放軍兵士だったという経歴を持つ者は、国家安全保障上、留学生・就学生としての資格を与えないことにすべきである。

●世界における中国人の行動の共通点

 中国人は現在、世界各地に拡散を続けている。カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアでの動きが顕著であり、ロシアのシベリア、サハリンやラテン・アメリカ、アフリカ等にも移民が広がっている。
 今日、中国人が外国に移住するには、主に次の方法がある。@留学して就職や結婚で移民、A技術移民、Bワーキングビザで入国して移民、C家族移民、D国際結婚(偽装含む)で移民、F投資移民、F不法滞在である。
中国本土から国外に出た中国人には、華僑と華人がある。華僑は中国の国籍を維持したまま中国国外に代々定住している中国人であり、華人は外国籍を取得した中国人のことである。
 中国人は国籍にかかわりなく「自分は栄光ある中華民族の一員だ」という強烈な中華思想を持っている。そして、この中華思想的なナショナリズムによって、集団的に行動する。
 多くの中国人の生き方は、自己中心、現世志向、無宗教、拝金主義を特徴とする。近代西欧に発達し、世界に広がった自由、民主、人権、法治等に基づく価値観とは、大きく異なっている。
 中国人は、移住したどこの国でも受け入れ社会の住民とトラブルを起こしている。移民の場合、文化・習慣の違いによるトラブルは避けがたいが、中国人は道徳心や倫理感が低く、受け入れ社会の社会規範に従わず、群れ集って勝手な行動をする傾向がある。これは、古来、中国は「人治国家」であり、「法治国家」でなかったことが背景にある。国外においても、その国の法や規範に従うという基本的な姿勢を欠いている。
 中国人は、移住した国の各地でコミュニティを作る。河添恵子氏は、著書『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版、平成22年〔2010〕)に次のように書いている。
 「中国人コミュニティの実体は、世界中のどこにあっても同じ特性を持っている。地元と同化することのない“治外法権エリア=中国人自治区”の形成であり、美観と衛生を含め環境を劣化させ、密入国を手引きしたり、不法滞在者を闇労働者として囲い込みつつ、納税などの義務を果たさない不透明な経済で拡大を続けていく。中国人自治区はまさに地域、街、国家を破壊しかねない“ガン細胞”といえる」と。

●世界における中国人の行動1〜カナダ

 カナダは高齢化社会に突入しており、産業を活性化させ景気の好転を目指すには、若返りが必要になった。それには、働き盛りで消費能力の高い移民、富裕層で投資にも消費にも高い能力を持つ移民を歓迎するしかない。こうして、「労働力の補充を含めたカナダ各州の需要と供給にピッタリ合致したのが大陸からの中国人、インド人、フィリピン人などのアジア系だった」と河添氏は言う。
 中でも中国人がカナダで増えている。中国人富裕層の間では、2000年前後から移民手段として、投資移民が増えている。カナダの投資移民とは、カナダ以外の国で事業経営、経営管理者または医師、弁護士、税理士等として実績を持ち、160 万カナダドル相当以上の純資産を有し一定金額を連邦政府認可の投資プログラムに5年間投資することにより優先的に永住権が発給されるというもの。移民立国のオーストラリア、ニュージーランドなどでも同様の制度がある。いわば金の力で永住権を取得し、その後に市民権を得て移住先の国籍を取るというものである。この方法で、外国人になる中国人が激増している。河添氏は「歴史も知らず文化も異なる新天地に、中国人は良質かつ良好な『教育・仕事・医療・福祉・環境』を求め、また財産のリスクヘッジや投資先(稼ぎ場)として永住権を取得したがっている」と。
 河添氏は、カナダでも特に中国人の多いグレーター・バンクーバー地域を取材している。グレーター・バンクーバー地域は、バンクーバー市を中心に、リッチモンド市やバーナビー市など周辺都市を含めた地域で、人口は約213万人。そのうち約40万人を中国系が占める。リッチモンド市にいたっては、人口の半数かそれ以上が中国系だという。バンクーバー周辺の都市では、看板は中国語が主で、銀行マンも中国人ばかり、中国系ないし香港系議員も珍しくない。
 バンクーバー周辺では、中国人移民の増加によって環境が大きく変化した。交通事故の増加、賄賂を渡して免許証を買う犯罪が横行、交通ルールを知らないから守らない、事故が発生するとまことしやかなウソの証言を行い一族郎党で守り合う等。公営のシャワールームで入浴し、石鹸等を持ち込んで体を洗う。トイレの便座に靴跡。便をして流さない。手も洗わない。美的感覚に乏しい。周囲との調和と言う意識がない。夫が無職という虚偽の申請をして生活保護を受ける、等々である。カナダだけでなく、他の国でも似たようなことが起こっている。
 河添氏によると、バンクーバーのハーバー沿いに建つ、あるコンドミニアムは、毎月の共益費だけで1000カナダドル(約9万円)を越える高級住宅で、白人系富裕層がもともと主な住人だった。ところが、そこに中国系住民が入ってきた。「するとゴミを踊り場に雑然と出すわ、外からの美観を考えて、窓は白いカーテンかブラインドと決められていたのに勝手に真っ赤なカーテンを下げるわ、オーナー組合でいろいろと問題になった。でも、彼らは聞く耳を持たない。それどころか、中国系住民がどんどん増え、オーナー組合の過半数を占めると内規をことごとく変更していった。結果、共益費はカット、それまでいた管理人もクビ、たまりかねた白人系の住民は出て行ってしまった」という。
 わが国でも、一定の地域に中国人が集中して住み着くようになると、カナダのバンクーバー周辺と似た事態が起こりうると考えるべきだろう。

●世界における中国人の行動2〜フランス

 エマニュエル・トッドは、ヨーロッパにおける中国人移民について、あまり具体的に述べていない。しかし、トッドの母国であり、彼が世界への普遍主義の普及期待する国・フランスは、ヨーロッパ最大の華人在住国である。
 わが国には、中国人の登録外国人が約70万人おり、帰化人を足すと約100万人。これに不法入国者・不法滞在者が加わる。フランスは人口約6,500万人ゆえ、わが国の人口の約半分だが、45万人の中国系住民と6万人の不法滞在者がいるといわれる。中国系移民は80万人という説もある。それゆえ、人口の比率で言えば、フランスに居る中国人と日本に居る中国人は、そう変わらないと言ってよいだろう。
 トッドが述べているように、フランスは普遍主義を価値観とし、外国人移民に対して比較的寛容である。だが、近年、パリの一部地域では、中国系移民に対する住民の反発が起こっている。
 下記は、そのことを伝える河添氏の『中国人の世界乗っ取り計画』からの引用である。
 「2003年5月、パリ11区で『モノ・アクティブ・サ・スフィ』(単独の活動、もうウンザリ!)というスローガンのもと、“怒りの区”という集会が開かれた。『モノ・アクティブ』とは人権に対して伝統的に(表向き)寛容なフランス人らしい造語で、単刀直入には『中国系の身勝手な生き方にウンザリ!』という話だ。パリ11区で急増殖する中国人コミュニティと、その新たな入植者に狙いを定めた抗議集会だった。住民へ呼びかけたのは区長(当時)だった。ラディオ86(フランス語他、9ヶ国語で読める中国情報サイト)によれば、この抗議行動で、首相宛の嘆願書には約5千人の署名が集まったという」
 パリ11区は、20世紀初頭から主にキッチンや寝室等で使う家庭用リネンの商売で成り立っていた。だが、1990年代に衰退。浙江省温州出身の中国人がこの地で繊維問屋を営むようになった。そして、中国語の「小売お断り」の看板が溢れる中国系の問屋街となってしまった。
 河添氏によると、「フランス当局もまた、中国人コミュニティへの警戒心を強めている」。その背景には「中国人オーナーが労働局の検査強化にも動じず、労働者の社会保障費や税務上の義務から逃れるため組織的に動いていること、地下経済と密接に繋がっている経済活動が半端でない大きさにまで膨らんでいることなど」があるという。
 新たに流入する中国系移民が集住する地域には、納税者がまともにおらず、「治外法権化している」。「中国人コミュニティの活発な経済活動は地下経済と密接に繋がっていて、しかもその地下経済が半端ではない大きさに膨らんでいる」と河添氏は伝えている。
 トッドは、こういうフランスにおける中国人移民問題について、ほとんど触れていない。平成22年(2010)、北京オリンピックを前にした聖火リレーに対し、ヨーロッパでは強い抗議行動が起こった。これに対し、各国に住む中国人が反発し、集団的に行動した。フランスでも、そうだった。中国人移民の背後には、中国という世界最大の人口を持つ共産国家が存在する。ハンチントンは、シナ文明とイスラーム文明が連合を組んで、西洋文明に対抗する可能性を指摘したが、シナ=イスラーム文明連合がフランスやヨーロッパで、巨大な勢力となる可能性はあると私は思う。トッドはフランス、及びヨーロッパにおける中国人移民問題について、もっと敏感でなければおかしい。あえて目を向けず、意識して語らないとすれば、政治的意図か、心理的動機があるのかも知れない。

●世界における中国人の行動3〜イタリア

 フランスだけではない。ヨーロッパには、中国人移民が多く流入して、受け入れ社会と摩擦を起している国が他にもある。その一つが、イタリアである。
 河添氏は、『中国人の世界乗っ取り計画』で、イタリアのトスカナ州北部に位置する古都プラートで起こっていることを伝えている。
プラートは、11世紀よりヨーロッパの織物業の中心地として栄えてきた町である。 プラートの織物業者は、中小零細企業である。その多くが、数人から10人程度の従業員によるアトリエや生産工房である。この町は、分業生産体制によって糸から製品まで仕上げる産地として発展してきた。アルマーニ、プラダ、フェラガモ、グッチなど欧州の高級ブランド企業による買い付けが行われ、現在もプラートを中心に半径15キロほどの地域に繊維産業が集中する。
 ところが、河添氏によると、プラートは「わずか10余年で中国系住民を大量に抱える街に変貌してしまった」。「中国人経営の工房や生産工場が増え、18万人の人口のうち約3万人が中国系(合法)移民で、さらに約3万人の中国人不法就労者を抱える街になっている」と言う。
 中小零細規模の織物工房に雇われた中国人は数年働いて、技術を習得すると独立する。そして、工房を乗っ取る者もいる。河添氏によると、「ある者は中国に製造工場を作り、低コストの労働力を武器に高級ブランド企業の注文を奪っていった。そしてデザイン(プラート)→製造(中国の工場)→完成品に高級ブランドのラベルを縫い付ける作業(プラート)でフィニッシュ」。中国とイタリアを舞台に中国人が手がけるメイド・イン・イタリー製品の歴史がこうして始まったのだという。
 わが国も伝統工芸を持つ都市で、中国人移民が多数働くようになると、その技術を身につけて独立したり、工場を乗っ取ったりすることが起こり得る。中国人が手がけるメイド・イン・ジャパン製品が、世界に売られていくようなことになる可能性がある。
 なお、中国人はヨーロッパの他の国でも増えつつあり、ルーマニアには40万人、オランダには10万人もいる。そして、どの国でも、中国人は似たような行動を取って、トラブルを起している。

●中国人移民の実態(その1)〜確定申告での税金逃れ

 わが国では、諸外国の例を見るまでもなく、既に急増する中国人移民によって、様々な問題が起こっている。その実態を見ていこう。
 外国人移民が日本で生活するようになると、住民として税金を納めてもらう立場になる。外国人移民は、生まれてから来日するまでは、日本に税金を納めていない。かれら移民を受け入れるならば、当面の間、彼らの生活を日本人の税金で保証しなければならない。日本語を学ぶ学校の建設、住環境整備のための優遇措置、健康保険料等が税金から補填されている。公共サービスを利用する以上、その対価として税金を納めるのは、当然の義務である。
 所得税や住民税は、納税者に扶養家族がいる場合、一人当たり一定額の所得控除があり、還付が受けられる。中国人の一般永住者の多くは、確定申告をする際、本国に住む両親、兄弟、配偶者の両親、その兄弟姉妹等と、何人もの扶養家族を書いてくる。扶養家族の所得控除を利用した節税対策である。関東の税務署関係者によると、「最終的に納税額がゼロになるまで扶養家族をつける。足りないと、出直してまで扶養家族を足してくるケースもある」(産経新聞、平成22年4月4日号)。韓国やロシアなど他国人と比べ、こういう申請は中国人が突出しているという。
 わが国の扶養者控除の制度が悪用されているのである。

●中国人移民の実態(その2)〜生活保護の申請

 生活保護の支給対象は、法律で日本国民に限定している。しかし、外国人のうち、永住者と定住者に限っては予算措置で準用し、生活保護の支給対象とする判断が続いている。これを利用して、生活保護を受けようとする外国人がいる。なかでも中国人が目立つ。
 平成22年(2010)年6月、大阪市で中国人による生活保護大量申請事件が起こった。この年、中国福建省から来日し、残留孤児2世として日本国籍を取得した70歳代の姉妹が、5〜6月にかけて中国から親族郎党を48人呼び寄せた。入国した48人は千葉景子法務大臣(当時)によって定住者として認定され、1ヶ月もしないうちに生活保護の受給を大量申請した。区役所幹部の指摘で問題が表面化した。
 大阪市では入国後、わずか数日で生活保護が申請された点を重視した。入管難民法では、わが国への入国を認めるかどうかは「国、地方自治体に負担をかけない」ということが条件となっている。また、生活保護法、外国人を原則として適用対象としない。そこで大阪市は、入管難民法の規定に加え、生活保護法の趣旨に反するとして、厚生労働省に見解を求めた。厚労省は、「生活保護の受給を目的とした入国であることが明らかな場合や、そう見なさざるを得ない場合は、生活保護の受給対象から除外できる」と回答した。
 生活保護を申請した中国人48人のうち、問題が表面化した後、申請を取り下げた者がいる一方、26人は生活保護が認められて支給を受けていた。このケースの場合は、その後、支給が打ち切られた。
 生活保護を受給している外国人は、全国で実に5万1,441人(22年7月時点)にものぼる。大阪市で発覚した生活保護の大量申請は、氷山の一角だろう。国民のためのセーフティ・ネットが、外国人によって脅かされているのである。

●中国人移民の実態(その3)〜子ども手当

 民主党は、平成21年(2009)9月の衆議院選挙で、目玉政策の一つとして、子ども手当を挙げた。多くの有権者は、よく内容を知らずに、この政策をよしとした。ところが、民主党のマニフェストには書いていない内容があることが、徐々に明らかになった。満額だと月額2万6千円が、日本人だけでなく、在日外国人にも支払われるのである。親が日本に住んでいれば、海外にいる子供にも支給される。養子でもいい。結婚も不要で、養育している事実さえあればいい。子供の数は、仮に50人でも書類が整っていれば支払う、という。その一方、海外在住の日本人には支払われない。この実態を知った国民の一部は怒り、強く政府を批判した。だが、主要部分は修正されず、金額は初年度1万3千円が支給されることになった。所得制限はなく、バラマキがされた。
 平成22年(2010)6月、子ども手当の支給が始まると、各地の区役所、市役所の窓口に外国人が殺到した。月額の2万6千円は、貧しい国だとその国の平均年収を超えるほどの大金となる。これでは、子供手当にたかる外国人や、子供の数の不正申告、手当目当ての養子等が出るに違いない。
子ども手当の財源は何か。日本国民の税金である。日本国民は、汗水流して働いて納めている税金を、このような形で外国人や、その海外にいる子供にまで、手当だと配ってよいのか。財源は税金といっても、わが国の歳入は税金だけでは賄えない。毎年多額の赤字国債を発行している。赤字国債による収入金も、在日外国人の子供に振舞われる。私は当初から断固反対してきた。
 子ども手当を求めて、各地の自治体の役所に殺到した外国人の多くは、中国人である。在日外国人の多くを中国人が占めるのだから、当然である。子ども手当が実現すると、中国の大連では養子の斡旋業者が営業を始めた。斡旋料は、子ども1人8千円だという。これだけ払っても、子ども手当をもらえれば、大きな収入になる。中国の平均年収は、農村部では5千元、約6万8千円。月収にして、5,800円である。日本に来て、子供が一人いれば、満額では2万6千円もらえる。これを利用しない手はないだろう。もし今後満額を払えば、総額は5兆円となる。これは、わが国の防衛費より多い。この問題は、中国人だけに関わる問題ではないが、わが国における中国人移民の増加に拍車をかけることになった。
 子ども手当は、結局事実上廃止されることになったが、民主党政権による代表的な愚策だったと思う。

●中国人移民の実態(その4)〜池袋チャイナタウン構想

 東京・池袋の「チャイナタウン」や埼玉県川口市の「チャイナ団地」は、このまま無制限に中国人が増えた場合、日本の社会がどうなるか、その雛型と見ることができるだろう。
 中国は、昭和53年(1978)に、市場経済化を推進する開放路線が始まって。これにより、東京都豊島区池袋では、1980年代から中国人が増えた。来日した中国人はここに生活基盤を築き、彼らを頼って親族や知人が次々と来日した。その結果、中国人の定住化、永住化が進んだ。
 今日、池袋駅周辺には中華料理店、不動産会社、携帯電話店、カラオケ店等、200軒以上の中国系店舗がひしめく。数年前、中国人側から池袋駅の半径500メートルを中華街と呼ぶ「池袋チャイナタウン構想」が提案された。しかし、マナー違反などをめぐり日本人住民との関係が良好ではなく、「時期尚早」と保留になった。今後もこの地域で中国人が増え続ければ、池袋が事実上の「チャイナタウン」と化していく可能性がある。

●中国人移民の実態(その5)〜川口チャイナ団地

 埼玉県川口市の芝園団地は、「チャイナ団地」と呼ばれる。「週刊新潮」平成22年3月18日号は、「住人33%が中国人になった埼玉県『チャイナ団地』現地報告」という記事で、その実態を伝えた。
 昭和53年(1978)に建てられた日本住宅公団(現・UR都市機構)の芝園団地は、15階建ての建物10棟が林立する高層集合賃貸団地である。JR京浜東北線・蕨駅から徒歩2〜3分の位置にあり、完成当時から人気を集めていた。
 川口市に在留中国人が増えるのは、90年代に入ってからである。90年に1,364人、93年には2,299人と急増した。その波が芝園団地にやってきた。95年には団地のある芝園町の外国人登録者数は114人だったが、99年に486人に増加した。そのほとんどは芝園団地に住む中国人だった。
 民間の賃貸住宅は外国人になかなか貸さないが、UR都市機構の場合は、家賃の4倍の月収があれば、保証人なし、更新料なし、礼金なしで入居できる。当初、入居した中国人のほとんどは大学か大学院を卒業しているエリートで、IT関係の技術者が多かったという。2000年代に入ると中国人は増加の一途をたどり、平成16年(2004)には1,000人代を突破した。中国雑貨を売る店が団地内にできて、増加にますます拍車がかかった。22年3月の記事の時点で、1,874人に至った。2,400世帯中800世帯が中国人世帯で、実に全体の33%を占める。
 UR都市機構は、76万戸を管理している。外国人籍を持つのはそのうちの約2・5%に当たる約1万9,000世帯だという。芝園団地の中国人33%という数字が、いかに高いかがわかる。
 記事によると、中国人住人に対し、強い違和感を持つ日本人住人はかなり多い。「ルールだけは守ってほしい。ここは日本なんだから」、そんな突き放した言い方をする住人もいるほどという。

・マナーを守れない。
・日本のマナーに同化しようという中国人は少ない。
・分別などお構いなしに、ゴミを捨てる。
・踊り場においてあるゴミ箱に生ゴミを捨てる。
・自分の部屋の玄関先から廊下にゴミを掃きだす。
・粗大ゴミを玄関ホールや各階のフリースペース、非常階段の踊り場などに置き去りにする。
・ベランダからゴミを投げ捨てる。
・辺り構わず痰や唾などをぺっぺっと吐く。
・エレベーターの中や踊り場でオシッコをする。
・団地の踊り場や階段で大便をする。
・団地の自治会にも入ろうとしない。年間3000円の自治会費を払っているのは、800世帯のうち1世帯だけ。

等々だという。

 芝園団地の日本人住人の多くは60代、70代の老人である。団地で生まれた子供は出ていって、団地には戻ってこない。独り暮らしの老人も多く、孤独死が去年だけでも10件以上あったという。日本人は減り続け、中国人は増殖する。
 「公団住宅は戦後、住宅不足を解消するため税金を使って建設したものです。中国人の受け皿にしていいものでしょうか。本来の目的からかけ離れているようで、大いに疑問です」との声はかなり強いと記事は伝えている。

(3)中国人移民問題は中国への対処

 

●中国人移民増加で、将来は超高齢化問題が

 急増する在日中国人の年齢別内訳は、平成20年(2008)には30台以下の若い世代が約3分の2だったが、21年(2009)には約8割を占めるにいたった。
 彼らは、日本で生活の糧が得られれば、やがて本国から家族を呼び寄せ、一緒に暮らそうとする。家族が加わって生活が安定すれば、滞在は長期化する。とりわけ子供が生まれ、日本語を覚えながら成長し、日本の学校で教育を受けるようになると、さらに定着化が進む。
 日本の景気や企業の業績が好調な時は、外国人移民労働者の存在は都合がいいかもしれないが、問題は状況が変化した時である。関岡氏は、『中国を拒否できない日本』で、次のように言う。「景気が悪くなった時、企業の経営者はただ移民を解雇すればそれで済むかもしれないが、職を失った移民を抱え込むのは日本の社会である」「収入を失った移民は、住む場所の確保や子供の教育機会の継続、そして生活の保護を求めるだろう。やがて就労年齢に達した移民の子弟たちは雇用の斡旋を、病や怪我に見舞われた者は医療費の補助を、そして年老いた者は年金や介護を求めるはずだ。もしそれらの欲求が満たされなければ社会的緊張が高まり、いずれは犯罪に走ったり暴動を起したりして、日本の治安は手のつけられない状況に陥るだろう」と。こういう可能性についてよく考える必要がある。
 日本人の間には、少子高齢化と人口減少への対応のため、外国人移民を増やし、生産年齢人口を増やすとともに、出生率を上げようと目論む考えがある。流入する外国人の多数を占める中国人によって、日本の出生率は上がるだろう。中国では厳しい一人っ子政策が行われているが、日本では規制がない。その上、外国人でありながら、子ども手当をもらえる。中国人は、この別天地で、子どもをたくさん産むだろう。「しかし、それが日本を発展させる若い力になるという保証はない。坂東忠信氏は、著書『日本が中国の自治区になる』で、「むしろ弱食強食、自己中心主義の中華思想が、低賃金とマイノリティの被害意識をバネにして日本人と対立し、生き残るための行動を激化させるでしょう」と言う。
 さらに大きな問題は、移民による超高齢化の進行である。30台以下の若い中国人移民も、30、40年の後には、毎年増え続ける外国人移民の老人の補償問題が拡大していくことになる。坂東氏は、先の著書に大意、次のように書いている。
 彼らは、いったん定住すれば、その両親を日本に呼ぶ。「一人の中国人には二人の親」がいる。夫婦なら4人の親を養わねばならない。中国では、文化大革命から一人っ子政策が続けられている。特に政策が徹底している沿岸都市部での少子高齢化は、日本の比ではない。「多数の中国人老人が家族滞在や短期滞在などのビザを得、または『なりすまし』などの入国方法を駆使して日本に入国してくるはずです。つまり、一人っ子政策を続けてきた中国人の移民枠が大きいほど、日本は急激な少子超高齢化に突入するのです」と。
 政界や財界の一部には、今後50年間に、移民を1000万人受け入れようという計画がある。坂東氏は、この計画が実施された場合、「移民1000万人のうち中国枠は700万人ほどと想定」する。「50年かけて移民を受け入れるとして、単純に50で割ると1年間に14万人の中国人労働者移民が合法的に日本へ来て定住する」。「一人が父母二人を短期滞在などの資格で日本に呼べば、これだけで1年間に来日する中国人は移民を含めて42万人」となる。「3人に2人は60歳以上、つまり中国で言えば確実に『老人』」であり、労働人口ではない。「このペースで増え続けるなら、23年後には漢民族だけで移民を含めて1000万人を突破」する。「移民の父母はおよそ60代で来日」するが、人権保護、人道主義の下で不法滞在の継続が黙認された場合、20年後には、80代となる。「最初の移民は50代から60代の初老」にさしかかる。さらに中国人正規移民は、子どもを産む。出産制限のない日本においては、出生率は日本人以上となる。低賃金収入で親を養い、子供が増えれば当然生活は困窮するが、「生活に困窮した中国人漢民族がどういう行動に走るかは、ご想像のとおり」と坂東氏は警告する。
 こうした問題を、坂東氏は「外国人移民家族不法滞在高齢者社会保障医療問題」という。えらく長い名称だが、「移民受け入れ開始5年くらいから社会問題化し、10年後には日本国としての対応を迫られることになる」と坂東氏は見ている。30年、40年先の問題ではなく、5年後、10年後に顕在化しうる問題であることを、認識しておこう。

●北京オリンピック聖火リレーでの集団行動

 日本国内に中国人移民が増加すると、治安維持や安全保障上、大きな問題を抱えることになる。
 平成20年(2008)8月に行われた北京オリンピックを控え、チベット動乱49周年の同年3月14日、チベット自治区ラサでチベット人僧侶らが中国の「抑圧」に抗議して大規模暴動が発生、多数の死傷者が出た。これに対し、欧州では五輪開会式ボイコットの動きが浮上し、世界各地で行われた聖火リレーには、継走する各国で激しい抗議行動が起こった。
 わが国では、4月26日聖火リレーが長野市に来た際、全国の中国人が同地に集結し、沿道が赤旗で埋め尽くされた。この時、現場を目撃した関岡英之氏は、この出来事を長野事件、赤旗氾濫事件という。私は北京オリンピック聖火リレー長野赤旗氾濫事件と呼んでいる。
 中国人の青年たちは巨大な中国国旗を振り、市中を我が物顔に行動し、威嚇的な一大政治デモンストレーションを行った。関岡氏は、この事件に関し、繰り返し、警鐘を鳴らしている。
 「在日中国人が有事の際、わが国の主権下において北京当局や中国大使館の号令の下、中国の国益を擁護し、わが国の国益を損なう集団行動を統一的に展開する可能性は排除できない。こうした懸念のある10万人規模の外国人に対し、地方レベルとはいえ参政権を付与するなど、常識では考えられない」(産経新聞、平成22年4月4日号)
 こうした中国人の抗議行動は、平成17年(2005)春、小泉首相の靖国神社参拝や日本の国連安保理常任理事国加入の動きに反発した反日デモを思い起こさせる。そのときは、一見、自然発生的なデモのようでいて、実際には共産党政府当局の指示・管理のもとでの集団行動だった。
 北京オリンピックに係る聖火リレー長野赤旗氾濫事件で私にとって最も印象的だったのは、中国人青年の組織立った動きである。イギリス、フランス、アメリカ等でもそうだったが、これは集団行動のプロ中のプロが、相当時間を書けて綿密に計画を立て、強力に指揮命令を行なった動きだろう。またあれだけの大きさの旗を多数準備するのは、相当の費用がかかる。交通費や食費、Tシャツ代等を含めて、莫大な予算を当てているはずである。TVのニュースで、在日中国人実業家がお金を出しているというようなコメントを流していたが、単に自発的な資金提供ではないだろう。
 中国共産党政府がオリンピックの成功とチベット問題の封じ込めを国家的な方針とし、在外の党組織及び中国人団体に指示し、資金を投入して、一大国際運動として展開したものだったと私は、思う。
 欧米等の国々では、中国人の聖火防衛隊はその国の主権を無視するがごとく、わがもの顔に行動した。沿道の中国人集団も、あたかも自国の国内でもあるかのように、傍若無人の振る舞いを繰り返した。これは、中国国民が、極めて自国中心的な世界観と尊大傲慢な国民意識を植えつけられているからだろう。また、中国国内では仏大手スーパー「カルフール」不買運動が広がり、反仏デモが行われた。これについて、インターネット利用者による掲示板や携帯電話によるメッセージで不買運動や街頭行動が広がったという報道があるが、中国では、ネットでの情報も徹底的に管理されている。「金盾」といわれる鉄壁の電子情報統制システムが駆動している。私は、反仏デモは、共産党政府が大衆を使って行なっている対外的な示威行動だったろうと思う。
 全体主義国家中国では、国民は、愛国主義の思想教育を受け、一方的な宣伝情報のみを吹き込まれている。また、自由主義国にように集会の自由、表現の自由は保障されていない。
 中国共産党の指導層は、世界を支配し、制圧しようという意思と戦略を持っている。彼らは、宇宙兵器を開発して宇宙空間に進出し、また世界各地で資源確保のための外交を展開している。彼らが頭脳となって、世界人口の5分の1近くを占める中国国民にその意思を吹き込み、世界各地に分散繁殖している在外中国人に命令すれば、相当の動きをするだろうことが、北京オリンピックの聖火リレーを通じて推測される。中国人の国際団体の反日行動は、中国共産党の指示のもとに国際的に展開されるだろう。

●中国人による国際的な反日運動

 アメリカでは、平成6年(1994)、中国系住民によって「世界抗日戦争史実維護連合会」(以下、抗日連合会)が創設された。抗日連合会は、会員25万人を持つ在米中国人最大の反日団体である。本部をカリフォルニア州クパナティノにおき、傘下に50以上の下部組織を持つ。同会は、中国国営の新華社通信とウェブサイトを共有している。サイトを共有するということは、中国共産党と一体となって海外活動を行なっているということである。言論統制・情報管理の厳しい中国で、共産党が指導する公的組織と共催で反日的な集会を多く開いているのだから、共産党が指導する組織と見ることが出来る。
 抗日連合会はその任務を日本の残虐行為を恒常的に糾弾し、謝罪や賠償を求め続けることとしている。平成9年(1997)には、アイリス・チャン著の『ザ・レイプ・オブ・南京』を、組織をあげて宣伝した。また、同17年(2005)年春に中国で起こった反日デモを煽ったと見られている。
 政界へのロビー活動も活発である。抗日連合会の支援を受けて下院議員になっているのが、マイク・ホンダ氏である。ホンダ議員は連邦議会で、平成13年(2001)から繰り返し、慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案を提出し続けた。そして、遂に19年(2007)6月26日、下院外交委員会は慰安婦問題に関する対日非難決議案を賛成多数で可決した。決議内容は抗日連合会の主張とほぼ同じだった。
 この年は、南京事件後70年に当たる年であり、南京事件を題材にした映画が7本、ハリウッドを中心に製作された。日本軍による「南京大虐殺」があったという虚構をもとに、日本を断罪する内容である。これら映画の宣伝をしたのも、中国共産党指導下の在米中国人団体だった。
 中国共産党は、アメリカ内部で在米中国人団体を使って反日的な動きを起こし、日本がそのアメリカの動きに反発するように仕向けて、日米を離反させる。ひいては日米同盟を解消させて、アジアでの覇権を確立する。そういう世界戦略のもとに、慰安婦問題、南京事件のほか、首相靖国参拝、歴史教科書等を利用している、と考えられる。

●尖閣諸島占領の動きを警戒せよ

 中国人の国際的な反日運動は、アメリカを中心にして世界的に行われている。わが国で多数の中国人移民が増えると、国際的な反日中国人団体が、もっと大規模に、もっと大胆に行動するようになると予想できる。中国共産党政府という司令塔からの指示で集団的に、日本で反日行動を行う中国人が増えることは、わが国の外交・安全保障を危うくする。なかでも尖閣諸島を巡る問題がその焦点となる。
 平成22年(2010)9月、ロサンゼルスで華僑の世界大会が行われた。大会を呼びかけた組織は「918収復釣魚大領土昇旗大会」と称している。ロサンゼルスに各地のシナ系学者や専門家、また企業トップらが集結し、新たな反日シナ人ネットワーク「全球保釣大連盟」を結成し、尖閣諸島の領有を決議した。
 伝えられるところによると、彼らは、次のような計画を策定したらしい。全世界の華僑の資金力をもって小型船を百隻単位でチャーターする。香港・マカオ・台湾などから発進させて、民間船として日本の領海に侵入する。海上保安庁の警戒線をスルーして尖閣諸島に上陸し、五星紅旗をたてて占領するという計画である。実行の期日は、平成23年(2011)6月17日だった。
 この計画は、同年3月11日、東日本大震災が起こった後、中止と発表された。大震災が甚大な被害をもたらし、世界各国が日本に注目し、支援を寄せている最中に、日本の領土・領海を略取する行動を起すと、世界各国から非難を受けると考えたのだろう。ただし、中止であって、時期を計っているものと理解したほうがよい。
 在外華僑の動きは、単なる民間人の動きではない。中国共産党政府とつながっている。彼らの計画・行動は、政府機関の指示を受けているか、承認を得ているものと考えられる。
 坂東忠信氏は、月刊『正論』6月号に「『来襲中止』声明に気を抜くな! ここまできた中国の尖閣・沖縄支配計画」という記事を書いた。そこから、氏の見解を引用する。
 「沖縄返還調印40周年となる今年(註 平成23年)6月17日までを目標に、尖閣諸島に大挙して押しかけて実効支配への道筋をつけようとする計画が中国人の間で進められてきました。計画しているのは、今年1月2日に結成された『世界華人保釣連盟』で、メンバーの出身国ごとにチャーターできる船の数を調査していました。台湾の『中華保釣協会』の秘書長で連盟の会長に就任した黄錫麟は、今年5〜6月に活動家2千人あまりで釣魚島を『周遊』する計画を明らかにしていました。『上陸』ではなく『周遊』としてはいますが、『上陸はしない』とも明言しませんでした。いずれにせよ、民間団体が大挙して日本の領海侵犯を実行する『犯行予告』を出していたのです。
 4月10日、黄会長は東日本大震災で日本に同情する国際社会からの非難を避けるため、尖閣海域客船周遊デモを中止すると発表しました。しかし、これは連盟としての方針であり、活動家個人での行動や、また違った側面からのアプローチ、水面下での根回しや下準備に対して、対策を練らなくてはいけないことはいうまでもありません」。
 坂東氏は、先の記事で中国は尖閣・沖縄奪取に向けた息の長い企みを着々と進めていることを書いている。油断できない。そして、尖閣占領行動が起こったとき、日本国内の在日中国人は、これに呼応し、10万人単位で行動を起すだろう。今後、さらに在日中国人が増加し続ければ、そうした行動は、とてつもない規模に拡大していくだろう。

関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない
・拙稿「慰安婦問題は、虚偽と誤解に満ちている
・拙稿「尖閣諸島、6月17日に備えよう

 

●中国人移民問題は中国への対応

 中国人移民への対応は、移民集団への対応であるだけでなく、中国という国家への対応、またシナ文明への対応でもある。
 平成21年(2009)8月、英紙デイリー・テレグラフは「欧州連合(EU)内のイスラーム人口が2050年までに現在の4倍にまで拡大する」「2050年ごろにはイスラーム人口がEU人口全体の5分の1に相当する20%まで増える」「特に、英国、スペイン、オランダの3カ国でイスラーム化が顕著で、近いうちにイスラーム人口が過半数を超える」等という調査報告を伝えている。
 このことは、わが国にとって他人事ではない。ヨーロッパにおけるイスラーム系移民の増大という問題は、日本における中国系移民の増加の問題と重なる。もし中国から多数の移民を受け入れ続けると、ヨーロッパ諸国と同じような問題状況に突入する。しかももっと深刻な事態に陥る。
 ヨーロッパでは、アルジェリア、トルコ、パキスタン等、地域も文化も言語も異なる国から、移民がそれぞれ流入している。イスラーム文明には、突出した中核国家が存在しない。最強国はイランだが、イランからヨーロッパへの移民は少ない。
 日本の場合、ヨーロッパとは条件が大きく異なる。わが国には、中国という巨大な国家から、その国民が多数移住してくる。このことは、ヨーロッパよりわが国の方が深刻な状況にある点の一つである。中国の人口は13億。世界最大の人口大国である。イスラーム文明の諸国とは、比べ物にならない。ヨーロッパへの移民が多いイスラーム教諸国のうち人口最多の国は、パキスタンで1.8億人。中国の7分の1程度である。中国のような巨大な人口を持つ国からの大量の移民を体験した国は、人類史上に存在しない。
 かつてそこに国家があったという意味では、中国からの大量移民を経験しているのは、チベットや新疆ウイグルである。その移民流入の過程は、中国という国家による侵攻と支配だった。

●共産主義の大国から来る

 ヨーロッパへの移民は、同じイスラーム教徒でも、様々な言語や文化を持った国からくる。これに対し、中国からの移民は、共産中国という一個の国家から来る。中国の国家思想を教育されている。
 中国は、共産主義の国である。共産党が事実上の一党独裁体制を敷き、画一的な教育がされ、言論統制・情報統制が行われている。中国人移民は、こうした共産中国の国民である。中国の国家思想を教育されている。また共産党政権による人民管理がされている。彼らは日本においても当然、共産党の指導のもとに、自国の利益になるように行動するだろう。自国の利益とは、中国の国益であり、中国共産党への利益である。
 オランダではムスリムの移民を多数受け入れ、人口の約10%になった時に、政府報告書に書かれたように、国内に別の国家が出現したような状態になった。現在は19%にも増えている。オランダは国籍を取得しない外国人に地方参政権を与えた。それが悲劇を生んだ。移民労働者を多く入れて経済的な発展が得られるより、社会の不安・混乱を生じた。日本が中国人を人口の10%も入れたら、オランダ以上のことになる。
 ヨーロッパにも、中国人移民が流入している。フランスやイタリアの例を、先に書いた。しかし、ヨーロッパ諸国は、中国と領土を接しているわけではない。日本は、世界最大の人口を持つ共産主義の大国と、領土・領海を接している。
 中国から移民が増えると、隣国との政治的な摩擦・対立になる。移民の背後には、中国共産党政府が存在する。共産党政府が指令を出すとき、中国人は集団行動を行う。その行動には、資金供与や情報提供が行われる。北京オリンピック聖火リレー長野赤旗氾濫事件は、その一例である。
 もしわが国が中国人移民に地方参政権を与えれば、その権利を中国の国益のために行使する。外国籍の外国人に参政権付与を絶対してはならない。参政権がほしければ帰化すればよい。これが原則である。ただし、中国人の場合、国籍を替えることをいとわず、日本国籍を取得する。形の上で帰化すれば、参政権だけでなく、被参政権も手に入る。日本の国籍を自国のために利用する。だから、中国人に簡単に日本国籍を与えてはならない。中国人の場合は、共産主義を否定し、中国共産党を批判し、日本を愛する日本国民となるのでなければ、日本への帰化を認めてはならない。

●文明の「衝突」か「接近」ではなく文明の「併呑」に

 キリスト教社会は、世界で最も近代化が進行している。識字率の向上、出生率の低下等の指標がそれを示す。それによって脱宗教化、価値相対化が進んでいる。これに対し、イスラーム社会は近代化=欧米化への反発から、再イスラーム化の傾向も見られる。だが、トッドは識字化の進展、出生率の低下等によるイスラーム教諸国の脱宗教化を予想する。そして、それによる「文明の接近」を予想する。これはハンチントンの「文明の衝突」に対する反論である。
 仮にトッドが予想するように、文明のランデブー(待ち合わせ)が起これば、イスラーム教徒がヨーロッパの人口の半分を占めても、ヨーロッパは存続するかも知れない。私は、ヨーロッパ文明は、一神教という共通点をもとにイスラーム文明と共存を図り、ユーロ=イスラーム文明となって生き延びるかもしれないと思う。ユダヤ教とキリスト教は、そのように共存してきた。
 しかし、日本は、中国人移民が増加し続けたら、日本のシナ化が起こる。しかも、単にシナの文化が列島に広がるのではなく、シナ人が日本各地に広がるのである。やがて、日本が日本ではなく、シナという国家の一部になってしまう恐れがある。日本が共産中国の自治区及び衛星国となり、日本文明はシナ文明のサブシステムとなって、シナ文明の中に飲み込まれてしまう恐れがある。このままいけば、文明の「衝突」、「接近」ではなく、シナ文明による日本文明の「併呑」になりかねない。

●シナ文明・イスラーム文明の連合の可能性も

 ヨーロッパにおけるイスラーム系移民はイスラーム教という宗教を持つ。日本における中国人移民は共産主義という政治思想を持つ。そこに、宗教と政治思想という違いがある。宗教は個人的な信条の問題に帰結し、改宗ないし棄教するかどうかに尽きる。だが共産主義は、階級闘争による革命思想である。宗教を否定し、革命を推進する。武力で権力を奪い、政権を維持するために統制・弾圧を行う。
 日本人は、チベットで起こったことを、よく検討すべきである。チベットでは、中国の人民解放軍が侵攻し、チベットの宗教が弾圧され、民族浄化すなわち民族根絶政策が行われている。中国人はチベット民族に対して、民族的な反感を持ってはいない。だが、日本民族に対しては、強い敵愾心、激しい憎悪を持っている。愛国主義反日思想を教育されているからである。わが国が安易な姿勢で居ると、想像を絶する大惨事が起こりえる。
 だから、日本はヨーロッパ諸国を移民受け入れの失敗例として学ぶだけでなく、中国という相手の違いをよく認識すべきである。
 今日、中国はイスラーム教諸国と外交を強めており、中東の石油を押さえる外交を行っている。イランやパキスタンとは関係が深く、サウディアラビアにも進出している。中東からの石油マラッカ海峡通らずに、中国南部に運び込もうとして、インド洋に軍港(ミャンマー等)を作り、パイプラインを敷いている。
 ヨーロッパにムスリムが、日本にシナ人が押し寄せる。圧倒的な人口力で拡散し、浸透する。そういう状態で、ハンチントンが警告したような、シナ文明とイスラーム文明が連合を組む可能性もある。場合によっては、今日西洋文明の一部になっているヨーロッパ文明はユーロ=イスラーム文明と化しており、これとシナ文明が連合するという展開もあり得る。
 そして、シナ=イスラーム文明連合がともに移民の人口力で日本とヨーロッパに浸透し、日本文明及びヨーロッパ文明が併呑されてしまう可能性もある。

 

●地域主権国家・東アジア共同体は日本のシナ化に
 
 東アジアにおいて中国からの移民問題に直面するわが国は、政府が政策を間違えると、とんでもないことになる。
 民主党はわが国を地域主権国家にするという政策を掲げているが、それによりわが国が中央集権国家から地域主権国家に変わり、また永住外国人に地方参政権が付与されると、永住外国人は、強大化した地方自治体で、参政権を行使することになる。民主党には、わが国が東アジア共同体に加入するという政策もある。この政策が行われると、地域に主権が分散し、さらに外国人に参政権が分譲された状態で、日本は東アジア共同体に加入することになる。これは、独立主権国家としての主権を内外から危うくするものとなる。
 そうした日本に中国から多数の移民が押し寄せて、中国国籍のまま、行政への影響力を強めるわけである。我が物顔で行動する中国人によって、日本のシナ化が進み、日本は中国に併合されていきかねない。中国で作られたという2050年の東アジアの将来図として、日本が二つに分かれた地図が流布している。そこに描かれているように、日本の西半分(愛知県・岐阜県・石川県より西)は中国の一部として「東海省」と呼ばれ、東半分は「日本自治区」として民族が分断支配されるかもしれない。
 移民の大量受入れ、外国人への地方参政権付与、地域主権国家への変造、東アジア共同体への加入が、一つの政策セットとして強行された場合、日本は崩壊の道に突き進むことになる。これらは非常に危険な政策構想である。
 30年〜50年という長期的な視野で、わが国の政策を考えると、民主党の諸政策は、日本を日本でなくする非常に危険な政策である。

●東アジアの地域統合はずっと将来、条件が熟してからよい
 
 人類社会は、これから大きく変化していく。EUのような国家連合・地域共同体の形成が、北米等でも進むかもしれない。しかし、東アジアは、まだまだ大きな課題をかかえている。東アジアの地域統合は、いつか将来、朝鮮半島に民主的な統一国家が生まれ、日本の統治時代を評価して日本に感謝するようになり、中国が民主化され、愛国主義・反日思想・中華思想をやめ、少数民族の自由を認めるようになって、東アジアでも民主的な国家連合を構想できるようになった段階で、改めて考えればよい事柄である。今は、経済協力を拡大・深化するので十分である。そして、経済協力を通じて、もっと文化の交流が進み、相互理解を深めていくこと。統合の構想は、ずっと先、諸条件が熟してからよい。
 わが国を始め、自由とデモクラクラシーの国々に住む中国人に対して、彼らが教育された価値観とは違う価値観を伝え、意識の変革を促さなければ、共産中国の暴走が世界人類を混乱と破滅に追いやりかねない。21世紀の地球においては、世界戦争の勃発も環境の徹底的な破壊も、中国の行動が主要因となりうる。中国国民の意識を変え、人類を国際協調と自然との調和に導くことが出来るのは、日本の精神文化の普及だろうと私は思う。

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第6章 移民受け入れ1000万人計画

 

(1)政財界に移民大量受け入れの動き

 

●自民党・民主党の移民受け入れ計画

 わが国の政財界には、計画的に外国人労働者、外国人移民の受入れを推進しようという動きがある。
 政界での急先鋒は自民党の中川秀直元幹事長である。中川氏は平成20年(2008)5月に「外国人材交流推進議員連盟」を立ち上げ、自ら会長に就任した。同議連がまとめた構想をもとに、自民党は国家戦略本部に「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」を設置した。同チームは同年6月、「人材開国!日本型移民国家への道」という報告書を福田康夫首相(当時)に提出した。
 この報告書は、今後50年間に、わが国の総人口の1割に匹敵する1000万人の移民を受け入れるという提言をしている。このような提言が、当時与党だった自民党内で為されているのである。「外国人材交流推進議員連盟」は、日本の国策を「移民立国」に転換するという方針を打ち出す。そして、日本を多民族国家にするために「移民法」を制定し、移民受け入れ推進の司令塔として移民庁を設置する。また、移民の社会統合を促進するために「民族差別禁止法」を制定し、日本人への「多民族共生教育」を義務化することなどを提案している。日本を移民立国の多民族国家にするために、国籍法や出入国管理法の改正等の細目を網羅し、移民法を制定する前から法整備を進めようとしている。
 今後50年間に1000万人の移民を受け入れるというが、これだけの規模の移民を日本に送り出せる国は、中国しか存在しない。それゆえ、「日本型移民国家」とは、事実上、日本に中国人を大量に受け入れ、日本をシナ化する計画である。近年、在日中国人が急激に増えているが、その増加は単に中国人の方から日本に押し寄せているのではなく、日本の国家中枢に中国人を計画的に大量に受け入れようとする構想があるのである。
 先の提言のうち、外国人登録制度を廃止して住民基本台帳に一本化する措置等は、平成21年(2009)麻生内閣において立法化された。3年以内に施行されることになっている。このまま施行すれば、外国人、その最多となる中国人の受け入れを加速することになるだろう。
 自民党の外国人移民1000万人計画は、新聞報道はされたものの、文書として国民に公表されていない。だから、詳細を確認できない。
 実は、自民党で外国人移民1000万人計画が策定される前、民主党の若手議員が似たような主旨の構想を雑誌に寄稿していた。掲載されたのは、月刊『VOICE』平成15年(2003)9月号で、題名は「1000万人移民受け入れ構想」。「ネオ・ジパング構想」と題する5つの提言の中の一つとして、「外国人移民1000万人受け入れ」を掲げた。人口減少・少子高齢化の日本の将来に向けての対策案とされた。提案者は、当時の民主党若手議員である浅尾慶一郎氏、大塚耕平氏、細野豪志氏、古川元久氏、松井孝治氏、松本剛明氏。平成23年(2011)7月現在で言うと、民主党は21年(2009)9月に自民党に代わって政権に就き、これらの議員には政府や政党の中枢で活躍している者が多い。浅尾氏はみんなの党に転じたが、平成23年10月22日現在、大塚氏は厚生労働副大臣、細野氏は原子力行政担当大臣、古川氏は経済財政政策等担当大臣であり、松井氏は元官房副長官、松本氏は元外務大臣である。彼らの多くは、今も基本的な考えは変わっていないだろう。「1000万人移民受け入れ構想」を抱いた政治家が、政府の中枢にあってわが国の政治を動かしているのである。

●財界にも大量移民を求める動き

 自民党・民主党の双方に外国人移民1000万人をめざす動きがある。この動きは財界における大量移民を求める動きに同調している。
 日本経団連は平成20年(2008)10月14日、「人口減少に対応した経済社会のあり方」という報告書を発表した。経団連は大企業の団体である。報告書は少子高齢化社会・労働力減少化社会の展望と対策についてまとめたもので、社会経済システムの維持に必要な人材の活用と確保について、外国人労働者を受け入れるしか道はなく、そのための準備を始めよう、というのが結論である。
 自民党の「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」の報告書が平成20年(2008)6月。日本経団連の報告書が同年10月。同年12月3日、中川秀直氏らの外国人材交流推進議員連盟は、会合において経団連の報告書の提言に関する外国人材の受入れや定着のあり方について、意見交換を行った。
 こうした財界の動きについて、関岡英之氏は著書『中国を拒否できない日本』(ちくま新書、2011年)で次のように述べている。
 「自民党とマスコミの画策の背後には、言うまでもなく財界の意向が存在している。その狙いは端的に言って人件費の節減ということに尽きる。日本より所得水準の低い国からの移民流入は、当然のことながら日本国民の賃金水準を引き下げ、日本国民の雇用の機会を脅かす、移民推進派は企業の目先の利益のみにとらわれ、社会全体に及ぼす影響への省察、長期的な視野、そしてなによりも確固たる国家観が根本的に欠落している」と。

 

(2)坂中英徳氏の移民国家論批判

 

●坂中英徳氏の移民国家建設論

 わが国の政財界には、計画的に外国人労働者、外国人移民の受入れを推進しようという動きがあると書いたが、その構想を立案し、具体的に推進しようとしているのは、国家官僚である。
 移民推進派の中心となってきた官僚が、坂中英徳氏である。坂中氏は「1000万人移民計画」を提唱する自民党の中川秀直元幹事長のブレインと見られる。
 坂中氏は、自身のブログにて、平成21年(2009)1月15日に「日本型移民国家への道」と題して、次のように書いている。
http://blog.livedoor.jp/jipi/archives/51223756.html
 「2008年2月、幸運にも、移民立国で日本の活性化を図る決意を固めた中川秀直衆議院議員(自民党外国人材交流推進議員連盟会長)とめぐりあい、私が唱えてきた『移民国家構想』は政治課題にのぼることになった。最終的には、自民党国家戦略本部『日本型移民国家への道プロジェクトチーム』が私の提案を取り入れて、2008年6月、『人材開国!日本型移民国家への道』という報告書を福田康夫首相(当時)に提出した。
 つづいて、日本経済団体連合会が同年10月、『人口減少に対応した経済社会のあり方』という題名の提言書を発表した。その中で『高度人材に加え一定の資格や技能を有する人材を中心とする幅広い層の受入れ、さらにはその定住化を図っていくという観点から、内閣府に担当大臣を置き、関係省庁が一体となって施策に取り組む体制を整えるとともに、関連分野にまたがる法制面の整備などを含めた、総合的な「日本型移民政策」を本格的に検討していくことが求められる』と提言した。
 これは日本経団連が初めて『移民』の受け入れの立場を打ち出したもので、歴史的な第一歩と位置づけられる。
 日本経団連の提言の目指す方向は、私の移民政策論と一致する。『日本型移民政策』確立の一翼を日本経団連に担ってもらえるとの確信を得た。
 経済界を代表する団体が日本型移民政策を支持する提言を出したことを受けて、人口減少社会の外国人政策は定住支援型の『移民』の受け入れである、ということで各界の意見がまとまることを期待する。国家の構成員(国民)が減っていく国のとるべき外国人政策は、新しい国民の誕生が期待できる『移民政策』しか考えられないからだ」と。
 坂中英徳氏は35年間、法務省入国管理局で出入国管理行政に携わった。その間、昭和50年(1975)に書いた論文「今後の出入国管理行政のあり方について」は、「外国人政策を考える上での不可欠の文献とされている」という。平成17年(2005)に退職すると、同年外国人政策研究所を設立し、19年(2007)から積極的に移民政策について発言している。その坂中氏が提唱しているのが、50年間で1000万人の移民を受け入れ、日本を多民族国家とするという構想である。
 坂中氏の名を広く知らしめたのが、『移民国家ニッポン』(日本加徐出版、2007年)である。本書は坂中氏と浅川晃広氏の共著である。浅川氏は坂中氏の外国人政策研究所の事務局長、名古屋大学大学院の講師で、移民政策論、オーストラリア政治社会論が専門という。
 坂中氏は、本書で、「外国人の入国在留問題と取り組んできた経験を踏まえ、人口減が続く時代の日本の移民受け入れ政策の方向を示したいと思う」と言う。
 氏によると、「人口減が深刻化する一方の日本は、もはや手をこまねいているわけにはいかない。今こそ、日本の大改革に向けて、活発な国民的議論を始めなければならない」。そのような危機感を持つ著者らは、本書において、「日本が人口減少社会を乗り切るための有力な施策」として、「今後50年間で1000万人の移民を受け入れる外国人政策」を提案し、「さらに、人口減の日本が外国人を受け入れる基本的な枠組みについても検討し、『人材育成型』の移民政策をとるべきだと提案」する。
 そして、坂中氏の政策提言の第一は、移民1000万人の受け入れである。坂中氏は、「50年間で1000万人の移民を円滑に受け入れるためには、内閣府に移民庁を設置し、専任の国務大臣を置く必要がある。この中央官庁は入国管理のほか、移民受け入れ政策の企画立案、民族的少数者の社会統合の推進、多民族共生教育の実施、民族差別の監視などを担当する」としている。
 提案の第二は、人材育成型の移民政策である。坂中氏は、人材育成型の移民政策とは「技能実習制度の目的を従来の国際技術移転型から、国内人材確保型へ転換し、人口減社会にふさわしい外国人受け入れ制度に改めるものだ。すなわち、人材育成と定住促進を車の両輪として、人口減が続く時代に適応する制度によみがえらせる構想である」と述べている。
 これらの提案は、自民党PTの移民1000万人受け入れ計画と要素がいくつか共通しており、自民党PTの計画のもとになっていることが推測される。
 坂中氏は、「もし仮に、日本が秩序ある外国人受入れ制度の構築に失敗した場合には、日本の入国管理を最大限の厳戒体制で固めても、海外からの人口流入圧力によって『国境の堤防』が崩壊する危機に瀕する事態も想定される」と説いて、日本を移民国家にする提案を受け入れさせようとする。この人口流入の最大の圧力は、中国人移民である。坂中氏はそのことを意識して秩序ある受け入れを提案する。その主旨はわかるが、私は、移民1000万人の移民国家をめざすという目標が問題だと思う。もしわが国が坂中氏の政策を採用したら、日本は大失敗する。移民国家への移行は、日本崩壊への道である。

●移民国家建設論は日本を多民族国家にする動き

 坂中氏の提案をより詳しく見てみよう。坂中氏は、『移民国家ニッポン』で、「人口減少社会に入った日本は、多民族共生社会を作ることが国民的な課題となる。現在、定住外国人の数は在日コリアンを含めて120万人ほどで、日本人口の1%にすぎないが、人口減少期の日本は相当程度の定住外国人を受け入れて多民族社会へ向うだろうと予想される」と述べる。
 では、坂中氏は、日本がどのような社会になると想像しているか。「私が描く多民族社会というのは、日本列島に日本人を中心に多様な国の出身者が居住する社会だ。オールドカマーの在日コリアンはもとより、ニューカマーの外国人の大半も日本国民になり、各民族が固有の文化を維持しながら生活している多様性に富んだ社会というイメージを持っている。日本人のほか、コリア系日本人、チャイナ系日本人、ブラジル系日本人、フォリピン系日本人などが活躍する『多民族国家ニッポン』である」と坂中氏は言う。
 ここでのポイントは、「オールドカマーの在日コリアンはもとより、ニューカマーの外国人の大半も日本国民になり」と書いているように、わが国政府が在日外国人や今後入国する外国人に、できるだけ早く日本国籍を付与し、また日本国籍を得た「各民族が固有の文化を維持しながら生活している」という多文化主義の政策を行うことが方針として、含まれていることである。そういう社会になっていくことが自然の趨勢であるかのように書かれている。だが、政府がこうした方針を採らない限り、日本は多民族国家にはならない。
 そして、坂中氏の一見、国際的で進歩的に見える提案の核心には、在日コリアンがいる。坂中氏は「多民族共生社会創造のカギを握るのが在日コリアンだ」と明言する。
 「多民族の国民統合を進めるためには、社会から疎外された経験を持ち、弱者の気持を汲むことができる、いわゆるマイノリティ出身の政治家に活躍してもらわなければならない。私は、その役割を在日コリアンに託したい。コリア系日本人の政治家の輩出を期待する。日本民族による、日本民族のための政治では『多民族共生国家ニッポン』は創造できないからだ」と坂中氏は述べている。
 つまり、日本を多民族国家にする構想は、在日コリアンを始めとする非日本民族のための構想である。既にわが国では、コリア系の帰化人が政界に進出し、少なからぬ影響力を振るっていると思われる。日本名を取得・使用していれば、外見上は帰化人とわからない。だが、日本の国益より韓国・北朝鮮の国益、日本民族の利益よりコリアンの利益を重んじる言動は、日本国民の立場を利用して、外国・異民族に奉仕するものである。日本の国会議員にあるまじき言動をしている政治家については、この点を注意する必要がある。
 坂中氏には、こういう見方がまったくない。それどころか、次のように書いている。
 「2050年の日本の政治について、私はこんな夢を描いている。国政選挙に外国出身の日本人が多く立候補している。マイノリティ出身の衆議院議員・参議院議員は50人を数える。現内閣の首相は日本人、閣僚のうち3人は外国出身者。中国、韓国及び米国出身の大臣がいる」
 わが国の国会議員の定数は、721人。そのうちの50人以上とは、6・9%以上。閣僚は現在の内閣法で最大人員が、17人。そのうちの3人とは、17.6%。わが国の政治は、全く違ったものとなってしまうだろう。日本をこういう国家に変えることが、坂中氏の日本多民族国家構想であり、坂中氏はその実現のために在日コリアンに期待しているわけである。
 実際に坂中氏が思い描くような国会・内閣になったならば、首相は日本人であっても、外国出身の帰化人グループがロビー活動を行って彼らの意思を実現しようとし、逆に首相や与党は、権力を握るために彼らの票数を利用しようとするだろう。
 これを中国・韓国・北朝鮮等の側から見れば、日本に自国民が多数移住し、日本国籍を取り、日本の国政に参加し、自国の国益のために日本の政治を動かすという目標となるだろう。その観点を加えて言えば、坂中氏の構想は、中国・韓国・北朝鮮等の思惑のままに、それらの外国人を日本に引き入れ、日本を彼らと共有するものとなる。

 

●多民族国家は欧州イスラーム化の二の舞に

 日本は、平成16年(2004)の1億2800万人をピークに、17年(2005)から人口減少時代に入った。18年末(2006)に発表された政府の将来人口推計は、出生率が今の低水準で推移すれば、50年後は9000万人を切り、100年後は現在の3分の1にまで減少すると推定している。
 坂中氏は、この人口減少に対応するため、外国人を多数受け入れるとともに、在日コリアン出身の政治家の「活躍」で、日本を多民族国家にしようと目論む。
 坂中氏は、「人口減少期の日本が努力して世界のモデル国として生まれ変わる未来像」を提示する。平成19年(2007)時点の記述である。
 「2010年の日本。時の内閣が、移民の受け入れで人口減少社会を乗り切るため、『日本型多民族共生社会』の樹立を国の基本方針とする旨を閣議決定する。そして、世界から多士済々が移住したいと憧れる『移民国家ニッポン』を目指し、民族や文化の異なる人たちを正当に評価する社会作りを国民に呼びかける。同時に、移民受け入れ政策の立案、多民族共生教育、多民族の国民統合などを担当する移民庁を設置する。家庭、学校、職場、地域社会においては、外国人との共生運動を展開し、外国人と交わり、切磋琢磨することで、新たな可能性と喜びを見出す日本人が増える社会環境を整える。
 その上で、政府は人材育成型移民政策大綱を定め、50年間で1000万人の移民を計画的に受け入れる国家的事業を開始する。
 やがて多民族共生が人口減少社会の時代精神となり、これまで日本人が体験したことのない新しい世界を実現しようという声がほうぼうから上がる。厳しい試練の時を迎えて、外国人との共生に向って日本国民は立ち上がる」
 本年は平成23年(2011)だが、幸い坂中氏が想定した22年(2010)に、わが国政府は上記のような決定をしなかった。
 坂中氏の未来像を続けよう。
 「時は流れて2050年。総人口1億人のうち外国出身者は1000万人。同じように外国人を多数受け入れた欧米諸国で民族問題が深刻な状態にあるのと比較して、日本ではそういう状況にはなっていない。日本には寛容の心で外国人をもてなす良き伝統があって、日本人と外国出身者の関係は総じて良好である。もともと人間は異なる民族への憧れや好奇心を潜在的に持っている。日本社会全体が多様性を重視する方向に舵を切ったことで、異なる文化を持つ人に対して好意的なまなざしを向ける人たちが、次々と現れている。若い世代からは人種や文化の相違に魅力を感じる人が続出し、異民族結婚ブームが起きている。多様な民族の受け入れを歓迎する国民が一丸となって、世界に冠たる多民族共生社会の創造のため奮闘している」。
 まず言っておかねばならないのは、計算が合わないことである。坂中氏は、50年間で移民を1000万人受け入れ、2050年に人口1億人のうち1000万人にするという計画を提示している。これでは数字が合わない。2010年スタートとすれば、その50年後は、2060年。2050年の時点では、まだ開始後40年である。40年間で1000万人を受入れとするのか、2060年に1億人とするのか、どちらかにしてもらいたい。
 人口1億人のうち、移民が1000万人ということは、日本人が9000万人。人口の10%を移民が占めるという状態である。ヨーロッパの場合、人口の8%前後を超えると、政府が移民の増大を制御することはできず、どんどん増え続けている。オランダでは、人口の約10%を超えたとき、ムスリム系移民と元の国民の間の対立が激化し、国内に別の国家が出現したような状態になった。その後も政府は移民問題を制御できないまま、移民の人口は19%になっている。
 平成21年(2009)8月、英紙デイリー・テレグラフの記事を引用したが、同紙は「2050年ごろにはイスラーム人口がEU人口全体の5分の1に相当する20%まで増える」「特に、英国、スペイン、オランダの3カ国でイスラーム化が顕著で、近いうちにイスラーム人口が過半数を超える」と予想している。オランダはこうした予想のされる国の一つであり、すでにムスリムが20%近いのだから、ヨーロッパで最も早く人口の過半数がイスラーム系移民という国家となるだろう。オランダではイスラーム系移民規制を唱える自由党が勢力を拡大しつつあるが、今から規制をして流れを変えるのは、至難だろう。わが国も移民を10%まで入れたら、欧州諸国の二の舞になるに違いない。
 坂中氏はこういう欧州諸国の深刻な実態と将来予想を見ようとしない。そして、「欧米諸国で民族問題が深刻な状態にあるのと比較して、日本ではそういう状況にはなっていない」という未来像を描いている。実に甘い。「日本には寛容の心で外国人をもてなす良き伝統」があるのは事実だが、流入する外国人の量と速度が重要である。古代における渡来人は、数がごく少なかった。日本人は小数の外国人移民に対して、「和の精神」を発揮しながら、ゆっくり同化していけばよかった。しかし、今日のように、多数の移民が続々と押し寄せる時代においては、移民の数を制限し、速度をコントロールし、かつ選別を行うという、しっかりした対策が必要である。また、欧州に流入するのはムスリム系移民が主だが、わが国に流入するのは、主に中国人である。この中国人移民の問題の危険性については、先に詳しく書いた。坂中氏は、視野が狭く、その危険性をよく理解していない。
 この点、坂東忠信氏は、著書『日本が中国の自治区になる』で、次のように警告している。
 「自民提言では外国人移民の定住化のために、永住許可要件の大幅な緩和を目指すとしていますが、自国の素晴らしさを子供たちに教えず、国を大切にする考えのない今の日本に、10人に1人の外国人が流入してきたら、しかもそれが反日教育で洗脳された漢民族や韓国朝鮮人が主体となるなら、私たちの住むこの地は日本列島であっても日本ではなくなります」と。
 坂中氏は、単に出入国を管理しているだけの役人だったが、坂東氏は入国した外国人の犯罪を取り締まってきた刑事だった。その体験の差が両者の認識の違いに大きく関係していると思われる。

●国際的・進歩的で伝統にもかなっているようだが

 坂中氏は、わが国が中国人移民を大量に受け入れた場合の危険性をよく理解していない。無防備に近い意識状態で、日本人や日本の政治家に、移民1000万人計画を吹聴する。それが一見、国際的で進歩的と見えるだけでなく、日本の伝統にかなったことを説いているように見えるので、非常に大きな悪影響をもたらしている。
 坂中氏は、「民族名や民族文化を尊重して、日本の国籍取得を促すのは同化ではなく共生だ」という。だが、日本人主体で外国人を精神的に日本人とする「同化」と、国籍だけは日本だが、文化・思想は外国のままという外国人にも国籍を与える「共生」とは、全く違う。
 坂中氏の「同化ではなく共生」とは、多文化主義の考え方である。多文化主義はアメリカ発でヨーロッパや日本に輸出された。ヨーロッパは、多文化主義を移民政策の理想としたが、多文化主義を採ったオランダは国内が混乱に陥り、ドイツではメルケル首相が「多文化主義は失敗だった」と表明している。
エマニュエル・トッドは、アメリカ発の多文化主義を批判し、米英独のように移民を隔離または排除するのではなく、受け入れ社会に同化させることを主張している。トッドはフランスにおいて、独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。私は、わが国は、多文化主義を採ってはならず、トッドの「率直で開かれた同化主義」に学ぶべきだと思う。
 坂中氏は、「同化ではなく共生」という多文化主義を、読む者に受け入れさせる巧みな表現力を持っている。
 例えば、次のように。「日本が多様な民族から構成される多民族国家になっても、国の基本的な枠組みは、日本語に代表される日本文化と、日本の社会・経済・法律制度が中心であることに変わりはない。日本国の秩序のもとで、外国出身者が『日本が好きだ。早く日本人になりたい』という気持になってもらえる社会環境を整えること、それが社会統合政策の目的である」
 「日本が未曾有の数の外国出身者を受け入れるのであれば、日本民族と他の民族がお互いの立場を尊重し合って生きる社会、すなわち多民族共生社会を作るという日本人の覚悟が必要である。そのとき日本人に求められるのは、自らの民族的アイデンティティを確認し、かつ異なる民族すべてを対等の存在と認めて待遇する心構えを持つことである。日本民族の根本精神を堅持するとともに、少数民族の固有文化を尊重しなければならない」
 「日本人は、一般に言われるような排他的な国ではない。むしろ海外の文化を積極的に取り入れてきた歴史を持つ、多様性に富んだ社会である。日本人には、多様な価値観や存在を受け入れる『寛容』の遺伝子が脈々と受け継がれ、日本社会には『共生』や『人の和』を創り出す豊かな精神風土が育まれてきた」「古来、日本は『和をもって貴しとなす』(十七条憲法)を基本とする国柄であったのだ」等と。
 こうした坂中氏の文言は、日本人を多文化主義へと誘う。だが、この言説に乗ったら、日本人は日本の非日本化に歩み出し、実質的なシナ化に向うことになる。

●坂中氏の「和の精神」は似て非なるもの

 坂中氏は「国の基本的な枠組みは、日本語に代表される日本文化と、日本の社会・経済・法律制度が中心であることに変わりはない」と言うが、それを確固としたものにするには、現行憲法を改正し、憲法に日本の歴史・伝統・文化・国柄を明記し、日本とはどういう国であるか、日本国民とはどういう国の一員であるかを提示する必要がある。そして、「異なる民族すべてを対等の存在と認めて待遇する心構え」を持ち、「少数民族の固有文化を尊重」する前に、日本人は「自らの民族的アイデンティティを確認」し、「日本民族の根本精神を堅持」しなければならない。それには、多文化共生教育ではなく、国民教育・民族教育をしっかり実行しなければならない。憲法の改正に伴って、教育基本法を再改正し、愛国心・道徳心・公共心を涵養する教育を推進しなければならない。
 坂中氏の移民政策論には、こうした日本を守るための根本的な政策が、まったくない。「和」とか「アイデンティティ」などと言うが、そこには本当の日本の精神はない。
 例えば、坂中氏は「古来、日本は『和をもって貴しとなす』(十七条憲法)を基本とする国柄であったのだ」と言う。そこから「和」→「共生」→多民族国家は、日本の伝統が自ずと示す進路のように思わされる人がいるだろう。だが、この誰もが知っている「和をもって貴しとなす」という聖徳太子の文言は、天皇を中心とした和を説くものである。天皇を敬い、そのもとで国民が調和するのが、わが国の国柄であり、その国柄を守るのでなければ、日本の本質は失われていく。坂中氏が移民に日本国籍を与え、日本国民とする際、この日本の他国に比類ない伝統・国柄に、一切触れない。私は、坂中氏の「和の精神」は、似て非なるものだと思う。

●坂中氏の無節操な変容

 坂中氏は、長年、法務省入国管理局で出入国管理行政に携わった。昭和50年(1975)に書いた論文「今後の出入国管理行政のあり方について」は、坂中論文という通称で呼ばれ、「外国人政策を考える上での不可欠の文献とされている」という。その後も、坂中氏は、出入国管理行政の実務者として発言を続けた。そして、平成16年(2004)に坂中氏が「私の外国人政策論の集大成であり、政策提言を行うときの指針となる文章」であるという論文を発表した。月刊『中央公論』平成16年2月号に掲載された「外国人受け入れ政策は百年の計である〜目指すべきは『小さな日本』か『大きな日本』か」と題した論文である。
 坂中氏は『移民国家ニッポン』(平成19年、2007)で、「本論文は、私たちが本書で展開した『移民国家ニッポン』の政策構想の源流でもある。それがいわば『理論篇』で、この本はその『応用編』と位置づけることができるだろう」と述べる。
 この論文で、坂中氏は、次のように書く。「人口減少社会への対応のあり方として、理論上は、次のような両極端のシナリオが考えられる。人口の自然減に全面的に従って縮小してゆく『小さな日本』への道と、人口の自然減を外国人の人口で補って現在の経済大国の地位を守る『大きな日本』への道である。言い換えれば、前者は日本民族が圧倒的な多数を占める現行の国家体制(ほぼ単一民族国家)を維持するものであり、後者は日本民族以外の民族の占める比重が加速度的に大きくなってゆく新しい国家体制(多民族国家)へ移行するものである。どちらの道を選択しても、人口減少社会に生きる日本国民は厳しい試練を乗り越えなければならない」と。
 この時点(平成16年、2004)では坂中は「小さな日本」をよしとしていた。そしてその「小さな日本」とは、「日本民族が圧倒的な多数を占める現行の国家体制(ほぼ単一民族国家)を維持するもの」を意味した。
坂中氏は述べる。「『大きな日本』は、外国人の大量導入で人口の自然減に対処し、経済成長の続く『活力ある日本』を目的とするものである」「『大きな日本』を目指す場合には、50年間で3000万人近い数の外国人を移民として受け入れる必要がある。これはかつて経験したことのない規模の他民族の受け入れである。日本国は、日本列島に古くから住んでいる日本民族と、世界各地から新たにやってきた民族で構成される『多民族国家』となる」と。
 しかし、坂中は「日本の歴史と現実を踏まえ人口減少社会の将来を展望すると、年間60万人もの外国人を移民として受け入れる能力は日本社会にはないし、それだけの度量の大きさを日本人に期待できないと推測される」とし、それゆえに「人口の大幅減が続く日本は、基本的な方向としては、構成員が激減してゆく『縮小社会』へ向かわざるを得ないと考えられる」と言う。
 ただし、日本は、50年後に人口が3千万人ほど減って1億人前後の人口になっても、今のフランス(6000万人)やドイツ(8300万人)より多い人口大国であることに変わりはない、と坂中氏は言う。そして、人口減少を肯定的にとらえて、「50年ないし100年後の日本国民に美しい自然環境と安定した社会を遺すことを重視する立場からすると、少なくとも2000年代の前半期は人口が減少してゆく社会こそ望ましいのであって、『小さいながらも美しい日本』を目標にする国民的合意を期待するものである。国民が生活にゆとりと安寧をもたらす人口減少社会に大きな意義を見出し、小さくなった人口規模に相当する経済・社会体制の日本に作り変えてゆく。あわせて、外国人人口の流入を許さない厳格な入国管理政策を堅持する。これらについて国民の総意が形成されることになれば、それは日本列島の中にいわば『壮大な理想郷』を実現しようというものであって、地球環境を大切にする世界の潮流にも合うものだと言うことができる」と書いていた。
 また「大規模な他民族の渡来に遭遇し、民族の異なる人たちと渡り合った経験の少ない日本人と日本国が、十分な心構えもなしに大量の外国人を入れるのは危険だ」「仮に、外国人の大きな力を借りて人口減少社会を乗り切るという方針をとる場合には、社会の多数者の日本人と少数者の外国人の融和の度合い、多民族の国民統合の進み具合などを勘案して、日本社会の健全な発展との調和をとりながら漸進的に外国人を入れてゆくべきである」とも書いていた。
「十分な心構えもなしに大量の外国人を入れるのは危険」「社会の多数者の日本人と少数者の外国人の融和の度合い、多民族の国民統合の進み具合などを勘案して、日本社会の健全な発展との調和をとりながら漸進的に外国人を入れてゆくべき」というのである。
 私が坂中氏について書いたことを、ここまで読んできた方は、驚かれるだろう。同じ人物が、平成16年(2004)には、このように自分で書いていたのである。
 坂中氏は、平成16年(2004)に書いた「外国人受け入れ政策は百年の計である〜目指すべきは『小さな日本』か『大きな日本』か」では、「小さな日本」「ほぼ単一民族国家」をめざすべしと書いていた。ところが、3年後の平成19年(2007)に出した『移民国家ニッポン』では、まったく主張を変えている。「小さな日本」ではなく「大きな日本」、「ほぼ単一民族国家」ではなく「多民族国家」をめざすことを主張するようになったのである。
 『移民国家ニッポン』で坂中氏は、50年後の日本の人口は1億人、うち日本人が9000万人、外国出身者が1000万人と想定する。平成16年の論文では、「大きな日本」をめざす場合、「50年間で3000万人近い数の外国人を移民として受け入れる」としていた。その際の移民受け入れの量的目標より、受け入れる外国人の数が、1000万人と少なくなった。だが、日本が目指すべきとする国家の姿が、「多民族国家」に変わっている。ここが重要である。国の小さい、大きいよりも、「ほぼ単一民族国家」か「多民族国家」かの違いがポイントである。
 坂中氏は、明らかに主張を変えたのである。それなのに、坂中氏は自分の主張の変更について説明しない。ずっと一貫して、多民族国家論を説いてきたかのように装っている。これはおかしい。平成16年の論文は「小さな日本」を説いていた。坂中氏はその論文を「理論篇」とし、19年の『移民国家ニッポン』を「応用篇」と呼ぶ。「応用篇」なら、「小さな日本」をめざすための具体的政策を発表すべきところである。実際は、目標が反対方向に変わったのだから、「応用篇」ではなく「変更篇」または「変節篇」というべきではないか。

●小泉構造改革の結果、移民拡大政策が要求されるように

 一体、坂中氏はどうしてこれほどまでに大きく意見を変えたのか。坂中氏は、平成17年(2005)に法務省を退職し、同年外国人政策研究所を設立して、19年(2007)から活発に発言するようになっている。17年(2005)から19年(2007)の間に何があったのか。私は、小泉構造改革の影響だろうと推測する。
 小泉内閣は、平成13年(2001)4月から18年(2006)9月まで続き、構造改革を行った。小泉構造改革は、わが国に本格的にアメリカ発の新自由主義・市場原理主義を導入するものだった。その結果、名目GDPは落ち込み、税収は激減し、財政赤字は増大した。さらに格差の拡大、地方の疲弊、自殺者の増大、家庭の崩壊、教育の荒廃、共同性の喪失等を産み出した。
そのため、わが国の指導層の一部に、安価な移民労働力を求めて、外国人労働者をもっと大規模に入れるべきだという考えが強まったのである。そして、移民を増大する方向への転換は、平成20年(2008)に起こったと見られる。官僚は、しばしば政府や財界の意向が変わると、それに付き従って、政策も思想も変える。坂中氏もこれに似た変節をしたのではないか。
 先の平成20年(2008)、坂中氏は、「幸運にも、移民立国で日本の活性化を図る決意を固めた中川秀直衆議院議員(自民党外国人材交流推進議員連盟会長)とめぐりあい、私が唱えてきた『移民国家構想』は政治課題にのぼることになった。」と書いている。中川氏こそ、現在の自民党で、小泉構造改革を継承し、新自由主義的・市場原理主義的な政策を説く「上げ潮派」の代表格である。坂中氏の移民1000万人計画は、新自由主義的・市場原理主義的な施策をよしとする政治家・財界人の求めに応えるものと言えるだろう。そして、大企業経営者を主とする財界人には、中国に進出し、中国人を安価な労働力として利用し、企業利益を上げようとする者が多い。一方でアメリカの意向に従い、一方で中国との経済活動を拡大する。そういう政治家・財界人こそ、移民1000万人計画を推進しようとしている。坂中氏は、過去の自説を巧みに変容させて、その求めに応えているのだろう。

●「日本型移民国家への道」の危険性

 坂中氏は平成23年(2010)5月に、『日本型移民国家への道』(東信堂)という冊子を出版した。これを氏は「私の移民政策論の完成品と言えるもの」だという。確かにそれまでの提言に比べ、より戦略的に練り上げられ、より具体的な多くの施策を提案している。
 東日本大震災後に発行したこの冊子で、坂中氏は次のように書く。
 「歴史が始まって以来の人口危機と、それに追い打ちをかけるような千年に1度の大災害に見舞われた日本は、時代を画する移民政策と農林漁業革命の同時達成に活路を求めるしかないと考える」と。
 この冊子はそれまでの氏の提言以上に過激な主張に満ちている。「政治が日本復活に向けて取り組むべき最優先課題は移民国家の確立である」「これは移民国家宣言である」「移民国家の創建こそ究極の日本改革」「移民1世の国籍取得に際し二重国籍を容認する」「日本人は百年かけて純種系民族から雑種系民族へ進化を遂げなければならない」等と述べ、2050年には日本は「米国に次ぐ世界第2位の移民大国」となり、「日本の政界にも移民から救世主になる逸材が出ている」等と書いている。
 さて、坂中氏は、この冊子で、私が氏は変節したのではないかと疑っている点について、自ら弁明している。概略次のようなものである。
 「私の基本的な立場は小さな日本に軸足を置いたものである。移民政策も今の英、仏、独水準並みの移民人口(総人口の1割)に抑えるものだ。人口動態の急激な変化に対応できない国の根幹部門(たとえば農林水産業、町工場、社会保障制度など)を存続させるのに必要最小限の移民にとどめる」
坂中氏はここで自分は「小さな日本」に「軸足」を置いていると言う。しかし、平成16年(2004)の時点で坂中氏が言う「小さな日本」とは、「ほぼ単一民族国家」としての日本だった。それが、23年(2011)の冊子では、その「小さな日本」は「日本型移民国家」であり、「多民族国家」に変わっている。「多民族国家」は、以前は「大きな日本」の姿だったのに、今度は目指す国家の民族構成が正反対に変わっている。にもかかわらず坂中氏は、その多民族国家を「小さな日本」だと強弁する。私に言わせれば、国の大小、人口の多少よりも、「ほぼ単一民族国家」か「多民族国家」かの違いこそが重要である。
 日本は移民国家ではない。日本は長い歴史の中で自ずと生まれた国家である。これを、自生国家と呼ぶとすれば、日本が自生国家であることをやめ、移民国家に変わろうとすることは、歴史始まって以来の大変化である。坂中氏は、この変化を「革命」と呼び、そのための移民政策を「革命的」と呼ぶ。「移民国家の創建こそ究極の日本改革」だとし、「純種系民族から雑種系民族へ」と、この変化を表現する。坂中氏は、「ほぼ単一民族国家」である本来の日本から、「多民族国家」である別の日本へと、日本を変造しようとしているのである。氏は「純種系民族から雑種系民族へ進化を遂げなければならない」というが、どうして「雑種」になることが「進化」なのか、理解に苦しむ表現である。
 坂中氏は、人口1億人のうち移民が1000万人というのは、現在のイギリス、フランス、ドイツ並みの「普通の移民国家」になるだけだという。それを「人類未到の大事業」とも言うから、どうして「普通」が「人類未到」なのか、これも理解に苦しむところである。それはさておき、目標とする1億人は、現在の1.27億人より人口は、少ない。その点では「小さな日本」だが、坂中氏は最初から、1.27億人以上の人口を目指す案を提示していない。現状程度の人口の日本を「大きな日本」、1億程度の日本を「小さな日本」と坂中氏は呼んでいるだけである。本質的な違いは、人口の多少ではなく、「ほぼ単一民族国家」か「多民族国家」という点にある。
 ところが、坂中氏は、この本質的な変化を人口の多少の話しにすり替えている。そして、あたかも自分の主張が首尾一貫しているかのように振舞う。この態度は、不誠実である。考えを変えたのなら、率直に変えたと言えばよい。そうせずに不誠実な言動をしているのが、坂中氏である。
 『日本型移民国家への道』の提言は、細部においては、一見優れた施策が随所に見られる。だが、問題は国家の目標である。日本をどういう国にするかという目標が全く違っていれば、優れた施策と見えるものは、日本を破壊し、変質させるためのプログラムとして機能する。
 そこで私は言う。坂中氏は、かつて「小さな日本」をよしとしていて変節し、移民国家・多民族国家をめざす立場に急変していながら、なお「小さな日本」に「軸足」を置いているとして、あたかも首尾一貫した言動を取っているかのように装っており、日本の伝統に基づいているようで、日本を全く異なる国に変えようとする虚説の指導者である、と。

●日本を変造する「革命」の書

 坂中氏は『日本型移民国家への道』で、「日本復活に向けて取り組むべき最優先課題は移民国家の確立」「これは移民国家宣言」「移民国家の創建こそ究極の日本改革」「移民1世の国籍取得に際し二重国籍を容認」「日本人は百年かけて純種系民族から雑種系民族へ進化を遂げなければならない」等と述べ、2050年には日本は「アメリカにつぐ世界第2の移民大国」となり、「移民の中から救世主が登場」等と書いている。
 こういう文言に溢れる冊子を使って、坂中氏は日本を「移民国家」にし、日本民族を雑種系民族に変える「革命」を起こそうとしている。そして、この冊子を「日本型移民国家」の創建の担い手となる若者を育成する「坂中塾」のテキストに使うという。坂中氏は「日本の未来を担う若者が移民と手を携えて人類未到の『多民族共生国家』の創造に挑む。これ以上に若者のチャレンジ精神をかきたてるものはない」と言う。そして「日本型移民国家」を創る革命の戦士を育成しようとしている。坂中氏は、この「革命」を「明治維新のような大改革」と呼び、「このような世紀の大事業は、幕末の吉田松陰、坂本龍馬の如き、20代・30代の志士が大役を果たさなければ成就しない」とし、「平成の志士を育てたい」と言う。だが、松陰や龍馬は、白人列強から日本を守るために行動したのであり、日本は天皇を仰ぐ比類ない国と理解し、天皇を中心とした新しい日本を建設しようとした。それゆえ、日本を「移民国家」とし、日本民族を雑種系民族に変える「革命」を、明治維新に例えるのは不適切であり、その「革命」の戦士を育てるのに、松陰や龍馬を持ち出すのは不当である。歴史の知識を欠き、民族の自覚を欠いた若者を惑わすものといえよう。
 そもそも移民国家とは、外国から移住した民族が作る国家をいう。アメリカ合衆国で言えば、インディアンの土地に白人が移住して、白人の国家を創ったのが、移民国家である。オーストラリアで言えば、アボリジニを駆逐して、白人が移民国家を創ったのである。日本の場合であれば、海外から移住してきた民族がそれまでの日本という国とは異なる国家を創るとき、それが移民国家である。
 もともと自生的に発展した自生国家が、移民を多く入れて多民族国家になるとすれば、その国家を移民国家とはいわない。今日のドイツは、ヨーロッパ最 大の多民族国家になったが、由来から見て移民国家ではない。
自生国家が多民族化することを説くのなら、目標は移民国家にならない。移民国家が目標だというのは、坂中氏がこれまでの日本という自生国家を否定して、新たな移民国家を創建しようとしているからである。それが「日本型移民国家」という言葉に示されている。そういう言葉を使うこと自体、馬脚を現しているのである。
 では、坂中氏の「革命」で、日本を否定して創建する移民国家の主体は誰か。移民国家である以上、建国の主体は先住民の日本人ではありえない。海外から日本に渡来する移民が主体となる。具体的には、外国から日本に最も多数流入している中国人ということになるだろう。だから、坂中氏の説く「日本型移民国家」とは、日本を中国の自治区に変え、中国人が多数移住し、中国人が支配する区域に変える動きを誘導しているようなものである。この過程を粉飾して、日本人、及び日本の若者をたぶらかすものなのである。
 私は、冊子『日本型移民国家』に非常に危険なものを感じる。この冊子を読了して感じたのは、この冊子が放つ強いエネルギーである。そのエネルギーは、私がかつて北一輝の『日本改造法案大綱』や太田龍の『辺境最深部に向かって退却せよ』に感じたものと似ている。北の著作は戦前の青年将校たちを過激な行動に駆り立て、太田の著作は戦後の共産主義者や無政府主義者を激烈な闘争に駆り立てた。坂中氏の冊子は、クーデターや爆弾テロを教唆・扇動するものではない。政策の提言であり、理論的かつ戦略的、具体的かつ実際的な書である。国家議員や財界人、官僚等に提案し、既成の秩序のもとに、合法的に日本の変造を行おうとするものである。坂中塾の対象も、政治家の卵や若い官僚、学生・研究者たちだろう。それゆえ、私の連想に対し、奇妙な感じを受ける人が多いかもしれない。だが、私が冊子に感じるのは、人を、ある観念のもとに、変革に駆り立てる独特のエネルギーなのである。このエネルギーを受けて、日本を「移民国家」に変えようと行動する者たちを警戒しなければならない。

●最優先課題は、移民国家ではなく、日本精神の復興

 坂中氏は「日本復活に向けて取り組むべき最優先課題は移民国家の確立」だというが、これがとんでもない妄説であることを私は指摘した。最優先課題は、日本を守り、外国人による移民国家の建設を防ぐことである。
 坂中氏と私は、国家の目標像が異なる。坂中氏は多民族国家を目標とし、細川は国民国家を目標とする。坂中氏は憲法護持による日本変造を図り、私は憲法改正による日本の再建を目指す。また、少子高齢化・人口減少への対処が異なる。坂中氏には少子高齢化への取り組みがほとんどなく、移民増大に頼ろうとする。経済的繁栄を追及するために、「和の精神」という触れ込みで、多民族化を進めようとする。私は脱少子化を推進し、国民国家としての日本の発展を考える。国家安全保障を重視し、日本人の共同性を回復・強化しようとする。
 今日日本人がまず為すべきは、日本精神の復興であり、日本の伝統・文化・国柄の継承・発展である。これをしっかり成し遂げることなく、多文化主義を採り、移民を多く受け入れ、多民族国家に向うと、日本は崩壊する。日本精神の復興、日本の伝統・文化・国柄の継承・発展は、日本人の自覚を高める。日本人として、日本国民として、また日本民族としての意識が回復・発達すると、家族の形成、子育て、勤労、社会貢献等への意欲が高まり、婚姻率・出生率が上がり、生産労働人口が増え、ニートが減るなど、社会が活性化してくる。安易に外国人移民に頼らずとも、日本人自身がもっと能力を発揮するようになる。その結果、移民1000万人計画は不要のものとなる。
 この点は、第7章に書く。

(3)学ぶべきオーストラリアの失敗

 

●移民国家オーストラリアの失敗

 坂中英徳+浅川晃広著『移民国家ニッポン』は、日本が学ぶべき移民国家のモデルとしてオーストラリアを挙げる。
 オーストラリアに関しては、浅川氏が執筆した第5章「移民先進国オーストラリアに学ぶ『社会統合』の重要性」に主に書かれている。
 浅川氏は、「数多くの移民が国家を形成してきた豪州は、世界有数の「移民国家」であり、毎年一定数の移民枠を設定して、移民を受け入れる政策を展開している。豪州は、我が国と同様に、陸上で接する国がなく、また地域的にも同じアジア太平洋地域にあることからも、大いに参考とすべき国であると言える」と言う。そして「『移民国家ニッポン』を目指す上で参考となる『移民先進国』とも言える豪州」と述べている。
 果たしてそうか。オーストラリアは、イギリスを中心に白人が移住して、原住民(アボリジニー)を駆逐して作った正真正銘の移民国家である。わが国は長い歴史を持った国であり、由来がまったく違う。オーストラリアはもともとの移民国家が、近年さらに移民を多く受け入れてきたのである。
 オーストラリアは、白豪主義を方針としていた。白人以外の人種、特に黄色人種の入国・定住を排斥するのが、白豪主義である。しかし、1970年に政策を転換し、白豪主義が名実共に撤廃されるようになった。替わって、1970年代から導入されてきたのが、多文化主義だった。浅川氏は、その政策を「人種による選別は行わないとする無差別移民政策」と呼んでいる。
 1996年、自由党のジョン・ハワード政権は、1983年から13年間続いてきた労働党政権から政権を奪取した。ハワードは国民党と保守連合を組み、2007年まで長期にわたって首相を務めた。
 ハワード政権も、多文化主義を継続した。ところが、2005年12月11日、シドニー郊外のクロナラ海岸で人種暴動事件が起こった。レバノン系集団による暴力事件に抗議する集会で、一部が暴徒化し、中東系の人々に暴行を行ったのである。この年は、10月にフランスでアフリカ系移民2世、3世による暴動事件が発生するなど、多文化主義の問題点が表面化した年だった。
 浅川氏は「移民やその子孫の社会統合に失敗すれば、単に失業や福祉依存、犯罪問題となるだけではなく、テロ事件や暴動の遠因ともなり、国家の屋台骨に関わる決定的な事態に陥りかねない」と書いている。オーストラリアのハワード政権は、浅川氏によると、「社会統合の失敗の象徴的事件例がクロナラ海岸での事件であったという認識から、移民の国籍取得における『市民権試験』によって、英語能力を高めるインセンティブを提供し、単に法律上で国民とするだけでなく、実質的な『社会統合』を実現しようとしている」。市民権試験とは、「英語の実用的能力や、オーストラリアの価値、慣習、制度、法律、歴史の総合的理解を求める」ものである。市民権試験の導入は、多文化主義政策からの大きな方向転換だった。
 オーストラリアの移民政策には、主に配偶者を受け入れる「家族移民」、英語能力や専門知識・技術のある者を受け入れる「技術移民」、海外の難民キャンプにいる者などを受け入れる「人道移民」といったカテゴリーがある。ハワード政権は、技術移民を大幅に増加させた。技術移民は英語能力と専門知識・技術を持ち、雇用などにより社会参加・貢献しており、社会統合において大きな問題は生じないとされる。移民政策の変化は、「どういった移民を積極的に受け入れるべきかどうかの範囲設定の問題」であり、「その基準として社会統合能力を設定」しようというものである。浅川氏は「ハワード政権下の豪州の移民政策における最近の『社会統合』を重視する傾向は、人口減少を踏まえたうえで、『移民国家ニッポン』を目指す中で重要な示唆を含んでいると言えるだろう」と言っている。
 坂中氏・浅川氏は、『移民国家ニッポン』で、「人材育成型移民政策」を提唱している。これは「基本的には社会統合能力を重要視するもの」だという。「人口減少の日本が必要とする外国人」は、「若さ、専門知識、日本語能力の三拍子を兼ね備えた人材」であり、「こうした要素の有無が社会統合に直結する重要なもの」であるとする。国際社会は英語が主ゆえ、「英語圏である豪州においては、英語と専門技術を持つ移民を集めることは可能だろう。しかし、日本語圏がない我が国においては、そうした能力を兼ね備えた人材を積極的に育成していかねばならないことは明らかだ。移民先進国・豪州の事例を参考としながら、我が国の現状に適した政策を構築し、『移民国家ニッポン』を目指す必要がある」と説く。
 私も、オーストラリアにおける多文化主義からの転換は、わが国が注目すべきものだと思う。ただし、坂中氏・浅川氏は、目標が「移民国家ニッポン」である。その目標をめざすために、他国から参考になる点を採ろうとしている。だが、オーストラリアの事例が示しているのは、日本が他国を真似て移民国家をめざすこと自体に、問題があることである。また、一度多文化主義を導入すると、後で問題があるからと方針を転換しても、もはや遅いということである。そして、ポイントは中国人移民への対応である。

●オーストラリアは中国人移民に侵食された

 多文化主義から政策を転換したハワード政権は、2007年の選挙で敗退した。首相のハワード自身が現役候補でありながら、落選した。河添恵子氏は著書『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版、2010)で、「保守連合の大敗は自業自得ともいえる」と述べている。白豪主義をやめたオーストラリアは、ハワード政権で多文化主義へと大転換し、有能な人材の積極的確保、技術移民を重視する政策を打ち出した。そのことで、「『人民を海外へ放出したい』中国の目論見と『海外へ出たい』人民の願望とが合致、大量流入を招いてしまった」。その結果、「オーストラリアもわずか10余年の間に永住権取得者、そして市民権取得(=国籍変更)、もしくはその予備軍となる中国系定住者を大量に抱えてしまった」と河添氏は述べている。
 2007年11月、落選した保守連合のハワードに代わって、労働党のケビン・ラッドが首相に就任した。ラッドは、親中派である。中国語が堪能で、1980年代には外交官として中国赴任の経歴を持つ。息子2人も中国語を習い、娘は中国系と結婚している。ラッド家は、“LOVE中国ファミリー”として知られる。ラッドが首相になったことにより、オーストラリアは、中国への傾斜を強めた。2010年6月に同じ労働党のジュリア・ギラードに首相の座を譲った。
 2007年11月の選挙は、国民の4分の1がオーストラリア以外の出身という人口構成で行われた。そのため、移民層の支持の有無、とりわけ大都会に集住し、増え続ける中国系移民がキャスティングボードを握ったとさえ言われている。河添氏は、保守陣営からは「ラッド政権は中国系オーストラリア人が作った」「オーストラリアは中国人移民に乗っ取られ、正真正銘のホワイト・チャイナになった」「オーストラリアの最大貿易相手国である中国の影響がさらに強くなる」といった声が上がったと伝えている。
 浅川氏は『移民国家ニッポン』で、オーストラリアを日本がめざすべき「移民国家ニッポン」のモデルにしている。特に社会統合を重視する点を学ぶべきと強調する。
 だが、親中派のラッド政権の動向まで視野に入れるならば、日本が学ぶべきはオーストラリアの巨大な失敗である。オーストラリアは、移民を大量に受け入れる政策を採ったことにより、中国人が多数移住し、「ホワイト・チャイナ」と化しつつある。この失敗を絶対繰り返さないようにするには、日本はどうあるべきかを考えなければならない。
 オーストラリアは多文化主義に転換し、問題が表面化してから政策を変更して、社会統合を重視する方向に進めようとした。だが、ポイントは、いかに社会統合に努めても、人数を多く入れすぎたら、同化することができなくなることである。社会の同化能力を超えて、移民が増え続けると、後戻りできなくなる。移民がキャスティングボードを握り、政治に影響を与える段階になれば、それまでは統合してきたとしても、主客が逆転することさえ起こり得る。為政者が権力を維持するために、少数者である移民の要望に応えようとするからである。坂中氏・浅川氏は、こうした移民政策の危険性に触れていない。
 ヨーロッパにおけるムスリム系移民と、アジア太平洋地域における中国人移民の流入は、条件が全く違う。先にこの点を詳しく書いたが、中国人は受け入れ社会に同化せず、独自の集団行動をする。国籍を取った国の利益よりも、中国、及び中国人の利益のために行動する。しかも中国人移民の背後には、中国という巨大な国家が存在し、共産党の指導のもとに集団的に行動する。米英独仏における移民の例は、中国人にはそのまま参考にならない。欧州の移民の概念で、わが国が移民政策を行うと失敗する。その点で、わが国は、中国人移民に侵食されつつあるオーストラリアの失敗を注視すべきである。オーストラリアをモデルとして「移民国家ニッポン」を目指すことは、日本のシナ化、日本の中国への併合の道である。
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第7章 日本を再建し、移民に奪われぬ国へ

 

(1)国家・国民・国益の意識を高めよう

 

●国家と国民の関係

 日本の移民問題を考えるには、まず国家とは何か、国民とは誰のことか、国益とは何かについて確認することが必要である。わが国は敗戦後、現行憲法の下で、国家・国民・国益についての意識が薄弱になっている。その代わり、国家や軍備の否定、地球市民の観念が広がっている。また日本人は島国ゆえの外国への憧れがあり、異民族の支配を受けたことがなかったので、国際化・国際親善に対して、無邪気な理想を抱きやすい。こうした日本に、中国をはじめとする周辺諸国から移民が押し寄せてきている。政界・財界には移民1000万人受け入れ計画があり、計画実行への軌道が敷かれつつある。それは日本のシナ化であり、亡国の道である。ここで日本人は国家とは何か、国民とは誰のことか、国益とは何かについて確認し、わが国のあり方を真剣に考え、軌道を修正しなければならない。
 国家や国民という概念は、虚像ではない。国際社会において国家は、領土・国民・主権を保有する統治の主体であり、虚構のものではない。このことをしっかり認識することが必要である。
 国家には、政治的・文化的・歴史的な共同体という意味と、その共同体が持つ統治機関つまり政府という意味との二つの意味がある。英語では前者を Nation、後者を State という。イギリスでは、歴史的に、民族支配的な意味のある State を用いず、自治的な意味のある Commonwealth を使ってきた。また、英語のland は自然的な国土、country は人々の集団が主意である。
 国家の意味のうち、前者の共同体としての国家に所属する者を、国民という。国民とは、現在のわれわれだけでない。祖先や子孫を含む。それゆえ、国家は、過去・現在・未来の世代を含む“歴史的な総国民”によって構成される共同体である。
 国家は、一つの共同体として意思決定をしなければならない。そのために必要なのが政府である。政府は、この共同体が占有する領土や、帰属する国民を統治するための機関である。それが、政府としての国家である。
 ある人がある国の国民であることを証するものが、国籍である。国籍とは、国民としての資格であり、国民とは、その国の国籍を有する者をいう。国籍は、国際社会において、ある個人がどの国家の国民であるかを示す指標であり、どの国家に所属しているかを表わす資格である。国民とは国籍を保有する者であり、国籍は統治主体としての政府が付与する。
 国民とは、単にある時点で、国籍を保有する者だけでなく、その国民の先祖を含む。その先祖とは、その国の歴史・伝統・文化・資産を創造・継承してきた国民である。過去の国民の営為に感謝し、彼らの努力の成果を相続するところに、その国民のアイデンティティがある。国籍を保有するとは、そういう先祖が形成した歴史・伝統・文化・資産を受け継いでいることである。
 国民とは日本の共同体の一員として、国籍を保有する者のことであり、その先祖や子孫のことである。日本国民の先祖としてかつて日本国籍を持っていた者、また日本国身の子孫として今後、日本国籍を持ち続ける者のことである。決して、単に日本列島に住んでいるだけの住民のことではない。
 ある国家に所属し、その国家の一員を構成するとは、祖先から受け継いだ歴史や伝統を担い、それを将来の国民即ち子孫に受け渡していく責務を負うことを意味する。それゆえ、国籍とは、国家の意思を国民として決定し、国家と運命をともにするという意思の表示である。このことを理解し、その運命を自らの運命として請け負おうとしない者には、国籍を与えるべきではない。
 20世紀の世界には、国籍を剥奪されたり、喪失したりした無国籍者が出現した。無国籍者は、自分の権利を守ってくれるものがない。国際社会において、人間の権利を守るものは、その人間が所属する国の政府である。ナチス・ドイツにおいて、国籍を剥奪されたユダヤ人は、人間であって、人間の権利を失った。国籍を喪失して他国に亡命しようとする者は、その国の政府が受け入れなければ、権利を保護されない。国籍とは、国際社会において自分の権利を維持するために、最も大切なものであり、逆に、それだけ貴重なものを簡単に、外国人に与えるべきものではない。

●国益を追求する

 日本人は、国家と国民について考えるとともに、国益について考えることが必要である。国益とは、政府の利益ではなく、共同体としての国家の利益であり、そこに所属する国民の利益である。政府は、国民のために国益を追求するのでなければならず、国民が国益を考えて行動しない国家は衰退する。
 国益には、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益がある。わが国では、国益政府主体に考える傾向があるが、国益は national interests の訳語である。国益は state ではなく nation の利益である。すなわち共同体としての国家の利益であり、国民共同体の利益である。この意味をより明確に表す言葉に、「国利民福」がある。国家の利益と人民の幸福を表す言葉である。national interests としての国益は、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益であり、かつ国民の幸福を実現し、増大するものである。
 国民の幸福というと、話が拡散する感じを受ける人がいるかもしれないが、わが国の憲法は、国民の基本的な権利として、生命・自由・幸福追求の権利を規定している。この最後の幸福追求を、国民個人ではなく、国民全体で追求するところに、国益が実現されるのである。
 そこで私は、国益について、国民の幸福の追求という観点を入れたいと思う。この観点について、私は、心理学者アブラハム・マズローの欲求段階論を応用して考える。マズローは、人間の欲求は、次の5段階に大別されるとした。生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、そして自己実現の欲求である。国民の幸福は、これらの欲求が満たされるときに実現される。そして、政府の役割は、これらの欲求が満たされるように、国家の統治を行うことにある。
 国民の幸福の実現の条件は、第一に、生理的欲求という最低限の欲求を満たすことである。とりわけ食欲が満たされ、国民が食っていけることが必要である。また性欲が満たされ、国民が家族を構成し、子孫が繁栄できることである。
 第二に、安全の欲求を満たすことである。国民の身の安全が確保されていることである。他国の侵略に対する国防や、暴力や革命に対する治安維持が、これにあたる。また、生活が保障され、自分の財産が守られ、維持・増加できるよう、社会秩序が維持されていることである。
 一般に政府の役割は国民の生命と財産を守ることだといわれるのは、国民のこうした生存と安全の欲求を満たすことである。生存と安全は、幸福の実現の最低条件である。これらを生命的価値・経済的価値・社会的価値とすれば、これらの価値がある程度、実現しているならば、さらに次の条件となるのは、精神的な価値の追及である。
 それは、まず第三の所属と愛の欲求を満たすことである。人間は、生存と安全が確保された環境では、社会や集団に帰属し、愛で結ばれた他人との一体感を求める欲求が働く。国家に所属することによる安心、集団において何か役割を持っているというやりがいなどがこれに当たる。国民としてのアイデンティティを持つことは、各個人がアイデンティティ(自己同一性、「自分は○○である」という意識)を保持するために、重要な要素である。国民的なアイデンティティの混乱や喪失は、個人に深刻な危機をもたらす。アイデンティティという用語を精神医学・心理学にもたらしたのは、エリック・エリクソンだが、彼自身、自己の民族的な出自に悩んだことが、アイデンティティ論のはじまりだった。
 次に第四として、承認の欲求を満たすことである。人間には他人から評価され、尊敬されたいという欲求がある。その欲求が満たされるためには、個人の自由や名誉等が得られることが必要である。国際社会において、国民としての誇りを持てることは、これに当たる。国家や民族の固有の伝統・文化・価値を保ち、子孫に教え、受け継ぐことによって、国民としての誇りを保つことができる。
 さらに、高次の条件として、第五に、自己実現の欲求が発揮できるようにすることである。それには、国民の個人個人が自己実現をめざすことのできるような環境を維持または創造することが必要である。
 これらをまとめると、国益とは、生命的・経済的・社会的・精神的価値の実現によって、国民の幸福を実現し、増大することである。
 私は、国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民であると考える。この観点に立つと、国益は、現在の世代だけではなく、先祖や子孫の世代をも含めた国民の利益である。この点が重要である。上記の生命的・経済的・社会的・精神的価値は、祖先が願ったことであり、我々が自らのため、また子孫のために努力し、子孫もまた求め続けることであろうものである。
 これらの価値のうち、特に精神的な価値について補足すると、日本国民に生まれたことへの誇り、先祖への感謝、子孫への希望を持てること、それらも私は国民の幸福追求に欠かせないものであり、国益の要素だと思う。そして、日本人が、歴史を独自に解釈し教育する権利、英霊の名誉を顕彰し自らの伝統に従って慰霊する権利なども、国益の一部だと私は考える。国益とは、単に領土の保全・拡張や、経済的権益の維持・拡大等といったものだけではないと思うわけである。
 国家とは、政治的・文化的・歴史的な共同体である。そして、国家を構成する国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民である。そして、国益にいう利益とは、こうした意味での国民の幸福を実現し、また増大するものである。そこに、政治、国防、外交、財政、教育等の目標がある。
 国益の追求のためには、国家は自ら意思決定をすることができなくてはならない。そして、国家が確かな意思決定をするためには、国民一人一人が国益を考え、国民全体の幸福を考えて行動しなければならない。日本人がそうなれるかどうかに、この国の興亡がかかっている。私は、上記したことが、わが国における移民問題を考えるうえで、重要だと思う。
 こうした国民への加入、国民としての意識の共有、国民への同化のできる者のみ、国民として受け入れ、国籍を付与するということでなければならない。

●主権を守る

 国民の利益を追求し、生命的・経済的・社会的・精神的価値を実現するためには、国家(政府)は国際社会において、自ら意思決定をすることができなくてはならない。他国に依存せずに、自己の自由意思によって、自国の態度や運命を選択できるということである。これは他国に対しては主権を維持し、行使することとなる。それなくしては、国際社会において、国民の権利を守り、追及することができない。
 国益の実現のためには、主権が保持されねばならない。国家の持つ権利である主権には、三つの意味がある。(1)国家固有の統治権、(2)国権の最高性、(3)国権の最高機関である。
 主権という概念は「最高の力」という意味を核としている。自己の意思を自由意志に基づいて決定し、その意思を心理的・物理的に強制することのできる、国内的・対外的に最高の力(実力 powerにして能力 ability)である。それゆえ、このような力の裏づけのないものを、主権というのは、概念の自己矛盾になる。
 力の担保なしには、国内的にも対外的にも、国益は追及できない。法という言葉による取り決めは、力の裏づけを要し、外交という国家の代表間の交渉も、力の裏づけを要する。いざというときには、力で意思を強制できるという担保を持ちつつ、いかに対話によって、相互の意思の合成を行うかが、政治であり外交である。その力の担い手は、ほかの誰でもなく、国民自身であって、それが近代国民国家の基本原理である。この原理を実現していない国は、主権を持たないか制限されている国家であり、従属国ないし半国家である。
 一国の国民として、その国の国籍を保有する者は、その国の国益の実現と、そのための主権の行使を、主体的に行なう者でなければならない。だが、わが国は、憲法に国防の義務、国家忠誠の義務を定めていない。そのことにより、近代国民国家に不可欠の「力」の裏づけに欠陥を持ち、その結果、対外的な国益(領土・歴史・慰霊等)を守ることができないままでいる。
 わが国の現行憲法は、主権在民を定めている。その主権者とされる国民の中に、天皇を含むか否か、現行憲法の条文では、それがはっきりしない。天皇は日本国の天皇であって、他のどこの国の国民でもない。そうであれば当然、この国民の中には、天皇が含まれるとしなければならない。政府見解は、国民主権と言う場合の「国民」は、天皇を含むすべての国民を指すとしている。天皇は、現行憲法において、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とされている。また、この地位は、主権の存する日本国民の総意にくと規定されている。
 こうしたわが国において、国民は、主権の一部を共有する者といえる。そして、国籍とは、日本国の主権を共有する者の資格である。それほど貴重な資格を、安易に他国民に分与できない。
 国際社会は、主権国家が集合した社会である。主権国家は、国際社会で、主権を行使し、国益を追求する。自国の利益だけを一方的に追求すると、他国の利益を侵し、対立・抗争を引き起こすことがある。互いの利益の折り合うところ、共存共栄を図ることが必要になる。場合によっては、国際社会全体または人類全体の利益を追求する中で、自国の利益を追求する必要が出てくる。ただし、その場合も、まず自国が存立することが先決である、その上での国際協調である。自国が成り立たないことには、他国に貢献することもできない。この価値基準が逆になったとき、その国家は衰亡する。

●国民意識を高めよう

 国家は、政治的・文化的・歴史的な共同体である。その共同体の統治機関として政府がある。世界には多言語、多人種、多文化、多宗教等の国が多く、国家の構成は一様ではない。そうした多様な要素を持つ国民を、一つの国民へと形成するのは、国民の意識である。
 その共同体に所属する人々が、「われわれは○○人である」「われわれは○○国民である」という意識を持つことによって、国家は形成・存続される。国民意識があって、国家という共同体は成り立つ。国民的なアイデンティティが、国家を成り立たせているのである。
 国民意識を生み出す源泉は、一つの集団に帰属し、歴史と運命を共有しているという意識である。その意識の中核は、歴史の共有である。同じ歴史を生きてきたという記憶と自覚が、国民意識の中核である。すなわち、国の起源、苦難と栄光の歩み、喜びと悲しみの感情。これらをともにしているという意識である。
 そして、歴史に基づく国民意識を喚起するものとして、神話または建国の物語、英雄、理想、象徴が必要になる。こういうものをしっかり創造し、国民に共有している国家は強い。それのできていない国家、それを失った国家は弱い。また、新たに国民になった者(青少年と移民)に対して、国民的アイデンティティの教育を徹底している国は強く、それの出来ていない国は弱い。
 戦後日本人は、GHQの日本弱体化政策により、国民意識を損壊された。固有の歴史を否定された。神話(建国の神話)・英雄(神武天皇)・理想(八紘一宇)・象徴(天皇・日の丸)を奪われ、またはおとしめられ、教育からも抜き去さられた。その代わりに、アメリカ製の歴史観(太平洋戦争史観)が与えられ、アメリカ人の理想(自由・民主・人権)が植え付けられた。その結果、日本人の国民意識は低下させられた。
 国民に国民としての意識が低くなると、国益を考える力が低くなる。戦後世代が成長するにしたがって、また特にその世代が組織の意思決定をするようになるに従って、ますます国益を考える力が低下している。経済のボーダレス化とアメリカ主導のグローバル化がそれを助長している。
 戦後のわが国は、アメリカ・ソ連そして今では中国・朝鮮との間で、国益を危うくされてきた。今日わが国の国益を考えるには、文明論的な視点に立って、国民の意識を高めることが必要である。移民を受け入れるかどうか、どういう人間を受け入れるかという問いは、本来、まず日本人が日本という国をしっかり立て直してからの課題である。
 今日の日本人は、日本の伝統・文化・国柄に立ち戻り、日本独自の精神に基づいて、日本の再建と世界的な文明の転換を図るが必要である。私は、日本人が日本再建のために取り組むべき課題を、サイトに提示している。最重要課題として、日本の精神的復興を上げ、緊急課題として、東北の地域復興、デフレ脱却で経済成長、高度防災国家の実現、エネルギーの転換、そして基本課題として、大東亜戦争の総括、占領政策の克服、自主憲法の制定、皇室の復興、国民の復活、自主国防の整備、誇りある歴史の教育、日本的道徳の回復、家族の復権、生命力の発揮、自然との調和、精神的な向上を上げている。詳しくは、オピニオンのページに掲載している。

 私は、移民を受け入れるかどうか、どういう人間を受け入れるかという問いは、これらの最重要課題・緊急課題・基本課題に取り組み、日本の再建を力強く進めた上で、日本人が国民の意識を持って判断すべき課題だと思う。

●多文化共生主義ではなく主体的な同化主義を取れ

 私は、移民政策において多文化主義には反対である。基本的に同化主義であるべきという意見である。国家・国民・国益に関する意識をしっかり持つならば、多文化主義はあり得ない。多文化主義を採用した国の多くが失敗しているのは、国家・国民・国益の論理から言って、当然の結果である。
 エマニュエル・トッドは、フランスにおいて、フランスは独善的な同化主義ではなく、「率直で開かれた同化主義」を採るべきことを提唱している。私は、彼の主張には、わが国の独立主権国家のあり方として学ぶべきものがあると思う。
 「率直で開かれた同化主義」とは、ただ移民を受け入れるのではなく、日本語・日本文化を習得して日本人になろうとする者のみを受け入れる。日本の中に別の文化集団として入り込み、そのまま居続けることは認めない。それでよければ、受け入れる。嫌なら自国に帰ってもらう、というはっきりした姿勢を取るということである。受け入れ国が移民に合わせるのではなく、移民の方に適応させること。これが、移民受け入れ国の原則でなければならない。また、受け入れる移民を能力・適性を見て選択すること。自国にとって必要な人材を選択し、そうでない人材は受け入れない。選択的に受け入れた外国人に対しては、しっかり言語・文化・歴史・伝統・法規範・国家理念等を教育して日本社会への同化を促進し、また彼らが活躍できる環境・条件を整えて能力を引き出し、日本の国益を増進する。
 上記のように受け入れ国としてはっきりした姿勢を取ることは、非人道的な行為ではない。個人(移民)に移動の自由がある一方、国民(受け入れ国)には選択の自由がある。一般に集団には、その集団に新たなメンバーが加入することを認めるか認めないかを決める権利がある。国家も同様である。
 受け入れ国としての条件を示し、それが嫌なら自国に帰ってもらうという意思表示は、排外的な行為ではない。相手の個人には、本来所属する国家があるのだから、自国に帰ってもらうということに過ぎない。ただし、亡命希望者・難民・無国籍者への対応は別である。またそれは帰るべき祖国のない者への例外的な対応であって、それを移民一般の基準にしてはならない。
 こういうことをあいまいにして後で摩擦や抗争を生じるよりも、受入れの条件を明確に提示することが、お互いにとってよいと私は考える。
 先に私は、トッドはフランスのナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者である、そこにトッドの根本的な思想があると書いた。フランス革命は、民族性、出自、血統の観念を排除した国民概念を確立し、法の前での平等と国家と宗教の厳格分離の共和国を産み出した。トッドの主張の実行は、こうしたフランス的な共和国の理念をヨーロッパ全域に広めることになるだろう。その結果、ヨーロッパは白色人種と有色人種、キリスト教徒と非キリスト教徒が混交する社会となるだろう。文明学的な見方で言えば、ヨーロッパ文明とイスラーム文明が「接近」し、やがて文化的にも生物学的にも融合する将来像がそこに浮かんでくる。
 しかし、ここに重要なことがある。それは、フランス革命が生み出した国民国家とは、国民が国家の一員として、自ら国を守る国家であることである。国民国家は国民共同体であり、それゆえに国防共同体でもある。トッドはこの点について触れていないが、国民とは互いに国家を防衛し、運命を共にする者である。移民に国籍を与え、国民としての資格を与えることは、互いに国家を防衛し、運命を共にすることを要求することでなければならない。例えば、フランスに住むアルジェリア人に国籍を与えるとは、もしフランスとアルジェリアが戦争になった場合、このアルジェリア系フランス人は、祖国フランスのために、アルジェリアと戦う意思がなければならない。この点をあいまいにして、受け入れ社会への同化ということはあり得ない。トッドの移民論は、この肝心の点において、国家・国民・国益の論理を欠いている。
 本来、国民国家においては、国民の義務として国防の義務を負うことが、国籍付与の条件であるべきものである。だが、わが国は、現行憲法の下、この近代国民国家の重要要素を欠いている。これを正すまでの間は、他国以上に国民としての意識の共有が重要である。移民の祖国と戦争になった場合、日本国民として、日本のために判断・行動する覚悟を決めた者でなければ、国籍を与えるべきではない。国籍とは、どの国の立場に立って戦うのかが、究極の選択である。その時、共生による対等ということはあり得ないのである。

(2)外国人に参政権を与えるな

 

●移民問題の焦点〜外国人参政権の問題

 わが国の移民問題で、近年最も議論になっているのが、永住外国人への地方参政権付与の是非である。私は、反対である。日本に居住しているというだけである外国籍の人間に、参政権を付与してはならない。参政権は、主権の共有と行使の権利である。地方参政権も、主権の一部であり、日本国民すなわち日本国籍を持つ者以外に、与えてはならない。
 一部の意見として、外国人居住者への参政権付与は世界的な趨勢であり、わが国でも地方参政権くらいは、永住外国人に与えるべきだという意見がある。確かに世界には、外国人居住者に参政権を付与している例があるが、そうした国はわが国と事情が違い、安易に模倣すべきものではない。
 西尾幹ニ氏は、「外国人参政権〜オランダ、ドイツの惨状」(Will 2010年4月号)において、外国人地方参政権について「各国が対応している現実を知るには、それぞれが置かれた地理的条件や歴史的経過を踏まえないといけない」と書いている。
 私は、移民の受入れと参政権について、各国の事情を見るには、主に5つのポイントがあると思う。
 第一に、その国が移民国家であるか、否かである。もともと移民国家として建国された国は、移民国家であることがその国の国是となっており、外国からの移民を受け入れ続ける傾向がある。ここで移民国家というのは、17〜18世紀に植民地に移住した移民が作った国を意味する。
 第二に、国土の面積と人口密度である。面積が広く、人口密度の低い国は、国力を伸ばすために、移民を受け入れ続ける傾向がある。また、移民に対して参政権を与え、国民の人口を増やそうとしている国がある。
 第三に、周辺諸国との関係である。歴史・文化・宗教を共有する国が周辺にある国は、その周辺諸国からの移民を多く受け入れる傾向がある。
 第四に、宗主国と植民地だった国との連邦組織である。こうした連邦組織では、地理的に近接していない国々の間で、特別の関係を築いている場合がある。
 第五に、地域統合を進めている地域かどうかである。地域統合を進めている国々の間では、相互にヒトの移動を自由にしたり、地方参政権を相互に付与したりなどしている。
 上記のポイントを主として、まず諸外国の事例を確認し、その後、わが国における地方参政権付与の問題について検討したい。ちなみに、わが国は移民国家ではなく、国土は狭隘で人口密度が高く、周辺に歴史・文化・宗教を共有する国はなく、日本を盟主とした連邦はなく、どの国とも地域統合を進めていない。

●外国の事例〜代表的移民国家の場合

 アメリカ合衆国は、世界最大の移民国家である。ヨーロッパから白人が移住し、先住民を駆逐・殺戮して建国した国家である。以後、移民を多く受け入れてきて、現在もヒスパニックやアジア人等を受け入れ続けている。それによって、先進国の中で、唯一人口が増加している。
 米国は、多民族国家であり、世界で最も国際化された国ともいえようが、外国人には参政権を付与していない。米国では、参政権を手に入れたければ市民権(日本でいう帰化)を先に手に入れなければならない。永住権いわゆるグリーンカード(労働許可証兼永住許可証)を取得して、いくら長く居住していようと、市民権を自分で申請しない限り参政権はない。アメリカ市民権を申請した時点で元の国籍は失われる。このように国籍の付与については、厳しい対応をしている。当然、在米日本人に対してもそうである。なお、メリーランド州の一部では、国籍に関係なく地方参政権を付与している。全米でごく少ない例外である。
 カナダも代表的な移民国家であり、国土の面積が広大で、人口密度が低く、昔から移民を多く受け入れている。カナダは移民と国籍取得者の違いが少なく、ほぼ唯一の違いが参政権の有無である。カナダは、英国女王陛下を戴く英連邦に所属しており、サシュカチュワン州ではイギリス人や英連邦国民に、州議会選挙等の選挙権・被選挙権を付与している。それ以外の外国人には、地方参政権を与えていない。
 オーストラリアは、カナダに似て、移民国家で、国土の面積が広大で、人口密度が低く、昔から移民を多く受け入れている。また英国女王陛下を戴く英連邦に所属しており、英連邦に所属する諸国民に限って、地方選挙権及び国政選挙権を認めている。日本人には、参政権は与えられない。一部の州では、他の外国人に地方選挙権を与えている。
 代表的な移民国家の中で例外は、ニュージーランドである。ニュージーランドは、現在も、外国から人を呼び入れ続けている移民受け入れ国である。同国は、1年以上居住している永住権所持者には、選挙権のみ地方・国政とも認めている。被選挙権はない。ニュージーランドに似た例が、英連邦諸国のマラウイ、ナミビアに見られる。
 上記の移民国家と比較すると、日本は非移民国家であり、世界でも最も長い歴史を持つ自生的な国家である。移民国家とは、国の成り立ちが余りにも違いすぎ、外国人問題に関してわが国の参考にはならない。

●外国の事例〜地域統合のEUの場合

 わが国で地方参政権付与実現しようとしている者は、しばしばEUの例を挙げる。EUでは、外国人に地方参政権を認めていると。だが、EUは地域統合をすることを決めて、その方向に進んでいる。その加盟国が、EU加盟国の国民に限って、外国人参政権を認めているのが多い。ただし、EU内でもEU国民に参政権を与えていない国もある。
 わが国は、どの国とも地域統合をすることにしていない。アジア版EUのようなものは、存在しない。それなのに、EUにならって外国人に地方参政権を与えようという意見は、前提や条件の違いを無視している。
 EUは、世界的に見て、外国人に地方参政権を付与している国が多い例外的地域である。ただし、それは域内の国や関係の深い国に限ったもので、西尾幹二氏は「EU域内の用心深い相互主義」と呼んでいる。(「外国人参政権〜オランダ、ドイツの惨状」)
 ヨーロッパでは統合に向けて、1985年に、フランス、ドイツ、ベルギー、ルクセンブルク、オランダの5カ国がシェンゲン協定を結んで、5カ国間の国境検問所を廃止した。その後、1993年発効のマーストリヒト条約で、域内のヒトの移動を自由化した。
 EUは、地域統合を進めつつある。EU憲法はまだできていないが、統一議会とEU大統領は誕生した。将来的には一個の超国家的な組織をめざしている。こういう特殊な地域組織ゆえ、加盟国の間で地方参政権を認め合うのは、その特殊事情による。各国は主権をまだ放棄していないので、国政参政権は、EU加盟国同士でも与え合っていない。トッドは、ヨーロッパ統合の実現に懐疑的だが、私も同様である。特に経済面で、主権の重要な要素である自国の通貨を発行する権利を放棄し、また自国の判断で金利を調整することができなくしていることが無理を生じ、地域組織に亀裂が入る可能性がある。さらに最も重要なのは、イスラーム系移民が増大することで、国によっては人口の過半数を占めるほどになることが予想されており、ヨーロッパ文明は「ユーロ=イスラーム文明」に変容しかねないことである。
 こうしたヨーロッパの事例を国ごとに見てみよう。まずドイツは、差異主義で、トルコ人との民族混交率は低い。国籍取得は、もとは血統主義だったが、フランスの影響で、1998年の国籍法改正によって、出生地主義を採用した。ただし二重国籍は認めない。参政権については、ドイツは、「ヨーロッパ連合条約の批准」という要請があったため、1990年に憲法を改正し、EU加盟国国民に地方参政権を認めた。以後、EU加盟国民に対しては、相互に地方参政権を認めている。その際、相互主義を条件とすることを憲法に明記している。なお州の参政権は対象外で、郡及び市町村のみである。バイエルン州及びザクセン州は首長の被選挙権を除くとしている。ドイツでは、外国人への国政参政権は認めていない。国籍の付与と非国民の地方参政権付与は区別している。また、EU域外の国の外国人には、地方参政権を与えていない。
 次にフランスは、普遍主義で民族混交率が高く、移民の同化が進んでいる国である。国籍については出生地主義で二重国籍も許容する。フランスも憲法を改正して、EU加盟国同士では、地方参政権を付与し合っている。対象は、6ヶ月以上の居住、または5年以上直接地方税を納入している者とする。国政参政権は、非国民には認めていない。国籍付与と地方参政権は区別している。
 トッドはフランスの普遍主義が世界に普及することに期待しているが、フランスは、EU域外からの移民には、国籍を取得しない限り、地方参政権を与えていない。ここが重要である。フランスは、EUの域内と域外を区別している。フランス国民になるなら、平等の権利を与える。非国民には不平等とする。国民と非国民の権利については、差異主義である。平成22年(2010)1月、シャテル報道官は最大野党の社会党がEU国民以外への外国人地方参政権法案を提出する動きを示したことについて、「論外」とフランス政府の公式見解として表明し、一般外国人の参政権を認めないことを明らかにした。
 EU諸国の中で英連邦加盟国であるアイルランドは、イギリス国民に対しては、地方参政権を認め、国政については選挙権のみ認めている。ただし、大統領選挙は除いている。それ以外の国の外国人に対しては、地方参政権のみ認めている。
 EUのほかの国のうち、ベルギー、ルクセンブルク、イタリア、オーストリア、ギリシャ、スペイン、エストニア等の国は地方参政権を互いに認め合っている。国によって、付与する条件は異なる。スペインはドイツとともに相互主義を憲法に明記している。
 上記の国々の多くにおいて、地方参政権の相互付与は、EUの市民同士で交換し合う権利の中に、相互主義という制約つきで地方参政権を入れたことに過ぎない。若干の例外を除いて、EU加盟国以外、域外からの移民については、地方参政権を与えていない。イスラーム系の移民や日本人・中国人等のアジア人がいくら長期にわたって居住しても、参政権は与えられない国がほとんどである。そこに明確な差別がある。これがEUの大勢である。
 EU諸国は、大前提として地域統合を決め、その実現に向っているという点が、わが国とまったく違う。この大前提を無視して外国人地方参政権問題の参考にするのは、大きな誤りである。

●外国の事例〜ヨーロッパにおける例外的な国々

 EUの中でイギリスは、独自の存在である。イギリスの正式名称は「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」である。もとが連合王国であるうえに、英連邦を組織している。英連邦は加盟国54カ国、総人口17億人という巨大連邦である。イギリスは、地方参政権を英連邦国民、アイルランド国民、及びEU国民に与え、英連邦国民とアイルランド国民には国政参政権も条件付で与えている。これは、元大英帝国であるイギリスの特殊な事情による。
アイルランドは、イギリス人には、国政の選挙権(大統領選を除く)、地方の選挙権・被選挙権を与えている。イギリス以外の国の国民には地方参政権を与えている。
 イギリスにとっては、もともとEU国民よりも、英連邦国民とアイルランド国民のほうが、関係が深い。英連邦国民は、エリザベス女王を連合の「象徴」として戴いている。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、女王を元首としている国もある。
 イギリスと英連邦諸国の関係は、わが国と周辺国の関係とは、まったく異なるものである。韓国・台湾は、かつて日本の領土だったが、独立後は、日本と連邦関係はなく、天皇を象徴として仰いでもいない。北朝鮮は、言うまでもない。日本は、敗戦で日本国籍を失った旧日本国民、及びその子孫である在日韓国人・朝鮮人・台湾人に、特別永住資格という資格を与えて、世界に稀なほどに優遇している。だからといって、外国籍のまま、特別永住者に地方参政権を当たることは、すべきでない。わが国の参政権を得たかったら、帰化すればよいのであり、その道を開いている。
 次に、EUの中で、参政権に関して例外的な国は、オランダである。オランダは、オランダは、EUの加盟国以外の外国人にも、地方参政権を与えている唯一の国である。EUの域外・域内にかかわらず、5年以上在住する外国人には、地方参政権を与えている。増大するイスラーム系移民に、地方参政権を与えた。それによって大失敗した。そのことは、先に書いたとおりである。わが国は、オランダの失敗を繰り返してはならない。 
 次に、EUの中で、やはり例外的なのが、北欧諸国である。デンマーク、スウェーデンは、3年以上在住の者に地方参政権を認め、フィンランドは、2年以上在住の者に認めている。4カ国とも、国政参政権は認めていない。ノルウェーは、EUに加盟していないが、3年以上在住の者に地方参政権を認めている。
 これら北欧諸国は、人口が極端に少なく、特にかつてはソ連から自国を防衛する手段として、外国人を受け入れ、永住外国人に参政権を認めてきた。ソ連解体後も、その伝統が続いている。現在では失業率や治安の面の悪化が懸念され、移民反対派の勢力が台頭している。
 平成23年(2011)7月、ノルウェーで爆弾テロと銃乱射事件が起こり、94名が殺害された。犯人のアンネシュ・ブレイビクは「多文化主義をやめないと、西欧におけるイスラームの植民地化を止めることはできない」として、欧州からイスラーム教徒を追放する「クーデター」などを主張していた。ノルウェーは、移民が2世も含めると総人口の1割を超えている。移民が増えるにつれ、移民問題が段々深刻になってきていることの現われだろう。事件の前月に行なわれた世論調査では、「移民に対して国境を閉ざすべきだ」と回答した人は54%。移民のノルウェー語試験を求める人も8割に上っていた。
 スウェーデンでは自由と平等の名の下に中東からの移民を受け入れたが、その結果治安が悪化している。移民は簡単に永住権を獲得でき、故郷から武器を持ち込む。犯罪が激増し、加害者の99%が移民で被害者の99%がスウェーデン人という状態である。警察の人数より暴力的な移民のほうが多いので、警察が太刀打ちできないという深刻さである。
 デンマークでは、イスラーム系移民規制を訴えるデンマーク国民党が政権に閣外協力し、同党の戦術を取り入れた右派政党がスウェーデンやフィンランドで伸長しており、北欧諸国でも、多文化主義政策に反対または慎重という意見は増える傾向にある。

●事情の違う国や例外的な国を模倣するな

 世界的に見て、外国人に参政権を与えている国々は、わが国とは大きく事情が異なる。主な国々を振り返って、この点を整理しよう。
 EUは地域統合することを決め、それに賛同する国が加盟している。その国同士が地方参政権を付与し合っている。わが国は、中国・韓国・朝鮮・台湾と統合するわけではなく、地方参政権を付与する必要がない。わが国は、旧日本領だった韓国・北朝鮮・台湾と、イギリスと英連邦諸国の間のような連邦を構成していない。韓国・北朝鮮・台湾は、日本の天皇陛下を元首として戴いていない。それゆえ、イギリス、及び英連邦諸国のカナダ、オーストラリア等は、参考にならない。
 北欧諸国が外国人に地方参政権を付与しているのは、もともと人口が極端に少なく、かつてソ連から自国を防衛する手段として、移民受け入れに熱心であったことの名残りである。これも参考にならない。
 ニュージーランドは、外国人に地方選挙と国政選挙の両方に参政権を認めている非常に珍しい国だが、同国は今日も外国から人を呼び入れる必要がある移民受け入れ国である。だが、他の移民国家では、ニュージーランドのようなことをしていない。アメリカ合衆国は、永住権を取っていくら長く居住していようと、市民権を自分で申請しない限り選挙権はない。カナダ、オーストラリアは、英連邦諸国民以外には、参政権を与えていない。
 これらの外国人に参政権を与えている国は、どの国もわが国とは、事情が大きく違う。しいて言えば、オランダは、歴史のある自由民主主義国で連邦組織を持っていない点で、上記の国々よりは、わが国との事情差が小さい。だが、そのオランダこそ、世界最悪の大失敗をした国である。オランダは、EUの域外・域内にかかわらず、外国人に地方参政権を与えた。ところが、増大するイスラーム系移民に地方参政権を与えたために、取り返しのつかない状態に陥っている。仮にわが国がオランダと同じく5年以上居住している外国人に、国籍を問わず、地方参政権を与えるとしたならば、何が起こるか。第一に中国人、第二に韓国人が権利を得て、地方自治を左右するようになる。彼ら日本に住んで外国籍のまま、地方参政権を行使し、祖国の政府の指令や要請を受けて、祖国の利益のために行動するだろう。この点が、ヨーロッパにおけるムスリム移民との大きな違いである。しかも、中国は、愛国主義反日教育を行っている国であり、韓国にも反日的な感情を持ち、激しく日本を批判する国民が多くいる国である。わが国がオランダを模倣して、国内にいる外国人に地方参政権を与えた場合、オランダの例をはるかに上回る、人類史上最悪の大失敗となることは、火を見るよりも明らかである。
 私は、先に、移民の受入れと参政権について、各国の事情を見るには、主に5つのポイントがあると書いた。第一に、移民国家であるか、否か。第二に、国土の面積と人口密度。第三に、周辺諸国との関係。第四に、宗主国と植民地だった国との連邦組織。第五に、地域統合を進めている地域かどうか。
 わが国は、日本は非移民国家であり、人口稠密である。周辺に、歴史・文化・宗教を共有する国はない。旧日本領の諸国と連邦組織を構成しておらず、東北アジアでは地域統合は行われていない。それゆえ、わが国には、外国人に地方参政権を与えなければならない理由も必然性も、まったくないのである。

 

●外国の事例〜アジアの場合

 アジアは、ヨーロッパとは、大きく事情が異なる。それにもかかわらず、わが国には、日本があたかもヨーロッパにでも位置し、周辺にヨーロッパ諸国のような国々が存在するかのような意識になっているのか、永住外国人に参政権を与えるべきだという意見が、横行している。
 私は、ヨーロッパとアジアには、大きく6つの違いがあると思う。
 (1)文化・歴史の違い、(2)文明の違い、(3)思想と体制の違い、(4)民族分断国家の存在、(5)経済発展段階の違い、(6)安全保障体制の違いの6つである。

(1)
 文化・歴史の違い
 ヨーロッパは、キリスト教という共通の宗教を持つ。カトリックとプロテスタントに分かれてはいるが、イエス=キリストを信仰し、聖書を聖典とする点では共通する。ローマ帝国滅亡後、ギリシャ=ローマ文明を継承したという文化的・歴史的な一体感も持っている。ヨーロッパの統合運動は、こうした文化要素の共通性をもとに進められてきた。
 これに比べ、アジアでは、ヨーロッパのような宗教・文化・歴史の共通性がない。地域統合のもとになる土台がないのである。

(2)
 文明の違い
 ヨーロッパに存在するのは一つの文明、つまりヨーロッパ文明である。アメリカにも広がったことを踏まえて言えば、西洋文明である。
 アジアについて、ハンチントンは、『文明の衝突』で次のようにいう。「アジアは文明の坩堝だ。東アジアだけで6つの文明に属する社会がある。日本文明、シナ文明、東方正教会文明、仏教文明、イスラーム文明、西洋文明で、南アジアを含めるとヒンドゥー文明が加わる」と。ハンチントンは、アジアには合計7の文明が存在し、文明間の複雑な関係が存在するととらえる。単一文明のヨーロッパとアジアは、対照的である。
 ヨーロッパ諸国は、単一文明の中で地域統合を進めている。アジアでこれを模倣するのは、いくつもの文明を統合するという世界の文明史にかつてない課題となる。

(3)
 思想と体制の違い
 ヨーロッパは、すべての国が自由民主主義を政治思想の基本としている。だがアジアには、共産主義・全体主義を国家の基本思想としている国々が存在する。
 ヨーロッパでは、東欧諸国が共産主義を捨て、民主化された。ベルリンの壁の撤去、ソ連・東欧の共産主義政権の崩壊によって、冷戦は終焉した。その後に地域統合が大きく前進した。
 しかし、アジア、特に東アジアでは、冷戦は終焉していない。マルクス=レーニン主義の影響を受けた社会主義・人民民主主義を、広義の共産主義というならば、中国・北朝鮮は共産主義の国家である。高度の統制のもと、政治的自由が極度に制限されている。東南アジアにも、ベトナムというれっきとした社会主義共和国がある。社会主義の影響を受けたミャンマーのような軍部専制国家もある。
 中国・ベトナムは市場経済を取り入れているが、自由民主主義との思想・体制の違いは大きい。

(4)
 民族分断国家の存在
 ヨーロッパでは、東西ドイツが統合され、異なるイデオロギーで民族が分断されていた国家が一つになった。統一ドイツは、フランスとともに、EU創設の軸となっている。これに比し、アジアでは、朝鮮民族は、第2次大戦後、正確に言えば朝鮮戦争後、二つの国家、二つの体制に分断されたまま、統一されていない。韓国と北朝鮮は、38度線で対峙しており、国連軍が駐留している。冷戦期の東西ドイツに似た民族分断国家である。
 中国と台湾は、蒋介石が大陸から台湾に逃げ込んだのだから、民族分断国家とはいえない。しかし、中国と台湾は、政権の正統性を争っている。統一か独立かの緊張関係にある。中国が台湾を武力統一する可能性がある。ヨーロッパには、こうした武力によって統一を企図している国は存在しない。
 こうしたアジアの状況は、ヨーロッパとは大きく違う。

(5)
 経済発展段階の差が大きい
 ヨーロッパの場合は、諸国の経済的な差がアジアに比べて小さいから、統合を進めやすい。それに比べ、アジアは、経済の発展段階の差が大きい。特に北朝鮮は世界最貧国のレベルである。中国と同じくソ連の共産主義から派生した国家であり、そのうえ、アジア的専制国家のような指導者の世襲制が敷かれている。独裁者の領導により、人権無視は甚だしく、近年の餓死者は約300万人とも伝えられる。さらに、日本人・韓国人等の拉致、偽ドルの製造、麻薬の製造・密輸等の国家犯罪を行っている。アジアの発展途上国にしても、GDPの額が低く、また国内の貧富の差が大きい。

(6)
 安全保障の違い
 ヨーロッパには、NATOが存在し、地域集団安全保障体制が確立している。しかし、アジアには、アジア全域に広がる地域集団安全保障体制は存在しない。アメリカは日本、韓国、オーストラリア等と個々の安全保障条約を結んでおり、汎アジア的な体制を組んでいない。わが国にとっては、安全保障条約を結んでいるのは、非アジアのアメリカのみである。
 これと関連して、アジアには領土問題が多数存在する。東シナ海の海底油田、尖閣諸島と大陸棚資源、南シナ海の海底油田、竹島、北方領土等である。それぞれ各国の利害が鋭く対立しており、ヨーロッパの事情とは大きく異なる。こうしたなか、中国は核大国である上に、猛烈な軍拡を続け、アジアの脅威になっている。

 以上ヨーロッパとアジアの違いを6点挙げたが、彼我の事情は大きく異なるのである。こうした違いを無視して、ヨーロッパにおける外国人参政権付与を、あたかも人類が普遍的に行うべきものでもるかのように、アジアでも行うべきと考えるのは、軽率である。
 アジアで外国人に参政権を認めている国は、ただ一国、韓国のみである。韓国は外国人に地方参政権を認めてはいるが、前提となる永住権取得に関して厳しい条件をつけている。韓国以外に、アジアで外国人に参政権を認めている国はない。わが国が位置している東北アジアにおいても、中国、北朝鮮、台湾は、外国人に参政権を認めていない。中国、北朝鮮は、外国人どころか、自国民に自由な参政権が与えられていない。中国は建国以来、一度も国民党票による選挙を行っていない。北朝鮮は、形式的には選挙があるが、実態は金王朝とも呼ばれる世襲制専制国家である。こうした国々を周辺に持つのが、わが国である。わが国で外国人に参政権付与を唱える動きは、国際環境も周辺諸国の事情も理解しない倒錯か、あえて無視して進めようとする妄動か、日本を滅ぼそうとする策略である。

●参政権問題における在日韓国人への対処

 アジアで韓国以外に外国人に参政権を認めている国はない。韓国のみが外国人に地方参政権を認めているが、その前提となる永住権取得に関しては、所得額や投資額に厳しい条件がある。そのことをよく認識したい。
 韓国は、永住資格取得後、3年以上が経過した19歳以上の外国人に、地方参政権を与えている。だが、永住資格取得には、厳しい条件がある。その条件の中に、韓国人の一人当たり国民総所得の4倍となる年間所得6500万ウォン以上があること、あるいは7年以上滞在して居住資格を獲得した後、さらに5年滞在し、かつ韓国人の1人当り国民所得以上の収入があることがある。前者の条件は、わが国であれば、一人当たり国民総所得を約266万円(平成21年度)として、その4倍とは約1006万円という高額である。かなり高収入の得られる職業の者か資産家に限られる。
 投資額については、以前は200万米ドル以上を投資していることを条件としていた。今は外国人が永住権を得るためには50万米ドル以上を企業に投資し、5人以上を雇わなければならないと条件を緩和しているが、50万ドルは4000万円近い金額である。
 韓国が参政権付与に関して所得額や投資額に厳しい条件をつけているのは、富裕層や専門職等を中心に、外国人移民を増やそうという方針なのである。
 これらとは別の条件として、韓国人や永住者の配偶者として永住権を申請する場合は、3000万ウォン以上の財産関係立証書類の提出を要求される。ただし、平成14年(2002)4月18日以前に居住資格を取得した韓国人の日本人妻は、身元保証及び財産関係立証書類の提出が免除されている。こうした条件は配偶者に限られるから、全体の基調は、やはり富裕層や専門職等を中心とした外国人移民の獲得にあるわけである。
 韓国では、外国人有権者数は内国人有権者のわずか0.05%である。一部の外国人に参政権を与えても、選挙には何ら影響しない。平成18年(2006)5月の韓国統一地方選挙の時点で、韓国に居住する約20万人の外国人の中で、6726人に選挙権が与えられた。そのうち日本人は、わずか51人である。在韓日本人有権者のうち、9割以上が韓国人と結婚した日本人女性だった。これは当時の在韓日本人永住者1622人のうち、3.14%にすぎない。
 韓国に関しては、わが国の一部には、相互に地方参政権を認めるべきだという意見がある。在日韓国人の特別永住者が多くおり、韓国にも日本人が在住しているから、相互に地方参政権を与え合うことは、日韓親善の拡大となり、それを周辺諸国にも拡大しようということもいわれる。
 だが、在日韓国人は、平成22年(2010)末で、特別永住者395,234人、一般永住者が58,032人、これらの計が453,266人。わが国の外国人参政権付与論者は、わが国は韓国を真似て年収や投資額等を条件にすべし、とは言わない。在日韓国人永住者であれば、無差別に参政権を付与しようという考えである。とすれば、この約45万人に参政権を与えようということなる。韓国における地方参政権を付与された日本人は、51人。その8889倍、つまり1万倍近くも人数が違う。これでは、あまりにも非対称である。ここまで非対称な関係を相互主義とはいわない。日韓に相互主義は成り立たない。そこから、韓国は、在日韓国人が日本の地方参政権を得るために、在韓日本人に韓国の地方参政権を与え、相互主義を理由に、在日の参政権を実現して、日本の政治に影響力を持とうとしていると見なければならない。
 在日韓国人は、韓国で参政権を保有していて、そのうえで日本の選挙権をも獲得しようとしている。韓国は、平成21年(2009)2月に在日韓国人を含む在外韓国人に母国での参政権を認めるよう法改正をした。このうえ、母国での参政権を持つ韓国人に、わが国の地方参政権を与えるならば、母国の国益のために、その参政権を使用することになるだろう。
 ここで最も警戒しなければならないのは、長崎県の対馬である。韓国に最も近い日本の領土である対馬は、韓国人が多くの土地を買い占めている。また韓国の国会議員約50名が対馬を日本から取り戻す法案を国会に提出したという動きもある。欝陵島には、対馬は韓国領だと書いた石碑が立っている。もし在日韓国人が地方参政権を得て、多数住民票を対馬に移したならば、対馬の地方自治は外国籍の有権者に左右されるようになるに違いない。
 さらに危険なのは、民主党は「地域主権国家」なる極端な地方分権体制を国家の目標像としていることである。地域主権という考え方は、主権の分散である。もし「地域主権国家」構想が進み、外国人移民に地方参政権を付与すると、これは主権の分譲となる。そして、地域主権を所有する地方自治体で、外国人が参政権を持つという状態になれば、相当数の地方自治体が外国籍の居住民の意思によって実質的に支配されるようになる。
 これは地方における異常事態で済まない。もし対馬がそうなれば、これは直接日本と韓国の間の国家レベルの問題となる。地域主権国家の実現と外国人への参政権付与が同時に行われれば、日本の主権は分散と分譲で根底から揺らぐ。そして、韓国に日本の主権が侵されるだろう。在日韓国人が、日本における地方参政権を求め、民主党に多額の政治献金をしているのは、極めて政治的な行動であり、韓国の対日外交戦術だろう。

●共産国の中国人に参政権を与えるな

 特別永住者には、基本的に日本国籍を取得するよう進めていけばよい。問題は新たに流入してくる移民、特に中国人である。
 世界中が中国人の進出に悩んでいる現代において、わが国は中国を隣国としていることにより、他のカナダ、イタリア、フランス等の国々以上に特殊な困難を抱えている。
 先に書いたように、在日中国人は急増している。在日外国人で最も多いのが、中国人になっている。もはや参政権付与問題は、在日韓国人を主とした特別永住外国人の処遇の問題から、中国人移民の問題、そして国家としての中国への対応の問題へと変化しつつある。
 韓国はまだしも自由民主主義の国だが、中国はわが国でいう意味での「民主主義国家」ではない。中国は、共産主義の国である。共産党が事実上の一党独裁を敷き、人民解放軍は共産党の軍隊である。自国民に自由な参政権が与えられていない国の国民に、わが国の参政権を与えるなど、倒錯も甚だしい。中国人移民に、地方参政権を与えれば、日本の共産化を諮る工作員がますます活発に活動するだろう。
 国家体制の根本的な違いを無視して、在日中国人に外国籍のまま地方参政権を与えるなどという発想は、常軌を逸している。日本を破壊しようとする自傷・自壊の衝動に駆りたてられた者か、中共の工作員に操られて動かされている者か、中共に忠誠を誓ってそのために行動する者か。いずれかだろう。
 日本人が日本精神を取り戻し、しっかり団結したうえで移民問題に対処しないと、わが国は共産中国に侵食され、併呑されると知るべきである。

●参政権を望むなら帰化すべし

 外国人への参政権付与に関して書いてきたが、私は外国人に外国籍のまま、わが国の参政権を与えてはいけないと考える。外国人がわが国で参政権を望むならば、日本国籍を取得して日本国民となればよいのである。
 日本の場合、永住資格を与える外国人には、2種類ある。特別永住者は、敗戦後、サンフランシスコ講和条約の発効で日本国籍を失った者とその子孫である。一般永住者は、経済的基盤が日本にあることなど条件に法相が永住許可を与えた外国人である。
 私は、これらのうち、特別永住者については、帰化がしやすいように、特例的に手続の簡略化・迅速化をするのがよいと思う。帰化を望まない人には、帰国の道もあるから、一定の期間を決めて、どちらかを選択してもらう。その後、入管特例法を改正して「特別永住者」の制度を廃止する。帰化によって日本国籍を取得した元特別永住者は、基本的に日本国民と同じ権利に限定する。参政権は与えるが、各種の特権、いわゆる在日特権は廃止する。引き続き外国籍のままで日本に在留したい人は、一般永住者の地位で居住を許可する。当然、参政権は与えない。このようにするのがよいと思う。特別永住制度をやめ、在日特権を廃止することが必要である。
 わが国は、日本列島から外国人を排斥したり、追放したりはしていない。日本国は帰化したいという外国人には門戸を開いている。ただし、その国籍付与は安易に行ってはならない。それが重要である。詳しくは次の項目に書く。

 

(3)日本国籍を安売りするな

 

●わが国における国籍

 移民問題で、外国人への地方参政権付与よりもっと大きな問題が、国籍の付与である。
 現行憲法は、第十条に「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」としており、これを定めているのが、国籍法である。
 国籍とは、人が特定の国の構成員であるための資格、つまり国民としての資格をいう。そして、国民とは、その国の国籍を有する者をいう。
 どの範囲の者をその国の国民として認めるかは、その国の歴史・伝統・政治・経済情勢等によって異なり、それぞれの国が自ら決定することができる。わが国では国籍法で、日本国籍の取得及び喪失の原因を定めている。
 日本国籍を取得する原因には、出生・届出・帰化の3つがある。
 出生による国籍の取得は、出生の時に父または母が日本国民であるとき、 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき、日本で生まれ、父母がともに不明のとき、または無国籍のときがある。
 届出による国籍の取得は、一定の要件を満たす者が法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得する制度である。これには、認知された子の国籍の取得、国籍の留保をしなかった者の国籍の再取得、その他の場合がある。
 帰化による国籍の取得は、日本国籍の取得を希望する外国人からの意思表示に対して、法務大臣の許可によって、日本の国籍を与える制度である。
 現行の国籍法によれば、帰化の一般的な条件には、次のようなものがある。ただし、これらの条件を満たしても、必ず帰化が許可されるとは限らない。これらは日本に帰化するための最低限の条件を定めたものとされる。

(1)住所条件
 帰化の申請をする時まで,引き続き5年以上日本に住んでいること。住所は適法なものでなければならず、正当な在留資格を有していなければならない。
(2)能力条件
 年齢が20歳以上であって、かつ本国の法律によっても成人の年齢に達していること。
(3)素行条件
 素行が善良であること。犯罪歴の有無や態様、納税状況や社会への迷惑の有無等を総合的に考慮して、通常人を基準として、社会通念によって判断される。
(4)生計条件
 生活に困るようなことがなく、日本で暮らしていけること。申請者自身に収入がなくても、配偶者やその他の親族の資産または技能によって安定した生活を送ることができれば、この条件を満たす。
(5)重国籍防止条件
 帰化しようとする者は無国籍であるか、原則として帰化によってそれまでの国籍を喪失することが必要。例外として、本人の意思によってその国の国籍を喪失することができない場合は、この条件を備えていなくても帰化が許可になる場合がある。
(6)憲法遵守条件
 日本の政府を暴力で破壊することを企てたり、主張するような者、あるいはそのような団体を結成したり,加入しているような者は帰化が許可されない。

 なお、日本と特別な関係を有する外国人(日本で生まれた者、日本人の配偶者、日本人の子、かつて日本人であった者等で一定の者)については、上記の帰化の条件を一部緩和している。

●外国人への国籍付与

 国によって、国籍に関する考え方が違い、国籍を与える場合の基準も違う。国籍付与において最も代表的なのは、出生による国籍付与である。出生による国籍付与には、血統主義と出生地主義がある。政府が親の血統と同じ国籍を子に与える、つまり自国民から生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、血統主義である。これに対し、政府が出生地の国籍を子に与える、つまり自国で生まれた子に自国の国籍の取得を認めるのが、出生地主義である。前者を「血の権利」、後者を「土地の権利」ともいう。
 トッドは、国籍付与にも家族型的価値観が表われていると見る。「家族構造と国籍に関する観念の間には、明白で緊密な関係がある」とトッドは指摘する。
 血統主義は、直系家族の価値観を法的に制度化したものであり、出生地主義は、核家族の価値観を制度化したものである。前者の例は1999年(平成11年)以前のドイツ等、後者の例はフランス、イギリス、アメリカ等である。  わが国は直系家族の社会であり、出生による国籍付与は、血統主義を原則としている。わが国は血統主義において父系主義を採ってきたが、昭和59年(1984)の国籍法改正の際に、父母両系主義を採用した。なお、出生による国籍付与の例外として、日本で生まれたが父母の身元が分からなくなった子や、無国籍の両親から生まれた子には日本国籍を与えている。
 昭和59年(1984)の国籍法改正においては、二重国籍の事後的解消のための国籍選択制度を導入した。例えば、日本人の子供がアメリカのような出生地主義の国で出生した場合は、日米両方の国籍を取得することもでき、二重国籍という現象が生ずる。これを解消するため、一定の期間内にいずれかの国籍を選択させる制度である。
 わが国においては、帰化しようとする者は無国籍であるか、原則として帰化によってそれまでの国籍を喪失することを必要とする。本人の意思によってその国の国籍を喪失することができない場合は、例外として対応する。国によっては、外国人に二重国籍を認めているところがある。出生地主義の国のうち、フランス、アメリカ等は二重国籍を認めている。ただし、アメリカはやむを得ず認めているものであり、二重国籍は国家安全保障上望ましくないという見解を政府が示している。
 私は、わが国において、外国人への二重国籍許可に反対する。外国籍を持ったまま、日本国籍も与えるとすれば、その人は、二つの国家に帰属することになる。この場合、わが国がその国と戦争になったら、二重国籍者は相手国を利する行為を行なう可能性があるから、国家安全保障上、二重国籍を認めるべきでない。また、国益に係る重大な問題が生じた場合、二重国籍者はもう一つの祖国の利益のために、行動する可能性があるから、国益確保上、二重国籍を認めるべきでない。
 とりわけわが国は、現状、憲法に国民に国防の義務がなく、国家忠誠の義務もまた憲法に規定されていない。また刑法は外患援助罪のうち、第83条から89条の通謀利敵に関する条項が、敗戦後GHQにより削除されたままである。スパイ防止法も制定されておらず、日本は「スパイ天国」といわれる。このような状態で、外国人に地方参政権を付与し、二重国籍を認めることは、危機管理上、危険である。

●国民の資格と参政権

 先に、永住外国人への地方参政権付与について書いた。参政権の問題は、国籍の問題と深く関係しているので、ここで改めて書くこととする。
 現行憲法は、第十五条に「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と定めている。国民とは日本国籍を持つ者のことだから、日本国籍を持つ者のみが、公務員の選定と罷免の権利を持つということである。ここにいう公務員とは、国会議員、地方首長、地方議員、最高裁判所裁判官等を含む。これらの公務員の選定・罷免の権利が、参政権である。参政権には選挙権・被選挙権、国民投票、国民審査で投票する権利等を含む。憲法は、こうした参政権を「国民固有の権利」とし、日本国の国籍を持つ者のみが参政権を持つことを規定している。
 日本国籍を持たない非国民は、日本の参政権を持たない。仮に外国籍の人間に参政権を一部といえども与えようとするのであれば、憲法の改正が必要である。日本の参政権を得る唯一の道は、日本の国籍を取得することである。
帰化による国籍取得については、住所・能力・素行・生計・重国籍防止・憲法遵守の6つの一般的な条件がある。これらの条件を満たせば、帰化の道が開かれている。日本に帰化することなく参政権を得ようとする外国人に、参政権を与えてはならない。
 私は、特別永住外国人については、外国人参政権は付与せず、帰化を促進すること、また一般永住外国人に対しては、参政権を与えないのは同様だが、帰化の条件を厳しくするとともに、移民の量的制限をすることが必要だと考える。
 こうした考え方のもとに、外国人に日本国籍を与える際の条件を強化する必要がある。それには、日本国民とは誰か、どういう人間が日本国民になれるのか、日本国籍を持つ人間は何をなす人間か、ということを明確にしなければならない。日本国籍取得を希望する外国人には、日本語能力の試験をし、日本の伝統・文化・国柄への理解、法制度への理解等につき、学習と試験を行なうべきである。そして、国民的アイデンティティを共有し、日本国民になりきるように教育する。これは出自の文化、言語、習慣を捨てることを意味しない。シナ系日本人、コリア系日本人、ブラジル系日本人等として、日本の言語・文化・慣習を主としつつ、出自の文化、言語、習慣を副として保持すればよい。それは自由である。
 仮にこのようにしても、なお国籍を取得して帰化した渡来系日本人が、日本国よりも出身国への忠誠を心に抱き、出身国及び同じ民族の利益のために行動することが考えられる。実際、わが国では、帰化して日本名を使用しているコリア系日本人が、韓国または北朝鮮の国益や同じ民族の利益を追求して、活発に政治活動をしている。帰化した者と帰化しない者が連携して、法制度が自分たちに有利になるように、日本の政治を変えようと活動してきた。それゆえ、日本国への忠誠・義務は絶対条件である。そして、そのためには、日本人がまず自国への忠誠・義務を明確化することが必要である。特に国防の義務がポイントとなる。私は、憲法を改正し、国民に国防の義務と国家忠誠の義務を定め、刑法の通牒利敵条項を回復し、スパイ防止法を制定するまで、移民の量的制限は厳しくすべきと考える。

 

●改正国籍法の問題点

 平成20年(2008)12月、当時与党だった自民党・公明党と野党・民主党の賛成多数で、改正国籍法が可決された。法案は、国会議員が地方遊説に出た隙を狙って提出された。マスコミは取り上げず、法案の危険性を知った人々がインターネットで反対するなか、わずか3時間の審議で採決し成立した。
 これは、結婚の有無にかかわらず、日本国籍の母親か父親が認知すれば、DNA鑑定抜きで日本国籍の取得が認められるというものだった。外国人女性が日本人男性と性的関係を持って妊娠した場合、日本人男性との結婚を条件としなくても、その子供は日本人である父親の認知だけで日本国籍を取得することが可能になったわけである。
 妊娠中の外国人女性が合法滞在者なら、日本人男性の認知さえ獲得すれば、その時に所持していた滞在資格が切れる前に、日本人である子供の養育者として永住資格も可能である。また、不法滞在者であっても、生まれた子供が日本国籍となれば、その女性も特別滞在許可を申請取得することが可能なのである。子供を認知する男性に扶養義務さえも明記されていない。
 国籍法の改正以降、偽装認知が横行するようになった。22年(2010)3月9日付の産経新聞によると、改正国籍法の施行以降、21年(2009)の1年間に699人の認知届け出があり、うち548人が既に日本国籍を取得しているという。
 改正国籍法を悪用した事件も発生している。例えば日本人男性を父親とする虚偽の認知届を提出し、子供に日本国籍を取得させようとした例がある。類似の犯罪行為が多発することが懸念されている。
 だが、これが偽装認知とわかっても、新しく定められた罰則は最高で1年以下の懲役もしくは20万円以下の罰金にすぎない。坂東忠信氏は、著書『日本が中国の自治区になる』で次のように書いている。「この法律を悪用すれば、ちょっとした行動力とパソコン1台で、巨額の利益を生む合法売国ビジネスが可能」「この合法売国ビジネスが国内に拡大すれば、性病が蔓延し、家族制度は崩壊し、ヤクザが介入すれば覚せい剤市場が拡大します」と。

●中国人と国籍問題

 在日韓国・朝鮮人の多くは国籍にこだわり帰化に抵抗するが、中国人はむしろ日本国籍を積極的に欲しがる。中国人は、日本を嫌っているにもかかわらず、日本国籍をノドから手が出るほど欲しがる。関岡英之氏は、著著『中国を拒否できない日本』で次のように言う。
 「日本のパスポートを持っていれば、大概の先進国は査証なしで出入国が可能である。中華人民共和国のパスポートを所持していて歓迎されるのは、アフリカの一部の国ぐらいであろう。また本国では一人っ子政策で子供を一人しかつくれないが、日本国籍を取得すれば何人でも増やせる。日本には自由も民主主義も、手厚い社会保険制度もある。中国人は、必要とあら国籍を変えることになんの痛痒も感じない」と。
 外国籍を取得したシナ人、つまり華人は、国籍上は日本人であるため、国政でも地方政治でも、選挙権はもちろん被選挙権も既に手に入れている。ただし、外国籍を取っても、中国人は国籍にかかわりなく「自分は栄光ある中華民族の一員だ」という強烈な中華思想を持っている。日本に帰化していてもアイデンティティはあくまでも中国人である。
 わが国は国家安全保障のため、一般永住外国人の国籍取得は条件を厳しくすべきである。関岡英之氏は、著書『中国を拒否できない日本』で次のように言う。
 「中国の情報機関の工作員が偽装帰化して、わが国の自衛隊、治安当局、司法当局などの公的部門に、長期潜入工作するという事態も想定し、防諜(カウンターインテリジェンス)策を講じなければならない。国籍取得要件はむしろ厳格化すべきだ。帰化を安易に認めるべきではない」
 ところが、わが国は、先に触れた改正国籍法のように、ますます危機管理を緩める方向に暴走している。坂東忠信氏は『日本が中国の自治区になる』で次のように書いて、警告している。「中国政府はすでにこの法律の利用を計画していて、日本に渡航予定の就学生や留学生や起票派遣女性には、この法改正を紹介し、『妊娠したら日本人に認知させて、子供を日本国籍にするように』『国籍取得後は子供を中国で養育すること』と指導しているという情報が入っています」「日本国籍を持ち、中国人の血を引く子供を中国で養育すれば、身分以外はほとんど中国人。反日教育と諜報活動に必要な訓練を施し、成長後来日すれば、完全無欠の工作員になるからです」と。
 ところで、国籍取得とは違う事柄だが、平成21年(2009)10月29日の朝日新聞によると、最高裁は司法研修生の選考要項から、日本国籍を必須とする国籍条項を削除した。これは現状を追認したもので、すでに140人以上の外国籍の司法試験合格者が司法修習を受け、弁護士に任用されている。外国籍のままでは国家公務員たる検察官や裁判官にはなれないが、日本国籍を取得すればそうした進路も開ける。このことは日本の法秩序を徐々に変質させ、外国人や帰化人に有利な方向に変えようとする動きである。国籍付与の条件の厳格化とともに、わが国の法秩序の再構築を行わないと、わが国は日本人自らの判断で、日本を徐々に解体させることになる。

●国籍に関する日独の比較

 わが国は国籍について血統主義を取っている。ドイツももともと血統主義だった。国籍における血統主義は、父子の関係を重視する直系家族型社会の考え方に即している。近年ドイツはこの伝統的な考え方を捨てつつある。トッドはこれをよく評価しているが、私は意見が違う。ドイツは移民政策で多文化共生主義を取ったことで大失敗をした。いまやドイツはヨーロッパ最大の多民族国家に変貌しており、移民問題に触れることは最大のタブーになっている。そのドイツは、同じ直系家族型社会であるわが国にとって、前車の轍を踏まないようにするために学ぶべき事例である。
 ドイツでは、19世紀から血統権、つまり「血の権利」を定め、ドイツの国籍法は、1913年以来、血統権原則を堅持していた。しかし、今日ではフランスの影響で血統主義から脱却しつつある。
 トッドによると、「ドイツは1999年に国籍法が改正され、ドイツ国内で生まれた子供は両親のいずれかが8年以前より合法的にドイツ国内に居住する場合、ドイツ国籍を取得することができることになった。ただし二重国籍は認めない。移民の子供は18歳になると、ドイツ国籍と出身国の国籍のどちらを保持するか、5年以内に決定しなければならない」(「世界像革命」所収の「グローバリゼイション下の世界を読み解く」)
 当時与党社会党が二重国籍を認める法案によって、これを改訂しようとしたが、保守政党の拒否にあい、ヘッセン州議会選挙での保守政党の勝利などで、この計画は頓挫した。
 トッドは、「ドイツは国籍問題について従来の血統主義から脱却することに成功した。しかし今度は二重国籍の問題をめぐって論争が起こっている。フランス人は二重国籍を気にしない。ドイツは出生地主義を受け入れたが、ある程度の人種的純粋性を護ろうとしている。二重国籍の拒否というのはそういうことである」と言っている(同上)
 このようにドイツは、血統主義から脱却しつつも、二重国籍を認めないことで、民族性をかろうじて保とうとしている。ここでフランス流に二重国籍を認めたら、ますますドイツは民族性を失うことになる。 
 ところで、法制度を改めたからといって、国民の意識が変わるとは限らない。トッドは、ドイツでは「アングロ・サクソンやフランスの影響で法律的には改善が実現しても、例えばトルコ人の隔離は進行している。法律とは無縁のところで、社会そのものの中において進行している。その一方でユーゴスラヴィア人の方は同化が進んでいる」と言う。そして、「私は日本のことについて何かを言う能力も資格もないが、この問題がドイツにとってよりも日本にとって簡単な問題であるとは考えられない」と語る。(同上)
 トッドの価値判断によれば、血統主義の脱却と出生地主義への転換は望ましいことであり、改善ということになる。しかし法制度を変えても、人々の心性は容易に変わらない。トッドの触れているトルコ人に対する対応とユーゴスラビア人への対応の違いは、宗教的な違いである。ユーゴスラビア人はドイツ人と宗派は違うものの同じキリスト教徒であり、ドイツ人は彼らを同化し得るものとして選り分けた。ドイツに流入したトルコ人は西欧化的な近代化が進み、宗教への関心が薄かったが、ドイツ人は彼らイスラーム教信じる異教徒と見て、差異の対象として隔離した。こうした行動は、人々の心理に深く根ざしたものであって、法制度を変えても、簡単に変わるものではない。
 私は、国籍付与に関しても、こうした国民的な心理が働くと思う。トッドは「フランスは二重国籍を許容するが、ドイツは拒否する」という言い方をする。ここには、フランスの普遍主義とドイツの差異主義、及びその根底にある平等主義核家族の価値観と、直系家族の価値観の違いが現れている。ドイツは直系家族的価値観から、核家族的価値観に一部変化しつつも、もともとの価値観を一部保持しようとしている。私は、トッドと異なり、ドイツは二重国籍を認めるべきでないと思う。二重国籍を認めるならば、ドイツは多文化主義の方向にさらに大きく進むことになる。すでにメルケル首相は「多文化主義は失敗だった」と公言している。その失敗を踏まえ、国民の統合を進める施策へと転じなければ、ドイツはさらに大きな失敗をすることになるだろう。

●アメリカの厳しい国籍付与条件に学ぶ

 トッドはアメリカに対して批判的な論調が目立つが、世界最大の移民国家・アメリカもまたフランスのように移民のほうを適応させる同化政策を取っている。
 アメリカ・メリーランド大学講師のエドワーズ博美氏は、平成22年(2010)4月17日、日本武道館で行われた「外国人参政権に反対する1万人大会」で提言を行った。
 氏によると、アメリカでも現在、メリーランド州のごく一部の市町村などでは、外国人に地方参政権が認められている。これは、学者や民主党議員の一部が外国人参政権付与を主張しているからである。しかし、この動きは全米には殆ど広がりを見せていない。なぜなら、アメリカの世論は、圧倒的に外国人参政権に反対だからである。
 この世論を後押ししているものに、外国人参政権に反対するシンクタンクがある。ニューヨーク市立大学大学院のスタンリー・レンション教授は、そうしたシンクタンクの一つ、「移民研究センター」の研究員である。
 エドワーズ博美氏は、レンション教授は「市民権を持たない者に選挙権を与えることがどうしていけないのか」と題する論文の中で、次のような一例を挙げていると紹介した。
 平成12年(2000)の大統領選挙は、ブッシュ子とゴアの戦いだった。この選挙は、フロリダ州でのわずか1000票の差が勝敗の鍵を握った。もし外国人に参政権が与えられていて、外国人の票が選挙戦の結果に影響を与えていたとしたら、アメリカ国民は果たして、こうして選ばれた大統領を正当な大統領と見倣すだろうか。外国人に参政権を与えると、選挙結果に対する国民の信頼を大きく損なうばかりか、外国人参政権があるがゆえに、国民と外国人との間に深い溝が生まれかねないのではないか。こうレンション教授は危惧を表しているという。
 さらに教授は、「外国人はたとえ永住資格を持っていたとしても、帰化申請手続きを通じて、アメリカ人としてのアイデンティティを身につけ、アメリカ国家に愛着心をもち、忠誠を誓う国民になって初めて、参政権を付与されるべきだ。そして、こうしたアイデンティティと愛着心は、帰化申請手続きに時間と努力を要するからこそ、培われるものだ」と主張しているという。
 これは傾聴すべき意見である。先に引いた坂中英徳氏は、日本を「移民国家」「多民族国家」とし、「アメリカに次ぐ世界第2位の移民大国」と目指すという。当のアメリカ合衆国は、もともと移民国家として建国された国である。そして、現在も移民国家としてさらなる移民を受け入れている。そうしたアメリカは、参政権と国籍の付与については厳しい条件を定めている。世界最大の移民国家において、そうなのである。アメリカに学ぶべきは、2000年以上の自生国家としての歴史・伝統・国柄をもったわが国を、一切の相違を無視して移民国家に変造することではなく、国家・国民・国籍のあり方についての明確な姿勢である。
 わが国は、世界にもまれな長い歴史と伝統と国柄を持つ国家として、新しく日本人になる外国人に対し、日本語の能力、日本の伝統・文化・国柄・歴史の理解を要求すべきである。また、日本に忠誠を誓う外国人にのみ、国籍を与えるよう法律を変えるべきである。日本という国を理解し、日本人に同化したいという者のみを受け入れる。これを遠慮して、「差異の権利」、多文化主義として価値を同等にしたり、尊重しすぎたりすると、やがて日本は増え続ける移民のために本来の日本でなくなる。東アジアに位置する単なる一つの国家、190国以上ある国のうちの一つ、もしくは日本と呼ばれる地域にすぎなくなるだろう。

●日本国籍を安売りするな

 エドワーズ博美氏によると、アメリカの帰化申請には、5つの条件がある。氏は次のように語っている。
 「一つ目は、永住資格を取得後五年間居住すること、これはその国に住まずしてその国の文化は理解できないからです。
 二つ目は、道徳的人格を備えた者であること。日本にも『素行が善良であること』という規定はありますが、アメリカは徹底しています。過去五年に遡って、殺人、薬物所持、ギャンブルによる違法収入、売春、重婚といった具体的犯罪歴がないかFBIが調査するのです。
 三つ目は読み、書き、話し、聞くと言った英語能力で、英語能力なくしてアメリカを理解することはできないからです。
 四つ目は、国旗に敬意を払い、国歌を歌い、戦没者に追悼の意を捧げることを始めとして、アメリカの歴史と文化、そして政府のしくみに関する知識を取得することです。
 これら四つがクリアーできて、最後に五つ目の『忠誠宣言』が行われます。この誓言で、帰化申請をする外国人は、母国に対する忠誠を放棄し、もし要請があれば武器をもって合衆国軍の一員として戦うことを誓うのです。母国とアメリカが一戦を交えることがあっても、アメリカ人として武器をもてるのか、こうした覚悟がなければ、市民権、つまり国籍は与えられない、ということです」と。
 私は、これらの5つの条件のうち、第4と第5の2点が特に重要だと思う。坂中氏は、この2点について、全く触れていない。「日本型移民国家」を目指す、アメリカに次ぐ「移民大国」を目指すといっていながら、アメリカにおける国籍付与の最重要ポイントを無視している。
 エドワード博美氏は次のように訴える。
 「たかだか250年の歴史しかない、移民大国のアメリカでさえ、自国の歴史に誇りを持ち、国家への忠誠心、具体的には国防の義務と参政権はセットとして考え、国籍のバーゲンセール、安売りは絶対にしません。2600年も連綿と続く日本が、日本人としての生活習慣や文化、日本語の能力、日本の歴史や政府の仕組みに関する知識の取得、そして日本に対する忠誠心を、なぜ、新しく日本人になる人に要求できないのでしょうか。
 日本が今なすべきは、国籍取得のハードルをもっと高くして、日本に忠誠を尽くすことを誓う外国人にだけ、国籍を与えるように法律を改正することです。歴史と伝統を誇るこのすばらしい日本を守るために、外国人参政権付与法案と国籍の安売りを絶対に阻止しましょう」と。
 アメリカの国籍付与条件を参考にすれば、わが国の場合、一定の定住経験、道徳的人格、日本語能力は日本社会の一員として受け入れるために必要な条件ではあるが、日本国民の一員と認めるには、日本の国旗に敬意を払い、国歌を歌い、戦没者に追悼の意を捧げることを始めとして、日本の歴史と文化、そして政府のしくみに関する知識を取得することが必要である。わが国は、憲法に天皇を国家の象徴、及び国民統合の象徴と定めており、国家国民の一員となるには、天皇と国民の関係、及び長い伝統を知り、それを自らのものとして受け継ぐ意思が必要である。
 アメリカの場合は、帰化申請をする外国人に、国家への忠誠を誓うことを求める。母国に対する忠誠を放棄し、もし要請があれば武器をもって合衆国軍の一員として戦うことを誓い、母国とアメリカが一戦を交えることがあっても、アメリカ人として戦うのでなければならない。わが国の場合、憲法に国家忠誠の義務がなく、国防の義務が定められていない。しかし、近代国民国家は、国民が自ら国を守ることになって成り立つ。わが国も明治時代以来、昭和戦前期までは、この国民国家における国民の義務を定めていた。ところが、大東亜戦争の敗戦後、占領期間にGHQによって押し付けられた憲法により、国防の制限がかけられ、国民が自ら国を守るという国民国家としての本来の姿を失っている。それゆえ、帰化を申請する外国人に対してのみ、国歌忠誠と国防の義務を課すことはできない。まず日本人自らの手で憲法を改正し、日本国民として当然の義務を定め、そのうえで帰化申請者に対して、国民の義務としての履行を求めるべきである。そして、憲法改正を成し遂げるまで、外国人を多く入れ、安易に国籍を与えるべきではないのである。

(4)亡国の移民国家法案

 

●民主党に人権侵害救済法案提出の動き

 現在わが国では、移民増大のためにわが国の社会を変えようとする法案の成立を図る動きがある。その一つが、永住外国人地方参政権付与法案であるが、これと深い関係のある法案が、人権侵害救済法案である。
 平成23年(2011)7月、民主党では、人権侵害救済機関検討プロジェクトチームが、人権侵害救済機関設置法案の中間とりまとめ案を示し、国会への提出・成立を目指す動きを示した。これは、日本の国家を解体に導く危険な動きである。
 平成21年(2009)9月の衆議院議員総選挙の前、民主党はマニフェストに「人権侵害救済機関を創設し、人権条約選択議定書を批准する」と記し、「内閣府の外局として人権侵害救済機関を創設する」ことなどを謳った。その後、人権侵害救済法案は国会に提出されることなく経過してきたが、改めて法案成立を目指す動きが出てきたのである。
 人権関連法案は、もともと自民党が成立を図ったものである。現在もそうだが、当時も自民党は、よほどどうかしていた。平成20年(2008)に人権擁護法案がまとめられたが、人権侵害の定義があいまいであり、救済機関の権限が強大であることや、公権力による民間の言論活動への介入の根拠となるおそれのあることなどにより、自民党内でも異論が多く出た。そのため、国会には提出されなかった。
 民主党は、自民党に対抗して独自の法案を作り、その成立を図ってきた。民主党案は、自民党案より、一層問題が大きい。今回準備されている法案は、人権侵害救済機関を内閣府ではなく、法務省の外局に設置するという修正がされた。内閣府だと、政権政党の意向が強く反映されると懸念されたので、自民党案に譲歩したものだろう。民主党案は救済機関を、公正取引委員会と同等の強力な権限を持つ「三条委員会」としようとしているという。三条委員会は国家行政組織法3条に基づく機関であり、民間の言動をめぐる議論に公権力が介入する余地を与える恐れがある。民主党案は、救済機関を中央だけでなく、各都道府県に置くとしている。
 最大の焦点は、従来の案では人権委員に国籍条項がなく、外国人も就任可能であり、外国人が自国民の人権を守るために利用し、日本国民の自由と権利が侵害される危険性にあった。この点、今回の法案では、中央の人権委員は日本国籍を持つ者に限定したとはいう。だが、各都道府県の人権擁護委員は「地方参政権を有する者」としている。これが問題である。民主党や公明党などは永住外国人に地方参政権を付与しようとしており、地方参政権が与えられれば、外国籍の外国人が人権擁護委員に選ばれる可能性がある。
 日本人が在日韓国人・朝鮮人や在日中国人の言動を批判した場合、それが「人権侵害」として訴えられ、出頭が命じられ、捜査・家宅捜索・押収が行われたり、罰金が科せられるという事態が予想される。歴史認識の問題だけでなく、領土や資源等をめぐる国益に関することであっても、訴える側の外国人が「人権侵害」だとみなせば、人権委員会が動く可能性がある。そして、「人権」という普遍的な権利の名の下に、民族的な利益や政治的利益が主張され、「人権」として「擁護」されるだろう。
 民主党の人権侵害救済法案の原案は、同党の支持団体である部落解放同盟の要望が、ほぼそのまま取り入れられたものだった。部落解放同盟は、左翼的で過激な行動で知られる。そういう団体が人権侵害救済法案の成立を図っている。法案が出来ると、部落解放同盟のような団体の行動を批判することを言えば、「人権侵害」だと言って、取り締まられるおそれがある。
 民主党は原案に修正を部分的に加えて、党内や他党に賛同者を増やそうとしているが、毒饅頭であることには、全く変わりがない。毒饅頭の上にクリームを塗ったり、フルーツを盛ったりして、食わそうとしているだけである。
 平成14年(2002)、自公政権時代に法務省が示した人権擁護法案にはメディア規制条項があり、マスメディアが批判した。その後、メディア条項を凍結する修正案などが示され、マスメディアの多くは、人権侵害救済法案の危険性について報道しなくなっている。だが人権委員会が設置された場合、政治家や学者らを含めた一般国民の言論活動に及ぼす悪影響が懸念される。例えば、拉致問題解決のために「北朝鮮への経済制裁」を訴えることが人権侵害とされかねない危険性がある。
 かつて人権擁護法案を準備していた自民党では、人権侵害救済法案に反対する意見が増えつつある。人権侵害救済法案は、永住外国人への地方参政権付与法案、夫婦別姓法案とともに「日本解体3法案」である。夫婦別姓法案については、ここでは詳しい説明を省くが、わが国の伝統である夫婦同姓を崩し、個人を単位とした家庭に変造することによって、日本の社会を外国人移民が生活・行動しやすい環境に変造する作用を持った法案である。
 これら3法案は、日本の家庭、社会、国家を解体する強力な爆弾である。夫婦別姓法によって日本の家庭が解体され、人権侵害救済法によって日本の社会が解体され、永住外国人地方参政権付法によって、日本の国家が解体される。その後に立ち現われるのは、外国人移民が無制限に増加し、外国人が外国籍のまま日本の政治を左右する、今とはまったく異なった日本である。私は、人権侵害救済法案を含む「日本解体法案」に強く反対する。

●外国人住民基本法案は、亡国の移民国家法案

 永住外国人への地方参政権付与法案、人権侵害救済法案、夫婦別姓法案は「日本解体3法案」である。これらを成立させてはならない。それとともに、これら3法案よりさらに危険な法案が準備されており、これも成立させてはならない。その法案が、「外国人住民基本法案」である。
 「外国人住民基本法案」は、法案の全体が移民の増大、権利拡大を目的としている。私は、本法案こそ「亡国の移民国家法案」であり、永住外国人への地方参政権付与法案、人権侵害救済法案、夫婦別姓法案は、この法案の成立のための準備的・階梯的なものではないかと考えている。
 平成21年(2009)4月17日、当時民主党幹事長だった鳩山由紀夫氏は、インターネット動画サイト「ニコニコ動画」の番組に出演し、永住外国人に参政権を付与すべきとの持論を繰り返した。その上で、鳩山氏は「日本列島は日本人だけの所有物じゃない。仏教の心を日本人が世界で最も持っているはずなのに、なんで他国の人たちが、地方参政権を持つことが許せないのか」と発言した。鳩山氏は、その7年前、平成14年(2002)8月8日の夕刊フジのコラムで、民主党代表として、「日本列島は日本人の所有物と思うなという発想は、日本人の意識を開くことであり、死を覚悟せねば成就は不可能であろう。私はそこまで日本を開かない限り、日本自体の延命はないと信じる。だから私はその尖兵を務めたいのだ」と書いていた。
 こういう思想を持った人物が、政権交代後の民主党の首相となった。鳩山氏は、首相の座にあった間、地方参政権の付与のみを述べていた。だが本音は、死を覚悟してでも国政参政権を外国人に与えたい、と思い込んでいるのである。鳩山氏は、いのちをかけてでも「日本を開きたい」という衝動に駆られている。鳩山氏だけでなく、民主党には、氏と共通した考えを持った国会議員が少なくない。
 彼らの中には、日本という国家を外国人に開放するための法案を制定しようと動いているグループがある。その中核メンバーの一人が、円より子参議院議員である。円議員らは、国会の法務委員会に「外国人住民基本法の制定に関する請願」を提出し、平成21年(2010)3月4日に受理された。
 請願は、国会に対し、「外国人住民に対する総合的な人権保障制度を確立するための特別委員会を設け、外国人住民公聴会を各地で開くとともに、自治体・市民団体・弁護士の提言を尊重し、外国人法制度の根本的な改正を行うこと」、及び「日本国憲法及び国際人権条約に基づいて「外国人住民基本法」を制定すること」を求めている。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/seigan/171/futaku/fu17100650948.htm
 円氏らが制定を求めている「外国人住民基本法案」は、真に恐るべき法案である。まさに日本を破壊する爆弾である。私は「外国人住民基本法案」は、合法的に日本を開放・解体する「亡国の移民国家法案」だと思う。
 「外国人住民基本法案」において、「外国人住民」とは、何か。第1条に「外国人住民」とは、在留資格、滞在期限その他在留に伴う条件の如何に関係なく、日本国籍を保持することなく、日本国内に在住する者をいう」と定義される。
 「在留資格、滞在期限その他在留に伴う条件の如何に関係なく」という点が重要である。不法入国者や不法滞在者も、すべて「外国人住民」とする。
 この法案は、こうした「外国人住民」の権利について、次のように第2条@に定める。
 「すべて外国人住民は、その国籍、人種、皮膚の色、性、民族的および種族的出身、ならびに門地、宗教その他の地位によるいかなる差別も受けることなしに、日本国憲法、国際人権法、およびこの法律が認める人権と基本的自由を享有する権利を有する」
 ここに言う「外国人住民」には、共産中国から来た者も、北朝鮮から来た者も、国際テロ活動を行っている国から来た者も、すべて含まれることになる。
 この法案は、国及び地方公共団体に対して、第3条Aにて次のような義務を課す。
 「国および地方公共団体は、人種主義、外国人排斥主義、および人種的・民族的憎悪に基づく差別と暴力ならびにその扇動を禁止し抑止しなければならない」
 これは重大な問題である。法案は「人種主義、外国人排斥主義、および人種的・民族的憎悪」というが、「主義」だ「憎悪」だというものは、いかようにも規定できてしまう。外国人のマナー違反を注意したり、反日的な言動に反論したりすることも、外国人の権利の侵害であり民族差別だとされる可能性がある。日本国において、日本国民の「言論の自由」が制限され、日本の文化・習慣・公序良俗を守ろうとする言動が差別だ、扇動だと規制されかねない。
 この内容が先に書いた人権侵害救済法案の内容に通じるものであることは、明らかである。人権侵害救済法案は、外国人住民基本法案を成立させるためのステップとして企図されていると考えることができよう。

●外国人住民基本法案は、亡国の移民法案(続き)

 移民は、いったん入国して定住すると、本国に帰国させることが難しくなる。ドイツやオランダはそれで大失敗している。ところが「外国人住民基本法案」は、いとも簡単に外国人が永住資格を取れるようにする。第5条に次のようにある。

@ 永住資格を有する外国人住民の子孫は、申請により永住資格が付与される。
A 外国人住民の子として日本国内において出生した者は、申請により永住資格が付与される。
B 日本国籍者または永住資格を有する外国人の配偶者で、3年以上居住している外国人住民は、申請により永住資格が付与される。
C 外国人住民で引き続き5年以上居住している者は、申請により永住資格が付与される」

 外国人住民は、一度永住権を取得すれば、子々孫々まで永住権が与えられる。不法入国であろうと、5年以上に日本に居住すれば、永住資格が得られる。日本人なり永住外国人なりの配偶者であれば、3年以上でよい。しかも第6条Bに次のように定める。

 「永住資格を有する外国人住民は、いかなる理由によっても追放されることがない。」

 一度永住資格を取れば、どんな理由でも追放されないというのだから、したい放題となる。
 第7条には、次のようにある。

 「すべて外国人住民は、日本においてその家族構成員と再会し、家庭を形成し維持する権利を有する」

 国外にいる家族をどんどん呼び寄せ、家族も一定期間を経れば簡単に永住資格を得ることができる。子ども手当狙いの入国、移住も激増するだろう。
 ここまでの内容は、日本が外国人を無制限に受け入れ、彼らの人権を保障し、容易に永住資格を与えることで日本を開放し、外国人が多数流入し、日本人と混住する地域に変えようという内容である。
 「外国人住民基本法案」はここで終わらない。この先に最も重要な規定が続く。
 第8条は「基本的自由・市民的権利」と題して、次のように定める。

 「すべて外国人住民は、日本国憲法および国際人権法が保障する基本的自由と市民的権利、とくに次の自由と権利を享有する。
(略) i.直接に、または自由に選んだ代表者を通じて政治に参与し、公務に携わる権利。(略)」

 日本国憲法が、政治に参与したり、公務に携わる権利を保証しているのは、日本国民に対してである。日本国民とは、日本国籍を有するものである。日本国籍を有しない外国人住民は、日本国民ではない。ところが、「外国人住民基本法案」は、憲法の規定を無視して、「直接に、または自由に選んだ代表者を通じて政治に参与し、公務に携わる権利」を外国人住民に与えようとする。これは憲法違反である。しかし、もしこの法案が成立すれば、憲法の規定は空文化する。憲法を改正せずに、日本という国家が骨抜きにされる。骨抜きにして、国民の意識を変えた後に、憲法を実態と意識に合わせて改正しようと謀るものだろう。
 第11条は「公務につく権利」と題して、次のように定める。

 「永住資格を有する外国人住民は、日本の公務につく権利を有する」

 「公務」とのみ言っているから、地方公務員のみならず、国家公務員になることも出来るようにする。定住するだけで永住資格を取った外国人住民が、外国籍のまま日本の公務員となり、国家の重要機密や地域住民の個人情報に触れることになる。これは危機管理上、由々しき事態である。
 第20条は「政治的参加」と題して、次のように定める。

 「地方公共団体に引き続き3年以上住所を有する外国人住民は、地方自治法が住民に保障する直接請求ならびに解散および解職の請求についての権利を有する」

 そして、第21条に「参政権」が出てくる。

 「永住の資格を有し、もしくは引き続き3年以上住所を有する外国人住民は、当該地方公共団体の議会の議員および長の選挙に参加する権利を有する」

 外国人住民に、地方参政権を与えることをはっきり規定している。「選挙に参加する権利」というから、ここは選挙権だけを言うものと理解される。被選挙権については明示的でないが、第11条に「公務につく権利」を定めている。国会議員や地方議会の議員、知事・市長・区長・裁判官等も、公務員である。永住外国人に、外国籍のままで被選挙権を与えるという意図が込められているだろう。
 鳩山前首相は、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と言った。その思想を法案の形にすれば、「外国人住民基本法案」のようなものになるだろう。
 「外国人住民基本法案」は、日本を破壊する「日本開放解体法案」である。同法のもと、日本という国家は、他国との境がなくなり、同時に国家としては、事実上消滅していく。卵は孵化する前に、殻を割ると、中身が流れ出る。割れた卵は、元には戻らない。外国人住民基本法を制定すれば、日本という国家は、割れた卵のように崩れて、もとには戻らない。
 外国人移民の増大と彼らの権利の拡大は、日本の開放・解体である。破局を避けるにはどうすべきか。日本人が日本精神を取り戻し、国家意識・国民意識を確立することが急務である。

(5)移民に頼らぬ方策を

 

●移民の受け入れは大きなマイナスがある

 わが国では、国際的な経済競争や少子高齢化・人口減少に対応するために、外国人労働者の受け入れが必要という考え方が、大勢を占めている。そうした中で、『移民不要論』(産経新聞出版、2010年)を書いたのが、佐伯弘文氏である。佐伯氏は、長年、プラント機器を中心とした海外営業業務に従事し、神戸製鋼所専務取締役、神鋼電機社長等を歴任した。現在シンフォニアテクノロジーの相談役である。
 佐伯氏は、今日の日本社会は「単純労働者の受け入れを、ただ単なる『安価な労働力』の観点から許容しようとしているが、それによって利益を得ているのは一部の企業のみである」「安い外国人労働者をつかうことが経済発展には絶対必要だと、経済界を中心として主張されている」「しかし、安い労働力を使って短期的に得をしているのは一部企業だけではあるまいか」と問いかける。
 そして、佐伯氏は、移民の受け入れにはマイナス面があると主張する。移民の受け入れは社会的なコストがかかり、移民の増加は将来、大きな社会問題になるというのである。
 社会的なコストについては、「移民受け入れによる問題、例えば治安の悪化、言葉の問題から発生する教育現場の混乱、生活習慣の違いから来る地域社会との軋轢」「年金や保険料等の社会保障問題」等により、「社会全般、あるいは国家全体が支払っている諸々の社会的コストや犠牲が発生する」と佐伯氏は言う。
 「今、多くの国民は、移民を受け入れ、労働者を増やして経済成長を図り、納税者を増やさなければ、自分の老後の社会保障や医療費等が心配だと考えているだろう。しかし、自己利益だけを考えるあまり、受け入れ移民の保護のために逆に税金を使わねばならぬことを忘れている」と指摘し、失業