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■ハンチントンの『文明の衝突』と日本文明の役割

2007.11.25初稿/2015.8.15一部修正

 

<目次>

はじめに

1.ハンチントンの国際政治学

2.『文明の衝突』の予測

3.セム系一神教文明群の中の対立

4.日本文明の果たすべき役割

5.平和と環境を守る国・日本の活路

結びに〜日本精神を復興して世界に貢献を

 

 

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はじめに

国際政治学者サミュエル・P・ハンチントンは、文明学の知見を以て、20世紀末から21世紀初頭の世界を俯瞰した。本稿は、ハンチントンの理論と主張を批判的に考察し、21世紀の世界で日本文明が果たすべき役割について書くものである。

 

1.ハンチントンの国際政治学

 

●冷戦終結後の世界の俯瞰図

 

私は、素人だが比較文明論・日本文明史に関心があり、20歳代から今日まで、シュペングラー、トインビー、ヤスパース、バグビー、山本新、村山節、伊東俊太郎、中西輝政等の著作に学んできた。

 文明学と国際関係論は、深い関係がある。アーノルド・トインビーは文明学者であるとともに、大英帝国の政府機関に勤める国際情勢アナリストだった。現代世界の分析をするには、歴史の研究が必要であり、諸文明の研究は、外交政策の立案に欠かせない。サミュエル・P・ハンチントンは、国際政治学者の中で、今日そのことを最も深く理解している学者である。その点で、彼はトインビー以来の系統を引く文明学者である。

ハンチントンは、平成8年(1996)、『文明の衝突』と題する書物を出版した。原題に忠実に訳せば「文明の衝突と世界秩序の再生」。ハンチントン自身の主題は、世界秩序の再生にあった。「文明の衝突」は販売効果からつけられた名前だった。同書は25の言語に翻訳され、日本でも平成10年(1998)に翻訳刊行され、ベストセラーとなった。ハンチントンは、本書とそれに続く著書で、冷戦終結後の世界について、地球社会の俯瞰図(the big picture)を描いた。

 ハンチントンは、文化を「人々の間に共有された生活様式の総体」とし、そして文明を「文化の最も大きなまとまり」と定義する。そして、国家ではなく文明を単位として世界をとらえるところに、その所論の特徴がある。これは彼が、トインビーなどの文明学者に多くを負っていることを示している。

 ハンチントンによると、21世紀初頭の世界は、二つの点でかつての冷戦時代と異なる。冷戦時代とは、第二次世界大戦後の世界を二分した、ソ連を盟主とする教条主義(社会主義)とアメリカを盟主とする自由主義(資本主義)の対立構造である。ハンチントンは大戦終結の昭和20年(1945)8月からソ連崩壊の平成3年(1991)12月までの時期がこの時代であるとしている。ただし、私は、平成元年(1989)12月、地中海のマルタ島沖で、ブッシュ父とゴルバチョフが米ソ首脳会談を行い、冷戦終結の共同宣言を発表した時点とすべきと考える。
 冷戦時代と冷戦後の世界の違いは、何か。ハンチントンの見方では、第一に、冷戦期には、世界が自由主義、共産主義、第三世界と三分されていたが、今日の世界は、文化的なアイデンティティの違いにより、7または8の文明によって区分されることである。

 彼は、現存する主要文明として、キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)、東方正教文明(ロシア・東欧)、イスラーム文明、ヒンドゥー文明、儒教を要素とするシナ文明、日本文明、カトリックと土着文化を基礎とするラテン・アメリカ文明。これに今後の可能性のあるものとして、アフリカ文明(サハラ南部)を加え、7または8と数える。

 違いの第二は、冷戦時代には、米ソという超大国が二つあったが、今日の世界は一つの超大国(アメリカ)と複数の地域大国からなる一極・多極体制を呈するようになったことにある。平成3年(1991)12月、ソ連の崩壊によって、アメリカは唯一の超大国となった。歴史上初めて、一国が世界を支配する一極体制が実現したかに見える。しかし、実際には、これは一極・多極体制というべきものであるとハンチントンは主張する。そして、今後、世界は多極化が進み、真の多極・多文明の体制に移行すると予想する。また特にイスラーム文明・シナ文明と、西洋文明との対立が強まる。西洋文明対イスラーム=シナ文明連合の対立の時代が来ると警告した。

 なお、ハンチントンによれば、世界の権力構造は、超大国、地域大国、第2の地域大国、その他の国々という四つの階層からなる。東アジアでは、地域大国は中国である。わが国は、ナンバー2にして潜在的な地域大国であり、第2層と第3層の両者に属するとハンチントンは見ている。

 

●冷戦の終結から9・11までの世界

 

 冷戦の終結によって、アメリカの大統領は、戦略学者ズビグニュー・ブレジンスキーの表現を借りると、グローバル・リーダー(地球の指導者)となった。グローバル・リーダーの初代はジョージ・ブッシュ(父)、2代目はビル・クリントン、3代目がジョージ・W(ダフヤ)・ブッシュ(子)である。

 共和党のブッシュ大統領(父)は、ソ連崩壊の数ヶ月前、平成3年(1991)1月に湾岸戦争を開始した。アメリカの主導で、国連の決議のもと、主要国すべての賛成を得たものだった。前年8月、イラクがクェートに侵攻したのに対し、反撃したものである。対イラク戦争は、開戦後、アメリカ側の圧倒的な優勢のうちに終結した。アメリカは、湾岸地域に軍隊を駐留させ、中東の石油への管理を強めた。

 続く民主党のクリントンは、軍事行動には消極的だった。代わって、グローバリゼイションを標榜した。グローバリゼイションとは、近代化を新しい技術世界規模進めるものであり、アメリカは、ドルの経済力とITの情報力で他国を圧倒した。アメリカの標準が世界の標準として、普及された。すなわちグローバリゼイションは、アメリカ的な価値観、アメリカ的な制度を他国に押し付けるもの、アメリカナイゼイションでもあった。そして、アメリカの国益を追求する手段として推進された。

 クリントン時代、アメリカは、レーガン政権以来の財政赤字を解消し、さらに黒字に転換するほどの経済的繁栄を謳歌した。その反面、世界では地域間の経済格差が広がり、貧困にあえぐ国々、人々は一層の貧困に追いやられた。そのため、世界各地で反米的な運動が起こった。とりわけイスラーム教諸国では、その運動は宗教的な思想を根底とした過激なものとなった。

 平成5年(1993)、世界貿易センター(WTC)のビル爆破事件が起こった。犯人は、イスラーム教過激派だった。ムスリムのテロ組織アルカーイダは、中東・アフリカ等で、テロ活動を展開した。

 ハンチントンが『文明の衝突』を刊行したのは、こういう時代の平成6年(1998)のことだった。ページの頭へ

 

2.『文明の衝突』の予測

 

●ハンチントンは『文明の衝突』で世界の将来を予測

 

 ハンチントンは、『文明の衝突』の中心的テーマは、文化と文化的アイデンティティ、もっと広い意味では文明のアイデンティティが、冷戦後の世界における人々の結束や分裂、対立のパターンを形成しつつあるということだという。その仮説の結果として起こりうることを本書に詳述している。

 ハンチントンによると、冷戦終結後、歴史上初めて世界政治は、多極化し、かつ多文明化している。近代化は西洋化とイコールではなく、また何か意味のある単一的な普遍的文明を生み出すことでもなく、非西洋社会を西洋化することでもなくなってきている。ある社会が発展し近代化が進行すると、自らの成功に自分の価値観や文化を結びつけ、もともと持っている文化にアイデンティティをより強く感じるようになる。そして自分の文化的属性は捨てずに近代化したいと考える。

 冷戦終結後の世界では、文明間の勢力バランスが変化している。西洋は、相対的に影響力を失ってきている。アジアの諸文明は経済、軍事、政治的な力を拡張しつつある。イスラーム文明では人口が爆発的に増えたため、イスラーム教諸国と近隣諸国を不安的にしている。非西洋文明では、全体的にそれぞれの文化の価値観が再認識されつつある。

 そして、文明に根ざした世界秩序というものが生まれようとしている。そこでは、共通の文化を持つ社会が互いに協力し合う。ある文明から別の文明へ移行させようとする努力は成功しない。国々は、その文明の中核となる国あるいは指導的存在を中心にグループ化するようになる。

 ところが現在、西洋は、われこそは普遍なりという自負のためにほかの文明との対立を深めていき、とくにイスラーム圏と中国に対して、対立は深刻である。地域レベルでは、異なる文明と文明がぶつかる断層線(フォルトライン)上で生起する「断層線戦争」が、おもにイスラーム圏と非イスラーム圏の間でそれぞれの「同胞諸国の結集」をもたらす。それがエスカレートする脅威も生み、こうした戦争を止めようと文明の中核国家を奔走させることになる。

 このような世界で、西洋文明が生き残るかどうかは、アメリカが自らの西欧的アイデンティティを再確認し、西欧の人々も西洋文明は独自のものであり、普遍的なものではないことを認め、両者が結束して、自分たちの文明を再興し、非西洋社会の挑戦から守ることができるかどうかにかかっている、とハンチントンは論じている。

 ハンチントンは、『文明の衝突』で、イスラーム文明と非イスラーム文明の断層線で紛争が起こることを予想した。これによって、彼は9・11を予想したと言われている。9・11とは、平成13年(2001)9月11日、アメリカを襲った同時多発テロ事件の略称である。私は、拙稿「9・11〜欺かれた世界、日本の活路」に事件に関する考察を書いている。事件については、この別稿をご参照願いたい。

ハンチントンは具体的に9・11アメリカ同時多発テロ事件を予想したわけではないが、西洋文明とイスラーム文明の間で紛争が起こったとき、彼の予想が的中したと一般に理解されたのである。

 

●9・11及びアフガン戦争及びイラク戦争で、文明間に対立が

 

 現在の一極・多極体制において、ハンチントンは、西洋文明とイスラーム文明・シナ文明との対立が強まると予想した。そして、中国の台頭により、西洋文明対イスラーム=シナ文明連合の対立の時代が来ることを警告した。この予測は、仮に9・11の事件が起こらなくとも、長期的な傾向としては妥当であり、対立は顕在化していっただろう。

 私は、9・11は、結果として、この長期的傾向の進行を加速することになったと思う。西洋文明とイスラーム文明の対立は、9・11として発現したというよりは、むしろ9・11をきっかけとして、アメリカ対イスラーム教過激派の対決からアフガン戦争及びイラク戦争という国際紛争にエスカレートする形で現実化した。

 アメリカはイラク戦争を実質的に単独で開戦し、多くのイスラーム教諸国で反発を買った。イランは、アメリカとイスラエルへの対決姿勢を鮮明にした。親米的なサウディアラビアやクェートでさえ、中国に石油を売る契約をし、アメリカべったりの姿勢を変えようとしている。ムスリムの民衆は、中東のどこの国でもアメリカを激しく非難している。西洋文明とイスラーム文明の対立は、深刻化している。その焦点にイスラエル=パレスチナ紛争があるので、容易に改善できない状況となっている。

 イラク戦争の戦後処理に失敗して泥沼に陥ったアメリカは、東アジアで行動を起こす余裕がなくなっている。イラク、イランとともにブッシュ大統領が「悪の枢軸」と名指した北朝鮮に対しても、攻略するどころか暴発を防ぐので精一杯だ。北朝鮮を抑えるには、中国の力を借りねばならない。当面、東アジアは地域大国・中国に委ね、中東での諸問題を処理した後に、東アジアで巻き返しを図るしかないという判断だろう。こうした状況は、台頭する中国には有利に働いている。

 シナ文明の中核国家・中国は、建国以来の目標である台湾統一を目指して着々と力を蓄えている。そのため、台湾海峡と西太平洋で、米中の緊張は強まりつつある。中国の経済的・軍事的強大化によって、西洋文明とシナ文明の対立は現実のものとなった。中国は、シナ文明圏に属する朝鮮半島に強い影響力を及ぼしている。

 さらに中国は、アフガン戦争及びイラク戦争でアメリカがイスラーム教諸国の反発を受けている隙を突いて、中東諸国に積極的に働きかけを行なっている。また大陸国家・中国が海軍力を増強し、海洋へ進出しつつある。ミャンマーには、サウディアラビアの資金でインド洋に出る軍港を作った。こうした動きには、ハンチントンが予想した西洋文明とイスラーム=シナ文明連合の対立へと進む萌芽がある。さらに世界各地で石油・資源を求める中国は、アメリカと激しい争奪戦を繰り広げ、米中冷戦といわれる状況を生んでいる。中国は、宇宙空間にも触手を伸ばしている。宇宙空間から地球を支配しようとするアメリカへの対抗である。こうした動向が強まれば、今後、米中対決という事態に至りかねない。

 西洋文明とイスラーム=シナ文明連合の対立に、もう一つ加わりそうなのが、東方正教文明である。東方正教文明の中核国家・ロシアは、旧ソ連の主要部を引き継いだ地域大国である。ロシアもまた反米的な姿勢を強めている。ロシアは、イラク戦争によってイラクの石油利権を失った。これへの反発がある。また旧ソ連の諸国でアメリカが民主化を進めようと工作していることにも、苛立っている。その結果、ロシアは中国と提携するに至った。

 中国・ロシアは、連携してアメリカに挑戦し、多極化を進めようとしている。ロシアは中国に武器や石油を売る。中国はイランに武器を売り、軍事技術を提供している。中国・ロシア・イラン等による反米連合が生れつつある。中国・ロシア・中央アジア4国に加えて、イラン・インド・パキスタン等を準加盟国とする上海協力機構は、今後の展開が注目される。ロシアは世界第2の産油国である。中国だけでなく、欧州諸国もその石油を求めている。ロシアは、自国産の石油をルーブルで売る政策を開始した。ドルの基軸通貨体制を崩そうとするものだろう。軍事力ではアメリカにかなわないロシアだが、ドルの力をそぐことでアメリカの支配を弱めようと狙っているのだろう。

 

●ブッシュ子政権の政策が闘争を拡大した

 

 さらに付け加えるべきは、イラク戦争以後、アメリカとヨーロッパの間にも溝ができたことである。これは、西洋文明の内部に、摩擦や対立が生まれていることを意味する。ハンチントンは、『文明の衝突』で、アメリカの取るべき方策として、アメリカの西欧的アイデンティティを自覚して西欧との連携を強めること、非西洋文明に西洋文明を押し付けないこと(自由・デモクラシー・人権等)、非西洋文明の分断を図ることを提案した。しかし、ブッシュ子政権が取った政策は、ハンチントンの提案とは、大きく異なっていた。

 アメリカ政府は、9・11をきっかけに、一極体制の確立・強化を狙った。圧倒的な軍事力を掌中にするブッシュ子政権とネオコンたちは、「テロとの戦い」によって、一気に中東・ユーラシアの石油・資源を押さえ、アラブ諸国の民主化を進めることができると、自己の力を過信したのだろう。

 ドイツ・フランス等、欧州諸国の多くは、イラク戦争に反対した。勝利したアメリカは、他国の石油利権を解消し、利権を独占した。こういう利己的なやり方が、欧州諸国の反感を招いた。アメリカは、ハンチントンの提案とは逆に、西欧との連携を損ない、非西洋文明を分断するどころか反米で協調させる結果を生んでいる。多極化を阻止するはずが、かえって多極化を促進してしまった。9・11及びアフガン戦争及びイラク戦争は、文明の対決を仕掛けて、これに勝利するつもりだったのだろうが、結果は正反対になっている。

 冷戦の終結後、人類史上初めて、唯一の超大国が世界を支配する一極体制が実現した。真に地球規模の大帝国(グローバル・エンパイアー)が出現した。そのように見えた。しかし、そのアメリカ帝国の一極体制は、間もなく没落の道を下り出した。後世の歴史家は、そのきっかけが、9・11の策謀であり、それを皮切りとするアフガン戦争及びイラク戦争だったと記すことになるかもしれない。ページの頭へ

 

3.セム系一神教文明群の中の対立

 

●セム系一神教文明群と非セム系多神教文明群

 

 ここまで、私はハンチントンの理論を援用してきたが、私は氏の学説を高く評価するとともに、その文明論に一部修正を加えるべきだと考えている。

 ハンチントンは、現代世界には、7または8つの文明が存在すると説く。すなわち、キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)、東方正教文明(ロシア・東欧)、イスラーム文明、ヒンドゥー文明、儒教を要素とするシナ文明、日本文明、カトリックと土着文化を基礎とするラテン・アメリカ文明。これに今後可能性のあるものとして、アフリカ文明(サハラ南部)を加え、7または8と数える。

 ちなみに私は、諸文明を主要文明と周辺文明に分け、現代の主要文明は西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、インド文明、シナ文明、日本文明、ラテン・アメリカ文明、アフリカ文明の8つと考える。そして、これら以外に多くの周辺文明が存在すると考える。例えば、アジアにはチベット文明、モンゴル文明、朝鮮文明、南伝仏教文明等がある。

 また、私がハンチントンの説に修正を加えたいと思うのは、世界の諸文明は、単に併存しているのではなく、大きく二つのグループに分けることができるという点である。この二つのグループとは、セム系一神教文明群、非セム系多神教文明群の二つである。

 セム系一神教文明群は、ハンチントンのいう西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つが主要文明である。ラテン・アメリカ文明は、アニミズム、シャーマニズムを基底にしているが、カトリック文化を上層に持つので、この文明群に分ける。なお、西洋文明、東方正教文明を合わせて、ユダヤ=キリスト教諸文明とも呼ぶ。ユダヤ文明をその中の周辺文明の一つとする。

セム系一神教文明群の担い手は、超越神によって創造された人間の子孫であり、世界的大洪水で生存したノアの長子セムの系統と信じられている。宗教的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教である。これらの文明における超越神は、唯一男性神とされる観念的な存在であり、神との契約が宗教の核心にある。地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。

これに対し、非セム系多神教文明群は、日本文明、シナ文明、インド文明、アフリカ文明の四つが主要文明である。これらのうち、日本文明、シナ文明、インド文明は、歴史的に東洋文明と呼ばれて、西洋文明と対比されてきた。多神教文明群では自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれた生命体である。文明の担い手は、自然が人間化したものとしての人間である。宗教的には、日本の神道、シナの道教・儒教、ヒンドゥー教、仏教の一部、アニミズム、シャーマニズムである。地理学的・環境学的には、森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。

 ラテン・アメリカ文明とアフリカ文明(サハラ南部)は、ともにアニミズム、シャーマニズムを基底にしているが、前者はカトリック文化を上層に持つので、セム系一神教文明群に分類することとし、アフリカ文明は非セム系多神教文明群に分類する。

 私は、このようにハンチントンの文明併存論に対し、文明群立論を提唱するものである。上記のように、世界の諸文明を、セム系一神教文明群と非セム系多神教文明群の二つに分ける場合、地理的な区分線は、北米・南米・欧州・北アフリカと南アフリカの間、中東諸国とインドの間、ロシア・中央アジア諸国と中国の間、日本・東南アジアとアメリカ・オーストラリアの間に引くことができよう。

 なお、イスラエルとアラブ諸国は、アジアに位置するが、セム系一神教を信奉する点で、インド以東の多神教の世界とは、顕著な違いがある。アジアは、セム系一神教文明群の故郷であるとともに、非セム系多神教文明群が発展した地域でもあり、セム系一神教文明群と非セム系多神教文明群が併存している。

 ラテン・アメリカ文明とアフリカ文明は、ともにアニミズム、シャーマニズムを基底にしているが、前者はカトリック文化を上層に持つので、セム系一神教文明群に分類し、アフリカ文明は非セム系多神教文明群に分類する。

 私は、このようにハンチントンの文明併存論に対し、文明群立論を提唱するものである。上記のように、世界の諸文明を、セム系一神教文明群と非セム系多神教文明群の二つに分ける場合、地理的な区分線は、北米・南米・欧州・北アフリカと南アフリカの間、中東諸国とインドの間、ロシア・中央アジア諸国と中国の間、日本・東南アジアとアメリカ・オーストラリアの間に引くことができよう。

 なお、イスラエルとアラブ諸国は、アジアに位置するが、セム系一神教を信奉する点で、インド以東の多神教の世界とは、顕著な違いがある。アジアは、セム系一神教文明群の故郷であるとともに、非セム系多神教文明群が発展した地域でもあり、セム系一神教文明群と非セム系多神教文明群が併存している。

 

●ユダヤ文明はユダヤ=キリスト教系文明群の周辺文明

 

 ハンチントンは、西洋人でありまたユダヤ系知識人である。上記のように諸文明をグループ化することによって、彼の理論では見えないもの、見えにくいものが、浮かび上がってくると思う。また私は、ハンチントンが西洋文明に対し、「キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする」と表現していることにも、不足を感じる。ここにユダヤ教という要素を明記すべきである。つまり、西洋文明はユダヤ=キリスト教を基礎とする、という形容こそふさわしい。そして、ユダヤ=キリスト教のユーラシア西方での表れが西洋文明、東方での表れが東方正教文明ととらえることができる。

私は、イスラエル建国後のユダヤ社会をユダヤ文明とし、ユダヤ=キリスト教系諸文明の周辺文明の一つと位置づける。ユダヤ文化は、古代シリア文明にさかのぼる。ユダヤ民族は、ユダヤ=キリスト教という文化要素を、ギリシア=ローマ文明経由でヨーロッパ文明に提供した。しかし、亡国離散した後のユダヤ諸社会を、まとめて一個の文明と見ることはできない。ロシア、東欧、西欧、北米に離散したユダヤ人は、19世紀後半からパレスチナに移住し続けた。建国後のイスラエルは、ユダヤ教を宗教的な文化要素としつつ、ロシア、東欧、西欧、北米の諸文化、諸思想が混在する社会となっている。その点でも、ユダヤ文明は、ユダヤ=キリスト教系諸文明の周辺文明と見ることが出来る。

次に、ハンチントンは西洋文明とイスラーム文明を別のものとするが、私の意見では、ヨーロッパ文明が北米にも広がった西洋文明とイスラーム文明は、同じ文明群に入る。「文明の衝突」における西洋文明とイスラーム文明の対立は、同じセム系一神教文明群の中での対立なのである。セムの子孫同士の戦いであり、異母兄弟の骨肉の争いである。

 そして、現代世界は、イスラエル=パレスチナ紛争を焦点として、ユダヤ教・キリスト教・イスラームのセム系一神教の内部争いによって、修羅場のような状態になっている。

イスラエルの建国後、アラブ諸国はイスラエルと数次にわたって戦争を行い、またアメリカと湾岸戦争、アフガン戦争及びイラク戦争で戦っている。また旧ソ連とはアフガン戦争で戦い、今日は旧ソ連圏のムスリムが中央アジア各地で、ロシアと戦っている。ハンチントンは、これらの戦いを、西洋文明とイスラーム文明との衝突ととらえているが、私は第2次大戦後という現代において、イスラエルやロシアを含めたユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明の対立・抗争ととらえた方がよいと思う。

ユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明との関係という視点で見ると、中東には、第1次大戦後、西洋文明の覇権国家イギリスによって文明間の対立がもたらされた。続いて、第2次大戦後、西洋文明の覇権国家アメリカと東方正教文明の対抗国家ソ連によって、その対立は冷戦構造の中に組み込まれた。その結果、争いが憎悪を生み、報復が報復を招いて、抜き差しならない状態となっている。ハンチントンは、西洋文明と「儒教―イスラームコネクション」、つまりシナ文明=イスラーム文明連合の衝突の可能性を強調するが、その対立の核心には、冷戦以前からのイスラエルとアラブ諸国の対立がある。

ハンチントンの見方では、冷戦期を含めたイスラエル、ユダヤ文明の中東及び世界全体への影響の重要性が浮かび上がらない。ハンチントンは、アメリカを中心として西洋文明が存続・発展していくための政策を提言するが、その立論はユダヤ=キリスト教系西洋文明、とりわけアメリカ=イスラエル連合を益するものとなっていると思う。ページの頭へ

 

4.日本文明の果たすべき役割

 

●セム系一神教同士の争いを調和に導くもの

 

私は、超大国アメリカの果たすべき役割は、ユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明との対話を促し、中東に和平を実現することにあると思う。ケネディ大統領は、イスラエルが核開発をすることを認めなかったが、彼が暗殺されて後、アメリカはイスラエルの核保有を黙認するようになった。1960年代から、イスラエルはアメリカの政界・議会へのロビー活動を活発に行い、アメリカ指導層をイスラエル支持に固めていった。カーター大統領の時期には、アメリカはイスラエルとエジプトの和平に努力した。しかし、再び対立的な方向に戻り、今やアメリカの指導層は、イスラエル政府の外交政策を支持する親イスラエル派やシオニストが主流を占めている。キリスト教保守派の多くは、イスラエルを守るべき国とし、キリスト教とユダヤ教の結びつきは強化されている。

ブッシュ子政権は、アメリカ=イスラエル連合とイスラーム教諸国との「新しい十字軍戦争」を唱導した。これは、セム系一神教文明群の中でのユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明の戦いである。このような争いの世界を、調和の世界に導くには、どうすればよいのか。私は、非セム系多神教文明群が、あい協力する必要があると思う。その牽引力となるのは、私の用語で言えば、日本文明・シナ文明・インド文明であり、中でも日本文明には中心原動力となる潜在力が存在すると私は考える。

 なおシナ文明については、私は現在の共産中国を言うのではない。共産中国は、西洋文明が生み出し、東方正教文明が成長させた共産主義によって、シナ文明を大きく変貌させてきた。私は、今後、中国が民主化され、共産主義が支配する以前のシナ文明の伝統、道教・儒教をはじめとする自然教の伝統が蘇ることを期待しているのである。そのシナ文明の再生には、日本文明の伝播が触媒作用を果たすだろうと思う。

 

●海洋的要素を持つ日本文明が世界に調和を促す

 

 私は、先に現代世界の文明を二つの文明群に分けることを提唱した。そこにもう一つ、重要な視点を加えたい。日本文明は、非セム系多神教文明群に分類されるが、なおその中で独自の特徴があることである。その特徴は、セム系一神教文明群にも非セム系多神教文明群の他の文明にも見られないユニークなものである。

 文明の中核には、宗教がある。日本文明の固有の宗教とは、何か。神道である。神道は、単なる多神教ではなく、根本に一神教的な側面を持ち、多神教と一神教を総合し得る可能性が内在している。すなわち、本質において「一」であるものが、現象において「多」であるという「一即多、多即一」の論理でとらえるべき世界観を示しているのである。

また、神道が他の主要な宗教と異なる点は、海洋的な要素を持っていることである。ユダヤ教・キリスト教・イスラームや道教・儒教・ヒンドゥー教・仏教は、どれも大陸で発生した。大陸的な宗教を中核にすることによって、セム系一神教文明も非セム系多神教文明の多くも、ともに大陸的性格を持っている。21世紀の世界で対立を強めている西洋文明、イスラーム文明、シナ文明、東方正教文明には、大陸的な性格が共通している。

 これに比べ、神道は海洋的な要素を持ち、日本文明に海洋的な性格を加えている。これは、四方を世界最大の海・太平洋をはじめとする海洋に囲まれた日本の自然が人間心理に影響を与えているものと思う。この視点から見ると、世界の諸文明は大陸的文明群と海洋的文明群に分けられる。

私は、セム系一神教文明を中心とした争いの世界に、非セム系多神教文明群が融和をもたらすために、日本文明の役割は大きいと思う。日本文明のユニークな海洋的性格が、大陸的文明同士の摩擦を和らげ、大いなる調和を促す働きをすることを私は期待する。

 

●ハンチントンは世界秩序再生のために日本文明に期待

 

 ハンチントンも、彼流の見方で日本文明に期待を寄せている。世界秩序の再生において、日本文明には、貢献できるものがあるというのである。その点を見るためにまず彼の主著『文明の衝突』の要旨を述べ、その後、日本文明に関する所論を確認したい。

 ハンチントンの見解は、彼の主著『文明の衝突』の表題のように、文明の衝突を予想したものと一般に理解されている。しかし、ハンチントンは、文明は衝突の元にもなりうるが、共通の文明や文化を持つ国々で構築される世界秩序体系の元にもなりうる、ということを主張している。

ハンチントンは、『文明の衝突』という本を出す時、自分では「世界秩序の再生」という表題を考えていた。再生がテーマだった。ところが、出版社の意向で、「文明の衝突と世界秩序の再生」という題となった。それがわが国では、表題の後半が削除され、「文明の衝突」という闘争がテーマであるかのような表題に訳された。そのためいっそう見逃されやすいが、ハンチントンは、ある文明内での秩序維持は、その文明に突出した勢力があれば、その勢力が担うことになると説く。また、文明を異にするグループ間の対立は、各文明を代表する主要国の間で交渉することで解決ができるとし、大きな衝突を回避する可能性を指摘している。

 そして、ハンチントンは、日本文明に対して、世界秩序の再生に貢献することを期待している。この点は、主著より後の著作において明確に述べられている。

 

●日本には一国一文明という特徴

 

 ハンチントンの日本に関する基本的な見解は、『文明の衝突』日本語版に述べられている。

 「文明の衝突というテーゼは、日本にとって重要な二つの意味がある。

 第一に、それが日本は独自の文明をもつかどうかという疑問をかきたてたことである。オズワルド・シュペングラーを含む少数の文明史家が主張するところによれば、日本が独自の文明をもつようになったのは紀元5世紀ごろだったという。私がその立場をとるのは、日本の文明が基本的な側面で中国の文明と異なるからである。それに加えて、日本が明らかに前世紀に近代化をとげた一方で、日本の文明と文化は西欧のそれと異なったままである。日本は近代化されたが、西欧にならなかったのだ。

 第二に、世界のすべての主要な文明には、2ヶ国ないしそれ以上の国々が含まれている。日本がユニークなのは、日本国と日本文明が合致しているからである。そのことによって日本は孤立しており、世界のいかなる他国とも文化的に密接なつながりをもたない」と。

 ハンチントンが言うように、日本は独自の文明である。しかも世界の主要文明のひとつである。私の知るところ、この点を最初に明確に主張したのは、比較文明学者の伊東俊太郎氏である。人類の文明史を見るには、主要文明と周辺文明という区別が必要と私は考える。私は、日本文明は、古代においてはシナ文明の周辺文明であったが、7世紀から自立性を発揮し、早ければ9世紀〜10世紀、遅くとも13世紀には一個の独立した主要文明になったと考える。そして、江戸時代には熟成期を迎え、独創的な文化を開花させた。それだけ豊かな固有の文化があったからこそ、19世紀末、西洋近代文明の挑戦を受けた際、日本は見事な応戦をして近代化を成し遂げ、世界で指導的な国家の一つとなった。

 15世紀から20世紀中半までの世界は、西洋文明が他の諸文明を侵略支配し、他の文明のほとんどーーイスラーム文明、インド文明、シナ文明、ラテン・アメリカ文明等――を西洋文明の周辺文明のようにしていた。この世界で、民族の独立、国家の形成、文明の自立を進め、文明間の構造を転換させる先頭を切ったのが、日本文明である。

 日本文明は、西洋近代文明の技術・制度・思想を取り入れながらも、土着の固有文化を失うことなく、近代化を成功させた。日本の後発的近代化は、西洋化による周辺文明化ではなく、日本文明の自立的発展をもたらした。この成功が、他の文明に復興の目標と方法を示した。

 15世紀以来、世界の主導国は、欧州のポルトガル、スペインに始まり、覇権国家はオランダ、イギリスからアメリカと交代した。この西漸の波は、西洋文明から非西洋文明へと進み、1970年代から21世紀にかけて、波頭は日本、中国、インドと進みつつあるように見える。

 ハンチントンの説に話を戻すと、日本文明は彼が論じるとおり「日本国=日本文明」であり、一国一文明という独自の特徴を持っている。ハンチントンは、日本文明は他の文明から孤立しているとし、そのことによる長所と短所を指摘する。

 「文化が提携をうながす世界にあって、日本は、現在アメリカとイギリス、フランスとドイツ、ロシアとギリシア、中国とシンガポールの間に存在するような、緊密な文化的パートナーシップを結べないのである。日本の他国との関係は文化的な紐帯ではなく、安全保障および経済的な利害によって形成されることになる。しかし、それと同時に、日本は自国の利益のみを顧慮して行動することもでき、他国と同じ文化を共有することから生ずる義務に縛られることがない。その意味で、日本は他の国々が持ちえない行動の自由をほしいままにできる」と。

 9・11以前から、ハンチントンは、アメリカがアジア政策で明確な姿勢を示さないと、日本は中国と連携するようになると警告していた。9・11以後、ハンチントンは、日本の重要性をより強く感じるようになったようで、事件の翌年刊行した『引き裂かれる世界』(ダイヤモンド社)では、日米関係の強化を主張し、日本が文明の衝突を緩和する役割を担うことに期待を表明している。ページの頭へ

 

5.平和と環境を守る国・日本の活路

 

●ハンチントンは、日本は「積極的かつ建設的な役割を」と言う

 

 ハンチントンは、文明は衝突の元にもなりうるが、共通の文明や文化を持つ国々で構築される世界秩序体系の元にもなりうる、と主張する。その文明内での秩序維持は、その文明に突出した勢力、すなわち中核国があれば、その勢力が担うことになると説く。また、文明を異にするグループ間の対立は、各文明を代表する主要国の間で交渉することで解決ができるとし、大きな衝突を回避する可能性を指摘している。そして、日本文明に対して、世界秩序の再生に貢献することを期待している。

 具体的には、次のように論じている。

 ハンチントンは、9・11の翌年出した『引き裂かれる世界』の中で、日本への期待を語っている。

 序文で彼は次のように述べる。平成14年(2002)当時の日本は経済の改革をすることが第一だとし、そうすることで「日本は他国間の文明の衝突を緩和に導くキープレイヤーの一員になり、東アジアにおけるパワーバランスの安定を促進し、今まで持続させてきた国民共同体を全うするよう他国に対して後押しすることができるようになるのだと私は考えている」「長期的に言えば、世界が日本に求めるのは、グローバルで重要な問題に取り組んで、積極的かつ建設的な役割を果たすことである」

 また、本文でより具体的に次のように書く。

 「日本には自分の文明の中に他のメンバーがいないため、メンバーを守るために戦争に巻き込まれることがない。また、自分の文明のメンバー国と他の文明との対立の仲介をする必要もない。こうした要素は、私には、日本に建設的な役割を生み出すのではないかと思われる。

 アラブの観点から見ると、日本は西欧ではなく、キリスト教でもなく、地域的に近い帝国主義者でもないため、西欧に対するような悪感情がない。イスラームと非イスラームの対立の中では、結果として日本は独立した調停者としての役割を果たせるユニークな位置にある。また、両方の側から受け入れられやすい平和維持軍を準備でき、対立解消のために、経済資源を使って少なくともささやかな奨励金を用意できる好位置にもある。

 ひと言で言えば、世界は日本に文明の衝突を調停する大きな機会をもたらしているのだ」と。

 

 アメリカには、東アジア政策に関して、いろいろな戦略・思想・政策がある。

 @共産中国を積極的に封じ込めようとする考え方(チェイニー、ラムズフェルド等)

 A中国に対抗するために日米同盟を強化しようという考え方(アーミテージ等)

 B日中の勢力の均衡を図る考え方(ブレジンスキー、キッシンジャー等)

 C労働問題・人権問題により中国を強く批判する考え方(ペロシ、シューマー等)

 D中国からの経済的利益を優先する考え方(ポールソン、ウォール・ストリート等)である。

 こうした中で、ハンチントンの意見は、中国との衝突を回避するために日米の連携を説くもので、Aに位置し、その中で@のネオコンには反対し、Bとは通じる現実主義的な姿勢だと思う。

 

●アメリカ・中国との関係についても示唆

 

 9・11以前から、ハンチントンは、アメリカがアジア政策で明確な姿勢を示さないと、日本は中国と連携するようになると懸念していた。『引き裂かれる世界』でもやはり、次のように言う。

 「日本と中国の関係はどうなっていくのか。それはもっぱら、アメリカが東アジアにとどまることをどう約束するのか、米中関係がどうなるのか、による。もしアメリカが東アジアから引き揚げるそぶりを見せれば、日本は間違いなく中国に流れるだろう。また、時おり安定を欠くアメリカと中国の関係の中で、日本は板ばさみになり、両方の大国の間でバランスをとるのに苦労をするだろう。もし中国が東アジアで支配的な力を持ちそうに見えたら、日本は中国に追従を強要されたと感じるだろう」

 9・11以後、ハンチントンは、日本の重要性をより強く感じたようで、本書では、日米関係の強化を主張し、日本が文明間の対立を協調へと向かわせる役割を担うことに期待を表明している。

 ハンチントンは、軍事的側面と経済的側面の二つの面について見解を述べている。

 軍事的な面については、「日本は軍事力のてこ入れが必要だと私は思っている」「私が提案したいのは、アメリカ軍と働くことができるように、アメリカの戦闘部隊が行っている作戦行動と同じレベルで行動できる技術と能力を持ちながら、徐々に軍事的能力を高めていくことだ。こうすることで、合同軍の兵站支援と平和維持活動に多大な貢献ができ、そして国際政治の舞台でもっと大きな役割を演じることができるようになる」と言う。

 特に共産中国との関係では、「中国の軍事力増強は東アジアにおける安全保障の問題を引き起こす。アメリカが本土ミサイル防衛に一歩先んじるので、日本の重大権益を中国から守るため、日本とアメリカは共同で東アジア向けに戦域ミサイル防衛システムを開発すべきだ」

 もう一方の経済的側面については、「軍事的連携を強化するのと同時に日本と同時に、日本とアメリカは東アジアについて共同の経済戦略を立て実践すべきである」と言う。そして日本が中国に従属せず、また対立するのでもない道として、「日本の実際上の、そしてもともとの同盟国のアメリカと組んで、より広い地域経済連合を形成することである。これはアジア太平洋経済協力会議(APEC)の上につくるもので、APECのメンバーのほとんどが加盟するものになるだろう。あるいは、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムの上につくり、アメリカ、ロシア、オーストラリア、そして中国の対抗勢力形成に賛成する他の国々の参加を得るものになるかもしれない」という選択肢を示唆している。

 

●ポスト9・11の世界で、わが国はどうあるべきか

 

 ポスト9・11の世界において、日本はどうあるべきか。

 9・11以後、わが国は、アメリカにひたすら追従してきた。平成13年(2001)10月のアメリカのアフガニスタン侵攻後、11月2日には、驚くべき速さでテロ対策特別措置法を成立させた。以来わが国は、同法に基づいて自衛隊を中東に派遣し、インド洋での海上給油作業等を行なってきた。テロ特措法は、四つの国連安保理決議を引用している。それらの安保理決議は、すべて9・11はイスラームのテロリストによるという認識に立っている。わが国もまたその認識にいて、テロ特措法を制定した。加害者は、オサマ・ビンラディンを首領とするアルカーイダであるという前提で、すべてが進んできた。

 また、平成15年(2003)3月にイラク戦争が開始されると、小泉首相は、いち速くアメリカを支持した。これはなぜか。わが国は、現行憲法の制約により、自主的な国防力を整備できていない。自力では国を守れない。北朝鮮は、平成10年(1998)8月、わが国の方向にテポドンを撃ち、三陸沖に着弾した。万が一、北朝鮮がミサイルでわが国を攻撃してきたら、頼れるのはアメリカしかない。こういう状態では、わが国はアメリカの戦争を支持し、協力せざるをえない。それが小泉政権の判断だっただろう。

 わが国は現行憲法を放置し、従米的な安全保障体制に甘んじ、そのうえ専守防衛・非核三原則等の自制的な防衛政策を取ってきた。そのことが、わが国の政策の選択肢を限ってしまっている。現状では、アメリカの政策に追従せざるをえない状態にある。

 9・11及びアフガン戦争及びイラク戦争によって、世界は大きく変わった。文明間の対立が鮮明になっている。その世界を協調の方向に進めるには、相当時間と労力がかかるだろう。粘り強い取組みが必要である。仮に9・11の真相が、アメリカ政府高官らが関与したものであったとすれば、世界にもわが国も衝撃が走るだろう。

 しかし、共同謀議は、一部の指導層の犯罪である。アメリカ国民全体の意思ではない。その点を見極めて、わが国はアメリカという国家との関係を、保持していかなければならない。今後、アメリカ国内で9・11の真相解明がどのように進むか、その展開を注視して、柔軟に対応する必要がある。真理と正義を追求することを急いで、現実を見失い、日本の安全保障と国家国民の利益を損なってはいけない。

 ハンチントンが予想した西洋文明とシナ文明の対立は、アメリカと中国の冷戦という形で現実化した。そして、太平洋を隔てて、西洋文明とシナ文明の中間に位置するのが、日本文明である。日本文明は、自己の存立のためには、西洋文明とシナ文明の融和を図らざるを得ない環境にある。アメリカに盲従するのでなく、また中国に媚びへつらうのでもなく、堂々と主張する日本を目指さねばならない。

 それとともに、わが国は、イスラエルとアラブ諸国の対立を和らげるように助力しなければならない。日本が中東の石油を安定的に確保するには、中東和平を目指さざるを得ない。セム系一神教文明群の内部抗争は、非セム系多神教文明群の仲介によってのみ、協調の方向に転じられる。非セム系多神教文明群の中でもユニークな特徴を持つ日本文明は、西洋文明とイスラーム文明の抗争を収束させ、調和をもたらすためにも重要な役割がある。

 西洋文明とイスラーム=シナ=東方正教文明連合、アメリカ=イスラエル連合と中国・ロシア・アラブ諸国連合の対立が決定的な形に進まないように、わが国はアメリカと中国の間で、またイスラエルとアラブ諸国の間で、自らの興亡盛衰をかけて、共存共栄の道を開かねばならない。それは、単に自国のためだけでなく、世界の平和と発展のためにも必要とされることである。ページの頭へ

 

結びに〜日本精神を復興して世界に貢献を

 

 わが国及び日本文明が上記のような役割を果すには、まず独立主権国家としての自主性・主体性を取り戻すことが不可欠である。憲法を改正し、自主国防を整備し、その力の裏づけを持ってはじめて国際社会で発言力・影響力を発揮することができる。

 盲目的な従米は、一蓮托生の道である。アメリカが没落すれば、日本も一緒に没落する。それを抜け出るには、憲法を改正して、自主国防を整備すること。そして、親米だが自主性・主体性のある政策を行なうこと。長期的には、アメリカとの関係を従属から対等の関係に転じていけるよう、徐々に進めていく。

 これには時間がかかる。その期間は、アメリカの追従から自主へと徐々に転換していくしかない。急激な転換は無理を生じる。日米関係を対等な関係に成熟させ、着実に進んでいかなければならない。同時に媚中の姿勢をやめる。自主性・主体性を軽んじ、反米親中の政策を取れば、中国に呑み込まれかねない。アメリカと共に、中国の民主化を促し、脱ファッショ化・脱共産主義化に助力する。そして、中国にシナ文明の良き伝統が復活するように、日本文明から文化を発進していく。

 わが国は、国家間関係(international relationship)においてだけではなく、文明間関係(inter-civilizational relationship)においても、地球全体のキーポイントとなる立場にある。そこで求められるのは、日本文明の特長を良く発揮することである。現代世界人類の二大課題は、世界平和の実現と地球環境の保全である。そのためには、核戦争を防ぎ、また環境と調和した文明を創造しなければならない。これらの課題を実現するうえで、日本には重要な役割があると私は、確信している。人と人、人と自然が調和する日本精神には、人類の文明を転換し、この地球で人類が生存・発展していくための鍵があると思う。

 私たち日本人は、この21世紀において、日本精神を取り戻し、世界的にユニークな日本文明の特長を活性化し、新しい世界秩序の構築と、新しい人類文明の創造に寄与したいものである。私は、そこに日本の活路があると思う。ページの頭へ

 

関連掲示

・文明学及び私の日本文明論については、以下をご参照ください。

 拙稿「人類史に対する文明学の見方

 拙稿「人類史の中の日本文明

・9・11については、以下をご参照ください。

 拙稿「9・11〜欺かれた世界、日本の活路

・ハンチントンの理論への批判については、下記の記述もご参照ください。

 拙稿「家族・国家・人口と人類の将来〜エマニュエル・トッド」〜第2章「人類学的な国際関係論」

 拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題

                                          

参考資料

・サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』(集英社)、『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社新書)、『引き裂かれる世界』(ダイヤモンド社)

 

 

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