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■“学ぼう、日本のこと”セミナー:日本文明と人類の新時代

2016.3.18

 

<目次>

はじめに

1.自己紹介

2.志とは何か

3.文明学から見た日本

(1)文明学の見方

(2)日本文明のユニークさ

4.日本文明の独自の要素

(1)神道

(2)皇室

(3)武士道

5.日本精神の真髄

6.人類の新時代と日本人の役割

(1)人類の急激な発展

(2)「昼の時代」が到来する

(3)わずか30数年後の未来

(4)日本精神を発揮して、人類に貢献を

結びに〜志を問い、志を鍛えよう

 

 

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はじめに

 私は、平成27年(2015)11月から28年(2016)3月にかけて、東京・渋谷で、「What Is Nippon? 学ぼう、日本のこと」と題した4回シリーズのセミナーを行った。参加者は、10代から30代の若い人たちである。
 日本について知ってもらうため、日本を文明学の観点からとらえ、日本文明の独自の特徴として神道・皇室・武士道を取り上げ、これらの根底にあるものとして日本精神について述べた。そして、21世紀に建設すべき人類の新文明について、未来学やテクノロジーの最先端の情報を加えて説明し、日本人の果たすべき役割について語った。

1回60分の講演と質疑応答を中心とし、パワーポイントによるプレゼンを使用した。その講演の概要を掲載する。

 

1.自己紹介


 私は、昭和29年(1954)生まれ。高校時代が70年安保の前後という大学紛争・高校紛争の世代である。当時、共産主義の影響受けたため、その克服に苦労した。
 大学生時代に縁あって大塚寛一先生を知った。大塚先生は、戦前の昭和10年代、に日独伊三国同盟に反対し、米英と開戦すれば大敗を喫する、新型爆弾を投下され、大都市は焦土と化すと警告された。言論統制厳しい中、時の指導層に建白書を送付し、逮捕も投獄もされなかった。だが、残念ながら指導層はそれをいれずに米英と開戦し、日本は大敗を喫した。
 大塚先生は当時から真の日本精神を説く活動をされ、戦後も一貫して啓発活動された。また、21世紀に人類が迎える新しい時代について、明確なビジョンを示されている。そのことに私は強い感銘を受けた。大塚先生の言葉を指針として、共産主義を克服することができ、また人類の新しい文明の建設を目指す啓発活動を行ってきた。
 また私は、個人としても、日本の復興のため、日本精神の復興を呼びかける言論活動を行っている。今回のセミナーは、主催者の「Nipponのココロ」の学生さんたちから、講演を依頼された。
http://www.facebook.com/nippon.cocoro
 私は、学者や専門の研究者ではない。一人の日本人、一国民として思うところを書いている。ウェブ・ライターを自称し、個人として書くものは、ネット上に無料で公開することをポリシーとしている。現在、「人権――その起源と目標」をブログに連載中である。(註 詳しくはこのサイトの「自己紹介」へ)

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22地球 001

2.志とは何か


 このセミナーは、「未来のリーダーとなる志のある若者」を対象とするという。
 志とは何か。『広辞苑』によると、「志」とは「心の向かうところ。心にめざすところ」をいう。また「志を立てる」とは「ある目的・信念を実現しようと決意する」ことをいう。
 あなたの志は何か。自分の人生の目的とすること、自分が信念を持って実現しようと決意していることはあるか。
 かつて幕末の危機に立ち向かい、明治維新を成し遂げた青年たちがいた。吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬らである。彼らは、幕末維新の志士と呼ばれる。「志士」とは「高い志をもつ人。国家・社会のために自分の身を犠牲にして尽くそうとする志を有する人」をいう。「志士」とは、個人的・私的な目的を目指す者をいうのではない。国家・社会のためにという社会的・公的な目的に向かって努力する人をいう。
 今回のセミナーを通じて、日本について学びながら、自分の志を問い、またその志を鍛えてほしい。
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3.文明学から見た日本

 

(1)文明学の見方

 日本について学ぶに当たって、最初に人類の歴史を振り返り、文明学の観点から日本の特徴を考えてみよう。
 この地球に人類が棲息するようになってから、数百万年が経過した。この間、人類は、言語や道具や火を用い、大地を耕し、都市を築き、真理や法則を語り、自然のエネルギーをわが物にして繁栄を続けてきた。
 人類の文化は、幾度かの変化を遂げてきた。人類史を概観すると、以下のようになる。

 第1期 人類革命
  時期: 数百万年前
  内容: 言語・道具・火の使用による人類の誕生

 この期間がずっと長く続いたが、1万年ほど前に農耕を始めた。

 第2期 農業革命
  時期: 1万年頃〜1万年1千年前頃
  内容: 農耕の開始

 農耕によって余剰生産力が増大し、商業や統治機構が発達し、都市がつくられた。

 第3期 都市革命
  時期: 紀元前3500年頃〜前2500年頃
  内容: 都市の形成と古代帝国の建設

 第4期 精神革命
  時期: 紀元前800年頃から前500年頃
  内容: 高度宗教や哲学の誕生による精神文化の向上

 シナ、インド、ギリシャ、ユダヤ等で、精神的な指導者が現れた。

 第5期 近代化革命
  時期: 15〜19世紀
  内容: 生活全般の合理化の進展による世界の変容

 とりわけここ数百年の文明の発達は目覚しい。(註 詳細は拙稿「
人類史に対する文明学の見方」へ)
 人類は以上の五つの段階を経てきて、現在は第6の転換期にある。この転換期は人類が人類になって以来、最大の転換期である。そういう意味ではこれまでの小転換期に対し、史上かつてない大転換期である。
 今日、人類は、科学の進歩によって、空を飛び、地に潜り得て、さらに宇宙にまで進出している。その一方、核兵器の破壊力の増大や、地球環境の悪化によって生存の危機に直面してもいる。
 こうした世界において、人類の歴史を振り返り、日本の特徴を考察するには、文明学の観点が必要である。
 文明学は、文明の理論と世界的な文明の歴史を研究する学問である。
 文明は未開・野蛮と対比されるが、文化という言葉もある。文化と文明の違いは何か。
 比較文明学者の伊東俊太郎氏は、「民族の慣習、さまざまな社会の知識の形態、そこでつくられるいろいろな制度、科学、芸術など」を文化とし「文化が発展していって、ある程度の高度のもの、広範囲に制度化されたものに達したもの」を文明というと定義している。
 私見を加えると、文明は、ある程度高度に発達した文化を持つ“社会”を意味するのに対し、文化はその社会の持つ“生活・活動”の総体、つまり慣習・知識・制度・科学・芸術等を意味する。
 文化・文明は翻訳語である。「文化」と訳される英語・仏語 culture は、「耕す」を意味するラテン 語 colere (コレレ)に由来する。「文明」と訳される英語・仏語 civilization は、「都市、国家、市民権」等を意味する ラテン語 civitas (キビタス)に由来する。
 それぞれ農業革命、都市革命に関係する。方や農耕に関する言葉、方や都市に関する言葉が、自然や動物と区別される、人間に固有な生活・活動の総体を意味する言葉として使われるようになった。ちなみに、文化は坪内逍遥、文明は福沢諭吉が作った翻訳語である。
 20世紀最大の歴史家アーノルド・J・トインビーは、国家を単位とした歴史研究では歴史の真相の究明は不可能であり、人間に役立つような歴史学は生まれてこないと考えた。そして、人類の歴史を国家や民族を単位としてとらえるのではなく、文明を単位としてとらえることを提唱した。著書『歴史の研究』で知られる。

 アーノルド・トインビー

 彼のいう文明とは、一般に一つ以上の国家や、複数の人種・民族を含む大規模な社会であって、他とは異なる文化を持つものを意味している。
 世界史の教科書に、エジプト文明、メソポタミア文明等と文明のことが書いていることから、彼の影響の大きさが分る。
 文明はどのように発生するか。トインビーは、文明は「挑戦(challenge)」に対する「応戦(response)」によって発生すると考えた。
 「挑戦」とは、ある社会が環境の激変や戦争等によって、その存亡にかかわる困難な試練に直面することであり、「応戦」とは、この課題に対して創造的に対応しその脅威を乗り越えようとすることをいう。
文明はどのように成長し変化するか。トインビーは、文明の興亡盛衰には、ひとつの法則性があり、文明は「誕生成長挫折解体」を繰り返すと説いている。
 文明の過程のどの段階でも「挑戦と応戦」は行われ、その繰り返しが文明を成長させる。「挫折―解体」後は、先行文明の刺激を受けて発生した新たな文明に継承されることが多いが、滅亡する場合もある。
 トインビーは、世界史に現れた文明のうち「充分開花した文明」は23あったとし、それらは、5つの系統と3つの世代に分けられるとした。
 私は、こうした文明は二種類に大別できると考える。主要文明(major civilization)と周辺文明(peripheral civilization)という用語を用いている。
 主要文明とは、独自の文明の様式をもち、自立的に発展し、かつ文明の寿命が千年以上ほどに長いか、または現代世界において重要な存在であるものである。
 周辺文明とは、主要文明の文化的刺激を受けて発生し、これに依存し、宗教・政治制度・文字・芸術・技術等を借用する文明である。
 トインビー以後、文明学が発達した。その研究の成果に基づいて、現代世界文明単位としてとらえる国際政治学者に、サミュエル・P・ハンチントンがいる。著書『文明の衝突』で知られる。2001年のアメリカ同時多発テロ事件を予言したと話題になった。西洋文明とイスラーム文明の衝突といえる。
 ハンチントンは、冷戦後の世界の主要文明を7または8とし、西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ヒンドゥー文明、シナ文明、日本文明、ラテン・アメリカ文明を挙げ、これに今後可能性のあるものとして、アフリカ文明を加えている。

 

 サミュエル・ハンチントン

 ハンチントンは、日本は独自の文明を持つ、日本文明は世界の主要文明のひとつであるとしている。トインビーは、シナ文明の衛星的・派生的としていたが、ハンチントンの方が日本文明をよく評価している。
 文明と文明は何を以て区別されるか。トインビーは、文明の中核には宗教があると説いた。ハンチントンも同じ見方である。主に宗教の違いによって、文明間の区別がされる。
 私は、世界の諸文明は、宗教によって、二つのグループに分けることができると考える。一神教文明群と多神教文明群の二つである。
 一神教文明群は、西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つが主要文明である。
 これに対し、多神教文明群とは、日本文明、シナ文明、インド文明を中心とする。いわゆる東洋文明はこれである。
 一神教は、唯一神教ともいう。一神教では、人間は超越的な人格神によって創造されたと信じられている。その神は男性の唯一神であり、神との契約が、これらの宗教の核心をなす。宗教的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教である。
 地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠の自然が人間の心理に影響したものと考えられる。
 一神教に対する多神教は、自然の事象、人間・動物・植物等を広く信仰の対象とする。汎神教といったほうがよいものも、ここでは含む。
 多神教では、自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれたと考える。宗教的には、日本の神道、シナの道教・儒教、ヒンドゥー教、仏教、アニミズム、シャーマニズムである。森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林の自然が人間の心理に影響したものと考えられる。
 こうした宗教の違いで、文明を一神教文明群と多神教文明群に分けることができる。日本文明は、神道を宗教的中核とする多神教文明である。
 文明の分類には、西洋文明と東洋文明という分け方もある。ヨーロッパ・北米を中心とした文明を西洋文明、アジアの東部・南部を中心とした文明を東洋文明と言う。東洋は広義の場合、トルコ以東、北はシベリア、南はインドネシアまでを言う。東洋文明という時は、日本文明、シナ文明、インド文明を主要文明とする。

(2)日本文明のユニークさ

 日本文明は、主要文明の一つである。多神教文明群に属し、また東洋文明に入るが、他の文明にないユニークな特徴がある。サミュエル・ハンチントンは、日本は「一国一文明」だという。他の文明は、二つ以上の国家で構成されているが、日本文明は、日本一国で一つの文明となっている。また日本文明は人と人、人と自然の調和を重んじる。これらによって、日本文明は世界に比類ない存在である。
 日本文明は、古代東アジアの主要文明であったシナ文明の刺激を受けて周辺文明として発生した。始めのうちはシナ文明に依存し、宗教・政治制度・文字・芸術・技術等を借用していたが、7世紀の聖徳太子の時代から自立性を発揮し、9世紀の遣唐使の廃止以降、独創性を強く発揮するようになった。ひらがな、和歌等が挙げられる。そして、遅くとも13世紀には一個の独立した主要文明になったと私は考える。武士が政権を担う中で、文明の独自の様式を保ち、基礎的な制度も自分に合ったものに変え、自立的に発展し続けた。(律令に対する式目等)
 日本文明が主要文明として発展している間に、15世紀以降、西洋文明が他の諸文明を侵略・支配し、植民地としていった。東洋文明のうち、インド文明、シナ文明もそうした状態に置かれた。その波が19世紀半ばに日本にも押し寄せた。1853年(嘉永6年)の黒船の来航である。
 日本文明は江戸時代には熟成期を迎え、独創的な文化を開花させた。武士道・歌舞伎・浮世絵・俳句など、世界的に高く評価されている。
 それだけ豊かな固有の文化があったからこそ、19世紀末、西洋近代文明の「挑戦」を受けた際、日本は見事な「応戦」ができた。そして近代化を成し遂げ、世界で指導的な国家の一つとなった。
 当時の世界は、西洋文明が他の文明のほとんどーーイスラーム文明、インド文明、シナ文明、ラテン・アメリカ文明等――を周辺文明のようにしていた。その世界で、民族の独立、近代国家の形成を進め、文明間の関係を転換させていったのが、日本文明である。

 日本文明は、近代西洋文明の技術・制度・思想を取り入れながらも、土着の固有文化を失うことなく、近代化を成功させた。
 日本の近代化は、西洋化による周辺文明化ではなく、日本文明の自立的発展をもたらした。この成功が、他の諸文明に目標を示し、模範となった。
 そして、第2次世界大戦後、アジア・アフリカ等の諸民族が独立を勝ち取った。1960年代に日本が高度経済成長をしたのに続いて、NIES、東南アジア諸国、中国、インド等が大きく発展し、今やアジアは世界の成長センターと言われるまでになっている。それによって、東洋の諸文明が誇りを取り戻してきた。
 今日、人類は、科学技術や経済・情報等の発達により、高度な物質文明の成果を享受している。だが、そのことによって深刻な危機を生み出してもいる。
 その一つが、核戦争による人類自滅の恐れであり、もう一つが地球環境の破壊である。
 ここで人類が進むべき道を示す指針が求められている。その指針を示しているのが、大怺ー一先生である。
 大塚先生は、次のように説いておられる。

 「物質文化の発達によって、たしかに人類は、外面的には繁栄し、豊かになったように見える。けれどもひとたび内面的にそれを見ると、人類は大自然から遠ざかり、人為的な、人工的な、きわめて不安定な生活をしている。みんな刹那的な快楽を追い、末梢的な生き方をしている。そういう生き方をしているから、道徳はすたれ、義理人情は失われ、誰もが金銭の奴隷になって、精神生活に関するかぎりはすっかり堕落してしまっている。
 ところが地球上の人類は、このような最悪の難関に直面しながら、なお危機の真相を把握することができないでいる。そして怖ろしい大量殺りくのための兵器つくりに狂奔し、その実験に熱中している。この状態では、この上どんなに物質科学が進歩しても、否、かえって進歩すればするほど、世界の危機はいっそう高まるばかりであって、人類の滅亡にいよいよ近づいていくことになろう。
 この最大の危機を救うもの、未曽有の難関を緩和するものは、これまでずっと物質科学の進歩のかげにとり残されていたところの精神文化の興隆を措いてほかにはない。それによってはじめて、変則的な文化のすがたは正されよう。そして物心両面の調和のとれた理想の文化をつくり上げることができるのだ。
 われわれ人間というものは、有形の物質的肉体と目に見えない精神的生命とが一つになって実在している。ところが今日の西洋文化は物質的のみに傾いて精神面を見失っており、東洋人までがそれに同調してしまっている。世界の人々は、特に東洋の人々は、一刻も早くそのことに目覚めて、精神文化の大道を切り開かねばならないであろう」

 ここで、大塚先生は、東洋人が精神文化を発達させていかなければならないと訴えておられる。
 大塚先生は、西洋文明と東洋文明の違い、及び東洋人の役割について、次のように説いておられる。

 「地球を縦に割ってみると、裏半球の欧米の方は女性的な陰の性格を持っていて、そこには物質科学が発達する。そしてもう一方の表半球の東洋の方は、男性的な陽の体質を具えている。そしてここでは、つねに精神科学が発達する。つまり東洋と西洋とは、もともと相反する特質を持っているのである。このことは、釈迦やキリスト、マホメットのような霊覚のすぐれた人たちが、いずれも東洋からあらわれたことをみればよくわかる。そしてこれらの東洋人は、人を導き、宗教を開き、世界中の人たちから、つねに信仰の対象として崇められて来ているのである。
 ところが、ここ数十年というもの、東洋人までが、自己の本質を忘れて西洋の物質文化に眩惑されてしまったのである。そのため肝心な精神科学は遅々として進歩しなかった。それで物質文化だけが跛行的に発達してしまい、それが今日の人類に物質文化万能という誤った考えを植えつけて、危機を招いているのである。
 けれどもすべてのことがらは、いつまでも永遠に、一方的に進展するということはない。一日のうちに昼と夜があり、一年のうちに四季の移りかわりがあるように、人類の文化も、物と心の二つの文化がかわるがわる興隆し、進歩をとげて来ているのである。これまでも東西の両文化は、七百年前後を周期として盛衰の大きな波を生じ、それがくり返されて来ている。このような大局的な見方からすれば、これからは東洋の精神文化が興って来て、物質文化万能のために生じたところの世界の歪みを正すべき時期に来ているわけだ。このことを東洋の人々には特にしっかりと考えてもらわなければならない」

 大塚先生は、東洋人の中でも特に日本人に重大な役割があると説いておられる。そして、日本人に受け継がれてきた独自の精神を「日本精神」と呼び、日本人は日本精神を取り戻し、世界の大転換期を精神的に導く役割を果たすよう呼びかけておられる。
 日本精神とは、人と人、人と自然が調和して生きる精神である。
 現代世界人類の二大課題は、世界平和の実現と地球環境の保全である。そのためには、核戦争を防ぎ、また環境と調和した文明を創造しなければならない。
 日本精神は、21世紀の地球上に物心調和・共存共栄の新文明を創造するための推進力となり得る。
 私たち日本人は、日本精神を取り戻し、世界的にユニークな日本文明の特長を発揮し、新しい人類文明の創造に貢献したいものである。
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推薦図書
 ・大戌ェ一著『真の日本精神が世界を救う』(イースト・プレス)
 ・伊東俊太郎著『比較文明』(東京大学出版会)
 ・アーノルド・トインビー著『歴史の研究』(社会思想社)
 ・サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突』(集英社)
関連掲示
・拙稿「人類史の中の日本文明

4.日本文明の独自の要素


(1)神道

 日本文明の独自性を示す要素がいくつかある。その中から、神道・皇室・武士道の三つについて述べる。 第一は神道。アーノルド・トインビーは、文明の中核には宗教があると説いた。ハンチントンもこの説に従っている。日本文明の中核となるのは、固有の宗教である神道である。
 第二は皇室。日本文明は、皇室を中心とした社会を構成している。神話に現れる皇室が、古代から歴史の時代を貫いて今日まで、連綿と続いている。
 第三は武士道。日本文明は、12世紀から武士が政権を担い、約700年間、武家政権の時代が続いた。幕末の危機を乗り越え、近代化に成功できたのは、武士道によるところが大きい。
 日本文明の特徴の第一の要素として、最初にこの神道について述べる。
 わが国は、四季の変化に富んだ豊かな自然のなかで、人々が天皇を中心として、一大家族のような社会を構成してきた。
 この社会に自ずと発生・成長したのが、人と人、人と自然が調和して生きる「日本精神」である。また、その日本精神の宗教的な表現が、神道である。 読み方は、シントウという。シンドウと濁らない。大和言葉では、かむながらの道という。

 

 伊勢神宮

 神道というと、普通神社を思い浮かべると思う。全国各地に8万社の神社がある。そこにさまざまな神が祀られ、時々の祭りが行われている。
 神道は、日本古来の伝統的な宗教である。民族宗教であるという点で、ユダヤ教と比せられる。教祖や啓典はない。神話に始まり、自然崇拝・祖先崇拝を主とする。
 神道というと、戦前の軍国主義と結びついた「国家神道」を思い浮かべる人もあるだろう。また、原始的な宗教だと思う人もあるだろう。しかし、神道はもっと豊かなものであり、そこには自ずと「日本の心」が現れている。
 わが国では古来、何かしら尊いもの、偉大なものに触れると、それを「カミ」と呼んで崇めたり、畏れたり、親しんだりしてきた。それが自然の事物だったり、人間の霊魂だったり、生きている人間だったり、対象はさまざまである。何でも「カミ」として祀られる。八百万の神々と言われる。「神」の字をあてる。
 神道には、海の神、山の神といった自然神のほか、先祖や偉人・英雄などの人間を仰ぐ人間神もある。人間と自然との間に隔てがなく、人間と自然が連続している。
 八百万の神々の中心と一般に考えられているのは、『古事記』『日本書紀』に現れる天照大神である。天照大神は太陽神であり、皇室の祖先神とされる女性の神である。
 天照大神は宇宙の始めから存在する神ではない。男性神であるイザナギが生んだ三人の子供のうちの一人である。それゆえ、天照大神は、神々の系譜ではかなり後の代に現れた神である。天照大神は、神々の中心と言っても、物事を決定する時は、他の神々を集め、衆議によって行う。専制的・独断的でない。
 神道が、単なる多神教ではないことを示唆するものがある。天御中主命という神格である。
 天御中主命は、『古事記』の冒頭に現れる。「アメノミナカヌシ」という名前の通り、宇宙の中心に存在する神である。この神を根源的・原理的な神ととらえ、宇宙の根本理法であり、かつ万有顕現の原動力を象徴したものととらえることが可能である。そして、天照大神を含む八百万の神々は、すべて天御中主命という本源の神の現れと位置づけることができる。
 一神教の文明では、キリスト教とイスラーム教、カトリックとプロテスタント等の間で宗教戦争が多く行われてきた。これに比し、日本文明の歴史には、宗教戦争がない。それは多様なものを受け入れ、共存させる神道の性格によっているものだろう。神道は仏教が渡来するとそれを受容して共存し、やがて融合した。道教、儒教に対しても同様である。
 宗教には一神教、多神教等の違いの他に、陸の影響を受けた宗教と海の影響を受けた宗教と分けることができる。
 ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教や道教・儒教・ヒンドゥー教・仏教は、どれも大陸で発生した。これに比べ、神道が他の主要な宗教と異なる点は、海洋的な要素を持っていることである。
 神道の海洋的要素として、国生み神話、みそぎ、海による浄化、海の彼方の来世・故郷または海底の理想郷、海から来る訪問者等が挙げられる。
 大陸的な宗教が陰の性格を持つのに対し、神道は陽の性格を持つ。明るく開放的で、また調和的・受容的である。これは、四方を世界最大の海・太平洋をはじめとする海洋に囲まれた日本の自然が人間の心理に影響を与えているものと思う。
 21世紀の世界で対立を強めている西洋文明、イスラーム文明、シナ文明、東方正教文明には、大陸で発生した宗教が影響を与えている。
 これに比べ、神道は海洋的な要素を持ち、日本文明に海洋的な性格を加えている。日本文明のユニークな海洋的性格が、大陸的文明同士の摩擦を和らげ、大いなる調和を促す働きをすることを私は期待する。
 ただし、神道が今のままで止まっていたら、単なる民族宗教で終わるだろう。神道の中にある価値は、日本文明以外の文明や、人類社会に生かされることなく、封じられたままとなるだろう。そこで、神道を世界的な視野で見直す必要がある。
 今日、外国人の有識者で神道に注目する人々が、次々に現れている。それらの人々の声にもっと耳を傾けるべきである。
 世界の文明史を書き表した20世紀最大の歴史家、アーノルド・トインビーは、日本の文化の根源には、神道があることを見出した。彼は、昭和42年に来日し、11月29日、伊勢神宮に参拝した。そこで彼は、毛筆で記帳し、次のように書いた。
 ”Here in this holy place I feel the underlying unity of all religions.”(この聖地で私は、すべての宗教の根底にある一体性を感じる)
 アンドレ・マルローは、フランスの作家で、初代・文化大臣もつとめた。昭和49年に来日したマルローは、5月27日に、熊野の那智滝で飛瀑を前にし、「アマテラス……」と言ったなり絶句し、そこで啓示を受けたと言う。さらに2日後には、伊勢神宮で第2の啓示を受けた、と。

 

 アンドレ・マルロー

 マルローは「伊勢神宮とアインシュタインの相対論的宇宙観とは収斂する」と述べた。彼は、神道によって、科学と宗教、東洋と西洋が融合する可能性を直観したのである。
 他にも、神道に注目する外国人が増えつつある。
 大塚寛一先生は、神道について、次のように説いておられる。

 「数多くある宗教の中で、争いを起こしていない宗教が一つだけある。それは日本の神道である。そして日本神道は、非常に陽気な陽の宗教であるとともに、どんなものでも受け入れてしまう包容力を持っている。その証拠に日本に仏教が入ってきても、またキリスト教が入ってきても、日本神道はそれらの宗教を排斥していない。
 また、日本の国はアジア大陸の東端にあって、ちょうど吹きだまりのような位置にあるから、今までにいろいろの人種が入ってきている。しかし、しばらくすると、神道の感化を受けて、みな同化し仲良く暮らしてゆくようになっている。ところが他の国では、なかなか日本のようにゆかず、凄惨な争いをしている。このことを見ても明らかなように、日本神道は真理・神の道に則って、無意識のうちに人々を導く宗教なのである。
 神道の中に秘められた深い哲理は、文化が進んで人間の知能が発達しないと、説明しても理解することができなかった。だが、今日ではあらゆる学問や科学が進んできているので、その深い哲理を説明すれば、解釈がつき、理解できる時代になっている。
 したがって、その最高究極の原理を中心に進むとき、天地自然の法則と一体化して万人が欲する理想世界が実現するのである。(略)それは現代の科学以上の超科学であり、絶対最高のものである。それが世に出て広まることにより、初めて世界の対立摩擦がなくなって、共存共栄の社会が実現するようになる」

 今日の世界において、神道の本質を把握し、その中にある潜在を発揮することができれば、地球環境の保全や国際社会の共存共栄に貢献できる。そういう可能性が神道には眠っていると私は思う。
 日本人自身が、日本精神の宗教的表現である神道と、その中に潜む大きな可能性に目を向けるべき時である。
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推薦図書
・阿部正路著『神道がよくわかる本』(PHP文庫)
関連掲示
・拙稿「日本文明の宗教的中核としての神道

(2)皇室

 日本文明を特徴づける第二の要素は、皇室である。神道は皇室と切り離せない。それは、天皇が神道の祭祀を司ることに明らかである。
 次に、皇室に関する大塚寛一先生の言葉を紹介する。

 「西洋の思想がはいって、日本人がそれにとらわれているから、今日天皇の存在が影をひそめている。しかしこの傾向は本筋から外ずれている」
 「日本は一輪の花同様な家族制度が、人為的でなく、自然のうちにできあがって、各家庭には家長がありその周囲に家族がいる。国家もまた天皇を中心と仰いで国民が団結し、国を守ってきた」。

 日本の伝統や文化をよく知る外国の有識者が、日本の国のほかの国にない特徴としてよく挙げるのが、皇室の存在である。現在の天皇は第125代。古代から今日まで一系の皇室が続いている。こういう国は、他にない。イギリス、デンマーク等の王室の歴史は、せいぜい数百年である。シナでは、古代から王朝・民族が何度も変わっている。
 わが国の戦後の憲法は、主権在民、戦争放棄、基本的人権の尊重を三原則とするといわれるが、それらの三原則よりも、明確に日本の特徴を現しているものがある。それが象徴天皇制度である。
 憲法には、第1章に天皇のことが書かれている。天皇は「日本国の象徴」であり「日本国民統合の象徴」とされている。「天皇制」は左翼用語、正しくは皇室制度という。
 わが国は、皇室が国の中心に存在し、皇室を中心に国民が団結して、歴史が織り成されてきた。これが日本の国柄の比類ない特徴。この国柄の最も明らかな特徴を学ぶことなくして、日本の歴史・伝統・文化を深く理解することはできない。
 では、こうした国柄を持つ日本に伝わっていた心とは、どういうものか。それを皇室に見てみよう。
 皇族男子は、名前にみな「仁」という文字がついている。(明治、大正、昭和、今上、皇太子、秋篠宮等)これは平安時代からの慣習だという。このことは、皇室が「仁」ということを非常に大切にされていることを表わしている。
 「仁」とは、いつくしみ、思いやりを意味する。
 「仁」のルーツは、はるか歴史をさかのぼる。
 小学生に最初の天皇は誰かと聞くと、推古天皇、仁徳天皇などと答える。初代は、神武天皇だが、教科書に載っていない。
 神武天皇は、一説によると2676年前に、奈良県橿原の地で、最初の天皇の位についたとされる。そのとき、「橿原建都の詔」という言葉を発したとされる。その詔(みことのり=天皇の言葉)の中に、国民を意味する言葉として「民」「元元」がある。これを「おおみたから」と読んでいる。国民を宝物のように大切に思うという意味である。
 ここに「仁」のルーツがある。
 また「橿原建都の詔」には、次のようにある。「六合(くにのうち)を兼()ねて以()って都(みやこ)を開(ひら)き、八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いえ)と為()むと、亦(また)()からずや。(国中をひとつにして都をひらき、天の下を覆ってひとつの家とすることは、また良いことではないか。)
 国中が一つの家族のような国、世界中が一つの家族のような世界をつくりたい。そういう理想を持って、日本の国は建国された。
 この建国の理想を一言で「八紘一宇」という。八紘一宇は、日本がアジアを侵略したスローガンのように思われたが、東京裁判では、なんら侵略的な意図はない言葉で、英語ではuniversal brotherhood、つまり人類みな兄弟という意味だと確認された。
 他の国では、国王・皇帝は、自分の権力を求め、国を支配し、国民から搾取する。それゆえ、それに恨みを抱いたものが、政権を奪い、新たな王朝を立てる。それを繰り返してきた。
 それに対し、日本では、建国の理想のもとに、天皇が国民をわが子のようにいつくしみ、国民に思いやりを持ってまつりごとを行う。国民はこうした天皇の御心に応え、天皇をわが親のようにしたい、天皇を中心として国民が家族のように結び合って生活してきた。だから、天皇が125代も続いている。
 そして、各家庭にあっては、親は子供愛情持って育て、子どもは、親を何処までも大切にする。夫婦は、男女の特長を認め合い、欠点を補い合って、和をもって生きる。また祖先を大切に祀り、子孫の幸福・繁栄を願って努力してきた。
 そうした家庭が寄り集まって、一つの国をなしている。社会にあっては、人々が助け合い、共存共栄を心がける。海外の文化も積極的に取り入れて、固有のものと調和させてしまう。その日本の国の中心には皇室があり、国民は皇室を中心として団結する。これが、日本のもともとの姿であり、これこそ、日本人が世界に誇ることのできる国柄であり、その心である。

 

 天皇・皇后両陛下

 明治維新にあたり、明治天皇は、五箇条の御誓文を発せられた。御誓文は、近代国家日本の出発点において、国是つまり国家の根本方針を示したものである。
 第一条には「広く会議を興し、万機公論に決すべし」、第二条には「上下(しょうか)心を一にして、盛んに経綸(けいりん)を行ふべし」とある。天皇を中心に仰ぐ新しい国を作ったところで、天皇は、国民に対して、広く会議を行なって、何でも話し合って決めたい、身分の上下に関係なく、みな心を一つにして国づくりを進めたいと言っている。
 神武天皇の国民を「おほみたから」と思う心や「八紘一宇」の理想が受け継がれていることがわかるだろう。
 次に、明治23年に、明治天皇は、教育勅語を発せられた。教育勅語は、日本の国の国柄とその心を表わし、これを教育の根本にすえたものである。
 冒頭に「朕(ちん)(おも)うに 我が皇(こう)()(こう)(そう) 国を肇(はじ)むること宏遠に 徳を樹()つること深厚なり」とある。
 皇祖皇宗つまり皇室のご先祖が、国を始めたとき、徳というものを立てましたというのが出だしの意味である。その徳とはなにか。これが先ほど述べた皇室に伝わる「仁」である。天皇が国民に対し、いつくしみ、思いやりを持ってまつりごとを行なうことである。
 こうした天皇の御心に応えて、国民は、君に忠、親に孝を実行してきたと勅語は言う。それが「我が臣民(しんみん) ()忠に克く孝に」の意味である。
 忠とはまごころを意味する。まごころをもって、天皇に仕えることを、君に忠という。親に孝とは、子どもが親を大切にすることをいう。このようにして、国民が忠孝を実行してきたことが、日本の国柄の最も美しいところだと勅語はいう。それを、教育の根本にすえようと言っている。「億兆心を一にして 世々厥()の美を際済()せるは 此()我が国体の精華にして 教育の淵源(えんげん)(また)実に此(ここ)に存す」というのがその部分である。
 勅語は、続いて、家庭における道徳、社会における道徳、国民としての道徳を具体的に説く。それは、学校教育だけでなく、家庭教育の指針ともなっていた。だから戦前の世代の日本人は、うそをつかない、約束を守る、よく働く、みなで助け合うなど、外国人も驚くような立派な国民性を持っていた。
 このようにして、神武天皇の詔から五箇条の御誓文、教育勅語に一貫して伝わってきたもの。それが、日本人の精神、日本精神といえる。
 この日本精神の表れが、宗教的には神道であり、国家的には皇室を中心とした国柄である。そして、次に述べる武士道もまた日本精神をよく表している。
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推薦図書
・渡部昇一著『皇室はなぜ尊いのか』(PHP文庫)
・櫻井よしこ+大原康男他著『皇位継承の危機いまだ去らず』(扶桑社新書)
関連掲示
・「君と民」の項目

・「天皇と国柄」の項目

(3)武士道

 武士は、他の文明にない日本独自の集団である。彼らが政治・社会・文化の担い手となって以降、日本文明の個性顕現が促進された。
 武士という階級が現れたのは、平安時代の後期、10〜11世紀頃である。12世紀末には、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた。この時から約700年間、わが国では武士が政権を担う時代が続いた。
 戦士の階級が国を治めるという歴史は、シナや朝鮮には見られない、わが国独特のものである。シナでは、士大夫という科挙によって官の資格を得た官僚が政治を行った。彼らは文官だった。これに比し、武士は文武の両道に秀でていた。武士が創りあげた生き方や価値観は、日本独自の思想といえる。武士たちは、武士独自の精神文化を生み出した。それが武士道である。
 武士には、三つの特徴がある。まず源氏が清和天皇を、平氏が桓武天皇を祖とするように、由緒ある武士は、皇室を祖先に持つことである。皇室から分かれた貴族が、京の都を離れて地方の役職をもらい、そこで専門戦士として働くようになったのが、武士の由来である。本来、皇室から分かれた貴族の出身であるところに、武士の第一の特徴がある。
 第二の特徴は、戦闘のプロフェッショナルであることである。武士は古くは「もののふ」といわれた。「もの」とは武器を意味する。弓矢や刀など武器を用いる軍事の専門家が、武士だった。「侍(さむらい)」という名も、主君のそばで警護に当たる「さぶらふ」という言葉から来ている。
 第三の特徴は、土地に密着した為政者であることである。平安時代後期、辺境の防衛に当たった武士たちは、その土地に定着し、自ら土地を開墾して、土地と領民を所有する為政者となった。そして、皇室の仁の伝統や儒教の政治道徳を学んで、領地・領国の経営に努めた。
 武士の三つの特徴ー皇室から分かれた貴族の出身、戦闘のプロフェッショナル、土地に密着した為政者―――は、それぞれ尊皇・尚武・仁政という徳目に対応する。
 こうした特徴と徳目をもつ武士たちは、独自の倫理と美意識を生み出し、江戸時代に入って、それが一層、自覚的に表現されることになった。これが、今日いうところの武士道である。
 武士道は、日本固有の思想であり、日本人の精神的特徴がよく表れている。わが国は古来、敬神崇祖、忠孝一本の国柄である。そこに形成されたのが、親子一体、夫婦一体、国家と国民が一体の日本精神である。
 日本精神の特徴は、武士道において、皇室への尊崇、主君への忠誠、親や先祖への孝養、家族的団結などとして表れている。日本精神は、約700年の武士の時代に、武士道の発展を通じて、豊かに成長・成熟したのである。
 ここで代表的な武士を一人取り上げたい。幕末の日本に黒船が襲来した時、若者たちは、日本の存亡の危機と感じて立ち上がり、明治維新を成し遂げた。維新の志士の一人、吉田松陰は、国防のためには海外を視察する必要があると考え、国禁を犯して渡航を試みた。しかし、失敗して自首し、囚われの身となった。萩の野山獄に移された松陰は『孟子』の講釈を通して、自らの志を語り、天下国家を論じ、いま何をなすべきかを訴えた。
 野山獄を出て自宅蟄居(ちっきょ)を命じられると、松下村塾を開設した。この時、松陰27歳。処刑されるまでの二年あまり、彼は不屈の情熱をもって、青年たちに「志」を説き、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、木戸孝允、山県有朋等の志士を育てた。その青年たちが明治維新を成し遂げ、近代国家を建設した。

 

 吉田松陰

 大塚寛一先生の吉田松陰について次のように説いておられる。

 「誰もが知っている通り、いまの山口県の萩という町で、吉田松陰は近くの村の青年を集めて、わずかの間に、天下を動かす傑物を幾人も育て上げた。立派な校舎もなにもない地方の城下町の一私塾にすぎない松下村塾であったけれど、そこから伊藤博文とか、高杉晋作、木戸孝允など、維新の元勲がたくさん送り出されたのだ。これはもちろん本人たちもいい素質を持っていたにちがいないが、やはり指導者の松陰がよほど偉かったからであろう。
 ところがいまは、教育が盛んだといいながら、傑物はちっとも出て来ない。これにはいろいろの原因があるが、すぐれた指導者がすくないこともその一つにかぞえてよいであろう。松陰は二十七、八歳で投獄され、三十歳で刑死しているが、若くても真剣に指導すれば、短い期間に真の教育ができ上がることがこれでわかる。(略)松下村塾の場合には、手の届くところに師弟が在って、血の通い合った人格感化の場を持つことができたのだ。いまの日本は、教育が盛んであることによって、真の教育が失われてしまっているともいえる」

 明治維新は、武士道の発揮によって成し遂げられた。武士たちの「私」を超えて「公」に尽くす精神が、この大改革を成し遂げたのである。その典型が、廃藩置県である。
 明治4(1871)年7月14日、政府は東京に住む元大名の知藩事を集め、天皇の詔勅として、廃藩置県を言い渡した。元大名たちは、驚いた。これまでの地位と財産を失ってしまうからである。
 しかし、彼らにも全国の武士たちにも、抵抗らしい抵抗はほとんどなかった。一日にして藩は廃止され、全国の土地は中央政府の管轄になった。それゆえ、廃藩置県は、世界史にも希な無血革命といわれる。改革の中心には、西郷隆盛がいた。武士たちは自分たちの特権をなくし、武士という階級そのものを自ら消滅させる改革を行ったのである。
 武士道は、大義に生きる精神である。大義とは、人の踏み行うべき重要な道義を言う。特に主君や杭に対してなすべき道を意味する。主君への忠誠のためには、「私」を捨てるのが武士である。だが、幕末の武士たちは、坂本龍馬のように、もはや藩にとらわれている時代ではない、藩を超えて日本国のために行動しなければならないと考えるようになった。日本の国柄を学ぶにつれ、忠誠の対象は、藩主から天皇へと変わっていった。そして維新の過程で、全国の武士たちは、日本という「公」のために、自ら「私」を捨てようと決意したのである。こうした武士道の精神が、日本の近代化を成し遂げた。
 「志」とは「心の向かうところ。心にめざすところ」をいう。「志を立てる」とは「ある目的・信念を実現しようと決意する」ことをいう。幕末の危機に立ち向かい、明治維新を成し遂げた青年たちは、志士と呼ばれる。「志士」とは「高い志をもつ人。国家・社会のために自分の身を犠牲にして尽くそうとする志を有する人」である。
 高い志を持つ若者たちが立ち上がらねば、日本文明は西洋文明の支配下に置かれただろう。
 近代化とともに、武士階級は消滅した。その時代に、武士道について書物を著し、世界に紹介した人物がいる。それが、新渡戸稲造である。

 

 新渡戸稲造

 新渡戸は明治32(1800)年、英文で『武士道』を書いた。原題は、“Bushido, the Soul of Japan”、つまり『武士道――日本の魂』だった。新渡戸は、本書で武士道こそ日本人の道徳の基礎にあるものだということを、欧米人に知らしめようとした。
 新渡戸は、「武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華である」と説き起こす。そして、武士道の淵源・特質、民衆への感化を考察している。「勇、敢爲堅忍の精神」「仁、惻隠(そくいん)の心」「礼」「誠」「名誉」「忠義」「克己」等の徳をあげ、武士道は高い精神性をもつものだったことを、新渡戸は解き明かしている。
 また、欧米人にとっては日本には宗教がないと見られがちだが、新渡戸は、武士道には、神道・仏教・儒教の顕著な影響が見られることを説き、日本精神には、独自の深い宗教性があることを明らかにしている。そして、この精神は世界に通じる精神であると唱えている。
 新渡戸稲造の『武士道』は名著だが、武士道の道徳的な側面を強調する一方、武士の本質の一つである「武」の部分を軽視している。それが欠点である。
 近代国家の建設の中で、身分としての武士は消滅した。しかし、国民国家の形成を通じて、武士道は国民全体の道徳となった。明治維新以降、わが国が厳しい国際環境の中で、近代国家として発展できたのは、国民が一致団結して国を守るという気概を発揮したからである。日清・日露戦争の時がそうである。
 ところが、大東亜戦争の敗戦後、日本は連合国によって軍事的に武装解除され、さらにGHQの占領政策によって、精神的にも武装解除がされた。国民には国防の義務がなくなり、国防の意識すら奪われた。私は、こうして占領期から本格的に武士道の精神が失われ出し、戦後の憲法と教育の下で、ますます失われてきていると思う。
 その結果、日本を守るという意識そのものが低下し、日本人は、自国の領土を侵されても鈍感になり、自国の名誉を汚されても抗議すらできないような、無抵抗・無気力の状態になり下がっている。こうした状態が続けば、日本は亡国に至るだろう。 それゆえ、日本の再建のために、武士道の復活が重要な課題となっているのである。

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推薦図書
・新渡戸稲造著『武士道』(岩波文庫、PHP文庫等)
関連掲示
・「武士道」の項目

5.日本精神の真髄


 日本文明を特徴づける要素として、神道・皇室・武士道の三つについて述べた。これら、日本文明の独自性を示す要素である神道・皇室・武士道に共通し、その根底にあるもの、それが日本精神である。
 日本精神を説く最も代表的なのは、聖徳太子が十七条憲法で説いた「和」の精神である。日本精神は、平安時代から、シナ文明による漢才に対して「大和魂」と呼ばれてきた。中世・近世には、「浄明正直(じょうみょうせいちょく)」が徳とされてきた。明治時代以降、今日まで多くの学者や有識者が、日本精神を研究してきた。その多くは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』などの文献から、日本精神とはこういうものだろうと考察するものである。
 しかし、大塚寛一先生の説く日本精神は、それらとは、捉え方の深さが違う。大塚先生は、次のように説いておられる。

 「日本の指導原理は、実に自然の法則にかなっていて、他国に比類なきものである。世の中のものは一見、雑然としていて不自然のように見えるけれども、合理的で、秩序整然とした原則のもとに動いている。太陽にしても、月、地球、金星、土星、みな整然とした法則のもとに対立摩擦なく運行している。日の出、日の入り、潮の満干も、昔から少しも変わらない。
 人間もその原則にはずれないようにしてゆくところに、人の歩むべき誠の道がある。その原則を人間生活のうえに当てはめて実行する順序・秩序・法則が日本精神となって現れているのである。ゆえに真の日本精神は日本人だけのものではなく、人間である以上、なんびとも従わねばならない真理天則であり、世界精神なのである」

 日本精神とは、人と人の和を説くものと思っていた人は、太陽や地球や天体のことが出てくるので、どういうことだろうと思うかもしれない。聖徳太子の「和」の精神は人の和を説くものだが、大塚先生は、宇宙万物を貫く法則、調和の理法に立って、日本の国に伝わる精神を見ておられる。そして、日本精神は、宇宙の根本理法が人間生活のうえに表われたもので、自然の法則にかなっていると言っておられる。
 大塚先生は、宇宙の根本理法を体得された境地、万有生成の原動力を発揮されるお立場から、日本精神の真髄を初めて明らかにされた。一言でいえば、真の日本精神とは、宇宙の法則にのっとって、人と人、人と自然が調和して生きる生き方である。だから、世界中どこにもあてはまる精神である。
 私たちの先祖は、日本精神の真髄のところまでは、把握できていなかったものの、親から子、子から孫へと日本の心を伝えてきた。それによって、世界に比類ない立派な国柄を形成し、維持・発展してきた。
 ところが、今日の日本では、家庭・学校・社会・国家等、あらゆる面に問題が生じている。これらの問題の根本原因は、日本人が日本の国柄を忘れ、日本人の心、日本精神を失ってきていることにある。
 戦後の日本では、敗戦によって自信を喪失し、さらに日本弱体化政策で精神的に骨抜きにされた。占領軍は、日本が再びアメリカ及び世界の脅威にならないように、日本を弱体化させようとした。憲法までを変えた。GHQがわずか1週間ほどで造った英文の憲法を押し付けられた。
 現行憲法は、日本の国の国柄・伝統・歴史を述べていない。前文を読んでも、どこの国の憲法かわからない。個人の自由と権利を強調し、責任と義務の少ない規定にした。天皇の権威と権限を弱め、国の中心が見失われてしまい、国民が精神的に分裂するようになってしまった。
 そのうえ、戦後復興を成し遂げ経済成長・物質的繁栄が得られると、段々経済中心・もの中心の考え方に陥るようになった。国家や公共のことを考えず、個人の私的な利益を追求するうちに、個人中心・自己中心の考えが広がった。それが家庭にも及び、家族の中でも個人中心・自己中心の考えが強くなった。その結果、親が子どもをちゃんと教育できなくなった。
 こうして日本人は、自己本来の日本精神を失ってきた。このまま進めば、日本はますます傾いていくだろう。そこで、日本精神を取り戻し、日本を再建する必要がある。
 大塚先生は、「日本人は日本精神に帰れ」と訴えておられる。そして、21世紀には、日本精神が世界で重要な役割を果たすようになると説いておられる。
 まず、日本を再建し、そして世界により貢献できるようにめざしたい。そのために、日本精神を取り戻し、さらに日本精神の真髄を学んでいただきたい。
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推薦図書
・蔡焜燦著『台湾人と日本精神(リップンチェンシン)(小学館文庫)
・藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)
関連掲示
・「日本精神」の項目
 

6.人類の新時代と日本人の役割

 

(1)人類の急激な発展

 

人類が発生してから数百万年、現代の文明が発生してから、約6千年といわれる。物質科学が発展したのは、17世紀の科学革命の時代からとすると、わずか4百年ほど前からのことである。とりわけここ百数十年ほどの間に、爆発的といっていいほど急激に発達している。これは一体、人類に何が起こっているのだろうか。

人類の発達を交通の速度を例にとってみてみよう。産業革命までの数千年間の代表的なものは、陸上では馬だった。馬は時速25〜30キロメートル程度のもの。ところが、ジェームズ・ワットが蒸気機関を発明すると、一挙に交通速度は時速80〜100キロメートルに向上した。さらに、最新の新幹線は、時速270〜320キロメートルで疾走するようになった。また、飛行機の発明によって、人類は空中を飛べるようになった。ジェット機は、時速数百キロメートル、ロケットは、時速3万キロメートル以上で飛ぶ。この馬からロケットまでの速度の変化を計算してみると、一千倍以上になっている。

交通以上に加速しているのは、情報の伝達である。かつては、飛脚を走らせて手紙を運ばせた。無線が発明されると、海や山を越えて、情報を送れるようになり、電話が発明され、遠方の人と自由に会話できるようになった。さらにコンピュータが発達し、インターネットで情報の伝達は早く、また大量に行われるようになってきた。今やスマートフォンで、世界のニュースをリアルタイムで見たり、世界中の人々と自由に通信できるようになっている。飛脚からスマホへの情報伝達の速度と量の変化は、百万倍以上になっている。

こうした交通・情報の速度や量の変化は、まさに爆発的な変化である。とりわけここ百数十年ほどの間の進歩は、誰もが想像すらできなかったほどの急激さである。

一体、これほどの進歩は何によってもたらされているのだろうか?

 

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もし人間の知恵が、自ら発達していくものであれば、数千年の間に徐々に発達してきたはずだろう。しかし、ごく短期間に爆発的に進歩したということは、何か偉大な力が作用していると、考えざるを得ない。そして、その力によって、人類の脳の中に潜在してきた知恵が開発されつつあると考えられる。

 

(2)「昼の時代」が到来する

 

大塚寛一先生は、こうした物質科学の急速な発達は、神の力が人類に働いているからだという。そして、この進歩はさらに進み、21世紀には、人類が想像を絶する新たな時代を迎えると、70年以上前から予言している。大塚先生はその時代を「昼の時代」と呼び、次のように説いておられる。

「この地上に、人間が棲息するようになってから幾百万年、治乱興亡盛衰の幾山河を越え去り超え来たって、人類の歴史は、今一つの大峠に差しかかっている。湧き上がる濛々たる雲霧に妨げられて、視界はまだ、みなにとって定かではないだろうが、やがて雲霧が晴れわたるとき、人びとはそこに展開する荘厳な歴史の朝に驚嘆歓喜するに違いない」

「一日に夜と昼があるように、人類がこの地上に発生して滅亡するまでには、将来への準備期すなわち夜の時代と、その活動期すなわち昼の時代とがある。(略)子供ならば、母親の胎内にいる時代が準備期であって、それは不自由な暗黒時代、そして次には光明と自由のこの世に出てくる。

そして人類も、明治の頃までがその夜の時代に相当し、今は夜から昼の時代へ転換してゆく丑三時(うしみつどき)、鶏でいえば一番鶏が歌って夜明けを告げている時期である。そして21世紀を迎えると、いよいよ昼の時代に大転換することになる。それは現代の物質科学時代から、物心を超越した真理の太陽が出現する時代である」

大塚先生は、人類発生以来、20世紀後半までを「夜の時代」という。夜の時代は、対立・闘争・破壊が支配的だった。これから迎える昼の時代は、調和・共存共栄の社会になる。現代は、夜から昼に移り変わる「夜明け」の時代であり、21世紀には「昼の時代」が到来すると説いている。

「昼の時代」の未来社会について、具体的には、次のようなことを説いておられる。

 

@  人類の精神は向上・進化する

これからの人類は、宇宙が物質だけで出来ているのではなく、精神面が重要であることを認めるようになる。また人間が肉体と霊魂の両面で出来ていることを理解するようになる。それによって世界観、人生観、科学等が根本的に変わる。

「人間の叡智と霊性と徳性は、飛躍的に向上進化し、諸々の矛盾や対立や抗争は、おのずからにして、解消融和する」

「人間精神の根本的改革によって利己心が浄化される」

「人類からは死の恐怖がなくなる。現実に恐怖観念がなくなるから、自己の天分を発揮し、天与の最高生活を営むことができ、そこまでゆけば、国境もなく、また個人間の摩擦対立もなくなることになる」

つまり人類が精神的・道徳的に大きく向上・進化するということである。

 

A  物心調和の理想文明が実現する

「超五感の世界を対象内容とする精神文化が急速に発達し、すでに高度の水準に達している物質文化と総合一体化するとき、否それの背後にあって、裏からそれを規制指導し得るに至るとき、その時こそ人類の文化は、一つの理想的な最高頂点へと達する」

東洋の精神文化が興隆することにより、物質文化が、はじめて真に人類を益する文化となると大塚先生は説いておられる。その結果、物心調和の理想文明が実現する。

 

B  国境がなくなり、世界が一つになる

 「この地球上が一つの国になる。そして軍備ではなく、世界警察権をもって、大きく治められていく。かつて日本が明治のはじめに廃藩置県を行ったように、こんどは世界の廃藩置県が断行され、国家とか国境というものがなくなる。国境がないから、これまでは対立摩擦を起していた民族間も、仲よく調和していくようになる」

 廃藩置県については、武士道のところで述べた。今度は、日本の廃藩置県に似た世界的な改革がなされる。

 

C  物資が無限に生産でき、ほとんど労働しなくてよくなる

「労資の対立闘争の如きも、一方、原子力の利用によって物資が無限に豊富に生産され、他方、人間精神の根本的改革によって利己心が浄化されるため、おのずからにしてなくなるであろう」

「空気から無限に燃料ができるようになり、世の中の進歩発展は大変なものになるだろう」

「科学工業の発達によって、人手をあまり使わないでも莫大な生産ができるようになる。そう言うと、生産過剰で困りはしないか、労働者は失業するのではないかと考えるかもしれないが、世の中というものは、決してそういうものではない。共存共栄の指導原理にしたがったなら、いまの8時間労働は3時間も働けばいいことになる。そうなれば、仕事と運動と生活とが三拍子一体になるわけだ。

動物をみるとよくわかるが、食事と運動と楽しみが三位一体化されている。つまり餌を食べにいくことがそのまま運動になっていて、それが彼らの生活である。その他の余暇は遊んでいる。それが自然の生活なのだ。ところで人間は他の動物と違って万物の霊長なのであるから、それよりずっと立派な人類社会が、築かれることに疑いはない。3時間労働がもっと縮まると、人間個人は自分のことをほとんどやらなくてもよくなってくる。そうなればもちろん人間は悪いことをする必要もない」

 こうした予測は今日、核融合、水素エネルギー、コンピュータ、ロボット等の開発・研究によって、現実性を持ってきている。

D医学は画期的な発展を遂げ、多くの健康問題が解決する
 「医学も、現在のような唯物的なものでなく、心身一如的な生きた全体としての人間を対象とする、高度の精神身体医学として、画期的な発展をなしとげるであろう」

 医学は、ここ数十年の間に、人間を単に物質的にとらえるのではなく、精神の身体への影響を重視する方向に大きく変化しつつある。

 

D  科学と宗教は、融合一致する

「現在、対立しているかのように見える科学と宗教も、一つの新しい真理の中に、互に矛盾なく融合調和せられる」

「科学が進歩すれば、奇蹟を自由に起こしうる時がくる」

既に科学と宗教は、ひとつになる方向へ向かっている。今後、さらに科学の根本原理と、宗教の根本原理が一つのものであることが理解され、科学と宗教がひとつのものとして研究されるようになる。そして、この新しい精神科学が発達することにより、いまは奇蹟としかいいようのない出来事を、自由に起こせるようになっていくのだろう。

 

以上、6点に整理して、21世紀に迎える「昼の時代」について述べた。

 

(3)わずか30数年後の未来

 

大塚先生は、「昼の時代」が来るのは21世紀の半ばくらいだろうと仰ったと伝え聞いている。今から、わずか30数年後である。

皆さんは、今から約30年後に起こる2045年問題を御存じか。2045年には、一個のノートパソコンが全人類の脳の能力を超える。その時、人類はどうなるかという問題である。

テクノロジーの進歩は、指数関数的な変化を示してきた。指数関数的な変化とは、このグラフのような変化をいう。

 

 

たとえば、コンピュータの演算速度は、過去50年以上にわたり、2年ごとに倍増してきた。これを「ムーアの法則」という。

iPad21985年のスーパーコンピュータを比較すると次のようになる。

 

 

 30年前には、一つの部屋くらいの大きさだったスーパーコンピュータが、今では皆さんが片手で持って気軽に使えるものになっている。しかも性能は遥かに向上している。

「ムーアの法則」によると、2045年に一個のノートパソコンが全人類の脳の能力を超えると予測される。人工知能が人間の知能を完全に上回るということである。そのような時代を未来学者レイ・カーツワイルは「シンギュラリティ(特異点)」と呼んでいる。カーツワイルは、その時、人類の「黄金時代」が始まるという。

 

レイ・カーツワイル

 

世界的な理論物理学者ミチオ・カクは、今から30年後の「黄金時代」について、次のように語っている。

 

 ミチオ・カク

 

・ナノテクノロジー・再生医療等の発達で、寿命が延び、平均100歳まで生きる。

・遺伝子の研究で、老化を防ぐだけでなく、若返りさえ実現する。

・退屈な仕事や危険な仕事は、ロボットが行う。

・脳をコンピュータにつなぎ、考えるだけで電気製品や機械を動かせる、など。

 

これ以外にも、新DIY革命、テクノフィランソロピストの活躍、ライジング・ビリオンの勃興等で、次のようなことも可能になると予想されている。

 

・新種の藻類の開発で石油を生成

・水の製造機でどこでも安全な水を製造

・垂直農場やバイオテクノロジーで豊富な食糧生産

・太陽エネルギーの利用で大気中の不要なCO2を除去

 

テクノロジーの爆発的な進化が今後も続けば、今のべたようなことが可能になる。だが、現在の人類を見ると、人類は、科学の生み出した物質文明の絢爛さに幻惑されて、自らの知恵を過信してしまっている。科学技術は爆発的に発達している一方、人間の精神面はほとんど進歩がなく、むしろ道徳は頽廃して、心が退化しているとも言える状態にある。そのため、物質文明が発達すればするほど、偏った発展となってしまい、多くの矛盾を生み出している。

現代世界人類の二大課題は、世界平和の実現と地球環境の保全である。そのためには、核戦争を防ぎ、また環境と調和した文明を創造しなければならない。これらの課題を実現するうえで、日本文明には重要な役割がある、と私は確信している。人と人、人と自然が調和する日本精神には、人類の文明を転換し、この地球で人類が生存・発展していくための鍵があると思う。

 

(4)日本精神を発揮して、人類に貢献を

大塚寛一先生は、21世紀に理想社会を実現するには、東洋人、特に日本人が重要な役割を果たすと、説かれている。

 

「いま東洋に精神文化が興って、西洋の物質文化と融合一体化したならば、男女が和合して幸福な生活が生まれるように、理想の文化ができ上がる。

そして世界の対立摩擦を解消することができるだろう。日本がその役割を果たしたとすれば、共存共栄の理想世界への先導者として、きっと世界の人びとの尊敬をかち得ることができる」

「21世紀の昼の時代は、物質ではなく、精神を中心とした時代でなくてはならない。そのとき、日本に伝わる精神が偉大な役割を果たすようになる」

「日本人が日本精神を取り戻すことは、地球上に共存共栄の理想世界を打ち建てるための根本を把握することである」

 

人類の運命は、21世紀に物心調和・共存共栄の新文明を地球上に創造できるかどうかに、かかっている。日本人は、人類の一員として、自らの特徴を発揮し、物心調和・共存共栄の新文明の実現に貢献することによって、人類の運命を切り開くことができる。

すべては、日本人の自覚と行動にかかっている。日本人は、自らに与えられた使命を担い、自己の本質に沿って進まないと、逆に混迷・衰亡の方向に陥ってしまうことになるだろう。私たち日本人は、この21世紀において、日本精神を取り戻し、世界的にユニークな日本文明の特長を発揮し、新しい世界秩序の構築と理想的な人類文明の創造に寄与したいものである。ページの頭へ

 

推薦図書

・NHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班著『NEXT WORLD―未来を生きるためのハンドブック』(NHK出版)

・P・ディアマンディス+S・コトラー著『楽観主義者の未来予測』(早川書房)

・ミチオ・カク著『2100年の科学ライフ』(NHK出版)

・三橋貴明著『超・技術革命で世界最強となる日本』(徳間書店)

関連掲示

基調」の項目

 

結びに〜志を問い、志を鍛えよう

 

このセミナーは、「未来のリーダーとなる志のある若者」を対象として行われた。「志」とは「心の向かうところ。心にめざすところ」をいう。また「志を立てる」とは「ある目的・信念を実現しようと決意する」ことをいう。

あなたの志は何か。自分の人生の目的とすること、自分が信念を持って実現しようと決意していることはあるか。

かつて幕末の危機に立ち向かい、明治維新を成し遂げた青年たちがいた。吉田松陰やその弟子たち、また西郷隆盛、坂本龍馬らである。彼らは、幕末維新の志士と呼ばれる。

「志士」とは「高い志をもつ人。国家・社会のために自分の身を犠牲にして尽くそうとする志を有する人」をいう。「志士」とは、個人的・私的な目的を目指す者をいうのではない。国家・社会のためにという社会的・公的な目的に向かって努力する人をいう。

今回のセミナーを通じて、あなたも自分の志を問い、またその志を鍛えてほしい。

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