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オ ピ ニ オ ン  心と宗教

 

題 目

目 次

01 “心の近代化”と新しい精神文化の興隆〜ウェーバー・ユング・トランスパーソナルの先へ (長文)

02 カントの哲学と心霊論的人間観(長文)

03 フロイトを超えて〜唯物論的人間観から心霊論的人間観へ(長文)

04 フロイトとマルクスをともに批判〜フロム

05 人類の集合的無意識を探求〜ユング

06 人間には自己実現・自己超越の欲求がある〜マズローとトランスパーソナル学

07 脳は生涯、発達し続ける〜村上和雄氏

08 宗教、そして神とは何か(長文)

09 日本文明の宗教的中核としての神道(長文)

10 慰霊と靖国〜日本人を結ぶ絆(長文)

11 イスラームの宗教と文明〜その過去・現在・将来(長文)

12 ユダヤ的価値観の超克〜新文明創造のために(長文)

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フロイトとマルクスをともに批判〜フロム

2005.8.13

 

エーリッヒ・フロム(1900-1980)は、フロイトの弟子の一人だった。師とともに、彼もユダヤ人だった。彼は、フランクフルト学派にあって、マルクス主義的な社会研究と、フロイトの精神分析とを媒介した。

 

●マルクスとフロイトの統合

 

フランクフルト社会研究所は、1923年、ドイツのフランクフルトに開設された。当初、「マルクス主義研究所」という名称にする考えがあった。そのことでわかるように、共産主義者の集団だった。またほとんどのメンバーが、ユダヤ人だった。その中の一人、哲学者のホルクハイマーの働きかけで、29年にフランクフルト精神分析研究所が開所された。フロイトはそのことについて、ホルクハイマーに礼状を出している。ホルクハイマーは30年に社会研究所の所長となり、マルクス主義と精神分析の統合を研究所の課題の一つに掲げる。この課題を担当するために呼ばれたのが、精神分析医のフロムだった。彼は研究所でこの研究に取り組んだ。

ロシア革命後、西欧先進国での革命が追及されていた。知識人はマルクス主義にかぶれ、フロムの周辺の精神科医にもマルクス主義者が少なくなかった。彼らは、マルクスとフロイトの統合を求めていた。それに本格的に取り組んだ者の一人が、フロムだった。(1)

フロムは、30年からマルクスとフロイトの統合に取り掛かり、同年その主題での最初の論文『キリスト教の教義の変遷』を出し、32年にも彼独自にマルクス主義と精神分析の統合を試みる論文を出した。これは、マルクスとフロイトの統合という課題において、ヴィルヘルム・ライヒの『性と文化の革命』(1930年)と並ぶ成果とされる。

 

フロイトの発想は、基本的に機械論的で生物学的である。これに対し、フロムは、個人の病理を社会的背景から洞察した。また、性的なものより、人間同士の関係を重視し、社会的・経済的因子が個人に及ぼす影響に注目した。

フロイトは、人間が社会的存在であるのは、自己保存本能と性本能、特に後者をみたすに他人が必要だからと考えた。生理的欲求を互いに満たすために他人と関係を持つ。他人は自己の目的を達成するために二次的に必要なものに過ぎないとフロイトは考えた。この考えでは、他人は自己の目的のための手段に過ぎない。

 これに対し、フロムは、心理学の中心問題は、生理的な欲求の充足・不足ではなく。個人と外界の関係だとした。そして、フロイトのように性的欲求から人間をとらえるのではなく、実存から人間の心理をとらえようとした。人間存在は死ぬことを知っており、孤独・無力・不安を感じている。人間のこの特有のあり方のため、個人は他人や外界と関係を持つとした。

フロイトは性本能を生理的・生物学的なものと認識するとともに、性本能が環境と社会によって変容されることも認めていた。特に子供と家族の成員との関係が本能の発達に決定的な影響を与えると考えた。しかし、家族自体が社会的・階級的な背景によって影響されることや、社会構造(父権制社会、資本主義社会等)によって規定されることを見逃した。

フロムは、人間と人間の関係を重視し、社会的・経済的因子が個人に及ぼす影響を重視したが、これはフロイトに欠けていたものだった。フロムの精神分析的社会心理学の課題は、社会の成員が共有している心理態度やイデオロギーを、経済条件が性本能(リビドー)に対して加える影響の問題として説明することである。この課題はマルクス主義と精神分析をつなぐこととなる。

フロムは、経済的下部構造(土台)が上部構造(社会的意識形態)を規定するというマルクスの図式を精神分析で補完し、また精神分析をマルクス主義で補完しようとした。その結果、経済的下部構造⇒イデオロギーという図式を、社会経済状況⇒性本能(あるいはリビドー)⇒イデオロギー(あるいは社会心理現象)という図式としてとらえ直した。

 

●父性中心の見方を相対化

 

フロムがマルクスとフロイトの統合を試みていた頃、ドイツはナチスの台頭期だった。ナチスは、共産主義者とユダヤ人に容赦なかった。フランクフルト研究所は、33年、ドイツ第一党となったナチスの弾圧を受けて閉鎖された。この年、議会の決定によってヒトラーは独裁権を掌中にした。ユダヤ人への迫害は激しさを増し、フロムはアメリカに亡命した。翌年ホルクハイマーも渡米し、ニューヨークのコロンビア大学に研究所を移した。研究所開設以来の研究課題をまとめた『権威と家族』はここから刊行された。フロムは、同書の社会心理篇を執筆した。

 

フロムは、バッハオーフェンの研究を通じて母権制社会の存在を知った。それにより、父権制社会をモデルにするフロイトを批判するようになった。

バッハオーフェンの『母権』(1861)は、家父長制社会が成立する前に、母権制社会が存在したことを明らかにしたものだった。その研究はマルクス=エンゲルスに注目された後、久しく忘れられていたが、1920年代に再び脚光を浴びた。本書をもとに、フロムは『母権理論とその社会心理学的意義』(1934)という論文を発表した。

フロイトは、父と子の関係においてエディプス・コンプレックスが生まれ、それが神経症の重要な原因であると説いた。フロイトは、エディプス・コンプレックスを絶対視し、人類一般に見られる心理と考えた。社会体制が異なれば、家族の構造は異なり得ることを考慮しなかった。実際は、エディプス・コンプレックスは、父性中心的な西洋の家父長制家族、ユダヤ=キリスト教社会に特有のコンプレックスと考えられるものである。

フロイトに対し、フロムは、エディプス・コンプレックスは、父性中心的な社会の人間にだけ見られるとして、エディプス・コンプレックスの普遍性を否定した。フロムは、母性中心の社会もあり得ると考え、母性原理の意義を説き、また人間には、男女の別なく愛と理性に基づく自己実現の能力があると主張した。この主張は、男性中心で父権の強い西洋の文化を相対化し、また補正するものだった。

フロムは、こうして父権制社会をモデルにしたフロイトの精神分析を批判した。それがもとでホルクハイマーらと意見を違え、39年に研究所を離れることになった。以後、彼は独自の方向に進んだ。

フランクフルト学派の共産主義者たちは、フロムの主張をも文化革命戦術に利用した。マルクス=エンゲルスの思想を墨守する彼らは、西洋家族の基本となっている家父長制を攻撃した。そして、母親が一家を支配する家母長制や、家庭の中で男女が時に役割を交換することや、完全に逆転させた「両性具有」制を推奨した。こうした主張が、今日のフェミニズムにつながっていく。

 

●権威主義的性格を研究

 

独立後のフロムが41年に著わしたのが、名著『自由からの逃走』である。近代西洋史やナチズム等に関して、豊富な内容が盛られた本だが、ここでは、権威主義について記す。

 フロムは、フランクフルト学派の共同研究『権威と家族』において、社会心理篇を執筆したことは先に書いた。

フロイトは、心(彼の言葉でいえば心的装置)を超自我・自我・エス(イド)の三つに分けた。エスは本能(たとえば性本能)の貯蔵庫であり、自我はエスが外界の影響を受けて変化した部分で、理性と分別と運動機能を司り、抑圧を行う。超自我は普通良心といわれるもので、自己観察と理想の形成を司る。超自我は、はじめは両親の禁止機能(「何々をしてはいけません」「何々をしなさい」)を内に取り入れることから生まれ、発達の過程で、教師とか模範になる人の影響を受けて形成される。

 ここでフロムは、社会を支配する権力がそれほど影響力を及ぼすことができるのは、何故かを考えた。外部の権力は超自我に取り込まれ、内部の権力に変えられる。そこで個人は外部の権力から処罰されるという恐れだけでなく、その人自身の心の中に打ち立てられた超自我に処罰されるという恐れから、命令と禁止に従うようになる。

 子供にとって最初の外部の権力は父親である。父親の命令と禁止が内に取り込まれ、超自我となり、道徳と権力という性質で覆われる。しかしひとたび超自我が打ち立てられると、今度は逆に社会を支配している権威の担い手に超自我が投射される。この権威が再び超自我に取り込まれる。フロムは、超自我と権威のこの関係を「超自我は内化された権威であり、権威は人格化された超自我である」と述べている。

 子供は、両親は嘘をつかない、利己的な目標を追及しない、道徳的だと信じ、親もまた子供に両親はそういうものだと教える。この結果、権威と道徳的な性質との間に結びつきができ、両親以外の権威も道徳的な性質を持っていると思うようになる。それゆえ、権威主義的性格を作る上で、家族(家庭)が大きな役割を演じているのである。

 フロムは、こうした権威と性格、家族の研究をさらに『自由からの逃走』で発展させた。

 権威主義とは、自我の独立性を捨てて、自己を自分の外部にある力、他の人々、制度等と融合させることである。言い換えると、親と子、共同体等の一次的な絆の代わりに、指導者等との二次的な絆を求めることである。このメカニズムは、支配と服従、サディズムとマゾヒズムという形で表れる。

サディズムとマゾヒズムは、根本的には同一の願望の表れであり、個人には耐えられない孤独感や無力感から逃れようとする傾向の表れである。サディズムとマゾヒズムは、そのために他人との共生、つまり他人と一つになろうとするのである。

 フロムは、サドーマゾヒズム的傾向が優勢な性格を、権威主義的性格と呼ぶ。ここで権威とは、ある人が他の人を自分より優越していると見上げる人間関係をいう。

 権威主義的性格の人は、世界について、力を持つもの(人・制度)と力を持たないもの、優越と劣等の二分法で考える。ここで力とは、支配する能力と、何かをする能力のことである。彼らは力を持つもの、自分より上のものには服従し、それを賞賛するが、力を持たない者、自分より下のものを見ると攻撃し、支配し、絶滅したくなる。彼らは相手が無力になればなるほどいきりたつ。ユダヤ民族に対する態度がその典型である。

 この反対に、いかなる権威に対しても挑戦し、それに反感を持つ人もいる。これは権威と戦うことによって自分の無力感を克服する試みである。フロムはこれを反逆者と呼ぶ。

 権威主義的な性格の人は、運命に服従することを好む。この運命は、自然、神の意志、義務として合理化される。ここで合理化とは、理屈を付けることである。

 権威主義的性格の人に、行動や勇気が欠けているわけではない。彼らは、力のないもののためには行動せず、神・自然・義務の名において行動する。また、彼らにとっての勇気は、指導者が決定したことを、不平を言わずに耐え忍ぶことである。

 

●フロイトとマルクスをともに批判

 

フロムは、フロイトの「死の本能」を批判した。死の本能は、自己保存本能と性本能に比べて、思弁的であり、経験的でないとした。フロムは、死の本能は、生の本能と二元的なものではなく、生の本能が成長しなければしないほど成長し、それに取って替わろうとする悪性の現象であるとした。それゆえ、「死の本能」は精神病理学が扱うもので、フロイトの見解のように正常な生物学では扱えないと考えた。

たいていの生物は生きるために執拗に戦う。自殺・自害のような自己破壊は例外的である。破壊性には個人差があり、死の本能が内に向いたとか外に向いたとかでは説明できない。そこで、フロムは死の本能、生の本能という「二元性は、死の本能が最後に勝利を納めるまでたえず戦う生物学的な二つの本能の二元性ではなく、生命を保存したいという一次的で、もっとも根本的な生命の傾向と、この目標に失敗したとき生ずるその矛盾(生命の否定)とのあいだの二元性である」と考えた。つまり死の本能は、生の本能が成長しなければしないほど成長し、それに取って替わる悪性の現象である。

破壊性は、対象を排除することである。これも外界に対する無力感や孤独感に基づいている。外界に対する無力感は、外界を破壊すれば、癒すことができる。破壊は、外界の恐怖を除く自暴自棄的な最後の試みである。もし他人が破壊の対象にならないと、破壊性は自分に向かい、病気を起こしたり、自殺を図ったりする。

 フロムは、攻撃性には良性のものと悪性のものがあると考えた。良性の攻撃性は生物学的に適応しており、生命などの脅威に対する反応で、動物と人間に共通で、防衛的であり、脅威を除去することを目指している。これに反して、悪性の攻撃性は、脅威に対する防衛ではなく、人間だけの特徴で、生物学的に有害で、快楽にみちている。しかし、これは決して本能ではない。悪性の攻撃として、フロムは、ネクロフィリア(愛死)、ナルチシズム(自体愛)、近親相姦固着の三つを挙げた。

 

フロムは49年にメキシコに移住し、65年までここで研究・著作を続けた。フロムは人道主義的で愛や幸福を重んじる立場からマルクスとフロイトを批判した。『正気の社会』(1955年)、『マルクスの人間観』(1961年)、『希望の革命』(1967年)等の作品は、当時の知識人に大きな影響を与えた。

フロムは、『正気の社会』(1955)において、マルクスへの批判を公にした。マルクスは人間疎外の原因を追求するために経済学的分析を行ったが、彼は人間性には独自の法則があり、経済条件と相互作用の関係にあることを十分認識していなかった、というのである。

フロムによると、マルクスは人間の心理学的洞察に欠け、人間の内部にある非合理的な権力欲、破壊欲を認識しなかった、そのため、3つの誤りを犯している。第一は、人間における道徳的要素を無視しているので、新しい社会体制になったとき、新しい道徳が必要となることに注意を払わなかった。第二は、革命によって「よい社会」が直ちに来ると考え、権威主義や野蛮性が現われる可能性を軽く考えていた。第三は、生産手段の社会的所有を必要十分条件と考えてしまったことである。こうしたフロムの主張は、共産主義が見失っていた心の問題を明らかにし、人間性の回復に寄与した。

フロムの主張は、マルクス主義の限界を暴露するものであった。フロムは、人々に愛や幸福を説き、道徳的な価値の大切さを再認識させた。これに対し、唯物論者であるホルクハイマーとアドルノは、フロムを修正派と呼び、フロムは現代社会では決して実現されるはずのない人格の調和的統一を求めようとしており、かえって社会的矛盾を覆い隠すものだ、と反論した。しかし、それは、マルクス主義の限界を覆い隠そうとするものにすぎなかった。

 

フロムは、自己の体系を人道主義的精神分析と呼んだ。彼のいう人道主義的とは、生命を尊重する、幸福を増進する、愛を重視する、権威主義的でないことを意味する。

 ヘルムート・マルクーゼは、1956年に出した『エロス的文明』でフロムを批判した。フロムが文化的・社会的因子を持ち出すことは現代社会の文明を神聖化することになり、その社会への適応が重んじられ、この社会の倫理である愛・責任・幸福といった価値が重視されると批判した。

マルクーゼによれば、フロムは、フロイトの理論から性をそぎ落とし、その代わり社会的・経済的因子を入れた。しかし、フロムがフロイトの理論から性を削ぎ落としたことは、社会が加えている抑圧を無視することになり、その結果、人間を規制している社会の弊害を過小評価することになると批判した。

これに対して、フロムは精神分析の実地に携ったこともない哲学者が何を言うかと、マルクーゼのほうこそフロイトを歪曲していると批判した。

 

●人格を尊重する心理学の道

 

上記のように、フロムは、マルクスとフロイトの統合を試みた。彼はフロイトの精神分析を継承しつつ、その機械論的唯物論を批判した。また、マルクスから社会的・経済的因子を取り入れながら、マルクスの人間観の欠陥を指摘した。このように、フロムは、マルクスとフロイトの双方を批判することによって、彼独自の人道主義的精神分析を打ち立てた。

マルクスとフロイトの統合を試みた者は、他にライヒやマルクーゼらがいる。ライヒやマルクーゼは、初期フロイトの性解放の思想とマルクスの階級闘争の理論を結合した。

これに対し、フロムは統合において、性解放や革命闘争といった過激で破壊的な要素を捨象し、人間が社会生活において、相互の人格を尊重しつつ、生命と幸福と愛を追求する生き方を提示した。現代の人類の課題である自己実現・自己超越を、歴史的社会的な人間関係の中で追求しようとするならば、フロムの仕事は再評価に値するものといえよう。ページの頭へ

 

(1)フロイトについては、以下の拙稿をご参照ください。

フロイトを超えて〜唯物論的人間観から心霊論的人間観へ

参考資料

    安田一郎著『フロム』(清水書院)

    フロム著『自由からの逃走』(社会思想社)

    同上『正気の社会』(社会思想社)

    同上『愛するということ』(紀伊国屋書店)

 

ber117

 

■人類の集合的無意識を探求〜ユング

2013.9.17

 

●集合的無意識を想定

 

ジークムント・フロイト(註1)は人間の心を、「意識」「前意識」「無意識」の三層に区別し、これを発展させて、 「エス (イド)」「自我」「超自我」という心の構造論を説いた。フロイトは、「無意識」を、生物学的・衝動的なものであり、「意識」によって洞察され、打ち克たれるべきものと考えた。「意識」としての「自我」とは、本能に対する理性であり、理性的な自我意識である。フロイトは、理性的な「自我」を中心として、「意識」が「無意識」を支配すべきものと考えた。

カール・グスタフ・ユング(1875-1961)は、フロイトの最大の弟子だった。ユングは無意識について、師と異なる見解を明らかにし、1913年に早くもフロイトと別れた。ユングは、無意識を意識によって支配すべきものとは考えなかった。むしろ、「無意識は超個人的な文化的人類的生命につらなる、創造的なもの」であり、「個々人の精神活動は、無意識から生命エネルギーを得て、創造性を発揮する」と考えた。これは、フロイトの理性的自我意識を中心とする合理主義の枠を出る考え方である。

ユングによると、心には、「意識」「個人的無意識」「集合的無意識」の三つの水準がある。フロイトのいう「無意識」は、このうちの「個人的無意識」のことである。ユングは、「個人的無意識」の底に、個人を超えた「集合的無意識」を想定した。「集合的」とは、個人だけではなく、民族・人類などに共通する無意識という意味である。そして、ユングは、夢や精神病者の妄想、さらに神話、民話、芸術、宗教などに共通して現われる主題は、「集合的無意識」に由来するものだと考えた。「集合的無意識」が働くときには、特有のイメージが現われる。ユングは、それを「元型的イメージ」と呼んだ。「元型的イメージ」は、無意識の内容となるものである。「元型的イメージ」には、影、アニムス(女性における男性性)、アニマ(男性における女性性)、老賢者、永遠の少年、万物の偉大なる父、大いなる母、マンダラ(本質・自己)などがある。

ユングによると、人間の心は、意識と無意識の相補作用による自動調節的な体系である。彼は、意識の中心点を「自我」と呼び、「心」の中心を「自己」と呼ぶ。フロイトと異なり、理性的な自我意識が、心の中心ではなく、本当の中心は、その底の方にあるというわけである。

ユングの精神療法は、個人が意識的な「自我」の閉じた殻を突き破って、根源的な無意識の領域をも統合した全体的な「自己」を実現することを目指した。これを「自己実現(Self-realization)」という。ユングのいう「自己」は、根源的で人類的な集合的無意識に根ざしている。そして、「自己実現」は、各個人の「意識」の奥にある「本来的自己」が象徴や隠喩を通じて自覚化されていく過程である。

ユングは、個体の自我意識の根底に潜在している本来的自己が顕現し、われわれの自我がそれと一体化することを、「個性化(Individualization)」と呼ぶ。個性化と自己実現は、ユングにおいては不可分のものである。ユングのいう「自己」は、東洋思想にいう「真我」「自性」に類する概念といえよう。西欧思想では、新プラトン主義や錬金術における、内在する「神性」に近いだろう。

フロイトの理論が近代合理主義的であるのに対し、ユングの理論は合理主義の枠を超えている。あるいは、合理主義を、それが生まれ出てきた母体に戻し、基礎付ける可能性を秘めたものともいえよう。近代西欧の合理主義は、ここに相対化されることになった。

 

●「共時性」という仮説

 

フロイトは、性本能の基底となるエネルギーをリビドーと呼んだ。そのエネルギーの移動と増減によって、すべての精神現象を説明しようとした。機械論的唯物論的な性向を持つフロイトは、視霊現象やテレパシー等に対しては懐疑的だった。自身が様々な超常現象を体験していたユングは、師のフロイトと考えが合わず、独自の研究を進めた。患者の治療を通じて深層心理の研究を深め、西洋の錬金術等を心理学的に解釈し、また易や道教、チベット仏教等の東洋思想を西洋に広く紹介した。

ユングは、10代後半にショーペンハウアーを読み、『意志と表象としての世界』を通じて仏教に触れた。それが、ユングが東洋の宗教・思想を広く研究するきっかけとなった。ユングはショーペンハウアーには、納得がゆかなかった。カントの物自体を意志とし、意志を形而上学的な実体にしたことは、過ちだと考えた。その一方、視霊に関する小論には強い影響を受けた。カントの『視霊者の夢』にも影響を受け、医学生時代にスヴェーデンボリの大著を読んで、彼を「偉大な科学者にして神秘家」と称えた。

ユングは、自然科学の基本原理である因果律では説明のできない意味深い偶然の一致という現象を自ら体験していた。この現象を説明するために、非因果的でしかも同時的な二つの事象の間を関連づける原理として、「共時性(シンクロニシテイ)」という仮説を立てた。

偶然の一致の例として、ユングは次のような体験を挙げている。ユングの患者に、狭い観念にしばられた若い女性がいた。頑固で現実的な物事以外は認めようとせず、自分の殻に閉じこもり、心の交流ができないため、治療が難航していた。ユングは書く。

「ある日、窓を背にして彼女の前に座って、彼女の雄弁ぶりに聞き耳をたてていたのである。その前夜に、彼女は、誰かに黄金のスカラベ(神聖昆虫)を贈られるという非常に印象深い夢をみたのであった。彼女がまだこの夢を語り終えるか終えないうちに、何かが窓をたたいているかのような音がした。 振り返ってみてみると、かなり大きい昆虫が飛んできて、外から窓ガラスにぶつかり、どう見ても暗い部屋の中に入ろうとしているところであった。筆者はすぐに窓を開けて、中に飛び込んできた虫を空中で捕らまえた。それはスカラバエイデ、よく見かけるバカラコガネムシで、緑金色をしているので金色のスカラベに最も近いものであった。『これがあなたのスカラベですよ』と言って、筆者は患者さんにコガネムシを手渡した。この出来事のせいで、彼女の合理主義に待ちわびていた穴があき、彼女の理知的な抵抗の氷が砕けたのであった」(『共時性について』エラノス叢書2、平凡社)

この出来事をきっかけに、偏狭な合理主義に固まっていた患者の心が和らぎ、新たな世界に心を開くようになり、治療がスムーズにいくようになったという。ユングは、このように因果律では説明のできない意味深い偶然の一致を多く体験・観察していた。それらを説明するために出した仮説が、共時性である。

ユングは、1952年(昭和27年)に物理学者パウリとの共著『自然現象と心の構造』を出した。本書の論文「共時性:非因果的連関の原理」で、ユングは、ラインが実験科学的な方法で超能力を研究した報告を引用し、テレパシー、透視、遠隔視、予知、念力等を共時性仮説で説明しようと試みた。そこでユングは、スヴェーデンボリのストックホルムの大火事の逸話について、次のように書いた。

 「例えば、ストックホルムにおいて火事が起こっているという幻視がスヴェーデンボリの内に起こったとき、その二者間に何も証明できるようなもの、あるいは考えられるようなつながりすらもないのに、その時、そこで実際に火事がいかり狂っていた。(略)彼を『絶対知識』に接近させた意識閾の低下が存在したと、われわれは想像する。ある意味で、ストックホルムにおける火事は、彼の心の内でも燃えていた。無意識の精神にとって空間と時間は相対的であるように思われる。つまり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、知識はそれ自身を見出すのである。それゆえ、無意識が、意識の方向にポテンシャルを保ち、発展させるならば、そのとき、並行事象が知覚されたり『知られ』たりすることは可能である」と。

こうしてユングは、共時性の仮説によって、スヴェーデンボリの体験の説明を試みた。ユングは無意識の精神にとっては、空間と時間は相対的であり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、遠隔視が可能になると考えた。ユングは、共時性を「時間と空間に関して心的に条件づけられた相対性」とも定義している。また「空間と時間は、運動する諸物体の概念的な座標だが、それらは根底においてはおそらく同一なのだろう」とユングは書いている。ユングを受けて、空間・時間が心の状態によって条件づけられる相対的なものだと仮定すると、距離を超えた念力による遠隔操作や因果的継起を超えた予知は起こり得る現象となる。カントは感性のア・プリオリな直観形式として空間・時間を挙げたが、空間と時間が二元的なものではなく、一元的なものの表れだとすれば、特殊な能力を持つ人間においては、時空を超えた認識や行為が可能になるだろう。

ユングは、従来の科学が原理とする時間、空間、因果性に、共時性を加えることを提案した。パウリはユングに賛同し、時間、空間をエネルギーと時空連続体に替えることを助言した。これを容れたユングは、永遠のエネルギー、時空連続体、因果性、共時性という4つの原理を提示している。

 

●西洋文明と現代文明への見方

 

西方キリスト教では、宗教改革によって、サクラメント(秘蹟)という象徴的儀式が否定された。マックス・ウェーバーは、象徴的儀式を「呪術」とみなし、「呪術の追放」を近代化、すなわち全般的合理化の過程の出発点と認識した。ユングは、サクラメントの否定ないし空洞化が西欧の近代化に決定的役割を果たしたという認識においては、ウェーバーと一致している。しかし、ユングは「呪術の追放」によって、西欧人は人間性にとって本質的なものを見失ったと考えた。そのため西欧人は、次第に集団的な精神異常の兆候を表わし、世界大戦やナチズム、核兵器の開発などによって、全人類の運命をも左右することになったと考察した。

ユングは、第1次世界大戦から西欧は明らかに正常ではなくなったという。この大戦は「流行病的狂気にほかならない」と、ユングは1916年に書いた。こうした集団的狂気の突発は、長い西欧精神史の結果として現われたものだという見解を示した。『現代史によせて』所収の『破局の後で』(1945年)において、ユングはいう。

「第1次世界大戦よりもはるか以前から、ヨーロッパの精神的な変化の最初の兆候は現われていた。中世の世界像は崩れ去り、この世界の秩序を統べていた形而上の権威は消えてしまい、やがて今度は人間の姿で浮かび出た。ニーチェが予言したのは、ほかでもなく神の死であり、その後裔たる超人の出現であり、あの死に至る綱渡り、愚者なのである。‥‥一国民全体が、そればかりか何百万という他国の人間までが、絶滅戦争という血なまぐさい狂気に引きずり込まれた。‥‥ドイツ人にいたっては、催眠術にかかった羊さながら、精神異常の指導者に追い立てられてみずからのと屠殺場へと赴いた」と。ここにいう「超人」「精神異常の指導者」とは、言うまでもない。ヒトラーのことにほかならない。

ユングは、元型的イメージの一つである影の概念を用いて、各時代の現代人に示唆する。影とは、人格の劣等な部分を意味する。人は、自分の中にある劣等な部分を他者に投影し、その他者に軽蔑や怨恨や憎悪や敵意を向ける。この劣等に見える他者の姿とは、実は自分自身の一面なのであるが、自分では気づかない。核支配の時代を生きるわれわれに対し、ユングは「唯一戦うに値する戦いとは、すなわち影の持つ圧倒的な力と衝動に対する戦いである」と「影との戦い」を戦えと諭している。

ユングの文明論については、拙稿「心の近代化と新しい精神科学の興隆〜ウェーバー・ユング・トランスパーソナルの先へ」第2〜3章に詳しく書いた。

ユングは1961年(昭和36年)に亡くなった。ユングは生前、風変わりな主張をする心理学者と思われ、あまり評価されなかった。彼が世界的に高く評価されるようになったのは、彼の死後、1960年代からである。彼が発見した集合的無意識の存在が広く認められるようになり、集合的無意識の存在を背景にした自己実現の追求が、現代人の課題として認識された。ユング心理学は、その後、アブラハム・マズローの人間性心理学やスタニスラフ・グロフの精神分析と結びつき、トランスパーソナル学(超個心理学)によって継承・展開されている。(註2ページの頭へ

 

(1)フロイトについては、拙稿「フロイトを超えて〜唯物論的人間観から心霊論的人間観へ」をご参照ください。

(2)マズロー、グロフ、トランスパーソナル学については、拙稿「人間には自己実現・自己超越の欲求がある〜マズローとトランスパーソナル学」をご参照ください。

参考資料

・『ユング著作集』(日本教文社)『ユングの文明論』『ユングの人間論』(思索社)

・ユング著『元型論―無意識の構造』(紀伊国屋書店)

・同上『心理学と宗教』(人文書院)

・ユング+パウリ著『自然現象と心の構造〜非因果的連関の原理』(海鳴社)

 

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■人間には自己実現・自己超越の欲求がある

〜マズローとトランスパーソナル学

2003.6.19

 

20世紀の半ばまで、欧米では、人間を機械と見る見方が支配的だった。唯物論的な人間観が主流となり、人間は機械の奴隷となっていた。しかし、20世紀の半ば過ぎから、人間に対する見方は、革命的といってよいほど、大きく変化した。心理学の分野では、人間性心理学やトランスパーソナル心理学が発達し、新しく豊かな人間観が生まれた。これらの心理学の創設者がアブラハム・マズロー(1908-1970)である。

マズローは、人間の心には、自己実現を求め、さらに自己超越を求める欲求が、生まれつき備わっていることを発見した。それは、21世紀の人間観の基礎となるものといえよう。

 

●「人間=機械」という考え方

 

 西欧では、17世紀に科学革命が起こり、デカルトーニュートンによって形成された機械論的な世界観が支配的になった。数学及びそれに基づく物理学が知識の模範とされ、あらゆる現象を機械の運動に還元して説明しようとする考え方が、欧米人の頭脳を占拠した。

人間に対する見方もそうで、デカルト以降、人間を一個の機械に見立てて、人体を物理的・化学的に分析しようとする機械論的な生理学が発達した。19世紀半ばに、ダーウィンが人間は動物から進化したという仮説を発表すると、人間の心までも、身体と同様に物質に還元して解明できるという考え方が主流となった。マルクスの唯物論的な歴史観・社会観も、こうした人間観に基づいている。心は、脳内で起こる物質的な現象だという考え方も、そうである。

 かくして20世紀の前半は、欧米を中心に、機械論的・唯物論的な人間観が支配した。人間の心を対象とする心理学においてもそうで、その二大流派が行動主義とフロイト主義である。

行動主義は、人間の心理に対して、生理学的な実験アプローチを推し進めるものである。創始者のジョン・ワトソンは、意識や感情、感覚、魂など、外部から観察し得ないものは、研究対象とすべきでないとし、実験や観察の可能な「行動」のみを研究対象に限定した。ワトソンは、動物であれ、人間であれ、生体の行動は、すべて刺激―反応というメカニズムで説明できると考えた。そして、人間の高度な精神活動も、刺激―反応過程に還元可能であると主張した。

 一方、フロイト主義は、無意識下の欲求やそれに対する意識的な抑制がぶつかり合って人間の行動を決定していると考えた。ジークムント・フロイトは、精神分析において、ニュートン物理学をモデルとした。彼は、人間の精神活動には一種のエネルギーが活動していると仮定し、それをリビドーと呼ぶ。リビドーは、対象と自我との間を往来すると考えられ、そのエネルギーの移動と増減によって、すべての精神現象を説明しようとした。フロイトは唯物論者であると自称し、人体を物体として扱う外科医のように、患者に接することを理想とした。

 

●マズローは、人間を真に理解しようとした

 

 しかし、20世紀の半ばになると、行動主義やフロイト主義の偏狭な人間観に対する疑問の声が上がった。その中心となったのが、アブラハム・マズローである。

 マズローは、はじめ行動主義を研究していた。しかし、結婚して我が子が生まれた途端、考え方が一変した。「この可愛らしい神秘的な生き物」は、「あれほどまでに熱狂し続けた行動主義を、もうこれ以上耐えられないほどに馬鹿げたものに思わせた」と彼は言っている。そして行動主義が「動物を研究に使用するのは、例えば、殉教・自己犠牲・羞恥心・ユーモア・芸術・美・良心・罪の意識・愛国心・理想・詩や哲学や音楽や科学の創造といった、特に人間らしい諸能力を無視することを、前もって保証しているようなものである」と批判している。

 マズローはまた、フロイト主義に対しても異論を唱えた。彼は、あるインディアン種族とひと夏を過ごした。その実地研究によって、目が開かれたのである。この種族は8百人いるのだが、争いは過去15年間に5回喧嘩があっただけだという。実に平和で穏やかな生活をしている。彼らはまた、子供や仲間を残酷に取り扱うという理由で白人を軽蔑していた。

マズローは、フロイトの理論に大きな疑問を持った。フロイトが対象としたのは、神経症やヒステリーなど精神病者ばかりである。人間の不健康な部分ばかりを見て、そこから人間観を作り上げていた。

行動主義が人間を人間らしく見るのではなく、動物並みに見ようとしたのに対し、フロイト主義は人間をすべて心の病を持った精神異常者と見て、文明や宗教を理解しようとしていたのである。うんざりしたマズローは、本当の人間性を知るには、健康な人間の研究をしなければならないと考えた。(註1

そして彼は、「非常に優秀な人々、もっとも健康な人々、見つけ出せる限りの人間の範たる人々」を研究した。この研究は、機械論的な人間観に立つ行動主義やフロイト主義では得られない、豊かな人間観をもたらした。

 

●人間の欲求には階層がある

 

マズローは、リンカーン、アインシュタイン、シュバイツァーなどの偉人の研究をした。また、健康で豊かな精神生活を送っている多数の人々に会って研究を続けた。そこで彼が発見したのは、精神的に健康な人は、例外なく自分の職業や義務に打ち込んでおり、その中で創造の喜びや他人に奉仕する喜びを感じていることである。またこれらの人々には、自由で客観的なものの見方をし、他人に対しては寛容でユーモアがある、という共通点があった。

マズローは、こうした画期的な研究をもとに、健康と成長のための理論をめざした。そして、人間の欲求は、次の5つに大別されるという説を唱えている。(2)

 

1.生理的欲求: 動物的本能による欲求(食欲、性欲など)

2.安全の欲求: 身の安全を求める欲求

3.所属と愛の欲求: 社会や集団に帰属し、愛で結ばれた他人との一体感を求める欲求

4.承認の欲求: 他人から評価され、尊敬されたいという欲求(出世欲、名誉欲など)

5.自己実現の欲求: 個人の才能、能力、潜在性などを充分に開発、利用したいという欲求。さらに、人間がなれる可能性のある最高の存在になりたいという願望

 

 マズローは、このような人間の欲求が階層的な発展性を持っていることを明らかにした。生理的な欲求や安全性の欲求が満たされると、愛されたいという欲求や自己を評価されたいという欲求を抱くようになり、それも満たされると自己実現の欲求が芽生えてくるというのである。

自己実現こそ人生の最高の目的であり、最高の価値であるとマズローは説く。そして、人間が最も人間的である所以とは、自己実現を求める願望にあると説く。自己実現の欲求は、まず個人の才能、能力、潜在性などを充分に開発、利用したいという欲求である。「ある個人にとってこの欲求は、理想的な母親たらんとする願望の形を取り、またある者には運動競技の面で表現されるかもしれない。さらに別の者には、絵を描くことや発明によって表されるかもしれない」とマズローは言う。さらに、この欲求がより高次になると、自己の本質を知ることや、宇宙の真理を理解したいという欲求となり、人間がなれる可能性のある最高の存在になりたいという願望となって、より高い目標に向かっていく。

 マズローによると、自己実現をした人とは「人生を楽しみ、堪能することを知っている人間」であり「苦痛や悩みにめげず、辛い体験から多くのものを悟ることができる人間」である。そうした人は「感情的になることが少なく、より客観的で、期待、不安、自我防衛などによって、自分の観察をゆがめることが少ない。また創造性や自発性に富み、自ら選択した課題にしっかり取り組む姿勢を持っている」。また「開かれた心を持ち、とらわれの少ない積極的存在だ」とマズローは言う。

これに比し、現代人に多い神経症は、自己実現への道が閉塞した状態だとマズローは見た。

 

●人間心理を総合的に理解する

 

マズローの研究によると、自己実現の欲求は、他の欲求が満足させられたからといって必ずしも発展するとは限らない。食欲・性欲や名誉欲など、下位の欲求の段階でとまっている人が多いからである。

マズロー以前の心理学は、研究の焦点を下位の欲求に合わせ、より高次の欲求にはあまり注目していなかった。例えば、マルクスの人間観は、19世紀の唯物論的心理学に基づき、「生理的欲求」と「安全の欲求」を中心としている。そのため、人間の幸福の実現には食物と安全が重要だとし、より高次の欲求には否定的だった。フロイトは無意識の研究を行い、それまでの人間観に画期的な変化をもたらした。彼は性の問題を通じて、より上位の欲求である「所属と愛の欲求」の研究をしたといえる。しかし、性の観点からすべてを理解しようとしたために、人間理解を狭くしてしまった。これに比べ、アドラーは、性格を対人関係からとらえた。彼は、性格は、劣等感を軸とし、その補償としての優越欲と社会的共同感情の相互関係から、社会生活の中で形成されると見た。彼は、人からの尊敬・評価を求める「承認の欲求」を中心に研究したといえる。これに対し、「自己実現」という用語を初めて使用したのは、ゲシュタルト心理学者のゴルトシュタインである。彼は「すべての人間の行動を取り仕切る決定的要因」は、自己実現だとした。この概念に注目し、具体的に研究を進めたのが、マズローだった。

マズローは、先人であるマルクス、フロイト、アドラー、ゴルトシュタインらの主張・学説の総合を試みた。そして、人間の欲求には階層的な発展性があることを、明らかにした。これは画期的なことだった。彼によって、高次の欲求は、低次の欲求と同じく、人間の中に本能的に内在しているものであり、潜在意識下の衝動の一部をなすことが、広く理解されることになった。そして、マズローの研究は、青年教育や経営管理などに応用されている。

 

●自己実現した人に見られる「至高体験」

 

マズローは、自己実現を十分成し遂げた人は、しばしば「至高体験」(peak experience)をしているという。至高体験とは、意識が高揚した状態である。自分が自分のしている行為に完全に没頭している状態、自意識に全く邪魔されず自分が完璧だと感じる瞬間、最高に幸福な感情に満たされた境地、そうした体験を、至高体験と呼ぶ。

健康で優秀な能力を持つ人や尊敬される人格者、優れた芸術家やスポーツ選手など、さまざまな人々が、こうした体験を報告している。なかには出産の最中や子育てにおいて、最高の喜びを感じ、至高体験をした母親もいる。

マズローは、至高体験を次のように表現している。「神秘的体験、大いなる畏怖の瞬間、とても強烈な幸福感、歓喜、恍惚、至福すら感じる瞬間」であり、「このような瞬間は純粋であり、積極的な幸福感に満ちている。あらゆる疑惑、恐怖、禁忌、緊張、弱さが追い払われる。今や自己意識は失われる。世界との分離感や距離感は消滅し、同時に彼らは世界と一体であると感じ、世界に融合し、まさに世界に属し、世界の外側にあるのではなく、世界の内側に見入るのだ」と。

至高体験を体験した多くの人は、その後、世界が違って見えるようになり、人生観・価値観が変わったと語っている。そして、自己の可能性の開花、人間性の完全な発達を願うようになるというのである。

マズローは臨床的観察に基づいて、自己実現を果たした人が至高体験をした時には、憐れみ、慈愛、親切さ、悲しみの情緒が顕著であるという。こうした体験を持つ人は、利己的な考えを超え、人への愛や思いやりに満ちた行動を行い、それを喜びと感じるようになる。彼らは、物事を楽しむ能力をもち、現実に対する鋭敏な知覚力を備えている。芸術や科学において、あるいはもっと現実的な生活のなかで、優れた創造性を発揮する。

自己実現をした人のうち、至高体験を持たない人は、現実的に影響力の強い社会人や社会改善家になる傾向があり、一方至高体験を持つ人は、しばしば美学や宗教といった主観的領域に熱中することが多い、とマズローはいう。

 

●互いに自己実現できる社会へ

 

自己実現は、基本的には個人個人がそれぞれ追い求めるものである。しかし、それだけにとどまらない。人々は互いに自己実現を促し合い、精神的に高め合うことができるのである。互いに自己実現のできる社会の状態を、マズローは、「サイナジック」(synergic)と呼んだ。「サイナジック」とは、協同的・相互扶助的という意味である。

この言葉は、名著『菊と刀』で知られる人類学者ルース・ベネディクトの造語である。彼女は北米インディアンの社会を研究して、そこでは個人個人がお互いに助け合い、全員への帰属感覚を持っていることを知った。そして、こういう社会を、協同社会と呼んだ。これに対比されるのが、近代の欧米のような競争社会である。競争社会では地位や財産や力が強調される。ベネディクトは協同社会の状態を表すために、「サイナジック」という新語を造ったのである。

「サイナジック」という概念は、マズローに大きな影響を与えた。そして、マズローは、北米インディアンのような協同社会では、「協同作業こそが全員になんらかの形で自己実現化を達成させる道であるという共通認識があるからこそ、協同作業が行われるのだ」という理解に至った。

マズローによると、近代の市民社会は病んでおり、「サイナジィ」つまり協同性・相助性の低い社会である。そのため、自己実現の道がふさがれた人々に、神経症や犯罪が多く現われるのである。これに対し、社会の協同性・相助性が高くなれば、その社会は、より健康になるとマズローは考えた。そして、めざすべき社会とは、「ハイ・サイナジィ」つまり高い協同性・相助性をもった社会だと説いた。

マズローの考えでは、サイナジックな社会では、すべての個人が高次元の自己実現に到達し、しかも他の誰の自由とも抵触しない。人間が本性として備えている潜在能力が充分に考慮されれば、個人の自由は他者の自由を侵害する必要がなくなる。あり余るまでの自由が社会に行き渡ると考えられるのである。

ここで彼の説を私なりに敷衍すると、北米インディアンの部族社会のような共同体では、人々は、互いに自己実現を促し合い、自他ともに自己実現をするのだと言える。いわば協同的・相助的に自己実現が行われる。夫婦、親子、祖孫などの家族同士、また師弟、老幼、個人と個人などの人間同士が、お互いを高め合い、お互いに向上・成長していくのである。これは、かつて地球上に広く見られた人間社会の本来の姿だと言える。しかし、共同体の解体によって、こうしたサイナジックな社会は崩壊した。特に近代西欧の市民社会は、共同体の解体によって発生した社会だから、自己実現を互いに促し合うという人間社会の本来の働きが失われてしまった。そこに、神経症や犯罪が多く発生するわけである。

マルクスは、市民社会に革命を起こすことで、かつての「原始共同体」を新たな形で再生することを目指した。けれども、彼は唯物論者であり、経済的土台が人間の社会意識を決定するという物質中心的な考えだった。内なる自己実現の欲求については否定的だったので、物質的な所有形態の変革によって、すべてを実現できると錯覚したのである。

西欧に比べ、わが国では、近代化が進行しても、本来の協同的・相助的な人間関係が失われずに、継続している。すなわち、夫婦、親子、祖孫などの家族同士、また師弟、老幼、個人と個人などの人間同士が、お互いを高め合い、向上・成長していくような精神文化が、わが国には生き続けている。それゆえ、日本の社会は、マズローが理想とした高いサイナジーを持つ社会として、これからの人類社会のモデルとなりうるものだと私は考えている。

 

●自己超越を目指し、トランスパースナル心理学を創設

 

さて、マズローは晩年、人間には、自己実現の欲求を越えた「自己超越の欲求」があることをはっきりと認めるようになった。自己超越の欲求とは、自己を超える欲求である。そして、それまで「自己実現をした人」と呼んでいた人びとを、「単に健康な自己実現者」と「自己実現を超越した人」とに分けた。これにより、彼の欲求の5段階説に、6番目の「自己超越の欲求」が加わることになった。

マズローによると、人間の本性は本来、自己超越的である。健康で心の満たされた人びとは、自己実現を追及するだけでなく、さらに自然と自分自身を超えたものを求める。そして、他の多くの人々のために尽くしたり、より大きなものと一体になりたいと願う。それは悟り、宇宙との一体感、宇宙的な真理や永遠なるもの、社会の進化や人類の幸福などの、より高い目標である。

自己を超え出て、より大きなものと一体になりたいという超越的衝動は、安全や評価を求める欲求と同様に基本的な欲求であり、人間の本性の一部分である。つまり、人の心には、誰しも自己実現と自己超越の欲求が潜在しているのである。

自己超越の欲求は、自己実現の欲求より、さらに高い段階の欲求である。それは、「自我という観念を持ってしまったがゆえに失ってしまった生の全体性を取り戻したいという衝動」(菅靖彦氏)ともいえる。そして、これまでの優れた宗教家はどれも、人々にこの内なる欲求に気づかせ、人々を精神的向上に導こうとしたといえよう。この欲求が一見してそれほど普遍的に見えないのは、ごく少数の人間しか、その超越点に到達できないためである。

マズローは、人々の自己実現・自己超越を促進するため、至高体験を積極的に体験できる方法を追及する必要を感じるようになった。そんな折、1968年、マズローは、人間性心理学の集会で、精神医学者スタニスラフ・グロフと出会った。グロフは、チェコスロヴァキアの精神医学者である。彼は、フロイトの理論に基づいた精神分析を発展させるため、当時は合法的だったLSDを用いた精神治療を行っていた。その治療は約20年間にわたり、5000回以上の臨床例を収集していた。それを通じて、グロフは、フロイトが扱った領域をはるかに越える、広大な意識の深層をかいまみ、彼自身、LSDを自ら服用して、非日常的な意識状態を体験した。グロフの報告は、近代西欧の人間観・世界観・価値観を根底から覆す、真に歴史的な大発見だった。

グロフと出会ったマズロー、それまでの人間性心理学は過渡的なものだとみなすようになった。そして、自己実現の心理学から、自己超越の方向に進み、個を超える、より高次の心理学を目指した。これがトランスパーソナル心理学である。トランスとは「超える」、パーソナルとは「個人的な」を意味する。すなわち、トランスパーソナルとは、超個的なという意味である。

こうして、マズローやグロフが中心となって、トランスパーソナル心理学会を設立した。1969年(昭和44年)のことである。初代会長には、グロフが就任した。

その翌年、マズローは亡くなった。彼の意思は、トランスパーソナル心理学会に参集した心理学者・精神医学者・心理療法家らによって継承されている

 

●人類の精神的進化の促進に貢献

 

トランスパーソナル心理学が、これまでの心理学やひいては近代西欧的な人間観と異なるのは、無意識の一面に霊的次元があることを認め、「霊性」を含めて、人間の心を全体的に理解しようとするところである。トランスパーソナル心理学は、人間を単に現世的な生物的存在としてではなく、現世と来世、彼岸と此岸、見える世界と見えない世界の両方にまたがって生きる霊的存在と理解する。こうした人間の全体性をとらえようとしている。

今やトランスパーソナル心理学は、心理学という枠組みを超え、さまざまな学問を統合するものとなり、包括的な視点に立って人間のあり方を模索する学際的な運動となっている。これをトランスパーソナル学と呼ぶ。

トランスパーソナル学は、近代合理主義の世界観や価値観を、根底から転換するものとなっている。デカルトの物心二元論や主客対立図式、ニュートンの機械論的世界観、また理性的自我意識を中心とした近代西欧の人間観などは、もはや根底から覆される時を迎えたのである。

トランスパーソナル学では、現代の精神的状況を、「スピリチュアル・エマージェンシー」と呼ぶ。この言葉には、二重の意味がある。一つは「精神の危機」であり、もう一つは「霊性の出現」である。近代化がもたらした人類の精神的危機において、これまで見失われていた霊性が出現しようとしているのである。

わが国のトランスパーナル学の先駆者の一人である菅靖彦によると、現代社会は大衆レベルでの「スピリチュアル・エマージェンシー」の途上にある。菅は、次のように言っている。

「現代の危機が単に社会的レベルのものではなく、霊的な領域に根を持ち、その危機を契機として、霊的な発達を遂げようとしている人間が現代社会のいたるところに出現している」。

「現代は根本的な変容期にあり、人類は今、次の意識進化の入り口に差しかかっている」

 20世紀は、西洋近代の生んだ物質科学が急速に発達した時代だった。そこでは、人々の物質的な欲求が最大限に追求された。こうした近代物質文明の思想を極端に推し進めたものが、共産主義だった。共産主義の根本的な誤りは、唯物論によって物質面に片寄り、精神面を軽視して人間に内在する自己実現・自己超越の欲求を抑圧したことにある。

これに対し、21世紀は、物質文明の急激な発達の陰で停滞していた精神文化が、大きく発達すべき時である。人類の精神的進化を促進することにおいて、アブラハム・マズローの果たした貢献は見逃せない。彼は、人間には自己実現の欲求があり、人は自己実現からさらに自己超越へと進むべきことを説いた。マズローは、21世紀を生きる私たちが取り組むべき課題を明示しているのである。今後、マズローが発見した自己実現・自己超越の欲求は、ますます広く認められるようになるだろう。そして、多くの人々が精神的な向上・成長を求める時代に入っていくことだろう。

最後に、こうした時代において、私は、宗教にはかつてないほど重要な役割が期待されていると思う。ただし、従来の宗教とは異なり、科学と宗教を総合した精神科学というべき新しい宗教が求められている。(註3) また、高い「サイナジー」つまり協同性・相助性を保持している日本文明は、この時代をリードして、人類を高度に精神文化の発達した社会へと導き得る確かな可能性を持っていると思う。(註4(5)

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(1)マズロー著『人間性の心理学』(1954

(2)同上『完全なる人間』 (1962)、『人間性の最高価値』(1971)

(3)精神科学というべき新しい宗教については、次のサイトをご参照ください。

http://www.srk.info/

(4)日本文明については、「日本の心」をご参照ください。

(5)トランスパーソナル学について、より詳しくは以下の拙稿をご参照ください。

“心の近代化”と新しい精神文化の興隆〜ウェーバー・ユング・トランスパーソナルの先へ

参考資料

・マズロー著『人間性心理学』(産業能率大学出版部)

・ 同上『完全なる人間−魂のめざすもの』(誠信書房)

    同上『人間性の最高価値』(誠信書房)

    コリン・ウイルソン『至高体験――自己実現のための心理学』(河出文庫)

    グロフ他著『深層からの回帰』(青土社)

・ 菅靖彦著『心はどこへ向かうのか』(NHKブックス)

 

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■脳は生涯、発達し続ける〜村上和雄氏

2014.10.20

 

 筑波大学名誉教授の村上和雄氏は、国際的な分子生物学者である。1983年、世界に先駆けてヒト・レニン遺伝子の解読に成功した。村上氏は、人間にはまだわからない『未知の何者か』が遺伝子をコントロールしているとしか思えないとして、人間を超えた「サムシング・グレート」と呼ぶ存在を想定する。

 村上氏は、産経新聞平成26年9月26日付に「脳は生涯にわたり発達し続ける」という記事を書いた。興味深い内容なので、要点を記す。

 

・脳神経細胞は環境に応じて再配線できる。運動、精神的活動、社会的なつながりが、神経細胞の発展を促す。

・脳はテレビやラジオの受信機のようなものであり、心や意識が真の創造者である。脳は私たちが「できる」と思っていることしかできない。逆にいえば、「できない」と考えていることはできないのだ。

・DNAは単なる設計図にすぎず、それも環境によって書き換え可能な設計図である。生命を支配しているのは、DNAや脳ではなく「人間の意識」である。生命の真の創造者は、人間の意識をも超えた大自然の偉大な働き「サムシング・グレート」である。

・脳に使われるのではなく、脳を上手にコントロールして使うことが肝心だ。そのためには、固定観念を捨て去り、柔軟性を持ってリラックスすること、素直であること、心配しないことなどが大切である。そうすることにより、あらゆる局面を切り開くことが可能になる。

・ヒトにはあるもののチンパンジーにはないという遺伝子は一つもない。ヒトとチンパンジーのゲノムの違いは、遺伝子のオンとオフに関与する配列にある。

・人は心の持ちようを変えることによって、遺伝子のオンとオフを切り替えれば、一生涯進化できる可能性がある。

 

 脳は生涯、発達し続けるという説は、私自らの体験及び多くの体験者の観察から、正しい説だと考える。人間の脳は、20歳代を過ぎても発達し得る。脳細胞が活性化すると、頭骨が隆起するほどの変化が起こる。この「頭部隆起」という現象を、80歳代、90歳代で体験した人もいる。自閉症、発達障害等の子供が、「頭部隆起」を通じて、健全に成長できた体験もある。

http://www.srk.info/library/nouryoku.html

 この事実は、人間の脳と心には、現代の科学ではまだ解明のできていない大きな潜在力が存在することを示唆している。人類が21世紀に物心調和・共存共栄の文明を創造できるかどうかは、この自らに内在する可能性を開花しえるかに、かかっているだろう。ページの頭へ

 

参考資料

・村上和雄著『生命の暗号』(サンマーク出版)

・ディーパック・チョプラ著『クォンタム・ヒーリング』(春秋社)

 

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