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  心と宗教

                       

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カントの哲学と心霊論的人間観

2013.9.17

 

<目次>

はじめに

第1章 カントの立てた四つの問い

(1)『視霊者の夢』の位置づけ

(2)三つの問い

(3)第四の問い

第2章 『視霊者の夢』におけるカントの思考

(1)スヴェーデンボリ問題への取り組み

(2)第1部独断篇の霊魂論

(3)第2部歴史篇のスヴェーデンボリ論

(4)「形而上学の夢」への断罪

(5)持ち続けた心霊論的信条

第3章 心霊論的信条を前提した批判哲学の展開

(1)認識能力の検討

(2)自由と人格

(3)人間の尊厳と「目的の国」

(4)永遠平和への道

(5)自然と神

(6)世界史のとらえ方

(7)カント哲学の心霊論的発展を

第4章 カント以後の哲学と科学の取り組み

(1)ショーペンハウアーの「意志」による仮説

(2)ユングの「共時性」という仮説

(3)現代の科学者による様々な仮説

結びに〜心霊論的人間観の確立を

 

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はじめに


 「すべての哲学はカントに注ぎ、すべての哲学はカントから流れ出る」といわれるように、イマヌエル・カントは西洋思想史で最大級の思想家である。カントの思想の後世への影響は大きく、今日にまで及んでいる。カントは、へーゲルやマルクスによって乗り越えられたとか、ニーチェやフロイトによって排除されたという見方がある一方、20世紀以降の著名な哲学者、エルンスト・カッシーラー、マルティン・ハイデッガー、カール・ヤスパース、和辻哲郎、ジョン・ロールズ、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズ、アマルティア・セン、マーサ・ヌスバウム等がカントとの対話を行い、自らの糧にしてきた。
 私は、拙稿「心の近代化と新しい精神科学の興隆」に、「世界の呪術からの解放」による心の近代化について書いたが、その視点から、カントは「呪術の追放」を推進した「啓蒙の完成者」であると同時に、心霊論的な信条を保ち、科学と道徳・宗教の両立を図った思想家であることに注目している。心霊論とは、人間は単に身体的・精神的存在ではなく、霊的存在でもあるという考え方である。

現代世界で重要な価値の一つとなっているものが、人権である。世界人権宣言の根底には、ロック=カント的な人間観がある。人権の思想の考察において、カント哲学とその影響の検討は、不可欠の課題と私は考えている。カント哲学を単なる道徳哲学ではなく、心霊論的な道徳哲学と理解することは、人権の思想を批判的に発展させるための一つのポイントである。
 本稿は、心霊論的及び人権論的な関心から、カントの著作『形而上学の夢によって解釈された視霊者の夢』(以下、『視霊者の夢』)に焦点を合わせ、本書におけるカントの取り組みを検討し、そこにおけるカントの思考がその後の批判哲学にどのように発展したか、を考察する。またカントは、『視霊者の夢』に書いた心霊論的信条をその後も持ち続け、それが彼の道徳哲学の前提となっていることを示す。そしてカント以後の哲学と科学の展開を踏まえて、心霊論的人間観をこのわれわれの時代、21世紀に確立すべきことを述べるものである。哲学と超心理学・トランスパーソナル学を結ぶ試みとなるものでもある。

 

1章 カントの立てた四つの問い


(1)『視霊者の夢』の位置づけ

 カント(1724-1804)は、18世紀西欧の「啓蒙の世紀」を代表する哲学者であり、「啓蒙の完成者」といわれる。カントはアメリカ独立戦争やフランス革命を同時代として生き、当時の政治思想・社会思想を哲学的に掘り下げた。現代の人権の思想には、ロックと並んでカントが重要な影響を与えている。
 若き日のカントは自然の科学的研究に優れた業績を現した。数学・自然科学の論文を多く書き、特に宇宙の発生に関する星雲説は、ニュートン物理学を宇宙発生論にまで拡張適用したもので、カント=ラプラス仮説として名高い。カントは、数学・自然科学だけでなく、論理学・形而上学・自然地理学等、広い範囲にわたる科目を大学で講じていた。しかし、ヒュームによって「独断論のまどろみ」を破られた。
 ヒュームは、感覚的な印象によってものの観念ができ、観念の連想によって、高級な観念や知識ができるとした。自然科学が基礎に置く因果律も、連想の繰り返しという経験に基づく習慣に過ぎない。自然科学は理論的な学として成り立つか疑わしい。ましてや感覚的に経験することができない神や神の創造を問題にする形而上学は、学として成り立つことはできない、と考えた。カントは、ヒュームの懐疑論に衝撃を受け、それまで影響を受けていたライプニッツ、ヴォルフ等の思弁的形而上学を見直した。そして、人間の認識能力について根本的な検討を行うことにした。
 またカントは、ルソーの著書から人間を尊敬すべきことを学んだ。「私は無知の民衆を軽蔑していた。しかし、ルソーが私の誤りを正してくれた。目のくらんだ優越感は消え失せ、私は人間を尊敬することを学んだ」とカントは書いている。そして「人間を尊敬するというこの考え方こそ、すべての他の人に一つの価値を与えることができ、その価値からこそ、人間らしい諸権利は由来する」と信じ、自然の研究から人間の研究に向かった。
 こうした時、カントが強い関心を示したのが、視霊者スヴェーデンボリである。スヴェーデンボリは、数学者、科学者として著名であるとともに、霊魂との意思交通、遠隔視を行うことで、当時西欧で評判だった。カントは、スヴェーデンボリを研究し、1766年刊行の『視霊者の夢』に自らの見解を書いた。この書でカントは、霊魂との意思交通や共同体的なつながり、来世の存在を信じる考えを書く一方、スウェーデンボリの語ることを幻想であると否認する見方も書くという二面的な態度を見せる。そして霊界を語る視霊者と独断的な形而上学者はともに夢想を述べているとし、自らは、経験に基づく立場から人間理性の限界を定める新しい形而上学へと向かう。
 『視霊者の夢』を書いてから10数年を経て、ようやくカントは1781年に『純粋理性批判』を発表する。本書でカントは、経験に基づく範囲で理性による科学的認識を基礎づけた。そして、88年の『実践理性批判』等で科学の理論的認識の対象とはならない道徳の実践を説き、科学と道徳・宗教の両立を図った。さらに、市民社会の目指すべき姿を提示し、また国際社会に永遠平和を実現する道を論じた。その哲学は、批判哲学または批判的観念論と呼ばれる。
 私は、ヒュームの衝撃とルソーの啓発を受けたカントが、独自の哲学を構築するに当たって、『視霊者の夢』は重要な節目になっていると考える。また、『視霊者の夢』に書いた心霊論的な信条が、カントの道徳哲学の根底にあると考える。ページの頭へ

 

(2)三つの問い

 『視霊者の夢』の検討に入る前に、カントの批判哲学を概観しておきたい。カントは、批判哲学の嚆矢となる『純粋理性批判』に、三つの問いを挙げた。(1)人間は何を知り得るか、(2)人間は何を為すべきか、(3)人間は何を望んでよいか、の三つである。三大批判書をはじめとするカントの主要著作は、これらの問いへの彼の解答である。
 第1の問い、人間は何を知り得るかについて、カントは形而上学を検討した。カントは、第一の批判書『純粋理性批判』で、理性による理論的な認識について検討した。純粋とは、経験から独立であることを意味する。批判とは、認識能力の適用範囲と限界を吟味することをいい、批評というより裁判に近い。当時、ライプニッツ、ヴォルフ等による合理論的形而上学は、数学・自然科学を用いて、神の存在、霊魂の不滅、人格の自由を証明しようとしていた。カントは、ヒュームの懐疑論に啓発されて、すべての認識は感覚的経験によるという経験論と、確実な認識は生得観念によるとする合理論は、ともに正しくないとし、人間は対象をア・プリオリ(先験的)な形式に基づいて感覚し、思考するのだとした。これは、古代ギリシャ従来の西洋哲学史で、認識は対象に依存するとしてきた考え方を、対象こそ認識により構成されるという考え方に転換したもので、カントのコペルニクス的転回と呼ばれる。この転回によって同時にカントは、大陸合理論とイギリス経験論を総合したとされる。
 カントは、人間の認識能力を感性・悟性・理性に分け、その検討を行った。現象は主観が経験に与えられた感覚内容を総合構成したものであり、物自体は感覚の源泉として想定はできるが、認識はし得ないとした。物自体は、物そのものというより、物事の真相というのに近い。こうして、カントは現象界・感性界と物自体の可想界または叡智界を厳格に区別した。ヒュームが成立を疑った自然科学及び数学については、感性のア・プリオリな直観形式としての空間・時間と悟性のア・プリオリな思考形式としてのカテゴリーの協同によって確実な学的認識たり得ているとして、学としての基礎づけをした。

ア・プリオリは経験から論理的に独立したものを意味し、その基準は必然的かつ普遍的であることである。必然的かつ普遍的とは、必ずそうなり、誰にでもまたどういう場合でもあてはまるということである。反対語は、ア・ポステリオリで、経験によって得られるものを意味する。

カントは、悟性による認識を体系づけ、統一する理性による理論的な認識は、感性による経験に基づくものに限って可能だが、感性を超えたものは知り得ないとして、その適用範囲と限界を明らかにした。一方、神、不死、自由という超感性的な対象に関する形而上学は、これらの学と同等な資格をもつ確実な理論的学としては成立しえないとした。
 第2の問い、人間は何を為すべきかについて、カントは道徳を検討した。理性には理論的な機能とは別に、実践的な機能があるとして、第二の批判書『実践理性批判』において、道徳法則の客観的な確実性を論じ、『人倫の形而上学』で道徳哲学の体系を示した。カントは、人間は、自分の行為の個人的・主観的な規則である格率を、普遍的な道徳法則と一致するように行為すべきものとした。無条件に「△△せよ」と命じる定言命法に従って実践すべきことを説いた。道徳の最高原則は、「同時に普遍的法則としても妥当しうるような格率に従って行為せよ」である。人間は幸福を求めるべきではなく、幸福を恵まれるにふさわしい人間をめざして努力すべきものであるとした。
 神の存在、霊魂の不滅、人格の自由については、理論理性は決定不可能である。だが、これらは人間の道徳的な行為が意味あるものとなるために不可欠であり、実践理性はこれらを要請するとした。道徳的実践の目的は善であり、究極目的は最高善であるが、人間は最高善を実現するには力不足である。そこで最高善の実現を根拠づけ、徳性と幸福の一致を恵み与えるものとして神が要請される。また最高善に到達するには無限の努力が必要であるので、霊魂の不滅が要請される。また人間は、単に感官的存在者ではなく、叡智的存在者であり、理性が課す義務を負う人格とみなさなければならない。互いに、単に手段ではなく、目的そのものとして尊重されねばならないと説いた。

 第3の問い、人間は何を望んでよいかについて、カントは宗教を検討した。カントは、第三の批判書『判断力批判』で、悟性と理性を媒介する判断力について検討した。判断力は、特殊が普遍に包含されていると思考する能力である。特殊的なものだけが与えられ、そこから普遍的なものを見出す能力は、反省的判断力と呼ばれる。自然は必然的な法則に支配されているが、最高善を目指す道徳は意思の自律に基づく。感性界において自由を実現するには、自然に合目的性がなければならないとカントは考えた。そして、反省的判断力は、自然に合目的性を見出すとして、美、崇高の感情、有機体における合目的性を論じた。そのうえで、われわれは世界を目的に従って脈絡づけられた一つの全体また目的因の体系とみなす根拠または主要条件を持っているとして、一切の存在者の根源にある存在者は叡智体であり、全知にして全能、寛仁にして公正であり、また永遠性・遍在性を持つものでなければならないと説き、目的論によって神学を基礎づけた。一方、カントは啓示宗教としてのキリスト教から、啓示の部分を除き、道徳的宗教へと純化、改善することを試みた。人間は本能や衝動で行動する動物的な感性的存在者であるが、自由で自律的な理性的存在者でもある。人間は、欲望の誘惑に負けやすいが、理性は人間を超感性的な世界へと向かわせる。人間は理性の声に従って道徳を実践する者として、神・不死を望んでよいとした。ページの頭へ


(3)第四の問い

 カントは、三つの問いの検討のため、『純粋理性批判』(1781年)、『実践理性批判』(1788年)、『判断力批判』(1790年)の三大批判書や『人倫の形而上学の基礎づけ』(1785年)、『単なる理性の限界内における宗教』(1793年)、『人倫の形而上学』(1797年)等の多くの著書を書いた。晩年のカントは、三つの問いに加えて、第四の問いを立てた。それは、人間とは何かという問いである。
 カントは『論理学』(1800年、死後編纂刊行)の序論に次のように書いた。「第1の問いには形而上学が、第2の問いには道徳が、第3の問いには宗教が、第4の問いには人間学が、それぞれ答える。根底において、これらすべては、人間学に数えられることができるだろう。なぜなら、はじめの三つの問いは、最後の問いに関連を持つからである」と。
 人間とは何かという問いは、形而上学、道徳、宗教の検討を踏まえて、人間を総合的に研究するものである。これこそ実はカントの中心主題だったものであり、晩年のカントは『実用的見地における人間学』(1798年)を著した。カントは、本書に次のように書いている。
 「人間は、人々と一つの社会をなし、その社会において、芸術及び学問を通して自己を陶冶し、市民化し、かつ道徳化するよう、自らの理性によって定められている。幸福と呼ばれる心の安逸と歓楽へ受動的に身を任そうとする動物的傾向がいかに強くとも、むしろ能動的に、人間の自然の粗野のために人間につきまとっている妨害と戦いつつ、自らを、人間性にふさわしいものとなすよう、その理性によって定められている」と。
 こうした思想によるカントの人間学は、近代西欧の人間観に大きな影響を与えてきた。世界人権宣言は、現代世界で重要な価値の一つとなっている人権の思想を表現したものとなっているが、宣言の根底には、ロック=カント的な人間観があり、人権の思想の考察において、カント哲学とその影響の検討は不可欠の課題と私は考えている。
 さて、カントは、上記の四つの問いに取り組み、独自の解答を示した。それによって、今日まで人類の思想に大きな影響を与えている。私はこうしたカントの哲学の構築において、『視霊者の夢』という三大批判書の前に書かれた小著が重要な位置にあると考える。自然科学の研究をし、合理的な形而上学の影響下にあったカントは、ヒュームの懐疑論に衝撃を受け、「独断論のまどろみ」を破られ、ルソーの人間尊重の姿勢に啓発され、人間の研究に向かった。この時、取り組んだのが視霊者スヴェーデンボリであり、スヴェーデンボリの研究が、カントを批判哲学へと向かわせたのである。ページの頭へ

 

第2章 『視霊者の夢』におけるカントの思考

 

(1)スヴェーデンボリ問題への取り組み

 第1章に書いたように、カントは自然科学を研究して優れた業績を上げる一方、ライプニッツ、ヴォルフの合理的形而上学の影響下にあった。しかし、ヒュームによって「独断論のまどろみ」を破られ、ルソーによって人間を尊敬すべきという啓発を受けた。そんな時に、カントが取り組んだのが、スヴェーデンボリ問題だった。ヒュームによる衝撃とルソーによる啓発の交点に、視霊者スヴェーデンボリをどうとらえるかという課題が立ち上がったのである。
 カントは、人間の研究をするに当たり、人間の認識能力を根本的に検討する必要に迫られた。ニュートン物理学を中心とした自然科学の知識及び自然科学をもとにした形而上学の思考法を以て、スヴェーデンボリという優れた数学者・自然科学者であり、かつ特殊な能力によって霊と交流し霊界を語る特異な人間を研究することは、果敢な取り組みだった。
 カントは若い時から、好んで来世や霊界のことを口にする哲学者たちについては、批判的だった。だが、1750年代の半ば過ぎ、スヴェーデンボリの存在を知って、カントは強い関心を持った。1758年に印刷物に掲載されたシャルロッテ・フォン・クノープロッホ嬢宛の手紙で、視霊現象について、これまで自分は適当な距離を取ってきたが、今度のスヴェーデンボリの場合はいささか違う、との旨をカントは書いている。
 手紙には、オランダ公使の未亡人マルトヴィーユ夫人が亡夫の未払金を催促されたのに対して、スヴェーデンボリが亡くなった夫の霊と交通して領収書のありかを示した話と、1756年ストックホルムのゼーデルマルム地区の大火事の様子をスヴェーデンボリが50マイルあまり(約80キロ)も距っているイエーテボリで細かに告げた話が書かれている。前者は霊魂との交流または透視、後者は遠隔視に関する逸話である。後者はカントの友人が現地調査をし、多くの証言者から話を聞いたことが、先の手紙に書かれている。
 カントは、スヴェーデンボリに手紙を書いたが、返事はそっけないものだった。カントは苦労してスヴェーデンボリの著書を手に入れて読んだ。そして友人たちの強い要望に応えて見解を書き、1766年に刊行したのが、『視霊者の夢』である。
 『視霊者の夢』は、ヒュームの懐疑論による衝撃とルソーの人間尊重という啓発を受け、形而上学の見直しと人間の研究に向かったカントが、最初に取り組んだ難問への解答だった。哲学者の坂部恵氏は、『視霊者の夢』について、「1760年代前半のカントの思考の歩みの一つの総決算をなすもの」「人間的ないし人間学的関心と、形而上学をはじめとする諸学をめぐる方法論的な関心という、この時期のカントの二つの主要な関心の流れが、おのずからあい合するところに成立したもの」としている。
 確かに『視霊者の夢』は、当時のカントの二つの主要な関心の流れの交点に成立したものだが、三大批判書を知る後世の者にとっては、特異な作品である。本書におけるカントは、後の著書で厳密かつ整然とした論述をしたカントとは、別人のようである。考えが十分整理されておらず、全体を見通しよく読者に示すことができず、矛盾した見解を併記した後に、それらをともに斥ける。その仕方がまた半ば否定、半ば肯定のような感じになっている。スヴェーデンボリという対象については、相手への驚異と揶揄、敬意と軽蔑等の相反する感情を表し、アンビヴァレンスが見られる。読者に対して自分の態度を取り繕ったり、本書を書く事情を弁解したり、真の目的を後から明らかにするなど、複雑に揺れ動く心理状態を露わにしている。それだけ、スヴェーデンボリ問題は予想以上の難問だったのだろう。
 これは、21世紀の我々にとっても同じことで、超人的な能力を持つ人間の能力や普通人には見えない世界を論じることは、科学者による様々な仮説が出されている現代においても、依然として困難な課題である。
 カントの時代以降、自然科学が大きく発達し、19世紀後半には唯物論が優勢になった。だがその一方、19世紀半ばから心霊主義(スピリチュアリズム)が興隆し、霊的なものへの関心が高まり、霊媒を使った実験が多く行われた。視霊現象や超能力に関心を持つ科学者・哲学者は少なくなく、アルトゥル・ショーペンハウアー(哲学)、アルフレッド・ウォーレス(生物学)、ウィリアム・クルックス卿(物理学)、シュミット・ツェルナー(天文学)、ヘンリー・シジウイック(倫理学)、ウィリアム・ジェイムズ(心理学)、アンリ・ベルグソン(哲学)、カール・グスタフ・ユング(心理学)等が有名である。だが、当時の科学では心霊的な現象の解明は進まなかった。そうしたなか、ジョセフ・バンクス・ラインは、1927年に心霊現象の研究から超能力の研究に転換し、図形カードやサイコロを使って超感覚的知覚(ESP)や念力(PK)を研究する実験を行った。ラインが厳密な実験方法を確立して以降、テレパシー、透視、遠隔視、予知、念力等について、欧米の諸大学・研究所で研究が続けられている。旧ソ連では軍事目的で国家的に研究がされたり、米国ではFBIの犯罪捜査に超能力者が協力したりしている。
 だが、いまだ科学者の間では超能力について、有無自体からコンセンサスは得られていない。幽体離脱、霊界通信等、霊魂や霊界については、実験による検証はさらに困難である。安易に論じると、カントが批判した独断的形而上学者と同じ轍に陥る。まだしも幽体離脱、霊的交通については、証言の事実関係を確認する方法が取れるが、スヴェーデンボリが書いたような霊界訪問記となると、事実か創作か、体験的要素があるのかすべて幻覚か、現段階の科学では検証はほぼ不可能である。まして、私が生涯の師とし、また神とも仰ぐ大塚寛一先生の起こす人類史上に比類ない奇蹟現象の数々については、現代の科学では、まだまったくとらえることができていない。(註1)
 カントの場合は、18世紀にあって、まだ超常現象の分類や、現象に応じた研究方法の検討もできていなかった。またカントは、ただ一人の検討対象であるスヴェーデンボリに直接会って調査したわけでもない。より本格的に研究するか、適度なところを打ち止めにするか。カントがもし前者の道に進んでいたら、まともな職業に就くことができず、社会生活は困難になっただろう。後者の道を選んだことによって、哲学者カントの大成が可能になったと言えよう。ページの頭へ



(1)
大塚寛一先生については、下記をご参照ください。
http://www.srk.info/sinreikyo/kyouso.html
http://www.srk.info/library/library.html

 

(2)第1部独断篇の霊魂論

 次に『視霊者の夢』の内容の検討に入る。カントは本書の開始部で、「わたくしは、霊があるかどうかを知らない。いやそればかりか、霊という言葉が何を意味するかす、まったく分かっていない」と書いたのち、霊について、様々な観点から検討を行う。
 第1部独断篇で、カントは、霊的存在について考察し、物質的存在とは、異なる性質があることを認める。霊魂には活動性、空間への可入性、無延長性等の特性がある。そこから推測して、カントは、霊魂は脳髄の極小部分にあるという物体的な考え方を取らない。また霊魂が身体全体にもその部分にも存在するという考え方も取らない。結局、通説を否定した上で、カントは、自分は霊魂については分からないという。
 カントは、独断篇の第2章と第3章で、大きく異なった見解を併記する。第2章は「霊界との連帯を開くための隠秘哲学の断片」、第3章は「反カバラ。霊界との共同体を取り壊そうとする通俗哲学の断片」と題されているが、二つの章とも、題名と本文が誰か別の哲学者が書いたものを抜粋・引用・要約したものではない。隠秘哲学者や通俗哲学者ならこう書くだろうと成り代わった試みになり切れてもいない。明らかに両章ともカント自身が書いたものである。それをそれぞれ「隠秘哲学」「通俗哲学」と蔑視的な呼び方をしている。また第3章は、どうして「反カバラ」なのか、ユダヤ教の神秘思想であるカバラには、直接言及がない。このように執筆者の意図が分かりにくい書き方になっている。
 カント研究で名高い坂部恵氏は、独断篇の第2章と第3章について、次のように書いている。カントは「互いに相反する二つの方向からする視霊現象の説明理論」を提出した。すなわち、第2章では、「生命現象やあるいはまた道徳感情などからしてその存在が推定される非物質的な霊の世界と物質界との相互交渉による視霊現象の解明の可能性を示唆」する。また第3章では、「逆にデカルトの生理学説を仮に武器として借りながら、視霊の現象が『何らかの偶然あるいは病気によって、二、三の夢想と調和的に震動する大脳神経の運動が、延長されて大脳の外部に交叉するような方向線に従って行われる』ような一種の特殊な夢想として説明され、従って『下剤をかける』ことによって除かれうる可能性を示す」と坂部氏は解説している。坂部氏は『理性の不安 カント哲学の生成と構造』でカント哲学の生成における『視霊者の夢』の重要性を明らかにしたが、カントの心霊論的信条に対しては距離を置いている。超心理学やトランスパーソナル学との関係も考慮していない。本稿は、坂部氏の見方に異論を提示するものでもある。
 独断篇第2章で、カントは、霊魂・霊界の存在を想定する心霊論的な見方を書いている。金森誠也氏の訳(『霊界の研究〜プラトン、カントが考えた死後の世界』PHP版)によると、カントは、次のように書いている。
 「この世にもあの世にもメンバーとして属しているのは常に同一の実体であり、二つの種類の表象は、実は同一主体に属し、互いに結び合わさっている」
 「われわれが、明瞭さを獲得するために、霊の概念にかなり近いわれわれの高度の理性概念に普通いわば物質的な衣装を着せる有様をじっくり観察するならば、これについての可能性がわかりやすくなるであろう」。
 道徳的衝動は「霊的存在を互いに交流させ合う真に活動的な力の結果」であり、「道徳的感情とは個人の意志が一般意志にまさにその通りだと感じられるように拘束されていることであり、非物質的世界に道徳的統一を獲得させる上で必要な自然にしてかつ一般的な相互作用の所産ということになるだろう」
 「人間の魂は、この世に生きている時でも、霊界のすべての非物質的存在と解きがたく結ばれた共同体の中にあること、さらに、人間の魂は、交互に霊界内に作用し、霊界からも印象を受けているのだが、すべてが調子よくいっている時は、魂は人間としては意識されていないということは、大学の講義流に言えば、すでに証明されたも同然か、あるいは、もっとつまびらかに研究すれば容易に証明されることとされるだろう。いっそう巧みに表現すれば、どこで、いつということは、私にも分からないけれども、きっと将来、証明されることになるであろう」
 「あの世における生命は、魂がすでにこの世に生きている時持っていた結びつきの自然な継続となるであろう。さらにこの世で行われた道徳性のすべての結果は、あの世においても、霊界全体と不可分の共存関係にある存在が、すでに以前に霊の法則に従って行ってきた作用の中に再び見出されるであろう」と。

 カントは第2章で心霊論的な見方を書いたのに対し、第3章では、打って変わって、視霊現象は脳内現象だとする唯物論的な見方を示す。カントはここで自分の外に物が存在すると認識する仕組みについて考察する。金森訳によると、「感覚が印象を受ける方向線の集合点、すなわち虚焦点」が体の外に想定される。「感覚の対象が感官と直接触れあい、したがって感覚的刺激のもろもろの方向線がこれらの感官自身の中で交わる点を持つ」と考えられる。
 カントは、続けて書く。「このことを想像が生み出す、もろもろの幻像に適用するためには、さきにデカルトが認めたのについて彼以後の大多数の哲学者たちが同意した次のような考え方を基本とすることを認めていただきたい。それは想像力のすべての表象は同時に質料的観念と呼ばれる脳内の神経組織あるいは神経中枢のある種の運動に伴われているということだ」
 「私は、何らかの偶然、あるいは病気によって脳のどこかの器官が障害を起こして、しかるべきバランスを失うと、いくつかの空想と調和して振動する神経の運動が脳の外側に移動して横切るような線に沿って起こるために、虚焦点は思考する主体の外部に置かれること、それに、単なる空想力の所産に他ならない心像が外的感覚にとっても存在する対象として表象されると仮定しておく」
 「私としては、読者のみなさんが、視霊者をあの世に半分住んでいる市民とはみなさずに、一刀両断に、彼らを病院に送り込み今後一切この種の探究をおやめになっても決して悪く取ったりはしない。だがすべてこの調子で進むにしても、霊界に通じた達人を、上述の概念通りのような人物とは、まったく異なる方式で扱わねばなるまい。それにかつては、しばしばこの種の人々を焼き殺すことが必要であると思われたが、今では彼らの腸内を下剤で浄化するだけで十分であろう」と、カントは書いている。最後の火あぶりは、魔女狩りを連想させるが、その代わりに「霊界に通じた達人」に下剤をかけるというのは、蔑視的である。
 こうした第2章「霊界との連帯を開くための隠秘哲学の断片」、第3章は「反カバラ。霊界との共同体を取り壊そうとする通俗哲学の断片」を突き合わせる時、カントの真意がどこにあるのか、判然としなくなる。第2章と第3章の併記を、理論理性が陥る二律背反(アンチノミー)の原形とする見方もある。
 結論として、カントは、第4章「第1部の全考察からの理論的結論」と題された章で、哲学的学説は不可知論の立場を表明すべきだとして、次のように書いている。
 「哲学的学説は、われわれの洞察の限界をはっきりと定め、次のようなことをわれわれに確信させるからである。すなわち、まず自然の中の各種各様の生命の現象及びその法則だけが、われわれの認識を許しているすべてであること、しかしこの生命の原理つまり霊の性質については、なんらの材料もわれわれの感覚に与えられないために、まったく知ることはできず、ただ憶測するだけで、決して、積極的に考えることなどできないこと、さらにすべての感覚的なものからあまりにかけ離れた事物を考えるためには、どうしても否定、否定の一点張りで対処しなければならないこと、そうはいうものの、こうした否定の可能性自体も、経験や推理に基づいているわけではなく、ありとあらゆる補助手段を奪われた理性が逃げ場に求めた虚構に頼っていることなどである。こうした確信に基づけば、人間の霊魂学は、憶測された存在を狙ってはいるが必ず人間の無知をさらけ出す学説と名付けられるだろうし、それにこうしたものとして使命を簡単に果たしていくことになろう。
 さらに私は形而上学の広範な分野を占める霊に関するすべての材料を、まったく用済みのもの、一巻の終わりとして退けることにする。こうしたものは将来も、私には何の関係もないであろう」と。
 霊魂については何らの材料も感覚に与えられないので、まったく知ることはできず、憶測するのみ、否定的に考えざるを得ないが、否定の可能性も「理性が逃げ場に求めた虚構に頼っている」。肯定も否定もできない。カントは、大意このように書いている。霊魂・霊界については、いろいろ考えても分からない。経験に基づかないことだから、霊魂や霊界については、これ以上語らないことにしよう。今後、再び霊に関する材料を取り上げて、検討することはしない。カントは、こういう態度を決めたと理解できる。
 しかし、この語らないという態度は、信じないという態度とは違う。信じているが、語ることはしないというのが、カントの取った態度である。私はそう理解する。そのように理解してはじめて、カントの批判哲学、特に道徳哲学は理解可能となる。ページの頭へ

 

(3)第2部歴史篇のスヴェーデンボリ論

 次に第2部歴史篇に移る。この部分こそ、カントが視霊者スヴェーデンボリを直接対象とした部分である。第1部独断篇では結論部で不可知論的な立場を表明したものの、霊魂の考察の過程では心霊論的信条を書いていたカントが、歴史篇では、スヴェーデンボリに対して、懐疑的で揶揄的な態度を示す。
 歴史篇でカントが取り組んだのは、同時代のスヴェーデンボリ一人である。歴史篇と題しながら、過去に事例を探ることなく、また同時代に他の視霊者の事例を集めることもない。キリスト教文化圏には、聖書があり、そこには神や天使や霊魂や霊界に関することが随所に書かれている。だが、それらについては、検討しない。ただ一人、スヴェーデンボリだけを対象とする。また著書と伝聞だけで判断する。スヴェーデンボリに直接会っていない。カントは、自分の目で、耳で検証しようとしていない。
 第2部第1章「それが本当かどうかは読者の皆さんの随意の探究にお委せする一つの物語」で、カントは、まずスヴェーデンボリの視霊能力または超能力に関する三つの逸話を紹介する。そのうちの二つは、8年ほど前にクノープロッホ嬢宛の手紙に書いたものだった。その逸話こそ、カントがスヴェーデンボリに強い関心を持つきっかけとなったものである。カントは、『視霊者の夢』で三つの逸話を紹介するにあたり、まず「ほら話」と前置きする。「それが本当かどうかは読者の皆さんの随意の探究にお委せする」とも書いてはいるが、「ほら話」と前もって書くことによって、読者を否定的な見方へと誘導している。
 その三つの逸話を転載しよう。
 「1761年のおわり頃、スヴェーデンボリ氏は、たいへん頭がよく、洞察力も深いことからよもやこの種の事柄に関与することはありえないと思われたある大公婦人に招かれた。どうしてそのようになったかというと彼が見たという幻視がたいへん評判になっていたからである。実際にあの世からの情報を聞くというよりむしろ、彼がくりひろげる空想の数々をたのしむことを狙ったいくつかの質問をしたあと、大公夫人は、霊の共同体にかかわる秘密の使命を彼に前もって与えたあと、別れを告げた。数日後スヴェーデンボリ氏は、大公夫人自身の告白に従えば彼女の度肝をぬくほど驚かせたような返答をもって現れた。この返答がまさに適中しており、しかも現存生存中の人ならとうていスヴェーデンボリ氏に与えられないような返答であることを彼女が発見したのだ。この実話は、そのころストックホルムにおり、同地の宮廷に駐在した使節が、コペンハーゲンにいた他の外国使節に与えた報告にもとづいており、特別の問い合わせに応じてなされた調査結果ともぴたりとあっていた。
 次にかかげるもろもろの実話も正鵠を得た証明になるかどうかはなはだあやしい大衆の風説以外の何らの保証もえられていない。スウェーデン駐在のオランダ公使の未亡人、マルトヴィーユ夫人は、ある金属細工師の家族から製作済みの銀製食器の未払分の支払いを求められた。亡夫が几帳面に家計のやりくりをしていたことを知っていた彼女は、債務は夫の生存中すでに支払済みであったと確信していた。そうはいっても彼女は彼からのこされた書類の中から証拠になるものを見出せなかった。この婦人は占い、夢判断、その他ありとあらゆるオカルト的な事柄にまつわる実話をとりわけ信用する傾きがあった。そこで彼女はスヴェーデンボリ氏に、彼と死人の魂と交渉があるとの噂がもしほんとうならば、あの世にいる亡くなった主人から、例の支払い要求の一件はいったいどんな事情になっていたのかという情報を聞き彼女にしらせて欲しいと依頼した。スヴェーデンボリ氏はその実行を約束し、数日後夫人の家に赴き彼が求められた情報を集めたと述べ、さらに夫人の考えではすっかりからっぽになっているはずの戸棚を示し、そのなかに、必要な領収書の入っている隠れた引き出しがあることを報告した。そこでただちにこの報告に基づいて調査が行われたところ、オランダ国政府の機密文書の他にすべての債務が完済されていることを示す証拠書類が見つかった。
 第三の実話は、正しいか、それとも正しくないかの完全な証明がきわめて容易に与えられるような種類のものである。わたしが正しく伝えているとすれば、1759年(ほそかわ註 正しくは1756年)の終りの頃、イギリスから帰国したスヴェーデンボリ氏は、ある午後イエーテボリに上陸した。彼はその晩、同地の商人の会合に招かれたが、しばらく同席しているうちに、驚愕の表情をあらわにしながら、いまストックホルムのゼーデルマルム地区でおそろしい火災が発生したとの情報を伝えた。途中で何度も座をはずしたが、数時間後、彼は参集者一同にたしかに火災は一面にひろがったもののついにおさまったと報告した。その夜のうちにたちまちこの不思議な情報が広がり翌朝には全市に伝えられた。しかし2日たってはじめて、スヴェーデンボリ氏の幻視と完全に一致したといわれる報告がストックホルムからイエーテボリに入ってきた」
 以上である。カントは「ほら話」と前置きした割に、第一の例については、「そのころストックホルムにおり、同地の宮廷に駐在した使節が、コペンハーゲンにいた他の外国使節に与えた報告に基づいており、特別の問い合わせに応じてなされた調査結果ともぴたりと合っていた」と書いている。肯定的な書き方である。第二の例については、前置きに「次に掲げるもろもろの実話も正鵠を射た証明になるかどうかははなはだあやしい大衆の風説以外の何らの保証も得られていない」と書いた。これは否定的または判断を保留した書き方である。第三の例は、「正しいか、それとも正しくないかの完全な証明が極めて容易に与えられるような種類のものである」とし、友人が現地調査をし、多数の証言者の話を聞いてきた話だと書いた。これは肯定的な書き方である。
 第一の例は、霊的交通またはテレパシー、第二の例は霊的交通または透視、第三の例は遠隔視の例である可能性がある。これら三例に対するカントの態度に共通しているのは、自分自身が調査して真偽を確認していないことである。特に第三の例は、「正しいか、それとも正しくないかの完全な証明が極めて容易に与えられるような種類のものである」と書き、友人が現地調査をし、多数の証言を聞いてきたと書いているのに、カントは正しいか正しくないかの「完全な証明」が得られたとも、そうでないとも自分の判断を示していない。強い関心を示し、事実である可能性を示唆しながら、一方では否認したいという心理が働いているものだろう。だが、肯定するなら肯定の根拠を、否定するなら否定の根拠を示さなければ、単なる伝聞の紹介に過ぎない。常識では考えられないから、信じられない、だから「ほら話」だろう、と言っているのと同じである。自然科学の研究をしてきたカントであれば、これらの逸話について、自ら立ち入って検討すべきだったと私は思う。

 続いて第2章「夢想家の有頂天になった霊界旅行」で、カントは、スヴェーデンボリの著書『神秘な天体』について書いている。その内容について、金森氏は次のように述べている。カントは「『神秘な天体』は、ナンセンスでいっぱいであり、また著者の文体は平板であるとしている」「カントはさらに彼の物語やまとめ方は狂信的直観から発しており、物事を逆へ逆へと考えていく理論的迷妄によって動かされているとし、『彼の大著述の中にはもはや一滴の理性も見当たらない』と断言している」と。金森氏は、カントの否認的な姿勢を強調する。
 カントは、第2章に、実際どのように書いているか。
「彼の大著述の中にはもはや一滴の理性も見当たらない。それにもかかわらず、彼の著作には、理性的な慎重な吟味が似たような対象について行った結果との不思議な一致が見られる」
 「この著述家の大労作は、ナンセンスでいっぱいの四つ折り判8巻からなっており『神秘な天体』と題し、世界に対する新しい啓示として刊行された」
 「著者の文体は平板である。彼のもろもろの物語や、まとめ方は、実際に狂信的な直観から発したように思われる。さらに、こうしたことを創作し、嘘偽りを仕掛ける目的に従って物事を逆に逆にと考えていく理性の所産である理論的迷妄がもしかして彼を動かしたのではないかという疑いも多少でてくる」と。
 確かにカントは「一滴の理性も見当たらない」「ナンセンスでいっぱい」「狂信的な直観」等と、強く否定的な言葉を書き連ねている。ただし、そのうち、金森氏が「『彼の大著述の中にはもはや一滴の理性も見当たらない』」と断言している」と書いていることについては、その部分にすぐ続けて、カントは「それにもかかわらず、彼の著作には、理性的な慎重な吟味が似たような対象について行った結果との不思議な一致が見られる」と述べている点に注意したい。「一滴の理性も見当たらない」と断言しながら、「理性的な慎重な吟味が似たような対象について行った結果との不思議な一致が見られる」と書くのは、先の断定が間違っているか、後の一致が誤った思い込みか、のどちらかだろう。
 いずれにしてもカントは、スヴェーデンボリの描く霊界訪問記を「ナンセンスでいっぱい」「狂信的な直観」等と見るのだが、それはカントが霊魂や霊界の存在を否定しているからではない。実は欧米のキリスト教徒には、神や天使や霊魂の存在は信じるが、スヴェーデンボリの霊界訪問記に対しては、これを受け入れないという人が少なくない。スヴェーデンボリは、自分の視霊体験によって、聖書の創世記・黙示録等を独自に解釈しているが、その解釈にはキリスト教諸派の教えと相容れないところがある。特にキリスト教学の基礎を作ったパウロが地獄に堕ちていると書いていることは、キリスト教徒の多くが拒否するところだろう。スヴェーデンボリは、イエズス会を非難し、これも地獄に堕ちているという。同時代のスェーデン王カール2世については、悪霊中の悪霊というような、激しく感情的な評価をしている。このような具合だから、丸ごと無批判に信じる人は、少ないのである。
 ここで独断篇におけるカントの心霊論的信条を思い起こす必要がある。カントは霊魂や霊界の存在を否定していない。霊魂や霊界の存在は信じるが、スヴェーデンボリの霊界訪問記については幻想という見方をしているのである。
 私見を述べると、私は、自らの体験をもとに心霊論的人間観を持つ者だが、スヴェーデンボリの霊界訪問記については、ほとんど受け入れられない。スヴェーデンボリの霊界訪問記が何らかの霊的体験に基づいているとしても、霊界の一部を見たことを想像力で膨張させ、または幻想が多く加わり、一種の体験的幻想文学とでもいえるような類のものになっていると思う。
 ちなみにキリスト教と仏教では、天国と地獄、極楽と地獄の構造や様相が異なる。スヴェーデンボリの描く天国や地獄は、キリスト教文化圏のイメージであり、文化や宗教を超えた普遍性がない。霊魂について、キリスト教の最後の審判説と、ヒンドゥー教の輪廻転生説では、体験する内容が異なる。霊界を語る霊能者は、スヴェーデンボリ以後の欧米にも今日の日本にもいるが、みな話が違っている。その違いを表現することが、主張や著書の市場価値を高めることにもなっている。いくばくかの霊的体験をもとに、あたかも霊界を知り尽くしているかのごとく、霊界の構造や過去の人物の境涯等を書いている者がいるが、だれも客観的に確認できないことをいいことに、霊的経験のない大衆を驚かせ、惑わし、生活の糧にしていると思われるものが目立つ。
 それゆえ、カントがスヴェーデンボリの霊界訪問記を慎重に検討したのは賢明だったと私は考える。またスヴェーデンボリの霊界訪問記を概ね幻想と判断する一方、霊魂や霊界の存在は否定せず、その存在を信じる態度を維持したのも賢明である。物質科学の成果を認めることと、科学ではまだ解明できていない霊魂や霊界を信じることは矛盾しない。また、顕著な遠隔視やテレパシー、透視は認めるが、霊的交通は認めないとか、事実の裏付けの取れる霊的交通は認めるが、霊界訪問記は認めないといった態度も取り得る。ページの頭へ

 

(4)「形而上学の夢」への断罪

 歴史篇の第2章の途中で、カントは、「私は、実際には、はじめに打ち出した目的よりも、ずっと重要に思われる目的を念頭に置いており、そのことはうまく達成できたと思っている」と書いている。読者はここで初めてカントの秘められた意図を知らされることになる。
 カントは「形而上学が二つの利点を示してくれた」とし、一つの利点は、独断的形而上学では、「解答は出ないままであった」とする。そして、もう一つの利点は、形而上学は、「人間理性の限界についての学問」であるとし、この部分も主旨が明瞭でないが、私は、この「目的」とは、独断的形而上学によっては、霊魂や霊界について「解答」は出ないことを示すこと。その一方、「人間理性の限界についての学問」である新しい形而上学が必要であることを示すことと理解される。
 カントは、独断的形而上学は、理性による夢想をしており、視霊者スヴェーデンボリは、感覚による夢想をしているとして、これら双方を斥けて、新しい形而上学の構築へ向かう。カントによれば、独断的形而上学(数学、自然科学を含む)の認識も、視霊者の認識も、ともに主観的な構成物であり、現実的な経験に基づく思考ではなく、経験を超えた夢想という点では同じである。そのうち、独断的形而上学の理性の編み出した幻想は、あまりにも現実から遊離していている。空想をほしいままにする理性は、まともに現実の世界に取り組んでいる悟性の力を消滅させるという。そして、カントは、次に言う。「偽りの物語への軽率な信仰によってだまされるよりも、理性の似非根拠への盲目的な信頼によってだまされる方が、なぜまさにいっそう称揚すべきでもあると言うのであろうか」と。これは、ライプニッツ、ヴォルフを批判するために投げかけた疑問だろう。スヴェーデンボリの霊界訪問記の方が、独断的形而上学の夢想よりましということになる。それほどまでにカントは、独断的形而上学に対して、厳しく批判的な態度を示している。そして、『視霊者の夢』は、視霊者の夢想を検討することを通じて、実は独断的形而上学の夢想を批判することに、真の目的があったのだというのである。
 そしてカントは、現世にあって現実の世界で為すべきことを為すことが大切だという道徳論的信条を次のように述べる。
 「目的地に達する以前にわれわれは、ちょうどデモクリトスのように形而上学のチョウの羽に運ばれて虚空をさまよい、そこで、霊の姿をした者たちと語り合った。だが今や自己意識の凝縮力が、絹のような羽を閉じたので、われわれは再び経験と通常の悟性という低地の上で、われとわが身を見ることになった。もしわれわれがこの低地をわれわれが罰せられずにはけっして脱出することができない土地であることを悟り、さらにこの土地こそわれわれが有効な事柄のみに取り組む限りわれわれを満足させてくれるすべてを含んでいると悟るようになれば、何と幸福なことであろう!」と。
 カントは、霊界または夢想の世界から戻って「経験と通常の悟性という低地」に立ち、現実の世界で有効な事柄に取り組むべきこと、また現実の世界はわれわれを満足させてくれるものをすべて含んでいることを悟るべきだと説いている。
 そして、第3章「本論文全体の実践的結末」で、カントは『視霊者の夢』全体の結論として、次のように書いている。
 「そうはいうものの死んでしまえばすべてが終わりだとの考えに耐えられず、持ち前の気高い人情に基づいて未来に希望をつないでいないような優れた魂の持ち主は決していなかった。したがってあの世への期待は優れた性質を持つ魂の感覚によるものだとする方が、逆に良い行為は、実はあの世への期待があるからだとするよりも、人間の性質と、道徳の純粋さにずっと適しているように思われる」
 「人間の理性もわれわれにあの世の秘密を隠しているあの高い夢を、眼前から取り払うことができるほど高揚することはない。さらに熱烈にその世を渇望する好奇心旺盛な人々に対しては彼らがあの世に行くまで、じっくり待つことに甘んじるならば、それがいちばん得策だという、単純だけれども、極めて自然な回答を与えることができよう。そうはいうもののあの世におけるわれわれの運命は、おそらくわれわれがこの世におけるおのれの立場をいかに保っていくかということにかかっているらしく思われることからしても、私は本論文をかのヴォルテールがあの誠実なカンディードに、多くの無駄な学問論争のあと最後に言わせた『われわれはおのれの幸福の心配をしよう。庭に行って働こうではないか』という言葉を以て閉じることにする」と。
 上記の結論を要約すれば、あの世への期待は優れた性質を持つ魂の感覚によるものである。あの世に行くまで、じっくり待つのが、いちばん得策だ。あの世におけるわれわれの運命は、われわれがこの世におけるおのれの立場をいかに保っていくかということにかかっている、ということになるだろう。
 カントは、『視霊者の夢』の第1部第4章で、霊魂・霊界については、いろいろ考えても分からない。経験に基づかないことだから、霊魂や霊界については、これ以上語らないことにしよう。今後、再び霊に関する材料を取り上げて、検討することはしないという主旨を書いていた。そして、第2部第3章本書全体の結論部では、あの世への期待は優れた性質を持つ魂の感覚によるものである。あの世に行くまで、じっくり待つのが、いちばん得策だ。あの世におけるわれわれの運命は、われわれがこの世におけるおのれの立場をいかに保っていくかということにかかっている、という主旨の結論で締めくくったわけである。
 こうした結論を読むと、一見カントは、本書第1部第2章に書いた心霊論的信条を否定したかのように見えるが、それは今後、霊魂や霊界については語らない、現実の社会で為すべきことを為すという態度を決めただけであって、実際は、カントは第2章に書いたことを信条として持ち続けた。その信条は、カントの人間観、道徳観の根底にあるものであり、『視霊者の夢』以後に展開する批判哲学、またそれによって構築された道徳哲学の前提となっていると私は考える。そこで、次に再度、カントが『視霊者の夢』第1部第2章に書いたことを振り返っておこう。ページの頭へ

 

(5)持ち続けた心霊論的信条

 カントは、『視霊者の夢』第1部第2章に、次のように書いた。
 「この世にもあの世にもメンバーとして属しているのは常に同一の実体であり、二つの種類の表象は、実は同一主体に属し、互いに結び合わさっている」と書いている。これは、同一の主体が、物質的な身体と非物質的な霊魂を持ち、身体と霊魂が結合していることをいうものだろう。
 またカントは「われわれが、明瞭さを獲得するために、霊の概念にかなり近いわれわれの高度の理性概念に普通いわば物質的な衣装を着せる有様をじっくり観察するならば、これについての可能性がわかりやすくなるであろう」と書いた。カントの考える人間理性は階層的であり、高い階層は霊の概念に近いことを示唆している。
 理性に従って道徳的に実践することを命じる定言命法は、人間が神―霊的共同体と繋がっており、神―霊的共同体から人間に命じられるものという考えが基本にあるのだろう。カントは、道徳的衝動は「霊的存在を互いに交流させ合う真に活動的な力の結果」と考え、「道徳的感情とは個人の意志が一般意志にまさにその通りだと感じられるように拘束されていることであり、非物質的世界に道徳的統一を獲得させる上で必要な自然にしてかつ一般的な相互作用の所産ということになるだろう」と書いた。一般意志とは万人の意志であり、普遍的道徳法則を表す。拘束されているとは、それに一致するように導かれていることだろう。また「一般的な相互作用の所産」というのは、地上に天国を建設するように霊的な働きかけがされているということだろう。
 またカントは「人間の魂は、この世に生きている時でも、霊界のすべての非物質的存在と解きがたく結ばれた共同体の中にあること、さらに、人間の魂は、交互に霊界内に作用し、霊界からも印象を受けているのだが、すべてが調子よくいっている時は、魂は人間としては意識されていないということは、大学の講義流に言えば、すでに証明されたも同然か、あるいは、もっとつまびらかに研究すれば容易に証明されることとされるだろう。いっそう巧みに表現すれば、どこで、いつということは、私にも分からないけれども、きっと将来、証明されることになるであろう」と書いた。この信条は、後のベルグソンやユング、トランスパーソナロジストに通じる。18世紀において、将来証明されることを期待して、自分は自分の時代でできることをするというカントの選択は、賢明なものだったと私は評価する。
 またカントは「人間の魂はすでにこの世に生きている間にも、道徳的状態に従い、おのれの場所を宇宙の霊的なもろもろの実体の中に占めねばならないということが起こってくる。それはちょうど、運動の法則に従い、宇宙空間の物質が、それぞれの物質的な力に即した秩序の中に互いに位置を占めるようになるのと同じようなことである」と書いた。カントは、現象界・自然界を貫くニュートンの物理学的法則と同じような法則が、道徳の領域、叡智界を貫いているのだろうと考えていた。
 またカントは「あの世における生命は、魂がすでにこの世に生きている時持っていた結びつきの自然な継続となるであろう。さらにこの世で行われた道徳性のすべての結果は、あの世においても、霊界全体と不可分の共存関係にある存在が、すでに以前に霊の法則に従って行ってきた作用の中に再び見出されるであろう」と書いた。これは現世における行動が原因となって、来世において結果を受けるという因果応報の考え方だろう。
 上記にカントが心中持ち続けた人間観、道徳観が書かれていると私は考える。カントは、ここで、人間は現世にあっても、常に霊的共同体の一員として存在しており、霊的存在と相互作用している。人間は感性界・現象界に身体的生命を受けて生活しているが、同時に魂は叡智界につながっている、といった心霊論的な信条を書いている。
 カントは、『視霊者の夢』の第2部第3章で、独断的形而上学者の説くことも夢想的視霊者の描くこともともに斥けて、人間理性の限界を定める学へ向かう意思を述べた。この時、カントは、霊魂や霊界の存在を否定してはいない。第1部第2章に書いた心霊論的信条を否定していない。斥けるのは、経験することのできないことを思弁する態度や、霊魂や霊界に過度の関心を持ち、現実の世界における務めを疎かにする態度である。スヴェーデンボリのような視霊者は、例外的な存在である。視霊者の為すことや語ることは、一部は事実のようでもあり、また多くは幻想のようでもある。霊魂や霊界に係ることは、誰もが経験できることではない。客観的に検討し、真偽を判断することは困難である。霊魂や霊界に関することは、誰もが経験できることではないので、立ち入らず、あえて語らないという態度を取ることにしたのだろう。
 『視霊者の夢』刊行後、カントはスヴェーデンボリをどう評価していたか。『視霊者の夢』出版の4年後、カントはケーニヒスベルク大学の教授になった。その後、10年以上の長い沈黙期間を経て、『純粋理性批判』を出版し、不動の名声を確立した。この沈黙の期間の講義で彼が再びスヴェーデンボリに言及し、次のように評していた。
 「スヴェーデンボリの思想は崇高である。霊界は特別な実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない叡智界である、と彼は述べている」(K・ベーリッツ編『カントの形而上学講義』)
 ここには、『視霊者の夢』第2部で、スヴェーデンボリに対し、「一滴の理性も見当たらない」「ナンセンスでいっぱい」「狂信的な直観」等と、強く否定的に書き、揶揄したカントは、影を潜めている。「霊界は特別な実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない叡智界である」というスヴェーデンボリの思想と、カントの思想は基本的な考え方において一致している。霊界の構造やそこにおる歴史的な人物の霊がどういう状態になっているかというような具体的な話を別とすれば、感性界と区別されるものとして叡智界の存在を述べる点では、カントとスヴェーデンボリは、共通している。だが、スヴェーデンボリは、優れた数学者、自然科学者でもあったが、晩年ますます霊界の研究に没頭したため、カントのように、科学と道徳・宗教を両立させ、現実社会における道徳的実践を来世の幸福にも意義あるものとする哲学を構築することはできなかった。カントは、心霊論的信条を保持しつつ、批判哲学を樹立したことにより、その思想は今日にまで広く影響を及ぼしている。

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第3章 心霊論的信条を前提した批判哲学の展開

 

(1)認識能力の検討

 カントは、『視霊者の夢』での独断的形而上学と夢想的視霊者の考察と、それによる両方の否定によって、批判主義的な形而上学へと進んだ。新カント派西南カント学派の創始者ヴィンデルバントは、形而上学が人間理性の限界についての学問である点にカントの批判主義の重点を見ようとするなら、批判主義の起源は1766年まで遡らなければならないと言っている。この見方は、心霊論的な観点からカント哲学の展開を見てこそ、真に妥当なものとなる。
 カントの批判哲学は、『視霊者の夢』における霊魂・霊界の考察を経て、人間の認識能力を根本的に検討することによって形成された。カントは、『純粋理性批判』で、認識は主観の側の形式によるとした。これは、西洋哲学史におけるコペルニクス的転回となった。認識内容は、主観が客観を模写したものではなく、主観が客観を構成する。認識できるのは現象だけであって、現象の背後の物自体は認識できないとした。
 カントの哲学は、超越論的観念論と呼ばれる。超越論的 transzendental は、認識について、対象に関わるのではなく、対象の認識の可能性の条件に関わる性格である。先験的とも訳す。経験が必然的にわれわれのア・プリオリな表象に従う際の原理を指す。超越論的観念論は、認識は経験とともに始まるが、それが可能になるのは、主観のア・プリオリな直観及び思考形式によって、客観的な対象が構成されるからだとする認識論上の立場をいう。観念論においては、イデアを真実在とするプラトンの客観的観念論、存在と知覚を同一視するバークリーの主観的観念論と区別される。

カントは、認識や知覚に依存しない事物の客観的実在を認める実在論に対しては、物自体は認識できないとして認識能力に限界を置くが、対象の実在性を否定していない。その点では、実在論と観念論を総合した立場である。また唯物論に対しては、事物は形相(イデア、エイドス)なしに質料(ヒュレー)のみで存在するという質料主義的な唯物論、世界の根本的原理または実在は心、精神ではなく物質だとする物質主義的な唯物論の双方ともに対立する。ただし、カントの構成説は、唯物論に対し、認識内容は外界の事物を単純に模写したものとする模写説に反省を迫るものである。
 さて、カントは、三大批判書で、人間の精神的な能力を、認識能力・欲求能力・快不快の感情に分ける。カントは、認識能力を大きく受容的な感性と能動的な悟性・理性に分ける。さらに感性と悟性を媒介するものに構想力、悟性と理性の中間項に判断力がある。また諸能力の一致は、共通感覚を定めるとする。このようにカントの認識能力の分析は複雑だが、カントの前提する心霊論的信条を踏まえると、認識能力のうち、最も重要なのは理性である。理性には、理論的側面と実践的側面があり、認識能力だけではなく、欲求能力・快不快の感情を含む精神的な諸能力に通底する。また感性界だけでなく超感性界にも一貫し、人間だけでなく、叡智的存在者にも共通する。カントの心霊論的信条は超感性的な存在者に係るものだから、最も重要な能力は理性であると理解される。実際カントは、感性・悟性・理性のうち、理性を最上位に置く。
 感性は、独語Sinnlichkeit、英語 sensibility、仏語 Sensibilite 等の訳語であり、身体に基づく感覚的な能力である。理性は、独語 Vernunft、英語 reason、仏語 raison の訳語である。ギリシャ語の logosnous、ラテン語の ratio も理性と訳す。理性は、古来西洋で、人間と動物を区別する能力とされた。今日一般には、概念的思考の能力をいい、感性的欲求に左右されず思慮的に行動する能力をも意味する。これに対し、カントの悟性は、カント及びドイツ哲学に特有の用語である。独語 Verstand の訳語であり、英語では understanding である。
 西洋中世では、人間の認識能力は、神に関わる知性 intellectus、被造物である自然に関わる理性 ratio、身体的感覚による感性 stomachus に分けられていた。知性は、キリスト教の信仰をもとに、人間の魂の最高段階にあって、実在を直接把握できる能力を意味した。またそれ自身が現象界を超えた形而上学的実在、不死の精神とされた。現代の言葉で言えば、霊性に近い。これに対し、理性は、ratio が比・比率を意味するように、比較・推量や論証の能力を意味した。現代で言う知性に近い。
 ドイツでは、ルターが聖書の独語訳を行って、独語による思考が普及すると、中世的な知性に Verstand、理性に Vernunft の語を充て、Verstand(知性)は心の最高で内的な働きとして、Vernunft(理性)より上位に置いていた。ところが、カントは、Verstand の能力は直接実在を把握することではなく、感性が受容した素材に概念を適用することにあるとして、その能力を限定した。そこでカントの Verstand は、中世的な知性と区別するため、「悟性」と訳される。カントにおいては、理性が上位で悟性が下位に逆転した。
 カントの悟性は、感性と協同で認識を行う。感性は、対象を直観する受容的な能力であり、悟性は対象を概念で思考する能力である。カントによると、感性には空間・時間というア・プリオリ(先験的)な直観形式、悟性にはカテゴリーと呼ばれるア・プリオリな思考形式がある。感性に基づく素材は、悟性の思考形式が適用されることで表象が可能になるとした。カテゴリーは純粋悟性概念とも呼ばれ、量、質、関係、様態のもとに、それぞれ単一性・数多性・全体性、実在性・否定性・制限性、実体性・因果性・交互性、可能性・現実性・必然性の12を挙げている。
 なお、これらが、文化や時代を超えて普遍的な形式であるとは、カント以後、証明されていない。カントの考えた感性の直観形式も悟性のカテゴリーも、過去の諸世代の経験が継承・蓄積され、歴史的・文化的・社会的に形成されたものであり、種としての本能的なもの、また固定的なものではない。(註2
 カントは、感性のア・プリオリな直観形式としての空間・時間と、悟性のア・プリオリな思考形式としてのカテゴリーの協同によって確実な学的認識たり得ているとして、数学・自然科学の基礎づけを試みた。感覚は、構想力によって図式を介してカテゴリーにまとめられるとし、図式として時間の流れ・内容・順序・総括を挙げた。これらをカテゴリーの量、質、関係、様態に対応させて、時間をもとに、数学・自然科学の基礎づけを行っている。ここでの時間は、空間化された時間である。生きられる時間そのものではない。
 先の基礎づけの際に、カントが、スヴェーデンボリのような人間には視霊、霊との交流、遠隔視等の認識が可能となることを想定に入れたかどうかは、分からない。しかし、カントが考えたように時間と空間が客観的な実在ではなく、主観的な直観形式であれば、特殊な能力を持った人間は、時間や空間を超えてものを認識したり、霊と交流したりし得る可能性が考えられる。その場合は、時間と空間は別々の次元ではなく、連続的なものと仮定する必要がある。この点は、後にショーペンハウアーやユングが取り組んだ課題である。カント自身は、超時空的・超個人的な認識を含む認識能力の基礎づけに、成功していない。時間と空間の相関性、直観形式としての時間と生きられる時間の関係について考察が不十分であり、積極的に基礎づけに取り組んだ形跡はない。
 感官を通じて経験する現象界は、主観の認識能力が異なると、違う様相を表す可能性がある。現実に存在するが通常の意識では見えないものを透視したり、遠隔視したりすることが起こり得る。また普通の能力の人間には見えない霊的存在者や霊的世界を見たりすることも起こり得る。だが、近代西洋では、誰でも経験できることに、科学の研究対象と哲学の思考対象を限定した。近代西欧科学は、客観性・再現性・法則性のある現象に、実験と観察の対象を限定した。カントは、人間理性の理論的な認識の対象を、こうした現象に限定した。ただし、道徳的な実践のために、神の存在、霊魂の不滅、人格の自由を要請するという仕方で、科学と道徳・宗教の両立を図る道を進んだ。

 カントが認識能力の検討を行う際、デカルトのコギトを前提している。デカルトは、方法的な懐疑を通じて、「我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」を哲学の第一原理とした。近代西洋哲学は、ここに始まる。カントのコペルニクス的転回は、自我を中心として哲学の諸問題を解明しようとするデカルトの立場を徹底したものだった。カントは、超越論的観念論の立場で、デカルトのコギトを再解釈した。カントは、悟性の最も重要な機能は、自我が感覚的多様性を自己の内で結合させて統一することであるとし、この機能を統覚 Apperzeption と呼ぶ。統覚は、「我思う」という形式で現れる自我の同一性である。コギトをカントの立場で解釈した根源的な自己意識である。カントは経験的統覚と超越論的統覚を区別し、超越論的統覚を、経験以前に経験による認識を可能にするものとして強調した。カントは感性・悟性・理性の他に構想力・判断力・共通感覚を挙げて認識能力の一致を追求したが、それらの諸能力を最も下で支えているのが、超越論的統覚だという理解が成り立つ。
 自我の同一性は、「私は私である」という自己の同定によって保持される。反復的な自己同定によって、人格の統合がなされる。統合がうまくいかないと、人格の発達遅滞を生じたり、人格の分裂や崩壊を招いたりしかねない。自我の同一性は、身体的生命的自己に関してのみでなく、死後の人格的存在者または不滅が要請される霊魂に関しても想定される。それゆえ、超越論的統覚は重要な機能なのだが、カントはこれを悟性の機能とするのみで、それ以上、掘り下げていない。そのため、超時空的・超個人的な自我の同一性と超感性的な基体の関係の解明という課題は、浮かび上がってこない。
 さて、カントは、統覚を最重要機能とする悟性を、広義の悟性としている。そして、広義の悟性をさらに概念・規則の能力である狭義の悟性、判断の能力である判断力、推理の能力である理性に分ける。この分類では、理性は、根幹ではなく枝葉に置かれる。だが、カントは、理性は悟性に対しては、悟性を統御し、体系的統一的な認識を行う能力だとしている。また、理性には理論的な機能だけでなく実践的な機能があるとし、認識に関するものを理論理性、行為の原理となるものを実践理性とした。そして、実践理性の優位を説いた。この全体を樹状図で表すのは、困難である。カントは、認識諸能力の共通の根源を「未知の根」と呼んだ。だが、その「未知の根」がどの方向に想定されるのか明確でない。カント自身が整理しきれていないからだろう。
 先に書いたように理性は、そもそも中世の西欧では知性より下級の能力だった。だが、カントは科学的認識から道徳的実践にまで関わる上級の能力に格上げした。これは、近代西欧の理性中心の考え方を押し進めたものである。それと同時に、カントは知性に含まれていたより高次の能力を検討の対象から除いた。中世的な知性は直観的な能力だったが、カントは、人間の悟性・理性には直観を認めず、知的直観は神の知性に特有のものとした。直観的知性は思惟において対象を産出するものであり、原型的知性とされる。原型的知性の反対は、派生的知性である。カントは、本来悟性は能動的であるので、実在に関与する感性と一つになれば、主観が実在を創造するのと同じことになると考え、その機能を否定する。カントは、知的直観の有無に、神と人間、絶対者と有限者の区別を置いた。この点でカントは人間が独断や傲慢に陥ることを戒めている。
 カントは、世界を Sinnenwelt Verstandeswelt とに分けた。前者は感性界と訳し、後者は悟性界ではなく叡智界または知性界と訳す。実はこの場合の Verstand は、中性的な知性の意味を保持しているからである。カントは、人間を単に感官的存在者ではなく、叡智的存在者であるとしており、知的直観は持たないが、最高の叡智的存在者である神と理性によってつながっているとした。この点は、カントが宗教否定・霊魂否定の合理主義者とは、異なる点である。カントは『視霊者の夢』において、霊魂との意思交通や共同体的なつながり、来世の存在を信じる考えを記した。私は、この心霊論的な信条がカントの道徳哲学の根底にあるものだと考えるのだが、人間が単に感官的存在者ではなく叡智的存在者でもあり、神と理性によってつながっているとカントが説いたのは、この信条をもとにした主張である。
 ここで複雑さを加えているのは、カントが人間は知的直観を持たないとする一方で、判断力という悟性・理性とは別の能力に注目したことである。カントの哲学は、感性界と叡智界、現象界と物自体、自然界と道徳界、自然と自由、実在と観念等を峻別し、一見二元論の構成を示す。しかし、カントは、その断絶をつなぐもの、二元性の根源にあるものを探求した。認識能力においては、それが判断力 Urteilskraft とされる。判断力は、感性に対する広義の悟性が、狭義の悟性、判断力、理性に分けられるうちの一つである。判断力については、後に自然に関する項目に詳しく書くが、人間の根源的な認識能力ではなく、悟性と理性を媒介する能力である。カントが認識能力で最上位に置いているのは理性であり、それに変わりはない。人間は理性的存在者と呼ばれる。叡智界における叡智的存在者も、理性的存在者と呼ばれる。判断力的存在者とは言わない。人間は理性的存在者であるから、道徳的実践を行う人格的存在者とされるのである。私は、カントは理性中心であって、構想力や判断力に「未知の根」を求めるのは、無理があると思う。
 深層心理学の観点からは、こうしたカントの哲学は、理性を中心として、心をほぼ意識に限定し、無意識の領域を論議の対象から除外したものと見られることになる。これは別稿に書いた心の近代化に関わることだが、プロテスタンティズムによる宗教の合理化は、「世界の呪術からの解放」を進めた。「呪術の追放」は、カントによって、哲学の分野でも推進された。カントの理性に基づく道徳的な宗教は、キリスト教の合理化を進めたものである。ただし、カント自身は霊魂との交流や来世の存在を独断的に否定しておらず、誰もが経験することのできない事柄については、語るのを控えるという姿勢だった。
 大塚寛一先生は「結論の出ている哲学はひとつもない」と説かれている。真理に到達し得ていないということである。カントにしてまた同様である。ヤスパースは、著書『カント』にて、哲学者の立場から、カント哲学には矛盾があり、その根本思想には同義語反復、循環があると指摘し、カント自身がそれを認めていると書いている。だが、それでもなおカントの哲学は、彼以後の人類の思想に多大な影響を与えてきている。矛盾や限界も含めて、カントは彼以後の哲学がそこから流れ出る大きな水源となっている。
 カントの死後、間もなく中世的な知性の復権を目指す動きや、反対に宗教的・心霊的な要素を排除しようとする動きが現れた。前者は観念論や唯心論の系統であり、後者は唯物論の系統である。前者はフィヒテ、シェリング、ヘーゲルが、後者はフォイエルバッハ、マルクス、エンゲルスが展開した。その後、19世紀末葉に、「カントに帰れ」と唱える新カント派が登場し、カントの思想を改めて継承・発展させようとした。その際、カントにおける心霊論的な信条は捨象され、カントの哲学は、近代的自我による理性中心の思想へと単純化された。そのため、カントの認識能力検討における心霊論的な観点から見た時の問題点は、あまり注目されずに来た。超時空的・超個人的な認識能力が検討課題に挙がっていない点である。それは、『視霊者の夢』以降のカントの基本姿勢による。カント以後、この課題にいち早く取り組んだのは、ショーペンハウアーである。ショーペンハウアーについては、彼の影響を受けたユングについてとともに、第4章に書く。ページの頭へ

 

(2)新カント派マールブルク派から出たカッシーラーは、著書『シンボル形式の哲学』で、精神の基本的機能は、単に模写するのではなく、独創的に「像をつくる能力」にあるとし、精神は内に「自立的なエネルギー」を蓄えており、このエネルギーが現象的な存在者に一定の「意味」を与えるとした。著書『人間』では、象徴(シンボル)を操る能力に人間の他の動物にない特性があると指摘し、人間は理性的動物 animal rationaleではなく象徴的動物 animal symbolicum であると定義した。あらゆる事実は象徴によって媒介され、象徴形式によって構成される。神話、宗教、言語、芸術、歴史、科学は、すべて象徴形式である。象徴形式は経験を組織化する枠組みであり、カントのカテゴリーに相当する。だが、カッシーラーは、象徴は固定的でなく可変的であり、「歴史的ア・プリオリ」であるとした。この主張は、カントへの反論にして乗り越えになっている。カッシーラーは、象徴論によって、神話から科学までの文化の諸要素を統一的に理解する道を開いた。象徴は、反対物の調和を体現し、またそれを人間に体験させる。象徴は論理的にして直観的、理性的にして感情的であるので、象徴に係る能力は、カントの認識諸能力の根源、さらに欲求能力・快不快の感情にも共通の根源に根差すものと考えられるが、カッシーラーは、そのような観点からの象徴能力の基礎づけはなし得ていない。また、人類学者・宗教学者の研究に基づいて、西洋的また近代的な枠組みを超えて、神話、宗教に深い理解を示しながら、心霊論的な人間観の考察には進んでいない。そのことは、カント研究において『視霊者の夢』の重要性をとらえていないことと相関している。

 

(2)自由と人格

 私は、心霊論の観点からだけでなく人権論の観点からもカントに関心を持っている。カントは今日の人権の思想に大きな影響を与えている。ここからは人権論の観点を加えて書く。
 近代西欧における人権の観念の核心には自由がある。その自由が、自由な状態への個人の権利として希求されたところに、近代西欧の特殊性がある。自由は17世紀イギリスのホッブス、ロック、18世紀フランスのルソー等が理論的に思考し、イギリス・アメリカ・フランスの市民革命を通じて、権利として発達した。その自由を哲学的に掘り下げたのが、カントである。今日世界に広がっている人権の思想は、世界人権宣言に表現され、自由を中心に、理性、良心、人格、自己の尊厳、同胞の精神等を説くものとなっている。そこにおける人間観を、ロック=カント的人間観と私は呼ぶ。そこにはロックとともにカントの影響があると私は見ている。ただし、この2世紀の間にカントの思想は種々の批判を受け、大半は風化し、それでもなお残って半ば常識化した概念のみが用いられ、カントの影響はほとんど忘れられているという状態である。まして、カントにおける心霊論的な信条は忘れ去られている。そのため、世界人権宣言におけるロック=カント的な人間観には、心霊論的な前提が見失われている。
 さて、自由は、カントの道徳哲学で「要石」となる概念である。他の概念や神や不死は、自由から導き出されるからである。カントによれば、人間は、本能や衝動によって行動する動物的な存在者であるとともに、道徳的な義務を実践する理性的な存在者である。ここで重要なのが、意志の自由である。
 カントは、自然と自由を対比させ、自然は必然的な法則に支配されており、自然には自由は存在しないとした。理論理性は、自然法則を認識することはできるが、感性によって与えられる現象界を超えることができず、自由の実在性を証明することはできない。自由は、道徳の領域にのみ存在する。実践理性は、本能や衝動の克服を命令し、最高善をめざすために人格の自由という理念を要請するとした。
 人間は、自分の意志で行為する。その限りでのみ人間は自由である。カントは、次のように説く。「自由の概念は意志の自律の説明のための鍵である」「意志の自由は、自律すなわち自己自身に対する法則であるという意志の特質以外の何ものでありえようか」「自由はあらゆる理性的存在者の意志の特質として前提されねばならない」と。またカントは「生得的な権利はただ一つである」として、「自由こそは、それが普遍的法則に従ってあらゆる他人の自由と調和しうる限りにおいて、この唯一、根源的な、その人間性のゆえに万人誰しもに帰属するところの権利である」と書いている。(『人倫の形而上学の基礎づけ』)
 カントの自由は、拘束や束縛のない状態、外的障害の欠如という消極的な概念ではなく、自らの意志で法則を制定するという積極的な概念である。積極的概念の自由は、自律と同義である。カントは、意志の自律とは「意志が彼自身に対して法則となるという、意志のあり方のこと」であるとする。自律の反対は、他律である。他律とは「対象が意志との関係を介して意志に法則を与えること」であるとする。(『人倫の形而上学の基礎づけ』) 自律は、単に自分で自分を規制するという程度のことをいうのではない。自らの意志で自己の法則を制定できることである。道徳の領域における立法者であることである。
 カントの自由は、現代人の多くが考える自由とは、大きく異なっている。現代人の多くは、自分の感性的な欲求のままに行動できることを自由と考える。カントにおいては、この状態は、本能や衝動によって行動している動物的な状態であり、自然法則に支配されている状態である。私見を述べると、ここには、自然界・現象界に存在することは不自由であり、自然界・現象界から超え出ることが自由であるという考え方がある。自然のままに生きるのが自由なのではない。自然のままに生きるのは不自由である。本能や衝動を規制し、自己に規律を課す道徳的実践は、不自由な世界から抜け出るという目的のための行為であり、自由への道になるというわけである。
 カントの自由は、意志が感性的な欲求に束縛されずに、理性の道徳的な命令に服することである。命法には、二種類ある。「○○ならば、△△せよ」と何かの条件付きで命じる仮言命法と、単に「△△せよ」と無条件に命じる定言命法である。定言命法は、何かのための義務ではなく、義務のための義務である。カントの道徳法則は、定言命法で表現される。道徳の最高原則は、「同時に普遍的法則としても妥当しうるような格率に従って行為せよ」だと説く。そして、自分の行為の個人的・主観的な規則である格率が、普遍的な道徳法則と一致するように行為することが、真の自由であるとカントは言う。
 ここにおいて、普遍的な道徳法則とは、『視霊者の夢』においてカントが書いた心霊論的信条に基づくものである。カントは、本書で道徳的衝動は「霊的存在を互いに交流させ合う真に活動的な力の結果」と考え、「道徳的感情とは個人の意志が一般意志にまさにその通りだと感じられるように拘束されていることであり、非物質的世界に道徳的統一を獲得させる上で必要な自然にしてかつ一般的な相互作用の所産ということになるだろう」と書いた。一般意志とは万人の意志であり、普遍的道徳法則を表す。拘束されているとは、それに一致するように導かれていることだろう。また「一般的な相互作用の所産」というのは、地上に天国を建設するように霊的な働きかけがされているということだろう。理性に従って道徳的に実践することを命じる定言命法は、人間が神―霊的共同体と繋がっており、神―霊的共同体から人間に命じられるものという考えが基本にあると見ることができる。
 カントは「あの世における生命は、魂がすでにこの世に生きている時持っていた結びつきの自然な継続となるであろう。さらにこの世で行われた道徳性のすべての結果は、あの世においても、霊界全体と不可分の共存関係にある存在が、すでに以前に霊の法則に従って行ってきた作用の中に再び見出されるであろう」とも書いた。これは現世における行動が原因となって、来世において結果を受けるという因果応報の考え方だろう。そして、先に私見を書いたが、カントは自然界・現象界に存在することは不自由であり、自然界・現象界から超え出ることが自由であると考え方をしている。自然のままに生きるのが自由なのではない。自然のままに生きるのは不自由である。本能や衝動を規制し、自己に規律を課す道徳的実践は、不自由な世界から抜け出るという目的のための行為であり、自由への道になるというわけである。
 道徳の最高原則は、「同時に普遍的法則としても妥当しうるような格率に従って行為せよ」だと説き、自分の行為の個人的・主観的な規則である格率が、普遍的な道徳法則と一致するように行為することが、真の自由であるとカントが説くのは、霊的共同体の一員として現世で道徳的実践をすることによって、来世で真の自由を得るという心霊論的な信条の現れと理解できる。ページの頭へ

 

(3)人間の尊厳と「目的の国」

 意志の自由を持つ人間は、物件ではなく人格として扱われなければならない、とカントは説く。人は自分を「自分自身の理性が自らに課する義務を身に負っている一個の人格」とみなさねばならないともいう。カントによれば、人間らしさ、すなわち人間性は、理性に従う意志の自由に基づく人格にある。人間性を「善い意志」とも言っている。
 「人格として見た人間、すなわち道徳的な実践理性の主体たる人間は、一切の価格を越えて尊いものである」とカントは述べる。価格とは、物件の商品としての値段をいうものである。「人間には尊厳が備わっている」とカントは説く。尊厳とは、絶対的内的価値をいう。マルクスであれば、資本主義社会では、人間は疎外され、労働者は労働力商品となっているというだろう。労働力商品ではあっても、人間には道徳的な主体性があり、尊厳があるというのが、カント的な考え方である。カントは、こうした人格尊重の道徳哲学を説いて、すべての人の人権を守ることを正義とした。
 人権の思想を世界的なものとした世界人権宣言は、第1条に「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と記す。また「宣言」を具体化した国際人権規約は、人権を「人間の固有の尊厳」に由来するものとしている。ここに人間の尊厳は、人類共通の思想となった。だが、では、なぜ人間には尊厳、言い換えれば価値があるのか。世界人権宣言も国際人権規約も、人間の尊厳を謳いながら、その尊厳について具体的に書いていない。
 人間の尊厳という観念の背景には、キリスト教がある。ユダヤ=キリスト教の教義は、人間は神(ヤーウェ)が創造したものであると教える。神が偉大であるゆえに、神の被造物である人間は尊厳を持つ。しかも、人間は神の似姿として造られたとされる。人間は他の生物とは異なる存在であり、地上のすべてを支配すべきものとされる。ユダヤ教から生まれたキリスト教は、ローマ帝国の国教となり、近代西洋文明の一要素となった。人間の尊厳という観念は、キリスト教の神学に、受け継がれてきた。
 この観念が非キリスト教社会に受け入れられるものとなったのは、カントの哲学によるところが大きい。カントは、科学と道徳の両立を図って、宗教の独自性を認め、科学的理性的な認識の範囲と限界を定めつつ、神・霊魂・来世という形而上的なものを志向する人間の人間性を肯定し、理性に従って道徳的な実践を行う自由で自律的な人格を持つ者としての人間の尊厳を説いた。このようにカントは、人間の尊厳を伝統的なキリスト教の教義から離れて、近代的な哲学によって意味づけ直した。それによって、人間の尊厳という観念は、世俗化の進む西欧社会でも維持され、同時に非キリスト教社会にも伝播し得るものとなった。その観念は、今も世界に広まりつつある。しかし、カントにおいては、人間の尊厳の裏付けに心霊論的信条があったことが見落とされている。今日、人間の尊厳を基礎づけ直すには、カント哲学を再検討しつつ心霊論的人間観を確立することが必要である。
 カントは、人間は「どのような人によっても、他人によっても、自分自身によってさえも、単に手段として利用されることはできず、つねに同時に目的として用いられねばならない」「この点にこそまさに人間の尊厳がある」と説いた。(『人倫の形而上学の基礎づけ』)
 人間は、個人個人が尊厳を備えている。個人は、何かの目的を実現するために、単に手段とされてはならない。その実現すべき目的そのものでなければならない。だが、また単に目的とされるのではなく、互いがその目的を実現する手段となって、協力し合わなければならない。
 カントは、すべての人が人格的存在として尊敬され、単に手段ではなく、目的とされる社会を「目的の国」と名付けた。「目的の国」は、自由で自律的な人格の共同体であり、市民社会のあるべき姿である。カントにおいては、ホッブス、ロックと同様、市民社会は国家と同義であるので、「目的の国」は、カントの提示した国家の目標である。個々人が理性の道徳的な命令に服し、自己の格率が普遍的な道徳法則と一致するように行為する国家が、カントの理想国家である。この国家は、単に自由・平等な独立した個人の集合体ではない。人々が協同的に道徳的な実践を行う共同体である。トランスパーソナル学的には、人々が相互的・共助的に自己実現・自己超越を行うサイナジックな社会と言えるだろう。
 なお、カントは、国家の起源については、基本的には社会契約論に立っている。ただし、社会契約を歴史的事実ではなく、「理念」としている。契約をしたという事実がないのに契約論を採るとすれば、理念とするしかないだろう。
 カントは、ルソーから人間を尊敬することを学んだ。ルソーは、自由な人格をもつ自律的人間の形づくる国家を理想とした。カントはこの理想を道徳的に掘り下げた。ルソーは人民主権を説いたが、一般意志が常に正しいと言えるには「公衆の啓蒙」が不可欠であり、一人一人が自らの意思を理性に一致させるようにすることによって、はじめて一般意志を論じ得るとした。カントは、「目的の国」を地上に建設するため、人々に理性に従って普遍的な道徳法則と一致するように実践するように説いた。それは、必然的法則に支配された自然界に、自由を実現することである。カントは、自然とは感官の対象の総体とするが、後に述べるようにカントは自然に合目的性のあることも認めており、自然界において自由を実現することが可能だとした。またカントは自然の一切は人間の文化のために存在するとし、文化は道徳の準備であり、自然の究極の目的は道徳的な人間を出現させることだと考えた。この自然は単に感性的な自然ではない。その点については、永遠平和に関する項目に書く。
 カントは、上記のような道徳哲学を構築するとともに、キリスト教を啓示宗教から道徳的な宗教へと純化、改善することを試みた。ルソーは、人民主権の国家には新しい市民的宗教が必要だと説いたが、カントは「目的の国」における、あるべき理性宗教の姿を示そうとしたのだろう。私は、その理性宗教は、心霊論的信条に基づくものだったと理解する。「目的の国」は、感性界・現象界で完結するものではなく、超感性界・叡智界につながっている社会だからである。それは、カントにおける人間は、感性的であると同時に超感性的であり、市民社会の一員であると同時に、霊的共同体の構成員として考えられていたことから明らかである。
 現代日本屈指の哲学者・和辻哲郎は、主著『倫理学』で、人間は個人性と社会性を持つ間柄的存在だとし、そうした人間の共同態である「人倫的組織」を考察し、国家・人類の目標を示した。和辻は自らの倫理学を構築する過程で、『人間の学としての倫理学』において、カントの人間学を検討した。そこで「目的の国」について述べている。
 和辻によると、カントは人間を「経験的・可想的の二重性格」を持つものとし、それによって「手段的・目的的な二重性格」をとらえており、人間を個別性と全体性において把捉してはいる。だが、カントはそれを自覚し、あらわには説いていないと和辻は指摘する。和辻によると、我と汝が互いに手段となり、目的となり合う関係は、「手段となる側からは自他は差別的であり、目的となる側からは自他は不二」である。カントには18世紀西欧の個人主義の傾向があるため、「本体人としての無差別性を人間の全体性として把握する」ことが、充分遂行できていないと指摘した。ここで本体人とは叡智的存在者のことであり、無差別性とは自他不二性である。和辻は、このようにカントを批評するのだが、カントの心霊論的信条についての考察を欠いている。少なくとも明示的には考察していない。和辻の倫理学は、人間の個人的・社会的の二重性格を具体的に解明した点で優れたものだが、目標とされる「人倫的組織」は、カントの「目的の国」が有する感性的かつ超感性的な二重性格を持っていない。
 和辻は、人倫的組織を家族、親族、地縁共同体、経済的組織、文化共同体、国家の6つに分けて考察し、「確固たる人倫体」を形成した諸国民が「諸国民間の人倫的組織としての世界国家」を形成するという世界の将来像を提示した。そこにはカントの永遠平和論の影響が見られる。カントの永遠平和論は、和辻を一例として現代にまで広く影響を与えている。

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関連掲示
・拙稿「日本的倫理は世界的人倫実現の鍵〜和辻哲郎(1)」「風土と文明と民族の心〜和辻哲郎(2)
 目次から30〜31へ

 

(4)永遠平和への道

 カントは、個人と国家の目標を示しただけでなく、国際社会に永遠平和を実現する道をも説いた。ルソーは、国際平和論を説いたが素描にとどまった。カントはこれを継承して発展させた。カントは、18世紀にありながら、人類は永遠平和を実現するか、さもなければ戦争によって絶滅するかどちらかだと、人類の将来を予想した。戦争による自滅を避けるために、カントは国家連合を提唱した。その後、人類は二度の世界大戦を経て、人類絶滅の武器・原子爆弾を持つに至った。国際連盟・国際連合という国際機関を作りながら、大量破壊兵器を使用する戦争によって、地球の文明が崩壊する危険は減っていない。こうした人類にとって、カントの永遠平和論は、重要な古典である。
 カントは、『永遠平和のために』(1795年)で、まず永遠平和の予備事項を六つ挙げる。平和条約は偽りのものであってはならないこと、独立国は他国に領有されてはならないこと、常備軍は漸次全廃されるべきこと、対外戦争のための国債発行を行わないこと、実力を以て他国に干渉してはならないこと、戦争中であっても卑劣な手段を取らないことである。まずはヨーロッパで実行してもらいたいところである。なお、カントは絶対王政国家における常備軍の廃止を説くが、国民が自発的に一定期間にわたって武器使用を訓練し、自分や祖国を外からの攻撃に対して防備することは、まったく別のことだと説いている。防衛戦争及びそのための実力組織を原理的に否定するものではない。
 カントは続いて永遠平和のための確定事項を三つ挙げる。第一は、各国家の体制は「共和的」でなくてはならないこと。カントの「共和的」とは、立法権が執行権から厳しく区別せられ、それが代議士を通じてすべての公民の手にあるという意味である。言い換えれば「法の支配」である。君主制でもこの意味での共和的であり得る。第二に、国際法は、自由な諸国家の連合に基礎を置かなくてはならないこと。カントは世界共和国を究極の到達点とする。だが、現状では世界を一つの強い権力でまとめることになるとして、消極的代用物として国家連合を提案した。第三に、人間は世界のどこにおいても客人として友好的に扱われる権利を持たなくてはならないこと。訪問権ないし友好権が一般化することによって、人類は永遠平和へとたえず近づくことができるだろうと説いた。

カントは、国家の起源については、基本的には社会契約論に立っている。ただし、社会契約を歴史的事実ではなく、「理念」としている。契約をしたという事実がないのに契約論を採るとすれば、理念とするしかないだろう。カントは、社会契約を突然廃止して結び直す革命は契約の原理から認められないとするが、根源的契約の精神から共和的な政体が望ましいとする。カントの「共和的」とは、立法権が執行権から厳しく区別せられ、それが代議士を通じてすべての公民の手にあるという意味である。言い換えれば「法の支配」である。カントは、共和政体の実現を漸進的連続的に進めるべしと説く。共和政体はすべての政治体制の目的であり、そこでこそ国民は自由で平等となり、完全な正義が実現されるだろうとする。カントは、共和的な国家で形成される国家連合が永遠平和の実現の基礎となると考えた。また国内法と国際法を補う世界公民法をつくることによってのみ、世界的な正義と永遠平和の実現が期待できるとした。

『永遠平和のために』の内容に話を戻すと、続いてカントは、「第一補説」で、永遠平和が単なる空想ではなく、実現可能であることを主張する。ここでカントは、自然そのもののうちに、人類を将来の永遠平和に向かわせる要因が働いており、永遠平和という目的に対して自然が合目的的であることを説く。カントの永遠平和は、単に人間が道徳的な努力によって目指す目標ではなく、意志を持ち、人類の歴史に関与する自然の導きを前提としたものなのである。
 カントは、次のように述べる。「この保証(ほそかわ註 永遠平和の保証)を与えるのは、偉大な技巧家である自然 natura daedala rerum にほかならない。自然の機械的な過程からは、人間の不和を通じて、人間の意志に逆らってでもその融和を回復させるといった合目的性がはっきりと現れ出ているのであって、そこでこうした合目的性は、その作用法則がわれわれには知られていないある原因による強制と見れば、運命と呼ばれるし、また世界の過程におけるその合目的性を、人類の客観的な究極目的をめざし、この世界の過程をあらかじめ定めているような、いっそう高次の原因がそなえている深い知恵と考えれば、摂理と呼ばれるだろう」と。
 さらにカントは「自然の過渡的な配備は、次のいくつかの点に認められる。自然は、(1)人間のために、地球上のあらゆる地域で、人間がそこで生活できるように配備した。(2)戦争によって、人間をあらゆる場所に、きわめて住みにくい地方にまで駆り立て、そこに人間を住まわせるようにした。(3)やはり戦争によって、人間を多かれ少なかれ法的関係に立ち入らせるように強制した」とも書いている。
 ここでカントは、自然が人類に配慮したり、強制したりして、永遠平和を保証すると説いている。これは驚くべきことである。というのは、カントは『純粋理性批判』(1781年)で、科学的・理論的な認識の対象としての自然について、自と自由を対比させ、自然は必然的な法則に支配されており、自然には自由は存在しないとした。そして、理論理性は、自然法則を認識することはできるが、感性によって与えられる現象界を超えることができず、自由の実在性を証明することはできない。自由は、道徳の領域にのみ存在するとしていたからである。だが、カントは、永遠平和論では、自然が意志を持ち、人類の歴史に関与してきていると説く。しかも、自然は戦争を通じて人類に移住や立法を強制したとして、過去の戦争には人類の発展に資する歴史的な意義があったと見る肯定的な見解を述べている。カントの永遠平和論を検討するには、カントにおける自然の検討を行わねばならない。

 カントにおける自然を検討するには、『判断力批判』によらねばならない。本書の前に書いた『実践理性批判』で、カントは結語に有名な言葉を記している。「それを考えることしばしばであり。かつ長きに及ぶに従い、常に新たなるいやます感歎と畏敬をもって心を充たすものが二つある。我が上なる星しげき空と我が内なる道徳法則がそれである」と。
 この文言に続いてカントは、大意次のように書いている。人間は「短い期間、生命の力を与えられた後に、自分がそこから生じてきた物質をこの惑星に返さなければならない」。しかし、「叡智的存在者としての私の価値を高からしめる人格性」において、「道徳法則は動物性から、さらには全感性界からさえ独立ないのちを私に開示する」。そして道徳法則による定めは、「この世の生の制約や限界に限られることなく、それを超えて限りなく進むのである」と。
 カントは、ここで心霊論的信条に基づいて、宇宙的な大自然の中における人間について書いている。人間は宇宙の一点にすぎない地球に生を受けた死すべきものである。だが、人間は叡智界に所属する者でもあり、霊魂は不滅であり、内なる道徳法則に沿って、死後も限りなく実践すべきものとしている。『判断力批判』は、そうした人間の認識能力として、判断力を基礎づける批判書である。そこで、判断力の基礎づけを通じて考察されるものが、自然なのである。
 カントは、本書で判断力は悟性と理性を媒介する能力であるとする。判断力は、特殊が普遍に包含されていると思考する能力である。判断力には、既にある普遍的原理によって特殊なものを判定する規定的判断力と、特殊的なものだけが与えられ、そこから普遍的なものを見出す反省的判断力がある。自然は必然的な法則に支配されているが、最高善を目指す道徳は意思の自律に基づく。カントは、感性界において自由を実現するには、自然に合目的性がなければならないと考えた。そして、反省的判断力は、自然に合目的性を見出すとして、美、崇高の感情、有機体における合目的性を論じた。
 カントは、判断力は自然と自由、自然界と道徳界をつなぐものだとして、次のように書いている。「(判断力は)自然概念と自由概念の間を媒介し、純粋理論的理性から純粋実践的理性への、前者に従う合法則性から後者に従う究極目的への移行を可能ならしめる概念を、自然の合目的性という概念において暗示するものにほかならない」「判断力は、自然概念の領域から自由概念の領域への移行を可能ならしめるものなのである」と。
 こうした判断力の検討は、自由の領域である道徳から文化、歴史の考察へと広がり得るものである。その検討において、カントは自然の一切は人間の文化のために存在するとし、文化は道徳の準備であり、自然の究極目的は道徳的な人間を出現させることだとした。
 判断力の検討はまた宗教の考察へも及ぶ。人間は、自然の美しさや広大さや精妙さに感動を覚える。その自然への感動は神への崇敬につながる。カントは『判断力批判』の「付録 目的論的判断力の方法論」で、世界を目的に従って脈絡づけられた一つの全体また目的因の体系とみなす根拠または主要条件を持っているとして、一切の存在者の根源にある存在者は叡智体であり、全知にして全能、寛仁にして公正であり、また永遠性・遍在性を持つものでなければならないと説き、自然と道徳の両面から目的論によって神学を基礎づけた。
 ただし、カントは、1790年の『判断力批判』によって、全面的に目的論に基づく形而上学に転換したのではない。全面的に転換すれば、かつて自ら斥けた独断的形而上学に陥る。そのことは、当然明確に意識していたはずである。そのカントが95年の『永遠平和のために』では、自然を主語とし、自然が人類に配慮または強制して、永遠平和を保証すると説いたのである。ここには飛躍があり、またカント自身の思想と矛盾しているように見える。だが、自然が人類の歴史を導くという考えは、『永遠平和のために』の前から、カントが表明していたものである。
 カントは、1784年の『世界公民的見地における一般史の構想』で、次のように書いた。「人類の歴史を全体として考察すると、自然がその隠微な計画を遂行する過程と見なすことができる。ところでこの場合に自然の計画というのは、各国家をして国内的に完全であるばかりでなく、更にこの目的のために対外的にも完全であるような国家組織を設定するということにほかならない。このような組織こそ自然が、人類に内在する一切の自然的素質をあますところなく展開し得る唯一の状態だからである」と。ここにおける自然は、計画を遂行するために、目的に向かって人類を導く者である。続いてカントは、1786年の『人類の歴史の憶測的起源』では、旧約聖書に基づいて人類の歴史の起源を想像し、自然が人類をアダムとイブという起源から文化の完成、永遠の平和へと導いているという考えを述べた。本論文では、自然の歴史は「神の業」であると書いている。
 『判断力批判』は、1780年代中葉の『世界公民的見地における一般史の構想』『人類の歴史の憶測的起源』の後に1790年に書かれた批判書である。そこでカントは、自然の究極目的を考察し、また目的論によって神学を基礎づけた。そのうえで1795年に書かれたのが、『永遠平和のために』である。『永遠平和のために』でカントは、人間が為すべき予備事項・確定事項を述べた後に、自然が永遠平和を保証することを主張した。この主張は、上記のような1780年代〜90年代における思考の展開があってのものである。
 カントは、『永遠平和のために』で、自然を神とはしておらず、また、神が自然を通じて人類を導くとも書いてはいない。だが、ここにおける自然は、ほとんど神のようであり、また神の一部のようでもある。カントの永遠平和は、そのような自然が人類に保証するものとして説かれた目標なのである。

 20世紀後半の西欧を代表する哲学者ジル・ドゥルーズは、『カントの批判哲学』で、カントの自然には、現象としての感性的自然と、その基体としての超感性的自然の二つがあるとした。この分け方を取れば、歴史を導く自然は超感性的自然になる。カントは人間が現象界と同時に叡智界にも所属するとするから、超感性的自然は自然の叡智界に属する部分になる。また感性的自然において生きる人類が、超感性的自然の導きのもとに、地上に自由を実現するという究極目的に向かって歩むのが、歴史となるだろう。ドゥルーズは、カント哲学こそ現代の哲学の枠組みを敷設したものだと認識し、その乗り越えを企図して、独自の思想を展開した。だが、ドゥルーズは本書の後、カントの自然観・歴史観の徹底的な考察を行っていない。この徹底的な考察は、カントにおける神と自然の問題抜きにはできない事柄である。ページの頭へ

 

(5)神と自然

 

 カントにおける神と自然の問題をどうとらえるかという問題は、カント以後のドイツ観念論の展開において重要な論点となった。ヨーロッパには、中世から、自然を「能産的自然 natura naturans」と「所産的自然 natura naturata」に分けてとらえる考え方がある。12世紀にアヴェロエスが提唱したものである。15世紀のニコラウス・クザヌスは二つの自然という矛盾の一致を神において認識した。17世紀のスピノザは、世界の根源を唯一の実体たる神即自然とし、能産的自然を創造主としての神とみなした。これらの伝統的な用語をもって言うならば、カントは、理論理性が対象とする自然を所産的自然とし、人間の歴史を導く自然を能産的自然と明言的に分けてはいない。しかし、後者の自然は能産性を持っていると考えられる。
 カントにおける神と自然を一元論でとらえようとすれば、汎神論 pantheism となる。だが、カントは、自然そのものを神とする汎神論を否定している。またスピノザの思想も、汎神論の一種として否定している。汎神論は、万有に対して、神を内在的ととらえる。カントは、神は万有に対して内在的とは説いていない。自然界の無数の個物に神が内在しているとも、説いていない。全体としての自然が、神の被造物でありながら、一個の理性的存在者のように意志を持ち、人類の歴史を導くものとしている。自然はキリスト教の神が人間の歴史に関与する際の代理者となっている。
 私の見るところ、基本的にカントの背景にあるのは、キリスト教の世界観、とりわけプロテスタント的な世界観である。その世界観のもとに、カントは、自然を被造物でありながら、意志を持ち、歴史に関与するものと考えている。キリスト教は、唯一男性神を仰ぐ一神教である。キリスト教の神は、宇宙の外に立つ宇宙の創造者である。その意味で、万有に対して超越的である。これに対し、汎神論では神は内在的であるから、両者は対照的である。カントは汎神論を否定したが、スピノザの汎神論的な哲学は、ドイツ観念論の発展に重要な影響を与えた。フィヒテ、シェリング、ヘーゲルは三人三様の哲学を展開したものの、個性的な思想にとどまった。その後、19世紀の宗教哲学者K・C・F・クラウゼは、神は万有に内在するとともに超越するという万有在神論 panentheism を唱えた。汎神論では神は内在的だが、万有在神論では神は内在的かつ超越的である。汎神論は「万有=神」であり、万有在神論は「万有⊂神」である。万有在神論は、汎神論とは異なり、神が個物に宿りつつこれを包括統一すると考える。それゆえ、万有在神論は一神教のイスラムでも認められている学説であり、人間には神性が内在するというインド思想に通じ、また自然の事物に霊性を認める多神教の説明理論ともなり得る。個物を人間的実存としての自己とすれば、万有在神論は実存哲学に新たな展開可能性を提供するものともなるだろう。
 万有在神論において、個物と一般者は相互包含的であり、一即全、全即一の無限の相互関係が生成する。ここで神とは、宇宙の根本的な法則にして力を人格化してとらえたものである。西洋においては、神を存在としたが、むしろ有無の区別を超えたもの、東洋における空と考えられる。空の概念は、西洋における存在の概念を内包する。宇宙の全体性に先立つ根源的な創造性である。1を生む0と言ってもよい。
 近代日本の代表的な哲学者・西田幾多郎は、『善の研究』で主客未分の純粋経験から思索を始め、カントの近代的自我意識の立場を超え、また西洋の主語的論理を述語的論理に転換した。西田は、絶対矛盾的自己同一の場所的論理による自身の哲学を、汎神論ではなく万有在神論であると自認していた。西田哲学は、内在即超越の構造において、内在的に重点を置いた万有在神論と言える。西田哲学は大乗仏教、特に禅宗と浄土教を背景に持つ。キリスト教にも深い理解を示した西田は、絶対無を絶対の無即有とも言っている。禅宗では無を語るが、大乗仏教で主に説かれるのは、空である。一切皆空ととらえる仏教の主要な経典の一つ、華厳経は、相即相入・重重無尽の世界を象徴的に表している。宇宙の真理を体する法身仏である毘盧舎那仏 Vairocana を神に置き換えれば、その世界観は万有在神論に通じるものである。
 「目的の国」の件に書いた和辻哲郎は、カントの個人主義的な限界を超える倫理学の構築において、西田哲学を応用した。和辻は主著『倫理学』で個人も全体も「真相は空」であるとし、空を「絶対的全体性」と規定した。空はまた「絶対的否定性」でもある。その自己否定が個別化であり、否定の否定が自己還帰である。この「絶対的否定性が否定を通じて自己に還る運動」が倫理学の根本原理であると和辻は規定している。またこの運動を「不断の創造」とも言っている。和辻の論理を援用すれば、人間だけでなく自然もまた絶対的否定性の創造的な弁証法的自己運動の過程にある。人間は間柄的存在であり、自然は風土的存在である。その人間と自然が時間的空間的に相互作用する過程が、歴史であると言えよう。
 カントにおける神と自然の問題をとらえるには、哲学だけでなく、心理学・人類学・文明学・生態学等の観点を加える必要がある。認識能力の検討の項目に、カントは、深層心理学的に見ると、理性を中心として、心をほぼ意識に限定し、無意識の領域を論議の対象から除外したと書いた。ユダヤ教は偶像崇拝を禁止し、自然崇拝を否定した。ユダヤ教から出現したキリスト教は、ヨーロッパに伝播し、ゲルマン民族の自然崇拝を駆逐した。さらに近代化の過程で「世界の呪術からの解放」を進め、自然界における霊的存在者を意識の外へ追放した。プロテスタンティズムは、宗教の合理化を進め、「呪術からの解放」を加速した。カントは、哲学の分野で、「呪術の追放」を徹底した。それゆえ、カントの自然は、近代化の進行以前、人類が広く持っていたアニミスム的な要素が消滅した自然である。カントは、こうした自然をキリスト教の神が人間の歴史に関与する際の代理者とした。カントの世界は、自然界の体系の頂点に、自然の導きによって文化を生み出し、さらに道徳を実践する人間が立っている。その自然は、同時に、近代西洋文明が人間が支配し、利用すべきものとした自然でもある。今日、人類は、人類と自然の関係を深く反省し、文明の大きな転換を必要としている。カントの自然概念の限界を超えて、人類の道徳と文明の転換について考える時、ディープ・エコロジーやトランスパーソナル・エコロジーの取り組みは注目すべきものである。(註3) (ページの頭へ)

 

(3) ディープ・エコロジー及びトランスパーソナル・エコロジーについては、拙稿「心の近代化と新しい精神科学の興隆」第3章をご参照ください。

 

(6)世界史のとらえ方


 カントの歴史観は哲学的な歴史観または歴史哲学であり、実証史学の歴史観とは異なる。カントは、『世界公民的見地における一般史の構想』では、「人類の歴史を全体として考察すると、自然がその隠微な計画を遂行する過程と見なすことができる」と書き、『人類の歴史の憶測的起源』では、自然が人類をアダムとイブという起源から文化の完成、永遠の平和へと導いているという考えを述べた。『判断力批判』では、自然の一切は人間の文化のために存在するとし、文化は道徳の準備であり、自然の究極目的は道徳的な人間を出現させることだとした。そして、『永遠平和論』では、歴史を導く自然が、人類に配慮したり、強制したりして、人類に永遠平和を保証すると説いている。このようにカントの歴史観は、あくまでキリスト教の信仰に基づくものである。また西洋中心の歴史観である。カントの思考は、彼が生きた時代と彼が所属する文明に制約されている。
 実存哲学者カール・ヤスパースは、カントに「哲学すること」を学んだ哲学者の一人である。ヤスパースは、カントの誤謬や限界を指摘しており、歴史における神的な自然の導きというカントの考えにも同意していない。第2次世界大戦後に刊行された『歴史の起源と目標』で、ヤスパースは、「われわれは人類の歴史の起源と目標を知らない」と書いた。これは、カントのキリスト教的・西洋中心的な歴史観に異論を呈したものである。そして、ヤスパースは、真に世界的な世界史を描こうと試みた。
 ヤスパースによれば、歴史の起源も目標も知らない人類は、世界史に「基軸」となる時点を設定しなければ、自らの立つ地点を見定めることもできない。欧米人のキリスト教信仰は、「人類の信仰」ではない。「世界史の基軸」は、あらゆる民族にとって「歴史的自己意識の共通の枠」となるようなものでなければならない。世界史の基軸は紀元前ほぼ500年頃にあり、その時代に「今日まで私たちがそれとともに生きている人間というものが生じた」。この時代は、老子・孔子・釈迦・エリヤ・プラトン等が輩出し、人類の「精神化」が起こった。それによって、人間は「精神的に全面的に開かれた本来的人間」となった。その後、科学と技術の発達によって世界は大きく変容した。現代は、科学と技術に支配され、大衆化とニヒリズムが進行する時代である。そのために、人類は大きな問題に直面している。来るべき新しい未来の第二の基軸時代は、まだ見えないまま、遠くにある。今日、人類は、地球全体をおおう第二の基軸時代に向かう途上にあり、模索と課題の中で、日夜、呻吟している、とヤスパースは述べた。(註4
 呻吟するヤスパースは、カントの永遠平和論を批判的に継承し、世界の将来を考察する。ヤスパースは、現代を「地球的な最終秩序への移行」の段階と考える。世界秩序が征服・支配による世界帝国として成立するか、「相互理解と契約によって成り立つ諸国家の統合による世界政治」の形で成立するかが重大な問題だとヤスパースは言う。後者の形の「世界秩序」であれば、暴力による統一ではなく、「相互の成熟した理解のうちから協議によって成立する秩序」が地上に出現する。そして、協議・多数決・少数者尊重・修正変更の果てしない過程のなかで、万人の共同権利が保障された「世界秩序」が追求されていくと説いた。そして、平和的な「世界秩序」の形成は、諸国民・諸民族・諸個人が「信仰と愛」をもって、対話と相互理解を重ねることによってのみ可能だと考えた。(註5
 カントの永遠平和論は、真の国際平和を実現できていない今日において、無視することのできない古典である。カントの永遠平和論を何らかの仕方で継承し発展させようとする者は、カントの永遠平和論が、キリスト教の信仰に基づくものであり、また単に人間が道徳的な努力によって目指す目標ではなく、意志を持ち、人類の歴史に関与する自然の導きを前提としたものだったことに留意する必要がある。人類は未だ共通の内在的超越者を導き手と仰いで、国際的に永遠平和を堅実化する段階には至っていない。自然に関する問題は重要だが、われわれは、何より自分自身について、人間自身について知らねばならない。私は諸国民・諸民族・諸個人の「対話と相互理解」を進めるためには、まず人間とは何かを問い直し、自己認識を改め、心霊論的人間観を確立することが必要だと考える。本稿はそのような観点から、カント哲学と心霊論的人間観について書いているものである。ページの頭へ


(4) ヤスパースについては、拙稿「ヤスパースの『新基軸時代』と日本の役割」をご参照ください。
(5)
私の人類文明史論については、拙稿「人類史に対する文明学の見方」をご参照ください。

(7)カント哲学の心霊論的発展を

 本章の結びを書く。カントは、『視霊者の夢』で、心霊論的な信条を書いたうえで、自らそして普通の人間が経験できないことはあえて語らないことにした。だが、カントは、キリスト教の信仰に基づいて、神、霊魂の不滅、霊界、霊的共同体とのつながり等を信じ、心の中ではその心霊論的信条を持ち続けた。それが彼の批判哲学、特に道徳哲学の前提となっている。実践理性による神、不死、自由の要請や、「目的の国」、道徳的な宗教、自然の目的、永遠平和、国家連合等の思想の根底には、心霊論的信条がある。カントが、キリスト教を合理化し、道徳的宗教に改善しようとしたのも、単に道徳的・世俗的な実践のためではなく、心霊論的信条を以て道徳的な実践を行うことが、来世の幸福につながるという考え方によるものである。
 三大批判書等の著作では、あからさまに言わずに、哲学的に厳密な論理で書いているので、その前提が見逃されやすい。そのうえカント以後のカント主義者は、この心霊論的な信条を排除または隠匿し、カント哲学を啓蒙主義的に合理化した。カントを理性中心、自我中心の哲学者だと単純化した。それが通説となった。カントの神と自然、歴史に関する項目で西田、和辻、ヤスパース、ドゥルーズの所論に触れたが、彼らもカントの心霊論的信条に注目していない。また哲学の立場からの心霊論の考察を行っていない。
 近代西洋人の心の深層を研究した哲学者・湯浅泰雄氏は、『ユングとヨーロッパ精神』で(人文書院)で、カントについて次のように書いている。カントによって「理性的自我意識の哲学が確立したことによって、人間性の本質から身体と情念(したがって無意識)の作用が完全に排除された」。「理性を最高の価値としたカントは、身体や情念を人間性の本質から排除するとともに、一切の霊的存在者の領域をも抹殺してしまった」と。だが、「一切の霊的存在者の領域をも抹殺してしまった」というのは、誤認である。通説に引きずられたものだろう。カントは、晩年まで霊的存在者について書いている。一切の抹殺ではなく、非キリスト教的な霊的存在者を排除したものである。キリスト教は自然崇拝を否定しており、近代化の過程で「世界の呪術からの解放」を進め、自然界における霊的存在者を意識の外へ追放した。カントは、これを徹底した。そのうえで、自然をキリスト教の神が人間の歴史に関与する際の代理者としたのである。
 カントの道徳観を、私の理解で言い換えれば、普通人には体験することのできない霊魂や霊界への関心に深入りし、現実の生活が疎かになってはいけない。現世においては、大地に足を踏まえて、身体的生命を生きよ。現実の社会での責務を果たせ。時が来れば、魂は死とともに来世に赴く。来世の存在を信じつつ、現世でなすべき務めを果たせ。来世がどうなるかは現世で何をなしたかの結果であって、いまこの人生を精一杯生きよ。現世で道徳的に生きてこそ、来世での幸福が得られる、ということになる。
 これは、現世肯定的かつ来世肯定的で因果応報的な道徳観である。キリスト教的ではあるが、イエスの教えが、現世否定的で来世志向的であるのとは、異なっている。カントは、現世肯定的かつ来世肯定的なプロテスタンティズムの考え方に立っている。ただし、カルヴァンの救霊予定説とはまったく違う。救霊予定説は、神を絶対化し、死後救われるかどうかは予め神の意思によって決められており、人間の行いは神の意思に一切影響することができない。道徳的な因果律を否定する。予め救われるように神に選ばれている人間と、選ばれていない人間には、絶対的な差異がある。絶対的な不平等である。これに対し、カントは、現世における人間の道徳的な実践が、来世の幸福につながるという因果応報の考え方である。人間は神の前で無力な存在ではなく、自らの意思で努力し、その結果を得ることができる。来世の救済についても、機会の平等の思想を示している。なお、私の見るところ、釈迦は現世否定・来世志向でイエスに通じる。マルクスやニーチェは現世志向・来世否定である。神道や日本の大乗仏教は現世肯定・来世肯定である。カントは、この点に限っては、神道や大乗仏教に通じる。
 ただし、カントには、キリスト教の枠を出る考えは、まったくない。キリスト教の枠内で、科学と両立し、道徳化した宗教を志向した。18世紀西欧にあって、もし霊魂や霊界、霊力、奇跡を徹底的に疑えば、キリスト教を否定し、無神論、唯物論になる。フランスには、そういう思想家が多く出現した。これに対し、ユダヤ=キリスト教的な唯一絶対神を認めない心霊論もある。プラトンや仏教、ヒンドゥー教は、そうである。ショーペンハウアーは、その影響のもとに、独自の哲学を展開した。これに比べ、カントは、あくまでキリスト教的である。私は、カントの心霊論的な信条に基づく道徳哲学をそのようなものと理解する。
 カントの霊的共同体は、キリスト教の神のもとにおける天使、聖人の霊等の集団である。人間は、神だけでなく霊的共同体にその一員としてつながっている。そして、霊的な交流ができると考えた。ここで特徴的なのは、カントが、家族であっても死後、それぞれ別の場所に行き、場合によっては永遠に会うことがないという見方を強調していることである。死別した親子や夫婦、兄弟、祖孫が霊界では、ばらばらになる。この点で、カントは極めて個人主義的である。神道的な世界観では、霊的共同体に当たるのは、親や祖先を始めする祖霊の集団であるが、カントには祖先崇拝がない。自然崇拝とともに祖先崇拝を否定したキリスト教を基盤としているからだろう。
 私は、人間は家族的生命的な存在であると考えており、人間の霊性においても、家族的生命的なつながりが主たるものと考える。原初的な世界観を保つ神道の考え方は、心霊論的人間観に深く通じるものである。カントには、自分が家族において夫・父・子・子孫等の具体的な役割を持つ存在であるという意識が弱い。生涯独身者だったこともあってか、カントには、生命の継承や繁栄に係る義務や、祖先の祭祀を行う義務が意識されていない。道徳的一般法則を示す定言命法に、子孫繁栄や祖先祭祀が含まれていない。あまりにキリスト教的であることによって、カントの心霊論的道徳哲学は、人類に普遍的な思想となり得ない。
 カントの哲学は、物自体は理論的に認識できないとしつつ、心霊論的信条に基づいて、神、不死、自由を要請する。それゆえ、土台になっているキリスト教の信仰が揺らいだら、カントに依拠する者は、深刻な不安に陥る。理性の絶対的命令は、キリスト教の権威があってのものだから、その権威が低下すると、定言命法による道徳法則は、人々が無条件で従うべきものではなくなる。19世紀以降の西洋では、この傾向が進行している。ニーチェが指摘したニヒリズムの問題である。
 21世紀の今日においてカントの思想を発展させるとすれば、キリスト教に基づく心霊論的信条を非キリスト教文化圏に開かれたものとし、哲学と超心理学・トランスパーソナル学を結びつけることが必要だろう。その際、「神と自然」の項目に書いた万有在神論は、心霊論的人間観に基づく万有在神論とするならば、哲学と超心理学・トランスパーソナル学とがそこで結びつき得る、一つの有効な理論となるだろう。それによって、西欧発の哲学は、人類の精神科学の発達に寄与することができるだろう。ページの頭へ

 

第4章 カント以後の哲学と科学の取り組み

 

(1)ショーペンハウアーの「意志」による仮説

 

補説として、カントの哲学を継承しつつ、独創的な思想を展開した哲学者のショーペンハウアーと、その影響を受けて無意識の領域の研究をした心理学者のユングについて書く。彼らはそれぞれ視霊現象に対する取り組み、独自の考察を行った。時代的には18世紀のカント、19世紀のショーペンハウアー、20世紀のユングということになる。ショーペンハウアーとユングについて書いた後、心霊論的人間観に係る21世紀における様々な科学者の仮説を紹介する。

最初にショーペンハウアーは、幼くして欧州諸国を回り、各地で強制労働、貧困等の悲惨さを見た。それによって、ペシミズム(最悪観)の世界観を持った。プラトンのイデア説、カントの批判哲学を学んだ後、20代でインド哲学に出会って、ウパニシャッドや仏教の影響を受けた。その影響のもとに、カント哲学を独自に解釈し、発展させた。31歳にして、主著『意志と表象としての世界』(1819年)を刊行した。

カントが物自体は認識できないとし、叡智界と同一の領域と考えたのに対し、ショーペンハウアーは物自体は意志であるとし、「世界は私の表象である」と説いた。現象として経験する一切のものは我々が生んだ表象であり、知覚に内在するア・プリオリなカテゴリーに従って生起する。知覚のカテゴリーは、時間、空間及び因果性である。因果性というのは、カントの12のカテゴリーを因果性に包含させたものである。さらに「表象は根拠律に従属する」とし、時間、空間、因果性は根拠律の三つの特殊形態であり、表象を成立させる形式とみなした。「表象としての世界」では、物自体を理性によって認識することはできない。だが、物自体はこの原理を超越しており、現象界の背後にあって自存しているとした。こうしてショーペンハウアーは、カントの物自体を意志と規定することによって、別に「意志としての世界」を構想した。

「意志としての世界」という観点に立つと、現象とは、世界における意志の客観化であるとされる。意志は、人間のみならず動植物・無機物の中にも等しく存在する。ショーペンハウアーはここで身体に注目し、身体運動は直接的に認識される意志であり、意志の客観化であるとした。人間の意志は知性から生じたものではなく、生を意欲する衝動の中にこそある。意志とは、盲目的な「生きんとする意志」である。この「生きんとする意志」が世界全体を形成する動因である。物質・精神はともに意志の表れであり、重力、磁気、電気等の自然の諸力も、みな意志の表れである。ショーペンハウアーは、このように考え、万物の根源としての意志を「原意志」と名付け、世界とは原意志の現象、客観化であるとした。そして、衝動的な盲目の意志を否定することで、解脱に達することができるという思想を説いた。意志の否定は、原意志の否定ではなく、個人における意志の否定である。意志の否定には、他者に自己と同じ苦悩を認識することで純粋な愛が生じる「共苦(同情)」と、また自己の死さえも意志からの解放とみなす「禁欲」という二つの道があるとした。これらの道は道徳的実践であり、解脱ということから東洋人が連想する修行、例えば瞑想、ヨガ等の具体的な方法は、説かれていない。

 ここでインド哲学との関係を述べると、ショーペンハウアーは、自分の説く意志を、インドのバラモン教における最高原理、ブラフマン(梵)と同一視した。もともと一つである意志は、時間と空間の形式によって多数の個体に分離して現れる。ショーペンハウアーはこれを「個体化の原理」とし、「マーヤー(幻影)のベール」と呼んだ。この考え方は、ヴェーダーンダ哲学に通じるものである。ヴェーダーンダ哲学では、自然界の諸事象も、個体の人格的な意志やその行動も、すべて虚妄のものとし、人生の目的はブラフマンとの合一による解脱であると説く。だが、ショーペンハウアーの意志とブラフマンは同じではない。ブラフマンは非人格的な宇宙の最高原理であり、アートマン(我)という個体的原理と対をなす。アートマンは、気息を原義とし、生命や自我・霊魂を意味する。ブラフマンとアートマンは同一無差別であると説くのが、梵我一如の思想である。これに対し、ショーペンハウアーの意志は、自然の諸力や人間の意欲あるいは行動となって現れるものだから、ブラフマンとは異なる。ショーペンハウアーにはアートマンに当たるものがない。輪廻の観念もない。

またショーペンハウアーは解脱への道を説くが、その意味は仏教の教えと異なっている。仏教では、輪廻転生を繰り返している世界から抜け出ることを解脱という。もとにあるのは、因縁生起すなわち縁起の理法である。縁起説は、キリスト教の人格神による宇宙創造説とは、相容れない。仏教の代表的な教説の一つである唯識説は、あらゆる存在や事象は心の本体である識の作用によって仮に現れたものに過ぎないとし、阿頼耶識を万物の展開の根源であり、万物発生の種子であると説く。これに対し、ショーペンハウアーは、「客観的世界は単なる脳の現象である」「我々によってア・プリオリに認識された法則は、()単に直観並びに悟性の形式から、つまり脳の諸機能から発生する」とし、表象を脳が生み出す現象と考えている。この場合、身体の器官としての脳が失われれば、表象は消滅することになる。その場合、表象の記憶は残存するか、どこに保持されるかという問題がある。

西欧でウパニシャッドや大乗仏典の本格的な翻訳が出たのは、ショーペンハウアーの死後のことだった。ショーペンハウアーがインド哲学と仏教を同じようなものと理解していたのは、時代による制約が大きい。

さて、ショーペンハウアーは、カントと同じく視霊現象に強い関心を持った。主著刊行の32年後となる1851年に『視霊とこれに関連するものについての研究』という論文を発表している。本書でショーペンハウアーは、「今日では動物磁気ならびに透視が明白な事実であることを疑う者は、単に信仰がないばかりか無知であるといわれる」と述べている。動物磁気説は、当時西欧で催眠術療法が評判だった医師メスメルの唱えたもので、人体は宇宙に充満しているガスの一種である動物磁気の支配下にあり、病気は体内における磁気の不均衡から生ずるとする説である。メスメルは、霊魂は意志を持つので科学実験は成立しにくいが、動物磁気は物理学的な存在であり、適切な条件が設定できれば、操作可能であると考えた。ショーペンハウアーは、動物磁気は自己の意志が直接他者の精神や身体に働きかけることだと考えた。

ショーペンハウアーは、「人間の内的本質」を意志とし、死後も意志は存続するものとした。一般的に言えば、霊魂の存続である。ショーペンハウアーによると、幽霊の幻視は、自然現象ならびにその法則には拘束されない物自体と結びついている。ショーペンハウアーは、次のように書いた。「空間と時間の観念性についてのカントの教説にしたがって、われわれは、知性の二形式から自由であってあらゆる現象の中でこれだけが真実であるもの、つまり物自体は、遠近や過去、現在それに未来の間の区別を知らないということを理解する」と。物自体は、人間を含む万物の本質を形成する意志であって、空間や時間の制限下に置かれていないから、これによって遠方にいる個人間の直接の作用や生者―死者間の相互作用は可能であると考えたのである。

ショーペンハウアーは、先の論文に次のように書いている。「かつて生存した人と現に生きている人との間の区別は絶対的なものではなく、両者の中にはともに、同一の生きんとする意志が現れることをはっきりさせるべきである。これによって生存中の人は回想によって死者からの連絡として示されるもろもろの記憶を明るみに出すことができるであろう」。また「各人の意志は個体化のいかなる制限によっても妨げられることなく、したがって直接、遠方から他人の意志に作用するばかりか、他人の生体にも作用を及ぼす」とも述べた。

こうしてショーペンハウアーは、意志という概念で無意識の領域を示唆し、予知夢、夢遊病者の知覚、霊魂との交流、テレパシー、念力等の説明を試みた。この点、カントがスヴェーデンボリの霊的交通や遠隔視に関心を示しながら、これを統一的に説明することができなかったのに対し、総合的な仮説を提示し得ている。

私は、カントは『視霊者の夢』以降、一貫して心霊論的信条を持ち、それが批判哲学の前提となっているという見方をしている。カントにおいて、その心霊論的信条は、キリスト教の信仰に基づくものだった。物自体は認識できないとする不可知論であっても、キリスト教の信仰を持つ限り、道徳的実践は成り立つ。神、不死、自由を要請するのは実践理性だが、その根底にあるのは信仰である。定言命法も、キリスト教の敬虔な信仰集団における道徳規範である。カントの哲学はこの点、信仰による飛躍があった。飛躍なしに成り立たない哲学である。これに比し、ショーペンハウアーは、物自体を放置せずに徹底的に考究した。インド哲学を学び、キリスト教を相対化していたショーペンハウアーは、論理的思考によって一貫性を追求した。ただし、物自体は意志であるというのは、彼の直観的な理解であり、なぜ物自体が意志であるのかという点について、説明はどこにもされていない。

ショーペンハウアーは、物自体を意志ととらえたことにで、カントが斥けた独断的形而上学に逆戻りしたという批判も成り立つ。だが、万物の根源を精神性を持たない物理的な力とすれば、唯物論に陥る。「人間の内的本質」が死後も存続するという理論を立てるには、宇宙の根源的な存在は、物質と精神をそのうちに含むものと想定しなければならない。ショーペンハウアーもまた心霊論的な信条を持っていたが、彼においては、カントのようにキリスト教信仰による飛躍はあり得ない。それゆえに、ショーペンハウアーにおいては、視霊現象や超能力等の研究は非常に重要な課題であり続けた。ショーペンハウアーの視霊現象や超能力等の考察は、思弁的・空想的でなく、自らの経験と観察及び古今の豊富な記録文献に基づき、当時の医学・生理学等の知識も踏まえて、さまざまな角度から検討を行ったものである。彼の観察力は鋭敏であり、思考力は強靭である。

 ショーペンハウアーは、カント以後のドイツ観念論において特異な存在だった。ドイツ観念の主流は、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルである。彼らの観念論哲学は、キリスト教を基盤としていたが、ショーペンハウアーはインド哲学を学び、キリスト教的な人間観・世界観を相対化し得ている。ヘーゲル哲学の全盛期には不遇だったが、晩年になってから高く評価されるようになった。そして西洋における東洋思想への関心を高め、その理解を助ける役割をした。また脱キリスト教的な心霊論哲学の可能性を開き、東西の対話と相互理解を促進することにも貢献している。ページの頭へ

 

(2)ユングの「共時性」という仮説

 

ショーペンハウアーは、後代のニーチェ、フロイト、ユング等に大きな影響を与えた。ニーチェは、カントとは正反対に神や霊、死後の世界、不可視界を否定する一方、現実世界における生を肯定し、生命の本質を「力への意志」であるとした。「力への意志」こそ、生の唯一の原理である、とニーチェは説いた。これは、ショーペンハウアーの意志を、否定すべきものから肯定すべきものへと逆転させた思想である。

ショーペンハウアーは、フロイトとユングを啓発し、無意識の研究を促した。精神分析医のフロイトは、性本能の基底となるエネルギーをリビドーと呼んだ。そのエネルギーの移動と増減によって、すべての精神現象を説明しようとした。フロイトは、リビドーをショーペンハウアーの意志と同じものと考えた。機械論的唯物論的な性向を持つフロイトは、視霊現象やテレパシー等に対しては懐疑的だった。(註6

自身が様々な超常現象を体験していたユングは、師のフロイトと考えが合わず、別の道を進んだ。患者の治療を通じて深層心理の研究を深め、西洋の錬金術等を心理学的に解釈し、また易や道教、チベット仏教等の東洋思想を西洋に広く紹介した。

ユングは、10代後半にショーペンハウアーを読み、『意志と表象としての世界』を通じて仏教に触れた。それが、ユングが東洋の宗教・思想を広く研究するきっかけとなった。ユングはショーペンハウアーには、納得がゆかなかった。カントの物自体を意志とし、意志を形而上学的な実体にしたことは、過ちだと考えた。その一方、視霊に関する小論には強い影響を受けた。カントの『視霊者の夢』にも影響を受け、医学生時代にスヴェーデンボリの大著を読んで、彼を「偉大な科学者にして神秘家」と称えた。カントとの関係で、ユングがスヴェーデンボリをどう見たかを書くに当たり、まずユング独特の仮説である共時性の説明をしたい。

ユングは、自然科学の基本原理である因果律では説明のできない意味深い偶然の一致という現象を自ら体験していた。この現象を説明するために、非因果的でしかも同時的な二つの事象の間を関連づける原理として、「共時性(シンクロニシテイ)」という仮説を立てた。

偶然の一致の例として、ユングは次のような体験を挙げている。ユングの患者に、狭い観念にしばられた若い女性がいた。頑固で現実的な物事以外は認めようとせず、自分の殻に閉じこもり、心の交流ができないため、治療が難航していた。ユングは書く。

「ある日、窓を背にして彼女の前に座って、彼女の雄弁ぶりに聞き耳をたてていたのである。その前夜に、彼女は、誰かに黄金のスカラベ(神聖昆虫)を贈られるという非常に印象深い夢をみたのであった。彼女がまだこの夢を語り終えるか終えないうちに、何かが窓をたたいているかのような音がした。 振り返ってみてみると、かなり大きい昆虫が飛んできて、外から窓ガラスにぶつかり、どう見ても暗い部屋の中に入ろうとしているところであった。筆者はすぐに窓を開けて、中に飛び込んできた虫を空中で捕らまえた。それはスカラバエイデ、よく見かけるバカラコガネムシで、緑金色をしているので金色のスカラベに最も近いものであった。『これがあなたのスカラベですよ』と言って、筆者は患者さんにコガネムシを手渡した。この出来事のせいで、彼女の合理主義に待ちわびていた穴があき、彼女の理知的な抵抗の氷が砕けたのであった」(『共時性について』エラノス叢書2、平凡社)

この出来事をきっかけに、偏狭な合理主義に固まっていた患者の心が和らぎ、新たな世界に心を開くようになり、治療がスムーズにいくようになったという。ユングは、このように因果律では説明のできない意味深い偶然の一致を多く体験・観察していた。それらを説明するために出した仮説が、共時性である。

ユングは、1952年に物理学者パウリとの共著『自然現象と心の構造』を出した。本書の論文「共時性:非因果的連関の原理」で、ユングは、ラインが実験科学的な方法で超能力を研究した報告を引用し、テレパシー、透視、遠隔視、予知、念力等を共時性仮説で説明しようと試みた。そこでユングは、スヴェーデンボリのストックホルムの大火事の逸話について、次のように書いた。
 「例えば、ストックホルムにおいて火事が起こっているという幻視がスヴェーデンボリの内に起こったとき、その二者間に何も証明できるようなもの、あるいは考えられるようなつながりすらもないのに、その時、そこで実際に火事がいかり狂っていた。(略)彼を『絶対知識』に接近させた意識閾の低下が存在したと、われわれは想像する。ある意味で、ストックホルムにおける火事は、彼の心の内でも燃えていた。無意識の精神にとって空間と時間は相対的であるように思われる。つまり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、知識はそれ自身を見出すのである。それゆえ、無意識が、意識の方向にポテンシャルを保ち、発展させるならば、そのとき、並行事象が知覚されたり『知られ』たりすることは可能である」と。

こうしてユングは、共時性の仮説によって、スヴェーデンボリの体験の説明を試みた。ユングは無意識の精神にとっては、空間と時間は相対的であり、空間はもはや空間でなく、また時間はもはや時間でないような時空連続体の中で、遠隔視が可能になると考えた。ユングは、共時性を「時間と空間に関して心的に条件づけられた相対性」とも定義している。また「空間と時間は、運動する諸物体の概念的な座標だが、それらは根底においてはおそらく同一なのだろう」とユングは書いている。ユングを受けて、空間・時間が心の状態によって条件づけられる相対的なものだと仮定すると、距離を超えた念力による遠隔操作や因果的継起を超えた予知は起こり得る現象となる。カントは感性のア・プリオリな直観形式として空間・時間を挙げたが、空間と時間が二元的なものではなく、一元的なものの表れだとすれば、特殊な能力を持つ人間においては、時空を超えた認識や行為が可能になるだろう。

ユングは、従来の科学が原理とする時間、空間、因果性に、共時性を加えることを提案した。パウリはユングに賛同し、時間、空間をエネルギーと時空連続体に替えることを助言した。これを容れたユングは、永遠のエネルギー、時空連続体、因果性、共時性という4つの原理を提示している。ページの頭へ

 

(6) 人間観において、心霊論と対立するものは、唯物論である。唯物論は、人間の精神現象をすべて物質的な現象ととらえる。心霊論的人間観の確立を図るには、唯物論的な精神分析学で現代人に多大な影響を与えているフロイトへの批判が必要である。この点については、拙稿「フロイトを超えて〜唯物論的人間観から心霊論的人間観へ」をご参照ください。

(7) ユングについては、拙稿「人類の集合的無意識を探求〜ユング」をご参照ください。

 

(3)現代の科学者による様々な仮説

 

ユング、パウリの仮説は、相対性理論の解釈に関わるものである。アルバート・アインシュタインは、特殊相対性理論で、E = m c2という関係式を明らかにした。この関係式は、エネルギー(E)と質量(m)が等価であることを示すものである。C は光速度定数である。だが、この関係式だけでは、精神という要素が出てこない。アインシュタインは、一般相対性理論の論文の発表後、自然界のすべての力を統一する統一場理論をめざし、重力と電磁気力の統一を試みたが、自ら完成させることはできなかった。その一方、アインシュタインは、アプトン・シンクレアの著書『精神ラジオ』に序文を書き、ヴィルヘルム・ライヒのオルゴン・エネルギー探知機に強い興味を示すなど、精神・生命の領域にも関心を向けていた。

現代の科学者から、精神・生命の領域を含む科学的な仮説は、いろいろ出されている。物理学者フィルソフは、光速より速いニュートリノのような性格を持つ精神子マインドンを提案した。電子工学者の関英男は、電磁力−重力系とは別に幽子による情報系を想定し、これをサイ情報系と呼びんだ。物理学者アーサー・エディントン卿は5次元理論を発表したが、その後、4以上の空間次元や2以上の時間次元の存在を仮定する理論が数多く研究されている。数学者エイドリアン・ドッブスは、時間に2次元性を与えた5次元波動場において、虚の質量を持つプシトロンという精神情報の担い手を仮説した。これを受けて、神経生理学者ジョン・エクレス卿は、プシトロンは特異な状態のニューロンに作用し、大脳ネットワークに超時空的な影響場が形成されるという仮説を出した。大脳にホログラフィー理論を応用した大脳生理学者カール・プリグラムは、宇宙全体が一種のホログラフィーになっており、脳は宇宙の変化した一部だという説を唱えている。

理論物理学者デヴィッド・ボームは、物質も精神もエネルギーとして暗在系に、数学でいう直交変換によってたたみ込まれており、暗在系にはおそらく意味の場が存在し、それが反映したものが物質であり、身体であり、明在系そのものだという仮説を出している。物理者ブライアン・ジョセフソンは、物質の存在はその背後にある潜在的な知性を反映しているという考えを提案し、またすべての自然現象の根底に生命のプロセスが存在するという説に賛同して、量子力学における波/粒子の二重性に似た量子/生物の二重性が存在することを指摘している。ボームやジョセフソンの考え方は、哲学的に見ると、プラトンやカントに通じる。また東洋におけるインドのヴェーダーンダ哲学や仏教、道教にも通じるものである。

ここに挙げた科学者のうち、パウリ、アインシュタイン、ジョセフソンはノーベル物理学賞、エクレスは同生理学・医学賞を受賞している。他もみな世界的に著名な一流の科学者である。
 ところで、私が生涯の師とし、また神とも仰ぐ大塚寛一先生は、戦前電熱器の事業をされ、多くの特許を取った発明家でもあった。大塚先生は、昭和20年代から東京在住の各国有力外国人に対して、超心理学を発展させるように指導された。昭和33年(1958)には、米国デューク大学にJ・B・ラインを訪れ、超能力の実験を視察し、講演をされた。昭和47年(1972)には、TBSテレビに出演し、ご自身が起こされる奇蹟現象に関して、深遠な見解を述べられた。その番組を見た全国の視聴者から、視聴中に奇蹟を体験したと大きな反響があった。同年、現世を去った後も生前の予言の通り、今日も奇蹟を起こし続けておられる。

大塚先生から拝聴しているところによると、宇宙には現象界の他にいろいろな霊界が存在する。ちょうどテレビのチャンネルを回すと、1チャンネル、2チャンネル、3チャンネル等と異なる波長の世界が映るように、この宇宙には様々な波長が錯綜している。これからこの方面の科学が発達すると、そういう霊界の様子が分かるようになっていく。そうなると、人類は未来にまで感応するようになる、とのことである。

僭越ながら私見を述べると、数学には虚数という数がある。二乗するとマイナスの実数になる数である。理論上の数だが、量子力学は虚数を使う。虚数の実在を否定すれば、量子力学は認められず、量子力学をもとにするエレクトロニクスも存在できなくなる。このことは、世界は見えるものだけでなく、見えないものによっても成り立っていることを示唆するものだろう。見えないものの代表が、私たちの精神である。人類は物質的な世界については、多くの知識を得つつあるが、精神の領域については、まだほとんど理解ができていない。

私の思うに、物質あるところ精神があり、精神があるところ物質がある。物質と精神は陰陽という相補的な関係にある。ここで相補性の根源または統一として重要なのが、0(ゼロ)である。数字の0は、インドの空(シューニャ)の観念から生まれた。空はただの無ではない。無限大の潜勢力を秘める。概念的に言えば、0にして∞、∞にして0である。

量子力学では、素粒子の存在は確率論的にしか確定できず、空間と粒子の区別があいまいになり、空間そのものがエネルギーを持つと考えられている。空間が小さいほど高いエネルギーを保有する可能性が高く、これをゼロ点エネルギーという。最小の定数をプランク定数 h というが、ボームは、プランク・スケールを最小の波長として、1立方センチの中の空間エネルギーを計算すると、それは現在知られている宇宙の全物質が持つエネルギーより、はるかに大きくなると述べている。

自然界の四つの力―重力・電磁力・強い相互作用・弱い相互作用―を統一する統一場理論を実現する可能性があると期待されている超ひも理論では、宇宙のはじまりは数学的に10次元構造だったとする。理論物理学者ミチオ・カクによると、その10次元が6次元宇宙と4次元宇宙に分裂した。4次元宇宙とは空間3次元、時間1次元のこの宇宙であり、原始の分裂以来、ビッグバンによる膨張を続けている。もう一つの6次元宇宙は、プランク・スケールという極微へと丸まってしまったため、至る所に存在するはずだが、4次元宇宙の側からはとらえることができないという。

私は、物質の根源、宇宙のはじまりと終わりを研究する現代の物理学は、物質とエネルギー、時間と空間だけでなく、心霊的な分野を含む精神の領域を加えて研究されるべき地点に来ていると思う。

今後、物質と精神の相補性を解き明かすことができれば、人間とは何かという答えに近づくとともに、宇宙の実在の原理に迫ることができるようになるだろう。(註8ページの頭へ

 

(8)拙稿「日本文明の宗教的中核としての神道」の第1部第6章「哲学的・心理学的考察」にも私見を書いている。

   

結びに〜心霊論的人間観の確立を

 

私のいうところの心霊論的人間観では、死は無機物に戻るのではなく、別の世界に移るための転回点であると考える。身体は自然に返る。しかし、霊魂は、死の時点で身体から離れ、死後の世界に移っていく。死の時に近づいた人間には、来世への移行または別の生への再生に備える一種の本能が働くと考えられる。

現世では、健康な人には通常、霊は見えない。現実的な生活をするのに、視霊の能力は必要がない。霊が見えるという体質の人がいるが、真に健康な状態になると、不要なものは見えなくなる。超能力や霊能を持つ人間は、かえってそれがゆえに、負の作用をする霊的エネルギーを受けて、健康を害したり、人格を統合できなくなったりする場合がある、と私は考える。

死後霊魂が永遠不死であることは、有限の人間には証明できない。だが一神教であれ、多神教であれ、無神論であれ、多くの人々は死後の霊魂の存続を信じ、来世の存在を期待してきた。生死を一回きりのものと考える単生説と、生死を幾度か繰り返すという多生説がある。後者の場合、人間は人間としてのみ輪廻転生すると考えるか、人間に限らず動物を含む他の生命体にも再生すると考えるかの違いがある。いずれにしても、死後の霊魂の存続を信じ、来世の存在を期待することは可能である。

心霊論的に見た人間の成長と変化は、蚕における「蚕―サナギー成虫」の成長と変化に例えることができる。この世における人間の生活は、蚕の段階に当たる。人間は、この世界に生まれ、成長し、活動を行い、やがて死ぬ。息を引き取った後、しばらくの期間における遺体は、サナギの段階に当たる。そして、蚕がサナギから抜け出て、成虫となって飛び立つように、人間の霊魂は次の段階に移っていく。蚕には、成虫の世界は分からない。これと同様に、現世の人間には、来世の存在は分からない。寿命が尽きたとき、初めて次の段階に入る。蚕の段階にある人間が、来世に関心を寄せても、時が来なければ、真相はわからない。自ら経験できる段階になった時に、初めて経験できるようになる。蚕は蚕として成長・活動していけば、やがて時が来て、サナギになり、成虫になる。人間も現世においては、現世において成長・活動することに専念していけば、やがて時が来て、次の段階に移り、その段階でなければ経験できないことを経験するようになる。人間が体験できる死の際の最高の現象が、死後硬直なく、体温冷めず、死臭・死斑のない「大安楽往生(崇高な転生)」(註9である。今後、世界の科学者・医学者が大安楽往生現象を研究するならば、人間の真相が知られるようになるだろう。

カントは、『視霊者の夢』に、次のように書いた。「人間の魂は、この世に生きている時でも、霊界のすべての非物質的存在と解きがたく結ばれた共同体の中にあること、さらに、人間の魂は、交互に霊界内に作用し、霊界からも印象を受けているのだが、すべてが調子よくいっている時は、魂は人間としては意識されていないということは、大学の講義流に言えば、すでに証明された同然か、あるいは、もっとつまびらかに研究すれば容易に証明されることとされるだろう。いっそう巧みに表現すれば、どこで、いつということは、私にも分からないけれども、きっと将来、証明されることになるであろう」と。

カントがこのように書いてから約250年がたった。未だカントが抱いた将来の証明への期待は、現実のものとなっていない。テレパシー、透視、遠隔視、予知、念力等について、欧米の諸大学・研究所で研究が続けられているが、依然として科学者の間では超能力について、有無自体さえコンセンサスが得られていない。まして幽体離脱、霊界通信等、霊魂や霊界については、実験による検証はさらに困難である。安易に論じると、カントが批判した独断的形而上学者と同じ道に迷い込む。幽体離脱、霊的交通については、まだしも証言の事実関係を確認する方法が取れるが、スヴェーデンボリが書いたような霊界訪問記の類になると、事実か創作か、体験的要素があるのかすべて幻覚か、未だ検証はほぼ不可能であるのが、現代科学の段階である。

カントの時代以降、人類はカントが基礎づけた自然科学の発達によって、物質的には大いに進歩した。物質的世界に関する知識や、物質的素材を利用する技術は、急速に発達した。しかし、意識の、特に理性や知性の働きばかりが伸長して、人間の徳性や霊性はかえって退歩している。近代物質科学の発達が極めて急速だったために、人間の精神面がそれについて来られなかった。

だが、20世紀末から、人類は、新たな霊性の発達の段階を迎えている。ユングを継承したトランスパーソナル学は、無意識の一面には霊的次元があることを認め、霊性を含めて、人間の心を全体的に理解しようとしている。そして、人間を単に現世的な生物的存在としてではなく、現世と来世、彼岸と此岸、見える世界と見えない世界の両方にまたがって生きる霊的存在と理解し、人間の全体性をとらえようとしている。それと同時に、科学と宗教の総合が実現されつつある。それによって、近代の世界観・自然観・人間観は、大きく転換しつつある。この動きを加速しなればならない。そして、物質文化と精神文化が調和した物心調和の文明を建設しなければ、人類は自ら生み出した物質科学の産物によって、自滅しかねないところに来ている。この危機を避け、地球に共存共栄の世界を実現するには、霊性の実在を踏まえた精神的・道徳的な向上を目指す必要がある。

カントが構築した心霊論的信条に基づく道徳哲学は、こうした観点から再評価されるべきものと思う。そして、カント以降の科学・哲学・心理学・超心理学等の展開を踏まえて、この21世紀に心霊論的人間観を確立し、人類の精神的・道徳的な向上を促進すべきと思う。ページの頭へ

 

(9) 大安楽往生(崇高な転生)については、下記をご参照ください。

http://www.srk.info/library/tensei.html

 

関連掲示

・拙稿「“心の近代化”と新しい精神文化の興隆〜ウェーバー・ユング・トランスパーソナルの先へ

参考資料

・イマヌエル・カントの主要著作は、『世界の名著』(中央公論社)、『世界の大思想』(河出書房新社)、岩波文庫、理想社版全集に所収のもの。『視霊者の夢』(講談社)

・エルンスト・カッシーラー著『カントの生涯と学説』(みすず書房)『シンボル形式の哲学』『人間』(岩波書店)

・カール・ヤスパース著『カント』(理想社、選集第8巻)『歴史の起源と目標』(河出書房新社「世界の大思想」版)

・岩崎武雄著『カント』(勁草書房)

・山崎正一著『カントの哲学 後進国の優位』(東京大学出版会)

・坂部恵著『理性の不安 カント哲学の生成と構造』(勁草書房)『カント』(講談社)

・ジル・ドゥルーズ著『カントの批判哲学』(ちくま書房)

・金森誠也著『霊界の研究〜プラトン、カントが考えた死後の世界』(PHP文庫)

・エマヌエル・スヴェーデンボリ著『天界の秘儀』『真の基督教』(静思社)

・柳瀬芳意著『スエデンボルグの生涯と思想』(静思社)

・西田幾多郎著『善の研究』(岩波書店)『場所的論理と宗教的世界観』(同、全集第11巻)

・和辻哲郎著『人間の学としての倫理学』(岩波書店、全集第9巻)『倫理学』(同第10〜11巻)

・アルトゥル・ショーペンハウアー著『意志と表象としての世界』(白水社版全集、中央公論社「世界の名著」版)『視霊とこれに関連するものについての研究』(白水社、全集第11巻)

・カール・グスタフ・ユング+ウォルフガング・パウリ著『自然現象と心の構造』(海鳴社)

・J・B・ライン+C・G・ユング他著『超心理学入門』(青土社)

・ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

・松岡正剛著『自然学曼荼羅』(工作舎)

・関英夫著『超能力』『心霊力』(光文社)

・ブライアン・ジョセフソン著『科学は心霊現象をいかにとらえるか』(徳間書店)

・天外伺朗著『ここまで来たあの世の科学』(祥伝社)

 

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