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説明: 説明: 説明: ber117

 

■パリ同時多発テロ事件と国際社会の対応

2015.12.20

 

<目次>

はじめに

1.パリで同時多発テロ事件が発生

2.イスラーム教過激組織によるテロの拡大と拡散

3.イスラーム・テロリストの増加とその背景

4.ISILへのフランス他各国の対応

5.中東の事情と西欧の移民・難民問題

結びに〜今後の予想とわが国の課題

 

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

はじめに

 

 平成27年(2015)11月13日パリで同時多発テロ事件が起こった。130人が死亡し、約350名が負傷した。このフランスを襲った第2次世界大戦後最悪のテロ事件から約1ヶ月が経過した。この間、世界中に膨大な量のニュースが流れ、多数のコメントが飛び交った。私が接したのはそのごく一部に過ぎないが、ここでこの事件と国際社会の対応について整理し、今後の予想と課題を記しておきたい。

 

1.パリで同時多発テロ事件が発生

 

●ISILが犯行声明を出した

 

 パリでの同時多発テロ後、イスラーム教スンナ派過激組織の自称「イスラーム国」ことISIL(アイシル)が犯行声明を出した。ISILは、Islamic State in Iraq and the Levant、「イラク・レバントのイスラーム国」の略称である。最近はIS(アイエス)という呼び方も多く使われている。ISILについては、拙稿「いわゆる『イスラーム国』の急発展と残虐テロへの対策」に書いた。

 今回のテロの実行犯は少なくとも10人に上るとみられる。うち7人が3つのグループに分かれ、コンサートホールやカフェで自動小銃を乱射し、サッカー場で爆弾を爆破するなど、一般市民を無差別に殺戮した。

フランス当局は11月16日、ベルギー国籍のアブデルハミド・アバウドが事件の主犯格と発表した。アバウド容疑者はモロッコ系のベルギー人で、2014年に内戦中のシリアに渡航し、ISILに参加した。当局は今回のテロを首謀したほか、欧州でこれまでに起きたテロ計画にも関与したと見ている。フランス警察は、18日パリ郊外サンドニの犯行グループの潜伏先の拠点を急襲して銃撃戦を行い、アバウドが死亡したと発表された。

 コンサートの最中を襲われたバタクラン劇場で、多数の観客を殺害した犯人たちは、自爆死した。フランス当局はそのうちの一人をサミ・アミムールと断定した。同容疑者は約2年前にシリアに渡航歴があるという。

 サッカー競技場でもテロ犯は、自爆死した。その自爆現場でシリア旅券が見つかった。ギリシャに10月3日に入国した際の所持者と自爆犯の男の指紋が一致した。男はアハマド・モハマドで、ギリシャからセルビアなどを通過してフランスに入ったとみられる。

 こうしたことから、犯人のうち少なくとも2名は、シリアのパスポートで難民の波に紛れてヨーロッパに渡っていた。バルス首相は16日、「テロはシリアで計画され組織された」と語った。また、犯人たちはISILの本拠地で訓練を受けた可能性がある。

 実行犯たちの多くは自爆死したり、警官に射殺されたりしており、1名はシリアに逃亡している可能性もあるため、事件の全容解明には時間がかかりそうである。

 フランスは、欧州諸国の中でもイスラーム教徒の絶対数が多いことで知られる。人口の8%ほどを占める。フランス政府はイスラーム教徒の社会への統合を重視してきたが、差別や就職難などで不満を持つ者たちがいる。そうした者たちの中から、ISILなどが流し続ける「自国内でのテロ」の呼び掛けに触発される者が出てきている。こうした「ホームグロウン(自国育ち)」と呼ばれるテロリストの増加が、今回の事件であらためて浮かび上がっている。

 

●用意周到にして冷酷無比の犯行

 

 今回の同時多発テロでは、被害の最大化を狙った場所の選定、装備の充実、国境を超えたネットワークという3つの特徴が挙げられる。

 本年(27年)1月の風刺週刊紙「シャルリー・エブド」の本社襲撃事件以降、パリの主だった施設や交通の要所には自動小銃を持った武装警察が配置されている。だが、最大の死傷者を出したバタクラン劇場や、襲撃されたバーがあるシャロンヌ通りは、パリを初めて訪れる観光客はあまり行かない場所にあり、警備が手薄だった。また、テロの舞台となった10区、11区は細道が入り組んでおり、警官と銃撃戦になっても捕捉されにくいという。テロリストは、そういう場所を選定している。

 テロリスト7人は自動小銃を使用し、最大限の被害をもたらすため、同一の爆発物を身に着けていた。自動小銃の扱いに慣れているようにみえ、身のこなしも軽かったと伝えられる。計算し尽くした作戦とみられる。

 風刺週刊紙本社銃撃事件と同様、今回のテロでも隣国ベルギーとの接点が判明した。実行犯グループは隣国のベルギーで組織され、仏国内で支援を受けて事件を起こしたとみられる。国境を超えたネットワークがあり、テロは用意周到に計画され、実行された。

 イラクでの勤務経験を持つ元外交官で、現在キャノングローバル戦略研究所主幹の宮家邦彦氏は、「イスラム過激テロは進化しつつある。『イスラム国』は小規模テロ諸集団の緩やかな連合体の一つに過ぎないが、その能力を欧州は過少評価したようだ」と述べている。

 『イスラーム国の衝撃』という著書のある池内恵・東京大学准教授は、11月16日に放送されたNHKテレビの「クローズアップ現代」で、今回のテロについて、次のように語った。なお、本稿における原語の翻訳は、それぞれの専門家の表記を尊重する。

 「これまで、個々のテロのやり方という意味では、同じような事件は過去に何度もあったですね。今回はその延長線上にあるとは思うですが、違いは、ある種、進歩した、進化した、何が進化したかというと、むしろ組織とか手法ではなくて、冷酷さが進化したといっていいと思います。非常に手際がいい。それから、複数の場所で連携して、コーディネートして、実行している。そしてそれぞれが銃撃して、最大限銃を撃って相手を倒したあとで、みずから自爆して死んでるわけですね。そういう意味で非常に、変な言い方ですが手際がよくなっている。なぜかって、一貫するのは冷酷さが増しているということだと思います。冷静であり、冷たいということですね」

 池内氏は、組織的には大きなものではないと見ている。同じ番組で次のように語った。

 「私自身は依然として、われわれが通常考えるような大きな組織があるとはあまり考えてないですね。むしろ、あくまでも自発的に、極めて小さな、きょうだいとか親戚とか、非常に仲のいい友達といった小集団がいくつか集まって、しかし非常に冷酷に、冷静に計画をして、連携して事を運んだというふうに考えています。そして、これまで行われてきたさまざまなジハードを掲げるテロの手法を、ほぼ全部使っているといっていいわけですね。 自爆する、あるいは無差別に銃撃する、あるいは襲撃をして立てこもる、そのすべてを1回の並行した一連の事件で行って、すべて成功させ、そして証拠を残さないようにそれぞれが死んでしまっているという、そういう意味では極めて計画性が高く、準備がよくできていて、そして実行力を見せつけた。ただし、これはそんなに大きな組織じゃなくても、やはりできるですね。

 武器自体は、別にイスラーム国が独自のルートを開拓したわけではないかもしれない。むしろフランスやベルギーなどに通常存在している密輸・密売のネットワークから買ってくれば済むわけですね。今、お金など、武器を買うために渡した人はいるかもしれない。しかしそれほどたいした額ではないと思われます。

 そして、何よりも通常、組織的に物事を行う時っていうのは、そもそも実行犯が生きて逃げて帰ってくるところまでをすべて支えようとすると、ものすごく組織的になるわけですが、この場合はもう、とにかく犯人たちがねらいどおり自爆して死んでしまってますから、その先を考える必要がないわけですね。そうしますと、依然として組織は小さくていいわけですね。武器を渡して、やれるだけやって、そこまで支援すればいいというだけですからね」と。

 小さな組織で用意周到に準備してやすやすと行動し、目的を達成して、世界を震撼させているところに、今回のテロの特徴があると考えられる。こうしたテロを分析し、どう対応するか。国際社会は、大きな試練に直面している。わが国にとっても、今回の事件によってイスラーム教過激組織のテロへの対策が一段と重要性を増している。

 

●なぜフランスが、パリが狙われるのか

 

 イスラーム教過激派は執拗にフランスを標的としている。またパリが狙われた。その理由は何か。

 フランスが標的にされるのは、まずフランスがISILに空爆を行う有志連合の一角を占めるからである。それとともに、フランスがイスラーム教過激派の価値観と相容れない西洋文明の文化的中心の一つであることが挙げられる。

 日本エネルギー経済研究所中東研究センター副センター長の保坂修司氏は、次のように語っている。「パリ同時多発テロは、欧州で起きたために、大きなインパクトを与えたが、劇場やレストランなど、中東や東南アジアでこれまでも狙われてきた場所がターゲットにされている。つまり、音楽や酒を供し、テロリスト側が享楽的で反イスラム的だとみなす場所だ。これらの施設は常に狙われる危険性があった」と。

 テロに襲われた劇場では、ロック・コンサートが行われていた。劇場は、若者が楽しむ現代の大衆文化を象徴する場所である。また、カフェのテラス席も開放的で、自由を謳歌できる場所である。それらは、現世の快楽を否定するイスラーム教の理想と正反対であるため、過激派によって攻撃されたと考えられる。

 ISILのテロリストは、単に文化的・思想的に象徴的な場所で大量殺戮を企てただけではない。パリ同時多発テロの容疑者たちは、フランス経済の心臓部であるビジネス街への攻撃も画策していた。そのことが、11月18日仏当局によって明らかにされた。攻撃が計画されていたのは、パリ西郊にあるデファンス地区である。デファンスは、フランスの石油や電力、保険、銀行など、同国を牽引する大手企業が本社を置く経済の中心地である。こうした計画は、イスラーム教過激派のテロは、無差別殺戮で人々を恐怖に陥れるだけでなく、国家の経済的中心部を破壊しようとしていることを意味する。このことにより、ISILによるテロは、テロというより戦争というべき水準、テロリストというより都市ゲリラというべき水準に来ていると考えられる。ページの頭へ

 

2.イスラーム教過激組織によるテロの拡大と拡散

 

●テロ事件は各地で頻発している

 

 パリ同時多発テロ事件は世界的に注目を集めたが、その前からイスラーム教過激派によるテロが各地で増加している。事件前1か月ほどの間を見ると、中東・北アフリカ・西アジア等で、ISILまたはその系統の組織によるテロが、次々に起こっていた。

バングラデシュの首都ダッカでは、10月24日、イスラーム教シーア派の宗教施設で宗教行事の最中に手りゅう弾が爆発し、1人が死亡、100人以上がけがをした。過激派組織「イスラーム国・バングラデシュのカリフ国」が、「不信心者たちの儀式の最中に爆破に成功した」とする犯行声明を出した。

 トルコでは、10月28日、首都アンカラで102人が犠牲となった自爆テロが起こった。容疑者グループは、ISILから直接の指令を受け、資金の提供も受けていたと、トルコ当局は発表した。

レバノンでは、11月12日首都ベイルート南部にあるイスラーム教シーア派組織ヒズブッラの拠点地域で、自爆テロとみられる2回の爆発があった。少なくとも41人が死亡、200人以上が負傷した。ISILは同日、ネット上に犯行を認める声明を発表した。

 10月31日には、エジプト北東部シナイ半島でロシアの旅客機が墜落し、乗客乗員224人が死亡した。ロシア国外で製造された爆発物の痕跡が発見され、プーチン大統領はこのロシア機爆発をテロによるものと断定した。ISILは11月18日、オンライン機関誌『ダービク』に、ロシア機墜落に使用したとする爆薬を詰めた清涼飲料水の缶やスイッチのついた起爆装置の写真を掲載した。

 パリでの同時多発テロ事件が世界的に注目されたのは、ISILを掃討する主要国の首都で起こったからである。まさにそこにこそ、パリを襲ったテロリストの狙いがあると考えられる。

 

●イスラーム過激派は各国に広がっている

 

 世界には、ISILを支持・連携している組織が現在、17か国35組織あるとされる。これらは、決して大規模な国際組織ではなく、各地の小規模な組織の緩やかな連合体とみられる。地域的な過激組織がISILを支持するとか連携するなどと表明すると、そのことによって、その地域での格が上がり、勢力を伸ばせる。各地で頻発するテロは、地域的な組織や個人の集団が行っている。だが、そうした行動をする者がISILと称することで、国際的に大きな組織が存在するかのように錯覚しやすい。

 ナイジェリアでは「イスラーム国西アフリカ州」、エジプトでは「イスラーム国シナイ州」等と、地域的な過激組織が名乗っている。そのうえ、パリ同時多発テロ事件は「イスラーム国フランス州」を称する者が犯行を宣言した。これは実際に「イスラーム国」が諸国家にまたがって存在しているのではない。単に「イスラーム国○○州」と自称する組織が点在しているに過ぎない。

 イスラーム教過激派には、国境の概念がない。国境は西洋諸国が引いたものだとして認めない。彼らの観念の中では、国境のないイスラーム世界が広がっているのだろう。地域組織の過激派には、もともと領土的な野心はない。自国の政権を打倒したいということのみである。それゆえ、独立国家を宣言するのではなく、「イスラーム国○○州」と名乗ることに抵抗はない。

 ISILにとっては、各地の地域的な組織が「イスラーム国○○州」と称することは、「イスラーム国」という国家が世界に広がっているようなイメージを与えられる。大きな宣伝効果を生み、各地に支持者・賛同者を増やすことができる。そうした支持者・賛同者の一部は、シリア・イラクのISIL本拠地にやってきて戦闘員になる。そして訓練を受けたり、実践経験を積んだりした者が、各国に帰り、行動を広げる。そこに「ホームグロウン」のテロリスト志願者が加わり、テロ事件を起こす。こうした関係があると思われる。

 先ほどISILによるテロは、テロというより戦争というべき水準、テロリストというより都市ゲリラというべき水準に来ていると考えられると書いたが、今後、こうした都市ゲリラによる戦争が各地で頻発することが懸念される。

 

●大規模テロに転じたISILの事情

 

 ISILは、昨年6月に「カリフ制国家」の国家の設立を宣言し、領土ならぬ支配領域の拡大を図ってきた。その基本戦略は、シーア派が主導するイラク政府や、イランを後ろ盾とするシリアのアサド政権といった地理的に近い敵を主な攻撃対象として宗派対立を煽り、域内外から戦闘員を吸収して支配地域を拡大させることにあったと考えられる。

 この段階では、欧米への攻撃は、ISILの過激思想に共鳴した個人や少数グループが敢行する「ローンウルフ(一匹おおかみ)」型や、各地の傘下勢力によるものが主体だった。欧米への直接攻撃は、ISILの最優先事項とまではいえなかった。

 だが、パリ同時多発テロ事件は、標的の選定や犯行の手際の良さ、ISILの組織がフランスや隣国のベルギーに浸透していた点などから、これまでのテロとは一線を画している。このことから、ISILは大規模テロの実行へ方針を転換したと推測される。

 どうしてこのような方針の転換が起こったのか。欧米主導の有志連合による軍事作戦によって、ISILはシリアやイラクでの支配地域の拡大が行き詰まっており、支配地域外でも活動を本格化させる方針に転換したのだという見方がある。また、パリで同時多発テロを行ったのは、有志連合の空爆で追いつめられたISILが、フランスを有志連合から脱落させようとして決行したという見方もある。

 確かに空爆は、一定の効果を上げているとみられる。米国政府は8月18日にイラク北部の都市モスル近郊で実施した空爆で、ISILのナンバー2、アルハヤリが死亡したと発表した。イラク軍は10月11日、最高指導者アブー・バクル・アル=バグダーディらの車列を爆撃し、幹部8人が死亡したと伝えられる。また米国国防総省は11月12日、ジハーディ・ジョンが空爆で死亡したと発表した。ただし、こうした個人が死亡することで、組織がどの程度弱っているかは不明である。カリフ(マホメットの正統な後継者)を僭称するバグダーディや彼に似たカリスマを持つ指導者が生存する限り、組織は再生し続けるだろう。

 空爆では多数の戦闘員も死んでいる。だが、次々に戦闘員の補充がされるのが、ISILの特徴である。世界各国から支持者・賛同者が集まってくるからである。昨年前半に約1万5千人とされたISILの外国人戦闘員は、最近では3万人に増えたという推計もある。また、ISILの資金源は、人質の身代金、アラブの富豪等の寄付、石油の販売等だが、空爆は、こうした資金源を断つには至っていない。

 過去に空爆によって雌雄を決した戦争はない。最後は、地上戦で相手を殲滅することなくして、勝敗を決することはできない。ISILに対しても、これを制圧するには大規模な陸上部隊を派遣し火力で圧倒するしかない。大規模地上戦は、大量の犠牲者が出るから、欧米はこれを避けようとする。実際、有志連合は地上戦には参加していない。周辺のアラブ諸国も、ISILへの対応のために地上軍を送っている国は一つもない。

 当事者であるシリアとイラクは、中央政府の統治能力が低く、正規軍が事実上ないに等しいほどに、地上部隊が弱い。その中で最も戦果を挙げているのは、クルド人の部隊である。11月12日、ISILが支配していたイラク北部の要衝シンジャールを、クルド自治政府の治安部隊「ペシュメルガ」が奪還した。シンジャールは、ISILの二大拠点であるイラクのモスルとシリアのラッカの間に位置する。ISILは、この街を失ったことでモスルとラッカを結ぶ補給路だった幹線道路も失い、打撃を受けたはずである。

 ISILの壊滅のためには、こうした有志連合による空爆と地上戦が相乗効果を上げることが期待される。しかし、仮にこれらが効果を上げても、ISILが普通の国家のように敗北を認め、講和に応じるとは思われない。まさにそこが国家ならざる過激組織だからである。ここにテロリスト集団との戦いの難しさがある。戦争における国家の論理が通用しないのである。

 

●支配地域の「拡大」とテロ活動の「拡散」

 

 池内恵氏は、11月17日の産経新聞の談話記事で次のように語った。

 「テロをめぐって今、『拡大』と『拡散』が起きている。中東では政治的な無秩序状態がいくつも生じ、『イスラム国』をはじめ、ジハード(聖戦)勢力が領域支配を拡大している。そして、そこを拠点にして世界に発信されるイデオロギーに感化され、テロを起こす人々が拡散していくメカニズムができてしまった」と。

 11月16日NHKテレビの「クローズアップ現代」では、次のように語った。「拡大というのは、地理的、面的な拡大です。例えばイラクやシリアのように、中央政府が弱くなっている、ある地方中央政府統治できなくなっている、そういった所に入ってくるですね。そこでそういう所では、面的な領地支配をして、そこに大規模な組織を作って、武装して、公然と活動する。

 しかし、そのような活動ができないエリアが世界に多くあります。 例えばフランスのような先進国、あるいは中東でもエジプトとかチュニジアのような比較的治安がいい国では、面的に支配するエリアはほとんどありません。辺境地域ぐらいに、ちょっとしかない。そうしますと、そういう所ではイデオロギーですね、組織を作って、大規模に活動、武装することはできませんから、拠点をむしろ作らずに、小規模な組織が勝手に社会の中から出てくることを刺激する。それによって、具体的にはテロを自発的に行わせる、そういう意味では『拡散』なんですね。今回は、拡散の方向に一気に振れた、そういう事例だと思います」と。

 グローバルなジハードを掲げる勢力は、支配地域の「拡大」とテロ活動の「拡散」という2つのメカニズムで広がっているということである。

 池内氏によると拡大と拡散は、別々の動きではない。11月15日のフェイスブックの本人書き込みでは、「拡大がうまくいかない時、軍事的に不利になれば、拡散に向かう。拡散しながら社会を撹乱し体制の動揺を待って、また地理的・領域的な拡大を目指す」と述べている。

 現在は、ISILにとっては、軍事的に不利になったので拡散しながら社会を撹乱し、体制の動揺を待って、また地理的・領域的な拡大を目指すという局面とみられる。この見方が当たっていれば、今後、各地でテロがさらに拡散し、また攻撃が一層激しくなるおそれがある。ページの頭へ

 

3.イスラーム・テロリストの増加とその背景

 

●フランスでのテロ対策の甘さと難しさ

 

 今年(27年)1月の風刺週刊紙本社銃撃事件以降、フランス政府はテロリスト予備軍の監視の常態化など、国内警備を強化していたという。それでも、今回のような大がかりなテロを阻止することができなかった。その原因は何か。

 フランスは昨年(26年)9月から、米国を中心とする有志連合の一員としてISILの支配地域への空爆に参加している。空爆参加以来、フランス政府はテロ対策を国内治安維持の最重要課題の一つとしてきた。昨年11月には新たなテロ対策法を施行して、国内治安総局(DGSI)の陣容を強化し、武装警官をパリの要所に貼り付けるなど未然防止策をテコ入れした。風刺週刊紙本社が襲撃された本年1月以降は、過激派サイトや電子メールの監視強化やテロ対策チームを内務省が直接管轄できるようにするなど、制度面も見直したと伝えられる。

 だが、今回の同時多発テロ事件が起こってしまった。その原因は何か。いくつかの原因が挙げられよう。

 テロリストは最小の犠牲で相手に最大の恐怖と衝撃を与えようと試みる。その際、彼らは最も脆弱なターゲットを選ぶ。犯人たちは聖戦(ジハード)で殉教する覚悟だから、そもそもこうしたテロの抑止は難しい。宮家邦彦氏は、「パリに限らず、西欧主要都市にはイスラム移民の『海』がある」という。「『イスラム国』などと称してはいるが、決して一枚岩の強固な組織ではない。だが、個々の集団が小規模だからこそイスラム移民の『海』で深く潜航できるのだろう。これに対し、当局側は全ての場所を守る義務がある。要するに、『テロとの闘い』は攻撃側が圧倒的に有利なゲームなのだ」と。

 EUの場合、域内での「移動の自由」が保障されている。テロリストは、EUの域内に入ってしまえば、各国の国境を越えて自由に移動できる。地球上でこれほどテロリストが行動しやすい地域はない。こうしたEUの「移動の自由」がテロを許した背景にある。

 フランス警備当局の甘さも、原因の一つとして挙げられる。1月の事件後、数か月が経過し、警備にゆるみが出ていたことが挙げられる。また、11月30日からパリで世界100カ国以上の首脳が参加するCOP21の開催を控え、そちらの警備に力を入れていたので、その隙を突かれたという見方もある。

 また、別の原因として、今回の事件は海外で準備されたことが挙げられる。オランド大統領は、パリ同時多発テロについて「シリアで計画し、ベルギーで組織され、フランスで実行された」と述べた。主犯格のアバウドは、ベルギー国籍でシリアのISILの支配地域に出入りしていた。これにフランス在住者らが協力し、ベルギーの組織が動員された。仏諜報機関は世界最高水準にあるとされるが、国境を越えたテロリストの動きは捕捉しにくかったとみられる。

 ベルギーでは、襲撃犯のフランス人兄弟が犯行用の車両を借りていた。凶器の自動小銃はそれぞれ製造地が異なり、武器の闇市場で知られるベルギー経由で仏国内に持ち込まれたと推測される。

 事件後分かったこととして、ISILと対峙するイラクやトルコからフランス政府側に対し、テロの危険を事前に警告する情報が提供されていた。だが、凶行を防ぐことはできなかった。多種多様な情報の中から確度の高い情報を見極め、テロ対策に生かすことの難しさが浮き彫りとなっている。

 

●テロリストが跡を絶たない事情

 

 ヨーロッパには、中東・北アフリカ・西アジア等から多数の移民が流入している。移民の問題の全般については、拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」に書いた。

 フランスの場合、中心部のパリ盆地は、平等主義核家族が主であり、自由と平等が社会における基本的価値である。フランス人は普遍主義的だが、移民を受け入れるのは、双系ないし女性の地位がある程度高いことと、外婚制という二つの条件を満たす場合である。この最低限の条件を満たさない集団に対しては、「人間ではない」という見方をする。北アフリカ出自のマグレブ人は、この条件を満たさない。女性の地位が低く、族内婚である。フランス人が要求する最低限の条件の正反対である。そのため、フランス人は彼らを受け入れない。

 フランスの普遍主義は「小さな差異」の範囲外に対しては、差別的である。しかし、フランス人には、集団は拒否しても、その集団に属する個人は容易に受け入れる傾向がある。エマヌエル・トッドは「フランス人は習俗のゆえに異なる集団に敵意を抱くが、その集団出身の個人がフランス社会に加わりたいという欲求を明らかにすると受け入れる」と述べている。実際、マグレブ人は婚姻によってフランス人との融合が進んでいる。

 こうした家族型的な特徴を持つフランスでは現在、移民の数が約500万人となっている。約6000万人の人口の8%以上を占める。私は、家族型的な価値観の違いに関わらず、移民の数があまり多くなると、移民問題が深刻化するという見方をしている。その境界値は人口の8〜10%と考える。実際、フランスでは、移民の多くが今日、貧困にさらされている。失業者が多く、若者は50%以上が失業している。イスラーム教徒には、差別があると指摘される。宗教が違い、文化が違い、文明が違う。そのうえ、イスラーム教過激派のテロが善良なイスラーム教徒まで警戒させることになっている。

 貧困の中で生活し、失業と不安にさらされている若者たちに、ISILが近づき、イスラーム教過激思想を吹き込む。シリアへと勧誘する。また、自国でのテロを呼びかける。ある者は、シリアに行って軍事訓練を受け、戦闘にも参加する。ある者は自国でテロを起こす。若者たちの不満は貧困層だけでなく、インテリ層にも広がっている。

 ここで注目すべきは、いかにも狂信的なイスラーム教徒が過激な行動を起こすというより、とてもそうは思えない普通の若者がテロに走っていることである。パリ同時多発テロ事件の実行犯には、ベルギーに在住していたフランス国籍の兄弟がいた。彼らは、バーを経営し、イスラーム教では禁止されているアルコールを販売していた。ヨーロッパの若者が好む音楽を愛し、タバコも愛飲していた。とても敬虔なイスラーム教徒とは言えない。だが、そういう若者が過激思想に染まり、無差別テロを実行した。また、モスクに行かず、飲酒や夜遊びをしたりしてイスラーム教に無関心だった女性が、急にイスラーム教に関心を示し、戒律を守るようになったかと思うと、無差別テロに参加していた。彼らの友人や知人が驚いている。

 フランスやベルギー等の社会である程度、西洋文明を受容し、ヨーロッパの若者文化に浸っていた若者が、ある時、イスラーム教の過激思想に共鳴し、周囲も気づかぬうちに過激な行動を起こす。貧困や失業、差別の中で西洋文明やヨーロッパ社会に疑問や不満を抱く者が、イスラーム教の教えに触れ、そこに答えを見出し、一気に自爆テロへと極端化する。

 こうした文明の違い、価値観の違いからヨーロッパでイスラーム教過激思想によるテロリストが次々に生まれてくる。これを防ぐには、貧困や失業、差別という経済的・社会的な問題を解決していかなければならない。これは根本的で、また長期的な課題である。

 なお、パリ同時多発テロが準備されたベルギーでは、現在イスラーム教徒が人口の6%、特にブリュッセルでは25%以上となっている。移民で入ったイスラーム教徒は家族を呼び寄せる。また、イスラーム教は性愛を肯定する教えゆえ、自然と子だくさんとなる。15年後にはイスラーム教徒が国内人口の過半数になるという予測もある。欧州のど真ん中に半イスラーム国家が出現し、そこが国際テロの根拠地となるおそれがある。

 

●無差別自爆テロをする若者が続出する宗教的な理由

 

 一般市民への無差別テロは非人道的行為であり、また自爆テロも多くの宗教や倫理思想では許容される行為ではない。だが、イスラーム教においては、これらが宗教的に正当化される。

 専門細分化した社会科学の総合を試みた知の巨人・小室直樹氏は、著書『日本人のための宗教原論』に次のように書いている。

 「イスラム教の予定説は、現世限りの予定説である。現世で幸福になるか不幸になるかは、神がすでに決めてしまっている、ということだ。しかし、来世で天国(緑園)へ行くか地獄へ行くかは、現世でよいことをするか悪いことをするかによって決まる。つまり因果律であり、この点は仏教と同じである。すなわち、現世でどんなに不幸になっても、それにめげずに神の教え、すなわちイスラム法を正確に守れば、来世で緑園に行くことができ、守らなければ地獄へ行く」

 「イスラム教は、人間の目にはさまざまな欲望の追求こそが美しく見えるのだ、ということをよく知っている。そのため、欲情の追求を否定せず、しかし目の前の欲望など大したことはなく、よいことをすればあの世では遥かに凄い欲望の追求がなされます、とこう教えている」

 イスラーム教にも、ユダヤ教・キリスト教と同じく最後の審判の思想がある。では、「アッラーのために戦い、聖戦(ジハード)で死んだ者」はどうなるか。「最後の審判の時、イスラム教徒はすべて肉体を持って生き返る(略)そして、審判を受ける。しかし、聖戦で倒れた者は、すでに生きて天国に入ることができる」

 「これなら、戦闘に当たり、現世の死など恐れるに足らぬ」「日本で一向門徒が同じような論理で戦争に参加、織田信長もさんざん苦しめたことを考えただけでも、いかに強力な軍隊になりうるか想像ができよう」と。

 この最後にある「強力な軍隊」という文言を「強力なテロリスト」という言葉に置き換えると、現代世界の状況が鮮明になるだろう。

 こうした他の多くの宗教や倫理思想にはみられない来世観、死生観、そして戦争観が、イスラーム教を特徴づける。そして、それが絶対唯一神の教えとして若者の心をとらえる時、ごく普通の若者が、来世の至福を信じて、自爆による異教徒の無差別殺人を決行することになるのだろう。ページの頭へ

 

4.ISILへのフランス他各国の対応

 

●フランスの対応

 

 パリ同時多発テロ事件後、フランスは速やかに非常事態宣言を発令し、国内の警備を強化した。またISILに反撃を開始し、米露等と国際的な連携の拡大を進めている。

 オランド大統領は、事件をISILによる「戦争行為」だと非難した。事件の2日後の11月15日、フランス空軍は、ISILの拠点であるシリア北部ラッカを激しく空爆し、テロに屈しない断固たる姿勢を行動で示した。18日にはパリで警察隊が事件の犯人らが潜伏する地域を急襲し、主犯格を殺害し、協力者らを拘束した。

 オランド大統領は16日の演説で、テロ対策強化のため非常事態の期間延長を要請した。非常事態を3か月延長する法案は18日に閣議決定された後、19日に国民議会(下院)で可決され、20日上院で可決、成立した。期限が11月26日から来年2月25日まで先延ばしされた。これは、フランスの基本理念である自由を抑制してでも、ISILの壊滅を目指す決意を明らかにしたものである。

事件からの1カ月間、フランス当局は令状なしの家宅捜索を全土で展開し、12月3日までに2235カ所を捜索し263人を拘束、334の武器を押収したと伝えられる。

 またオランド氏は、大統領の権限強化のため憲法を今後、一部改正することも要求している。フランスの非常事態は法律のみに依拠している。これを憲法に規定することで法的基盤を強化するのが狙いである。これには、一部の野党陣営の反対が予想される。また、今後、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の直後に米国で成立した愛国者法のような、政府にテロ取り締まりの大幅な権限を与えるフランス版の愛国者法の立法が議論される可能性もあるという観測もある。

 事件後、オランド大統領がISIL掃討作戦で米露との協力態勢を強化すると表明すると、オバマ米大統領は直ちに「フランスとともにテロや過激主義に立ち向かう」と表明した。安倍晋三首相は、テロの未然防止に向けて国際社会と緊密に連携する決意を示した。英国のキャメロン首相もシリア空爆に参加する意向を示した。またロシアのプーチン大統領は、テロリストへの対抗に関してフランスとの連携を発表した。

 とりわけオランド大統領がISILに対する攻撃で、ロシアとの協力に乗り出したことが注目される。それまでフランスはロシアによるシリア空爆とは一線を画していた。欧米はクリミア問題でロシアと対立している。また、ロシア軍のシリア空爆はISILだけでなく、欧米が支援する穏健な反アサド政権派(以下、反政府勢力)をも対象にしており、欧米諸国は強い懸念を表明してきた。特にフランスはロシアが後ろ盾となるアサド大統領の退陣を強く主張していた。だが、フランスは、1月の連続テロに続き、130人もの犠牲者の出るテロを防げなかったことによって、方針を変えた。ISIL掃討で成果を出すには、ロシアとの連携が不可欠と考えたようである。ISILを叩くためには、ロシアとの対立点はひとまず棚上げしてよいという戦略的な判断をしたのだろう。

 フランスは、ISILへの空爆について、欧州連合(EU)に対し、EU基本条約に基づく相互防衛援助の適用を要請した。11月18日EUの国防相理事会は、仏の要請を受け、相互防衛援助の適用を初めて承認した。軍事作戦への支援策は加盟国ごとに協議する方向で、仏側は負担の共有を図りたい考えとみられる。

 アメリカ同時多発テロ事件の際は、北大西洋条約機構(NATO)が集団的自衛権を発動した。だが、フランスが今回、EU基本条約を拠り所とし、NATOを拠り所としないのは、NATOの枠組みではロシアを取り込めないためである。ウクライナ情勢をめぐって、NATOがロシアとの対立を強めているので、なおさらのことである。

 また、フランスがロシアに接近するのは、米国と一定の距離を置き、自主性を発揮したいという考えによるとみられる。フランスはドゴール政権下で、米国の世界戦略と「核の傘」に組み込まれることを嫌い、独自の核抑止力保有の道を選ぶなど、自主独立と現実主義を旨としている。国連安全保障理事会でもこれまで、ロシアと協調行動を取ることが少なくなかった。今回の事件をきっかけに、オランド大統領はロシアと連携し、米国に代わって主導権を握ろうとしているとも考えられる。

 フランスは、ロシアとの連携を得るや原子力空母シャルル・ドゴールを派遣して艦載機による激しい攻撃を浴びせている。11月22日ルドリアン仏国防相は「イスラーム国を世界から壊滅せねばならない。それが唯一の目標だ」と強調した。翌日から艦載機がISILの二大拠点である北部のモスルとラッカ、戦略的要衝の中部ラマディ等への空爆を実施し、ISILの司令施設や整備施設を破壊していると発表されている。

 オランド大統領は、11月下旬以降も引き続き精力的な外交を行っている。この点は、相手国の動きと関係するので、各国の対応の項目に書く。

 

●ロシアの対応

 

 ロシアのプーチン政権は本年(27年)の夏以降、ISILの掃討には全ての勢力が結集する必要があるとし、米国などの有志連合にシリアのアサド政権やイランなどを加えた「大連合」の形成を訴えた。ロシアは、クリミア併合によって欧米から経済制裁を科され、主要8カ国(G8)からも事実上追放されている。シリア内戦やISILに絡む問題で存在感を発揮し、G8に復帰することがプーチン大統領の念願とみられる。

 プーチン大統領は8割以上という高い支持率を誇っているが、経済の落ち込みがひどく、国民の不満が高じるおそれがある。ちなみに本年のGDPは4%近く下落し、ルーブルは2013年以来の半値になり、外貨の流出も止まらない。欧米による経済制裁は相当こたえているはずである。国際的な孤立から脱し、経済制裁が緩和ないし解除されるよう、ISILの掃討を利用したいところだろう。

 だが、ロシアは「大連合」構想を有志連合から拒否された。この結果を受けて、ロシアは本年9月にシリア空爆を開始した。この攻撃は、ISILだけでなく、アサド政権に反対する穏健な反政府勢力の自由シリア軍をも攻撃していたとみられる。これに対して、反政府勢力を支援している米国を中心に、ロシアへの批判が上がった。また、ISILはロシアの空爆に対し、ロシアへの報復を予告していた。

 そうした中で、10月31日ロシアの旅客機がエジプト北東部シナイ半島で墜落した。乗客乗員224人が死亡した。欧米諸国はテロの可能性に言及したが、プーチン氏は墜落の原因特定に慎重な姿勢を取った。シリア空爆がテロを招いたということは政権に不都合と考えたためだろう。

 9月の空爆開始後、プーチン氏は「テロリストを攻撃している」という言い方をして、ISILを攻撃しているとはあまり言わなかった。これは、ロシアに約2000万人おり、人口の14%を占めるイスラーム教徒を刺激することを避けようとしたものだろう。ISILはスンナ派であり、ロシア国内のイスラーム教徒の多くもスンナ派である。スンナ派を攻撃していると受け止められると、ロシア国内でのテロが増え、政権の支持率に影響することをプーチンは懸念していたのだろう。

 パリ同時多発テロ事件の直後に開催されたトルコでの20カ国・地域(G20)首脳会合では、テロに対して、より実質的な協力体制を構築すべきだとの意見が支配的となった。オバマ米大統領もプーチン大統領との会談で、ISILへの空爆に集中するよう求めながら、ロシアとの協力に肯定的な姿勢を見せた。

 すると、プーチン政権は、この機を捉えて、17日エジプトでのロシア旅客機墜落が爆弾テロだったとする調査結果を発表した。プーチン氏は、それまでの姿勢を変え、フランスと同様、テロの犠牲者を出した当事国としてテロとの戦いに臨む姿勢を示し、対ISILで主導権を確保しようとしているのだろう。同時にクリミア問題による国際的な孤立からの脱却を図り、また、対テロを旗印にしてロシア国民の結束を狙っているものとみられる。

 ロシア旅客機の墜落が爆弾テロだったことを公表した日、プーチン氏は、シリアでの作戦強化を国内外に誇示した。当日の出撃計画はそれまでの2〜3倍にあたる127回だった。東西冷戦期から知られる長距離戦略爆撃機「ツポレフ95」が、ロシア本土を発進して、巡航ミサイルでシリア北部アレッポの同組織拠点などを攻撃する様子が大きく報じられた。

 このシリア空爆に際し、ロシアは米国に事前通告を行った。米露両軍の偶発的な衝突回避に向けて、双方が10月に合意した手続きに基づく初の通告だったという。この点は、米国との接点を探ろうとしたものと言えよう。

 同日の17日、プーチン大統領は、フランスと共同作戦を行うことを提案し、露仏の共同作戦が開始された。プーチン氏はフランスをテロとの戦いを進める「同盟国」と呼んだ。これはフランスを取り込み、米国主導の有志連合を自国に有利な方向に持っていこうとするものだろう。

 ロシア機の爆弾テロとパリ同時多発テロ事件は、欧米とロシアが一定の協力を進める結果となった。ロシアにとっては、テロとの戦いを掲げることでウクライナやシリアをめぐる欧米との溝を埋め、国際的孤立から脱却を図る好機となっている。

 ただし、事がプーチン氏の思惑通りに運ぶとは思われない。欧米の主要国は対露協力に肯定的な姿勢を示してはいるが、ロシアにシリア反政府勢力への攻撃をやめさせ、空爆をISILに集中させることに力点が置かれている。対テロでの連帯で、ロシアがクリミア半島を武力で一方的に併合したことを帳消しにしないだろう。

 プーチン大統領は、シリア空爆の強化やフランスとの共同作戦によって、対ISILの主導権を握ろうとしているとみられる。これまで欧米やトルコ等とロシアは、シリアのアサド政権の評価をめぐって対立してきた。シリアでは、1970年のクーデターでアサド家が実権を握った。人口の約10%といわれるイスラーム教アラウィ派を基盤とし、スンナ派の蜂起を弾圧して軍事的に独裁を維持している。シリアの内戦は、平成23年(2011)のチュニジアのジャスミン革命に始まる「アラブの春」が、シリアにも波及して起こったものである。同年以来、内戦による死者は25万人を超え、400万人以上の難民を出している。難民は近隣のトルコ、レバノン、ヨルダン、エジプト、リビアに逃れ、約32万以上が地中海を渡ってヨーロッパへ流入している。それゆえ、欧米諸国はアサド政権の正統性を認めていない。だが、ロシアは、欧米が非難するアサド政権を支持している。昨年(2014年)6月シリア領のわずか18%で実施された大統領選挙も合法としている。

 ロシアがシリアへの空爆を強化しているのも、ISIL掃討後を見越して、アサド政権を擁立し、シリアやその周辺諸国への影響力の拡大を目指しているものだろう。地政学的な利益を追求しようと動きである。このことは、ISILへの有志連合プラスロシアによる攻撃が奏功し、ISILを弱体化させ得た場合、必ずロシアと欧米・トルコ等の間の対立が顕在化することを意味する。それと同時に、シリアの内戦は、アサド政権と反政府勢力の戦いに重点を移しつつ、なお継続することが予想される。シリアの統治機構が安定しない限り、難民の流出も止まることはないだろう。

 ロシアの空母からの巡航ミサイルの発射と艦載機による空爆は、ISILの司令施設や石油関連施設、石油輸送車等をピンポイントで攻撃していることが、ロシア側から発表されている。一度の攻撃でISIL約600人を殺害したというような大きな戦果が報告されている。こうした報告が事実とすれば、昨年来行われている有志連合による空爆が、本気でやってきたのかを問われよう。朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争等、アメリカが主導する戦争は、必要以上に期間を引き伸ばし、軍需産業を潤しているという批判がある。ISILに対しても、その疑いが起こっていたところである。

 ISILについては、アメリカやイスラエルが育成・支援してきたのではないかという見方もある。アルカーイダは、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻していた時代、CIAが育てた武装抵抗組織だった。それが反米に転じたのだが、指導者のオサマ・ビンラディンはずっと米国の支援を受けていたという疑惑がある。この点は、拙稿「9・11〜欺かれた世界、日本の活路」に書いた。

 現代世界における国際関係の深層には、常識を覆すような不可解なことがいくつもある。その点については、拙稿「現代世界の支配構造とアメリカの衰退」に書いている。

 ISILについても、疑惑の可能性を排除することはできない。

 

●アメリカの対応

 

 11月15日、アメリカのオバマ大統領とロシアのプーチン大統領はG20首脳会合が開かれているトルコ南部アンタルヤで会談し、シリア内戦の終結への協力を確認した。ロシアが9月30日にシリア空爆を開始してから初めての会談だった。

 両首脳はISIL掃討を含むシリア情勢、ウクライナ問題を議論した。両首脳は、シリア内戦をめぐって11月14日にウィーンで行われた多国間外相級協議でアサド政権と反政府勢力の直接交渉を来年1月1日までに実現し、半年以内に移行政権を発足させ、1年半以内に新憲法制定や選挙実施を目指すとの目標で一致したことを受け、シリア人主導で政権移行を目指す必要性を確認したと伝えられる。

 オバマ氏は会談で、ISIL掃討に関して「あらゆる国の取り組みを歓迎する」と述べた。また、ロシアのシリア空爆についてはISIに焦点を当てた軍事的取り組みの重要性を指摘した。

 アサド政権の退陣を求める米政府は、同政権を後押しするロシアが米軍主導の有志連合の支援を受ける穏健な反政府勢力を空爆しているとして非難してきたが、パリ同時多発テロを踏まえ、プーチン氏との間で一致点を探ったとみられる。ただし、米露両国の思惑は異なっている。オバマ政権は、仏露が共同行動を取ったとしても、ロシアの姿勢に変化がない限り一線を画すという基本的な方針を変えていない。ロシアが反政府勢力への攻撃をやめるのであれば、協力の余地があるとのサインを送ったものだろう。

 オバマ政権は、ロシアがフランスと共同作戦を行うことで有志連合への影響力を増加することを警戒している。ロシアがフランスに独自行動を取らせることで、米国の指導力低下を狙っていると疑いがあるものと思われる。その一方、同政権には、フランスを介してロシアに対し、シリアでの武力行使をISILに集中させることへの期待もあるとみられる。

 11月16日オバマ大統領は、米軍主導の有志連合が、ISILが勢力を拡大するイラク、シリアで成果を上げていると強調した。「正しい戦略」を追求しているとして、今後空爆を拡大するとともに、より多くの国に掃討作戦への参加を求める意向を示した。米軍による地上戦参加の可能性は否定した。

 オバマ氏は、同日フランスへの連帯の意も示し、同国との情報共有を強化すると表明した。また、ISILへの対処にはシリア情勢の安定化が重要だと指摘した。アサド大統領の最終的な退陣を念頭に置いた政権移行プロセスを、外交交渉を通じて加速するとした。

 米国の国内では、シリア難民の受け入れを巡る問題がある。オバマ大統領は16日、シリア難民の受け入れに関し、「難民はテロの被害者だ。ドアを閉ざすことは米国の価値に対する裏切りとなる」と述べ、パリ同時多発テロ後も1年間で少なくとも1万人を受け入れる計画に変わりはないと強調した。米政府は9月末までの1年間に1682人のシリア難民を受け入れた。テキサス、カリフォルニア、ミシガン各州などに居住している。だが、テキサス州のアボット州知事は「テロと関係がある可能性のある人物が州内に居住するような計画には参加できない」と強調した。保守層を中心に難民としてテロリストが入国することを懸念する声が広がっており、少なくとも31州がシリア難民の受け入れを拒絶すると表明している。これは、全米50州の6割を超えている。

 こうしたなか、米下院は11月19日の本会議で、シリア難民の受け入れを一時中断するよう求める法案を289対137の賛成多数で可決した。法案は、上下両院で過半数を占める野党・共和党が提出したが、下院採決には民主党から47人が賛成に回った。オバマ大統領は仮に上院で法案が可決しても拒否権を行使し、成立を阻む構えを見せている。

 米国内でのイスラーム教過激派によるテロが警戒されていたが、12月2日カリフォルニア州サンバーナディーノで銃乱射事件が起きた。襲われたのは発達障害がある人の支援を目的とした福祉施設だった。14人が死亡した。

 事件を起こして射殺されたのは、パキスタン系米国人のサイード・ファルークと妻のタシュフィーン・マリクで、妻はパキスタン国籍とみられる。夫はサンバーナディーノ郡職員で、大人しく敬虔なイスラーム教徒だったという。妻はフェイスブックにISILの指導者に忠誠を誓う内容の投稿をしていた。連邦捜査局(FBI)は事件をテロと断定して捜査を行っている。「ホームグロウン」かつ「ローンウルフ型」のテロと考えられる。

 この事件は、パリ同時多発テロ事件以後、米国で初めて起こったISIL関連のテロとして全米に衝撃を与えている。ISILの影響が米国でも急速に浸透しているようであり、テロ活動の拡大が懸念される。来年(2016年)行われる米国大統領選挙では、ISILへの軍事的対応と米国内テロからの防衛が、一大争点となりつつある。

 

●国際社会の連携の強化

 

 パリ同時多発テロ事件は、ISILへの空爆を行う主要国の首都で、無差別に一般市民の命を奪った非道卑劣な犯行である。ISILのテロは、全世界に向けられている。自由・デモクラシー・人権・法の支配等の価値観と相いれないテロを許すことはできない。テロリスト集団の壊滅に向け、国際社会が団結する必要がある。

 フランスはテロ再発防止のため、警備に万全を期すなど、引き続き対テロ戦の最前線に立つ。国際社会は強力にこれを支援すべきである。喫緊の課題は、ISILの本拠地への攻撃の強化、テロ資金の供給遮断、欧州への外国人戦闘員の流入阻止や国境管理の厳格化等である。11月15日からトルコで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会合は、同時多発テロ事件を受けて、テロとの戦いにおける国際連携を謳った。各国首脳からフランスへの連帯が相次いで表明された。11月18日からフィリピンで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議でも、テロへの非難と国際協力が宣言された。また22日マレーシアで日米中や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国による東アジア首脳会議(EAS)でも、テロ対策の協力が合意された。国際社会がテロに屈せず、わずか1週間の間に相次いで結束を確認したことは極めて重要である。

 この間、国連安全保障理事会は11月20日、パリ同時多発テロを非難するとともに、ISILとの戦いに各国が立ち上がる決意を示す決議案を全会一致で採択した。決議案はフランスが提示したもので、ロシアも賛成する意向を示していた。決議は、ISILが「国際的な平和と安全への世界規模の前例のない脅威」になっていると強調した。ISILへの合流を図る外国人の渡航阻止とテロ資金遮断を加盟国に要求するとともに、テロ活動抑止に向けた各国間の「調整努力」も求めた。国際テロ組織アルカーイダ系の「ヌスラ戦線」なども脅威だと位置づけた。

その後、欧州では、英国もシリア空爆に参加することを決め、軍事行動に慎重なドイツも後方支援のために部隊を派遣した。フランスへの支援で欧州は団結を強めた。

 対テロリズムの専門家でドイツの治安機関、連邦憲法擁護庁のハンス=ゲオルク・マーセン長官は11月20日、英BBC放送とのインタビューで次のように語った。「パリ同時多発テロは、テロリスト世界戦争の始まりに過ぎない」と。マッセン長官は、テロが欧州の都市でいつでも起こる可能性があると警告し、「ISILは、欧州を共通の敵とみている。状況は深刻だ。パリのテロは、独りよがりな姿勢ではいけない現実を突きつけた。ドイツはあふれるテロの脅威にさらされていることを認識し、それに対処する準備が必要だ」と強調した。この言葉は、ドイツや欧州諸国に限らず、アメリカや日本にとっても傾聴すべきものである。

 ロシアの空爆強化、仏露の共同軍事行動、また先の国連安保理の決議を受けて、今後、米国が主導する有志連合によるISIL掃討作戦の枠組みが、どのように変わるかが注目される。

まず考えられるのは、有志連合がロシアの参加によって拡大されることである。有志連合はブッシュ子前大統領がイラク戦争を開始した当時の、国連決議に基づかない連合体と類似する。オバマ政権が国連決議に裏打ちされた多国籍軍の形態を取らなかったのは、ロシアや中東諸国の足並みがそろわないことを見越してのことだったとみられる。

 だが、今回のパリ同時多発テロ事件によって、米露がシリア内戦をめぐって対立していられないほど、事態が深刻化した。米露にせよ、他の有志国にせよ、いつ大規模なテロを受けるかわからない。そこで考えられるのが、国連決議に基づく多国籍軍への発展である。湾岸戦争やコソボ紛争では、国連決議に基づく多国籍軍が編成された。この形態が取られれば、ISILに対する国際社会の取り組みを格段と強化するものとなるだろう。

 11月20日の安保理決議に基づき、今後ISIL掃討作戦が、平和への脅威に対する軍事行動を規定した国連憲章第7章に基づくものに位置づけられる可能性がある。ページの頭へ

 

5.中東の事情と西欧の移民・難民問題

 

●アサド政権とアラブ諸国・トルコへの影響

 

 シリアのアサド政権は、欧米諸国から強い批判を受ける中で、ロシアの後ろ盾によって政権の存続を図っている。9月末、ロシアがISIL掃討を名目にシリア内戦へ軍事介入すると、アサド政権は、ロシア軍の空爆支援を受けて、反政府勢力との戦闘を優位に進めている。ロシアの本格的な介入は、外交舞台でもアサド政権への追い風になっている。シリア内戦の終結に向けた関係国による協議では、ロシアの発言力が増し、アサド大統領の退陣を政権移行プロセスの前提としてきた欧米の主張は後退していると報じられる。

 こうした中でパリ同時多発テロ事件が発生し、ロシアがフランスとISILに対する共同軍事行動に乗り出したことは、アサド政権にとっては、さらに強い追い風となる。国際社会のISILに対する脅威の認識が高まった状況を、アサド政権はシリアの安定を望む欧米に政権存続を認めさせる好機ととらえているとみられる。

 一方、サウディアラビアなど湾岸アラブ諸国やトルコは、アサド政権を支えるイランの伸長を警戒し、あくまで反政府勢力を主体とする政権の移行を求めてきた。そのため、過激派の拡散防止では国際協調を必要とする反面、国際的なISIL包囲網の構築やシリアの政権移行プロセスが露主導で進むことを強く警戒しているとみられる。

 11月24日トルコ政府は、ロシア爆撃機が領空侵犯を繰り返し警告に従わなかったので撃墜したと発表した。エルドアン大統領は、露軍機撃墜は「交戦規定の枠内だ」と正当性を主張した。これに対し、プーチン大統領は、ロシア機の領空侵犯を否定し、トルコに対して、「テロリストの共犯者が後ろから攻撃してきた」と激しく非難した。トルコとロシアの主張は食い違っており、現状どちらも謝罪する構えはない。

 ロシアは、ISILだけでなくシリアの反政府勢力を空爆していると疑われているが、エルドアン大統領は、反政府勢力の少数民族トルクメン人に攻撃を加えているとして、ロシアを非難している。トルコには同じトルコ系民族のトルクメン人と強い連帯意識を持っており、彼らを攻撃するロシアの軍事行動を看過できない。また、ロシアの主導で仏米英露等が連携を強めることによって、ISILと地上戦を戦っているクルド人の勢いが増すと、トルコ南部に多いクルド人の分離独立機運が高まる可能性がある。この点もトルコは警戒しているとみられる。

 トルコ共和国はケマル・アタテュルクの建国以来、政治とイスラーム教を切り離す政教分離の原則を守ってきた。だが、現大統領のエルドアン氏が首相時代にイスラーム色の政策を打ち出したことに若者が反発して、反政府行動が広がり、政情が不安定になっている。

 現在ロシアは、トルコに経済制裁を行って圧力をかけている。力づく相手を屈服させようとするやり方である。12月1日にはトルコ経由で欧州に天然ガスを輸出するパイプライン建設計画の交渉を停止する方針を明らかにした。トルコにとってロシアは貿易額でドイツに次ぐ2位であり、特にエネルギー供給では最大の輸入国である。それゆえ、経済制裁を受けると苦しい。だが、安易に謝罪すると、政権は国民の批判を受ける。ロシアに対する国民感情は、もともとよくない。

 トルコは、ロシアの南下政策に苦しめられた歴史がある。イスラーム文明に属するトルコと、東方正教文明に属するロシアの間には、18〜19世紀にオスマン=トルコ帝国とロシア帝国が数次にわたって争った露土戦争以来の対立の歴史がある。近年、両者の関係は協調的になっていたが、今回のロシア機撃墜事件で関係が悪化すると、こうした文明間的・歴史的・地域的な対立をも掘り起こしかねないものを秘めている。

 トルコによるロシア機撃墜によって、フランスとロシアの連携に始まる大国間の連合の動きは水がさされた。とりわけプーチン氏にとっては、ISIL掃討で国際的な孤立からの脱却を狙っていたところ、思わぬ形で足をすくわれた格好である。

 オランド仏大統領は、パリ同時多発テロ事件後、英米独露等の各国首脳との会談を精力的に行っている。フランスが主導して、ロシアとも連携して、ISILの壊滅を目指すものである。トルコによるロシア機撃墜事件は、この取り組みの最中に起こった。

 オランド氏は訪米し、11月24日、オバマ米大統領と会談し、トルコによるロシア軍機撃墜による緊張激化を防ぐことが最重要だとの認識で一致した。オバマ氏は「トルコには領土、領空を防衛する権利がある」としつつ、「緊張の激化を阻止する方策を講じるために、両国が対話することが重要だ」と強調した。オランド氏もISIL掃討に関し、「緊張の激化は大きな打撃になる」と、強い懸念を表明した。

 フランスがロシアとの連携を軸に、連合を拡大するには、米国だけでなく、有志連合に参加するアラブ諸国やトルコの理解も欠かせない。トルコとロシアの反目が続けば、フランス、ロシアがそれぞれ構想する自国中心の大連合の実現は難しくなるだろう。各国の利害に違いが大きく、それぞれの思惑で外交・作戦を行っている。同床異夢の状態である。

 ロシアは、撃墜事件以降、トルコが石油密輸などを通じてテロ組織に協力していると主張し、同国を激しく批判している。同月30日にはプーチン大統領が、トルコ軍がロシア機を撃墜したのは、トルコがISILの支配領域から石油を密輸する経路を守るためだったとした。輸送経路を破壊させないために撃墜したと考える「さまざまな根拠がある」と語った。エルドアン氏、息子、娘婿のエネルギー相らが密輸に関わって私腹を肥やしていると主張している。これに対し、トルコのエルドアン大統領はISILからの石油密輸を否定し、その証拠があるのなら、大統領職を辞任してもよいと訴えた。

 トルコは自国内に多くいるクルド人が対ISILを通じて増勢するのを警戒しており、反アサド政権という点では自国と共通するISILには甘いという見方がある。だが、ロシアがトルコに関してここまで断定的な主張をすると、密輸が事実か虚偽かのいかんに拘わらず、両国関係を修復するのは相当困難だろう。

 トルコの石油密輸説に対しては、米国務省高官は、12月4日シリアのISILの支配領域で生産された原油のほとんどは、その支配地域で消費されるか、アサド政権側に売られていると述べた。また、シリアからトルコへの石油密輸はありうるものの、ロシアが指摘するトルコ政府の関与については「証拠がない」と否定した。米財務省は、ISILはこれまでにイラクとシリアの支配地域で最大15億ドル(約1830億円)を稼ぎ、うち5億ドルが石油密輸によると見ている。

 ところで、トルコはNATOに入っているが、EUには加盟を認められていない。欧州諸国は東方の安全保障上、トルコのNATO加盟を必要としているが、キリスト教と宗教文化の違うトルコをEUに受け入れていない。

 トルコがロシアの経済制裁を受けると、EUはトルコの希望額の3倍になる3900億円の支援を決定した。またEUへの加盟を検討すると答えた。これは、トルコをロシアへの対抗勢力として利用しようとするものだろう。

 一方、ロシアは、テロの報復としてISILへの空爆に本腰を入れざるを得なくなり、シリア内戦に深入りしている。米欧の制裁下にあるロシアは、トルコに経済多角化の望みを託していたのだが、ロシア機撃墜でそのトルコを強く非難し、農産品禁輸などの制裁を発動したため、自国の経済を圧迫することになっている。こうした誤算が経済の疲弊を早めることになるだろう。

 もしトルコがEUに入った場合、トルコからも独仏等に移民が行く。また、EUは人口の数で投票権が決まるが、トルコが入るとやがて最大人口国のドイツを抜くことになり、票数に逆転が生じる。それゆえ、EU側にトルコの参加を本当に認める意思はなく、一種のリップサ―ビスと思われる。西欧にとって、トルコは冷戦期には共産主義の防波堤だった。今度は難民の防波堤としても利用しようとしているのだろう。

 ところで、12月5日日本・トルコ友好125周年を記念して製作された映画「海難1890」が公開された。1890年和歌山県串本の村民によるトルコ船エルトゥールル号遭難者の救助と、1985年テヘラン空港からのトルコ政府救援機による日本人救出。人種・民族・宗教を超えた自己犠牲的な人助けとそれへの恩返し。歴史的な実話をよく描いていて、感動的な作品になっている。「時代を超えて受け継がれていく真心がある」とこの映画は語っている。

 ロシア機撃墜でトルコが国際政治の焦点となっている状況で、この映画が公開されることになったことは、意味深いものがある。日本にこそ、トルコとロシアの間、またキリスト教文明とイスラーム教文明の間の仲介の役割があり、世界を共存共栄の社会へと導く使命があることを示唆しているかのようである。ページの頭へ

 

●ISILの急発展と過激テロを許す中東の事情

 イスラーム教過激派の元はアルカーイダである。その中から地域組織である「イラクのアルカーイダ」が生まれ、ISILとなり、それが「イスラーム国」を自称するようになった。ISILは昨年2月、あまりに過激だということでアルカーイダから絶縁宣言を出された。だが、ISILは僅か4ヶ月後の6月にイラク北部の主要都市モスルを制圧し、バグダーディが「領土」や行政機構を持つ「カリフ制国家」の建設を一方的に宣言した。それ以後、ISILは急激に勢力を拡大した。
 ISILが急激に勢力を伸長した背景には、イラク、シリアが破綻国家になりつつあるという事情がある。イラクは、民主化の進展を見たアメリカが撤退したら、途端に政情が不安定になり、その隙にISILが伸長した。シリアは、アサド大統領率いる軍事政権とこれに対抗する自由シリア軍の内戦が泥沼化し、多数の難民が欧州に押し寄せている。これら両国の政府は自国の統治がまともにできていない。正規軍も事実上なくなっている。そういう状態だから、ISILが拡大するのである。これをなんとかしないとISIL問題は解決に向かいえない。
 ISILを壊滅させるには、シリアの内戦を終結させることが不可欠である。米欧露やアラブ諸国などが11月14日に行った外相級協議では、シリアのアサド政権と反政府勢力の交渉を年内に開始し、18カ月以内に民主的な選挙を実施するなどの行程表で合意している。アサド政権の扱いなど主要な対立点は残っているが、内戦への対応の遅れはISILを利するだけである。
ISIL問題は、なによりアラブ諸国の問題である。アラブ諸国が自分たちで地域をしっかり統治すべきである。だが、それができていない。周辺のアラブ諸国でISILへの対応のために地上軍を送っている国は一つもない。空爆だけでISILを壊滅させることはできない。「国家」を名乗るテロ集団の拡大を許したアラブ諸国のあり方が変わらねばならない。
 宮家邦彦氏は、この点に関して、次のように述べている。「そもそも問題の根源はシリア・イラクの政治的混乱だ。責任ある役割を果たすべきはアラブ諸国だが、自己統治能力が劣化しつつある今のアラブに団結は望めない。されば、シリアとイラクで生じつつある『力の真空』を埋めるのは近隣の非アラブ国で旧帝国でもあるトルコやイランとなるかもしれない」と。

●イスラーム教の宗教的な課題

 さらに重要な問題は、イスラーム教の宗教的な課題である。宗教に基盤を持つ対立・抗争は、宗教が主な原因だから、その解決には、宗教が取り組まなければならない。特に、各宗教宗派の内部における問題は、その宗教宗派が解決に努力しなければならない。だが、イスラーム教の宗教的指導者は、スンナ派・シーア派の対立の融和にも、スンナ派内部の正統派と過激派の争いの解決にも、ほとんど無力のように見える。この点、イスラーム教の教義の特徴が関係している。イスラーム教は、マホメットを最後の預言者としており、『コーラン』は神の言葉そのものとされるので、教義の変更が許されない。イスラーム法は、教義の枠内での細目の整備を積み重ねてきたものである。
 小室直樹氏は、著書『日本人のための宗教原論』で、この点に関して、次のように書いている。
 「新しい預言者が出てきて、マホメットが決めたことを訂正するわけにはいかない。つまり、神との契約の更改・新約はありえない。未決事項の細目補充は可能だが、変更は不可能。このような教義から、イスラムにおいては、法は発見すべきものとなり、新しい立法という考えは出にくくなった。必然的に中世の特徴である伝統主義社会が形成され、そこを脱却できる論拠を持ちえなかった」と。
 特にスンナ派では、法学者と呼ばれる宗教指導者たちは政治権力に従属的で、政治を正す力を発揮できない傾向があるとみられる。
 池内恵氏は、11月22日のフェイスブックのコメントで、次のように書いている。
 「スンナ派では構造的に宗教者の政治・経済的基盤が弱いことで政治支配者への従属は必然的となり、また、宗教解釈権において『イマーム』のような超越的存在がないことにより、教義の根底での変更を行う権限を持つ人間が現れない(過去の人物に託して変えることもできない)。そもそもそのような『法的安定性』こそがスンナ派の強みである。『イスラーム国』はスンナ派の構造的な柔構造から現れてくる。『イスラーム国』の根底を覆そうとするとスンナ派の宗教思想・権威・権力の構造そのものが揺らぎかねないという危機感を多くが抱くだろう」と。
 スンナ派における主流派・穏健派の法学者と過激思想の指導者が論争した場合、前者が教義の解釈において後者を論破できないとすれば、イスラーム文明圏において、ISILが自称する「イスラーム国」が各地で思想的に拡大していくことを防ぐことは困難だろう。
 私は、イスラーム教における聖戦(ジハード)という教えの特殊性、及びその極端な解釈に問題があると考える。エジプト学者の吉村作治氏は、著書『聖戦の教典コーランの秘密』に次のように書いている。
 「聖戦は全ムスリムに課せられた義務である。聖戦のためにすべてのムスリムは、可能な限りの行為をしなければならない」「アッラーの道を説くムスリムの行く手をはばみ、その理想社会の実現を弾圧する者、ムスリムを迫害する者ことが、ジハードの敵である」「聖戦とは、人間が人間を殺すのではない。アッラーの使命が与えられた人間を通して、神が敵を殺す行為なのだ。それが聖戦である」
 こうした聖戦の教えは、神の言葉そのものとされる『コーラン』に拠っている。
 「コーランは、しばしば聖戦について言及している。そのいずれも、激しいとさえ言える表現で決然と『戦え』『殺せ』と言い放つ。戦士たちの勇気を鼓舞する。『迫害は殺害より悪い。イスラームを迫害した者たちを殺せ。それは、当然、彼らが負うべき神の懲罰なのだ』と」
 これを極端に解釈すると、ISILのような自爆テロによる無差別大量殺人の結構ということになる。『コーラン』は、次のように戒めている。「神の道のために、おまえたちに敵する者と戦え。しかし、度を越して挑んではならない。神は度を越す者を愛したまわない」と。
 またイスラーム法の第一法源であり、ムハンマドの言行・事跡を記録した『ハディース』には、ムハンマドが「敵国のいかなる老人、子供及び婦人を殺してはならなぬ」「僧院に在る僧侶、礼拝の場に座る人々を殺してはならぬ」と信者に命じたと記録されている。過去の歴史においては、イスラーム教は、迫害を止めた者や戦争で降伏した者には寛大であり、支配地域の諸民族に改宗を強制することもなかった。むしろ、キリスト教の方が、十字軍戦争やレコンキスタでイスラーム教徒を残虐に大量殺戮したり、北米や南米で先住民を大量虐殺したりしている。
 今後、イスラーム教の内部から根本的な改革の動きが出てくるか、あるいはイスラーム教を発展的な解消に進めるような新たな宗教が出現しないと、イスラーム教諸国も人類全体も、平和と安定を得られないことになるだろう。またこれは、ユダヤ教、キリスト教を含むセム系一神教に共通する課題である。

●テロの背景としての難民・移民問題

 パリ同時多発テロ事件では、2人の実行犯が難民に紛れて、EUに入っていた。EUは域内に一度入ると、国境を越えて自由に移動できる。イスラーム教過激派は、難民に紛れてEUに入る方法を取り、各地でネットワークを作っているとみられる。パリ同時多発テロ事件によって、EU諸国はテロ対策強化の一環として移民・難民の流入問題への対応の見直しを迫られている。
 昨年から欧州では、中東や北アフリカから流入する移民や難民が急増している。その49%がシリアから、12%がアフガニスタンから、その他の多くがアフリカ諸国からといわれる。
 内戦と政情不安が原因である。シリアからは、隣国トルコを通ってギリシャに入り、ドイツなど受け入れに寛容なEU加盟国を目指してバルカン半島を北上する。国際移住機関(IOM)によると、地中海を渡って欧州諸国に到着した移民・難民は昨年から急激に増え、今年(27年)は約81万人に上っている。EUではドイツが主導し、加盟国間で移民らの受け入れを分担する計画を立てるなどの措置を取っている。
 こうした移民・難民に紛れてイスラーム教過激派のメンバーが欧州諸国に潜入することは、以前から懸念されていた。ISIL関係者の話として、ISILが構成員や同調者ら数千人を送り込んだとする伝える報道もあったという。
 移民・難民の流入に対応するため、ドイツやオーストリアは欧州諸国間の自由移動を認めたシェンゲン協定の適用を一時停止し、国境での入国審査を復活した。スウェーデンも11月12日から同様の措置を取った。
 そうした動きが広がりつつある矢先に、フランスの首都で同時多発テロ事件が起こった。事件後、フランスも国境の管理を強化している。他の各国も国境管理を強化するとみられ、欧州の「移動の自由」は一定程度見直されることになるだろう。

実行犯の一部が難民を装ってギリシャに侵入していたことが判明しており、EUの加盟国にはギリシャの協定離脱を求める強硬論や、限られた加盟国でミニ・シェンゲン圏を作るべきだとの意見も出ている。

 池内恵氏は、11月15日のフェイスブックのコメントで、次のように書いた。
 「犯人の一人がシリア難民の中にいた、ということが事実だとすると、難民・移民政策の転換点になりますね。必然的なことですが、こういう形で思い知らないと変えられないのが、民主主義社会の宿命でしょうか。議論は今後も続き、極論が両方から出るでしょうが、結局は、世界の全員がヨーロッパの人権規範に同化することはないと気づく、つまり普遍主義の限界に気づくことになるのでしょう」と。
 また同月16日のNHKテレビ番組「クローズアップ現代」では、次のように発言した。
 「フランスは、異なるバックグラウンド、宗教とか民族が異なる人でも、個人としてフランスの共和国の理念に賛同し、同化すれば受け入れるという、そういうやり方でやってきて、非常に成功例は多いですね。同時に、特に郊外などで、うまく経済的・社会的に同化できない人たちがたくさんいる。その中に過激な思想を持つ人たちも出てきている。その中に、さらに昨年〜今年ぐらいから急激に新たな難民が増えているですね。この事件は、直接的には恐らく、これまで受け入れ能力を超えて行ってきた難民・移民の受け入れ政策を変えるきっかけにはなると思います。ただ、難民は別にテロリストというわけではありませんから、紛れ込んでくる危険性を避けるというそのために恐らく政策転換が正当化されるという、そういう方向は考えられますね」
 「すべてのイスラーム教徒がフランスの社会に対して敵対的ということは全くないわけですが、同時にイスラーム教の根本的な教義の中には、フランスの、人間が中心であり、個人主義の人道主義とは相いれない部分があるですね。これまでそれは、やがて同化されると思っていたですが、それができなくなったということを思い知らされた、それでショックを受けているというのが現実だと思います」と。
 ここでフランスが移民政策の見直しをするかどうか、注目される。個人を中心とした自由・人権等を価値とする普遍主義的な価値観を信奉する限り、移民の受け入れはその価値を堅持するものとなる。移動の自由の保障も同様である。だが、この価値観を疑う主張もある。極右政党と言われる国民戦線(FN)は、事件後、移民受け入れに制限をという従来の主張を強調し、支持者を増やしている。
 12月にフランス全土で実施された地域圏議会選挙で、FNは、年間20万人の移民受け入れを1万に減らす、犯罪者は強制送還する、フランス人をすべてに優先、社会保障の充実等を訴えた。6日に行われた第1回投票では、全国の得票率で27・73%を獲得し、首位に立った。全国規模の選挙でのFNの得票率としては過去最高で、全13地域圏のうち6地域圏で首位となった。サルコジ前大統領が率いる最大野党の共和党を中心とする右派連合が26・65%で、オランド大統領の与党で左派の社会党は23・12%と低迷した。

 13日の決選投票では、危機感を持った右派・共和党と左派・社会党が共闘して、FNの躍進を阻んだ。共和党が7つの地域圏、社会党が5つの地域圏を制した。残り一つの地域圏はコルシカ島の地域政党が最多票を獲得した。FNは全敗となった。同党のマリーヌ・ルペン党首自身も北部の選挙区で、第1回投票ではトップだったが、第2回投票では社会党が支持に回った共和党候補に敗れた。だが、ルペン党首は次期大統領選挙の有力候補とされ、大多数の世論調査において第1回投票で最多票を獲得することが確実視されている。FNがこの大統領選挙及び今後の国政選挙の台風の目となることは確実とみられる。

わが国のマスメディアの多くは、FNを極右で極端な排外主義というレッテルを貼って警戒している。まるでわが国が極東にあることを忘れ、EUの一国であるかのように錯覚しているのではないかと思う。だが、FNの主張は、国民国家の論理によるリベラル・デモクラシーとナショナリズムの原則に基づくものであって、一党独裁を目指すファシズムやナチズムとは異なる。EUやユーロの観念的な普遍主義や極端な理想主義に対して、西ヨーロッパでは当然出てくるような反対論である。ページの頭へ

 

結びに〜今後の予想とわが国の課題

 

●今後の予想

 ISILはパリ同時多発テロ事件の3日後、11月16日にビデオ声明を出し、ワシントンを含む、シリアに軍事介入する国などの首都にテロ攻撃を行うと警告した。パリでは、歓楽街に続き、ビジネス街を狙ったテロも計画されていたことが分かった。同時多発テロ事件の実行犯が犯行を準備していたベルギーでは、テロの計画実施を防ぐための措置が行われている。次の標的がドイツ、イギリスになっても不思議はない。ISILは各地でテロを起こし、各国民を恐怖に陥れ、厭戦気分を醸成して有志連合から離脱する国を出し、有志連合の分断を図るだろう。
 ISILがシリアに介入している主要国への攻撃を警告するのは、国際社会の掃討を受ける中でもジハード(聖戦)遂行能力を有することを示し、組織の求心力を保つとともに、世界各地で支持者・賛同者を獲得するという狙いもあるとみられる。絶縁されたアルカーイダに対して、過激派の本流であることを主張するという意図もあると考えられる。
 パリ同時多発テロ事件から数日ないし数週間の期間の予想としては、池内恵氏が、11月17日のフェイスブックのコメントで、次のように書いた。
 「もし『数日』以内に同じ規模のテロを起こし、さらに繰り返すことができれば、よほど大きな組織・ネットワークがあることになる。そうでなければ、模倣犯がまた別のところで計画を温めて実行するまで時間がかかる。その場合は、分散型の、自発的な小組織が呼応する、ローン・ウルフ型テロの扇動と呼応が続いているだけであり、これまでとそれほど状況に変わりはない。実行・呼応する側も、『この程度の規模の組織でこれだけ大きな事件を起こせる』と学んだが、社会もまた、『最大限でもこれぐらいだ』と現実を認識できるようになる。内なる敵の規模がどれぐらいなのか、今後、緊張の数週間となる」と。
 事件後、約1か月の間、欧州では大規模なテロが起こることは防がれているが、米国ではカリフォルニア州で銃乱射事件が起こった。より長い期間に渡る予想としては、池内恵氏は11月15日のフェイスブックのコメントに次のように書いた。
 「ジハード主義の理念こそが根本問題であり、その理念の中にあるべき権力関係・軍事的優位性の観念が強くあるので、対応する側にも軍事的選択肢を持って時に行使することは手段の一つとして不可欠・重要だが、同時に、軍事的に負けたぐらいでなくなる思想ではなく、軍事的に不利な時はむしろテロが主要な手段となり、1万人に一人でも支援すれば実行し続けられるので、続くのでしょう」
 ジハード主義の理念については、11月17日の産経新聞の談話記事への本人コメントでも、次のように述べている。
 「ジハードの思想はイスラーム法の基本的な理念として定式化されており、その中では軍事的な勝利、支配の確立が規定されているため、力の問題を抜きにして平和が成り立たないのも事実です。イスラーム教は非軍事・非暴力による平和主義の宗教ではなく、正しい軍事的な勝利の後に絶対的な平和が訪れるという意味で平和を志向します」と。
 池内恵氏は、同月16日のNHKテレビ番組「クローズアップ現代」では、次のように発言した。
 「イラクやシリア、あるいは中東のほかの国で無秩序な状態があるということが、結果的にその地域でのISの拡大にもつながってますし、それを拠点として、そこを訓練の場所として、あるいはお金や武器の発信源として結果的にフランスを脅かしている、そういうことは確かなんですね。だから、その根本を絶つのは、要するに軍事攻撃だという議論が、今後ある程度強くなるとは思います。
 ただ、私の見方からいうと、少なくとも一時的には、イラクやあるいはシリアの拠点を攻撃することはテロの拡散を促進すると。むしろ地理的に拡大できなくなる、拠点が脅かされると、世界に散っていくと、そういう可能性が私は高くなると思いますね。そういう意味で、短期的にはむしろテロの危険を増す政策だとは思います。ただ根本的にはもしかすると、そうしないと解決しない問題なのかもしれません」
 池内氏がこのコメントを付けた産経新聞のもとの記事は、記者が次のように氏の談話をまとめた。
 「(国際社会は)この混乱を治めなければならない。ただ、軍事的に対処したり、政治的に追い詰めたりすると、短期的には、ジハード勢力が、自らを圧迫してくる勢力の社会を狙ってテロを起こす方向にいく。テロは基本的には防げないし、特に個人や小組織が自発的に行う分散型のテロは、摘発や予測が難しい。
 こうした全体構造を理解し、テロが起きても騒ぎすぎないのが最も重要な対応だろう。動揺して過剰に反応し、各国の社会に不満を持つ勢力がテロを利用すれば、社会的な対立が生じていく。それがテロの効果であり、狙いであるからだ」
 池内氏はこの記事のまとめ方について、「過剰反応が『狙い』というのは、通俗的によく用いられますが、ほぼ当たっているがちょっと違う」として、次のように補足している。
 「テロにより結果的に過剰反応が『効果』となる。(略)大部分のテロリストは過剰反応を意識して狙うというよりは、『そのような大きな戦いであると認識している』といったほうが近いでしょう。つまり『過剰反応が当然』と考えているということ。そこに乗っかってしまうと彼らの世界観を裏打ちしてしまう」と。
 宮家邦彦氏は、産経新聞11月26日付の記事で、次のような予想を述べた。「『イスラム国』問題は長期化し、国際社会は難しい対応を迫られる。『イスラム国』が攻撃を続ける以上、短期的には物理的な外科手術が必要だ。さらに、中期的には欧州・関係各国で内外警備を強化する必要もあるだろう。しかし、それだけでは不十分だ。長期的に『イスラム国』のようなテロ集団を根絶するには、中東アフリカの破綻国家を再建し、まともな中央政府と正規軍を再構築する必要がある。これこそ日本が貢献できる分野だが、主要国の足並みはいまだそろっていない。日本の貢献にも限界があることだけは確かである」と。
 こうした破綻国家の再建と周辺各国の安定化が進まなければ、中東は今後、核拡散の舞台となるおそれがある。元外交官で作家の佐藤優氏は、ISILが核兵器を持つ可能性があると警告している。かつてオウム真理教は核開発を進めようとしていた形跡がある。イスラーム教過激組織も当然核の保有を考えるだろう。ISILが核兵器を持って脅迫したら、欧米の民主主義国は国民の人命尊重のためにテロリストの要求に従う可能性がある。持ち運び可能な核兵器で自爆テロを決行されたら、多大な犠牲者が出る。イスラーム教の過激派は、自爆テロで自分は欲望全開の天国に直行できると狂信しているから、志願者が出るだろう。
 ところで、中東の核事情を書いておくと、今年(27年)7月、イランと欧米など関係6か国の協議が最終合意に達した。今後15年間にわたって、イランは核兵器の製造につながる濃縮ウランの製造を制限され、この点に疑念が生じた場合にはIAEA(国際原子力機関)による査察をイランは受け入れる。その見返りとして、国際社会はイランに対する経済制裁を解除することになった。このことは、アメリカとイランの歴史的な合意といわれる。アメリカが長年にわたり国交を断絶して強く対立してきたイランが核兵器を手にするという事態をひとまず阻止できたと言えるからである。
 だが、イランが合意を守るかどうかは、疑わしい。いずれイランは国際社会を欺き、核兵器の開発を進めるのではないかという疑念は晴れない。もしイランが将来核を持てば、イスラエルがイランへの武力行使に踏み切るだろう。また、イランに対抗するため、パキスタンから核兵器を買って核保有を行う国が出るだろう。サウディアラビアが核を持てば、エジプトは核を自力開発するだろう。核の拡散に歯止めがかからなくなるおそれがある。
 こうした予想のされる中東だが、最も恐るべき、ISILのような過激組織が核兵器を持つことである。また、私は、核兵器以上に生物兵器・化学兵器を入手する可能性が高いと思う。核より安価だし、取り扱いも核ほど難しくない。既にアメリカで2001年に炭疽菌を使ったテロが行われた。シリアのアサド政権は、2013年に反政府勢力に対して化学兵器を使用した疑いによって国際的に非難されている。ISILが生物兵器・化学兵器を使って欧米の大都市で自爆テロを行った場合、犠牲者数はパリ同時多発テロ事件の比ではないものとなるだろう。
 今日国際社会は、イスラーム教過激組織のテロの脅威に直面している。人類は自ら生み出した宗教と思想と科学技術によって、地球を修羅場に変え、自壊滅亡の道に陥りかねない危険なところに来ている。

 

●わが国の課題

 日本は、昨年9月より米国政府によって、約60の国と地域が参加する有志連合の参加国にリストアップされている。具体的な関与は、人道支援に限定されている。
 パリ同時多発テロ事件以後、安倍首相は、折から外交日程に組まれていたG20、APEC、東アジアサミット等で、対テロ対策を含む精力的な外交を行った。
 日本は来年(28年)、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の議長国として、国内で重要な国際会議を多く予定している。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピックを控えている。これらの開催を万全にする備えも、テロとの戦いの一環である。国内対策の強化と同時に、各国との情報共有に力を入れるべき時である。
 11月22日、東アジア首脳会議がマレーシアの首都クアラルンプールで開かれた。日米中やASEAN諸国を含む18か国が参加した。安全保障に関しては、中国が軍事拠点化を進める南シナ海情勢に関する議論が最大の主題だったが、パリ同時多発テロ事件後のテロ対策も議論された。
 首脳会議後、安倍首相は現地で記者会見を行った。会見内容のうち、テロ対策に関する発言を抜粋する。
 「G20サミット、APEC、そして東アジアサミット。この1週間あまり、主要な国々のリーダーたちが集まり、世界経済の持続的な成長のために、そして国際社会が直面するさまざまな課題について、真剣な議論を行いました」
 「国家と国家の間には常にさまざまな課題があります。時には意見が対立することもあります。しかし、テロは断じて許すことはできない、その点においては意見の違いは全くありませんでした。(略)たくさんの市民の命を無残に奪う卑劣なテロは、平和と繁栄を願う私たち人類の普遍的な価値に対する明確な挑戦であります」
 「日本も米国もロシアも中国も中東の国々も、国際社会全体がテロとの戦いにしっかりと手を携えていく。G20サミットにおいても、APEC、東アジアサミットにおいても、明確なメッセージを国際社会が一致して発信することができました。テロと対峙していく国際社会の団結をしっかり示すことができた、そのような国際会議になったと考えています」と。
 次に記者からの質問のうち、テロ関連のものについての回答を掲載する。
 「(略)わが国は国際社会と連携して、国際テロを封じ込めるための対策に全力を尽くしていきます。()各国の法執行機関の能力向上支援、テロリストの資金源対策、テロの根源にある過激主義を生み出さない社会の構築支援、これも大変、大切なことだと考えています。そういった俯瞰的な取り組みを通じ、テロの未然防止に積極的に取り組んでいきます。
 わが国は来年、伊勢志摩サミットを控えており、テロ対策をいっそう充実、強化していきます。とりわけ国際社会と連携した情報収集の強化が喫緊の課題です。そのため、情報収集のための新たなチーム、国際テロ情報収集ユニットを、来月上旬にも設置いたします。また、水際対策や重要施設の警戒警備などの対策をさらに強力に推進します。必要な態勢、装備の整備を急ぐことはもとよりでありますが、テロの未然防止のため、できる対策はすべて講じてまいります」
 また、与党内で新設を求める声のある共謀罪については、「政府としては重要な課題と認識しておりますが、これまでの国会審議等において、不安や懸念などが示されていることを踏まえ、そのあり方を慎重に検討しているところであります」と安倍首相は述べた。
 首相が掲げる課題は、どれも実行が不可欠である。これに加えるべきこととして、テロを未然に防ぐ努力とともに、万が一テロが起こった時の対応も必要である。パリ同時多発テロ事件の後、フランスのオランド大統領は即非常事態宣言を発令した。それによって、治安当局が令状なしで家宅捜索に踏み込むなど対テロ作戦を遂行し、テロリスト集団が次のテロを起こすのを防いでいる。こうした対応が可能なのは、非常事態に対応するため、一時的に国の権限を強化して国民の権利を制限する「国家緊急権」が、憲法や法律に設けられているからである。
 わが国では、こういう対応ができない。現行憲法には、非常事態規定がないからである。万が一、パリにおけるようなテロが東京で起こった場合、対応が滞って混乱が広がっているうちに、第2波、第3派のテロが行われる可能性がある。
 現行憲法には、わが国が外国から武力攻撃を受け、またはその危険が切迫している場合、及び内乱・騒擾、大規模自然災害等の非常事態が生じた場合、どのように対応するかが、定められていない。多くの国の憲法には、非常事態条項が設けられている。わが国でも、明治憲法にはその規定があった。それをもとに、2・26事件では戒厳令を発令した。しかし、現行憲法には、それがなくされてしまった。
 非常事態規定のないことと、第9条で国防を規制していることは、同じ事情による。占領下にアメリカによって作られた憲法だから、何か起これば、GHQが出動することになっていたからである。
 私は、9年ほど前に新憲法私案をネットに掲載している。その中に、非常事態条項を設けている。また憲法に非常事態規定のない重大欠陥を指摘し、憲法を改正し、条項を新設するよう訴えてきた。当時はごく少数意見だった。
 平成23年東日本大震災が発生した際、国家的な非常事態への対応が定められていらず、また不幸にして当時は民主党政権でまともな対応が出来ず、いたずらに被害を拡大した。その反省により、ようやく憲法に非常事態規定を設けるべきという意見が多くなってきた。現在は共産党を除くすべての政党が必要性を認めている。イスラーム教過激派によるテロがいつわが国で起こっても不思議のない状況になっている現在、できるだけ早く非常事態条項を含む新憲法を制定すべきである。またわが国は東日本大震災の影響で首都圏や南海トラフ等で巨大地震が起こる可能性が高まり、天変地異の時代に入っている。憲法に非常事態規定を設けて、国防と防災を一体のものとして強化する必要性がある。
 憲法を改正し、非常事態条項を新設することが急務である。具体的な条文案は、私の新憲法案に示しているので、ご参照願いたい。

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関連掲示

・拙稿「イラクが過激派武装組織の進撃で内戦状態に

・拙稿「いわゆる『イスラーム国』の急発展と残虐テロへの対策

・拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題

・拙稿「9・11〜欺かれた世界、日本の活路

・拙稿「現代世界の支配構造とアメリカの衰退

 

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