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  国際関係

                       

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説明: 説明: 説明: ber117

 

■トランプ時代の始まり〜暴走か変革か

2017.1.15

 

<目次>

はじめに

1.「まさか」の結果

2.トランプが勝ったのはなぜか

3.どのような政策が行われるか

4.どういう政権になるか

5.世界にどう影響するか

結びに〜日本の取るべき道

 

補説 有識者の見方

(1)トランプ大統領誕生を最も早く予測〜藤井厳喜氏

(2)トランプ政権下の米国は正義の議論が必要〜サンデル

(3)トランプ現象の根底にあるもの〜佐伯啓思氏

(4)エルサレムへの大使館移転は危険〜佐藤優氏

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

はじめに

 

 2016年(平成28年)11月8日に行われた米国の大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプが、民主党のヒラリー・クリントンに勝利した。

 米国のマスメディアは、ヒラリー優勢の予想を流し続けていたので、「まさか」の衝撃が世界を走った。実業家で、政治家の経験がなく、過激な発言を繰り返すこの未知数の指導者の登場に、各国は対応に迫られている世界は注目し、備えをしつつある。トランプは、オバマ政権の政策を否定し、「アメリカ・ファースト」の政策を実行しようとしている。本年(2017年)1月20日トランプの大統領就任とともに、米国の政治に大きな変化が現れるだろう。トランプ次期大統領に対し、一方で期待が高まり、一方で反発が強まっている。独裁的指導者による暴走か、米国の隘路を打破する変革か。世界の混乱の助長か、新たな国際秩序の形成か。まだその展望は定かでない。

 本稿は、トランプの勝因、その主な政策環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、経済政策、外交、安全保障等−−そして、世界への影響とわが国の対処について考察するものである。

 

1.「まさか」の結果

 

●事前の予想は、大外れだった

 

 アメリカのマスメディアのほとんどは、選挙期間中、ヒラリー・クリントンがドナルド・トランプより優位という予想を流し続けた。投票日直前の段階で、ニューヨーク・タイムス紙は、ヒラリーが勝つ可能性は80%以上と予想した。昨年11月8日の投票当日にもABCテレビは、開票1時間後にヒラリーが勝つ可能性は71%、トランプのそれは28%と予想した。ところが、開票が進むにつれ、全く予想と逆の展開となり、トランプの優勢が明らかになった。開票5時間後、ABCテレビはトランプ78%、ヒラリー20%と真逆の予想を流す羽目になった。そして、結果はトランプが圧倒的な数の選挙人を獲得し、選挙戦を制した。アメリカのマスメディアの報道を信頼していた各国政府は、トランプの勝利を予想できておらず、トランプショックが世界を走った。

 もっともこの時点で、開票がすべて終わったわけではなく、一部の州で集計が続けられた。米国大統領選挙は直接選挙ではなく、勝者は州ごとの選挙人団をどれだけ確保できるかで決まる。選挙人数539人の過半数となる270人の獲得である。11月28日唯一選挙結果が判明していなかったミシガン州は、同州でトランプが勝利したという結果を認証した。これでトランプが獲得した選挙人数は306人、ヒラリーは232人となった。ただし、得票数では、トランプが約6235万票であるのに対し、ヒラリーが約6442万票で200万票以上、上回った。

 今回の選挙で、ロシアはサイバー攻撃で選挙に関する情報をハッキングしたり、リークしたりし、集計に介入するのではないかと懸念された。選挙期間中、民主党全国委員会(DNC)やヒラリー陣営幹部のコンピュータがハッキングされ、流出したメールが再三にわたって内部告発サイト「ウィキリークス」を通じて暴露された。絶妙のタイミングで暴露され続け、ヒラリーには大きな打撃となった。情報筋はこの暴露はアメリカ人の政府に対する信頼を失わせる意図でロシア側が仕掛けたものだと指摘し、ヒラリー陣営はロシアが同国に好意的なトランプを支援するためにやっていると訴えていた。米国家情報長官室は2016年10月、ロシア政府を名指しで「大統領選に干渉しようとしている」と異例の声明を出した。

 トランプ勝利の選挙結果が発表された後、緑の党の大統領候補だったジル・スタインは激戦州での再計算を求め、実施に必要な資金、500万ドルを集めた。再計算を求める理由は、専門家から集計結果がサイバー攻撃で不正操作されたとの指摘があったからだという。ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの3州について再計算が求められた。これら3州はいずれも産業が衰退した「ラストベルト(さびた工業地帯)」に位置する民主党の地盤だったが、白人労働者の支持を受けた共和党のトランプがヒラリーを退けた。もしこれら3州すべてでヒラリーが勝てば、選挙人274人を獲得することになり、逆転勝利する可能性が残っていた。しかし、ミシガン州で結果が確定したので、逆転の可能性はなくなった。またウィスコンシン州の州選管当局は再集計を行ったが、結果はトランプの獲得票数が増加したと発表された。

米国の大統領選挙は、選挙人団による投票が正式な選挙である。2016年12月19日にその投票が行われ、トランプが第45代大統領に選出された。トランプ側、ヒラリー側の選挙人でそれぞれ数人ずつ自分の意思で別の人間に投票する造反者が出た。その結果、選挙人獲得数は、トランプが304人、ヒラリーが227人となった。足しても538人に7人足りないのは、彼ら以外の人間に投票した者がいたからである。

 

●オバマからトランプへの潮流

 

今回の選挙で、ヒラリー・クリントンが破れ、ドナルド・トランプが勝ったことで、オバマ政権が行ってきた路線から、ほぼ正反対の路線への転換が方向づけられた。

 2009年(平成21年)1月、史上初の黒人大統領が誕生した。以後、2期8年にわたり、民主党のバラク・オバマが政権を担った。オバマは「Change(変革)」を唱え、「Yes, we can.(私たちは出来る)」と訴えた。しかし、その結果は芳しくない。

 米国は非常に多様性の高い社会である。様々な人種・民族・宗教等が混在している。その状態はサラダ・ボウルにたとえられる。根底には、建国以来の白人/黒人の二元構造がある。1950年代までは人種差別が横行していた。1964年には公民権法が成立し、権利においては平等が実現した。しかし、黒人の多数は貧困層を脱することができない。大都市では、居住地と学校において、黒人の隔離が続いている。そうした状態の改善を求めて、アファーマティブ・アクション(積極的是正措置)やポリティカル・コレクトネス(人種・性差・宗教等の中立表現)が唱えられ、実施されてきた。だが、20世紀末から、ヒスパニックやアジア系等の移民が多数流入し、人口構成が大きく変化してきた。白人が多数を占める社会から、有色人種が多数を占める社会へと、米国は変貌しつつある。

 オバマ政権は、こうした多様で対立・摩擦の多い社会を、一つのUSAとすべく統合を試みた。そのスローガンが「Change(変革)」だった。その結果は芳しくなく、変革は成し遂げられなかった。就任前に起こった2008年(平成20年)9月のリーマン・ショックの影響は続き、米国の財政赤字は膨らみ続けた。米国は際限のない国債の発行などによる財政悪化に歯止めをかけるため、法律で政府債務に上限を設けている。だが、2011年(平成23年)以降、政府債務が上限を超え、繰り返しデフォルト(国家債務不履行)寸前に陥る危機に直面してきている。

 この間、グローバリゼイションの進行によって、米国の製造業は海外に安い労働力を求め、国内の雇用が減少した。また中国など海外から入ってくる低賃金による安い製品に押されて米国製品の売れ行きが低下した。経済的な格差の是正は進まず、逆にますます拡大している。貧困層には、黒人やヒスパニックが多く、彼らの多くは貧困を抜け出せないままである。また、極端な二極化の進行によって、白人を主としていた中間層が崩壊し、多数の白人が貧困層に転落した。

所得が上位1%の富裕層は、2015年の平均年収が約1億1000万円、残り99%の平均年収は345万円だった。その差は約31倍である。また、上位0.1%の最富裕層が所有する財産の総額は、下から90%が所有する財産の総額に等しい。約900倍の差である。

 オバマ政権は、共和党のブッシュ子政権が2001年の9・11以後に始めたアフガニスタン戦争、イラク戦争を引き継ぎ、その収拾を図りもした。だが、戦争の終結は容易でなく、そのうえ、2011年(平成23年)の「アラブの春」がきっかけとなって、中東に地殻変動が起り、その中で生じたシリアの内戦、いわゆる「イスラーム国(ISIL)」の台頭等への対応が生じた。アメリカは中東で15年間、戦争を続けている。最も多い時期には20万人の米国兵士が海外に派遣された。そして、この間に約7000人が戦死した。それだけの犠牲を払っても、中東は安定せず、むしろ情勢は悪化・拡大している。また、イスラーム教過激派によるテロリズムが拡散・激化している。ヨーロッパ各国やアジア諸国等でテロ事件が続発し、アメリカでも自国育ち(ホームグロウン)のテロリストによる殺人事件が続いている。

 2016年(平成28年)11月8日の大統領選挙では、こうしたオバマ政権の8年間が問われた。民主党は、オバマ政権の政策を評価し継承する前国務長官ヒラリー・クリントンが候補者の指名を受けた。共和党は、全く政治経験のない実業家ドナルド・トランプが他の有力候補をなぎ倒して指名を勝ち取った。両者の戦いは、嫌われ者同士の戦いだった。ヒラリーはエスタブリッシュメント(既成支配層)の象徴として嫌われ、トランプは暴言・セクハラが多く大統領に求められる品格を欠く。そのため、「史上最低の大統領選」といわれた。

超大国・米国は長期的な衰退を続け、社会は混迷し、人心は荒廃している。それとともに明らかに指導者の質も低下している。今回の選挙ほど、そのことを世界にさらした出来事はない。

 民主党の候補者ヒラリー・クリントンは、大統領夫人、上院議員、国務長官等を歴任し、米国の富豪支配層を象徴する人物と大衆から見られている。民主党の指名選挙では、貧困層に社会民主主義的な政策を説いたユダヤ系のサンダースが善戦したが、サンダースの支持者にすれば、ヒラリーこそ批判すべきエスタブリッシュメントの一員である。政界で巨額の富を築き上げただけでなく、クリントン財団への不正献金が追求された。しかし、ヒラリーは高い知名度と、豊富な資金力によってサンダースを打ち破った。

 ヒラリーが民主党の候補者となっても、民主党支持者の中にヒラリーは受け入れられないという者が多数いた。また、当然共和党支持者の多くは、ヒラリーを支持しない。だが、アメリカのマスメディアは、選挙期間中、ヒラリーがトランプより優位という予想を流し続けた。マスメディアの関係者には民主党支持者が多く、メディアの大半が民主党寄りである。またメディアの多くはユダヤ系または親ユダヤである。

 結局、激戦の末、トランプが勝利を獲得したが、ほとんどのマスメディアはトランプの勝利を予想できておらず、大衆のメディアに対する信頼は一層低下した。

 2016年6月に英国で住民投票により英国のEU離脱が決定したことに続き、多くの人々には「まさか」と思われる結果となった。しかし、欧米では、グローバリズムと移民受け入れへの大衆の反発、国家・国民を尊重するナショナリズムの復興が年々、顕著になっている。EUでは、フランス、オランダ、ドイツ、フィンランド等で、マスメディアが「極右」と呼ぶ政党が躍進している。移民の受け入れやそれによる失業、治安の悪化、文化的摩擦への危機感や、国家・国民を融解するEUや単一通貨ユーロへの疑問が強まっている。大衆の意識の変化が、グローバリズムに異議を唱える勢力を伸長させ、歴史の流れを変えつつある。トランプの勝利は、こうした動きと同じ潮流の現れである。

 欧米のほとんどのマスメディアは、この大きな潮流を捉えそこなった。むしろ、その潮流から大衆の目を背けようと、グローバリズムを礼賛し、ナショナリズムを危険視して、大衆の意識を誘導してきた。だが、大衆の相当部分が、そうした既成のメディアの情報を信じなくなってきている。米調査会社ギャラップが行った2016年の世論調査によると、マスメディアへの信頼度は、前年の40%から32%に下落した。「マスメディアは真実を伝えていない」という不信感が強まっている。特に共和党支持層では、マスメディアへの信頼度が32%から14%へと顕著な落ち込みを見せた。米国のマスメディアの多くが、民主党寄りだからである。インターネットが発達した今日の社会で、大衆はツィッター、フェイスブック等で情報を得て、またその共有や意見交換をして、自分で物事を判断するように変わってきている。その結果、オバマ政権が行ってきた路線から、ほぼ正反対の路線への転換が、大統領選挙によって方向づけられた。情報通信革命によって大衆の末端にまで進む情報化は、近代西欧で識字化がもたらした社会的変化にもまさる大規模な変化を起こしつつある。今回の選挙で、米国のマスメディアの予想と結果が異なったのは、既成のメディアが急速に変わりつつある社会の実態を把握できなくなっていることの表れだろう。ページの頭へ

 

関連掲示

・2016年米国大統領選挙についての拙稿は、下記に掲示しています。

 「国際関係

 目次から

  D07 アメリカの二大政党と政治構造

  D08 トランプVSヒラリー〜2016年史上最低の米国大統領選挙

  D09 ヒラリー・クリントンのEメールから浮かび上がった重大事実

 

2.トランプが勝ったのはなぜか

 

●異端児・暴言王の勝因は何か

 

 トランプは、米国政界の異端児であり、選挙期間中、共和党内でも反発が多く上がった。暴言王であり、セクハラの常習者であり、大統領に品格を求める米国民の顰蹙を買った。だが、そのトランプが大統領選を制した。ヒラリーだけは嫌だ、トランプの方がましだ、という消極的な選択をした人々も多かっただろう。どうしてこのような人物が、大統領選に勝てたのか。

 勝因は、いくつか考えられる。主な点として、(1)グローバリズム、特に不法移民増加への不満に応えた、(2)低学歴の白人労働者に働きかけた、(3)激戦州に効果的に力を入れた、(4)民主党離れが起っていたーーこれら4点を挙げたい。

 

(1)グローバリズム、特に不法移民増加への不満に応えた

 トランプは、「アメリカ・ファースト」を訴え、ブッシュ子、ビル・クリントン、オバマの各政権で共和、民主両党の主流派が推進してきたグローバリズムから自国第一主義への転換を唱えた。オバマ政権の政策とそれを継承しようとするヒラリー・クリントンの政策を激しく非難した。過激な表現を多発することで、民衆の不満を自分への支持に向けた。TPPから脱退し、海外投資拡大の路線から、国内経済重視の路線に転換し、外国に奪われた雇用を取り戻すことを訴えた。米国民でも国民の多数が不安や不満を募らせている不法移民の増加について、トランプは強烈な表現で対処を打ち出した。トランプは、メキシコ人の不法移民問題について「彼らは麻薬や犯罪を持ち込む。強姦犯だ」「メキシコとの国境に壁を作り、費用はメキシコに持たせる」と言い切った。イスラーム教徒については「彼らはわれわれを憎んでいる。米国を憎んでいる人たちがこの国に来るのを認めるわけにはいかない」として入国禁止を提案した。トランプはこうした排外主義的で人種差別的な論調の発言を繰り返した。それが、米国の多くの国民の心を強くとらえた。

 

(2)低学歴の白人労働者に働きかけた

 トランプは、米国人口の約35%を占める高卒以下の低学歴の白人労働者に目をつけた。オバマ政権下で、彼らは、不法移民を含む有色人種の移民に仕事を奪われたり、移民の存在によって給与が下がったりしている。そのことに対する不満が鬱積しているのを、トランプ陣営は読み取った。

 本来共和党は富裕層に支持者が多く、主に大企業・軍需産業・キリスト教右派・中南部の保守的な白人層などを支持層とする。民主党は労働者や貧困層に支持者が多く、主に東海岸・西海岸および五大湖周辺の大都市の市民、ヒスパニック(ラティーノ)、アフリカ系・アジア系など人種的マイノリティに支持者が多い。ユダヤ系には民主党支持者が多い。民主党にはニューヨークのユダヤ系の金融資本家から多額の資金を得ているという別の一面もある。またロックフェラー家が民主党最大のスポンサーとなっている。

 貧困層に支持を訴えるのは民主党の定石だが、トランプは共和党でありながら貧困層に訴えた。白人と有色人種の人種的な対立を刺激し、白人の支持を獲得しようとしたのである。トランプは、低学歴の白人労働者の鬱憤を代弁し、また煽り立てた。君たちの生活が苦しいのは、君たちが悪いのではない、悪いのはあいつらだ、と敵を作って大衆に示す。それによって大衆の怒り、不満、憎悪等の感情を描き立て、その感情の波に乗って権力を採るという手法を取った。マスメディアを信用せず、批判を繰り返し、直接大衆に訴えた。一種のポピュリズム(大衆主義)である。そうすることによって、トランプは白人と黒人、ヒスパニック等の有色人種、キリスト教徒とイスラーム教徒等の間を分断し、自分の支持者を獲得していった。結果として、トランプが獲得した選挙人数がヒラリーを上回ることになった。

 

(3)激戦州に効果的に力を入れた

 米国大統領選挙は直接選挙ではなく、勝者は州ごとの選挙人団をどれだけ確保できるかで決まる。支持率で下回っても、選挙人団を多く獲得すれば勝利する。逆に支持率で上回っても、獲得する選挙人団が少なければ、破れる。勝利に必要なのは、選挙人数539人の過半数となる270人の獲得である。総得票数を伸ばすよりも、各州の選挙人を獲得する戦術が重要になる。特にスイングステーツと呼ばれ、選挙の度に、共和党が勝ったり、民主党が勝ったりする州で勝つことが、勝敗を大きく左右する。

 トランプ陣営は、それまで大統領選挙の投票にあまり行かなかった白人約500万人の票に狙いを定めて、選挙運動を行った。彼らの多くは、新自由主義とグローバリズムによって、職を失ったり、収入が激減したりして、既成の体制に最も強い不満を持っている人たちである。もともと投票に行かなかった集団ゆえ、従来の選挙予測の方法では行動が読みにくい。マスメディアは、彼らの動向をとらえることが出来ていなかった。世論調査では出てこない「隠れトランプ支持者」が多数伏在していた。激戦州では、彼らの票が勝敗に大きく影響したと見られる。

 ただし、この点はさらに分析が必要である。ABCニュースが投票日当日行った出口調査では、世帯年収3万ドル以下の世帯のうちトランプに投じたのは41%、ヒラリーに投じたのは53%だった。また、世帯年収5万ドル以上の世帯では、すべての層でトランプが上回った。大卒でもトランプが49%、ヒラリーが45%だったと報じられた。この調査結果がどの程度正確なものかわからないが、この数字に拠る限り、伝統的に共和党の支持者は富裕層に多く、民主党の支持者は貧困層に多いという基本的な傾向は変わっていないことになる。過去の大統領選挙の時の調査と比較対照する詳細な分析結果を待つ必要があるだろう。

 

(4)民主党離れが起っていた

 米国の大統領選挙は、同日に行われる他の選挙の結果と合わせて捉える必要がある。4年に1回の米国大統領選挙は、連邦議会の上下両院の選挙を伴う。大統領と連邦議会議員が同時に全部選び直される。今回の選挙では大統領に共和党のトランプが選ばれるとともに、連邦議会では上下両院とも共和党が多数を占めた。共和党が権力を掌握し、政策を強力に進めることが可能な状況となった。州知事や州議会でも、共和党が躍進した。 共和党は、2000年代から連邦レベル、州レベルの双方で勢力を増してきたが、今回の選挙の結果、1920年代以降で最も大きな勢力を得た。

 オバマ大統領自身は2期8年の最後に至っても、56%という高い支持率を維持している。しかし、彼が率いる民主党は、国民多数の支持を失ってきた。それが今回の結果にはっきり出た。ヒラリー・クリントンの敗北は、彼女の敗北だけでない。民主党が大統領選挙でも連邦議会選挙でも州議会選挙でも、大敗北を喫した。ヒラリーが嫌われただけでなく、民主党離れが起こっていたのである。民主主義社会の大衆は、長く一つの政権が続くと不満が蓄積し、とにかくいままでと違う政治を望み、変化を求める傾向がある。特に米国は二大政党の間で政権交代が起こりやすい社会ゆえ、その傾向が強い。

 

●分断による勝利のため統合は困難

 

 トランプVSヒラリーの選挙戦は、互いに相手を激しく罵り合い、米国は大きく二つに分かれた。米国の大統領選挙ではいつものことだが、今回は史上最低の選挙戦といわれる中で、かつてなく対立が激しく、熱くなった。トランプは、意図的に白人と有色人種、キリスト教徒とイスラーム教徒等を分断した。この分断は、米国社会全体の分断である。人種差別や性差別等をなくし、社会の統合を図ってきた米国の長年の取り組みを、逆方向に戻すような分断である。米国社会を分断し、主に白人労働者の不満をエネルギーとすることで、権力を握ったと見られる大統領が、米国を一つの国家に統合していくのは、容易なことではないだろう。自分が国民を分裂させて対立感情に火をつけ、煽った人間が、大統領の座を手に入れると、大衆に向かって、選挙は終わった、一つになろうと訴えても説得力がないだろう。

トランプは、勝った。もっとも304人の選挙人を獲得したと言っても、ヒラリーに圧勝したとは言えない。というのは、総得票数では、ヒラリーが280万票以上、上回っているからである。2.1ポイントの差である。トランプは、得票数で負けて選挙人数で勝った5人目の大統領となる。ヒラリーへの票がトランプへの票を上回ったということは、投票した過半数の有権者はトランプに反対しているということである。彼らが選挙結果に対して抱く不満は、容易に解消しないだろう。

しかも、米国政府は、ロシアのサイバー攻撃による情報のリークや集計への介入があったと発表している。それによって、選挙の結果に納得のいかない人々の不満は一層強まっている。オバマ大統領は、2016年12月16日にプーチン大統領の関与なしになされることはまずないという認識を述べ、同年9月に中国で行われたG20の際に、直接プーチンにやめるよう警告したことを明らかにした。米国の歴史で、大統領選挙に外国が介入したというのは、初めてのことである。独立主権国家である自由民主主義の国に対する重大な主権侵害である。トランプは、ロシアが自分を勝たせるためにサイバー攻撃をしたことはあり得ないと否定しているが、トランプは選挙期間中、ヒラリーが国務長官時代に私用メールアカウントで重要情報をやり取りしていたことを非難し、ロシア政府にハッキングを要望する発言を公の場で繰り返していた。オバマ大統領は自分の任期中に調査結果を報告するようCIAに指示を出している。国家機関が確かな証拠を提示したならば、疑いはトランプ自身にも向かうだろう。

 共和党の内部にも、不和が生じている。トランプは共和党の異端者で、主流ではなく非主流ですらない特異な存在だった。もとは民主党の支持者でクリントン夫妻を支援していた。共和党は選挙期間中、この異端者をめぐってトランプ支持と不支持に分かれ、有力者多数がヒラリーを支持すると公言したことにより、分裂のモーメントをはらんでいる。こうした共和党のとりまとめも、トランプ政権の大きな課題の一つである。閣僚人事等で共和党の融和を図っているが、何かきっかけがあれば、そのモーメントが動き出す可能性がある。

 トランプの熱心な支持者の一部は、トランプをただの破壊者ではなく、アメリカ社会の変革者だと仰ぐ。トランプは言う。「Make America great again(アメリカを再び偉大にしよう)」と。彼らは、トランプは、ヒラリーが象徴する既成支配層(エスタブリッシュメント)に挑み、これまでの体制を変革してくれる指導者だと信じているようである。だが、トランプは、閣僚人事において、世界的大企業の経営者や投資銀行の幹部、著名投資家等を多く木湯している。このことは、トランプがエスタブリッシュメントとの関係を保持していることを表している。トランプは、大富豪を中心とする支配層に、新たなメンバーとして迎え入れられたのである。

 アメリカ合衆国には、国王がいない。君主制国家の英国から独立した国だからである。しかし、人間には国王のような象徴的で権威的な存在を、集団の中心として求める心理傾向がある。米国の大統領は、平等な個人の中から選ばれた政治的指導者だが、国王の心理的な代替物のような性格を持つ。政治の実務を担う首相と、国家・国民統合の象徴性を担う大統領の両方を定めている国が少なくない中で、米国では、大統領の一身に政治的指導者と象徴的指導者の両面を凝集している。それゆえ、4年に一度の大統領選挙は、選挙によって国王の代替者を選ぶのに似た機能を持つ。民主的に合法的に国王が交代し、王朝が交替するようなものである。トランプ大統領の誕生は、いわばトランプ王朝の誕生であり、トランプ家は、アメリカの新たな王家に成り上がる。オバマ家の黒人王朝から、トランプ家の白人王朝への交替である。政治家である大統領が国王のごとき存在となる証に、その妻が「ファースト・レデイ」という名の王妃のごとき存在となり、その子たちが大統領夫妻とともに、大衆の前に姿を現す。子らは、国王と王妃を取り巻く王子や姫君のような存在となる。そのため、新たな王家のごとき集団は、おのずとエスタブリッシュメントの一角を占める存在となっていく。ドナルド・トランプを変革者と仰ぐ支持者たちの期待は、やがて裏切られることになるだろう。ページの頭へ

 

3.どのような政策が行われるか

 

●新たな日米関係の構築を

 

 トランプ政権では、どのような政策が行われるか。日本に影響するもの、日本が対応を擁するものを中心に検討したい。

 まず重要なのは、どのような政策が行われるにせよ、わが国は新たな指導者との間で、新たな日米関係をしっかりと構築しなければならないことである。

 安倍首相は、2016年(平成28年)11月8日にトランプが勝利するや、逸早くトランプに連絡し、ニューヨークで会談することを提案した。アルゼンチンで行われるAPECに向かう予定を生かした見事なアポ取りだった。11月18日世界各国首脳の中で最も早く安倍=トランプ会談が行われた。実に良いタイミングだった。

 トランプ大統領の登場は、欧米におけるグローバリズムへの反発とナショナリズムの復興という大きな動きの中の現象だが、アジア太平洋地域では、国際政治と安全保障に大きな不確実性と混乱をもたらすことが懸念されていた。

 安倍首相には、トランプに、日米同盟の重要性、同盟強化がもたらす米国の利益、日米協調による双方の経済利益、中国覇権主義の危険性等をしっかり理解してもらうことが期待された。

 会談の終了後、安倍氏は「トランプ次期大統領とは、じっくりと、胸襟を開いて、率直な話ができた、大変温かい雰囲気の中で会談を行うことができたと思っています。共に信頼関係を築いていくことができる、そう確信の持てる会談でありました」と語った。また「同盟は信頼がなければ機能しません。トランプ氏は信頼できる指導者だと確信しました」と述べた。安倍氏が話したことにトランプが基本的な理解を示したことを示唆するものだろう。安倍氏は日米同盟の重要性、TPPと自由貿易の意義等について説明したと見られる。そして、日米の指導者がどうあるべきか、彼に筋金を入れるような、しっかりした考え方を伝えたのだろう。

 安倍首相は本年1月に再び渡米し、トランプ新大統領と正式な会談を行う予定とのことである。互いの信頼関係・相互理解を深めてほしいものである。

 

●TPPからの離脱を宣言

 

 次にトランプ政権で予想される政策のうち、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)と経済政策、外交・安全保障政策について述べる。

 まずTPPについてだが、トランプが大統領選で支持された理由の一つは、「TPPは米国の製造業を破壊する」という主張だった。トランプは昨年11月22日、当選後初めてTPP離脱に言及し、「就任初日にTPPを脱退する意志を表明する」と宣言した。安倍首相との会談、APEC開催後の発言だから、なおトランプに翻意を期待することはできないだろう。ここまで言っていながら持論を変えたら、彼のコアな支持者たちが離反するだろう。

 TPPは、関税削減・撤廃を通じ市場を開放するだけでなく、投資やサービス、知的財産権保護など幅広い分野の共通ルールを定めようとするものである。自由貿易を拡大する広域経済協定だが、同時に米国主導で各国の文化・伝統・価値観を排除し、グローバリゼイションを徹底的に進めようとするものである。私は、その点に問題が多いと見て、本当に日本の国益になるのか、疑問を持ち続けてきた。

 TPPには、わが国にとってメリットとデメリットがある。わが国は、もともと米国主導のTPPへの参加に慎重な姿勢を取っていたが、かなり遅れて議論に参加し、後に積極的に交渉を行うようになった。とはいえ、明らかに米国追従やむなしという中での部分修正の努力だった。一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。私は、ここ4年間近く、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。

 オバマ政権はTPPの交渉で、自国の主張を押し通して強硬姿勢を崩さなかった。交渉開始から2015年10月に大筋合意に達するまでほぼ5年半を費やした。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。世界は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日欧間の経済連携協定(EPA)など巨大経済協定を目指すのが潮流となっている。巨大経済協定は、自由貿易圏の拡大になる。しかし、その一方、各国の事情を無視した一律の規定を飲むことは、マイナスになる。二国間協定で、相手国ごとに細かく規定を決めた方が、こうしたマイナスを避けられる。

 わが国が米国に安易な妥協をすることは、大きく国益を損なう。TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに大きな意味があるとすれば、台頭する中国への対抗である。オバマ政権は中国を経済的に包囲するという思惑から、TPPを推進してきた。特にわが国の場合、国防を米国に依存しているので、中国の軍事力から国を守るために、最終的には米国の意思に沿わざるを得ない立場にある。実際、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。日本の運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。それゆえ、日本は、TPPより憲法改正を急務としているのである。

 オバマ政権はTPPの成立を目指して12か国の交渉を主導してきたが、米国内にも、実利的な観点から、ずっと反対意見がある。詳細が不明だとして連邦議会で問題になってきた。特定の業界や企業の利益のための協定という指摘があり、TPPで米企業の海外展開が拡大しても利益を得るのは富裕層だけで、大半の労働者は取り残されるという見方もある。グローバリゼイションに伴う雇用流出や産業衰退に不満を抱く層は、TPPの効果より、それがもたらす弊害を懸念するのである。だが、それでもオバマ政権はTPPの交渉を推進してきた。

 日米、オーストラリアなど12カ国は、2016年2月4日、環太平洋連携協定(TPP)に署名した。実現すれば人口8億人、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大経済圏が誕生する。発効には域内GDPの85%以上を占める6カ国以上の承認が必要である。わが国は12月9日、協定が参院本会議で承認され、関連法も成立した。

ところが、最終段階で、米国は、国民が選んだ新たな大統領により、TPPから自国は離脱するというどんでん返しになろうとしている。発効に欠かせない米国の承認が見込めず、協定は、暗礁に乗り上げそうな状況である。ヒラリー・クリントンもTPPに反対を唱えていたから、いずれにしても米国はTPPを脱退することになっただろう。

 米国にとってTPP離脱は、一部では雇用の回復や製造業の復興になるだろうが、その反面、推進派がもともと狙っていたグローバリゼイションの推進による利益は得られなくなる。また、TPPの交渉中に浮上してきたRCEPとの関係から生じる得失も生じる。特に中国との関係がポイントである。米国の離脱でTPPが発効しなければ、それによって生じた空白は、RCEPで埋められることになるだろう。RCEPは米国が入っておらず、GDP最大の国は中国だから中国主導となる可能性が高い。

 この点に関して、米議会の諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は、2016年11月16日に年次報告書を公表した。報告書は、次のような試算を紹介しているという。(1)TPPが発効せず、日本や中国が参加するRCEPが発効した場合は、中国に880億ドル(約9兆6千億円)の経済効果をもたらす。(2)TPPが発効してRECPも発効した場合は、中国に720億ドルの経済効果がある。(3)TPPが発効してRCEPが発効しなかった場合は、中国の経済損失が220億ドルに上る。この試算によれば、TPPが発効されなければ、いずれにしても中国を大きく利することになると予想される。

 一方、米国は、RCEPが実現すれば、対日貿易で米企業が中国企業より不利になると見られる。日欧EPAが合意すれば、豚肉輸出でデンマークに後れを取る可能性がある。牛肉輸出は、日本とのEPAが発効したオーストラリアより悪条件のままになるなどの見方が出ている。

 ただし、経済的な予測は、しばしば特定の政治的集団や財閥・業界等に都合のいいように、数字が並べられることがあり、軽信することはできないので、複数のシミュレーションを比較検討する必要があるだろう。いずれにしてもトランプは、TPPを離脱することによる損失よりも、それで得られる利益を取ろうとしていることは間違いない。

 トランプは、本年1月20日、おそらくTPP脱退を宣言するだろう。わが国の指導者が、トランプにTPP離脱を思いとどまらせるために、自由貿易主義を訴えるだけではだめである。100%の自由貿易は一個の理念であって、それが国益になるのは、かつてのイギリス、近年までのアメリカのような地球的な覇権国家にとってのみである。それ以外の国々は、自国の国益のために、自由貿易を基本としながらも、一部の産業や雇用に保護貿易政策を取るのは、当然である。目的は、自由貿易主義の理念を実現することではなく、民利国益を追求することだからである。そこを考え違いしてはならない。米国ですら、総合的に見て100%の自由貿易は不利とみれば、一部保護貿易政策を取ることを考えるのである。資本主義の経済活動は、理念の追及ではなく、利益の追求で行われている。自由貿易主義を説くだけでは、トランプをTPP継続に転換させることはできないだろう。

 では、わが国政府は、米国がTPPを脱退した場合にどうするか。シナリオを準備してきたのだろうか。米国抜きでTPPを日本主導で進め、発効条件や内容の修正を図るのか。日本もTPPをやめて、二国間での自由貿易協定の組み合わせに進むのか。中国が中心となるRCEPに軸足を移すのか。

 日本は、経済的利益の追及だけでなく、中国の脅威から日本とアジアを守る安全保障の課題と合わせて、主体性を持った戦略的な構想力を求められている。そして、その戦略的な構想力を発揮し得るのは、日本人の手で憲法を改正し、まっとうな独立主権国家のあり方を回復したときのみである。

 

関連掲示

・TPPに関する私見は、下記の拙稿「TPPは本当に国益になるのか」をご参照ください。

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●国民経済・雇用重視の経済政策

  

 トランプの経済政策は、国民経済と雇用を重視する考え方に立つ。選挙期間中にトランプが出した契約書には、TPPの離脱の他に、アメリカの雇用を守る、NAFTAの再交渉・離脱等の政策が書いてある。トランプが掲げる経済政策の柱は、(1)保護主義的な通商政策、(2)インフラ投資拡大、(3)大型減税、(4)金融規制の緩和などである。

 まず(1)の保護主義的な通商政策については、貿易不均衡の是正策として、輸入制限などの保護主義的な政策を行うと見られる。トランプは選挙期間中、メキシコからの輸入増を問題視し、北米自由貿易協定(NAFTA)を「史上最悪の協定だ」と断じた。メキシコには、トヨタ自動車やホンダが製造拠点を構え、メキシコで作った車を関税なしで米国に輸出している。これに関し、トランプは「日本車にかける関税を38%に引き上げる」と発言したことがあり、日本車への関税引き上げが議論されるだろう。世界第一の経済大国・米国で保護主義的な傾向が強まると、世界的に自由貿易による貿易が縮小し、経済規模が縮小すると予想される。

 次に(2)のインフラ投資拡大について、トランブは公共投資を拡大すると言っている。この政策は、「小さな政府」で政府はできるだけ市場に介入しないという共和党の伝統的な考え方とは異なる。だが、インフラ整備のような巨大な事業は、政府が計画的に行わないと、民間に任せていたのでは、容易に進まない。1980年代にレーガン政権は、軍備増強を強力に進めた。軍備増強は政府が行う公共事業である。トランプ政権の安全保障政策については、次の項目について書くが、予想される軍備増強を実施すれば、公共投資によるGDP拡大になるだろう。

 (3)の大型減税、(4)の規制緩和については、レーガンの経済政策、レーガノミクスを想起させる。法人税の減税や各種の規制緩和は、供給する側の力を強化する改革であり、サプライサイド強化策となる。サプライサイドとは企業側を指す。トランプがこれらの政策を(1)()と合わせてどのように、またどの程度行うかは、未詳である。

 レーガノミクスを振り返っておくと、1980年代にレーガン政権は、新自由主義・市場原理主義を取り入れた政策を、8年間にわたって行った。新古典派的なフラット税制を導入して、法人税と所得税を極端に低くし、一部の富裕層と株主や経営者の所得を最大にする財政政策をとった。大幅減税で税収が激減し、財政赤字が拡大した。またインフレ抑制とドル資金をアメリカに呼び寄せることを目的に高金利政策とドル高政策をとったために、製造業は海外に生産拠点を移した。その結果、輸出が減り、輸入が増えて、貿易収支の赤字が拡大した。

 レーガン政権は、政策は物価安定のため貨幣量の増加率を一定率に固定するにとどめよ、というマネタリズムによる通貨供給重視の政策を行った。ところが、その一方、新古典派が批判したケインズ主義的な積極的大型赤字財政をも行い、ソ連の軍拡に対抗して軍備増強を進めた。それによって、ソ連を軍拡競争に引き込み、経済力の違いによって、ソ連を崩壊に導いた。だが、軍事費の増大は、国家財政を圧迫した。これらの要因が重なり、アメリカは財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」を抱えるようになった。

 1985年(昭和60年)9月、アメリカはドル高の是正のため、先進5カ国に協力を求め、プラザ合意が結ばれた。軍拡競争でソ連を破ろうというアメリカの世界戦略に、日本は経済面で協力した。価値が下落したドルを支えるために行ったプラザ合意で、わが国は、急激な円高、その影響による土地・株のバブル、バブルの崩壊、デフレ不況といった苦難を味わった。戦後、先進国でデフレに陥ったのは、日本のみである。第2次安倍政権は、20年以上続くデフレからの脱却に取り組んでいるが、容易な課題ではない。

 トランプの経済政策は、レーガノミクスと共通点があるので、わが国は同じような結果に陥らないようしっかり研究して、主体的に対応することが求められる。

 トランプの経済政策について、レーガノミクスとの類似を指摘するエコノミストの一人に、産経新聞編集委員の田村秀男氏がいる。田村氏は、2016年12月3日の記事で、「インフラ整備を目標とした財政出動を言明し、『小さな政府』を掲げたレーガン政権とは異なるのだが、政策の対外的な帰結は似通ったものになりそうだ」と見る。そして、「レーガン政権は主なターゲットを日本とし、プラザ合意によるドル高是正と貿易相手国に報復する通商面での強硬路線をとった。トランプ政権は今回、中国を対象に同様の策に出そうだ」と、対象は日本ではなく、中国になりそうだと予想している。

 トランプが大統領選で勝利すると、最初は「まさか」の衝撃が世界を走ったが、間もなく市場はトランプ政権への期待を感じさせる動きを見せている。ドル高、金利高が始まり、米国債が売られて金利が上昇し、株式とドルが買われるという展開である。田村氏は、次のように見る。「政権発足までには拡張財政がより具体化すると同時に、FRBも利上げに転じるので、金利高・ドル高傾向が定着しかねない。ドル高は米産業の競争力を減じ、輸入を増やすので、トランプ政権の製造業の復活というもくろみを潰しかねない。そこで響き渡るのはトランプ氏の『一律45%の中国向け関税』適用案だ」と。そして、「人民元安に誘導してきた中国を為替操作国として認定し、制裁する。かつて日本を主要対象とした米通貨・通商政策が中国に向く。『米中版プラザ合意』になるのか、それとも激しい米中貿易戦争になるのか」と書いている。

 これは、トランプノミクスは、日本経済よりも中国経済に対して大きな影響を与えるという予想である。

 

関連掲示

・レーガノミクスに関しては、下記の拙稿をご参照下さい。

 「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

 「救国の秘策がある!〜丹羽春喜氏1

・プラザ合意とその後の日本経済については、下記の拙稿をご参照下さい。

 「アメリカに収奪される日本〜プラザ合意から郵政民営化への展開

 

●米国は中国マネー依存が薄れ、強硬策が可能に

 

 田村秀男氏は、トランプ政権の経済政策は、「『米中版プラザ合意』になるのか、それとも激しい米中貿易戦争になるのか」と問い、「トランプ次期米政権では、かつてない日米緊密、米中緊張の構図になりそうだ」と見ている。そして、2016年12月11日の記事で、安倍政権に対し、「通貨と安全保障を一体にした対中戦略でトランプ次期政権と足並みをそろえる」ことを提案している。

 田村氏がトランプ政権でかつてない日米緊密、米中緊張の構図になりそうだと見る理由は、「米金融市場の中国マネー依存が薄れたために、日本の金融協力を支えにしたトランプ・チームは選挙公約通り、対中強硬策に打って出られるから」だという。米金融市場の中国マネー依存が減ってきていることは、非常に重要な事実である。ここにオバマ政権の対中融和政策からトランプ政権の対中強硬政策への転換を可能にする経済学的根拠がある。

 田村氏は、先ほどの記事で概略次のような説明をしている。

 米国の中国マネー依存とは、米国は世界最大の債務国であり、外部からの資本流入に依存せざるをえないことによる。2016年6月末の米国の対外純負債は8兆ドルに上っている。世界最大の債権国、日本は3・1兆ドル、中国はドイツとほぼ同水準の1・7兆ドルの対外純資産を持ち、米金融市場は日本と中国からの資金によって支えられている。中国は、2001年以降貿易黒字が急膨張し、その黒字分の一部を米国債購入に充当し、2008年には日本を抜いて最大の米国債保有国になった。同年9月15日のリーマン・ショック後、ワシントンは北京に米国債購入を求め続けた。翌年1月に発足したオバマ政権のヒラリー・クリントン国務長官は、中国に対し、人権侵害を一切口にせず、ひたすら下手に出た。北京は米国債を買い増しし続け、金融不安におののくオバマ政権とウォール街を安堵させた。以来、オバマ政権は北京に頭が上がらないままで、中国の南シナ海への進出や北朝鮮への国連制裁無視などに対して弱腰対応で終始し、人民元のIMF特別引き出し権(SDR)入りにも応じた。「国際通貨人民元」をテコにアジア全域を中国の勢力圏に取り込もうとする北京に対し、オバマ政権は無抵抗だったーーこのように田村氏は説明する。

 米国の対中貿易赤字は膨張の一途で、最近でも米貿易赤字総額の5割近くを占めている。中国は対米貿易黒字で年間約3500億ドルを稼いでいる。だが、中国はそれを米市場に還流させるどころか、米市場から投資を引き揚げている。その理由は「不動産バブル崩壊不安が漂う中国からの巨額の資本流出に伴い、北京当局が外貨準備のドル資産を売って、人民元を買い支えざるをえなくなっている」からだ、と田村氏は指摘する。

 田村氏は、次のように言う。「ワシントンは中国の金融パワーに頭を下げる情勢ではなくなった。大統領選でオバマ路線を継続し、中国に接近するクリントン氏が敗れ、路線をひっくり返すトランプ氏が勝つだけの大変化が米金融市場に起きたのだ」と。

 トランプは、経済面で中国を厳しく非難している。中国は人民元相場を低めに操作して対米輸出を増やし、米国の中間層から雇用機会を奪っているとか、「中国製品に45%の制裁関税をかける」とかと発言してきた。最近も、米企業の競争力が損なわれる人民元の切り下げと、南シナ海での巨大な軍事施設の建設を並べ、「中国が米国に対し、そうしてもよいかと尋ねたのか。自分はそうは思わない!」とツィートした。

 田村氏は、こうしたトランプの対中姿勢を評価し、「トランプ氏は経済、軍事の区別なく、中国の脅威に立ち向かおうとしている。正論だ」と述べ、「安倍晋三政権はこの機を逃してはならない。通貨と安全保障を一体にした対中戦略でトランプ次期政権と足並みをそろえるチャンスである」と提言している。

 安全保障については、次の項目に書くことにして、もう一点、経済政策に関することを書く。

 

●米国型資本主義は行き詰まっている

 

 田村氏は、歯に衣着せずに財務と日銀の両方を批判する数少ないエコノミストである。氏は、安倍政権の前からデフレ脱却を優先すべきことを説き、アベノミクスに対しては、異次元の金融緩和だけでなく、大胆な公共投資の拡大を行うことを提言する。その一方、デフレ脱却の足を引っ張る消費増税には一貫して反対してきた。TPPについては、「対米協調は日本の基本路線には違いないが、自国優先の経済思想あってこそ。国益を明確にして実現する強い意志がなければ、TPPは日本経済空白の30年をさらに延ばす」と懸念を表明してきた。

 さて、トランプ勝利の後、2016年11月13日付の産経新聞の記事で、田村氏は、グローバリズムに「ノー」を唱えたトランプを米国民の多くが支持した底流には「米国型資本主義モデルの行き詰まり」があると指摘した。米国型資本主義モデルとは、「世界最大の債務国米国が日本をはじめとする外部からの資本をニューヨーク・ウォール街に引き寄せることで成り立つ。そのための枠組みはグローバルな金融自由化ばかりではない。株主利益を最優先する企業統治という仕掛けとグローバリゼーションは一体化している」と言う。そして、「米国型資本主義には今や、トランプ氏のような異端者、劇薬の固まりのような人物の手を借りなければ、打破できないほどの閉塞感が漂っている」と田村氏は述べている。

 田村氏によると、米国型資本主義のモデルでは、企業財務のうち、株主の持ち分とされる「純資産」、すなわち株主資本に対する利益率が、金融市場の投資尺度とされる。「利益率を高める経営者にはストックオプションなど高額の報酬が約束される半面で、一般の従業員は絶えずリストラの対象にされ、給与は低く抑えられる。そんな金融主導モデルが全産業を覆ってきた」。「このビジネス・モデルはグローバリズムを推進した1990年代の民主党ビル・クリントン政権と2001年発足の共和党ジョージ・W・ブッシュ政権のもとで大成功を収めた。1994年には国内総生産(GDP)の4%余りだった外国資本流入は2007年には16%近くまで上昇する間、ウォール街は沸き立った」。そして、「世界の余剰資金は住宅市場に流れ込んで住宅相場をつり上げた。住宅の担保価値上昇を受けて、低所得者にも住宅ローンが提供された。多くの家計は値上がり益をあてに借り入れ、消費に励み、景気を押し上げた」。しかし、住宅の値下がりとともに、この借金バブルが崩壊した。それが2008年9月のリーマン・ショックである。「以降、米国への資本流入は不安定になり、縮小する傾向が続く。並行する形で、株主資本利益率が変調をきたした。上昇しかけても息切れし、低落する傾向にある。海外資金吸収は細り、そのGDP比は4%を切った。そして実体経済のほうは賃金の低迷、貧困層の拡大、中間層の消滅危機という具合だ」。これを田村氏は、「米国流株主本主義の衰退というべきか」と述べている。

 トランプは、共和、民主両党の主流派が推し進めてきたグローバリズムに「ノー」を突きつけ、国民多数の支持を得た。これから反グローバリズムの政策を行うだろうが、田村氏は、2国間交渉路線は「世界の自由貿易秩序を破壊し、米国にとってはもろ刃の剣だ」と警告する。また「安直なのはドル安路線だが、外国資本依存の米金融市場をますます弱体化させるだろう」と予想する。

 私見を述べると、米国は「物を作って売る」という経済の基本的な活動を軽視し、貨幣や証券のやりとりで利益を上げるという金融中心の活動に傾きすぎてしまった。製造業の衰退は、その結果である。米国のエリートは、大地の上に立って汗水流して働くのではなく、人工的な空間で頭を使うことだけで莫大な富を手に入れるゲームに熱中している。国民の多くが下層に至るまで、海外からの借金で豊かな生活をする生き方にはまってしまった。基軸通貨を掌握する地球的な覇権国家だから可能になった倒錯状態である。こうしたアメリカ人の生き方、価値観を改めない限り、米国経済の再建は成功しないだろう。必要なのは経済政策の転換よりも、生き方、価値観の転換である。オバマには、米国を根本的に再生しようとする理念も意思も見られなかったが、トランプも同様である。ここに気付かないと、いずれアメリカという帝国は腐敗・倒壊する。

 次に、わが国は、トランプの経済政策にどのように対応すればいいか。田村氏は「日本は表面的なトランプショックに惑わされず、米国モデル追随路線を見直す機会にすべきだ」と主張する。「米国型株主資本主義モデルをお手本とする日本の経済界の追随路線」では、日本産業界の株主資本利益率は米国をしのぐが、「実体経済への恩恵にならないどころか、むしろ成長の妨げになっている」と田村氏は指摘する。そして、次のように言う。「賃金の上昇を抑えて、株主資本の一部である利益剰余金を膨らませても、国内はデフレ圧力が高まる。デフレの下では円高になりがちなので、たとえTPPを推進しても国内産業が自由化利益を得るとはかぎらない。米国型モデルの不発ぶりは本家ばかりでないことをこの際認識し、日本型を追求すべきではないか」と。

 私は、田村氏の上記の提言の趣旨にも賛成する。日本人もまたグローバリゼイション=アメリカナイゼイションの進行の中で、アメリカ人の生き方、価値観を模倣し、本来の経済活動を見失っている。米国型株主資本主義の追従を脱し、日本型の国民全体や企業共同体の利益を追求する資本主義に立ち戻るべきである。田村氏の提言の根底にあるのは、わが国が主体的な経済政策を行うべきだということである。先に田村氏が、安倍政権に「通貨と安全保障を一体にした対中戦略でトランプ次期政権と足並みをそろえる」ことを提案していることを書いたが、これもわが国が自らの戦略を以って自らの意思で行うのでなければ、対米追従の繰り返しになる。中国経済は悪化し、米国の中国マネー依存が薄れ、米国の対中政策が強硬策に転じようとしている。その米国では、米国型資本主義が行き詰まっている。わが国は、米国型資本主義の模倣を脱し、日本型資本主義の再興を図りつつ、対中政策においても、米国に追従するのでなく、米国と対等の立場で連携する姿勢を取るべき時にある。次の項目に書く外交・安全保障についても同様だが、いまわが国はトランプ政権の誕生を前にして、独立主権国家としての真に主体的なあり方を迫られているのである。

 

●「アメリカ・ファースト」の外交政策

 

トランプは、軍務を含めて公職に就いたことがなく、国家を担う外交も安全保障も経験がない。こうした人物が米国の大統領になるのは、初めてである。そして、いきなり世界に巨大な影響を与える外交を指揮することになる。

トランプは、外交について「アメリカ・ファースト」を唱えており、自国第一主義の外交を試みようとしている。アメリカ的理念を広める理想主義的な外交ではなく、パワーバランスを保ちながら、個々の事象について実利を追及する現実主義的な外交を行うだろう。タフ・ネゴシエイターとして知られる実業家の発想で、交渉を「取引(deal)」と見て、外交問題を処理するだろう。イスラーム教過激派の掃討、不法移民の流入禁止、不法移民のうち犯罪歴のある者の強制送還等を説いており、これらをテロ対策と絡めて実行する考えである。また、ロシアとの関係改善を望む一方、中国に対しては強硬な姿勢を取ろうとしている。

 トランプの根底にあるのは、米国の伝統的なアイソレイショニズムである。アイソレイショニズムは、しばしば孤立主義と訳されるが、不干渉主義と訳した方がよい。国際社会で孤立しようというのではなく、自国以外のことには干渉しないという態度を意味する。

 現在の世界情勢は、ロシアがクリミアを併合し、第2次世界大戦後の秩序を暴力的に変更する行動を起こしたことで、大きく揺れ動いている。中国は南シナ海での軍事拠点づくりをして、覇権主義的行動を強めている。中東ではシリア内戦が深刻化する中からISILが台頭し、米・欧・露等が参戦し、一大国際紛争が繰り広げられている。ISIL掃討作戦は帰結が見えない。イスラーム教過激派によるテロが世界各地で続発し、米国内でも多発している。こうした情勢において、もしアメリカが自国本位の不干渉主義を取れば、世界の不安定化を助長することになるだろう。

 さらにアメリカが不干渉主義の姿勢を固めるならば、アメリカが世界のリーダーであることを止めることになる。仮にそうなれば、世界にリーダーがいなくなるおそれがある。近年、超大国アメリカが衰退する一方、中国・ロシア・新興国等が増勢することにより、多極化が進んでいる。そうした長期的な構造的変化の中で、アメリカが「世界の警察官」であろうとすることを止め、さらにリーダーであることからも退くならば、国際社会の力のバランスが大きく崩れる可能性が出て来る。そのため、トランプの自国第一主義的・不干渉主義的な発言は、多くの懸念を呼んでいる。

 だが、トランプは、不法移民の流入禁止、不法入国者のうち犯罪歴のある者の強制送還等を説き、テロ対策に力を入れることを公言しており、今日のテロ対策には自国における対応を強化するだけでなく、テロリストの根拠地を殲滅することが不可決である。テロに関して自国の利益を第一に追及するには、その利益を損なう原因を国の内外から除去しなければならない。そこに、アメリカの不干渉主義を許さない現在の世界の状況がある。

 そうした中で、トランプは、米国の外交をグローバリズムの外交からアイソレーショナリズムの外交に転換しようとしている。これは大きな方針転換だが、トランプは、国家外交の素人である。外交の実務や研究に携わったことがない。それだけに外交の責任者である国務長官の人事が重要である。国務長官は最重要閣僚でもある。2016年12月13日、トランプは、その要職にテキサスに本拠のあるロックフェラー財閥の石油メジャー、エクソンモービルの会長兼最高経営責任者(CEO)、レックス・ティラーソンを指名した。ティラーソンもまた政府の外交・安全保障に関する公職を経験したことがない。そうした民間人の国務長官起用は極めて異例である。外交の方針を大きく転換しようというのに、大統領も国務長官も両方が、政治家として外交の実務経験がないというのは、トランプ政権の弱点となるだろう。

 トランプは、「頑強不屈、幅広い経験、地政学への深い理解」を挙げて、ティラーソンが世界屈指の大企業を経営した手腕や原油国のロシアと大きな取引をしてきた経験を賞賛している。特に石油ビジネスを通じて築いてきたロシアのプーチン大統領とのパイプを、悪化した米露関係の改善につなげる意図があると見られる。ティラーソンは、1999年からプーチンと付き合いがあり、「非常に親しい関係」だと自ら語っている。ロシア側からエネルギー部門での協力強化が評価され、プーチンから外国人に授与する最高の「友情賞」を受賞している。ティラーソンは、ロシアがクリミアを併合した際はオバマ政権による経済制裁に反対した。自分の会社に大きな損害があったからである。それゆえ、ロシアに対して警戒心を持つ政治家やロシアに対して強硬な政策を行うべきとする共和党員などから、この人事への疑問や反発が上がっている。

 トランプは選挙期間中、プーチン大統領を賞賛し、プーチンを「バラク・オバマよりも優れた指導者だ」と発言した。米国は冷戦時代、旧ソ連を最大のライバルとしたので、大統領及びその候補者がロシアの指導者を賞賛するのは、異例である。トランプの一方的な思い入れではないかと思うが、プーチンの指導力を称えるとともに、ロシアとの関係改善の必要性を強調してきた。その一方、中国に対しては、経済的・軍事的に強硬な姿勢を取ろうとしている。シリア内戦をめぐる米露対立を解消し、中東情勢を改善したうえで、米軍の力を対中国に集中する計画があるとも見られる。

 トランプの外交政策は、まだ全体像が見えない。それに比べ、安全保障政策については、かなり骨格が明らかになってきている。外交と安全保障は一体のものゆえ、安全保障政策の概要を把握したうえで、外交政策を検討するのが良いだろう。

 

●米軍の大増強を伴う安全保障政策

 

 トランプは、2016年11月上旬、8日の投票日直前になって、安全保障に関して、米軍の戦力を陸、海、空で増強し、最新のミサイル防衛システムを開発することが必要だとし、「米軍の大増強」に着手する考えを明らかにした。

 具体的には、(1)陸軍を49万人から54万人に、(2)海兵隊を18万人から20万人に、(3)空軍戦闘機を1113機から1200機に、(4)海軍を272隻体制から350隻体制に、などとする政策である。この政策は、88名に及ぶ現役の提督や将軍たちに公的に支持され、幅広く国防関係者たちの間でトランプ支持が広まったと伝えられる。

 そして、トランプ陣営は、米軍大増強策のもとに、政権立ち上げを進めていると見られる。安全保障関係の閣僚人事としては、早々に国家安全保障担当の大統領補佐官に、マイケル・フリンの起用が決まった。本職は、米政府の安保政策の方針を決める国家安全保障会議(NSC)の事実上の司令塔といわれる。フリンは元陸軍中将・元国防情報局長で、11月18日の安倍トランプ会談で、トランプから首相にいち早く紹介された。イスラーム過激派への強硬姿勢で知られる。選挙期間中、10月に日本を訪れ、菅義偉官房長官ら政府関係者や自民党関係者と会談した。当時、わが国の政府首脳は、アメリカのマスメディアとその影響を受けた外務省の情報を信じ、トランプが大統領になるとは、ほとんど考えていなかった。だが、トランプの方は本気で選挙で勝つことをめざし、日本との関係づくりをしていたということだろう。

 国防長官には、元中央軍司令官ジェームズ・マティスが指名された。マティスは海兵隊の元大将で、アフガニスタンやイラクで戦闘を指揮し、中東地域を統括する中央軍司令官を2010年から13年まで務めた。トランプはテロ対策を重視しており、マティスの豊富な経験や、ISIL・アルカーイダ等への厳しい姿勢を評価したとみられる。マティスは、イランにも強硬姿勢を示しており、同国との核合意に反対している。軍人出身の国防長官となれば、66年ぶりとなる。海兵隊将官では初めてである。トランプが安全保障政策に力を入れ、軍備を増強し、強いアメリカの復活を目指していることの証だろう。マティス国防長官が実現した場合、安倍政権は、この真にプロフェッショナルな相手と連携できるように、自衛隊出身者等に防衛大臣を変えた方がよい。

 テロ対策や国境警備を統括する国土安全保障長官に、元海兵隊大将のジョン・ケリーが指名された。中南米を担当する南方軍司令官として不法移民や薬物の問題に取り組んだ経験を持つ。フリン、マティスに続く軍人経験者である。トランプは自分軍務経験ないので、こうした元将軍たちを重用することにしたのだろう。・

 トランプは、2016年12月6日ノースカロライナ州での演説で次のように述べた。「関与する必要のない外国の体制転覆を急ぐのはやめにして、テロの打倒や『イスラーム国』の壊滅に集中すべきだ」と。この発言と一連の人事から明瞭に浮かび上がるのは、トランプが安全保障政策において、国内外のテロ対策に最も重点を置き、また、テロ対策のために中東への対応に力を注ぐだろうことである。トランプは安全保障の素人ゆえ、上記の軍人出身の閣僚や安全保障の専門家の意向が強く打ち出される可能性が高いだろう。

 テロ対策の強化、中東への軍事力増強のためには、先に書いたような軍備の増強が必要になる。軍備増強策の割合をみると、特に海軍に重点が置かれると見られる。アメリカ在住の戦争平和社会学者の北村淳氏は、「トランプ次期政権の軍事力増強案の根幹は『海軍力増強』であると言っても過言ではない」と言う。

 トランプ陣営の海軍戦略に関わっている政治家に、ランディ・フォーブス下院議員がいる。フォーブスは、海軍戦略分野における対中強硬派の代表格である。海軍長官への就任が予想されている。

 フォーブスは、オバマ政権は軍事力を削減してきたため、「ロシアと中国を勇気づけ、米国の軍事力をしのごうとする野望を抱かせた」と批判する。そして、今後10年にわたり世界貿易の3分の2、約5兆ドルが集中する太平洋地域は軍事的にも重要になると説く。海軍は、現場が必要とする保有艦船の42%しか満たされず、空軍は史上最も老朽化し、海兵隊も衰退している。そこで現在の海軍272隻体制を350隻体制に、18万人の海兵隊員を20万人にそれぞれ増強するという構想を、フォーブスは述べている。そして、トランプ政権が軍事力の強化をすることによって、ロシアと中国は「軍備増強をしても無駄になると悟るだろう」と、「力による平和」の構築を語っている。この構想には、1980年代に、強いアメリカの復活を目指したレーガン政権が取った政策に通じるものがある。

 フォーブスの国家安全保障担当補佐官であり、トランプ陣営の防衛問題上級顧問であるアレックス・グレイは、次のように語っている。

  「トランプは、中国に対して十分な抑止力の効く軍事増強を果たす。レーガン政権以来の大規模な軍事力強化を図る。特に、南シナ海には中国を圧倒する海軍力を配備し、『力の立場』から断固として交渉する。平和で自由な国際秩序を乱す行動は、一切自粛するように強く求める」「トランプはさらに日本、韓国、さらに東南アジアの同盟国、友好国との間の共同ミサイル防衛網の構築に力を入れる。その上で中国に対し交渉を求めて、国際的な規範に逸脱する軍事、準軍事の行動に断固抗議して、抑制を迫る」と。

 それゆえ、トランプ政権が米軍の大増強、特に海軍力の増強をしようとしていることは、間違いない。軍事費を約300億ドル(約3兆3237億円)増額させると見られる。

 軍事費増額のため、トランプは日本を含む同盟国に相応の負担を求めるだろう。拓殖大学客員教授の潮匡人氏は、「NATO(北大西洋条約機構)は加盟国にGDP比2%の軍事費を義務付けており、日本も同様の要求をされる可能性がある」と述べている。日本は、アメリカから大幅な防衛費の増大と自主防衛能力の強化を強力に求められることを予想しておかねばならない。

 トランプ政権が安全保障政策でやろうとしていることは、かつてレーガン政権が旧ソ連に対抗して軍備を増強したことと似ている。軍備増強には多額の費用が掛かる。レーガン政権は、レーガノミクスでそれをやった。しかし、その結果、米国は巨額の貿易赤字と財政赤字という「双子の赤字」を抱え込むことになった。この点に関しては、経済政策の項目に書いたが、わが国は過去の経験をよく振り返り、主体的な対応をする必要がある。

 

●米国は対中強硬策に転じる

 

トランプ政権の対中政策はどうなるか。外交・安全保障の知識の乏しい次期大統領に対し、もともと対中国に強硬な共和党の有力者、米諜報機関の幹部、軍関係者等が国家機密情報レベルのレクチャーを行い、暴言王をてなずけて賢くし、骨太の基本構想を抱かせてきているようである。

 

ジャーナリストの加賀孝英氏は、2016年11月25日、「トランプ氏が対中強硬方針を決断したようだ」という情報を伝えた。同日のZAKZAKの記事から、要所を抜粋して大意を示す。

米情報当局関係者曰く「『トランプ氏が、中国との激突も辞さない強硬政策を決断した』『安倍首相にも協力を求めたようだ』という極秘情報が流れている」。「各国情報機関」は、これこそが「安倍=トランプ会談の核心だ」とみている。

トランプ氏が選挙期間中、「一番激しく攻撃していたのは中国だ」。曰く「大統領就任初日に中国を『為替操作国』に認定する」「中国のハッカーや模造品に規制強化する」「中国の輸入品に45%の関税を課す」「中国の覇権主義を思いとどまらせる。米軍の規模を拡充し、南シナ海と東シナ海で米軍の存在感を高める」等。「まさに、中国との『通貨戦争』『貿易戦争』『全面衝突』すら辞さない決意表明ではないか」。

 「なぜ、トランプ氏が大統領選で逆転勝利できたのか。なぜ、ヒラリー・クリントン前国務長官が敗北したのか。カギは中国だった。国防総省と軍、FBI周辺が動いたという」

米情報当局関係者曰く「国防総省と軍は、オバマ政権の『対中腰抜け政策』に激怒していた。()オバマ政治を継続するヒラリー氏は容認できなかった」「FBIのジェームズ・コーミー長官は、ヒラリー氏の私用メール問題で、投票直前に議会に捜査再開の書簡を送り」、その後「『不正はなかった』との書簡を送って、ヒラリー氏の勢いを止めた」。「FBI内部では『なぜ、ヒラリー氏を起訴しないのか』という不満が爆発していた。『私用メール』問題は、巨額の資金集めが指摘されたクリントン財団の疑惑に直結する。クリントン夫妻は中国に極めて近い。FBIは国防総省と同様、『ヒラリー氏はノー』だった」。

「トランプ氏は、ロシアのプーチン大統領との連携も検討している。これが実現すると、シリア内戦をめぐる米露対決は解消し、過激派組織『イスラーム国』(IS)掃討作戦で結束できる。中東情勢を改善させ、米軍を南・東シナ海に集中させる計画も立てている」

「トランプ氏は今後、軍事費を約300億ドル(約3兆3237億円)増額させ、米軍の大増強を図る。日本などの同盟国には『負担増』と『役割増』を求めるとされる。米国が劇的に変わるのは間違いない。日本も覚悟と責任が求められる。だが、自国と世界の平和と繁栄を守るため、怯んではならない」と。

 

加賀氏の情報及びその分析は、別稿「トランプVSヒラリー〜2016年史上最低の米国大統領選挙」に書いたスティーブ・ピチェニックの発言、本稿に書いたトランプ陣営の軍備大増強策等から浮かび上がるものと、基本的に一致する。

米国情報機関筋に通じるピチェニックは、YouTubeビデオで、2016年11月1日に、クリントン夫妻、彼らの取り巻き、オバマ政権が密かにシヴィル・クーデタを実行することを知ったCIAとFBIは、カウンター・クーデタを行ったと公言した。投票日の11日前の10月28日にコーミーFBI長官が私用メール再捜査を発表し、投票日の2日前の11月6日に訴追はしないと再発表したことは、ヒラリー当選阻止にかなり効果的だったと見られる。

トランプは、投票日直前に米軍の戦力を陸、海、空で増強し、最新のミサイル防衛システムを開発することが必要だとし、「米軍の大増強」に着手する考えを明らかにした。

トランプ陣営の防衛問題上級顧問アレックス・グレイは、「トランプは、中国に対して十分な抑止力の効く軍事増強を果たす。(略)特に、南シナ海には中国を圧倒する海軍力を配備し、『力の立場』から断固として交渉する」「さらに日本、韓国、さらに東南アジアの同盟国、友好国との間の共同ミサイル防衛網の構築に力を入れる。その上で中国に対し交渉を求めて、国際的な規範に逸脱する軍事、準軍事の行動に断固抗議して、抑制を迫る」と語っている。

わが国は、単に米国から求められる負担増・役割増を受け身で担うのではなく、憲法を改正して日本人自身が日本を守る体制を回復し、また集団的自衛権を国際標準で行使できるようにしていかねばならない。それが、日本を守り、アジア太平洋の平和を維持する道である。

なお、トランプの対中政策の中国への影響については、後の項目で世界的な影響を述べる際に再び述べる。

 

●日本の安全保障

 

 トランプが選挙期間中、日本に関して訴えてきたことのうち、最も重要なのは安全保障の費用負担である。トランプは、米国の国益、安全を最優先する「アメリカ・ファースト(米国第一)」を掲げ、安全保障費用については、「同盟国は応分の負担をしておらず、対価を払わなければ、防衛は自国でやってもらうしかない」と米軍による日本防衛の代償を払わせると主張した。

2016年5月5日には、日本は全額負担すべきだと発言した。トランプは「米国は債務国だ。自動車(輸出)を使って経済大国になった日本に補助金を払い続けることはできない」と語り、日本と同じく米軍が駐留する韓国やドイツも名指しし、同様の考えを示した。米国が世界中で警察的な役割を担い、防衛するために、当事者国を上回る費用を支払っているとし、「それらの国は米国を助けるべきだ」と述べ、全額負担に応じない場合は、駐留米軍を撤収するとの持論を曲げなかった。

「日韓が米国の面倒をみないのであれば、私たちに世界の軍人、警察官である余裕はない」とも強調した。また、北朝鮮の脅威に対抗させるため日本や韓国に自主防衛の一環として核武装を容認するとの自らの発言を尋ねられると、「適切に米国の面倒を見ないなら、どうなるか分かるだろう。(日韓は)自国のことは自国で守らなければならなくなるのだ」と指摘した。その一方で、日韓の核武装を容認する考えを否定しなかった。これが、核武装容認論として報道された。

 こうした発言が続くので当時、もしトランプが大統領になれば、わが国は米軍の駐留費用の全額負担を要求されることを覚悟しなければならないと考えられた。また、そうなれば、対米自立・自主防衛を実現する大きなチャンスとなるという意見も多く聞かれた。

 ここで問題は、トランプが日本駐留米軍の費用負担の実態を知らずに、放言を繰り返していることだった。当時のアメリカの報道では、米国の2016年度の予算教書で人件費を含む在日米軍への支出は55億ドル (約5830億円)、日本政府が支払っている在日米軍駐留経費負担は 年間約1900億円となっていた。これは実態と大きく異なる。実際は、日本の駐留米軍の経費負担率は約75%であり、2016年度予算で7612億円が組まれている。米軍基地の光熱費や人件費などの思いやり予算に加え、基地周辺の環境対策費などが含まれる。約75%という負担率は、他の国の負担率が30〜40%台であるのに比べ、格段と多い。全額ではないが、もし全額負担するとなると、駐留米軍は日本の傭兵になってしまう。米国としてそれでいいのかという問題が生じる。また、米軍は本国に帰ると、実際にはその方費用かかる。

トランプは、アメリカは日本が攻撃されたら日本を守らねばならないが、日本はアメリカが攻撃されてもアメリカを守らない、これはアンフェアーだという考えを表明してきた。確かにわが国は国防を米国に依存する状態を続けており、日米の防衛義務は片務的である。しかし、安倍政権は集団的自衛権の限定的行使を容認した。そのことは、日米同盟を強化することになっている。トランプには、そのことも良く理解してもらう必要がある。さらに同盟国の最高司令官となるトランプに納得してもらうには、日本も集団的自衛権の行使を国際標準に引き上げることだろう。ページの頭へ

 

4.どういう政権になるか

 

トランプの閣僚人事とユダヤ人社会との関係

 

 トランプは政界の異端児であり、独裁者タイプの人物である。政治家経験も軍人経験もない実業家である。彼のような人物が強大な権限を持つ大統領になった場合、側近にどういう人材が集まり、主要閣僚にどういう人材が就くかが非常に重要である。周りをしっかりした人間が固めて、経済・外交・安全保障等について進言したり、実務を執ったりしないと、トランプはあちこちで暴走するだろう。
 トランプは、閣僚人事の最初に、共和党全国委員会のラインス・プリーバス委員長を首席補佐官に任命すると発表した。首席補佐官は、我が国の内閣官房長官に似た官邸のまとめ役であるとともに、大統領の日常の執務予定を組んだり、大統領が日々誰と会うかを決めたりする役割を担う。プリーバスは共和党の中枢にいたので、ホワイトハウスと共和党の間の調整を行い、また分裂含みの党を統括することを期待した起用と見られる。
 また、トランプは、選挙対策本部の最高責任者を務めたスティーブ・バノンを首席戦略官・上級顧問に指名した。戦略官は通常、首席補佐官より下の役職だが、トランプはバノンにプリーバスと同等という高い地位を与えるという。このことは、トランプ政権において、バノンの考え方や戦略が大きな影響力を持つだろうことを意味する。
 バノンは、バノンは元海軍将校で、退役後、ゴールドマン・サックスで投資銀行業務を行った経験があり、クリントン財団の内情をよく知っており、同財団の問題を調べ、それをヒラリー攻撃に用いたと伝えられる。
 バノンは、オンライン・ニュースサイト、「ブライトバート・ニュース」の会長で、同サイトを強硬派のポピュリズム的なニュースサイトに育て、白人至上主義者とオルト右翼(いわゆるネット右翼の総称)に人気の情報源にすることに成功した、といわれている。
 私が注目するのは、彼が反ユダヤ主義者として非難されていることである。米国ではユダヤ・ロビーが大きな力を持ち、政権に強い影響力を振るっている。そうした中で、反ユダヤ主義者との批判のあるバノンが、政権の幹部になるということは、ユダヤ人に対する態度を改めたのか。もし変えていないとすれば、彼を指名したトランプとユダヤ人社会との間で衝突が起こるのではないかと考えられる。トランプがバノンを政権の指導的な役職に指名したことを、ユダヤ名誉毀損防止同盟(ADL)は非難している。ADL幹部のジョナサン・グリーンブラットは、バノンが指名を受けた日を「悲しみの日」と呼んだ。
 これは推測だが、おそらくバノンは選挙対策本部の仕切り役に就く段階で、親ユダヤに転換しているのではないか。彼の主敵はヒラリーであり、民主党及び共和党主流派だから、反ユダヤ主義は止めるという戦略的判断をしたのだろうと思われる。今の米国ではユダヤ人社会から敵視されると、選挙で勝てない。
 ここで考えられるのが、トランプの長女イヴァンカとその夫でユダヤ教徒のジャレッド・クシュナーが、トランプ、バノン、ユダヤ人社会の間の調整役をしているだろうことである。イヴァンカは父と同じペンシルバニア大学を首席で卒業した才色兼備の実業家である。長老派のキリスト教徒として育てられたが、ユダヤ人のジャレッドと結婚するに先立って、異宗婚を避けるために戒律の厳格な正統派のユダヤ教に改宗し、ヤエルというユダヤ名を選んだ。シナゴーグを訪れた際は、ユダヤ教への篤い信仰とイスラエルへの熱烈な支持を発言しているという。
 夫の父チャールズ・クシュナーは、ニューヨークのユダヤ人社会の元締の正統派ユダヤ教徒の実力者である。ジャレッドは父から継いだ不動産開発大手クシュナー社の代表で、ドナルド・トランプとは父の代から同業者として知り合いだった。地元週刊紙ニューヨーク・オブザーバーを買収した所有者であることでも知られる。 祖父母はホロコーストの生存者だという。
 ジャレッドは、トランプの大統領選キャンペーンで政策アドバイザーを務めた。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の人脈につながるとされる。キッシンジャーは、ロスチャイルド家とロックフェラー家の両方と深い関係を持つ。ジャレッドはトランプとイスラエルの要人とのつなぎ役も果たし、2016年9月トランプがイスラエルのネタニヤフ首相とトランプ・タワーで会談した際には、その傍らにいた。現職の首相が大統領選挙中の候補者と、その本拠地に出向いて会うのだから、イスラエル側がトランプを重視していたことがわかる。
 「G0(ゼロ)」論で知られる政治学者イアン・ブレマーは、ジャレッドを「新政権のキーパーソン」と見ている。閣僚人事に参画し、次期副大統領のマイク・ペンスを責任者とする政権移行チームでも、発言力を振るった模様である。自ら参謀役として大統領補佐官に就任するかどうかも話題になった。米国の制度では、大統領の親族は補佐官にはなれない。ただし、無給であれば可能性があるとも論じられた。まだ30歳台半ばであり、政治経験もない若者が、閣僚人事に口を出したり、義父である大統領の補佐官の候補になるというのは、異常である。背後に、イスラエルと結託して米国政界に強大な影響力を持つユダヤ・ロビーが存在し、ジャレッド・クシュナーはそのパイプとなっていると考えられる。

 

●トランプ政権は富豪政権に

 

 トランプ次期大統領は、実業家出身であり、閣僚の経験も連邦議員や州知事の経験もない。政界とは無縁だった純然たるビジネスマンが、国家最高指導者になる。そのトランプは、閣僚人事で、経営者や投資家ら経済人を積極的に登用した。

 国務長官・国防長官とともに三重要閣僚の一つである財務長官には、スティーブ・ムニューチンを指名した。ムニューチンは、イェール大学で秘密結社スカル・アンド・ボーンズに入会し、ユダヤ系投資銀行のゴールドマン・サックスではパートナーという幹部職を務めた。ヘッジファンドのデューン・キャピタル・マネジメントの共同創業者である。ユダヤ人の著名投資家ジョージ・ソロス氏の下で働いた経歴もある。ゴールドマン元幹部が財務長官に就任するのは、1990年代半ば以降で3人目である。ロバート・ルービンはビル・クリントン政権で、ヘンリー・ポールソンはブッシュ子政権でそれぞれ財務長官を務めた。

 ゴールドマン・サックスは、1990年代以降、アメリカで政権への参加が最も目立つ企業である。トランプは、他にも閣僚に同社出身者を2名指名している。国家経済会議(NEC)の委員長に、ゴールドマン・サックスのゲーリー・コーン社長兼最高執行責任者(COO)を充てた。閣僚の要、大統領首席補佐官と同等と位置づけるという首席戦略担当兼上級顧問に任命されたスティーブン・バノンも同社の出身である。

トランプは選挙戦中、ヒラリーとウォール街の親密さを批判し、大衆のエスタブリッシュメント(既成支配層)への怒りや反感を、自分の票の増加に誘導した。ところが、自分が次期大統領になると、政権幹部に金融業界出身者を数多く起用している。そのことから、トランプは、ウォール街の要望に応えて、金融業務への規制緩和を行うと見られる。いわばリーマン・ショック以前の制度への回帰である。

トランプは、また最重要閣僚の国務長官に、米石油大手エクソンモービル会長兼最高経営責任者(CEO)のレックス・ティラーソンを指名した。商務長官には、著名投資家のウィルバー・ロスを指名した。ロスは、英投資銀行ロスチャイルドのファンド部門出身である。労働長官にはファストフードチェーンを経営するアンドルー・パズダー、中小企業局長には米プロレス団体ワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)のCEOを務めたリンダ・マクマホンを選んだ。このように幹部の多数を経営者や投資家が占めるトランプ政権は、富豪政権の色彩が強い。

なかでも、ティラーソンの国務長官起用は、トランプ政権が米国のエスタブリッシュメントの支持を受けていることをうかがわせる。ティラーソンがトップを務めるエクソンモービルは、世界最大の石油会社であり、「石油王」ジョン・D・ロックフェラーが始めたスタンダード・オイル社が前身である。2000年に同じロックフェラー系のエクソンとモービルが合併して今日にいたる。その社のトップが国務長官に指名されたことには、ロックフェラー財閥の意思が働いていると見られる。

どうしてこういうことになるか。2012年に書いた拙稿「オバマVSロムニー〜2012年米国大統領選挙の行方」の一節を次に引用する。

「アメリカは、実質的な二大政党制である。国民は二つの大政党が立てる候補のどちらかを選ぶ。片方が駄目だと思えば、もう片方を選ぶ。そういう二者択一の自由はある。しかし、アメリカでは、大統領が共和党か民主党かということは、決定的な違いとなっていない。表向きの『顔』である大統領が赤であれ青であれ、支配的な力を持つ集団は外交・国防・財務等を自分たちの意思に沿うように動かすことができる。アメリカの二大政党の後には、巨大国際金融資本が存在する。共和党・民主党という政党はあるが、実態は政党の違いを越えた『財閥党』が後ろから政権を維持・管理していると考えられる。

 アメリカの連邦政府は、大統領を中心とした行政組織というより、財界を基盤とした行政組織と見たほうがよい。国民が選んだ大統領が自由に組閣するというより、むしろ財界人やその代理人が政府の要所を占める。政治の実権を握っているのは財閥であって、大統領は表向きの『顔』のような存在となっている。国民が選んだ『顔』を掲げてあれば、政府は機能する。だから、誰が大統領になっても、支配的な集団は自分たちの利益のために、国家の外交や内政を動かすことができる。このようになっているのが、アメリカの政治構造である」

ヒラリーではなくトランプが大統領に就任することになったのは、エスタブリッシュメントから一般庶民の側に政権が移るのではなく、エスタブリッシュメントの中のある部分から別の部分に主導権が移ることを意味するものである。トランプの当選後、彼に「変革者」として大きな期待を寄せる人が急激に増えているが、私は、アメリカの政治構造を踏まえて評価すべきと考える。

しょせんトランプは、ロスチャイルド家やロックフェラー家等に比べれば、成り上がりの中クラスの富豪にすぎない。ただし、大統領はただの操り人形ではなく、自分の意思を持ち、またそれを実現する合法的な権限を持っているから、トランプのような独裁者型の人物の場合、自分の意思を強く打ち出し、支配層の上部を占める所有者集団と衝突が起こるのではないかと思われる。ページの頭へ


 

5.世界にどう影響するか

 

●世界的な潮流

 

世界的潮流として、欧米を中心に、グローバリズムの進展に対して、ナショナリズムへの揺れ戻しが起っている。

グローバリズムは、米国の主導で、1990年代のビル・クリントン政権、2000年代のブッシュ子政権、オバマ政権の民主・共和両党、三つの政権を通じて進展してきた。その進展は、資本の論理によって、近代国際社会の国家・国民の枠を外し、諸国の主権を制限・移譲するものである。その進展が急速であり、特に移民の流入が急激かつ多数であるので、諸国の国民から強い抵抗が出てきている。近代的な国家・国民・主権を維持・回復しようとするナショナリズムが復興し、急進的なグローバリズムに対する揺れ戻しが起っている。

人類の共存共栄は、国家否定・国民軽視のグローバリズムでは、決して実現しない。ただ、ナショナリズムを元にした諸国・諸民族の協調によってのみ、共存共栄は可能である。それゆえ、いま広範に起こっている揺れ戻しは、進むべき方向に進路を是正する動きとなっている。

 これまでグローバリズムが顕著だったのは、ヨーロッパにおいてだった。第2次世界大戦後、ドイツ・フランスが提携し、ヨーロッパの統合が進められた。1951年に欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が生まれ、57年に欧州経済共同体(EEC)が誕生。92年のマーストリヒト条約で欧州連合(EU)の仕組みが作られた。その後、加盟国が増え、現在は28カ国となっている。また、99年に単一通貨ユーロが創設され、現在EU参加28カ国のうち19カ国がユーロを採用している。

こうした超国家的な広域共同体の形成・発展を進める思想を、リージョナリズムという。ヨーロッパのリージョナリズムは、単に地域的なものではなく、地球規模の統合を目指すグローバリズムに基づくものである。グローバリズム的なリージョナリズムによって、広域共同体における国家主権の制限・一部移譲、単一市場、単一通貨、国境を越えた労働力の移動、域外からの移民労働者の大量受け入れ等が行われてきた。加盟国を広げていった結果、経済的にはドイツの一人勝ちとなり、南北間・国家間の格差が拡大している。2008年のリーマン・ショックは、グローバリズムによる強欲資本主義が引き起こした経済危機だが、その影響はアメリカ以上にヨーロッパで色濃い。債務危機を抱えるPIIGSと呼ばれる諸国家の経済状態が深刻化している。特にギリシャの債務危機は、15年6〜9月に国際的に大きな波紋を呼んだ。こうした危機を各所に抱えるEU最大の問題は、移民の増加である。西方キリスト教による西洋文明諸国だけで広域共同体を作るなら文化的な共通性があり、無理が少なかっただろうが、異宗教のイスラーム教圏から多数の移民を受け入れたために、文明間の激しい摩擦を引き起こしている。それがEUの致命的な失敗である。

2015年11月13日、EU中心部のパリで、イスラーム教過激派による同時多発テロ事件が起こった。欧州諸国は彼ら過激派、特にISILのテロに対し、協力して対抗しているが、テロは一層拡散している。またシリアの内戦が深刻化して急増した難民が、ヨーロッパに押し寄せている。

 こうした経済的・社会的・文化的な複合的危機の中で、ヨーロッパでは、単一市場から国民経済重視への回帰、移民労働者や難民の受け入れより国民の雇用・安全、排外主義ではなく国民主義による移民への規制、移民の権利より国民の権利、移民の社会保障より国民の福祉、特に雇用の確保等を求める動きが強くなっている。

とりわけ異宗教・異文明からの移民を多数受け入れるリージョナリズムに対して、ナショナリズムによる反発が起っている。欧米のマスメディアが「極右(far right)」と呼ぶ政党がフランス、オランダ等で躍進しているのは、この動きである。だが、それらの政党の考え方はリベラル・ナショナリズムであり、ネイションを守ろうとしている自由主義的で民主主義的な思想である。自国の決定権を取り戻し、移民や難民を規制ないし排除して自国民の利益を優先するものである。2016年6月、イギリスでは住民投票の結果、EUからの離脱が決定された。「極右政党」が国民を扇動したのではない。この自由主義・民主主義・ナショナリズムの発祥の地の国民の過半数が、EUや移民からネイションを守ろうとして意思表示をしたものである。イギリスのEU離脱は、歴史的なメルクマールとなる。

 こうした欧州でのグローバリズム的なリージョナリズムからナショナリズムへという揺れ戻しの動きが、アメリカでも顕在化した。それがトランプ現象である。トランプ現象は急に発現したのではなく、1990年代以降のグローバリズムの進展に対して、20数年間、米国民の間に溜まってきた反発のエネルギーが噴出したものである。今後、トランプ政権が不法移民の流入禁止、犯罪歴のある不法移民の強制送還等を実施した場合、それが欧州に大きな影響を与えるだろう。

 

関連掲示

・EUとユーロ圏の危機については、下記の拙稿をご参照ください。

ユーロとEUの危機

欧州債務危機とフランスの動向

「ギリシャ財政危機でユーロ圏が揺れている

 

●EUにおけるナショナリズムの復興

 

ヨーロッパでトランプの勝利を歓迎し、トランプ旋風を追い風にしたいと考えているのは、欧米のマスメディアが「極右政党」と呼ぶ集団である。それらの政党の考え方は、実態としては伝統的なナショナリズムであり、グローバリズム的なリージョナリズムに対してネイション(国家・国民)を守ろうとする思想である。

 ナショナリズムには、自由主義的なナショナリズムと全体主義的なナショナリズムがある。「極右」とは、後者に使うべき言葉である。その典型は、ネオナチやファシズム政党である。だが、現在、ヨーロッパで躍進しているのは、全体主義の政党ではない。自由主義的なナショナリズムの政党である。リベラル・ナショナリズム(自由国民主義)は、近代ヨーロッパの伝統的な思想・運動である。17世紀のイギリスに発生し、フランス革命とナポレオン戦争を通じて、各国に広がった。ネイションを形成し、発展させ、その繁栄を追求する思想・運動である。第1次世界大戦後から第2次世界大戦期にかけて、自由主義的なナショナリズムの勢力は、「極右」つまり全体主義的なナショナリズムの勢力と戦った。前者は民主主義的・議会主義的であって、暴力的・武闘的なナショナリストとは違う。リベラル・ナショナリズムは、第2次大戦後は、「極右」の復活を抑えつつ、国際社会の協調を目指す主流となってきた。ところが、世界的にはグローバリズム、地域的にはリージョナリズムが、ヨーロッパで進展し、ネイションの枠を超える広域共同体が形成され、広域市場、単一通貨、労働力の移動、異宗教・異文明の移民の流入等を進める勢力が主流となった。ナショナリズムは傍流に追いやられ、新たな主流を占めたグローバリズム及びリージョナリズムの側から「極右」というレッテルを貼られるようになった。しかし、リベラル・ナショナリズムの復興は、伝統的な思想の復活なのである。これを右左という位置関係を表す用語で表すことは、正確でない。グローバリズム及びリージョナリズム=対ナショナリズムという構図で捕えるべきである。

 欧米のマスメディアは、リベラル・ナショナリズムの新興政党の姿勢を、ポピュリズムと呼ぶ。ポピュリズムは、「人民主義」「大衆主義」「大衆迎合主義」「衆愚政治」などと訳される。大衆の利益や権利、情緒や感情を利用して、大衆の支持のもとに既存の体制の支配者・エリートや・知識人などと対決しようとする思想・運動である。「大衆迎合主義」と訳す場合は、否定的な立場から、政治指導者が大衆の一面的な欲望に迎合し、大衆を操作することによって権力を獲得・維持する方法を意味する。それが極端な状態に至れば、「衆愚政治」に堕する。

 だが、リベラル・デモクラシー(自由民主主義)の国家には、議会があり、多くの場合、議員は普通選挙で選ばれる。政治家や政治運動家が自らの政策を実現しようとするには、有権者に政策を訴え、その支持を獲得し、選挙で得票しなければならない。それゆえ、大衆の利益や権利を重んじ、大衆の情緒や感情に訴えることは、多かれ少なかれ、どの政治勢力によっても行われている。

 欧米のマスメディアがリベラル・ナショナリズムの新興政党を「極右」と呼び、その政治思想・政治姿勢を「ポピュリズム」とするのは、そこに政治的な価値判断が入っているからである。既存の体制の支配層、所有者集団や経営者集団の側にすれば、自分たちの考えに反対し、立場を脅かす勢力だから、負のイメージを大衆に受け付けるために、そのような用語を使っているのである。マスメディアの多くは、大富豪によって所有され、所有者集団に都合のいいような情報を流す支配層の広報機構となっている。

リべラル・ナショナリズムの新興政党は、EUの官僚や主流派の政治勢力などを「エリート」と批判し、既存の体制・路線の打破を目指している。そこには、エリート対非エリートまたはエリート対庶民という構図がある。しかし、それらの政党が行っていることは、必ずしも大衆への迎合ではない。なぜならば、各国の国民の多数はEU・ユーロを支持し、移民受け入れを容認し、現状の維持を望んでおり、大衆に迎合するなら、それが最も支持を得やすいからである。だが、リベラル・ナショナリズムの新興政党は、既成の体制・路線に異を唱えている。グローバリズム的なリージョナリズムが主流派になった社会で、以前は少数意見だったが段々、賛同者が増えてきている。それを大衆迎合主義と蔑視するのは、既存の体制の支配者・エリートや知識人などの側からの見方である。リベラル・ナショナリズムの政党に、有権者が共感するのは、失業や低賃金で経済的苦境にあるだけでなく、グローバル化・リージョナル化により価値観の多様化や移民流入が進み、生活や価値観、安全・安寧が脅かされているという不安が強まっているためである。また、既成の政党の政治家は自分たち国民の権利を守ってくれないという不満が高じているためでもある。

リべラル・ナショナリズムの新興政党は、アメリカで二大政党の主流派やマスメディアに挑んだトランプに自らを重ね、その勝利に意を強くしている。そして、トランプ旋風が自らの勢力拡大への追い風になることを期待している。


 

(1)EU

 

 2016年11月8日、米国の大統領選挙で、トランプが勝つという「まさか」の結果が生じた。次に地域別にトランプ現象の影響を見ていきたい。

まず最も注目されるのは、トランプ現象のヨーロッパへの波及である。

欧州連合(EU)は、国民国家の枠組みを超えた超国家的(トランスナショナル)な広域組織である。1991年のマーストリヒト条約で通貨統合や共通外交など、加盟国に国家主権の一部移譲を求めることが決まった。2004年に、民主化が進んだ東欧諸国など10カ国が新たに加盟し、25カ国が加盟する拡大EUとなった。東欧諸国のEU加盟は、冷戦終結で分断の歴史に終止符を打った東西ヨーロッパが、統合という新たな段階に入ったことを示す出来事となった。EUの東方拡大で、域内人口4億5000万人、国内総生産10兆ドルを超える巨大経済圏が誕生した。現在は28カ国となっている。イスラーム教圏のトルコも加盟申請をしており、西洋文明という枠組みを堅持するか、文明間に範囲を広げるかが注目されている。

EUは各国の政府とは別に独自の官僚機構を持ち、EU官僚が超国家的広域共同体の統治を行っている。彼らは各国の選挙で選ばれるのではなく、民衆の代表ではない。そうしたエリートが各国の主権の上に立って、EUを運営している。その背後には、ヨーロッパの支配集団、王侯・貴族や巨大国際金融資本家が存在する。

彼ら所有者集団の意思を受けた経営者集団であるEU官僚は、個々の国家を超えた欧州憲法をつくろうとした。欧州憲法条約は、EUの全加盟国が批准しなければ発効しないが、独仏連合の片割れであるフランスでは、国民投票の結果否決された。そのため、条約案の見直しがされ、修正が加えられた。文面から「憲法」という表現を削り、単なる「改革条約」という呼称に変えた。これが通称リスボン条約である。リスボン条約は、理念的なヨーロッパ統合の将来像を掲げることを回避し、統一より連合という緩やかな組織を目指すものとなっている。2009年(平成21年)12月1日に発効した。だが、ヨーロッパには、連合的な組織であっても、自国の主権を制限したり、中央で決めた規制を課したりするEUそのものに反発する人々がおり、近年目覚ましく増加している。

反発は、単一通貨ユーロにも向けられている。EU加盟国のうち、イギリス、ポーランド、ハンガリー、デンマークなどの9カ国は自国通貨を維持している。残り19カ国はユーロを採用している。ユーロ採用国は、財政政策を自国の判断で行う権限は持っている。国債発行、政府支出拡大等を行うことができる。ただし、毎年の財政赤字をGDPの3%以下に抑え、公的財務残高をGDPの60%以下に抑えなければならない。その枠内で財政政策を行うとしても、財政政策は本来、金融政策と連動しなければならない。ところが、各国は金融政策については権限を持たない。ドイツ・フランクフルトに本拠を置くECB(欧州中央銀行)に委ねている。経済的な主権をEUに一部移譲していることによる弊害は、リーマン・ショック後に強く現れた。ユーロ採用国は深刻な経済危機から抜け出ようとしているが、自国の判断で金融政策を行えないため、有効な景気対策を打てないのである。

EU及びユーロに対する反発は、年々ヨーロッパの多くの国で強まってきていた。英国は、EUには参加しているが、ユーロは採用していない。自国通貨を使い続けている。しかし、EU官僚が決める政策、特に移民政策への反発が増大し、2016年6月の国民投票でEU離脱が決定した。この決定は、大陸諸国の反EU・反ユーロ勢力を勢いづけた。そこに、今度は、アメリカからトランプショックが押し寄せたのである。

米国の大統領選挙後、2016年12月4日にオーストリアで大統領選が行われた。リベラル・ナショナリズムの政党の候補者が、親EU・移民受け入れの候補者に敗れたものの、大接戦を演じた。同日イタリアで行われた国民投票では、EU追従的な憲法改正案が否決され、レンツィ首相が辞任を表明した。2017年に入ると、3月にオランダの総選挙、4〜5月にフランスの大統領選、9月にドイツの総選挙が続く。これらの国々で、リベラル・ナショナリズムの政党がどの程度、勢力を伸長するかは、以後のEUのあり方に関わる。特にドイツと並んでEUの二大柱となっているフランスがEUやユーロ圏から離脱することになれば、EUは屋台骨が揺らぐだろう。続いて、各国の動きを見ていきたい。

 

関連掲示

・拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題

 

◆オーストリア

 2016年12月4日にオーストリアで、大統領選のやり直し決選投票が行われた。この選挙は、米国大統領選挙でトランプが勝利した後に、ヨーロッパで初めて行われる重要な選挙だった。結果は、リベラル・ナショナリズムの自由党の候補ノルベルト・ホーファーが、緑の党前党首、アレクサンダー・ファン・デア・ベレンに敗れた。後者はマスメディアによって「リベラル系」と報じられるが、前者がリベラルの右派であるのに対して、リベラルの左派であり、左翼と協調的である。

同年4月の第1回投票では、反移民・難民を掲げ、EUにも批判的な首相を掲げた国民議会(下院)第3議長のホーファーが、首位に立った。連立与党の社会民主党、国民党は惨敗した。その背景には、オーストリアは一昨年、ドイツなどに向かう難民・移民の主要な経由国となったことで、国民に反移民感情が強まったことがある。

同年5月に決選投票が行われ、ホーファーと、難民らへの寛容姿勢やEUとの関係重視を訴えるファン・デア・ベレンの一騎打ちとなった。後者が薄氷の勝利を収めたが、不正開票で憲法裁判所が再実施を命じた。

そこで行われたのが、今回のやり直し決選投票だった。各種世論調査では、両者の支持率は「誤差の範囲の差」とされるほどの大接戦状態だった。最終的に勝利したファン・デア・ベレンの得票率は53.3%、敗れたホーファーは46.7%と、6.6%の差がついた。ファン・デア・ベレンは米大統領選でのトランプ勝利を「欧州への警鐘」として、「反極右」の結集を呼びかけた。一方、ホーファーは「有権者から離反したエリートは落選する」と強調し、自身も既存政治勢力と一線を画し、追い風にしようと目論んだ。移民・難民流入規制の強化を訴えるとともに、EUは個々の国家を過剰に管理しようとしていると批判して、EUからの離脱を問う国民投票を呼びかけた。

 ホーファーの支持者の多くは、若者である。その中には、多文化主義に反対するアイデンティティ回復運動の参加者がいる。この運動は、西欧諸国で若者に広がりつつある運動である。ホーファーは、選挙の敗北を認めつつも、次の選挙を目指して戦っていく姿勢を打ち出している。ファン・デア・ベレンは72歳だが、ホーファーは45歳である。2018年に総選挙がある。自由党は支持率で首位を走っている。近い将来、ホーファーが大統領になり、オーストリアが政策を大きく転換する可能性は高い。

 

◆イタリア

オーストリアの大統領選挙と同じ2016年12月4日、イタリアで憲法改正の是非を問う国民投票が行われた。反対が約6割で、賛成を大きく上回った。改正案を否決されたマッテオ・レンツィ首相は辞任を表明した。

賛否が問われた憲法改正案は、イタリア経済の一層のグローバル化を推進するための構造改革を進めやすくするために、議会制度に手をつけようとするものだった。政権側は下院と同等である上院権限の縮小を図ろうとした。レンツィ首相が国民投票の結果に進退をかけると発言したことで、事実上の信任投票となった。既存政治を批判する新興の政治組織「五つ星運動」など主要野党は、憲法改正は「首相の権限強化につながる」として反対運動を展開した。レンツィの与党、中道左派の民主党は、停滞する経済に不満を持つ国民の支持を集められなかった。グローバリズムによる「古い改革派」とレンツィ首相が退くことになった。

この事態は今後、イタリア経済に強く影響することが予想される。イタリアは、ドイツ、フランスに次ぐユーロ圏第3位の経済規模を持つ。だが、イタリアの銀行の不良債権は約3600億ユーロ(約44兆円)と、ユーロ圏全体の約3分の1を占める。国民投票の結果、巨額の不良債権を抱える銀行の経営再建に影響が出れば、金融不安が広がる事態が懸念される。国内総生産(GDP)比約130%という、ユーロ圏でギリシャに次ぐ規模の債務を抱える財政への警戒感も増すだろう。イタリアが金融危機に陥れば、ギリシャの債務危機に続いて、再びユーロ圏が揺さぶられるだろう。

「五つ星運動」は、著名コメディアン、ベッペ・グリッロが2009年に立ち上げた市民参加型の政治運動体で、既存政党を批判して台頭してきた。汚職撲滅、インターネットによる直接民主主義等を主張し、EUに批判的で、ユーロとともに離脱の是非を問う国民投票の実施を目指している。2013年の総選挙で躍進した。現在、下院の最大野党で、上院では第2野党となっている。反移民・反ユーロを掲げる地域政党「北部同盟」などとともに、2018年2月実施予定の総選挙を早期に実施することを求めている。昨年6月の地方選挙ではローマ、トリノの両市長を制し、勢いを増している。この勢いが続けば、次期総選挙で政権に就く可能性もある。そうなれば、イギリスに次いでイタリアもEU離脱に動くかもしれない。

このたびのイタリアの国民投票の結果は、本年(2017年)に予定されているフランスの大統領選やドイツの国政選挙に影響を与え、リベラル・ナショナリズムの諸政党への支持が伸びることが予想される。

 

◆フランス

 フランスは本年(2017年)4〜5月に大統領選挙が行われる。その選挙で、国民戦線(FN)の党首マリーヌ・ルペンが勝つ可能性は少なくないと見られている。

 ルペンは、トランプの勝利後、「イギリスがEU離脱を決めたのに続いて、トランプが勝利した。我々はトランプが差し出した手を握って進まねばならない」と述べた。トランプの勝利は、ルペンへの追い風になっている。逆に、再選を目指す社会党のフランソワ・オランド大統領には大きな打撃となった。オランドは支持率が5%というひどい低率になっており、再選に出馬しないことを明らかにした。それにしても、パリ同時多発テロ事件以後、ヨーロッパで最も危機管理に力を入れていながら、この支持率は情けない。

 もともとフランスにおける共和党と社会党の違いは、自由主義と社会主義の違いである。しかし、これらの政党はともにEUを支持しており、現在はEU支持勢力の中の右派と左派の違いでしかない。共和党は、1990年代からイギリスやアメリカの新自由主義の影響を強く受けて、新自由主義が主流となっている。フランスのグローバリズム的なリージョナリズムにおける新自由主義と社会主義は、脱国家・脱国民では共通している。これに対抗するのは、反グローバリズムかつ反リージョナリズムのナショナリズムである。

 FNは、リベラル・ナショナリズムの政党である。ユダヤ人排外主義・反移民とネイションの強化を主張するジャン=マリー・ルペン党首に率いられて、1980年代に勢力を拡張した。だが、娘のマリーヌが2代目党首になると、排外主義のトーンを下げ、社会保障重視政策を掲げて支持者を拡大してきた。

 マリーヌ・ルペンは、一昨年(2015年)11月、パリで同時多発テロが起きた後、「イスラーム主義はフランスの価値観に合わない」と移民受け入れの適正化を主張し、EUが進める自由貿易を批判して、社会党の基盤である労働者層に支持を広げてきた。昨年6月、英国の国民投票でEU離脱が決まると、ルペンはこれを歓迎し、「フランスにはEU離脱のための理由が、英国以上にある。その理由フランスユーロ圏に属し、シェンゲン協定に加盟しているからだ」と語った。シェンゲン協定は、ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定である。

 父のジャン=マリーは、2002年の大統領選で社会党候補を破って決選投票に進んだ。これに対し、社会党はFN政権を阻止するため、保守系のシラク大統領(当時)を支持し、シラクが約8割の得票率で圧勝した。娘マリーヌにとっては、親子二代の大統領への挑戦である。経済改革に失敗した社会・共和、二大政党及び既成政治家に対する批判がかつてなく強まり、来年の大統領選挙ではマリーヌへの期待が高まっている。

 こうしたなか、最大野党の共和党は、昨年11月27日、大統領選の中道・右派陣営の統一候補として、フランソワ・フィヨン元首相を選出した。フィヨンはニコラ・サルコジ政権で首相を務め、サルコジ同様、新自由主義とリージョナリズムの立場である。構造改革を重視し、特に労働市場の改革を通して市場原理を活かすことを目指している。法人税の引き下げや企業への支援を通じて経済の再生を図る。その一方、移民の受け入れには否定的であり、この点がこれまでの有力政治家と異なる。FNは嫌だが、移民の増加は制止したいという層の支持を集めやすい。

 仏大統領選は2回投票制で、最初の投票で過半数を得票した候補がいない場合、上位2人が決選投票に進む仕組みである。現在の大方の予想としては、第1回で過半数を獲得する候補はなく、フィヨンとルペンで決選投票が行われると見られる。

 昨年11月27日の中道・右派の予備選が行われた後、最初に公表された世論調査によると、大統領選第1回投票の得票率予想は、フィヨンが26%、ルペンが24%だった。ルペンにとっては、ここ数カ月で最も低い数字となった。

 フィヨンは、予備選・決選投票において、FNが強い地盤で最も高い得票率を記録した。フィヨンの保守的な姿勢と移民への強い態度には、ある程度FNの支持者を引き付けるものがある。それがルペンの支持率の低下をもたらしていると見られる。

 ルペンは、大統領に当選したら、「EU離脱の是非を問う国民投票を実施する」と公約している。「離脱により、わが国はドイツや欧州官僚から主権を取り戻す」と主張している。FN副党首のフロリアン・フィリッポも、「我々が政権の座に就いたら、まず6カ月以内にユーロの使用を取りやめ、フランを再導入する」と断言している。社会党と共和党は、ルペン阻止のため決選投票で結託するだろうから、トランプ勝利のような「まさか」の事態が起きる可能性は、現時点では高くはない。だが、国民の不満が増大する事態が続けば、「まさか」の結果が起るかもしれない。

 大統領選挙に続いて、本年(2017年)6月に国民議会選挙が行われる。ここでFNが議席を伸ばせば、社会党と共和党によるフランスの二大政党制が揺らぎ出すだろう。

 ルペン大統領の誕生ないし国政でのFNの勢力伸長は、ドイツと並ぶ大国フランスのEU離脱に現実味を与えるだろう。英国のEU離脱を「ブレグジット(Brexit)」というのに対し、フランスのEU離脱を「フレグジット(Frexit)」という。英国は外様である。それと違い、フランスは、ドイツと並ぶEU二本柱の一つである。英国と違ってユーロ使用国である。フレグジットは、ブレグジット以上に、フレグジットはEUに強力な打撃を与えるに違いない。フランスが離脱すれば、その他の欧州各国でも、反EU、脱ユーロの勢力が増進し、次々に離脱が進むと予想される。EUは単なる規模の縮小にとどまらず、ドイツを中心とした再編を余儀なくされ、解体の道を進むかもしれない。

 

◆その他の国々

 オーストリア、イタリア、フランス以外の国でも、オランダ、ドイツ、フィンランド等の多くのEU加盟国で、自国の決定権を取り戻し、移民や難民を規制ないし排除して自国民の利益を優先するリベラル・ナショナリズムの政党が台頭している。それらの政党にも、トランプ旋風の追い風が吹く。

 オランダでは、英国のEU離脱決定後、リベラル・ナショナリズム政党・自由党のウィルダース党首が、EU離脱を問う国民投票の実施を主張した。ウィルダースへの支持率が上昇しており、来年3月の総選挙で自由党が第1党に躍り出る勢いを見せている。

 EUの本丸は、ドイツである。ドイツはEU・ユーロ圏で一人勝ちしている。域内最大の工業力を持ち、輸出主導型の経済を推進しているドイツにとって、EUは自国繁栄に絶好の機構である。西独は東独との統一を機に、東欧からの安い労働力を利用し、さらにトルコ以外のイスラーム教国からさらに安い労働力を大量に入れることで、輸出競争力を強化してきた。EUはナチスが出来なかったドイツによるヨーロッパ支配を実現した「ドイツ第四帝国」であるとか、ユーロもマルクが名前を変えたに過ぎないとかという見方さえある。

 しかし、そのドイツでさえ、移民の規制、難民支援の削減、EU離脱を主張するリベラル・ナショナリズムの政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、勢力を伸長しつつある。2016年の州議会選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が伸び悩む中、AfDが躍進した。AfDのペトリ代表は「もう一つのヨーロッパ、つまり諸国から成り立つヨーロッパ実現のための機は熟した」と語り、ヨーロッパ最大の反EU・ナショナリズムの勢力であるフランスの国民戦線(FN)との連携を強めている。2017年秋の連邦議会選挙ではAfDが国政に進出するとみられており、グローバリズム的リージョナリズムの与党がAfDに票を奪われれば、政権交代が起る可能性さえ出て来る。「欧州安定の要」とされるメルケル首相も盤石とはいえない。ドイツでさえも統合から分離への逆流が起るかもしれない。

 もしドイツで、反EU・ナショナリズムの政権が誕生したら、EUは死に至る。もちろん近い将来、一気にそこまでの変化が起こるとは考えにくい。だが、そうした巨大な地殻変動が起きるエネルギーが、ヨーロッパには蓄積しつつある。アメリカにおけるトランプ政権の誕生は、太平洋を隔てて通底するヨーロッパの歴史的な変化を加速する駆動力を秘めている。

 

(2)ロシア

 

 ヨーロッパで、リベラル・ナショナリズムの運動が高揚することは、ロシアにとって、ヨーロッパに影響を広げる好機である。EUの弱体化や分裂は、ロシアにとって願ってもないところである。英国のEU離脱決定を、プーチンは大いに歓迎した。ロシアの銀行は、ヨーロッパの反EUの勢力またはEUに懐疑的な政党に資金を提供している。フランス国民戦線(FN)の党首マリーヌ・ルペンは、ロシア系の銀行から多額の運動資金の融資を受けている。もしフランスが英国に続いてEUから離脱すれば、プーチンは大喜びするだろう。プーチンは、クリミア併合をロシアに課せられている経済制裁が解除されることを欲している。また、安全保障の観点から、特にNATOの弱体化を狙っている。ナショナリズムを再興する側は、ロシアに対する地域安全保障の構想をしっかり持って国際的に連携しないと、足並みの乱れからロシアに隙を突かれる恐れがある。各国は、EUを脱退してもNATOには加盟し続けることが必須である。

 NATO加盟国は、GDP2%の防衛支出を課せられている。ところが、それを履行しているのはわずか4カ国で、大半の国が履行していない。トランプは、米国は自由諸国の防衛に責任を持つが、過剰費用負担できないという考えを明らかにし、NATO加盟国に2%支出の実行を求めていく構えである。NATOは米ソ冷戦期にソ連・東欧の共産主義諸国から西欧の自由主義諸国を防衛するという役割があった。だが、ソ連・東欧の共産主義体制が崩壊し、東欧諸国がEUやNATOに加盟するようになって、NATOの役割は変化してきている。米国は冷戦終結後、NATOに関して見直しをして然るべきところ、その見直しをせずに来ている。トランプは、NATO加盟国に決められた費用負担を求め、それが実行されない場合、NATOの結束にゆるみが出る可能性がある。そうなれば、ロシアにとっては有利になり、東欧諸国やさらには西欧諸国への影響力を増すチャンスとなる。

 さて、今回の米大統領選挙に対し、世界で最も強い関心を持っていた国は、明らかにロシアだった。トランプは選挙期間中、KGB(旧ソビエト連邦国家保安委員会)の後身でロシア連邦保安局(FSB)長官だったプーチン大統領を賞賛していた。プーチン大統領を、「バラク・オバマよりも優れた指導者だ」とトランプは発言していた。クリミア併合以来、米欧から厳しい経済制裁を受けているプーチンは、突然現れて自分を賞賛するトランプが大統領に就任することを望んだに違いない。トランプは、ヒラリー・クリントンが国務長官時代に私用メールアカウントで重要情報をやり取りしていたことを非難し、ロシア政府にハッキングを要望する発言を公の場で繰り返していた。ヒラリーは外交の責任者としてあるまじき重大な犯罪を犯したが、一方のトランプもこういう反国家的な発言をすることには大きな問題がある。

 2016年12月9日、米紙ワシントン・ポスト電子版は、ロシアが米大統領選で共和党候補のトランプを勝利させることを狙って、サイバー攻撃などで選挙に干渉したと結論付ける極秘の分析結果を中央情報局(CIA)がまとめたと報じた。

選挙期間中、民主党全国委員会(DNC)やヒラリー陣営幹部のコンピュータがハッキングされ、流出したメールが再三にわたって内部告発サイト「ウィキリークス」を通じて暴露された。絶妙のタイミングで暴露され続け、ヒラリーには大きな打撃となった。情報筋はこの暴露はアメリカ人の政府に対する信頼を失わせる意図でロシア側が仕掛けたものだと指摘し、ヒラリー陣営はロシアが同国に好意的なトランプを支援するためにやっていると訴えていた。米国家情報長官室は昨年10月、ロシア政府を名指しで「大統領選に干渉しようとしている」と異例の声明を出した。CIAは、ロシアが明らかにトランプ氏勝利を狙って情報操作していたと結論づけ、数千通のメールをウィキリークスに提供したとし、ロシア政府と関係する複数の人物を特定したと報じられる。それらの人間は、トランプを支援し、ヒラリーを妨害するロシアの作戦の一端を担っていたという。

先にも書いたが、オバマ大統領は、2016年12月16日にプーチン大統領の関与なしになされることはまずないという認識を述べ、同年9月に中国で行われたG20の際に、直接プーチンにやめるよう警告したことを明らかにした。だが、トランプ陣営は、アメリカの情報機関はその信頼性に疑問があるため、報告は信用できないと述べている。「今回の報告は、サダム・フセインが大量破壊兵器を保有している、と発表したのと同じ情報源からきたものだ」と、トランプの政権移行チームは声明を発表した。

オバマ大統領は12月29日、大統領選へのサイバー攻撃で米国の国益が害されていることへの報復として、米国で外交官の身分で駐在するロシア情報機関員35人を国外退去処分とし、ロシアが諜報関連活動に使っている2カ所の施設の閉鎖などの制裁を実施した。しかし、トランプ次期大統領は、この処分に対してプーチン大統領がすぐ報復をしなかったことを賞賛する言葉をツイッターに載せた。米国の歴史で、大統領選挙に外国が介入したというのは、初めてのことである。独立主権国家である自由民主主義の国に対する重大な主権侵害である。政権を担うのがどの党であれ、また大統領がだれであれ、断固とした措置を取るのは当然のことであり、トランプの言動は異常である。

2017年1月6日、米国家情報長官室は、ロシア政府によるサイバー攻撃による大統領選への介入があったと発表したが、それがどの程度、有権者の投票行動や集計数に影響を与えたかは判断できないとした。具体的な証拠は示されなかった。

 ところが、AFPは、ロシアの諜報員がトランプの「不名誉な個人・金融情報」を入手したと主張していることが分かった、と報じ、CNNが1月10日、米情報当局高官らがロシア介入問題の報告書に極秘文書として添付してトランプらに渡したというメモを紹介した。1月11日トランプ次期大統領は、当選後初めて記者会見をした際、質疑応答に移ると、CNNの記者に対して怒りをあらわにし、「無礼はやめなさい。君の質問には答えない。偽ニュースだ」と言い放った。彼が「フェイクだ」と断定するニュースの根拠は、イギリス情報機関の対外情報部(MI6)の元工作員が作成したという35ページにわたる文書である。その文書を、ニュースサイト BuzzFeed は、真偽の確認は取れていないと断りつつ、サイト上で公開している。

https://www.buzzfeed.com/kenbensinger/these-reports-allege-trump-has-deep-ties-to-russia?utm_term=.jgmJQWj30#.ncXYxJjz3

 一部だけ引用すると、"... According to several knowledgeable sources, his conduct in Moscow has included perverted sexual acts which have been arranged/monitored by the FSB ..." とある。

FSBは露連邦保安局。FSBに「モニターされていた」というのは、破廉恥な行動が録画されていたということだろう。内容の要点を、次のサイトが日本語で伝えている。(不快な文章があるので、閲覧注意)

http://locoloconews.com/10447.html

ネット上に公開されている文書の作成者は、クリストファー・スチール。FSBの元中佐リトビネンコの毒殺事件にロシアが国家ぐるみで関与していると暴いたことで有名な元MI6の諜報員である。問題の文書はスチールがFSBの複数の知人から得た情報で作成したとされるので、相当の確証を以って書いていると見られる。
 ヒラリー・クリントンの機密情報メールの問題は米国内で処理できたので、政治権力によってあいまいに終わらせられたが、今度のトランプのスキャンダル情報は出所が米国外だから、そういう対応は難しいだろう。

 真偽のほどはわからないが、仮に事実だとすると、トランプの地位を脅かし、米国社会を揺り動かす大スキャンダルに発展しそうである。

 FRBがトランプの「不名誉な個人・金融情報」を持っているとすれば、元KGB長官のプーチン大統領がこれを使って選挙戦中にトランプを脅迫していたり、今後もこれを利用して圧力をかけたりする可能性がある。今回情報をリークさせたのも、プーチンの指示と思われる。指示を受けずに諜報員たちが勝手にリークしたのであれば、当然殺されるだろう。ロシアはプーチンの諜報作戦により、民主党全国委員会やヒラリー・クリントンの周辺にハッキングを行っただけでなく、トランプ側に対しても情報工作を行い、自国の国益のために活用していると考えられる。

 古来、政治家や公人には、高い倫理が求められてきた。近代西洋文明は政治と倫理を切り離したが、それにより政治は堕落を続けている。地球的な危機の時代にあって、政治における倫理の復活が必要である。また今日は、各国の諜報機関が個人的なスキャンダル情報を収集して、国際政治や安全保障を有利に進めようとしている。またそうした情報がインターネットやマスメディアを通じて、一般社会に漏出する時代である。こうした中で行われた米国の大統領選挙は、かつてないほどひどいスキャンダルまみれの選挙となった。

いずれにしても、選挙の結果は、ロシアのプーチン大統領にとって大いに満足するものとなった。プーチンを手放しで評価するトランプが「アメリカ・ファースト」、自国第一主義の外交を行った場合、最も利益を得るのは、ロシアだろう。米国が国際社会で後退すれば、ロシアはクリミア・ウクライナ問題やシリア・ISIL問題で、有利に外交・軍事を進められるからである。

プーチン政権は、ウクライナの親露派政権が崩壊した政変に米国が関与しているとして、ロシア系住民の「保護」を掲げてクリミアを併合した。ウクライナ東部でも親露派を軍事支援して紛争をたきつけ、1万人近い死者が出た。選挙期間中、厳しい対露批判を展開したヒラリーと対照的に、トランプはロシアのクリミア併合を擁護し、プーチンとの良好な関係を目指すと発言した。トランプの当選後、ウクライナのポロシェンコ大統領はトランプと電話会談し、「ロシアによる侵略」に対抗するためには「米政府の毅然とした支援が必要だ」と訴えた。プーチンが対米関係改善に向けてトランプとの取引に動き、ウクライナがそのカードに使われるという懸念が、同国では高まっている。

中東については、次の項目に書くが、トランプは中東においてプーチンとの連携を検討しているという見方がある。それが実現すると、シリア内戦をめぐるロシアとの対立は解消し、いわゆる「イスラーム国」(ISIL)掃討作戦で、米露が結束できる。それによって中東情勢を改善させ、米軍を南シナ海・東シナ海に集中させる計画があるという情報もある。先にヨーロッパにおける反グローバリズムかつ反リージョナリズムの運動の高まりについて書いたが、EUが大きく揺らぎ出している中で、ロシアが欧州大陸への影響力を増しつつある。ここでトランプ政権が米露接近の外交戦略をとるならば、ヨーロッパでのロシアの外交的進出を許し、EUだけでなくNATOの結束にも影響するかもしれない。トランプは実業家としては成功者だが、外交の経験はゼロである。外交1年生のトランプが安易にロシアに友好的な言動を続けると、経験豊富で狡猾したたかなプーチンに利用される可能性がある。それゆえ、トランプが国務長官にだれを起用するかが、極めて重要である。

こうした状況で、トランプが国務長官に指名したのが、アレックス・ティラーソンである。彼については、先に書いたが、エクソンモービルの会長兼CEOとして、ビジネスを通じてプーチン大統領と太いパイプを持つ。「非常に親しい関係」だと自ら語っている。トランプには、彼の起用を、悪化した米露関係の改善につなげる意図があると見られる。だが、ティラーソンは、ロシアがクリミアを併合した際はオバマ政権による経済制裁に反対した。また、自分が経営する私企業を通じて、ロシアとの利害関係が深すぎる。また、非常に優秀な経営者なのだろうが、外交官の経験はない。外交には商売とは違う独自の文化がある。雑誌『フォーブス』が2016年末に、4年連続で「世界で最も影響力のある人物」に選んだプーチンという稀代の策士に対して、どこまでティラーソンの交渉力が通用し得るのか、注目される。石油や天然ガス等のビジネスをエサにして、いいようにしてやられる恐れは十分ある。


 

(3)中東

 

 トランプ新政権の中東への影響に関しては、ロシアに関する項目に少し書いたが、米露関係が最も鋭い緊張を生んでいるのは、シリアをめぐってである。ロシアは、バッシャール=アル・アサドの政権側に空軍部隊を派遣し、反体制派を支援する米欧と真っ向から対決している。だが、トランプは選挙期間中に、アサド政権を支援するロシアの軍事介入を容認する発言をした。大統領を目指す人物がこのような発言をするとは、仰天ものだった。トランプ実際に従来米国取ってきた対露強硬路線から融和路線へと大きくかじを切るならば、第2次大戦後の国際秩序が大きく変わる可能性がある。良い変化ならいいが、多極化時代における新たな国際秩序の形成というより、世界的な混乱への引き金になる恐れがある。

アサド政権軍は、ロシアの他にイラン、レバノンのイスラーム教シーア派組織ヒズボラなどから支援を受けている。政権軍は、シリア最大の都市で北部の要衝アレッポの制圧を目指して攻勢を続け、2016年12月13日にほぼ全域を制圧した。反体制派部隊は、軍事的に壊滅状態に陥り、ロシアやトルコを仲介役として、政権側との間でほぼ降伏に等しい「市外退去」で合意した。これによって、シリア内戦は重大な転換点を迎えた。アサド大統領は、反体制派に対する勝利と政権の存続に自信を強めたことだろう。

アレッポは、2012年、シリアの他の都市からやや遅れて反体制派の活動が活発化し、最激戦地となった。アレッポで活動する反体制派は、トルコ・サウジアラビア等の支援を受け、イスラーム教過激派の戦闘員が国外からも多数参加した。アレッポをめぐる攻防は、アサド政権やそれを支援するイラン等のシーア派とスンナ派の対立の場として、象徴的な性格を帯びることになった。戦闘による死者は10万人を超えると見られる。

ロシアは、2015年秋、本格的な軍事介入を開始した。過激派掃討の名目で、アレッポなどへの空爆を強化した。ロシア軍の攻撃は強力で、戦況を大きく変えた。その一方、米国の大統領選では、ヒラリーの当選を阻止し、トランプに勝利させるべくたびたびサイバー攻撃を行った。昨年11月8日トランプの勝利が確実になると、ロシアは、本年1月20日にトランプ政権が発足するまでにアレッポを制圧し、その後の外交交渉を優位に進めようとしてきたと見られる。ロシアは一時、トルコがロシア軍用機を撃墜したことで同国と関係が悪化したが、エルドアン政権に強力に圧力をかけて、関係を回復している。そして、トルコの協力も得る中で、昨年12月中旬には、アレッポの制圧を実現した。

米国のオバマ政権は、シリアからの過激派排除の必要性ではロシアと一致する一方、アサドの退陣を求めて反体制派への支援を継続してきた。だが、反体制派には多数の過激なジハーディズム(聖戦主義)の勢力が参加しており、米国の理念や価値観では複雑な現実に対応できなかった。昨年2度にわたって試みられた停戦協議などでも、米国はロシアの後手に回わった。アレッポの制圧でも、ロシアに主導権を握られたままだった。

トランプ政権は、稼働開始後、ISIL掃討作戦にこれまで以上に力を集中すると見られる。トランプは選挙期間中、ISILに対して、オバマ政権より強硬な姿勢を明らかにした。地上軍の投入や戦術核の使用を示唆し、ロシアと連携も辞さないと述べた。しかし、その一方、米国の介入を避けてロシアとイランに委ねることを示唆してもきた。従来、米国はロシアの勢力拡大を避け、イランの強大化を防ぐために中東に多くの戦力を回していたのだから、正反対の発想である。外交や軍事の知識・経験の少なさから来る放言とも取れる。世界戦略や安全保障を担当する閣僚がどのような提案・助言をするかが注目される。

 さて、米国の中東政策は、イスラエルを守ることが最も優先される傾向がある。米国では、ユダヤ・ロビーが巨大な影響力を持ち、イスラエルを守りユダヤ人社会の支持を得られる者でないと、大統領にはなれなくなっている。オバマ大統領も、就任当初はイスラエル支持を鮮明にしていた。しかし、2015年10月イランとの核合意の実現を優先したことにより、イスラエルとの間に距離を生じた。これに対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、米国の方針転換を狙っている。ネタニヤフは、現職首脳でありながら選挙期間中に、トランプ・タワーを訪れてトランプと会談した。トランプは、イスラエルを強く支持することを表明した。2016年米大統領選挙翌日の11月9日、ネタニヤフ首相はトランプと電話会談を行い、「2人の長年の友情」を強調した。オバマ政権は、12月24日イスラエルの入植活動を批判する国連安保理決議を棄権し拒否権を行使しなかった。ほとんどの場合、イスラエルを擁護する米国としては異例の対応である。だが、ネタニヤフは、トランプ新政権が誕生することにより、米国とイスラエルの関係の再強化を確実にしている。

 さらにネタニヤフは、トランプ政権がイランに対して強硬な行動を取ることを期待していると見られる。2015年10月に発効したイランと米国等6カ国の間のイラン核合意は、イランの核開発制限と引き換えに、国際社会が制裁を解除する内容である。米国内には、共和党を始め核合意への反対意見が少なくなかった。トランプは、オバマ政権による核合意を「最悪の取引」だと批判し、合意の破棄を公約している。核合意には英仏独中露も参加しており、米国の一存で解消とはならないだろうが、実際に米国が破棄したら、イラン情勢は不安定さを増す。

イラン側にも核合意に反発する強硬保守派が存在すると伝えられる。米国が解除した制裁は核開発に対するものだけであり、弾道ミサイル開発、国際テロ支援の制裁は維持されている。制裁への懸念から欧米資本は進出をためらっており、原油安が加わって、イランの経済復興は進んでいない。それへの不満を表すように、イランは、一昨年(2015年)秋から弾道ミサイルの発射実験を繰り返している。また、核合意の規定を超える重水の貯蔵も発覚した。強硬保守派は、本年5月の大統領選挙で、合意を成果に再選をめざすロウハニ大統領の打倒を狙っている。

イランは、中東随一の地域大国である。また、イスラエルにとっては最大のライバルである。ネタニヤフ首相とすれば、トランプがイラン核合意を破棄して、イランへの制裁を回復・強化することが国益となる。しかし、米国が対イラン強硬策を進め、これに対してイランが反米的な態度を強めれば、アメリカ対イランの対立が先鋭化する可能性が出て来る。イランは、シーア派の大国として、イラク、シリア、レバノンを結ぶ「シーア派三日月地帯」を中心に影響範囲を広げている。これを警戒するスンナ派の盟主サウジアラビアとは関係が悪化し、2016年1月に両国は国交を断絶した。

中東は、アジア・太平洋やユーラシア北西部と異なり、15年間、戦争が続いている地域である。シリアとISILの支配地域は、世界で最も激しい戦闘が行われている地域である。地域大国のイラン、これに次ぐ強国のサウジアラビア、トルコ、イラクが複雑な絡み合いをしている。そこにロシアが影響力を強めている。そうした環境でトランプがイスラエルの方に寄りすぎると、中東で大きなバランスの変化が起り、米国が巨大な砂地獄に引きずり込まれる危険性が出てくる。またロシアとの関係改善を図ろうとする一方的な親露姿勢を、プーチンに利用される恐れもある。

 

(4)中国

 

 トランプが米国の政策を転換することで最も大きな影響を受ける国は、おそらく中国だろう。トランプ政権の対中国政策については、既に経済政策、外交・安全保障政策の項目で触れたが、ここであらためて中国への影響という観点から書きたい。

 まずオバマ政権の対中政策への評価から始めたい。米国は世界最大の債務国であり、外部からの資本流入に依存している。中国は、2008年に日本を抜いて最大の米国債保有国になった。リーマン・ショック後、オバマ政権は、中国に対して低姿勢を取り、中国に米国債を買い続けてもらった。そのため、中国の南シナ海への進出や北朝鮮への国連制裁無視などに対して弱腰の対に終始し、人民元のIMF特別引き出し権(SDR)入りも承諾した。中国は「中華民族」の復興を唱え、経済面ではアジア・インフラ銀行(AIIB)、「一帯一路」構想を進めているが、オバマ政権は、こうした中国を抑えることができず、中国は米国の覇権に対して挑戦的な姿勢を強めている。

また軍事面でも、オバマ政権の再均衡(リバランス)政策は、中国の海洋進出の封じ込めに失敗した。米国は北朝鮮やイランの非核化等の課題取り組みに中国に協力を求め、その影響力増大を歓迎してきたからである。南シナ海、東シナ海では、再均衡戦略が、中国の傍若無人の振る舞いと地域の不安定化をもたらす結果になっている。

もちろん、オバマ政権が何もしなかったわけではない。南シナ海では「航行の自由作戦」を行った。東シナ海では、尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象であることを大統領が自ら公言した。北朝鮮に対しては「斬首作戦」の米韓合同演習を行った、韓国への地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備を決めた。等々である。だが、結果として、オバマ政権は、中国の勢いを抑えられていない。根本的に弱腰なので、相手への威嚇に十分な効果を生んでいないのである。

先に書いたように、2016年の大統領選挙を前に、米情報当局関係者によると、アメリカの国防総省と軍は、オバマ政権の「対中腰抜け政策」に激怒していた。また、オバマ政治を継続するヒラリー・クリントンが大統領になることを容認できなかった。クリントン夫妻は中国に極めて近いから、FBIも、国防総省と同じく、ヒラリーには「ノー」だった。FBIのジェームズ・コーミー長官は、ヒラリーの私用メール問題で、投票日11日前に議会に捜査再開の書簡を送り、投票日2日前に「不正はなかった」との書簡を送って、ヒラリーの勢いを止めた。クリントン夫妻、彼らの取り巻き、オバマ政権が密かにシヴィル・クーデタを実行することを知ったCIAとFBIは、カウンター・クーデタを行ったという情報もある。

 オバマ政権の対中国政策に批判的な勢力は、親中的なヒラリーの大統領当選を阻止し、トランプを大統領にして、中国に強い姿勢を示そうと考えたのだろう。トランプ自身、選挙期間中、中国を強く非難する発言を繰り返した。「大統領就任初日に中国を『為替操作国』に認定する」「中国のハッカーや模造品に規制強化する」「中国の輸入品に45%の関税を課す」「中国の覇権主義を思いとどまらせる。米軍の規模を拡充し、南シナ海と東シナ海で米軍の存在感を高める」等々である。また、大統領選を通じ、トランプは中国に対するオバマ米政権の弱腰姿勢を批判し、米国に「強さと賢明さ」があれば南シナ海での動きは阻止できたと述べた。

米情報当局関係者によると、トランプは中国との激突も辞さない強硬政策を決断し、安倍首相にも協力を求めたようだという極秘情報が流れており、各国情報機関は、これこそが「安倍=トランプ会談の核心だ」と見ているという。

 トランプは、大統領当選後も中国への強硬姿勢を続けている。TPP離脱は中国に経済的利益を与える可能性が高いが、一律45%の関税、「為替操作国」の指定等を実施すれば、中国に直接的なダメージを与えるだろう。また、大規模な軍事力の増強を実施すれば、南シナ海・東シナ海で中国の覇権主義を力で封じ込める可能性が高まるだろう。さらに、トランプは、台湾の蔡英文総統と電話協議し、米国と台湾の経済、政治、安全保障面での緊密な結びつきを確認した。これを批判する中国に対して、「一つ中国」という原則に縛られないという強い姿勢を示した。

 先に書いたトランプの対中強硬姿勢は、中国指導部に警戒と反発を引き起こしている。特に保護主義的な経済政策は、苦境に陥っている中国経済に追い打ちをかける、との懸念が高まっている。

トランプは「大統領就任初日に中国を『為替操作国』に認定する」と公言してきた。中国はトランプに「為替操作国」のレッテルを貼られると、米国向けなど輸出面でダメージを受ける。米国は中国を「為替操作国」に指定すれば、単独で人民元の切り上げ要求や制裁関税の措置が発動できる。輸出低迷が続く中国には、強烈な先制パンチとなる。

さらに、中国は、「為替操作国」の指定が2001年12月のWTO加盟時から悲願だった「市場経済国の地位(MES)」を得られるかどうかに影響すると見て、強く反発している。MESとは、WTOの加盟国が中国の提示する価格をそのまま受け入れる地位を意味する。2016年12月11日に中国はWTO加盟15年を迎えたが、中国はそれによって自動的にMESが与えられると主張してきた。その地位の取得を以って輸出拡大に拍車をかけるつもりだった。中国が一旦MESを得ると、他国は高い関税を課すことが難しくなるし、制裁もできない。だが、米国・EU他数カ国は中国にMESを与えることに同意していない。日本・インドも、ただちにその地位を与えることには慎重である。中国経済は、中国共産党の強力な統制下にあり、真の意味での自由経済になっていないからである。トランプが中国を「為替操作国」に指定すれば、MESの認定は遠のく。

 次に、トランプが中国産品に一律45%の関税を課すならば、中国にとってはメガトン級の痛撃である。中国商務省の張向晨・国際貿易交渉副代表は、昨年11月23日、実施すれば世界貿易機関(WTO)への提訴を辞さないと警告した。「トランプ氏はWTO加盟国としての規則を守る義務があることを思い起こすべきだ」として中国製品への高関税を牽制し、さらに「中国にはWTO加盟国としての権利がある」と述べた。中国としては、トランプが高関税を断行しないように、必死に抵抗するだろう。

 「為替操作国」の指定、一律45%の関税以上に、中国にとって重大なのは、トランプが「一つの中国」原則に縛られない姿勢を示したことである。「一つの中国」原則とは、シナ大陸、マカオ、香港、台湾は不可分の中華民族の国家「中国」でなければならないとする中国共産党の主張である。

 米国は、1972年(昭和47年)の中国との国交正常化と同時に台湾と断交したが、その後も台湾関係法に基づく武器売却などを通じて台湾を支援し、中国による武力侵攻を牽制してきた。ただし、1979年にカーター大統領(当時)が「一つの中国」原則を認識し、異論を唱えないとする立場を取り、以後、米国の歴代大統領は台湾の総統との接触を控えてきた。ところが、トランプはこの慣習を破り、昨年12月2日、台湾の蔡英文総統と直接電話で話をした。蔡氏は昨年5月に総統に就任しており、両者は互いに祝意を述べ合った。また両者は米国と台湾の経済、政治、安全保障面での緊密な結びつきを確認したと伝えられる。

 中国は、トランプ=蔡の電話協議に衝撃を受けた。青天の霹靂だろう。中共は台湾を「核心的利益」の一つとしている。台湾統一は、国民党から武力で権力を奪った共産党政権が正統性を確立するために、必須の課題である。それゆえ、彼らにとって台湾問題は、決して弱腰を見せられない重大問題である。

王毅外相は昨年12月3日、「『一つの中国』原則は中米関係の健全な発展の基礎だ」と述べて、トランプに反発した。これに対し、トランプは4日、ツイッターに「中国は南シナ海の真ん中に巨大な軍事施設を建設していいかと尋ねたか。私はそうは思わない」と記し、南シナ海で中国が進める軍事拠点化の動きを批判した。中国の通商政策に関しても、「米企業の競争を困難にする通貨の切り下げや、中国向けの米国製品に重い課税をしていいかと尋ねたか」と書き込んだ。また11日放送のFOXニュースのインタビューで、「貿易などで(中国と)合意できなければ、なぜ『一つの中国』に縛られる必要があるのか」「私たちは中国から大変な被害を受けている」「米国が課していない関税を中国が(米製品に)課している」などと述べた。また、蔡総統と行った電話会談について「私が電話してはいけないと、なぜ他国が言うことができるのか。中国には指図してほしくない」と不快感を示した。なお、FOXニュースは、米国で数少ない共和党寄りのメディアである。

王毅外相は翌12日、「世界の誰であれ、どんな勢力であれ、『一つの中国』原則を壊し、中国の核心的利益を損なおうとたくらめば、最終的には自業自得となるだろう」と述べ、強く反発した。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は12月12日付の社説で、トランプが「一つの中国」原則を放棄した場合は「どうして台湾の平和統一を武力による回復に優先させる必要があるだろうか」と、武力統一も辞さない姿勢を表した。また、トランプは「子供のように無知だ」と非難し、「一つの中国」原則は売買することができないと主張した。米中関係は、にわかに緊張を高めている。

トランプが蔡総統と話した電話協議は当初、トランプの思いつきとか、外交知らずの軽挙などと見られた。しかし、実は、事前に周到に準備されていたことがわかった。保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」創設者のエドウィン・フルナーが協議の実現に動き、元大統領候補の共和党重鎮、ボブ・ドール元上院議員もトランプ側に台湾との関係改善を半年以上にわたって働きかけていたという。米国の保守派には、彼らのように、親台湾で中国に強硬な姿勢を示す者が、1970年代以降も存在し続けている。

トランプが米国の対中国強硬派の主張を理解したうえで、選挙期間中から「大統領就任初日に中国を『為替操作国』に認定する」「中国のハッカーや模造品に規制強化する」「中国の輸入品に45%の関税を課す」「中国の覇権主義を思いとどまらせる。米軍の規模を拡充し、南シナ海と東シナ海で米軍の存在感を高める」等々と述べてきたとすれば、本年1月20日の大統領就任後、これらの政策を実行する可能性は高い。

トランプは、単に経済的な利益の追及のためだけで、中国に強い姿勢を示しているのでなく、軍事力を増強して、中国に対抗しようとしている。米軍の戦力を陸、海、空で増強し、最新のミサイル防衛システムを開発することが必要だとし、「米軍の大増強」に着手する考えを明らかにしている。南シナ海に中国を圧倒する海軍力を配備して断固とした交渉をすること、日・韓・東南アジア諸国と共同ミサイル防衛網の構築を行うこと、その上で中国に対して国際的な規範を逸脱する行動に断固抗議して抑制を迫ることなどを実行することが予想される。

このことは、中国共産党政権にとって、かつてなく強力な相手が米国に出現したことを意味する。習近平政権は、トランプ新政権に対し、硬軟両面の対抗策を講じていくだろう。ページの頭へ


 

結びに〜日本の取るべき道

 

●日本への影響とそれへの対処

 

 結びに、来るべきトランプ政権の日本への影響とそれへの対処について書く。

私は、東日本大震災の発生後、平成23年(2011)5月に、「日本再建をめざして〜実行すべき課題」を発表し、マイサイトに掲載している。

 5年以上経過するが、残念ながらそれらの課題の取り組みは遅々としており、日本の再建は、良く進んでいない。本稿の各項目に、トランプの政策の日本への影響とこれへの対処について書いたことは、それらの課題に加えてなすべきことや、状況を踏まえた補足となることである。各項目に書いたことをここで集約しつつ、私見を述べたい。まずTPPを含む経済面、次に外交・安全保障面、そして根本的な対処の順に書く。

 

最初にTPPを含む経済面についてである。オバマ政権は、2009年(平成21年)1月から2期8年続いた。現在の第2次安倍政権は、2012年(平成24年)12月に誕生し、以後、約4年間、オバマ政権と協調して歩んできた。

オバマ政権は中国を経済的に包囲するという思惑からTPPを推進し、日本を取り込んで、12か国の交渉を主導してきた。ところが、最終段階で、米国は、国民が選んだ新たな大統領トランプにより、TPPから離脱するというどんでん返しになろうとしている。

TPPは、関税分野だけでなく、投資やサービスなど幅広い分野のルールを定めようとするものである。自由貿易を拡大する広域経済協定だが、オバマ政権は米国主導で各国の文化・伝統・価値観を排除し、グローバリゼイションを徹底的に進めようとした。わが国は、もともと米国主導のTPPへの参加に慎重な姿勢を取っていたが、米国との協調のため、かなり遅れて議論に参加した。米国に安易な妥協をすることは、大きく国益を損なう。TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、それでもTPPに大きな意味があるとすれば、台頭する中国への対抗である。とりわけわが国の場合、現行憲法のもと国防を米国に依存しているので、中国の軍事力から国を守るために、最終的には米国の意思に沿わざるを得ない屈辱的な立場にある。

遅れて参加したわが国は、安倍首相を中心にタフな交渉を続けてきた。だが、明らかに米国追従やむなしという中での部分修正の努力だった。米国は自国主導の姿勢を貫いたので、参加12カ国の交渉は5年半以上もかかり、ようやく2015年10月に、大筋合意に達した。その後は、詰めの交渉が続けられてきたが、最終段階になって、次期大統領のトランプは、TPPから離脱すると宣言した。わが国としては、やむを得ず米国に追従してきて、最後に突き放される格好となる。

本年1月20日、トランプは、大統領就任と同時におそらくTPP脱退を宣言するだろう。安倍首相は、米国が抜けたTPPは「意味がない」と言っている。では、わが国政府は、米国がTPPを脱退した場合にどうするか。シナリオを準備してきたのだろうか。米国抜きでTPPを日本主導で進め、発効条件や内容の修正を図るのか。日本もTPPをやめて、二国間での自由貿易協定の組み合わせに進むのか。TPPと違って中国が加入する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に軸足を移すのか。

米国の離脱でTPPが発効しなければ、それによって生じた空白は、RCEPで埋められることになるだろう。RCEPは米国が入っておらず、GDP最大の国は中国だから中国主導となる可能性が高い。

ここで日本は、米国へのさらなる従属の道でも、中国の暴力的な支配に屈する道でもなく、自らの運命を切り開く主体性を持った戦略的な構想力を求められている。

トランプの経済政策は、レーガノミクスと共通点がある。わが国はプラザ合意の時と同じような結果に陥らないようしっかり研究して、主体的に対応することが求められる。

米国は「物を作って売る」という経済の基本的な活動を軽視し、貨幣や証券のやりとりで利益を上げるという金融中心の活動に傾きすぎてしまった。製造業の衰退は、その結果である。米国のエリートは、大地の上に立って汗水流して働くのではなく、人工的な空間で頭を使うことだけで莫大な富を手に入れられるゲームに熱中している。また、米国民の多くが下層に至るまで、海外からの借金で豊かな生活をする生き方に、はまってしまった。基軸通貨を掌握する地球的な覇権国家だから可能になった倒錯状態である。こうしたアメリカ人の生き方、価値観を改めない限り、米国経済の再建は成功しないだろう。必要なのは経済政策の転換よりも、生き方、価値観の転換である。オバマには、米国を根本的に再生しようとする理念も意思も見られなかったが、トランプも同様である。ここに気付かないと、いずれアメリカという帝国は腐敗・倒壊する。

日本人もまたグローバリゼイション=アメリカナイゼイションの進行の中で、アメリカ人の生き方、価値観を模倣し、本来の経済活動を見失っている。米国型株主資本主義の追従を脱し、明治維新以来、昭和の高度経済成長期まで独自に発展日本型の資本主義、国民全体や企業共同体の利益を追求する経済思想・経済体制に立ち戻るべきである。

トランプ政権が中国に対してどのような政策を行うにしても、わが国が自らの戦略を以って自らの意思で判断・行動するのでなければ、対米追従の繰り返しになる。中国経済は悪化し、米国の中国マネー依存が薄れ、米国の対中政策が強硬策に転じようとしている。その米国では、米国型資本主義が行き詰まっている。わが国は、米国型資本主義の模倣を脱し、日本型資本主義の再興を図りつつ、対中政策においても、米国に追従するのでなく、米国と対等の立場で連携する姿勢を取るべき時にある。

わが国はトランプ政権の誕生を前にして、独立主権国家としての真に主体的なあり方を迫られているのである。


 外交・安全保障についても同様である。特に対中国の政策に関して、それが言える。

トランプは、選挙期間中から「大統領就任初日に中国を『為替操作国』に認定する」「中国のハッカーや模造品に規制強化する」「中国の輸入品に45%の関税を課す」「中国の覇権主義を思いとどまらせる。米軍の規模を拡充し、南シナ海と東シナ海で米軍の存在感を高める」等々と述べてきた。

トランプは、単に経済的な利益の追及のためだけで、中国に強い姿勢を示しているのでなく、軍事力を増強して、中国に対抗しようとしている。米軍の戦力を陸、海、空で増強し、最新のミサイル防衛システムを開発することが必要だとし、「米軍の大増強」に着手する考えを明らかにしている。南シナ海に中国を圧倒する海軍力を配備して断固とした交渉をすること、日・韓・東南アジア諸国と共同ミサイル防衛網の構築を行うこと、その上で中国に対して国際的な規範を逸脱する行動に断固抗議して抑制を迫ることなどを実行することが予想される。

トランプは、軍事費を約300億ドル(約3兆3237億円)増額させ、米軍の大増強を図り、日本などの同盟国には負担増と役割増を求めるだろう。わが国は、単に米国から求められる負担増・役割増を受け身で担うのではなく、憲法を改正して日本人自身が日本を守る体制を回復し、米国のためではなく、日本とアジアのために、自らの意思で行動しなければならない。また集団的自衛権は国際標準で行使できるようにしていかねばならない。それが、日本を守り、アジア太平洋の平和を維持する道である。

本年(平成29年)1月に始まるトランプ時代には、これから2020年代にかけて行われるあろう米国と中国の地球規模の覇権争いが、鮮明になる時代となるに違いない。超大国・米国は確かに低迷・衰弱しつつある。だが、その経済力・軍事力は、以前として世界一である。一方、躍進著しい中国はAIIBの創設、人民元のSDR入り等を進め、経済大国として巨大化しつつあるようにみえるが、国内経済はバブルの崩壊が進行し、不良債権の増大、失業者の増加、暴動の頻発等で危険な界域に突入している。レーガン政権は軍拡競争で、停滞するソ連の経済をさらに悪化させ、赤い帝国を崩壊に導いた。トランプ政権がその例に学んで、中国解体を目標とする経済政策のボディブローを打ちまくれば、中国は苦悶して昏倒することになるかもしれない。軍事力を増強して中国の動きを封じ、経済力による兵糧攻めで崩壊させる。今のアメリカには、まだそれを敢行し得る力がある。人類の平和と繁栄のため、総大将に決戦も辞さずという覚悟と、大戦略を持った軍師がいるかどうかだろう。

 わが国は、トランプ政権のスタートによって加速される大動乱の時代に、しっかり対応しなければならない。それには、なによりもまず憲法を改正し、自らの手で自国を守る体制を確立する必要がある。日本が経済・外交・安全保障等を総合した戦略的な構想力を発揮し得るのは、日本人の手で憲法を改正し、まっとうな独立主権国家のあり方を回復したときのみである。どんでん返しを食らうTPPについては、もともとTPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。日本の運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正する以外にない。そして、充実した防衛力に裏付けられた外交力を力強く発揮する必要がある。日本がこの困難な時代を生き延びるために、日本人が日本精神を取り戻し、一致団結することが求められている。

 日本人がこの苦難苦境にひるみ、たじろぎ、自らの意思で運命を切り開くのでなければ、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的支配に屈する道かのいずれかになる。それは、日本という国家の消滅であり、また日本人という民族の消滅に結果するだろう。21世紀の半ばを迎えるころ、日本が世界を物心調和・共存共栄の新文明に導く国家として輝かしい活躍をし得ているか、それとも世界の大動乱の中で他国に呑み込まれて衰滅してしまうかーーそれは、日本人が日本精神を復興・発揚できるかにかかっている。ページの頭へ

 

補説 有識者の見方

 

(1)トランプ大統領誕生を最も早く予測〜藤井厳喜氏

2017.1.22

 

●藤井氏は最も早くトランプ当選を予測し的中させた

 

 2016年(平成28年)の米国大統領選挙について、わが国には、少数ながら早くからトランプの勝利を予想していた有識者がいる。その中で最も早くトランプの当選を予測し、その予測を一貫して公言し、的中させたのが、国際政治学者の藤井厳喜氏である。

 藤井氏は、ハーバード大学国際問題研究所の元研究員であり、幅広い情報収集に基づいて、国際情勢の政治学的な分析を行うとともに、経済現象についても理論的な解明を行っている。また、現代アメリカのウォッチャーとして、わが国屈指の存在として知られる。私は、拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」第3章で氏の提言を紹介した。

 藤井氏は、2016年(平成28年)の年頭、「今年の予想」の第一として、トランプが米大統領になるとビデオ・メッセージで語った。大胆な予想だった。予想の根拠は、世界的なグローバリズムへの反対の動きとナショナリズムの復興という大きな流れを踏まえてのものだった。この時点で、トランプの勝利確信以って公言した有識者は、彼の他にいなかったと思う。

 7月19日、共和党大会でトランプが同党の候補者として正式に指名を受けた。その段階になると、トランプが勝利する可能性を語る者は藤井氏の他にもいたが、氏のように明確に勝つと公に断言する人は、他に副島隆彦氏くらいだったと思う。

 今回の米国大統領選挙について、私は予備選の段階から、ほぼ毎日のようにアメリカのテレビ・ニュースを見たり、新聞記事をチェックしていた。だが、数か月間にわたりネットに文章を書く気がわかなかった。理由は、あまりにも候補者に問題が多く、水準が低かったからである。ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンとの戦いは、嫌われ者同士の戦いであり、史上最低の大統領選となった。アメリカの衰退が顕著になり、どちらの候補者が勝っても、アメリカの衰退は一層進むと予想され、そのことによる世界への影響が懸念された。

 10月の初め、ようやく私は、大統領選挙について書く気になった。そのきっかけは、ヒラリーに関する問題の深刻さをマスメディアが軽視していたからである。マスメディアのほとんどはヒラリーの優位を報じていた。それらの報道による限り、彼女の優位は揺るがないと思われる反面、ヒラリーの問題が社会的にもっと知られるようになれば、トランプが勝つ可能性が十分あると考えられた。ヒラリーの問題とは、国務長官時代の私的メールアカウントの使用、クリントン財団への献金を見返りとした口利き、夫ビルの女性問題での相手女性への脅し、夫妻周辺における不審死者の異常な多さ、本人の重病説等である。特に国務長官時代の私的メールアカウントの使用は、極めて重大な問題である。国政を担う政治家として失格であり、刑事罰に問われるのが当然である。

 アメリカのマスメディアのほとんどは、11月8日の投票日の直前まで、ヒラリーの圧倒的な優位を予想し、当日になってもそれを繰り返していた。だが、トランプが勝つ可能性は、10月下旬から11月の初めにかけて、どんどん大きくなっていると私は感じた。ヒラリーの当選を阻止しようとするCIAやFBIの動きも伝えられた。私は、諜報機関だけの動きではなく、米欧の所有者集団の意思が働いているのではないかと感じた。彼らはヒラリーを大統領にするシナリオで選挙戦を進めていたが、特にヒラリーの重要機密に関わるメールが大問題になり、かばいきれなくなったので、トランプに乗り換え、彼の抱き込みを図っているのではないかと推測した。

 選挙戦の結果は、マスメディア多数の予想に反し、トランプは勝利した。「まさか」の番狂わせという報道がされたが、選挙戦終盤の動向から見て、「あり得ることが起った」というのが、私の感想である。

 トランプの勝利によって、最も早くからトランプの当選を予測し、一貫してその予測を公言し、的中させた藤井厳喜氏への評価が急激に高まった。大胆な予測を公言し、結果として、予測通りになったことに、私は深く敬意を表したい。

 なぜ藤井氏は、早くからトランプの当選を予測し、的中させることができたのか。氏は、『トランプ革命で復活するアメリカ』(勉誠出版、2016年12月刊行)で、自分がトランプの当選を予測できた理由について、大意次のように書いている。

 「筆者は2015年の春の時点から、このレース(註 米国大統領選挙)を詳細にウオッチし始めた。最も初期からドナルド・トランプに注目し、その足跡を詳細に追跡してきた」「筆者は一貫して、トランプの当選を予測してきた。共和党予備選の段階においては、彼が共和党の指名を獲得することを予測」した。「予備選勝利を確信」したのは、「2015年11月」だった。本選挙になってからも、「日米のマスコミが、圧倒的にヒラリー・クリントン優位を伝える中で、筆者は一貫してトランプの当選を予測してきた」

 「『何故、トランプ当選が予測できたのですか』と多くの方々に聞かれるが、単純に言えば、『科学的かつ合理的にモノを考えたからだ』としか言いようがない。もう少し詳しく言えば、出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断を下していったまでである」。たとえば、世論調査については、「2016年は大手マスコミが絡んだ世論調査は全く信用が出来なかった。そこで、政治的に比較的に中立であり、過去の選挙においても実績のある世論調査をいくつか選んで筆者はそれに注目してきた。今回、それらの予測はほぼ正しかったと言える」「正しい世論調査を見ていたので、正しい予測が出来たのである」と。

 このように藤井氏は、「科学的かつ合理的」にモノを考え、「出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断」を下したと書いている。藤井氏が「政治的に比較的に中立であり、過去の選挙においても実績のある世論調査」とする世論調査は、わが国のマスメディアにはほとんど登場せず、一般人はその情報に触れることは少ないものと思われる。もっともそうした世論調査やマスメディア以外の情報を見るだけで、的確な分析や予測ができるわけではない。藤井氏は「健全な常識で判断」したというが、的確な分析と予測には、深い学識をもとにした政治学的・経済学的な考察が必要になる。この点で、藤井氏は、大局的な把握と緻密な分析を同時に行う高い能力を持つ学者である。その点を次に書く。

 

●藤井氏の世界及びアメリカに関する見方

 

 藤井厳喜氏は、著書『トランプ革命で復活するアメリカ』で、世界情勢及び今回の米国大統領選の背景について、次のような見解を述べている。

 

 藤井氏は、2016年米国大統領選挙の対立構図を次のように捉えていた。

 「ドナルド・トランプ候補とヒラリー・クリントン候補が代表していたのは、全く2つの異なる、そして対立的な政治トレンドであった」「もっとも単純化して言えば、トランプが代表していたのが国家を再建しようというナショナリズムであり、ヒラリーが代表していたのが国家を破壊しようとしているグローバリズムであった」。また、ヒラリーはエリート主義、トランプは大衆主義(ポピュリズム)を代表した。

 トランプの政策は「グローバリズム推進一辺倒から、国民全体の利益を重視するネオ・ナショナリズムへの明確な方向転換」を示している。

 「多国籍企業派がヒラリーを押しなべて支持したのが、2016年の米大統領選挙であった。そしてこの多国籍企業派の中には、勿論、アメリカの大手マスコミも含まれる。という事は、大手マスコミはヒラリー支持で団結していたのである。大マスコミは臆することなく露骨な情報操作でヒラリーの当選を計り、トランプの当選を阻止しようとした。今年の大統領選は単純化して言えば、大マスコミのヒラリー支持の情報操作と、インターネットによる草の根市民のトランプ支持活動の決選であった」

 アメリカでは、マスコミに批判的な人々は、大マスコミを「MSM」と呼ぶ。「メイン・ストリーム・メディア」の略である。アメリカの大衆、特に共和党支持者の多くは、MSMの報道を信用しなくなっている。

 「今までの大統領選挙では、共和党はエスタブリッシュメントの右手であり、民主党はエスタブリッシュメントの左手に過ぎなかった。役割を交代しながら、大企業エスタブリッシュメントを守る為に機能してきたのが、アメリカの二大政党であった。ところが、今回はこの大きな前提が崩れてしまった」「大企業エスタブリッシュメントそのものが攻撃される時になれば、民主党も共和党も手を結んで既成支配層を守るのである。トランプのような候補者が現れることによって、その事がハッキリと分かってしまった。いわば、手品のネタがばれてしまったようなものである」

 

 藤井氏は、過去約40年間の世界情勢を次のように捉えている。

 「過去30年から40年程を振り返ると、アメリカの労働者、特にその中産階級ほど自由貿易によって被害を被ってきたグループは存在しないだろう。この間の自由貿易推進による一番の『負け組』は、アメリカをはじめとする先進国の勤労者階級・中産階級であった。一番の勝ち組は、多国籍または無国籍企業とその経営者、エリート層、株主であった。これに次いで第2の勝ち組は、多国籍企業からの投資を受け入れた低開発国、特にチャイナやインドの中産階級であった。これが過去30年間の自由貿易の勝敗表である」

 藤井氏の見方によれば、グローバリズムの進展の中で一番の『負け組』となっているアメリカの労働者、その中産階級がこうした矛盾を感じ、MSMの報道に意識操作をされずに、グローバリズムからナショナリズムへの転換を説くトランプを支持したということになるだろう。

 藤井氏は、グローバリズムの推進者を次のように捉えている。

 「グローバリスト経営者達は、共産主義国家の上からの全体的統制を好ましく思っている。彼らの視点からすれば、中国共産党はビジネス上のベスト・パートナーなのである。何故ならチャイナでは、労働者の基本的人権は認められておらず、自由な労働組合の結成すら許されていない。言論の自由、報道の自由などの市民的自由も全く存在しない。言い換えれば中国共産党は、完璧な労務管理者なのである。低賃金で労働者をいくらでも、こき使うことができる。しかも、環境汚染はやりたい放題で、汚染防止対策のコストを完全にカットすることもできる。欧米の大企業が喜んでチャイナに投資しているのはこの為なのだ。

 こういった欧米の無国籍企業経営者にとっては、理想の組み合わせは、(1)先進国の豊かなマーケット、(2)チャイナなどの低開発国の低賃金労働者(略)、そして(3)タックスヘイブンの利用である。(1)(2)の格差で儲けた利益をタックスヘイブンに温存するのだ」

 ここで無国籍企業と藤井氏が呼ぶのは、「真の国籍を持たず、タックスヘイブンなどの脱税システムを多用する」ような多国籍企業のことである。

 ヒラリー・クリントンは中国との関係が深く、「グローバリスト経営者達」にとって望ましい政治家だった。これに対し、トランプは中国共産党政府に対し、厳しく批判的である。グローバリズムからナショナリズムに転換しようとするならば、グローバリストが結託する中国の政策を批判することになるわけである。

 

 藤井氏は、グローバリズムが目指すもの及び世界の将来について、次のように書いている。

 「無国籍企業的なエスタブリッシュメントを代表する組織としては、日米欧3極委員会や、ビルダーバーグ委員会、ダボス会議などが挙げられる。これらの組織に属している無国籍的財界人からすれば、アメリカの共和党と民主党は、それぞれ長所と欠点を持ち合わせている」「それぞれ帯に短し、たすきに長しであるが、彼らを右手と左手として巧く使い分けて、彼らは無国籍的な国境なき市場原理主義の世界を創り上げてゆこうとしている」

 「無国籍企業的グローバリズムが目指すものは、最終的には全ての国民国家を破壊した世界的な市場原理主義の世界である。世界的な『市場至上主義』と言い換えてもよい。ここにおいて存在するのは、ただ二種類の人間の階層である。第一の階層は、無国籍企業の資本家や経営者であるエリート階級である。第二の階層は彼らに雇用される労働者階級である。この国家亡き市場主義の世界は、同時に、グローバル全体主義の社会でもある。ITによって統制された超管理社会と言い換えてもよい」

 グローバリズムの進展による世界的な変化について、藤井氏が次のように捉えている。

 「先進国の労働者の賃金や労働条件は、低開発国の労働者の世界労働市場への参入によって、大幅に引き下げられる。低開発国の労働者の労働条件や賃金は、僅かだが上昇する。ここに世界的な労働者階級が誕生する。先進国の近代的な法律制度や社会福祉制度によって守られていた先進国の労働者の権利や立場は、最早失われることになる。世界には均一な労働市場で働かされる単一の労働者階級が生まれる」。

 この現象を藤井氏は「フラット化」と呼ぶ。

 「一方で、『フラット化』しないで寧ろ垂直化する現象もある。つまり世界的に貧富の格差は拡大するということだ。無国籍企業に属するエリート達は、その出身地や肌の色に関わらず、高額の収入を約束される。世界的な単一の無国籍企業的エリート層が誕生する。そしてこのエリート層と労働者階級の格差は、二極化してゆくことになる」

 「国家という存在そのものを否定してしまえば、そこに残るのは弱肉強食の市場原理主義しかない。国家が破壊されてしまえば、世界が向かうのは、そのような一元的な階級社会である。つまり『フラット化(水平化)』する世界とは、同時に『垂直化(階級化)』する世界でもある。容易に想像できるのは、この階級的な差別社会が、IT技術を多用した超管理社会でもあるということだ。それはビッグ・ブラザー的なグローバル・ファシズム社会と言ってもよい。未来のファシズムは国家主義から生まれるのではなく、国家を否定するグローバリズムから生まれるのである」

 最後に出て来る「ビッグ・ブラザー」は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する全体主義国家の独裁者の名称である。

 

 藤井氏は、上記の引用が示すように、現代世界の支配構造を深くとらえ、米国大統領選挙をその構造理解の上で分析している。またグローバリズムの進展による人類社会の将来を鋭く描いている。藤井氏は、こうした見識を以て、今回の米大統領選を考察し、トランプの勝利を予測・的中したものと、私は理解している。

 藤井氏は、2016年(平成28年)8月に刊行した『「国家」の逆襲 グローバリズム終焉に向かう世界』の第1章を「トランプ現象とは何か」と題し、当時共和党の候補者に指名されたばかりのトランプについて、豊富な情報と的確な分析を書いた。本書は、藤井氏の国際的な政治経済の大局的な把握力と緻密な分析力をよく示している。氏は、パナマ文書公開によるタックスヘイブンの崩壊、イギリスEU離脱、難民流入とEU崩壊、中国の覇権主義等の一見、脈絡がないように見える事象が、グローバリズムの崩壊と国家の台頭という大きな潮流の中で起こっていることを論じている。その中で特にトランプ現象に注目して事象の第一に挙げているところに、藤井氏の炯眼が光っている。

 

●主観的期待が客観的予測と一致、だが見方には甘さが

 

 さて、先に述べたように藤井氏は、トランプ当選を予測できたのは「科学的かつ合理的」にモノを考え、「出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断」を下したからだと書いている。この点についてあらためて私見を述べると、私には、氏の予測が純粋に客観的な予測だったとは思えない。

 氏は、グローバリズム・民主党・オバマ政権に強く批判的である。また民主党・共和党の二大政党及びエスタブリッシュメントに強く批判的である。過去の米大統領選挙では、共和党予備選に出たリバータリアンのロン・ポールに共感を示していた。また、グローバリズムに反対し、かつ二大政党及びエスタブリッシュメントに挑戦する政治家に賛意を表してきた。そうした氏にとって、今回の選挙でトランプは唯一注目できる候補者であり、彼に期待を寄せたものと思う。そうした期待が根底にあり、そのうえで各種の世論調査や情報を分析して、トランプの当選を予測したものと思う。つまり、主観的な期待と客観的な予測が一致したということだろう。

 藤井氏の予測通り、トランプは勝った。ただし、その勝利は、決して大衆の圧倒的な支持を得た勝利ではない。選挙人の獲得では304人と、ヒラリーの227人を大きく上回ったが、総得票数ではヒラリーより280万票以上も下回った。2.1ポイントの差は大きい。トランプは、米国人口の約35%を占める高卒以下の低学歴の白人労働者に目をつけた。オバマ政権下で、彼らは、不法移民を含む有色人種の移民に仕事を奪われたり、移民の存在によって給与が下がったりしている。そのことに対する不満が鬱積しているのを、トランプ陣営は読み取った。また、激戦州に効果的に力を入れた。トランプ陣営は、それまで大統領選挙の投票にあまり行かなかった白人約500万人の票に狙いを定めて、選挙運動を行った。そして激戦州に力を集中して、効果的な戦いを行った。私は、トランプの勝利は、こうした選挙戦略と選挙運動の技術に負うところがかなり大きいと思う。その技術に不足があれば、敗れていた可能性はある。

 また、藤井氏は、ヒラリーの諸問題については、厳しくまた詳細に追及・批判する一方、トランプに対しては、個人的な諸問題――人種的・性的に差別的な発言、数多くのセクハラ、事業での訴訟になった詐欺的行為、政治家・軍人としての経験の無さ、ロシア諜報機関に握られている破廉恥行為等――について、ほとんど論じていない。これは、氏がトランプに期待し、その政策に賛同し、実質的に応援してきたものと理解される。

 藤井氏は、トランプに期待し、彼を支持するスタンスを取っているため、トランプが独裁的傾向を示したり、政治家としての経験不足のまま暴走したり、エスタブリッシュメントに取り込まれたり、プーチンに弱みを握られて利用されたりする可能性を重視していない。既成の二大政党の枠を破るトランプに期待を寄せることによって、彼を理想化し、彼の持つ弱点や危険性への見方が甘くなっていると思う。もしそこに政治的・党派的な判断が加わっているとすれば、政治学というより政治活動の色彩を帯びる。

 大統領選の結果、ヒラリー・クリントンが大統領になることの危険性は避けられた。だが、権力の座に就いたトランプには独裁的傾向があり、経験不足のまま暴走する恐れがあると私は見ている。私はまた選挙戦の途中から、トランプはエスタブリッシュメントに取り込まれ、エスタブリッシュメントに新しいメンバーとして迎え入れられており、また最も懸念されることとしてプーチンに弱みを握られて利用される可能性があると思う。それだけに彼の周りのスタッフの役割が重要であると考える。補佐官・顧問・閣僚等がトランプの欠点を補い、大統領が暴走しないように、実務的な経験とバランス感覚を発揮してもらいたいものである。勿論、彼らにとっては米国の国益が第一なのだが、世界全体の安定と繁栄こそが、究極的には米国と米国民の真の利益となることをよく認識して補佐してもらいたいものである。ページの頭へ

 

(2)トランプ政権下の米国は正義の議論が必要〜サンデル

2017.1.29 

 

 アメリカの政治学者マイケル・サンデルは、読売新聞2017年1月3日付の記事で、トランプ現象について見解を述べた。

 私は、拙稿「人権――その起源と目標」第10章で「人権と正義」について述べた際、サンデルの公共哲学における正義論について論じた。

 サンデルは、コミュニタリアン(共同体主義者)に分類できる。彼は、近代西洋のリベラリズム(自由主義)の根底にある自由に選択できる独立した自己の概念を「負荷なき自己(unencumbered self)」と呼んで批判し、共同体との繋がりを自覚したコミュニタリアン的な「位置づけられた自我(situated self)」を対置する。また、道徳的責任のカテゴリーの一つとして「連帯の義務」があると主張する。また、カントやロールズの正義論のように正義と善を区別するのではなく、正義と善を結合する必要があることを説き、目的論を再評価している。

 なお、西洋哲学における正義(justice)は、悪に対する善と重なる意味を持つ日本語の「正義」とは違い、「公正、公平、平等」を意味する。近代欧米社会では、自由に対する平等を重視するのが、justice としての正義である。

 さて、上記のような思想を説くサンデルが、トランプ現象をどう理解し、どのような対応を説くか、私には興味深い。

 サンデルは、読売の記事で、トランプが大統領選で当選したことについて、概略次のように見る。

 「1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、(ほそかわ註 アメリカの)中流・労働者層は取り残され、『排除された』と感じてきた」「中流・労働者層は社会で尊重されず、『エリート連中に見下されている』との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた」

 トランプの政策については、次のように言う。「処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている」「アメリカは『正解がわかっているのは自分だ』と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ」

 では、どうすればよいとサンデルは考えるのか。

 「不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ」「民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。『正義に適った公平な社会に住んでいる』と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ」。

 ここでサンデルは、彼の持論である正義の実現の必要性を説く。正義を実現するには、具体的にはどうすれば良いか。

 「一つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう一つは、国家が公共財を充実させて、『地域・国家に帰属している』という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ」と説く。

 そして、次のように言う。「トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている」と。

 果たして、トランプ政権下のアメリカで、サンデルが求めるような正義をめぐる議論が社会的に行われていくかどうか、注目したい。

 さて、サンデルが正義の実現のために必要だとして説いていることには、政策として具体性がなく、また彼以外の論者−−セン、ミラー等――が説いている正義論及びその政策論を検討して取り込むこともしていない。私は、拙稿「人権――その起源と目標」で、人権を発達させるための実践にあたって重要と考えることを12点述べた。トランプ時代における世界的な正義の実現に係ることと重複していることが多くあるので、ご参照願いたい。ページの頭へ

 

(3)トランプ現象の根底にあるもの〜佐伯啓思氏

2017.2.2

 

 2016年(平成28年)12月初めのことだが、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏は、「米国の価値の神話は崩れた 日本は価値の機軸を自問すべきだ」という記事を産経新聞の「正論」に書いた。

 佐伯氏は、トランプ現象の根底にあるものは、「アメリカがこの20〜30年掲げてきた価値の欺瞞があらわになった」ということだと言う。

 佐伯氏は、もっとも基底にあるものは、「経済的なグローバリズムと民主的な国家体制の間の矛盾」だとする。氏によると「経済的グローバリズムは、過剰なまでに自由な資本移動や技術移転、利益をめぐる激しい競争によって、国家間においても、地域間においても、また、国内においても格差を生み出した。成長にのれない不満層は、民主政治を通して政府に不満をぶつける。その結果、既存の政治は批判され、政治は不安定化する。この場合、不満層の矛先はグローバル化を推進するエリート層や、仕事が競合する移民へと向けられる」。経済的グローバリズムはアメリカ主導で作り出されたものだが、その「グローバリズムのもつ問題が、アメリカに深く内在する大衆的民主主義によって一気に顕在化した」と佐伯氏は述べる。

 佐伯氏は、もうひとつの背景は、「いわゆるアメリカ民主主義のもつ欺瞞性が身も蓋もなく露呈してしまった」ことだとする。氏によると、「アメリカの民主主義は、徹底した平等主義と人権主義によって支えられてきた。にもかかわらず、実際には、エリート白人層と人種的マイノリティーの間の社会的な境遇は大きく異なっていた。事実上の差別といってもよい。そのことに目をつむりつつ、他方では、逆にポリティカル・コレクトネスが強く唱えられ、表現の自由などといいつつも、差別的発言などは政治的悪としてタブーになってきた。アメリカの民主主義がはらむ、この二重の欺瞞がほとんど限界まできていた」。そして、経済的に不遇を感じる大衆は「ポリティカル・コレクトネスの背後に隠されてきた移民やイスラム教徒への不信を一気に露わにした」と指摘する。

 佐伯氏は、このようにトランプ現象の根底にあるものを2点提示したうえで、「アメリカが掲げてきた諸価値の普遍性という神話は崩れ去った」と断定する。

 「アメリカを支えてきたものは、自由な資本主義と人権主義にもとづく民主主義であった。こうしたものをアメリカは普遍的価値とみなして、その世界化をはかってきた」。だが、そのアメリカ的普遍主義がうまくいかなくなっている。「自由な資本主義は、科学技術上のイノベーションと結合してグローバル資本主義を生み出した。人権主義や民主主義の普遍化は、アメリカの国益と結び付きつつ、中東への無謀な介入を生み出した。そして、前者は、中国の経済成長を助けはしたが、アメリカ国内の中間層の没落を招き、後者は、結果としてイスラム国(IS)を生み出し、中東の混乱はいっこうに収まらない」。「自由な資本主義、科学技術の合理主義、人権主義と民主主義、そして、その普遍性というアメリカが高々と掲げた価値がどれもうまく機能しなくなっている」。そのため、トランプが出現し、「アメリカ・ファースト」を唱えて、アメリカの世界への関与を制限し、国内回帰へと向かおうとしている。だが、佐伯氏は「それで問題が解決するとは思えず、アメリカが再生するとも思えない」と述べている。

 佐伯氏は「アメリカが掲げてきた諸価値の普遍性という神話は崩れ去った」と断じ、日本は「日米の価値観の共有などというより前に、日本はまずは、自らの価値の基軸をどこに置くのか、それを改めて自問すべきなのではなかろうか」と述べている。

 私は、拙稿「人権――その起源と目標」第10章で、佐伯氏が自由主義を根底的に批判していることについて論じた。

 佐伯氏は、20世紀末以降の世界はグローバリズムの拡大によって、各国の経済・社会が不安定になっているとし、「金融の経済」であるグローバル・エコノミーに対して、「労働・生産の経済」であるナショナル・エコノミーの強化が必要であると説く。グローバリズムの進行で人間が大地から切り離され、また家庭・地域・民族・国家が解体されていくのに抗するために、「善い生き方」とは何かを再考し、各国の伝統・文化を重視することを呼びかける。

 佐伯氏は、現在のわが国はデフレ脱却や大規模自然災害への備えを課題とするゆえに、特にナショナル・エコノミーの強化が必要だと強調する。そして、この点から、「日本的価値」の回復を訴えている。「日本的価値」の中核には、「日本的精神」があると説く。

 先のトランプ現象に関する論考で佐伯氏は、「日本はまずは、自らの価値の基軸をどこに置くのか、それを改めて自問すべきなのではなかろうか」と書いているが、その「価値の基軸」は、ここに引いた「日本的価値」であり、その中核には「日本的精神」があるというのが、佐伯氏の主張だと理解される。

 グローバリズムの克服は世界的な課題である。その克服のための道の一つは、それぞれの社会における伝統的な価値の回復である。欧米で起こっているナショナリズムの復権は、伝統的な価値を回復しようとする運動である。だが、伝統的な価値の回復は、超越的な義の信奉を硬直化し、非妥協的なものともなり得る。この点において、わが国に伝わる日本精神は、「和の精神」であり、共存共栄の理法であるから、ナショナルな価値の回復が国際的な正義の構築に貢献できるものとなるだろう。私は、日本精神には、世界的な経済格差の是正、文化的な多様性の尊重、自然環境との調和による共存共栄の世界を実現する原理が潜在していると考えている。日本精神に関する拙稿は、マイサイトの「日本精神」のページをご参照下さい。ページの頭へ

 

(4)エルサレムへの大使館移転は危険〜佐藤優氏

2017.2.5

 

 ドナルド・トランプ米大統領が行うであろう政策の中東への影響については、本稿「トランプ時代の始まり〜暴走か変革か」の5「世界にどう影響するか」に書いた。トランプはイスラエル支持を強く打ち出し、ネタニヤフ首相と親密な関係を持っている。また長女イヴァンカの夫でユダヤ人のジャレッド・クシュナーを無給の大統領上級顧問に任命するなど、ユダヤ人社会とのつながりの強さが目立っている。
 こうしたなか、トランプが、大統領就任前、エルサレムに米大使館を移す、と発言してきたことが注目されてきた。
 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の聖地となっている。同市旧市街のわずか1キロ四方ほどの場所に、これらの宗教の聖地が集中している。エルサレムは、1947年国連で国連永久信託統治区と決議されたが、第1次中東戦争の結果、イスラエルとトランス・ヨルダンの休戦協定で東西に分割された。さらに第3次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西側を占領した際、全市を押さえた。イスラエルは、エルサレムを「統一された首都」と宣言した。国連決議を完全に無視した行動である。そのため、世界の多くの国は、エルサレムを首都と認めず、大公使館をティルアビブに置いている。
 トランプ政権がこうした複雑な歴史と微妙な国際関係を無視して、エルサレムに米大使館を移すならば、中東情勢は一気に深刻になり、さらに世界的に重大な影響をもたらすことは、火を見るよりも明らかである。
 この件について元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は、強い懸念を表明している。佐藤氏は、産経新聞平成29年1月15日号に次のように書いた。
 「仮に米国が大使館をエルサレムに移転すれば、東エルサレムがイスラエル領であると承認する効果を持つ。これに反発してパレスチナの過激派がイスラエルに対して武装攻撃を行うことは必至だ。また、国内にパレスチナ人を多く抱えるヨルダンの政情が不安定になる。ヨルダンの王制が崩壊して、その空白をイスラム国(IS)のような過激派が埋める危険がある。さらに、アラブ諸国の対米関係、対イスラエル関係が急速に悪化する。米国大使館のエルサレムへの移転をきっかけに第5次中東戦争が勃発するかもしれない。そうなると中東からの石油、天然ガスの輸入に支障が生じ、日本経済に深刻な影響を与える。米国内では、2001年9月11日の中枢同時テロ事件をはるかに上回る規模のテロ事件が起きるであろう。また、NATO(北大西洋条約機構)加盟国や日本などの米国の同盟国もテロ攻撃の対象となる」と。
 同感である。さらに付け加えるならば、イスラーム教過激派はトランプの暗殺を企てるだろう。トランプ暗殺については、米大統領選挙戦の初期から彼の当選を一貫して予想し、的中させた国際政治学者の藤井厳喜氏が、起こり得る事態として警告している。
 佐藤氏は、ヨルダンのモマニ・メディア担当相が1月5日、AP通信の取材に対して「越えてはいけない一線だ。イスラム教の国やアラブ諸国の路上を炎上させるだろう」と述べ、中東の一層の不安定化につながるとして警告した、と伝えている。ヨルダンは、ハーシム家の王制国家だが、人口の7割近くを王家と関係のないパレスチナ人が占めている。さらに、この人口約630万人の小国に、近年イラクから約40万人、シリアから約70万人、合わせて100万人を超える難民が流入している。政権は民主化を求めるパレスチナ人の宥和を図りながら、統治の安定を目指している。それに失敗すれば、王制が揺らぐ可能性がある。
 いわゆる「イスラーム国(ISIL)」は内政不安定な国を狙って戦略的にテロを行っている。ヨルダンは、そのような国の一つあり、テロの標的にされかねない。もしISILの攻撃で穏健親米国のヨルダンが崩れれば、ISILは、次にヨルダンの西側に位置し、長い国境で接するイスラエルに攻撃を仕掛けるおそれがある。
 佐藤氏が、米国大使館のエルサレムへの移転をきっかけにアラブ諸国の対米関係、対イスラエル関係が急速に悪化し第5次中東戦争が勃発するかもしれないと述べていることに関しては、アラブ諸国だけでなく、イスラエルの最大のライバルであるイランを含めて、というべきところだろう。
 中東問題の専門家・山内昌之氏は、中東複合危機から第3次世界大戦に発展するおそれがあると観測している。山内氏は「中東で進行する第2次冷戦とポストモダン型戦争が複雑に絡む事象」を「中東複合危機」と定義する。
 山内氏は「シリア内戦に関与している国々を中心に、世界的規模で第2次冷戦が進行している」と見る。第2次冷戦とは、米ソ冷戦の終結後、2010年代に入って、再び米国と中国、米欧とロシア等の間で、かつての冷戦を想起させるような対立・抗争が生じている状況を言う。
 またポストモダン型戦争とは、近代西洋文明が生み出した世界において、戦争とは国家と国家の間で行われる戦争とは異なるタイプの戦争である。ISIL等によるテロ組織によるものがその典型である。
 山内氏は、「第2次冷戦が中東の各地域で熱戦化し、ポストモダン型戦争と結合して第3次世界大戦への道を導く可能性を排除できない」と警告している。拙稿「イスラームの宗教と文明〜その過去・現在・将来」第2部第3章に詳しく書いた。
 もしトランプがエルサレムに米大使館を移すならば、まさに暴走である。暴走を許したならば、第5次中東戦争の勃発のみならず、中東複合危機の世界化による第3次世界大戦へと発展するおそれがある。
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