トップ日本の心Blog基調自己紹介おすすめリンク集メール

 

  国際関係

                       

 題目へ戻る

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

■尖閣諸島、6月17日に備えよう

2011.1.21

 

<目次>

1.  中国の尖閣占領を防げ

2. なぜ占領計画は6月17日か

3. 6月17日特定は沖縄も略奪の対象ゆえ

4. 中国は石油・資源に目をつけた

5.  充分警戒して、尖閣防衛を整備すべし

 

  補説: 尖閣事件から1年

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

 

1.中国の尖閣占領を防げ

 本年、平成23年(2011)1月14日、沖縄県石垣市で「尖閣諸島開拓の日を定める条例」制定記念式典が開催された。中山義隆石垣市長、伊良皆高信議長らをはじめ、たちあがれ日本の平沼赳夫衆院議員、自民党の下村博文衆院議員、島尻安伊子参院議員、みんなの党の柿沢未途衆院議員、公明党の遠山清彦衆院議員らが駆けつけ、熱気溢れる大会となったという。詳しくは下記のサイトに現地報告が掲載されている。
http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/1967

 今年は、わが国にとって、激動の年になるや知れぬ。特に6月17日、尖閣諸島には十分に注意し、備えを怠らないようにしなければならない。
 中国が尖閣諸島に侵攻する可能性はある。ジェッド・バビンとエドワード・ティムパーレークの共著『SHOWDOWN(対決)―中国が牙をむく日』(産経新聞出版)は、尖閣侵攻に始まる中国の日本攻撃のシナリオを書いた。本書はブッシュ政権時代に書かれた本だが、今日の情勢においても、一つのシミュレーションとして読むことが出来る。
 私は、4年ほど前に書いた拙稿「中国の日本併合を防ぐには」に、「中国の内部には、様々な矛盾が高じており、破綻は間近いという見方も多くある。共産党政権は、体制の維持が難しい事態にいたれば、国内の不満を外に向けるため、台湾や尖閣諸島等への侵攻を行う可能性がある。国内事情によっては、ここ数年のうちにも起こりうる」と書いた。
 国際ジャーリストの日高義樹氏は、中国共産党政府が「国民の不満を抑え、国を一つにまとめておくのに一番効果的なのは、台湾を攻撃し占領することである」。しかし、これは容易でない。「尖閣諸島は台湾に近く身代わりとして最適である。日本が領土と言っているところを占領すれば当分の間、国民の不満の爆発を抑えることができる」と述べている。

 中国が動く可能性は高まっている。以前にも紹介したが、「【警戒警報!】 来年6月に、中国が尖閣諸島を占領する!」と題した動画がある。昨年7月31日に Youtube にアップされたものである。
http://www.youtube.com/watch?v=udWpKviokys
 「来年6月」とは、平成23年(2011)つまり今年6月のことである。動画によると、
 
@平成22年の9月、ロサンゼルス華僑大会で「尖閣は中国領」の議決をする。
A全世界の華僑の資金力をもって小型船を百隻単位でチャーターする。
B香港・マカオ・台湾などから発進させて、民間船として日本の領海に侵入する。
C海上保安庁の警戒線をスルーして尖閣諸島に上陸。
D五星紅旗をたてて占領。

という計画があるという。
 上記の華僑大会は昨年9月に行われた。大会を呼びかけた組織は「918収復釣魚大領土昇旗大会」と称している。ロサンゼルスに各地のシナ系学者や専門家、また企業トップらが集結し、新たな反日シナ人ネットワーク「全球保釣大連盟」を結成し、尖閣諸島の領有を決議した。
 昨年9月7日に尖閣諸島沖中国漁船衝突事件が勃発した。上記の動画が伝えるものとこの事件に何か関係があるかどうか、確かな情報はないが、事件は反日感情を煽り、敵愾心を高めるには絶好の機会になっただろう。

 在外華僑の動きは、単なる民間人の動きではない。中国共産党政府とつながっている。彼らの計画・行動は、政府機関の指示を受けているか、承認を得ているものと考えられる。
 中国による尖閣諸島侵攻計画は、昨年7月2日放送のチャンネル桜の番組で、詳しく報じられた。語り手は、月刊「中国」編集長の鳴霞女史。元中国共産党員で、話題の書『人民解放軍の正体』(日新報道)の著者である。

「2011年、尖閣諸島は中国領となる1・2」
http://www.youtube.com/watch?v=WHmwDVYkzOk&NR=1
http://www.youtube.com/watch?v=A1OFH06Rt_g&feature=related

 背筋の寒くなるような内容だが、これが日本の直面している現実なのだ。われわれは厳しい現実に眼をそむけてはならない。そして、今年はその計画の実行が予定されている年である。
 中国人・在外華僑による尖閣諸島占領計画は、本年6月17日の予定という。
 なぜ6月17日か。その理由に思い当たる日本人は、そう多くないだろう。その点について書きたい。
 

2.なぜ占領計画は6月17日か

 6月17日とは、昭和46年(1971)6月17日に、沖縄返還協定が調印された日を意味する。その日が現在、一部の中国人にとって、重要な意味を持った日となっている。またそれゆえに、この日に尖閣諸島を占領する計画が立てられたのである。
 尖閣諸島は、もともと日本の領土である。大東亜戦争に敗北したことにより、一時、連合国の管理下に置かれたが、沖縄がアメリカから日本に返還された際、沖縄の一部として日本に返還された。尖閣諸島の領有を目指す中国人は、このことを問題にしている。これは実におかしなことである。
 わが国は、明治28年(1895)1月14日、閣議決定により、尖閣諸島を沖縄県の所轄とした。沖縄県石垣市が「尖閣諸島開拓の日」に定めたのは、この1月14日である。明治政府は、尖閣諸島が清国の領有下にないことを確認した上で、合法的に領有権を確立した。当時わが国は、明治27年(1894)7月から28年3月にかけて、シナの清国と戦っていた。この日清戦争の結果、下関条約が締結され、台湾・澎湖諸島等が日本に割譲された。尖閣の領有は、台湾・澎湖諸島の割譲より、以前のことである。また、当時から尖閣諸島は、台湾・澎湖諸島に含まれていない。
 わが国が尖閣諸島を日本領土に編入して以来、シナの清国を含むいかなる国からも異議申し立てはなかった。ここでシナと言うのは、文化的な地域ないし文明の名称である。シナは易姓革命の歴史を持ち、満州人の王朝である清国は、漢民族によって倒されて、国民党政府による中華民国が建国された。さらに中華民国は共産党によって大陸から放逐され、大陸には中華人民共和国、台湾には中華民国の政府が並立し、ともに正統性を主張する状態となっている。本稿では前者を中国、後者を必要に応じて台湾と略称する。
 わが国では、明治17年(1884)から尖閣諸島で古賀辰四郎氏が漁業などを営んでいた。明治24年に明治政府が尖閣諸島の領土編入を決定した後、29年に同諸島を八重山郡所属とすることが確定した。その直後、古賀氏は内務大臣宛にこれら国有地の借用願を申請した。政府は尖閣列島の開拓を奨励する必要があると考え、同年8月同氏に対して期間30年の無料貸与を許可した。国有地の借用許可をえた古賀氏は、翌年から大規模な資本を投じて尖閣列島の開拓に着手し、漁業等の産業を振興した。明治42年(1909)には248名(99戸)の移民が列島に定住し、開拓事業に従事していたという。
 わが国が尖閣諸島を領有した清国の時代以後も、シナの国々は、尖閣諸島が日本領だということを認めていた。大正9年(1920)、中華民国は、駐長崎領事がシナ漁民救助に対する「感謝状」を、当時の沖縄県石垣村(現、石垣市)村民に贈った。中華民国政府の外交当局は、感謝状の中で尖閣諸島のことを「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記している。尖閣諸島には、戦前はかつお節工場があり、操業していた。当時、シナの政府はこのことについても、まったく問題とせず、何の抗議もしていなかったのである。
 大東亜戦争の敗戦後、尖閣諸島を含む沖縄県は、連合国、実質的には米国の管理下に置かれた。またアメリカ空軍が設定していた防空識別圏は、尖閣諸島上空に設定されていた。昭和27年(1952)4月28日、わが国は占領期間を終え、独立を回復した。しかし、その後も、沖縄県は米国に統治された。わが国は、米国と沖縄返還交渉を続け、昭和47年(1972)5月15日、沖縄県の施政権が米国から日本に返還された。この時、尖閣諸島は、沖縄県の一部として日本に返還された。
 シナでは、戦後、中華人民共和国が建国され、中華民国は台湾に政府を移した。共産党が支配する中華人民共和国は、昭和44年(1966)発行の政府作成の地図で、当時アメリカ管理下の尖閣諸島を「釣魚島」ではなく、「尖閣群島」と日本名で表記していた。尖閣諸島は沖縄返還後、沖縄県石垣市に所属して今日に至っている。

●清国の古文書はシナ領の証拠にならない

 平成22年12月22日の産経新聞の記事によると、同年12月20日、「尖閣諸島(中国名・釣魚島)が中国領土であることを証明する決定的物証」と宣伝された清朝の古文書が、北京市内のオークションにかけられたという。日本人が購入して「決定的物証を隠滅する」のを防ぐために、オークションの主催者は「外国人による入札は禁止」と事前に発表し、話題を集めた。
 この古文書は、清朝の文学者である沈復の散文「海国記」を、同時代の書家、銭泳が抄録したものという。山西省在住の学者がオークションに出品し、1325万元(約1億6600万円)で落札された。
 古文書には、19世紀初め、清の使者が琉球を訪問した際、「途中で釣魚島を見た翌朝、琉球国境に入った」などの内容が書かれていた。わが国が尖閣諸島を日本領に編入したのは、明治28年(1895)であることから、主催するオークション会社、中招国拍は「日本人より早く尖閣諸島を発見した証拠」と主張した。「国家の主権にかかわる文物」として、外国資本の入札を禁止した。
 しかし、中国紙『東方早報』(電子版)などから、「本当に証拠になるか怪しい」「愛国主義で話題づくりをしている」といった批判も上がった。産経新聞が取材した日本の外務省関係者は、「日本は無主地の尖閣諸島を中国より先占したことを主張しており、誰が第一発見者であるかを問題にしていない。この古文書は日本の主張を否定したことにならない」と語っている。これは当然の見解であり、単に発見したというだけでは、領有権を獲得したことにはならない。わが国は、明治28年(1895)1月14日、閣議決定により、尖閣諸島を日本領とした。以後、沖縄県の所轄地域として統治してきた事実がある。

3.6月17日特定は沖縄も略奪の対象ゆえ

 さて、今日、尖閣諸島の領有を目指す一部中国人が重視するのは、6月17日という日付である。この日は、昭和46年(1971)に沖縄返還協定が調印された日である。わが国にとっては、実際に沖縄が返還された翌年の5月15日が歴史的に重要な日なのだが、一部中国人は、6月17日を問題にしているのである。もし尖閣諸島が日本領であることを問題にしたいのであれば、明治28年(1895)1月14日の日本領編入の日を、問題にすべきだろう。ところが、1月14日ではなく、6月17日なのである。
 私は、彼らの狙いは尖閣諸島だけでなく、沖縄にあるからだと思う。尖閣占領は、沖縄占領に向けての第1歩にすぎない。また中国が相手にしているのは、日本だけではない。日本に尖閣諸島及びそれを含む沖縄を返還したアメリカを相手にしているーーそのように考えるとき、なぜ6月17日か、という意味がしっかり浮かび上がると思う。
 本年6月17日に、中国人が尖閣諸島に上陸し占領するという計画は、単なる領土意識の感情とか膨張主義の性向によるものではない。計画の実行は、米国が日本に沖縄を返す沖縄返還協定に、日米が調印した日に、焦点を合わせている。この発想は、国際政治や外交に関する専門的な知識なしには、あり得ない。これほど高度な思想が、民衆の中から自然発生的に現れ、かつ国際的に広がるとは考えにくい。この計画は、共産党指導部ないし人民解放軍の参謀組織が主導的に立案し、中国の民衆や在外華僑団体を指導していると考えるべきだろう。
 私は、尖閣占領計画は、戦略的に構築された対日・対米政策の一環であり、アジア太平洋の覇権をめざす構想に基づくものだろうと思う。

●『亜州週刊』が符合する記事を掲載

 上記のような私見と符合することがある。香港に『亜州週刊』という週刊誌がある。シナに詳しい知人から関係する記事を紹介された。知人によると、わが国で言えば『AERA』(朝日新聞社)のような左翼雑誌だという。
 平成22年(2010)9月26日付の『亜州週刊』は、「民間千船保釣願景收復釣島不是夢」という記事を載せた。紀碩鳴という記者によるものである。記事は大意、次のような内容である。――「これから民間の漁船を利用し、定期的、長期的に尖閣諸島に行って、示威行動を取るべきである。世界から注目を浴びるため、大量の漁船を集めて大規模な行動を起こす。香港、台湾、大陸で1000隻の民間船を徴用し、尖閣諸島に向け上陸作戦を行う、解放軍の海軍軍艦は後からついて保護する。『人民戦争』の力で尖閣諸島を奪還することができる」。
 この記事は、「韓国が日本から独島(日本名・竹島)を取り戻した闘争戦略を他山の石としなければならない」とも述べている。「他山の石」とは、「自分より劣っている人の言行も自分の知徳を磨く助けとすることができる」(広辞苑)という意味である。韓国を自分より劣っているとして見下しながら、韓国が日本に対してやったことに学ぼうというわけである。具体的には「独島は新羅時代から韓国の領土だったが、1900年初めに日本の強圧によって奪われた後、韓国戦争(朝鮮戦争)の最中に洪淳七氏が率いる独島義勇守備隊が日本の軍人を追い出した」と記事は書いている。この例に、中国人は学べというわけである。
 『亜州週刊』は、さらに10月3日号で尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に絡み、巻頭のコラムで、社の意見を載せた。それによると、尖閣諸島は歴史資料から中国の領土であることは疑問の余地がない、米国が第2次大戦後の圧倒的な力を背景に、沖縄とともに日本に施政権を移したことが問題の発端だ、尖閣諸島の主権を争うなら、沖縄の主権の帰属についても合わせて議論すべきだ、という。
 同誌は「これらの島が戦後、米国と日本が勝手に主権を授受したという事実を世界に知ら必要がある。 併せて米国に対し、沖縄の管轄権と主権を中国に返還するよう要求しなければならない。そうしてこそ歴史の正義に適う」と主張している。大陸では、主要紙『環球時報』がやはり昨年の9月、「沖縄はもともと日本の領土でない」とする記事を掲載するなど、中国が沖縄について主権を主張し得るかのような見解が出されている。『亜州週刊』の記事は、こうした大陸の動きに呼応するものと見られる。

4.中国は石油・資源に目をつけた

 先に尖閣諸島は、わが国が明治28年(1895)1月14日に日本領土に編入し、以来、いかなる国からも異議申し立てはなかったと書いた。シナの歴代国家である清国・中華民国・中華人民共和国は、みな尖閣諸島が日本領だということを認めていた。
 ところが、昭和43年(1968)、国連アジア極東経済委員会(エカフェ)が、この地域に石油、天然ガス等の埋蔵資源があると発表すると、1970年代から、台湾・中国があいついで同諸島は自らの領土であったと主張しはじめた。これが重要なポイントであり、尖閣諸島の問題は主権の問題というより、資源をめぐる問題なのである。
 最初に、46年(1971)6月11日に、中華民国(台湾)が外交部声明で尖閣諸島の領有権を主張し、同年12月30日に、中華人民共和国が外交部声明で同諸島の領有権を主張した。沖縄返還協定の調印は、46年 (1971)6月17日だと述べたが、この日の直前に台湾が尖閣諸島の領有権を主張し、約6ヶ月遅れて中国も主張したわけである。
 翌47年(1972)5月15日、沖縄は日本に返還された。尖閣諸島もその一部として返還された。この年9月29日、日中共同声明が発表され、日中の国交が「正常化」された。2月に、ニクソン米国大統領が北京を訪れた。電撃的な米中首脳会談によって、米中共同声明が発表されたのに続き、田中角栄首相が中国を訪問し、周首相と会談したものである。周恩来は、尖閣諸島について「ここで議論するのはやめよう」と述べ、田中首相はわが国の領土であることを明確に主張しなかったという。
 日中友好ムードの中で、主権と資源をめぐる問題は、表面化しなかった。ところが、昭和53年(1978)4月、突然、機関銃で武装した百数十隻の中国漁船が、尖閣諸島周辺の日本の領海を侵犯した。当時、わが国の政府は中国の武装漁船団に対し、具体的な対応ができず、中国政府に漁船退去を打電するのみであった。中国漁船団は1週間ほど同島周辺で威嚇行動を続けて退去した。この年、8月12日、日中平和友好条約調印のため、中国を訪問した園田外相に対し、ケ小平副首相(当時)は、尖閣諸島の領有権について棚上げを提案した。ケ小平は、同年10月に来日し、「この問題は10年棚上げしても構わない。我々の世代の人間は知恵が足りない。次の世代はもっと知恵があろう」と次世代に解決を委ねるような主旨の発言をした。
 本来、尖閣諸島については、領土問題は存在しない。尖閣諸島はわが国の領土である。中国には、領有権を主張する歴史的・法的根拠が全くない。それでも権利を主張するのは、中国外交の術策である。中国の指導層は、他国の領土に目をつけると、そこにあたかも帰属の問題があるかのように発言し、やがて以前から固有の領土であったと主張する。そして、占領・支配のための行動に移る。わが国は、こうした術策に充分注意する必要があった。
 当時、わが国の政府はケ小平の発言にあえて異を唱えなかった。ただし、政府として棚上げ論に正式に合意はしていない。昨年、前原誠司外相は衆院安全保障委員会で「ケ小平氏の一方的な言葉で、日本が合意した事実はない」と答弁し、わが国の立場を明らかにしている。
 昭和53年(1978)のケ小平発言の当時、中国は既に核兵器を保有し、IRBM(中距離弾道ミサイル)を保有していた。しかし、海軍は劣弱であり、海洋への進出は予測されていなかった。ケ小平の指導のもと、中国はこの年、「開放経済」に踏み切り、急速な経済成長を始めた。また昭和56年(1981)に、核ミサイルの多弾頭化をめざす実験に成功し、63年(1988)には、原子力潜水艦からの弾道ミサイルの水中実験に成功するなどした。ケ小平は、平成5年(1993)に江沢民を総書記に抜擢した。江沢民は愛国主義の高揚と急激な軍備増強を進めた。今日では中国は海軍力においても、アジア太平洋諸国の重大な脅威となっている。そして、この海軍力をバックにして、尖閣諸島の略取を狙っていると思われる。

5.充分警戒して、尖閣防衛を整備すべし

 

中国は平成4年(1992)の領海法で、尖閣諸島を一方的に中国領と定めた。ここで大きな問題であったのは、このとき、わが国の政府が中国政府に対し、明確に抗議をしなかったことである。時の首相は宮沢喜一氏であり、官房長官は加藤紘一氏であった。中国に対する外交では、非常に弱い陣容だった。以後、共産党政府は、中国国民に尖閣諸島は中国領と教育・宣伝し、それを吹き込まれた中国人は、自国領だと思うようになった。
 中国は、上記領海法の規定と同じ平成4年(1992)、南シナ海の西沙、南沙、東沙、中沙諸島の全てを自国領だと宣言した。この主張は、米国がフィリピンに保有していた海軍・空軍の両基地を閉鎖して撤退し、軍事的空白が生じたところで行われた。ASEAN諸国は抗議したが、中国は平成7年(1995)初頭までに南沙諸島の実効支配に取り掛かった。現在、南シナ海、特に西沙諸島周辺海域には中国海軍の軍艦が常駐し、力による支配を行っている。
 中国外交のパターンは、史実や現実を無視して、自国領だと宣言する。漁民または漁民を装った軍人を、中国領と主張する島々や海に進出させる。本来領有権を保有する国が漁船を拿捕したり漁民を逮捕すると、それを口実に軍事力を背景にして圧力をかけ、相手を屈服させるというものである。
 昨年9月7日尖閣諸島沖中国漁船衝突事件が起こった。わが国政府の対応は、ひどいものだった。温家宝首相は、尖閣諸島は「中国の神聖な領土」であると公式に主張した。わが国の弱腰姿勢を見た中国共産党政府は、自信を強めただろう。また尖閣占領という計画を立てている一部中国人も、事件を通じて意気を高めているのではないか。
 わが国は、本年6月17日を充分警戒して、尖閣諸島の防衛を整備する必要がある。私は、平成22年(2010)9月24日の日記に次のように書いた。「日本人は尖閣問題をきっかけに、真剣に憲法・国防・外交について考え、日本の立て直しをしなければならない。安全を他者に依存していれば、自由と繁栄が保たれるという錯覚の時代は、終わったのだ。日本人自ら国を守ろうとしなければ、他国の圧力に屈し、富を奪われる。国民所得は半減し、自由を制限され、伝統と文化も破壊されることになる。早急に取り掛からねばならない」と。
 6月17日中国人が尖閣諸島に多数の船で押し寄せて上陸し、占拠しようとすると仮定しよう。その時は、必ず日本国内に住む中国人が行動する。長野オリンピックのとき、多数の中国人が集結して街頭行動をしたが、その何倍もの規模で行動する。10万人規模と想定したほうがよい。同時に、アメリカ・ヨーロッパ・東南アジア等に居る華僑や中国人が宣伝活動をし、反日的な国際世論を形成しようとする。これらの全体が、中国共産党指導部の計画・指示のもと、在外華僑団体、中国人組織を通じて、大量動員で実行されるだろう。

●尖閣問題を機に、日本精神を取り戻そう

 櫻井よしこ氏が理事長を務める国家基本問題研究所は、昨年9月、尖閣防衛のため、下記の緊急提言を行っている。

1.政治家は今回の事件をもって戦後の国防体制を根本的に再考する機会にせよ
 加えて、以下の当面の措置を取るよう求める。
2.政府は中国船による意図的衝突の証拠となるビデオ映像を公表せよ
3.政府は尖閣諸島に自衛隊を配置せよ
4.政府は「白樺」など東シナ海のわが国排他的経済水域内の天然ガス田の試掘を開始せよ
5.国会は外国船の違法活動を罰する法律を制定せよ

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/edacfbf2943ff698fe26ddea763b15b2

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1592232470&owner_id=525191

 また、全国各地で、政府に適切な政策を求める署名活動が行われている。主催は、日本会議である。この署名は、尖閣諸島への現地調査、周辺での船舶の安全航行・漁民の安全操業を確保できる対策、外国漁船の違法操業への警備強化、領海侵犯罪の制定、自衛隊の領域警備等の危機管理等を、政府に請願するものである。詳しくは下記のサイトをご参照のこと。
http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/1929

 これらに加えて、必要なことがある。尖閣防衛は、尖閣諸島周辺だけを意識しているのではだめである。単に地理的・局所的な防衛だけでなく、日本全体で国民が日本を守るという意識を持って対応する必要がある。また国家として、国際世論を日本への理解・支持に向ける働きかけも必要である。首相を中心に、防衛省・外務省・国家公安委員会等が、国家安全保障体制を整備することが急務である。民主党・菅政権は、この問題においてもまったく期待できないから、早急に政権交代をし、政府としてまともな対応のできる政権を立てることが、日本を守る道である。
 日本人が日本人としての精神、日本精神を取り戻さなければ、日本は衰滅する。尖閣問題を機に、真の日本精神を学び、日本の元気を奮い起こそう。

ページの頭へ

 

関連掲示

  拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題

 目次から02

・拙稿「中国の日本併合を防ぐには

 

補説: 尖閣事件から1年

20110909

 

昨年9月7日尖閣諸島沖中国漁船衝突事件が起こった。今日で1年になる。

この事件で、わが国政府の中国に対する対応は、まったく弱腰で、世界に恥を晒した。9月7日は、わが国の国辱記念日となった。当時の菅首相、仙石官房長官、前原外務大臣らの責任は極めて重い。だが、事件は解明されぬまま、菅内閣は総辞職し、野田内閣に移った。

尖閣事件は、日本人に覚醒を迫る事件である。この事件をあいまいのままにしておくと、大きな禍の種になる。

 

●中国人船長と一色元保安官

 

海上保安庁の巡視船に漁船を体当たりさせた中国人船長は、すぐ釈放され、起訴保留となった。本年7月、那覇検察審査会は、那覇地検が不起訴にした中国人船長を強制起訴すべきだと議決した。この議決によって、那覇地裁が指定した弁護士が検察官役として強制起訴し、裁判所は中国人船長に召喚しなければならない。起訴状が2カ月以内に中国人船長に送達されなければ、公判は開かれず、公訴棄却となる。私は、わが国の政府に対して、中国人船長の召喚を中国政府に要求するよう要望する。政府がその要求さえできなければ、日本は法治国家の体を失う。

本年1月21日、衝突事件のビデオがネットに掲載された。掲載したのは、当時海上保安官の一色正春氏だった。一色氏は刑事処分の前に辞職を願い出た。しかし、海上保安庁の内規に則り、秘守義務違反によって停職12か月の懲戒処分を受け、その後、依願退職した。司法については、起訴猶予となった。

 

●政府は動画を公開すべし

 

事件から1年たったが、事件の重要部分は何も解明されていない。一色元海上保安官がネットに載せたのは、記録の一部に過ぎない。また政府は流出したビデオを公式には公開していない。国会で関係者にのみ限定公開されたビデオは、わずか6分間だった。ビデオは全体で2時間あるというのに、録画の全体は公開されていない。

逮捕時、船長は酒を飲んでいたようだ、と海保の職員が証言している。酒気おび程度かと想っていたら、中国人乗組員14人が、船長は酒を大量に飲んでいたと証言した、と中国当局者が明らかにした。海保の職員が漁船に乗り込み、船長や乗組員ともみ合いになり、逮捕した過程を撮っていないのか。私には、尖閣沖衝突事件で、速度を上げて海保の巡視船に衝突した中国漁船の乗組員が、おとなしくわが国の海保職員に従ったとは思えない。衝突後の追跡はどう行われたのか。逮捕はどう行われたのか。船長の酩酊状態は映っていないのか。

これらの確認のために、政府は未編集の全記録を国民に全面公開すべきである。

 

●国会で事件の解明を

 

最大の問題点は、船長の釈放という判断にあったことは明らかである。今回の一連の事件の本質は、漁船衝突事件に係る中国人船長の責任にある。船長は領海侵犯、公務執行妨害、器物破損等の罪に問われねばならなかった。刑事事件と共に民事事件として、1000万円といわれる巡視船の修理代も請求しなければならないものだった。

政府中枢は、船長の釈放は地検独自の判断と説明するが、政府中枢が関与したと思われる証言が多数出ている。直接的な指示を官房長官、法相等が行った可能性がある。また、最終判断は、菅首相だろう。だが、この検察に対する政府中枢の介入も、事実関係が明らかになっていない。

国会議員は、国政調査権に基づき、関係者の証人喚問を実施すべきである。昨秋自民党には証人喚問を求める動きがあったが、その後、目だった展開が見られない。外交・安全保障に係る国会議員がこういう重大問題をあいまいにすると、将来に禍根を残す。

 

●中国人による尖閣占領計画がある

 

尖閣事件が起こる前、中国人の国際団体「世界華人保釣連盟」が、平成23年つまり今年の6月17日に尖閣諸島を占拠するという計画を発表していた。

この尖閣実効支配計画については、わが国ではマスメディアがほとんど取り上げず、政府の対応も鈍かった。迫り来る脅威の中で、3月11日東日本大震災が起こった。大震災後、「世界華人保釣連盟」は計画を中止と発表した。

この件の経緯について、中国情報に詳しい元通訳捜査官の坂東忠信氏は、月刊『正論』平成23年6月号に記事を書いた。氏の「『来襲中止』声明に気を抜くな! ここまできた中国の尖閣・沖縄支配計画」という記事から、氏の見解を引用する。

「沖縄返還調印40周年となる今年6月17日までを目標に、尖閣諸島に大挙して押しかけて実効支配への道筋をつけようとする計画が中国人の間で進められてきました。計画しているのは、今年1月2日に結成された『世界華人保釣連盟』で、メンバーの出身国ごとにチャーターできる船の数を調査していました。台湾の『中華保釣協会』の秘書長で連盟の会長に就任した黄錫麟は、今年5〜6月に活動家2千人あまりで釣魚島を『周遊』する計画を明らかにしていました。『上陸』ではなく『周遊』としてはいますが、『上陸はしない』とも明言しませんでした。いずれにせよ、民間団体が大挙して日本の領海侵犯を実行する『犯行予告』を出していたのです。

4月10日、黄会長は東日本大震災で日本に同情する国際社会からの非難を避けるため、尖閣海域客船周遊デモを中止すると発表しました。しかし、これは連盟としての方針であり、活動家個人での行動や、また違った側面からのアプローチ、水面下での根回しや下準備に対して、対策を練らなくてはいけないことはいうまでもありません」。

坂東氏は、先の記事で中国は尖閣・沖縄奪取に向けた息の長い企みを着々と進めていることを書いている。

世界華人保釣連盟が計画中止を発表したのは、東日本大震災で日本に国際社会の同情が集まっており、その中で計画を強行すれば、国際社会から非難を受ける。それを避けるために中止としただけである。状況を見て中止を取り消し、決行ということもあり得る。今後、1〜2年から数年という期間で考えると、状況は何ら変わっていない。

 

●尖閣を守り、沖縄を、そして日本を守れ

 

中国は尖閣の次は南西諸島、さらに沖縄を狙っている。現状では自衛隊は法規上、領域警備ができないため、侵攻を未然に防ぐことはできず、占領されてから出動するしかない。防衛省は今年に入って、対中有事シナリオを作っていたことが報道されたが、尖閣は簡単に占領され、奪還は難しいと思われる内容である。

日本人は、大震災の痛手と厖大な被害、復興の課題の大きさにばかり気を取られて、わが国が置かれている国際環境の厳しさを忘れてはならない。国防と防災は一体であり、備えを怠れば悔いを千載に残すことになる。

尖閣事件は、日本人に覚醒を迫る事件である。自らの魂を失った国民は、自らの国を失う。尖閣を守れなければ、南西諸島、そして沖縄を守れない。沖縄を守れなければ、日本を守れない。日本人は今、精神的に覚醒しなければならない。

尖閣事件をうやむやに終わらせてはならない。うやむやにすると、尖閣の防衛整備を進めるうえで、大きな支障となる。事件の解明を進めながら、尖閣防衛の整備を急がねばならない。

日本人が日本精神を取り戻し、憲法を改正し、国防を充実させて、独立主権国家としてまともな外交ができるようにならなければ、わが国の安全と持続的繁栄は決して得られない。ページの頭へ

 

 「国際関係」の題目へ戻る

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

説明: 説明: 説明: ICO_170

 

トップ日本の心Blog基調自己紹介おすすめリンク集メール