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  国際関係

                       

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■米中が競い合う東南アジアと日本の外交

2013.1.23

 

<目次>

はじめに

1.米国がアジア太平洋地域に積極関与

2.ミャンマーが米中競争の焦点に

3.民主化でミャンマーが中国離れを

4.東南アジア諸国が中国に物申す

5.中国はカンボジアを使い、巻き返しに躍起

6.再選されたオバマの対東南アジア外交

7.わが国は東南アジアでどういう外交を行うべきか

8.米国主導のTPPの実態をつかめ

9.安全保障と経済協定は別

結びに〜主体的な外交を行うため、国家再建を急げ

 

補説〜安倍首相が東南アジアで戦略的外交を展開

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

はじめに

 

 東南アジアは、インド洋から太平洋への通路に位置し、昔から交通の要衝にある。この地域の主要国で構成する東南アジア諸国連合(ASEAN)は、計6億2000万人の人口を抱え、安い労働力と豊富な消費者が存在する。わが国にとっても、米国や中国にとっても、ASEANの重要性は増す一方である。

 中国は、東南アジアへの経済・外交・安全保障面での影響力を拡大している。とりわけ、南シナ海のほぼ全域の領有権を主張し、覇権の確立を目指している。米国は、アジア太平洋における中国の行動をけん制するため、ASEANとの関係の強化を図っている。冷戦時代に、米国と中国はインドシナ半島で激しく勢力争いをした。ベトナム戦争やカンボジア内戦は、米中の勢力争いの舞台だった。今日その争いの再現を思わせるほど、東南アジアは再び米中が激しく競い合う地域となっている。本稿は、その事情について書き、わが国の取るべき外交について述べるものである。

 

1.米国がアジア太平洋地域に積極関与

 

 米国のオバマ大統領は、平成21年(2009)11月14日、東京・赤坂のサントリーホールで歴史的な演説を行った。大統領は「日米同盟が発展し未来に適応していく中で、対等かつ相互理解のパートナーシップの精神を維持するよう常に努力していく」として日米同盟の重要性を述べ、「米軍が世界で二つの戦争に従事している中にあっても、日本とアジアの安全保障へのわれわれの肩入れは揺るぎない」として日本とアジアの安全保障への取り組みに変わりはないことを強調した。

 その上で特に注目すべきは、オバマ氏が「私はハワイで生まれ、少年期をインドネシアで暮らした米国の大統領だ。環太平洋地域は私の世界観を形成してくれた」「私は米国初の『太平洋大統領』として、この太平洋国家が世界で極めて重要なこの地域においてわれわれの指導力を強化し持続させていくことを約束する」と述べたことである。オバマ大統領は、自分がアジア太平洋地域で生まれ育ったことを強調し、合衆国を「太平洋国家」と呼び、「太平洋大統領」と自称して、アジア太平洋地域に積極的に関与することを明言したのである。

 文明史的にみると、20世紀以降、世界の中心は、西洋・欧米から東洋・アジアに移ってきている。米国が初めての黒人大統領のもとアジア太平洋重視の方針に転換したことは、この文明史的な転換に沿った動きとなっている。

 オバマ大統領について私が最も評価できるのは、このアジア太平洋重視の外交である。平成20年(2008)スタートの政権当初には、中国を2大パートナーとして過大評価する傾向があったが、途中でこの姿勢を改め、中国の危険性を意識した政策を行ってきた。私は、世界の平和と安定にはアジアの平和と安定が不可欠だと考える。そのためには、日米が連携し、アジア太平洋における中国の覇権主義を抑える必要がある。オバマ氏は、東南アジア諸国にも積極的に働きかけ、中国に対する外交を展開しており、この点は高く評価できる。ージの頭へ

 

2.ミャンマーが米中競争の焦点に

 

 米国は、東南アジアで、中国と勢力争いを繰り広げている。勢力争いの焦点の一つは、ミャンマーである。

 オバマ氏は、先のサントリーホール演説で、ミャンマーについて、次のように述べた。

 「長年にわたる米国の制裁や他国の関与政策でも、ビルマ(ミャンマー)国民の生活向上には至らなかった。われわれは今、指導部と直接対話し、民主的な改革への具体的取り組みがない限り現在の制裁を続けるとはっきり伝えている。われわれは、統一され、平和で繁栄し、民主的なビルマを支持する。ビルマがこの方向に進めば、米国との関係改善も可能となる。取られるべき明確な対応として、アウン・サン・スー・チー氏を含む政治犯の無条件の釈放、少数民族との紛争終結、将来構想を分かち合う政府と野党、少数民族との対話がある」と。

 ミャンマーは、本来の名称をビルマと言う。ミャンマーつまりビルマは、竹山道雄による児童文学の名作『ビルマの竪琴』で知られる。大東亜戦争の時、わが国はインドネシア、マレー、ベトナム、フィリピン、インド等の独立運動を支援した。イギリス領だったビルマでも同様だった。『ビルマの竪琴』は、その時の実話をもとにした物語である。中井貴一が主人公・水島上等兵を演じて映画化されている。大戦中、日本の支援でビルマ国は、独立を果たした。スー・チー氏の父オンサン・アウン・サンは、鈴木敬司参謀大佐の南機関で軍事訓練を受けてビルマ独立運動に活躍し、「建国の父」と仰がれている。昭和18年(1943)、東京で行われた大東亜会議に、ビルマ国の首班として参加したバー・モウは、戦後は一時日本に逃れ、新潟に潜伏した。帰国後、アウンサン政権で国防相を務めている。大戦後のビルマは連合国側に立ち、日本軍と戦って再度独立したという複雑な経緯はあるが、わが国にとって、歴史を踏まえて、大事にすべき国である。

 ビルマでは、昭和37年(1962)にネ・ウィン将軍がクーデタで政権を獲得し、ビルマ社会主義計画党を結成した。以後、半ば鎖国状態で国づくりを進めた。昭和63年(1988)にネ・ウィンの退陣と民主化を求める運動が起こった。ネ・ウイン体制は崩壊したが、軍がクーデタを起こして軍政を敷いた。平成元年(1989)国名をミャンマーに替えた。民主化運動の弾圧以来、米国とビルマ=ミャンマーの関係は悪化した。

 だが、オバマ大統領のサントリーホール演説以後、ミャンマーは大きく変わってきている。平成23年(2011)3月、ミャンマーは軍事政権を脱し、徐々に民主化を進めてきた。ミャンマーにとって、民主化はすなわち中国離れを意味する。同年10月に大赦が発令され、政治犯を含む6千人以上の囚人が釈放された。民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チー氏が自宅軟禁を解除され、メディアやインターネットへの統制も緩和された。この変化は、明らかに米国の働きかけの成果である。米国はかつて旧ソ連の諸国に働きかけ、グルジアのバラ革命、ウクライナのオレンジ革命を成功させた。その手法を東南アジアに応用しているものと見られる。ページの頭へ

 

3.民主化でミャンマーが中国離れを

 

 ミャンマーは以前、北朝鮮、パキスタンと並んで中国の三大盟友国の一つだった。軍事政権に対し、欧米諸国が経済制裁するなかで、中国は国境の共産ゲリラへの支援を全面停止し、軍政を世界で最初に公認した。その後、中国は、ミャンマーに経済・軍事等、多くの分野で積極的に支援してきた。それと引きかけに、中国は中東の原油マラッカ海峡通らずに、中国西南部に運び込もうとして、ミャンマーに港湾を作り、パイプラインを敷いている。輸送のコストを下げ、安全性を高めるのが、狙いである。中国にとってミャンマーの港湾は、インド洋の海上輸送路の防衛や西アジアの勢力拡大のための拠点ともなっている。中国は、ミャンマーから鉱物や木材、天然ガス、石油等を輸入してもいる。ミャンマーは、中国の資源政策、西アジア政策の要となってきたのである。

 だが、ミャンマーは近年、民主化の動きとともに、中国との距離を広げてきている。 ミャンマーの政府や軍の指導層には、中国の衛星国になりたくないという思いがある。中国人はミャンマー北部で木材などの自然資源を略奪し、ミャンマー第2の都市マンダレーは中国人が人口の4割を占めるなど、中国への従属化に懸念が強まっている。民主化を進めるテイン・セイン政権は、23年9月、中国の援助によるミッソンダムの建設を、「国民の意に反する」として中断した。人民日報傘下の環球時報は「これは中国人の損失」「中国の利益を犠牲にして、西側に媚びる予兆だ」と書いた。

 中国にとっては、ミャンマーが中国離れすると、経済的・軍事的等、多くの利益が脅かされる。それだけではない。南シナ海での覇権確立を図る中国は、ベトナム、インドネシア、フィリピン等と衝突して反発を受け、アジア太平洋地域で孤立しかねない状況にある。ミャンマーの中国離れは、それを決定的なものとする可能性があるのである。

 オバマ政権は、ミャンマーにおける民主化の進展を評価し、23年11月30日、ヒラリー・クリントン国務長官をミャンマーに派遣した。米国務長官のミャンマー訪問は57年ぶりだった。訪問の目的は、同国での「変革の動き」を後押しすることだった。クリントン氏は12月1日に、改革を推し進めるテイン・セイン大統領と会談した。また、最大野党・国民民主連盟(NLD)の党首アウン・サン・スー・チー氏と会談した。

 クリントン国務長官のミャンマー訪問に対し、中国外務省は「伝統的な友好国に手を付けた」と怒りを表した。だが、米国はその後も、次々に手を打っている。24年(2012)に入ると、経済政策を段階的に緩和した。そして9月、スー・チー氏を米国に招き、ホワイトハウスでオバマ大統領が会談した。この会談は、国際社会への強烈なアピールとなった。

 このように東南アジアでは、ミャンマーを一つの焦点として、米中が激しく競い合っているのである。ページの頭へ

 

4.東南アジア諸国が中国に物申す

 

 ミャンマーに対してのみではない。米国は、東南アジア諸国への積極的な関与を拡大している。インドシナではメコン川下流計画(LMI)を発表し、カンボジア、タイ、ベトナム、ラオスのメコン川流域の4カ国に、保健・環境・インフラ・教育の分野で支援を進めている。この対象国にミャンマーが加わり、LMI閣僚級会合が開かれた。

 水資源の危機に直面している中国は、源流を所有している立場を利用し、主要な河川の上流に大小6700を超えるダムを建設した。特にチベット高原に端を発するインダス河、長江、黄河、サルウイーン河、ブラマプトラ河、カーナリ河、サトレジ河等の上流に中国が相次いでダムを建設することで、下流域の国々では危機感が強まっている。メコン川の流域も同様である。この地域は、伝統的に中国の影響が強い。米国は、ここに割り込んで、影響力を発揮しようとしている。中国も黙ってはいない。流域諸国に無償援助や借款、投資等を行って、巻き返しを図っている。

 クリントン国務長官のミャンマー訪問の約半年前、23年(2011)6月5〜7日、シンガポールでアジア安全保障会議が行われた。この時から、東南アジア諸国が中国に物申すようになった。同会議で、ある国は中国を直接批判し、ある国は婉曲に中国を牽制した。軍事力を誇示する中国に対抗できるのは、米国しかいない。米国は、平成13年(2001)9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以来、中東に重点を移していた。だが、イラク戦争が終結し、米国は本格的にアジア太平洋重視の政策を推進している。そのことこそ、東南アジア諸国が中国に対して自己主張をするようになった最大の理由である。

 アジア安全保障会議での東南アジア諸国の姿勢の変化は、23年11月に開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)と東アジアサミット(EAS)を通じて、より明確になった。EASでは、南シナ海の安全保障を念頭に置く「EAS宣言」が採択された。

 中国は東南アジア外交で失敗した。覇権主義をむき出しにする中国は、弱小国家に対し、個別撃破を図る。これに対抗するため、利害を共にする東南アジア諸国の多くが米国を楯にして結束した。中国が南シナ海の領有権問題をEASの議題にしないように働きかけても、中国を除く17カ国のうち15カ国が議題に取り上げた。温家宝首相の目論見は崩れた。

 とりわけEASに米国が加わったことで、中国は海洋安全保障の問題でかつてない劣勢に陥った。会議でオバマ大統領は、南シナ海問題を持ち出した。温首相はすぐさま発言を求めて反論した。関係当事国が直接交渉によって解決すべきだという従来の主張を展開した。

 それまで、中国にとって要注意の国は、フィリピンとベトナムだった。ともに南沙諸島(英語名・スプラトリー諸島)等の領有権を争う国々である。特にフィリピンは、台湾を含む関係当事者6カ国による多国間交渉や紛争海域を「平和、自由、友好、協力地域」とする構想を打ち出している。中国にとっては目障りな存在だが、フィリピンが働きかけても、ASEANは結束できずにいた。そこへ「外部勢力」(温家宝首相)の米国が参入してきた。米国を始め多数の国が「国際法の順守」を強く求め、南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する中国の「違法性」を追及するようになった。

 オバマ政権のアジア回帰は、目覚しい。それを主導してきたのは、クリントン国務長官である。クリントン氏は22年(2010)1月のホノルル演説で、「米国はアジアに戻る。そしてとどまる」と宣言した。そして、同年7月には領有権争い解決への多国間交渉の支持を打ち出した。中国は南シナ海問題で多国間協議を嫌い、2国間での解決を強く主張している。2国間協議なら、中国は個別的に自国の利益になる原則を適用できるからである。しかし、米国が積極的な関与するようになると、これに意を強くした大多数の関係国が、国際規範による解決を主張するようになった。中国の思惑は完全に外れたわけである。ページの頭へ

 

5.中国はカンボジアを使い、巻き返しに躍起

 

 中国は、米国の民主化外交に対し、巻き返しに躍起になっている。そのために、中国がテコ入れをしているのが、カンボジアである。

 カンボジアは、わが国と関係の深い国である。カンボジアはかつてフランスの植民地だった。わが国は大東亜戦争において、カンボジアでも独立を支援した。そのことにより、日本の敗戦後、いち早く戦後賠償を放棄した国の一つがカンボジアだった。長く国家の象徴的な存在だったシハヌーク国王は、親日的で知られた。1960年代には、東洋のオアシスと呼ばれるほど平和で安定した国だったが、ベトナム戦争に巻き込まれて20年にわたる内戦に突入した。その間の昭和50年(1975)、クメール・ルージュの指導者ポル・ポトが権力を握った。ポル・ポト政権のカンボジアでは、思想改革という名の元で、大虐殺が行われた。中国は、このポル・ポト政権を支持した。内戦の後、昭和57年(1982)に民主カンボジア連合政府が成立した。

 わが国は、1980年代の後半から和平のプロセスに積極的に関与した。内戦当事者を仲介し、平成2年(1990)に東京会議を開いた。翌3年(1991)にパリ和平協定が結ばれて法的には内戦が終結し、平成5年(1993)、国連監視下で民主選挙が行われた。新憲法が採択されて、カンボジアは立憲君主国となった。カンボジアの復興には、日本が主導的な役割を果たした。国連の平和維持活動(PKO)に初めて日本から自衛隊、警察、国連ボランティアが参加した。また人材育成や制度づくりでも支援してきた。基本的な法制度が整備されていなかったカンボジアで、日本は民法・民事訴訟法作成に協力した。日本の民法を押し付けるのではなく、カンボジア人自身が民法を作るのを助け、カンボジアの文化・習慣を尊重して時間をかけて相談しながら作っていった。戦後の日本外交の最高の成功例に挙げられる。民間のNGOや個人でも学校を建てたり技術を教えたりする日本人も多数おり、日本人の復興協力に感謝するカンボジア人は多い。

 ところが今日、そのカンボジアが中国寄りになってしまっている。東南アジアで巻き返しを図る中国は、カンボジアに多大な援助をし、カンボジアを通じて、東南アジアでの影響力を回復しようとしている。フン・セン政権のカンボジアは、いまや東南アジア諸国連合(ASEAN)で第一の親中派となっているのである。これまでのわが国の外交努力と民間交流を考えると情けないことである。しかもわが国の中国への政府開発援助(ODA)が、間接的にカンボジアへの援助金に使われている可能性もあり、外交の見直しが必要である。

 平成24年(2012)7月にASEAN外相会議が行われた。この時、中国は議長国を務めるカンボジアに働きかけた。それによって、南シナ海問題に関する共同声明発表を見送らせることに成功した。共同声明の発表がないというのは、ASEAN外相会議の発足45年にして初めての異例の事態だった。この事態は、南シナ海で領土領海を巡って中国と争うベトナム、フィリピンと議長国カンボジアが対立したことによるものである。一昨年はベトナムが議長国となり、南シナ海問題を初めて外相会議の議題に挙げた。昨年はインドネシアが議長国として、これを踏襲した。今回はカンボジアが議長国となり、議長のフン・セン首相は「南シナ海問題は2国間でやるべきだ」と中国の主張を代弁した。そのことが、共同声明なしという中国に有利な結果をもたらした。

 共同声明なしの外相会議から3カ月余りたった11月18日、ASEAN関連首脳会議が、カンボジアの首都プノンペンで開かれた。中国への対応を巡って、東南アジア諸国に対立が生じているなかでの会議となった。この機会に、米国は、中国を押し返す外交を展開した。その先頭に立っているのが、オバマ大統領である。

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関連掲示

・「歴史」の項目の拙稿

 目次から「17 日本の戦争をマレーシアから見る」「18 日本人はインドネシア独立に協力した」「19 インドの独立にも日本人が貢献

 

6.再選されたオバマの対東南アジア外交

 

 平成24年(2012)11月6日、オバマ大統領は再選された。大統領はタイ、ミャンマー、カンボジアの3カ国を、再選後初の外遊先に選んだ。このことは、2期目もアジア太平洋重視の方針を堅持することを示したものである。

 オバマ氏は、11月17日〜20日の日程でタイ、ミャンマー、カンボジアを訪問した。18日、最初の訪問先となるタイでは、インラック首相と両国関係の強化を確認した。この日オバマ大統領は、記者会見でミャンマーについて触れ、「ビルマ(註 ミャンマーの英語名)が民主主義を達成し、求められているところに到達したという幻想は、誰も抱いていないと思う」「しかし、完全な民主主義を達成するまで待つのは、途方もなく長い時間待つことになるのではないか、と思う」と述べ、「今回の訪問の目的の一つは、これまで成された進展を強調し、将来、一段の大いなる進展が必要と表明することだ」と語った。

 翌19日、オバマ氏は現職の米大統領として初めてミャンマーを訪問した。オバマ氏は、スー・チー氏を自宅に訪ねて会談した。スー・チー氏の肩を抱いて微笑むオバマ氏の写真は、ミャンマーの民主化と米国の関与を強烈に印象付けた。オバマ氏はまたテイン・セイン大統領と会談し、テイン・セイン大統領が進める一連の改革を支持し、改革継続への支援を表明した。また今後2年間で1億7千万ドル(約138億円)の援助を行うことを表明した。援助は、民主主義の促進や教育、人材育成といった分野に重点を置くとした。一方で、少数民族を巡る問題や人権状況の改善についても一層の取り組みを求めた。市民との対話の機会も持ち、米国がミャンマーの民主化を一層後押しする方針を伝えた。オバマ氏のミャンマー訪問は、ミャンマーを中国から引き離し、自由民主主義の勢力の側に引き付ける外交をさらに大きく前進させるものとなった。

 続いてオバマ大統領は、カンボジアを訪問した。カンボジアも、現職の米大統領が訪問するのは、初めてだった。プノンペンでは、東アジアサミット(EAS)を含むASEAN関連首脳会議が開催された。EASに出席したオバマ氏は、中国と東南アジア諸国が争う南シナ海の領有権問題に関し、「航行の自由」を強調しつつ、海洋安全保障の「行動規範」の確立を働きかけた。

 この時の一連のASEAN関連首脳会議で、東南アジアにおける米中の対立が一段と鮮明になった。南シナ海問題について、オバマ大統領は「多国間の枠組みでの解決」を主張した。日本は米国と連携し、野田佳彦首相(当時)が「国際法の順守」を訴えた。一方、中国の温家宝首相は「あくまで2国間で解決すべきだ」と従来の姿勢を繰り返した。中国は多国間協議を拒否し、個別撃破の政略を取っている。中国の反対により、南シナ海の紛争回避に向けた「行動規範」の策定協議入りは先送りされた。

 今後も、東南アジアで米中の競争は続く。その焦点の一つはミャンマーである。わが国はミャンマーへの支援で米国と連携している。野田氏は「500億円規模の円借款を来年(註 25年)に実施する」と直接、テイン・セイン大統領に伝えた。日米が経済支援を通じて、ミャンマーをより一層中国から離れさせ、日米等の自由民主主義の側に引き込んでいく意義は大きい。中国の東南アジアでの覇権主義を制し、押し返すものとなるからである。ページの頭へ

 

7.わが国は東南アジアでどういう外交を行うべきか

 

 東南アジアが再び米中の競い合う地域となっていることを書いてきた。次にその事情を踏まえて、わが国の取るべき外交について述べたい。

 安倍晋三首相は政権復帰後初の外国訪問として、平成25年1月16日から19日にかけて、ベトナム、タイ、インドネシアの東南アジア諸国連合(ASEAN)3カ国を訪れた。安倍首相は歴訪を前に「経済のほか、エネルギー、安全保障でも協力を深める。極めて重要な訪問になる」と語った。また、菅義偉官房長官は「アジア太平洋地域の戦略環境が大きく変化している中で、ASEAN諸国と協力関係を強化していくことが重要だ」と意義を強調した。ぜひ成果を上げてもらいたいものである。(註 本稿の補説に詳細を記載)

 私は、わが国の対東南アジア外交は、単に米国の外交を補完するものであってはならないと思う。もちろん米国は同盟国であり、自由、民主主義等の価値を共有する重要なパートナーである。アジア太平洋での平和と繁栄のために、わが国が米国と協調することの必要性は言うまでもない。ただし、わが国はあくまで自らの国益の追求を根本に置いて、外交を行うべきである。

 中国の覇権主義に脅威を感じているわが国にとっても、また東南アジア諸国にとっても、米国のアジア太平洋地域への積極的関与は、好都合である。わが国はこれを米国一人勝ちにはさせず、米国の関与を追い風として利用して、日本と東南アジアが連携して共存共栄を図っていくところに、外交目標を置くべきと思う。

 わが国は、これまで東南アジアで米国のような戦略的な外交はできていない。現在米中競合の焦点の一つとなっているミャンマーについても同様である。だが、平成23年(2011)の民主化開始以前から、ミャンマーとのパイプを太くする動きは行われてきた。そうした努力のうえで、23年秋ミャンマー投資・経済センターが開設され、投資や経済交流が積極的に進められている。

 最も情けないのは、わが国が独自の外交で混乱収束・国家再建に多大な貢献をしたカンボジアが、今では東南アジア随一の親中派になってしまったことである。そこでわが国がカンボジアとの親交を生かして、カンボジアを中国寄りから日本や米国及び東南アジア諸国の多数の側に引き寄せることに、わが国の東南アジア外交の一つの目標を置くべきと思う。

 安倍首相の東南アジア諸国歴訪には、これら肝心のミャンマーとカンボジアが入っていなかったが、引き続き政府・外務省・民間団体が協同で、積極的な外交を展開してほしいと思う。

 次に、尖閣諸島との関係がある。今日、尖閣諸島の防衛は、わが国の興亡盛衰に係る課題となっている。尖閣問題については、拙稿「尖閣を守り、沖縄を、日本を守れ」等に書いた。

 私は、尖閣諸島の防衛は、自国の領土と資源の防衛であるだけでなく、アジア太平洋の平和と安定に係る課題だと考える。西太平洋からインド洋における尖閣諸島の位置を確認すると、尖閣諸島は、米国と中国のパワーバランスで重要なポイントの一つであることが分かる。

 中国は今日、南シナ海を中心とする海洋に覇権を確立しようとしている。中国は、台湾を自国の領土だと主張し、その併合を企図している。南沙諸島をめぐっては、フィリピン、ベトナム、マレーシアと係争中である。ミャンマーに港湾を作って、中東と自国を結ぶルートを築き、インドとも徐々に緊張を高めつつある。

 インド洋からマラッカ海峡を通って、フィリピン沖、台湾沖を北上する海路は、シーレーンと呼ばれ、世界貿易の3分の1が経由する。わが国にとっては、石油輸送の生命線である。中国にシーレーンを抑えられれば、わが国はのどもとに手をかけられた同然となる。それゆえ、わが国の安全と繁栄を維持するためには、尖閣の防衛だけでなく、シーレーンの防衛を外交・安全保障の重大課題としなければならない。生命線の防衛のためには、同盟国である米国との協調とともに、東南アジア諸国との連携が重要である。

 中国は南シナ海のほぼ全域を「核心的利益」と呼んでいる。南シナ海の領有権の問題は、わが国には東シナ海の領有権に直結する問題である。わが国は、南シナ海における各国の航行の自由を確実なものとするために、最大限の外交努力をしなければならない。南シナ海で覇権を確立すれば、中国が東シナ海でも覇権確立の動きを強化することは明白である。南シナ海から東シナ海へ、さらにインド洋へと勢力を広げようと企む中国の野望に対抗するため、わが国は、米国・東南アジア諸国に加えて、南方のオーストラリア、西方のインドへも連携の輪を広げ、太く、強くする必要がある。

 この点でオバマ大統領が再選され、アジア太平洋重視の方針を堅持する姿勢を示したことは、日本にとってもアジア太平洋地域にとっても歓迎すべき事柄だった。クリントン氏の後任の国務長官には、ジョン・ケリー氏が指名された。ケリー氏には、クリントン外交を継承してもらいたいものである。

 わが国は、対中国外交では米国と連携し、アジア太平洋地域の安定を目指していかねばならないが、そのために米国の言いなりになってはいけない。あくまで国益の追求を根本に置いて外交を展開しなければならない。わが国が外交・安全保障の課題でアメリカに押しまくられ、アメリカに経済的・金融的に決定的に従属するになれば、独立した主権国家としての主体性や誇りを自ら捨て去るに等しい。ここで重要なのが、TPPへの参加問題である。ページの頭へ

 

8.米国主導のTPPの実態をつかめ

 

 オバマ大統領は、平成21年(2009)11月東京・サントリーホールで行った講演でアジア太平洋重視の方針を打ち出した。この時、オバマ氏は、米国はこれからTPPに参加すると表明した。

 TPPは環太平洋パートナーシップ協定。環太平洋戦略的経済連携協定ともいう。平成17年(2006)に誕生したTPPは、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールなど、経済規模が比較的小さい国の地域協定だった。ところが、平成20年(208)のリーマン・ショック後、米国が突如、この地域協定への参加に熱心になった。翌年、米国通商代表部から議会に提出された文書は、自国の「輸出増加、雇用増大」が目的だと述べている。そして、オバマ大統領が東京で参加を表明したのである。

 わが国では、TPPに関する情報が少なく、米国の意図もよく分からなかった。ところが、22年(2010)10月、民主党の菅首相が突然、横浜APECでTPPに参加すると言い出した。菅氏は、ほとんど中身も分からずに言ったものらしい。尖閣諸島沖中国漁船衝突事件の直後だったから、米国と安全保障上のことで何かあったのではないかと疑われる。

 その後、東谷暁氏、中野剛志氏、三橋貴明氏、関岡英之氏等によって、TPPの問題点が明らかにされてきた。当初TPPへの参加は、農業への影響をどうするかという程度の問題と見られていた。マスメディアの多くは、TPPの真相を報じようとしなかった。だが、TPPの対象は、農業だけでなく、金融・投資・保険・労働・医療・健保・通信・法務等、24の分野に及ぶ。それらの分野で、米国が日本に関税自主権の放棄と自主規制の撤廃を迫るものとなっている。日本と米国以外の参加国は経済規模が小さく、日米でGDPの総額の9割以上にもなる。TPPで米国が日本を主たる対象国としていることは明らかである。わが国のTPP賛成論者は、TPP参加でアジアの成長力を取り込めると言うが、中国も韓国もインドも参加しない。それでどうやって、アジアの成長力を取り込めるのか。問題点はあまりにも多い。ページの頭へ

 

9.安全保障と経済協定は別

 

 米国主導のTPPへの参加は、日本経済にとてつもない影響を与えると、私は予想する。かつてのプラザ合意、金融ビッグバン、郵政民営化等の比ではない。敗戦後、日本が独立を回復してから、米国が仕掛けてきた日本の再従属化の集大成といえるものである。あらゆる分野で徹底的な日本改造がされ、日本の富の収奪、文化・伝統の改変、対米完全従属化が行われることになる。

 ところが、民主党政権は、TPPに関する情報を公開しようとしなかった。TPP参加に係る根本問題を国民に知らせようとしなかった。その状態で、民主党の野田首相(当時)は、平成23年(2001)11月12日から開催されたAPECで、TPPの協議に参加することを表明した。その1週間後に行われたEASで、米国は中国をけん制し、アジア太平洋諸国を米国寄りに引き付ける強力な外交を行った。日本のTPP協議参加表明がきっかけになって、こういう流れができたかのようだった。思うに、これは米国のシナリオ通りで、米国ははAPECで日本にTPP参加を表明させ、EASで中国に外交攻勢をかけて、アジア太平洋地域における主導権を固めようと計画していたのだろう。

 TPPは、米国の対東南アジア外交の要になっている、米国は、日本をTPPに参加させて経済的な従属関係を強化し、日本の経済力を自国の経済回復に利用しようとしている。また世界の成長センターであるアジアへの本格的な進出を図ろうとしている。また、日本との関係を利用して中国をけん制し、アジア太平洋地域での主導権を確保し、安全保障の強化を図ろうとしている。米国は、リーマン・ショック後の経済回復と雇用創出・ドルの防衛、アジア太平洋地域への本格的関与による経済的利益の拡大、中国の地域覇権主義への対抗等と、いくつもの目的を以て動いているだろう。

 日本はこれに受動的に協力して、米国に奉仕する形になりつつある。わが国にとっても国益の実現となる部分は、米国に協調するのでよい。だが、米国の言いなりになることで国益を失うことは、大きな間違いである。わが国は現状、安全保障においては米国に依存せざるを得ないが、安全保障と経済協定は別である。経済協定においては、あくまで国益追求の観点で判断すべきである。ページの頭へ

 

関連掲示

・拙稿「アメリカに収奪される日本〜プラザ合意から郵政民営化への展開

・拙稿「TPPはトロイの木馬〜中野剛志氏」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110125

・拙稿「TPPの狙いは金融と投資〜東谷暁氏」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110330

・拙稿「郵政とTPPは保守の試金石」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20120423

 

結びに〜主体的な外交を行うため、国家再建を急げ

 

 平成24年(2012)12月の衆院総選挙で、民主党は大惨敗し、自民党が圧勝した。安倍首相は、TPPについて、次のように語っている。

  「聖域なき関税撤廃という前提条件が変われば、当然参加ということも検討の視野に入ってくる。これは論理的帰結だろう。基本的には国益を守ることができるかどうかを考えて判断していきたい。日米は同盟関係だから対話ができるはずだ。まず信頼関係を構築し、安全保障においても強力な結びつきを復活した上で、考え方を大統領に率直に話していきたい」と。(産経新聞平成24年12月31日号)

  安倍氏には、この姿勢を貫いてもらいたいものである。私が思うに、わが国は自分で自分の国を守ることのできない状態であるがために、本来経済協定と安全保障は別の問題なのに、米国から安全保障を切り札にして強く押されると、国家指導者の多くは妥協・譲歩・追従を選択するのだろう。TPPの参加問題は、これがポイントだと思う。だが、ここで腹を据えて踏んばらなければ駄目である。

  日本は、アメリカの軍事力によって保護されている。だが、国民及びその代表者である政治家が、日本という国のあり方を根本的に考えて決起しないと、日本は米国への従属を深め、経済的に収奪されつつ、固有の伝統・文化を失っていくだろう。私は、わが国は憲法を改正して独立自尊の国家体制を構築しなければ、アメリカに経済的・金融的に従属する状態を脱しえず、またいかに優秀で志の高い政治家であっても、真に国益を追求する外交は行うことができないと考える。

  これは、中国に対しても同様である。中国との関係では、平成24年(2012)11月18日に開催されたASEANA関連首脳会議で、日本・中国・ASEAN諸国等、16カ国による東アジア包括的経済連携(RCEP)の交渉を本年(25年)の早い時期に開始することで合意したことが注目される。この時も野田首相(当時)が参加した。RCEPは中国が狙う「米国抜き」の自由貿易協定(FTA)である。これに対し、オバマ大統領はTPPの参加国首脳との会合で、25年中の妥結を目指すことを確認した。アジア太平洋の海洋安全保障に加えて、経済・通商においても米中の競い合いが激化している。

  中国への臣従は、米国への従属以上に危険である。中国は共産党が事実上の独裁体制を敷き、反日愛国主義に凝り固まっている。尖閣諸島の奪取を目論み、さらに沖縄にも触手を伸ばそうとしている。中国による2050年の東アジアの予想地図では、日本の西半分は東海省、東半分は日本自治区と描かれている。中国に屈服し、併呑されることは、日本がチベットやウイグルと同じ運命をたどることを意味する。共産中国に対抗するためには現在、わが国が自力で国防を完備できない以上、米国との同盟で安全保障体制を維持するしかない。しかし、そのことで米国への全面的な従属となってはいけない。わが国は米国に対しても中国に対しても、主体的な外交を行うことのできる独立主権国家への道を歩まねばならない。それ以外に、日本が日本として生き、進む道はない。

  米中が激しく競い合う東南アジアに対し、わが国が主体的な外交を行うとともに、TPP、RCEPへの対応においても国益を追求する必要がある。他国に一方的に利用されたり、他国に呑み込まれたりすることのないように、国家の再建を進めよう。そのための最大の課題が憲法の改正である。憲法を改正し、国防を強化することなくして、独立主権国家としての主体的な外交はなしえない。日本国民は、今こそ日本精神を取り戻し、憲法を改正し、国防を整備して、米中の競い合うアジアで、歴史と伝統のある国家として、日本が堂々と存在し、繁栄・発展できる道を歩み出そう。ページの頭へ

 

関連掲示

・拙稿「尖閣を守り、沖縄を、日本を守れ

・拙稿「中国の日本併合を防ぐには

・拙稿「国家と国益を考える

 目次から項目23

・拙稿「日本再建のための新憲法――ほそかわ私案

 

補説〜安倍首相が東南アジアで戦略的外交を展開

2013.2.06

 

 安倍晋三首相は、政権復帰後初の外国訪問として、平成25年(2013)1月16日から19日にかけてベトナム、タイ、インドネシアの東南アジア諸国連合(ASEAN)3カ国を訪れた。

 安倍首相は歴訪を前に「経済のほか、エネルギー、安全保障でも協力を深める。極めて重要な訪問になる」と語った。菅官房長官も「アジア太平洋地域の戦略環境が大きく変化している中で、ASEAN諸国と協力関係を強化していくことが重要だ」と意義を強調した。アジア太平洋地域で同盟国の米国と連携し、台頭する中国に対抗するために、安倍首相の歴訪は、重要な首脳外交となった。首相のタイ訪問は、小泉元首相の平成14年(2002)以来。インドネシア訪問も第1次安倍内閣の平成19年(2007)以来だった。

 安倍政権では、麻生太郎財務相がミャンマー、岸田文雄外相がフィリピン、シンガポール、ブルネイを訪問し、外相はオーストラリアへも回った。政権発足後1カ月以内に首相と主要閣僚が、ASEAN10カ国のうち7カ国を訪問した。今年は日本とASEANの交流開始から40周年を迎える。だが、安倍政権が東南アジアを重視しているのは、それだけではなく、戦略的な思想をもって外交を行っていることがうかがわれる。

 基本的には、第1次安倍内閣で、当時の麻生外相が掲げた、ユーラシア大陸の外縁に沿って、自由、民主主義、法の支配等の価値観を共有する国々と連携する「自由と繁栄の弧」の構想を復活させたものだろう。「自由と繁栄の弧」は、これら各国と連携することで、共産中国を牽制する意図がある。「自由と繁栄の弧」については、麻生氏の同名の著書(幻冬舎)に詳しい。また安倍氏の外交思想は、増補改題の著書『新しい国へ』(文春新書、旧題『美しい国へ』)に記述されている。政治家が約7年前に出した本を、基本的な内容を変えずに再発行できるということは希有のことであり、安倍氏の主張と姿勢が一貫していることを端的に表している。

 さて、わが国が外交において、台頭する中国に対抗するには、経済力と軍事力があいまったものでなければならない。経済力に関しては、東南アジア諸国との通商関係を拡大することが、国家間関係を強化する。中国は経済援助などでASEAN諸国での影響力を拡大している。共通の価値観で結び合うだけでは、中国の進出に対抗できない。わが国政府は先頭に立って、貿易や投資、技術協力、人材交流を推進する必要がある。次に軍事力は、わが国の最大の弱点である。わが国は中国による尖閣諸島奪取への備えを迫られており、南シナ海ではフィリピン、ベトナム等が中国と領有権を争っている。海洋安全保障において、日本とこれらの国々は利害を共有しており、連携が急がれる。

 

 今回の安倍首相の東南アジア3国訪問で、重要なことを3点挙げたい。

 第1は、インドネシアのユドヨノ大統領との会談後、安倍首相が「日本外交の新たな5原則」を表明したことである。アルジェリアの邦人拘束事件に対応するため、政策演説が中止されたので、共同記者会見で紹介する形をとった。タイトルは「開かれた海の恵み」。アジア太平洋地域に重心を移している米国を「大いに歓迎したい」とし、「日米同盟に一層の力と役割を与えなくてはならない」と強調。同時に東南アジアを含め、「海洋アジアとのつながりを強くする」と宣言。その上で、@言論の自由など普遍的価値の重視、A海洋における法の支配、B自由でオープンな経済、C文化のつながり、D未来を担う世代の交流促進−を5原則として提示した。この外交5原則は、「自由と繁栄の弧」の構想を外交原則に高めたものと言えよう。

 第2は、安倍首相がタイでASEANへの経済協力の拡大を表明したことである。ASEAN諸国では、経済援助を通じて中国の影響力が増し、日本が劣勢に立たされる傾向にある。今回首相が初外遊で訪れたベトナム、タイ、インドネシアは人口、国内総生産(GDP)ともに域内上位にある。こうした域内大国を首相が訪問することで、ASEAN全体との関係を深めたいという考えが読み取れる。ASEAN諸国には、南シナ海問題で中国と強く対立するフィリピンのように日米寄りの国がある反面、GDP域内下位のカンボジアやラオスは経済援助を求めて中国に追従的な国もある。ミャンマーは、民主化が進み、中国離れしつつある。こうした中でわが国政府は、中立的な立場をとる域内大国を重視し、それらの国々への経済協力を拡大することで、中国に対抗しようとしていると見られる。

 第3に、安倍首相がインドネシアで集団的自衛権の行使や国防軍保持を述べたことである。首相就任直後に発表した論文で、安倍氏は日本、米国ハワイ、オーストラリア、インドを結ぶ「安全保障のダイヤモンド」を形成するという戦略構想を発表した。インドネシアは、ダイヤモンドの中心に位置し、太平洋とインド洋をつなぐシーレーンの要衝にある。首相はユドヨノ大統領と会談した際、任期中に集団的自衛権の行使を可能にするとともに、「憲法を改正し、国防軍を保持することはアジアの平和と安定につながる」との考えを伝えた。大統領は「完全に合理的な考えだ。防衛力を持った日本は地域の安定にプラスになる」と賛意を表明した。ベトナムのグエン・タン・ズン、タイのインラック両首相にも集団的自衛権行使を容認する考えを伝えたが、両首脳も異論はなかったという。海洋進出を活発化させている中国に対抗することは、日本と東南アジア諸国の共通課題である。首相の発言は、集団的自衛権行使や憲法改正、国防軍保持について、事前にこれら諸国の理解を得えおこうとしたものだろう。

 

 以上、安倍首相の東南アジア3国訪問で重要なこととして、外交5原則の発表、経済協力拡大の表明、集団的自衛権行使・国防軍保持の事前説明という3点を挙げた。これらを見ると、安倍首相が確かな戦略的な構想を以て外交を推し進めていることが分かる。外交には理念と戦略が必要である。安倍外交5原則は今後もわが国の外交の原則となるべきものと思う。ただし、安倍外交5原則が真に有効なものとなるには、憲法改正による国防力の強化、集団的自衛権の行使による安全保障体制の強化、デフレ脱却による経済成長が不可欠である。理念と戦略はしっかりしていても、実力の裏付けのない外交は、相手国に軽くあしらわれる。また、経済的な実利を提供できなければ、共存共栄の道を進めない。

まずは今回の安倍首相の東南アジア3か国歴訪が、大きな実りにつながることを期待したい。また、こうした外交がさらに強化・拡大されることによって、わが国の外交が本稿「米中が競い合う東南アジアと日本の外交」に書いた日本外交のあるべき姿に近づいていくことを希望する。ページの頭へ

 

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