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■荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い

2014.6.5

 

<目次>

はじめに

1.ウクライナ危機の中でオバマ大統領がアジア歴訪

2.アメリカが対中政策を転換した経緯

3.アジア各国での米国外交の成果

4.中国とベトナム・フィリピンの対立

5.ASEAN諸国が中国けん制のために団結

6.求められるわが国の対応

 

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はじめに

 

 平成26年(2014)3月18日ロシアがウクライナのクリミア共和国を併合したことにより、冷戦終結後、かつてないほど世界の緊張は高まりつつある。中国は、ロシアに対する米国・EU・日本等の制裁の度合いを見て、尖閣諸島を含むアジア太平洋地域で海洋覇権の拡大を狙っている。これに対して、米国はどう対応するかが注目されてきた。

 そうしたなかで、オバマ大統領は平成26年4月23〜28日、日本などアジア4カ国を歴訪した。オバマ大統領のアジア歴訪はアジア太平洋地域での同盟を強化し、覇権拡大政策をとる中国を牽制するために有益なものとなった。これまでの宥和策中心の姿勢から、中国の侵攻を阻止しようとする姿勢に転換したことを示すものとも考えられる。

 冷戦時代に、米国と中国はインドシナ半島で激しく勢力争いをした。ベトナム戦争やカンボジア内戦は、米中の勢力争いの舞台だった。今日その争いの再現を思わせるほど、東南アジアは再び米中が激しく競い合う地域となっている。その点については、拙稿「米中が競い合う東南アジアと日本の外交」に書いた。

 今回はオバマ大統領のアジア歴訪が終了するや、5月初め中国は、南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島海域で石油掘削を進めた。これを阻止しようとするベトナム船と中国公船が衝突を繰り返しており、南シナ海に緊張が高まっている。中国は、アメリカがアジア太平洋地域にどこまで本気で関与しようとしているのかを試しているものと見られる。

 本稿は、オバマ大統領のアジア歴訪の意義を踏まえ、南シナ海における中国と東南アジア諸国の対立及び米中のせめぎ合いについて書き、わが国の取るべき対応について述べるものである。

 

1.ウクライナ危機の中でオバマ大統領がアジア歴訪

 

 オバマ大統領の日本、韓国、マレーシア、フィリピンのアジア4カ国歴訪は、アジア太平洋地域での同盟を強化し、覇権拡大政策をとる中国を牽制するために有益なものとなった。オバマ政権は、これまでの宥和策中心の姿勢から、中国の攻撃を阻止する姿勢へと転換したことを示すものとも考えられる。

 オバマ大統領は、平成23年(2011)11月にオーストラリアでリバランス政策(再均衡政策)を打ち出した。海洋進出を図る中国に対抗するため、外交・安全保障の比重をアジア太平洋に移すという政策である。しかし、ダーウィンへの米海兵隊派遣、在沖縄海兵隊の一部グアム移転以外は目立った手を打ってこなかった。

 果たしてオバマ政権は、本気でアジア太平洋を重視する政策を行うのかどうか、日本や東南アジアでは疑問が湧くようになっていた。そうしたなか、ロシアがウクライナのクリミア自治共和国の併合を行った。冷戦終結後、はじめての現状変更の動きである。米国を始めとする先進諸国は、ロシアに対し、G8からの一時除名、資源系企業やプーチン大統領の関係者への経済制裁など、経済的な圧力を強めている。だが、EU諸国の多くは天然ガス等のエネルギー資源をロシアに多く依存しているから、経済制裁の強化は、わが身に返ってくる。米国も世界第2位の核大国・ロシアに対し、強力な制裁を断行することには慎重である。中国は、領土拡張を図るロシアに対し、米・欧・日がどう出るかを注視している。対露制裁とその効果の程度を見て、中国は東シナ海・南シナ海で海洋覇権拡大の行動を起こす機会を狙っている。中国はクリミア問題で、米・欧・日の側ではなく、実質的にロシア側に付いた。世界は、冷戦期のように、米・欧・日の側と露・中の側に、再び別れ出しているようにも見える。

 オバマ大統領のアジア歴訪は、こうした世界情勢における米国の行動だった。大統領は日本では尖閣防衛を明言した。韓国では米韓同盟を確認した。マレーシアでは軍事力行使や威嚇への反対で中国を牽制した。フィリピンでは新軍事協定に調印し、防衛関係を強化した。韓国からマレーシアに飛んだ米大統領専用機が、中国が一方的に設けた防空識別圏を無視したことも意義が大きい。

 米国は、今回のアジア歴訪でようやくリバランス政策を充実させ始めた。わが国やアジア太平洋地域諸国の疑念に対する答えと言えるだろう。地域に一定の安心感が広がっている。また、東南アジア諸国では、中国に対して結束して対応しようという機運が現れている。ページの頭へ

 

2.アメリカが対中政策を転換した経緯

 

 アメリカはなぜ対中抑止に舵を切ったのか。昨年秋、中国人民解放軍は、大規模な軍事演習「使命行動2013」を行い、その一部として尖閣奪取の大掛かりな訓練をした。

 一昨年(平成24年)9月にわが国が尖閣諸島3島の国有化を発表して以来、尖閣周辺での中国公船の活動は常態化した。昨年秋までの約1年間、平均して海警局の公船による接続水域進入は週7日のうち5日、領海侵入は6日に1日に上っていた。そういう状況において、人民解放軍は、尖閣奪取の大規模訓練を行ったのである。

 この大規模演習は、本年2月18日USNIニュース電子版に掲載された記事で明らかにされた。USNIは、United States Naval Institute(米国海軍研究所)の略称である。記事は、太平洋艦隊情報副部長のジェームズ・ファネル大佐が、2月13日にカリフォルニア州で開催されたシンポジウムで行った発言を伝えた。大佐は、中

国軍の大規模演習を分析した結果、「人民解放軍には、東シナ海で日本の部隊を撃破する電撃的な戦闘を遂行できるよう、新しい任務が与えられている」と述べた。狙いは「尖閣諸島、さらに琉球諸島南部の奪取である」という。また大佐は、中国が南シナ海全域に領有権を主張する「九段線」に触れ、「海域に対する支配を徐々に強めていこうとする行動の表れ」だと強調した。

 大規模演習には、台湾正面を受け持つ南京軍区の1万7千人を中核に、広州軍区、東海艦隊、南海艦隊などから計4万人が動員された。兵力投射、火力運用、軍民連携による後方支援を展開したという。

 昨年秋と言えば、11月23日中国政府は沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海に「防空識別圏」を一方的に設定した。圏内で国防省の指令に従わない航空機には「武力で防御的な緊急措置」を取ると警告した。日本政府は「わが国固有の領土を含み、全く受け入れられない」と抗議し、ケリー米国務長官も「東シナ海の現状を変えようとする一方的な行動だ」と非難した。同月バイデン副大統領が訪中し、防空識別圏設定に関して中国要人と議論した。副大統領の帰国後、オバマ政権の外交・国防チームは中国の脅威に厳しく対応すると決定した。

 今年(平成26年)に入ると、1月末にメディロス国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長が厳しい対中批判を行った。2月初めには、ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が、下院外交委アジア太平洋小委員会で、ファネル大佐の発言を引用した証言を行った。尖閣を含む防空識別圏の一方的な設定と、「九段線」という根拠のない領有権主張を批判した。

 ファネル発言、それに続く政府高官の中国批判は、今回のオバマ大統領のアジア歴訪につながるものだろう。アジア歴訪における大統領の言動は、中国による「使命行動2013」が現実となることを防ぐために、米国と地域諸国の連携・協力を強化し、抑止力を高めるものとなったと言えよう。ページの頭へ

 

3.アジア各国での米国外交の成果

 

 オバマ大統領は、本年(平成26年)4月23日から28日かけて、日本・韓国・マレーシア・フィリピンを歴訪した。そこで何が話し合われ、何が決まったか。

 まずわが国においては、オバマ大統領は安倍首相と会談し、日米共同声明を発表した。声明は、尖閣諸島は日米安全保障条約の適用範囲に含まれるとした。米国は「最新鋭の軍事資産を日本に配備してきており、日米安保条約の下での関与を果たすために必要な全ての能力を提供している」と同盟上の誓約を確認した。このことは、中国に対する抑止になる。また声明は、クリミアを併合した「ロシアの違法な試み」を非難した。このことは、尖閣諸島等の奪取を狙っている中国への牽制となった。また声明はまた東シナ海及び南シナ海への領土拡大を進める中国を批判し、同時に中国の一方的な防空識別圏設定を批判した。

 なかでも尖閣諸島が日本の施政権下にあり、日米安全保障条約第5条の適用範囲にある、とオバマ大統領が米国大統領として初めて明言したことは、非常に重要な発言だった。同趣旨の発言はすでに、米国務長官、国防長官、また議会有力者等が行ってきたが、大統領が発言したことは重みが違う。

 日米共同声明及びオバマ大統領の発言は、中国への批判を避けてきた米国の方針が大きく変わったことを意味する。ただし、オバマ大統領は日米首脳会談でありながら、中国を「世界にとって非常に重要な国」と会見で繰り返していた。中国を刺激しないよう、中国に配慮した発言である。米国はあくまで自国の国益を中心に外交を行っているのであって、状況次第でいつまた政策を転換するか分からない。米国に過度の期待を寄せ、生存と安全を依存するべきではない。日本人が自ら国を守る、その意志を持ち、具体的に防備したうえで、同盟国と連携・協力するというのが、基本的な姿勢でなければならない。

 次に、韓国では、オバマ大統領は朴槿恵(パク・クネ)大統領と会談した。4月16日全羅南道の珍島沖合で、旅客船「セウォル号」が事故により沈没し、死者・行方不明者300名以上という大惨事が起こり、朴大統領の責任を問う声が上がっている中での会談となった。

 オバマ大統領は、4回目の核実験を強行する可能性がある北朝鮮に関し、米韓同盟を守るためには武力行使も辞さない、と発言した。韓国防衛のための戦時統制権を予定通り平成27年(2015)に米軍から韓国軍に移管する件については、保留した。米国はかつて朝鮮半島で大失敗をしている。昭和25年(1950)、北朝鮮の侵攻により朝鮮戦争が勃発したのは、アチソン国務長官が、「米国が責任を持つ防衛ラインは、フィリピン・沖縄・日本・アリューシャン列島までであり、それ以外の地域は責任を持たない」と発言し、朝鮮半島に言及しなかったことが誘因となった。現在、北朝鮮は、核・ミサイル開発を推進しており、また冒険主義的で挑発的な言動を繰り返している。北朝鮮が今の体制のまま、米軍が戦時統制権を韓国軍に移管することは、リスクを伴う。それゆえ、本件が保留されたのは、東アジアの安定のために有益である。

 残念だったのは、オバマ大統領が、旧日本軍の慰安婦問題について「恐るべき人権侵害の行為だ」等と発言したことである。米国大統領が公の場で慰安婦問題について、このように踏み込んだ発言をしたのは初めてだった。しかも、韓国首脳と行った共同記者会見におけるものゆえ、その発言は重い。韓国側は、オバマ発言を政治的・外交的に利用してくるだろう。韓国は中国と連携して、反日攻勢を強めている。そのただなかでの発言ゆえ、日韓関係の融和ではなく、悪化に作用するだろう。

 オバマ大統領は今回、米国大統領として48年ぶりにマレーシアを訪問した。マレーシアは、1974年にASEANの中で真っ先に中国との関係正常化を図った国であり、対中関係を重視してきた。だが、その一方で、米国との軍事協力関係を進めてもきた。米艦船のマレーシアへの寄港、同国軍将校の米国での軍事教育、マレーシアによるジャングル戦闘訓練地の提供等である。

 本年3月末、マレーシア航空機の行方不明事件が起こった。この事件でマレーシアと中国は、互いに情報発信の不手際を批判し合い、関係が一挙に悪化した。米国はこの機をとらえて、マレーシアとの関係を大きく改善した。オバマ大統領はナジブ政権の対応措置を弁護したうえで、「包括的パートナーシップ」に関する共同声明を出した。声明は、南シナ海における航行の自由、領有権解決に当たっての威嚇・強制・武力行使等の回避、行動規範宣言の早期規定化等を明記した。これによって、米国とマレーシアはともに対中批判の姿勢を示したのである。

 オバマ大統領は、最後にフィリピンを訪問し、アキノ大統領と会談した。両首脳は会談に先立って新軍事協定に署名した。新協定は、アメリカのアジア太平洋重視を明確に示すものとなった。米比両国は相互防衛条約で結ばれている。だが、冷戦終結と反米感情の高まりを受け、駐留米軍は1992年にフィリピンから完全撤退し、その力の空白に乗じて中国が周辺海域に出てきた。ルソン島沖のスカボロー礁はすでに、中国海軍の事実上の支配下に落ち、フィリピン側が国際海洋裁判所に提訴している。スプラトリー(南沙)諸島東のセカンド・トーマス礁では、比軍兵が座礁船に籠城し領有権の孤塁を守っているのに対し、中国公船は物資補給の妨害に出ている。本年3月に、フィリピンが実効支配するアユンギン礁への補給船を中国の公船が妨害するなど、中国が実力行使を伴う領有権の主張を展開している。中国が力による現状変更を試みているという点で、尖閣諸島をめぐる構図と変わらない。違うのはフィリピンの場合、装備、兵力面で中国に圧倒的に劣ることだ。

 新軍事協定は、こうした中で結ばれた。協定により、米軍は定期的にフィリピンに派遣する。これは実質的な再駐留といってよい。冷戦終結後の1992年にフィリピンから完全撤退した米軍の22年ぶりの回帰である。また米軍は、フィリピン軍の基地内に独自の施設を建設できるようになり、航空機や艦船の巡回を拡大できる。一方、外国軍の駐留を禁じたフィリピンの憲法を考慮し、施設は恒久化しない。中国艦船の動きが活発な海域に近いルソン島の旧米海軍スービック基地などを対象とし、高性能レーダーや偵察機が配備される。核の持ち込みは禁じられる。協定の有効期間は10年間とする。ただし、更新が可能とする。

 オバマ大統領は、共同記者会見で、「われわれの2カ国関係は重要な新たな段階に入った」と語った。オバマ大統領は、1951年の米比相互防衛条約に従ってフィリピンを防衛すると明言した。フィリピンとの新軍事協定により米国は、日本、韓国、オーストラリア、シンガポールなどに加え、再均衡戦略の重要な足場を固めたものとなる。アジア太平洋地域で再均衡戦略を進める米国にとり、歴史的な転換点ともいえる。

 新協定は、南シナ海での中国の勢力拡大を視野に入れたものである。新協定により、フィリピン周辺の南シナ海へも激しい進出攻勢をかける中国に対する抑止力が強化される。ただし、オバマ大統領は会見で「中国の封じ込めが目的ではない」とし、国際法などルールに基づく紛争解決を主張した。

 オバマ大統領のアジア歴訪について、中国政府は、「中国を挑発する旅だ」と反発している。理由は、中国を避けて周辺国を訪問、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用を明言、中国が設定した防空識別圏を通過、中国の拡張を牽制する目的の新軍事協定をフィリピンと締結等である。これらは中国封じ込めの一環だという解釈が中国の外交関係者の間には広がっている。

 わが国としては、安倍首相・オバマ大統領による日米共同声明に、尖閣諸島が日米安保第5条の適用範囲であることが明言されたことは、大きな成果だった。また、米国が韓国・マレーシア・フィリピンと安全保障の協力関係を強化したことは、わが国にとってもプラスである。ただし、米国は財政危機の中で、今後国防予算が削減されるので、本当に約束が守られるのかという疑問はぬぐえない。それゆえ、わが国はあくまで自主防衛の充実に努力しなければならない。その上で、自国だけではできない課題について、同盟関係を活用していくという姿勢が必要である。米国に追従するのではなく、米国の力を活かして、アジア太平洋地の平和と安定を図るということである。そのために、可能な範囲で米国のリバランス政策に協力することが必要である。ページの頭へ

 

4.中国とベトナム・フィリピンの対立

 

 ロシアがウクライナのクリミアを併合し、ウクライナ東部では親露派が独立を志向する実力行動を起こしている一方、中国はユーラシア大陸の東部で虎視眈々と覇権の確立を狙っている。南シナ海では、領有権を争う中国とベトナム、フィリピンとの緊張が高まっている。

 南シナ海は、豊富な海洋資源を埋蔵し、海上交通の要衝でもある。その権益をめぐり、中国と東南アジア諸国は1960年代末期から摩擦を繰り返してきた。

 南シナ海にはパラセル(西沙)諸島とスプラトリー(南沙)諸島を中心に200以上の島や岩礁などが存在する。中国はすべての島嶼の領有権を主張し、ベトナム、フィリピン等と争ってきた。

 ベトナム戦争末期、米軍がベトナムから撤退するや、中国は1974年、当時南ベトナムが支配するパラセル諸島をめぐって南ベトナム軍(当時)と衝突し、同諸島全域を掌握した。88年にはスプラトリー諸島でベトナム軍を攻撃し、一部の島を実効支配下に置いた。92年には領海法を制定し、南シナ海と東シナ海の島嶼を一方的に領土にした。一方、米ソ冷戦終結後、1992年に米軍がフィリピンから撤退すると、95年にはフィリピンが領有権を主張していたスプラトリー諸島のミスチーフ環礁を占拠した。

 この40年、中国は南シナ海で力ずくの領域拡大を進めてきたわけである。他国の実効支配に挑戦し、あらゆる手段を駆使して現状変更を行い、国際社会の非難を受けても、これを無視してきた。

 中国が南シナ海で覇権を確立しようとする狙いは、まず海洋権益の獲得である。中国は南シナ海の資源埋蔵量につき、石油367億8千万トン、天然ガス7兆5500億立方メートルと推計し、「第2のペルシャ湾」と期待している。また別の狙いは、米国の軍事力への対抗である。海南島には潜水艦基地があり、南シナ海の深海から西太平洋への進出を図っている。中国は米国と太平洋を東西に分けて、西太平洋をシナの海にしようとしているものと見られる。

 しかし、オバマ大統領は、4月下旬のアジア歴訪を行い、アジア太平洋地域でのリバランス政策を具体化した。フィリピンでは新軍事協定を結び、米軍の定期的な派遣等を決めた。このことは、22年ぶりの米軍の回帰を意味する。中国はこれに反発するとともに、アジア太平洋地域ですでに実効支配している領域に対して強固な意志を示すとともに、米国がアジア太平洋地域にどこまで本気で関与しようとしているのか、測ろうとしていると見られる。

 その具体的な表れが、5月初めに中国がパラセル諸島海域で石油の掘削を進めたことである。この海域は、中国がベトナムと領有権を争っている地域である。

 5月2日ベトナムは、同国が排他的経済水域(EEZ)としている現場海域に2隻の船を派遣して抗議したが、中国側は撤退に応じない。そこで巡視船など約30隻を現場海域に派遣したが、中国側は80隻を展開し、中国公船とベトナム船が衝突する事態となった。

 パラセル諸島はベトナム戦争末期の1974年、米軍撤退の隙を突いて中国が実効支配した。中国は同諸島を「中国固有の領土」と主張し、ベトナムはこれに反発している。

 米国は5月7日にサキ国務省報道官は、「今回の一方的な行動は、平和と安定を損なう形で係争海域をめぐる主張を押し通そうとする中国の、より広範な行動様式の一部のように映る」と非難した。

 ベトナム側は5月8日、各国の報道機関に中越両国船衝突の際の映像を公開した。明らかに中国公船がベトナム船にぶつけてきている。ベトナム外務省高官は、中国を「国際司法機関に提訴することも排除しない」と述べた。スカボロー礁を中国海軍に事実上支配されているフィリピンは、中国を国際海洋裁判所に提訴している。ベトナムは、フィリピンに同調する姿勢を示したことになる。

 これに対し、中国は同日、外務省国境海洋事務局の易先良副局長が緊急記者会見し、「ベトナム船が故意に中国公船にぶつかってきた。驚いている」と述べ、ベトナム側の主張を全面否定した。石油掘削は「主権に基づく正当なものだ」と唱え、「10年間続けてきた事業で今年始まったわけではない」と強調した。そして、ベトナム側に「妨害を停止せよ」と船舶の撤退を要求した。 

 石油掘削の正当性の根拠として中国が主張しているのが、南シナ海のほぼ全域を9つの点で結んで囲む独自の「九段線」である。中国はその線の中を領海扱いしている。だが、これは陸地を基点とする領海とはまったく考え方であり、国際法上認められるものではない。

 ベトナムはフィリピンと違って、米国の同盟国ではない。だが、ベトナムも米国のリバランス政策の上で重要な国である。米国は非同盟国ベトナムのカムラン湾を米軍艦船の拠点とするために、軍事協力関係を強化しているからである。

 5月8日、ベトナムを訪問中のラッセル米国務次官補は、ミン副首相兼外相らと会談し、パラセル諸島の周辺海域における中国の石油掘削作業を批判し、「領有権問題は平和、外交的に解決されるべきで、力の行使は控えなければならない」と中国に自制を求めた。だが、中国は全く応じようとしていない。

 パラセル諸島の周辺海域は、中国とベトナムが領有権を争っている海域だか、中国は一方的に石油掘削を行っている。このまま中国の掘削作業が常態化すれば、係争海域がそのまま事実上、中国の領海と化していくだろう。わが国の尖閣諸島周辺海域でも、同じようなやり方をされることが容易に予想される。南シナ海で起こることは、東シナ海でも起こり得る。南シナ海と東シナ海は海洋資源でつながり、シーレーンでつながる一つの海の南方と東方である。わが国は、南シナ海での中国と周辺諸国の現在の抗争をまさに生きた事例として、領域防衛の体制を整えなければならない。ページの頭へ

 

5.ASEAN諸国が中国けん制のために団結

 

 5月10日東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ミャンマーの首都ネピドーで外相会議を行った。ASEANは域内6億人の巨大市場を抱え、年々世界経済の中で存在感を増している。米中はASEAN諸国を勢力下に置くべく、激しく競い合っている。近年は中国が影響力を増していたが、米国が巻き返しを図り、ミャンマーのよう

に中国離れを進める国も出ている。元来、ASEANは1967年に共産主義に対抗するために発足した地域組織で、武力紛争を終結したカンボジア、ラオス、ベトナムを迎え入れ、経済発展と貧困脱出に成果を上げてきている。

 現在の加盟国は10カ国。そのうち4か国が、中国と南シナ海で領有権を争っている。今回開かれたASEAN外相会議は、南シナ海情勢について「深刻な懸念」を表明する緊急声明を採択した。声明は、中国を直接批判することは避けながらも、「進行中の事案が海域の緊張を高めた」と中越の対立にふれ、武力の行使や脅しではなく、国連海洋法条約等の順守による「平和と安定を脅かす行為の回避」を求めた。

 ASEANと中国は昨年9月、南シナ海の衝突回避、緊張緩和をめざし、法的拘束力を持つ「行動規範」の策定に向け、初の公式協議を実施した。10月にはブルネイでの首脳会議でも策定へ努力することを確認した。だが、中国は二国間での交渉を優先する姿勢を変えず、協議は進展していない。このため声明は、行動規範の早期策定の重要性についても改めて言及し、中国の対応を促した。

 加盟国外相による緊急声明は、5月11日の首脳会議を待たずに発表されたもので、各国に危機感が共有されたものだろう。ベトナムとフィリピンは、団結して中国に対抗する姿勢を他の加盟国に要望した。加盟国が一致して、力による実効支配を強める中国を牽制したのは、ASEAN諸国に団結が実現しつつあることの表れだろう。

 11日には、引き続きネピドーでASEAN首脳会議が行われた。各国首脳は南シナ海情勢などについて協議し、関係国に自制と武力の不使用を求めることを盛り込んだ「ネピドー宣言」を採択した。

 宣言は南シナ海問題について、「緊張をさらに高めるような行動を控えるよう求める」とした。また、「行動規範」の策定で早期に結論を出すことを要請した。消極的な姿勢を示し続ける中国を、名指しを避けつつも非難する内容となった。

 ASEAN議長国のミャンマーのテイン・セイン大統領は閉幕後、記者会見し、ASEANが南シナ海問題などで連携を密にすることを確認したと語った。軍事政権時代に中国と緊密な関係だったミャンマーの南シナ海問題への対応が注目されたが、議長声明では、ASEAN外相会議による「声明の重要性を認識する」と強調。外相声明には盛り込まれたものの首脳会議の「ネピドー宣言」では見送られた「深刻な懸念」という文言を復活させた。ミャンマーは議長声明でも中国を牽制する姿勢を維持し、初の議長国として、以前の親中一辺倒から脱皮した姿勢を示した。

 中国は、南シナ海地域で孤立しつつある。だが、中国はASEAN諸国によるけん制に対しても、全く態度を変えようとしていない。5月13日、ベトナムは前日また新たな衝突があったと発表した。発表によると、中国側は現場海域に軍艦2隻を含む86隻を展開、石油掘削設備を防護している。同日朝、ベトナム沿岸警備隊の船が石油掘削設備に近づこうとしたところ、中国船3隻が放水等で攻撃し、うち1隻が左側面に体当たりしたため、排気装置や側面が10メートルにわたって壊れたという。

 同日、米国のケリー国務長官はまた中国とベトナムの艦船が衝突した問題について「最も新しい懸念がパラセル諸島に対する中国の挑戦であることは明らかだ」と述べ、この問題で、初めて米国の閣僚が中国を名指しで批判した。またこの問題でオバマ政権がベトナム側に立つことを宣明にした。そして、領有権争いの解決に向けた「行動規範」の策定と、国際法に基づいた平和的解決の重要性を訴えた。国務長官職をヒラリー・クリントンから継いだ時には、中国寄りの姿勢が懸念されたケリーがここまで変わった。それは、オバマ政権そのものの変化である。

 5月に入ってから、ベトナムでは中国に抗議するデモが相次いでいる。しかし、中国の行動は全く改まらない。既に中国側の艦船は、140隻以上に増加しており、常時石油掘削設備を防護している。26日には、ベトナムの漁船が中国の漁船から体当たりされ、沈没した。一連の衝突事故で、船の沈没は初めてである。現場は中国が設置した石油掘削設備の南南西約31キロ。ベトナム船1隻に対して、中国の漁船約40隻が取り囲んで、船をぶつけてきたと伝えられる。乗っていた漁民10人は別のベトナム船に救助され無事だったというが、同様の衝突事故で既に10数人のベトナム人が死亡していると発表されている。中国の場合は、民間船といっても、軍の関係者が乗って指揮を執っていると可能性がある。

 中国は、ASEAN諸国の声明を無視し、周辺諸国が諦めて中国の意思に従うまで、無法行為を続けるだろう。中国共産党伝統の持久戦である。また、軍と軍がぶつかり合うことなく、目的を達する孫子の兵法、「戦わずして勝つ」の実践でもあるだろう。日本・米国を含む自由主義諸国側は、共産中国の戦略的な思想と行動をよく分析して、対応を誤らないようにしなければならない。ページの頭へ

 

6.求められるわが国の対応

 

 安倍晋三首相は、昨年(平成25年)1月16日から19日にかけてベトナム、タイ、インドネシアのASEAN3カ国を訪問した。アジア太平洋地域で同盟国の米国と連携し、台頭する中国に対抗するために、安倍首相の歴訪は、重要な首脳外交となった。安倍首相は3国訪問の過程で、外交5原則の発表、経済協力拡大の表明、集団的自衛権行使・国防軍保持の事前説明を行った。詳しくは、拙稿「米中が競い合う東南アジアと日本の外交」に書いた。

 安倍政権の外交努力は、現在の中国とASEAN諸国の対立という事態においても、確実に効果を上げてきている。

 このたびの中越船舶衝突に関しては、5月8日菅義偉官房長官が「一方的な活動により、地域の緊張感が高まっていることを深く憂慮する」と中国に国際法順守と自制を求めた。同盟国の米国と緊密な意思疎通を図りながら、事態に対応する姿勢と見られる。9日には政府は、ベトナムとの連携強化に乗り出した。岸田文雄外相は、衝突について「中国による一方的かつ挑発的な海洋進出活動の一環だ」と強調し、「中国はベトナムと国際社会に、自らの活動の根拠を明確に説明すべきだ」と述べ、ベトナムを後押しする姿勢を打ち出した。政府開発援助(ODA)を使ったベトナムへの巡視船供与計画の実現に向け2国間調整を加速させる方針である。フィリピンへも支援を行う。昨年7月に巡視船10隻供与を表明した安倍首相の意向を踏まえて、ODAで10隻を供与し、沿岸警備隊の能力向上へ全面協力する。フィリピンは中国との領土紛争をめぐり国際海洋法裁判所に提訴しており、これを積極的に支援することも必要だろう。こうした努力は、尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返す中国を国際的な連携を以てけん制することにもなる。

 中国と南シナ海周辺国の対立は、より先鋭化する可能性が高まっている。中国とベトナムが衝突を繰り返す一方、スプラトリー諸島の近海では、フィリピン巡視船が違法操業の疑いで中国漁船を拿捕するなど、こちらでも緊張が高まっている。

 もし1988年に中国がベトナムと南シナ海で軍事衝突したような事態に発展し、また、中国が、米国と相互安全保障条約を結ぶフィリピンとの間で軍事衝突に至れば、格段と深刻な事態となる。その時、米国はどう行動するか。これは、中国が尖閣諸島を侵攻した場合に、オバマ政権がどう動くかを予測する材料となるだろう。

 安倍首相は、本年(平成26年)5月30日から6月1日の3日間、シンガポールで行われたアジア安全保障会議に日本の首相として初めて出席し、基調講演した。この会議は、イギリスの民間研究機関である国際戦略研究所(IISS)が主催し、アジア太平洋地域の防衛相や軍事専門家が集まり、防衛問題や地域の防衛協力を話し合う会議である。ホテルの名前をとってシャングリラ対話ともいう。

 安倍首相は、基調講演で概要次のように語った。

 まず首相は「法の支配」の順守を強調した。南シナ海のスプラトリー諸島、パラセル諸島での領有権争いをめぐりフィリピンやベトナムの行動への支持を表し、中国に関して「既成事実を積み重ね現状の変化を固定しようとする動きだ。強い非難の対象とならざるを得ない」と批判した。

 「法の支配」の意味について、首相は「国際法に照らして正しい主張をし、すべからく平和的解決を図れ、ということだ」と解説し、「国家は法に基づいて主張する」「力や威圧を用いない」「紛争解決には平和的収拾を徹底すべし」との3原則を示した。「当たり前のことであり、人間社会の基本だ」と訴えた。その上で「最も望まないことは、威圧と威嚇が、ルールと法に取って代わり、不測の事態が起きないかと恐れなければならないことだ」と指摘した。

 首相は、日中両国の偶発的衝突を防ぐ連絡メカニズムについて、「2007年、当時の温家宝中国首相との間で成立した合意があるが、残念ながら実地の運用に結び付いていない」と述べた。またASEANと中国の間で「南シナ海の紛争回避を目的とした真に実効ある行動規範が速やかにできるよう期待してやまない」と述べた。

 わが国の姿勢については、「米国との同盟を基盤に、ASEANとの連携を重んじながら、地域の安定、平和、繁栄を確固たるものとしていく」と述べ、日米同盟を基軸とした東南アジア地域の安全保障に貢献することを表明した。また空や海などの国際公共財を重視する姿勢を示し、ASEAN各国に「航行、飛行の自由を保全しようとする努力に支援を惜しまない」と約束した。

 わが国の安全保障については、日本が戦後70年近くにわたり平和国家として歩み続けている実績を踏まえ、世界平和に貢献するため「積極的平和主義」に基づく取り組みを強化する姿勢を明らかにした。首相は「もはや、どの国も一国だけで平和を守れる時代ではない。これは世界の共通認識だ。集団的自衛権や国連平和維持活動(PKO)を含む国際協力に関わる法的基盤の再構築を図る必要があると思い、国内で検討を進めている」と説明し、各国の理解を求めた。

 安倍首相が基調演説で、中国人民解放軍の佐官、将官など軍人が多数居並ぶ前で、靖国神社参拝を「国のために戦った方に手を合わせる、冥福を祈るのは世界共通のリーダーの姿勢だ」と語ると、会場は拍手に包まれたと報じられる。

 安倍首相自らアジア安全保障会議に参加し、上記の演説を行ったことの意義は大きい。31日朝のアジア各国のメディアは、中国・韓国・北朝鮮を除き、安倍首相の基調演説を取り上げて積極的な評価をした。特にベトナムは、中国・ベトナム間の問題で、わが国がベトナムを支持する姿勢を鮮明にしたことを大きく伝えた。他にフィリピン、インドネシア、シンガポール、ビルマ、インド、バングラディシュが安倍演説を評価しているが、国民党政権下の台湾でも主力二紙が大きく安倍首相の外交を評価していると伝えられる。

 安倍首相の基調演説は、日米が連携してASEANの安保体制を支援し、中国の海洋進出をけん制するものである。翌31日の会議では、米国のヘーゲル国防長官が、「中国は一方的な行為によって南シナ海の領有権を主張している」と中国を名指しし、覇権主義的な海洋進出や挑発行動を強く批判した。こうした日米の連携がアジア太平洋地域での中国の野望を抑え、平和と安定をもたらす。6月1日に行われた分科会では、各国の有識者らから中国人民解放軍の王冠中副総参謀長に質問が集中し、中国の行動に各国が強い懸念や関心を抱いていることが浮き彫りになった。インドの出席者は、中国の「九段線」について「海の上に線を引き自国領と言うのは国際法とは相いれない」と批判した。王氏は「南シナ海の南沙諸島、西沙諸島は2千年以上前に中国が発見し管轄下に置いた」などと述べ、領域に対する野望を露わにした。孤立しつつある中国と、日米を軸とする国際的な遵法勢力の対立は、今後一層鮮明になっていくだろう。

 今回の会議に参加した日米豪の防衛相は、別途会談し、「東シナ海及び南シナ海における力による一方的な現状変更に反対する」という共同声明を発表した。防衛共同訓練を拡大することでも合意した。こうした自由主義諸国の連携を、インド、さらにイギリス及び英連邦諸国へと広げ、インド洋からマラッカ海峡、南シナ海、東シナ海を結ぶ海洋安全保障体制を構築することが求められている。

 長大なシーレーン航行の自由とアジア大多数の国々の共通利益を維持するために、日本の役割はますます重要になっている。まずわが国は、中国に対して強い意思を以て領域・国益を守とうとするベトナムやフィリピンの姿勢に学ぶべきである。自分の国は自分で守る意思を持つこと。領域を侵されたり、船舶を損壊させられたりしたら、徹底的に抗議すること。そのうえで、この主体的な姿勢を以て、同盟国とよく連携すること。加えて地域の平和と安定を求める友好国の理解と協力を得ること、また可能な支援を行うこと。これらの実行が不可欠である。そして、わが国が自国と地域の安全保障を強化するためには、現在政府が準備している集団的自衛権の限定的行使の容認を含む自衛力の整備が、これらの実行を真に有効なものとするために必要となっている。わが国が集団的自衛権を行使可能とし、日米同盟を強化することは、アジア太平洋地域の平和と安定に寄与する道でもある。さらに現行憲法を改正し、わが国が自主防衛力を強化することで地域における抑止力が高まり、地域諸国に格段と大きな貢献ができるようになることを、日本人は認識する必要がある。ページの頭へ

 

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