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オ ピ ニ オ ン  政治・経済・社会

 

題 目

目 次

01 日本的な「保守」の役割と課題〜右翼・左翼・リベラル等との対比を踏まえて(長文)

02 「第二の敗戦」からの復興

03 アメリカによる日本改造と小泉構造改革

04 ODAは徹底的に見直すべき

05 郵政民営化の強行は危険である

06 アメリカに収奪される日本〜プラザ合意から郵政民営化への展開(長文)

07 世界経済危機後の人類の課題

08 第2次大戦後の国際経済と現代資本主義(長文)

09 日本復活へのケインズ再考(長文)

10 日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1(長文)

11 アベノミクスに情報戦略の強靭化を〜宍戸駿太郎氏2(長文)

12 橋本=小泉構造改革を告発〜山家悠紀夫氏(長文)

13 経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏(長文)

14 「救国の秘策」がある!〜丹羽春喜氏1(長文)

15 救国の経済学〜丹羽春喜氏2(長文)

16 デフレを脱却し、新しい文明へ〜三橋貴明氏(長文)

17 デフレ脱却の経済学〜岩田規久男氏(長文)

18 アベノミクスの金融政策を指南〜浜田宏一氏(長文)

19 「太陽の時代」のギガトレンド〜21世紀の産業革命を促進しよう(長文)

20 東日本大震災からの日本復興構想(長文)

21 日本の復興は日本精神の復興から〜東日本大震災による国難を乗り越えよう

22 TPPは本当に国益になるのか

23 脱貧困の社会事業〜ムハマド・ユヌス(長文)

24 国家と国益を考える

25 だれのための司法改革かーー裁判員制度の問題点

26 凶悪犯罪増加における在日及び帰化人の犯行

27 自民党は立党の精神に帰れ(長文)

28 民主党とはいかなる政党か

29 友愛を捨てて、日本に返れ〜鳩山政治哲学の矛盾・偽善・破綻(長文)

30 闇の財テク王・小沢一郎の不正・不敬・横暴(長文)

31 野田首相と民主党政権の末路(長文)

32 元総理大臣・安倍晋三代議士との懇談

33 橋下徹は国政を担い得る政治家か(長文)

34 橋下「維新八策」は改訂版も未だ「?」(長文)

35 参議院議員・山本太郎氏の黒い背後関係

36 舛添都知事は、潔く辞職せよ

37 大混戦の東京都知事選〜都民は賢明な判断を(長文)

38 外国人土地取得の規制を急げ〜北海道の事例を踏まえて(長文)

39 蓮舫二重国籍事件〜国家のあり方を根本から正すべき時(長文)

40 森友学園問題〜何が本当に問題(長文)

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「第二の敗戦」からの復興

2001.1.24

 

 平成10年ごろ、「第二の敗戦」という言葉が頻繁に使われた。日本はアメリカとの「日米経済戦争」に負けた。これは、大東亜戦争の敗戦に続く第二の敗戦だという意味である。

 

●「第二の敗戦」とは

 

 平成5年(1993)、大統領に就任したクリントンは、日本を「敵国」と名指しで表現した。以来、クリントン政権は、米国資本の意志を受けて、我が国への激しい経済的・外交的攻撃をかけてきました。そして、グローバル・スタンダードという名の下に、アメリカ主軸の世界を築くための戦略をもって、「経済戦争」を展開してきた。

その約5年後、平成10年(1998)、日本はもろくも、この戦いに敗れた。当時のわが国の状態を「経済敗戦の焼け跡に再び呆然(ぼうぜん)と立ちつくすしかないかのようです」と中西輝政京大教授は述べた(『諸君!』平成10年9月号)。そこへ、欧米の金融機関が押し寄せてきた。廃業した山一証券をほぼそっくり買い取ったのは、米国の大手証券会社メリルリンチだった。このほかシティ・トラベラーズ、J・P・モルガン、GEキャピタル等といった世界指折りの実力金融会社が続々と日本上陸を果たし、日本の銀行、証券会社などを掌中に収めつつある。

 この状態は、半世紀前、大東亜戦争に敗れ、焦土と化した日本に、占領軍が進駐して各所を接収した時の再現のようである。米国資本は、経済的に「焼け跡」と化した日本に乗り込み、日本人が戦後営々と築き上げてきた資産を、奪い取ってきたのである。

 しかも、これはただ奪うだけではない。米国は、日本の富を吸い上げ続ける構造をつくりあげたからである。この構造を、石原慎太郎氏は「米国は日本を金融奴隷として使役しようとしている」と述べている。(『宣戦布告 NOと言える日本経済』光文社)。

 まさに日本人は、自らの富をアメリカに吸い上げられる「金融奴隷」のような状態になっているのである。

 

●プラザ合意と超低金利政策

 

 一体、こうなった原因は何か? 

 冷戦下の1980年代、ソ連の増大する軍事力が西側諸国に大きな脅威となっていた。これに対抗するため、アメリカのレーガン大統領は、強力な軍事力をつくりあげる政策を打ち立て、その経済的分担を、日本に要求した。

 そして、アメリカの軍事力と日本の経済力が合体することにより、ソ連の経済を行き詰まらせ、遂に共産主義体制の崩壊を引き起こすことに成功した。共産主義の克服と世界平和の実現に向けて、日米はこうした役割を果たしたのである。

しかし、この過程は、日本にとって、日本経済が、アメリカ経済に構造的に組み込まれる過程だった。その組み込みをもたらしたものが、昭和60年(1985)9月のプラザ合意である。プラザ合意とは、軍拡競争でソ連を破ろうというアメリカの世界戦略に、先進国が経済面で協力する約束である。ドル安取られ、1ドル240円台から140円台へと円高になった。これによって、日本はアメリカの財政赤字を支え、アメリカは日本に支えさせることによって、繁栄し続けるという構造ができた。

その後、日本の公定歩合は常にアメリカより3%低い所に設定されてきた。国際経済研究家の吉川元忠氏は、次のように述べている。

 「この金利差によって、日本の生命保険会社などの機関投資家がアメリカの国債を買い、アメリカの貿易赤字と財政赤字が埋められ、ドルも買い支えられる、という構図である。この構図にしたがって、87年10月から、89年5月まで、2年3ヶ月にわたって、日本は2.5%という超低金利政策をとった。当時、GDP成長率は5%に達していた。国内経済を考えれば、金利を上げて、景気の過熱を防ぐべき所だ。しかし超低金利は放置され、過剰な資金が株や土地に向かって、空前のバブルを引き起こしたのである」(『マネー敗戦』文春新書)

 

●内需拡大と市場開放

 

 経済学者の飯田経夫氏は、次のように分析している。

 「レーガノミックス以降のアメリカは、『供給力』を上回る国内需要を放置し、そのギャップを貿易赤字で埋めるという、まったく『規律』もしくは『節度』を欠くマクロ経済運営に終始していた。そしてアメリカは、みずからの経済運営を反省する代わりに、不当にも(ほんとうに、心からそう思う!)、批判の矛先を日本へ向けた。そのひとつが、日本への『内需拡大』要求であり、もうひとつが『市場開放』(のちに『規制緩和』)要求にほかならない」(『日本の反省』PHP新書)

 こうしたアメリカの要求に応じて、内需拡大・市場開放の大合唱が国内に沸き上がった。その中で昭和61年(1986)4月に「前川レポート」が出された。対米貿易黒字を反省し、内需拡大・市場開放に努力して、黒字減らしを行おうという趣旨である。

 日本の経済力を脅威と感じていたアメリカは、日本の経済力を利用して、自国の国益を実現する仕組みを考えた。それが生み出したものが、仕掛けられたバブル経済だった。そして、バブルとその崩壊こそは、戦後日本の最大のつまづきとなった。

 吉川元忠氏は次のように述べている。

  「あるシンク・タンクの推定によれば、89年から92年にかけて、株式の時価総額420兆円、土地等の評価額380兆円が減少したという。この金融資産のロス、計800兆円は、国富の11.3%に相当し、第二次大戦での物的被害の対国富率、約14%にせまる数字である」(「マネー敗戦」文春新書)

 「第二の敗戦」とは、単なるたとえではないのである。国富の損失という点では、まさに敗戦に匹敵する出来事なのである。

 

●仕掛けられた経済戦争

 

 平成元年(1989)11月、東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が取り払われ、続いて平成3年(1991)までに、ソ連・東欧で共産主義政権が軒並み崩壊した。これにより、ソ連の脅威はなくなった。その後、アメリカにとって、最大の脅威となったのは、日本の経済力だった。日本の高い技術力と、強い輸出力が、アメリカ経済を圧迫していたからである。

 ここに、日米の経済摩擦は、新たな段階に入った。「日米経済戦争」が仕掛けられたのである。しかし、それは既に、昭和60年(1985)のプラザ合意の時に始まっていたと見ることができる。そして、アメリカの主張する「内需拡大のよる貿易黒字削減」に従い、国内経済の安定よりも、アメリカの貿易赤字と財政赤字を埋め、ドルを支える事を優先した結果がバブルだったのである。

 バブルの崩壊は、日本経済に甚大な影響をもたらした。その後、日本は「平成大不況」あるいは「平成恐慌」といわれる経済危機に陥っている。そして、そこから容易に抜け出せないでいる。

 「第二の敗戦」は、アメリカの戦略に乗せられ、敗れるべくして敗れた、第二の大東亜戦争だったのである。

 

●追い討ち

 

 バブルの崩壊後、容赦なく追い討ちをかけたのは、米国のヘッジファンド等の計略だった。彼等によって、韓国やASEAN諸国は、壊滅的な打撃を受けた。深刻な政情不安に陥った国もあります。これは、アジアに膨大な資本輸出をしてきた日本にとっても大打撃となった。

 1990年代から急速に進展してきた情報技術革命のなかで、日本から吸い上げる冨によって、財政を支えるアメリカは、大規模な予算を投じて、IT革命を推進している。一方、日本は欧米に大きく遅れをとっている。アメリカに対し、日本は10〜20年の遅れがあるとも言われる。

 かつて、日本の経済力に反発して、アメリカでは Japan bashing が行われた。しかし、今では、Japan nothing といわれる。つまり、日本はもはや競争相手として、眼中にないような存在に成り下がっているのである。

  このまま、なすすべなく過ごせば、わが国は、一層、国際社会での地位を失っていくだろう。大東亜戦争の敗北によって、日本は、軍事・食糧・エネルギーにおいて、アメリカへの従属構造に置かれた。さらに今日においては、経済・金融においても、対米従属構造に、ほぼ完全に組み込まれつつある。

 

●日本精神の復興を

 

 この歴史的な敗北から日本を立て直し、巻き返すためには、どうすべきか。

 抜本的な改革が必要であることは、明らかである。そこに求められるのは、改革を強力に推し進める指導力、リーダーシップである。そして、日本を復興しようという国民の意志である。指導者と国民が、一致団結しなければ、復興は実現できないだろう。

 アメリカ人で日本で事業を行っているビル・トッテン氏は、次のように述べている。

 「究極の疑問は、日本経済が自国の企業や国民のためにあるのか、それとも外国の、特に米国の経営者や政府のためにあるのかということである。日本はこれまで自国の国粋主義の再燃を慎重に避けてきたが、現実は米国主導の国粋的な世界金融秩序の波に飲み込まれることになったのではないだろうか」

 国際社会において、自国の主張を述べ、自国の国益を追求できない、戦後日本人の意識のあり方が、日本の「第二の敗戦」をもたらしたのである。その背景には、戦後日本の制度・機構の問題がある。戦後体制を支える二つの柱は、日本国憲法と東京裁判史観である。つまり、大東亜戦争の敗戦によって、占領期にかせられた憲法と歴史観が、「第二の敗戦」をもたらしたのである。これら二つこそ、私たちが克服すべきターゲットである。そして、一個の独立国として、国家と国民の意識を回復することが必要である。それなくしては、アメリカをはじめ、他のまっとうな国々に伍していくことはできないのである。まして、かつては「後進国」と呼ばれていた国々が、急速な勢いで経済発展をしてきている。いまや世界は大競争時代といわれているのである。

日本再生のためには、精神面からの改革が求められる。そのためには、戦後失われている日本精神を取り戻すことが必要である。国民が日本精神を取り戻すことなくして、制度・機構の改革は推進できない。日本人が日本精神を取り戻すこと、それが最も重要な課題である。ページの頭へ

 

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アメリカによる日本改造と小泉構造改革

2005.6.16

 

●国民に隠されてきた「年次改革要望書」

 

現在、わが国は、日米経済戦争において「第二の敗戦」の最終局面に入りつつある。平成10年(1998)頃にいわれた「第二の敗戦」は、まだ負け始めの過程にすぎなかった。しかし、政府は、その事実や原因、経過を国民に知らせようとしていない。

大東亜戦争の時、わが国はミッドウェー海戦で惨敗して以降、戦局は悪化していく一方だった。ガダルカナル、マリアナ、レイテと負け続け、サイパン、硫黄島、沖縄までが落ちた。B29による本土空襲は、首都東京を始め60余りの都市に及んだ。それなのに、政府は虚偽の大本営発表を繰り返し、事実を国民に伝えなかった。国民は実態を知らないまま、かつてない敗戦を迎えた。
 今日のわが国は、大東亜戦争中と違い、言論の自由が保障されており、メディアも発達している。だが、マスコミは積極的に、国民に危機の実態を報道しようとしない。マスコミに登場するほとんどの政治家やエコノミストは、表面的なことしか語らない。日本の指導層は、アメリカの中長期的な日本乗っ取り戦略の前に、なすすべなく対米従属の外交を続けている。
 わが国の為政者は、大東亜戦争の敗戦における「失敗の本質」を把握せず、また同じ失敗を繰り返しつつある。このままでは国民は、大東亜戦争の敗戦時に通じる塗炭の苦しみを味わうことになりかねない。
 昭和60年(1985)9月プラザ合意が結ばれると、日本は経常収支の黒字是正を目的とした内需拡大策により、積極的な金融緩和措置を取った。余剰資金が土地、株式等へと向かった。日本人は、好景気に浮かれた。土地や株でもうけようと、血眼に成った。しかし、それはバブルに過ぎなかった。
 バブル経済の膨脹過程の平成元年(1989)7月、日米構造協議が始まった。アメリカのイニシアティブ(主導権)による日本の構造改造の開始である。どういうわけか、その直後の12月に、バブルがはじけた。アメリカにとっては、二大ライバルであるソ連と日本を一挙に叩き潰すチャンスを得たわけだ。平成3年(1991)12月、ソ連は崩壊した。日本は、バブル後の不良債権処理、長期不況、失業率の上昇に苦しんだ。
 そうしたなか、アメリカは、日本に対する圧力を強め、わが国は従米的な外交に終始してきた。そうした日米関係において、長くわが国の政府・官僚が国民に隠してきたものに、「年次改革要望書」がある。この文書が日米経済関係における決定的文書であることを発見したのが、ジャーナリストの関岡英之氏である。

 

●アメリカによる日本改造とは


 アメリカは平成5年(1993)の宮沢―クリントン会談を経て、平成6年(1994)から毎年10月に「年次改革要望書」を提出してきている。関岡氏は、名著『拒否できない日本――アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書)で、ここ10年以上の間、日本で「改革」と称して実行されてきた政策は、ほとんどアメリカの国益のためのものであったという衝撃的な事実を明らかにした。関岡氏は、これを「アメリカによる日本改造」と呼んでいる。この改造の「指針書」となっているのが、「年次改革要望書」である。この要望書を通じて、アメリカによる「制度化された内政干渉」が行われていると関岡氏は、指摘する。
 「年次改革要望書」は、わが国の政府はその存在に触れず、マスメディアも報道しない。しかし、秘密文書ではない。アメリカ大使館のサイトに公開されている。関岡氏はそのことを明らかにし、「年次改革要望書」を読めば、日本の構造改革は米国政府の指示によるものであり、「米国政府の、米国政府による、米国政府のための大改造」であることが理解できると主張する。
 例えば、半世紀ぶりの商法の大改正は、アメリカ企業が乗っ取りをしやすいものとなっている。会計基準は、アングロ・サクソン諸国のルールを国際統一基準にする動きが進んでいる。時価主義会計の導入は、多くの日本の企業を破綻に追い込む。株価が安く、不良債権をかかえているからである。公正取引委員会の規制強化のため、アメリカは委員の人数まで要望し、郵政民営化に先だって所轄庁を総務省から内閣府に移させまでした。司法制度の改革も、アメリカ企業が日本の政府や企業を相手に訴訟しやすくするためのものとなっている。他にも、枚挙に暇がない。
 関岡英之氏は本書の「あとがき」でこう書いている。「いまの日本はどこかが異常である。自分たちの国をどうするか、自分の頭で自律的に考えようとする意欲を衰えさせる病がどこかで深く潜行している。私が偶然、アメリカ政府の日本政府に対する『年次改革要望書』なるものの存在を知ったとき、それが病巣のひとつだということはすぐにはわからなかった。
 だがこの病は、定例的な外交交渉や、日常的なビジネス折衝という一見正常な容態をとりながら、わたしたちの祖国を徐々に衰退に向かって蝕んでいるということに、私はほどなくして気づかされた。まるで癌細胞があちこちに転移しながら、自覚症状の無いまま秘かに進行していくように、私たちの病はすでに膏肓に入りつつある」と。
 関岡氏が明らかにした日米関係の構造を知らずして、日本は語れない。

 

●日本改造の一環としての構造改革

 

 わが国は、バブルの崩壊後、深刻な平成大不況が続いている。そのうえ、平成10年(1998)からデフレに陥った。自民党の橋本龍太郎首相が、緊縮財政政策を取り、またアメリカの圧力に屈して金融改革を行った。その結果、わが国の経済はひどい打撃を受けた。大東亜戦争後、初めてのデフレになってしまった。橋本首相は、大蔵省(当時)が発表する財政状況をうのみにして、緊縮財政政策を断行したのだった。橋本氏を後継した小渕恵三首相は、積極財政政策に転じ、わが国の経済はいったん持ち直した。しかし、平成13年(2002)4月、自民党の小泉純一郎氏が首相になると、再び緊縮財政政策を取った。そのため、日本経済はまたもや不景気に転じた。

小泉氏は、経済学者の竹中平蔵氏を政権に迎え、強力に構造改革を進めている。構造改革の基本思想は、新自由主義であり、市場原理主義である。アメリカで作られた経済理論をわが国に持ち込み、その理論に基づいて、わが国を改革しようとしているのが、構造改革である。この流れは、1980年代から進められてきたアメリカの日本改造を、わが国の政府が自ら強力に進めようとするものである。

現在、わが国では立法・行政・司法のあらゆる分野で、アメリカに都合のよいように改革が進められている。来年(2006)には、株式交換によるM&A(三角合併)が解禁となる。日本の企業は超優良企業であっても株価は低い。アメリカ企業は自社株を使って、易々と買収できる。中国や韓国の企業も買いあさりに来るだろう。
 この売国的な政策の最大のポイントこそ、郵政改革である。郵政民営化は、小泉首相の持論だが、同時にアメリカが要望しているものでもある。「年次改革要望書」は、郵政民営化を日本に求めている。特にアメリカの保険業界が、強く要望している。わが国の国民は、身近に利用できる郵便貯金、簡易保険に資産を蓄財している。郵貯・簡保を合わせると、総資産は345兆円もある。小泉=竹中政権が描いている民営化が強行されると、郵貯・簡保に蓄えられてきた国民の個人資産が、外資に獲物として差し出されることになる。そうなった時、日本を金融的に従属させようとしてきたアメリカの日本改造は、完成することになるだろう。

逆に言うと、郵政民営化を阻止し、日本国民の資産を守ることが、日本を守ることになる。そして、アメリカへの経済的従属から脱し、いびつな日米関係を正していく必要がある。

 

●わが国は本当に財政危機なのか

 

 日米関係を経済という点から見るとき、わが国の財政状況が問題になる。マスメディアや多くのエコノミストは、わが国の財政危機を強調する。財務省が発表したわが国の貸借対照表(バランスシート)では、連結ベースで253兆円(平成15年、2003年3月末)の債務がある。これ以外に年金債務が、財務省試算で843兆円ある。合計で、1096兆円の債務超過である。これは、本年度(平成17年度、2005年度)の国家予算が82兆円であるから、国家予算の13年分以上になる。予算といっても、税収は44兆円しかない。残りの多くは国債で調達している。言い換えれば、新たな借金や借金の借り直し(借換債)で組んでいる。
 国債は本年(17年)3月末で、682兆円。名目GDPの511兆円を超えるほどの額である。日銀は資産劣化により、32年ぶりに赤字に転落した。これ以上、国債を買う余力はほとんどないと報じられる。今後、平成25年(2013)には、借金の利子の支払い額が、税収を上回る。そこまでいくと、国家予算が立てられなくなるおそれがある。27年(2015)には、借金の金額が個人資産の1400兆円を超える1500兆円に達すると試算されている。このままでは、日本は国家破産に至るという観測が出されている。

ただし、わが国の政府の債務は、ほとんどが円建てであり、国債は国内でほとんど消化されている。この点、アメリカのように、国債の半分以上を海外で売っている国とは、大きく異なる。
 また、日本は世界最大の債権国でもある。アメリカ国債を約1兆ドル(1ドル=100円として約100兆円)保有している。民間も含めると2〜3兆ドルになっているとも見られる。総額430兆円になるという推算もある。ということは、わが国は単に巨額の債務を抱えているだけではなく、巨額の債権を持ってもいるわけである。財務省によって債務ばかりが強調されるが、債権の保有も打ち出さないと、見方が偏る。

わが国の政府は、負債を抱えているだけでなく、金融資産も多く持っている。年金の積立金などである。だから、差し引きどうなのかという見方が必要である。政府の負債を粗債務という。粗債務だけで見ると、確かにわが国は世界一の借金大国ということになるが、粗債務から金融資産を引いたネットの債務、純債務で見れば、わが国の財政は、先進国の多くより良好である。財務省のように、粗債務の額ばかり強調すると、わが国の財政状況を見誤る。

経済アナリストの山家(やんべ)悠紀夫氏は、著書『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新社、1997年)で、大蔵省(現・財務省)が財政の累積赤字を過度に国民に印象づけ、そのことで景気浮揚策がとれなくなっていると批判する。財政の累積赤字は、国際比較の場合には、国民から徴収した社会保険基金も政府の資産として繰り入れて、ネットで比較する。ところが、大蔵省は財政危機を煽るために社会保障基金を繰り入れない数値で比較している。大蔵省の数値によると、日本は世界一の財政赤字大国になる。平成7年(1995)年度末でわが国の政府の負債残高は435兆円である。対GDP比は80%であり、フランスとイギリスは60%、ドイツは61%、アメリカは64%ゆえ、確かにわが国の状況は悪い。ところが、社会保障基金を繰り込み、外貨準備、貸出金、出資金などの金融資産残高も含めて計算すると、同年度の日本政府財政赤字は、なんと10%に下落する。同じ基準であれば、フランス35%、イギリス42%、ドイツ44%、アメリカ50%となる。それゆえ、日本は財政赤字大国どころか財政優良国になる。

財政に関する話は、このように大蔵省の発表をうのみにできない。ややこしいことの一つは、財政が一般会計と特別会計に分かれていることである。それ自体は、単年度の事業と複数年度にまたがる事業とで分ける等、必要があるのだろうが、それが隠れ蓑になって、国民に財政の全体像が示されない。国民には一般会計の予算がいわゆる国家予算として提示されるのみである。一体、特別会計と合わせた全体像はどうなのか。財政の実態を把握するには、一般会計と特別会計を連結して、全体像が明確に分かるようにする必要がある。

なお、わが国の対外債権の多くは、アメリカ国債の保有である。世界で最も評価の高い米国債を世界で一番多く持っているのが、日本である。債権ゆえ、金利によって運用益が得られる。これは大きな財産である。ただし、アメリカ国債は、実際には一挙に売ることのできないものである。売却すれば莫大な為替差損を計上しなければならない。またドルを売ることゆえ、円高を促進してしまう。それゆえ米国債は、事実上、売ることのできない永久債のようなものである。だから、あまり米国債を買わされ過ぎると、わが国の財政がそれで圧迫されるおそれがある。

 

●財政危機の強調は、アメリカの思う壺

 

先に書いたように、わが国の財政状況は、粗債務だけで危機だとは言えない。財政の実態を明らかにし、正確に現状を把握する必要がある。ところが、多くのエコノミストは、それをせず、財政危機を強調する。その典型が、経済評論家・森木亮氏の国家破産論である。森木氏の著書『2008年 IMF占領』(光文社、平成17年2月刊)によると、日本は財政悪化が高じ、早晩、国家破産に立ち至る。その時には、世界の金融を管理しているIMFが乗り込んでくる。IMFによる管理は、日本の再占領である。かつてのGHQがIMFに代わったようなものだと予想する。そして、これを避けるために森木氏が説くのが、緊縮財政である。しかし、橋本政権、小泉政権が行った緊縮財政は、わが国をデフレに陥れただけである。かえって経済政策のミスが、わが国の財政を悪化させている。

森木氏は、アメリカが数年前から日本に財政改革を迫り、既に何度も処方箋を出していることを指摘する。「ハーバード・レポート」(1998年)、「アッシャー・レポート」(1999)、「アーミテージ・レポート」(2000年)等である。中でも平成14年(2002)2月、衆議院予算委員会で取り上げられた「ネバダ・レポート」は、事実上の日本破産処理案といえる。要点は、次の8つである。

 @ 公務員の総数の30%カット及び給料の30%カット。ボーナスは全てカット。
 A 公務員の退職金は100%全てカット。
 B 年金は一律30%カット。
 C 国債の利払いは5〜10年間停止。
 D 消費税を15%引き上げて20%へ。
 E 課税最低限を年収100万円まで引き下げ。
 F 資産税を導入し、不動産は公示価格の5%を課税。債券・社債は5〜15%を課税。株式は取得金額の1%を課税。
 G 預金は一律、ペイオフを実施。第2段階では、預金額を30〜40%カット。

 こうしたアメリカが日本に突きつけてくるレポートに対し、国際政治学者の藤井厳喜氏は、平成16年(2004)12月刊の『国家破産以後の世界』(光文社)で、次のように述べた。「すべての項目はまだ実行されているわけではない。なぜなら、まだ日本が破産していないからである。しかし、事実上破産しているのだから、日本政府は、とくに@Aから始めていなければおかしいのである。それが構造改革というものだろう。そうしてはじめて国民への負担増も訴えられる」と。
 もし本当にわが国の財政が、国家破産寸前なのであれば、こういう論が成り立つだろうが、わが国の債務はほとんどが円建てであり、しかも国債のほとんどが国内で消化されている。またわが国は世界最大の債権国でもある。藤井氏の主張は、わが国の経済の実態を明らかにしようというのではなく、わが国は国家破産寸前、だから構造改革だ、と小泉=竹中政権の構造改革を支持するものとなっている。

これでは、アメリカの思う壺ではないか。すなわち、財政危機の強調、構造改革、アメリカによる日本改造の強行というシナリオに乗せられているも同然である。

 

●日本再興を可能とする経済政策は提唱されている

 

藤井厳喜氏は、その後、自らの国家破産論の誤りに気づき、平成17年(2005)6月刊の新著『「破産国家」 希望の戦略』(ビジネス社)では、考えを変えた。

藤井氏は「冷静に考えれば、日本政府を破産させず、大恐慌を防ぐ方法は十分考えることができるのだ」「日本は供給力が多すぎて需要が少なすぎたわけだから、需要をアップさせ、そのギャップを埋めるよう、総需要の喚起策をとるべきだった」と言う。そして、小泉政権による不良債権処理優先で景気を悪化させた政策を批判する。

総需要喚起策をとは言っても、「日本国政府の借金(債務)は厖大である」「日本の国債政策」は「いよいよ苦しい局面」にさしかかっている。そこで藤井氏は言う。「国債に依存しない日本再生の秘策はあるのか。答えは簡単である。国債の乱発をやめて、政府発行通貨を発行すればよい」と。

政府貨幣の発行は、ポール・サミュエルソンが小泉首相にこのアイデアを提唱した。ジョセフ・スティグリッツも平成15年(2003)年4月財務省に招かれた際の講演で政府発行通貨の有効性を述べている。なかでも藤井氏は、丹羽春喜大阪学院大学教授の政策を最善の方法として紹介する。

丹羽氏は、著書『日本経済再興の経済学』(原書房、平成11年1月刊)で、「救国の秘策」を提唱している。この秘策は、政府が「政府の通貨発行権」を日銀に「無形金融資産」として売り、日銀は代価として100兆円程度の通貨を政府に譲渡するというもの。その財政収入で借金返済も景気対策もできる。現在のわが国には、毎年400兆円ものデフレギャップ(生産能力の余裕)があるから、インフレになる心配はない。政府貨幣の発行は、コインや記念通貨同様、現行法で可能。国債と違って利払いがなく、償還する必要もない。市中に出回る紙幣は、日銀券のみとできる。わが国では、「政府発行通貨の大成功例」があると藤井氏は指摘する。明治維新の開始期に発行された太政官札である。「太政官札の発行なくして明治維新は成功することはなかっただろう」と藤井氏は言う。藤井氏は、政府貨幣発行が不可であれば、次善策として日銀による国債の買い取り枠の拡大を挙げる。ただし、国債の累増による利払い等は避けられない。

丹羽氏は、小渕首相・小泉首相に宛てて、「救国の秘策」を提言する建白書を送っている。しかし、採用されるには至っていない。多くの学者、評論家は、依然として財政危機論、構造改革論を脱しておらず、そのため、国民の大多数は、小泉構造改革を支持し続けている。

 

●日本人自身の手による日本の改革を

 

私は、現在、わが国の政府が行っている改革は、真に日本のためになる改革ではなく、アメリカによる日本改造としか思えない。日本の改革は本来、日本人が自らの意思で行わなければならないものである。幕末の日本も危機だった。迫り来る欧米列強を前に、わが国は植民地化される恐れがあった。しかし、日本人は、この危機に発奮し、自らの伝統に基づいた維新を成し遂げ、新しい国家を築き上げた。そのことを思い起こそう。
 私は、経済の問題を含めて、現在の日本のもろもろの危機は、突き詰めると日本人の精神の問題に帰着すると思う。そして、憲法と教育基本法の改正を最優先課題と考えている。憲法と教育基本法に、日本の国柄や伝統に関することを盛り込み、国民の愛国心・公徳心の回復を進めることが、極めて重要だと思う。そういう精神的な基盤から強化しないと、日米関係、及びその関係に深く根ざしたわが国の現在の経済事情は改善できない。

自らに潜在する自律能力を発揮するならば、日本人は、自国の伝統・文化を保守しながら、日本の改革を進めることが可能である。21世紀の日本が直面している国難を乗り超えるには、指導層も国民も、自己本来の日本精神を取り戻し、ともに団結することが必要なのである。 ページの頭へ


参考資料

  関岡英之著『拒否できない日本――アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書、平成16年4月刊)

  山家悠紀夫著『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社、平成9年刊)

  丹羽春喜著『日本経済再興の経済学』(原書房、平成11年刊)

  藤井厳喜著『「破産国家」 希望の戦略』(ビジネス社、平成17年刊)

 

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ODAは徹底的に見直すべき

2005.6.16

 

ODA(政府開発援助)とは、政府や関係機関が発展途上国の経済発展や福祉向上などを目的に提供する資金や技術援助のことである。不況と財政危機のなかで、近年ODAの見直しがされてきている。
 わが国は、昭和29年(1954)にコロンボ計画に加盟してODAを開始して以来、50年間で185の国と地域に、総額およそ2,210億ドルにのぼる金を供与してきた。この総額は単純に1ドル=100円と計算しても、22兆円となる。1990年代に世界一の供与国だったわが国は、現在は米国についで第2位。不況と財政悪化に伴って年々数パーセントずつ予算を削減しているものの、本年度(平成17年度)のODA予算は7,862億円(対前年比3.8%減)となっている。
 
 外務省は、日本のODAは世界に貢献しており、発展途上国の経済・社会インフラ整備、人づくり等への支援を通じて、開発や福祉の向上に大きく貢献してきたとし、日本のODAは被援助国から高く評価されており、被援助国との友好関係の強化、ひいては日本の安全と繁栄の確保に資しているという。また、東アジアでは、インフラ整備により投資環境を改善させ、教育・保健・衛生分野への支援等ともあいまって、海外直接投資の流入、輸出産業の振興につながり、これら諸国の経済発展に貢献しているという。
 そのとおりであれば、まことに結構なことだが、日本のODAには一貫した理念や政策がなく、実施を規定する基本法もない。ただ金を出すだけで それが実際にどう使われているのか、追跡調査も行っていない。被援助国における公金横領疑惑が、いくつも上がっている。環境分野にも多額の金を供与しているが、プロジェクトが現地の実状に合わず、住民や環境にプラスに働かない事例も多いという。

 とりわけ大きな問題は、中国である。ようやくわが国は、中国へのODAの減額を決め、平成16年度には最盛期の半額近くに減らし、平成19年度には供与を停止することになった。

中国へのODAは、円借款だけで累計約3兆円。第三機関を通した援助も加えると、軽く6兆円を突破し、10兆円ほどになるとも見られる。確かに外務省のいうように、「経済発展に貢献」してはいる。中国は世界一の年間成長率での高度成長を続け、「世界の工場」といわれるほどになった。
 しかし、肝心の「友好関係の強化、ひいては日本の安全と繁栄の確保」についてはどうか。日本が3兆円もの政府開発援助をしてきたことを、中国指導部は国民に知らせていない。中国の青少年は、徹底的な反日教育を叩き込まれる一方、戦後日本の中国への多大な貢献は、一切教えられていない。このことが、大衆の反日行動の要因となっており、「友好関係」や日本の「安全」を危うくしている。
 そのうえ、もっと重大なことは、被援助国である中国が、核兵器を開発し、大陸間弾道弾・潜水艦を多数保有し、軍事費の増大をし続けてきたことである。アジアの軍事大国に成長した中国が、日本や周辺諸国、さらにはアメリカにとってさえ、重大な脅威となっている。
 中国へのODAは当初、石油を獲得するための資源戦略だったらしい。その戦略を手がけたのは田中角栄だが、彼をルーツに持つ政治家グループは、中国との関係を深めていった。近年のODAの見直しにも抵抗しているのが、その政治家たちである。そこには、癒着と腐敗のにおいが漂っている。石油の獲得はどこかへいってしまった。得るどころか、わが国の排他的経済水域に存在する海底油田を奪い取られかねない事態を招いている。

 中国に対してだけではない。ODAを供与する場合は、基準を明確にし、ちゃんと生かされているかどうか、追跡調査すべきである。また、危機的な財政事情を直視し、いまなお年間8千億円近く支出しているODAの予算そのものを、より厳しく検討すべきである。また、ODA基本法を制定し、かつわが国の外交戦略を練り直す必要がある。そして、昭和40年代にまでさかのぼって、わが国のずさんな金満外交、ばら撒き外交の誤りを、検証すべきだと思う。
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郵政民営化の強行は危険である

2005.6.15

 

●郵政民営化の強行は危険である

 

小泉純一郎氏が首相になる前年、平成12年(2000)に、あるシンポジウムで郵政民営化論について氏の持論を聴いた。それによると、論拠は3点である。@全国に宅急便が行き渡っているから、郵便は民間に任せても大丈夫、A郵便貯金が民間の金融機関を圧迫している、B郵貯の巨額の金が財政投融資に回って問題を起こしている。この3つである。問題解決には財投のあり方を抜本的に見直す必要があり、それには郵政を民営化しなければならないというのが、小泉氏の主張であった。
 ところが、首相になった小泉氏が郵政改革を実行に移す段階になると、矛盾が目立ってきた。いま小泉―竹中政権は、問題点の説明もせずに、郵政民営化を強行しようとしている。これは尋常ではない。この動きの背後には何があるのか。関岡英之氏が明らかにしたように、郵政民営化とは、アメリカが平成7年(1995)から「年次改革要望書」によって、日本に要望し続けていることなのである。ちなみに小泉氏が『郵政省解体論』を公刊したのは、アメリカが郵政民営化を要望項目に挙げる前の年だった。ほぼ同じ時期である。

 郵政民営化には、推進論も反対論もさまざまあり、極めて分かりにくい状況になっている。問題を初めて整理してくれたのは、東谷暁(さとし)氏の『民営化という虚妄』(祥伝社、平成17年3月刊)という本である。
 小泉氏は平成6年(1994)に『郵政省解体論』を公刊した。氏の民営化論は「郵貯=財政投融資=特殊法人の赤字」という図式を前提にしていた。郵貯と簡保の資金は大蔵省(当時)の資金運用部に預託され、預託金は採算の取れない特殊法人の赤字補填に使われるという図式である。ところが、東谷氏は、その当時、郵貯と簡保は合わせても、財投の資金の6割程度に過ぎず、また財投の資金のうち特殊法人に回っているのはその半分以下だったと指摘する。「郵貯=財政投融資=特殊法人の赤字」は、ひどく誇張された図式だったのである。

 実は、郵貯で集めた金を大蔵省資金運用部に預けるさいの「預託金利」は、昭和62年(1987)に国債の市場に連動化されている。平成5年には郵貯の金利も市場金利に連動し、民間の銀行に比べて有利ではない水準に定められた。郵貯が民間銀行を圧迫しているとは単純に言えなくなった。平成13年(2001)には、公社化を待たずに、郵政が郵貯や簡保で得た資金を全額自主運営することが決まった。郵貯・簡保の資金が直接財務省に預託される構造は改められた。財務省は財投債を発行し、郵政は市場においてこれを購入するという形に変わった。つまり、郵貯・簡保の資金は、この時点ですでに財投から切り離されたのである。また、これまで預託されていた残高は平成19年度(2007)までに全額返されることになっており、着々と返済されている。
 こういう改革が行われてきたうえに、平成15年(2003)4月1日に、郵政公社が発足した。このように、かつての小泉氏の「郵貯=財政投融資=特殊法人の赤字」という図式は、まったく成り立たなくなっていることが、東谷氏によって明らかにされている。

 もちろん郵政公社になって問題がすべて解決したわけではない。郵便事業の債務超過解消の目処は、立っていない。郵貯と簡保の収益は、政府保証と国債での運用という「官業」に支えられている。しかし、小泉氏が当初掲げていた論拠のうち、A郵便貯金が民間の金融機関を圧迫している、B郵貯の巨額の金が財政投融資に回って問題を起こしているという点は、既に改善が進んでいる。
 本当にいまでも民営化が必要なのか。民営化が最善の方法なのか。民営化による弊害・問題点をどう解決するのか。「民営化ありき」ではなく、こういう議論をしなければならないのである。この点については後ほど書くが、結論を先に述べておくと、私は現在の郵政民営化論には反対である。現在の法案は、時間をかけて再検討すべきだと思う。
 小泉―竹中政権の郵政民営化案には、とにかく郵政公社を株式会社にする、郵貯・簡保345兆円を市場に出すという姿勢が露骨になってきている。このままアメリカの要望にそう形で、民営化が強行されれば、国民の貴重な資産はアメリカに奪われる。特に簡保はアメリカの保険業界の餌食となる。再検討しなければ、日本が危ない。

 

●米国は郵便を民営化してない

 

郵政民営化論は、民間で出来ることは民間へ任せる、官業が民業を圧迫してはならない、だから郵政公社を株式会社にすべしという思想に基づく。これは、市場万能・自由競争至上主義の考え方である。わが国は、いよいよこのアメリカ流の考えの構造改革を本格的に進めようとしている。その一大焦点となっているのが、郵政改革である。
 冒頭に書いたが、小泉首相の当初の郵政民営化論では、@全国に宅急便が行き渡っているから郵便は民間に任せても大丈夫、ということが、論拠の一つだった。しかし、郵政公社は、全国一律のユニバーサル・サービスを行っているが、民間企業となれば当然、公益性より収益性を追求する。手間や経費がかかる山間離村へのサービスは、切り捨てられる可能性が高い。郵便局も収益の上がらない局は、どんどん廃止されるだろう。
 ドイツでは、民営化によって、郵便局の数が半数近くに激減した。基本法(憲法)でユニバーサル・サービスを義務づけたにもかかわらず、なお局数が減り続けた。当然、サービスの質の低下は避けられず、国民の不満は高まっているという。

 実は、世界はもう単純な民営化の時代ではなくなっている。単純に民営化するだけではうまくいかない問題がいろいろ出ているからだ。
 郵便事業に関して言うと、全面的に民営化している国もあることはある。先ほどのドイツはその一例である。ドイツでは、郵便・郵貯・電気通信の3事業に分割して民営化した。しかし、郵便事業を担うドイツ・ポストは、民営化後も独占状態を維持している。独占で得た利益で、物流会社のDHLを買収し、国際市場に参入して、利益をあげている。株式の多くは政府や公的機関が保有しており、一種の国策会社となっているのだ。もっとも郵貯会社を切り離したのは、間もなく失敗だったことが明らかになった。郵便の業務には、直属の金融機関がないと資金調達等に不便なことがわかったのである。結局ドイツ・ポストは、ポスト・バンクを子会社化している。
 イギリスでは、かつてサッチャーが労働党政権で国営化された企業の民営化を進め、イギリス病を克服した。しかし、郵政では、民営化は失敗だった。伝統あるロイヤル・メールの名称を捨ててコンシグニアと改め、株式会社として出発したのだが、わずか1年7ヶ月で看板を下ろした。業績不振やスト頻発のためである。結局、名称をもとに戻して、やり直しをすることになった。
 民営化していない国もある。フランスの郵便事業は国営であり、カナダでは公社である。欧米諸国がすべて完全民営化しているわけではないのである。

 小泉―竹中政権は、郵政民営化の一環として、郵政公社を窓口会社、郵便会社、郵貯会社、簡保会社の4つの株式会社に分割しようとしている。しかし、郵便事業のあり方についても、上記のようにいろいろなやり方があるわけである。わが国においては、本当にどういうやり方がいいのか、民利国益を根本において、主体的に検討することが必要なのである。

 郵便・郵貯・簡保等の分割民営化は、相当手を講じても、郵便のサービスの低下を招く。郵便局の数の激減、郵便と金融の分離による決済のしにくさなど、国民に不便をもたらす可能性が高い。それに十分注意すべきは、現代世界では、郵便と物流ビジネスの境目がなくなってきていることである。郵便を単純に民営化すれば、郵便会社のライバルは、クロネコ・ヤマトや佐川急便等の国内の宅配業者だけではなくなる。DHLやFedExなど、外資の物流会社も本格的な競争相手になる。その時に勝ち残れるだけの企業経営を確立しておかないと、新会社は途端に外資の食い物にされるおそれがある。

 大体、日本に郵政民営化を迫っているアメリカでは、どうか。郵便は株式会社になどしていないのである。USPS(ユナイテッド・ステーツ・ポスタル・サービス)は国営の独立行政機関であり、職員は公務員である。この公社は、信書・書状・広告郵便物・定期刊行物などを独占している。自由主義経済の権化のようなアメリカ自身は、郵便事業を官業でやっているのである。
 アメリカに言われるから、なにがなんでも民営化ということであれば、それは国民を欺くものとなろう。

●郵便貯金が狙われている

 

郵政改革で最大の問題は、金融部門である。郵便貯金は、全国各地にある郵便局の窓口で預けられる。少額でできる簡易で安全な貯蓄手段となっている。元利払いを国が保証していたから、金が集まった。簡易保険も同様の理由で人気があり、簡保に預けられている保険金は、国内の保険会社の合計額にほぼ匹敵する。かくして、日本の国民の個人金融資産1400兆円のうち、約4分の1が、郵貯と簡保に預けられている。郵貯が228兆円、簡保が117兆円、合計で345兆円である。
 この大切なお金が、アメリカに狙われている。安易な民営化は、国民の資産に外資が食いつけるよう、市場に引き出すものとなる。

 郵政公社はいまでも、世界最大の金融機関である。郵貯の預金高は、日本国内の銀行の総預金高にほぼ匹敵する。郵便・保険・窓口とともに分割して株式会社にすると、世界最大のメガバンクの誕生となる。その規模たるや、シティ・グループの4倍である。
 竹中郵政民営化担当大臣は、郵貯・簡保の資金を市場に開放することが、日本経済の活性化になるという。しかし、新銀行の誕生には、さまざまな懸念が出されている。これに対し、竹中氏はまっとうな説明をしていない。郵政民営化への反対論が高まるのは当然である。

 郵貯銀行は、それ自体が、外資のM&Aの格好の対象となるだろう。韓国では、IMFの管理下に入ってから、激しい吸収・合併によって主要銀行は3行のみとなった。そのうち2行は株の7割を外資が保有する。残り1行も6割近くが外資の保有となっている。日本も、来年、三角合併が解禁となると、東京三菱・三井住友・みずほですら、買収されないとは限らない。そして、外資にとって、最大の獲物となるのが、新しい郵貯銀行ということになるだろう。

 別の懸念としては、郵貯銀行の資金運用を完全に自由化した場合、大量の金が市場に流れるということがある。あり余った金は、投資先として株式や土地に向かい、新たなバブル現象を引き起こすかもしれない。また、郵貯銀行が無制約の運用を行うと、財投で購入しつづけて保有している膨大な国債を売却するかも知れない。これは、国債の暴落を招き、国家財政に重大な危機を生じるだろう。
 これまで、郵貯の資金が財政を支えてきたといういびつな構造が続いた。かつては資金が直接、財政投融資に回っていた。その約4割程度とはいえ、巨額であることは間違いない。現在も財務省が発行する財投債を購入する形で、郵貯が財政の相当部分を支えている。
 郵貯228兆円、簡保117兆円は、国営であるから、実態は国債と同じことで、国の債務なのである。この郵貯・簡保の資産が、財政投融資によって、かなりの部分が特殊法人の赤字補填にまわされてきた。郵貯銀行の資金が国債・公債の購入に回らなくなると、日本の財政は途端に逼迫するのである。そして、日本経済が弱体化し、企業や銀行の株価が下がりきったところを、アメリカの投資家が、次々に掌中に収めていく。濡れ手に粟とはこのことだろう。その時、狙われている最大のごちそうが、民営化された郵貯銀行株式会社ということになる。
 小泉―竹中政権は、日本国民の大切な郵便貯金を外資に差し出す愚行を進めているとしか、私には思えない。簡保については、もっとそうである。この点は、次章に書くこととする。

 

民営化に米国保険業界の要望あり

 

簡保に預けられている保険金は、国内の保険会社の合計額にほぼ匹敵する。この大切な財産に、アメリカが目をつけている。
 小泉―竹中政権は、郵政民営化を強行しようとしている。その背後には、アメリカ保険業界の要求がある。日本生命、住友生命、明治安田生命など、わが国の保険会社は、不良債権と低金利の影響で経営が厳しくなっている。そこへ、アフラック、アメリカンホーム・ダイレクトなど、アメリカの保険会社がすごい勢いで進出してきた。毎日何回となく、テレビ・コマーシャルが流れ、日本の保険と比べていかに有利かが視聴者の脳裏に刷り込まれる。自動車保険や医療保険など、どんどん顧客は外資に流れている。そういう中で、日本の保険業界にとどめをさすことになるのが、郵政民営化なのである。

 アメリカ政府は、平成7年(1995)に、「年次改革要望書」において、早くも郵政民営化に言及した。その後、何度も日本に郵政民営化を要望しつづけている。米国側から見れば、郵政民営化とは、イコール日米保険摩擦なのである。郵便事業の方は、ほとんど関心がない。アメリカの保険業界は、日本の郵貯・簡保に対して敵意を剥き出しにし、官業としての優遇措置を廃止せよと圧力をかけてきた。とりわけ簡保を解体して、日本の保険市場を垂直統合しようと図っている。
 米国は、郵便事業と簡保を切り離して完全民営化し、全株式を市場で売却しろと要求している。竹中大臣は、米国政府及び米国保険業界を代弁しているに過ぎない。規模の大きすぎる簡保は独占禁止法違反だとして、分割・解体することまで、米国は要求している。わが国の政治家は、こういうことを内政干渉だと言えないから、中韓の内政干渉(靖国・教科書等)にも、はっきり反論できないのだろう。
 米国は監督官庁を移せとも要求している。郵政3事業は総務省管轄だが、民営化すれば簡保は純粋な保険会社になる。だから、金融庁の管轄下に移管せよというのである。公正取引委員会を内閣府に移させたのも、米国資本の進出の際に、政府機関を使って揺さぶりをかけるための布石だった。平成12年(2000)の要望書で、所管庁を総務省から内閣府に移すよう要求した。総務省は郵政事業を管轄しているため、同じ傘下にある公正取引委員会が郵政民営化において中立に動くか疑わしい、というのが理由だ。要望の出た3年後に、公取委の所官庁が変わった。
 米国の日本に対する要望は、米国の公式文書に明快に示され、ホームページ上で堂々と公開されている。

 国民がこういう事態を知らせないまま、小泉―竹中政権は、日本の将来を左右するような郵政民営化を強引に決定しようとしている。反対派の方も、綿貫民輔氏を中心とする郵政事業懇話会など、郵政族の行動は、既得利権や票田を守るためでしかないように見える。マスコミも表面的な報道が多く、最も核心となるところを国民に明らかにしていない。
 郵政事業が分割民営化されれば、切り離された新簡保会社は、一番先に外資の餌食になるだろう。アメリカの保険会社は、新簡保会社をM&Aによって傘下におさめることができる。不良債権で含み損の多い日本の保険会社は株価が安い。株式交換による三角合併なら、手に入れるのは、苦もないことだろう。

●アメリカ主導の郵政民営化はやめよ

 

小泉―竹中政権になって以来、アメリカの要望が、ほとんどそのまま日本政府によって実行されるようになっている。日本政府は米国政府の出先機関かと見まがうばかりである。国の指導者が進んで、アメリカに日本を身売りするかのような、おかしな政策を行っている。
 一方、小泉改革への「抵抗勢力」には、既得権益に固執し、国の資産にたかっている守旧派が多い。大衆は小泉氏の表面的なパフォーマンスのみ見てこれを支持し、マスコミは「抵抗勢力」イコール守旧派というような単純な報道を繰り返してきた。
 しかし、明らかにしなければならないのは、郵政民営化はアメリカの要望であるということである。そして、米国の圧力や「年次改革要望書」「対日投資会議」などすべての背景が、国民に知らされねばならない。

 郵政改革の議論は、単に郵政改革をどう行うというかという範囲で論じられているのでは、意味がない。郵政改革を通じて、特別会計を国民監視に置くことが目ざさなければならない。言い換えると、国家財政の透明化である。
 本来の財政は一般会計と呼ばれ、国会で予算・決算が審議・議決される。これ以外に、31の特別会計がある。特別会計とは、財政法によって、国が特定財源を使って特定の事業をする場合や、特定の資金を保有し運用する場合などに限って、設置を認められているものである。しかし、いまや特別会計は一般会計の数倍に膨れ上がっている。
 一般会計は約82兆円。その中には、特別会計への繰入額47兆円が含まれる。これを差し引くと、一般会計の歳出は35兆円。これに比べて特別会計は、232兆円もある。6.6倍である。その途方もない金額を、国会の承認を必要とせずに、官僚が勝手に使っている。

特別会計は、一般会計で認められなかったような事業を、官僚・族議員・業界の三者が組んで行う仕組みになってしまっている。ここに、各省の既得権の温床がある。各省各部局は、独立した帝国のように振る舞っている。首相でさえ、財政の全体を掌握・統括できない。そして、それぞれの族議員は、特別会計に隠された利権から利得を吸い上げている。この構造の全体像を明らかにし、抜本的な改革を行わなければならない。
 財政改革の第一歩として、特別会計の透明化、合理化は急務である。郵政改革は、こういう大きな課題の一部として進められなければならないものである。
 改めて言うと、私は現在の郵政民営化論に反対する。慎重に時間をかけて再検討すべきである。小泉―竹中政権の郵政民営化案は、郵政公社を株式会社にし、郵貯・簡保345兆円を市場に出すことに絞られて来た。これが強行されれば、国民の貴重な資産はアメリカに奪われる。再検討しなければ、日本が危ない。
 現在の郵政民営化案は、「アメリカによる日本改造」に手を貸すものでしかない。政治家も国民も目を覚まさなければならない。特に国民の代表である国会議員の役割が問われている。党利省益や私利私欲ではなく、日本の運命、日本の将来という観点から、判断を誤らないようにしてほしい。

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参考資料
・東谷暁著『民営化という虚妄』(祥伝社)
・同上『郵政民営化に「日本」の刻印は押されているか』(月刊『正論』平成17年7月号)

・関岡英之著『国民が知らない米公式文書「年次改革要望書」「外国貿易障壁報告書」の驚くべき内容』(月刊『正論』平成16年10月号)
・同上「郵政民営化は『米国による日本改造』プログラムの一環だ」(月刊「日本」平成17年6月号)

 

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■世界経済危機後の人類の課題

2009.5.10

 

●世界経済危機をどうとらえるか

 

 2008年(平成20年)9月15日、リーマン・ショックが起こった。それによって、前年夏から顕在化していたサブプライム・ローンの問題が世界的な金融危機に拡大した。

このたびの世界経済危機については、多くの識者が、その発生の原因、今後の予測、長期的展望を書いている。グリーンスパン元FRB議長は「100年に一度の大津波」と表現した。確かに1929年の世界恐慌以来の経済危機といえるだろう。現在の世界経済危機をどの程度のスケールのものととらえるかは諸説あるが、私たちが世界的な意味で歴史的な事件の只中にあることは、間違いない。

 今回の世界経済危機の勃発については、ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授がサブプライム・ローン危機や金融危機の発生を予測していたことで、世界的に有名である。私の知る限り、ルービニ以外にも早くからかなり正確に世界経済危機を予測したエコノミストが、二人いる。副島隆彦氏とラビ・バトラである。

 副島隆彦氏は、対談本『暴走する国家 恐慌化する世界』(2008年12月刊、日本文芸社)で、次のように語っている。

 「私は『ドル覇権の崩壊』(註 2007年7月刊)の中で、『2008年か末からドルが80円に大暴落し、アメリカ帝国は衰退する』と書きました。さらに『連鎖する大暴落』(註 2008年3月刊)では、『ドルは80円どころか60円に暴落し、ニューヨーク・ダウは1万ドルを割って、6000ドルに大暴落する』と書きました。そして『恐慌前夜』(註 2008年9月刊)を出版して2週間後に、9月15日のリーマン・ブラザーズの経営破綻が起きた。これを契機に、本格的な信用崩壊(金融恐慌)が始まったのです」と。

 確かに、『ドル覇権の崩壊』『連鎖する大暴落』『恐慌前夜』に、副島氏はそのように書いている。

 

 ラビ・バトラは、アメリカのサザンメソジスト大学の教授で、インド人である。バトラは、1978年に刊行した著書『資本主義と共産主義の崩壊』で、「2000年までに共産主義は崩壊し、2010年前後に資本主義が終焉する」と予測した。近著の『2009年断末魔の資本主義』(2009年1月刊、あ・うん)で、バトラは、「共産主義は、1991年の旧ソ連の解体によって現実のものとなり、そして、2010年前後と予測してきた資本主義の終焉については、もっと早いタイミングで始まっている」と書いている。

 バトラは、2008年に出した『2010年 資本主義大爆裂』(2008年1月刊、あ・うん)で、2008年に起こることの予測を、10項目掲げた。その予測は「しかるべき時期が到来したものはすべて的中した」と、バトラは翌年出した本に書いている。

 予測1「原油価格は100ドルを超えて高騰し続ける」、予測2「『サブプライム住宅ローン危機』は再三爆発する」、予測3「2008年、米大統領選挙は民主党の勝利」、予測4「アメリカの大企業の破綻が続発する」、予測5「日本の好況は2008年半ばか、末まで」。この5つの予測は「すでに時期が来て的中した」とバトラは言っている。確かに相違ない。

 

 副島氏もバトラも、過去に発表した将来予測が、すべて的中しているわけではない。外れの場合も目に付く。また、両氏の拠って立つ経済理論や社会理論、歴史観について、私は多くの異論を持つ。しかし、今回の世界経済危機に関して、両氏が早くからかなり正確な予測をしていたことは、明らかに認められる。

 彼らの予測は、おそらく理論や学説による推論だけではなく、トランスパーソナルな直感の働きによるものだろう。普通、社会科学者には、直感力は要求されないものである。しかし、社会科学者が研究対象としている現実の社会では、政治にせよ軍事にせよ経営にせよ、直感力を欠く指導者は、しばしば組織を破局に導く。政治家や司令官や経営者に、情報と方策を提供する参謀には、単なる分析と総合の能力を超えたもの、直感力が求められる。先を読む力、時代を見通す力は、国家、企業、そしてあらゆる共同体において、生存と発展の鍵となる。だから、私は、直感力の有無は、組織の指導者についてだけでなく、学者や評論家に関しても、評価するうえで重要な基準の一つだと思っている。

 

●新しい国際通貨の創出

 

 今回の世界経済危機は、これまでの世界経済のあり方を根本的に見直す機会となるだろう。その見直しが、新しい文明への転換につながる変革を生み出すだろう。

 見直すべき点はいろいろあるが、本稿では@国際通貨、A経済社会システム、Bエネルギーの三つの課題について述べたい。

 

 第一に見直すべきは、国際通貨である。今回の世界経済危機は、アメリカ発の危機であり、戦後、長く基軸通貨として機能してきたドルが、価値を下げてきたことが背景にある。アメリカ政府が経営破たんした企業に公的資金を注入しようと、ドルを大量に発行するならば、ドルの価値は暴落し、ドルの切り下げ、ないし新ドル紙幣の発行がなされるかもしれない。すでにドルは基軸通貨の地位を失いつつあり、ドルを含む複数の通貨による国際通貨体制に実質的に移行しつつある。また、ドルの価値に基づいて創設されたIMFを中心とする国際金融機構の再構築が課題となっている。

 新たな通貨体制については、ドルを含む複数の通貨を組み合わせる「通貨バスケット方式」、ケインズが唱えた国際通貨「バンコール」のような「グローバル紙幣」、金(ゴールド)だけでなく様々な基本物資を裏づけとする「コモディティ・バスケット方式」などが提案されている。

 

 「通貨バスケット方式」になる場合は、ドルのほか、ユーロ、人民元が主要な通貨となることが予想されている。その主要通貨の中に、わが国の円が入り得るかどうかは、わが国の経済の発展可能性に大きく関わってくる。まずはアジアにおいて、円が人民元とともに、地域通貨としての地位を獲得できるかがポイントとなる。

 しかし、仮に通貨バスケットとなるにせよ、グローバル紙幣になるにせよ、それらの通貨は、金との交換のできない非兌換紙幣であり、価値の虚構という根本的な問題は存続することになる。

 

 この問題を解決するため、副島隆彦氏は、「コモディティ・バスケット方式」を提唱している。副島氏は、この方式について、『ドル覇権の崩壊』で、次のように説明している。「金を中心にして、その他の鉱物資源も担保に差し出し、さらには、石油、天然ガスなどのエネルギーから、農産物(穀物)に至るまでの、すべての実物資源をまとめてバスケット(かご)の中に入れて、それを信用の源泉にする。全く新しい通貨体制を作るということだ。」と。

 私が思うに、かごの中に入るのが、従来のエネルギー源である石油・天然ガスや、それらを使用して生産する食糧であるとすれば、この発想は、石油に依存した経済を延長したものでしかない。国際通貨は、石油に替わる新エネルギーが普及しなければ、本質的な性格を変えることはないだろう。この新エネルギーのことについては、第三の課題のところで述べたい。

 

●新しい経済社会システムの形成

 

 第二に見直すべきは、経済社会システムである。現在の経済システムの欠陥を正す新しいシステムが必要である。ラビ・バトラは、1990年代からプラウトという独自の経済政策を唱えている。プラウトとは、進歩的活用理論といった意味で、資本主義が崩壊した後に実行すべき政策としてバトラが唱導している政策である。その理論には、三つの柱がある。

 

@世界中の資源とその活用の可能性は、人類すべての共有財産と認識する。

A資源を最大限に効率よく活用し、それを合理的に分配し、真の意味での個人と社会の進歩を目指す。

B諸悪の根元である富の集中を排除した、倫理的で合理的な利益分配システムを作り上げる。

 

という三つである。

 そして、これら三つの柱のもとに作られる政策は、欲望や支配ではなく社会的な必要を満たすこと、精神的な進歩を推進力とすること、公正な分配で過剰な欲望を抑えること、賃金上昇で需要と供給をバランスさせることにポイントが置かれている。

 

 バトラは、1950年代から75年頃までの日本は、プラウトに近い政策が実現されていたと言う。そして、21世紀に資本主義が大爆裂した後に、日本はプラウトを実行し、世界のモデルケースとなるべきだと唱えている。

 バトラは、昨年刊行の『2010年 資本主義大爆裂』で、10の予測を公表していることを、前回書いた。2008年に起こることを予測したうちの最後、つまり予測10は、「日本で新たな経済システムの胎動が起こる」というものである。そして、バトラは、次のように書いている。

 「日本は、経済的混乱は避けられないが、資本主義の崩壊のさなかにも、段階的な変化を遂げるだろう。日本の人々は、今後進行する円高に耐えるためにも、貿易黒字を極力抑える必要がある。(略)内需を拡大すること、日本が今後選択すべき道は、これに尽きるのだ。そうすれば、資本主義の崩壊の後にも、(略)『破滅から黎明へ。光は極東の日本から』という復興の過程が開始されるだろう。(略)日本は、アジア地域においてだけでなく、世界各国にとっても資本主義崩壊後の『灯明』として再生し、『破滅からの復活』のモデルケースとなるだろう」と。

インド人のバトラがこういうことを言うのである。日本人のエコノミストにも、日本的な価値観を評価し、日本が新しい経済社会システムを生み出すべきと唱える人が、少なくない。菊池英博氏、東谷暁氏、関岡英之氏、神谷秀樹氏らがそうである。なかでも中谷巌氏は、今やその先頭に立っているとも言える。中谷氏は、1990年代から、わが国に新自由主義・市場原理主義を持ち込んで、政府の政策決定に大きな影響を与えた人物である。小泉=竹中政権の構造改革は、中谷氏なしにはありえなかっただろう。ところが、その中谷が自説の誤りを認めたのだから、多くの人は驚いた。氏は『資本主義はなぜ自壊したのか』(2008年12月刊、集英社インターナショナル)を出し、本書を「懺悔の書」と呼んだ。氏は、本書で新自由主義は「危険思想」であり、グローバル資本主義は「悪魔のシステム」だと言う。そのうえ、日本的な価値観に基づく日本再生の政策を提言し、今こそ日本発の価値観を世界に伝えるべき、と唱えている。

 

●新しいエネルギーの活用

 

 第三に見直すべきは、エネルギーである。先に書いたように、バトラは、現在の資本主義の崩壊の後、日本は「アジア地域においてだけでなく、世界各国にとっても資本主義崩壊後の『灯明』として再生し、『破滅からの復活』のモデルケースとなるだろう」と予測する。2008年から「日本で新たな経済システムの胎動が起こる」という。その予測の通りであれば、その胎動は既に始まっており、2010年には、新たな経済システムが姿を現しつつあることになる。バトラは、日本が世界で先頭を切って実行すべき政策として、プラウトを提案している。しかし、その内容は一国の経済社会政策の範囲を出ず、国際通貨体制やエネルギー政策は、具体的に論じていない。

バトラは、1975年頃までの日本を高く評価し、それへの回帰を説く。しかし、どうして日本が1970年代半ば以後、日本的な経済社会システムを失ってきたのかという問題がある。日本独自の経済社会システムとは、人と人、人と自然が調和するシステムである。「和の精神」の表われであり、共存共栄をよしとする。だが、日本は、石油資源を持たない。そのために、アメリカの圧力に抗せず、日本独自の経済社会システムを自ら破壊してきた。そこがポイントなのである。前提には、敗戦後わが国はアメリカに軍事的に従属し、国防をアメリカに依存していることがある。

  私が思うに、わが国が「破滅からの復活」をなし得るとすれば、日本的な価値観の再評価と実現だけでは足りない。単なる精神的・道徳的な運動では、日本の活力は取り戻せない。ポイントは、新しいエネルギーの活用である。拙稿「『太陽の時代』のメガトレンド」に書いた島田晴雄氏、山崎養世氏、村沢義久氏らの提言は注目に値する。太陽光、風力、潮力、地熱、水素、メタンハイドレート等、石油に代わるクリーンエネルギーの本格的な活用なくして、日本の再生は、絶対に不可能である。日本にとってだけではない。人類の生存と発展のために、太陽光の活用を中心とした「21世紀の産業革命」が必要である。

●結び

 

 世界経済危機を世界経済のあり方を根本的に見直す機会とし、三つの課題を述べた。新しい国際通貨の創出、新しい経済社会システムの形成、新しいエネルギーの活用の三つである。

 今回の世界経済危機について、私自身は、100年に一度ではなく、500年に一度の節目にあると考えている。500年に一度とは、西洋文明から非西洋文明、東洋・アジアを中心とした文明への転換を意味する。この転換は、単に文明の中心地域が移動するというだけでなく、文明の拠って立つ原理が変わることを意味する。

 文明の原理の転換とは、価値観の転換であり、物質偏重から物心調和へ、自然の略奪から自然との調和へ、対立・抗争から共存共栄へという転換である。私は、こうした構図を取りながら、現代世界の過去・現在・将来の眺望を試みているところである。それが拙稿「現代の眺望と人類の課題」である。そこに書いたように、ユダヤ的価値観から日本的価値観への転換が、文明の転換のポイントとなる。その際、本稿に挙げた三つの課題は、具体的に転換を進める方策となるだろう。ページの頭へ

 

参考資料

  副島隆彦著『ドル覇権の崩壊』『連鎖する大暴落』(徳間書店)、『恐慌前夜』(祥伝社)、『暴走する国家 恐慌化する世界』(日本文芸社)

  ラビ・バトラ著『2009年断末魔の資本主義』『2010年 資本主義大爆裂』(あ・うん)

  中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)

・山崎養世著『日本「復活」の最終シナリオ 「太陽経済」を主導せよ!』(朝日新聞出版

  村沢義久著『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)

関連掲示

・拙稿「現代の眺望と人類の課題

・拙稿「『太陽の時代』のメガトレンド

 

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■日本の復興は日本精神の復興から〜東日本大震災による国難を乗り越えよう

2010.6.27

 

平成23年(2011)3月11日、東日本大震災が起こった。私は、大震災からの復興について、拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」を掲示している。

同年5月から6月にかけて、私は、東日本大震災に関する講話を各地で行なった。主題は「日本の復興は日本精神の復興から〜大震災による国難を乗り越えよう」。その要旨を掲載する。

●東日本大震災による国難にある日本

 東日本大震災は、死者1万5千人以上、行方不明者約8千人(平成23年6月10日現在)という多大な犠牲者をもたらした。また、政府は道路・建物等の直接的被害を16〜25兆円と概算する。日本経済への影響は甚大であり、損失はその数倍に達すると見られる。まさに戦後最大の惨事であり、わが国が直面している国難である。
 国難とは、一国の危機、国全体の危機をいう。国家・民族の存亡の危機である。歴史的には、元寇、黒船来航、日露戦争、大東亜戦争等が挙げられる。昭和40年代には、共産化と第三次世界大戦の危機というわが国史上最大の国難があり、またそれは人類存亡の危機でもあった。
 わが国は東日本大震災によって新たな国難に直面している。大震災後、3ヶ月以上過ぎたが、余震はなお続いている。原発事故は収束しておらず、まだ予断を許さない状態にある。ゴールデンウィーク後の変化として、5月5日に1号機に人が入り、次いで2〜3号機にも入った。それによって中の状態がわかった。東京電力は1号機は完全に「炉心溶融(メルトダウン)」しており、2〜3号機も炉心溶融している可能性があると発表した。
 原子力保安院は、溶け落ちた燃料によって圧力容器が破損したのは、1号機は3月11日午後8時ごろ、2号機は14日午後10時50分ごろ、3号機は14日午後10時10分ごろと推定している。
 福島原発は、11日夜から14日夜の時点で、極めて深刻な事態になっていたのである。しかも、政府は、炉心溶融より深刻な「溶融貫通(メルトスルー)」が起こった可能性を認めている。溶融貫通まで行っていれば、もし格納容器の中に溶けた燃料が一挙に大量に落下していたら、決定的な大事故となっただろう。
 高温の燃料が格納容器に落下した瞬間に、格納容器の水から大量の水蒸気が発生すると、原子炉は爆発する。これを「水蒸気爆発」という。福島では、この「水蒸気爆発」が3月11日から14日にかけて起こっていたかもしれない。そうなっていたら、原子炉から厖大な量の放射性物質が飛散し、首都圏を含む地域に、深刻な被害をもたらしただろう。
 幸い、こうした破局的な事態は避けられていた。溶融した核燃料のほとんどは、圧力容器の底に溜まって、水中で徐々に冷却されていった。東日本の広範囲で多数の人命が失われるような、決定的な大事故にはいたらずに済んだ。私は、人々の祈りが通じて、日本はギリギリのところで、奇蹟的に守られたのではないかと思う。
 ただし、国難はなお続いている。今、厳しい状況にあるのは、電力の供給不足である。大震災で54基の原発のうち15基が壊れたり、止まったりした。電力各社は定期検査終了後、地元に配慮し、再稼働を見合わせている。6月12日時点で、54基中稼動しているのは17基のみ。夏の電力不足が懸念されるが、さらに停止する原発が続く見通しである。このまま行くと、今年中に定期点検でさらに10基停止し、年末には稼動しているのが7基のみ。9割近い47基が停止。来春には全部停止となる。原発が占めていた全供給量の約3割分を火力・水力等でどこまで補えるか。電力供給不足の長期化・深刻化は、日本の経済、国民の生活に極めて深刻な影響をもたらすおそれがある。
 日本国民は、この事態を真剣に受け止め、国難を乗り越えるために、一致協力しなければならない。そこで重要なものこそ、日本精神の復興である。

●日本精神の復興こそ、震災復興の最重要課題

 大震災の中で、被災地の人々は取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示した。その高い道徳性に、世界各国から賞賛の声が上がった。福島第一原発の事故現場で懸命に対応する自衛隊・消防・警察・電力会社関係者等の献身的な行動は、海外の多くの人々を感動させた。
 震災の5日後、3月16日天皇陛下より、国民にビデオでメッセージを賜った。昭和天皇の終戦の玉音放送以来である。天皇陛下は、そのメッセージにおいて、「被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」と語られた。天皇・皇后両陛下は皇居で自主停電をされ、また余震続く中、福島・宮城・岩手等の被災地の人々を慰問されている。
 日本精神は調和の精神であり、国民は互いに助け合いや思いやりを発揮する。その中心に天皇がおられ、天皇と国民は親子の情で結ばれている。そして日本人は、苦難の時、常に天皇を中心に結束してきた。こういう国柄が、今回の国家的な危機においても、はっきりと現れた。そこに貫かれているのが日本精神である。大震災を通じて、日本人が日本精神を自覚し、日本精神を力強く復興することこそ、復興の最重要課題である。
 日本人が精神的に復興すれば、日本は立ち直る。逆に精神的に低迷すれば、天災人災の中で日本は自壊・衰亡する。日本はそのぎりぎりの地点にある。いまこそ日本人は、日本精神を取り戻そう。日本の復興は、日本精神の復興から始まる。

●国家的国民的な課題に取り組もう
 
 次に、日本の復興における具体的な課題を5点挙げたい。

@政治を変える

 大震災後、菅首相は、適切な対応ができず、かえって混乱をもたらした。(原発を視察、自衛隊の出動命令遅れる、米国の支援断る、効果のないヘリの放水、等) そのために増加した人的物的な被害は計り知れない。これは首相の事態認識の甘さ、指導力の弱さ、決断力のなさによる。
 6月2日衆議院で内閣不信任案は否決されたが、菅首相は辞任の意思を翻し、これに対する反発が起こった。鳩山氏は「史上最低の首相」といわれるが、菅氏は「史上最悪の首相」といわれる。その鳩山氏が菅氏を「ペテン師」だと言って怒った。日本はまことに情けない状態になっている。これは国民の精神状態の反映でもある。
 大震災から3ヶ月以上過ぎ、復興計画の策定と実行が急がれる。だが、復旧・復興は迷走状態である。政府は新たな会議体を増やすばかりで、その意見もまとまらない。ようやく与野党の合意により、復興基本法が近く成立の見込み(註 20日に成立)だが、今後、国がどう進むか流動的である。菅首相の辞任表明に続いて大連立への動きがあるが、首相の辞任時期、政策協議、時限等、話がまとまるかどうかまだ不確かであり、また誰が次の首相になるか、どういう連立政権になるか、混沌としている。
 一国の興亡は、国家最高指導者の精神のありようによって決する。よき指導者を得れば、日本は世界最高の発展ができ、逆に、指導者に人を得なければ最低のどん底に沈むおそれがある。国民が真剣に国のことを考え、今度の選挙では国政を委ねる政党・政治家をしっかり選ばねばならない。

A国民の団結で復興を進める

 被災地の人々の生活の再建が急がれる。避難所生活の人が未だ8万人以上いる。住居・学校の整備、雇用の創出、社会的インフラの再建、地震・津波への防災の強化、農業・漁業・製造業等の復活等を、国民が団結して進めていかなければならない。
 また国全体としては、災害に強い国家の構築や都市の建設を行う。東京への一極集中を止め、首都機能を分散する。防災教育・避難救援訓練を推進する。食糧の自給率を高める等が必要だろう。
 特にエネルギー政策は重要である。原発に電力の約3割を依存しているので、原発を一気に全廃することはできない。当面は液化天然ガスの輸入量を増やすなど対処がされている。太陽光など再生可能な自然エネルギーの活用を推進し、原発への依存を段階的に減らしていかねばならない。またもっと安全に原子力を利用する技術の確立も、進めていくべきである。
 課題は多い。だが日本人は何度も危機から立ち上がってきた。振り返れば、関東大震災は、M7.9ゆえ地震のエネルギーは東日本大震災の約40数分の1だったが、死者・行方不明者は10万人を超えた。首都を襲った大災害だったため、日本が潰れかねないほどの打撃だった。しかし、日本人はそこから立ち直った。東京の幹線道路、隅田川の橋、学校等が震災をきっかけに整備された。昭和10年代には、アメリカを凌駕するほどの工業技術力を発揮するほどになった。
 大東亜戦争では、首都を含め全国主要都市を空襲で焼かれ、さらに広島・長崎には原爆を投下された。その人的・物的被害の大きさは、関東大震災・東日本大震災をはるかに上回る。それでも日本人は立ち上がった。敗戦後の復興と高度経済成長は、世界史の奇跡とさえいわれる。
 日本人には、こうした不屈の生命力、強固な団結力がある。全国民が団結し、大震災から日本をよみがえらせよう。

B天災に備える

 個人でも家庭でも、火事・事故・病気などいざというときのための備えを考える。国家においてもこれは当然だ。天災に予告はない。備えを怠れば、将来に渡って取り返しのつかない大悲劇を招く。未曾有の事態に備えるために、出来うる限りの最善の努力をすべきである。
 東京都では、石原知事のもとここ約10年、防災に力が入られてきた。だが、まだまだ不十分である。そこことが東日本大震災における都内の混乱ではっきり示された。
 どんなに経済的に繁栄していても、大規模な天災人災が起これば、一瞬にして都市は損壊し、廃墟と化す。文明が進めば進むほど、被害は大きく、復旧は難しい。そのことを、東日本大震災は、日本人に示した。この体験を国民は痛切な教訓としなければならない。

東日本大震災は、天変地異の時代の序章に過ぎない。首都直下型地震(M7クラス)の発生する確率が30年以内で70%、同じく東海・東南海・南海地震(M8クラス)の発生する確率が30年内で50%〜87%と政府関係機関が発表している。特に東海地震は87%と非常に高い。これらの巨大地震に耐え、日本が存続し、繁栄を維持していくためには、防災を強化し、災害に強い日本を創ることが急務である。

C国防を怠らない

 大震災と原発事故によって、わが国の政府や自衛隊等の力が被災地の復旧・救援に向けられる中、3月21日ロシア空軍の戦闘機と電子戦機が日本の領空に接近した。同月26日には、東シナ海の中部海域で、中国国家海洋局所属と見られるヘリが、海上自衛隊の護衛艦に異常接近した。震災支援と領土・資源問題は別という姿勢を示す狙いがあるとみられる。
 ロシアは、大震災後も北方領土の実効支配強化を進めつつあり、副首相が北方領土を訪問した。韓国は、国会議員が北方領土を訪問し、ロシアとの連携を強めている。竹島でヘリポートの改修工事に着手した。竹島近海の洋上に「海洋科学基地」を建設する工事を進めようとしている。閣僚が竹島を相次いで訪問している。
 特に警戒すべきは、中国である。昨年9月7日尖閣諸島沖中国漁船衝突事件が起こった。漁船を海上保安庁の巡視船に体当たりさせた中国人船長は、すぐ釈放され、最終的に起訴保留となった。事件の動画をインターネットに掲示した一色正春保安官は、停職12カ月の処分後、起訴猶予となり、依願退職した。この事件で、わが国政府の中国に対する対応は、まったく弱腰で、世界に恥を晒した。
 実は事件が起こる前、中国人の国際団体が、平成23年つまり今年の6月17日に尖閣諸島を占拠する計画を発表していた。大震災後の4月に、計画は中止と発表されたが、今後も油断はできない。尖閣をめぐる基本的な状況は変わらない。尖閣の次は南西諸島、さらに沖縄が狙われている。6月17日は日米間で沖縄返還協定が調印された日であることにも表れている。
 しかし、現状では自衛隊は領域警備ができないため、尖閣への侵攻を未然に防ぐことはできず、占領されてから出動するしかない。防衛省は今年に入って対中有事シナリオを作っていたことが報道されたが、尖閣は簡単に占領され、奪還は難しいと思われる内容である。
 日本人は、大震災の痛手と厖大な被害、復興の課題の大きさにばかり気を取られて、わが国が置かれている国際環境の厳しさを忘れてはならない。国防と防災は一体であり、備えを怠れば悔いを千載に残すことになる。

D憲法を改正する

 国防と防災の強化を進めるとき、憲法の改正は必須の課題である。現行憲法は、占領期に戦勝国がつくって日本に押しつけた憲法である。第9条で国防が規制され、国の存立を他国に依存させるものとなっている。他にも多くの問題点があり、この憲法を放置していれば、日本は亡国に至る。
 今回の大震災で、現行憲法の欠陥が、改めて浮かび上がった。現行憲法には、非常事態規定がない。わが国が外国から武力攻撃を受け、またはその危険が切迫している場合、及び内乱・騒擾、大規模自然災害等の非常事態が生じた場合、どのように対応するかが、定められていない。多くの国の憲法には、非常事態条項が設けられており、わが国でも、明治憲法にはその規定があった。しかし、現行憲法には、それがない。非常事態規定のないことと、第9条で国防を規制していることは、同じ事情による。占領下にアメリカによって作られた憲法だから、何か起これば、GHQが出動することになっていた。日本は自力で自国の危機に対応できないような憲法を押しつけられ、それを後生大事に変えないで来ている。
 大震災を通じ、憲法の欠陥をはっきり認識し、憲法を改正して、国家非常事態が生じたとき、すみやかに対応できるよう体制を整えることが必要である。

●結びに

 国家的国民的な課題として以上、5点すなわち、@政治を変える、A国民の団結で復興を進める、B天災に備える、C国防を怠らない、D憲法を改正する、という5点を述べた。
 東日本大震災を機に、日本精神を復興し、これらの課題を実行していこう。日本の復興は、日本精神の復興から始まる。
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参考資料
・マイサイトの「基調
関連掲示
・拙稿「東日本大震災からの日本復興構想

 

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■TPPは本当に国益になるのか

2015.10.22

 

●大筋合意したTPPへの懸念

 

 平成27年(2015)10月6日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の大筋合意が成立した。私は、TPPはわが国にとって多くの問題を孕んでおり、米国への妥協は大きく国益を損なうとの懸念を表明してきた。ここ2年数か月、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。その点、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。

 TPP交渉は公開されておらず、大筋合意の中味は詳細が明らかにされていない。だから、よく分からないことが多い。日米双方の議会からも、このことに関する不満が多く出ている。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。

 これまで私が主張してきたことを繰り返すと、TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに唯一意味があるとすれば、台頭する中国への対抗、特にわが国の場合、中国の軍事力からの国防である。実際、わが国には、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。

 

●TPPには多くの問題点がある

 

 まず過去2年数か月の間、私がブログとMIXIで主張のしたことの主旨を再度掲示し、その上で、このたび大筋合意したというTPPについて検討を行いたい。

 

 2013.1.13の掲示文より〜「わが国では、TPPに関する情報が少なく、米国の意図もよく分からなかった。ところが、22年(2010)10月、民主党の菅首相が突然、横浜APECでTPPに参加すると言い出した。菅氏は、ほとんど中身も分からずに言ったものらしい。尖閣諸島沖中国漁船衝突事件の直後だったから、米国と安全保障上のことで何かあったのではないかと疑われる。

 その後、東谷暁氏、中野剛志氏、三橋貴明氏、関岡英之氏等によって、TPPの問題点が明らかにされてきた。当初TPPへの参加は、農業への影響をどうするかという程度の問題と見られていた。マスメディアの多くは、TPPの真相を報じようとしなかった。だが、TPPの対象は、農業だけでなく、金融・投資・保険・労働・医療・健保・通信・法務等、24の分野に及ぶ。それらの分野で、米国が日本に関税自主権の放棄と自主規制の撤廃を迫るものとなっている。日本と米国以外の参加国は経済規模が小さく、日米でGDPの総額の9割以上にもなる。TPPで米国が日本を主たる対象国としていることは明らかである。わが国のTPP賛成論者は、TPP参加でアジアの成長力を取り込めると言うが、中国も韓国もインドも参加しない。それでどうやって、アジアの成長力を取り込めるのか。問題点はあまりにも多い。

 米国主導のTPPへの参加は、日本経済にとてつもない影響を与えると、私は予想する。かつてのプラザ合意、金融ビッグバン、郵政民営化等の比ではない。敗戦後、日本が独立を回復してから、米国が仕掛けてきた日本の再従属化の集大成といえるものである。あらゆる分野で徹底的な日本改造がされ、日本の富の収奪、文化・伝統の改変、対米完全従属化が行われることになる。

 ところが、民主党政権は、TPPに関する情報を公開しようとしなかった。TPP参加に係る根本問題を国民に知らせようとしなかった。その状態で、民主党の野田首相(当時)は、平成23年(2001)11月12日から開催されたAPECで、TPPの協議に参加することを表明した。その1週間後に行われたEASで、米国は中国をけん制し、アジア太平洋諸国を米国寄りに引き付ける強力な外交を行った。日本のTPP協議参加表明がきっかけになって、こういう流れができたかのようだった。思うに、これは米国のシナリオ通りで、米国はAPECで日本にTPP参加を表明させ、EASで中国に外交攻勢をかけて、アジア太平洋地域における主導権を固めようと計画していたのだろう。

 TPPは、米国の対東南アジア外交の要になっている、米国は、日本をTPPに参加させて経済的な従属関係を強化し、日本の経済力を自国の経済回復に利用しようとしている。また世界の成長センターであるアジアへの本格的な進出を図ろうとしている。また、日本との関係を利用して中国をけん制し、アジア太平洋地域での主導権を確保し、安全保障の強化を図ろうとしている。米国は、リーマン・ショック後の経済回復と雇用創出・ドルの防衛、アジア太平洋地域への本格的関与による経済的利益の拡大、中国の地域覇権主義への対抗等と、いくつもの目的を以て動いているだろう。

 日本はこれに受動的に協力して、米国に奉仕する形になりつつある。わが国にとっても国益の実現となる部分は、米国に協調するのでよい。だが、米国の言いなりになることで国益を失うことは、大きな間違いである。わが国は現状、安全保障においては米国に依存せざるを得ないが、安全保障と経済協定は別である。経済協定においては、あくまで国益追求の観点で判断すべきである。」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/58a9bd7401ea6ba148716af5d082ebab

 

 2014.8.16の掲示文より〜「アジア太平洋地域では、米国が自由貿易体制を大幅に広げようとしている。その手段となっているのが、環太平洋経済連携協定(TPP)である。TPPは2006年(平成19年)に誕生したブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールなど、経済規模が比較的小さい国の地域協定だった。ところが、2008年のリーマン・ショック後、米国は突如、この地域協定への参加に熱心になった。翌年、米国通商代表部から議会に提出された文書は、自国の『輸出増加、雇用増大』が目的だと述べている。そして、2009年に参加を表明するや、交渉の主導権を握った」

 「わが国は、TPP交渉に12か国目の参加者として加わり、米国との交渉を続けている。マスメディアは、農業など一部分野における利益団体の反対を取り上げることが多く、TPPの全体像を伝えていない。TPPの外交交渉は内容が公開されていないため、米国の連邦議会では反対意見が少なくない。私の見るところ、巨大国際金融資本が米国政府を利用して、各国の国民に詳細を知らせずに、自分たちに都合の良い仕組みをつくろうとしているのが、TPPだろう。アジア太平洋地域におけるグローバリズムの展開と思われる。

 TPPの基本には、自由貿易体制が世界経済を成長させるという考え方がある。だが、グローバリズムによる自由貿易の推進は、実際には先進国の経済成長率を低下させている。実質賃金が低下し、平価購買力が減少して、需要不足・供給過剰の傾向となっているからである。さらにグローバリズムは各国の国民経済や公共文化を棄損し、国民の連帯感や同胞意識を希薄にしており、デモクラシーを形骸化させる恐れがある。経済中心・個人本位の国際的な制度改革は、巨大国際金融資本とそれによる多国籍企業には繁栄をもたらすかもしれないが、家族や社会の絆を弱め、多くの国家に荒廃をもたらすだろう」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/a8e1f47faeb084543efd93751a52d587

 

 2014.11.7の掲示文より〜「わが国を代表する新聞社が『日米同盟の強化などTPPが持つ幅広い効果』『中国の覇権を抑止する戦略的な目標』等と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張をしているのは、どうかと思う。TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。国家安全保障は、それ自体として強化すべき課題であり、安全を金で買うために、米国の突きつける条件を安易に飲むようなことをしては、国の根本的なあり方を誤る。

 アメリカ主導のTPPは、グローバリゼイションの論理によって、日本社会の大幅なアメリカ化を進める内容となっている。わが国は、中国に軍事的に支配されることを避けるために、米国への属国的な状態をいっそう徹底されることになってはならない。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。マスメディアは、本来そのことを国民に啓発しなければならない。

 大東亜戦争の敗戦後、わが国が独立を回復した昭和27年(1952)以後、米国の衰退と中国の台頭が長期的に予想されてきた。米国はいよいよ衰退の色を濃くしている。中国はますます暴虐の相を露わにしている。改憲とそれによる国家の再建が遅れれば、日本丸は時代の転換期の大波を蒙る。デモクラシーの政治体制では、国民は自らの運命を自らの意思で選択しなければならない。運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/ecf0c47f4c239e0aa4cdef834c5eb20f

 

 2014.12.12の掲示文より〜「今後、アベノミクスを継続し、デフレを脱却して経済成長の軌道に戻ることができても、また米国から外交圧力をかけられると、新たな富を献上しなければならなくなる。そういう構造になっている。私は、TPPはその外交圧力そのものであり、日米経済戦争の最終局面になりかねないものと危惧している。この成長抑止・国富流出の構造を打開するには、憲法の改正が必要である。憲法を改正し、国防を強化してこそ、強い外交力を持つことができる。そしてそれによって、わが国は、国家の安泰を得るとともに、経済的な繁栄を持続・拡大することができるのである。アベノミクスの完遂の次は、憲法改正である。それを目標に、日本国民は団結邁進すべきである」

http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/168b45fd658388d2cb9090ec6b82fcea

 

 日米経済戦争については、拙稿「アメリカに収奪される日本〜プラザ合意から郵政民営化への展開」をご参照願いたい。

 

 TPPの外交交渉が大筋合意に達したという現在においても、私の基本的な見方や懸念は変わっていない。外交交渉によって、まったく米国の一方的なやり方に抗して、日本の国益のための主張をし、一定の成果を上げてきたこととは思うが、TPPの問題点はもっと根本的なところにあるからである。

 TPPに反対または慎重な対応を求める有識者は多くないが、東谷暁氏、中野剛志氏、三橋貴明氏、関岡英之氏等がTPPの問題点を鋭く指摘してきている。TPPの経済効果や安全保障効果を強調する政治家・経済学者・財界人・マスメディアは。これらの諸氏が指摘している根本的な問題点について、説得力のある説明や反論をできていないと私は思う。安倍政権がTPPに参加する姿勢を表明して外交交渉を開始した後は、その根本的な問題点を横において、交渉のテーブルでのやりとりに社会の関心が移っている。

 こうした中で、今回の大筋合意後、TPPへの懸念を明確に述べているエコノミストの一人が、田村秀男氏である。

 田村氏は、産経新聞平成27年(2015)10月11日付の記事で大意、次のように主張している。

 「プラザ合意」以来、日本は「対米協調」に引きずられ、自国の利益を後回しにしてきた。TPPでその愚を繰り返さないだろうか」「対米協調優先の考え方の背景には『中国の脅威』がある。ただ、異形の経済超大国・中国と対峙(たいじ)する日米の枠組みとしても、過大評価は禁物だ。TPPはあくまでも自由貿易圏ルールの拡大版であり、対中外交・安全保障への波及効果は未知数だ」「中国の脅威を考えると、TPPよりも人民元の変動相場制移行や中国金融市場自由化のほうがはるかに重要だ。北京が執念を燃やす元の国際通貨基金(IMF)特別引き出し権(SDR)構成通貨認定にIMF理事会が同意するようだと、TPPの対中牽制(けんせい)期待効果は吹き飛ぶ」「ラガルドIMF専務理事はすでに『時間の問題』だと習国家主席に伝えているし、欧州主要国も支持している。オバマ政権は、元の変動小幅拡大、切り下げ抑制と金融の部分自由化を条件に認めかねない情勢だ」「プラザ合意後の30年間、国際金融は米国が要となり、日本が協調する構図になっている」「対米協調は日本の基本路線には違いないが、自国優先の経済思想あってこそだ。国益を明確にして実現する強い意志がなければ、TPPは日本経済空白の30年をさらに延ばす」と。

http://www.sankei.com/premium/news/151011/prm1510110022-n1.html

 

●米国にも反対論・慎重論がある

 

 TPPは10月6日に大筋合意に至ったが、米国オバマ政権としては、これまでの交渉に5年以上かかったことになる。日米を双頭とする参加12か国の国内総生産(GDP)は計3100兆円。世界全体の40%に及び、人口は8億人を超えて欧州連合(EU)を上回る。

 オバマ大統領は、合意発表の当日、TPPについて言及した際、「中国のような国に世界経済のルールを書かせることはできない。我々がルールを書き、米国製品の新たな市場を開くべきだ」と発言した。また「歴史上のどの協定よりも、労働や環境で強力な取り組みを含んでいる」「21世紀で重要な地域の同盟国との戦略的な関係を強めるものとなる」と述べた。

 TPPを背後で推進し、早期妥結を求めてきたのは、米国の巨大国際金融資本である。各分野の国際的大企業がチームを組んで交渉が有利に進むよう様々な圧力をかけてきた。その一方、米国社会では、オバマ政権の与党・民主党にTPPに反対したり、慎重な姿勢を見せたりする政治家が少なくない。

 民主党の次期大統領候補の筆頭に挙げられるヒラリー・クリントン前国務長官は、米国の公共放送PBSのインタビューで、TPPには多くの「不明な部分」があるとし、「これまで分かった内容では賛成できない」と語った。クリントンは、米国の労働者の利益になる貿易協定しか支持しないと述べ、「当初から言っているが、米国でしっかりとした雇用を創出し、賃金を引き上げ、国家の安全保障を強める貿易協定でなければならない。このような高い評価基準を満たさなければならないというのが依然として私の信念だ」と語ったと伝えられる。

 クリントン以外にも、民主党から大統領選に出馬表明しているバーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)やマーティン・オマリー前メリーランド州知事もTPP反対を表明している。

 昨年(2014)11月の中間選挙で、野党・共和党が上下両院で過半数を獲得した。共和党はTPP推進の議員が多く、オバマ政権のTPP交渉に好意的である。だが、連邦議会では、上下両院に民主党を中心にTPP反対の議員がかなりいて、条約の批准は難航するだろうと見られる。

 米国のマスメディアにも、慎重な姿勢を見せる有力紙が複数ある。ニューヨーク・タイムズ紙は、本年10月6日付の社説で「TPPが米国経済のためになるかどうかは、すべての条項が明らかになるまでは分からない」と書いた。ベトナムなどで問題になっている児童労働や人身売買などの解決に期待を示しつつ、正式署名までに議員や利害関係者が「気に入らない条項を再交渉させるためにオバマ政権に圧力をかける」と分析している。

 ワシントン・ポスト紙は、6日付の社説で、大筋合意を「米国が今でも国際社会で指導力を発揮できることを示した」とした上で、議会での批准は「これまでの道のりよりもさらに難しい」と指摘した。

 ウォールストリート・ジャーナルも7日付社説で、「合意の詳細が明らかになるまで態度を保留する」と表明した。また、今回の合意が6月に成立した貿易促進権限(TPA)法で定められた自由貿易協定が求める要件を満たすかどうかの判断に時間がかかるとして、TPP批准は「2016年の選挙後まで議会で採決されないかもしれない」と書いた。また、製薬会社が後発薬との競合が起きない状況が13〜16年程度はないと採算がとれず、新たな薬の開発資金を確保できないと主張していることを踏まえ、「大筋合意は米国の競争力と世界の健康促進に貢献してきた知的集約型産業に打撃を与える」という見通しを述べている。

 TPP交渉を主導してきた米国に、こうした反対論や慎重論がかなりあるのに比べ、わが国のマスメディアの論調は、TPP大筋合意について賛同的である。

 主要紙の社説では、読売新聞・産経新聞・朝日新聞・毎日新聞・日経新聞が積極的に支持している。朝日は「世界の成長を引っ張るアジア太平洋での新たな基準が他の交渉を刺激しそうだ」、読売は「経済活動の自由度が高まり、生産拡大や雇用創出など、様々な恩恵を享受できよう」、産経は「いまだ安定成長が見通せない日本経済が強さを取り戻す上でもTPPは欠かせない」、毎日は「TPPは競争力回復の契機となる」、日経は「日本のGDPを2%分押し上げる効果があるとの試算もある」と書いた。この一方、TPPに懸念を示す新聞もあり、東京新聞は「自由な経済活動を放任すれば弱者は追い込まれ、経済格差は拡大して対立が深まる」と書いた。

 読売・産経は、TPPに中国に対する牽制効果があると見ている。読売は「日米が結束し、同盟関係を深化させる効果も見逃せない。覇権主義的動きを強める中国への牽制となろう。世界最大の経済協定であるTPPの原則は「国際標準」となる。公正、透明なルールに従うよう中国に改革を迫り、世界2位の経済力を世界の繁栄に生かしたい」と書いた。産経は、TPPに「単なる通商協定にとどまらぬ戦略的意義」を認め、経済や軍事で影響力をと強める中国について「覇権主義的な動きには問題が多い」「恣意的な経済運営が目立ち、法の支配も不十分だ」と断じ、AIIB等を念頭に「それで透明性の高い自由市場を築けるのか。TPPはこれを牽制するものだ」と主張する。

 米国の政治家における意見対立や米国有力紙とわが国の主要紙の論調の相違を見る時、TPPがこれまでの外交交渉に例がないほど複雑な問題であることが、より一層浮かび上がってくる。

 

●TPPに関しても憲法改正が急務

 

 冒頭に書いたことを繰り返すと、私は、TPPはわが国にとって多くの問題を孕んでおり、米国への妥協は大きく国益を損なうと懸念する。ここ2年数か月、安倍政権によるTPP交渉を見守ってきたが、一旦外交交渉を始めた以上、国益をかけた交渉をやってもらわねばならない。その点、安倍政権はタフな交渉を続けてきたと思う。だが、依然として私の懸念は消えていない。

 TPP交渉は公開されておらず、大筋合意の中味は詳細が明らかにされていない。だから、よく分からないことが多い。日米双方の議会からも、このことに関する不満が多く出ている。私の知る限り、日本にとって米国を主対象とする外交交渉で、これほど複雑で判断の難しい課題はないと思う。

 TPPで米国の外交圧力に屈すれば、プラザ合意以降の日米経済戦争の最終局面になりかねない。ただし、TPPに唯一意味があるとすれば、台頭する中国への対抗、特にわが国の場合、中国の軍事力からの国防である。実際、わが国には、TPPは日米同盟の強化になるとして、中国の覇権を抑止する戦略的な目標と安全保障上の観点からTPPの早期妥結を求める主張がある。だが、TPPと国家安全保障は、基本的に別の問題である。わが国は改憲と国家の再建を断行しない限り、米国へのさらなる従属の道か、中国の暴力的な支配に屈する道か、いずれかになる。運命を切り開く選択は、自らの手で憲法を改正することである。わが国は、その憲法改正が出来ていない。それが最大の問題である。その状態で、日本の経済のみならず、法・社会・文化・価値観等を大きく変える可能性のある条約を締結するのは、下手をすると自滅行為になる。それゆえ、TPP外交交渉が大筋合意に至ったという現在、わが国はこの課題に関することから言っても、憲法改正を急務としているのである。(ページの頭へ

 

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国家と国益を考える

2005.9.14

 

国益を考えない国家・国民は、衰退する。戦後日本人は、戦後の日本弱体化政策の結果、国家観念を喪失し、国益を考えない人が増えている。このままでは、日本は沈没する。日本の再生のために、国益について考えてみたい。

 

●国家・国益とは何か


 国益とは何か。「国家の利益」であり、「国民の利益」である。ここにおける国家及び国民とはいかなるものか。
 「国家」には、政治的・文化的・歴史的な共同体という意味と、その共同体が持つ統治機構つまり政府という意味との二つの意味がある。英語では前者を Nation 、後者を State という。
 共同体としての国家に所属する者を、「国民」という。国民とは、現在のわれわれだけでない。祖先や子孫を含む。それゆえ、国家は、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民によって構成される共同体である。
 「国民」は、共同体としての国家に所属する資格として、国籍を持つ。国籍は、国際社会において、ある個人がどの国家の国民であるかを示すものであり、どの国家に所属しているかを表わす資格をいう。ある国家に所属し、その国家の一員を構成するとは、祖先から受け継いだ歴史や伝統を担い、それを将来の国民即ち子孫に受け渡していく責務を負うことを意味する。それゆえ、国籍とは、国家の意思を国民として決定し、国家と運命をともにするという意思の表示である。このことを理解し、国益に尽くそうとしない者には、国籍を与えるべきではない。

 国家と国民について以上のように考えるとき、「国益」とは、共同体としての国家の利益であり、そこに所属する国民の利益であることが明らかになる。国民が国益を考えない国家は衰退する。

 国家は、一つの共同体として意思決定をしなければならない。そのために必要なのが政府である。政府は、この共同体が占有する領土や、帰属する国民を統治するための機構である。それが、政府としての国家である。

政府は指導者と、その指導者を支え、意思決定したこと(政策)を実行する組織によって構成される。国民には多数の構成員が存在する。理想的には、その構成員の意思が一致していることが望ましいが、現実には、さまざまな意見や利害の相違がある。それゆえ、指導者は、国民の多数にとって利益にかなうように、意思を決定また実行しなければならない。指導者は、国家と国民の利益を常に考えて、政治を行わねばならない。(註1

国益には、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益がある。わが国では、国益を政府を主体に考える傾向があるが、国益は national interests の訳語である。国益は state ではなく nation の利益である。すなわち共同体としての国家の利益であり、国民共同体の利益である。この意味をより明確に表す言葉に、「国利民福」がある。国家の利益と人民の幸福を表す言葉である。national interests としての国益は、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益であり、かつ国民の幸福を実現し、増大するものである。

国民の幸福というと、話が拡散する感じを受ける人がいるかもしれないが、わが国の憲法は、国民の基本的な権利として、生命・自由・幸福追求の権利を規定している。この最後の幸福追求を、国民個人ではなく、国民全体で追求するところに、国益が実現されるのである。

そこで私は、国益について、国民の幸福の追求という観点を入れたいと思う。この観点について、私は、心理学者アブラハム・マズローの欲求段階論を応用して考える。マズローは、人間の欲求は、次の5段階に大別されるとした。生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、そして自己実現の欲求である。国民の幸福は、これらの欲求が満たされるときに実現される。そして、政府の役割は、これらの欲求が満たされるように、国家の統治を行うことにある。

国民の幸福の実現の条件は、第一に、生理的欲求という最低限の欲求を満たすことである。とりわけ食欲が満たされ、国民が食っていけることが必要である。また性欲が満たされ、国民が家族を構成し、子孫が繁栄できることである。

第二に、安全の欲求を満たすことである。国民の身の安全が確保されていることである。他国の侵略に対する国防や、暴力や革命に対する治安維持が、これにあたる。また、生活が保障され、自分の財産が守られ、維持・増加できるよう、社会秩序が維持されていることである。

一般に政府の役割は国民の生命と財産を守ることだといわれるのは、国民のこうした生存と安全の欲求を満たすことである。生存と安全は、幸福の実現の最低条件である。これらを生命的価値・経済的価値・社会的価値とすれば、これらの価値がある程度、実現しているならば、さらに次の条件となるのは、精神的な価値の追及である。

それは、まず第三の所属と愛の欲求を満たすことである。人間は、生存と安全が確保された環境では、社会や集団に帰属し、愛で結ばれた他人との一体感を求める欲求が働く。国家に所属することによる安心、集団において何か役割を持っているというやりがいなどがこれに当たる。国民としてのアイデンティティを持つことは、各個人がアイデンティティ(自己同一性、「自分は○○である」という意識)を保持するために、重要な要素である。国民的なアイデンティティの混乱や喪失は、個人に深刻な危機をもたらす。アイデンティティという用語を精神医学・心理学にもたらしたのは、エリック・エリクソンだが、彼自身、自己の民族的な出自に悩んだことが、アイデンティティ論のはじまりだった。

次に第四として、承認の欲求を満たすことである。人間には他人から評価され、尊敬されたいという欲求がある。その欲求が満たされるためには、個人の自由や名誉等が得られることが必要である。国際社会において、国民としての誇りを持てることは、これに当たる。国家や民族の固有の伝統・文化・価値を保ち、子孫に教え、受け継ぐことによって、国民としての誇りを保つことができる。

さらに、高次の条件として、第五に、自己実現の欲求が発揮できるようにすることである。それには、国民の個人個人が自己実現をめざすことのできるような環境を維持または創造することが必要である。

これらをまとめると、国益とは、生命的・経済的・社会的・精神的価値の実現によって、国民の幸福を実現し、増大することである。

私は、国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民であると考える。この観点に立つと、国益は、現在の世代だけではなく、先祖や子孫の世代をも含めた国民の利益である。この点が重要である。上記の生命的・経済的・社会的・精神的価値は、祖先が願ったことであり、我々が自らのため、また子孫のために努力し、子孫もまた求め続けることであろうものである。

これらの価値のうち、特に精神的な価値について補足すると、日本国民に生まれたことへの誇り、先祖への感謝、子孫への希望を持てること、それらも私は国民の幸福追求に欠かせないものであり、国益の要素だと思う。そして、日本人が、歴史を独自に解釈し教育する権利、英霊の名誉を顕彰し自らの伝統に従って慰霊する権利なども、国益の一部だと私は考える。国益とは、単に領土の保全・拡張や、経済的権益の維持・拡大等といったものだけではないと思うわけである。

国家とは、政治的・文化的・歴史的な共同体である。そして、国家を構成する国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民である。そして、国益にいう利益とは、こうした意味での国民の幸福を実現し、また増大するものである。そこに、政治、国防、外交、財政、教育等の目標がある。

 

国益の追求のためには、国家は自ら意思決定をすることができなくてはならない。他に依存せずに、自己の自由意思によって、自分の態度や運命を選択できるということである。これは他国に対しては主権を維持し、行使することとなる。それなくしては、国際社会において、国民の権利を守り、追及することができない。国益の実現のためには、主権が保持されねばならない。また、その行使として、国防・経済・外交・教育等が重要となる。

 

主権について補足すると、国家の持つ権利は、主権と呼ばれる。主権には、三つの意味がある。(1)国家固有の統治権、(2)国権の最高性、(3)国権の最高機関である。

主権という概念は「最高の力」という概念を核としている。自己の意思を自由意志に基づいて決定し、その意思を心理的・物理的に強制することのできる、国内的・対外的に最高の「力」(実力 powerにして能力 ability)である。それゆえ、このような「力」の裏づけのないものを、主権というのは、概念の自己矛盾になる。

 また、力の担保なしには、国内的にも対外的にも、国益は追及できない。法という言葉による取り決めは、力の裏づけを要し、外交という言葉のやり取りも、力の裏づけを要する。いざというときには、力で意思を強制できるという担保を持ちつつ、いかに対話によって、相互の意思の合成を行うかが、政治であり外交である。また、その「力」の担い手は、ほかの誰でもなく、国民自身であって、それが近代国民国家の基本原理である。この原理を実現していない国は、主権を持たないか制限されている国家であり、事実上の属国である。

 わが国は、憲法に国防の義務、国家忠誠の義務を定めていないことにより、近代国民国家に不可欠の「力」の裏づけに欠陥を持ち、その結果、対外的な国益(領土・歴史・慰霊等)を守ることができないままでいる。

 そこで、国益ということを、国家・国民とは何か、国民は国益のため、国民みなの幸福のために、何をなすべきかという観点から考えてみたいと思うわけである。


 ただし、国際社会においては、自国の利益だけを一方的に追求することは、他国の利益を害し、対立・抗争を引き起こす。互いの利益の折り合うところ、共存共栄を追及することが必要になる。場合によっては、国際社会全体または人類全体の利益を追求する中で、自国の利益を追求する必要が出てくる。その場合も、まず自国が存立することが先決である。そのうえでの国際協調となる。この価値基準が逆になった国家は、衰退する。
 個人と同じく、利己主義はいけないが、利他主義もいけない。利己と利他の中間に、国家が取るべき正しい道がある。自主自立のうえでの共存共栄の道である。それが、わが国日本の進むべき道であると思う。

 

(1)アブラハム・マズローについては、下記の拙稿をご参照下さい。

人間には自己実現・自己超越の欲求がある〜マズローとトランスパーソナル学

 

●国民意識を高めよう

 

国家は、政治的・文化的・歴史的な共同体である。わが国に比べ、世界には多言語、多人種、多文化、多宗教等の国が多く、国家の構成は一様ではない。そうした多様な要素を持つ国民を、一つの国民へと形成するのは、国民の意識である。
 その共同体に所属する人々が、「われわれは○○人である、○○国民である」という意識を持つことによって、国家は形成・存続される。国民意識があって、国家という共同体は成り立つ。国民的なアイデンティティが、国家を成り立たせているのである。

 国民意識を生み出す源泉は、一つの集団に帰属し、歴史と運命を共有しているという意識である。その意識の中核は、歴史の共有である。同じ歴史を生きてきたという記憶と自覚が、国民意識の中核である。すなわち、国の起源、苦難と栄光の歩み、喜びと悲しみの感情。これらをともにしているという意識である。
 そして、歴史に基づく国民意識を喚起するものとして、神話または建国の物語、英雄、理想、象徴が必要になる。こういうものをしっかり創造し、国民に共有している国家は強い。それのできていない国家、それを失った国家は弱い。また、新たに国民になった者(青少年と移民)に対して、国民的アイデンティティの教育を徹底している国は強く、それの出来ていない国は弱い。

 戦後日本人は、GHQの日本弱体化政策により、国民意識を破壊された。固有の歴史を否定された。神話(建国の神話)・英雄(神武天皇)・理想(八紘一宇)・象徴(天皇・日の丸)を奪われ、またはおとしめられ、教育からも抜き去さられた。その代わりに、アメリカ製の歴史観(太平洋戦争史観)が与えられ、アメリカ人の理想(自由・民主・人権)が植え付けられた。その結果、日本人の国民意識は低下させられた。
 国民に国民としての意識が低くなると、国益を考える力が低くなる。戦後世代が成長するにしたがって、また特にその世代が組織の意思決定をするようになるに従って、ますます国益を考える力が低下している。経済のボーダーレス化とアメリカ主導のグローバル化がそれを助長している。アメリカとの関係は、次章に書くことにする。

 ここで触れておきたいのは、日本人に国益を考える力が低下した要因には、共産主義の影響も大きいことである。マルクス=レーニン主義は、国家(政府)は、階級支配のための暴力装置だとする。近代国家では、政府が国内の武力を独占し、階級支配を行うと考える。
 しかし、文明論的には階級間より民族間の支配のほうが顕著である。征服した民族が支配集団となり、それが支配階級となる事例は、世界の文明史をおおっている。共産主義は、生産力の向上と私有財産制の発達による階級分化という経済的内発的な要因を重視するが、文明論は侵略・政府による軍事的外発的な要因を指摘する。前者を否定するのではない。単純すぎると批判するのである。

 階級支配論に立つマルクス=エンゲルスは、イギリスをモデルに市民社会と近代国家の発生を理論化した。しかし、イギリスの歴史を見ても、ケルト人の国へ、ディーン人、アングロ=サクソン人、ノルマン人が次々に侵略・流入を繰り返した。征服した民族が支配集団となり、また次に征服した民族がそれを襲った結果、社会が他民族的に階層化し、地域的にも構造化している。
 経済的内発的なモデルが最もよく当てはまるのは、イギリス資本主義の発達過程なのだが、この場合ですらノルマン・コンクエストによるノルマン系の貴族に対して、アングロ=サクソン系の多いジェントリー・ヨーマンリーの台頭といった民族間の要素がある。貴族はフランス語を、庶民はドイツ系の古英語を話していた。

 民族間の侵略や征服の繰り返しに注目すると、共同体としての国家が持つ統治機構つまり政府とは、対外的な自衛のために不可欠の機構であることがわかる。対内的には統治のために必要な治安維持装置が、対外的には外敵の侵攻を防ぐための自衛装置でもある。統治機構を失い、無政府状態になった集団は、外敵に容易に征服される。そして、侵攻を受けた集団は、そっくり侵攻者に支配される集団となる。それは、同一集団内における支配より、はるかに苛烈なものとなる。結果は殺戮、暴行、略奪、奴隷化である。また別の結果としては、ユダヤ人のように居住する土地を失い、諸国に離散・流浪することになる。

 さて、近代的な議会制デモクラシーが発達し、選挙権の所持者が増え、財産・税金の多寡にかかわらず選挙権が与えられる普通選挙が行われるようになると、国家を支配という側面だけで見るのは、一面的となる。普通選挙によれば、理論的には、一定の主義や思想を持つ団体(政党)が選挙によって選ばれ、政府を構成するようになる。そこに階級間・民族間の支配の歴史が保持されていても、それが決定的とはいえなくなる。
 実際、現代の国家は、過去の階級的・民族的な対立・融合の歴史を基層としつつも、特定の集団による支配ではなく、国民の多数意思をもって統治する機構に変化している。そして、国家(政府)が追求する利益は、特定の集団の利益というより、国民多数の利益となっている。その主導権は、選挙で選ばれる団体(政党)に与えられる。それにもかかわらず階級支配を強調するのは、別の目的があると見たほうがよい。(註2

 旧ソ連では革命後、権力を掌中にした共産党が特権をほしいままにし、「新しい貴族階級」となった。また、階級論をもって東欧に勢力を広げ、大国が小国を支配する覇権体制を築いた。ソ連・東欧圏の共産党支配体制の崩壊後も、階級論を強調し続けている団体は、共産主義による支配をねらっているのである。階級支配の強調は、国民を思想的に分裂させ、共産主義者が権力を奪取するための手段となっている。国民が思想的に分裂すれば、国民意識は低下する。当然、国益を考える力も低下する。日本国民がそのような状態にあることは、中国や韓国・北朝鮮にとっては有利となる。

 戦後のわが国は、アメリカ・ソ連そして今では中国・朝鮮との間で、国益を危うくされてきた。今日わが国の国益を考えるには、文明論的な視点に立って、国民の意識を高めることが必要であると思う。

 

(2)デモクラシーについて補足する。

 デモクラシーとは、「民衆が政治権力に参加する制度」である。民衆が一応国政に参加できる仕組み、議会なり選挙なりの形式さえあれば、どういう政体でもデモクラシーといえる。君主制のイギリスも、共和政のアメリカも、民主集中制実は共産党官僚独裁の旧ソ連も、かの北朝鮮でさえ、みなデモクラシーを自称できる。また、経済的には、資本主義であれ社会主義であれ、自由経済でも統制経済でも計画経済でも、デモクラシーを自称できる。それゆえ、デモクラシーというだけでは大して価値はない。デモクラシーを真に価値あるものにするには、国民の努力が必要である。

 

●個人と企業と国家と

 

国益を考えるために、個人の利益を「個益」、企業の利益を「社益」と呼ぶことにする。聴きなれない言葉だが、便宜のために使わせていただく。
 個人は個人の欲求、自由意思に従って行動する。企業は資本の論理、経済の合理性で活動する。国家は組織の論理、主権の力学で運営される。それゆえ、「個益」「社益」「国益」には、一致・不一致がありうる。

 第2次世界大戦後、アメリカの世界戦略のもと、ブロック経済から世界市場経済への転換が行われた。人、もの、金、情報が、国境を越えて縦横に移動する世界において、国家(政府)の役割は徐々に縮小しつつある。しかし、依然として国家がこの世界で圧倒的に大きな役割をしていることに変わりはない。グルーバル化、地球市民などといって、ものの見方の比率を誤ると、国家と国益の重要性を見失う。
 いまや個人は、自由意思によって、自国の企業に勤めることも、外国の企業に勤めることもできる。また勤務場所も、国内でも海外でも選択できる。誰もが個益つまり自分の収入と能力発揮を考えて、より有利な条件のところを求めるだろう。しかし、個人は企業に属するとともに、国家にも属している。企業の背後には国家があり、社員や顧客の背後には国民がいる。自国の企業の社益に貢献することは、自国の国益に貢献することであり、他国の企業の社益に貢献することは、その国の国益に貢献することになる。このことを、知っておくべきである。

 企業は、自由意思による契約によって個人が集合・離散する団体である。これに対し、国家は生まれながらに個人がこれに所属し、法によって権利と義務を与えられるという特殊な団体である。国家は、企業をモデルにして把握し尽くすことのできない独自性を持つ。
 ある国の国籍を持つ個人、その国に法人登録されている企業は、その国の法に従って活動する。「個益」「社益」は私益であるから、国家・国民全体の公益にかかわる場合は、「国益」が優先される。国法の体系は、政治が経済より優位にある。
 とりわけ、対外的に生存と安全が脅かされる場合は、国内に利害の相違・対立があっても、外敵への対応が優先される。国益の決定的な損失は、個人の利益、企業の利益にとっても決定的な損失となる。だから、究極的には、個益・社益を守るためには、国益を守らねばならない。
 憲法に国防の義務、国家忠誠の義務の定めがなく、刑法の敵国通牒罪や国家機密漏洩罪(第85〜86条)が削除されたままになっているわが国では、このようなことすら認識していない人が少なくない。

 そこで、次に個益ということを頭に置きつつ、企業との関係で、国益について考えてみよう。企業は、おのおのの社益を追及する。そのためには、外国の企業と提携して、国内の競争相手と争うこともある。しかし、そうした中にあっても、G8のような先進国の国際会議で、各国首脳が国家の成長目標、改革課題等を調整・決定している。
 もし経済のボーダーレス化によって、国家の役割がなくなる方向に進んでいるなら、こうした国際経済会議の必要性はなくなっていく。ところが、実際はそうではない。経済は資本の論理で動いているだけでなく、国家の力学が絡み合っているのだ。そこに、それぞれの国における国益と社益の調整や融合という課題が出てくる。それがしっかり出来ている国及びその企業は強く、反対の国及びその企業は弱い。

 わが国の企業は、個々の社益の追及だけでなく、経済団体を組織して、日本の企業の全体としての利益を追求している。日本経団連や経済同友会等がこれである。
 いかに巨大な企業グループであっても、企業には出来ないことがある。国内的には、経済活動の条件となる国防、外交、エネルギー、運輸、通貨、学術、教育、医療等を整備すること。また、対外的には、外国の政府または企業に対する方策を講じること。これらは私企業ではできない。だから、社益と国益は無関係でなく、優れた指導力を持つ企業経営者は、国益を追求しつつ社益を追及し、社益を追及しつつ国益を追求する。

 企業は一つの私企業として利益を追求するわけであるが、それは資本家または経営者の利益を追求するだけの活動ではない。企業は労働者に雇用を作り出す。企業活動の停滞は、失業を生み、労働者の生活を脅かす。それが国家規模に広がれば、国民生活全体が低下する。それは国民の利益としての国益の損失となる。また、現在の企業はそのほとんどが株式会社となっており、国民は自己の資産を投資して株主となり、その配当を受けることができる。日本企業の生産する富は、その企業の利益であるとともに、国民全体の富でもある。だから、企業活動が順調・活発であることは、国民全体の利益となる。
 しかし、全般にわが国では国益・公益が軽視され、社益・私益の追及が優先される傾向がある。それは、国民に、国家・国益の意識が弱いからである。
 

●国益を考えてこそ国民

 

わが国に比べて、アメリカではどうか。
 アメリカは自由主義の国であり、政府は企業の自由な経済活動を保障し、市場に任せ、経済活動に介入しない傾向が強い。であれば、わが国よりもっと社益・私益が優先され、国家の役割はその調整程度になるはずだろう。
 ところが、である。アメリカの政府は、わが国の大臣にあたる地位に、巨大財団の代表や国際的大企業の経営者等が居並んでいる。それでわかるように、アメリカ政府は、アメリカ企業のための政府であり、アメリカ財界の政治部としての役割をしているのである。そして、外国に対して、様々な要望を出す。社益の追及と国益の追求が一体化しているところに最強の強さがある。
 外国企業と提携している場合でも、アメリカ企業がイニシアティブ(主導権)を取り、社益・国益の追求をしている。とりわけ重要なのが、石油の確保と通貨(ドル)の安定である。これは、個々の企業にはできない。政府がアメリカ企業連合の政治部として、軍事や外交や通貨政策を行う。

 アメリカの財界は、対外的には、アメリカの企業と国民の全体としての利益を追及する。わが国に対しても、アメリカの財界が日本に対して、自国に有利な条件を要求する。繊維、オレンジ、牛肉、自動車等、日米経済摩擦は、個々の分野における私企業の利益のぶつかり合いだが、総体的には、国家と国家の利益のぶつかり合いとなる。円=ドルの通過も同様である。
 また、税金は政府が国民から徴収するものだが、外国企業に対し、関税を課すのも政府である。相手国には関税の引き下げ、自国には引き上げを求めて、私企業や財界が政府に働きかける。輸入量・輸出量の制限を決定するのも、政府である。資本の論理だけであれば、関税や輸出入量の規制は、その機構の中からは出てこない。しかし、国家の論理では、自国の企業を守るため、国民の生活を守るために、こうした政策を実施する。ここに、国家間つまり政府間の国益をかけたやり取りがある。

 現代世界の唯一の超大国・アメリカでは、このように国益の追求が重視され、国益と社益が一体のものとして追求されている。グローバリゼイション(全球化)とは、アメリカの国益・社益の世界規模での追求であり、アメリカを中心とした米英圏の基準を、日本・欧州・アジア等に押し付けるものである。具体的には、ビジネス英語、会計基準、司法制度、建築基準等である。アメリカ企業が活動しやすいように、世界を変えようとする改革を進めている。

 その最も露骨な例が、わが国に対する「年次改革要望書」(註3)である。これはアメリカ政府が日本政府に毎年突きつけてくるものだが、その中にアメリカ企業の社益が集約されている。
 現在、選挙の焦点となっている郵政民営化も、アメリカの政府・財界が強く要望し続けているものである。郵便貯金と簡易保険の総計345兆円の資産を市場に引き出させ、これを獲得することを、アメリカの銀行・保険会社は狙っていると観測されている。
 郵貯も簡保も国民個人の資産だが、総体的には国民全体の資産でもある。個人としては、シティ・グループでもアフラックスでも有利な方が良い。しかし、国民の資産が外国企業に大量に移ることは、国民全体としては損失となる。外国の金融機関は、集めた資金を日本の中小企業を育てるために融資したり、日本の社会資本の充実のために運用するとは限らない。儲からないことはしないだろう。金利の安い日本の国債を売って、金利の高いアメリカの国債を買う可能性が高まり、日本の国債の金利が大幅に上昇し、日本経済が大混乱に陥ることになるかも知れない。
 郵便サービスだけなら工夫の仕方で地方・離村・離島にも便宜を保てるかも知れないが、国際金融市場にさらされる金融部門はそうはいかない。ここに郵政民営化の是非を考えるときの最大のポイントがあると思う。
 ちなみに日本に郵政民営化を求めているアメリカは、郵便事業を民営化していない。公営なのである。(註4

 国益を考えずに各個バラバラに社益、個益を追及している国民は、国益を考えながら社益・個益を追及している国民に敗れる。国家レベルで敗れた国の企業は、国家をバックにした他国の企業に打ち勝つことが出来ない。わが国の国民、個人及び企業は、もっと国益ということを考えねばならない。
 国家と国民は一体であり、国家と企業も一体であることを思うべきである。

 最後に、本稿のはじめに書いたことを確認して結びたい。
 国益とは「国家の利益」であり、「国民の利益」であると書いた。国家とは、政治的・文化的・歴史的な共同体である。国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民である。
 そして、国益にいう利益とは、こうした意味での国民の幸福を実現し、また増大するものである。最低限、生存と安全が保障され、生命的な繁栄また経済的な発展が得られ、さらに国家に所属することによる安心や誇り、個人の自由や名誉、固有の伝統・文化・価値の保守と継承、さらに個人が自己実現のできる環境にあること等が、その利益の内容であり、目標ともなる。
 こうした生命的価値、経済的価値、精神的価値を実現することが、それが国益の追求であると私は考える。そこに、国防、外交、財政、教育等の目標がある。

 国益の追求のためには、国家は自ら意思決定をすることができなくてはならない。そして、国家が確かな意思決定をするためには、国民一人一人が国益を考え、国民全体の幸福を考えて行動しなければならないと思うのである。
 日本人がそうなれるかどうかに、この国の興亡がかかっている。
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(3)
日本を愛するすべての人に、アメリカの「年次改革要望書」を知っていただきたい。関岡英之著『拒否できない日本』(文春新書)は必読に値する。

(4)郵政民営化については、以下の拙論をご参照下さい。

郵政民営化の強行は危険である

 

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■だれのための司法改革かーー裁判員制度の問題点

2005.6.15

 

●司法制度改革も米国の要望

 

アメリカは、徹底的に日本のことを調べている。日本の政治・経済・社会・文化を研究し尽くしたうえで、日本の改造を要求してきている。司法制度の改革もまた、アメリカの要望にそって進められているものだ。以下は、関岡英之氏は名著「拒否できない日本」(文春新書)に負うところが大きい。

 現在行われている司法制度改革には、三つの柱がある。第一は、裁判期間を短縮し裁判を迅速化し、国民が気軽に裁判を起こせるようにすること。第二は、裁判迅速化のために、裁判官や弁護士の人数を大幅に増やすこと。第三は、アメリカの陪審員制度にあたる裁判員制度を導入して、国民が裁判に接する機会をつくり、司法を国民に身近なものにすることである。
 一体、こうした改革は、国民生活の向上につながるものなのだろうか。裁判期間が短くなることは、よいことだろう。今の裁判は、あまりにも時間がかかりすぎる。裁判を迅速化するために、法曹人口を増やすということも理解できる。日本の制度や慣習に変えるべきことがあることは私も理解している。
 しかし、重要なことは、裁判の迅速化と法曹人口の増加は、もともとアメリカが日本に要求してきたことだという事実である。なぜアメリカ人が日本政府にそんなことを要望するのか。彼らの要求は、日本人の幸福のためではない。米国の企業が日本で活動しやすくすること、アメリカ人が日本の政府や企業を訴えやすくすること、米国人弁護士が日本で仕事を獲得しやすくすることにあるのだ。日本の国民に裁判に参加してもらおうという裁判員制度のことは、アメリカはひとことも要求していない。直接利益にならないからだが、ちょっと問題が複雑なので、また改めて書くことにする。

 人口比での弁護士の数は、日本を1とするとドイツは8倍、アメリカは実に26倍である。それだけ訴訟が多いのだろうが、弁護士が多ければ、弁護士間での仕事の取り合いや競争が激しくなる。アメリカでは、熱いコーヒーがこぼれて火傷をしたと、マクドナルドを訴えた人がいた。裁判で、64万ドル(約7,000万円)を勝ち取った。それを真似て、些細な理由で訴訟を起こす人が跡を絶たないという。アメリカ社会は、古きよきアメリカの伝統道徳が崩壊し、多民族化するとともに国民に共通する規範が失なわれ、なんでも裁判に訴えて法廷で決着をつけようという、対立・抗争の社会となっている。「汝の隣人を愛せよ」ではない。「汝の隣人を訴えよ」だ。
 日本がこのままアメリカの求めるままに、司法制度を変えていったなら、アメリカのような訴訟大国にならないとは限らない。訴訟多発の社会では、お金があって優秀な弁護士を雇える人はいいが、弁護士を立てられない人や、裁判を起こす経済的な余裕のない人は、一層、弱者・敗者となっていくことだろう。二極分化が激しく進み、殺伐とした社会となると思う。

 実は、アメリカによる日本の司法制度改革の要求には、もっと大きな目的があると思われる。司法制度を変えることによって、日本の社会そのものを変えることである。日本の社会は、政・官・業が一体となっている。弊害もあるが、日本の強さのもとにもなってきた。アメリカの企業には、こういう仕組みだと自由な活動がしにくい。彼らには、文化の違いというより、「アンフェアー(不正)」なやり方だと映る。だから、日本の社会構造そのものを、アメリカ人から見て、「フェアー(公正)」な状態に変えようとしているのだ。アメリカにとって、都合の良いように変えるということにすぎないのだが。
 関岡氏は、アメリカによる司法改革を、「事前規制・調整型社会から事後監視・救済型社会への転換」であり、「行政優位型の社会から、司法優位型への社会変革」であると表現している。つまり、アメリカ人には理解しがたく、邪魔になる日本社会の文化や慣習を取り除く。そして、政府による規制や調整を取り払って、自由競争・市場万能の原理を徹底し、問題が起こった時には裁判で決着をつけるアメリカ型の社会に変えようとしているのである。

 アメリカは日本の国家破産を見越して、さまざまな要望を突きつけてきていると私には思える。もし国家破産に立ち至れば、日本はIMFの管理下に置かれる可能性が高い。これは、アメリカによる事実上の日本再占領となる。経済面の管理だけならば、政治的な独立や社会・文化の独自性は保ち得るだろう。しかし、アメリカは単に経済的な支配だけでは満足せず、日本をアメリカの属国または一州のような存在に変えてしまおうと狙っているのではないか。その改造の中枢的な部分が司法制度の改革であり、司法を変えることで日本の政治・社会・文化を改造することだと思う。
 このままアメリカによる日本改造に、ただただ無抵抗に従っていたら、日本が日本でなくなるおそれがある。日本人は自己本来の精神を取り戻し、国民の良識をもって、この流れを変えなければならない。

 

●裁判員制度が始まる

 

近年わが国では、アメリカによる日本改造の一環として、司法制度改革が進められている。平成13年から弁護士法が改正されて、法律事務所の法人化、弁護士業務の自由化が行われている。また、平成15年に裁判迅速化法が成立、16年には法科大学院が開校し、裁判員法が成立した。私は法律の専門家ではなく、ただの素人である。しかし、国民生活や国の運命に関わることには、黙していられない。

 司法制度改革には、三つの柱がある。第一は裁判の迅速化、第二は法曹人口の増加、第三が裁判員制度の導入である。裁判の迅速化と法曹人口の増大は、アメリカが要求してきたものである。これに対し、裁判員制度の導入に関しては、アメリカは日本に対してひとことも要求していない。アメリカの司法制度改革の要望に便乗して、日本人が改革の柱として盛り込んだものである。どういう日本人によるかは、別の日に書く。まずは制度そのものについて思うことを記すところから始めたい。

 裁判員制度の導入は、私たち国民の生活に重大な影響をもたらすことになる。平成21年5月までの間にこの制度がスタートすることになっている。この制度は、国民から選ばれた裁判員が、専門の裁判官と一緒に裁判をするという制度である。担当の範囲は、刑事裁判だけで、殺人・傷害致死などの重大事件に限定されている。国民が裁判に参加することによって、一般人の感覚が裁判の内容に反映され、また国民の司法に対する理解と信頼が深まるということが、導入の理由らしい。
 裁判員の選考は、有権者の中から候補者をくじで選び、 裁判所ごとに候補者名簿を作る。事件ごとにその名簿の中から、さらにくじで候補者を選び、選ばれた人には裁判所に出廷するよう呼び出しが来る。呼び出しを受けたにも関わらず、正当な理由なく出頭しないと、罰金(過料)が科せられる場合もあるという。単に仕事の都合とか家庭の事情という理由では、辞退することができない。免除が認められるのは、70歳以上、学生または生徒等のほか、「やむを得ない」事由がある場合のみとされる。それは、重い病気があるとか、介護を要する親族がいるとか、事業に著しい損害が生じるおそれがある等の事由に限られている。

 仮に、平成15年の犯罪数・犯罪種別の統計に基づいて、対象事件を試算すると、年間3,089件になるという。一つの事件について裁判員候補者として50人〜100人が呼ばれるとすれば、1年間で約330人〜660人に1人が裁判員候補者として呼び出しを受けることになる。また国民が一生のうち、裁判員に選ばれる確率は67人に1人になるという。
 実際のところ、ある日突然、自分が裁判員に選ばれて呼び出し状が来たら、ほとんどの人は困惑するのではないか。仕事をもっている人について、その人が裁判員として裁判所に通うことによって、事業に著しい損害が生じるおそれがあるかどうかなど、誰が客観的に判断できるのか。家庭の事情にも、いろいろある。たちいった説明をしなければならないことは、プライバシーの侵害になりはしないか。
 それに、裁判に参加することによって得た「評議の秘密」は、これを漏らしてはならないと定められている。これに違反すると、秘密漏示罪が適用される。懲役刑・罰金刑が科せられる場合もある。殺人や傷害致死など、重大な事件について、自分の知りえたことを、家族にも友人にも言わずに胸にとどめるなどということは、誰にでも出来ることではあるまい。職業として自覚を持つプロの法律家とは違うのだ。どこからが秘密で、どこまでなら言っていいのかも、初めて裁判に関わった人間にわかるものではない。
 裁判員の選考、裁判の過程、その後の保秘義務など考察すると、裁判員制度は、憲法に保証された国民の権利を侵害するところが、いろいろあると思う。例えば、第18条「犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」(奴隷的拘束及び苦役からの自由)、第19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(思想及び良心の自由)、第22条「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」(職業選択の自由)等である。

 次に裁判官の側について考えると、司法試験に合格し専門家としての訓練を受けた裁判官と、法律や裁判というものになじみのない素人の裁判員とが、同じ一票の資格で、有罪・無罪や量刑まで多数決で決める。裁判官はこの表決に拘束される。有罪だと決まれば、自分は無罪だと信じていても、量刑を決めなければならない。これは、憲法第76条3項の「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」という規定と矛盾するという意見がある。第82条2項には「裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる」となっているが、このままでは裁判員制度と矛盾するのではないか。

 要するに、私は、裁判員に選ばれる国民の側に関しても、裁判官の側に関しても、裁判員制度は違憲の疑いがあると思う。また、国民生活に大きな影響をもたらす。これほど重要な制度を決めるなら、まず憲法を改正すべきだろう。憲法にこの制度の骨子を規定し、憲法の他の条項の定めとの関係を明確にし、そのうえで具体的な内容を法律で決めるべきではないかと思うのである。もちろん私は、このような制度を許すための憲法改正であれば、国民投票で否認するつもりだが。

 

●だれが裁判員制度を推進したか

 

現在進められている司法制度改革には、裁判の迅速化、法曹人口の増加、裁判員制度の導入という三つの柱がある。裁判の迅速化と法曹人口の増大は、アメリカの要望に応じたものだ。司法制度改革は、アメリカによる日本改造の一環なのである。しかし、裁判員制度の導入については、アメリカは一言も要望していない。アメリカの圧力に便乗して裁判員制度の実現を推進したのは、日本の左翼や人権派だと思われる。

 わが国で近年、制定された法律や、次々に上程される法案には、一部の学者や特定の団体の意思が強く反映したものがある。男女共同参画社会基本法や夫婦別姓法案、外国人参政権付与法案、人権擁護法案などである。ジェンダーフリーだの人権委員会だのと、全く驚くようなものが、次々に出てきている。決まる前に国民の知るところになったものは、反対論・慎重論も出せる。しかし、裁判員制度は、ほとんどの人にとって、知らないうちに決まっていたのではないか。
 裁判員に選定された人は、大きな負担を負うことになる。担当する裁判は、どれくらいの期間を要し、何日くらいの日数を要するのか。当局の説明によると、重要な裁判だから毎日開廷して数日で終えるという。私には理解しがたい。刑事訴訟の重大事件を、そんな短期間で判決できるはずがない。今まで何年もかかっていたものに、3日や5日で判決を出すなどありえないではないか。

 刑事訴訟とは、そもそも国家の刑罰権実現のための制度・手続である。犯罪の嫌疑者に対して検察官が有罪の判決を裁判所に求め、裁判所が検察官と被告人を当事者として審理・裁判を行うものである。素人にとっては、訴訟資料を読んで法律的な文章特有の表現を理解するだけでも大変である。口頭弁論を聴いて被告人が真実を語っているかどうかを見抜き、証拠として提出された物証の適否を判断すること等、困難なことだらけだと思う。お試し体験コースとは違うのである。人の命や人生がかかっている。安直なスピード判決は、誤審や冤罪を招く。被害者にとっても加害者にとっても、国民としての権利を著しく軽く扱うことになると思う。

 陪審制はイギリスで発達した。わが国では、戦前、昭和3年から17年にかけて、刑事の審理陪審制が採用された。評決は多数決だった。
陪審員は事実の認定のみを行い、裁判長の説示に対しては異議を申立てることはできなかった。しかし、戦時体制下でこの制度は停止され、戦後はまったく行われてこなかった。最近まで最高裁判所は、陪審制は事実認定についても裁判官の独立が損なわれるので、違憲の疑いがあるとの見解を示していた。このたびの裁判員制度は、参審制であり、量刑まで決めるという、戦前の陪審制よりずっと重い責任をものである。

 

本年(平成17年)4月16日に内閣府が発表した世論調査の結果によると、裁判員制度について7割が「参加したくない」と回答した。これを「7割ショック」という。法務省だけでなく、最高裁や日弁連でも、これほど消極的な回答が多いことに、ショックを受けているらしい。
 参加したくない理由は、複数回答式で、46.5%が「有罪・無罪の判断が難しそう」。46.4%が「人を裁きたくない」、23.9%が「制度の仕組みをよく知らない」、23.7%が「裁判や事件にかかわりたくない」、23.6%が「逆恨みが心配」だと伝えられる。
 裁判員制度は、司法改革の柱の一つである。それが国民からそっぽを向かれたのでは、制度そのものが成り立たないばかりか、司法改革が根幹から揺らぐことになりかねない。

裁判とは「人が人を裁く」ものである。日本人の多くは、他人を裁いたり、重い刑は科したりしたくないだろう。「罪を憎んで、人を憎まず」の国民性である。素人の判断では、有罪であるべきものが無罪になったり、または量刑を軽くして甘くしまうということが起こりうる。裁判員が担当するのは重大犯罪だけというが、殺人の容疑者には政治犯や思想犯もいるわけで、過激派やテロリストの活動を助長するおそれもあると思う。

 一体、だれが裁判員制度を決めたのか。国会議員である。所轄官庁は法務省であり、法務官僚が法案を作成した。アメリカによる日本改造の要望に従うという態度と、外国人に参政権を与えようという態度には、共通点がある。それは、日本の国益や国民の利益よりも、他国への配慮や外国人の便宜を優先して考える態度である。
 政治の基本は、民利国益を根本において政治を行うことである。政治家・官僚の相当の部分の人たちが、こういう基本の基本が、わからなくなっているのだと思う。その原因は、私利や党利・省利の追求に明け暮れているうちに、欲ボケしてきていることにあるのではないか。欲にとらわれていると、人は判断を誤る。それとともに、今の日本には、本当に責任をもって公務を行うという人が少ない。極端にいうと、だれも責任をとらない。それで通ってしまう世の中だと、肝心なところで、踏ん張りが利かない。相手の言いなりになってしまう。
 こうして日本人がスキだらけになっているところに、外国及び外国人の意思がどんどん侵入している気がする。日本人が自分の魂を取り戻し、いま正気に返らねば危ういと、私は思う。

 

裁判員制度の実現においては、さらに大きな問題は、実質的に実現を推進したのは誰か、その目的は何かということにある。
 推進団体の一つに、日本弁護士連合会がある。日弁連は、「市民による市民のための司法改革を」というスローガンのもと、市民団体と連携して司法制度改革論議を推進した。なかでも裁判員制度の創設を運動の目玉としていた。「市民による」というところの「市民」という言葉が曲者である。左翼の常用語だからである。「市民」という概念には、国家権力から「市民」の権利を闘い取ろうという階級闘争的な思想が含まれている。日本国憲法には、「市民」という言葉は存在しない。規定されているのは、「国民」である。都民・道民・県民や市民・町民・村民のすべてを含んだ概念が「国民」である。日弁連は、「市民による市民のための司法改革」を掲げて裁判員制度創設を推進したわけだが、弁護士の中には、左翼的な傾向の強い青年法律家協会の出身者や、社会民主主義や新左翼の思想に同調する人が少なくない。
 弁護士会と連携した「市民団体」の中には、左翼団体や人権団体がある。かつてGHQが占領下で日本改造を強行したとき時、左翼的な学者がこれに便乗した。それと同様に、今回はアメリカによる司法制度改革への圧力に、左翼や人権派が便乗したものと見られる。彼らの活動は、司法における国家権力を弱め、「市民」の名の下で政治闘争・権力闘争を進めるものではないかと私には思われる。
 国民の多くは、裁判員になることを、出来れば避けたいだろう。回避できる事例が増えると、裁判員を進んで担う人は、左翼系の団体や特殊な思想の市民団体をバックに持つ人などに偏ることになるのではないかと、私は予想している。
 評決は多数決である。定員の過半数を占めるまでもなく、一人二人、声の大きい人を送り込めれば、他の裁判員の意見に影響を与えられる。これまでは検察と闘うのは弁護側だけでしたが、今度は裁判所の中に、同じ考えの人間を送り込めるのである。こういう目的を持っている人にとっては、この制度は無謀どころか、活動の拡大を国家が保障するものとなるわけである。

しかし、アメリカの方はもっとしたたかである。自らの要望を実現するためには、日本の左翼・人権派の意思を容認したのだろう。裁判員が刑事事件の一部を扱うだけなら、アメリカにはマイナスはない。もし裁判員が日米の企業間・国家間の利害を争う裁判まで担当するのなら、外資には不利になる。外資に反発する国民感情が判断に入ってくるだろうからである。

裁判員制度を推進した左翼や人権派は、自分たちの背後から、アメリカがそっくり日本を管理しようとしていることには、気づいていないのだろう。もし気づいたなら、日本人として国家について、また国益について、真剣に考えざるを得なくなるだろう。ページの頭へ

 

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■凶悪犯罪増加における在日及び帰化人の犯行

2005.7.16

 

近年、わが国では凶悪犯罪が増えている。私は、とりわけ戦後50年を迎えた平成7年以降、そうした事件が顕著に増加していると思う。

 平成7年3月、オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした。乗客や駅員ら12人が死亡、5510人が重軽傷を負った。大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与えた。事件に関与した者に医師がいた。また幹部が刺殺される事件が起こるなど、不可解なことが続いた。

 その約2年後、平成9年6月、神戸市で小学生連続殺傷事件が起きた。中学校の校門前に小学生男児の生首が置かれていたというニュースは、全国に戦慄を走らせた。「酒鬼薔薇聖斗」と名乗る犯人は、14歳の中学生男子だった。それ以後、連鎖反応のように、10代による凶悪犯罪が頻発している。

 翌年の夏、平成10年7月に、和歌山で毒入りカレー事件が起こった。地域の夏祭りで食べるカレーに、猛毒の砒素が混入されていた。4人が死亡し、63人が急性ヒ素中毒となった。容疑者の林真須美のふてぶてしい態度に視聴者は驚き、地域社会の人を信用できないという風潮が生まれた。

 平成13年2月、神奈川県でイギリス女性強姦殺人事件が起こった。犯人の織原城二は、イギリス女性ルーシー・ブラックマンさんを薬物入りの飲み物を飲ませて暴行し、薬物中毒で死亡させ、その後遺体を切断、死体を遺棄した。事件以外に200人もの女性にも性的暴行を加えた疑いがある。

 同じ年の6月、大阪の池田市にある大阪教育大付属池田小学校に男が乱入し、児童8人が殺害され、15人が重軽傷を負った。犯人の宅間守には、いたいけな子供の命を奪いながら、まったく反省・改悛が見られない。極端に独善的で自分の非を認めず、他者を攻撃する破綻した人格が、明らかになった。

 

 多くの人は、連続する凶悪事件に衝撃を受け、わが国の道徳の低下、社会の荒廃を憂い、家族や教育や地域の建て直しを願っていることだろう。確かに、日本人の家庭や社会は、精神的に悪化している。上記の事件は、こうした傾向の象徴とも思える。

 ところが、ここに一つ見逃せない事実がある。上記の事件の首謀者や犯人には、共有点があることである。それは、在日韓国人・朝鮮人やコリア系の帰化人だということである。

 

 オウム真理教の教祖・麻原彰晃は、父親が朝鮮籍で、在日2世の帰化人といわれる。異常なほど日本を嫌い、日本の転覆までたくらんだのは、こうした出自と無縁ではあるまい。医師の林泰男も朝鮮人の父親を持つ在日2世だった。麻原自身が何度も北朝鮮に行っており、サリンの入手や武器の製造準備、プルトニウムの密輸等、オウム事件には、北朝鮮が関与していたことを思わせる事実がいくつも確認されている。韓国の宗教団体である統一教会や、創価学会の影もちらついている。

 重要事実を知っていた科学技術省のトップ、村井秀夫は刺殺された。実行犯の徐裕行は、在日韓国人で、北朝鮮の主体思想を学んでいた。オウムには、北朝鮮の工作員が入会・関与してしていたとも伝えられたが、足跡は闇に消えている。 

 オウムの目的は、単なる無差別大量殺人ではなかった。国会の開会日に天皇陛下がご臨席される際、ヘリコプターで国会周辺にサリンをまき、天皇及び日本の国家指導者を一挙に殺戮することを計画していたようだ。計画が実行されれば、中枢を失った日本に、第3国が新潟・北陸海岸から侵攻していたかもしれない。

 一連のオウム裁判では、こうした疑惑は、一切明らかにされていない。

 

 神戸市小学生連続殺傷事件の犯人は、東慎一郎(現姓・西田)という情報が流れているが、帰化した元在日朝鮮人といわれる。犯人の書いた「透明な存在」という言葉が関心を集めた。時代を象徴する言葉のように意味が一般化されて、日本の少年または現代日本人のアイデンティティの問題として、しばしば論じられた。しかし、犯人は自分には帰属する国がないことを暗示しており、コリア系帰化人に特有の心理状況と理解することも可能である。

 毒入りカレー事件の林真須美容疑者も、元在日の帰化人といわれる。保険金目当て等がいわれるが、近所の人を多数毒殺することには結びつかない。彼女の出自を考えると、地域共同体に自然な帰属感が持てず、拒否・反発の意識が、無差別毒殺へとエスカレートしたとも考えられる。

 イギリス女性強姦殺人事件の犯人・織原城二については、週刊誌が、大阪生まれの在日韓国人で、大学在学中に日本に帰化したこと、家族は本人以外全員朝鮮籍であることを明らかにした。英文週刊誌「タイム」のアジア版もこのことを報じた。

 大阪池田小学校児童殺傷事件の犯人・宅間守は、両親が密入国した朝鮮人で朝鮮人部落出身であり、創価学会員だといわれる。前科は11犯とも13犯ともいわれ、婦女暴行や暴力事件を重ね、何度も結婚・離婚を繰り返した。織原や宅間の人格形成について、家庭環境が指摘されるが、彼らの民族的社会的な環境も併せ考えるべきだろう。

 

 時代を象徴するような事件だけをあげたが、ここの10年ほどの間に、他にも埼玉愛犬家連続殺人事件、月ヶ瀬村殺人事件、世田谷一家惨殺事件、大阪等での強姦魔事件、「聖神中央教会牧師」少女暴行事件等、在日韓国人・朝鮮人、その帰化人によるとされる悪質な事件は、多数にのぼる。

 もちろん日本人にも善良な人間もいれば、悪辣な人間もいる。どの民族でも国民でもそうだろう。上記の事件についても、オウム真理教事件を除くと、日本人による類似の事件は存在する。いまやわが国では、親子・夫婦・兄弟の間の殺人や、10代の少年による凶悪犯罪等が続出している。事態の深刻さは、年々増している。

 大多数の国民は、それが日本人による犯罪だと思っている。しかし、その中に、在日韓国・朝鮮人とその帰化人が関わったとされる事件が少なくない。在日韓国・朝鮮人とその帰化人による犯罪である場合、報道は通名で行なわれることが多く、一部の週刊誌を除けば、大新聞やテレビでは一種のタブーとされている。特に影響力の大きいテレビの場合、ニュースのレポーターも解説をする評論家や弁護士も、犯人が在日や帰化人であることにほとんど触れない。そのことが、わが国の社会の実態を見えにくくしている。

 私は通名のみの報道を改め、本名を併記すべきと考える。またその犯罪が在日または帰化人としての出自がその人間の人格形成とかかわっていると見られる場合は、その点も報道すべきと思う。麻原彰晃、林泰男、東慎一郎(現姓・西田)、林真須美、織原城二、宅間守等の犯罪がその民族的な出自とまったく無関係とは思えない。

 

 在日コリアン及びコリア系帰化人が、パチンコ、サラ金、風俗、AV業界、暴力団等に相当数従事していることも、知られている。サラ金業者やパチンコ業者が長者番付の上位に名を連ねている。北朝鮮製の麻薬が、暴力団を通じて日本に密輸されているといわれる。いまでは田舎の中学生が学校で販売する事件まで起こっているほど、北からの麻薬は、深くわが国に蔓延している。また、麻薬の製造・密輸は、日本を弱体化して支配しようという対日工作の一環でもある。

 日本人は、性や遊興や金銭など人間の欲望の内奥にまで入り込まれて、精神を蝕まれ、また資金源にもされているという現実にきづかないと、日本の再生は出来ない。

なお、私は在日や帰化人の友人・知人がいるが、彼らの多くは日本国民としての自覚を持ち、公共の利益のために、行動する善良な人間である。在日や帰化人だというだけで、反日的・反社会的と見るのは偏見である。そこは、しっかり分けて考えるべきだと思う。ページの頭へ

 

 

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■民主党とはいかなる政党か

2007.7.27

 

戦後長く55年体制において自民党に対峙していた社会党は、ソ連圏の崩壊と共に解体した。その後、保守・中道・左翼が集合離散を繰り返した結果、民主党が結成され、今日に至っている。今回(平成19年、2007年)の参議院選挙では、民主党が躍進し、野党が参議院の過半数を取る可能性が高いと見られている。郵政選挙と呼ばれた9・11衆議院選挙では、事前の予想に反して敗れた民主党だが、参議院で伸びれば、次の衆議院選挙は、政権が射程に入っている。

 では一体、民主党とは、どういう政党か。日本の舵取りを任せられる政党なのか。

 民主党には、自民党出身の保守系政治家がいて、自民党に対抗する二大政党のようなイメージを与えている。このイメージで見ると、民主党は、旧民社党や旧社会党右派を保守の方に引き込んで、中道・左翼の全体を保守化させたところに成立した政党と考えられる。自民党を厳しく批判する若手の保守系政治家は、アンチ自民で戦うために民主党から出馬する。無所属では選挙に勝てないとなると、民主党しかないのだろう。そうした若い保守系の政治家の存在も、民主党の二大政党的なイメージをかもし出している。
 しかし、実態は、代表・副代表等の上層部に保守系の有名政治家がいるものの、下層部は主に労働組合を支持母体としているのが、民主党である。表面はアンチ自民党の保守・リベラル、中身は旧民社党・旧社会党系を主とした民主社会主義・社会民主主義である。
 ちなみに、比例代表の当選者を見ると、ほとんどが労働組合の組織票による。電力総連・電機連合・情報労連・JR総連・UIゼンセン同盟・自動車総連・自治労・JAM(機械・金属労組)等。
 とりわけ、日教組と部落解放同盟が支持団体に入っていることが重要だと私は思う。そのため、民主党は日教組と部落解放同盟の思想・運動を受け入れ、日教組の反日自虐教育・ジェンダーフリー教育・過激な性教育を容認し、部落解放同盟が目指す人権擁護法の成立を図る政党なのである。

 政党は、政治家個々の人気だけでは、選挙に勝てない。勝敗は、組織票をどれだけ確保しているかにかかっている。民主党は労働組合・左翼団体の組織票にのっかっている。
 この点から見ると、民主党とは、いわゆる冷戦の終焉と我が国の55年体制の崩壊後に、旧社会党が生き延びるために民社党・自民党の一部を取り込み、アンチ自民の一点で糾合し、保守の装いのもとに労働運動・左翼運動を行っている政党である。
 当然、その歴史観、国家観、人権論は、労働組合・左翼団体のものと近くなる。個々の党員によって個人的な考えの違いはあろうが、全体としては、「誇りある歴史教育」や首相の靖国参拝に反対、外国人参政権や人権擁護法案に賛成ということになる。それは、上記のような構造によっていると思う。
 それゆえ、私は民主党は、日本の舵取りを任せられる政党ではないと思う。民主党政権は、国家溶解・日本沈没の執行人となると思う。

●民主党は、日本の政党としての一線を超えた

 民主党は、今回の参議院選挙で、一線を超えた。それは、わずか1年7ヶ月前に帰化したばかりの元在日コリアンを比例区の候補に立てたことである。その候補は、金政玉氏。キム・ジョン・オクというコリアン・ネームで、日本の国政選挙に出ている。見逃せないのは、キム氏は、在日本大韓民国民団(民団)の職員だということである。
 民団は、在日韓国人の権利のために活動しているだけでなく、彼らの祖国・韓国の国益のために活動している団体である。その職員が日本に帰化し、国政に参画すれば、日本の国益よりも韓国の国益、日本国民の権利よりも在日韓国人の権利のために行動するだろう。
 民主党は、こういう人物を比例区の候補者に立てている。私は、民主党は一線を超えたと断定する。一線を超えたとは、日本の主権や国益を守るという日本の政党として守るべき絶対線を超え出たということである。日本の政党でありながら、日本の主権や国益を守り、日本国民全体の利益を追求するよりも、周辺諸国や周辺諸国民の利益のために行動するような政党に変貌しつつあるということである。
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関連掲示

  拙稿「友愛を捨てて、日本に返れ〜鳩山政治哲学の矛盾・偽善・破綻

 第4章「友愛から調和の理念へ」に民主党の歴史・本質を記述

 

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■元総理大臣・安倍晋三代議士との懇談

2012.4.12

 

昨4月11日(平成24年)は、友人のるるーさんのお誘いで、元総理大臣・安倍晋三代議士との懇話に参加させていただいた。場所は衆議院第1議員会館。友人のフジヤンさんを始め他に参加した10名ほどの方々も、多士済々の面々とお見受けした。

 

安倍晋三

 懇話は、窓から国会議事堂と東京スカイツリーが見える部屋で行われた。切り出しを頼まれたので、私は持参した自民党の衆院選政権公約原案をもとに、憲法改正に関することを質問し、安倍氏の見解を聴くことができた。元首、自衛軍、集団的自衛権等、自民党内では相当詰めた議論がされているようだ。
 他に参加者から教科書問題、スーパーコンピュータやネット関連の国家予算措置、メタンハイドレートの試掘場所、アメリカとのシェ―ルガス交渉、拉致問題、ハヤブサ成功を受けた宇宙開発等、幅広い質問や要望が出された。安倍氏はどの質問や要望にも即座に明快に答え、間然する所がなかった。

 懇話後、12階の事務所に案内された。安倍氏より、小林よしのり氏との対談が載った書籍『希望の国・日本』を頂いた。安倍氏は、執務室で一人一人にサインをしてくれた。そこに安倍夫人が入室。愛知県岡崎から来たという女子中学生を招き入れ、窓下に首相官邸が見える、と説明していた。夫妻ともに、きめ細やかな気配りをし、人を大切にする人柄であることが自ずと伝わってくる一場面だった。

 指導者には、人を指導し、集団を統率する能力がなければならない。指導力を生み出す要素は、知力、体力、胆力、そして仁愛である。安倍氏は体力に弱点を抱えていたが、現在健康状態は良好なようで、意欲に満ち、活力に溢れている。私は、懇話での安倍氏の話を聴き、それまで演説や著書から私が受けていた印象以上に、安倍氏は物の見方が根本的かつ長期的、発想が戦略的かつ現実的であり、また類まれな記憶力と明確な判断力を持つ人物だと思った。あと必要なのは、次代を拓く若いブレーンではないか。
 保守を自認する人々の間では、安倍氏にもう一度首相をやってもらいたいと待望する人が多い。私もその一人である。わが国は、かつてない国難にある。この国難を突破すべく、安倍氏にはぜひその天性の能力を、日本のために再度発揮してほしいと思う。
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■追記

2012.12.18

 

上記の懇談後の平成24年(2012)9月26日自民党総裁選が行われた。安倍晋三氏は事前の予想では当選は無理と見られていた。ところが直前になって、安倍氏有利の流れができ、安倍氏が総裁に選出された。

安倍氏は、自民党総裁となるや方針を鮮明に打ち出した。野田前首相は24年11月14日の党首討論で自民党・安倍総裁に対し、条件付きで「16日に解散する」と言明した。同日解散総選挙が決定した。民主党の党内で反発が強くあり、次期選挙を見越して離党者が続出した。12月16日の衆議院総選挙は、日本の将来を決する重大な選挙だった。

衆院選は、自民党が294議席で圧勝した。民主党は57議席と惨敗した。自民党は単独で絶対安定多数を超え、自公で325議席を獲得した。そして安倍内閣が誕生した。
 「日本を取り戻す」と訴えた安倍晋三氏が、再び総理大臣となって日本を率いることになった。日本再建のかじ取りは、安倍氏を中心とする政権に委ねられた。これからの安倍政権の取り組みが、日本再建の本格的推進へとつながることを、国民の多くが強く期待するところであり、海外からも大きな注目を集めている。

 

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■参議院議員・山本太郎氏の黒い背後関係

2013.8.6

 

●参議院議員・山本太郎氏の背後にあるもの

 

参議院選挙で、リベラル、左翼、市民派の系統の政党の多くは、惨敗した。民主党は、結党以来最低の17議席という大惨敗だった。小沢一郎氏率いる生活の党は選挙区、比例代表とも議席を得られなかった。社民党は結党以来最低となる比例代表の1議席にとどまり、福島瑞穂氏は党首辞任を表明した。みどりの風は、改選の参院4議席全てを失った。落選した谷岡郁子氏は代表の辞任とともに政界からの引退を表明した。こうしたなか、「原発ゼロ」を唱えた無所属候補・山本太郎氏が東京選挙区で当選したのは、目を引く出来事だった。山本氏は、俳優で知名度は高いが、支持基盤はなく、当選の可能性は低いと見られていた。しかし、66万票以上を獲得し、4位で当選した。

山本氏が、内ゲバ殺人事件で知られる中核派の応援を受けていることは、ネット上では知られていた。中核派は機関紙「前進」で山本氏への支援を呼びかけ、選挙運動員を出して活動した。山本氏は、左翼過激派が擁立する市民運動家として注目された。山本氏は中核派の支援に対して「拒否しない」と述べたが、中核派が一方的に山本氏を支援したのではない。山本氏は中核派の反原発組織「NAZEN」の呼びかけ人に名を連ねているからである。「NANZEN」の事務局長は、中核派全学連の前委員長・織田陽介氏である。山本氏と中核派の関係には、浅からぬものがある。

だが、知名度と脱原発と中核派だけで、国政選挙で当選することは、不可能である。選挙に勝つには、さらに強力な支援者が必要である。実は、山本氏には、市民運動の選挙のプロ、「市民の党」の斎藤まさし(本名・酒井剛 さかい・たける)代表がついていた。酒井氏は山本陣営の裏選対の最高責任者だった、と「週刊文春」は8月1日号に書いた。酒井氏が街頭でマイクを握り、山本氏の選挙演説の前座をやっている映像が、ネットに掲載されている。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm21394732

「週刊文春web」は、次のように掲載した。

 

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山本太郎氏の選挙参謀と菅直人元首相の“深い仲”

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/2948

 2013.07.23 18:00

 

参院選に東京選挙区から無所属で立候補し、4位当選を果たした山本太郎氏(38)の選挙を取り仕切っていた人物が、市民の党の斎藤まさし(本名・酒井剛)代表だったことがわかった。

斎藤氏は「市民派選挙の神様」とも呼ばれる選挙プロ。斎藤氏は菅直人元首相と以前から親交があり、1980年の衆院選では菅氏を斎藤氏が応援している。この時、菅氏は4度目の国政挑戦で初当選を果たした。

斎藤氏が代表を務める市民の党は、よど号ハイジャック犯の息子と関係が深く、その派生団体は2年前に菅元首相の資金管理団体から2009年までの3年間で合計6250万円の献金を受け取っていたことが、国会で問題となったことがある。

今回の参院選では、斎藤氏は山本陣営のボランティアを統括し、裏選対の最高責任者として選挙を取り仕切ったという。

山本陣営の関係者によれば、都内に14000カ所以上ある掲示板に選挙ポスターを貼る作業を斎藤代表が指揮。公示の日に朝から1000人以上のボランティアをバスやレンタカーに分乗させて他のどの陣営よりも早く山本氏のポスターを貼り終えた。

斎藤氏は「菅さんとは消費税の増税をめぐって喧嘩別れして以来、口もきいていませんから、僕が菅さんの意を汲んで動くことはあり得ない」としている。

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この記事が書いた斎藤まさしこと酒井剛氏については、菅直人元首相との関係や菅氏の政治献金問題を、以前拙稿に書いた。その酒井氏が山本太郎氏の選挙を仕切っていたという。酒井氏は、北朝鮮と深い関係がある。一方、山本氏は、たかじんのテレビ番組で「竹島は韓国にあげてしまえ!」と発言したことが問題になったことがあり、極めて韓国寄りの考えを持っている。私が以前見た戦後大阪の在日朝鮮人を主人公にした映画「夜を賭けて」で、主役をやっていた。Wikipediaに2年ほど前には「兵庫県宝塚市出身。在日韓国人として宝塚市で生まれた。」と書いてあったという情報がある。

山本氏には、今回の選挙で事前選挙運動を行うなど、公職選挙法違反の疑いが出ている。だがもし本人が罪に問われることがなければ、これから6年間日本の国会議員として活動し、韓国・北朝鮮とも議員外交を行うだろうから、背後関係を押さえておく必要がある。

本稿は、参議院議員・山本太郎氏の背後関係について、過去の拙稿をもとに菅直人氏、酒井剛氏を中心に書くものである。

 

●菅元首相の政治献金問題

 

平成8年(1996)9月28日、鳩山由紀夫氏が旧民主党を旗揚げしたとき、菅直人氏もこれに参加した。菅氏は党の初代代表となった。菅氏は、市民運動上がりの政治家だが、菅氏は酒井剛氏の協力を得たことで、国政選挙に出て4回目にして初当選を果たした。菅氏は酒井氏とその後、ずっと付き合いを続けている。民主党結党の時点で、菅氏と酒井氏との付き合いは約15年になっていた。

菅氏は酒井氏を通じて、北朝鮮・よど号犯・新左翼系グループとつながりを持っている。このルートが民主党に北朝鮮の勢力が入り込む経路の一つとなっている。菅氏の資金管理団体は、平成19年から21年までの3年間に、酒井氏が代表を務める「市民の党」という地域政党に、多額の献金をしていたことが、国会で追及された。

菅氏をはじめとする民主党議員等は、「市民の党」ないしその派生団体に、巨額の献金をしていた。菅氏の資金管理団体「草志会」は、「市民の党」から派生した政治団体「政権交代をめざす市民の会」(以下、めざす会)に、平成19〜21年(2007〜2009)にかけて、計6250万円の政治献金をしていた。

「めざす会」は、酒井氏の呼びかけで、平成18年民主党衆院議員候補を選挙支援するため結成された。代表の奈良握(にぎる)氏は「市民の党」出身で、同党に毎年約150万円を個人献金したなど密接な関係を持っている。奈良氏は神奈川県厚木市議を7期務めている。

菅氏の資金管理団体「草志会」は、この「めざす会」に、平成19年には、5千万円をも多額の資金を提供した。この年、民主党から「草志会」に、計1億2300万円の献金があった。菅氏は当時、党の代表代行だった。菅氏は、献金について「自分が判断した」と言っている。民主党側からの献金で最も多い額だった。菅氏がいればこそ、民主党側から「市民の党」等に、巨額の献金がされたのである。

菅氏と「市民の党」側とのつながりは、菅氏だけものではない。「めざす会」には、鳩山元首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」も1千万円を献金していた。「市民の党」、及び「めざす会」を含む関係2団体に対して、平成20年(2008)当時菅氏が会長を務めていた民主党東京都連も献金していた。民主党の国会議員や地方議員による個人献金を含めると、民主党側からの献金は総額約2億500万円にも上る。

「市民の党」及びその派生団体への献金は、民主党の党ぐるみによる支援と見られる。献金は、民主党からの直接献金を隠すための迂回献金だった疑いが強い。民主党は、公党として、政党交付金を受ける。国民の税金がもとになっている政党交付金が、巨額献金の原資になっていた。民主党は国民の税金を怪しげな政治団体に回していたである。

この問題は、単なる政治献金の問題ではない。「市民の党」等の背後には、北朝鮮が存在するからである。この問題が国会で追及された時、当時の野田首相は、党の代表としてこの問題を明らかにし、民主党のあり方を正す意思がまったく見えなかった。むしろこの問題を国民から隠すために、菅氏が首相を辞任し、民主党の代表が替わったようにも見えた。

 

●「市民の党」と北朝鮮の深い関係

 

「市民の党」は、北朝鮮との関係が深い。同党には、日本人拉致事件容疑者の長男で、平成23年4月東京都三鷹市議選に立候補した森大志氏が所属している。

森氏の父親は、よど号ハイジャック事件のリーダー、故田宮高麿である。この事件は、昭和45年(1970)、赤軍派が日航機を乗っ取り、「日本革命」のために北朝鮮へ渡った事件である。田宮は平成7年(1995)11月30日に北朝鮮で死亡したとされる。森氏の母親は、昭和55年(1980)に石岡亨氏と松木薫氏を欧州から北朝鮮に拉致したとして、結婚目的誘拐容疑で国際手配されている森順子容疑者である。彼ら北朝鮮に奉仕する極左カップルの長男が森大志氏であり、森氏を選挙に擁立したのが、「市民の党」である。

この「市民の党」の代表が、山本太郎氏の選挙参謀をした酒井剛氏である。酒井氏は、2年前産経新聞の取材を受け、「10年ほど前に北朝鮮に行き、よど号の人間たちと会った」「その中には長男(註 森氏)の姉もいた。そうした縁もあり、長男が(日本に)帰国してからつながりがあった」と市議選擁立の背景を語っている。

森大志氏は、北朝鮮生まれで、金正日専制体制のもと、「日本革命」の戦士として育てられた。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長の西岡力氏は、平成23年(2011)7月20日の産経新聞に書いた記事の中で、森氏は、今も「金日成主義による日本革命を目指す北朝鮮の工作員」との見方があり、選挙に担いだ「市民の党」も、「北朝鮮の対日政治工作を担う政治勢力ではないかという疑いがある」と述べている。その「市民の党」の代表である酒井氏が、今回の参議院選挙では、山本太郎氏の選挙を取り仕切った。山本氏は、極左カップルの子として北朝鮮で生まれ、「日本革命」の戦士として育てられた森大志氏のように、酒井氏が推すべき理由を持っているのだろう。

山本氏を支援した酒井氏率いる「市民の党」の機関紙には、以前田宮高麿やポル・ポト派元幹部が寄稿していた。菅直人氏はその機関紙に約30年前から投稿したり、インタビューに応じたりしてきた。酒井氏は、菅氏について、「国会議員になる前から知っている。田英夫(でん・ひでお)さんからの紹介だ。30年ぐらい前、菅氏が4度目でやっと初当選した選挙も応援していた。ずっとケンカしながら一緒にやってきている」と述べている。

菅氏は、市民運動から国政を目指したが、3回選挙に落ち、4回目で初当選した。菅氏は、故田英夫から酒井氏を紹介され、選挙に協力してもらって、当選できた。以後、30年に及ぶ付き合いだということだろう。菅氏もまた酒井氏が推すべき理由を持っていたのだろう。菅直人ー森大志ー山本太郎の三人には、共通項があるはずである。その共通項が、参議院議員・山本太郎氏の黒い背後関係の核心部分に存在するものだろう。

 

●田英夫と酒井剛氏の関係

 

田英夫(でん・ひでお)は、社会党・社民連系の参議院議員だった。ジャーナリストでニュースキャスターの草分けだった。田は、昭和43年(1968)、韓国の朴大統領暗殺未遂銃撃事件が起こったとき、韓国による「ヤラセ」だと言った。実際は、北の工作員である在日朝鮮人・文世光による犯行だった。大統領夫人は銃撃を受けて死亡した。これを「ヤラセ」と言い切った田は、北朝鮮のシンパ、あるいはそれ以上の存在だったことは間違いない。

田英夫は国会議員でありながら、「MPD・平和と民主運動」という政治団体の中心人物でもあった。彼とともに活動し、その活動を継承しているのが、酒井氏である。酒井氏は、一時田の娘婿だった。

「MPD・平和と民主運動」は、平成8年(1996)に「市民の党」に改称した。この年、鳩山由紀夫氏、菅直人氏らが民主党を結成した。菅氏はその初代代表になった。菅氏と酒井氏の関係は、その後も、ずっと続いている。

「市民の党」は、「MPD・平和と民主運動」の時代から、東京都千代田区平河町1−3−6龍伸ビルに所在する。「市民の党」が入っている龍伸ビルの窓には、故人だというのに「田英夫事務所」というポスターが貼ってある。

龍伸ビルの建物の一部の権利は、具本憲という人物が所有している。在日朝鮮人の実業家であり、在日本朝鮮青年商工会中央常任幹事を務めた人物である。具本憲氏の父・具次龍は、「朝銀の陰の理事長」「北朝鮮への送金王」として知られた在日朝鮮人の大物だった。

このことは、「市民の党」が北朝鮮と強いつながりがあることを示す。こうした政党に、菅氏をはじめとして民主党側は巨額の献金をしていたのである。それゆえ、民主党側からの献金は、政治団体を窓口とした北朝鮮への支援だったのではないかと疑われる。北朝鮮による対日工作活動への資金援助となっていた可能性がある。その手引きをしていたのが、菅直人氏だとすれば、わが国は、とんでもない政治家を首相にまでしていたものである。

 

●酒井剛氏の巧妙かつ悪質な手法

 

「市民の党」の代表である酒井剛氏は、斉藤まさしという名前も使っている。上智大学の学生時代には、ML派(毛沢東主義)だった。その後、日本学生戦線・立志社・「MPD・平和と民主運動」等を経て、市民派の選挙運動を行ってきた。堂本暁子氏(元千葉県知事)や田嶋陽子氏(法政大学教授)の選挙参謀として名を馳せ、「市民派選挙の神様」といわれる。平成16年の季刊誌「理戦」の対談記事で、酒井氏はこう語っている。「僕は、革命のために選挙をやっている」「目的は革命なんだから、最終的には中央権力を変えなければならない。だけど革命派が強い拠点地域を作っていくことは重要です」と。市民派というのは表向きで、日本の権力を握るのが目的である。今回の参院選で山本太郎氏の選挙参謀をしたのも、同じ考えでやっているものだろう。

酒井氏は、初対面の人を前にして、菅氏や小沢一郎氏に直接電話をかけ、民主党への影響力を誇示していたという。また、市民の党関係者によると、「ブラックカードをいつも財布に入れて持ち歩いていた。政治団体の代表という職でなぜ持てるのか疑問だった」という。ブラックカードは、限度額無制限のクレジットカードである。資金面には謎の多い人物だったらしい。

酒井氏は巧みな選挙戦術で議員候補を次々当選させ、選挙協力の見返りに民主党内に秘書を送り込んでいた。議員秘書や地方議員となって固定収入を得るようになった「市民の党」のメンバーは、給与や報酬を個人献金などの形で、党に納付。酒井氏は、こうした資金等を用いて政治活動を行うとともに、人件費として、各メンバーに給与を再配分していた。酒井氏は彼らに月15万〜20万円の給与を再配分し、メンバーはその給与で生活をしていたとみられる。それゆえ、民主党議員の秘書採用は「市民の党」への実質的な資金援助になっていた可能性がある。

政治資金規正法では、個人献金の上限額は1団体に対して150万円までと定められているが、民主党国会議員の関係政治団体など複数団体を迂回させる方法で、1人あたり年数百万円の献金をさせていた。政治資金収支報告書によると、「市民の党」や派生団体に対する所属議員16人からの個人献金額は、3年で1億3000万円を超す。立川市の市会議員は、年収約672万のうち、1年間に410万円も献金していた。常識ではありえない話である。

「市民の党」がこうして入ってくる資金を、人件費として支出した場合、政治資金規正法では、人件費は誰にいくら払ったのかを開示する義務はない。酒井氏の方法は、法の穴を突く脱法的なやり方と見られる。また、献金に際して、秘書や地方議員らメンバーは、総務省から「寄付金控除」の申請に必要な書類の発行を受けており、税制上の優遇措置を受けていた可能性がある。

極めて巧妙かつ悪質なやり方である。政治家・山本太郎氏の参謀となった酒井氏は、これから熟練のプロとして脱法的な手口を駆使してくるだろう。「原発ゼロ」という大衆をひきつける美しく、理想的なスローガンのもとで。

 

●菅氏の政治献金問題はウヤムヤに

 

菅氏の資金管理団体「草志会」から「めざす会」に渡った献金額は、6250万円。平成19年(2007)には、限度額上限の5000万円が献金された。この年は、参院選と統一地方選が重なった年である。献金は、選挙の支援と協力だった可能性がある。この年の「市民の党」の人件費は、際立って多く、公職選挙法で禁止されている選挙運動者への金銭供与の疑いがある。

菅氏は、23年8月8日の参院予算委員会の答弁で、献金の目的を訊かれ、「ローカルパーティー(地域政党)との連携・支援のため」と明確な説明を拒んだ。酒井氏との関係についても、首相は「会って話したことがある」と述べるにとどめ、具体的な説明を避けた。

自民党の古屋圭司参院議員は、酒井氏の証人喚問を求めた。真相解明のために、国会は早急に喚問を実現し、酒井氏から菅氏との関係や献金目的、使途、参院選の選挙運動などを詳しく聴取する必要があった。

草志会は平成19年に「めざす会」に対し、計5千万円を計8回に分けて献金した。自民党の西田昌司参院議員は税理士でもあり、この点を徹底的に追及した。23年8月11日参院予算委員会で質問に立った西田氏は、「めざす会」の帳簿上が平成19年5月8日の時点で資金残高が「マイナス」となっていたことを指摘した。5月25日に民主党本部からの3千万円の寄付を受領するまでは現金が足りず、5月8日に行った「めざす会」への500万円の寄付は、不可能だったはずである。帳簿上の不足金額は、その日の時点で357万1033円。14日には最大の658万5593円にのぼった。しかし、草志会の報告書には借入金等の記載はなく、西田氏は「存在しないカネをどこから持ってきたのか、明らかにすべきだ」と切り込んだ。

西田氏は、「残高がマイナスになることはありえず、収支報告書の記載はでたらめだ」として、政治資金規正法の虚偽記載にあたる可能性を指摘した。菅氏は、寄付について「私が判断をした」と答弁しており、収支報告書の記載の責任は、事務担当者ではなく菅氏にある。

菅氏は、23年3月11日に起こった東日本大震災の対応の悪さで国民の支持を失い、同年6月2日に辞意を表明したが、その後も権力の座に執着し続けた。その菅氏が政治献金問題で追及されると、さっと身を引いた。私は、この問題が解明されるのを避けるために、逃げたのだと思う。

菅氏は首相を辞任する直前に、突然、朝鮮学校の授業料無償化の適用審査の再開を指示した。辞める最後の最後に、北朝鮮の学校の利益を慮る。ここまで金正日専制国家に肩入れするのは、尋常ではない。

国会議員は、菅氏の政治献金問題の真相解明に努め、菅氏の政治的・道義的責任を追及すべきだった。当時神奈川県の住民らが政治資金規正法違反罪で、菅前首相に対する告発状を東京地検特捜部に提出し、受理された。私は一国民として、司法の場で事実関係と法的責任を明らかにしてもらいたいと願ったが、国会では政治献金問題はウヤムヤに終わり、菅氏の巨額政治献金問題は不起訴に終わった。菅氏を巧みに利用していた酒井氏も、国会に喚問されることなく、法廷で裁かれることなく終わった。その結果、堂々と山本太郎氏の街頭演説の仕切りもできているのである。

 

●青山繁晴氏は「北朝鮮の日本侵食」と分析

 

政治・経済・国際関係等に高い見識を示す青山繁晴氏(独立総合研究所社長)は、関西テレビの番組「スーパーニュース・アンカー」23年7月13日放送の「青山繁晴のニュースDEズバリ」で、民主党の政治献金問題を鋭く追及した。

青山氏は、この問題のキーワードは、「北朝鮮による日本侵食」だと述べた。捜査当局は、かなり前から綿密な捜査をしており、捜査線上に6人の民主党議員の名前が上がった。そのうち突出しているのが、当時衆議院議員だった鷲尾英一郎氏と黒岩宇洋氏だと青山氏は指摘した。

鷲尾氏は、民主党の中では保守系の若手議員として知られる。民主党内の「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」の事務局長を務め、映画「南京の真実」の賛同者に名を連ねた。永住外国人の地方参政権には慎重は姿勢であり、日本会議国会議員懇談会に加盟するなどしている。現在も衆議院議員である。

新潟出身の鷲尾議員は、北朝鮮による日本人拉致問題に取り組んできた。万景峰号の入港反対デモにも参加した。当時も現在も、「衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」の理事をしている。そういう政治家が、実は拉致容疑者親族周辺団体に深く関わっていたのである。

鷲尾氏の関係する団体に、「わしお英一郎東京応援団」(以下、わしお応援団)という団体があり、22年夏に解散していた。「わしお応援団」は「市民の党」と所在地が同じだった。東京都千代田区平河町1−3−6龍伸ビル。ビルのオーナーは在日朝鮮人の大物実業家である。しかも、「市民の党」の代表が「わしお応援団」の会計責任者を務め、「市民の党」の事務担当者が「わしお応援団」の事務担当者を兼ねていた。そして、「わしお応援団」は、「市民の党」に約337万円の献金をしていた。

また、「わしお応援団」は、「市民の党」から派生した「めざす会」にも、約350万円の献金をしていた。鷲尾氏の関係団体には、「わしお会」という団体もあり、昨22年夏、解散している。「わしお会」も「市民の党」と所在地が同じであり、「市民の党」の代表が「わしお会」の代表をし、「市民の党」の事務担当者が「わしお会」の事務担当者を兼ねていた。「わしお会」も「めざす会」に、約96万円の献金をしていた。一方、「市民の党」から「わしお会」には約280万円、「わしお応援団」には、約330万円が献金されている。 これらは、すべて政治資金収支報告書から明らかになった。

「市民の党」「めざす会」と「わしお応援団」「わしお会」の間で、同じ人間が仕事をし、政治献金をぐるぐる回していた。一体、なぜこんなことをしていたのだろうか。

鷲尾氏は、当時も現在も「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」の理事をしている。表では、北朝鮮による拉致問題を糾弾し、解決をめざす政治活動をしていながら、裏では、拉致容疑者親族周辺団体と、人間も会計もつながっていた。民主党から「めざす会」への巨額の献金を流す経路に、鷲尾氏とその関係団体が存在した。

さらに驚くべきことに、鷲尾氏は平成21年(2009)2月までの4年間、「市民の党」の代表である酒井剛氏を公設第1秘書にしていた。本稿で書いてきたように、酒井氏は極めて問題の多い人物である。鷲尾氏は、衆議院議員として、酒井氏を含む「市民の党」のメンバー2人を秘書に採用していた。公設秘書には国費から給与が支払われる。酒井氏は、自ら鷲尾議員の秘書になることで、国民の税金から資金を得ていたのである。国会議員は強力な国政調査権を持っている。その補佐を行う公設秘書を、酒井氏のような人物がしていたということは、恐るべきことである。国家の機密情報が北朝鮮や左翼団体に流出した可能性がある。今後、酒井氏は、自ら参議院議員・山本太郎氏の秘書になるか、「市民の党」のメンバーを秘書に送り込むことが考えられる。憂慮すべきことである。

当時民主党の衆議院議員だった黒岩宇洋氏の関係政治団体も、「めざす会」に献金を行い、選挙応援を行っていた。黒岩氏も「市民の党」「めざす会」と献金の流れで関わっている。黒岩氏の政治団体「越後の暴れん坊」から「めざす会」へ約392万円、「市民の党」から「暴れん坊」へ約328万円の献金がされている。黒岩氏も鷲尾氏と同じく、新潟が地盤だった。黒岩氏は問題が発覚した当時、法務政務官だった。本職は北朝鮮拉致問題等について、公安調査庁等から直接情報を得ることができる立場である。特別委員会の理事をしている鷲尾氏もそうだが、国家機密の情報に触れ、それを外国に流すスパイ行為に関わっていなかったかが疑われよう。

民主党と北朝鮮の関係の闇は、深い。表の下に裏があり、裏の奥に、またその裏がある。民主党と北朝鮮の関係の闇を、明るみに出さねばならない。国家の背骨・脳髄に巣くう病を除去しなければ、日本の再建はできない。国会議員は、国政調査権を行使して、再度この問題を徹底的に解明してほしい。それをしっかりやらないと、表で動く政党や政治家は、そのたびに替わっても、北朝鮮による「日本浸食」を根絶できない。

 

●山本太郎氏のさらなる背後関係

 

山本太郎氏は、無所属の参議院議員だが、酒井剛氏を通じて、菅直人氏をはじめとする「市民の党」支援の民主党の政治家たちとつながっている。民主党は、片方で韓国と異常に深い関係を持ち、もう片方で北朝鮮との間に闇を抱えている。朝鮮半島の南と北の両方から、侵食されているのである。民主党は、外国人の党員、サポーターになれる政党であり、純然たる日本の政党ではない。韓国・北朝鮮の両方から党の中枢まで食い込まれ、半ばコリア化している。そういう政党が、一時わが国の政治を担った。今も昨年末の衆院選で政権から転落し、今夏の参院選でも大幅に議席を減らしたとはいえ、今なお57人の衆議院議員と、61名の参議院議員を擁している。民主党内の良識派が党の改革をすることができなければ、日本の国民がこの状況を刷新するしかない。

山本氏は、左翼系の市民団体や中核派ともつながっている。社民党の福島瑞穂氏は、社民党と山本氏の連携を志向していると報じられる。またこうした様々なつながりの先に、在日韓国人団体及び朝鮮人団体が存在するという見方もある。

山本氏の背後関係の核心部分には、何があるか。私は、二つの可能性があると推測する。一つは、北朝鮮という国家である。北朝鮮は、金正恩を最高指導者とする国家の中枢部が、日本への工作活動を指揮している。山本氏の背後で、様々な政治家、市民運動家、市民団体、政治団体等を通じて、日本の政治に深く食い込み、日本を利用して、北朝鮮の主導によって朝鮮半島の統一を図とろうとしていると考えられる。もう一つは、韓国に本拠を持つ組織である。在日韓国人・朝鮮人や市民団体等に働きかけ、日本を弱体化させ、韓国の主導によって朝鮮半島の統一を図ろうとしていると考えられる。

「原発ゼロ」という山本氏のスローガンは、どちらの可能性にとっても日本での政治的工作において、選挙で票を集められる有効な手段である。脱原発の強調は、国論を二分させ、国民の統一を妨げる効果がある。脱原発は、長期的にはわが国の目指すべき目標ではあるが、しっかりした計画と総合的なエネルギー政策を欠いたまま、急激に進めると、わが国の経済に大きなマイナスをもたらし、日本を弱体化させる。それが、左翼や外国勢力が脱原発を強調する理由だろう。山本氏は「原発ゼロ」をスローガンとする親コリアの国会議員として、彼らは大いに利用するだろう。

山本氏は、「竹島は韓国にあげてしまえ!」と発言し、極めて韓国寄りの考えを持っている。韓国が竹島を領有すれば、仮に北朝鮮が半島が統一した時には、統一者の領土となる。どちらにしても、日本ではなく、朝鮮半島国家のものとできる。山本氏にとっては、竹島を韓国に、原発をゼロに、という二つは、別のことではない。一つの政治目的のもとに発信されていると見る必要がある。

わが国では、現行憲法に、国民の憲法尊重義務が明記されておらず、国家忠誠の義務が規定されていない。刑法の第84〜87条はGHQに削除されたままであり、通牒利敵行為に対処する条項が欠落している。スパイ防止法も制定されていない。そういう国であるから、外国勢力が日本の政党の中枢に忍び入ったり、有力な国家議員に接近して利用したり、国家の外交・法務・防衛等の重要機関に協力者を作って工作することは、容易だろう。日本は「スパイ天国」といわれるほど、ほとんど無防備な状態にある。まして国会議員自身が、もともと通牒利敵の意図を以て国政に参画している場合は、厚く身分を保障されているので、本人が自由に活動できる。

こうした現状では、反日勢力はやりたい放題である。最低限の措置として、在日外国人の通名使用を禁止し、国政選挙の立候補者には三代前までの国籍・帰化履歴をプロフィールに公開するようにすべきである。米国は、三世代にわたり家系や血縁関係・宗教を公表している。人権侵害でもなんでもない。逆に国民の「知る権利」を強化すべきである。

山本氏の場合、Wikipediaに2年ほど前には「兵庫県宝塚市出身。在日韓国人として宝塚市で生まれた。」と書いてあったという情報がある。山本氏は「竹島は韓国にあげてしまえ!」という発言をしており、極めて韓国寄りの考えを持っている。東京選挙区では66万人以上の有権者が山本氏に投票した。国政選挙に当たり、もし国籍・帰化履歴を候補者のプロフィールに掲載していたら、有権者は重要な情報として参考にしただろう。山本氏についてよく知らずに投票し、彼を国会議員にした人々には、その選択を悔いている人たちがいるだろう。本稿が参考になれば幸いである。また日本の現状を憂える人々は、日本の正常化をともに進めよう。ページの頭へ

 

関連掲示

・拙稿「野田首相と民主党政権の末路

・拙稿「日本赤軍の重信房子・よど号犯とオウム真理教の危険なつながり

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■舛添都知事は、潔く辞職せよ

2016.6.15

 

 舛添要一氏は、平成26年(2014)に東京都知事に当選して以降、権力を私物化し、ほしいままにしてきた。だが、この親韓・売国の独裁者は、自らの行いによって、墓穴を掘った。氏の公私混同は、言行不一致の極みである。舛添氏が辞職せねば、この機を捉えて引導を渡さねばならない。

 

●舛添都知事は墓穴を掘った

 

 舛添要一都知事の公私混同疑惑が大問題になっている。都議会で追及がされており、本人を辞職に追い込んでいく形勢である。だが、舛添氏は、知事職にすさまじい執着を見せている。

 舛添氏は、国際政治学の専門家で、東京大学の助教授(政治学)だったが、政界に転じて平成13年(2001)に参議院議員(自民党)になった。19年(2007)から3期にわたって厚生労働大臣として実力を発揮し、21年(2009)6月には、各種世論調査で、「首相にふさわしい政治家は」という質問で、舛添氏がトップになった。

 22年(2010)に自民党を批判して離党。新党改革を立ち上げて代表に就任。同党は弱小政党に留まり、解散した。舛添氏は、26年(2014)の東京都知事選に出馬して、約211万票を集めて当選。第19代東京都知事になった。

政治家の資金管理団体の収入は、個人や企業からの寄付、パーティーに資金集め、政党への政党交付金による。都知事選に出る前、舛添氏は、新党改革解散の際に政党交付金で同党に交付された金を個人的に受領した。その中には、税金が含まれる。その金を私的に使う氏のモラルにも、疑問が上がった。

 またそれ以上前から舛添氏には、人格的に強い疑問が上がっていた。離婚歴が多数あり、妻への家庭内暴力や愛人、隠し子、父親としての障害児への冷淡さ、姉の生活保護受給問題等である。厚労大臣としては、母親への介護をしていたことを売りにしていたが、実際にはほとんど介護をしていなかったことも暴露されている。

 政治家としては、外国人参政権の推進派であり、靖国神社の参拝には否定的である。記者会見で卓上に置かれた日本国旗について、「邪魔でしょ、これ」などと言いながらどかせたことがあり、国旗への敬意が疑われる。在日韓商セミナーで「金融機関は低利で在日韓国人らにも融資すべきだ」と強調するなど、親韓的なスタンスが目立っていた。

 都知事になった直後、26年(2014)8月に韓国を積極的に訪問し、ひどく韓国寄りの姿勢を示した。朴槿恵(パク・クネ)大統領と会談した際、「都民の90%は韓国が好き」と全く根拠のないことを発言した。そのうえ、大統領に次のような約束をした。(1)在日韓国人を守るための人権週間の新設、(2)韓国学校の増設、(3)コリアンタウンの改善と整備、(4)ヘイトスピーチ(韓国人批判等)禁止の法案制定、(5)ヘイトスピーチがなくならないときは東京オリンピックを返上する、(6)地下鉄の安全技術の提供である。

 なかでも、首都圏での韓国学校増設への協力は、都民の多くが反発した。交通の便が良い都心に校地に適した公有地はほとんどない。また、あったとしても、保育所や介護施設など福祉目的施設に優先的に振り向けるべきである。日本人の待機待ち児童や要介護の高齢者よりも、在日韓国人の便宜を図ろうとする舛添都知事の姿勢に批判が強まった。

 こうした媚韓外交を以て舛添都知事を退任に追い込むのは、非常に困難だった。だが、舛添氏は批判を意に介することなく、東京都のトップとして権力をふるってきた。海外への外遊を繰り返し、単なる地方自治体の首長であるにもかかわらず、あたかも独自の外交を展開しているかの勢いだった。

 その舛添氏に、公私混同疑惑が持ち上がった。発端は、高額の海外出張費である。1流ホテルのスートルーム、航空機のファーストクラスの利用、多すぎる随行団等への疑問が噴き上がった。それに続いて、次々に公私混同の疑われる公金や公用車の私的利用が俎上に上った。

舛添氏は、他の政治家に対しては、厳しく倫理的な態度を求める。それが人気の理由の一つだったのだが、言行の不一致が遂に露呈した。天網恢恢疎にして漏らさず。隠すより現る。悪事は自ずから表にしみ出て来て、誰の目にも隠しおおせなくなった。権力を私物化し、ほしいままにしてきたこの売国の独裁者は、自らの行いによって、墓穴を掘った。

 舛添氏が辞職せねば、この機を捉えて引導を渡さねばならない。

 

●韓国系の出自か?

 

 最初に、舛添氏は、在日韓国人または元在日の帰化人という見方があるので、この点について書く。

 昭和64年(1989)のテレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ」で、舛添氏が自ら在日朝鮮人だと告白したという噂がある。番組のテーマは「外国人労働者受け入れ」について。舛添氏は、コメンテーターが眠くなった深夜に急に怒鳴り始め、「日本の文化習慣を完全にマスターした朝鮮人もいるんだ。それが私だ。」とカミングアウトしたといわれる。

 だが、この映像を調べた人によると、上記のようなやりとりは確認されていない。またこの番組を基にした本が出ているが、上記の主旨の言葉は掲載されていないと報告されている。

 舛添氏は、平成20年(2008)に著書『私の原点 そして誓い』(佼成出版社)を発行した。舛添氏は、本書に「日本人は韓国人を見習うべき」「ハングルの勉強に励んでいますし、韓国への造詣を深めることに喜びを感じています」などと書いて、強い親韓感情を表している。

 本書には、「オモニ(おふくろ)の味」と題された一節がある。韓国語で母親のことをオモニという。自分の母親を「オモニ」と呼んでいる。その一節に、次のように書いてある。

「舛添家発祥の地は福岡県ですが、わが家は先祖代々朝鮮半島とはゆかりが深く、(略)

私の父は自分の選挙ビラにハングル(朝鮮文字)でルビを振った最初の日本人だったそうです。」

 父とは舛添弥次郎であり、戦前福岡県の若松市議会に立候補し、落選した。その時の選挙ビラにハングルで振り仮名が振ってあったということである。同市には当時朝鮮人が多く、彼らも選挙権を持っていた。この一文を以て、舛添氏の父親が朝鮮人だったとは断定できない。

 「特に『オモニ(母)』への情は、日本人よりも韓国人のほうが強く、私の母への想いも彼らのほうがよくわかってくれるような気がします。

 ある日、全羅道(チョルラド)に行って、全州(チョンジュ)で食事をしたとき、 これはどこかで食べたことがあると、なつかしくなったものがあります。それはイカなどの海産物を煮付けたものでしたが、よく考えると、小学生のころ母が作ってくれた夕ご飯のおかずの味でした。」

 自分の母親を「オモニ」と書き、おふくろの味を「オモニ」の味と書いていることから、母親が朝鮮人または朝鮮から帰化した日本人であることが推察される。そして、舛添氏は、韓国に対して母親の祖国という強い思いを持っていることが理解できる。

 自分の親を大切にし、親の祖国に親しみを感じることはよい。だが、それを政治にもちこんではならない。日本の政治家は、日本の国益のために奉仕するのが使命であり、他国の利益のために働いてはならない。

 私は、舛添氏が純粋な朝鮮人であれ、朝鮮人とのハーフであれ、元在日韓国人の帰化人であれ、血統に関することは決定的な問題ではないと考える。例えば、呉善花氏は、元韓国人で帰化して日本国籍を取得した。呉氏は、日本を愛し、日本国民として日本のためになる研究や言動をしている。逆に、先祖代々の純粋な日本人でも、反日感情を抱き、売国的な行動をする者もいる。最も重要なのは、出自ではなく、精神である。日本国民であれば、日本人としての精神を持ち、日本の伝統・文化・国柄を愛し、日本の民利国益のために行動すべきである。

 

●公私混同疑惑が噴出

 

 平成28年(2016)3月、舛添都知事の公私混同疑惑が持ち上がった。最初は高額の海外出張費だった。例えば、高額のスートルームを使用するにしても、滞在中は、知事側が相手の役所等に出かけていくのだから、ホテルの宿泊部屋に応接室は必要ない。随行する職員も人数が多すぎるなど、無駄な支出が多すぎる。続いて、千葉県木更津市のホテルでの家族旅行の費用を会議費として計上。神奈川県の湯河原にある別荘に、週末に頻繁に宿泊し、公用車を使用。自宅に置いた事務所の賃料を政治資金で支払。飲食物、日用品、子供の本や服等を政治資金で購入。新党改革解散の際に政党交付金として同党に交付された金を個人的に受領、等々。公私混同が疑われる事例が、次々に明らかになった。公職にあるものとしてのモラルがマヒしている。

 6月1日、舛添都知事は都議会の所信表明で、この問題について説明した。しかし、その内容は、自ら事実を明らかにせず、第三者に調査を依頼するというもので、都民の怒りに火をつけた。調査を依頼したという元検事の弁護士の氏名は、明らかにされなかった。

 6月6日舛添氏が弁護士2名を伴って記者会見を行った。私は自宅で視聴した。感想を書くと、そもそも自分がやったことゆえ、自分で答えるべきであり、第三者に調査を依頼すること自体、責任遂行能力が低いことを表している。公私混同のうえ、自分でやったことの是非の判断を自力ではできないということである。

 第三者の弁護士で元検事とはいえ、舛添氏が雇った弁護士である。弁護士はクライアントの利益のために働いて報酬を得る。本当にクライアントに不利なことは報告しない。

 記者の「疑惑を抱える方本人から第三者に依頼するというのは、客観性は確保されるのか」という質問に対し、佐々木弁護士は「第三者委員会とは基本的にそういうものです」と回答した。しかし、彼ら弁護士2名は第三者ではあっても「第三者委員会」ではない。ぜんぜん答えになっていない。そのことを指摘しない質問者も力不足だったが、この質疑で彼ら弁護士の立場は崩壊した。

 第三者委員会といえるには、弁護士は3名以上、それぞれ別の事務所に所属していなければならない。また設立時に氏名・経歴を公表が普通である。だが、今回の弁護士は2名で同じ事務所。佐々木氏と森本氏は上司と部下の関係にある。独立性はなく、単に舛添氏に雇われた弁護士にすぎない。

 雇われ弁護士2名は、調査結果として「違法性はないが不適切」「適切とは認めがたい」「避けるべきだった」などという見解を連発した。舛添氏は神妙に反省の弁を述べた。私には、打ち合わせ通りのパフォーマンスに見えた。彼ら弁護士は、法的・道義的な評価を述べたもので、調査らしい調査をしていない。具体的な事案について関係者に調査せずに、舛添氏の資料だけで評価している。これは、まっとうな調査とは言えない。

 政治資金規正法は、政治資金の用途について制限がなく、支出は何に使っても違法にならない、形だけのザル法である。それは有権者の常識である。舛添氏は当然よくわかっている。弁護士を使って自分の行為に違法性はないと印象付けて、批判を切り抜けようとしたものだろう。

 自民党では政治資金の使用について内規があり、違法ではなくとも慎むこととし、公認会計士が監査しているーー舛添氏はそのことを述べた。自民党を出て新党を作った時は、そういう内規を設けなかった。つまり、彼は自民党で政治資金の使い方を学習し、離党後は巧妙に私的に使用したということである。彼を知る人たちが、「小さい、せこい、汚い」と言う。家族旅行、「クレヨンしんちゃん」、子供の服・・・モラルが低すぎる。

 舛添氏は、弁護士の報告を受けて、不適切な支出は是正、別荘は売却、購入品は寄付等を行うようである。他人に言われるまでもなく、自分で判断して発表すべきだった。

 6日の記者会見後、ある調査では「納得できない」が93%だった。それ以前の単独の会見の時も90%を超えていた。第3者の調査を報告しても、数字がほとんど変わらない。これほど効果がないことに、私は思わず失笑した。

 舛添氏が本当に都民の納得を得たいなら、潔く辞任して、選挙で信を問うべきである。知事選に出て信任を得られるかやってみればよいのである。だが、都民が舛添氏への信頼を持てなくなっていく一方、舛添氏の知事職への執着は、ますます強くなっていった。

 

●都議会の態度が変わった

 

 舛添氏の公私混同疑惑が噴出するなか、平成26年(2014)の都知事選で舛添氏を支持した都議会の自民党・公明党の動きは鈍かった。これら都議会与党には、舛添氏を厳しく追及しようという姿勢が見えなかった。知事を厳しく追及して辞任ということになると、7月の参院選と近い時期に選挙となる。そうした党派的な都合が先に立ち、本来どうあるべきかが見失われていたのだろう。

 だが、6月1日の所信表明以降、数日の間に、都議会における舛添氏への態度が変わった。新聞やテレビが、舛添氏の疑惑を連日取り上げ、都民の怒りは強まっていく。だが、舛添氏には納得の得られる説明を行わない。知事が居座っているのは、自公がバックにあるからという見方があり、舛添氏に対してあいまいな態度を続けていると、参院選への影響が避けられない。来年の都議選にも影響する。

 都民・国民の間には、地方自治法100条に基づく百条委員会の設置を求める声が上がっている。百条委員会は、地方自治体の事務について疑惑があった場合、関係者に記録提出や証言を求めることができる強力な権限を持つ。国会の証人喚問と同様、虚偽証言には刑事罰が適用されるため、地方議会の「伝家の宝刀」といわれている。

 こういう状況になって、自公は、ようやく舛添氏を厳しく追及する方針に転換した。6月13日の総務委員会に舛添氏を招致する方針が決まったと報じられた。同委員会は、事前の質問通告はなく、「一問一答」形式で質疑が行われるのが最大の特徴である。だが、これも有権者の前で一応追及しているポーズを見せて、適当なところで幕引きをするという可能性がある。

 どこまで本気で追及するかは、ポスト舛添の知事選で確実に勝てそうな候補を確保できるかどうかによるだろう。候補者の名前が、いろいろ上がっている。橋下徹元大阪府知事、東国原英夫元宮崎県知事、小池百合子元防衛相、石原伸晃内閣府特命担当大臣、下村博文元文科相、蓮舫元内閣府特命担当大臣等々である。自民党または自公が確実に勝てそうな候補を確保できなければ、民進・共産連合に知事職を奪われる可能性もある。

 もし出馬すれば、最もインパクトがあるのは、橋下氏だろう。だが、私はあまり彼を評価できない。4年ほど前の拙稿「橋下徹は国政を担い得る政治家か」に書いたが、それ以降少しは政治家として成長しているかどうか疑問である。

 それに大阪で都構想を実現するという旗を掲げ、府民の支持を得らえずに知事を辞職し、政治から引退した人物が、大阪から東京に乗り換えてまた知事の座を目指すというのは、いかにも節操がない。むしろ、しばらく政治の前線から一歩引いたところで、国政を担う政党の育成・指導を続けた方が良いのではないか。

 

●都議会は徹底的に追及せよ

 

 6月7日都議会で代表質問が行われた。トップバッターの自民党・神林茂氏の冒頭の一言、「私は怒っています」は、よかったと思う。だが、辞職は求めなかった。同じ与党の公明党も同じである。厳しい言葉は使っているが、本気度は疑われた。

 一連の公私混同疑惑の中で、一番のポイントは、家族旅行の費用を会議費として政治資金で支出したことだろう。舛添氏は最初、「事務所関係者ら」と打ち合わせをしたと言っていたが、後に「事務所と付き合いのある人」と発言を変えた。事務所関係者と言えば、常識的には事務所のスタッフだろう。事務所と付き合いのある人というなら、その範囲は大きく広がる。いったいその会議には何人参加したのか。またその氏名を明らかにすべきである。だが、舛添氏は人数すら答えていない。

 舛添氏は元新聞記者の出版社社長が来て、政治に関して相談したと言う。氏名は相手側の事情で公表できないのであるかのように言っているが、そうした人物が本当にホテルに来て話をしたのかどうか、証明できていない。それが証明できなければ、単なる家族の宿泊の費用を会議費と偽って記載したことになる。その場合、虚偽記載であり、政治資金規正法違反である。政治資金規正法は、天下のザル法といわれ、支出に関しては、規制がない。だが、いくらザル法でも、虚偽記載は犯罪となる。不記載も同様である。

 この元新聞記者の出版社社長について、業界を調査した結果、それに該当する人物は一人しかいないという。その人物は、競馬関係の出版社の社長で、舛添氏とは長い付き合いだが、政治には詳しくないという。都知事選に出るかどうか決断する時の大事な相談相手としては、不適当だろう。また正月はいつも横浜に墓参りに行っているという。この人物は昨年11月に死亡しており、実際、木更津のホテルに来て相談に応じたのかどうか、本人には確かめようがない。「死人に口なし」というが、家族以外に誰か挙げねばならないので、舛添氏が勝手に利用しているのではないかという疑問が出て来る。

 

 都議会では代表質問に続いて、翌日一般質問が行われた。辞職を求める質問が増えた。6月10日には、記者会見が行われた。また私は自宅で視聴した。この記者会見の質問は、都議会における質問より、都民・国民のナマの声を代弁していた。「どうしたら辞めていただけるのですか」「都民の信頼を失っているというなら辞職して、信任を得られるかどうか選挙に出たらどうですか」――この種の質問に対して、舛添氏は「どうしてもなんとしても都民のために仕事をしないと死んでも死にきれない」と答えた。

 「死んでも死にきれない」とは、よく言ったものである。舛添都知事は、潔く辞職すべきである。だが、この人物には、日本人らしい潔さがまったくない。この我利我利亡者は、知事の座に強く執着し、自身の給与カットという条例案を出して批判を和らげ、窮地を切り抜けようとしている。ここまで来ると、この執着は尋常ではない。背後に相当の事情があるのではないか。

 

 6月13日には総務委員会が行われた。各党からこれまで以上に厳しい追及がされた。新たな疑惑も出ている。舛添氏は質問に対し、何一つ説明らしい説明が出来ていない。総務委員会は、引き続き20日も会議を開催して追求していく方針という。徹底的にやってもらいたい。

 知事は大きな権限を持つので、リコールはかなり難しい。東京都で記名・捺印の署名を短期間に140万人以上も集めるのは、容易でない。そこで、浮かび上がっているのが、都議会による不信任決議案である。舛添氏が自ら辞職しない場合、都議会は今会期中に不信任決議案を提出して審議すべきである。可決には都議の3分の2以上が本会議に出席し、4分の3以上の賛成がなければならない。可決された場合は、10日以内に舛添氏が議会を解散しなければ辞職することになる。仮に舛添氏が議会を解散した場合、新たなメンバーによる議会で再度不信任案が可決されれば、舛添氏は失職となる。

 都議会議員もそこまで腹をくくってやるのでなければ、有権者の信頼を保てないだろう。また都議会議員がどこまで真剣にやるかどうかは、都民及び国民の世論にかかっている。有権者がこれまで以上に強く辞職を求めれば、都議会はそれだけ強い手段で舛添都知事を追い込むだろう。

 

●政治と道徳を一体とする伝統を取り戻そう

 

 舛添都知事の公私混同疑惑は、氏個人の問題である。だが、氏が政治資金を私的に流用したのは、それができてしまう政治資金規正法に、重大な問題があるからである。舛添氏の公金の私的流用は、おそらく氷山の一角であり、多くの政治家が同法に支出については定めがないことをよいことに、私的に流用していると想像される。政治資金規正法は、数々の政治家の不祥事の後、作られた法律である。企業からの献金を透明化することを主な目的とする。収入には厳しいが、支出には制限がない。同法を作った立法者は、国会議員であるので、自分たちの手足を縛らないように、この法律を作った。天下のザル法となっている。この法律を改正し、税金を悪用されないようにする必要がある。

 

 政治資金規正法は天下のザル法だが、基本理念は次のように定められている。 

 第二条「この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。

 2 政治団体は、その責任を自覚し、その政治資金の収受に当たつては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、この法律に基づいて公明正大に行わなければならない。」

 

 政治資金は「国民の浄財」であり、収支状況の判断は「国民にゆだね」るとのこと。それゆえ、政治資金の使途を政治家の判断に任せるのではなく、国民が政治資金の使途の範囲に一定の制限をかける必要がある。まず支出を監査するシステムを作る必要がある。支出について法律で細かく決めるのは困難であり、また細かく定めてもまた抜け穴が生じる恐れがある。そこで、支出のガイドラインを作って、政治家の節度を促すのがよいだろう。舛添氏は、都民の常識、国民の社会通念として、これは不適切という事例を豊富に提示してくれた。その多くがガイドラインに列挙できる。この機会に都議会で規制案をつくり、国会で法改正を進めるくらいのことをやってもらいたいものである。

 

 国民による監視の方法については、元内閣参事官で嘉悦大教授の高橋洋一氏の提案に賛成する。「政治資金の『出』に関しては、税金を原資とする政党交付金の割合が大きくなったので、支出の範囲についても制限を設けるべきだろう。現在でも一定金額以上の支出では領収書を添付することが義務付けられている。政治資金収支報告書はインターネットでも見ることができるが、領収書は開示請求しなければ一般の人は見られない。これもインターネットで見ることができるようにすべきである。そうなれば、より多くの人の『厳しい目』にさらされるので、よりよい政治の方向になるだろう。」と。

 

収入に関しては、国会議員の場合、個人の収入に当たるものとして、議員歳費いわば給料に当たる金が税金から年2,100円支払われる。これと別に、文書通信交通滞在費が同じく年1,200万円支払われる。議員の収入としては、これら以外に、パーティー券、個人献金、企業団体献金、政党交付金もある。政党交付金については、税金から交付金を出すからこれで政治活動をやってもらうという主旨だったのに、献金はそれまでと同じく受けているので、二重取りになっている。支出の監視とともに、収入についても見直しが必要だろう。

とりわけ文書通信交通滞在費は、歳費(給料)の半額以上、月100万円という多額である。その支出は、政治活動に使うのであれば領収書はいらない。そう決めたのは、国会議員である。この規定は改める必要がある。議員の中には、歳費も文書通信交通滞在費も同じように、自分が自由に使える金と考えている者が少なくないようである。逆に、自主的に文書通信交通滞在費の領収書を公開している議員もいる。国民としては、税金を国会議員の政治活動に充てる以上、その支出を監視できるようにすべきである。

 

 日本人は、舛添氏の公私混同疑惑問題をきっかけに、政治と道徳を切り離さず、一体のものと考えた伝統的な精神を取り戻し、日本の再建を進めよう。

 

■追記

2016.6.21


 悪あがきを続けた舛添都知事は6月15日、上記の拙稿の掲示後に、辞表を提出した。公私混同疑惑が持ち上がってから、100日目の辞意表明だった。

舛添氏は、6月21日に知事を退職した。都議会に公式の挨拶もせずに都庁を去った。どこまでも礼儀を知らない卑劣な人間である。見送りはわずか8名の職員のみだった。都議会の方も、総務委員会は6月13日の回のみ、辞表提出により不信任決議案は取り下げ、百条委員会は創設せずで、数々の疑惑は解明されぬままとなった。今後は、舛添氏に関し東京地検特捜部が調べている問題が刑事事件になるかどうかに焦点が移った。

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■蓮舫二重国籍事件〜国家のあり方を根本から正すとき

2016.10.XX

 

●はじめに

 

 民進党代表・蓮舫氏の二重国籍事件は、戦後日本初めての国会議員の国籍に関する重大事件である。近代国家・日本で初めての事件と言ってもいい。

 平成28年9月15日、蓮舫氏が民進党代表に選出された。その時点で日本と台湾の二重国籍を持つとみられる政治家が、野党第一党の党首となって、政権を狙い、首相を目指すという異常な事態となった。蓮舫氏は台湾の国籍の離脱を、台湾政府に申請中だった。代表選出の時点で二重国籍であるとすれば、前例のない事態だった。

 9月23日蓮舫氏は、記者会見で、台湾籍を離脱する手続きが完了したと報告した。これで二重国籍が解消されたのだろうが、二重国籍疑惑が起って以来の多くの疑惑や法律違反の疑いは解消されていない。また、そもそも日本国籍を選択していなかったのではないか、という疑問が上がっている。蓮舫氏は、国籍法・戸籍法・旅券法・公職選挙法等に多重に違反している疑いが濃厚である。言葉だけでなく、国籍・戸籍・旅券に関する日本及び台湾の公的文書を示して説明する責務がある。すみやかに、その責務を履行してもらいたい。

 また国会では、しっかり蓮舫氏を追及してほしい。また、検察当局は、厳正な調査を行ってほしい。

 本稿は、蓮舫氏の二重国籍事件について、その展開・問題点・課題について書くものである。

 

●都知事選から蓮舫二重国籍事件への展開

 

 蓮舫氏は、今回の民進党代表選に出たことで、国籍がどうなっているのかが問題になった。

 もし蓮舫氏が舛添要一都知事の辞任を受けて、本年7月の都知事選挙に出ていたら、都知事になっていた可能性が高い。当時東京での蓮舫氏の人気は絶大であり、さしもの小池百合子氏も勝てなかっただろう。しかし、蓮舫氏は、国政でやりたいことがある、と言って都知事選に出なかった。蓮舫氏が出ていたら、小池都知事による東京大改革は始まらず、”都議会のドン” 内田茂氏は世間に知られぬまま暗躍を続けていただろう。築地から豊洲への市場移転問題も、全く違う展開となっただろう。

 蓮舫氏は、国政への野心をもって民進党の代表選に出た。同党が政権を取ったら、代表は日本の宰相になる。だから、長年疑いのあった彼女の国籍が、初めて問題になった。問題が拡大するなかで、蓮舫氏は民進党の代表に選ばれた。蓮舫氏の国籍問題を追及する声や議員辞職を求める声が高まっている。

 こうした一連の展開には、大きな流れがあると思う。運気は、東京の改革、日本の再建の方向に大きく流れている。その流れは、舛添氏の公私混同とウソの連発に対する都民・国民の怒り、是正を求める切望が引き寄せたものだと思う。

 ネットでも街頭でもいい。実名でも匿名でもいい。発言し、行動することが大切である。

 

関連掲示

・拙稿「舛添都知事は、潔く辞職せよ

・拙稿「大混戦の東京都知事選〜都民は賢明な判断を

 

●二重国籍疑惑の追及

 

 そもそも蓮舫氏の蓮舫は、姓名ではない。姓(家族名)がなく、名(個人名)だけである。元々の姓は謝といい、姓名は謝蓮舫である。結婚して村田蓮舫になった。だが、彼女は姓を用いず、名だけで政治活動を行ってきた。野球のイチローは、本名は鈴木一郎だが、通称としてイチローを使っている。スポーツ選手や芸能人ならいいが、蓮舫氏は国会議員という公職にありながら、通称を使っている。村田という日本式の姓を使おうとしない。日本人として生き、日本人として国に貢献することを拒む感情があるのだろう。

 蓮舫氏の二重国籍疑惑が浮かび上がると、ネットを中心に、評論家で元通産官僚の八幡和郎氏が、専門的な知識をもとに、二重国籍の疑惑を追及した。ネットユーザーがその掲示を拡散し、また過去に蓮舫氏が新聞・雑誌等で発言したものや台湾の国籍法等を調べて、ネットに掲載した。日本人のユーザーだけでなく、台湾人も参加した。これに対し、蓮舫氏は自分の国籍について、言うことが何度も変わり、ウソを重ねた。

 ある時期には、蓮舫氏は、自分は「生まれた時から日本人だ」と言っていた。これはウソだった。父親は台湾人、母親は日本人であり、昭和42年(1967年)11月28日に蓮舫氏が誕生した時期には、我が国の国籍法は父親が日本人でなければ、子供は日本籍を与えられなかった。蓮舫氏は、17歳の時に父親に言われて、台湾から日本に帰化した、日本国籍を取得したと言った。年齢は、18歳とも言った。いずれにしても、それまでは日本人ではなかったわけである。

 昭和60年(1985年)1月1日に改正国籍法が施行され、母親が日本人である蓮舫氏は日本国籍を取得できることになり、その手続きを行った。これによって日本国籍を取得した。

 ここで大きな問題となるのが、日本国籍を取得した時に、台湾の国籍を離脱したかどうかである。台湾の法律では、20歳にならないと国籍を離脱できない。蓮舫氏は、日本国籍取得とともに台湾の国籍を離脱したと述べていたから、この点でもウソを言っていた。

 蓮舫氏は、平成16年(2004年)に参議院議員になった。その時の選挙の選挙公報で「1985年、台湾籍から帰化」と書いていた。帰化とは、「外国人からの国籍の取得を希望する旨の意思表示に対して,国家が許可を与えることによって,その国の国籍を与える制度」であり、「帰化しようとする方は,無国籍であるか,原則として帰化によってそれまでの国籍を喪失することが必要」と定められている。帰化すれば、日本国籍のみとなる。台湾籍が残っていれば、二重国籍となる。そのことが分かっていて、堂々と帰化したと書いていたのは、公職選挙法違反である。蓮舫氏は、国籍という極めて重要な事柄について経歴を詐称して、国会議員になっていたのである。閣僚まで務めていた。

 本年、蓮舫氏は民進党の代表選に出た。国籍に関する疑惑が高まり、台湾籍が残っているのかどうかを指摘されると、蓮舫氏は、9月6日の記者会見で、台湾籍を除く手続きをしたと発表した。台湾の一般の国であれば大使館に当たる駐日台北経済文化代表処に問い合わせたが、台湾籍があるかどうか「確認が取れない」ので、国籍離脱の手続きをしたのだという。だが、台湾籍を既に離脱しているのであれば、国籍喪失証明書を発行してもらえばいい。その証明書には、除籍の日時が明記されているはずである。それを保持していなかったのだろう。

 9月15日に民進党の代表選が予定されており、この時点で、蓮舫氏の優勢が伝えられていた。一回目の投票で過半数を獲得し、代表に選ばれる公算が大きいと見られた。そうした中で、蓮舫氏は二重国籍疑惑を追及されても、議員を辞職する意思を示さない。また、民進党は国籍問題を重大視する姿勢がなく、逆に二重国籍を許容し正当化する趣きだった。

 

●蓮舫氏はウソにウソを重ねた

 

 9月11日の記者会見で、蓮舫氏は「二重国籍疑惑はない」と強調した。だが、ネットユーザーの調べで、9月11日までに、台湾政府の官報の国籍喪失者のリストに、蓮舫氏の名前はないことが報告された。日本国籍がちゃんと取得されているとすれば、蓮舫氏は二重国籍となっていることが明確になった。そして、翌12日に、台湾政府から台湾国籍が残っていることが、蓮舫氏に伝えられた。日本国籍取得以降、約31年間、ずっと二重国籍だったと考えられる。それなのに、「台湾から帰化した」と経歴を詐称していたのである。

 この時点で、蓮舫氏が、前の週まで台湾のパスポートを所持していたことも判明した。パスポートを持っているということは、自分には台湾の国籍があるという意識を持っていたということである。パスポートには有効期限がある。この約31年間の間に、いつ更新し、いつ失効したのか、いつ渡航歴があるか、証拠を示して説明すべきだった。それをしないことで、疑惑は強まった。

 このころネット上で、蓮舫氏は、平成25年(2013年)に台湾に国会議員として出張したことが、明らかになった。二重国籍者が、台湾に入国する場合は、日本のパスポートではなく、台湾のパスポートを使用しなくてはならない。その時点で、台湾のパスポートは有効だったはずである。だから、台湾の国籍が残っていたのを知らなかったというのは、この点でも、真っ赤なウソである。また2013年後にそのパスポートが失効したというのか、それとも実は有効なパスポートを持っていて、悪質なウソを言っているのか。こうしたことは、台湾のパスポートのコピーと内容が示されれば、明らかになる。

 中華民国は国籍離脱の際、パスポートの返却を要件としている。帰化申請を多く扱っている行政書士によると、台湾の国籍喪失許可には、現在有効なパスポートを添付しなければならない。期限が切れて失効したパスポートではダメである。失効したパスポートを持っている人は、新しいパスポートに更新したうえで、国籍喪失許可申請をしなければならない。更新には、普通相当期間かかるという。台湾政府に国籍が残っていると通知されたのが12日であり、それから新たなパスポートを作って申請するとなると、民進党代表選が行われる9月15日の時点で喪失許可が出ているかどうかが疑われた。後で明らかになったのだが、ここには、極めて重大な問題が伏在していた。

 

 こうした状況で、蓮舫氏は二重国籍疑惑をごまかすために、一つの中国論をぶって、「台湾は国家ではない」という発言をした。台湾は国家ではないから、台湾籍を持っていても、二重国籍にはならないという理屈である。この発言は、台湾でトップニュースになり、台湾国民が激怒していると、台湾のネットユーザーが伝えた。

 蓮舫氏にとって台湾は父の国である。台湾人は父祖を大切にする。それだけに台湾は国ではないとする発言は、台湾人を憤激させた。事態は、台湾政府が正式に日本国外務省に通達を出すという国際問題に発展した。

一般の国では大使に相当する駐日台北経済文化代表処の謝長廷代表は、日本国外務省に次の主旨の通達をした。「台湾の国民(蓮舫)が日本の国会議員になるなんておかしい。これは国際問題だ。蓮舫は正真正銘の台湾人なのに、それを国会議員にした経緯を説明せよ。日台間の条約を変更するのであれば正式に通達しろ」と。わが国政府の対応があいまいだと、問題が拡大するおそれがある。

 謝長廷氏は、台湾民進党の政治家である。蓮舫氏は、元の名が謝蓮舫で、台湾民進党幹部に親族がいると伝えられる。彼女の身勝手な発言が、台湾人を本当に怒らせ、国際問題を引き起こしたのである。

 

 蓮舫氏の二重国籍疑惑について、マスメディアの多くは、なかなか積極的に取り上げなかった。ネットで問題が知られてから、9月上旬に最初に報道したのは産経新聞である。それに数日遅れて、全国紙最大手の読売新聞が、12日の社説で取り上げ、蓮舫氏を厳しく批判した。同じ日、フジテレビが、蓮舫氏は平成5年(1993年)の朝日新聞で「在日の中国国籍」としていたことを放送した。

 こうしてマスメディアの一部が二重国籍問題を報道するに至って、蓮舫氏は、13日の記者会見で、二重国籍について、ようやく謝罪した。「17歳のときに抜いたという認識だったが、台湾籍が残っていた」と明らかにし、「私の記憶の不正確さによって、さまざまな混乱を招いたことは、本当におわび申し上げたい」との謝罪だった。しかし、その発言にはまたウソがあった。「台湾籍が残っていたのは知らなかった」と説明したのは、真っ赤なウソである。先に台湾のパスポートについて書いたが、台湾籍があるからそのパスポートを持っており、また使っているのであって、「知らなかった」とは、まったくひどいウソである。

 

 しかも、本人が自分は「二重国籍」と過去に公言していた。ネットユーザーの調べで、蓮舫氏は、平成5年(1993年)に、週刊現代の対談で「二重国籍」と自ら語っていることがわかった。対談の相手は、作曲家の三枝成彰氏である。

 

 三枝 お母さんは日本人 ?

 蓮舫 そうです。父は台湾で、私は、二重国籍なんです。

 

 蓮舫氏が、このように自分は二重国籍だと語っていた。自分が台湾籍を持っていることを、明確に認識していたのである。

 また、蓮舫氏は、週刊現代の記事と同じ年に、「在日の中国国籍の者としてアジアからの視点にこだわりたい」とテレビ朝日のキャスターとして朝日新聞紙上で発言していた。「中国籍」という表現だが、その意味は、台湾籍を中国籍とみなす「一つの中国論」の考え方にたつものだろう。

 蓮舫氏は、平成9年(1997年)に雑誌「CREA」(文芸春秋社)では、自分は台湾籍だと発言している。「自分は台湾籍なのですが、父のいた大陸というものを一度この目で見てみたい、言葉を覚えたいと考えていました」と。この発言は、蓮舫氏がニュースキャスターを辞め、ジャーナリストとして活動していた時で、参院選に出て政界にデビューする前である。ここで、「父のいた大陸」と言っているところから、父親は台湾人といっても外省人で、蓮舫父子のアイデンティティは、台湾ではなくシナ大陸にあると考えられる。そして、蓮舫氏は、日本人としてのアイデンティティは、持っていない。二重国籍だとしても、日本に対する愛国人は持っていない。日本国民であることの誇りはなく、むしろ嫌悪感を持っていると推察される。

 先に書いたように、蓮舫氏は、平成5年(1993年)の週刊現代の対談では、日本と台湾の「二重国籍」と語り、同じ年の朝日新聞では「在日の中国国籍の者」と語り、 平成9年(1997年)の「CREA」では「自分は台湾籍」と発言している。自分の国籍についてすら正確な認識をしていない。国籍について、これほどいい加減な意識を持っている人間は、国政を担う資質を欠いている。また、過去の自分の発言を記憶していない。話をするたびに内容が変わる。そのような人物が国政に関わるには、能力に問題がありすぎる。

 

●二重国籍を問題視しない民進党

 

 問題が拡大するなかで、民進党内部では、9月15日の代表選を前に、党員・サポーターによる投票が行われた。ここで衆議院議員・松原仁氏が、「代表選の延期も検討すべきだ」との考えを表明した。二重国籍疑惑に関して、「党員・サポーター投票が終わる前に明快にする必要があったのではないか」と述べ、「代表選のやり直しも議論すべきだ」と主張した。

 代表選の前日である14日、松原氏ら民進党の国会議員有志20名が、岡田克也代表、枝野幸男幹事長(当時)に声明を出した。国籍に関する疑惑を書いて、蓮舫氏の問題に「民進党の存亡」がかかっているとの認識を示し、代表選の見直しを要望した。

 民進党執行部は、代表選の実施前に、蓮舫氏が中華民国内政部発行の「喪失國籍許可證書」(国籍離脱証明書)を取得できているか、書類の提出を求めるべきだった。蓮舫氏が現時点で日本国籍のみを所有するのか、二重国籍者なのかを確認することは、公党として最低限の義務である。だが、そのような最低限のことすら行わずに、民進党は代表選を実施した。蓮舫氏は、他の候補に大差をつけて圧勝した。こうして二重国籍を持つと見られる者が、野党第一党の代表となった。前代未聞の事態である。

 民進党は、今年(平成28年)7月の参議院選挙で岡田代表が日本共産党との選挙協力で容共路線を取った。それから、急速に左傾化している。中国・韓国・北朝鮮の特定アジア反日連合の代理政党とでもいうべき性格を強めてきている。岡田氏の民共合作路線に追従したことで、同党の保守系リベラルから日本的保守の残滓がさらに抜去されつつある。このような政党に合流した旧維新系の議員も、日本人の魂を失ってしまったようである。

 かつて「在日の中国国籍」と公言し、最近「台湾は国ではない」という認識を表明した蓮舫氏が代表に選出された。蓮舫氏は、台湾よりも共産中国との結びつきが強いと見られる。このままでは、民進党は、日共との民共合作だけでなく、中共とも連携する第二共産党に変質していくだろう。

 蓮舫氏を代表とする体制に反発する議員は、民進党を離党して、独自の行動をとる可能性がある。蓮舫氏を代表にしたことは、民進党の分裂・衰退の引き金となるだろう。

 

●これから追及は本格化する

 

 蓮舫氏が民進党の代表になったことで、二重国籍事件の追及は本格化した。有名ブロガーの池田信夫氏は、今回の蓮舫二重国籍事件で、重要な発言をし続けてきた。蓮舫氏が民進党代表になった後も、注目すべき発言を、Twitterfacebookで発し続けている。池田氏は、代表戦が行われた時点では、確認できていなかった重大な事柄を指摘した。抜粋にてまとめさせていただく。

 

 「台湾政府はまだ蓮舫の国籍喪失申請を認めていない。もし台湾が申請を却下したら彼女は日本国籍を失って在日台湾人になり、国会議員の地位を失う」

 「台湾の国籍法では無効になった旅券などをいったん有効にしてからでないと国籍喪失の手続きができず、そのためには(二重国籍は禁止なので)日本国籍を離脱する必要がある。台湾政府が蓮舫だけにその例外を認めるかどうかは政治的判断だが、数ヶ月はかかるだろう。」

 「台湾国籍を喪失するには旅券を「有効化」しないといけない。旅券更新のためには(日本と同じく)「他の国籍がない」証明が必要で、日本国籍をいったん抜く必要がある。蓮舫氏がそれをやった瞬間に国会議員の資格を失う。」

 「台湾の国籍喪失には「現在有効な旅券」が必要だ。彼女はいったん日本国籍を離脱しないと旅券を更新できないが、その瞬間に議員資格を失う。」

 「2006年以降に(参議院議員として)旅券を更新した疑いもある。これはこれで「故意の経歴詐称」の動かぬ証拠。証拠は台湾政府がもっている。」

  「日本の旅券法も同じ。申請のとき「外国籍がない」と書かないと旅券は更新できない。蓮舫がそれに違反していることは確実」

 「おそらく「私の旅券は1985年に失効した」というのも嘘。証拠は台湾政府が握っているので、それが出てきたらアウト。私は今まで彼女の話を信用していたが、旅券が失効していたら、そもそも国籍喪失申請が受理されない。」

 「彼女の話を信じないで、ありそうな事実を考えると「今も有効な旅券をもっており、台湾国籍があることも知っていたが、首相をねらうために2013年から嘘をつき始めた」。故意が立証できれば、検察は公選法違反で起訴できる。証拠はいっぱいあるが、必殺の証拠は台湾政府がもっている。」

 「旅券法違反は大した話じゃないが、彼女の旅券の話が嘘だとすると公選法違反で起訴できる。これが本筋。」

https://twitter.com/ikedanob?lang=ja

https://www.facebook.com/ikedanob?fref=ts

 

 池田氏は、重要なことをいくつも指摘した。私見を述べると、蓮舫氏は台湾人を怒らせ、台湾政府の幹部も怒っている。彼女の国籍喪失申請を特例的な形で認めることをせず、法規に従って日本の国会議員の資格を失わせたり、蓮舫氏の不正行為の証拠を示して日本の検察に起訴させたりする可能性があると見られた。

 しかし、結局、台湾政府は蓮舫氏の申請を受けた。蓮舫氏は、9月23日に台湾籍の離脱の手続きが完了したと記者会見で報告した。9月6日に申請してから、約17日後のことである。台湾の法律では、国籍喪失には2ヶ月かかると定められているという。短期間での手続き完了は、台湾政府が蓮舫氏に対して例外的な措置を取ったと考えられる。また、実は、蓮舫氏は、失効したのではなく有効な台湾のパスポートを持っていて、ウソをついていたとも考えられる。わが国の旅券法・公選法に違反する疑いが強い。国籍喪失証明書と台湾パスポートの記載内容を公開すれば、事実と虚偽を確認できるはずである。公権力による調査が必要である。

 

●原口元総務大臣が国籍法違反と公言

 

 元台湾人の金美齢氏は、9月18日放送のテレビ番組「そこまで言って委員会NP」で、「2009年に日本国籍を取得するとき、法務局から、先に台湾国籍を喪失して喪失証明書を持ってきてくださいと求められた」と証言した。

 この番組では、さらに重要な発言があった。民進党の原口一博元総務相の発言である。原口氏は、蓮舫氏の二重国籍疑惑について、次のように語った。「国籍法16条は努力義務ですが、14条によって台湾籍は放棄しとかなきゃいけない。それをなされないということは、14条違反になる。私は総務大臣だったので、そこからひるがえると公職選挙法や政治資金規正法違反になる。国会議員になるには日本人でなければならないという根本的な要件を満たしていない疑いがある」と語った。

 国籍法16条は、1項に次のように定める。「選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。」。蓮舫氏の場合は、14条が関係する。次の条文である。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第14条 外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなつた時が20歳に達する以前であるときは22歳に達するまでに、その時が20歳に達した後であるときはその時から2年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。

2 日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣誓(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 国籍の選択と、国籍の取得は違う。国籍の選択は、日本国籍と外国籍とを保有する者が、日本国籍だけを選択することである。国籍の取得は、日本国籍を持たない者が日本国籍を取得して日本国民になることである。国籍選択の手続きには、外国籍を離脱することと国籍選択の宣言をすることの2つがある。

 蓮舫氏は、台湾籍が残っていたことが判明したから、二重国籍の状態で国会議員になったことが明らかになった。わが国は、国会議員が二重国籍であることを法律で明示的に禁止していない。公選法10条は、「日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する」と定めており、日本国民にのみ被選挙権を認めている。日本国民とは、日本国籍を有する者を言う。それゆえ、二重国籍者もまた日本国民である。だが、二重国籍者は、22歳までに日本国籍を選択することを努力義務として義務付けられている。

この点について、池田氏は、次のようなツィートをした。

 「元総務相が国籍法14条違反(当選無効)と明言した以上、あす総務省も公式見解を求められるだろう。公選法10条では被選挙権を『日本国民』に限定しているので、日本国籍が確定していない状態で被選挙権を与えるのかどうか。」

 「問題は公選法。選挙のとき選管が国籍をチェックするので、14条違反で国政選挙に当選したとなると総務省の責任問題。少なくとも今の国籍法では11歳(ママ ほそかわ註 22歳)までに国籍選択が必要なので、それ以降も外国籍を離脱していない人に被選挙権はない。」と。

 この点に関して、我が国のあり方を明確にする必要がある。

 

 蓮舫氏の現状について、八幡和郎氏が9月21日の時点で、核心をつく指摘をしている。

  「蓮舫氏はあいかわらず疑惑のごく一部にしか答えておらず、過去の証言とも矛盾が多いままであり、よほど不都合な事実が隠されているのでないかという、疑惑はますます深まるばかりだ。」

 「蓮舫氏がまず提出すべきなのは、日本国籍選択宣言の日付けを証明できる戸籍資料(原戸籍のはず)で簡単なことだ。ついで、台湾のパスポートのコピーと内容だ。」

http://agora-web.jp/archives/2021561.html

 八幡氏の指摘については、国籍法14条2項とともに、戸籍法104条の二が関係する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――第一〇四条の二 国籍法第十四条第二項の規定による日本の国籍の選択の宣言は、その宣言をしようとする者が、その旨を届け出ることによつて、これをしなければならない。

2 届書には、その者が有する外国の国籍を記載しなければならない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

蓮舫氏は、台湾籍が残っていたことが判明したから、戸籍法104条の二違反の可能性もがある。

 蓮舫氏は、国会議員である。八幡氏が指摘する書類を提示する義務がある。このことは、9月23日を以て、台湾籍を離脱した現在においても、履行すべき義務である。

 

●蓮舫氏は日本国籍選択を届けたというが

 

 9月24日蓮舫氏は、記者会見で、次のように報告した。台湾から国籍喪失手続き完了の書類が届いたので、それをもって目黒区役所に日本国籍選択を23日に届けた、と。この報告によって、極めて重大な可能性が浮上した。そのことを、八幡和郎氏が指摘した。蓮舫氏は、そもそもこれまで日本国籍選択をしていなかったのではないかということである。31年間何もしてこなかったということである。

 日本国籍選択には、二つの方法がある

 

@ 台湾の籍を抜いたことを届ける

A 国籍選択宣言を区役所で行い、その後に台湾籍を抜く

 

 これらのうち、蓮舫氏は、9月23日以前には、Aを行っていると思せることを述べていた。ところが、日本国籍についても、極めて重大なウソを言っていた可能性がある。

 

 蓮舫氏の国籍の経緯は、次のようなことだったと理解される。

 

・昭和42年(1967年)11月28日 蓮舫氏は、台湾人の父と日本人の母の間に出生。台湾人謝蓮舫として台湾大使館に届け出た。

・当時の日本の国籍法は、父系主義であったので、父親が台湾国籍の蓮舫氏は台湾国籍のみを有し、日本国籍はなかった。

・昭和60年(1985年)1月1日改正国籍法が施行。母親が日本人の蓮舫氏は日本国籍を取得できることになり、その手続きを行った。同年1月21日付で、法務局で日本国籍を取得した。日本国籍を22歳までに国籍選択する条件付きで、二重国籍となった。

・その直後、駐日台北経済文化代表処にその旨届け出た。

・平成元年(1989年)11月27日に22歳になるまでに、国籍選択の義務があったが、蓮舫氏は放置した。そのため、違法な二重国籍の状態が続いた。

・以後、蓮舫氏は国籍に関して、矛盾する発言を繰り返した。平成5年(1993年)の週刊現代の対談では、日本と台湾の「二重国籍」と語ったが、同じ年の朝日新聞では「在日の中国国籍の者」と語り、 平成9年(1997年)の「CREA」では「自分は台湾籍」と発言するなどした。

・平成16年(2004年)、蓮舫氏は参議院議員選挙に東京選挙区から出て初当選し、現在3期目である。選挙公報では、「台湾から帰化した」と虚偽の経歴を掲載したり、「自分は生まれた時から日本人」という虚偽の発言を繰り返していた。

・平成28年(2016年)8月、蓮舫氏は民進党代表選に立候補した。これを機会に、二重国籍の疑惑が浮上した。

・平成28年(2016年)9月6日に、蓮舫氏は、台湾政府に台湾国籍の離脱を申請した。

・同年9月23日、台湾政府より台湾国籍喪失の手続きが完了した旨が、蓮舫氏に通知された。

・同年9月23日、蓮舫氏は、上記書類を添えて国籍選択の届けを東京都目黒区役所に提出した。

 

 このような経緯において、蓮舫氏は、国籍法・戸籍法・旅券法・公職選挙法等に多重に違反している疑いが濃厚である。言葉だけでなく、国籍・戸籍・旅券に関する日本及び台湾の公的文書を示して説明する責務がある。すみやかに、その責務を履行してもらいたい。

 

●多重的に法律に違反

 

 蓮舫氏に関しては、私の理解するところ、現在、法的には次の疑いがあると思う。

 

@ 我が国のパスポートの申請の時に、外国籍を有しないなど虚偽の記載をして申請していた場合は、旅券法23条に違反(5年以下の懲役若しくは3百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科)

A 22歳以降、約31年間にわたって、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣誓をしていなかったことは、国籍法14条2項に違反。

B 同じく日本国籍選択の宣言を届けていなかったことは、戸籍法104条の二に違反

C 台湾から帰化したとして国会議員になった際の経歴詐称は、身分、職業若しくは経歴等の虚偽事項の公表を禁じた公職選挙法235条及び同条の二に違反(2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金)

 

 蓮舫氏は、これらの違反を認めて国会議員を辞職すべきである。だが、現在のところ、本人に辞職の意思が全く見られない。検察当局は厳正な調査を行うべきである。

 また、蓮舫氏は、国会議員として、政治的・道義的には、次の問題があると思う。

 

D 二重国籍疑惑が生じてから国民に対してついてきたウソと説明のブレ。

E 国籍に関する薄弱な意識と日本国に対する愛国心のなさ。

F 二重国籍の状態で旧民主党政権の閣僚として外務に携わったこと。

 

 国会は、@〜Fの全体について、厳しく追及してほしいと思う。@〜Cのうちには違法だけれども時効のものもあるだろうが、その場合は、国会議員の政治的・道義的責任として追及できるだろう。

 

●アゴラ編集部が蓮舫氏に公開質問状

 

9月29日言論プラットフォーム「アゴラ」の編集部が蓮舫氏に公開質問状を出した。八幡和郎氏・池田信夫氏らによるものである。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

http://agora-web.jp/archives/2021749-2.html

 

【公開質問】蓮舫さんへの情報開示のお願い

20160929 16:00

アゴラ編集部

 

参議院議員・民進党代表 蓮舫殿

 

蓮舫さんの二重国籍問題については、829日に八幡和郎氏がはじめてその疑いを指摘して以来、八幡氏や当サイト主宰の池田信夫をはじめ多くの筆者が当サイトで議論を展開しているところです。

しかし、残念なことは、事実関係が明らかにされず、たとえば、日本の国籍制度の今後とか、蓮舫さんの政治的責任の処理といった議論に進めず、事実解明をめぐる論争が続き、さまざまな可能性の指摘も続いています。とくに、これまで、私どもの指摘を蓮舫氏が否定されたにもかかわらず真実であったことが多くある以上は、現状の説明をそのまま真実として了解できないのは、遺憾ながら当然のことです。

このような状況は私たちの望むところでありませんが、事実関係は蓮舫氏がすでに持っておられるか容易に入手できる証拠書類とともに説明されることで容易に明らかに出来ることばかりです。

もし、蓮舫さんがこうした疑惑を追及する立場だったら舌鋒強く「なぜ証拠書類を出さない」と仰っていたであろう、と多くの国民が感じているところです。

とくに、

 

@  国籍選択の日付の戸籍関係書類の開示による証明(されてなかったのなら923日に届けられたことを証明する書類)

A  96日に台湾の代表処に出された台湾旅券を含むすべての書類

B 923日に台湾の当局から受け取られた国籍喪失証明書

 

については、是非とも公開されたいところです。なぜなら、現状では、国籍選択をされたのか、本当に二重国籍状態は解消されたのか、蓮舫氏の一方的な説明に過ぎないからです。

私どもの質問の一部については、97日に質問をお届けしたところですが、あらためて、ほかの諸点とともにお届けし、当方への書面(メールはこちら)、記者会見、当方のサイトへの寄稿のいずれでも結構ですので、明らかにしていただくことを希望します。

とくに、当方のサイトでの自由な投稿の機会をご用意してきたし、今後もできることは、在来の新聞、雑誌、放送とはまったく違う公正なものであるという自負をお伝えしたいと思います。(項目ごとのカッコ内は当方の見解です)

 

2016928

アゴラ編集部

 

-     - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

@蓮舫氏は19671128日に中国人の父と日本人の母の間に東京で生まれた

(・・・書類なしだがほぼ確実)

A当時の国籍法の規定により台湾籍となり謝蓮舫と称す

B国籍法改正のために1985121日に日本国籍取得

(・・・書類の一部がYahoo!ニュースに掲載されたことはある。確実ではないが事実の可能性は比較的高い)

C台湾代表処にBを報告する

(・・・蓮舫氏は国籍離脱届けだったと思ったが(あり得ず)内容不明とするが、日本国籍取得の届け出か。時期はBと同日ないし遠くない時期だが書類なしで真偽不明。)

D日本の区役所での国籍選択宣言

(・・・過去には18ないし19歳で行ったと推測できるようなことをいっていたが今回はしたかどうかも曖昧。日付は言及せず。もちろん証明書なし。)

E台湾の代表処での国籍離脱手続き

(・・・したかどうかも含めて記憶が曖昧だったが今回していないことが判明)

F台湾代表処への96日申し入れ

(・・・・台湾籍が残っているかどうかを調べ、残っていたら離脱したいむね書類を揃えて申請。秘書がマスコミに目撃される。ただし、相談申請の内容は書面では示さず不明(パスポートなど含まれていたと主張)

G台湾代表処から912日に国籍が残っていたと通知

(・・・書面で示されず真偽不明)

H台湾代表処から国籍喪失が923日に認められたと通知

(・・・書面で示されず真偽不明。来年になると台湾の官報に掲載される可能性)

I923日に喪失証明をもって区役所に届け出

(・・・国籍選択をしていなかったので改めてした可能性が高いがそれ以外の可能性も完全には排除されず。いずれにしても証明されず真偽不明)

J台湾パスポートは最後はいつが最終期限だったのか。最後に使ったのはいつか。

(・・・不明)

K中国留学時にすべての機会において台湾人としての権利行使をしなかったか。台湾人であるほうが様々の料金が安いが。

(・・・不明)

L自分の戸籍(原戸籍を含む)に記載されている台湾籍についての内容を見たことがないのか

(・・・あたかも皆無であるかのように主張しているが不自然)

M父親の戸籍

(・・・見たことがなく台湾籍だったかどうかも不明とYAHOOインタビューで語っているが現在でも同じ主張か)

N日本のパスポートで台湾や中国に出入国していたならパスポートで証明できる。若い頃も含めて知りたい

(・・・古いパスポートも普通は残しているはず)

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※同文を28日夕刻、参議院議員・蓮舫事務所の代表メールに送付し、同時にアゴラのツイッターから蓮舫氏のアカウントに対し、本記事のURL付きのツイートを行った。

※マスコミの皆様へ 本件についての論点の参考にしていただき、定例記者会見等、今後の蓮舫氏へのご取材の参考にしていただければ幸甚です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

自民党と日本維新の会は、蓮舫氏の国籍問題を追及する構えである。その際、この公開質問状は非常に有益である。そのまま国会で取り上げて、蓮舫氏に問いただしてもよいだろう。

なお、国籍問題のほかに、蓮舫氏の出自には不思議なことがある。公表されている内容から家系図を作った人がいて、奇妙なことが指摘されている。それによると、父親の謝哲信が12歳の時に蓮舫氏が生まれたことになり、また祖父の 謝達淋が亡くなってから20年後に父・謝哲信が生まれたことになる。絶対ありえないことであり、いわゆる背乗り(はいのり)の疑いが指摘されている。背乗りとは、工作員が他国人の身分・戸籍を乗っ取る行為を指す警察用語である。国会議員の出自は、重要である。この点も国会で明らかにしてほしいと思う。

 

●国会議員の二重国籍を禁止すべし

 

民進党代表・蓮舫氏の二重国籍事件は、戦後日本初めての国会議員の国籍に関する重大事件である。近代国家・日本で初めての事件と言ってもいい。この蓮舫二重国籍事件で、我が国における国籍の問題が戦後初めて表面化した。

我が国は、法律で二重国籍を原則禁止としている。国籍法14条で、二重国籍者は22歳までに国籍を選択しなければならないと定めている。これは義務である。また同法16条は「(日本国籍)選択の宣誓をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない」と定めている。これは努力義務である。15条に、法務大臣はその期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して、書面により国籍の選択をすべきことを催告することができると定めている。だが、この催告を徹底していない。外国籍離脱の努力義務には期限がなく、督促もない。そのため、我が国には14万人もの二重国籍者がいるのではないかといわれるような状態になっている。

国会議員が二重国籍であることを、法律で禁止していない。二重国籍者でも国会議員になれるということである。国政の被選挙権は、衆議院議員が25歳以上、参議院議員が30歳以上である。22歳までに国籍選択の義務を定めていながら、その年齢までに選択の宣誓をしておらず、またその後、外国籍の離脱に努力していない者でも、被選挙権が与えられてしまう。外国籍を離脱していない者が国会議員になった場合も、いつまでに外国籍の離脱をしなければならないという定めがない。そのままの状態で議員の地位を保ち続けることができてしまう。蓮舫氏は、二重国籍の状態で参議院議員となり、旧民主党時代には閣僚を務めた。だが、今回まで大きな問題にならなかった。もし民進党が政権を取れば、蓮舫氏は二重国籍のままで首相になれてしまうところだった。これは、独立主権国家として、極めて大きな法的な不備である。

たとえば、米国の場合は、合衆国憲法第2条に「出生による合衆国市民以外は大統領となることはできない」などと資格や条件を詳細に規定し、国のかじ取りをあずかる大統領については多様性とは峻別し、厳格な要件を定めている。その理由は、大統領が国家・国民の利益擁護を至上の課題とし、国家安全保障にも重大な責任を負っているからである。

蓮舫二重国籍事件で、我が国の国家としてのあり方の問題点が浮かび上がった。国籍の問題は国家の統治権の根本に関わる重大な問題である。これを正していかないと、日本の再建はできない。

日本維新の会は、9月27日国会議員の二重国籍を禁止する公職選挙法改正案を参議院に提出した。外国籍を持つ場合は国会議員の被選挙権を有しない等が盛り込まれている。片山虎之助共同代表は、「国会議員になりたいような人は、二重国籍をチェックして、そうならない法的な措置が必要」、足立康史政調副会長は「私は蓮舫法案と呼んでいる。国益にのっとって国民の生命と財産を扱う立場の国会議員は二重国籍禁止に」と述べた。

これまでの国籍に関連する法律のあいまいさを改善するために、極めて重要な法案である。少数党の提案だが、日本の国政を担う国会議員は、与野党を問わず、当然賛成すべきものである。敢えて反対する者は誰か、特に自民党・公明党の議員の発言・行動が注目される。

28日の衆院本会議で、安倍首相が所信表明を行った。これに対する代表質問で、日本維新の会の馬場伸幸幹事長は、「二重国籍者は外交官になれない。日本と外国の2つの国籍を持つ者が外交に携われば、わが国と当該国で利害対立があれば、国益が損なわれる恐れがあるからだ」と発言。「二重国籍者に、国政選挙での被選挙権などに一定の制限を課すべきだ」と主張し、首相に公選法改正の必要性を問うた。

この質問に対し、安倍首相は「被選挙権の問題は民主主義の土台である選挙制度の根幹に関わる事柄であり、各党各会派で議論すべきことだ」と述べ、それ以上、踏み込んだ発言をしなかった。

安倍氏は、自民党総裁として、自民党で本件について積極的に議論を進め、蓮舫法案の成立を図るべきである。また首相として、法務大臣に、国籍法の規定の厳格な運用を指示すべきである。国籍法14条に22歳までの国籍選択義務を定め、15条に法務大臣はその期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して、書面により、国籍の選択をすべきことを催告することができると定めている。この実施状況を国会に報告させ、実施を徹底すること。蓮舫氏の場合は、対応の経緯を国会で報告すること。また16条に、選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならないと定めている。これは努力義務だが、原則として被選挙権を行使することを希望する者には、外国籍の離脱を徹底すること。これらを実行すべきである。

 

●現行法はあまりにも不備が大きい

 

 現行法には、衆議院議員・参議院議員について、重国籍を禁じる規定はない。日本国籍を有することだけが求められ、外国籍を有しないことは求められていない。公職選挙法に定めるそれ以外の公職、すなわち地方公共団体の議会の議員及び長の職も同様である。

 内閣総理大臣、国務大臣については、国家公務員法に定めている。首相補佐官、副大臣、政務官等も同様である。国家公務員のうち、外務公務員のみ、外務公務員法7条で「国籍を有しない者又は外国の国籍を有する者は、外務公務員となることができない」と定めている。外務公務員とは、大使、公使、外務職員等を言う。逆に言うと、外務公務員以外の国家公務員については、重国籍を禁じていないということである。

国家公務員法は、国民を対象とし、国籍の文言を用いていない。日本国民の要件は、日本国籍を有する者であるから、重国籍者も日本国籍を有していれば、国民である。それゆえ、重国籍者が国会議員になることも、大臣になることも、首相になることもできてしまう。

まったくおかしな状態である。独立主権国家の体をなしていない。外務公務員は重国籍を禁じていて、その上司となる外務大臣や総理大臣は重国籍でもよいというのは、明らかに法律の不備である。

日本国憲法は、73条に内閣の事務について、「法律を誠実に執行し、国務を総理すること」「外交関係を処理すること」「条約を締結すること」等を定めている。 まず閣僚は、国籍法の規定を誠実に執行する責任がある。重国籍者であれば、国籍選択の義務及び外国籍の離脱の努力義務を履行すべきである。次に、内閣は合議制であり、外交関係・条約に関する事務も閣僚の合議で決定する。それゆえ、閣僚に重国籍者はあってはならず、また外務公務員の上位にあって外務を決定する最高意思決定機関の構成員として、重国籍を禁じなければならない。

次に、我が国の被選挙権は、日本国籍を持つ者で選挙当日の年齢が衆議院議員・地方議会議員・市区町村長に立候補するには満25歳以上、参議院議員と都道府県知事に立候補する場合は満30歳以上であることが必要と定められている。重国籍者の場合、22歳までに国籍を選択する義務があるが、20歳以降の2年間にそれができていない者でも、被選挙権が付与される25歳までには、3年間もの時間がある。合計5年間である。参議院議員と都道府県知事であれば、さらに5年間、計10年もの時間がある。日本国民として、この義務を履行していない者は、国会議員・地方自治体の議員や長になれないことにする必要がある。ブラジルのように国籍離脱を許さない国については、特例として一定の条件を課せばよいだろう。

 

●大臣・自衛隊員・防衛省職員・SP等についても検討が必要

 

9月6日自民党の有村治子氏が参院予算委で、安倍首相や閣僚に鋭い質問をした。

安倍首相は、法的には複数の国籍を持つ重国籍者が首相や外相、防衛相など外交・安全保障に深く関わる役職に就くことができる点について「問題点は整理しなければならない。しっかりと研究したい」「閣僚、首相補佐官は、戸籍などの書類で証明してもらうことも必要かもしれない」と答えた。

有村氏は、続いて岸田外相・稲田防衛相・松本国家公安委員長らへの質問において、重要なことを多く指摘した。

 

・二重国籍で外相になれるのか。

・大臣、副大臣、政務官が二重国籍であっていいのか。必ずしも国会議員の身分には直結しない。民間人が外相・防衛相になっている事例がある。

・自衛隊、防衛省職員の二重国籍を禁じる法律がない。自衛隊、防衛省職員が日本以外の国籍を持てる状態でいいのか。

・外交官に二重国籍を禁じる一方で、自衛官には日本以外の国籍を持つことを禁止していない。規則の違いはなにか。

・警視庁のSP、警察官の二重国籍を禁じる法律がない。天皇皇后両陛下や、皇族方、総理大臣などを護衛する者が二重国籍であってもよいのか。

・社会の転覆をはかろうとする破壊組織、国際テロ組織、国際犯罪組織に向き合う公安警察官が、日本以外の国籍を持てる状態でいいのか。

 

これらの質問で我が国がいかに脆弱・無防備な状態にあるか、より一層明瞭に浮かび上がった。政府・自民党は、真剣に検討を進めるべきである。改善のためには、国籍法、国家公務員法、地方公務員法、公職選挙法等の改正が必要となる。

 

●戦前の日本はまともだった、占領期間に異常な国に変わった

 

 戦前のわが国では、大日本帝国憲法に、第十八條「日本臣民タル要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と定めて、その下に国籍法が制定されていた。この構成は、戦後の法体系と同じである。

國籍法(明治三十二年法律第六十六号、以下旧国籍法)は、外国人が帰化する場合、第七條五に「國籍ヲ有セス又ハ日本ノ國籍ノ取得ニ因リテ其國籍ヲ失フヘキコト」と定めていた。戦後の国籍法のように、重国籍者の外国籍の離脱を努力義務とするというようなあいまいさがない。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第七條 外國人ハ内務大臣ノ許可ヲ得テ歸化ヲ爲スコトヲ得

 内務大臣ハ左ノ條件ヲ具備スル者ニ非サレハ其歸化ヲ許可スルコトヲ得ス

一 引續キ五年以上日本ニ住所ヲ有スルコト

二 滿二十年以上ニシテ本國法ニ依リ能力ヲ有スルコト

三 品行端正ナルコト

四 獨立ノ生計ヲ營ムニ足ルヘキ資産又ハ技能アルコト

五 國籍ヲ有セス又ハ日本ノ國籍ノ取得ニ因リテ其國籍ヲ失フヘキコト

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

また旧国籍法は、帰化人等は国務大臣(総理大臣含む)・帝国議会員等になれないと明確に定めていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第十六條 歸化人、歸化人ノ子ニシテ日本ノ國籍ヲ取得シタル者及ヒ日本人ノ養子又ハ入夫ト爲リタル者ハ左ニ掲ケタル權利ヲ有セス

一 國務大臣ト爲ルコト

二 樞密院ノ議長、副議長又ハ顧問官ト爲ルコト

三 宮内勅任官ト爲ルコト

四 特命全權公使ト爲ルコト

五 陸海軍ノ將官ト爲ルコト

六 大審院長、會計檢査院長又ハ行政裁判所長官ト爲ルコト

七 帝國議會ノ議員ト爲ルコト

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 占領期に帝国憲法とともにこの法律が廃止され、戦後の国籍法(昭和25年)が制定された時に、旧国籍法16条に当たる規定がなくなったと理解される。これだけ重要な規定がなくなったのは、GHQの圧力があったと推察される。今の国会議員より優秀な当時の立法者が不注意で定め忘れたとは、考えられない。

 

 なお、旧国籍法は、第十六條に続いて、

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第十七條 前條ニ定メタル制限ハ第十一條ノ規定ニ依リテ歸化ヲ許可シタル者ニ付テハ國籍取得ノ時ヨリ五年ノ後其他ノ者ニ付テハ十年ノ後内務大臣勅裁ヲ經テ之ヲ解除スルコトヲ得

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

と制限解除の要件も定めていた。第十一條は、次の条文である。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

第十一條 日本ニ特別ノ功勞アル外國人ハ第七條第二項ノ規定ニ拘ハラス内務大臣勅裁ヲ經テ其歸化ヲ許可スルコトヲ得

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 戦前の日本は、確かに独立主権国家だった。今の日本より、まっとうな国だった。戦後の日本は、占領下に主権を制限され、二重国籍者が首相や大臣、国会議員等になれてしまう異常な国家となった。そのまま今回の蓮舫二重国籍事件の発生まで来てしまったのである。日本再建のためには、旧国籍法を参考にして法改正をするのがよいと思う。先人の知恵に学ぶべきである。(1)

 

●結びに

 

国籍は、日本人とは何か、日本国民とは何か、政府と国民の関係とはどういうものか、という日本の根幹にかかわる事柄である。

そもそも我が国は国籍に関する制度が緩すぎる。まず日本国籍を取得する要件を厳格化することが急務である。現行の要件では、日本国への忠誠心、日本の歴史・伝統・国柄への理解、日本の国語・文化の習得等を欠いていても、簡単な申請で日本国民になれてしまう。日本国籍を安易に外国人に与えてはならない。

また帰化した国民が選挙権・被選挙権を持てるようになるまでに、一定の期間を設ける必要がある。

国会議員・地方自治体の議員や長について、重国籍の禁止は当然である。立候補者の3代前までの出自(国籍等)の履歴公開も必要である。

民間人の大臣、自衛隊員、防衛省職員、警視庁のSP、警察官、公安警察官等についても、重国籍を禁止すべきである。

国籍法、国家公務員法、公職選挙法、地方公務員法等の改正を早期に行う必要がある。

国籍に関する意識と制度の改革は、日本の再建に不可欠の課題である。蓮舫二重国籍事件をきっかけに、この改革を早急に実現しよう。

 

1 戦前の日本の国籍と参政権

戦前の日本では、朝鮮人・台湾人は、大日本帝国臣民として、日本国籍を有した。

明治32年(1899年)の旧国籍法は、台湾では施行されたが、朝鮮では施行されなかった。

台湾は、明治28年(1895年)、日清戦争後の下関条約で、清国から割譲を受けた。その後に制定された旧国籍法が台湾で施行されたことによって、台湾人は大日本帝国の国籍を有した。ただし、内地の戸籍法は適用されず、台湾戸籍として別個に登録された。

一方、朝鮮は、明治43年(1910年)に併合された。併合後、朝鮮人を日本人と考えたのは、旧国籍法を適用したからではなく、朝鮮統治に基づく朝鮮戸籍令の規定によるものだった。朝鮮人は大日本帝国の国籍を有するとしたのは、「朝鮮人は朝鮮に帰属する(朝鮮戸籍で確認)」→「朝鮮は日本が併合している」→「それゆえ、朝鮮人は日本人である」→「また、それゆえ、大日本帝国の国籍を有する」という論理による。

台湾人・朝鮮人とも、日本人として大日本帝国の国籍を有したが、内地人の持つ日本国籍と外地人の持つ日本国籍は明確に区別されていた。内地人の持つ日本国籍は外国籍取得による国籍離脱が認められていたが、外地人の持つ日本国籍は外国籍取得による国籍離脱の規定が存在しなかった。

参政権については、内地に居住する台湾人・朝鮮人には、国政・地方とも参政権があった。ただし、外地に居住する者は、参政権のうち選挙権はなく、被選挙権のみがあった。衆議院議員の選挙権には居住要件があったため、外地に居住する者は日本人・朝鮮人・台湾人とも投票できなかった。一方、被選挙権には居住要件がなく、日本人であれ台湾人・朝鮮人であれ、立候補することが可能だった。実際には朝鮮に住む日本人が一人立候補しただけだったらしい。

戦前、衆議院議員となった朴春琴という朝鮮人がいた。朴は、内地に居住する朝鮮人だったので、選挙権・被選挙権とも所有した。衆議選に東京4区で4回立候補し、うち昭和7年(1932年)と12年(1937年)の2回当選した。他に戦前に立候補した内地居住の朝鮮人がいたが、当選しなかった。

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