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デフレを脱却し、新しい文明へ

〜三橋貴明氏

2010.8.22

 

<目次>

 

第1章 ネットから登場したエコノミスト

第2章 国家モデル論で日本を見る

第3章 日本はそれほど財政危機ではない
第4章 日本は経済成長できる

第5章 21世紀日本のグランドデザイン

第6章 日本から物心調和・共存共栄の文明を

 

 

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はじめに

 

三橋貴明氏は、インターネットから登場した若い経済評論家である。中小企業診断士として企業の財務分析で培った解析力をマクロ経済に応用し、経済指標など豊富なデータをもとに国家経済を多面的に分析する「国家モデル論」で知られる。現在、私が注目するエコノミストの一人である。本稿は、氏の経済理論と政策構想を考察するものである。

第1章       ネットから登場したエコノミスト

 

●デフレを脱却し、新たな経済成長を目指す

 

 三橋氏は、わが国の経済について通説を覆す主張をし、日本がデフレを脱却し、新たな経済成長をするための総合的な経済政策を提案している。その政策は、「成長こそすべての解」とする積極的な経済成長路線である。
 三橋氏は2010年(平成22年)7月の参議院選挙で自民党の比例区公認候補として立候補した。単なる経済評論家ではなく、自らの経済成長理論をもって政界に進出し、その実現を図ろうというわけである。結果は落選だったが、政界進出に当たって、『日本を変える5つの約束』(彩図社)、『日本のグランドデザイン』(講談社)等を出版し、自らの政策・信条・ビジョンを明らかにした。
 私は、多くの経済理論・経済評論に納得がいかず、疑問を抱きながら、デフレ脱却を優先し、経済成長による財政の改善を図るべきという考え方をしてきた。三橋氏の理論と主張は基本的にこの方向だが、これまで私の知るものとは異なる点がある。そこで氏の経済成長理論の骨子を整理し、検討を行う。

●わが国の経済的課題

最初にわが国の経済的課題について、簡単に記したい。
 わが国は第2次世界大戦後、敗戦の荒廃から復興し、1955年〜73年(昭和30〜48年)にかけて高度経済成長を成し遂げた。この間の経済政策は、ケインズの経済理論を摂取し応用した日本独自のものだった。日本の復興・高度経済成長は、世界史の奇跡といわれる。わが国は1973年、78年(昭和48年、53年)と二度にわたるオイル・ショックに直面したが、この危機を乗り越えて、世界第2位の経済大国となり、アメリカを脅かす存在となった。ところが、1985年(昭和60年)のプラザ合意以後、わが国は敗戦後、軍事的に従属してきたアメリカに金融的にも従属する関係となり、その関係の中でバブル経済に陥った。1990年(平成2年)ころバブルは崩壊し、日本経済は大きな打撃を受け、長期にわたる不況が続いた。それとともに、一層アメリカ資本の進出を許す外交が行われた。

1991年(平成3年)ソ連が崩壊し、相前後して東欧諸国も共産主義を放棄した。その結果、アメリカが唯一の超大国となり、世界の政治・経済・軍事に大きな力を振るうようになった。アメリカは、新自由主義・市場原理主義に基づくグローバリズムを各国に広めた。ウォール街を中心とする巨大国際金融資本が、情報通信技術を駆使して、強欲に利益を追求した。
 2001年(平成13年)に成立した小泉=竹中政権は、わが国に新自由主義・市場原理主義を導入した。新自由主義は、ネオ・リベラリズムの訳語で、政府の介入は最小限にすべきという、市場による自由競争や古典的自由主義を再評価する思想である。市場原理主義は、マーケット・ファンダメンタリズムの訳語である。新古典派経済学の単純化された競争均衡モデルに基づき、政府が自由放任の立場を取っていれば、市場メカニズムが最適な資源配分と秩序の均衡をもたらすという思想をいう。わが国では、新自由主義・市場原理主義の経済政策によって、構造改革が推進された。その結果、中小企業の倒産が多発し、経済的格差が拡大し、家庭や地域の共同性が損なわれた。これへの反省と反発が、今日のわが国の経済学・経済政策にほぼ共通して見られる。グローバリゼイションに抗してナショナリズムを復興し、競争原理に対して協同原理を回復し、マネー・ゲームではなくものづくりを重視し、経済成長と社会保障の調和を追及する傾向が強くなっていると言えよう。竹中平蔵氏の盟友だった中谷巌氏の懺悔と転向は象徴的な出来事である。
 バブルの崩壊後、わが国の経済は、低迷を続けている。不況の中で行われた緊縮財政の結果、2000年(平成10年)以降は、敗戦後初めてデフレに陥った。

デフレとは、簡単に言うと、継続的に物価が下落することである。代表的な物価指数のうち、名目GDPを実質GDPで割ることで求められる指数を、GDPデフレーターという。GDPデフレーターが前期比でマイナスが続いている状態が、デフレである。

もともとデフレーションという言葉は「収縮する」という意味であり、物価が下落しながら、景気が悪化し続け、経済が収縮していく現象である。IMFの定義では、2年以上下落が続く場合をいう。

商品の価格が低下すると、生産者の利益が減り、賃金が低下する。雇用状況が悪化し、失業者が増える。それによって、賃金はさらに低下する。家計の購買力が低下するため、商品は売れなくなり、生産者はさらに価格を引き下げる。物価が下落すると、相対的に貨幣の価値は上昇する。この傾向が続くと予想すれば、企業は投資を控える。金利は0%より下がらないから、実質金利が高止まりし、債務負担が増す。投資より借金返済を優先する企業が増える。投資の縮小は総需要の減少となり、さらなる物価の下落をもたらす。こういう悪循環が進むことを、デフレ・スパイラルという。

需給関係から言えば、デフレは、需要が不足し、供給が過剰になった状態である。需要と供給の差すなわち需給ギャップが拡大し続けると、一国の経済そのものが縮小し、容易に脱却できなくなる。デフレ脱却には貨幣の供給量を増やすことが効果的だが、単に貨幣の供給量を増やすだけでは、民間の消費と投資は増えない。貨幣は債務の返済や貯蓄に回され、なかなか需要の増加につながらない。政府が需要そのものを創出する政策を打たないと、デフレは脱却できない。大胆な金融政策とともに、ケインズの説いた総需要拡大政策を積極的に行う必要がある。

平成のわが国は、第2次世界大戦後の世界で、ただ一国デフレに陥った。わが国のデフレは、需要不足、供給過剰によって起こっている。世界有数の生産力がありながら、需要不足が原因でデフレになっている。わが国は、今年(2010年)1〜3月期のGDPは年率換算で480兆円。500兆円を大きく割り込んでいる。

かつての自民党政権であれ、いまの民主党政権であれ、デフレを脱却するための経済政策を策定・実行できていない。デフレの解決策は積極的な財政出動と大胆な金融政策なのだが、わが国の政府はそれを行わないのみか、公共投資を削減して、ますますデフレが悪化する政策を行ってきた。政府の財政政策と日銀の金融政策が一体化していない。既成政党であれ新党であれ、こういう経済状況を打破するための具体的な経済政策をもった政治家の出現が期待される。
 本稿が主題とする三橋貴明氏は、こうした状況でわが国に現れた経済評論家であり、また独自の経済政策を提案する政治家の卵である。

 

●三橋氏と既存の経済理論
 
 三橋貴明氏の経済成長理論は、わが国の既存の経済理論とどういう関係にあるのだろうか。
 戦後のわが国では、半世紀以上にわたり、自民党が経済政策を主導してきた。昨年9月民主党政権に移行したが、既に実行されている経済政策は、自民党政権時代に決定・開始されたものが多い。鳩山政権の経済政策は、子ども手当・高校無償化・高速道路無料化等のバラマキ政策が主で、経済成長政策がほとんどなかった。財政の再建についても、成長による改善を図るのでも、増税を打ち出すのでもない。まず無駄を削減するといいながら、国家予算は過去最大規模に膨れ上がった。
 鳩山氏を後継した菅直人首相は、過去20年間の経済政策は失敗だったとし、公共事業の拡大でも規制緩和・市場重視でもない「第三の道」を行くという。経済・財政・社会保障を一体のものとした経済政策を行えば、日本は発展できるという。医療・介護・保育等の社会保障分野は成長分野であり、増税による資金をこうした分野に投じることで、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を実現できるという。こうした管首相の経済政策は「カンノミクス」と呼ばれる。まだ具体的な中身が語られていないので、どういう経済理論なのか良くわからない。
 そこで、三橋氏の経済成長理論については、従来の自民党における経済政策と比較することで、その性格を捉えておきたいと思う。

 三橋氏は今回自民党公認候補となる以前から、自民党員だったと近著で明らかにしている。自民党には、経済政策に関して、上げ潮派、財政規律派、積極財政派という三つの派があるといわれる。そのうち、三橋氏は積極財政派に入ると私は理解する。
 上げ潮派は、政府の市場介入を少なくすることによって経済を成長させ、成長率が上がれば税収は自然増となり、消費税の税率を上げなくても財政が再建されるとする一派である。金融緩和、規制緩和などにより景気を好転させ、現状より高い名目GDPの成長率を達成し、好景気を背景にした税収増により財政再建を行おうとする。「改革なくして成長なし」をスローガンとした小泉=竹中政権の構造改革を継承する立場である。代表格は中川秀直氏である。そのブレーンだったのが、財務官僚時代の高橋洋一氏である。
 上げ潮派と対立するのが、財政規律派である。財政再建を重視し、わが国の財政は消費税など歳入面での改革が必要であるとし、増税による財政再建を主張する。わが国のプライマリーバランス(基礎的財政収支)つまり国債発行を除いた歳出と国債の元利払いを除いた歳入の差は、赤字が続いている。これは後世代に借金をつけ回していることだとして、その改善を優先課題とする。財務省が総本山である。政界では、現自民党総裁の谷垣禎一氏、伊吹文明氏らが代表格である。与謝野馨氏も財政規律派だったが、麻生政権では景気回復のために財政出動を主張した。現在は「たちあがれ日本」の共同代表となっている。
 上げ潮派や財政規律派とは一線を画し、デフレ下での積極的な財政出動を説くのが、積極財政派である。景気対策は政府が需要を作り出すことを基本とし、政府支出は公共事業を中心にする。景気回復を優先し、プライマリーバランスの黒字化達成の時期は先延ばしにする。景気低迷期に増税はできないとして、財源は国債発行に求める。麻生太郎元首相が代表格である。エコノミストでは菊池英博氏(註1)が代表的である。麻生氏は小泉=竹中構造改革を継承し部分修正しようとしたが、菊池氏は構造改革を一貫して徹底的に批判している。

 これらの三派を比較すると、上げ潮派は「小さな政府」を目指すが、財政規律派と積極財政派は「大きな政府」を指向する。また上げ潮派と積極財政派は、経済成長と景気回復を優先するのに対し、財政規律派は財政再建を重視すると言えよう。つまり、上げ潮派は「小さな政府」で経済成長と景気回復を優先、財政規律派は「大きな政府」で財政再建を重視、積極財政派は「大きな政府」で経済成長と景気回復を優先と言えよう。
 それでは、三橋氏の立場はどうか。三橋氏は、財政規律派に対して、厳しく批判的である。また上げ潮派の源である小泉=竹中政権の経済政策にも批判的である。その一方、麻生政権の財政出動政策を高く評価している。これらの点から、私は、三橋氏を積極財政派と理解する。三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化という目標は掲げない。経済成長ができれば、公的債務対GDP比率の安定的な引き下げが達成され、誰もプライマリーバランスの黒字化など気にしなくなるという見方である。
 三橋氏の理論は、徹底的にデータを重視し、経済を多角的に分析して構築したものであり、独創性を持っている。「成長こそすべての解」として、積極財政派の理論をより成長重視に徹底する理論になっていると思う。その点で、“成長徹底重視型の積極財政派”と言えるだろう。

ところで、上げ潮派、財政規律派、積極財政派という三つの派以外に、金融政策派とでもいうべき考え方がある。デフレの脱却には金融政策が有効と説く経済学者の岩田規久男氏(註2)がその代表格である。財政政策は金融政策を行っていてはじめて有効、金融政策の方が効果は長期的・持続的とする。高橋洋一氏は近年この考え方に転じている。リフレ派ともいう。自民党にはまだ派といえるほどの支持者は居ないようである。

本年7月の参議院選挙では、三橋氏は落選した。得票数は約4万2千票だった。自民党比例代表の当選者は10万票以上取った。その半分にも及ばなかった。氏のブログは1日4万人のアクセスがあるというが、その数字と得票数が近似している。インターネットでは抜群の著名人であり、一流出版社から著書を出して多くの読者を得ていても、選挙で多数の票を集めることはできない。大衆に知名度を上げるマスメディア、地域に根ざした組織票や支持団体による団体票の力は大きい。選挙については、ネットを過大評価してはいけない。
 なお、私は今回の選挙で三橋氏を特に応援したわけではない。社会人として交際したり、意見や助言を求められたりする政治家が数人立候補していた。一人一票しか投じられないから、一票の重さを強く感じた選挙だった。

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(1)菊池氏については、拙稿「経世済民のエミスト〜菊池英博氏」をご参照ください。

(2)岩田氏については、拙稿「デフレ脱却経済学〜岩田」をご参照ください。

 

 

第2章 国家モデル論で日本を見る

 

●国家経済の経営形態を表す「国家モデル論」

 ここから三橋貴明氏の経済成長理論の検討のため、骨子の整理に入る。
 三橋氏は、著書『崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社、平成21年、2009年3月)で、「国家モデル論」を世に問うた。
 「国家モデル論」とは、三橋氏が中小企業診断士として企業の財務分析で培った解析力を、マクロ経済に応用し、経済指標など豊富なデータをもとに国家経済を多面的に分析するものである。
 氏の「国家モデル」とは「国のビジネスモデル」とでも言うべきものである。私は「国家経済モデル」ないし「国家経済の経営形態」と言ったほうがよいと思う。というのは、氏の「国家モデル」は経済分析に特化しているからである。経済学であって政治経済学でない。国家論がなく、政治・外交・軍事・文化等、国家のさまざまな機能が総合的にとらえられていない。また比較文明学や人類学の視点も欠いている。それゆえ、「国家モデル」と言っても、国家の全体像を把握するものではなく、「国家経済の経営形態」という限定的なものである。そのことをまず指摘しておきたい。

 三橋氏は、国家モデル論の目的を、次のように述べる。
 「日本経済の本当の姿、すなわち国家のモデルを理解するには、日本以外の国々のモデルについても併せて知る必要がある。海外諸国の国家モデルは、日本経済を映し出す鏡でもあるのだ」
 「サブプライム危機からリーマン・ショックを経て、世界中の国家モデルは一斉に崩壊した。ここまでの大変動が、これほど短期間に生じたのは、第2次世界大戦以来ではないだろうか。まさに世界経済のパラダイム・シフトだ。国家モデルが崩壊し、成長手法を失ったのは日本も同様である。もはや円が中長期的に下落していくことは想定できず、輸出企業に重点を置いた政策は無用の長物となった」
 「世界経済の混乱が収束の兆しを見せない中、様々な国のモデルを考察することで、日本の行く末、あるいは日本が採るべき国家のモデルの姿を明確に示せると、筆者は信じている」と。
 こうした目的のもと、三橋氏は『崩壊する世界 繁栄する日本』で、日本を含む9カ国について、それぞれの国家モデルを、データに基づいて解説する。三橋氏は、複数の経済指標を多面的・連結的に分析し、各国の国家モデルを分析する。それによって、われわれは、各国の国家経済の経営形態を、かつてないほど明瞭に理解することができる。
 本書が取り上げた日本以外の国々は、次のように名づけられる。
 アイスランド:ハイ・レバレッジで自壊した「ヘッジファンド国家」。韓国:失敗したモデルを引きずる「自称・貿易国家」。ロシア:原油安で崩壊寸前「オイル至上主義国家」。イギリス:フェイクマネーに溺れた「金融国家」。ドイツ:欧州を代表する「外需依存国家」。スペイン:不動産バブル崩壊と共に沈む「建設業国家」。中国:輸出減と輸入激減が進む「縮小成長国家」。アメリカ:マッチポンプが崩壊した「金融詐欺国家」。
 これらの諸国のうち韓国の国家経済については、三橋氏は独創的な分析を行って評判となり、氏がインターネットの世界から一般社会に登場するきっかけとなった。『崩壊する世界 繁栄する日本』では、分析を上記の諸国に対象を広げている。

 三橋氏は、本書でこれら8カ国の国家モデルについて、次のように言う。
 「その多くはまさに崩壊過程にある。但し、崩壊した他国のモデルであっても、日本が参考にすべき箇所は多分にある。固定観念にとらわれず、新たな成長モデルを築くには、できるだけ多くのケーススタディを診る必要があるのだ。それこそが本書を執筆した目的の一つである」と。
 単に各国の国家経済の経営形態の比較研究をするのではなく、それを通じて日本の新たな成長モデルを構想しようというところに、三橋氏の国家モデル論の目的がある。

 

●国家モデルの四つの指標

 日本経済や世界経済など経済を巨視的な観点から把握しようとする学問が、マクロ経済学である。マクロ経済学で最も重要な指標は、GDP(国内総生産)である。GDPは一国の経済を生産・分配・支出の三つの側面から明らかにする。しかし、三橋氏は、国家モデルの分析において、GDPだけではなくGNI(国民総所得)に注目する。さらに三つの指標を用いる。すなわち、@GDP/GNI、A国際収支、B対外債権・債務、C為替相場の推移の計四つである。次にそれら指標について概説する。

@GDP/GNI
 GDPは「その国が一定期間内に『国内で』産み出した付加価値の総額である。一般に『経済成長率』と言う場合、それは1年間のGDPの成長率を意味する」。GDPは「その国の年間のフローを意味しており、ストック(資産・負債)は意味していない」と三橋氏は説明する。
 一般的な説明を補うと、フローとは、経済諸量が一定期間内に変化または生起した大きさを示す概念である。ストックは、これに対し、ある一時点に存在する経済諸量の大きさを示す概念である。GDPはフローだが、債権・債務はストックである。三橋氏は、この違いを強調する。
 また三橋氏は、GNIに注目する。GNI(国民総所得)は「GDP+海外からの所得の純受取額」である。注目する理由は、わが国の場合、世界最大の債権国として海外からの所得の純受取額が、GDPの1割ほども高いからである。

A国際収支
 国際収支は次の四つの項目に大別される。ア)経常収支、イ)資本収支、ウ)外貨準備高増減、エ)誤差脱漏。経常収支は、貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支の四つに分解できる。資本収支は「証券取引や貸付・借入などの対外金融資産・負債の取引を計上する収支」。外貨準備高増減は「政府や国家の中央銀行が保有している対外債権、すなわち外貨準備高の増減を計上する収支」。国際収支に伴う誤差を単独処理するもの。この説明は、一般的なものである。

B対外債権・債務
 GDPとは違い、債権・債務はストックを意味する。その国が対外的な債権をどれだけ持ち、また対外的な債務をどれだけ持っているかも重要な指標となる。三橋氏は、債務の大きさだけを見ても、国家モデルは把握できないことを強調する。
 企業にバランスシート(貸借対照表、BS)があるように、国家にもBSがある。国家のストックを表すBSには、債務(貸方、負債)だけでなく債権(借方、資産)も計上される。債務だけでなく債権も合わせて見なければ、一国の国家のストックは把握できない。
 ここでは対外的な債権・債務に話を限るが、わが国の場合、対外債務は大きいものの対外債権が世界最大であり、これらを差し引きした結果得られる対外純債権、すなわち対外純資産は、2009年6月末時点で244.5兆円ある。

C為替相場の推移
 三橋氏は、国家のモデルにおいて付加価値を産み出して、いかに輸入を可能にするかに注目する。一国の輸入力を見るには、外貨準備高とともに為替レートが重要だとする。輸入代金の支払には、通常外国為替市場で外貨を購入する。その際、自国通貨と外貨を両替する場合の為替レートが上がっているか、下がっているかが、国家モデル分析の一つの指標となる。

 これら四つの指標を用いて、三橋氏は、各国の国家モデルを分析する。「国の付加価値とはGDP(国内総生産)あるいはGNI(国民総所得)を意味する」とし、「『いかに付加価値を稼ぐのか』は『いかにGDPやGNIを成長させるのか』すなわち『成長手法』そのもの」だと言う。ここで三橋氏の主張に特徴的なのは、「国家のモデルとは、その国の経済がいかに『付加価値』を稼いで成長し、『輸入』(輸出ではない)を可能にするのかを示す概念」だと言う点である。指標のC為替同場の推移の項目に書いたが、単に付加価値を産むだけでなく、どれだけ輸入力を増やすかに、氏は注目する。輸入とは需要であるから、需要面に重点を置いた見方をしているわけである。

●GDPを主に支出面から説明

 GDPについて補足する。上記四つの指標のうち、最も重要なものは、三橋氏にとってもGDPである。GDPは生産面、分配面、支出面の三つの側面を持つ。総生産=総所得=総支出という「三面等価の原則」が成り立つ。このうち、三橋氏はGDPの支出面に重点を置く。著書『崩壊する世界 繁栄する日本』では、主に支出面からGDPを説明している。
 下記の三橋氏の説明は、マクロ経済学の教科書のような内容だが、三橋理論を理解するために、氏自身の説明を押さえておくのが有効と思われるので、あえて記す。
 支出面から見たGDPは、次のように構成される。
 「GDP=民間最終消費支出+総固定資本形成+政府最終消費支出+在庫変動+純輸出」
 民間最終消費支出とは「個人消費とほぼ同じ概念」であり、「個人消費とは民間の家計の消費額」である。総固定資本形成とは「一定期間の民間や政府の投資積み上げ分の総額(民間の住宅投資、企業の設備投資、政府による公共投資)」である。政府最終消費支出とは「その国の政府による消費財購入の支払や、公務員への給料の支払などを計上する項目」である。在庫変動とは「誤差のレベルゆえ気にしなくて良い」。純輸出とは「その国の製品やサービスに関する輸出から、輸入分を差し引いた海外需要のこと」である。
 GDPは消費・投資・政府支出の三つに分け、次のように表現できる。
 「GDP=消費(民間最終消費支出)+投資(民間住宅+民間企業設備)+政府支出(政府最終支出+公的固定資本形成)」
 簡単に言うと、「GDP=消費+投資+政府支出」である。
 三橋氏は主に支出面からGDPを見ているが、支出面からGDPを見るのは、需要の側からGDPを見ることである。マクロ経済学では、GDPを生産面、分配面、支出面の三側面から見る。支出面=需要側に対するのは、生産面=供給側である。生産面=供給側からGDPを見るのは、労働・資本・土地等の生産要素を踏まえた見方となる。三橋氏の理論はこの方面からの検討が少ないのが弱点の一つだと私は考えている。特に少子高齢化と人口減少という長期的な人口変動を組み込んだわが国の将来予測、及びそれに基づく戦略が必要である。この点は国家モデル論の説明範囲を超えるので、後日の話題とする。

 

●日本はどういう国家モデルだったか
 
 さて、三橋氏は、先に書いた四つの経済指標、GDP/GNI、国際収支、対外債権・債務、為替相場の推移を用いて、各国の国家モデルを分析する。そして、日本の国家モデルの特徴を、8カ国との比較を通じて、次のように把握する。
 第一点は、日本は内需依存国家である。
 これは、多くの人がわが国について抱いているイメージと異なるだろう。しかし、『崩壊する世界 繁栄する日本』が揚げる2007年のデータで「日本の輸入対GDP比率は世界最大の内需国アメリカさえも下回っている」と三橋氏は数値を上げて指摘する。アメリカの輸入対GDP比率は14.1%だが、日本は13.1%である。
 また日本の輸出依存度は主要国の中ではアメリカに次いで低く、輸出対GDP比率は15.5%である。貿易対GDP比率も28.5%。さらに直接投資とGDPを比較した比率は2.5%であり、「半端でなく低い」。他国の数値は省くが、貿易も対内投資も「他国と比較すると、ほとんど鎖国しているような状況」だと三橋氏は指摘する。
 『ジパング再来』(講談社、平成21年、2009年8月)から補うと、三橋氏は、戦後日本の高度成長を支えたのは内需であると指摘する。「外需すなわち純輸出が日本のGDPに占める比率が過去最高に達したのは1986年だが、それにしてもたかだか4%程度の水準に過ぎないのだ」。日本の内需は世界で2番目に大きく、個人消費もGDPの約6割を占めている。2008年の名目GDPは「純輸出(いわゆる外需)が何と0.14%にまで縮小してしまった」。名目GDPの99.86%が内需なのである。これが、日本は内需依存国家と三橋氏が判定する日本経済の実態である。
 第二点は、日本は世界最大の対外債権国である。
 日本のGNI(国民総所得)はGDP(国内総生産)より1割ほど高いのが常である。海外からの利子・配当金の受け取りが巨額だからである。三橋氏の『崩壊する世界 繁栄する日本』によれば、「日本が過去に実施した直接投資や証券投資などからの『果実』が膨大な利子・配当金に化け、日本国内に還流してきている」。この果実は、「対外債権から生じた果実」である。対外債権が膨らんだ結果、所得収支の黒字が、2007年には16兆円を突破した。同年の貿易黒字は12兆円ゆえ、所得収支が貿易収支を大きく凌駕している。
 『崩壊する世界 繁栄する日本』が記す2007年末時点の数字では、わが国の対外純債権総額は250兆円である。これは対外債権総額610兆円から債務総額360兆円を引いて得られる純債権総額の数字である。しかも日本は「債権額を益々拡大しつつある」。このことを三橋氏は強調する。
 三橋氏の予想では、リーマン・ショック後の世界的な需要の縮小を受けて貿易黒字は減少していくだろうが、わが国は「所得収支の黒字が巨額である以上、経常収支が赤字になることはありえない」。「経常収支が黒字を維持する限り日本の対外債権は増え続ける。結果、日本の所得収支の黒字額は、益々増加する」と三橋氏は説明する。
 このように、三橋氏によれば、日本の国家モデルは、内需依存国家であることと、世界最大の債権国家であることに、大きな特徴がある。その特徴を踏まえて、三橋氏は、2009年3月の時点で日本の国家モデルについて、次のように書いた。2001〜2007年の期間において日本が採ってきた国家経済の経営形態である。

・日本円を安く推移させることで、輸出企業の競争力を強化すると同時に、世界中に資金を供給する資本輸出国
・世界最大の対外債権国で、所得収支の黒字が貿易黒字を上回っている。
・通貨安のために国内に投資が回らず、GDPの6割近くを占める個人消費の拡大が抑えられた結果、名目GDPの成長率が低迷した。
・通貨安で「輸入力」が落ちていたが、対外純債権が大きく、経常収支も大きな黒字であるため、無制限に通貨が下落していくことはなかった。

●いま日本が採用すべき国家モデルとは

 日本の国家モデルを上記のようにとらえたうえで、三橋氏は、これから日本が採用すべき国家モデルを提示する。
 三橋氏はサブプライム危機からリーマン・ショックを経て、「世界中の国家モデルは一斉に崩壊した」「まさに世界経済のパラダイム・シフトだ」と言う。その「パラダイム・シフト以降の世界」において、日本が採用すべき国家経済の経営形態は、どういうモデルであるべきか。
 まず三橋氏は「今後の日本の成長手法を考える上での前提条件」を四つ挙げる。@継続的な円高、Aアメリカの需要縮小による貿易黒字の減少、あるいは貿易赤字、B所得収支の黒字が拡大し、経常収支は黒字を維持、C巨額な家計の金融資産、特に現預金の存在である。これらの前提条件のもとで、三橋氏は日本の国家モデルを、以下の通り再構築することを提案する。

・輸出企業中心から、個人消費拡大に重点を置いた政策へ転換し、数年でGDPに対する個人消費の割合を6割超にまで高める。
・短期的には、国内市場における企業の高度技術育成の設備投資を後押しし、新市場拡大を中心に公共投資を実施する。総固定資本形成の額を高めることでGDPを嵩上げする。
・貿易収支の黒字縮小を是認し、所得収支の黒字最大化により経常収支黒字、対外純債権拡大を維持する。
・成長率評価の基準として、GDPに加えGNIも組み入れる。

 ここで三橋氏の国家モデル論についての記述を終え、経済理論の骨子整理に話を戻す。氏の国家モデル論を検討するには、もとになっている経済理論を、全体的に把握しなければならない。また日本の長期的なビジョンを掲げるグランドデザイン論と合わせて、中長期的な経済企画として検討する必要がある。

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第3章 日本はそれほど財政危機ではない


●日本のバランスシート

 三橋氏は、先に書いた国家モデル論を示し、日本の国家経済の経営形態を、さまざまな経済指標を使って説明する。その際、最も重要な指標はGDPである。しかし、GDPはフローを示す指標であって、一国の経済はフローだけでは全体像を知ることができない。ここで三橋氏が提示するのは、日本のバランスシートである。
 企業会計には財務諸表がある。代表的なものが、損益計算書(PL、プロフィット・アンド・ロス・ステイトメント)と貸借対照表(BS、バランスシート)である。PLはフローを表し、BSはストックを表す。企業の業績を見る時には、PLとBSの両方が不可欠である。三橋氏は、「国家経済にもバランスシートというものが存在する」と指摘する。GDPや政府の債務については新聞・テレビ等で日常的に報道されている。しかし、日本という国家の債権債務の全体像を示すデータを見て、これを理解している人はごく少なかっただろう。私自身、三橋氏の著書を読むまで、国家のバランスシートを見たことがなかった。
 三橋氏は、『崩壊する世界 繁栄する日本』で次のように言う。
 「『日本政府の債務は、GDPの100%を超える。だから、破綻する』という論旨には、そもそも何の根拠もない。なぜならば、GDPというフローと、債務というストックを比較しているからだ。(略)債務というストックの問題について見るのであれば、比較対照もまたストック、すなわちバランスシートでなければならない」「借金額、即ち負債(=債務)を問題視したいのであれば、きちんとバランスシートで見なければならない。資産面も含めて評価をしなければ、何が問題なのか把握するなど誰にもできない」と。
 そして、三橋氏は、著書に日本のバランスシートを載せ、その見方を解説する。『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』(アスコム、2009年12月)であれば、P13にバランスシートが載っている。
 国家の貸借対照表も、企業会計と同じように、左側の借方に資産を、右側の貸方に負債を計上する。資産には、政府の資産、金融機関の資産、非金融法人企業(つまり一般企業)の資産、家計の資産、民間非営利団体の資産が書かれ、資産の合計が書かれる。負債には、政府の負債、金融機関の負債、非金融法人企業の負債、家計の負債、民間非営利団体の負債が書かれ、負債の合計が書かれる。そして、それぞれの項目について、資産から負債を引いた純資産が書かれ、純資産の合計が書かれる。さらにその下に、負債・純資産合計が書かれる。左下の資産合計と右下の負債・純資産の合計は等しい。
 ここで重要なのは、純資産の合計である。すなわち資産合計から負債合計を引いた結果が、日本という国家の純資産である。『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』は、2009年6月末のバランスシートを載せている。それによると、日本の純資産は244.5兆円である。政府の負債(地方公共団体分を含む)は979.0兆円もあるのだが、政府・金融機関・非金融法人企業・家計・民間非営利団体のそれぞれの資産・負債を差し引きすると、日本は負債より資産のほうが大きく上回る。それが、この時点での244.5兆円である。
 政府の負債は979.0兆円と確かに大きいが、政府の資産も474.9兆円あり、政府の純資産は、―504.1兆円である。この政府の借金額は「せいぜい他の先進国レベルでしかない」と三橋氏は言う。そして、国家全体で見れば、日本は巨額の資産を持つ。その額はGDPを上回る。アメリカでさえ、政府の資産対GDP比率は12%にすぎない。日本はこの比率が100%を超えている。
 よく国民の個人資産として1,400兆円という数字が新聞等で使われるのは、バランスシートでは家計の資産であり、この時点では1,441.3兆円だった。これと政府の負債が比較され、1,400兆円に対して1,000兆円の負債があり、負債がじきに1,400兆円を上回るようになるというような記事が書かれる。これはバランスシートのある部分だけを取り出して比較したものであることがわかる。
 同書は、借方・貸方の表の下に、わが国の対外的な債権・債務の数値を載せている。対外資産556.9兆円から対外負債312.4兆円を引いて得られる対外純資産は244.5兆円である。この対外純資産と先の純資産は同一の金額となる。
 国家のバランスシートに計上されているのは、金融資産のみである。非金融資産は、計上されない。三橋氏は、わが国の金融資産、非金融資産の合計値は、2008年の時点で8,420兆円だとする。
 対外資産については、三橋氏は、著書『ジパング再来』(講談社、平成21年、2009年8月)に次のように書く。「日本国家として見ると、世界で最も大きい純資産を持っている。それゆえに、日本は世界最大の対外純債権国なわけである」と。日本は、2010年5月現在、19年連続で世界最大の対外純資産国である。そして、現在も対外資産を増やし続けている。これが日本のバランスシート上では、日本経済の実態であり実力であるということになる。ただし、私見を述べると対外債権のうち、米国債は容易に売ることのできない永久債的な債券である。それが昨年末時点で68兆円分ほどあるから、対外純資産の実際の価値は幾分差し引いて考えた方がよいだろう。

 三橋氏はバランスシートをもって、わが国の財政状況を論じるのだが、私には一つ疑問がある。一般会計と特別会計の問題についてである。一般会計は国家予算案として示され、歳入・歳出を表す。だが、わが国にはこれ以外に28の特別会計があり、特別会計の総額は200兆円を超える。一般会計の倍以上の規模である。だから、わが国の財政状況は、一般会計と特別会計の両方を見ないと実態がつかめない。一般会計と特別会計を一体のものとして見る必要がある。この点、三橋氏の見方だけでは、わが国の国家経済の全体像をつかめないのではないか、と私は感じている。
 一般会計は、実に歳入の約60%が特別会計に繰り入れられている。特別会計はその金額に相当するくらいの剰余金を毎年生んでいる。ならば剰余金を一般会計に戻せば、一般会計は黒字になるではないか。また、特別会計には国家備蓄金、いわゆる埋蔵金が100兆円以上ある。積み立て金や次期繰越金であり、また運用益を生む金融資産である。そのため、わが国の財政は、一般会計と特別会計を合わせると黒字になるし、一般会計も、財政赤字ではなく財政黒字だという計算が成り立つ。この一方、債務については、債務総額の半分が二重にカウントされているという指摘もある。摩訶不思議な話だが、ここを解明しないと、日本再建のために真に適切な経済成長政策は立案できないのではないか。そのように私は訝るのである。

 

●日本財政破綻論を批判する

 わが国の財政は、巨大な債務を抱えており、このままでは破綻する。多くのエコノミストがそういう見方をしており、IMFや先進国各国政府も同様である。三橋氏は、こうした主張に対し、極めて批判的である。そして、「日本の財政破綻はあり得ない」と断言する。
 『崩壊する世界 繁栄する日本』では、次のように言う。
 「『日本の財政は世界最悪の状況で、借金は天文学的な規模に達し、日本は間もなく財政破綻する。日本の借金はGDPの2倍近くにも達し、国民一位当たり借金は640万円を超える。財政破綻が近いのだから、家計は貯蓄を増やさざるをえない。そんな状況で個人消費が拡大するわけがないし、公共投資など財政破綻を早めるだけだ』。ここ数年、新聞紙上ではこの種の支離滅裂な報道を頻繁に目にする。(略)完膚なきまでに間違った論調である」と。
 「支離滅裂」「完膚なきまでに間違った」とは強烈な表現である。上記引用文に似た主張をしているエコノミストは多くおり、著名な大学教授や代表的な民間研究所の研究員もいる。三橋氏は人を批判するのであれば、相手の名前を上げ、著書・論文・記事を引用して批判してもらいたい。そうでないと、犬の遠吠えのように響く。ただの作家ではなく、政治家をめざすのであれば、公開の場で直接討論してもらいたい。
 そういう要望をつけたうえで、ここでは三橋氏の主張を整理しておく。三橋氏による財政破綻論の批判は、主に6点挙げられる。

@政府の負債は「国民の借金」ではない
 『崩壊する世界 繁栄する日本』で三橋氏は書く。
 「この手の報道が問題にしている日本国の『借金』840兆円は、あくまで日本政府の債務であり、国民の借金でも何でもない。日本政府の債務の95%以上は、日本の民間から借り入れ、具体的には国債の販売で調達されている。即ち日本国民から見れば『債権』ということになる。日本国民の債権を『国民一人当たりの借金』と言い換え、危機感を煽る論調にはとことん呆れてしまう。日本国民は、どちらかと言えば政府にお金を貸している方の立場だ」と。
 『ジパング再来』では、次のように書く。
 「日本国民は日本政府の借金の債権者であり、債務者ではない」「日本政府の負債の債権者は日本国民である。日本国民はお金を貸している立場である。『国民一人当たりの借金』というフレーズは、悪質なミスリード」である、と。

A円建て債務ゆえ、政府は対応可能
 『崩壊する世界 繁栄する日本』で、日本の財政破綻はあり得ない、と三橋氏は次のように断言する。
 「そもそも日本政府の負債の95%以上が日本の民間向けの国債、すなわち円建て債務であるわけだから、日本の財政破綻など100%あり得ない。なぜなら日本政府は日本円という通貨の発行権を持っているからだ」「日本政府はいざというときには政府紙幣を発行したり、日銀に国債を買い取らせることも可能なのだ」と。
 『ジパング再来』でも、同じ主旨を次のように言う。
 「そもそも日本円を刷る権限を持ち、キャッシュフローそのものを生み出せる政府が、円建て債務の返済ができなくなって破綻するなど起こり得ない」「負債のすべてが日本円建てで、自らキャッシュフローを生み出せる日本政府が破綻することは、論理的に有り得ない」と。

 

Bインフレになる可能性はゼロに近い
 政府が通貨を発行したり、日銀が国債を買い取ったりして、貨幣の流通量を拡大し続けると、インフレになる。一部のエコノミストは、インフレになることを強く警戒する。しかし、三橋氏は『ジパング再来』で次のように言う。
 「世界で最もデフレギャップが大きい、すなわち供給過剰な日本は、中央銀行が国債の買い取り額を増やしても、制御不能なインフレーションに陥る可能性はない」「ハイパーインフレーションになる可能性など、限りなくゼロに近い」と。

C対内公的債務が原因で破綻した国はない
 三橋氏は、同書で次のように書く。
 「人類の歴史上、対外公的債務を返済できずに破綻した国はあれども、対内公的債務が原因で破綻した国など一つもない」「政府がデフォルト(註 債務不履行)した国は、そのすべてが『政府が海外から外貨建てで借りていたお金』を返済できずに、破綻した」「自国通貨建ての債務が返済できずに破綻した政府など、筆者の知る限り一国たりとも存在しない」と。

D税金で債務を返済している国はない
 また同書で、三橋氏は、次のようにも言う。
 経済成長路線を取り、「景気が本格的に回復し、企業の投資が活性化すると、企業の負債が増え始める。そうなると、今度は逆に政府の負債が自然と減り始めることになる。むろん、景気回復により税収が増大し、それまでは必須だった政府支出が不要になるためである」
 「政府の負債は、好景気で政府の税収が増え、政府支出が不要に成らない限り減ることはなく、減らす必要もない」「政府の借金はそもそも返済する必要がなく、実際に返済している国など世界中に一カ国もないのだ」「『政府の借金は、いずれ国民の税金で返さねばならない』というが、税金で公的債務を返済している国など、一カ国たりとも存在しない」と。

 これらの主張については、エコノミストの間に、部分的に類似した意見もあれば、まったく反対の意見もある。客観的であるべき数値データにしても、概念の組み方、数値の取り方、解釈の仕方で、日本財政の見方は分かれる。それが経済政策の方針や内容の違いとなって表れる。わが国のエコノミストの所論は、諸説紛々。まだ収束の気配はない。三橋氏の主張は、その中に投じられた一石ではある。ただし、先に書いたように他のエコノミストの名前を挙げ、著書・論文・記事を引用して、公共の場で討論するのでないと、認知度も評価も上がらないだろう。

●プライマリーバランス黒字化を目標としない

 三橋氏は財政破綻論を批判し、上記の6点を挙げて、「日本の財政破綻はあり得ない」と断言する。一般に財政の健全化をめざす時には、プライマリーバランスの赤字削減や黒字化が目標にされる。プライマリーバランスは、国や地方自治体などの基礎的な財政収支のこと。一般会計において、歳入総額から国債発行収入を差し引いた金額と、歳出総額から国債費を差し引いた金額のバランスをいう。税収で国の支出がまかなわれている場合は、「プライマリーバランスが均衡している」という。国の支出が税収より大きくなり、税収に加えて国債からの収入を充てる必要がある場合は、「プライマリーバランスが赤字である」という。
 わが国の場合、プライマリーバランスの大幅な赤字が続いている。一般会計は、2009年度補正後のプライマリーバランス赤字が23.8兆円と、過去最大になった。本年度は税収の見込み37兆円のところ、92兆円の予算を組んでおり、約27兆円の赤字である。
 三橋氏は、このプライマリーバランスについて、「『公的債務を増やさない』という定義なのか、それとも『公的債務対GDP比率を引き下げる』を意味しているのか判然としない」と言う。そして、『ジパング再来』で次のように述べる。
 「もしも前者だとしたら、そもそもなぜ日本がプライマリーバランスを達成しなければならないのか」「主要国を見渡しても、公的債務が減っている国などほとんど存在しない」「公的債務(政府の債務)が中長期的に減少傾向にある国など、じつは主要国には一つもない」。そのうえ「日本は世界最大の債権国なのだ。(略)国内に自国通貨建ての金融資産が余りまくっており、国債金利が世界最低水準にもかかわらず、これ以上財政を健全化する必要があるのだろうか」と。一方、後者が理由ならば「理解できなくもない」。「主要国と比較し、日本の公的債務対GDP比率は明らかに悪化しつつあり、日本経済の効率の悪さをまざまざと示している」。この悪化は「公的債務の増加率そのものの問題ではない。名目GDPが伸びていないことこそが、最大の理由なのである」と言う。
 三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化という目標は掲げない。経済成長ができれば、公的債務対GDP比率の安定的な引き下げが達成され、誰もプライマリーバランスの黒字化など気にしなくなるという見方である。この点は、将来のプライマリーバランス黒字化を目指す積極財政派と、三橋氏の意見の違うところである。三橋は現在の日本経済の方策として、「成長こそすべての解」とする“成長徹底重視型の積極財政派”と私は判定する。
 三橋氏がプライマリーバランスの黒字化を政策目標に掲げないのは、極論と取られかねない。政治家の卵・三橋氏にとっては、無責任な放言と見られると致命的だろう。私が思うに、三橋氏は「公的債務」と言うが、政府の債務を粗債務で見るか、純債務で見るかで、財政状況の評価は大きく異なる。純債務つまり粗債務から金融資産を引いたネットの債務であれば、日本の財政状況はOECD諸国の多くとそう変わらない。日本国政府はGDPと同じくらいの巨額の金融資産を持っているからである。そういう国は他にない。純債務を指標とすべしと説くのは、山家悠紀夫氏(註1)、菊池英博氏らであり、一部保守系の政治家も主張している。
 また、積極財政を行いながら、財政規律に配慮する仕方として、「純債務残高を名目GDPで割った比率」を財政規律指標とし、それが一定期間のうちに低下するようにするという政策目標の立て方がある。私は、財政規律指標は、単なるプライマリーバランス論より、わが国の財政状況に合った指標だと思う。そのことも申し添えておきたい。

 

(1)山家氏については、拙稿「橋本=小泉構造改告発〜山家悠紀夫氏」をご参照ください。

 

●政府負債の増加だけでは国家経済は破綻しない

 先に三橋氏は日本の財政は破綻するという見方を批判するとともに、積極財政策を説くがプライマリーバランスの黒字は目標としないことを書いた。この点について、三橋氏が挙げる歴史的な事例をもって補足する。
 まず三橋氏は日本財政破綻論を批判し、「日本の財政破綻はあり得ない」と断言する。
 「日本の財政は世界最悪の状況で、借金は天文学的な規模に達し、日本は間もなく財政破綻する。日本の借金はGDPの2倍近くにも達し、国民一位当たり借金は640万円を超える。財政破綻が近いのだから、家計は貯蓄を増やさざるをえない。そんな状況で個人消費が拡大するわけがないし、公共投資など財政破綻を早めるだけだ」というような新聞報道は「支離滅裂」であり「完膚なきまでに間違った論調」だとする。
 三橋氏は、政府負債がGNPないしGDPの3倍近くになっても破綻しなかった例があるとして、イギリスを挙げる。『日本のグランドデザイン』(講談社、22年、2010年6月)から、その記述を要約しよう。
 19世紀初め、ナポレオン戦争期のイギリスは、政府の国債発行残高がGNP(国民総生産)の3倍近くにまで達していた。戦費が嵩んだためである。「しかし別にイギリス政府は破綻などしなかった。なぜならば、現在の日本同様、当時のイギリス政府の国債は、その100%近くがポンド建てだったためだ」。ポンド建てとは自国通貨建てという意味である。「イギリス政府はその後、50年をかけ、国債発行残高の対GNP比率が100%を切るところまで財政状況を改善させていった」。それは「経済成長」により実現されたものだった。「財政支出を絞り込むわけではなく、国家経済のフロー(GDPやGNP)を拡大することで、政府の負債残高を希薄化させていったわけだ」。
 イギリスでは、これと同じことが、1940年代にもあった。当時のイギリスは「やはり国債発行をGDPの3倍近くにまで拡大させていた。が、破綻などしなかった」。つまり、単に政府の債務がGDPの2倍、3倍に増えたとしても、それだけで国家経済が破綻するわけではないというのが、この事例である。
 三橋氏は言う。「『日本の“国の借金”は、GDPの2倍近くにまで達しているのです。破綻しないはずがないじゃないですか!』と、他国の事例やロジックをまるで無視した言説を飛ばす人が少なくない。その手の人々は果たしてイギリスの事例をどのように評価するのだろうか。筆者はぜひ聞いてみたい」と。そして、次のように主張する。「イギリスを見る限り、政府の負債対GDP比率悪化という問題に対するソリューションは、明々白々なのだ。すなわち経済成長である。(略)経済成長こそがすべての解なのだ」と。

●政府負債がGDPの50%前後でも破綻する例が

 今度は、イギリスと対照的な例である。三橋氏は『日本のグランドデザイン』で、まずアイスランドを挙げる。
 アイスランドは2008年10月に経済破綻した。実は同国政府は2007年まで、巨額の財政黒字になっていた。「対GDP比で6%もの財政黒字を誇っていた」。ところが、そのわずか1年後に、アイスランド経済は破綻した。理由は民間の金融機関がGDPの10倍近くにまで対外負債を膨れ上がらせていたためである。対外負債のほとんどは外貨建てだった。主にアメリカの証券化商品を買っていたのである。アイスランドの民間金融機関は、低金利の対外負債と高金利の対外資産(サブプライム・ローンやCDS等)の金利差でもうけていた。ところが「アメリカの不動産バブルが崩壊し、証券化商品が暴落した途端、一気に国家運営が行き詰まってしまった」。
 ここで重要なのは、「破綻当時のアイスランド政府の負債残高は、GDPの50%前後でしかなかった」ことである。アイスランドは、政府の負債が増えたために破綻したのではない。民間金融機関が外貨建て負債のデフォルトに陥った結果、政府は外貨を手に入れなければならず、北欧諸国やIMFから借り入れた。それによって、2008年にアイスランド政府の負債は前年比で倍増した。それでも、GDPの50%ほどでしかなかったのだが、破綻した。
 三橋氏は、もう一つアルゼンチンの例を上げる。2001年にアルゼンチンが破綻した際にも、同国政府の負債残高はGDPの額を下回っていた。アルゼンチン政府が債務不履行を起こしたのは、外貨建ての政府の負債だった。外貨建て負債の場合、自国通貨の為替レートの暴落などにより、政府や民間のデフォルトがしばしば起こる。アルゼンチンは、アルゼンチン・ペソの暴落が政府の債務不履行の引き金となった。アイスランドの場合は、政府ではなく民間の金融機関が原因だったが、アイスランド・クローネの暴落が債務不履行の引き金となった。
 こうした例を踏まえて、三橋氏は言う。「『政府の負債が絶対額でGDPの○○%に達したから破綻する』などという単純論は成り立たないのだ」「政府の負債がGDPよりも多かろうが、少なかろうが、外貨建て負債を抱えており、そこに通貨危機が到来すると、デフォルトに陥る危険性は高まる。デフォルトする経済主体は、アルゼンチンのように政府の場合もあるが、アイスランドのように民間金融機関の場合もある」と。
 逆に言うと、政府の負債がGDPの2倍なり3倍近くになろうとも、円建ての債務である限り、わが国の財政は破綻しない。破綻は「100%あり得ない」というのが、三橋氏の主張である。上記のイギリス、アイスランド、アルゼンチンはこの主張を裏付けるために、三橋氏が挙げる事例である。
 私見を述べると、こうした事例は過去の一定の環境・条件における出来事である。短期的には妥当だと思うが、中長期的には、環境や条件が変化した場合、異なる結果に至らないとは限らない。経済の現象から導き出される法則は経験則であり、自然科学の法則のように客観性・再現性を満たすものではない。また経済は閉じられたシステムではなく、政治・社会・文化の影響を受ける。過去において重大な経済外要因は、植民地支配と戦争、そして巨大国際金融資本家の組織力だった。現在においては、地球環境と人口変動、中国共産党の政治力が大きな要因に加わっている。中長期的には、経済に関して、理論と歴史的事例だけで、絶対こうこうと断言することはできないと私は思う。

 

●世界はバランスシート不況に陥っている

 2007年のサブプライム・ローン危機、それに続く08年のリーマン・ショックによって、世界は1929年大恐慌以来の経済危機に陥った。今日の日本経済を論じるには、この世界経済危機の現状を捉え、危機勃発の原因を分析し、それに立った方策を説くという手順が必要である。
 多くのエコノミストが、世界経済危機の現状・原因・方策を説いている。三橋氏は、どう述べているか。
 まず現状分析については、『ジパング再来』で次のように述べている。
 「サブプライム・ローン問題に端を発した金融危機により、世界中の様々なバブルが崩壊し、各国は需要不足に喘いでいる」。家計や企業が莫大な借金を抱え、もはや金利をゼロに設定しても誰もお金を借りたがらない状況、すなわち「バランスシート不況」であると。
 バランスシート不況とは、リチャード・クー氏(野村総合研究所)が使っている概念である。三橋氏は、次のように定義する。「バランスシート不況とは、企業が負債返済と投資縮小に専念した結果、金利状況や需要とは無関係に、GDPが縮小していく現象である」。これを「借金返済型不況」と三橋氏は呼ぶ。(『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』)
 そして、三橋氏は、次のように言う。バランスシート不況のため、「各経済主体のバランスシートに計上された過剰債務が返済されるまで、景気は大変厳しい状況が続く」「世界経済は人類がこれまで経験したことがないステージに足を踏み入れたのである」と。(『ジパング再来』)
 では、どうしてバランスシート不況にいたるような金融危機が発生したのか。
 三橋氏は、世界的な金融危機の原因について、『ジパング再来』では次のように書いている程度である。
 「2001年から07年までの期間、アメリカの家計は世界経済の屋台骨であった」。アメリカ経済は「双子のバブル」の中にあった。「不動産価格のバブル」及び「将来所得のバブル」である。アメリカの国民は、「不動産価格のバブルを活用し、将来所得を先取りして消費に費やしてしまった」「借金で消費した」ということであり、「借金による過剰消費」だった。
 その結果、2007年にサブプライム・ローン危機が表面化し、08年にはリーマン・ショックが世界を襲った。「もはやアメリカ国民の借金を前提とした世界同時好況は、泡となって消えた」と。
 リーマン・ショック後、世界経済危機について、多数の本が書かれている。資本主義そのものへの反省や新自由主義への批判、ウォール街の貪欲さ、投資銀行やヘッジファンドの行動、サブプライム・ローンやCDS等の金融商品の仕組み等、おびただしい議論がされている。またその中から、新しい世界経済のあり方やドルに替わる通貨制度の模索等がされている。しかし、三橋氏はあまり問題に深く立ち入っていない。また関心が日本経済の課題に集中している。

●日本は世界の羨望の的、世界経済の希望

 次に、今後の世界経済の見通しについては、『崩壊する世界 繁栄する日本』に次のように書いている
 「サブプライム危機からリーマン・ショックを経て、世界中の国家モデルは一斉に崩壊した。ここまでの大変動が、これほど短期間に生じたのは、第2次世界大戦以来ではないだろうか。まさに世界経済のパラダイム・シフトだ」
 「世界経済は現在、かつてない混乱に見舞われ、あらゆる国が新たな国家モデルを模索し、試行錯誤を繰り返している。近い将来、パラダイム・シフトが完了した時点の世界経済が、果たしてどのような姿をとるのか。それは現時点では、誰にも分からない」と。
 そして、こうした世界において、三橋氏の関心は日本に集中している。日本は「次の世界を主導する国家モデルを築くために、圧倒的に優位な位置に立っている」として、日本の新しい国家モデルを構築することに、意欲を燃やしている。
 三橋氏は、『ジパング再来』で、現在の世界は世界的なバランスシート不況にあるととらえる。かつて「日本は1989年に始まるバブル崩壊の過程で、多くの企業が(略)『バランスシート不況』に突入してしまった。各企業が膨れ上がったバランスシートの右上、すなわち負債総額に恐れをなし、借金返済に専念するようになってしまったわけだ。結果、企業の投資が激減し、日本のGDPは大きなハンデを負う羽目になったのである」。いま世界的なバランスシート不況の中で、「今後、主要国の企業もかつての日本と同様に、バランスシートの『お掃除』を一斉に開始することになる」「ひらすら投資の絞込みと債務返済に専念するわけだ」。
 「そんななかで、日本はすでに家計も企業もバランスシートの『お掃除』は完了している。バブル期に積み上げてしまった過剰債務の返済が、すでに数年前に終了しているわけだ」。そして主要国が「参考にしているのは、かつてバブル崩壊後の日本が実施したさまざまな対策そのものなのだ」と三橋氏は言う。
 IMFの試算によると、アメリカの不良債権推定値(2013年まで)が2.7兆ドル(約260兆円)、欧州が1.2兆ドル(約115兆円)である。海外に販売されたアメリカの証券化商品の7割は、欧州系の金融機関により購入されている。アメリカ発の経済危機が欧州に深刻な打撃を与えている。米欧が巨額の不良債権を抱えているのに対し、日本はわずか0.15兆ドル(約14兆円)に過ぎない。
 「アメリカ一国で日本のGDPを上回る額の不良債権を抱えている可能性がある」とも三橋氏は言う。別の試算では、アメリカ国内で営業しているすべての金融機関が抱える不良債権の総額は、5兆ドルから6兆ドルにまで及ぶ。この額はドイツの抱える額の4〜5倍上る。日本円にすれば450兆円から540兆円に上る。
 「バブルに踊った世界の多くの国が、今後は債務返済や不良債権処理を優先しなければならないなか、唯一日本のみがバランスシートに計上された過剰債務の処理を終えている」「世界中がバランスシート不況に陥ったなか、バランスシートが真っ白な日本は、世界の羨望の的であり、同時に世界経済の希望でもある」と三橋氏は述べている。
 データをもとにした記述はよいが、最後の一文は、世界の誰がどのように羨望しているのか。世界の誰が日本に希望を持っているのか。具体的な引用がない。日本人でも日本のバランスシートを見たことのある人は少ない。まして世界に日本のバランスシートを見ている人がどれだけいるのか。外国人の著名なエコノミストで、日本の財務状況を羨望し、日本に対する希望を表明している者が何人いるのか。むしろ米欧の政府、IMF、経済シンクタンク等は、日本の財政悪化を強調しているのが現状である。
 「世界中がバランスシート不況に陥ったなか、バランスシートが真っ白な日本は、世界の羨望の的であり、同時に世界経済の希望でもある」という一文は、三橋氏の主観的な評価を述べたものであって、世界の現実ではないと私は理解する。ページの頭へ

 

第4章 日本は経済成長できる

 

●日本経済が抱える「真の問題」

 わが国では、1989年にバブルが崩壊した。以後、長年にわたり、深刻な不況が続いている。私は、バブルはプラザ合意に始まったと見ている。日本の経済力に脅威を覚えたアメリカがバブルを仕掛け、絶頂において破裂した。日本は大打撃を受け、アメリカは日本の金融資産を食い物にできるようになった。深刻な不況のなかで、1998年橋本政権は緊縮財政を行った。それがデフレを引き起こした。今なおわが国はデフレから抜け出せず、この間、公的債務は膨れ上がった。
 今日わが国は経済成長と財政健全化という二つの課題を抱えている。課題の解決策につき、エコノミストや政治家の間で意見が分かれている。三橋氏の場合は、先に書いた独自の経済理論に基づいて、日本の問題を次のようにとらえる。
 三橋氏は、『ジパング再来』で述べる。
 「日本は1989年に始まるバブル崩壊の過程で、多くの企業が(略)『バランスシート不況』に突入してしまった。各企業が膨れ上がったバランスシートの右上、すなわち負債総額に恐れをなし、借金返済に専念するようになってしまったわけだ。結果、企業の投資が激減し、日本のGDPは大きなハンデを負う羽目になったのである」
 バランスシート不況は、「借金返済型不況」と三橋氏が呼ぶものである。企業が負債返済と投資縮小に専念した結果、名目GDPが縮小してしまう。こうした場合、財政出動により政府支出を増やし、民間の設備投資を促す政策に効果が期待される。しかし、「1994年以降の日本の政府支出」は「110兆円から長年横ばいを続けている」「1998年以降、緊縮財政(増税と政府支出の削減)により名目GDP成長率が低迷し、政府の負債はかえって増大した」と三橋氏は指摘する。
 三橋氏は、橋本政権、小泉政権は「財政健全化志向の緊縮財政路線」を行い、経済を悪化させた。小渕政権、麻生政権は「経済成長志向の財政支出拡大路線」を行って、経済を好転させたと評価する。わが国の政策は、景気がよくなってくるとストップをかけ、景気が悪くなってくるとゴーをかける。三橋氏によれば、こういう政策の繰り返しである。いわゆるストップゴー政策である。
 代表的な物価指数のうち、名目GDPを実質GDPで割ることで求められる指数を、GDPデフレーターという。わが国のGDPデフレーターは、三橋氏によると、1998年の金融危機以降、前期比マイナスが続いている。すなわち、極度のデフレ状態が長年続いている。
 三橋氏は、日本のデフレの特徴は「日本は国内の需要に比べて、供給能力があまりに過剰」であることにあると指摘する。総需要と総供給の差が、供給過剰、需要不足であるものを、デフレギャップという。わが国は「世界最大級のデフレギャップを抱えている」。三橋氏はこのデフレギャップの克服こそ、わが国の重要課題とする。
 そして、『ジパング再来』で次のように主張する。
 「日本の問題は『名目GDPの成長率低迷』により公的債務対GDP比率が悪化していること。公的債務そのものではない」
 「日本の『真の問題』はストック(金融資産)が莫大で、世界最大の純資産を持ちながら、フロー(名目GDP)が相対的に伸びていないこと、つまり経済の『効率性』が悪いことにあるのである」
 「日本はフローを生み出す『源』たる政府支出が、長期間にわたりゼロ成長を続け、名目GDPの成長率が低迷した結果、公的債務対GDP比率が主要国の中で唯一急速に悪化したのである。これこそが、日本経済の効率性が悪化した真因である」と。

 

●いま日本が取るべき方策

 日本経済の抱える「真の問題」を解決するには、どうすればよいか。三橋氏は、問題解決のための具体策を打ち出している。私流に、五つに分けて提示しよう。

@景気回復を優先する

 三橋氏は『ジパング再来』で、「現在の日本に求められるのは、名目GDPを大きく成長させることである。すなわち景気回復こそが求められている」と言う。
 景気回復の方策を打つと、政府の負債が増え、財政が悪化するのではないかという意見に対しては、次のように反論する。経済成長路線を取り、「景気が本格的に回復し、企業の投資が活性化すると、企業の負債が増え始める。そうなると、今度は逆に政府の負債が自然と減り始めることになる。むろん、景気回復により税収が増大し、それまでは必須だった政府支出が不要になるためである」「政府の負債は、好景気で政府の税収が増え、政府支出が不要に成らない限り減ることはなく、減らす必要もない」「政府の借金はそもそも返済する必要がなく、実際に返済している国など世界中に一カ国もないのだ」と。
 三橋氏は、政府が景気回復政策を行ったことで、財政が好転した実例を挙げる。「アメリカのクリントン政権末期、一時的にアメリカ政府が財政黒字になったが、これは別に税金で政府債務を返済したためではない。好景気で政府の税収が増え、政府支出が勝手に減っていったためなのだ」と。
 これは重要な事例である。私なりに補足すると、1980年代、アメリカのレーガン政権は新自由主義の考えに基づき、所得税・法人税の税率を大幅に引き下げた。結果は、理論的予想に反し、税収が激減し、財政赤字が膨らんだ。代ったクリントン政権は、IT産業や教育等の分野に集中的に公共投資を行い、投資減税も行って、景気を回復させた。税収が増し、5年間で財政は黒字に転じた。わが国の昭和恐慌における井上準之助と高橋是清、アメリカの大恐慌におけるフーバーとルーズベルトの政策の違いとともに、わが国が現在、学ぶべき歴史的に重要な事例である。

Aデフレを脱却する

 三橋氏は、日本がデフレから脱却するための政策を、『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』(アスコム、2009年12月)に掲げる。
 「日本がデフレから脱却し、需給ギャップのマイナスが埋まる範囲に金融政策の目標を設定し、その範囲内」で、次の「パッケージを実行すればよいのである」と説く。
 すなわち、【国債発行】【政府支出拡大】【国債の日銀引受拡大】の三つのパッケージである。この「三つをパッケージとして実行することで、【国債発行&政府支出拡大】→【長期金利上昇】→【日銀引受拡大&長期金利低下】→【マネーサプライ拡大】→【デフレ脱却】→【名目GDP成長率上昇】→【政府負債対GDP比率改善】のプロセスが発生」すると三橋氏は流れを示す。
 同書では、この政策パッケージについて、別の説明もある。そこから補足する。国債の発行については、「国債発行とは、民間貸し出しに向かわない過剰貯蓄分を、政府が代わりに借りているだけである」と「国民は理解する」ことが必要だと三橋氏は説く。国民は銀行に預金している。その国民の資産を政府は銀行経由で借り受ける。国債を発行し、銀行に購入してもらうことで、政府は間接的に国民から資産を借りることなる。政府は国民から借りた資産を景気対策に支出する。三橋氏は「政府が支出を行えば、その分だけGDPが拡大し、国民に行き渡る所得が増える」と言う。私見で補足すれば、国民の過剰貯蓄を政府が代わって運用し、国民に運用益をもたらすことになる。
 政府支出については、「特に将来の経済成長、及び国民の利便性・安全性を目的とした大々的な公共投資の拡大」が必要であり、これによって需給ギャップ分を埋めるべきであると三橋氏は説く。
 国債の日銀の引受拡大については、「日銀の国債買取枠の拡大。長期金利の上昇を抑制するとともに、日本がデフレ脱却を果たすまで金融緩和政策を継続。もしくは拡大すると宣言。日銀は欧米のように、マネーサプライの拡大もしくはインフレ率の目標を掲げる」という説明がされる。
 これらの政策を私なりにまとめると、デフレ脱却のため、政府と日本銀行が一体となって、財政金融政策を行うということである。
 なお、先の三つのパッケージには入っていないが、三橋氏は同書に、四つ目の政策として、「減税、もしくは所得移転による、民間の支出拡大」を挙げている。ただし、その説明がほとんどない。氏の言う減税は企業と家計の両方を対象とするのか片方だけを対象とするか、不明である。私見を述べると、税制全体の改革なくして、デフレの脱却はできない。この点、三橋氏は見解を出していないので、私は不満である。
 まず三橋氏の言う民間の支出拡大のために減税ないし所得移転をするという政策については、私は効果に疑問がある。企業の場合は、法人税の減税とするか、投資減税とするかで効果が違う。確実に民間の資産が投資に向かうようにするには、投資減税を行うべきであり、かつ国家戦略で定めた成長分野における投資に限定すべきである。
 次に、三橋氏は消費税に言及していない。デフレを脱却し、企業の収益が上がり、法人税・所得税の税収が増えることを目指すのであれば、消費税を上げる必要はない。橋本政権は緊縮財政をしただけでなく、消費税を3%から5%に上げた。それがデフレの一要因になった。その後、わが国は、法人税・所得税を下げた新自由主義的な税制のもと、デフレを脱却できず、税収が減少している。税収が激減した結果、消費税が法人税・所得税の収入減を補うような異常な状態になっている。財務省・自民党は、この失政の責任を明らかにせずに、「財政の健全化」のために消費税を10%に上げる政策を打ち出している。デフレ下で増税をすると、わが国の経済は致命的な打撃を受けるだろう。三橋氏は、消費税増税の是非について見解を明らかにすべきである。また日本の「真の問題」を解決する方策を打ち出すのであれば、財政金融政策だけでなく、税制の改革案も提示してもらいたい。税制改革を同時に行うことなくして、デフレの脱却はできないからである。

 

B財源は国債の発行に求める

 デフレ脱却のための財源は、国債の発行によるべきだというのが、三橋氏の提案である。なによりわが国には、豊かな資産がある。それを生かすことだという。
 『ジパング再来』に三橋氏は書く。
 「国内の家計が1000兆円を超える純資産を持っている。これほど莫大な金融資産が国内にある以上、日本政府が国債の消化に困るような事態に陥ることは有り得ない」と。同書の引く2008年末のデータでは、家計の資産は1433.5兆円。家計の負債は365.4兆円。資産から負債を引いた純資産は1058.1兆円。これが1000兆円以上ある。
 ここでいう純資産は金融資産である。ただし、金融資産であっても、すぐ国債を購入できるような資産でなければ、国債は消化されない。この点、日本の家計の金融資産の55.2%は現預金である。三橋氏は、現預金を「純粋マネー」と呼ぶ。すぐに国債を購入することのできるマネーという意味である。日本の家計が保有する現預金は、世界最大の792兆円(08年末現在)である。この金額は、アメリカの家計が保有する現預金を上回る。日本の人口はアメリカの4割程度しかないのだから、いかに日本の家計が「純粋マネー」を多く持っているかがわかる。
 上記のような莫大な金融資産が国内にある。「だからこそ日本国債の金利は世界最低水準で推移しているのだ」と三つ橋氏は指摘する。また「世界最大の対外純債権国であり、かつ国内の家計が膨大な純資産を保有している日本が破綻するなど、文字通り『不可能』である」と断言する。
 日本は豊かな国であり、日本人はカネ持ちなのである。わが国は貯蓄性向が強く、貯蓄が投資を上回っている。貯蓄が経済の活性化に生かされていない。銀行は過剰な預金を運用しきれず、預金超過となっている。そのうち、およそ8割(09年時点で114兆円)が国債で運用されている。残りのほとんどは、アメリカ国債の購入である。
 私見を述べると、さらになお100兆円くらいの民間の資産が活用されていない。問題は、政府が日本国民のカネを、国民のために使っていないことにある。政策の失敗によってデフレを起こし、財政を悪化させ、そのツケを国民に増税という形で押し付けようとしているのが、自民党であり、民主党である。わが国は需給ギャップが大きいと言っても、35兆円程度である。100兆円の資産をうまく使えば、需給ギャップを埋め、デフレを脱却することはできる。政策次第なのである。先祖が一生懸命働いて貯めてくれたカネをうまく使えず、子供がバカなことを繰り返して、自ら国を滅ぼしかねない状態になっているのが、現代の日本である。
 三橋氏に話を戻すと、三橋氏は国債を増発しても、繰り延べや買取等ができることを強調する。『ジパング再来』から引くと、「そもそも国債の償還期日が到来したら、ロールオーバー(繰り延べ)をすれば済む話であるし、金利が安い時期であるならば、返済のために新たな国債を発行してもかまわない。さらには、(略)中央銀行に国債を大量に購入させてもかまわないし、政府紙幣を発行して国債を償還してしまうことも、特に法的手続きなしに可能だ」と言う。
 国債は最長期が30年物で、期間が来れば書き換えをして60年償還としている。中央銀行による買取については、次のように三橋氏は書いている。「政府が際限なく国債を市場で販売していくと、長期金利が上昇していくという問題が生じる。それに対しては、(略)中央銀行に国債を買い取らせるという解決策」がある。「日銀の国債買い取りとは、(略)中央銀行が印刷した紙幣と市場の国債を交換する行為だ。日銀は金融市場の国債を買い取り、代わりに自らが印刷した通貨を市場に供給していくことになる。すなわち『金融緩和』を継続的に推進していくわけで、現在のように世界的に景気が冷え込んだ状況では、極めて望ましい施策といえる」と。
 最後の政府紙幣については、日本銀行が発行する日本銀行券とは別に政府が合法的に貨幣を発行するという方法である。政府貨幣については、エコノミストの間でかなり見解が分かれる。元は丹羽春喜氏(註1)が説くもので、丹羽氏は政府貨幣発行特権を発動せよ、と独創的な提案をしている。丹羽氏の提言を変形した「政府紙幣」発行論を説く論者もいるが、それらは丹羽氏の亜流である。この点、三橋氏は「政府紙幣」と書いており、丹羽氏の提言をしっかり理解しているようには見えない。

 国債を増発すると、インフレになるという反論がある。長期金利が上がり、住宅ローンの金利も上がると、家計への影響が大きくなる。もちろん国債を際限なく発行すれば、インフレになるが、今の日本ではその心配は要らないと、三橋氏は説く。
 『ジパング再来』では、大略次のように書いている。「日本は国内の需要に比べて、供給能力があまりに過剰」であり、「世界最大級のデフレギャップ(供給過剰、需要不足)を抱えている」。「供給能力が有り余っている日本で、インフレが極度に加速することはほとんど有り得ない」。「中央銀行が国債の買い取り額を増やしても、制御不能なインフレーションに陥る可能性はない」。「ハイパーインフレーションどころか、インフレの心配をするのもナンセンスなのである」と。
 ちなみにハイパーインフレーションとは、インフレ率が1年に1万3千%、つまり物価が130倍になる現象を言う。わが国は、かつて1946年、つまり敗戦の翌年、かつてないインフレを体験した。産業基盤が潰滅し、日本の供給能力が最も落ち込んだ時期である。その時のインフレ率は300%だった。つまり、物価が3倍になる程度のインフレでしかなかった。これは、第1次大戦後のドイツや現代のジンバブエのような天文学的なインフレとは、比較にならない数値である。三橋氏は、敗戦後ですら物価3倍のインフレでしかなかったのだから、今日の供給能力の有り余っている日本で、ひどいインフレになることはありえないと見ている。
 三橋氏は、ポール・クルーグマンが「日本に対して、(というより日本銀行に対して)、4%のインフレ・ターゲットを設定するように提唱している」と言及する。インフレ・ターゲットとは、インフレの目標値である。これを取り入れる政策をインフレ目標政策という。米英等の主要国は目標値を、2〜2.5%に設定している。日本は需要に対して、「他の先進諸国を上回るインフレ・ターゲットを設定しても、問題はないどころか、そちらのほうが望ましいとのことである」と、クルーグマンの意見を紹介する。
 クルーグマンは、三橋氏が最も多く引用するエコノミストである。三橋氏は、かなり信頼しているようである。しかし、クルーグマンは、状況によって何度か意見を変えてきた。かつてわが国にインフレ・ターゲットを勧めていたが、世界経済危機が勃発するとアメリカで財政出動を説いている。ノーベル賞受賞者として著名ではあるが、主張と立場の変化をよく観察したほうがよいだろう。わが国では、岩田規久男氏がインフレ目標政策を採用すべきと主張している。その提案はクルーグマンより具体的である。三橋氏はその岩田氏に言及していない。

C公共投資を拡大する

 リーマン・ショック後、アメリカ市場は、大幅に需要が収縮した。わが国の輸出はその影響を受けた。三橋氏は、2008年の名目GDPは「純輸出が何と0.14%にまで縮小してしまった」と指摘する。外需が0.14%ということは、名目GDPの99.86%が内需だということである。三橋氏は、わが国が内需依存国家であると強調するが、2008年はそれが極端なレベルに至った。
 逆にこの年、日本の個人消費は「金額的に過去最高値を更新」した。個人消費がGDPに占めるシェアも「1994年以降の最高値に達した」。「そうである以上、個人消費を刺激する政府最終消費支出、そして公共投資の拡大により、日本経済は継続的な成長路線へと復帰することが可能」であると三橋氏は主張する。
 特に重点を置くのが、公共投資の拡大である。三橋氏は『ジパング再来』で、経済成長のための公共投資の拡大を説く。投資をする分野は、日本のインフラを整備したり、新エネルギー資源に転換したりする分野に集中する案を示す。三橋氏が挙げる主な分野は次のとおりである。

(1)
リニア新幹線
(2)
ITS(最新の情報通信技術を用いた高速道路交通システム)
(3)
スマートウェイ(次世代道路)
(4)
太陽光発電
(5)
電気自動車
(6)
地震対策(電線の地中化、公共建物の耐震対策、耐震住宅の普及)
(7)
メタンハイドレート(燃焼時のCO2排出量が少ないエネルギー資源)のビジネス化、等。

 これらへの投資の経済効果は、「自動車や情報通信、半導体、家電など、様々な日本の基幹製造業へと波及していき、国内経済全体を活性化することが可能なのだ」と、三橋氏は説く。

D政府の財政政策と日銀の金融政策を一体化する

 方策Aに書いたように、三橋氏は、日本がデフレから脱却し、需給ギャップのマイナスが埋まる範囲に金融政策の目標を設定し、その範囲内で、三つの政策パッケージを実行すればよいと説く。すなわち、国債発行、政府支出拡大、国債の日銀引受拡大である。
 政府が積極財政政策を打つとともに、日銀がこれと一体化した金融政策を行なう。日銀は国債買取枠を拡大する。長期金利の上昇を抑制するとともに、デフレ脱却を果たすまで金融緩和政策を継続するか、もしくは拡大すると宣言する。欧米のように、マネーサプライの拡大もしくはインフレ率の目標を掲げることを、日銀に求めている。
 そして、三橋氏は『ジパング再来』に次のように書く。
 「有り余る純粋なるマネー(註 現預金)を活用し、国内のフローを高めるべく政府支出を拡大する。中央銀行たる日本銀行は、政府の財政支出をサポートする。現在の日本に求められているのは、実はこれだけなのである」と。

 

(1)丹羽氏については、拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1」をご参照ください。

 

●方策実行のための三つの条件

 三橋氏が掲げる日本が取るべき方策を、@景気回復を優先する、Aデフレを脱却する、B財源は国債の発行に求める、C公共投資を拡大する、D政府の財政政策と日銀の金融政策を一体化する、という五つに整理してみた。私はこれらの政策に賛同する。基本的には、三橋氏が初めて打ち出したわけではなく、わが国がデフレに陥って以来、10年以上にわたって、積極財政派のエコノミストが提案してきたものである。
 私の見るところ、三橋氏の方策を実行するためには、現行の制度を改善すべき点がいくつかある。そのうち、特に重要なものを3点述べたい。インフレ目標の導入、金融行政の是正、郵政民営化の見直しである。
 第一は、インフレ目標の導入である。この点は、日本が取るべき方策のBに書いた。1989年にニュージーランドが採用して以来、イギリス、オーストラリア等が導入して、実績を上げている。既に25カ国が採用している。具体的には、政府がインフレ目標を2%程度に定め、中央銀行にその達成を義務付ける。達成の手段は任せる。達成できなければ、国民への説明と中央銀行総裁の解任という責任を負う。岩田規久男氏が指摘しているように、日本銀行は1998年に改正された日銀法によって過度の独立性を与えられ、金融政策に責任を持たずに、金融引き締め政策を続けて、デフレを悪化させている。この状態を打開するには、インフレ目標政策の採用が必要である。

 第二は、金融行政の是正である。三橋氏が提案しているように政府と日銀が一体化して財政金融政策を進める際、民間の銀行等が健全な経営をできなければ、政策の効果は上がらない。この時、重大な制約になっているのが、ペイオフ、時価会計・減損会計、自己資本比率規制(BIS規制)である。これらは、アメリカが日本に強く求め、わが国の政府が行っている「金融行政3点セット」(菊池英博氏)である。アメリカは、金融の自由化の理念のもと、日本の金融機関を締め付け、日本を金融的に従属させるために導入を迫った。これら3点セットは、デフレの金融面での要因でもある。
 一点目のペイオフについては、銀行等の金融機関一つあたり政府が保証する預金額が、1千万円までになった。そこで国民は限度額までを定期預金に預け、それを超える分は全額保証されている決済性預金に移した。その結果、銀行等の預金額のうち、安定した定期預金の比率が減り、銀行等は積極的な貸し出しができなくなった。民間の投資が減少している原因の一つである。二点目の時価会計・減損会計については、これらの導入によって、わが国の企業は帳簿上、収支状況が悪くなる。負債の削減を迫られるなどで経営が困難になり、多くの企業が倒産に追い込まれている。三点目の自己資本比率規制については、海外に営業拠点を持つ銀行は自己資本比率が8%以上なければならないというのが、国際決済銀行(BIS)の基準である。問題は、日本国内だけで営業している金融機関(地方銀行、信用金庫、信用組合、農協等)にも4%以上という規定を設けていることである。そのため、その多くは、貸し出していた資金を回収して、自己資本比率を上げなければならず、貸し剥がしが起こっている。資金に窮した企業は、倒産や外資への身売りに至る。こうした金融行政が、失業者を生み、自殺者を増やし、家庭を崩壊させているのである。
 それゆえ、私は、政府・日銀一体による財政金融政策を効果的に行うには、金融行政の是正が不可欠だと思う。ペイオフ、時価会計・減損会計、自己資本比率規制は、凍結ないし廃止する必要がある。世界経済危機の後、主要国はそれを実行している。しかし、三橋氏は金融行政3点セットにはまったく触れていない。私は、これらをそのままにして、わが国の経済が、簡単にデフレを脱却し、大きく成長できるとは思えない。インフレ目標を導入するとともに、ペイオフ、時価会計・減損会計、自己資本比率規制を凍結ないし廃止をすべきである。
 第三は、郵政民営化の見直しである。三橋氏は現在のわが国では、国債を増発してもインフレになる心配は要らないと説く。だが、わが国にはアキレス腱がある。民営化された郵政である。2008年3月末現在、国債の約3分の1を、ゆうちょ銀行とかん生命が保有している。合わせて226兆円である。郵政資金がわが国の安定的な財政を支えていた。しかし、現行法では日本郵政は、株式を2010年から17年までに100%売却することになっている。
 私は、小泉=竹中政権による郵政民営化に反対してきた。主な理由は、アメリカによる郵政資金の略取を防ぐためである。現行法のままでは、郵政会社は、株式の大半を外資に買い占められ、経営権を奪われるだろう。
 郵政民営化は、小泉純一郎元首相が推進した政策だが、実態はアメリカが日本に求めたものである。特にアメリカの保険業界が強く迫った。彼らが目をつけたのは、簡易保険の資産である。日本郵政の株式が市場で売却されると、巨大国際金融資本は、まず「かん生命」の株式を取得し、簡保の資金をアメリカに流す。アメリカの財政を安定させるために、米国債の購入に当てる。次は、いよいよ郵貯である。世界最大のメガバンク、ゆうちょ銀行の株式を買い占める。郵貯の資金もアメリカに流す。もしそうなった場合、これまで日本の国債の購入に当てられていた国民の資産が、海外に流出し、米国債の購入に回される。日本国債を購入する資金が大幅に減るから、国債の消化が困難になる。長期金利の上昇、インフレの進行、政府純債務の増大等が起こり、財政が悪化する。長期的には債務国への転落に至らないとは限らない。だから、日本郵政の株式売却には、大きな危険性がある。
 日本は世界最大の対外債権国である。だからこそ、日本の資産は外資に狙われているのである。現行法を早急に改正し、郵政会社の株式売却を凍結すべきである。また郵政民営化そのものを見直し、本当にわが国の実情に合った郵政のあり方へと転換すべきである。だいたい日本に郵政民営化を強要したアメリカは、郵政を民営化していないではないか。フランスは国営、カナダは公社である。イギリス、ニュージーランド等、民営化で失敗した国もある。何でも民営化がよいというのは、わが国の新自由主義者、市場原理主義者のドグマに過ぎない。
 郵政問題は日本の浮沈に関わる重大問題である。だが、三橋氏は郵政民営化について、見解を明らかにしていない。私は、この点でも、氏の見識に疑問がある。

 

●方策実行には制約条件を除くべし

 先に書いた金融行政3点セットと郵政民営化は、無関係ではない。郵政資金が海外に流出すると、国債の消化のため、銀行等に国債の購入が求められる。しかし、長期金利が1%でも上昇すると、銀行等への金利負担は巨額になる。また国債の価格が暴落すると、保有している国債の価値が下がる。金融行政3点セットで締め上げられている銀行等は経営難になり、倒産が相次ぐだろう。それが拡大すれば金融恐慌にまで進みかねない。このとき、消費税の増税が行われていれば、デフレは一層悪化しているだろうから、ダブルパンチ、トリプルパンチになる。外資によるわが国の国債の投売り、日本企業の株式の投売りも起こるだろう。それゆえ、私は、金融行政3点セットと郵政民営化をこのままにして、三橋氏の提案する方策を実行しても、期待される効果を十分上げることができるかどうか疑問である。
 三橋氏は、日本経済について極めて楽観的な見方をしている。「国内の家計が1000兆円を超える純資産を持っている。これほど莫大な金融資産が国内にある以上、日本政府が国債の消化に困るような事態に陥ることは有り得ない」「世界で最もデフレギャップが大きい、すなわち供給過剰な日本は、中央銀行が国債の買い取り額を増やしても、制御不能なインフレーションに陥る可能性はない」「世界最大の対外純債権国であり、かつ国内の家計が膨大な純資産を保有している日本が破綻するなど、文字通り『不可能』である」等と述べる。そして、「有り余る純粋なるマネーを活用し、国内のフローを高めるべく政府支出を拡大する。中央銀行たる日本銀行は、政府の財政支出をサポートする。現在の日本に求められているのは、実はこれだけなのである」と言う。
 しかし、先に書いたように、三橋氏の方策を効果的に実行するためには、インフレ目標政策を採用し、金融行政3点セットと郵政民営化は凍結ないし廃止することが必要だと私は思う。また、制度として改善すべきこと以外の条件としては、人口変動がある。少子高齢化と人口減少が、中長期的に経済に与える影響を考慮しなければならない。移民問題がそこに関係してくる。この点は、後に三橋氏の「国家のグランドデザイン」について書くときに触れることとする。

●憲法・国防の観点なくして日本経済は把握できない

 経済とは、人間の共同生活の基礎をなす財・サービスの生産・分配・消費の行為・過程をいう。またそれを通じて形成される社会関係の総体をいう。近代主権国家は、統治機構として政府を持つ。政府は、憲法及び各種の法令のもと、国民の経済活動に関与する。また一国の経済は、その国家の伝統・文化・国柄を反映した特徴を持つ。
 エコノミストの多くは、経済に関心が集中し、経済という面からのみ、ものごとを見る傾向がある。そのため、戦後の日本という国家が抱えている大きな問題を意識していない。戦後日本の根本問題は、GHQによって押し付けられた憲法と、安全保障の対米依存にある。政治・外交・軍事だけでなく、経済についても、問題の根本はそこにある。日本の経済は、アメリカと密接な関係を持っており、憲法と国防という観点を欠くと、真の課題を把握できない。先ほどの金融行政3点セットも郵政民営化も、こうした構造の中でとらえなければならない。1998年以降、10年以上続くデフレも、同様である。1980年代以降、アメリカは、日本に強い圧力をかけ、それが日本経済に大きな影響を与えているが、これについても同様である。
 毎日新聞の平成22年6月26日号は、参議院選挙比例代表候補へのアンケート結果を掲載した。三橋氏は、自民党の候補者として、このアンケートに回答した。各種の質問があるうち、三橋氏は、「改憲を進めるべきか」「憲法第9条の改正」「集団的自衛権の解釈」という三つの質問には、答えていない。無回答である。これは私が最も不満とするところである。憲法や国防の問題には勉強不足なのか、意思を明らかにしたくないのかわからないが、国政選挙に出るのであれば、三橋氏は、自己の見解を固めたうえで立候補し、それを有権者に明らかにすべきだったろう。憲法・国防の問題は国家経済の問題と深く結びついている。このことを理解しないと、三橋氏は、一国の経済政策を担う政治家にはなりえないだろう。
 実は三橋氏は、先のアンケートで、「経済・財政運営の方針」「消費税の引き上げ」「郵政改革」という三つの質問に対しても、無回答だった。これらは経済政策に関する質問ゆえ、三橋氏が明確に自分の意思を回答すべき質問である。しかし、三橋氏は、「経済・財政運営の方針」についても「消費税の引き上げ」についても「郵政改革」についても、質問に答えていない。これでは、エコノミストとしては見識不足と観られるだろう。まして国政を担う政治家としては不見識というそしりを受けても、やむをえまい。

 

●インフレ・ビジネスからデフレ・ビジネスへ

 三橋氏の経済成長理論に話を戻す。三橋氏は、成長途上のエコノミストであり、また政治家の卵である。弱点・課題はあるが、主張には賛同できることが多くある。なにより日本人に自信を取り戻させ、夢と希望を与えようとする積極的な姿勢に、私は共感する。
 さて、三橋氏は、デフレ下における公共投資の拡大の必要性を力説するのだが、その際、インフレ・ビジネスとデフレ・ビジネスという対概念を使っている。この点について氏の説明を補足する。
 今世紀の初頭、ウォール街を中心とする投資銀行やヘッジファンドが、世界の金融市場を席巻した。しかし、リーマン・ショック後、「史上空前の隆盛を極めた金融産業という『インフレ・ビジネス』が、ついに黄昏どきを迎えた」と三橋氏は『ジパング再来』で言う。
 金融産業は、インフレ・ビジネスと呼ばれる。金融企業のビジネスが興隆するには、インフレが「絶対的な条件」だと三橋氏は言う。「需要が供給を上回り、物価上昇率が多少高めに推移しない限り、金融ビジネスは成り立たない」「物価が上昇しない社会では、金利は決して高くならない」。不動産あれ株式あれ証券化商品であれ原油であれ、「価格が中長期的に上昇し、利回りがそこそこ稼げる」商品であれば、「マネーはただひたすら利益を求め、世界中を駆け巡る」。逆に「物価上昇、特に(略)投機商品の価格が上昇せず、かつ低金利の経済環境は、基本的に金融企業にとっては鬼門なのだ」と説明する。
 世界経済危機によって、「主要国のことごとくはデフレ経済へと突入し、『金利がつかない』あるいは『金利を下げても誰もお金を借りない』という新たな局面が始まった」。「今後しばらくは各国ともデフレ・ビジネスで経済の下支えを行っていくしかないわけだ」と三橋氏は語る。そして、「このデフレ・ビジネスについて世界で最も経験を積み、得意中の得意としているのが、実は日本企業なのである」と言うのである。
 世界がデフレ経済になったいま、日本には好機が訪れている、と三橋氏は見る。
 デフレ経済の最大の特徴は、物価が継続的に上昇していかないことにある。金利が低下し、政府の資金調達が容易になる。その結果、「大規模公共事業に投資をしやすい環境になる」「政府に留まらず、公益事業に従事する企業も、より低金利で資金調達をすることが可能になり、大規模投資を行う絶好のチャンスなのである」と三橋氏は述べる。

●日本はインフラ産業で発展できる好機にある

 三橋氏によると、代表的なデフレ・ビジネスはインフラ産業である。その「インフラ産業において、日本企業は世界を周回遅れにするほど、競争優位を獲得している」。インフラ産業とは「道路、橋梁、鉄道路線、港湾施設、上下水道や電力、ガス、通信といったライフラインなど、我々が生活するうえで日常的に使用している公共のツール」を製造・整備する産業である。リニア新幹線、高度交通システムなどの公共事業を中心に、「基幹製造業に数多くのビジネスチャンスが訪れようとしている」と三橋氏は言う。新技術を活用して、社会を支えるインフラを21世紀型のまったく新しいものに大転換するチャンスが、日本にやって来ているというわけである。そこに、政府が主導性を発揮し、インフラ整備のため大規模な公共投資を行なえば、日本経済は大きく発展する、と三橋氏は提案する。
 しかも、チャンスは日本国内だけでなく、アジアにも広がっている。アジアといっても、主たる対象は、中国ではない。東南アジアやインドに目を向けるよう、三橋氏は勧める。
 「日本政府はODA及び技術支援により、東南アジア諸国のインフラ整備を全力でサポートすることをすでに表明している」。東南アジア諸国は「内需の拡大余地が大きい」。ASEAN諸国の財政支出は、「交通インフラの整備など、経済基盤の強化に焦点が置かれている」。またインド政府は、「全土に高速旅客鉄道網を張り巡らせる大規模なプロジェクトを推進している。その鉄道の有力候補に新幹線が浮上している。「インドを始め、アジア各国が次々に新幹線を採用し、各都市が高速で結ばれ始めた場合、その経済効果は計り知れない」。
 こうして日本国内及びアジアでインフラ整備を進めることにより、わが国の経済は景気を回復する。それとともに、次世代にインフラという社会的な財産を残すことができる、と言うのである。
 なお、公共投資の拡大のために国債を増発し、インフラ整備に資金を投入した場合、いずれ税金で返済しなければならず、将来世代にツケを回すことになる、という考え方がある。実際国債期日が来れば、保有者に返金される。子孫が相続していれば、子孫に支払われる。この間、資金は有効に活用され、整備されたインフラが子孫に引き継がれる。だから、将来世代にツケが回るのではなく、金融資産と社会資本が継承されるのである。問題は、その投資が真に有益な分野・対象に行われるかどうかにある。政治家と企業の利権絡みや地方への利益誘導、ODAのバラマキではだめである。将来の日本の目標像を掲げ、中長期的な国家計画のもとに、ヒト・カネ・モノ・技術・情報等の諸資源を戦略的に投入しなければならない。デフレの脱却を図る際、そういう発展性のある公共投資を大胆に行うことができるかどうかに、わが国の将来がかかっている。

 

●三橋氏の立場〜成長徹底重視型の積極財政派
 

 これまで三橋貴明氏の経済成長理論を概観してきた。私は「成長こそすべての解」という三橋氏を、“成長徹底重視型の積極財政派”とみなす。この分類を裏付ける事実を、三橋氏が自公連立の麻生政権が取った積極財政政策を、高く評価していることに見ることができる。
 2009年6月23日、麻生内閣は、経済財政運営の基本方針「骨太方針2009」を閣議決定し、基本目標を「2020年代初めに国・地方の債務残高の国内総生産(GDP)に対する比率を安定的に引き下げる」と設定する意向を明らかにした。三橋氏はこれを「公的債務対GDP比率」の引き下げへと、基本目標が大転換された、と高く評価する。
 麻生政権によって、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化は「10年以内」と先延ばしされた。三橋氏は「『公的債務対GDP比率』の安定的な引き下げが達成されれば、日本人は誰も『プライマリーバランスの黒字化』など気にしなくなる」と言う。「プライマリーバランスの黒字化という目標に問題があるのは、ストック(政府の負債=国債発行残高)のみに注目している点だ。すなわち、国民の福祉や生活水準の向上たる『経済成長』は、完璧に無視されてしまっているのである」。その点、「『公的債務対GDP比率の安定的な引き下げ』という新たな目標は、ストックのみでなくフローの概念も取り込んでいることが、非常に評価できる」と三橋氏は言う。「政府の借金が増え続けたとしても、国家経済のフローたるGDPが、それを上回るペースで増えていけば、目標は達成される。そしてGDPの成長とは、すなわち日本国民の所得の増大を意味しているのである」と。
 「骨太2009」閣議決定の1ヶ月ほど前、2009年度補正予算が5月末に成立した。三橋はこの補正予算を「たいへん高く評価している」と述べる。理由は、@景気対策の基本が「政府が需要を作り出す」ことに主眼が置かれていること。緊縮財政路線を放棄し、需要拡大を優先していること。A拡大される政府支出の中身が公共事業中心になっていること。これにはリニア新幹線、ITS、太陽光発電等を含む。B政府支出の財源が国債に依存していること。景気低迷期に増税はできない。これら三つを挙げる。
 そして、「2009年春以降の政府方針の大転換は、まさに日本に高度経済成長期の夢を再びもたらすための、重大な政治判断であったと確信している」と書いている。
 以上により、三橋氏が現在の日本経済において、積極財政を取るべしとする積極財政派であることは、疑う余地がない。三橋氏の特徴は、単に積極財政派であるだけでなく、「成長こそすべての解」と説く点にある。プライマリーバランスの黒字化という目標を掲げず、経済成長を徹底的に重視する。それが“成長徹底重視型の積極財政派”と私がみなす所以である。
 ただし、三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化をまったく否定しているわけではない。『ジパング再来』では、「筆者は何も、日本政府は無制限に国債を発行しなどという極論をいっているわけではない。プライマリーバランス黒字化よりも、(註 景気対策の方が)優先順位が圧倒的に上だといいたいのだ」と書いている。
 ここで私見をもとに指摘したいのは、三橋氏は「公的債務対GDP比率」というが、わが国の財政状況は、粗債務から金融資産を引いた純債務で見ないと実態を見誤る。三橋氏はこの点があいまいである。「純債務残高を名目GDPで割った比率」を財政規律指標とすべきである。
 なお、三橋氏は、現在の日本は、デフレのため、成長を徹底して重視した積極財政を説くものであって、インフレであったら、まったく異なる政策を説くはずである。三橋氏は、『日本を変える五つの約束』(彩図社、22年、2010年5月刊)で、デフレ期における財政健全化政策には反対するが、財政健全化や増税はインフレ期には望ましい解決策になり得ると言っている。それゆえ、私が三橋氏を“成長徹底重視型の積極財政派”と呼ぶのは、現在の日本における三橋氏の立ち位置を指すものである。

 

●三橋貴明氏と菊池英博氏

 

三橋氏は現下の日本は需要不足によるデフレに陥っており、デフレギャップを埋めるために、公共投資を拡大し、積極財政を行うべし、と主張する。
 20〜40歳代の若い人たちの中には、こうした主張は三橋氏が初めて説いたものと理解している人がいる。三橋氏は、他のエコノミストの名前を上げ、著書・論文・記事を引用して、論じることがごく少ない。どういうエコノミストを評価したり、継承したりしているか明らかでない。だから、読者は、三橋氏の説くことは、すべて三橋氏が発見、発想した独創的な主張という印象を受けやすい。一部のネットユーザーは「三橋信仰」などと揶揄されている。
 実際は、積極財政論は、わが国がデフレに陥った1998年前後から、この10数年間、ずっと説かれてきた。なかでも菊池英博氏(元文京女子大学教授、現日本金融財政研究所長)は、積極財政を説くエコノミストの代表的存在である。菊池氏は、わが国の危機は財政危機ではなく政策の誤りによる政策危機だと指摘。橋本政権・小泉政権の緊縮財政を徹底的に批判し、デフレを脱却し、毎年名目GDP成長率4〜5%を実現する政策を提言してきた。国会の公聴会で発言、全国紙に寄稿などした氏の提言には、法律として実現したものもある。日本の伝統を尊重し、民利国益を追求する経世済民のエコノミストである。
 私は、三橋氏の基本的な考え方は、菊池氏に学んだものではないかと思っている。三橋の経済成長理論には、菊池氏の主張を一般向けに分かりやすく表現したものと思われるところがある。例えば、菊池氏は「金融政策と財政政策が歩調を合わせて、常に成長を目指す政策をとることが、あらゆる問題を解決する基本である」(『増税が日本を破壊する』ダイヤモンド社)と言う。これを端的に言うと、三橋氏の「成長こそすべての解」となるという具合である。これは私の想像に過ぎない。何の影響関係もないのかもしれない。
 三橋氏は、数年前まで多くの国民と同様、マスメディアの報道を疑わず、わが国は財政危機にあると思っていたという。だが、中小企業診断士の目で国家のバランスシートを見て、考え方が変わった。韓国経済の分析によってネットで注目され、国家モデル論をもって論壇に登場した。エコノミストとしてはキャリアが浅い。もし三橋氏が菊池氏の著書を読むならば、デフレ脱却のための積極財政論を一貫して説いてきた菊池氏を、筋金入りの先達と認めるに違いない。
 菊池氏は銀行マンとして国際金融の第一線で活躍した。その実務経験をもとに大学教授として研究を重ね、政策提言を繰り返し、現在は民間の研究所の長として経済アナリストを続けている。方や三橋氏は一般企業勤めから中小企業診断士となった個人事務所の経営者であり、学界や政府諮問機関等での研究・討論の経験は少ないようである。かくいう私自身は、経済界からも学界、政界からも遠いところにいる、ただの素人だが。

 菊池氏は、小泉=竹中構造改革を厳しく批判した。デフレ下で緊縮財政をした大失敗を満天下に暴露した。金融庁を使って銀行・企業を潰し、失業者増大や家庭崩壊を起こした失策を告発した。小泉=竹中政権を継承した自民党の安倍・福田・麻生の歴代政権は、構造改革を継承した政権だった。麻生氏は積極財政路線を取ったが、政策は構造改革を部分的に修正したものだった。これに対し、菊池氏は一貫して緊縮財政・構造改革を批判している。
 自民党は今も橋本・小泉政権の緊縮財政政策が日本の経済成長を損ない、財政赤字を増大させたことを認めていない。そのツケを消費税の増税という形で国民に押し付けようとしている。それに民主党の菅首相も乗っかっている。その裏にいるのは財務省である。自民党は小泉=竹中政権の従米・売国的な政策の誤りも認めていない。構造改革はアメリカの圧力によって強行されたものだった。構造改革への批判は、わが国の独立主権国家としてのあり方を根底から問うものとなる。
 菊池氏が5年以上前から発表している、日本の伝統を守り、日本経済の体質を踏まえた日本再興策は、今日改めて広く知られるべきものと思う。著書『増税が日本を破壊する』『実感なき景気回復に潜む金融恐慌の罠』『消費税は0%にできる』(ダイヤモンド社)は注目すべき提言の書である。詳しくは、拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏」をご参照願いたい。

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5章 21世紀日本のグランドデザイン

 

●日本は成長し、ジパングが再来する

三橋氏の経済成長理論の真骨頂は、成長徹底重視の積極財政を行えば、日本は「ジパングの再来」になり得ると説くところにある。マルコ・ポーロは13世紀末、『東方見聞録』にて、日本を黄金の国・ジパングとして描き、日本は西欧人の憧れの地となった。21世紀の現代、三橋氏は、そのジパングの再来に日本はなり得ると説く。そして、その実現のための戦略とビジョンをもって、国家のグランドデザインを提示している。次にその点について書きたい。

日本経済は、多くの問題を抱えている。だが、その問題は解決できる。日本には大きな成長可能性がある、日本は21世紀にジパングの再来になり得る、と三橋氏は説く。
 『ジパング再来』にて、三橋氏は、日本がこれから大きく成長し得る条件を挙げる。私流に整理してみよう。

@国内に金融資産が充分ある。
A企業や家計のバランスシートには「純粋なるマネー」(註 現預金のこと)が溢れている。
B銀行の不良債権額は、欧米の金融機関から見れば、微々たるものである。
C内需の規模が世界で2番目に大きい。
D独自の技術や文化を有する。
E創造力に富んだ人材に事欠かない。
F日系企業は今後、世界的に拡大することが確実なデフレ・ビジネスのノウハウを、豊富に持ち合わせている。
G世界最大の対外純債権国である。
H世界各国からの評判もすこぶる良い。

 これだけ好条件を多く持った国は、世界にほかにない、日本は新たな国家モデルを構築するためのリソース(資源)を十分すぎるほど持っている、というのが、三橋氏の見方である。
 三橋氏は、『崩壊する世界 繁栄する日本』(2009年3月)の結尾で次のように述べる。
 「世界経済は現在、かつてない混乱に見舞われ、あらゆる国が新たな国家モデルを模索し、試行錯誤を繰り返している。近い将来、パラダイム・シフトが完了した時点の世界経済が、果たしてどのような姿をとるのか。それは現時点では、誰にも分からない。しかし、筆者は日本経済が新たな環境においても、力強い成長を遂げるモデルを構築できると信じている。なぜならば、現在の日本が次の世界を主導する国家モデルを築くために、圧倒的に優位な位置に立っていることが、紛れもない事実であるからだ。同時に、日本は新たな国家モデル構築に必要なリソースも、充分すぎるほどに保有しているのだ。我々日本人に必要なことは一つだけだ。自分たちが、新たな成長モデルを構築する力を持っているという事実を、きちんと自覚すること。ただ、それだけなのである」
 三橋氏は、上記の著書の5ヵ月後に刊行した『ジパング再来』(講談社、2009年8月)においても、次のように述べる。同書の結尾における主張である。
 「新たな国家モデルを構築するには、国内に充分なりソースが存在していることが絶対条件となる。国家モデル構築に必要なリソースとは、すなわち創造力に富んだ人材、オリジナリティのある技術、投資可能な余剰資金、そして充分な大きさを持つ市場である。現在、これらのリソースを日本ほど豊富に持っている国は、他には存在しないのだ。優先順位を間違えず、豊富なリソースを正しく投入するだけで、2015年の日本は現在とはまったく別の国家モデルに様変わりし、これまで以上に繁栄していることだろう。そのときこそ、我々が日々の暮らしを営む日本こそが、本当の意味で『現代のジパング』に相応しいと、世界中の誰もが知ることになるのだ」

●民主党政権は、ジパング再来の道から日本を迷走させた

 2009年8月の衆議院選挙で、政権は自民党・公明党の連立政権から、民主党を中心とした政権に交代した。積極財政を推進していた麻生政権は、十分な効果を上げる前に、鳩山政権に取って代わられた。民主党の経済政策は、三橋氏の経済政策とはまったく異なるものである。三橋氏は『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』を著して、民主党の経済政策を批判した。三橋氏としては、2015年に新しい国家モデルの日本をイメージした構想が、政権交代によって実現を阻まれた格好となった。
 とはいえ、仮に自民党が政権を維持していたとしても、三橋氏の成長徹底重視型の経済成長路線が採用された可能性は低い。麻生氏から自民党総裁職を継承した谷垣氏は、財政規律派である。デフレ脱却のために政府支出の拡大等を断行するとは、見られない。むしろ、橋本政権、小泉政権による二度の緊縮財政でデフレが悪化し、財政赤字が増加した大失敗の反省なく、そのつけを国民に増税という形で押し付けようとしているのが、現在の自民党の執行部である。
 自民党は2010年7月の参議院選挙で、消費税を10%にするという政策を公約に掲げた。民主党・菅首相は自民党の10%案に飛びついて、消費税10%を口にし、民主党・自民党の両方が増税路線に日本を進めようとしている。しかし、デフレ下の増税は、危険である。景気が落ち込み、企業収益が減り、税収が減る。また雇用が減り、失業が増え、消費が冷え込む。これを繰り返す悪循環に陥る可能性が高い。
 菅首相は公共事業の拡大でも規制緩和・市場重視でもない「第三の道」を行くという。バラマキ型の政策を並べた鳩山政権とは違い、成長政策を挙げ、元気な日本を復活させると言うが、まだ骨格が見えない。極端なデフレ政策になる可能性もある。2011年度から10年間でプライマリーバランスの均衡化を諮るという目標を掲げているが、これも自民党・小泉政権が取った緊縮財政政策の失敗の繰り返しになりかねない。
 民主党は、自民党が失政を行った後に政権を取って、自民党以上にわが国を衰亡させる政策を進めている。民主党は、過去のわが国の失政の原因を理解しておらず、またわが国をどういう国家にするかという将来像がない。むしろ、永住外国人への地方参政権付与、地域主権国家、東アジア共同体等、日本という国家を解体する方向に日本を進めようとしている。当然、日本という国家の中長期的な方針・計画を策定できるはずがない。日本という国家を解体することが、民主党の中長期的な目標だからである。
 これに対し、日本を守り、日本を発展・繁栄させていくための将来像、その将来像を実現するための中長期的な方針・計画を立案し、日本人がそれを共有し、実現に向けて、国民が一致協力する必要がある。三橋氏の国家モデル論、そしてグランドデザイン論は、こういう目的意識を持って読むとき、検討に値する提案である。単なる理念の表現ではなく、理念実現のための経済政策を打ち出している点に注目すべきだと私は評価している。

 

●国家のグランドデザイン

 三橋氏は、日本経済の抱える問題を分析し、いまわが国が取るべき方策を提案する。それは、単に当面のデフレや不況を解決するためでなく、新しい日本の国家モデルを構築することを目指す方策である。さらに三橋氏は、「自らの国家の将来を描き出したグランドデザイン」を披瀝する。そのために公刊したのが、『日本のグランドデザイン』(講談社、22年、2010年6月)である。注目すべき提言の書である。
 本書の要旨は、

「日本の新たな国家のグランドデザイン
 ビジョン:石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行
 戦略:将来の供給不足を解消するために投資支出により現在の需要不足を補う」

である。
 三橋氏は、本書で日本の「グランドデザイン」を開陳し、「石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行」を「ビジョン」とし、そのビジョンを実現するために、「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を解消する」ことを「戦略」とする。そして、こうしたグランドデザインとビジョンと戦略を持った国家のあり方を、日本の取るべき新しい国家モデルとして提示する。
 内容に入る前に、一つ指摘しておきたい。それは、三橋氏は本書で、グランドデザインという言葉を定義していないことである。ビジョンと戦略についても同様である。三橋氏は経済用語の定義を重んじ、多くの著書で用語の定義を明確にした上で論を展開するのを常とする。だが、本書では、主張を構成する主要な用語を、定義せずに使っている。そのため、読者は心証的な理解しかえられない。そこで前もって用語に関することを記したい。

●用語の定義

 一般的にグランドデザインは、「大規模な事業などの全体にわたる壮大な計画・構想」(「大辞林」)を意味する。筆者が独自の定義をしていない以上、読者は一般的な意味で理解するしかない。
 ビジョンは、「心に描く像、未来像、展望、見通し」(「広辞苑」)とか「未来を見通す力、先見性、洞察力」(「ジーニアス英和辞典」)、「明確な目的をもって将来のための計画を立てる際に必要な知識や想像力」(「ロングマン現代米語辞典」)を意味する。つまり、像を意味する場合と能力を意味する場合がある。三橋氏は「石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行」をビジョンと言う。これは、変化の方向や過程ないし目標を意味する。像でも能力でもない。もし三橋氏が未来像という意味でビジョンを使いたいのなら、「ビジョン=電力文明」とすべきところだろう。
 ついでにフェーズも、定義されずに使われている。ここでは「位相、局面」というより「発展段階」の意味と思われる。
 もう一つの用語である戦略は、先の言葉以上に、きちんと定義した上で使わないと、主張の全体があいまいになる言葉である。戦略(strategy)は、もともと軍事学の用語である。岡部博氏によると、戦略は、戦闘を総合して全局的に運用する方法であり、具体的には、個々の戦闘に入る前に、戦闘を効率よく有利に展開できるように、必要な諸資源の配置を決めることである。ちなみに、戦術(tactics)は、それらの個々の戦闘における諸資源の使い方の技術をいう。ここで諸資源とは、ヒト・モノ・カネ・技術・情報など、戦いに勝つための力として使われるすべてを指す。
 戦略という言葉は、今日では政治・外交・経済・経営・組織運動等に応用して使われている。もとが軍事用語だから、敵または競争相手があり、その相手に対応するための方針や計画を指すのが、本来的である。しかし、今では必ずしも敵や競争相手を想定せずに、組織の中長期的な方針や計画という意味で使われることが多い。さらにゆるく、一定の環境において組織を維持・発展させるための方法という程度の意味でも使われる。しかも多くの人は、戦略と戦術を混同して使っている。
 では、三橋氏は、『日本のグランドデザイン』で、戦略という言葉をどういう意味で使っているか。氏は「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を解消する」ことを「戦略」とする。ここでの戦略は、私が最後に書いた「一定の環境において組織を維持・発展させるための方法」という程度の意味にしか、私には理解できない。
 三橋氏の著書『日本のグランドデザイン』は、以上に書いたように、主要な用語を定義せずに、ゆるく使っている。そのため、内容には大いに注目すべき点があるのだが、意味情報の伝達力が弱い。私はそのように感じる。読者は私の上記の用語説明を参考にされるよう、また筆者は改訂の際に用語の定義を加筆するようお勧めする。

 

●日本は中長期的には人口変動の影響でインフレに

 三橋氏は『日本のグランドデザイン』で次のように言う。
 「現在の日本経済が抱える『真の問題』がデフレギャップの拡大、すなわち『供給過剰(=需要不足)』であることに間違いはない。これが将来のいずれかの時点で、供給不足に変化する可能性が高い」「日本経済は今でこそ供給過剰に悩んでいるが、将来的にはむしろ供給不足に直面する可能性が高い。供給不足、すなわちインフレーションである」と。
 これまで私が書いてきた概説では、三橋氏は日本がひどいインフレになる可能性はないと明言している。そのことと上記の引用を整合的に理解するには、需給ギャップが大きいわが国は現在、短期的にはデフレ脱却策を打ってもインフレになることはないが、中長期的には供給不足に転じ、インフレになる可能性が高い、ととらえることができる。
どうして、三橋氏は一見、読者に混乱を招くようなことを言うのか。将来予測に人口変動を加えたからである。世界は人口増加を続けている。一方、わが国は少子高齢化と人口減少の傾向にある。こうした人口変動が中長期的に経済に与える影響を、三橋氏は考慮するようになったわけである。
 「世界的な人口増加が止まらない以上、食糧や資源・エネルギーなどの需要は、今後も拡大していくことになる。また、日本国内に目を移すと、少子化や団塊世代の引退により、今後の生産人口は縮小していく可能性が高い」。女性や高齢者の力を活用したとしても、生産人口の減少を補いきれない。「国内の生産人口が停滞するなか、世界的には食糧や資源・エネルギーに対する需要が拡大していくわけである。すなわち、近未来における日本経済の課題は、現在とは打って変わり、『供給不足(=需要過剰)』の解消になる可能性が高いわけだ」
 わが国が供給不足となる外因は、世界的な人口増加と食糧・資源・エネルギーの需要拡大である。内因は、少子高齢化と人口減少である。
 三橋氏は言う。「将来的な供給不足への備えを今のうちにしておかなければ、われわれ、もしくはわれわれの子孫が、悲惨なインフレーションに見舞われてしまう可能性があるということなのだ」と。
 こうした将来予測に立って、三橋氏は、わが国が取るべき戦略を提案する。

●グランドデザインのもとでの戦略

 三橋氏が提案する戦略とは、次のようなものである。
「『将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を補う』 これこそが、現在の日本に求められる『国家のグランドデザイン』の基本戦略である」
 具体的には、次のように説明される。
 「デフレギャップが数十億円規模にまで拡大している以上、現在の日本経済が供給能力の過剰を抱えていることは間違いない。供給過剰、すなわち需要不足である。だからこそ、『将来的な供給不足を解消する』ための投資を、今こそ集中的に実施すべきなのだ。そうすることで、現在の需要不足と将来の供給不足という双方の課題を、一挙に達成することが可能になる」
 いわば一石二鳥、一挙両得である。しかも、現在の需要不足を解決することが、そのまま将来の供給不足の解決になる、というわけである
 ここで三橋氏は、改めて公共投資の拡大による経済成長を力説する。「将来の供給不足という問題を解消するためには、日本国家の『供給能力の拡大』をもたらす政府支出でなければならないわけだ。さらにいえば、民間企業の投資意欲を引き出す可能性が高い政府支出である必要がある」。「日本は今こそ健全な経済成長を取り戻す必要があるのである。そう、成長こそが、すべての解なのだ」と。

 

●日本国民に希望や夢をもたらすビジョン

 三橋氏は「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を補う」という戦略を提案する。こうした戦略のもとに、わが国は経済成長路線を進むべしというのである。さらに三橋氏は、単なる成長を説くだけでなく、もっと大きな夢をビジョンとして提示する。
『日本のグランドデザイン』で三橋氏は、次のように言う。
 「『成長』というのは、あくまで戦略・政策レベルの話である。国家のグランドデザインと銘打つ以上、さらに上のレベルのイメージ、すなわち『ビジョン』が必要となる」
 「日本国民に希望や夢をもたらすビジョンとは何だろうか。答えはずばり、『新たな文明』の創出である」と。
 その「新たな文明」とは、石油文明に替わる電力文明だという。
 「筆者はすでにアメリカ式石油文明が成熟期を迎え、別の文明に引き継がれるべき時期が近づいていると信じている。その『新しい文明』への移行こそが、現在の日本が持ちうる最高のビジョン、あるいは『見るべき夢』であると確信しているわけだ。なぜならば、アメリカ式石油文明を後継する候補の一つが、エネルギー効率が極端に高い、日本式の『電力文明』であるためだ」
 「電力文明」という言葉は、耳慣れない言葉である。三橋氏は、電力文明とは「電力の源となる資源・エネルギーの種類を問わず、電力そのものに依存した文明」だと説明する。そして、電力の源となる資源・エネルギーは、太陽電池パネル、原子力、メタンハイドレート等、多種多様であることが良いとする。
 そして、三橋氏は言う。
「『石油文明から、電力文明への移行』という夢に、先述の『将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を補う』という課題を組み合わせることで、新たな国家のグランドデザインにおける『ビジョン』と『戦略』が結びつくことになる」と。
これを『国家のグランドデザイン』で使われている記号もそのままに引用すると、次のように提示される。
 
日本の新たな国家のグランドデザイン
 ビジョン:石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行
 戦略:将来の供給不足を解消するために投資支出により現在の需要不足を補う」

●3年でデフレを脱却し、5年でGDPを1.3倍にする

 三橋氏は、同書に「三橋貴明が提言する国家のモデル」という題のもとで、「ビジョン」と「戦略」を重ねて掲載し、それに続いて「目標」として、次のように記す。
 「目標:財政出動を年間に50兆円、累計250兆円の追加経済対策を実施することで、5年後のGDPを650兆円に増加。同時に、政府負債対GDP比率を現状よりも引き下げ、財政健全化を達成する。ストック重視からフロー重視へ転換することで、失業率・自殺率を1997年水準に引き下げ、平均給与は逆に引き上げる」
 この「目標」については、次のような補説がある。
 「日本が今後の5年間、毎年50兆円の財政出動(公共投資と法人税減税の組み合わせ)を実施した場合、名目GDPは1.3倍に増加する。現状が500兆円の場合は650兆円まで拡大するわけだ。問題のデフレは、3年後に脱却することが可能である」と。
 わずか3年でデフレの脱却が可能というのは、大胆な計画である。5年後には、GDPが30%増える。その場合、「生産人口が急増の可能性は低いため」、平均給与は「3割程度増える」と予想する。しかも「このモデルに沿った財政出動を実施した場合、GDPが急拡大する割に、政府の負債が増えない。結果として、政府負債対GDP比率は改善し、いわゆる『財政再建』が達成されることになる」と言う。経済成長による財政健全化ができるというわけである。
 財政出動は、「電力文明への移行という条件を満たし、かつ将来の供給不足を解消するための投資」となる。その対象は、既存のインフラのメンテナンス、都市化、低炭素移動技術、農業、資源・エネルギー、教育とする。これらへの投資を大々的に実施するという計画である。

●「心の持ち方」を変えると、日本が「ジパング」になる

 三橋氏の計画を素描すると、次のようになるだろう。
 日本の都市圏、特に東京圏における生活ほど「贅沢なライフスタイルはこの世に存在しない」。各中核都市に「東京並みの利便性、快適性をもたらす投資」を行い、そこに「僻地や過疎地から人口を移動」させ、各種のサービスを供給する。これを高齢化社会への対応策ともする。東京圏・阪神圏・名古屋圏をリニア新幹線で結び、これに各地の中核都市を高速鉄道で結び、「人口1億人以上が鉄道2時間圏内で接続される世界最大のメガロポリス」を作る。建築後50年を過ぎ、劣化が進み、通行不可能になっていく橋やトンネルを補修する。7000万台あるガソリン車を、電気自動車に置き換える。日本の農業は、生産額では世界第5位であり、カロリーベースではなく生産額ベースで計算すると自給率は7割前後となる。高齢者は住みやすい都市へ、若者は農村部で農業を行って、世界屈指の品質を誇る農産物を海外市場に輸出する。日本近海に大量に存在するメタンハイドレートの生産技術を開発する。それにより、日本は資源大国になり、資源・エネルギーの多くを海外に依存する安全保障上の問題も解決される。世界唯一の大衆知識社会をさらに深化させ、新たなコンテンツを創出し、世界に輸出する、等々。
 こうして「石油文明から電力文明へ、文明フェーズの移行」というビジョンのもと、「将来の供給不足を解消するために投資支出により現在の需要不足を補う」という戦略をもって、現在のデフレを脱却し、日本の経済を成長させ、日本を新たなる「ジパング」にする、というのが、三橋氏の提言である。
 そして、三橋氏は『日本のグランドデザイン』のエピローグに言う
 「まさしく、現代の日本を悩ますのは『心の持ち方』の問題である。自国が成長できないと勝手に決めつけ、祖国のあら探しばかりに精を出し、他国を無意味に賞賛する一部の人たちのために、日本国民が理想を失ってしまった。――それこそが問題なのだ」と。

 

●電力文明より「太陽の時代」へ

 一通り三橋氏のグランドデザイン、ビジョン、戦略を概説したところで、検討を行いたい。
 三橋氏は、日本がめざすべき将来像を「電力文明」と呼ぶ。日本は石油文明から電力文明に移行せよ、日本から新しい文明を創出して世界に展開せよ、という主旨である。三橋氏は、この移行を「文明フェーズの移行」と言う。「文明の発達段階の移行」の意味だろう。
 20世紀の初頭、レーニンは「社会主義とは電化である」と言った。現代社会は、既に電力文明である。さまざまなエネルギーを電力に変えることによって、財やサービスを生産・分配・消費している。この中であえて、「電力文明」を将来像として打ち出す必要があるのだろうか。
三橋氏が「電力そのものに依存した文明」の主要要素として挙げるのは、鉄道と電気自動車である。リニア新幹線と高速鉄道による鉄道網が、日本列島に張り巡らされる。石油自動車は電気自動車に換わり、ITS(高度交通システム)のもと、低炭素で安全かつ高速の移動が可能となる。
 三橋氏は、電力文明を「電力の源となる資源・エネルギーの種類を問わず、電力そのものに依存した文明」だと言う。そして、電力の源となる資源・エネルギーは、太陽電池パネル、原子力、メタンハイドレート等、多種多様であることが良いとする。そうであれば、三橋氏の言わんとする眼目は、電力の源を石油中心から多様化すべし、という点にある。ただし、氏は、石油依存から脱石油へと言うのでもなく、化石燃料から太陽光・風力・潮力・地熱・水素等のクリーン・エネルギーへと言うのでもない。私としては、よく主旨がつかめない点である。
 三橋氏の「電力文明」は、高度に都市化が進んだ文明でもある。「電力文明」を「次世代の都市型文明」と呼んでいる。石油文明・電力文明という対比は、資源・エネルギーについて言うものだが、「都市」は社会ないし地域を指す言葉である。その反対語は、農村または村落である。電化は、農村・村落でも可能である。必ずしも「電化=都市化」ではない。わが国の農村部は広く電化されており、都市の周辺に電化された田園地帯が広がっている。アジア・アフリカの発展途上国では、電力を得ることで、動力や照明だけでなく、携帯電話やインターネットが同時に利用可能になる。三橋氏は、都市化の進行をよしとし、東京を理想の都市のように描く。都市志向、東京志向が強い。だが、多くの日本人は、クリーン・エネルギーを利用することで、都市と農村の調和、文明と自然の調和をめざす方向に、夢や希望を感じるのではないだろうか。
 19世紀は石炭の時代、20世紀は石油の時代だった。20世紀の後半から21世紀の初頭にかけては、石油、天然ガス等の資源の争奪が世界的に繰り広げられた。21世紀には、食糧と水がこの争奪の対象に加わってきている。こうした資源の問題が改善に向かわないと、世界は安定に向かえない。この改善のために、石油中心の経済から、太陽エネルギーを中心とした経済への移行が始まっている。自然と調和し、太陽光・風力・地熱・潮力等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」が、いまや起こりつつある。いわば石油の時代から「太陽の時代」への転換である。 この変化は、人類の文明に大きな変化を生み出す出来事である。
 たとえば、山崎養世氏は、著書『日本復活の最終シナリオ 「太陽経済」を主導せよ!』(朝日新聞出版)で「石油経済」から「太陽経済」へという提案をしている。また村沢義久氏は著書『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)で、太陽光発電と電気の新技術による「太陽エネルギー革命」を提唱している。
 太陽の時代、「昼の時代」が近づいている。「光は東方より」。「日の丸」を国旗とする日本から、新しい人類の文明が生まれようとしている。日本人は、そのような展望をもって日本の将来像を描き、新文明を創造する計画を立案すべきだろう。三橋氏には、ビジョンの練り直しを期待したい。

●少子高齢化する日本がとるべき対策とは

 先に、三橋氏は、わが国は将来、供給不足つまりインフレになる可能性が高いと見ていることを書いた。世界的な人口増加と食糧・資源・エネルギーの需要拡大の中で、わが国では少子高齢化が進む。「国内の生産人口が停滞するなか、世界的には食糧や資源・エネルギーに対する需要が拡大していく」「近未来における日本経済の課題は、現在とは打って変わり、『供給不足(=需要過剰)』の解消になる可能性が高い」。そこで、三橋氏は、「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を補う」という戦略を打ち出しているのであった。
 さて、これまで概説では触れなかったが、三橋氏は、『日本のグランドデザイン』で少子高齢化の問題についても対策を書いている。その点について補足し、検討したい。わが国における高齢化は、先進国で最速であり、これに少子化が加わり、人口の減少が起こっている。こうした人口変動を経験した社会は、人類史上前例がない。今後、仮に特殊合計週勝率が最低を記録した1.26が続くと仮定した場合、日本の人口は2050年には1億人を割り、2100年には5000万人を割る。
 日本人は、人類がかつて直面したことのない変化を体験しつつある。それゆえ、経済の中長期予測には、過去の経済現象に基づく経済学的な予測だけでなく、新たな社会現象を踏まえた学際的な予測が必要である。政策もまた前例のない人口変動に対応する政策を立案しなければならない。三橋氏の経済成長理論はこの点、社会学・人口学・人類学等の研究を広く取り入れたものとはなっていない。

 三橋氏の理論に話を進めると、三橋氏は近未来の日本はインフレになる可能性が高い見て、「将来的な供給不足への備えを今のうちにしておかなければ、われわれ、もしくはわれわれの子孫が、悲惨なインフレーションに見舞われてしまう可能性がある」。また「それ以前に、現在の高齢者が頼みにする年金制度が、崩壊する危険性すらある」と言う。
 供給不足的インフレによって、わが国は「高齢者の年金を現役世代が負担できる云々以前に、物やサービスが不足する状況になりかねない」と言うのである。「お金は国家が紙幣を刷れば供給できるだろうが、そのお金で購入する物やサービスがない。もしくは、価格が高騰して、買えない」。「まさにこの状況こそが『年金制度の崩壊』なのである」と三橋氏は言う。
 こうしたインフレを回避するには、中長期的な展望をもって、供給を拡大する必要がある。現在の供給過剰・需要不足のデフレへの対策とは、正反対の方策が必要になっていくわけである。この方策として、三橋氏は三点挙げている。生産性の向上、生産人口の維持・増加、少子化対策である。
 なお、三橋氏は主題的に書いていないが、わが国の現在のデフレは年金問題と関係がある。デフレの要因の一つは、個人消費が伸びないことである。将来への不安が、消費を控えさせる。特に年金制度への信頼が崩れたことが大きい。国民の多くは現行の年金制度への正しい理解のないままに、将来への不安を膨らませている。この点は、カリスマ講師の細野真宏氏が『最新の経済と政治のニュースが世界一わかる本!』(文藝春秋)等に、分かりやすく書いている。「年金に対する不安が解消されないと、将来不安が収まらず、日本経済の足を引っ張り続ける」と細野氏は言う。国民が年金制度を正しく理解する必要がある。また100年という長期的観点から現行の制度を改善する必要もある。三橋氏の主張のように、経済成長こそ解という一点張りでは、足りない。「将来の供給不足を解消するための投資支出により現在の需要不足を補う」という戦略のもと、デフレを脱却し経済成長を進めるには、年金制度に関する国民の不安を解消しなければならない。

●生産性の向上を図る

 三橋氏は、世界的な人口増加の中で少子高齢化する日本において、中長期的な展望をもって供給を拡大する方策を挙げる。その話に移る。方策の第一は、生産性の向上である。
 三橋氏は、『日本のグランドデザイン』で次のように言う。
 「国家経済を究極的なレベルまでブレイクダウン(註 細分化)すると、それは当然ながら国民一人一人の『生産力』あるいは『生産性の高さ』に行き着く。特に、供給不足に陥ったインフレ期において、生産性向上はまさに劇的な威力を発揮する」
 「生産性をミクロレベルで定義すると、一般的には『労働者一人当たりの付加価値』となる。国家経済という面から生産性を定義した場合は、『国民一人当たりの付加価値』すなわち『国民一人当たりのGDP』となる」と。
 実は、三橋氏は本書にこれしか書いていない。どうして少子高齢化・人口減少の日本で、生産性の向上が必要なのかについては、よく書いていない。これは経済理論の根本に関わる重要なことなので私見を述べる。私も生産性の向上がこれからの日本で大いに必要だと考えるので、その観点からの見方である。
 三橋氏は経済成長理論において、主に支出面からGDPを説明している。しかし、一般にマクロ経済学では、GDPを生産面・分配面・支出面の三つの側面から理解する。そして「国内総生産=国民総所得=国内総支出」という三面等価の原則が成り立つとする。支出面からGDPを見るとは、需要の側からGDPを見ることである。生産面からGDPを見るとは、供給側から見ることである。生産面=供給側から見れば、GDPとはその国が一定期間内に国内で産み出した付加価値の総額である。そして国内総生産の内容を理解するには、労働・資本・土地等の生産要素を通じて、GDPを分析することが必要になる。
 これらの生産要素のうち、最も重要なのは、人間の労働である。生産とは、人間が自然に働きかけて、人間にとって有用な財・サービスを作り出すことである。そして、それによって付加価値を産み出す活動が、労働である。労働なくして、価値は創造されない。他の生産要素である資本・土地等は生産手段であり、労働の対象と手段である。労働こそ、経済全体の基礎となるものである。
 労働における生産性とは、生産過程に投入された生産要素が生産物の産出に貢献する程度である。生産手段を用いて付加価値を生み出す際の効率の程度である。生産性の向上とは、労働者が一人当たりどれだけ多くの付加価値を生み出すことができるか、という課題である。生産性を上げるには、労働者の意欲と創意、技術の開発と活用、資金の投入等の方法がある。
 三橋氏は、生産性の向上のために何をすべきかについて、主題的に書いていないが、主張の全体から、公共投資の拡大と新技術の活用を重視していると理解される。公共投資の拡大と新技術の活用がなぜ必要か。少子高齢化のために生産人口が減少するので、それを補うだけの設備投資や技術開発をして生産性を向上しないと、国内総生産が縮小するからである。逆に、生産性の向上ができれば、生産人口が減ってもGDPを維持ないし拡大することができる。日本の将来を見越して生産性の向上を図る必要があり、それにはいま大規模な公共投資を行って、インフラの整備、新技術の研究・開発をしなければならない。こういうことであろうと私は理解している。生産性の向上、潜在成長率の上昇のため供給側の改革を図る改革、いわゆる構造改革はこの方策の一環である場合に限り有効である。ただし、デフレ脱却後であることを前提条件とし、物価と雇用の安定を保持しつつ行い改革でなければならない。

●生産人口を維持し増加させる

 方策の第二は、生産人口の維持・増加である。
 財やサービスの生産は、人間の労働による。人間の活動は、生命を維持・繁栄させるという目的が根底にある。単に自分が生きて生活するだけでなく、子供を生み育てるという生命活動が、世代から世代へと継承されなければならない。わが国では、少子高齢化とそれによる人口減少が進んでいる。若年層の減少と老年層の増加は、労働人口の減少をもたらす。新技術の活用や労働生産性の向上には、GDPを増加させる大きな可能性があるが、生産労働に従事する人口が顕著に減れば、一国の生産力は低下する。
 それでは現在の日本で、どうやって働く人間の数を維持・増加するか。三橋氏は、「女性と高齢者こそが日本の供給不足を解消する鍵」だとして、『日本のグランドデザイン』で次のように述べる。
 「人口別に女性の労働力比率を見た場合、日本では20代後半から30代にかけ、一時的に低下する(いわゆるM字カーブを描く)。もちろん結婚や出産が理由で、一時的に労働市場を離れる女性が少なくないためだ」「このM字の中心部分の凹みを押し上げることで、今後の日本の供給能力を大いに高めることができる」。そのためには、女性が働きやすい環境をつくる必要がある。「保育所の増設や、安価な『託児サービス』の供給能力を高める投資を実施する」「高齢者の方々に託児サービスなどについてご支援いただくことで、M字カーブの凹みを解消し、全体的な供給能力を高める」。これらの政策を行うべきだと三橋氏は説く。
 高齢者の活用については、「高齢者の一部が労働市場に再参入しただけで、日本の供給能力は一気に回復する」と言う。「年金を含め、労働に対するフィー(註 報酬)を拡大することで、高齢者のインセンティブ(註 刺激・動機)を高めると同時に、巨大な消費市場を構築する必要があるのだ」「これこそが、日本の高齢化社会へのソリューション(解決策)であり、供給不足への最終的な解なのだ」と三橋氏は述べる。そして「女性と高齢者こそが日本の供給不足を解消する鍵」だとする。
 私は上記の趣旨は了解するものの、生産人口の維持・増加は、まず男性や青年・中年を主たる対象とするものでなければならないと考える。労働こそ経済全体の基礎とする観点から言うと、経済政策の中心は雇用の創出と安定に置かれねばならない。デフレ下のわが国は失業率が上がり、新卒者の就職難、非正規社員の増加、中年失業者の再就職難等が深刻化している。ニートが70万人に上り、自殺者が12年連続3万人以上も出ている。小泉構造改革によって誤った政策が行われた結果、地方の疲弊がひどい。公共投資の削減、地方交付税交付金・国庫支出金の削減等が行われた結果である。
 それゆえ、労働者の大半を占める男性や青年・中年を対象とした雇用の創出が、まず目指されなければならない。それができてこそ、女性や高齢者の力も生かされる。デフレ脱却のための公共投資の拡大、新技術の活用は、こうした雇用創出を伴うものでなければならない。
 三橋氏は著書で移民問題について触れていないが、生産人口の減少に対し、外国人移民労働者の大量受け入れで対応すべきという意見がある。日本人が多数失業し、若者が貧困化している状態で、労働力を補うために外国人を入れるのは、おかしな考えである。私企業の利益追求のために、安価な労働力として無制限に外国人労働者を入れると、日本人社会の共同性が崩壊するとともに、増加する外国人移民がもたらす社会的・文化的な問題がその崩壊を助長することになる。
 民主党は、永住外国人への地方参政権の付与、重国籍の許容、中央集権国家から地域主権国家へ等、国家と国民のあり方を根底から変える危険な政策を実現しようとしている。これに対抗するためにも、まず日本人のための雇用を生み出し、家庭の生計を安定させ、社会の共同性を回復することが重要である。
 いま日本人は、日本人とは何か、国家とは、国民とはどうあるべきかを真剣に考えねばならない。そして、まず憲法を改正して国家の主権を確立し、国民の責任と義務を強化する必要がある。そして、日本国民とはどういう国民であり、日本国民になれるのはどういう条件を備えた人間であるかを明確にしなければならない。三橋氏にはこの点についての検討を欠くようであるが、日本人が日本という国をどのような国としたいのか、将来、どのような国でありたいのか、そのために今どのような政策を行うべきかを考える際、極めて重要な課題であると私は考える。

●経済成長で少子化問題は解決に向う

 方策の第三は、少子化対策である。
 三橋氏は、『日本のグランドデザイン』で少子化問題について触れる。
 「不況感が蔓延し、将来に希望が持てない環境下で結婚したり、子供を増やす人は少ない」「日本経済が順調に成長していき、労働者の給与水準が高まっていけば、少子化問題は解決の方向に向かうだろう。実際、福岡のある地域において、派遣社員の正社員化を一気に進めたところ、何とベビーブームが発生したのである。正社員になり、将来的な安心感を手に入れた若者が、子供を増やし始めたわけだ」と事例を挙げる。そして、次のように言う。「経済成長こそが、究極の少子化対策なのである」「究極の少子化対策は経済成長である」と。
 「年金問題はもちろん、少子化問題さえも、日本が経済成長することで解決に向かうわけである。まさしく『成長こそが、すべての解』というわけだ」と三橋氏は述べる。
 三橋氏の言うように、少子化対策には経済成長が必要である。雇用の安定と所得の増加なくして、結婚も子育てもしにくい。ただし、少子化問題の解決は、経済成長だけでは不十分である。少子化の直接原因とは何か。未婚率の上昇と既婚者の出生力の低下である。結婚しない人が増え、結婚しても子どもを生む数が少ないことである。脱少子化の対策は、これら二大原因を削減するものでなければならない。その立案・実行のためには、単に雇用と所得の向上だけではなく、根本的なところから日本人は、考え方、生き方を改めなければならない。
 私の見るところ、少子化の進行は、敗戦による民族の劣化、自虐的歴史観による呪縛、男性の権威と役割の低下、知識の高度化による女性の高学歴化、個人主義ともの中心・お金中心の価値観の結合、フェミニズムの浸透と性の快楽化、これら6つが基盤条件となっている。それゆえ、私は、日本が脱少子化するためには、生命・家族・民族に対する基本的な考え方の復興が必要だと考える。
 人間は生命活動を営み、家庭を築き、子孫を生み育て、世代交代をしつつ発展している。その事実を踏まえ、日本人は個人主義から集団主義、自己中心から共同性、次世代中心から世代継承へという思想の転換が必要である。日本人の精神、そして日本という国のあり方を根本的に改めないと、脱少子化はなし得ない。私はこのように考えるので、少子化対策は、単に経済成長だけでは不十分であると思う。むしろ日本人の精神、そして日本という国のあり方を根本的に改めることこそが、日本の経済を成長させ、また脱少子化をも実現する原動力となると考える。経済的・物質的なものが先ではなく、精神が先である。経済の成長、ひいては文明の発達をもたらしてきたものは、日本においても世界においても、人間の精神の開発・向上である。
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第6章 日本から物心調和・共存共栄の文明を

 

 三橋貴明氏の経済成長理論について、骨子を整理し、内容の検討を行ってきた。三橋氏は『日本のグランドデザイン』のエピローグに言う。
 「まさしく、現代の日本を悩ますのは『心の持ち方』の問題である。自国が成長できないと勝手に決めつけ、祖国のあら探しばかりに精を出し、他国を無意味に賞賛する一部の人たちのために、日本国民が理想を失ってしまった。――それこそが問題なのだ。(略)
 日本の問題は、人々が理想を取り戻し、再び夢や希望を持ち始めれば、容易に解決する類のものに過ぎない。筆者が『国家のグランドデザイン』の構想を抱いたのも、まさに多くの日本人に理想や夢、そして希望を取り戻して欲しかったからに他ならない」と。
 ここで「心の持ち方」という問題が出される。これは精神の問題である。自国の蔑視や外国の賞賛によって、理想を失った日本人が、理想を取り戻し、再び夢や希望を持つこと。そのように、心の持ち方を変えれば、日本は新しい文明を創出できるというわけである。ただし、三橋氏が描く日本の将来像は、経済的・技術的な社会像である。文明の物質面、ないし物質=エネルギー系の側面の発達を、主に説いている。そして、その発達のために、心に理想を持ち、夢と希望を持とう、と呼びかけるものである。
 この点に関し、私は、二つ検討すべき事柄があると思う。一つは、なぜ日本人は自国の蔑視や外国の賞賛によって、理想を失ったのかということである。これは単に自国の財政危機の強調と外国の国家経済の賞賛という経済の分野で起こっていることではない。大東亜戦争の敗戦後の日本人が自信を失い、自国への誇りを失い、愛国心や公共心を失っていること。そこに根本的な原因がある。日本人は、昭和27年4月28日に独立を回復した後も、東京裁判史観に呪縛され、現行憲法を放置してきた。そのため、焼け跡から復興し、高度経済成長を成し遂げ、世界有数の文化を世界に発信するほどになっても、なお自国の蔑視や外国の賞賛に心が傾き、国民が独自の理想を立てて、元気を発揮し得ないでいるのである。だから、日本人の「心の持ち方」を正すには、将来の日本の理想像を示すだけでは足りない。日本人が先祖から受け継いできた精神的伝統を自覚し、日本文明の美点を理解・体得する必要がある。そして、日本の国のあり方を自らの力で改革しなければならない。
 もう一つの検討点は、もはや日本人は、経済的・技術的な発展ばかりを追い求めるのではなく、精神的な充実や向上を求める方向に変化しているということである。単にものの豊かさ、便利さ、快適さを求めるのではなく、相互の自己実現・自己超越を可能にするような社会の建設が目標とされねばならない。かつてわが国は、親子・夫婦・祖孫がともに精神的に成長するサイナジックな社会を築いていた。近代化=合理化の進行の中で、そうした共同体が崩壊し、人々はむき出しの個人となり、物質的金銭的なものを追い求めるように変わった。しかし、人間には、より高次の欲求が内在しており、精神的心霊的な向上を求めるエネルギーが活動を求めている。それゆえ、国家のグランドデザインは、単に物質的な面の発展だけでなく、物質的発展を基礎として精神的な向上をめざすものでなければならない。物心調和・共存共栄の日本文明を創造することが、日本の理念でなければならない。
 また、人類全体で考えても、21世紀の人類は、文明の物質面の発達を追及する段階から、より高次の段階へと向いつつあると私は考える。今日の文明は、物質面に偏って発展した偏物質文明であり、そのための矛盾が様々な面に現れている。いま必要なのは、物資面の発達の半面で遅滞してきた精神面の発達である。物質文明を真に人類にとって有益なものとする精神面の発達である。それゆえ、物質文明を基礎とした物心調和の文明こそが、目指すべきビジョンだと考える。
 この動きは、西洋からアジアへというトレンドと重なり合う。 アジアから新しい精神文化が現れる。特に日本が最も期待される。またその精神文化は、自然と調和し、太陽光・風力・水素等の自然エネルギーの活用による「21世紀の産業革命」と協調するものとなるだろう。こうした動きが拡大していって、初めて世界の平和と人類の繁栄を実現し得ると私は考える。
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関連掲示
・拙稿「本再建のための12の課題
・拙稿「世界経済危機後の人類課題
 目次の07へ

・拙稿「『太陽の時代』のギガトレンド〜21世紀の産業革命を促進しよう
・拙稿「橋本=小泉構造改革を告発〜山家悠紀夫氏

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

・拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1

・拙稿「デフレ脱却経済学〜岩田

・拙稿「脱少子化と日本再建は一体の課題
 

参考資料
・三橋貴明著『崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』(アスコム)『ジパング再来』(講談社)『日本を変える5つの約束』(彩図社)『日本のグランドデザイン』(講談社)

・宇野弘蔵著『経済原論』(岩波書店)
・日高普著『経済学』(岩波書店)

・サムエルソン+ノードハウス著『経済学』(岩波書店)

・伊藤元重著『マクロ経済学』『ミクロ経済学』(日本評論社)
・神野直彦著『財政学』(有斐閣)
・山家悠紀夫著『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社)『構造改革という幻想』(岩波書店)
・菊池英博著『増税が日本を破壊する』『実感なき景気回復にひそむ金融恐慌の罠』『消費税は0%にできる』(ダイヤモンド社)

・岩田規久男著『経済学を学ぶ』(筑摩書房)『デフレの経済学』(東洋経済新報社)『世界同時不況』(筑摩書房)『日本銀行は信用できるか』(講談社)
・中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したか』(集英社インターナショナル)
・東谷暁著『日本経済の突破口』(PHP研究所)

・細野真宏著『最新の経済と政治のニュースが世界一わかる本!』(文藝春秋)
・山崎養世著『日本復活の最終シナリオ 「太陽経済」を主導せよ!』(朝日新聞出版)
・村沢義久著『日本経済の勝ち方 太陽エネルギー革命』(文春新書)

 

 

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