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橋本=小泉構造改革を告発〜山家悠紀夫氏

2010.12.14

 

<目次>

はじめに〜中谷巌氏の「転向」

第1章 山家悠紀夫氏の理論と主張

第2章 四つの危機説を検証

第3章 財政危機説は誇張されていた

第4章 偽りの危機から本物の危機が生まれた

第5 景にあるのは「大競争時代」

第6章 構造改革政策を厳しく批判

第7章 構造改革を止め、積極財政を打て

結びに〜左傾化し社会民主主義に接近

 

 

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はじめに〜中谷巌氏の「転向」
 

平成20年(2008)9月のリーマン・ショックによる世界経済危機の後、新自由主義、市場原理主義、グローバリズムへの批判が噴き上がった。現在では、日本人のエコノミストの中には、日本的な価値観を評価し、日本が新しい経済社会システムを生み出すべきと唱える人が多くなっている。
 なかでも中谷巌氏は、今やその先頭に立っているとも言える。中谷氏は、1990年代から、わが国に新自由主義・市場原理主義を持ち込んで、政府の政策決定に大きな影響を与えた人物である。小泉=竹中政権の構造改革は、中谷氏なしにはありえなかっただろう。ところが、その中谷が自説の誤りを認めたのだから、多くの人は驚いた。氏は『資本主義はなぜ自壊したのか』(平成20年[2008]12月刊、集英社インターナショナル)を出し、本書を「懺悔の書」と呼んだ。氏は、本書で新自由主義は「危険思想」であり、グローバル資本主義と市場原理は「悪魔のシステム」だと言う。
 『資本主義はなぜ自壊したのか』は、リーマン・ショックの3ヵ月後に刊行された。本書は次のように始まる。
 「世界経済は大不況の局面に入った。この混乱が収束するにはおそらく数年にもわたる調整が必要になるだろう。しかし、もっと本質的な問題がある。グローバル資本主義の本質は何かという問題である。それを明確に理解しない限り、我々は将来、何度でも今回と同じ間違いをしでかすに違いないからである。
 グローバル資本主義は、世界経済活性化の切り札であると同時に、世界経済の不安定化、所得や富の格差拡大、地球環境破壊など、人間社会にさまざまな『負の効果』をもたらす主犯人でもある。そして、グローバル資本が『自由』を獲得すればするほど、この傾向は助長される。
 21世紀世界は、グローバル資本という『モンスター』にもっと大きな自由を与えるべきか、それともその行動に一定の歯止めをかけるべきなのか。
当然のことながら、新自由主義勢力はより大きな『自由』を求める。グローバル資本が自らを増殖させるための最大の栄養剤だからである。しかし、さらなる『自由』を手にしたものは、まさにその『自由』によって身を滅ぼす。結局のところ、規律によって制御されない『自由』の拡大は、資本主義そのものを自壊させることになるだろう」
 中谷氏は、このように世界経済について所論を開陳する。そして日本に論を進める。
 「一時、日本を風靡した『改革なくして成長なし』というスローガンは、財政投融資制度にくさびを打ち込むなど、大きな成果を上げたが、他方、新自由主義の行き過ぎから来る日本社会の劣化をもたらしたように思われる。たとえば、この20年間における『貧困率』の急激な上昇は日本社会にさまざまな歪みをもたらした。あるいは、救急難民や異常犯罪の増加もその『負の効果』に入るかもしれない」
 ここに言うスローガンは、「構造改革なくして成長なし」と、小泉首相が唱えたものである。中谷氏は、このスローガンのもとに、新自由主義・市場原理主義に基づく構造改革を推進した。しかし、その結果を反省した中谷氏は、本書で次のように言う。
 「『改革』は必要だが、その改革は人間を幸せにできなければ意味がない。人を『孤立』させる改革は改革の名に値しない。かつては筆者もその『改革』の一翼を担った経歴を持つ。その意味で本書は自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』でもある。まだ十分な懺悔は出来ていないかもしれないが、世界の情勢が情勢だけに、黙っていることができなくなった。そこで今回、思い切って私の拙い思いを本書の形で上梓させていただくことにした」と。

 小泉=竹中政権の構造改革は、アメリカ発の新自由主義をわが国に本格的に導入したものだった。中谷氏はその新自由主義から「転向」し、いまや新自由主義を厳しく批判する。
 「新自由主義の思想は、私たちが暮らす社会を個人単位に細分化し、その『アトム化』された一人一人の自由を最大限尊重するという思想だから、安心・安全、信頼、平等、連帯などの共同体価値には何の重きも置かない。つまりは人間同士の社会的つながりなど、利益追求という大義の前には解体されてもしょうがないという『危険思想』なのである」。そして、新自由主義に基づく「グローバル資本主義や市場原理」は「本質的に個人と個人のつながりや絆を破壊し、社会的価値の破壊をもたらす『悪魔のシステム』である」と断定する。
 ただし、中谷氏は自らが関わった構造改革を完全に否定するのではない。「私は構造改革そのものを全面否定するようになったわけではない。しかし、格差拡大を助長し、日本社会が大事に育ててきた社会的価値を破壊するようなことを放置する改革には賛成できなくなった。必要な改革はまだまだ残っているけれども、アメリカ後追い型・弱者切捨て型の構造改革には声を大きくして反対する必要があると考えるようになった。その意味においての『転向』である」
 だから「転向」と言っても、180度変わったのではない。中谷氏は、小泉=竹中政権の構造改革の意義は認めつつ、「格差拡大を助長し、日本社会が大事に育ててきた社会的価値を破壊するようなことを放置する改革」「アメリカ後追い型・弱者切捨て型の構造改革」には反対だと言う。そして、中谷氏は本書で、日本的な価値観に基づく日本再生の政策を提言し、今こそ日本発の価値観を世界に伝えるべき、と唱えている。

 私は、中谷氏の「転向」は中途半端であり、氏は新自由主義と構造改革の反省が不徹底であると思う。特に新自由主義と構造改革の経済理論に関する総括がされていないのは、経済学者として、怠慢である。実は、中谷氏がわが国で構造改革を推進していた当時、構造改革路線の問題点や危険性を見抜き、強く警告していたエコノミストがいた。例えば、宍戸駿太郎氏、丹羽春喜氏、山家(やんべ)悠紀夫氏、菊池英博氏、岩田規久男氏らがそうである。今日わが国の1990年代から2000年代の経済政策を総括し、日本の経済を復活させるうえで、彼らの提言には有効有益なものが多く含まれていると私は思う。

本稿は、小泉=竹中政権の構造改革を指弾したエコノミストのうち、山家悠紀夫氏の理論と主張を整理し、考察することを目的とする。山家氏は1990年代後半から新自由主義を批判し、当時の構造改革に異を唱えて、それに替わる政策を提言していた。

宍戸駿太郎氏丹羽春喜氏菊池英博氏については、それぞれ別稿に書いているので、あわせてご参照願いたい。
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第1章 山家悠紀夫氏の理論と主張

 

●山家悠紀夫氏は「偽りの危機」に警鐘を鳴らした

 バブルの崩壊後、約20年間、わが国の経済は停滞状態にある。特に今日まで続くデフレは、平成9年(1997)に橋本龍太郎内閣が行った政策が発端となった。その当時、わが国で主張されていた構造改革論を指弾したエコノミストがいる。その一人が、山家(やんべ)悠紀夫氏である。
 山家氏は、平成9年(1997)10月に『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社)を刊行した。山家氏は、本書で、構造改革論を「偽りの危機」を煽るものとして指弾し、かえって「本物の危機」を招く恐れがある、と警鐘を鳴らした。橋本内閣下での経済危機を予見するものでもあった。
 山家氏は現在、神戸大学大学院教授だが、以前は銀行マンだった。本書刊行当時、山家氏は第一勧銀総合研究所取締役専務理事だった。第一勧銀は、みずほ銀行の前身である。山家氏は、金融の現場での実務経験をもとに、独自の見方でわが国の財政を見る。そして、通説を覆す主張を展開した。
 山家氏が『偽りの危機 本物の危機』を出した当時、わが国には、日本は経済危機にあるとする説が唱えられていた。
 山家氏によると、「1980年代後半から90年代初めにかけてのいわゆるバブル景気が崩壊してからというもの、とくにその不況が長引くにつれ、この不況は構造不況であるということがいわれはじめた」。それが日本経済の構造危機説である。続いて、「1993年には1ドル100円、さらに95年には1ドル80円という円高が出現すると、それをきっかけに新たに幾つかの日本経済危機説が登場した」。それが空洞化危機説、高コスト危機説、財政危機説である。
 山家氏は本書でこれらの説を検討し、「これらの危機は、実証できない、実在しない、論理的に説明できない、そして誇大化されている」と指摘した。そして、「日本経済が危機と声高に叫ばれるほどの状況にはないとすると、大変な危機であるとの前提のもとに行われつつある諸施策」、具体的には、構造改革のための施策――とりわけその中心に据えられた規制緩和政策――そして財政危機との判断に基づいてなされる財政再建政策について、「これらの対策によりかえって私たちの生活が危機に瀕する恐れがある。いわば『偽りの危機』に対処するためにとられた政策が、『本物の危機』を招く恐れが十分にある」と主張した。その後の日本経済は、不幸にして山家氏の懸念が当たったことを示している。
 こうした山家氏の主張を知るため、まず四つの危機説に対する氏の批判を、順を追って見てみよう。

第2章 四つの危機説を検証


●実証できない、実在しない、論理的に説明できない

 最初は、構造危機説である。山家氏は、構造危機説は「実証されていない。実証されていないばかりか偽りの説ですらある」と言う。理由は、第一に「今回の日本経済の不況の長さ、そして深さは日本経済の構造に問題があってのことではない。それはバブルの破裂、円高という大きな衝撃が日本経済に与えられたためであり、加えて、天候異変、大震災などの被害も加わったためである。これらの衝撃の影響も薄れていくにつれ、日本経済が不況脱出へと向けて動き出したのがその何よりの証拠である」。すなわち、構造危機説は「偽りの説である」とする。第二に「日本経済の構造自体が、こうした衝撃を受ける下で、そして長期に及んだ不況の下で大きく変化してきている。先に見たのは(註 詳細は省く)、統計で明らかに捉えられるものに限ったが、その他の面でも構造変化が生じているものと思われる。この点でも構造変化を起こさない限り日本経済の先行きは云々という、構造危機説は偽りの説である」と断定する。
 次は、空洞化危機説である。山家氏は、次のように言う。「現在、現実に生じていることは、戦後日本経済の中で生じてきた産業構造の変化、他国に比べてより優れた生産性をもつ産業の台頭による旧来型産業の衰退という、大きな流れの延長線上にあることなのである。現在の日本経済においては、半導体その他資本財産業の著しい勃興が見られる。それら商品の輸出が伸び、その結果として円高が進んでいる。そのために自動車等の輸出環境が厳しくなってきているーーー。それはかつて、繊維産業に生じ、鉄鋼産業に生じたことではないか。言い換えれば、基幹産業は時に応じて、これまで変わってきたし、今も変わりつつあるということである」。それゆえ、「現状は、自由貿易体制の下で、起こるべきことがこれまでと同様に起こっているのであり、こと新しく空洞化危機が発生しているということではない」と判断する。
 次は、高コスト危機説である。高コスト危機説とは「物流、エネルギー、電気通信、金融サービス等々、主としてサービスの分野において、日本の物価は高い(「内外価格差が大きい」)、これらは日本の産業にとってはコストでもあるから、日本経済は高コスト経済である」ととらえ、「この高コスト経済という構造を変えていかないと、国際競争に耐えられなくなって製造業は海外に出ていってしまい、日本経済は脆弱化する」いう説である。しかし、山家氏は「日本経済が高コスト経済であるわけではない。購買力平価よりもかなり高い円相場で換算するから、高コストに見えるだけなのである」と指摘する。そして、「高コスト危機説は、その言うところの高コストを解消させることが新たな高コストを生むという論理矛盾を内包しているのであり、論理上も破たんしている、と言えよう。見かけ上の高コストは日本経済の危機でも何でもない。日本経済の、とくに貿易財産業の生産性の高さの表れ、競争力の強さの証明と見るべきであろう」という見解を述べる。
 構造危機説の背景にあるのは日本経済の長期不況、空洞化危機説の背後にあるのは円高の急激な進展、高コスト危機説の登場を促したのは円高に伴う内外価格差の拡大であった。しかし、これらの三つの危機説は、実証できないか、実在しないか、論理的に説明のできないものである、として山家氏は斥ける。

 

●財政危機説は、政府が唱えた

 先に書いた三つの危機説に対し、もう一つの危機説、財政危機説は違う。財政危機は、確かに存在するからである。ただし、誇張されすぎているーーと山家氏は批判する。その論を次に見ていこう。
 バブル崩壊後の平成5年(1993)7月、自民党は55年体制以来、38年目にして初めて野に下った。細川護煕氏を首相とする非自民連立政権が成立したが、翌6年4月細川首相が突然辞任し、後継の羽田内閣も2ヶ月で退陣。自民党は首班指名選挙で社会党の村山富市氏に投票し、同年6月、自社さ連立政権が誕生した。
 続く平成7年(1995)は、戦後50年の年だった。この年は、わが国の重要な節目となる年だった。1月に阪神淡路大震災、3月に地下鉄サリン事件が起こり、8月に村山首相談話が発表された。そしてこの年秋、時の大蔵大臣・武村正義氏は、わが国の財政は危機的状況にあると発表した。各紙はいっせいにこの発表を、「財政危機宣言」と報道した。これが、財政危機説の発端である。
 武村氏は蔵相を退任後、平成8年(1996)6月の『中央公論』に「このままでは国が滅ぶーー私の財政再建論」という論文を寄せた。主旨は、「日本の財政状況は先進国中最悪である。このままでは国が滅ぶ」というものである。そして、平成8年の後半から9年にかけて、大蔵省(現・財務省)を中心として、日本の財政状況は先進国中最悪という「財政危機」キャンペーンが展開された。
 山家氏は、大蔵省の財政危機説を、データを上げて理論的に批判する。財政危機説は、今日まで政府・財務省の基本的な見解であり、多くの経済学者は同様の見方をしている。しかし、もしその説が誤っていたら、どうだろうか。誤った説からは、誤った政策が作られ、誤った政策を実行すれば、国を誤らせる。山家氏は、菊池英博氏らと同じく、財政危機説の誇張を見抜き、経済政策の軌道修正を訴えた。

第3章 財政危機説は誇張されていた


●戦後日本財政の展開

 山家氏は、戦後日本の財政について、次のように述べる。
 「戦後日本の財政は、歳入(税収を主体とする)の範囲内に歳出を抑えるという均衡予算主義から出発した。1947年に制定された財政法は、その第4条で『国の歳出は、公債または借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない』と、均衡予算主義の原則を定めている。戦前・戦中の日本が、日本銀行引き受けによる国債を大量に発行することによって戦費をまかない軍事的膨張をとげたことなど、その国債が戦後の激しいインフレーションのもとでほとんど紙くずと化して国民の負担を高めたことなどの苦い経験を踏まえてのことであった。
 もっとも、財政法第4条は、先の文言に続けて『但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の決議を経た金銀の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる』とも定めている」
 山家氏のいう財政の「均衡予算主義」が崩れたのは、昭和40年度(1965年度)である。昭和40年不況の対応のため、政府は補正予算で歳入補填のため赤字国債を発行した。そして、景気の本格的回復や社会資本の充実を目的に、第4条但し書きによる建設国債が、初めて当初予算に組まれ、発行されたのは、翌41年度(1966年度)である。
 国債には、建設国債と赤字国債がある。建設国債は、「後々の世代も利用できる種々の社会資本を建設するその見返りに発行されるもの」である。国債を発行して資金を調達し、道路、港湾、上下水道、公共建築物等々を建設する。出来上がったインフラは、出費を負担した世代ばかりでなく、後々の世代も利用でき、恩恵にあずかれる。「考え方としては、後々の世代もその恩恵に浴することのできるものについては、その負担も併せ求めるというのは筋が通っているのではないか」と山家氏は言う。これに対し、赤字国債は、政府が歳入不足を補填するために発行するもので、事務諸経費や人件費等に当てられる。財政上必要な時は、特別立法によって発行される。
 国債の発行額が飛躍的に増加し、かつ建設国債に加えて毎年、特例法を制定して、赤字国債が発行されるようになったのは、第1次石油危機後、不況が深刻化した昭和50年度(1975年度)からだった。1960年代からの高度経済成長を終えたわが国は、1970年代後半以後も安定成長を続けた。私見によると、日本が1980年代にも安定成長を維持できた理由のひとつは、政府が国債を発行して、国民の預貯金を公共投資に活かし、GDPを拡大してきたことにある。しかし、それによって政府の債務は増える。これをどう評価するかが、財政学における一大テーマとなる。
 単純に考えるとーーー借金は良くない。政府の債務が増えるのは良くない。債務が多いのは、健全ではない。債務を減らし、歳入と歳出の均衡を図らねばならないーーということになる。それが均衡予算主義であり、平成7年(1995)秋、武村蔵相の「財政危機宣言」を皮切りに「財政危機」キャンペーンが展開されたのは、簡単に言うとこういう考えによる。
 果たして、この考え方は正しいか。山家氏の見方を次項に書く。

●日本はそれほどの財政危機ではなかった

 財政危機説に基づいて財政健全化をめざし、緊縮財政を行ったのが、橋本政権だった。橋本氏は、平成6年(1996)1月に自社さ連立政権の首相となり、11月からの自民単独政権でも首相を続けた。山家氏が『偽りの危機 本物の危機』を出したのは平成9年(1997)10月であり、橋本財政改革が行われている真最中だった。
 橋本氏は、大蔵省の示す先進国最悪の財政危機という認識に立って、緊縮財政を行った。これに対し、山家氏は、日本の財政について異なる見方を提示した。
 山家氏は、次のように書く。
 「国債と地方債、それに特別会計の資金繰りのために発行される短期国債等をも含めた一般政府の負債残高は1995年末で435兆円である。95年の国内総生産(GDP)は461兆円であったから、日本の政府部門はGDPの94%に当たる負債を抱えていることになる」
 大蔵省や多くの経済学者は、こうしたとらえ方から、わが国の財政危機を強調する。しかし、山家氏は、これに反論する。
 「国も地方も、一方で預金、貸出金、出資金といった金融資産を保有している。外貨準備だけでも20兆円近くの資産がある。また社会保障基金が保有し、運用に回している金融資産残高は1995年末で211兆円に達している。これら政府部門全体の金融資産の残高の合計は、95年末で378兆円である。政府部門の負債残高から金融資産残高を差し引いた数字が日本の政府部門の抱えている純財務残高であり、その額は95年末で57兆円である」と。
 政府には負債だけでなく、金融資産がある。債務と債権の差し引きで見ないと、財政の実態はつかめない。政府の負債のみを言うときの債務は、粗債務という。それに対し、債務と債権の差し引き結果を、純債務という。山家氏の上げる数字でいうと、わが国の政府は、粗債務では435兆円の負債残高を抱えているが、純債務では57兆円に縮小する。粗債務はGDPの94%に上るが、純債務は12%にすぎない。
 財政危機説を説く論者は、「日本の財政赤字は先進国中最悪の状況にある」という表現をしばしば使う。山家氏は、この見方の誤りを明らかにするため、より具体的に述べる。
 「財政赤字を政府部門の赤字として捉えると、その政府部門には社会保障費も含まれる。(略)日本の社会保障基金の収支(フロー)は年間13兆円を超える黒字を出している。その残高(ストック)は200兆円に達している。これを加えたものを財政赤字として捉え、その対GDP比を国際比較してみるとどうか」と問う。
 まずフローの財政赤字の対GDP比である。「社会保障基金について日本と同様の方式を取っている国はアメリカのみである。(略)日本とアメリカの比率社会保障基金含んだものに代えてみると、1995年の日本は3.3%となる」。この数字はアメリカの2%以下よりは大きいが、ドイツとほぼ同じくらいの数字である。フランスは4%以上、イギリスは5%以上ゆえ、日本よりも大きい。日本の財政赤字は先進国中最大、とは言えなくなる。
 山家氏は、フローだけでなく、ストックも見る。
 ストックの財政赤字の対GDP比について、社会保障基金の残高その他、一般政府の保有する金融資産残高をその負債残高から差し引いて、政府の純債務残高、いわば純財政赤字残高を算出し、その対GDP比を国際比較する。「1995年の日本は10%である。フランスは35%、イギリスは42%、ドイツは44%、アメリカは50%等々であり、日本の純財政赤字残高は先進国の中で最小ということになる」と山家氏は言う。
 フローの財政赤字は、アメリカに次いで少なく、ストックの純債務は、主要先進国で飛び抜けて少ない。ということは、山家氏の見方によれば、日本の財政は平成7年(1995)の時点では、非常に健全な状況だったのである。

●財政危機説は誇張が過ぎた

 日本は純債務で見ると、財政危機などではなかった。それなのに、武村蔵相は「財政危機宣言」を発し、大蔵省が中心となって「財政危機」キャンペーンが展開された。政府・大蔵省は、政府の債務、粗債務だけを強調し、政府の金融資産には触れず、国民に危機を煽ったのである。
 山家氏は、次のように述べる。
 「構造危機説、空洞化危機説、高コスト危機説と違って、財政危機説は実証できないとか、実在しないとか、論理的に説明できないといったものではない。それは確かに実在する」
 山家氏は、財政赤字を軽視し、放漫な財政政策を説くのではない。
 「日本の財政赤字は国と地方に限ってみると確かに大きいし、後の世代に負担を残すものであるし(とくに、見返りとなる資産が存在しなかったり、不要なものである場合)、今後、弊害が生じる懸念もある。それはそうであるのだが、財政危機説は、ほとんど全ての面で誇張が過ぎはしないか」と言うのである。
 「財政赤字は絶対的に悪いというものではないし、子孫に負担のみを残すからゼロが望ましいというものでもない。また、日本の財政赤字は、数字の捉え方によっては先進国中最大でもない。ましてや最悪などではない。財政赤字の弊害が、欧米諸国のように眼下に現れているというわけではないし、間もなく必ず現れるというものでもない。
 財政赤字を冷静な目で眺めれば、それは、十分な時間をかけ、何をどう改めていけばいいのか、慎重に検討すべき問題のように思われる」。
 山家氏は言う。「財政再建は必要ではあるが、すべてに優先して進めるべき、というほどではない」と。
 ここで私見を述べたい。どうして政府・財務省は、純債務で財政を見ないのか。これは、国の会計が一般会計と特別会計に分かれていることと関係がある。山家氏はこの点について深く切り込んでいないが、政府は金融資産を特別会計に保有している。一般会計は明らかなものの、特別会計には不明な部分が多い。財政の全体像をつかむには、一般会計と特別会計を一体化し、すべてオープンにする必要がある。ところが、そうすると彼らには都合が悪いのだろう。だから、特別会計に踏み入られないように、財政を粗債務のみでとらえて、国民には財政赤字を強調するのではないか。財政を純債務でとらえ、一般会計と特別会計を一体化しなければ、日本経済の根本的な立て直しはできない、と私は考えている。

第4章 偽りの危機から本物の危機が生まれた


●「偽りの危機」から「本物の危機」が生まれた

 山家氏は、平成9年(1997)の時点で、当時のわが国の経済政策が依拠していた構造改革論を、鋭く批判した。橋本政権から小泉政権へと受け継がれることになる構造改革論は、規制緩和を一つの柱とする。規制緩和は、1990年代後半からわが国で影響力を強めていた新自由主義・市場原理主義の理論に基づく。山家氏は、規制緩和について、「『偽りの危機』が『規制緩和の神話』を生み、その結果としての規制緩和の強行が日本の経済社会を歪んだものにしつつある、と思われてならない。これは、日本経済社会の『本物の危機』といえないか」と指摘した。
 構造改革論のもう一つの柱は、財政再建である。誤った財政の捉え方に基づく財政危機論が、財政再建最優先の政策を生む。山家氏は言う。「『財政再建最優先路線』によると、社会保障サービスの水準は切り下げられ、医療等での受益者負担は重くなり、はては消費税の負担も増える。そのサービス低下の被害を最も厳しく受け、その負担を最も多く担うのはどういう社会階層か。そのことを考えると、この路線もまた日本の経済社会を歪んだものとする『本物の危機』をもたらす路線と言えないか」
 日本経済の危機は、存在しない。「言われているのは『偽りの危機』である」と山家氏は言う。「しかしながら、日本の現状を見ると、危機は差し迫ったものとして認識され、その危機からの脱出の手立てとして『規制緩和』が行われつつあり、『財政再建』への取り組みが始められている」「これは極めて危うい試みである、このままでは人々の生活は大変厳しいものになる、日本の経済社会は『本物の危機』に陥る」と警告する。
 しかし、橋本政権は財政危機という認識のもとに、緊縮財政を実行した。その結果は何か。デフレである。デフレとは、簡単に言うと、継続的に物価が下落することである。デフレーションはもともと「収縮する」という意味であり、デフレは物価が下落しながら、景気が悪化し続け、経済が収縮していく現象である。

日本は、橋本政権の失政によって、平成22年(2010)の今日にまで続くデフレに陥ったのである。「偽りの危機」が「本物の危機」を生んだ。今日、デフレからの脱却に取り組むには、こうしたわが国の失政の歴史を理論的に把握する必要がある。
 本年7月政権についた菅直人首相は、消費税を10%に上げることを検討すると公言した。消費税10%はもともと自民党の政策であり、菅首相はこれを取り入れた形である。自民党も民主党も、消費増税を必須の課題のように、国民に説いている。しかし、消費増税は、デフレを生んだ自民党・橋本政権の失政、さらにその反省なく構造改革を継承・強行した小泉政権の失政のツケを、増税という形で国民に回す策である。それを明らかにすることなく、消費増税を説く民主党は、問題を把握・解明する力がないことを自ら暴露している。
 山家氏は、実に平成9年(1997)の時点、橋本政権が消費税を3%から5%に上げて間もない時点で、次のように予測した。「消費税率の引き上げへと今後の税制改革が進められていくことはほぼ確実である。これが何をもたらすか、低所得者層の税負担率が上昇し、高所得者層の税負担率はさほど上昇しない、という事態である」と。消費税率の引き上げによる負担は、低所得者層ほど重い。山家氏は、年収200万円で貯蓄するゆとりがなく収入のすべてを消費にあてているような世帯を例に取る。そして、「消費税率が5%から10%に引き上げられたとすると、この世帯の税負担率(税/所得)はまるまる5%高まる」と指摘する。今から13年前、既にこういうことを指摘し、わが国の経済政策の転換を説いていたエコノミストがいたのである。

第5章 背景にあるのは「大競争時代」

 

●冷戦終焉後に迎えた「大競争時代」が背景にある

 山家氏は、平成9年(1997)当時、わが国で唱えられていた危機説を否定する。構造危機説の背景には日本経済の長期不況、空洞化危機説の背後には円高の急激な進展、高コスト危機説の登場を促したのは円高に伴う内外価格差の拡大、財政危機説を生んだのは粗債務の増大による財政赤字の拡大だった。
 山家氏は、「これら諸危機説の背景にあるとしたものは、いずれも現象である」と注意を促す。そして、現象の背後に共通するものを指摘する。
 山家氏は、次のように分析する。
 「1980年代の終わりから90年代の初めにかけての時期が、世界の資本主義経済にとっては一つの大きな転換の時期であったということは否定できない。ほぼ100年近く、資本主義経済に対する巨大な対抗物であった社会主義経済体制が崩壊した。一方で、アジアを中心とする発展途上国の経済が著しく力を増したーー。」
 それによって、「資本主義の経済世界に新たに巨大な供給基地が出現した」。それが大きな変化である。「アジアを中心とする発展途上諸国が、そして旧社会主義諸国が、その経済体制を変革し、海外からの投資を積極的に受け入れ、国内の豊富な労働力を活用してモノの生産を始めた。そこで生じたことは、低廉な労働力を武器とする巨大な供給基地が出現したことである。それによって世界経済は、圧倒的な供給力超過の経済へと変化したということである。このことによって、新たに加わった諸国を含めて、諸国間で、とりわけ先進諸国の間で、そして先進諸国内でも、競争は極めて激しくなった」。
 こうした冷戦の終焉後、社会主義体制の崩壊と発展途上国の成長によって到来した世界経済の新たな段階を「大競争時代」という。「地球規模で大競争が行われるようになった時代」という意味である。大競争時代の地球を自国の主導で支配しようとする思想が、アメリカのグローバリズムである。

●規制緩和・財政再建は経済成長に必要ない

 山家氏は、日本経済の危機を説く諸説の背後には、大競争時代の到来があると見る。
 大競争時代が到来すると、「資本主義の先進諸国においては、いま一つ大きな変化が起こった。それまで、自らの経済システムに課していた諸規制や福祉関連の諸施策が自らを束縛するものとして強く意識され、また、無用のものではないかと思われ始めたのである。もともとそれら諸規制――自由な経済活動に歯止めをかける諸規制――や福祉の施策は、個々の企業の立場に立てば、束縛でリ、無駄なものとも思えるものであった。
 しかし、資本主義経済システムの維持という全体の立場から見ると、それは、社会の安定を保つために、そして何よりも社会主義経済システムに対抗して、自らのシステムがそれに何ら劣るものではないことを示すために、有用なものであった。ところが、対抗軸としての社会主義経済体制は自壊した。一方で、新興諸国との、そして他の先進諸国との競争は激しくなった。諸規制や福祉の諸施策は、そのコストに見合わないのではないかーーここに、規制緩和や『小さな政府』を目指す動きが本格化してくる背景があった」と山家氏は、とらえる。
 私見を述べると、この「規制緩和や『小さな政府』を目指す動き」こそ、新自由主義・市場原理主義に基づく構造改革の動きである。わが国の政府は、大競争時代をグローバリズムで主導しようとするアメリカに迫られ、アメリカの要望に応える改革を進めたのである。
 山家氏は、大競争時代に入り、日本企業が厳しい状況に立たされていることは認める。米英の企業は、こうした中で自国通貨安に恵まれ、政策当局の規制緩和政策にも助けられて活力を発揮するに至っていることも事実と見る。「しかしだからといって、『規制緩和』をし、『財政再建』を進めて、日本企業のビジネス・チャンスを拡大し、またコストを削減することに日本の経済社会が、とりわけ政治が手を貸していかなければ、日本企業が国際競争から脱落してしまう、と見るのは誤りである。日本企業は、自力で、大競争時代に対応できるよう力を身につけつつあるからである」と主張する。
 「1990年代前半、確かに日本企業の業績は芳しいものではなかった。しかし、その理由はかなりはっきりしている。バブル破裂の影響が大きかったためであり、円高の影響が厳しかったからである」「90年代後半、明らかに状況は変わった。バブル破裂の影響は既にかなり小さくなっている。円相場は、96年以降円安に動いている。加えて、日本企業は、自力でその経営構造を変え、人件費コストなどの抑制に成功しつつあるのである」「97年も、財政再建を目指しての厳しい財政政策がなければ、日本経済の実質成長率は、おそらく主要国一を続けていたであろう」と山家氏は述べる。
 「ともかくも日本企業は大丈夫である。日本経済も大丈夫である。環境変化に適応しい、力をつけてきつつある。人々の暮らしを犠牲にしてまでの『規制緩和』『財政再建』でそれを助けていく必要がある程に弱いものではない」と言う。
 大競争時代における日本企業の自力での取り組みと日本経済の潜在的成長力を高く評価し、政府による規制緩和・財政再建は経済成長に必要ない。政府がなすべきことは、緊縮財政ではなく積極財政である。そういう主張をしていたエコノミストが、山家悠紀夫氏である。

 

第6章 構造改革政策を厳しく批判

 

●山家氏は当初から小泉構造改革を批判した

 山家悠紀夫氏は、平成13年(2001)9月に『構造改革という幻想』(岩波書店)を発刊した。同年4月に氏は神戸大学大学院教授に就任した。
 当時、わが国では、小泉内閣のもと、構造改革論による改革が進められていた。山家氏は、本書で、改めて構造改革論を批判した。小泉政権が始まって5ヵ月後のことだった。「昨今の構造改革論は、90年代、そして現在の日本経済についての誤った認識に立つ主張であり、誤った主張である」と。
 山家氏によると、構造改革論は三つの認識に成立している。一つは、90年代の日本経済の不振は日本経済の構造が悪いために生じたものであるとする認識である。二つは、平成13年(2001)に入っての日本経済の急失速は日本経済の構造が悪いためであるとする認識である。三つは、構造改革を行うことによって日本経済は再生させることができるとする認識である。これらの認識は誤っており、「その論に従って構造改革を進めていけば、日本の経済社会はいっそう悪いものになってしまうおそれがある」と山家氏は警告した。
 山家氏によると、「日本経済の不安な現実は、その多くが構造改革論と、それが引き起こした90年代後期の不況と、加えてその後も続いている構造改革への動きとその主張との、この三者によってもたらされたのである」。「構造改革路線が、景気下降に歯止めをかけていた安定装置をこわし、景気回復を継続させていたメカニズムを働きにくくした、いわば、日本経済の構造をそのように変化させてしまった。そこにこそ日本経済の不安な現実を生み出している真因がある」と山家氏は、構造改革論を批判する。
 具体的には、1990年代前期の不況は、「バブル景気に浮かれた日本経済がそのツケを支払わされた自然な不況」だった。しかし、96年末から97年初になると、「日本経済はその不況、試練に耐え、また、様々な対策を講じもして復活を展望できるところまでは回復してきていた」。
 ところが、橋本内閣が構造改革論に立つ政策を行った。それが1990年代後期の不況を生み出した。「この不況は前期不況のように日本経済が迎えるべくして迎えた自然の、そして日本経済にとって必要な不況、と言えるものではない。それは財政『構造改革』という政策が招き、金融『構造改革』政策が深刻化させ、税制『構造改革』政策等がそれからの脱出を遅らせた、人為の、そして日本経済にとって無用の、もしくは有害の不況とも言うべきものであった」。
 痛烈な批判である。小泉内閣は、橋本内閣の失政を反省することなく、構造改革を強引に進めた。山家氏は、構造改革政策の根本的な誤りを厳しく指摘した。

●橋本・小渕・森・小泉――歴代政権がもたらしたもの

 橋本内閣は、「行政改革」「財政構造改革」「経済構造改革」「金融システム改革」「社会保障構造改革」「教育改革」の六大改革を提唱した。その経済政策は大失敗だった。財政再建のため、消費税を3%から5%に引き上げ、所得減税を廃止、社会保障の負担を増加したため、9兆円の国民負担が増えた。株価は暴落して大不況となり、不良債権が増加し、外資による銀行株の叩き売り、大手証券と大手銀行の破綻などにより、金融恐慌に発展した。その結果、わが国は戦後初めてデフレに陥った。デフレとは、あまりにも景気が悪く、物価が継続的に下落する現象である。
 構造改革政策は、新自由主義・市場原理主義に基づくものであり、アメリカの要望に応える政策が多く含まれていた。アメリカは、高度経済成長でアメリカの優位を脅かすようになった日本に対し、1980年代から外交で圧力をかけ、平成6年(1994)以降は、日本に「年次改革要望書」によって、具体的に要望事項を突きつけている。アメリカは、日本の金融制度・金融行政についても、改革を要望した。これに応えて橋本首相が発表したのが、平成8年(1996)11月の金融大改革、金融ビッグバンだった。
 金融ビッグバンは、昭和61年(1986)にイギリスのサッチャー首相が行った金融改革に習うものだった。イギリス版の金融ビッグバンは主として証券市場の改革だったが、日本版の方は、銀行、証券、保険等の金融全分野にまたがり、業務・組織形態の自由化、商品の自由化、市場の整備、税制の改革等までをも行うという大規模な改革だった。
 しかし、山家氏によると、わが国の金融ビッグバンは、金融市場、金融機関の地位低下の原因についての「二つの誤解」に始まった。一つは規制が強いことによるという誤解である。実際は、規制ではなくバブル崩壊の影響による地位低下だった。もう一つは日本経済の不振の背景にあるとする誤解である。これは因果関係が逆で、バブルの崩壊、日本経済の不振があって金融市場、金融機関の地位低下が起こったのである。山家氏は、こうした正しい認識があれば、「金融ビッグバンの出番はなかったのである」と言う。
 橋本内閣による金融ビッグバンは、財政危機説に基づく緊縮財政とあいまって、わが国の経済に大きな打撃を与えた。国民の心を失った自民党は、平成10年(1998)7月の参議院選挙で惨敗した。橋本内閣は責任を取って総辞職した。後継の小渕恵三政権は、財政再建問題を凍結し、構造改革路線から景気浮揚路線へと、180度転換した。金融システムの安定化、景気回復と経済の安定成長を目指して、財政政策を駆使した景気振興策を打った。99年以降日本経済は回復に向い、税収は増え、景気は上向いた。バブル崩壊後の不良債権処理も順調に進んだ。平成12年度(2000年度)には主要行の不良債権比率は5%に下がり、不良債権処理は解決済みとなった。そのまま積極財政を継続していれば、13年度(2001年度)には名目GDP成長率が3〜4%に伸びる状況だった。
 ところが、小渕首相は、12年(2000)4月、脳梗塞で倒れた。自民党と連立を組んでいた自由党の小沢一郎氏は、連立を離脱しようとした。それが小渕首相の心労となったと見られる。小渕内閣時代から新たな構造改革政策が立案されていた。政策の転換による成果を無視した立案だった。後継の森内閣において政策がまとまった。森氏に続いて小泉純一郎氏が政権に就くと、13年(2001)4月から本格的な構造改革が強行された。橋本内閣の失政によるデフレは、小泉内閣によって一層深刻になった。

 

●小泉構造改革が依拠する財政危機説を批判

 小泉政権は、平成18年(2006)9月まで、約5年5ヶ月続いた。この間に、わが国の経済は、かつてない打撃を受けた。竹中平蔵氏が経済担当大臣として入閣し、新自由主義・市場原理主義の政策を強力に進めた。本稿の冒頭に書いた中谷巌氏は、小泉=竹中政権のブレーンとして、この政策を推進した。いまや氏は、新自由主義は「危険思想」であり、グローバル資本主義と市場原理は「悪魔のシステム」だと言う。そういう思想のもとに、小泉構造改革は進められたのである。
 山家氏は、橋本内閣の時代から小泉内閣の時代を通じて、一貫して構造改革路線を批判した。国民の大多数が小泉=竹中政権を支持し、規制緩和や不良債権処理、民営化こそ日本を良くすると思っていた時に、山家氏は『構造改革という幻想』を出して、それが幻想であることを明らかにした。
 山家氏は、平成9年(1997)出版の『偽りの危機 本物の危機』において、当時の構造改革論に対し、財政危機説が最も大きな影響を与えていることをとらえ、財政危機説の誤りを示した。約4年後に出した『構造改革という幻想』においても、山家氏は財政危機説の誤りを指摘する。
 山家氏の主張の主旨は、前著と基本的に同じである。山家氏は、小泉構造改革の始まって間もなく、財政危機説に基づく財政再建を急ぐと、財政赤字が拡大すると警告した。不幸にしてその警告は的中した。前著の主旨は重複するが、ここに山家氏の主張を略述する。
 平成13年(2001)9月、山家氏は、次のように述べる。「日本経済が今日の状況を迎えるに至った大きな原因の一つに、財政危機と言われた事態を前にしての財政『構造改革』路線の採用があった」
 「1996年7月に財政制度審議会は『財政構造改革を考える』と題する報告書を発表したが、そこでは『先進国の中でも最悪』との表現で当時の日本政府の赤字の状況を捉えている。そうした認識に基づき『財政赤字の削減こそが経済の発展を可能とする』という哲学のもとに財政『構造改革』は出発したのであった」
 具体的には、橋本内閣がこの「財政構造改革」を進めた。
 「しかし、当時はもとより、現状においても、日本の財政の状況は『先進国中最悪』というほどのものではない」。山家氏は、財政状況は、粗債務ではなく純債務でとらえるべきと説く。「純債務残高、すなわち政府の総債務残高から政府保有の金融資産残高を差し引いた債務残高で政府債務を捉え、その対国内総生産の比率を見ると、日本の比率はなおアメリカやドイツを下回っているのである」
 具体的には、「日本政府の純債務残高は99年末で228兆円、その対国内総生産比は40%程度で、50%前後のアメリカ、ドイツ(その他多くのヨーロッパ諸国)より低い」「日本の財政赤字の状況は先進国中『最悪』ではない。『まだまし』といった状況にある」
 政府保有の金融資産とは、年金基金(99年末で230兆円)、国の特別会計(外貨準備の30兆円[同期]を含む)、自治体の種々の基金、積立金等を言う。わが国の政府は、GDPに相当するくらいの巨額の金融資産を持つ。「欧米諸国の政府は日本政府ほどには金融資産を保有していない、だから対国内総生産比で見ての総債務残高と純債務残高との間にさほどの開きはない、ひとり日本政府だけが巨額の金融資産を保有している。だから両者の比率にかなりの開きがある」。また「日本政府は金融資産を単に多く保有しているというだけではない。その資産を増やし続けてもいる」と山家氏は指摘した。
 

●財政再建を急ぐと、財政赤字を増大させてしまう

 政府・財務省、及び多くのエコノミストは、わが国の政府が他国に類を見ないほど巨額の金融資産を持つという事実を見ない。ただ政府の粗債務だけを取り上げて、わが国は財政危機だと強調し、財政再建を優先的に進める。小泉=竹中政権の下では、財政再建のため、公共投資の削減、社会保障費の国民負担の増加、行政サービスの質・量の下げ等が行われることになった。
 当時わが国では、財政赤字の弊害として、金利が上昇し民間企業の資金調達ができにくくなる(クラウディングアウト現象)、インフレの発生、通貨価値の下落の三つが主張されていた。山家氏は、「これまでそうした弊害は生じなかった、現に生じてもいない」、しかも「数年にわたり大幅な財政赤字が生じているにもかかわらず」である、と反論する。そして、その理由を三点挙げる。
 第一に、「国内の民間部門の資金余剰額が大きく、財政赤字を吸収してもなお余剰資金がある。すなわち国内が金余りとなっている。しかも金融緩和政策がとられている、ということである。こうした状況下では金利の上昇は生じようもないし、民間企業の資金調達が困難になる、ということも起こりようがない」。
 第二に、「財やサービス、あるいは労働力の分野で大幅な需給ギャップ(需要不足、供給力超過)が存在するという状況がある。政府部門が赤字でーーすなわちその収入以上に支出を拡大してーー需要を創出してもそのギャップは埋め切れないという状況があっては、インフレは起こりようもない。」
 第三に、「日本の経常収支、貿易収支が大幅な黒字となっている、ということがある。通貨の価値は、その国の貿易面での競争力を相当程度反映して決まるから、これだけの黒字となっている国の通貨価値が下落するという可能性も低い」。
 そして、山家氏は、「こうした基本的な状況は、これから先、少なくとも数年は続くと予想される。当面、日本において財政赤字の弊害が表面化してくるおそれは少ない、と見ていい」と主張する。
 前著でもそうだったが、山家氏は、決して財政赤字を軽視するのではない。
 「財政赤字の状況が日々、厳しさを増していることは事実である。どこかで歯止めをかけることは必要だが、現状では(略)なおこの問題が日本経済にとって何を差し置いても優先させなければならない課題とはなっていない。現在の経済状況の中で財政再建を急ぐと、橋本内閣の時のようにかえって財政赤字を増大させてしまうおそれのほうが強い」と、平成13年(2001)9月の時点で述べていたのである。

第7章 構造改革を止め、積極財政を打て


●構造改革を止め、積極財政を展開すべし

 平成13年(2001)5月、小泉首相は、所信表明演説で「三つの経済・財政の構造改革」を経済政策として掲げた。第一は不良債権処理の促進、第二は競争的な経済システムの構築、第三は財政構造の改革だった。
 山家氏は、これらの政策に反対した。不良債権処理の最終処理は、「経営不振に陥った企業を潰すことにほぼ等しい」。それによって連鎖倒産、経営不振の企業の増加、不良債権の増加、また失業者の増加、雇用不安の拡大、消費の冷え込みを招き、景気を一段と悪くしかねない政策であると看破した。他の政策も「景気を悪くすることはあっても良くすることは期待しがたい」とした。そして、構造改革は、激しい「痛み」を伴う。「経済社会の歪みを伴った、望ましくない形をとっての成長、発展となる懸念が多分にある」。その懸念は、二つある。「現状以上に市場(とくに株式市場)に支配される経済社会」になる、また「経済的弱者には今以上に厳しい社会」になるという二つだと言う。そして、金融構造改革は、強者を支援し、弱者を淘汰する政策である。財政構造改革は、行政サービスの量・質両面における引き下げ、社会保障給付の削減に結果する。税制構造改革は、所得税の累進税率の一層の引き下げ、消費税率の引き上げになる、と予想した。
 山家氏の懸念は二つとも当たり、予想は大半が現実となった。まだ、消費増税は、なされていないが、政府は増税を計画している。その増税は、橋本=小泉構造改革の失政のツケを国民に回すものである。
 13年(2001)6月、経済財政諮問会議は「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」を発表し、「2、3年は厳しい、しかしその後は経済成長を期待できる」という見通しを述べた。構造改革をやれば、最初の2、3年は厳しいが、その後は経済成長できるというわけである。
 しかし、山家氏は、著書『構造改革という幻想』で、次のような認識を述べる。「これから日本の経済社会が遭遇する厳しさは、日本経済の過去、そして現状についての誤った認識に基づく誤った政策がもたらす厳しさであり、無用の厳しさである。しかも、その後に日本経済の再生が成るとの保証は必ずしもない、また、たとえ2、3年の後から民需主導の経済成長が始まったとしても、その先に到来するのは不安と不平等の社会であり、多くの人にとって行きにくい社会である」と。
 山家氏は、当時の構造改革論は、「供給する側の力を強化する改革」であり、「サプライサイド強化論」であると規定する。サプライサイドとは企業側ということであり、特に大企業の側を指す。構造改革論は、大企業の側に立って、規制を緩和すべし、市場原理の徹底を図るべし、弱者を淘汰し強者を支援すべしと説くサプライサイド強化策であるとして、山家氏は批判する。
 そして、山家氏は、「別の選択肢」を提示した。
 必要なことの第一は、「『構造改革』政策の放棄、または『先送り』」である。「サプライド強化策としての『構造改革』策は、その基本において日本の経済社会を好ましくない方向に向けてしまう施策を多く含んでいる。加えて、景気を悪化させもする。その放棄こそ望ましい」。「不良債権の最終処理の促進は、確実に景気を悪くする」。その政策を取り下げることである、とする。
 第二は、「景気の悪化を食い止め、回復へと向わせる積極的な政策を展開すること」である。「消費をいかにして回復に向わせるか、それが景気対策のポイントである。消費を回復させるためには何が必要か。一つは所得が増加することであり、今ひとつは心理が明るくなることである」。それには消費税の減税、雇用の拡大政策、社会保障制度の充実による将来への不安の除去が有効である、とする。
 第三は、「こうして政府の施策、制度の改善を行いながら、一方で民間部門に働きかけ、企業や金融機関などの行動が、自ら景気を良くし、人々の暮らしを良くすることにつながるような仕組みを作り出していくこと」である。金融機関が企業育成という社会的使命を十分発揮できる制度を設計する。投資資金の資金運用は、銀行業務と分離させる等の施策を提示することだとする。

●経済が活性化すればサプライサイドも強くなる

 先に、山家氏は、平成13年(2001)当時の構造改革論は、「供給する側の力を強化する改革」であり、「サプライサイド強化論」であると規定したと書いた。山家氏は、サプライサイド強化策である構造改革論を批判する。
 山家氏によると、「日本経済の90年代以降の現実」は「需給均衡どころか圧倒的な供給力過剰という状況」にある。「大幅な貿易黒字の存在が証明するように日本産業を全体としてとらえれば(略)国際競争力は相当に強い。(略)サプライサイドが問題になったり、その強化が必要であるという状況では全くない。日本経済に問題があるのはサプライサイドではなく需要面なのである。バブル破裂後需要が大きく落ち込んだ、『構造改革』政策下で需要が落ち込まされた、最近では消費需要が一向に回復しない、そうした下で経済の不振が長引いているのである」。それゆえ、「こうした状況下では、サプライサイドを強化しても、何ら問題の解決にならない」と山家氏は主張する。
 山家氏によると、「日本経済の脆弱さの主因」は「サプライサイドの構造問題にあるのではない」「消費の低迷が長期化していた、というところにある」。「2001年に入っての景気急失速の大きな背景には消費の不振がある。そしてその消費不振の背景には、企業収益の好転が十分には家計の所得の増加に結びつかなかったことや、消費者の心理が冷え切ってしまっていること、消費不振を背景として自営業が不振に陥っていることがある」と山家氏は見るのである。
 日本経済の問題は需要面にあり、消費の不振にあるとすれば、打つべき政策は、消費の拡大による需要の創出である。ところが、構造改革論は、問題をまったく誤ってとらえ、誤った政策を推進している。構造改革をこのまま進めていけば、日本の経済社会はいっそう悪いものになってしまう、
 山家氏は、構造改革路線に反対し、需要をまず回復させるべしと説く。需要が回復すれば、日本経済は活況を取り戻す。経済が活況を取り戻せば、サプライサイドも強くなっていく。「日本経済が活性化すれば、それに対応して日本のサプライサイドは必ず強くなる。ことさらに政府の支援を受けなくとも大丈夫である。規制の再強化その他、現状より若干のハンディキャップが加わってもなお大丈夫である。日本のサプライサイドはそれだけの適応力、潜在力は十分持っている」。構造改革論者はそこのところを見誤っている。「サプライサイドを強くしようとの意図をもって日本の経済社会そのものを傷つけてしまう。そして結果としてかえってサプライサイドの力をも弱めてしまう。むしろそのことを警戒すべきではなかろうか」と説いたのである。

●構造改革を継承する政策では、日本の立て直しはできない

 山家氏は、橋本=小泉の構造改革を理論的に批判し、その結果を予見し、警告を発した。小泉内閣は、平成13年(2001)4月から18年(2006)9月まで続き、構造改革によって、日本経済に多大な損失をもたらし、さらに日本の社会に格差の拡大、地方の疲弊、自殺者の増大、家庭の崩壊、教育の荒廃、共同性の喪失等を産み出した。
 小泉=竹中政権を継承した自民党の安倍・福田・麻生の歴代政権は、構造改革路線を継承した政権だった。麻生氏は積極財政路線を取ったが、政策は構造改革政策を部分的に修正したものだった。自民党は今も橋本=小泉の緊縮財政政策が日本の経済成長を損ない、財政赤字を増大させたことを認めていない。そのツケを消費税の増税という形で国民に押し付けようとしている。それに民主党の菅首相が乗っかっている。その裏にいるのは財務省である。自民党は小泉=竹中政権の従米・売国的な政策の誤りも認めていない。構造改革はアメリカの圧力によって強行されたものだった。構造改革への批判は、わが国の独立主権国家としてのあり方を根底から問うものとなる。構造改革を継承する自民党、それに同調する民主党は、その姿勢を変えない限り、日本の立て直しをすることはできない。ページの頭へ

 

   

結びに〜左傾化し社会民主主義に接近

 

 橋本=小泉構造改革を告発したエコノミスト、山家悠紀夫氏の理論と主張を見てきた。

 本稿の冒頭で、中谷巌氏がリーマン・ショックの3ヵ月後に刊行した『資本主義はなぜ自壊したのか』について述べた。中谷氏は本書で、新自由主義の思想は、「人間同士の社会的つながりなど、利益追求という大義の前には解体されてもしょうがないという『危険思想』」であるとし、新自由主義に基づく「グローバル資本主義や市場原理」は「本質的に個人と個人のつながりや絆を破壊し、社会的価値の破壊をもたらす『悪魔のシステム』である」と断じた。

 まさにその新自由主義・市場原理主義がわが国の政策に導入され、構造改革路線が推進されていた当時、山家氏は新自由主義を厳しく批判し、構造改革政策に異を唱え、それに替わる政策を提言していた。1990年代から2000年代の経済政策を総括し、今日の日本経済の課題に取り組むうえで、その提言には有効有益なものが多く含まれていると私は考える。

山家氏は、バブル崩壊後に現れた様々な日本経済危機説を検討し、「言われているのは『偽りの危機』である」と看破した。特に財政危機説について、政府は財政を粗債務だけで見て、わが国は財政危機にあるという。しかし、純債務で見ると「日本の財政赤字の状況は先進国中『最悪』ではない。『まだまし』といった状況にある」「財政再建は必要ではあるが、すべてに優先して進めるべき、と言うほどではない」。しかし、橋本政権は財政危機を強調し、その危機からの脱出の手立てとして規制緩和を行い、財政再建への取り組みを始めた。「これは極めて危うい試みである、このままでは人々の生活は大変厳しいものになる、日本の経済社会は『本物の危機』に陥る」と警告した。不幸にして、山家氏の予測は的中し、「偽りの危機」が「本物の危機」を生み出した。それが現在まで続くデフレである。

 次いで小泉政権の構造改革論について、山家氏は「サプライサイド強化論」であると規定し、これに反対した。そして「別の選択肢」として、構造改革政策の放棄または先送り、景気の悪化を食い止めて回復に向わせる積極的な政策、企業や金融機関などの行動が景気を良くし、人々の暮らしを良くすることにつながる仕組みを作り出すことを提案した。

 山家氏によると、1990年代以降の日本経済は「圧倒的な供給力過剰」という状況にある。日本経済の脆弱さの主因は「消費の低迷が長期化」していることにある。打つべき政策は、消費の拡大による需要の創出である。需要が回復すれば、日本経済は活況を取り戻す。経済が活況を取り戻せば、サプライサイドも強くなっていく、と山家氏は主張した。

山家氏は本稿で紹介した時期以後も、構造改革批判の著書を出版し、構造改革路線を脱する政策を提言している。その政策は、左翼政党の政策と親和性を強めており、日本の伝統・文化・国柄を尊重する私とは、隔たりが大きくなっている。新自由主義的・市場原理主義的な構造改革を批判するがゆえに、保守やリベラルから左傾化し、社会民主主義に近づいた政治家、有識者は少なくない。山家氏は、その一人と言えよう。
 山家氏が1990年代後半に構造改革批判を始めたころ、他にも当時の構造改革の問題点を見抜き、強く警告するエコノミストが出現した。その一人が菊池英博氏である。菊池氏は、新自由主義的・市場原理主義的な構造改革を批判するとともに、日本の伝統・文化を尊重して、日本経済の復活をめざす政策を提言している。この後半の点が、左傾化して社会民主主義に近づいた山家氏と異なる。それゆえ、菊池氏の所論は、山家氏よりも有効有益である。菊池氏については、別稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏」をご参照願いたい。

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関連掲示

・拙稿「アメリカに収奪される日本〜プラザ合意から郵政民営化への展開

拙稿「日本復活へのケインズ再考

・拙稿「日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1

・拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1」

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

参考資料

・中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したか』(集英社インターナショナル)

・山家悠紀夫著『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社)『構造改革という幻想』(岩波書店)『暮らしに思いを馳せる経済学』(新日本出版社)

 

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