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「救国の秘策」がある!〜丹羽春喜氏1

2011.2.6

 

<目次>

はじめに〜「救国の秘策」を説くエコノミスト

  第1章 日本復活の秘策とはどういうものか

(1)「救国の秘策」を概説する

(2)秘策を打てば、日本はよみがえ得る

第2章 独創的な理論と情熱的な活動

(1)ソ連経済の分析から日本経済の分析へ

(2)ケインズ主義による積極財政

(3)政府貨幣発行特権で財源を調達

(4)産経新聞に書いた3つの寄稿

(5)小渕首相・小泉首相に政策を提言

(6)最新版「600兆円計画マニフェスト」の全容

(7)風説はみな誤っている

結びに〜日本の復活は可能である

 

補説〜東日本大震災からの復興策を提言

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

はじめに〜「救国の秘策」を説くエコノミスト
 

 丹羽春喜氏は、日本経済復活のための「救国の秘策」を説くエコノミストである。現在は大阪学院大学名誉教授。ハーバード大学ロシア研究センター所員、関西学院大学、筑波大学、京都産業大学等の教授を歴任した。

 丹羽氏は比較経済体制論ならびに経済政策論を専攻し、旧ソ連時代には、ソ連経済、特に軍事支出の研究の第一人者だった。平成2年(1990)に著書『ソ連軍事支出の推計』で防衛学会出版推奨賞を受賞した。

 そうした丹羽氏は、平成6年(1994)から日本経済について、「政府の貨幣発行特権の発動によって国の財政危機を救い、わが国の経済の興隆をはかれ」と提言し続けてきた。私は、丹羽氏の提言を5年前、国際政治学者・藤井厳喜氏の『「破綻国家」〜希望の戦略』(ビジネス社、平成17年[2005]6月刊)で知った。丹羽氏は、この時より以前に述べていた主張と以後に述べた主張が一貫している。まったくぶれがない。

 丹羽氏は「国家財政が破綻に瀕して経済政策が麻痺し、国の衰退が深刻化してやまない悩み、これを一気に解決できる方法はないのかという発想からあみ出したのが、『政府貨幣・政府紙幣』発行権の大規模発動というビジョン」だという。独創的かつ大胆な発想ゆえ、一部の人にしか理解されず、また支持されずにきた。丹羽氏は、小渕首相・小泉首相に宛てて、「救国の秘策」を提言する建白書を送った。しかし、採用されるには至っていない。

 今日、大多数の経済学者・評論家は、消費増税や国債増発をよしとする。だが、それに反対する有識者もおり、その中に丹羽氏の提言の賛同者がいる。丹羽氏が会長を務める「日本経済再生政策提言フォーラム」には、評論家・経済学者・経済人等が多く結集している。同会の理事長は、国際問題評論家として名高い加瀬英明氏である。小野盛司氏が主催する「日本経済復活の会」も、丹羽氏の理論を支持し、当会には70名以上の国会議員が参加し、経済人・経済評論家等が活動を続けている。

 平成20年(2008)9月のリーマン・ショックによって「100年に一度の大津波」といわれる世界経済危機に直撃されている今、わが国を救う経済政策として、改めて注目を集めているのが、「政府貨幣特権の発動」である。丹羽氏自身、これを「世界大恐慌の危機対処への模範回答」(『政府貨幣特権を発動せよ!』)だと自負する。また財政事情がこれ以上も増税はできず、また国債が累増しているわが国においては、「もはやこの策以外には、打つ手はない」と断言する。

 今回の世界経済危機について、私は、100年に一度ではなく、500年に一度の節目にあると考えている。500年に一度とは、西洋文明から非西洋文明、東洋・アジアを中心とした文明への転換を意味する。この転換は、単に文明の中心地域が移動するというだけでなく、文明の拠って立つ原理が変わることを意味する。

 私は、日本には、世界のこの転換を先頭に立って進める役割があると思っている。しかし、わが国は平成20年(2008)まで、アメリカの圧力に押されて、アメリカに決定的に従属し、収奪し尽くされる寸前の状態だった。ところが、ここで大きな転機が訪れた。物質中心・拝金主義のアメリカは、サブプライム・ローン、リーマン・ショックによって、自ら座礁したのである。

 ここにわが国に逆転の好機がある。わが国は世界経済危機の影響は米欧より少ない。ここで日本再興の経済政策を大胆に実行すれば、活路を開くことができる。日本の復活は、世界人類を共存共栄の社会に導く起動力となる。別項で紹介した菊池英博氏(註1)や丹羽氏らの提言は、こうした日本の再建と世界の共存共栄を切り拓く経済政策となり得ると私は注目しているのである。

 丹羽氏は多くの著書と論文を出している。著書の中では、最近刊行された小著『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年[2009]1月刊、以下『政府』)が、氏の所論の概要を知るのに最適である。

 丹羽氏は昭和5年(1930)生まれ。本年(平成22年)80歳という高齢ながら、インターネットを駆使し、自身のサイトやブログに膨大な量の論文を載せている。中心的なサイトは、「新正統派ケインズ主義宣言」である。ここには、多数の論文の中から厳選された14の論文が公開されている。読者はこれらを読むことで、丹羽氏の理論と主張のエッセンスを知ることができる。また、ブログを開設し、日本経済と世界経済について旺盛な言論活動を行っている。「日本経済再生政策提言フォーラム」のサイトにも、多くの論文や報告が掲載されている。

 経済学者に限らず、本格的な学者の中で、これほどインターネットによる活動に力を入れている人はわが国では珍しいだろう。しかも、80歳である。その精力的な活動は、驚嘆すべきものである。そして、そのエネルギーは、日本の危機を救い、人類を共存共栄の世界にいたらしめんとする情熱に発するものである。

 本稿は、こうした丹羽春喜氏の「救国の秘策」を紹介するものである。

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註1

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

  8に菊池氏の「日本復活5ヵ年計画」を掲載。

 

 

第1章 日本復活の秘策とはどういうものか

 

(1)「救国の秘策」を概説する

 

●「救国の秘策」とは

 

 丹羽氏の「救国の秘策」とは、「税金でも国債でもなく、また紙幣を刷りまくるわけでもなく、国民にはまったく負担をかけない方式で、新規の追加的な国家財政財源を確保して、わが国の財政を再建し、景気を回復させて経済を逞しい右肩上がりの成長軌道に乗せる」という政策である。

 基本的な考え方は、ケインズの理論に基づく財政出動による大規模な内需拡大政策である。丹羽氏が独創的なのは、財源の調達方法である。政策を行うための資金は、増税でも国債の増発でもなく、政府貨幣の発行によって調達する。

 政府には、貨幣を発行する権限がある。これを「政府の貨幣発行特権」という。政府貨幣の発行は、現行法のもとで可能ある。「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」(昭和62年、法律第42号)で、明白に認められている。丹羽氏は、政府がこの貨幣発行特権を発動すれば、いくらでも資金は調達できるという。政府は、無限の無形金融資産を持っている。丹羽氏は、これを「打ち出の小槌」と呼ぶ。

 「打ち出の小槌」とは、七福神の大黒様の持つ小槌で、打てば何でも自分の願うものが出るという不思議な小槌である。丹羽氏は、現在の日本は、この「打ち出の小槌」のように使うことのできる財源があるという。

 それは、巨大なデフレ・ギャップの存在による。言い換えると、生産能力の余裕である。丹羽氏の計算では、わが国では現在、毎年400兆円にも上る実質GDPがむなしく失われている。10年間では、5000兆円にも上る。これが「真の財源」であり、生産能力に余裕がある以上、これを財源にして、政府貨幣を発行することができると言う。

 この「打ち出の小槌」のような財源を使って「大規模な内需拡大型の財政政策を発動し、日本経済をめざましく興隆させていけばよい」というのが、丹羽氏の説く「救国の秘策」である。

 

●政府貨幣の発行による600兆円で日本を再興する

 

 丹羽氏の「救国の秘策」による政策案の最新版は、「600兆円計画マニフェスト」と題されている。平成18年(2006)9月、安倍内閣の経済政策担当者に宛てた提言であり、著書『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年(2009)1月刊)に修正版が掲載されている。

 600兆円とは、誰しも驚く巨額である。だが、わが国には、それだけの金額を調達し得る財源があると丹羽氏は言う。100兆円といわれる国家埋蔵金どころではない。事実上、無限の無形金融資産を、わが国の政府は持っていると言う。

 「600兆円計画マニフェスト」の政策の要点は次のとおり。

 

@ 国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保!

A 国の負債の大量償還! 国の負債を半減!

B 3〜5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年!

C 年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備!

D デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立!

 

 600兆円の新規財源は、国(政府)がきわめて巨額(事実上は無限)に所有している無形金融資産のうちの650兆円ぶんを、50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売ることによって調達する。そうすることによって、日銀の資産内容もいちじるしく改善される。わが国の金融システムや信用秩序を確固としたものとすることにも役立つ。

 600兆円のうちの250兆円程度を、3〜5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させる。

 残りの350兆円を用いて、国の長期債務残高の半分に近い350兆円を、数年のあいだに償還する。経済成長の回復にともなう税収の大幅な増加とあいまって、わが国家財政を根本的に再建するというものである。

 すなわち、

 

 650兆円=50兆円(日銀)+250兆円(公共投資)+350兆円(国債償還)

 

という内訳である。

 丹羽氏は、この「600兆円計画マニフェスト」は、ケインズの「乗数効果」が健在で、「有効需要の原理」がゆるぎなく作用しているわが国の経済では、「きわめて簡単・確実、かつ、安全・容易に達成しうる」と言う。

 「有効需要の原理」とは、社会全体の有効需要の大きさが産出量や雇用量を決定するという理論であり、経済学に「ケインズ革命」と呼ばれる改革をもたらしたものである。「有効需要」は、実際の貨幣の支出に裏付けられた需要をいう。「乗数効果」は、ケインズ理論の支柱の一つ。需要の増大は、消費を中心にした他の需要を誘発することにより、最終的に当初の需要増以上にGNPを増加させることをいう。

 丹羽氏は、ケインズ理論を発展させたケインズ主義の経済理論を駆使してわが国の経済の実態を把握し、そこから「救国の秘策」を立案・提示している。

 

●秘策の財源調達方法

 

 「お金がなかったら、刷ればいいんだよ」―――まるで小学生の言うことのようである。だが、政府貨幣の発行は、まっとうな経済学の理論に基づくものである。

 古来、政府が財政収入を得る道としては、(イ)租税徴収、(ロ)国債発行、(ハ)通貨発行の三つの手段がある。丹羽氏は、現在の日本では、この(イ)と(ロ)は「ほぼ限界にきている」。それゆえ、(ハ)の通貨発行によるべきである、と言う。

 租税徴収については、税金のほか国民健康保険料、年金等を合わせると、国民にはかなりの負担になっている。国債については、丹羽氏は、すでに発行残高は膨大な額に達しており、国債のさらなる発行を財源とすると、「姑息かつ規模過小」に陥ると見る。(註 ただし、政府の粗債務から金融資産を引いた純債務で見ると、2007年末で日本の純債務は289兆円。粗債務のおよそ3分の1) そこで、丹羽氏が提唱するのが、政府貨幣の発行である。

 そもそも政府貨幣とは何か。お金には、2種類ある。紙幣と硬貨である。お札には「日本銀行券」と書いてある。政府が発行しているお金ではない。日本銀行が出している。硬貨は、政府が発行している。政府は、記念貨幣や政府紙幣を出すことができる。これらをまとめて、「政府貨幣」という。

 「日銀券」と「政府貨幣」には、大きな違いがある。丹羽氏は、この点について、次のように説明する。日銀券は銀行券であるから、日銀という銀行が振り出した手形や小切手と同じ「借金の証文」である。それゆえ、日銀券が発行されると、日銀の会計では、その額だけ日銀の借金(負債)が増えたという勘定になる。ところが「政府貨幣」の発行額は、政府の負債にはならない。硬貨や政府紙幣の発行益(「造幣益」)は、国家財政の正真正銘の収入となる。利子の支払いや担保は不要であり、元本を返済する必要もない。将来世代の負担にも、ならない。だから、「政府貨幣」を発行すれば、政府の負担にならず、国民にも負担をかけずに、巨額の財政財源が得られる。「政府貨幣」の発行は無制限に認められていて、数百兆円、数千兆円の発行も可能である。つまり、政府は、埋蔵金とは規模の違う「無限大の無形金融資産の『打ち出の小槌』」を持っている、と丹羽氏は言う。

 政府貨幣の発行は、奇策、禁じ手のように思われよう。ところが実は、ケインズ経済学の理論に基づくまっとうな政策なのである。ノーベル経済学賞受賞者のポール・サミュエルソンは、小泉首相にこのアイデアを提唱した。同じくジョセフ・スティグリッツも、平成15年(2003)年4月、わが国の財務省に招かれた際の講演で政府発行通貨の有効性を述べている。

 また、わが国には、政府貨幣発行の大成功例がある。明治維新の開始期に発行された太政官札(だじょうかんさつ)である。坂本竜馬と由利公正が、新政府の財源として、太政官札の発行を決めた。太政官札という政府貨幣の発行なくして、資金難の明治政府が立ち行くことはできなかった。文明開化、富国強兵、殖産興業へと進む明治維新の成功は、政府貨幣の発行によるものだった。

 こうしたノーベル賞級の経済学者の主張や歴史的事例を見れば、政府貨幣の発行は、奇策でも禁じ手でもないことがわかるだろう。

 ただし、政府貨幣の大規模な発行をできるには、必要な条件がある。その点を次項に書く。

 

●「救国の秘策」が可能な条件

 

 前項に丹羽氏の「救国の秘策」の財源調達方法である政府貨幣の発行について書いた。ただし、政府貨幣の大規模な発行は、いつでも可能なことではない。それが可能となるには、条件があると丹羽氏は言う。巨大なデフレ・ギャップが存在し、生産能力に余裕があって、インフレになるおそれがない場合である。それが「救国の秘策」を可能にする条件である。

 わが国の経済では現在、きわめて巨大な規模でデフレ・ギャップが発生して、居座っている。このことを丹羽氏は、明らかにした、

 「デフレ・ギャップ」とは、「需要不足に起因する生産能力の余裕」のことである。「潜在実質GDPと実質GDPの差」、GDPギャップである。需要と供給の差としての「需給ギャップ」とは、違う。需給ギャップであれば、需要に合わせて極力在庫を持たないように生産すれば、小さく抑えられる。わが国の現状は、各企業の努力によって、需給ギャップは非常に小さくなっている。これに対し、GDPギャップは、需要不足によって生じるから、総需要が増えない限り、埋まらない。

 丹羽氏の計測によると、現在の日本経済においては、デフレ・ギャップが、GDPベースで30〜40パーセントに達している。すなわち、総需要の不足によって、年間400兆円もの潜在実質GDPが、実現されずに、空しく失われてしまっている。しかも、このデフレ・ギャップという形で失われる潜在GDPは、年々、増大していく傾向にあり、もし現在のような日本経済の低成長状態が続くとすれば、今後の10年間だけでも、失われる潜在GDPの合計額は、5000兆円という天文学的な巨額に達する。

 ところが、内閣府(旧経済企画庁)が発表するデータには、こういう意味でのデフレ・ギャップ(GDPギャップ)は、まったく現れない。丹羽氏は精密な計算によって、データの欺瞞を見破った。そして、旧経済庁・現内閣府は、正しいコンセプトでのデフレ・ギャップの計測を怠り、実情を隠してきた。まったく違うデータを作って、国民を欺いている、と丹羽氏は告発する。別稿に書いた山家悠紀夫氏菊池英博氏が告発したように、財務省は粗債務で財政危機を強調することでわが国の経済を危機に陥れたが、その一方で、旧経済庁・現内閣府は丹羽氏が暴露したこのような欺瞞を行ってきたのである。

 丹羽氏は、1970年代からわが国には巨大なデフレ・ギャップが存在しており、それゆえにケインズ理論に基づく政府貨幣の発行が可能であることを明らかにした。

 丹羽氏は言う。「巨大なデフレ・ギャップが存在しているということは、厖大な生産能力の余裕が有るということを意味している」「このデフレ・ギャップという膨大な生産能力の余裕は、わが国の社会にとっての『真の財源』である」と。

 巨大なデフレ・ギャップが存在し、生産能力に余裕があって、インフレになる恐れがない時は、財源調達は政府貨幣の発行によるのがよいーーノーベル賞級の経済学者が幾人もそう唱えてきた。ただし、現代においてそれを実行した国はない。条件が整わなかったからである。ところが、今日の日本では、その条件がそろっている。そのことを丹羽氏は明らかにしたと主張する。

 丹羽氏は、独自の計測によって、デフレ・ギャップの存在を、グラフに表現している。

 

説明: 説明: 説明: デフレ・ギャップ推移、1970〜2008年(1985年価格評価実質値)

 

上に掲載したグラフは、1970年を「完全雇用・完全操業」の状態とし、その状態を継続していた場合のGDPを、線で表す。これが潜在GDPであり、低め、中くらい、高めの三本の線で表す。グラフの一番下の線は、実際のGDPの推移を表す。つまり実質GDPである。右端の2008年の場合、1990年価格評価で見ると、「中」のケースだと、潜在GDPは979兆円であるのに対し、実質GDPは537兆円。つまり差し引き、442兆円もの富が実現されずに失われているわけである。これは、実現可能なGDPの約45%にもなる。それだけ、日本の生産能力は遊んでいるのである。原因は、需要不足に他ならないと丹羽氏は言うのである。

 

●政府紙幣は刷らずに行うスマートで容易な方式

 

 政府貨幣の発行として、紙幣を大量に印刷すると、トラブルが起こるだろう。まず、現在流通している日銀券と混在すると、お金のやりとりがややこしくなる。銀行のATMは政府紙幣を使えるようにしなければならないだろうし、自動販売機も全部入れ替えになるだろう。費用も手間もかかる。

 丹羽氏は、政府紙幣を印刷することなく、トラブルも起こさずに政府貨幣を発行する「スマートで容易な方式」があると言う。そして、「それを採用・実施することこそが『救国の秘策』のための秘策である」と自説を開陳する。

 その方式とは、「政府貨幣の発行特権」のうち、必要額ぶんの権利を、政府が日銀に売るという方式である。その代金は、日銀券の札束ではなく、日銀が電子信号で政府の口座に振り込んだことにするだけでよい。紙幣を刷りまくる必要はない。「このやり方で、政府は、容易に巨額の財政資金を得ることができる」と言う。こうすれば、政府紙幣を大量に流通させることによる社会的な混乱を避けられる。

 こうして巨額の財政資金を得た政府は、次に何をすればよいのか。丹羽氏は次のように言う。「わが国の社会資本や環境財などはまだまだ不備・劣悪であり、社会保障や防衛力も不十分かつ脆弱であるから、それらを整備・充実するための支出を通じて総需要を拡大し、それによってわが国の経済を不況・停滞から脱却させて興隆に向かわせるというやり方が、本来的には、最も合理的である」。しかし、「残念ながら、現状は、各省庁や地方自治体において、そのための企画・設計などの準備が、あまりにもできていない」。

 そこでどうするか。丹羽氏は、次のアイデアを出す。

 

●まず全国民に臨時ボーナスを支給する

 

 わが国の現状で最善の政策は、政府が、「老人から乳児にまでいたるすべてのわが国民に一律、一人当たり40万円程度の『臨時ボーナス』」を支給することである」と丹羽氏は提案する。

 丹羽氏は、平成6年(1994)から、この臨時ボーナスの支給を提案し続けている。この方法は、「減税よりもはるかに大規模に行なうことができ、ずっと公平である」と丹羽氏は言う。

 国民に臨時ボーナスを支給するといっても、紙幣は印刷しない。日銀から市中銀行における国民一人一人の預金口座に電子的に振込む。丹羽氏は、銀行業界に依頼すれば、きわめて容易に実施できるとする。支給の作業のために公務員を増員するなどして、政府機構が肥大化するようなおそれはない。だから、政府機構をスリム化する努力とは矛盾しない。

 臨時ボーナスの支給という政策は、麻生内閣が行った「定額給付金」を思わせる。確かにそれと似たアイデアである。麻生内閣が丹羽氏の提案を参考にしたかどうかは不明である。だが、定額給付金は、金額は一人1万2000円、65歳以上及び18歳以下は2万円に過ぎず、しかも1回限りの給付だった。そして最大の違いは、税金ないし国債が財源だった。だから、結局は、国民ないし政府の負担となる。

 丹羽氏の政策は、金額が一人40万円と額が大きい。1回限りの線香花火のような発想ではない。2〜3年ないし数年間、政府が、老人から赤ん坊まで、全国民に一人当たり一律数十万円のボーナスを支給する。大盤振る舞いだが、財源は、政府の貨幣発行特権である。だから、国民にも政府にも負担にならない。

 私見によれば、丹羽氏の政策は、まず国民に臨時ボーナスを支給して、個人消費を拡大する。それによって、景気を力強く振興する。これを数年続ける間に、総合的な成長政策を策定し、大規模な公共投資を実行に移すという意味だろう。臨時ボーナスは、初動としてはよい。しかし、あくまでなすべきことは、政府の主導による積極的な日本の再建と経済成長である。超大型バラマキ政策に終わってはならない。実行する政策体系の企画がなければならない。

 

(2)秘策を打てば、日本はよみがえ得る

 

●財源を得れば何が出来るか

 

 丹羽氏は、政府貨幣の発行によって、わが国は高度経済成長と財政再建が同時にできる。日本経済は行き詰まりを脱し、緊急を要する重要国策を実現できる、という。

 具体的には、次のようなことが実施可能である、と丹羽氏は説く。

 

@ 高度経済成長ができる

 打ち出の小槌」による政府貨幣の発行を行い、国民に一律、一人当たり40万円程度の「臨時ボーナス」を支給する。その措置によって、わが国民には、「総額55兆円前後の追加所得」が政策的に与えられる。その「波及効果」によって、1年半から2年くらいの間に、100兆円以上の国民所得(ないしGNP、GDP)の増加がもたらされる。これを1回限りではなく、継続的に行う。それによって、わが国は、不況・停滞を完全に脱却して「高度成長経済」を再現しうる。

 

A 政府財政は黒字化する

 高度成長が再現されれば、「政府歳入の所得弾性値」が1.0を大幅に上回るようになる。そのため、政府貨幣の発行による造幣益の収入を勘定に入れなくとも、政府の財政は、「ゆうゆうと黒字化する」ことになる。

 財政の破綻といった問題も、「たちどころに、そして、容易に」解決することができる。

 

B 既発国債の償還ができる

 「打ち出の小槌」財源をフルに活用して、これまでの政府の債務を削減することが可能である。

 丹羽氏は、国の長期債務残高を748兆円とする。これは、財務省推計による平成21年3月末の国家長期債務残高見込み額615兆円に、財政融資資金特別会計に計上見込みの国債残高133兆円を加算した数字である。丹羽氏は、これほどの巨額に達していると憂慮されている既発国債を償還することも、「容易になしうるようになるに違いない」と言う。

 既発国債の回収は、巨額の財源を利用して、政府あるいは日銀が、「円高」の防止もかねて米国等の公債・社債を大量に購入する。次に、その債券との等価交換で、国内の投資家から日本政府発行の既発国債を回収する。その代償として投資家には米国等の公債・社債を渡す。このようにすれば、わが国内の資金市場で過剰なカネのだぶつき(過剰流動性)を生じさせないで、大量の既発国債の回収を進めることができる。丹羽氏は、これを「非常に巧妙で効果的な方策」であると言う。

 「600兆円計画マニフェスト」では、政府の債務を350兆円削減し、約半分に減らすという計画が出されている。

 

C 重要国策を実行できる

 デフレ・ギャップという膨大な生産能力の余裕という「真の財源」を活用すれば、緊急を要する重要国策を実行できる。

 

ア)完全雇用・完全操業の状態への接近を通じて、全国民の生活水準を大幅に引き上げる。

イ)ハブ空港や森林資源再生のための林道網といった社会資本を整備する。

ウ)代替エネルギー源開発など自然環境の改善のための公共投資を行う。

エ)東アジア情勢を踏まえて、防衛力を拡充する。

オ)国民年金の基礎年金を2倍にする。

カ)国民健康保険の負担料を半額に引き下げる。

キ)所得格差を解消する。

ク)学術・芸術を振興する。

ケ)対外援助を拡大する。

 

等の政策が実行可能である、と丹羽氏は主張する。

 上記の@高度経済成長、A財政の黒字化、B既発国債の償還、C重要国策の実行ができれば、国民は将来の心配をしなくてもよくなる。丹羽氏は、「当然、わが国の人口は増加傾向を回復しうるであろう」と予測する。

 「打ち出の小槌」財源を活用すれば、こういった良いことずくめの政策を「きわめて容易かつ安全確実に実施できる」と丹羽氏は断言する。

 

●政策実施の10の効果

 

 丹羽氏は、「救国の秘策」を実施すれば、さまざまな効果があると主張する。私なりに整理すると、10の効果が挙げられる。

 

@ 効果は決定的かつ即効的

 全国民に一律、40万円の臨時ボーナス支給という施策の効果は、「決定的かつ即効的」である。1年半ないし2年のうちに、経済全体への波及効果(乗数効果)をも含めて、100兆円を超える実質GDPの増加が生じる。実質経済成長率が年率10パーセントを超える高度経済成長ができる。

 

A インフレの心配はない

 わが国は現在、巨大なデフレ・ギャップ(GDPギャップ)があり、生産能力が有り余っている。それゆえ、政府が大規模なケインズ的有効需要拡大政策を実施しても、何の問題もなく、物財やサービスの生産・供給量が増える。

 デフレ・ギャップは生産能力の遊休、総需要の不足の状態、インフレ・ギャップは生産能力の不足、総需要の超過の状態である。デフレ・ギャップとインフレ・ギャップが同時に発生することは、理論上ありえない。それゆえ、現在のわが国では、「インフレ・ギャップの発生によるディマンド・プル型(需要が引っ張る型)の物価上昇が生じるおそれは絶無」である。

 しかも、現行のフロート制(変動為替相場制度)の特性により、貿易収支や国際収支の均衡といった対外均衡も、自動的に保たれる傾向があるから、「ますます安心」できる。

 

B 物価安定のまま高度経済成長ができる

 生産能力の余裕が十二分にあるから、「政府の貨幣発行特権」の発動で財源を調達するケインズ的財政政策で、どんなに大規模な有効需要拡大政策が実施されたとしても、「物価が安定したままの高度経済成長」という、「いわば理想的な経済状況」が実現されうる。

 

C 不自然な歪みを生じない

 わが国の経済システムは、「消費者主権の原理」が貫徹している市場経済体制である。それゆえ、「臨時ボーナス」を与えることによる消費者支出からの景気刺激政策の場合には、構造改革政策など実施しなくとも、消費者支出と商品供給との間に重大なミス・マッチが生じたり、経済構造・産業構造に「不自然・不合理な歪み」が現れる心配はない。

 

D 不良資産・不良債権が優良に

 いま不良資産・不良債権などと言われているものも、その大部分が、「たちどころに優良資産・優良債権に一変」してしまう。金融機関破綻問題もたちどころに解消し、中小企業の苦境も救われる。

 

E 格差の是正

 GDPおよび国内総需要の伸び率が年率1%内外といった状況は、事実上、ゼロ・サム・ゲームの経済である。それが慢性化した経済では、勝ち組、負け組が生まれ、弱肉強食の状況となる。この状況を脱し、「右肩上がりのポジティブ・サム・ゲーム」に転じ、所得格差、地域格差の問題も解決される。

 

F 円安になり産業は対外競争力を回復、空洞化危機を脱却

 大規模な内需拡大政策が実施されれば、過剰流動性の発生を避けながら既発国債償還をするときに必要な政府・日銀による米国等の公債・社債の大量購入の影響とあいまって、円の対ドル交換レート(為替レート)は相当に円安になる。それによって、わが国の産業は自ずと対外競争力を回復することができるから、産業の「空洞化」の危機から容易に脱却しうる。

 

G モラールモラルの向上

 「豊饒の中の貧困」の矛盾を無為・無策に放置して「人心を倦ましてきた」ような政治のモラル・ハザード的状況から脱却すると、国民の「モラール(士気、意気)」が高まり、わが国は、まさしく、明治維新の大憲章「五箇の御誓文」にかかげられた「上下心を一にして盛んに経綸を行なう」ような国になる。そうなれば、当然、わが国民の「モラル(道徳、倫理)」も向上し、わが国は全世界の模範となり得る。

 

H アジアや世界にも有益

 わが国が大規模に内需を拡大した場合、わが国は諸外国の産物を今よりずっと大量に輸入するようになる。そのことは、アジア諸国をはじめ全世界の国々の経済にきわめて有益な効果をもたらす。国際経済は共存共栄の「右肩上り」の経済世界となる。

 

I 日本経済の再興が世界に共存共栄を実現する

 「フロート制」の下で形成される為替レートには、「ハンディキャップ供与機能」がある。それによって、絶対的に生産性の高い先進工業国と絶対的に生産性の低い後進発展途上国の間でも、貿易が活発に行なわれ、国際分業が成立しうる。わが国が本格的なケインズ的政策の実行によって、完全雇用・完全操業の状態に近づき、「経済と国威の力強い飛躍的興隆」を実現し、主要国もこれにならえば、フロート制のシステムの本来的な機能が働きはじめる。その時こそ、世界の国々は、本当の意味で、国際分業の利益を享受しうるようになる。また、わが国経済の膨大な「生産能力」が、全人類のために真に貢献しうるようになる。それは、まさに「人類文明の黄金時代」の到来となる。

 

●政策実施で懸念される点は回避できる

 

 丹羽氏によれば「救国の秘策」を実施すれば多くの効果がある。だが、本当にそんなにうまくいくのかと、懸念が浮かぶだろう。主な懸念として5点について、丹羽氏の主張をまとめてみよう。

 

@ クラウディング・アウト現象は生じず、マンデル=フレミング効果も生じない。

 財政政策の財源調達のために国債の市中消化が行なわれた場合、それによって民間資金が国庫に吸い上げられて金融市場が資金不足状況になり、国内金利の高騰や民間投資の減少が生じる。これをフリードマンは「クラウディング・アウト現象」という。銀行による貸ししぶり、貸しはがしが激化し、かえって景気を悪化させてしまうおそれがある。しかし、「政府の貨幣発行特権」の発動であれば、この現象は生じない。

 クラウディング・アウト現象が生じると、国内金利の高騰が円高を生じさせ、それが輸出の減少と景気回復の挫折をもたらす。これを「マンデル=フレミング効果」と呼ぶ。クラウディング・アウト現象が発生しなければ、マンデル=フレミング効果も発現しない。

 

A 現金はそれほど増えない

 高度経済成長政策が実施されると、大量の紙幣が刷りまくられるのではないかという心配は、「無用」である。GDPの増加額に「マーシャルのk」(マクロ・ベースでの現金通貨流通速度の逆数)と呼ばれる係数を乗じた額として、現金通貨量の増加額は決まる。「マーシャルのk」の値は、だいたい0.08 〜 0.16である。仮にGDPの水準が100兆円上昇しても、それに伴う現金通貨量の増加額は8〜16兆円程度ですむ。心配するほど過大な量にはならない。

 また、現代では、あらゆる取り引きの大部分が電子決済される。それゆえ、「政府の貨幣発行特権」を発動し、政府支出がきわめて巨額に行なわれても、実際に紙幣が増刷されるのは比較的わずかの額ですむ。あとは「電子的な相殺勘定の記帳処理」ですまされる。

 

B 過剰流動性は国債償還で防止できる

 政府の累積債務を削減するために国債の大量償還をすると、「過剰流動性」現象を引き起こすおそれがある。過剰流動性とは、運用対象を見つけられない余裕資金が、だぶつく現象である。それを防止するために、政府ないし日銀が、円高防止をかねて米国等の公債・社債を大量に買い、それとの等価交換で、日本政府発行の既発国債を政府ないし日銀の手元に回収すればよい。国内の投資家たちには代償として米国等の公債・社債を渡す。このようなやり方を適宜に併用すれば、「過剰流動性」問題を発生させずに巨額の既発国債を回収・償還できる。

 

C 円高に打ち勝って円安にできる

 わが国の経済が、政府貨幣発行を財源とするケインズ的政策の断行によって急速に回復し、高度成長軌道に乗りはじめれば、外国の投資家が競ってわが国に投資しようとし、海外から、きわめて大量の資金がわが国に流入し、そのことが非常に大きな円高要因になる懸念がある。しかし、わが政府がBの国債償還方式を実施すれば、外国資金の大量流入による円高圧力に打ち勝って、むしろ、かなりの円安をもたらすことが可能となり、そのことによって、わが国は産業の「空洞化」の悪夢から解放されうる。

 

D 歯止めもかけられる

 総需要政策を行なう場合、政策の不十分や、上方あるいは下方への暴走を防止するための「歯止め」が要る。この「歯止め」は、「国民経済予算」の制度を確立することによって行なわれるべきである。「国民経済予算」の制度とは、デフレ・ギャップやインフレ・ギャップを常にモニターしつつ、それに立脚して年々の総需要政策を合理的に国会で審議・決定するという制度である。この制度を確立すれば、歯止めをかけられる。市場経済に「国民経済予算」の方式を結び合わせた制度こそが、「人智のおよぶかぎり、最善の経済システム」である、と丹羽氏は説く。

 

 以上が、丹羽春喜氏が提唱する「救国の秘策」の概要である。

 

●実行には、日本人の精神的な団結が必要

 

 デフレ下における積極財政を説くエコノミストは、丹羽氏以外にもいる。私が別稿で紹介した宍戸駿太郎氏、菊池英博氏、三橋貴明氏らがそうである。デフレ下における積極財政を説く点で、丹羽氏と彼らは共通する。最も大きな違いは、財源の調達方法である。宍戸氏、菊池氏、三橋氏らは、主たる財源を国債の発行に求める。丹羽氏は、国債の発行はほぼ限界に来ているとして、財源の調達は政府貨幣の発行によるべしと説く。国債発行と政府貨幣のどちらがよいかという違いである。

 私は、別稿に掲げた菊池英博氏の「日本復活5ヵ年計画」を注目すべき提案と評価している。しかし、国債の発行を続ける限り、いかに経済成長をし、国民負担率は下がったとしても、利払いはつきまとう。いつかは償還・回収しなければならない。永久債という手もあるが、これも利払いは続く。また永久債の所有者と非所有者の格差が固定される。それゆえ、丹羽氏が提唱する政府が貨幣発行特権を発動して日本経済を再興するという政策は、国債発行にまさる上策だと思う。ただし、この政策は巨大なデフレ・ギャップが存在し、生産能力に余裕のあるうちに実行しないと、実行可能な条件を失う。政府が愚かな政策を続けていると、またとない条件を自ら潰してしまう。

 日本は財政悪化、少子高齢化、人口減少の中で復活をかけた経済政策を行なわなければならない。策を得ず、時を失えば、日本は確実に衰退する。

 起死回生の政策は、既に提案されている。国債の大量発行による積極財政を行うには、国民の精神的な団結を必要とする。政府貨幣の発行は、国債発行の場合以上に、強い団結を要する。日本人が日本精神を取り戻し、国民一丸となって取り組まなければ、世界のどこの国もやったことのない大規模な復興政策は、成功できない。また、国家指導者には、政策への国民の理解を得る努力をし、不退転の決意で政策を断行する強いリーダーシップが求められる。日本人の覚醒と覚悟が、日本の将来を決める。

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第2章 独創的な理論と情熱的な活動

 

(1)ソ連経済の分析から日本経済の分析へ

 

●ソ連研究のエキスパート

 

 丹羽氏は、もともとソ連経済、特に軍事支出の分析の専門家だった。ハーバード大学ロシア研究センターの所員として、冷戦期の資本主義対共産主義、自由主義対統制主義の対立の緊張の中で、ソ連経済の実態を暴く研究に専念した。丹羽氏のソ連経済分析については、氏らの共著『ソ連崩壊論』(講談社、平成2年(1990)9月刊)にて概要を知ることができる。

 丹羽氏は「マルクス主義の本質は、憎悪と怨恨と復讐心の世界観」であるとする。そのことから、マルクス主義には「きわめて根本的な問題点」が内含されている。マルクス主義は、「科学としての社会主義」「科学的社会主義」と自称しても、「正統的な近代科学とは無縁なもの」にならざるをえない。

 丹羽氏によると、「ケインズの理論体系の登場以降、近代経済学は、資本主義型自由経済システムによる諸国の金融政策や財政政策を導き、景気変動の緩和と高い雇用水準の維持に顕著な功績を」あげてきた。1960年代以降、近代経済学は「コンピューターを駆使した計量経済学的な諸種の分析・予測技法と密接に結合され、その進歩・発達は、真に瞠目すべきもの」となった。それによって、「景気の激変や失業の問題がほぼ満足しうる程度に緩和され、克服・解決されてしまうような状況」が生まれ、マルクスのいう「生産力と生産関係の矛盾」が解決・調整されるようになってきた。こうした状況下では、「資本主義体制の崩壊と資本主義から社会主義への移行」は、「なんら必然性を持たないことになって」きている。

 「マルクス主義を没落に導く大きな衝撃」は、1960年代から70年代の初めごろに表面化した。そのころになると、「正統的な近代科学の方法論」に基づいた近代経済学が長足の進歩を遂げる一方、「マルクス経済学の立ち遅れ」が、誰の目にも明らかになった。

 1970年代から80年代にかけて、丹羽氏はソ連経済の分析を行った。60年代以降、「ソ連型の社会主義『命令経済体制』」に内包されている効率の悪さが、もろに表面化した。当時ソ連は軍事支出の実態を「秘密にしていた」。その「軍事支出額の本当の大きさ」を「パズルを解くように」、丹羽氏は「推計」によって割り出して、大きな学問的業績を上げた。(『ソ連軍事支出の推計』原書房、平成元年(1989)5月刊)

 ソ連は1974年から思い切った軍拡を始めた。消費財を犠牲にするだけではなく、投資をさえ犠牲にして資源や資材を浮かし、それを軍備拡張のために投入するという「非常手段的な経済運営」を強行した。「その効果による急ピッチの軍拡は、西側自由主義体制陣営に対しては深刻な脅威を与えるほどのもの」になった。しかし、80年代になると、投資効率の低下、石油生産の頭打ちないし低下と世界市場における石油価格の暴落、農業の体質の悪化、情報化社会型ハイテク部門でのはなはだしい立ち遅れ、ヤミ取引を中心とする地下経済の猖獗、といった「悪条件が山積するような状況」となった。ゴルバチョフ政権登場後も、ソ連の経済システムに、効率の改善はなんら見られなかった。

 丹羽氏は言う。「かくて、1989年には、ソ連・東欧ブロックにおいて、経済状態の極度の悪化と、その政治・経済体制の地すべり的な崩壊現象が、ドミノ・ゲーム的に発生するにいたったわけです」「1990年現在、すでにソ連の政府は、賃金水準や財政状況をコントロールする能力を失ってしまっていますし、また基本的な経済政策においてさえ加盟国を従わせることができなくなってしまっています。すなわち、大混乱の結果、ソビエト連邦が分裂・解体し、それを契機に、その多くの地域が資本主義型の経済体制に移行してしまうというシナリオも、あながち非現実的だとは言えないような情勢になってきているわけです」と。丹羽氏がこのように書いたのは、平成2年(1990)半ばである。その1年数ヵ月後、平成3年(1991)12月にソ連は崩壊した。

 私は、丹羽氏は、ソ連の経済分析、特に秘密にされた軍事支出の実態解明で鍛えた分析力を、日本経済の分析に発揮したものと思う。丹羽氏は、日本経済は昭和49年(1974)から巨大なデフレ・ギャップを生じており、政府の発表するデータはそれを隠蔽していることを解明した。

 

●CIA報告書のトリックを看破

 

 ソ連経済分析に専心していたころ、丹羽氏はある重大な発見をした。論文「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」にそのことが書かれている。

 「1970年代の半ばから80年代末ごろまで、私は、ソ連の真の軍事支出(秘密にされていました)の推定と、それがソ連経済に与える影響を割り出すための計量経済学的シミュレーション分析に、寧日ないような状況でした。そして、当時のソ連の軍備拡張努力が真にすさまじいものであり、そのために、まさに、極度に非常手段的な経済運営がソ連で強行されつつあることを知って、そのことを論文や著書で明らかにすることで、多忙をきわめていました。

 ところが、はなはだ奇妙かつ困惑せざるをえなかったことに、当時の米国CIAは、『ソ連の軍事支出は、対GNP比率などで見ても、それほど大きくはないし、伸びてもいない』とする一連の推計・分析結果を公表しはじめたのです」

 「しかし、私は、CIAのそのようなソ連軍事支出についての推計・分析報告書を詳細に吟味してみて、愕然とせざるをえないような重大事に気がつきました。つまり、そのようなCIAの推計・分析作業では、目立たない形ではありましたが、幾つかの、通常の経済分析では使われないような不適切かつ経済学的には誤った分析手法や計算方法が、わざと用いられていたのです。そうであったからこそ、CIAの報告書では、当時のソ連の軍事支出が、対GNP比率でも、その伸び率でも、意想外に低く算出されて示されることになったというミス・リーディングな結果が、導き出されていたのです。

 はっきり言えば、それは、きわめて巧妙で悪質な『知的トリック』にほかなりませんでした。それを仕組んだ者たちは、当時のソ連の経済や財政に通暁しているとともに、最新の数理経済学やエコノメトリックス、投入産出分析といった精緻な計測・分析手法をも、知り尽くしていたに違いありませんでした。それは、まさに、そういった高度の専門家であってこそはじめて考え出すことができ、仕掛けることができるような、きわめて特殊にテクニカルで綿密に工夫の凝らされた方法論的『知的トリック』そのものでした。それは、断じて『うっかりミス』などではありませんでした。すなわち、当時の米国CIAには、ソ連の経済や軍事支出を分析する重要なセクションのなかに、きわめて有能で頭脳明晰な『ソ連の手先』たちが潜んでいて、レーガン大統領が推進しようとしていた対ソ軍備の拡充を困難にするようなディス・インフォーメーション(欺瞞情報)の捏造・流布という謀略活動を行なっていたと、考えねばならないのです」

 このように丹羽氏は書いている。ここに記されている「うっかりミス」ではない「きわめて巧妙で悪質な知的トリック」を、後年、丹羽氏は新自由主義・新古典派のフリードマンやルーカスの理論や、わが国の旧経済企画庁・現内閣府のデータの中にも、見つけ出す。そうした丹羽氏の強力な分析力が最初に発揮されたのが、CIA報告書の欺瞞暴露だったと言えるだろう。

 

(2)ケインズ主義による積極財政

 

●「正統派ケインズ主義」を自称

 

 ジョン・メイナード・ケインズは、世界大戦による文明の崩壊、ロシア革命による共産主義の脅威、世界恐慌による自由主義の危機に直面した世界で画期的な功績を残したエコノミストである。『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)によって、ケインズは「有効需要の原理」を樹立し、経済学史上、「ケインズ革命」と呼ばれるほどの変革を成し遂げた。「有効需要」とは、実際の貨幣の支出に裏付けられた需要のことであり、「有効需要の原理」は、社会全体の有効需要の大きさが産出量や雇用量を決定するという理論である。ケインズは、この有効需要の原理に基づいて、政府による総需要管理政策を打ち出し、資本主義のあり方を変え、人類文明を秩序と繁栄の道へと進めた。ケインズの理論を継承・発展させたエコノミストたちの立場を、ケインズ主義と言う。

 ソ連経済分析について書いた箇所で、丹羽氏がケインズ及び近代経済学について述べた言葉を引用したが、丹羽氏は「冷戦時代に、自由世界の基礎である私有制に基づく市場経済体制を守りぬくうえでの最強の戦力は、ケインズ主義のパラダイムであった。冷戦とは、経済思想の闘いの局面では、マルクス対ケインズの対決であったのである」と語っている(論文「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)

 丹羽氏は1970年代から一貫してケインズ理論に基づいて、マルクス主義と対決し、また新自由主義・新古典派と論戦を張ってきた。氏が提唱する日本を救う経済政策の秘策も、ケインズの経済理論に基づいている。

 こうした丹羽氏の経済思想は、昭和58年(1983)の『不況克服の新経済学〜ケインズ主義の復権』(日本工業新聞社)にて打ち出されている。丹羽氏は、昭和62年(1987)に本書の増補改訂版を『ケインズ主義の復権〜レーガノミックスの崩壊と日本経済』(ビジネス社)として出し、さらに平成5年(1993)に『ケインズは生きている〜「長期不況」脱出の活路』(ビジネス社)と改題した増補改訂新版を出している。平成6年(1994)から丹羽氏は、日本経済を再興する「救国の秘策」を発表するのだが、その経済政策の理論的基盤は、これらの著書で明確に示されている。

 丹羽氏は、平成11年(1999)から「正統派ケインズ主義」を自称する。一般にケインズ学派は、ポスト・ケインジアン、オールド・ケインジアン、ニュー・ケインジアンに分けられる。ポスト・ケインジアンとは、ケインズの弟子・同僚とその系統である。リチャード・カーン、ジョーン・ロビンソン、ロイ・ハロッドらがいる。これに対し、ケインズ理論と新古典派経済学の総合を行い「新古典派総合」を自称したポール・サミュエルソンの系統はオールド・ケインジアン、新自由主義・新古典派経済学のミクロ的手法を取り入れたグレゴリー・マンキューらがニュー・ケインジアンと呼ばれる。

 丹羽氏はその中で自らが「正統派」だと宣言する。私の見るところ、丹羽氏はオールド・ケインジアンだが、単なる亜流ではなく、ケインズ理論を独自に深化・発展させている。もっともケインズの理論には、ケインズの真意について様々な解釈がある。ケインズの著書『一般理論』は難解で知られ、ジョン・ヒックスのIS−LM分析がケインズ理解の導きとなった。ところが、ケインズは本心ではヒックスの解釈を認めておらず、IS−LM分析を一般理論の定式化と認めるかどうかについて、学者の間に論争がある。丹羽氏はIS−LM分析を採用して独創的に活用している。その他の理論的な見解でも、ポスト・ケインジアンや最近のケインズ研究者とは、違う点がある。それゆえ、丹羽氏がケインズ主義の「正統派」と言い得るかどうかは、議論があるだろう。私は、なに主義であろうがなかろうが、正統であろうがなかろうが、日本経済の復活に有効かどうかという点から見ることが大切だと思っている。

 

●ケインズ主義の復権を訴える

 

 ケインズ主義者としての丹羽氏の基本的な思想は、早くから変わっていない。その点を理解しないと、「救国の秘策」は異端・奇抜の説と映るだけだろう。そこで、1980年代から90年代前半の著書に拠って、丹羽氏の思想を概述しておこう。

 丹羽氏は、昭和62年(1987)刊行の『ケインズ主義の復権』(以下、『復権』)の冒頭に次のように書く。「わが国をはじめ西側自由経済陣営は、いまや一日もはやく『反ケインズ主義』を清算しなければならない」。丹羽氏によると、「現在の全世界の自由経済陣営全体に及んでいる深刻な経済不況」は、「反ケインズ主義の跳梁」によってもたらされているものである。そして、丹羽氏はケインズ主義の復権を訴える。

 私見によると、ケインズ主義は、資本主義の欠陥を正し、政府が一定の管理を行うことによって自由主義経済を維持・発展させようとする思想である。修正資本主義であり、福祉国家建設の理論でもある。反ケインズ主義とは、こうした経済思想に対抗し、ケインズ的な経済政策に反対する思想である。マルクス主義は当然、反ケインズ主義である。資本主義の改良ではなく、革命による世界の共産化を図る。冷戦下の米ソの対立、資本主義対共産主義、自由主義対統制主義の対立は、ケインズ主義とマルクス主義の戦いでもあった。ところが、ここに新たな反ケインズ主義の潮流が現れた。1970年代にアメリカで台頭した新自由主義・新古典派経済学がそれである。これは、資本主義を、ケインズ以前の古典的な自由主義に戻そうとする動きと言える。

 丹羽氏は、ケインズ主義の立場から、これら左右の反ケインズ主義と論戦を行う。

 ここで丹羽氏によるケインズの理論とはどういうものか、を示す。

 「ケインズ的な政策の中心部分はマクロ的に見て、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生しないような最適な水準に総需要を維持し、それによって最適な雇用水準や操業度がもたらされるような生産活動の水準を、マクロ的に保っていくということである。このような狙いで、いわゆる機能的財政主義によって、フィスカル・ポリシー(註 財政政策)を運営し、総需要を調整していこうというわけである」

 「機能的財政が有効に総需要管理をなしうるためには、国家財政収支の帳じりは、総需要抑制のためには黒字、総需要拡大のためには赤字であるべきであり、均衡財政に固執するような政策をとってはならないというのが、近代的財政政策の最も重要な基本原理である」

 「生産・供給能力を十分に発揮した時に達成されるべき国民総生産、つまり、完全雇用・完全操業水準に対応する国民総生産の額に比べて、実現すると予測される総需要の額がそれを下回り、いわゆるデフレ・ギャップが生じる恐れの濃い年度においては、このギャップを埋めて経済活動を完全雇用・完全操業水準まで回復させるに足るだけ、赤字財政によって経済に購買力を注入し、それとは逆に、前者よりも後者が上回り、インフレ・ギャップが生じる恐れが強い年度においては、このギャップを取り去って需要インフレの発生を防ぐに足るだけ、黒字財政を実施することによって経済から購買力を吸い上げねばならないのである。

 いうまでもなく、このような財政政策運営の方式は、ケインズ以後の機能的財政主義の近代的財政政策理論に基づく国民経済予算の考え方である。すなわち、ケインズ的政策は、このようにして自動化されうるのである」

 「不況下においては、積極的な財政・金融政策によって総需要の拡大をはかり、逆に景気過熱の状況下では緊縮財政で総需要の抑制をはかる。かくして、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生させないようにしつつ、高い操業水準・雇用水準を維持しながら、スムーズな経済発展をはかるというのが、ケインズの分析に裏打ちされて第2次大戦後確立されてきた最も正統派的で妥当・健全な経済政策の原則であったはずである。戦後30年以上にもわたって、全世界の自由経済陣営に繁栄と成長がもたらされてきたのは、このようなケインズ的政策体系のおかげであった」(『復権』)

 丹羽氏は、このようにケインズの経済理論の要点を示す。丹羽氏は、ここでサミュエルソンの名前を上げていないが、一般にサミュエルソンの新古典派総合が、戦後の経済政策の体系を確立したとされる。また、ヒックスによるケインズ理論の定式化をもとにしてクラインが発達させた計量経済学が国民経済統計を精緻化し、ケインズ的な政策の立案・施行を裏付けた。丹羽氏の自称「正統派ケインズ主義」による政策は、こうしたケインズ主義の展開を継承したものと見ることができる。

 

●反ケインズ主義の理論を論破

 

 ベトナム戦争の財政への影響や、不況下でインフレが進むスタグフレーションの発生に対し、既成のケインズ的経済理論は、有効な政策を生み出せなかった。そこに登場したのが、ミルトン・フリードマンのマネタリズムやロバート・ルーカスの合理的期待形成論学派である。これらを新自由主義・新古典派経済学という。

 丹羽氏によると、戦後30年以上、ケインズ的な政策体系によって、自由主義世界に繁栄と成長がもたらされてきた、「ところが、最近の反ケインズ主義の高まりという風潮に流されて、アメリカやイギリスでは、ここ2、3年(註 昭和58年[1983]現在)経済政策のケインズ離れが進んできたのである」(『復権』初版)。

 私見で補足すると、昭和54年(1979)にイギリスでサッチャーが首相となり、新自由主義的な経済政策を行い、それまでのケインズ主義的な福祉国家路線からの転換を進めた。また56年(1981)にアメリカでレーガンが大統領となり、マネタリズムを取り入れた政策を行う一方、ケインズ主義的な積極的大型赤字財政でソ連の軍拡に対抗して軍備増強を進めた。

 ここで丹羽氏は、レーガン政権における反ケインズ主義者の政策を批判する。丹羽氏は『復権』昭和62年(1987)版で、アメリカの中央銀行である連邦準備制度(FRB)には、「マネタリズムを自称してきた反ケインズ主義者たち」が巣くっていると言う。そのトップは、ポール・ボルカー議長であった。丹羽氏は言う。

 「もし過去数年間、米国の連銀が、かつて高橋財政期(註 昭和恐慌期、高橋是清蔵相の時代)の日銀がそうしたように、連邦財政の赤字を積極的にファイナンス(註 金融政策によるバックアップ)さしていれば、米国及び全世界の自由経済陣営の経済は、すべてうまくいっていたであろう。

 すなわち、もし連銀がそうしてくれてさえいたとすれば、70年代より80年代前半にかけての米国の異常な高金利やそれによってもたらされた85年夏までの異常なドル高は発生しないですんだに違いない。当然、米国産業の空洞化などは生じなかったあろうし、それどころか、金利の低下に対応して、国内投資も増え、アメリカの国民所得(及びGNP)はずっと高い水準にまで上昇し、それにともなって失業率は下がり、また貯蓄も増えて、『双子の赤字』なるものも発生しないですんだであろう」「もしそうなっていたとしたら、現在(註 昭和62年[1987])のような急激な円高で日本経済が直撃されるといったことにもならないですんだに違いない。なぜ、米国の連銀はそうしなかったのか。それは、ひとえにボルカー議長をはじめとして、連銀の政策担当者たちの反ケインズ主義的偏向によるものであった」と、丹羽氏は批判する。

 フリードマンやルーカスは、ケインズ的政策は無効であると説いた。しかし、丹羽氏は、彼らの反ケインズ主義の経済理論は、「すべて、きわめていかがわしい内容のもの」であると断じる。丹羽氏は『ケインズは生きている』(ビジネス社、平成5年[1993]刊)の「反ケインズ主義の論理はすべて間違っている」という章で、反ケインズ主義を理論的に批判している。ここでは、その項目のみ挙げることにする。

 「ケインズ的政策の効果はかならずあがる」「インフレ・ギャップとデフレ・ギャップの同時発生はあり得ない」「クラウディング・アウトは買いオペで簡単に防げる」「国債は国民の負担には決してならない」「『大きな政府』の弊害や財政硬直化も簡単に避けられる」「『歯どめ』は国民経済予算で」「不況と円高の悪循環ならびに貿易摩擦の激化を避けるためにも積極策が必要」「ケインズ的政策があってこそ、はじめて貯蓄と合理化努力は美徳になる」「ケインズ的積極政策で成長しているときこそ、構造調整も円滑に進む」「資産効果による自律的景気回復を待つだけでは危険だ」「ハーベイ・ロード仮説批判のあまり、愚人政治を礼賛してはならない」。

 以上の項目である。最後のハーベイ・ロード仮説批判とは、ケインズの経済学はエリート主義の上に成り立っているとして批判するものである。

 

●わが国はケインズ的積極財政で高度成長を再現できる

 

 丹羽氏は、『ケインズ主義の復権』(昭和62年[1987]刊)で、もし「わが国の政策当局」が「ケインズ的な機能的財政主義に徹して積極的な景気振興政策の実施につとめていたとするならば、わが国経済は、容易に相当な高度成長を再現しえたはず」であると言う。また「もしそうなっていたとすれば、これまで長期間続いてきたような異常な輸出ドライブは沈静し、貿易収支及び国際収支の黒字幅は大きく縮小し、外為市場においてたとえば昭和53年に発生したような極端な円高現象は、すみやかに是正されたはずだ」と言う。「そして、あの当時、そうなってくれてさえいたら、輸出の頭打ちによって景気回復が挫折するといったことにはならないですみ、わが国経済は、再び高度成長軌道にもどりえていたはずである」

 私見によれば、もし早期にわが国でケインズ主義の復権がされていれば、レーガン政権の経済政策によって価値が下落したドルを支えるために行ったプラザ合意後の急激な円高、その影響による土地・株のバブル、そしてバブルの崩壊、平成不況といったわが国の歩みは、大きく違ったものとなったかもしれない。

 丹羽氏は、『ケインズは生きている』(平成5年[1993]刊)で、ケインズ主義の復権で21世紀は「黄金の世紀」になりうると、壮大なビジョンを打ち出す。

 「マルクス主義と反ケインズ主義という二つの知的ニヒリズムの『くびき』から解放され、そして、ケインズ主義が復権をとげたときこそ、人類文明は、そして、言うまでもなくわが国も、輝かしい飛躍的興隆の時代を迎えうるのである。21世紀は、必ず、そのような『黄金の世紀』となりうるであろう」と。

 そして、こうしたケインズ主義的な理論とビジョンをもとに、丹羽氏は、わが国はケインズ的積極財政を打つべきことを提唱する。

 「いま、わが国の経済においては、デフレ・ギャップという形で膨大な遊休生産能力が存在している。それがあるかぎりは、どんなに大規模な積極財政をやっても、インフレ発生の心配はない。まさに、このような生産キャパシティーの『遊休=余裕』こそが、『真の財源』なのである。それを、思い切った積極財政で活用しさえすれば、わが国は輝かしい飛躍的興隆の道を進んでいくことができるようになるはずである。いまや、全世界が、それを待ち望んでいるのである」と。

 ここにおける厖大なデフレ・ギャップの存在、それこそ「真の財源」、それを活用した積極財政という論旨は、丹羽氏が以後、一貫して説いているものである。ここに、「救国の秘策」の原型がある。

 ただし、この時点では、この政策を実行するための財源の調達方法が、確立されていない。丹羽氏が、財源調達は「政府の貨幣発行特権」の発動によるのみ、と打ち出すのは、平成6年(1994)からであった。

 

(3)政府貨幣発行特権で財源を調達

 

●平成6年から「救国の秘策」を提唱

 

 これまで書いてきたように、丹羽氏は1970年代から80年代にかけて、ソ連経済の分析を行った。また1970年代からケインズ理論に基づいてマルクス主義と対決し、また80年代からは新自由主義・新古典派と論戦を張り、ケインズ主義の復権を主張してきた。丹羽が提唱する経済政策は、ケインズの経済理論に基づくものである。

 平成5年(1993)に、丹羽氏はケインズ主義的な理論とビジョンをもとに、わが国が厖大なデフレ・ギャップを「真の財源」として、ケインズ的積極財政を取ることを提唱する。そして、平成6年(1994)、丹羽氏はそのための財源調達の方法を打ち出す。それが、政府貨幣の発行である。ここに「救国の秘策」が確立した。以後、丹羽氏は、政府貨幣発行特権の発動を財源調達の方法とする「救国の秘策」を提言し続けている。

 丹羽氏には、ぶれがない。理論と主張が一貫している。平成6年に提唱した政策に工夫を加え、実行しやすいものへと具体化を重ねている。またエコノミストからの反論に対しては、理論的に反論するとともに、疑問のある人には説明をいとわないという姿勢を示している。

 私は、ここから、丹羽氏が一般の国民向けに全国紙に書いた記事と、歴代の首相やその政策担当者に提出した文書を掲載する。それらを掲載することによって、丹羽氏の理論と活動を概観したい。

 掲載する記事・文書のリストを示す。

 

・平成6年(1994)5月8日

 産経新聞に「『総需要管理庁』設立をーー『国民経済予算』制度化の提唱」を掲載

(『日本経済再興の経済学』所収)

・平成9年(1997)1月20日

 産経新聞に「財政破綻の回避へ秘策、『政府紙幣』なぜ使わぬ」を掲載

(『日本経済再興の経済学』所収)

・平成9年(1997)11月9日

 産経新聞に「経済・財政の再建に『政府紙幣』発行の手も」を掲載

(『日本経済再興の経済学』所収)

・平成10年(1998)9月10日

 小渕首相に「政策要求書」を提出

(『日本経済再興の経済学』所収)

・平成11年(1999)3月3日

 小渕首相に「建白書」を提出

(『日本経済繁栄の法則』所収)

・平成14年(2002)1月20日

 小泉首相に「建白書」を提出

(『謀略の思想「反ケインズ」主義 誰が日本経済をだめにしたのか』所収)

・平成18年(2006)10月19日

 安倍内閣の経済政策担当者に「経済政策立案担当マシーン諸氏への建白書〜簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案!〜」を提出

(『政府貨幣特権を発動せよ。』所収)

 

●新正統派ケインズ主義を宣言した『日本経済再興の経済学』

 

 上記のリストの記事・文書のうち、平成6〜9年の産経新聞の3本の記事と平成10年の小渕首相への「政策要求書」は、『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』(原書房、平成11年[1999]1月刊)に収録されている。

 本書は、丹羽氏が、日本再興のための経済政策を国民に向けて発表した最初の著作であり、また「正統派ケインズ主義」を宣言した書である。私は、丹羽氏の著書のうち、一般向けには最も重要なものであると思う。

 今日、世界的なエコノミストとして知られる宍戸駿太郎氏が、本書に推薦文を寄せている。

 「本書は90年代の不況は大胆な財政政策によって容易に克服しうることを実証的に解明している。産業の空洞化と巨大な貿易黒字と金融不況に悩む日本経済にとって、マクロ経済の活力ある展望こそは国民の望むところである。本書は70年代後半以降台頭してきた、宿命論的な微調整型の政策対応を厳しく批判し、21世紀の日本経済の展望と指針を明示している。日本経済の成長能力を悲観視する昨今の反ケインズ型エコノミストや政治家にとっては、本書はまさに衝撃の書である」と。

 宍戸氏は当時、環日本海経済研究所所長だった。宍戸氏は、丹羽氏が、平成11年(1999)3月に、小渕首相に「建白書」を出した際には、提出者の一人となっている。その後、18年(2006)に、宍戸氏は国際レオンチェフ賞を受賞した。同年の他の受賞者には、ノーベル賞受賞者のローレンス・クライン、ロバート・ソローらがいた。

 丹羽氏の『日本経済再興の経済学』には、宍戸氏の他、当時千葉商科大学学長だった加藤寛氏も推薦文を寄せた。また、小沢辰男(衆議院議員・新総研会長、肩書きは以下すべて当時のもの)、加瀬英明(評論家)、竹村健一(評論家)、平沼赳夫(衆議院議員・21世紀の日本を創る会代表)、三宅久之(政治評論家)らの各氏も推薦者として名を連ねている。錚々たる顔ぶれである。

 宍戸氏が評したように、確かに本書は「衝撃の書」だったはずである。しかし、異端・奇抜というイメージで見られ、無視・排斥の対象ともなったようである。

 

関連掲示

・拙稿「日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1

 

(4)産経新聞に書いた3つの寄稿

 

●最初の一般向けの提言

 

 丹羽氏は、平成6年(1994)から「救国の秘策」を一般国民に向けて提唱してきた。そのころ一般紙に書いた記事が、産経新聞平成6年(1994)5月8日号に掲載された「『総需要管理庁』設立をーー『国民経済予算』制度化の提唱」である。(『日本経済再興の経済学』所収)

 丹羽氏は、平成6年当時、わが国の経済には巨大なデフレ・ギャップが生じていることを、データの分析を通じて把握していた。そして、その状況において有効な政策として、ケインズ的な総需要管理政策を行うことを提唱した。政策遂行のための財源としては、政府貨幣の発行を説き、全国民への臨時ボーナスを支給する方法を提案した。こうした政策を実行するために、丹羽氏は「総需要管理庁」の新設をこの記事で提唱した。ただこの記事は、政策提言の全体を述べることなく、各論的な部分的方策を書いているので、ほとんどの一般の読者は主旨をよく理解できなかったのではないかと思われる。

 記事の内容を要約によって、示す。

 わが国経済の低迷状態については、「諸悪の根源が、十分な規模のケインズ型積極財政で景気を回復させようとは一向にしようとしないわが大蔵省当局の過度に消極的な政策姿勢にある」

 「大蔵省と別個に、もっぱらマクロ的総需要管理政策のみを担当するところの、『総需要管理庁』といった一つの政府機関を新設することを提案したい」

 「総需要管理庁」は、「『国民経済予算』を作成し、それを執行すること」を任務とする。国民経済予算とは、「たとえば現在のわが国の状況のように不況でデフレ・ギャップが発生している場合、そのギャップの大きさをマクロ的に推計し、どれだけの購買力を政策的に経済に注入すれば、波及効果をも含めてどれだけ総需要が増大し、それに応じて生産も増え、デフレ・ギャップをどれだけ縮小させることができるか」を見積もるものである。この国民経済予算を「国会に提出して審議・承認を受けるようにすればよい」。

 このような「デフレ・ギャップ縮小のためのマクロ政策」を行なおうとするときに、「政府財政が破綻してしまったり、国債発行額が膨大に累増してしまってその処理に困る」というジレンマを生じる。その「ジレンマ経済の苦悩を脱却しうるきわめて簡単明瞭な方策」が存在する。それは、「総需要管理庁に対して、国民経済予算で承認された限度内で、『政府紙幣』(日銀券ではない)を発行し、それをわが国の経済全体に注入・散布しうるという権限を与えればよいということである」

 「マクロ的にデフレ・ギャップの形で存在している膨大な生産能力の余裕こそが国民経済にとっての『真の財源』である」

 「総需要管理庁による購買力の注入・散布は、わが国の経済に、あまり大きなゆがみをもたらすようなものであってはならず、不公平になってもいけない。複雑すぎたり、手間や時間がかかりすぎてもいけない。また、そのために、政府機構が肥大化しても困る。このような諸点を勘案すれば、総需要管理庁による政府紙幣発行権を利用しての経済への購買力の注入・散布の方式は、『買いオペ』のほかには、たとえば、全国民に一律数十万円の『臨時ボーナス』を支給するといった単純明確なやり方に限られるべきであろう」

 「逆に将来、景気過熱の状態が生じたようなときに、インフレ・ギャップの発生を防止するための措置としては、この総需要管理庁が、やはり国民経済予算(いうまでもなく、この場合にはインフレ・ギャップの大きさの見積もりがベースになる)を踏まえて、『売りオペ』を実施するほかに、必要とあれば、政府歳出の一定パーセントの一律カットを各省庁に要求しうるように、取り決めておけばよいであろう」

 丹羽氏は、上記のような制度が実現すれば、「大蔵省は後顧の憂いなく『金庫番』の役割に徹しうるであろうし、総需要管理庁もまた、財政破綻への懸念などにわずらわされることなく、ケインズ的総需要管理政策のロジックを徹底して追及することができることになろう」と言う。また「そうなれば、わが国の経済は、よどみなく力強い高度成長の持続的繁栄の時代を再現しうるようになるにちがいない」という。そして、「市場経済を基盤として」「国民経済予算制度をそれに組み込んだ機構こそ、人知によって考えうる限り、まさに『最善』の経済システムなのである」と述べ、当時の羽田内閣に、「国民経済予算」制度の導入を断行してもらいたい、「全世界も、それを熱望している」と要望している。

 丹羽氏は、記事中に出てくる「臨時ボーナス」の政府による全国民への支給を、当時の著書『経済体制と経済政策』(税務経理協会、平成6年刊行)等にて提唱している。

 

●平成9年にはより広く知られるように

 

 丹羽氏の政策提言が一般により広く知られるきっかけになったのは、平成9年(1997)に産経新聞に載った2本の記事を通じてと思われる。これらの記事は、丹羽氏の提言の主旨を示した重要なものゆえ、全文を掲載する。

 

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丹羽春喜著「財政破綻の回避へ秘策、『政府紙幣」なぜ使わぬ」(産経新聞平成9年[1997]1月20日号、『日本経済再興の経済学』所収)

 

 わが国家財政の破綻はいまや、極度に深刻である。その最も集約的な現れが、260兆円にも達するほどに超膨大に累積されてしまった国債発行残高の問題であろう。

 多くの経済評論家たちは、この260兆円の国債発行残高の問題について、もはや時間は残されておらず、「待ったなし」でそれを処理しなければならないのだと強調している。そして、彼らは、そのためには、@極度の「苛斂誅求」、すなわち超大幅増税と、政府機能をほとんど全面的に麻痺させてしまうほどの徹底的な財政支出の削減によってしぼり出したカネでそれを返済するか、A踏みたおすか(国家破産)、Bものすごいハイパー・インフレを発生させて、物価を数千倍にも暴騰させ、既発行の国債すべてを「紙くず」にしてしまうのか、の三つの手段しかないと、ヒステリックに叫んでいる。

 この三つの手段のどれが強行されても、わが国の経済は、完全な破滅であろう。まったく絶望的なひどい話である。

 しかしすこし冷静になって考えれば、第四の、もっと良い方策があることに、だれでもすぐに気がつくはずである。すなわち、明治維新のときに、由利公正の献策によって、「政府紙幣」(すなわち銀行券ではない)である「太政官札」や「民部省札」が発行されて、それによって維新政府の歳出の大部分がまかなわれた故知にならって、現在も同様に「政府紙幣」を発行し、それを用いて既発国債の償還などをやればよいのである。

 古来、政府が財政収入を得るみちとしては、()租税徴収、(ロ)国債発行、()通貨発行ーの三つがあるということは周知のところである。現在の日本では、この()()がほぼ限界にきているのであるから、当然、()の「通貨発行」(現実的には「政府紙幣」の発行)に依拠すべきなのである。もちろん、国債とは違って、発行された「政府紙幣」に対しては、政府は利息を払う必要もないし、それを償還する必要もない。それは正真正銘、政府の財政収入となるのである。

 ただし、この「政府紙幣」については、日銀に対して、顧客から要求があった場合には、その額面と等価で「日銀券」との両替に応じることを義務づけておく必要があろう。(日銀は、その場合に取得した「政府紙幣」を担保として「日銀券」を発行しうるはずであるから、資金的な制約が生じる心配はない)

 現在のわが国の経済には、徐々に立ち腐れていきつつあるとはいえ、「総需要」の不足による生産能力の遊休、すなわち「デフレ・ギャップ」という形で、いまなお30〜40パーセントにおよぶ膨大な「生産能力の余裕」が存在している。これはGNPベースに換算すると、年間200〜300兆円という巨額に達するのであるがこれこそが「真の財源」なのである。

 この巨大な「真の財源」があるかぎりは、政府は「政府紙幣」発行という手段で、ほとんど無尽蔵に「打ち出の小槌」を振ることができる。すなわち、この手段によって、十分に規発国債の償還・回収を行なうことができるであろうし、また同様なやり方で、大々的な内需拡大政策――たとえば、最も簡単明瞭で効果確実な策としては、政府が全国民に、一律、一人当たり30〜40万円の「臨時ボーナス」を支給するといったことを実行すればよいーーを実施し、わが国の経済を不況・絵地帯から決定的に脱出させることも、きわめて容易である。しかも、「生産能力」の余裕が膨大なのだから、物価上昇というインフレ現象発現の怖れは皆無なのである。

 戦前に高橋是清蔵相がやったような、新規発行国債の「日銀直接引き受け」という方法でも同じ結果が得られるが、そうはいっても「国債処理のために新規に国債を発行する」というのは、やはり、落ち着きが悪い。しかし、「政府紙幣」発行を財源にするというのならば、すべては単純明確になる。

 あるいは、もうすこし巧妙に考えて、政府や日銀が「円高」防止・是正をもかねて、この日本の「政府紙幣」で米国の国債を大量に買い付け、それとの等価交換で、日本国内の投資家からわが国の既発国債を買い取って回収する(その代償として、投資家には米国の国債を渡す)というやり方をすれば、「過剰流動性」現象発生の危険も回避しうるから、まずは、満点であろう。これこそ救国の秘策である。その実行を、私は、声を大にして提言したい。

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 上記の記事は、今日まで一貫している丹羽氏の提言のエッセンスが、簡潔に表現されている。文中に「政府紙幣」とあるが、丹羽氏は後に、紙幣を発行するのではなく、電子信号で振り込むという方法に更新した。

 

●マインド・コントロール脱却を訴え、政策実行方法を示す

 

 続いて、平成9年(1997)に産経新聞に載った丹羽氏の記事の2本目を掲載する。

 

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丹羽春喜著「経済・財政の再建に『政府紙幣』発行の手も」(産経新聞平成9年(1997)11月9日号、『日本経済再興の経済学』所収)

 

 政府は、二つのことで国民を欺いてきた。その第一は、宮沢内閣以来の数次にわたる「総合経済対策」で総額数十兆円にも達する「財政政策」を実施したと称して。「にもかかわらず効果がなかった」ように見せかけているということである。

 しかし、本当のところは「数十兆円」などというのはまったくのウソに近く、すでに宮沢内閣当時に第1次対策のための補正予算が、その年度(平成4年度)の本予算(当初予算)に対する7000億円もの「減額補正」でしかなかったことが端的に示しているように、第1〜第6次の「総合経済対策」は、有効需要への正味の政策的追加と言う意味では微々たるものでしかなかった。むしろ、各年度の本予算が、年々、緊縮の度を強めてきたことによる景気冷却効果のほうが大きかったのである。

 第二のだましは、経企庁がデフレ・ギャップの発生状況の推計をやめてしまい、近年の『経済白書』などでは、あたかもそのギャップがごくわずかでしかないかのごとく粉飾してきたことである。

 しかし、プロの経済学者が計算してみれば、すぐにわかることであるが、現在のわが国の経済では、総需要のはなはだしい不足のために、資本設備と労働力を総合した「生産能力」のうち、稼動している部分は6割ないし7割にすぎない。つまりデフレ・ギャップが30〜40パーセントに達しているのであり、年間200〜300兆円の潜在GNPが実現されえずに、空しく失われているのである。現在の趨勢では今後十年間だけでも、このようにして失われる潜在GNPの合計額は4000兆円という超膨大な額にもなろう。

 しかし、実は、このデフレ・ギャップという「生産能力の余裕」こそ、「真の財源」にほかならない。つまり、「10年間4000兆円」というこの超膨大な財源を、内需を大幅に拡大することによって活用していくことができるようになれば、国民の生活水準の画期的な引き上げをはじめ、社会資本や社会保障の充実、防衛力の整備、自然環境の改善、途上国への援助、等々、なんでも存分に行うことができるはずである。

 だが、わが国家財政が深刻な破綻状況にあるいま、どうやれば、そのような大規模な内需拡大政策を実施できるのか? 要は、前記の「二つのだまし」によるマインド・コントロールの呪縛から脱して、虚心担懐、合理的に工夫をこらせばよいのである。

 だれでもが知っているように、経済学的にオーソドックスで、最も簡明で効果が大きく確実な方策は、印刷機をフル回転させて「政府紙幣」(だから銀行券ではない)を大量に発行し、それを内需拡大のために使うという手である。もちろん、政府自身が通貨を発行するこの場合、政府はそれに対して利子を払ったり、元本を返済したりする必要はまったくなく、その発行額は、正真正銘、政府の財政収入になる。

 明治維新の当初、まさにこの方策が大々的に実行されたからこそ、明治維新は偉大な成功となりえたのである。あるいは「政府紙幣」100兆円分とか、200兆円分の「発行権」を政府が日銀に売るという方法でも、同じ結果が得られるであろう。

 いずれにせよ、デフレ・ギャップという巨大な「生産能力の余裕」の枠内でありさえすれば、発行された「政府紙幣」(あるいはそれと等価の日銀券)がどんどん使われて、有効需要支出の大幅な増大が生じるような場合でも、それに即応してあらゆる商品の供給量も伸びるから、インフレ的な物価上昇が生じる心配はない。

 とはいえ、そのような効果をも狙って公共投資などを大幅に増やそうとしても、いまのところ、各省庁や地方自治体などで企画や設計といった準備ができておらず、合理的な予算消化が困難であろう。だとすれば、不況の急速な激化というわが国経済の危機的な現状においては、なによりもまず、景気を様変わりに回復させるための最も簡単明瞭な「決定打」として、いますぐにでも、政府が前記のような「超膨大な財源」の利用に踏み切り、老人から赤ん坊にいたるまで全国民に、一律40万円程度の「臨時ボーナス」を支給するという緊急措置を断行すべきであろう。

 言うまでもなく、このような方策を実施すれば、その波及効果もあって、わが国経済の実質成長率は、確実に年率10パーセントを超えるほどになる。しかも、消費者支出の伸びからの活性化であるから、経済構造にゆがみが生じるようなこともほとんどない。また、減税よりもずっと手間がかからず公平であり、非常に簡単かつ容易にやれることであるから、政府機構が肥大化する心配もない。

 もちろん、このような大規模な内需拡大は、必然的に「円安」をもたらすから、日本の産業は労せずしてその対外競争力を大幅に回復することができ、わが国民は「産業空洞化」の悪夢からも解放されるであろう。

 現在の日本経済を救うためにまずやるべきことは、まさにこれである。「規制緩和」などは、その後でも遅くはないのである。

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 この記事では、丹羽氏は、「二つのだまし」による社会的マインド・コントロールからの脱却を訴え、政府紙幣発行の際の具体的な方法とその効果について書いている。

 平成9年(1997)1月及び11月の2本の記事は、丹羽氏の「救国の秘策」を一般に知らしめるものとなった。とはいえ、独創的で大胆な提言であるので、未だ多くの人に理解・賛同を得るにはいたっていない。さらに、丹羽氏は、歴代の首相やその政策立案担当者に「政策要求書」や「建白書」を提出し、日本の指導層に「救国の秘策」を直接提案している。次に、その内容を紹介する。

 

(5)小渕首相・小泉首相に政策を提言

 

●小渕首相への「政策要求書」(平成10年)

 

 平成10年(1998)9月10日、以前から丹羽氏の政策に賛同していた企業経営者、コンサルタント、評論家など22名が連名で、小渕恵三首相に「政策要求書」を提出した。以下にその一部を掲載する。この文書は、連名者の諸種の要望を盛り込んで修文しつつ、丹羽氏と伊原吉之助氏(当時帝塚山大学教授)が共同執筆したものという。

 

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◆小渕首相への「政策要求書」

(平成10年(1998)9月10日刊行、『日本経済再興の経済学』所収、丹羽氏のサイト「新正統派ケインズ主義宣言」に掲載)

 

 平成不況すでに8年、状況は悪化の一途をたどり、回復のきざしさえ見えない。われわれ企業人が、無言の忍耐をこれ以上続けることは、むしろ有害であろう。よって、別紙で詳論された論拠に基づき、われわれは、以下のごとく要求する。 ,

 政府は、深刻きわまる経済不況、とりわけ、わが国の中小企業を壊滅的な悲境に陥らせてきた従来の「反ケインズ主義的」政策姿勢の誤りを明確に認め、ただちに正統的かつ真正の大規模な「ケインズ主義的」不況克服政策を公約・宣言し、断行すべきである。

 そのさい、次の二原則の遵守は、きわめて重要である。

 第一に、不況克服のためのケインズ的積極財政政策のための財源は、国債発行によることを避け、明治維新にさいしての太政官札、民部省札発行の故知にならい、現行法にも明記されている「国(政府)の貨幣発行特権」の大規模な発動によるべきである。これは、「政府貨幣」としての「政府紙幣」(したがって日銀券ではない)の発行、あるいは、それと同じ必要相当額に限定した「政府貨幣発行権」の政府から日銀への売却という方式で、行なうべきである。

 第二に、現在の状況のもとでは、景気振興のためのケインズ的財政支出拡大措置は、全国民へ一律、一人当たり数十万円のボーナスを政府が支給するという方式で行なうべきである。この政策は、要すれば、さらに幾年か継続して実施するべきものとする。

 このような政策の実施によって、きわめて容易かつ即効的に、また、なんらの苦痛もなしに、わが国の経済の景況は様変わりに上向き、たくましい経済成長が再現し、わが国は輝かしい興隆の時期を再び迎えうることになろう。当然、不良債権問題や金融機関破綻の問題も、たちどころに解消する。われわれが提言・要求した政策によるかくのごとき効果は、まったく確実であって、それに疑念をさしはさむ余地は無い。このような景気回復策なくしては、規制緩和や構造改革といったことも、犠牲のみ多くして功なく、すべて徒労に終わるであろう。よって、われわれは、繰り返して強く要求する。「政府は、正統的かつ真正のケインズ的財政政策による景気回復策の大規模な実施を、ただちに断行せよ!」と。これは、われわれ企業者にとっては、まさに死活的な意味を持つ必死の要求である。

 別紙の詳論で明らかなごとく、われわれの前記の要求は、透徹した理論的・実証的な吟味・考察に基づき、疑う余地なく確実に妥当な論拠を持つものとして綿密に練り上げられたものである。われわれの要求するこのような政策の効果等について疑念のある政策担当者は、なによりもまず、われわれに質問を寄せられたい。われわれの側には、懇切に説明・教示する用意がある。もしも、われわれに説明・教示を求めようとさえもせずに、理不尽にわれわれの要求を棄却し去ってしまおうとする政策担当者が居るならば、われわれは、そのような者をぜったいに許さない。われわれは、全国の同志を糾合し、その者を、徹底的に糾弾してやまないであろう。

 

平成10年9月10日

 

内閣総理大臣

小渕 恵三 殿

 

 われわれは、この政策要求書に賛同し、直ちに実施するよう強力に要求する。

 

【註 続いて22名の連名。そのうちの最後に、加瀬英明(評論家)、本城靖久(評論家)、加藤栄一(筑波大学名誉教授、常盤大学教授)、伊原吉之助(帝塚山大学教授)、そして丹羽春喜(大阪学院大学教授)の各氏が名を連ねる】

 

 以上と同文を、宮沢喜一、堺屋太一、樋口広太郎の三氏へも送付した。(略)

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 文中にある「詳論」は、省略する。「反ケインズ主義を一榔し、正統・真正のケインズ政策の大規模な断行を要求する」と題されたその全文は、「新正統派ケインズ主義宣言」のサイトに掲載されている。

http://www.niwa-haruki.com/p001_youkyusyo.html

 

●小渕首相への「建白書」(平成11年)

 

 丹羽氏は、平成11年(1999)3月3日にも、小渕首相に「建白書」を出した。内容は『日本経済繁栄の法則』(春秋社、平成11年10月刊行)に掲載されている。丹羽氏のサイトには載っていない。

 この「建白書」は、丹羽氏が加瀬英明(国際問題評論家、以下肩書きは当時のもの)、三宅久之(政治評論家)、宮崎正弘(経済・政治評論家)、永安幸正(麗澤大学教授)、尾上洋一(市場新聞社社長)、佐野博持(神戸地域産業フォーラム理事長)、宍戸駿太郎(環日本海経済研究所所長)の各氏と連名で、提出したものである。丹羽氏が幹事として、これら8名の意見を集約して執筆の任にあったという。長文なので、要約にて内容を概観する。

 「建白書」は「内閣総理大臣 小渕恵三殿」に当てて、次のように進言する。

 「わが中央政府の負債額は、長期債務だけでも、実際には500兆円を大きく超えるほどの巨額にのぼるものと考えねばならないような状況です。宮沢蔵相が『‥‥‥財政としては、もう、後がない!』と語っておられるほどですから(『日本経済新聞』夕刊、平成10年12月21日号)、事態はきわめて深刻で、国民が不安の念を持つのも当然です。

 だとすれば、もう、このあたりで、わが国の政府の政策担当者諸氏も、虚心に事態の真の状況を直視し、現実的かつ合理的に危機打開策を策定することに踏切らねばなりますまい。すなわち、このさい、貴台をはじめ、政策担当者諸氏は、少なくとも以下の六つの重要な事柄を、勇気を持って明確に認識することから、出直していただきたいと存じます」

 六つの重要な事柄とは、要旨次のようなものである。

 

(1)わが国の経済を不況・停滞から脱却させ、力強く成長させていくためには、総需要を十分に伸ばすことこそが必要。思いきったケインズ的積極財政による画期的に大規模な政府支出の拡大を。

(2)わが国経済の不況・停滞は、ひとえに、マクロ的な総需要の不足にこそ、その原因がある。「まず構造改革をやれ! それがすむまでは、総需要拡大政策などはやるな!」といった意見は、根本的に間違っている。

(3)積極的財政政策のためのマネタリーな財源を国債発行に求めることは、もはや、現在においては、適切ではない。

(4)財政再建を、大幅な増税や歳出の徹底的な緊縮といったやりかたで達成することは、とうてい不可能。無理に強行すれば、不況を極度に激化させて、経済と民生に甚大なダメージを与えるだけではなく、税収を大幅に落ちこませ、政府財政の破綻をますます絶望的に深刻化させる。

(5)現在のわが国経済においては、『デフレ・ギャップ』がGDPベースでの総生産能力の30〜40パーセントに達している。

(6)このデフレ・ギャップという形の巨大な生産能力の余裕こそがわが国の『真の財源』である。ひとたび、この『真の財源』を活用することができるようになれば、わが国は、国民も政府も、ほとんど無尽蔵ともいうべき『打ち出の小槌』を持つことができるようになる。

 

 「いまこそ、わが国の政府も国民も、以上の(1)から(6)までのきわめて重要な疑う余地のまったく無い客観的な条件を、はっきりと冷静に見すえるべきときです。そして、その意味するところを明確に理解しさえすれば、そこから、自ずと、現在の危機的な難局を打開して日本経済を再興させるための、決定的・即効的な方策が割り出されてくるはずです」

 すなわち、「『国(政府)の貨幣発行特権』を大規模に発動し、『政府貨幣』としての『政府紙幣』の発行によって大々的な内需拡大政策のためのマネタリーな財源とするという決断を、下すべきときでしょう」

 

 「建白書」は、このように提案した後、現状への憂慮を述べる。

 「ここで、私たちにとって、憂慮にたえないことを、ぜひとも、申し添えておかねばなりません。それは、貴台がひきいておられる現在のわが国の政府が、われわれが論述してきましたような経済学的にオーソドックスな『正しい』政策体系とは正反対の、むしろ、非常に『間違った』方向の経済政策をあえて推進しようとしておられるように思われるという点です」。

 たとえば、平成11年1月21日に大蔵省が出した2003年までの「中期財政試算」は、「ただ、ことさらに、日本経済の低迷・衰退が宿命的かつ不可避なものだと示されているのみ」。同年2月26日経済戦略会議が出した「日本経済再生への戦略」と題する報告書は、「『潜在成長率』の概念をはなはだしく曲解したうえで、それに基づいて、今後のわが国経済に極端な低成長の停滞状態を強要しようとするきわめてミス・リーディングな政策提言を行なっている」。

 同年1月29日に閣議決定された「産業再生計画」は、「それ以上に、きわめて破壊的な危険性」を内含しており、「貴重な『真の財源』である余裕生産能力の破棄を推進しようとさえするような政策姿勢」が盛り込まれている。「現在においてであれば、生産能力に大きな余裕があるおかげで、総需要を増やしさえすれば、きわめて容易に、日本経済を力強く回復・再生させていくことができますが、ひとたび、この『真の財源』である余裕生産能力を破棄させてしまおうとするような『供給サイド政策』が強行されてしまえば、もはや、万事休すで、そうなってしまえば、その後、日本経済は、おそらく百年から二百年といった超長期にわたって、悲惨な困窮・低迷の状態に坤吟しなければならなくなるものと思われます」。

 このように述べた後、「建白書」は、最後に次のように要請する。

 「小渕総理、上記のごとく、私たちが、るる述べてきましたように、いまや、総理のひきいておられる政府は、根本的に間違った経済政策の運営によって、わが国の経済を決定的に破壊しようとしておられるように思われます。どうか、この、私たちの書簡を熟読され、よくお考えになって、そのような不条理な暴挙を思いとどまってくださるよう、お願いいたします。そして、われわれが上記で提言しましたような、簡潔明瞭な、そして、決定的かつ即効的で、容易に実行しうるところの真正のケインズ的総需要拡大政策を断行し、わが国の経済を隆々たる再興の道程に導かれるよう、強く要請いたします」と。

 

 残念ながら、小渕首相は、平成12年(2000)5月14 日に急逝した。「建白書」の提言は生かされることなく、森政権、そして小泉政権へと移行した。この間、わが国の政府は、新自由主義・市場原理主義的な構造改革政策を策定した。丹羽氏らのケインズ主義的な提言とは、正反対の方向へ日本を進めるものだった。

 

●小泉首相への「建白書」(平成14年)

 

 平成13年(2001)4月、小泉純一郎氏が首相となり、構造改革を強力に推進した。翌14年(2002)1月20日、丹羽氏は、新首相に「建白書」を出した。構造改革を真っ向から批判し、その結果を正確に予測し、日本と世界のために「救国の秘策」を建言したものである。

 この「建白書」は、日本経済再生政策提言フォーラムの理事長・加瀬英明氏(国際問題評論家)と、同会長・丹羽春喜氏(大阪学院大学教授、当時)の二人の連名である。この「建白書」は、『謀略の思想「反ケインズ」主義 誰が日本経済をだめにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)に収録されているほか、「新正統派ケインズ主義宣言」のサイトにも掲載されている。長文なので、要約にて内容を概観する。

 

 「建白書」は、次のように始まる。

 「拝啓 総理におかれましては、国民の絶大な期待を受けられて、日夜、国務にご精励のご様子、私ども、深く感銘いたしております。

 総理ご自身もよくご承知のことと存じますが、いまや、わが国の経済・財政の危機は深刻をきわめています。とりわけ、平成13年の夏以降は、わが国の経済の地すべり的な崩落が急激に進行しはじめたものと見なければなりません。すなわち、鉱工業生産の大幅な低落、倒産と失業の顕著な増大、産業空洞化の激化、株価の低迷、等々、憂慮にたえない指標が目白押しの状況です。わずかに、過去約1年にわたる貿易収支黒字の縮小傾向を反映して為替レートの円高がいくらか是正され(相対的にやや円安となった)、それが、わが国の輸出産業に若干の有利さをもたらしたということぐらいが、ささやかながら、唯一の『救い』であったと言えましょう。しかし、最近では、内需不足によりわが国の貿易収支黒字が再び拡大しはじめましたので、近いうちに、為替レートが円高趨勢に戻り、わが国の輸出産業が、またまた、苦しめられることになるのは必至です。不良債権の整理を強行することにともなう倒産や廃業の激増と、それによる景況の悪化は、むしろ、これからが本格化の局面に入ることになるでありましょう。

 そのうえ、平成14年度以降は、政府(ならびに地方自治体)の緊縮財政による景気冷却効果も非常に大きくなると見積らねばなりません。このように悪条件が山積しているわけですから、今後は、わが国の経済の落ちこみと政府・地方自治体の歳入の減少は、きわめて激甚なものになると予測せざるをえないわけです。このような状況は、ただ単なる『痛み』などといった程度のものではなく、まさに、わが国の経済と財政の全面的かつ決定的な壊滅そのものとなる危険性がきわめて濃いものであると、厳しく受け止めねばなりません」

 このように述べた後、「建白書」は、小泉首相に直言する。

 「ここで、あえて直言させていただきますが、構造改革政策でこの危機を打開しようという小泉内閣の政策姿勢は、実は、全くの見当違いだと言わねばなりません。なぜならば、構造改革政策なるものをいくらやってみても、それによって総需要が増えるという確実な因果メカニズムは何も無いからです。それどころか、上記でもふれましたように、現在の小泉内閣が構造改革政策として実施しようとしている諸施策では、むしろ、総需要の大幅な低下が惹起されることが不可避です。総需要が増えないかぎり、経済は成長しえず、景気が回復することもありえません。これは、経済の最も基本的な鉄則です」と。

 続いて、「建白書」は、丹羽氏が提言し続けてきている「救国の秘策」を提示する。その内容は、これまで本稿に掲載してきたものと、基本的に同じ主旨である。これは割愛し、結論部に移ろう。

 「上記のような政策案こそが、私どもが声を大にして提言し続けてきました『救国の秘策』なのです。誰であろうと、先入主的な偏見を棄てて、虚心担懐に考えてみさえすれば、この『秘策』こそが、現在のわが国経済の窮境を打開しうる国家政策としては、ほとんど唯一の『決め手』であるということが、わかるはずです。いま、わが国民(庶民)が心の底から待ち望んでいるのは、まさに、このような『打ち出の小槌』の活用による『救国の秘策』の策定と断行なのです。

 総理、いまこそ、『この打ち出の小槌を振ることこそが、真の構造改革だ!』と叫んでください。

 そして、その実行に踏み切ってください。わが国民も、全世界も、それを熱望しているのです。

 邦家のため、そして、全人類文明のため、総理のご決断を、お願いするしだいです」

 このように、「建白書」は、結んでいる。

 

 小泉首相が「建白書」に耳を傾けた形跡はない。平成14年(2002)1月にこの「建白書」が出された後も、小泉=竹中政権は、新自由主義・市場原理主義による構造改革を推進し続けた。その政治は、平成18年(2006)9月に小泉氏が辞任するまで、約5年5ヶ月続いた。この間、わが国の経済は悪化し、深刻な状態に陥った。「建白書」の予測どおりだった。

 

●丹羽氏と山家氏・菊池氏の活動の比較

 

 ここで先に触れた山家悠紀夫氏菊池英博氏と、丹羽氏の言論活動を時系列に沿って比較しておこう。

 丹羽氏は「正統派ケインズ主義」を自称しているが、私の見るところ、山家氏・菊池氏もケインズ主義的な経済政策を提言するエコノミストである。

 山家氏は、平成9年(1997)10月に『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社)を刊行した。山家氏は、本書で、当時の構造改革論を「偽りの危機」を煽るものとして指弾し、かえって「本物の危機」を招く恐れがある、と警鐘を鳴らした。この年1月、丹羽氏は、産経新聞に「財政破綻の回避へ秘策、『政府紙幣」なぜ使わぬ」を書き、11月には「経済・財政の再建に『政府紙幣』発行の手も」を掲載した。当時、山家氏が政策批判にとどまっていたのに対し、丹羽氏は救国のための具体的な政策提言をしている。

 丹羽氏は、さらに平成10年(1998)9月小渕首相に「政策要求書」、平成11年(1999)3月同首相に「建白書」を提出した。そして、これらを収録した『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』(原書房)を11年1月、『日本経済繁栄の法則』(春秋社)を同年10月に公刊した。丹羽氏は、本書で自らの理論と主張を広く世に訴え、また国家指導者に提言した。

 菊池英博氏は、平成13年(2001)2月27日の衆議院予算委員会、及び3月15日の参議院予算委員会公聴会で、「日本の財政は純債務でみるべきであり、財政支出余力は十分ある。日本は積極財政をとらないと、財政赤字は拡大し、政府債務は増加するばかりだ」と公述し、政府を批判した。一方、山家氏は、同年9月に『構造改革という幻想』(岩波書店)を発刊した。この年4月より、小泉内閣のもと構造改革論による改革が進められていた。山家氏は、本書で改めて構造改革路線を厳しく批判した。

 丹羽氏は、14年(2002)1月小泉首相に「建白書」を提出した。それまでの政策提言と同じく、一貫した理論と主張にく具体的な提案だった。平成15年(2003)8月には『謀略の思想「反ケインズ」主義 誰が日本経済をだめにしたのか』(展転社)を刊行し、「救国の秘策」を訴え続けた。

 小泉政権が続くなか、菊池氏は、平成17年(2005)12月に、『増税が日本を破壊する』(ダイヤモンド社)を出版した。本書で「日本は財政危機ではない。『政策危機』だ」として構造改革を告発し、増税は政策の失敗のツケを国民に回すものであり、日本経済を破壊すると強く反対した。菊池氏が政策提言として「日本復活5ヵ年計画」を発表したのは、21年(2009)7月刊行の『消費税は0%にできる』(ダイヤモンド社)においてである。丹羽氏が「救国の秘策」を掲載した『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』『日本経済繁栄の法則』は、その10年前、平成11年(1999)の公刊である。

 このように見てくると、丹羽氏の言論活動は、山家氏・菊池氏と比べて、時期的に早く、内容が具体的、行動は積極的である点で、際立っていることが分かるだろう。

 

(6)最新版「600兆円計画マニフェスト」の全容

 

●安倍内閣の政策立案者への「建白書」(平成18年)

 

 平成18年(2006)9月、小泉首相の後を継いで安倍晋三氏が政権を担うようになると、丹羽氏はすぐさま翌10月19日に、安倍内閣の経済政策担当者に提言を行った。

 それが「経済政策立案担当マシーン諸氏への建白書〜簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案!〜」である。この建白書は、丹羽氏の政策提言の最新版である。加瀬英明氏との連名で発表された。

 丹羽春喜著『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年(2009)1月刊)に収録されているほか、丹羽氏のサイト「新正統派ケインズ主義宣言」に収録論文の10番として掲載されている。

http://www.niwa-haruki.com/p010.html

 

 この建白書は、政府の政策担当者に、政策の骨子を提案するものである。その政策は、国民には、次の5項目として打ち出されるものとなる。

 

@ 国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保!

A 国の負債の大量償還! 国の負債を半減!

B 3〜5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年!

C 年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備!

D デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立!

 

 そして、この政策提言マニフェストは、政策担当者に次の4点を訴えるものである。

 

1.デフレ・ギャップの巨大さと、その意味を知れ!

2.乗数効果ならびに有効需要の原理が健在であることを認識せよ!

3.「国の貨幣発行特権」の大規模発動で財政財源を確保せよ!

4.国民経済予算の制度を確立せよ!

 

 続いて、建白書の全文を転載する。サイトの掲載文には、補論が付いている。これは『政府貨幣特権を発動せよ。』には載っていないものゆえ、併せて最後に転載する。

 

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■経済政策立案担当マシーン諸氏への建白書

 〜簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案!〜

 

 日本経済再生フォーラム 理事長 加瀬英明(国際問題評論家)

  会長 丹羽春喜(経済学博士・大阪学院大学名誉教授)

 

拝啓、経済政策立案担当マシーン各位殿

 

 今まさに、各位におかれましては、自民党の総裁選挙の結果、ならびに、新内閣(註 安倍内閣)の発足、さらに、衆議院の総選挙も行なわれるといった情勢を踏まえて、政策案の立案と、それについての有権者へのアピールに、鋭意、ご努力のことと存じます。ただ、各位も、実際にはご理解くださっているところだと存じますが、平成17年ごろに、わが国論を二分したかの感がありました郵政改革の賛否といったことは、実のところ、現下のわが国にとっての最重要問題であったとは、とうてい言えませんし、今では、わが国民の大多数もそのように感じているようです。また、平成19年の夏の参院選で問題にされたような閣僚の政治資金会計の不明瞭の問題などは、なんといっても、ミクロ的な、預末なことでしかありませんでした。きわめて多人数についての国民年金支給データが、よくわからなくなってしまっているという事態も、たしかに大問題ではありますが、時間をかけて丹念に調査して処理すれば、それで済むことですから、度を失うほどにまでに心配するようなことではないはずです。

 なんといっても、現在のわが国にとっての最も差し迫って重大な課題は、膨大な政府負債の累積で破綻しきっている国家財政を、国民に負担をかけることなしに再建し、経済を不況・停滞の状況から脱却させてわが国をたくましい興隆軌道に乗せ(そうなれば、自ずと貧富の較差も縮小します)、年金制度などを中心とする社会保障システムを充実・整備し、ハブ空港の建設など社会資本のいっそうの完備や自然環境の改善を推進し、そして、なによりも、防衛力を拡充して外国からのあなどりをうけることのないようにするということであるはずです。国民(庶民)も、それを強く望んでいます。

 しかしながら、わが国の近年ならびに現在の経済・財政の現状をありのままに直視しますと、緊縮財政と増税といった従来の型の経済政策立案スタンスのままで、このような重要な諸国策を達成するなどということは、まったく不可能な状況であると判断しなければなりません。しかも、米国の土地・住宅投資ブームの終焉にともなう、サブプライム・ローン・ファンド関連の資金運営の行き詰まりから触発された金融大混乱と全世界ならびにわが国の株価暴落、大不況の顕在化必至という、容易ならぬ客観情勢の悪化を考え合わせるならば、なおさら、絶望的であると考えねばなりません。まさに、真に憂慮すべき「亡国の危機」であると言わねばならないわけです。

 だとすれば、このように、重要な諸種の国家政策の達成が不可能に終わるということが明らかな旧来の政策立案パターンから脱却して、オーソドックスかつ信頼の十分に置ける経済学理論を踏まえた新しい視角からする政策の立案によって、わが国の財政と経済の再建・再生をはじめ、前述の緊急・重要な諸国策を、迅速かつ現実的には100%と言ってよいほど確実に、達成・実現するという政策運営が必要となりましょう。

 もちろん、各位のお手元には、各方面より、様々な政策提案が寄せられてきていることと存じます。しかし、総じて言いますと、あまりにも多項目におよぶ総花的な政策案は、いずれの政党の党員・党友たちにも、一般の国民にも、まったくアピールしえなくなってしまっているのが、現状です。

 したがって、各位におかれましては、今後の政策運営について、前記のような現在のわが国にとっての「最も重大な課題」の達成のための現実的に可能な方策ということに焦点をしぼって、私たちのフォーラムがこれまでも提言してまいりました下記の「600兆円計画」のような簡潔・明瞭でインパクトのある基本政策のマニフェストを、各党の党員・党友ならびに全国民に、声を大にしてアピールしていただかねばならないと存じます。今や、わが全国民が、そして、全世界が、それを熱望しているのです。

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 このような前文の後に、「600兆円計画マニフェスト〜財政再建と『右肩上がり』高度成長経済および防衛力整備の実現へ!〜」が提示される。

 

●「600兆円計画マニフェスト」

 

 ここに「600兆円計画マニフェスト」を掲載する。データはサイトから転載するものである。

 

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■600兆円計画マニフェスト

 〜財政再建と「右肩上がり」高度成長経済および防衛力整備の実現へ!〜

 

(1)税金でも国債でもなく、また紙幣を刷りまくるわけでもなく、国民にはまったく負担をかけない方式で、600兆円の新規の追加的な国家財政財源を確保して、わが国の財政を再建し、景気を回復させて経済を逞しい「右肩上がり」の成長軌道に乗せることを、政策の基本とするべきである。

 

 〔注1〕600兆円の新規財源の調達方式について質問を受けたときには、国(政府)がきわめて巨額(事実上は無限)に所有している「無形金融資産」のうちの650兆円ぶんを、50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売ることによって調達することにするが、そうすることによって、日銀の資産内容もいちじるしく改善され、わが国の金融システムや信用秩序を確固としたものとすることにも役立つと、答えればよいであろう。

 その「無形金融資産」とは何かと尋ねられた場合には、日銀券とは別個の「政府貨幣」(政府紙幣および記念貨幣をも含む)についての「国(政府)の貨幣発行特権」(seigniorage、セイニアーリッジ権限)であると答えればよい。法的根拠を問われた場合は、基本的には「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」(昭和62年、法律第42号)第4条、および、「日銀法」第38条であると答えればよい。

 なお、総需要政策としての財政政策のためのマネタリーな財源調達には、マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動に依拠すべきだとする政策提言が、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー(A. P. Lerner)、ディラード(D. Dillard)、ブキャナン(J. M. Buchanan)、スティグリッツ(J. E. Stiglitz)といったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案であるということを、銘記するべきである。 

 

(2)現在、わが国の経済では、生産能力の余裕は十二分にあり、企業は需要に応じてきわめて敏速・的確に商品を供給しうる能力を持っている。にもかかわらず、総需要の不足のゆえに、せっかくの生産能力の余裕を生かしえず、膨大なデフレ・ギャップの発生という形で、年々、400兆円もの潜在実質GDPが実現されえずに空しく失われている。

 過去四半世紀のあいだに、このようにして、実に総額5000兆円(1990年価格評価の実質値)もの潜在実質GDPが失われてしまったのである。これこそが、わが国の経済の弱体化と国民の経済的苦しみ、ならびに、国威の衰退の根本原因である。したがって、上記の600兆円の追加的な新規財政財源のうちの250兆円程度を3〜5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させることが必要である。

 このことは、「乗数効果」が健在で、「有効需要の原理」がゆるぎなく作用しているわが国の経済では、きわめて簡単・確実、かつ、安全・容易に達成しうることである(わが国経済における「乗数効果」が微弱であるとする通説は、まったく根拠の無い虚節である)。生産能力の余裕が十二分にあるのであるから、物価安定下での高度経済成長の実現という、理想的な状況をわが国民は享受しうるはずである。そのように、ゼロ・サム・ゲーム状況を脱却することによって、格差問題も解決されうる。

 

 〔注2〕このような高度経済成長政策の実施にともなって、きわめて過大な量の「紙幣が刷りまくられる」ことになるのではないかと危惧するむきもあるかもしれないが、その心配は無用である。

 エコノミストたちにはよく知られているように、GDPの増加額に「マーシャルのk」(マクロ・ベースでの現金通貨流通速度の逆数)と呼ばれる係数を乗じた額として、現金通貨量の増加額は決まる。この「マーシャルのk」の値は、だいたい0.08 〜 0.16 くらいのものである。つまり、かりにGDPの水準が100兆円上昇したとしても、それにともなう現金通貨量の増加額は8〜16兆円程度ですみ、心配するほど過大な量にはならない。

 

(3)上記の新規財源の残余350兆円を用いて、現在の国の長期債務残高746兆円(財務省推計による平成18年度末の国家長期債務残高見込み額605兆円に、「財政融資資金特別会計」に計上見込みの国債残高141兆円を加算)のうちの半分に近い350兆円を、ここ1〜2年のあいだに償還し、経済成長の回復にともなう財政収入の大幅な増加ともあいまって、わが国家財政を根本的に再建する。

 

 〔注3〕国債の大量償還は、過剰流動性現象を惹起するおそれがあるが、それを回避するためには、政府が、円高の防止・是正をもかねて、あらかじめ、米国など外国の公債を大量に購入しておき、その外国公債との等価交換で、国内の投資家から日本政府発行の国債を政府の手元に回収する(国内投資家には代償として外国公債を渡す)という方式を、適宜、併用すればよいであろう。

 わが国の経済が、上述のような政策の断行によって急速に回復し、高度成長軌道に乗りはじめれば、外国の投資家は競ってわが国に投資しようとし、海外から、きわめて大量の資金がわが国に流入しはじめ、そのことが非常に大きな円高要因になる惧れがあるが、わが政府が上記のような国債償還方式を実施すれば、外国資金の大量流入による円高圧力に打ち勝って、むしろ、かなりの円安をもたらすことが可能となり、そのことによって、わが国は「産業空洞化」の悪夢から解放されうることになろう。

 

(4)言うまでもなく、上記(2)の総需要拡大政策は、確実に「有効需要」(生産されたモノやサービスを実際に買う需要)を増加させることになりうるか、それとも、同じく確実に国民の「所得」を増やすことになるような財政政策支出として実施されるべきである。この意味で、自然環境の改善のための公共投資や防衛力整備のための支出といった有効需要支出を増やすとともに、国民への給付政策、年金など社会保障の充実・確保、といった政策に力点が置かれるべきである。

 したがって、このような政策運営が行なわれるようになれば、国民は年金システムの将来などを心配しなくてもよくなる。当然、わが国の人口は増加傾向を回復しうるであろう。

 

(5)上記のような経済の回復によって、いわゆる不良債権・不良資産の大部分は、優良債権・優良資産に一変しうる。

 

(6)過去四半世紀、わが国の総需要政策はきわめて不十分──というよりは、マイナス方向への暴走──であった。その結果、上述のごとく、国民も政党も国会議員も知らないあいだに、わが国は、5000兆円という超膨大な潜在実質GDPを空しく失ってしまったのである。この苦い経験を反省するならば、どうしても、総需要政策(上記で提言したような政策をも含 めて)の不十分や、上方あるいは下方への暴走を防止するための「歯止め」が要る。

 この「歯止め」は、デフレ・ギャップやインフレ・ギャップを常にモニターしつつ(これまで、わが政府はそれを怠ってきた)、それに立脚して年々の総需要政策を合理的に国会で審議・決定するという制度、すなわち、いわゆる「国民経済予算」の制度を確立することによって行なわれるべきである。「市場経済」にこの「国民経済予算」の方式を結び合わせた制度こそが、人智のおよぶかぎり、最善の経済システムなのである。

 

 要するに、今日のわが国の経済についての、上述のような政策提言マニフェストは、政策担当者に対する

 

1.デフレ・ギャップの巨大さと、その意味を知れ!

2.乗数効果ならびに有効需要の原理が健在であることを認識せよ!

3.「国の貨幣発行特権」の大規模発動で財政財源を確保せよ!

4.国民経済予算の制度を確立せよ!

 

という相互に密接に関連し合った4項目の要請に集約されるわけである。

 この4項目こそが、急所である。実は、これまで、私(丹羽)が、数多くの論作において、幾度も指摘してきたように、わが国では、奇怪な社会的マインド・コントロール状況が作り出されていて、この4つのポイントは巧妙に隠蔽され、わが国民は(政党や政治家諸氏も)、これに気付くことができないようにされてきた。まさに、このことによってこそ、わが国の経済は、衰亡への道に陥れられてきたのである。しかし、この4項目を認識・確認することによる理論武装を行なえば、そのような社会的マインド・コントロール状況を形成させてきた思想謀略を破砕することが可能となるであろう。

 一般庶民に対する経済政策的アピールとしては、簡潔に、

 

@ 国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保!

A 国の負債の大量償還! 国の負債を半減!

B 3〜5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年!

C 年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備!

D デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立!

 

といったことをうたっておけばよいであろう。

 

以上

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次に、補論を掲載する。

 

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●[補論]わが国の経済・財政の現状を、どう見るべきか?

 平成18年10月19日(平成19年6月に加筆)

 

<謎! 名目値の低成長と実質値の高成長の不自然なアンバランス>

 平成18年8月の内閣府発表では、2005年度(平成17年度)GDPは名目値1.8% (18年12月の発表では1.0%に改定された)の低成長、実質値では3.2%(同じく 2.4%に改定された)の高成長という、大幅なアンバランスであった。

 この謎を解く鍵は、貿易収支黒字が名目値では大幅減、実質値では大幅増、すなわち、対外交易条件の悪化ということにある。

 

<デフレ・ギャップと需給均衡の共存、そして、景気失速の危険をはらむ跛行現象>

 民間企業投資の高成長、GDPと国内総需要の低成長という跛行性。これは、2006年度においてはさらに激化し、民間企業投資の伸び8.4%に対してGDPは1.4%、国内総需要は1.3%(名目値ベース)の伸び率にすぎなかった(平成19年6月11日の内閣府発表)。

 このような跛行性は、長くは続きえない! 景気失速の危険はきわめて大きい。

 ただし、日本経済の市場メカニズムの効率は高く、需給はみごとに均衡している(45度線モデルにおけるケインジアン・クロス点という意味でのマクロ均衡状態)。

 乗数効果も顕在だ。しかし、総需要水準の不足により、厖大なデフレ・ギャップ が居座っているということも、冷厳な現実である。しかし、このことは、わが国の経済がマクロ的に巨大な生産・供給能力の余裕を持っているということをも、意味している。

 

<ゼロ・サム・ゲーム経済では格差拡大が不可避>

 GDPおよび国内総需要の伸び率が年率1%内外といった状況は、事実上、ゼロ・サム・ゲームの経済である。そのようなゼロ・サム経済ないしネガティブ・サム経済が慢性化した状況の市場経済では、貧富の格差の拡大が不可避である。格差の是正のためには、右肩上がりのポジティブ・サム経済の実現こそが、根治療法である。

 

<財政破綻の実情は深刻だ!>

 国の一般会計赤字額は「プライマリー・バランス」赤字額の3倍に達している。歳出削減や増税では財政再建は不可能! しかも、経済の低迷を招くことが不可避! 自暴自棄的な政策──国家破産や超々巨額の財産税徴収(全国民の財産剥奪)──が選択される危険が大きい!

 

 以上のことを認識するならば、財政再建と経済の興隆、民生水準の向上、自然環境の改善、そして、防衛力の充実といった重要政策目的の達成をなしえないことが明らかな現在の混迷した政策立案パターンから脱却して、上述マニフェストのようなオーソドックスな経済学理論を踏まえた政策の立案によって、わが国の財政と経済の再建・再生を迅速かつ100パーセント確実に達成するという政策運営が、ぜひとも、必要であろう。

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 以上が、丹羽春喜氏が、平成18年(2006)10月19日、安倍内閣の経済政策担当者に提示した「600兆円計画マニフェスト〜財政再建と『右肩上がり』高度成長経済および防衛力整備の実現へ!〜」、及びその補論である。

 

 なお、「600兆円計画マニフェスト」は『政府貨幣特権を発動せよ。』にも掲載されているが、本書では、内容が多少更新されている。主な部分は下記の通り。

 (2)と(6)においては、過去四半世紀のあいだに、失われた潜在実質GDPは6000兆円とされる。

 (2)において、国債は、国の長期債務残高748兆円(財務省推計による平成21年3月末の国家長期債務残高見込み額615兆円に、「財政融資資金特別会計」に計上見込みの国債残高133兆円を加算)とされる。

 (5)において、増やすべき有効需要支出は、「ハブ空港や森林資源再生のための林道網といった社会資本の整備と、代替エネルギー源開発など自然環境の改善のための公共投資、そして、なによりも、防衛力拡充のための支出といった有効需要支出」とされる。

 上記の点を修正することで、「600兆円計画マニフェスト」は、ほぼ最新版(2009年版)に更新される。

 

(7)風説はみな誤っている

 

●誤謬に満ちた風説の数々

 

 これまで、丹羽春喜氏が平成6年(1994)から今日まで、全国紙に寄稿した記事、歴代首相に送った「政策要求書」「建白書」、内閣の政策立案担当者に出した提言書を紹介してきた。これらを通じて、丹羽氏の「救国の秘策」とそれを提言してきた丹羽氏の活動の概要を知ることができる。

 現在のところ、丹羽氏の提言は、国民に広く知られていない。丹羽氏の説くケインズ的政策を知る人々の中では、否定的な見方が多い。これに対し、丹羽氏は「過去30年近く、とりわけ平成不況が始まってからの十数年というものは、マスメディアや論壇を大規模に動員して、わが国の経済について、いかがわしい風説がきわめて数多く広範に流布されてきた」と言う。丹羽氏は、その風説の主なものを列挙し、経済学的な説明を行い、「全て誤った内容のものばかり」だと言う。

 この風説、及び丹羽氏の説明は、『謀略の思想「反ケインズ主義」 誰が日本経済をダメにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)、『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年1月刊)に掲載されている。本稿に転載させていただく。挙げられた風説は29ある。便宜上、ほそかわが番号を振る。

 

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■誤謬に満ちた風説の数々

 

(本表では、アカデミックなステートメントではなく、世に流布されている風説のままに近い通俗的表現での言説を収録し、列挙した。)

 

1.従来の理論(ケインズ理論)とそれによる政策は役に立たなくなった。

 誤りである理由: 国民所得勘定(GDP勘定)に基づく分析、とくに、支出面からの分析とそれによる政策策定は、現在でも、いささかも重要度を減じていないことは明らかである。これこそが、まさに、ケインズ経済学である。

 

2.乗数効果は、働かなくなった。

 誤りである理由: 乗数効果が働かなくなったとすれば、そのことは、人々が、食べるものも、着るものも、その他あらゆる商品をも、いっさい購入しなくなったことを意味する。だとすれば、文明は消失し、人々は全て死亡するはずである。

〔註 この説明は補足が必要と思うので、ほそかわなりに補足する。

 一国の経済全体においては、投資の増加があると、その何倍かの所得の増加が生まれる。この倍数を「乗数」という。

 所得のうち消費に充てる割合を消費性向という。それが80%なら0.8と表す。乗数は、1÷(1−消費性向)である。消費性向が0.8なら乗数は5となる。乗数は、消費性向が大きければ大きいほど、大きくなる。0.9なら10となる。

 乗数効果が働かない状態とは、乗数がゼロに近い状態を意味する。乗数がゼロとは、人々がまったく消費をしない状態と考えられる。それは、経済が完全に麻痺し、生産・流通が行われず、物々交換のみになった状態である。平成20年(2008)世界経済危機のような大不況の状態であっても、商品貨幣経済は機能している。それゆえ、現代社会では乗数効果が働かなくなったというのは、理論的にも実際的にも極端な主張である。

 ちなみにわが国の場合、GDPは約500兆円だが、そのGDPを生み出す投資(厳密には自生的有効需要支出)の総額は約200兆円である。投資の約2.5倍のGDPが生み出されている。これは、乗数が2.5前後であることを意味する。デフレの続く日本でさえ、乗数効果は明確に働いている。

 なお、自生的(autonomous)有効需要支出は、@民間投資支出額(国内実物投資)、A純輸出額(財貨・サービスの輸出超過額)、B政府支出額(中央政府に地方自治体をも含めた一般政府による公共投資および政府消費)というGDP勘定に計上されている3つの最終有効需要項目の支出額を合計した指標である

 

3.大規模な総合経済対策の効果無しは、乗数効果が作動しなくなったせいだ。

4.公共投資は効果を失った。

 誤りである理由(上記2風説): 乗数効果が作動しなくなったとする見解が誤りであることは上述した。公共投資を含む政府支出がGDPを創出する効果を失っていないことは、次の簡単な統計数字を見れば、たちどころに判明する。

 1980→2000年度: 実質GDPの伸び1.66倍、実質政府支出の伸び1.51倍、すなわち、政府支出の伸びをGDPの伸びが上回っており、政府支出が効果的であることを物語っている(『国民経済計算年報』平成12年版、38〜41頁、および、内閣府のホーム・ページ、平成13年6月21日公表「1990年基準」GDP勘定の数値)。

 

5.消費性向が下がったから不況になった(だから財政出動でも無効果だろう)

 誤りである理由: わが国の家計所得に占める消費支出の割合、すなわち消費性向は、1985年度61.8%、90年度62.1%、93年度62.4%、95年度63.1%、97年度63.6%、98年度63.9%というように、むしろ、上昇してきている(『国民経済計算年報』、平成10年版、11年版、12年版、各16〜17頁)

 

6.資産価値の大幅減価があるからケインズ的政策でも景気は回復しない。

 誤りである理由: 平成不況期に入ってから現在まで、わが国の大多数の家計は、多かれ少なかれ、資産価値の大幅減価に曝されているが、にもかかわらず、前記のごとく、消費性向は下がっていない。ゆえに、ケインズ的政策は、有効である。

 

7.金融混乱を鎮めさえすれば景気は回復する(ケインズ的内需拡大策は不要だ)。

 誤りである理由: 金融の混乱を鎮めることは必要であるが、それが鎮まったからといって、一般企業の投資の予想利潤率(いわゆる「資本の限界効率」)が高まるわけではない。したがって、民間投資が増えて景況が回復する必然性は無い。

 

8.悪事を働く企業経営者が居るから不況になった。

 誤りである理由: 違法・背任行為を犯す経営者が続出しているのは、その大部分が、不況による経営危機に迫られてのことである。その逆ではない。

 

9.不健全バブルはケインズ的政策で生じた(だから、そんな政策は止めよ)。

 誤りである理由: 1980年代、ケインズ的内需拡大政策の実施が不十分で、内需不足が続いたため、わが国の輸出超過は過大になり、しかも、国内企業設備投資が低調でそのための資金需要も弱かったために、いちじるしい「金あまり」現象が発生した。結局、このような余裕資金は設備投資のような有効需要支出(生産される財貨・サービスを購入する需要)には向けられず、投機的マネー・ゲームの盛行となった。これが、「不健全バブル」であった(したがって、バブル期においても、実体経済の回復はそれほどではなかった)。

 もしも、当時、わが政府が、国債の大量市場消化によってそのような民間余裕資金を吸い上げ、それを財源としたケインズ主義的財政出動で、社会資本や防衛力の整備で有効需要支出を大規模に行なっていたとすれば、わが国は「健全な」高度経済成長を達成しえていたはずである。ゆえに、「不健全バブル」は、ケインズ的政策が不在であったからこそ生じたと見るほうが、妥当である。

 

10.デフレ・ギャップはあまり生じていない(だから、ケインズ政策は不要だ)。

 誤りである理由: わが国で、1970年代以降、デフレ・ギャップが発生し、巨大に累増して現在にいたっていることは、本書冒頭の口絵グラフが実証的に示している通りである。

(註 「本書」とは『政府貨幣特権を発動せよ。』。「口絵グラフ」は本稿第1章(1)の図表と説明を参照のこと)

 

11.グローバルな開放経済時代ではケインズ的政策は無効だ。

12.産業空洞化は正常な国際分業によるものだ(だから、諦め、歓迎すべきだ)。

 誤りである理由(上記2風説): 人類文明のグローバリゼーションの中心的なメカニズムは、自由貿易を通じて国際分業の利益を各国の国民が享受しうるという仕組みである。そのためには、為替レートが適切でなければならないが、現行の「変動為替相場制度」(フロート制)のもとにおいては、政府がケインズ的政策の実施を怠って総需要を低迷させると、為替レートが適切ではなくなり(円高の亢進)、正常な国際分業が不可能になる。わが国の産業空洞化はそのようにして発生した。すなわち、「変動為替相場制度」に基づくグローバリゼーションの時代においてこそ、ケインズ的政策の十分な実施ということが不可欠な要件なのである。

 

13.高コスト構造の是正がまず必要で、ケインズ的政策などは有害無益だ。

 誤りである理由: わが国の産業の高コスト(対外比価での)を是正するためには、なによりも、まず、為替レートの面での「円高」をたださねばならない。その円高の是正のためには、ケインズ的内需拡大政策の実施が不可欠である。

 

14.ケインズ的政策は将来世代に大きな負担を負わせるから、やってはならぬ。

 誤りである理由: 国債発行がケインズ的財政政策の財源であったとしても、その国債の利息や元本償還金を支払うのも受け取るのも、ともに将来世代であるから、将来世代の全体としては、負担にはならない。むしろ、本書冒頭の口絵グラフが示しているように、ケインズ的政策が不十分であったがために、過去二十数年に6000兆円もの実質潜在GDPが失われてしまったことの後遺症こそが、将来世代にも大きな負担である。

(註 「口絵グラフ」は10と同じ)

 

15.経済の成熟で潜在成長率が下がったから低成長や停滞はやむをえない。

16.構造改革をまずやらなければ、ケインズ的総需要拡大政策も無効果だ。

17.供給サイド政策でいくべきだ(だからケインズ的政策をやるべきではない)。

 誤りである理由(上記3風説): 潜在成長率とは、完全雇用・完全操業状態での潜在GDP可能上限という意味の「天井」の勾配のことである。現在、実質GDPの実際値の水準は「天井」よりも40%以上も低いところに位置しているから(口絵デフレ・ギャップ図参照)、この「天井」の勾配(潜在成長率)が経済社会の成熟によってフラットになってきたからといっても、そのことは現実の実質GDPの成長に対する制約にはならない。

 供給サイド構造改革とは、この「天井」の勾配を上向きにすることであるが、そういったことをしなくても、現在、生産能力の余裕が十分に有り、需給のミス・マッチも生じていないから、ケインズ的政策によって総需要さえ増やされれば、わが国の経済は、たちどころに、成長をはじめうるのである。

(註 「口絵グラフ」は10と同じ)

 

18.今はサービス産業.知識産業の時代だから、ケインズ政策は役に立たない。

19.産業間の波及効果が小さくなったから、ケインズ的政策は無効になった。

 誤りである理由(上記2風説): 産業間の売り上げ額の波及効果の大きさを産業連関表によって算定したのがレオンチェフ乗数であり、所得の波及効果の大きさを示すのがケインズ乗数である。原料などをあまり使用しないサービス産業・知識産業のウェートが大きくなってきている最近の経済では、レオンチェフ乗数値がやや低下傾向をたどっているが、そうだからといって、ケインズ乗数値までが小さくならねばならないといった論理的必然性は全くない。

 

20.リストラ、規制緩和、行革でいくべきで、ケインズ的政策は無用だ。

 誤りである理由: これらの施策では、総需要は減るばかりである。総需要が増えないかぎり、経済が回復することは、ありえない。

 

21.行革で財源をうかして減税をやれば景気は回復する(ケインズ政策は無用)。

 誤りである理由: 「財政支出乗数」に比べると、理論上、「減税乗数」はかなり小さい。したがって、行革で財政支出を削った額に等しい額の減税を行なったとしても、ネットの効果としては、不況がいっそう深刻化することになる。

 

22.財政再建のためには、緊縮財政によるどんな激しい不況もがまんすべきだ。

 誤りである理由: 緊縮財政によって不況が激化すると、政府の財政収入はいっそう大幅に減少し(累進課税制度の効果)、政府財政の破綻状況は、かえって深刻化する。結局、大幅な増税がなされねばならなくなり、不況は、ますます激甚なものとなる。しかも、それほどまでにも大きな犠牲を国民に払わせたとしても、現在、わが国の政府債務は彪大であるから、政府財政の再建は達成されえないであろう。

 

23.個人金融資産1500兆円があるから、ケインズ的財政政策などは不要だ。

 誤りである理由: 言うまでもなく、1500兆円もの札束がタンスの引き出しに保蔵されているわけではない(日銀券などの現金貨幣の総存在量は70〜80兆円)。個人金融資産は、その大部分が直接・間接に運用されており、コゲついている部分も多い。個人金融資産が結果的に動員されたことになるのは、それらが預金されている金融機関が信用創造を活発に行ないはじめたときであるが、しかし、そうなりうるのは、景気がかなり回復してからのことである。

 

24.クラウディング・アウトやマンデル=フレミング効果でケインズ政策は無効となる。

 誤りである理由: 財政政策の財源調達のために国債の市中消化が行なわれた場合に、それによって民間資金が国庫に吸い上げられて金融市場が資金不足状況になり、国内金利の高騰や民間投資の減少が生じることを「クラウディング・アウト現象」というが、これは中央銀行(日銀)の「買いオペ」といった金融政策で容易に防止しうる。

 言うまでもなく、新規発行国債の日銀による直接引き受けや、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動によって財政政策財源が調達されたときには(註 『政府貨幣特権を発動せよ。』第T章参照)、クラウディング・アウト現象は生じないですむ。

 また、クラウディング・アウト現象にともなう国内金利の高騰が「円高」(日本の場合であれば)を生じさせ、それが輸出の減少と景気回復の挫折をもたらすことを「マンデル=フレミング効果」と呼称するが、右記のような諸方策でクラウディング・アウト現象の発生を防止してしまえば、マンデル=フレミング効果の発現も回避しうる。ケインズ的なフィスカル・ポリシーとしては、財政政策に加えてそのようなクラウディング・アウト現象防止のための諸方策を組み合わせて実施するのが、正統的なやり方である。

 

25.新古典派理論の登場でケインズ的政策論は無価値になった。

 誤りである理由: ルーカスやフリードマンの米国新古典派の理論体系は、その「ケインズ的政策無効論」を理論的に導き出すために、きわめて非現実的な特殊な仮定・前提を設定した体系となっている。

 その中でも、「需要がふえても企業は設備の稼働率を引き上げて需要増加に対応しようとはしないものとする」という前提や、消費支出が行なわれるのは恒常的な所得だけからであって「ボーナス、残業手当、租税減免、等々による変動所得からは消費支出は行なわれないものとする」という仮定は、あまりにも非現実的な奇矯な想定である。そして、このような不自然かつ非現実的な前提や仮定を外した場合には、新古典派の「ケインズ的政策無効論」は成り立ちえなくなるのである。

 

26.今は「複雑系」の時代だから、ケインズ理論は役に立たなくなっている。

 誤りである理由: 「複雑系」とは、フィードバック回路を持った理論モデル体系のことである。しかし、経済学には、複雑なフィードバック回路を持った理論モデルを分析してきた長い伝統がある。ケインズ理論に立脚した諸分析においても、とりわけ、計量経済学的なモデル分析では、小型なモデルでも100本程度の連立方程式で複雑なタイム・ラグをともなうフィードバック回路としての「複雑系」を処理しつつ、シミュレーションを行なっているのである。

 

27.インフレ目標政策で景気は回復しうる(ケインズ的内需拡大政策は不要だ)。

 誤りである理由: インフレ目標政策(調整インフレ政策)案は、日銀が貨幣量を増やしさえすれば物価上昇が起こり、それが景気を刺激するであろうという説に基づいている。

 しかし、現在のわが国の経済では、利子率が下限にまで下げられているにもかかわらず民間投資が低調なままであり、また、マクロ的に超巨大なデフレ・ギャップが存在しているのであるから、貨幣量が増やされただけでは、ただ単に、「貨幣の流通速度」が低くなるだけで、インフレ・ギャップが発生するようなことはありえず、したがって、インフレ的な物価上昇を生じさせることも不可能である。

 

28.余裕生産能力を廃棄してしまわなければケインズ政策も無効で、経済再生はできない。

 誤りである理由: 不況による需要不足で企業設備の稼働率が低くなっていても、一度、大規模なケインズ的政策で需要が増えてくれば、稼働率はたちどころに上昇しうる。生産能力に余裕があるときに受注が増えてくれば、それを拒絶するような経営者は居ない。稼働率が低いからといって、安易に設備などを廃棄し、マクロ的に余裕生産能力を失ってしまうと、総需要を増やしてもインフレ・ギャップの発生と物価の上昇のみが生じて経済の再生・再興が達成されえないといった悪性の経済体質になってしまう。

 デフレ・ギャップという「生産能力の余裕」は、観点を変えてそれを見れば、わが国の経済社会が持っている「真の財源」なのだ。

 

29.まず不良債権の処理を完了しなければ、ケインズ的政策も無効だ。

 誤りである理由: 需要が低迷している現在では欠損企業であって「不良債権」の発生源になっている企業も、一度、需要が大幅に増やされれば、たちまち、立派に利潤をあげうる優良企業になりうる。すなわち、ケインズ的政策によって総需要が十分に増加させられさえすれば、「不良債権」は「優良債権」に一変するのである。同様に、「不良資産」も「優良資産」に一変しうる。

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 以上が、丹羽氏が、わが国に流布している「いかがわしい風説」と丹羽氏による経済学的な説明である。丹羽氏は「全て誤った内容のものばかり」だと断じている。

 丹羽氏については、「大ぼら吹きのマッド・エコノミスト」と切り捨てる人から「ケインズ以来の天才エコノミスト」と賞賛する人までいる。29の風説への丹羽氏の解説のうち、二つ三つでもなるほどと思うものがあるなら、丹羽氏のサイトや著書で氏の説くところを自ら検討してみることをお勧めする。本稿がそのきっかけとなれば幸いである。

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結びに〜日本の復活は可能である

 

●わが国の政府による欺瞞情報

 

 丹羽氏は、前記29の風説は「すべてケインズ主義的政策の発動を阻止しようとする意味合いを持って流されたもの」だと言う。そのため、「わが国の朝野」は「『構造改革、リストラ、規制緩和、行革でいけ! ケインズ的政策は止めよ!』という大合唱に酔いしれるように、仕向けられてきた」「きわめて大規模な反ケインズ主義の社会的マインド・コントロール状況が形成されてきた」と言う。そして「そのようなマスコミの動きの背後には、政府による強力な情報統制があった。とりわけ、小泉内閣の時代には、そのような風潮をいっそう大幅に推し進め、徹底して構造改革主義に偏った政策スタンスによる経済運営が続けられた」「安倍、福田の両内閣においても、そのようなスタンスは、おおむね踏襲されてきた」(『政府』)と指摘している。麻生内閣についても、基本的に変わっていない。

 さらに丹羽氏は、こうした風説による「奇怪な思想統制」の背後には、政府による情報操作があると言う。そして、特に重要な三つの「欺瞞情報」を挙げる。すなわち、

 

(1)巨大なデフレ・ギャップの発生・累増状況を隠蔽

(2)「有効需要の原理」の作動状況を否認

(3)「国(政府)の貨幣発行特権」の秘匿

 

の三つである。旧経済企画庁、現内閣府が発信元である。

 丹羽氏は、これらの欺瞞情報は、世界経済危機発生後においても続く「政府の怠慢と無策」を隠蔽し、むしろそれを正当化するように悪用されていると告発する。そして、これらは、ケインズ革命に基づく政策ができないように流されている情報だという。先の風説は、こうした政府が流す欺瞞情報に基づいて、マスメディアや学者、評論家が広めているというわけである。

 

●日本の経済的再興を抑止しようとする勢力

 

 ケインズ革命とは、ケインズが成し遂げた経済学史上の画期的な変革をいう。しかし、丹羽氏は、ケインズ革命は「まだ完全には達成されていない」と言う。

 「ケインズ革命とは、歴史の進行につれて直接・間接に不条理きわまる形で生起してくることの多い厖大な経済的惨害を、マクロ経済政策という手段によって防止し、さらには、そのような苦難に満ちた状況からの脱却と経済的福祉の向上を人々にもたらすことを可能にしたという意味で、『決定論的宿命論のくびき』から人類文明を解放しうるものであった。それは、まさに『革命的な福音と救済』そのものであるはずのものであった」(『政府』)

 私の理解で補足すれば、恐慌や戦争を繰り返す資本主義の欠陥を是正し、資本主義から社会主義への移行を歴史的必然として共産革命を扇動するマルクス主義を克服し、人類が自由と繁栄を維持・発展する可能性を開いたのが、ケインズ革命の重要な意義である。

 しかし、丹羽氏は、ケインズ革命による政策体系を稼動させるための必要条件は、まだ完全には充足されずに放置されているという。その必要条件とは、次の三つである。

 

(1)デフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの計測と確認

(2)「有効需要の原理」(乗数効果)の作動状況の把握

(3)「国(政府)の貨幣発行特権」の確立と、その財政財源への活用

 

 これら三つの必要条件と、先に挙げた三つの欺瞞情報は、ぴたりと照合する。丹羽氏は、欺瞞情報は、これらの必要条件が充足し得ないように流されているのだと言う。その結果、「わが国は、かつての、あれほどまでに輝かしかった高度経済成長の繁栄・興隆の道を見失うように仕向けられて、停滞・衰退の状態に陥り、しかも、今や、金融恐慌と世界大不況の狂爛怒涛によって厖大な惨害を被ることも避けがたいといった情勢に直面しつつある」と述べる。

 さらに丹羽氏は考察を続ける。

 「ケインズ革命の偉大な文明史的意義を意図的に亡失させ、わが国を『決定論的宿命論のくびき』に縛りつけて無力化し、衰退と困窮への一路をたどらせ続けようと画策してやまないような、『得体の知れない、巨大な黒い思想勢力』の存在を感じ取らざるを得ないようにさえ、思われるのである。ひょっとすると、太平洋戦争(大東亜戦争)で日本を武力的に打倒して潰滅させたあと、思想的にも脆弱化させただけではなく、日本の経済的再興をも厳しく抑止しておこうとするような内外の反日分子による工作も、『反ケインズ主義』キャンペーンというカムフラージュに隠れて行われてきたのかもしれない」(『政府』)と。

 

●妨害を跳ね返して、日本の再興と世界の繁栄へ

 

 丹羽氏は、『政府貨幣特権を発動せよ。』で上記のように述べた後、「救国の秘策」の実行を訴える。

 本書は、「世界大恐慌の危機対処への模範回答」として、「救国の秘策」を改めて提示したものである。それは「ケインズ革命を真に完成・成就させる秘伝」を述べ示すものでもある。先ほど掲載したケインズ革命による政策体系を稼動させるための必要条件は、三つあった。(1)の「デフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの計測と確認」については、丹羽氏によるグラフとその説明文によって示されている。(2)の「『有効需要の原理』(乗数効果)の作動状況の把握」については、わが国の経済において、有効需要の原理が確実に、ゆるぎなく作動していることが実証されている。最後の(3)「『国(政府)の貨幣発行特権』の確立と、その財政財源への活用」が最も重要な必要条件だが、丹羽氏はこれまで多くのノーベル賞受賞経済学者が提案してきた「政府の貨幣発行特権」を発動するための「スマートで具体的な手法」を考案し、発表している。

 それゆえ、三つの必要条件は、この日本において充足される。ケインズ革命に基づく経済政策を実行する体制の構築は、「為政者の決断次第で、容易になしうる」と丹羽氏は言う。わが国では、「真正のケインズ革命」が達成できる。「本格的なケインズ的政策の大規模な発動」が可能であり、「経済と国威の力強い飛躍的興隆」をもたらしうる。「世界的な金融の大混乱や諸外国の景気後退が、どんなに激甚であろうとも、理論上、そのことは十分に可能なことであり続けるはずである。主要諸外国も、これにならい始めるものとするならば、それは全人類文明の輝かしい繁栄を約束する重要な契機となるにちがいない」と、丹羽氏は本書で主張している。

 丹羽氏の「600兆円計画マニフェスト」は、単に日本経済の再興を行うだけでなく、人類文明の調和的発展をめざす政策として提唱されているのである。類稀な政策提言と言えるだろう。丹羽氏の理論と主張については、別に「救国の経済学〜丹羽春喜氏2」を書いた。そちらをご参照願いたい。ページの頭へ

 

関連掲示

・拙稿「日本復活へのケインズ再考

・拙稿「日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1

・拙稿「橋本=小泉構造改革を告発〜山家悠紀夫氏

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

参考資料

  丹羽春喜著『ケインズ主義の復権〜レーガノミックスの崩壊と日本経済』(ビジネス社)『ソ連崩壊論』(講談社、共著)『ケインズは生きている〜「長期不況」脱出の活路』(ビジネス社)『日本経済再興の経済学〜新正統派ケインズ主義宣言』(原書房)『日本経済繁栄の法則』(春秋社)『謀略の思想「反ケインズ主義」』(展転社) 『新正統派ケインズ政策論の基礎』(学術出版会)『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版)

・丹羽氏のサイト

新正統派ケインズ主義宣言

http://www.niwa-haruki.com/

  ※厳選した論文14本を掲載

丹羽春喜の経済論(ブログ)

http://niwaharuki.exblog.jp/

日本経済再生政策提言フォーラム

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/

※丹羽氏の講演やインタビューを動画で見ることができる。氏の人柄に触れるには、ビデオを見るのがよいだろう。

・丹羽氏のビデオ

ビデオ「財政政策で日本を再建せよ!!」丹羽春喜氏(平成21年7月)

http://www.youtube.com/watch?v=vWSfvY3Ay2g

ビデオ:丹羽春喜氏と藤井厳喜氏の対談(平成22年1月) 

パート1 http://www.youtube.com/watch?v=ZinaorkW8TA&feature=fvw

パート2 http://www.youtube.com/watch?v=Vyp6ZWeI0-s&NR=1

パート3 http://www.youtube.com/watch?v=YzThl41wTBk&feature=channel

パート4 http://www.youtube.com/watch?v=GTvOOmRDBhE&feature=channel

パート5 http://www.youtube.com/watch?v=2fEo5FVHugQ&feature=channel

パート6 http://www.youtube.com/watch?v=UJpO4zqY_hc&feature=channel

パート7 http://www.youtube.com/watch?v=wjPKJGjVszo&feature=channel

パート8 http://www.youtube.com/watch?v=_wGh4OzD5H4&feature=channel

パート9 http://www.youtube.com/watch?v=ZBK_Qwg9oBk&feature=channel

パート10 http://www.youtube.com/watch?v=aHCuY0UVBzI&NR=1

パート11 http://www.youtube.com/watch?v=wDJYWcH8UBg&NR=1

・ケインズ著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(東洋経済新報社)

  スキデルスキー著『なにがケインズを復活させたのか?』(日本経済新聞出版社)

  スティグリッツ著『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(徳間書店)

・藤井厳喜著『「破綻国家」〜希望の戦略』(ビジネス社)『ドンと来い!大恐慌』(ジョルダン)

・小野盛司+中村精一郎著『お金がなければ刷りなさい』(ナビ出版)

 

 

補説〜東日本大震災からの復興策を提言

2011.5.23

 

※平成23年(2011)3月11日に起こった東日本大震災の後、丹羽氏は復興政策を提言した。私は、その提言を拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」の第4章に掲載した。本稿の補説として転載する。

 

私は平成23年(2011)3月28日の日記に、東日本大震災からの復興に関し、「政府・日銀が一体となって、大胆かつすみやかに、復興のための財政・金融政策を実施することが必要である。 そういう大胆・緻密な政策を打ち出せるエコノミストに、菊池英博氏と丹羽春喜氏がいる」と書いた。
 丹羽春喜氏は、月刊『正論』平成23年6月号で、拓殖大学学長の渡辺利夫氏と対談し、大震災からの復興策を語った。その内容を紹介する。

(1)「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」


 『正論』平成23年6月号は、「『震災後』を生きる」という緊急特集を組んだ。特集の一つが、丹羽氏と渡辺氏の対談「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」である。
 対談のリードは、次のように述べる。「未曾有の災害に見舞われた東日本。まずなすべきは『大風呂敷』と呼ばれた後藤新平にならった壮大なグランドデザインの作成である。その財源は国債発行や増税ではなく、『デフレ・ギャップ』という財産を生かす政府貨幣発行特権の発動でまかなうべきである」と。
 政府貨幣発行特権の発動とは、丹羽氏の説く「救国の秘策」である。この秘策については、拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏(註 本稿のこと)にて紹介した。
 今回の対談相手である渡辺氏は、開発経済学やアジア経済研究を専門とするエコノミストである。対談は著名な経済学者が丹羽氏の提言に賛同し、その提言を論壇でアピールするものとなっている。
 本稿で、対談における丹羽氏の発言を紹介するに当たり、まず東日本大震災からの復興に関する丹羽氏の提言の要旨を示す。次にその提言の裏づけとなる経済学的な理論・見解を整理して掲載する。必要に応じて、渡辺氏の発言を補助的に引用することとする。

●東日本大震災からの復興はできる、その財源はある

 丹羽氏は、東日本大震災からの復興に関し、次のように述べている。
 「今回の被害が50兆円あるいは100兆円にのぼるとしても、僕は大震災を出発点として、日本経済をもう一度、輝かしい繁栄と成長の軌道に載せることは決して不可能ではないと思います。冷静に経済学的に解釈したらそれは十分可能です。東北地方であれだけダメージを被りましたが、日本経済の規模から見れば致命的なダメージまでは行っていません」
 「もし素晴らしいグランドデザインができれば、それを実現していく力は、日本に十分あるですから、まずは政治家には頑張ってもらわないといけない。高橋是清の時分には、日本にどれだけ生産能力に余裕があるかということは計算するすべがありませんでしたが、現在は少なくとも私自身が1970年から去年までの40年間にわたるデフレ・ギャップの推計をちゃんとやっています。確かに大震災のダメージは大きいですが、デフレ・ギャップという形で、日本にはまだまだ生産能力の余裕はたっぷりあるです。復興事業でどれだけのことをやっても大丈夫だという数字の裏づけを、政策担当者に十分インプットする必要があります。それを踏まえて後藤新平よりも遥かにダイナミックな復興計画をデザインすればいいです」

 後藤新平とは、関東大震災の時に、帝都復興院の総裁となって、大胆な復興計画を進めた政治家である。私は、4月5日の日記「関東大震災の時の帝都復興院」にて後藤について書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110405


 「復興のためには、一刻も早いグランドデザインとそれに伴う経済計画を国民に示すことが大切だと思います。絶対にしてはならないのは、線香花火のようなその場かぎりの、けちけちした、細切れ的計画です。そんな計画では結局ドブにカネを捨てることになります。10年、20年後を見据えた威風堂々たるグランドデザインとそれを実現するための威風堂々たる経済興隆計画を早く提示してほしいものです」
 「日本は20年間で7000兆円を失い、不況から一向に脱却することができていない。そこに今回の東日本大震災です。われわれは今こそデフレ・ギャップという形でのマクロ的生産力の余裕という宝を生かし、政府の貨幣発行特権という『打ち出の小槌』財政財源をうまく利用して復興事業に取り組むべきなんです。そうすれば、増税もなく、国債の大量発行に伴うクラウディング・アウトという副作用もなしに、日本経済そのものを輝かしい繁栄の軌道に乗せることができるはずなんです」
 「中国に『錬金術』があるのならば、わが方には『国(政府)の貨幣発行特権』の発動という『打ち出の小槌』財源がある。わが日本も、中国などには負けない威風堂々たる復興と経済成長を実現しようじゃないですか。これこそが、現在の国難からわが国を救う唯一の方途でしょう」
 以上が、対談における丹羽氏の東日本大震災からの復興に関する提言の要旨である。

 政府が持つ貨幣発行特権の発動には、担保は必要なく、返済も利払いも必要ない。将来の増税も必要ない。なぜそんな夢のようなことが言えるのか。わが国は巨大な生産力を持ちながら、その60〜70%しか稼働していない。潜在的なGDPと現実のGDPの間に、巨大なギャップがある。このデフレ・ギャップの存在が、政府貨幣発行特権の発動を可能にする真の財源である。発動においては、政府紙幣を印刷する必要はなく、電子信号による入金だけでよい。日銀券を大量増刷する必要もない。
 丹羽氏は、平成18年にこうした政府貨幣発行特権の発動による「600兆円計画マニフェスト」を政府関係者に建言した。具体的には、国(政府)が所有している無形金融資産のうちの650兆円ぶんを50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売る。それによって、600兆円を調達する。同時に日銀も資産内容がいちじるしく改善される。600兆円のうちの250兆円程度を、3〜5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させる。残りの350兆円を用いて、国の長期債務残高の半分に近い350兆円を、数年のあいだに償還する。経済成長の回復にともなう税収の大幅な増加とあいまって、わが国家財政を根本的に再建するというものである。詳しくは、拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏」をお読みいただきたい。

 今回の対談では、丹羽氏は600兆円ではなく、「何百兆円」という言い方をしている。金額は、必要な額に設定できる。700兆円でも、800兆円でも問題ない。国家指導者から、東日本大震災からの復興のためのグランドデザインが示されれば、それに応じた金額にすればよい。日本が持つ莫大な財源を生かすならば、東北、そして日本の復興を日本人は威風堂々と進めることができる。私は、国家埋蔵金の供出や無利子国債、永久国債の発行等も有効な財源調達方法と認める者だが、丹羽氏の政府貨幣発行特権の発動を上策と考える。この方法を理解する政治家、有識者、国民が増えるならば、日本は世界史上、比類ない方法で、復興と発展を実現できるだろう。

(2)大胆な政策を裏づける経済学的な理論


 次に、対談において丹羽氏が提言の裏づけとして述べている経済学的な理論・見解を整理してみたい。7点挙げる。
 
 第1に、内閣府のいうデフレ・ギャップについて。
 丹羽氏は次のように語っている。「内閣府の出す数字を僕は信用していません。内閣府が2月下旬に、現在の日本経済におけるデフレ・ギャップを発表しました。それがなんとたったの3.8%なんです。ということは資本設備と労働力と合わせて96.2%で稼動しているということになる。本当にそうなら、ものすごく景気のいい状態ですよ。あの高度経済時代でも5%や6%のデフレ・ギャップはあったです。日本経済はバブルが弾けてずっと停滞が続き、サブプライム・ローン不況やリーマン・ブラザーズ暴落が追い打ちをかけた。こういうひどい状況の中でデフレ・ギャップが3.8%ということはありえません」と。
 丹羽氏によれば、本当のデフレ・ギャップとは、単なる需給ギャップではない。需給ギャップは、生産量を調整して在庫を少なくすれば、ギャップを小さくできる。景気が悪くて需要が少なく、それに応じて供給を少なくすれば、需給ギャップは小さいけれども、不況なのである。だから、需給ギャップが小さいということだけを見ていると、そのギャップを包んでいるもっと大きな本当のデフレ・ギャップを見失う。本当のデフレ・ギャップは、潜在的なGDPと現実のGDPの差を言う。内閣府の出している数値は、本当のデフレ・ギャップを隠し、国民を欺くものである。
 
 第2に、本当のデフレ・ギャップについて。
 丹羽氏は、対談において独自に作成したデフレ・ギャップのグラフを示す。1970年から2008年までのグラフは、拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏」に掲載している。今回の対談では、2010年までの推移が示されている。それによると、1970年を「完全雇用・完全操業」の状態とし、その状態を継続していた場合のGDPを、線で表す。これが潜在GDPであり、低め、中くらい、高めの三本の線で表す。グラフの一番下の線は、実際のGDPの推移を表す。つまり実質GDPである。左端の1970年の潜在値は1985年価格評価で176兆円。実際値は172兆円。その差はわずか4兆円である。これに対し、右端の2010年の場合、85年価格評価で見ると、「中」のケースで、潜在GDPは911兆円であるのに対し、実質GDPは487兆円。つまり差し引き、424兆円もの富が実現されずに失われているわけである。2000年価格評価だと、潜在値1020兆円、実際値545兆円で、差し引き479兆円となる。
 丹羽氏は、グラフを使って次のように言う。「完全雇用と完全操業に近い水準、具体的には97%の操業率で産み出されるあろう国内総生産を潜在GDPと表現しているのですが、それに比べて現実のGDPがうんと下のほうにはいつくばったままです。この差がデフレ・ギャップです。より分かりやすく言えば、デフレ・ギャップというのは本来の実力と現実の差のことです」と。これが、丹羽氏のいう本当のデフレ・ギャップである。
 
 第3に、1990年からの20年間で失われた富について。
 丹羽氏は、先のグラフをもとに次のように言う。「最近では年間で4百数十兆円の潜在GDPが失われています。平成不況が発生した90年代のはじめから去年までを累積すると実に7千数百兆円の潜在GDPが空しく失われている。東日本大震災で失われた額と比べても桁違いに大きい。7000兆円ですよ。これが失われたことで日本国民が塗炭の苦しみを味わってきました。株は4分の1、不動産は3分の1、ゴルフの会員権にいたっては20分の1ですよ。大資産家も一般庶民もいろいろな形で苦しんでいるわけです。特に中小企業の苦しみはひどいですね。7000兆円を過去20年間で失ったのは明らかに人災です」と。

 

 第4に、財源調達に国債の発行は限界を迎えつつあることについて。
 渡辺氏は、対談において、東日本大震災からの復興には、「大きな、将来を託せるような」グランドデザインが必要だという。そして、グランドデザインを実現するための財源は「やはり丹羽さんの政府紙幣発行特権の発動に落ち着かざるを得ません」と言う。金融政策はゼロ金利をこれ以上下げることはできず、財政は「もう臨界点」であり、国債の発行は「限界を迎えつつあります」と言う。
 渡辺氏は、丹羽氏の提言を支持するに当たり、国債については次のように語る。「現在、国債はおよそ95%が家計貯蓄によって消化されていますが。この家計貯蓄によって購入された国債を運用しているのは金融機関です。家計貯蓄がどれくらいあるかというと、昨年では家計負債を引いた値が1077兆円です。他方、政府の負債は908兆円。今は家計貯蓄の方が政府負債より大きい。しかし今年、44兆円もの国債を発行しましたよね。これを4年続けると、176兆円になります。政府負債が908兆円ですから、単純にこれを足し合わせると、4年後には1084兆円になります。つまり家計貯蓄より政府負債のほうが大きくなってしまう。しかもこの間、家計貯蓄は減少していくに違いありません。そうすると国債を発行しても『入札未達』、つまり発行しても市場がこれを消化しきれなくなってしまうという危険性があります。その結果、国債価格が下落、長期金利が上昇して日本経済は一層低迷していかざるをえない。国債発行に頼ることはあと2、3年しかできませんね」と。
 丹羽氏は、これに対し、「だからこそ、政府の貨幣発行特権をうまく使って財源にするべきなんです」と応えている。
 一体、わが国はいくらまで国債の発行が可能なのか、国債発行の限度額については、いろいろ議論のあるところだが、ここでは立ち入らない。

 第5に、政府貨幣発行特権の発動の際の円高の可能性について。
 丹羽氏が説く政府貨幣発行特権の発動は、どれだけ発行しても政府の負債にはならず、担保は不要、利息の支払も不要、返済も不要で無制限に発行できる。丹羽氏はこの特権を、政府紙幣の発行も日銀券の大量増刷も不要という独創的な方法で行うことを提案している。これについて丹羽氏は次のように語っている。
 「そんなことをしたら、日銀券が紙くずになってしまうとか、通貨への信任が失われて日本人は円を使わなくなるとか言われますが、そんなことはありません。日本経済が今のようなゼロ成長から突然7%を超えるほどの成長率で、しかも10年間成長し続けるということがはっきりし始めたら、全世界から大量の資金が日本の証券市場などに雪崩れ込んできます。株価が上がるのはいいとしても、みんな円を買ってきますから、円高が暴走する危険性はあります」「円への信任が失われるのではなく、円への信任が高くなり過ぎて困るわけですが、これは食い止めなくてはいけない」「円高の暴走を防ぐためには、相当大規模にドルとユーロの買い支えをしなくてはいけない。このためにも、貨幣発行特権の活用による潤沢な財源を活用すればよい。その時にアメリカやヨーロッパ諸国などの外国の公債を政府と日銀が大量に買って、それと等価で国内の投資家が持っている日本の国債と交感すればいいです」「ちょっとプレミアムをつけるから、代わりにアメリカやヨーロッパの公債で運用しなさいよと誘導すればいい」「そうすれば国内で過剰流動性を発生させないで何百兆円という政府の借金を回収できるです。つまり円高の暴走を食い止めるのと、政府の借金を解消するのと一石二鳥でやれる。おそらく10年間で今の日本の政府の借金の半分ぐらいは解消できます」と。

 第6に、ハイパー・インフレの可能性について。
 渡辺氏は、「政府マネーを無制限に発行していけばいずれは間違いなくハイパー・インフレになるでしょう。そこにどうやって歯止めをかけるか」と丹羽氏に問う。
 丹羽氏は次のように答える。「簡単なことです。マクロのデフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの発生状況を勘案して有効需要の発動状況を決めればいいです。そもそも国家財政の黒字と赤字は、マクロのデフレ・ギャップ、インフレ・ギャップとはまったく関係ない。その関係ないものでマクロの財政政策、金融政策が拘束されているです。それだけでなくて、このためものすごいダメージを日本経済は被っているわけです。そういう不条理から脱却して、デフレ・ギャップとインフレ・ギャップの発生状況をいつも勘案して、デフレ・ギャップが大きければどんどん総需要拡大政策をやっていけばいいし、逆にインフレ・ギャップが発生しそうになっていればブレーキをかければいい」「これがやれるようになってはじめて、ケインズ革命が本当の意味で完成するわけです」と。

 第7に、復興・繁栄をめざす政策の実現可能性について。
 丹羽氏は「日本は20年間で7000兆円を失い、不況から一向に脱却することができていない。そこに今回の東日本大震災です。われわれは今こそデフレ・ギャップという形でのマクロ的生産力の余裕という宝を生かし、政府の貨幣発行特権という『打ち出の小槌』財政財源をうまく利用して復興事業に取り組むべきなんです。そうすれば、増税もなく、国債の大量発行に伴うクラウディング・アウトという副作用もなしに、日本経済そのものを輝かしい繁栄の軌道に乗せることができるはずなんです」と説く。
 そして、次のように言う。「ここで強調しておきたいのは、民間投資、貿易収支、一般政府支出を合わせた自生的な有効需要支出が倍になればGDPも倍になるという事実です。これは実証されています。わが国の現在の自生的な有効需要支出はおよそ200兆円です。その内の100兆円は一般政府支出です。ですから、この『自生的有効需要支出額』は政府の政策によって動かせる政策変数です。これを10年間で倍にすればGDPも否応なしに2倍になるですよ。政府の貨幣発行特権を発動して一般政府支出を増やせばいいですよ。そうすれば社会保障も充実し、国民の生活水準も飛躍的に向上し、防衛力も整備できます、発電所、変電所の建設とか、代替エネルギーの開発など、すぐできますよ」と。
 対談の相手である渡辺氏は「同感です」と首肯している。そして、丹羽氏の提言について、次のように言う。「理論的にも実証的にもこれだけ見事で整合的な枠を持ったプランをなぜ政府が本格的に採用しなかったのかと、まことに残念です。おそらくはいろいろな既得権益に阻まれてなかなか実現できないということだったと思います。われわれ論壇人としても丹羽さんのプランをぜひアピールしていきたいと思います」と。

 丹羽春喜氏は、東日本大震災からの復興はできる、その財源はある、と主張している。氏の経済的な理論・見解を、渡辺氏の対談から7点を挙げて、氏の提言の裏づけを見てきた。
 本章の結びに、丹羽氏が東日本大震災からの復興に関して述べていることを再度、要約にて掲載する。
 「今回の被害が50兆円あるいは100兆円にのぼるとしても、僕は大震災を出発点として、日本経済をもう一度、輝かしい繁栄と成長の軌道に載せることは決して不可能ではないと思います」「もし素晴らしいグランドデザインができれば、それを実現していく力は、日本に十分あるですから、まずは政治家には頑張ってもらわないといけない」「確かに大震災のダメージは大きいですが、デフレ・ギャップという形で、日本にはまだまだ生産能力の余裕はたっぷりあるです」「復興のためには、一刻も早いグランドデザインとそれに伴う経済計画を国民に示すことが大切だと思います」「10年、20年後を見据えた威風堂々たるグランドデザインとそれを実現するための威風堂々たる経済興隆計画を早く提示してほしいものです」「日本は20年間で7000兆円を失い、不況から一向に脱却することができていない。そこに今回の東日本大震災です。われわれは今こそデフレ・ギャップという形でのマクロ的生産力の余裕という宝を生かし、政府の貨幣発行特権という『打ち出の小槌』財政財源をうまく利用して復興事業に取り組むべきなんです。そうすれば、増税もなく、国債の大量発行に伴うクラウディング・アウトという副作用もなしに、日本経済そのものを輝かしい繁栄の軌道に乗せることができるはずなんです」「わが日本も、中国などには負けない威風堂々たる復興と経済成長を実現しようじゃないですか。これこそが、現在の国難からわが国を救う唯一の方途でしょう」
 以上である。

 丹羽氏の経済理論と経済政策の詳細については、別に「救国の経済学〜丹羽春喜氏2」を書いた。そちらをご参照願いたい。
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参考資料
・丹羽春喜氏+渡辺利夫氏の対談「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」(月刊『正論』平成23年6月号)

  

 

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