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日本復活へのケインズ再考

2011.3.31

 

<目次>

はじめに〜日本復活のために

第1章 ケインズの課題と理論

第2章 ケインズの政策

第3章 ケインズの思想

第4章 ケインズ主義の展開

第5章 新古典派経済学の席巻

第6章 ケインズの復活

第7章 日本での摂取・発展

結びに〜東日本大震災を乗り超えよう

 

 

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はじめに〜日本復活のために

 日本の再建のためには、憲法の改正、国防の充実、教育の改革、道徳の回復、家族の復権等が不可欠である。それとともに必要なのが、経済の建て直しである。わが国は、アメリカに経済的に従属した状態にある上に、10年以上にわたってデフレが続き、雇用・所得の減少等、深刻な状況にある。
 日本経済の復興は、それを可能にする理論と政策によらねばならない。経済学はマルクスか、ケインズか、新古典派かに大きく分けられる。マルクス経済学は社会主義・共産主義、新古典派経済学は新自由主義・市場原理主義である。前者は旧ソ連や東欧を後追いする道、後者は強欲資本主義を再燃させる道である。日本経済復興のためには、ケインズを中心に経済学を再検討すべきだと私は思う。もちろん半世紀以上も前のケインズの理論と政策に、そのまま答えがあるわけではない。今日の世界で役立つところを見出して参考にするという意味である。
 ジョン・メイナード・ケインズは、20世紀最大の経済学者の一人である。ケインズは、第1次世界大戦によって西洋文明が衰亡の兆しを示し、またロシア革命によって欧州・世界が共産主義の脅威に直面し、そこにアメリカ発の大恐慌が起こって、資本主義が崩壊の危機に瀕した時代に、自由と道徳と繁栄を守るための経済理論を創出した。
 わが国のケインズ研究の権威の一人である伊東光晴氏は、『ケインズの思想と理論』(「世界の名著 ケインズ等」中央公論社)にて、ケインズは「資本主義の危機に際して、その原因を理論的にとらえる苦闘の中から、その危機を取り除く処方箋を引き出し、19世紀資本主義にかわる、現代資本主義をつくりだす支柱をつくりあげた経済学者」であり、「古典的資本主義対社会主義の対立の中で、第三の、資本主義の修正の道があること」を示したと評価している。
 第2次世界大戦後、アメリカとソ連が勢力を拡大し、資本主義対共産主義、自由主義対統制主義の対立が構造化した。米ソの冷戦である。この時、ケインズの理論は、資本主義・自由主義の諸国が経済的に発展をすることを可能にし、冷戦に打ち勝って、共産主義を崩壊させることに貢献した。
 伊東氏と並ぶケインズ研究の権威・宇沢弘文氏は、著書『ケインズ「一般理論」を読む』(岩波現代文庫)で、「ケインズの経済学は一方では、第2次世界大戦後の世界の多くの国における経済学研究の主軸を形成してゆくとともに、他方では、経済政策策定のプロセスで重要な役割を果たし、比較的安定した経済成長をもたらすことを可能にしたのであった」と述べている。
 ケインズ的な政策による「救国の秘策」を説く丹羽春喜氏は、「冷戦時代に、自由世界の基礎である私有制に基づく市場経済体制を守りぬくうえでの最強の戦力は、ケインズ主義のパラダイムであった。冷戦とは、経済思想の闘いの局面では、マルクス対ケインズの対決であったのである」と語っている(論文「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)
 1929年の大恐慌以後、経済学では、マルクス主義とケインズ主義が対立してきた。対立は第2次世界大戦後、米ソの冷戦、資本主義・自由主義と共産主義・統制主義の対峙の下で、継続された。マルクス主義は、反ケインズ主義である。このマルクス主義とケインズ主義の対立に、1970年代から、ケインズ主義と新自由主義・新古典派経済学の対立が加わった。冷戦の終焉後、マルクス主義が大きく後退すると、ケインズ主義と新自由主義・新古典派経済学の対立が主となった。新自由主義・新古典派の反ケインズ主義が圧倒的な優勢となり、ケインズ主義は少数派となった。
 しかし、平成20年(2008)リーマン・ショックによる世界経済危機の勃発によって、世界的に新自由主義・市場原理主義の見直しがされるようになった。それと同時に、ケインズが復活し、ケインズ主義が復権している。
 ケインズ研究の世界的な第一人者、ロバート・スキデルスキーは、21年(2009)9月に『ケインズ:ザ・リターン・オブ・ザ・マスター』(邦題「なにがケインズを復活させたのか?」日本経済新聞出版社)に、次のように書いた。
 「いま吹き荒れている経済の嵐によって、賢明で公正で良い目標へと経済活動の方向を変える絶好の機会が訪れている。このような未来への案内役として、ケインズはかけがいのない思想家である」「ケインズは現在の深刻な不況を説明するきわめて有効な方法を提示し、不況から脱出するための政策を示し、経済が落ち込み続けるのを可能な限り防ぐ方法を示し、人々の状態を理解する方法を示している。ケインズがいま、新鮮なのはこれらのためである」と。
 ケインズの主著である『雇用・利子および貨幣の一般理論』(以下、『一般理論』)は難解で知られる。ケインズは、本書の対象を経済学者としており、一般の読者を想定していない。議論の進め方は複雑で、主張が体系的でない。そのうえ、ところどころ自己矛盾が見られる。またケインズは、他の経済学者に対し、日本風に言えば本音を述べずに抑えた言い方をする性癖があった。そのため、例えばケインズ研究者の間には、ケインズ理論の普及に貢献したIS―LM分析について、ケインズの真意を歪めるものだという指摘が早くからあり、また近年はケインジアンの経済学とケインズ自身の経済学とは区別されねばならないという批判が一部に見られる。
 今日の世界にケインズが復活し、ケインズ主義が復権したと言っても、それぞれのケインズ像、様々なケインズ主義が、表通りに軒を並べているような状態である。もとより私のような素人が、包括的かつ整合的なケインズ像を示せるわけはない。しかし、マルクスかケインズか、新古典派かケインズかという選択であれば、ケインズに学ぶべきである。このことは、明確に判断できる。本稿はこうした判断のもと、わが国の経済の復興のために、ケインズを再考することを目的とする。

 

 

1章 ケインズの課題と理論

 

●ケインズの課題と新古典派経済学の限界

 ケインズは、1936年に刊行した『一般理論』において「有効需要の原理」を樹立し、経済学史上「ケインズ革命」と呼ばれるほどの変革を成し遂げた。
 1929年、アメリカで大恐慌が起こった。それ以前からイギリスでは、第1次世界大戦後、経済状態が悪く、1920年代なかばに、すでに不況の嵐を受け続けていた。失業率は、1923年から世界恐慌の起こる1929年まで、毎年10%を超えていた。
 ケインズ「一般理論」の原点は、当時重大な問題となっていた失業をいかに説明するか、そしてそれを解決するためには、どのような政策がとられるべきか、という点にあった。ケインズは、失業問題に対し、当時の経済学は無力だと考えた。そして、それまでの経済学の理論を乗り越え、新たに生み出したのが、一般理論である。
 ここで経済学の歴史を簡単に述べておきたい。19世紀半ば以来、経済思想における最大の対立は、資本主義と共産主義の対立である。根本的な違いは、私有財産制の肯定か否定かにある。思想的には、ジョン・ロックとカール・マルクスの対立である。ロックは私有財産制を肯定し、資本主義を哲学的に基礎付けた。マルクスは私有財産制を否定し、資本主義の矛盾を止揚するかのような思想を打ち立てた。資本主義と共産主義は理論的には正反対だが、私の見るところ、実態は自由主義的資本主義と統制主義的資本主義の違いに過ぎない。共産主義を実行したソ連等の諸国の経済体制は、実態は統制主義的資本主義である。そこで、私は、いわゆる資本主義を統制主義的資本主義と区別するため、自由主義的資本主義と呼ぶ。
 古典派経済学は、ロックの思想を継承したアダム・スミスに始まった。古典派経済学は、スミスが『国富論』(1776)で礎をすえ、デヴィッド・リカードが『経済学及び課税の原理』(1817)で完成し、J・S・ミルが『経済学原理』でさらに発展させたものである。古典派はものの価値はその生産に投入された労働量で決まると考えた。いわゆる「労働価値説」である。マルクスも労働価値説を支持した。だが、商品の価値は、生産に投入された労働量ではなく、市場における需要と供給の関係において決まる。労働価値説では、価値の本質を解明できない。そうした労働価値説の上に、マルクスは理論体系を構築した。そのためマルクス経済学は基本的な欠陥を持っている。(註1)
 これに対し、1870年代に、ものの価値は、それが人々に与える主観的効用、つまり「限界効用」によって決まる、とする学説が現れた。「限界的」というのは「最後の追加一単位あたりの」という意味である。この限界概念を、すべての価格決定の根底にすえた経済理論の登場を「限界革命」と呼ぶ。限界革命は、イギリスのウィリアム・ジェボンズ、オーストリアのカール・メンガー、スイスのレオン・ワルラスがほぼ同じ頃に成し遂げた。これ以後の経済学を新古典派経済学という。今日の新古典派経済学の主流は、ワルラスの一般均衡理論に基づいている。
 ケインズの時代、新古典派経済学の主要なテーマは、多くの資源の配分、無数といってもよい財・サービスの生産・消費、こうした問題が価格と市場を通していかに効率的に解決されるか、そのメカニズムを明らかにすることであった。その理論は、全ての財・サービスの価格と生産量が、需要と供給によって決まるとする「需要・供給―価格理論」、及び貨幣は交換を容易にする手段に過ぎず、貨幣価値は貨幣の数量によって決まるという「貨幣数量説」を要素とする。
 新古典派の「需要・供給―価格理論」で説明できる失業は、産業間の不均衡によって一時的に生じる摩擦的失業と、現行賃金が安いから働かないという自発的失業者のみとなる。新古典派は完全雇用という特殊な場合だけを考え、それより経済活動水準が低い場合を考えない。現行の賃金率で働く意思がありながら職にありつけない失業者、つまり非自発的失業者を想定しない。社会に失業者があふれているのに、新古典派の理論では、その理由をまったく説明できないのである。
 ケインズの『一般理論』は、この失業の問題に取り組み、「有効需要の原理」と呼ばれる新理論を提示した。「有効需要」とは、実際の貨幣の支出に裏付けられた需要のことである。「有効需要の原理」は、社会全体の有効需要の大きさが産出量や雇用量を決定するという理論である。そして、ケインズは、有効需要の不足によって、現行の賃金率で働く意思がありながら職にありつけない「非自発的失業者」が生じることを解明した。
 ケインズは、新古典派経済学は「セイの法則」を暗黙のうちに前提にしていると指摘した。「セイの法則」とは、ジャン=バティスト・セイが定式化したもので、「供給はそれみずからの需要を創り出す」という法則である。資本主義が発達の低い段階にあったときは、経済は希少性に特徴があった。生産力が低く、供給が不足していた。ものを作ればみな消費された。それが「セイの法則」の社会である。しかし、資本主義が発達すると、供給能力が大きくなり、それに応じた需要が伴わないと、需要不足が原因で不況や失業を生じる。これが20世紀、ケインズの時代である。「セイの法則」が成り立っているのならば、そもそも需要不足など起こりえない。ケインズは「セイの法則」を前提とすることを否定した。
 ケインズは、新古典派の理論では解明できない経済の現実に取り組み、これを説明するために、一般理論を生み出した。一般理論は、雇用の問題を中心に利子・貨幣を含めた総合的な理論である。そして、ケインズは「有効需要の原理」に基づいて、政府による「総需要管理政策」の理念を打ち出し、それまでの経済理論に大きな変革をもたらし、経済政策にも大きな変化を与えた。「ケインズ革命」といわれる所以である。

註1
・マルクスの理論的欠陥については、拙稿「マルクス『資』の基本的欠陥」をご参照下さい。(目次から03へ)

 

●ケインズの画期的な経済理論

 

(1)有効需要の原理


 ケインズの『一般理論』は難解である。全体像をつかむのは、容易でない。また解釈が様々ある。一般理論を理解するための要点として、私は有効需要の原理、乗数理論、流動性選好、貨幣の役割の4つを挙げたい。これら4点を中心に、ケインズ理論を概説する。
 第一に、最も基本的なものが、「有効需要の原理」である。「有効需要の原理」とは、一国の経済規模は、社会全体の有効需要の大きさによって決まるというものである。経済規模とは、生産量や国民所得のことである。多数の失業者が発生するのは、経済規模が縮小しているからであり、その原因は有効需要の不足にある、とケインズは把握した。
 このことを理解するには、前置きがいる。ケインズはその前置きを書いていない。前提となる認識を私なりに書いてみよう。人間は労働によって価値を生み出す。労働によって新たに作りだされた価値は、具体的には商品として市場で販売される。ちなみに人間が生産したものの本来の価値は使用価値、市場で貨幣を仲介として他の商品と交換される際の価値は、交換価値である。商品が売れると、その価格に応じて売り手は、報酬を得る。それが所得である。市場で販売される商品には、財とサービスがあり、労働力も特殊な商品である。一国全体で見ると、こうして新たに作りだされた価値は、それが商品として市場で貨幣を仲介して交換される限り、必ず誰かの所得になる。それゆえ、一国における価値の生産の総量は、国民全体の所得と等しくなる。国内総生産=国民所得である。ちなみに、経済活動には生産面・分配面・支出面の三つの側面があるので、「国内総生産=国民総所得=国内総支出」という関係が成り立つ。ここまでが、私なりの前置きである。
 さて、所得の一部は消費される。そして、一部は貯蓄される。所得のうちどのくらいが消費されるかの割合を、ケインズは「消費性向」と呼ぶ。所得から消費を除いたものが、貯蓄である。所得のうち、貯蓄される割合をケインズは「貯蓄性向」と呼ぶ。「性向」とは、心理的傾向である。国民全体の集団的な心理傾向である。それゆえ、集団心理によって、消費の割合が大きくなったり、貯蓄の割合が大きくなったりする。将来は不確実だから、将来に不安を感じると、消費を控えて貯蓄を多くしたり、先行きに安心感があると、消費に積極的になったりする。ケインズの経済学は、社会心理学的な側面を持つ。将来の不確実性に対する社会心理を、経済学の理論に取り入れたところに、大きな特徴がある。

●投資の大きさが有効需要の大きさを決める

 消費性向は、所得のうちの80%を消費に充てるなら、0.8という風に書く。ケインズは、消費性向は1より小さいという主旨の主張をした。普通、人は所得をすべて使ってしまうということは、ない。ある程度、収入があれば、将来に備えて、一部は貯蓄に回す。もちろんその日暮らしで全部使ってしまう人もいれば、貯蓄を食いつぶして生き延びている人もいる。しかし、国民全体で見れば、消費性向は1より小さい。消費性向が1より小さくなることは、われわれの行動を律する「基本的な心理的法則」と呼びうるものだとケインズは言っている。
 ここまでを記号で表して整理しよう。国民所得をY、消費をC、貯蓄をSで表すと、

  Y=C+S ・・・@

である。所得のうちの消費の割合は、

   C
  ―――
   Y

と表現できる。これを、消費性向という。消費性向を c とすると、

  1− c = S

である。
 消費は人々がそれだけ商品を購入することだから、需要である。一方、生産は、商品を作って提供することだから、供給である。@の式において、左辺Yは一国の総生産、つまり総供給額を表している。右辺のCは消費需要額である。Sは貯蓄だから、需要ではない。そこで、Yの生産水準が維持されるためには、消費需要以外に、貯蓄の分に当たる需要がなければならない。それが投資である。投資は消費とともに社会全体の需要を構成する。投資はIで表すことにする。
 ここで、左辺に社会全体の総供給額、右辺に総需要額をとると、

  Y=C+I・・・・A

となる。
 「有効需要」とは、実際の貨幣の支出に裏付けられた需要のことである。具体的には消費による需要と投資による需要である。Aの式は、一国の経済規模(Y)は、社会全体の有効需要、つまり消費需要(C)と投資需要(I)の合計によって決まることを表している。
では、消費と投資にはどういう関係があるか。
 いまここで消費性向( c )を用い、所得の一部が消費されることを、

  C=c

と表す。消費性向( c )は、消費に関する国民の集団的な心理傾向ゆえ、短期的にはそう大きく変化しない傾向がある。そこで消費性向( c )は短期的に安定しているとすると、A式は、

  Y=cY+I 

  (1― c)Y=I 

      1
  Y=―――――I 
     1−c

となる。投資需要が大きければ大きいほど、国民の所得の総額が大きくなり、一国の経済規模は投資の大きさに依存することになる。
 有効需要は、消費需要と投資需要から成り立つ。短期的には消費性向は、あまり変化しないから、消費需要はそれほど増えたり減ったりしない。それゆえ、消費性向が安定的であれば、投資需要の大きさが経済規模を決定することがわかる。経済規模が小さくなると、雇用状況が悪くなり、失業者が増える。ケインズは、なぜ多数の失業者が発生するのか、その原因を突き止めようとした。そして、概略上記のような考察により、投資の額が少ないから、雇用が少なくなる。それが失業者の多数発生する原因だと考えた。それゆえ、短期的には投資需要を増やすことで有効需要を拡大することが、生産の量、ひいては雇用の量を増やすことになる。これが、失業問題の解決法だ、とケインズは考えた。「有効需要の原理」の主旨は、概ね以上のようなものである。

(2)乗数理論


 ケインズの「有効需要の原理」は、「乗数理論」と「流動性選好」という二つの柱によって支えられている。次に、これら二つの柱について記す。まず乗数理論である。
 投資と所得の間には、「乗数」という数字で表される関係が存在する。
所得が増加すると、消費も増加する。その割合をケインズは「限界消費傾向」と呼ぶ。所得の増加をY 、消費の増加をCで表すと、限界消費性向は、

   
  ―――――
   

である。
 限界消費性向を aとし、投資の増加と所得の増加の関係を式で求めると、

 Y=C+I

ゆえ、増加分についても

  Y=C+I 

となる。

  Y−C=

      
 (1− ――――)Y=
      

      1
  ―――――――――I=
   1−C/

    1
  ――――― I=
   1−a

となる。
 これによって、投資の増加Iがあると、その何倍かの所得の増加が生まれることがわかる。この倍数を「乗数(multiplier)」という。「乗」は加減乗除の「乗」つまり「かける」を意味する。
 乗数は、

     1
   ―――――
    1− a

である。
 たとえば、所得の増加分の80%が消費されるとすると、限界消費性向は0.8である。1−0.8=0.2だから、

     1
   ――――― = 5
    0.2

となる。
 大まかに言うと、乗数は、消費性向が大きければ大きいほど大きくなると言うことができる。消費性向が0.8なら乗数は5、消費性向が0.9なら乗数は10となる。消費性向は貯蓄性向と足すと1になる関係にあるから、貯蓄性向を使って言い換えると、乗数は貯蓄性向が小さければ小さいほど大きくなる。貯蓄性向が0.2なら乗数は5、0.1なら10となる。これは、乗数は貯蓄性向の逆数であることを意味する。
 一国経済の総生産(GNPないしGDP)は総需要に等しくなるような水準に決まる。言い換えると、貯蓄が投資に等しくなるような水準に決まる。それゆえ、投資の増大は、乗数倍だけ生産を増加し、所得の増大をもたらす。投資需要を大きくすれば、投資需要の増加分以上に、総生産量を増加させることができる。
 なお、乗数理論を最初に着想したのは、リチャード・カーンだった。カーンは、個々の経済主体の投資が、一定の時間を経過して波及的に効果を生むと考えた。そこでカーンの乗数を「波及論的乗数」という。これに対し、ケインズは、社会全体の実質資本の増加となる総投資をとらえ、その効果は時間的な波及の過程を経てからでなくとも成立するとした。そこでケインズの乗数は「即時的乗数」という。ケインズは、自分がカーンの「波及論的乗数」をとらなかったのは、それ在庫減少した分だけ生産するという特殊な仮定を置いていたからだと強調している。
 乗数理論のエッセンスは、今日でもマクロ経済学の動きを見るときに欠かすことができない考え方である。ちなみにわが国の場合、GDPは約500兆円だが、そのGDPを生み出す投資(厳密には自生的有効需要支出)の総額は約200兆円である。投資の約2.5倍のGDPが生み出されている。これは、乗数が2.5前後であることを意味する。実際には若干下がり、2.3〜2.4となる。
 乗数とは「数」であるから、人間の心理とは無関係のような気がするが、実は人間の心理と重要な関係がある。というのは、乗数は消費性向・貯蓄性向と連動する数である。性向とは、国民の集団的な心理傾向ゆえ、その集団心理が乗数という数に表れるのである。つまり、乗数とは、国民の集団心理を表す数なのである。国民が勤勉で貯蓄に励む国は、乗数が小さくなる。家計貯蓄率の低い国は、乗数が大きくなる。
 消費性向・貯蓄性向について書いた項目で、人々は将来に不安を感じると、消費を控えて貯蓄を多くしたり、先行きに安心感があると、消費に積極的になったりすると書いた。ケインズは、将来の不確実性に対する社会心理が経済活動において重要な役割をすることを明らかにしたが、それは乗数理論においても貫かれているのである。

(3)流動性選好説

 

乗数理論と並ぶ「有効需要の原理」のもう一つの柱は、流動性選好説と呼ばれるケインズ独自の利子論である。
 「有効需要の原理」によって、投資の増大は、乗数倍だけ生産を増加し、所得の増大をもたらす。それでは、投資の大きさはどのように決まるのか。
企業家は、事業を営むために投資家から資金を借りる。資金を借りると、利子を支払わねばならない。企業家は、事業から上がる利潤率の方が利子率よりも大きいと思えば、資金を借りて事業に投資するだろう。利潤率と利子率の差額が、純利潤になるからである。企業家は、自分が予想した利潤率が利子率を上回る限り、投資を行う。ケインズは、新たな投資について企業家が予想した利潤率を「資本の限界効率」と名づけた。「資本の限界効率」とは、投資の予想利潤率のことである。投資は、予想収益率と利子率が等しくなる水準に決まる、とケインズは考えた。
 次に、この利子率はどのようにして決まるのか。新古典派経済学は、投資・貯蓄の大きさは利子率によって決まるとした。金融市場では、資金の供給つまり貯蓄と、資金の需要つまり投資とを等しくさせる価格が利子率であると考えられていた。ケインズは、こうした新古典派の投資・貯蓄―利子率決定論を特殊な場合にのみ当てはまるものとした。そして、利子率を説明するために、「流動性選好説」という独自の理論を示した。
 流動性とは、交換の容易性や安全性を意味する。流動性が最も高い資産は、貨幣である。貨幣は、利子を生まない。債券や株式などは利子・収益を生む。しかし、将来、資産の価格がどうなるか不確実だと感じられれば、人々は安全な資産として貨幣を保有しようとする。
 ケインズは、人々のこうした性向を、「流動性選好(liquidity preference)」と呼ぶ。有効需要の原理の項目で、「性向」とは国民全体の集団的な心理傾向だと書いた。流動性選好もまた集団の心理傾向である。人々の心理傾向が、貨幣や債券・株式等の動きを、大きく左右する。ここでも将来は不確実なものであることが、深く影響する。
 将来、債券や株が上がると予想する人は、預金を手放して債券を購入する。逆に債券や株が下がると予想する人は、債券や株を売り、現金に換えようとする。値上がりを予想する人が多ければ、債券の価格は上がり、逆の場合は下がる。上がるか下がるかの予測に、必ずしも合理的な根拠はない。期待や不安、衝動や直感といった心の動きが、人々の予測となる。そして市場における需要と供給が均衡したところで、債券の価格が決まる。また、それによって示された利回りで、短期の利子率が決まる。これが流動性選好説によるケインズの利子論である。ケインズは「利子率は特定期間、流動性を手放すことに対する報酬である」と言う。この表現は、なんとも難しい言い回しだが、人々の貨幣に対する愛着や将来に対する不安を含蓄深く表しているように思う。
 さて、1年間に新たに生産され消費されていくものは、「フロー(流れ)」といわれる。川の水の流れのようだからである。貯蓄や投資はその流れの一部である。これに対し、川上の上流の湖に貯えられた水のように、過去から蓄えられた資産もある。これを「ストック(蓄え)」という。
 従来の利子理論は、フローに関係付けられていた。アダム・スミスやリカードの経済理論もマルクスの『資本論』もフローの理論だった。これに対し、ケインズの流動性選好説は、フローだけでなくストックにも関係付けられているのが、大きな特徴である。従来の利子理論は、フローとフローの関係、つまり投資と貯蓄の関係で利子率が決まるとした。これに対し、流動性選好論は、ストックの価値変動にも関係付けられている。これは、画期的な発想だった。

●不確実性の強調と、情念で動く人間観の提示

 経済学において不確実性を強調したことが、ケインズの大きな特徴であることを、これまで何度か書いてきた。資本制的生産では、現在において投資したものが、結果として利益を得られるのは、将来である。そこに時間的なずれがある。また、現在において予想する利益と、実際に将来得られる利益には、差が出る。成功や失敗がある。だから、資本主義は本質的に不安定なものである。さらに、資本主義を不安定なものにしているのは、産業より金融が経済の中心となり、金融市場の動きが景気を大きく左右するようになったからである。
 「有効需要の原理」によれば、景気循環の原因は、何よりも社会全体の需要の増大・縮小に求められる。短期的に消費性向が安定しているならば、投資需要こそが景気循環を生み出す主役である。そして、ケインズは、投資は予想収益率と利子率が等しくなる水準に決まる、とした。ただし、予想収益率は、合理的な計算で割り出せるものではない。将来は、本質的に不確実なものである。その不確実な将来に向うとき、人間の希望や勘、心配などが予想や期待を左右する。
 ケインズは、投資を左右するものは、「アニマル・スピリッツ」であるという。また心理的な表現が出てきた。ケインズは、ただの理論家ではない。有能な投資家であり、会社経営者でもあった。投資をやって、成功したり失敗したり、豊富な経験をしていた。そういうケインズが言う。「われわれが遠い将来を見据えて何か積極的な行動をする時には、数字で表されるような将来の収益の期待値を見て行動するのではなく、アニマル・スピリッツ、すなわち行動せずにはいられないという内から込み上げる衝動によって事を行うのである」と。「アニマル・スピリッツ」は、「血気」「野心的意欲」「動物的な衝動」などと訳される。
 金融市場では、投資家の心理によって株式が大きく左右される。不確実な将来に向って、損得をかけて決断・行動する。そうした人々の心理が、投資の額を左右し、生産と所得の額を左右する。特に金融の動きが産業に大きく影響し、景気の好不況を揺り動かす。そのもとには、「血気」「野心的意欲」「動物的な衝動」と訳されるような「アニマル・スピリッツ」があるとケインズは言うのである。
 新古典派経済学が想定する人間は、完全な情報を持ち、合理的に功利を計算して行動する人間である。社会を、それぞれ独立したアトム(原子)的な個人の集合ととらえ、あたかも原子の作用・反作用で均衡状態が生まれるように、均衡状態が生まれると仮定した。これに対し、ケインズは、将来が不確実な社会において、理性だけでなく感情や不安、衝動によって行動する、理性とともに情念を持った人間という人間観を打ち出した。「流動性選好」という集団的心理傾向は、理性だけでなく情念で動く人間の集団が示す心理現象である。そして、本質的に不安定な資本主義は、人々の集団心理によって変動する動的なものであるという見方を打ち出した。
 もっとも流動性選好説については、ケインズの考えとは違い、利子率の変化は投資にほとんど影響を与えないことが調査結果でわかった。1935〜40年に行われたオックスフォード大学の調査は、利子率が下がっても投資は増えないという結果を示した。仮に流動性選好説によって利子率の高さが決まったとしても、乗数関係には直接影響しない。そのため、利子率が下がれば投資が増えるという鎖で結ばれていた乗数理論と流動性選好説とは切り離されるようになった。以後、ケインズ理論の中心は乗数理論に移行した。

(4)貨幣は富の蓄蔵手段でもある

 ケインズ理論の要点の第四番目として、次に、富の蓄蔵手段としての貨幣の役割について述べたい。
 商品貨幣経済では、商品が売られて貨幣と交換され、その貨幣で別の商品が買われる。すなわち、<商品
貨幣商品>の関係が成り立つ。新古典派経済学は、基本的に実物経済を想定し、セイの法則を暗黙の前提としていた。セイの法則の働く社会とは、<商品貨幣商品>の関係を<商品商品>の実物交換の関係に還元できる社会である。ここで貨幣は、商品の価値を示す尺度であり、商品の交換を仲介する手段にすぎない。通貨の総量が変化しても、商品が交換されるときの比率には影響を与えず、全体的な物価水準に影響を与えるだけだとして、新古典派は、貨幣の価値は貨幣の数量によって決まるという貨幣数量説を説く。
 ケインズは、貨幣の役割はそれだけではない。富を貯えるための手段という役割もあるとした。投資家は財産のもっとも安全な保有形態として貨幣を選ぶことがある。流動性選好である。この場合、貨幣は、交換の仲介手段をやめる。<商品
貨幣商品>の関係において、左の<商品貨幣>の交換だけで、右の<貨幣商品>の交換がなされない。交換は、セイの法則の社会のように、<商品商品>の関係に還元できない。そして、貨幣は富の蓄蔵手段として独自の働きをする。そこでケインズは、貨幣に蓄蔵手段という役割を追加することによって、新古典派の貨幣論を一般化した。彼が『雇用・利子および貨幣の一般理論』というときの貨幣の一般理論という意味のひとつがそこにあった。
 ケインズの貨幣論を、論理の展開に沿って書くと次のようになる。貨幣量の変化は、まず利子率の変化となって現れる。その場合、例えば、貨幣量の増大がどれだけ利子率の低下をもたらすかは、流動性選好の状態に依存する。極端な場合には、貨幣量が増加しても全く利子率が低下しないこともあり得る。ケインズが理論的に想定しただけでまだ実例は知らないとした、いわゆる「流動性の罠」がこれである。
 利子率の低下は、普通は投資の増大をもたらす。投資がどれだけ増加するかは、「資本の限界効率」(投資の予想利潤率)に依存する。利子率は低下しても、その効果が予想利潤率の下方シフトによって相殺され、投資の増大に結びつかないことがある。極端な場合は、投資が減少することさえあり得る。
 投資が増大すれば、有効需要が増大する。そして、乗数効果によって生産量ないし所得が増大する。すなわち、<貨幣量の増大→利子率の低下→投資の増大→有効需要の増大>という展開が起こる。ただし、こうして貨幣量の増大が有効需要の増大につながったとしても、それが物価にどれほどの影響を与えるかは、一様ではない、とケインズは説く。例えば、失業者と遊休設備が多く存在するような不況時においては、有効需要の増大は生産量・所得の増大をもたらすけれども、物価にはほとんど影響を与えないだろう。逆に、高水準の雇用を伴った経済状態においては、有効需要の増大は生産量・所得の増大にほとんどつながらず、物価に対して強い上昇圧力をかけるだけになるだろう。
 すなわち、ケインズによれば、貨幣量と物価の間には直接的な関係はない。ケインズは、貨幣数量説が説くような貨幣量と物価の間の比例関係は、「完全雇用状態」という特殊な場合にしか当てはまらないと指摘した。注意したいのは、ケインズは貨幣数量説をまったく否定したのではなく、特殊な状況でのみ成り立つものとして位置づけなおしたことである。
 ケインズは、経済学において不確実性を強調したが、人々が不確実な将来に 向けて行動する際、貨幣が富を蓄える手段となるということは、重要な意味を持つ。流動性選好説が説くように、投資家は将来によい予想を持てない場合、財産のもっとも安全な保有形態として貨幣を選ぶ。ケインズは、大恐慌において事態を悪化させているのは、アメリカの投資家の貯蓄過剰にあると考えた。自分の富を守ろうとする富裕層の利己的な金銭欲が、不況を深刻化し、多数の失業者を生み、人々を困窮にさらしていると見た。貨幣について、富の蓄蔵手段という役割を明確にしたことは、ケインズ理論の重要な要素の一つである。
 なお、貨幣の蓄蔵(退蔵とも訳す)については、マルクスが先行して『資本論』に書いており、ケインズの独創ではない。大きな違いは、マルクスの所論は私有財産制を否定し、共産化を目指す闘争的な理論におけるものであり、ケインズの所論は私有財産制を肯定したうえで、富の偏在を是正するために説く点にある。
 ケインズは、貨幣にする理論を発展させるとともに、貨幣制度の改革を推進した。1930年代の貨幣制度は、金本位制だった。金本位制では、一国の貨幣の総量は中央銀行の保有する金(ゴールド)の量に依存する。ケインズ的な政策を実行するには、これを政府が自由に資金を投入できる制度に変える必要があった。ケインズは、金と貨幣の関係を断ち切り、国内では必要な水準まで貨幣を発行して有効需要を増大できるようにし、国と国との支払い決済にのみ金を用いる制度を提唱した。管理通貨制度である。このようにケインズの政策は、貨幣制度の改革を伴ってこそ、効果を生むものだった。
 丹羽氏は、「救国の秘策」として、ケインズの総需要管理政策にく政府貨幣発行特権の発動を説く。「マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、国(政府)の貨幣発行特権の発動に依拠すべきだ」とする政策提言が、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー、ディラード、ブキャナン、スティグリッツといったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案である」と言う。ケインズは『一般理論』以前に出した『貨幣改革論』等でも政府紙幣の発行について述べている。それを発展させた政策案が、この政府貨幣発行論である。

●ケインズの社会観

 これまで有効需要の原理、乗数理論、流動性選好、貨幣の役割の4点を挙げて、ケインズ理論を概説した。ここで捕足として、ケインズ理論の背景にあるケインズの社会観について述べたい。
 ケインズは、1923年に出した『貨幣改革論』で、社会を投資家階級、企業家階級、労働者階級の三つの階級に分けた。これらの三つの階級は重複し、一人の個人が給与を得、商取引をし、投資をすることもあり得る。ケインズは、投資家階級を非活動階級、企業家階級と労働者階級を併せて活動階級とも呼ぶ。階級(class)は、マルクス主義では生産手段の所有・非所有で区別される対立的な社会集団をさすが、より広く資産・職業・身分・知識等で分類するためにも使う。ケインズの場合、階級闘争史観的な意味合いはない。
 ケインズは、『貨幣改革論』の投資家階級の項目に、次のように書いている。「19世紀の間に発展した資本主義のこの局面(註 貨幣投資の契約)のもとで、財産の所有と管理を分離する多くの仕組みが作られた」と。その仕組みとは、普通株式、抵当証書、社債、コンソル債(永久債)等である。「20世紀初頭までには、資産階級は企業家と投資家の、利害を異にする二つのグループに分かれた」とケインズは記している。かつて資本家は自ら資本を所有し、事業を経営する者だった。ブルジョアワジーとは、生産手段を私有し、賃金労働者を雇って事業を行い、利潤を得る階級だった。ところが、資本主義が発達し、金融の仕組みと技術が進むことによって、資金を所有し投資をすることによって富の増加を図る者と、自ら事業を行うことで利潤の獲得を図る者とが分離するようになった。
 ケインズのいう投資家階級とは、ロスチャイルド、ベアリングなど「マーチャントバンカー」(手形引受業者)を仲介者として植民地投資を行っている者たちである。企業家階級とは、イギリスで工場や企業を経営し、かつそのほとんどは自ら現実に資本を所有している資本家たちである。ケインズが彼らを別の階級としたのは、当時進みつつあった所有と経営の分離をとらえたものである。
 19世紀の後半、マルクスは、社会を資本家階級・労働者階級・地主階級の三つに分けた。これは所有論的な分け方である。資本家は資本、地主は土地を所有する。労働者は生産手段を所有せず、労働力を販売する。これに対し、ケインズは所有と経営を分けることで、20世紀の資本主義社会の特徴をとらえた。ちなみに私は、所有と経営だけでなく、所有と支配を分けることが重要であり、所有論に支配論の加えることが、共産主義の分析には不可欠と考える。また、現代社会を、所有者・経営者・労働者・困窮者の4つの集団に分けてとらえている。(註2)
 話を戻すと、ケインズは、先ほどの3階級構成の把握をもって、社会の分析を行った。そのことを踏まえて貯蓄に関するケインズの見解を述べると、従来、貯蓄は美徳とされてきた。しかし、ケインズは、貯蓄が美徳になるのは、それを補って余りある投資が存在するときであり、完全雇用状態の場合であるという。経済が完全雇用水準以下にある場合は、貯蓄の増加は不況を悪化させ、資本それ自身を破壊してしまう。そのことを、ケインズは理論的に明らかにした。
 投資家階級は、財産の価値の安全を図ろうとして、よほど高い利子率でないかぎり、資金を企業家階級に提供しない。そのために投資が縮小され、イギリスの経済を不振に陥らせ、同時に多数の失業者を生み出している。ケインズは、この投資家階級の「貨幣愛」に不況の原因を見出した。投資家の中には、財産の大部分を先祖から相続している者が多くいる。ケインズは富と経営の世襲制に基づく投資家階級中心の資本主義から、企業家階級が能力を自由に発揮し、もっと活躍できるような資本主義へ、と発展させようとした。同時に、失業の問題を解決するために雇用を増やし、また労働者の所得を増やすことで、一国の経済を成長させようと努めたのも、ケインズである。
 マルクスは労働者階級を利用して共産主義を実現しようとした。その結果、共産党官僚が特権階級・革命貴族となり、労働者は自由を奪われ、ノルマを課せられる社会が生まれた。新古典派経済学者は、投資家階級が最大限の利益を得られるように奉仕した。その結果、金融市場が賭博場と化し、大恐慌が勃発して、多くの労働者が職を失って路頭に迷う社会が生まれた。これに対し、ケインズは、投資家階級・企業家階級・労働者階級の協調を図り、調和をもって発展する社会を目指した。古典的な自由主義を修正し、個人主義的な資本主義を国民主義的な資本主義に変革しようとした。政府が積極的に経済に関与する修正自由主義的な資本主義である。ケインズの理論は、単なる経済の理論ではなく、上記のような社会観に基づく総合的な国家政策のもとになる理論であると私は認識している。ページの頭へ

註2
・現代社会の集団構成については、拙稿「現代世界構造アメリカ衰退」第1章(1)「現代社会の集団構成」をご参照下さい。

 

 

第2章 ケインズの政策

 

●ケインズの提唱する政策

 

(1)失業問題を解決し、景気を安定させる

 これまでケインズの理論を見てきたが、その理論をもって、ケインズはどういう政策を打ち出したのか。次にそれを見てみたい。
 1936年に刊行された『一般理論』において、ケインズは失業問題の解決を最大課題とした。雇用を増やすには、有効需要を増やさねばならない。有効需要は、消費需要と投資需要で構成される。これら消費需要と投資需要を拡大するため、ケインズは主に三つの政策を打ち出した。

@ 消費性向を高める
 消費需要を増やすためには、消費性向を高める必要がある。社会全体の消費性向を高めれば、投資の量は同じであっても、乗数の値が大きくなる。理論的には投資額の乗数倍だけ、所得は増え、雇用量が増える。そのための方法が、租税政策による平準化政策である。
 消費性向を高めることと貯蓄性向を低めることは同じゆえ、貯蓄性向を低めることでも、同じ効果が得られる。普通、富裕層の貯蓄性向は大きく、低所得層のそれは小さい。所得がある程度より少なくなれば、収入を全部消費しても生活できず、貯蓄を取り崩して消費する場合もある。それゆえ、もし富裕層の所得を累進課税によって取り立て、低所得層に社会保障等で所得を再配分すれば、社会全体としての貯蓄性向は小さくなり、この条件を満たすことができる。所得格差の縮小である。低所得層への減税や失業保険も同じ効果がある。

A 利子率を下げて民間投資を増やす
 投資需要を増やすには、利子率を下げて民間投資を増やす方法がある。ケインズはその具体的な政策として公開市場政策を提示した。
 利子率を下げるには、中央銀行が金融市場から国債や証券を買い入れ、資金を金融市場に流し入れる。いわゆる買いオペである。この操作は、債券や株を売って現金で持とうとする売り手の力を弱め、逆に現金を債券に替えようとする買い手を援助することになる。その結果、債券や株の時価は上がり、利回りで表現された利子率は低下する。それによって、民間の投資を増やすことができる。

B 政府が公共投資を行う
 利子率を下げても、なかなか民間投資が増えない時がある。その時は、投資需要を増やすために、政府が進んで公共投資などのような政府投資を行う。あるいは、財政の赤字を人為的に作って、有効需要を作り出す政策を行う。
 ケインズは『一般理論』で印象的な例を挙げている。住宅やそれに類するものを建てるほうが賢明だろうが、それが困難であれば、大蔵省が古い壷に銀行券を詰め、地中深く埋めてゴミでふさぎ、民間企業に掘り出させる。こういう事業であっても、何もしないよりはよいというのである。深刻な不況で民間投資が極度に縮小している状態のときは、どのような公共投資でも投資拡大のための呼び水になる。

 これら三つの政策を、ケインズは主に提唱した。そのうち、Aの利子率を下げて民間投資を増やすことを第一になすべき、とケインズは考えていた。@の租税政策による所得の再配分等は、すぐ効果が現れるものではない。効果は漸進的である。これに比べ、低金利政策は、投資家階級の「貨幣愛」という「病気」を取り除く直接的な手段だとケインズは考えた。ただし、低金利政策には限界がある。利子率にはこれ以下には、下がらないという限度がある。そのため、ケインズは、Bの政府による公共投資政策が実行されなければならないと考えた。

 ケインズは、1930年代当時には、当面する不況を脱却し、雇用を確保し、景気を安定させるための政策を提唱した。その後、ケインズ的な政策が広く行われるようになり、ケインズというと公共投資を拡大する政策というイメージを、多くの人は持つようになっている。しかし、ケインズは、常に公共投資の拡大をすべしと説いたのではない。
 不況のため非自発的失業が多く生じている場合には、消費を増やすための租税政策、投資を増やすための低金利政策、それでも足りなければ、政府が公共投資を行うなどの政策を行う。逆に総需要が過剰で景気が過熱している場合は、増税、金利の引き上げ、公共投資の削減などの政策を行う。こうして、雇用を確保し、景気の安定化を図るのが、ケインズ的政策である。
 実際、第2次世界大戦の戦時中、イギリスでインフレの恐れが出ると、ケインズは『戦費調達論』というパンフレットを出して、インフレを避ける政策を提唱した。戦争は、軍事のための需要を生み出す。それにより当時、需要超過によるインフレが高進する可能性が出ていたのである。ケインズは、この時には、民間の投資をゼロにするという政策を打ち出した。また労働者の給料の一部を口座に振り込ませて戦争が終わるまで凍結するという強制貯蓄を提案した。ケインズ的な政策、イコール公共投資の増加では、ないのである。
 上記のようにケインズは、政府が積極的に経済活動に関与し、雇用を確保し、景気を安定させる政策を提唱した。またケインズは、より長期的な観点からに、政府が将来の不確実性を軽減する政策を打ち出してもいる。その点を次項に書く。

(2)将来の不確実性を軽減する

 先に書いたように、ケインズは、経済学において不確実性を強調し、資本主義は不安定で集団心理によって変動するものである、という見方を打ち出した。しかし、ケインズの『一般理論』は難解でよく整理されておらず、刊行後、この点について誤解を生じた。そこでケインズは、同書刊行の翌年「雇用の一般理論」という論文を書いて、自分の主旨を明らかにしようとした。
 この論文でケインズは、経済学に不確実性を取り込むことで、経済理論の一般化を図ろうとした意図をより明確に示した。ケインズは、新古典派経済学では不確実な変化を扱っている学者の場合でも、「不確実性が確実性と同じように計算可能な地位にまで還元できるものと想定されている」と言う。しかし、不確実性は確率論の問題とは違う、とケインズは強調する。「20年後の銅の価格や金利」とか、「1970年(駐 1937年から見た未来)に発明が陳腐化しているか、社会制度の中で富の私有がどう扱われているか」などといった問題については、「確率論的な計算のための科学的な根拠はない。われわれには、何も分からないのである」と言う。
 私見を述べると、将来の出来事には、どれくらい起こり得るかの確率を計算して、その危険(リスク)に備えることのできるようなものと、常人にはまったく予測のできない出来事がある。ケインズが強調する不確実性は、確率論の対象にならない、予測不可能性とでもいうべきものだろう。ニュートン力学の物理空間なら、方程式で結果を計算できる。新古典派経済学が想定するのは、それに類した数理的空間である。その延長に確率論的なリスク計算がある。しかし、現実の世界は、ニュートン的な世界とは違う。過去の経験や合理的推論では予測できないことが起こる。人々は、そうした世界で経済活動をしている。特に金融市場では、投資家の心理によって株式が大きく左右される。不確実な将来に向って、損得をかけて決断・行動する。そうした企業家の心理が、投資の額を左右し、生産と所得の額を左右する。特に金融の動きが産業に大きく影響し、景気の好不況を揺り動かす。
 ケインズは、『一般理論』で、将来の不確実性が引き起こす問題を軽減する方法を提案している。例えば、建設業など超長期的な投資を必要とする産業における事業者間の長期契約。長期的な投資を必要とする公益事業等を独占権によって保護する政策。これらによって、価格の変動を抑え、投機を封じることで、大規模で長期的な投資が可能になる。また、金利を常に低い水準に保つことで、民間投資需要の変動を小さくする低金利政策。変動の幅を小さくできれば、不確実性は軽減できる。そして、最も重要な軽減方法が、政府による財政出動である。
 金融市場が大幅に変動するような状況では、金利を操作する金融政策だけでは、投資を適切な水準まで増加させることは難しい。投資家が合理的に予測できない将来に向って投資を決めるのは、「確信(confidence)」である。ここでいう確信とは、期待や思い込みである。人々が確信を形成するもととなるのは、社会的な「慣習」である。慣習は過去の経験や制度に基づくものゆえ、将来の出来事については、確かな根拠のあるものではない。しかし、人々は、不確実な将来に向かうとき、慣習をもとに自分の行動を決める。
 これに関して、ひとつ重要なことがある。20世紀の資本主義は、所有と経営の分離が進んでいることである。企業は株式会社が主となり、産業より金融が経済の中心となっている。ケインズは、この点に着目していた。所有と経営の分離が進むと、投資をする人間の多くは、自分は経営に携わらない人間になる。そのため、経営のことが分からないから、投資について確信を持ち得ない。こういう状態を「確信の危機」という。人々が確信を持てないという集団的な心理状態が原因で、株式の値段が激しく変動する。金利の操作をするだけでは、彼らの確信を取り戻し、投資を十分行わせることができない。それゆえ、市場が「確信の危機」にあるときには、政府が財政出動をし、公共投資を行うことが必要だ、とケインズは主張する。深刻な不況とは、こうした政策の必要なときである。
 政府と中央銀行が連携して、財政金融政策を行うことが、安定的な経済成長を可能にする。ケインズ的な財政金融政策の中心は、投資政策である。それが有効に働くには、不況の時には、中央銀行が必要量の貨幣を金融市場に投入でき、また政府が国債を発行して公共投資をできなければならない。
 新古典派経済学は、均衡財政を説く。政府は市場にできるだけ介入せず、財政は収支をバランスさせるべきだとする。これに対し、ケインズは、政府は景気の状態に応じて柔軟に財政を組む伸縮財政を行うことを説く。そして、完全雇用の実現、所得格差の是正、賭博的投機への規制、階級の協調、国民全体の利益の追求に重点を置く。ケインズの政策は、単に景気を安定させるというだけでなく、政府が積極的に活動することによって、将来の不確実性を軽減し、国民全体の福祉を増進する政策なのである。
 ケインズの政策を実行するためには、政府の機能が強化されなければならない。そこには、政府が積極的に活動し、民利国益の実現に努める国家という国家像が浮かび上がってくる。アダム・スミス以来、古典派経済学は「夜警国家」という国家像をよしとしていた。夜警国家とは、政府の役割は、国防と治安の維持だけでよい、経済については自由放任で、市場の機能に任せたほうがよいという考え方である。それに対し、政府の積極的な活動を求めるケインズの考え方は、「福祉国家」という新しい国家観を生み出した。
 福祉国家とは、完全雇用と社会保障政策によって全国民の最低生活の保障と物的福祉の増大とを図ることを目的とした国家体制である。英語では、welfare stateという。第2次大戦中、イギリスでナチス・ドイツの「戦争国家(war state)」に対する宣伝用語として用いられた。大戦後、こうした国家のあり方が、世界に広まった。ケインズの政策は、単に経済のあり方を変える政策であっただけでなく、国家のあり方をも変える画期的な政策だったのである。
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第3章 ケインズの思想

 

●自由、道徳、ナショナリズム

 

(1)全体主義から自由を守る

 前項まで、ケインズの理論と政策について見てきた。次に、ケインズの思想について述べたい。思想について触れなければならないのは、ケインズが単なる経済学者ではなく一個の思想家だったからである。ケインズはもともと数学に才能を示し、数学者を目指した。途中で経済学に転じたのだが、当然、優れた数理的能力を持っていた。しかし、ケインズは抽象的な概念と数式の操作で経済現象を理解するだけの学者ではなかった。むしろ、倫理学を根本において、社会における経済のあり方をとらえる社会思想家だった。そこで、ケインズの理論と政策の裏付けになっている思想について、自由、道徳、ナショナリズムの3点から書くことする。
 最初に、自由についてである。
 ケインズは、伊東光晴氏によれば、「資本主義の危機に際して、その原因を理論的にとらえる苦闘の中から、その危機を取り除く処方箋を引き出し、19世紀資本主義にかわる、現代資本主義をつくりだす支柱をつくりあげた」「古典的資本主義対社会主義の対立の中で、第三の、資本主義の修正の道があること」を示した。
 ケインズは、マルクス主義に対して徹頭徹尾、厳しい見方をした。ケインズはソ連の社会主義建設に全く幻想を抱かなかった。社会主義は経済体制としては極めて非効率だと考えた。1925年に刊行した『自由放任の終焉』に「これほど非論理的でつまらない学説が、人々の心と歴史にこれほど強い影響を与えうるという事は信じられないことだ」と書いている。ケインズは、手放しで資本主義を信奉していたのではないが、「賢明に運営される限り、資本主義は他のどんなシステムよりも効率的に経済的な目標を達成するに違いない」と考えた。
 大恐慌によって、自由主義的な資本主義は危機に瀕していた。ロシア革命後、西欧では共産主義が伸長し、またドイツ・イタリアでは国家社会主義が政権を牛耳っていた。ケインズは、自分が提案する「総需要管理政策」によって雇用問題を解決しなければ、「経済諸力の自由な作用」に重きを置く「伝統的な価値」そのものが崩壊する可能性があると危惧した。その伝統的価値とは、個人の自由を尊重する「個人主義」あり、自由主義である。ケインズは、自由放任的な資本主義の欠陥を修正することによって、資本主義の破壊とそれによる全体主義の支配を回避する道を選択した。政府が一定の管理を行う修正自由主義的な資本主義のあり方を示したものである。
 ケインズは『一般理論』で、自分の理論について、「その含意において、適度に保守的である」と言っている。「なぜなら、それは現在主として個人の創意にゆだねられている問題について、ある種の中央管理を確立することが極めて重要であることを指示するが、なお影響されない広い活動の分野が残されているからである」と。
 ケインズはソ連の共産主義にもナチス・ドイツの国家社会主義にも反対する。これらの全体主義から自由を守るために、政府が個人の自由に一定の規制をかける必要性を説く。それは自由社会を維持するためであり、一定の規制をかけても個人の自由は十分保持されると考えた。
 国家社会主義については、「国家が引き受けるべき、重要な仕事は生産手段の所有ではない。もし国家が生産手段の増加に向けられる総資源量と、それを所有する人々に対する基本的な報酬率とを決定することができるなら、それで国家は必要なことのすべてを果たしたのである。その上、社会化のために必要な方策は、徐々に、社会の一般的な伝統を破壊することなしに導入することができる」と述べている。
 また「今日の独裁主義的な国家組織は、効率と自由を犠牲にして失業問題を解決しようとしているように見える。短い好況の時期を除けば、今日の資本主義的個人主義と結びついているーー私の考えでは、その結びつきは不可避的であるーー失業に、世界が遠からず我慢できなくなることはたしかである。しかし、効率と自由を保持しながら病弊を治療することは、問題の正しい分析によって可能となるであろう」と書いている。
 ケインズは、私有財産制度のもとでの漸進的社会改良を目指している。
 「もちろん、完全雇用を確保するために必要な中央管理は、政府の伝統的な機能の著しい拡大をともなうであろう。さらに、現代古典派理論そのものも、経済諸力の自由な作用を抑制したり誘導したりすることが必要となるさまざまな事情に注意を向けてきている。しかし、なお個人の創意と責任が働く広い分野が残されるであろう。この分野の中では個人主義の伝統的な利益が依然として妥当するであろう」と言う。
 そして、「消費性向と投資誘因とを相互に調整する仕事にともなう政府機能の拡張は、19世紀の評論家や現代のアメリカの銀行家にとっては個人主義に対する恐るべき侵害のように見えるかもしれないが、私は逆に、それは現在の経済様式の全面的な崩壊を回避する唯一の実行可能な手段であると同時に、個人の創意を効果的に機能させる条件であるとして擁護したい」と主張している。

 

(2)経済学を道徳で基礎づける

 ケインズの思想の第二は、道徳である。
 1929年の大恐慌は、投機的な投資が一つの原因となって発生した。1920年代の資本主義は、ものの生産より金融が中心となり、金融市場が賭博場のようになっていた。
 ケインズは、株や債券の売買による利益追求を否定はしない。『一般理論』に、次のように書いている。
 「人が暴君となるなら、仲間の市民に対して暴君となるよりは、自分の銀行残高に対して暴君となる方が良い。後者は前者への手段にほかならないとして非難される場合もあるが、少なくとも時には後者は前者の代わりになる。しかし、これらの活動を刺激し、これらの性質を満足させるためにも、ゲームが今日のような高い賭金を目当てに演じられる必要はない。もっと低い賭金でも、競技者がそれに慣れてしまえば、同じように目的にかなうであろう。人間本性を変革する仕事とそれを統御する仕事とを混同してはならない。理想的な国家においては、人々が賭けに興味を持たないように教育され、鼓吹され、躾けられるということもあろうが、普通の人、あるいは社会の重要な階層の人たちさえもが、事実上金儲けの欲望に強くふけっているかぎり、ゲームを規則と制限のもとで演ずることを許すのがやはり賢明で思慮深い政治術というものであろう」と。
 これは、マネー・ゲームを制御しようという提案である。ケインズがこういう思想を開陳する前、アメリカでは大恐慌後、議会上院に銀行通貨委員会が設置された。この通称「ペコラ委員会」は、金融危機の原因と背景を解明するとともに、再発防止のための金融制度改革に取り組んだ。ペコラ委員会は、1929年の株価大暴落前後のウォール街の不正行為を暴き、銀行家が証券子会社を通じた銀行業務と一体的な業務展開をすることによって、巨額の利益を得ていたことなどの実態を明らかにした。その調査結果に基づき、1933年に銀行業務と証券業務の分離を定めたグラス・スティーガル法(銀行法)と証券法が成立した。また、翌34年には証券取引所法が成立し、ウォール街の活動を監視する証券取引委員会(SEC)が設立された。ケインズの思想は、こうした規制を理論的に裏付けるものとなった。
 大恐慌後に設けられた規制は、1970年代までは、巨大国際金融資本の活動を抑えるのに有効だった。また、ケインズの理論・政策・思想を継承したケインズ主義が世界的に普及したことにより、マネー・ゲームに対する一定の制御がかけられた。しかし、アメリカでは1980年代、レーガン政権の時代から徐々に規制が緩和された。そして、クリントン政権の1999年にグラム・ビーチ・ブライリー法が成立した。同法によって、銀行・証券・保険の分離が廃止された。その結果、金融機関は、持ち株会社を創ることで、金融に関するあらゆる業務を一つの母体で運営することが可能になった。これを理論的に推進したのが、後に述べる新自由主義・新古典派経済学だった。
 「自由」の名の下、アメリカの金融制度は大恐慌以前に戻ってしまった。ウォール街は、さまざまな金融派生商品(デリバティブ)を開発し、サブプライム・ローン、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)等を生み出し、世界中を狂乱のマネー・ゲームに巻き込んだ。そして、平成20年(2008)9月15日、リーマン・ブラザーズの倒産によって、猛威を振るった強欲資本主義は破綻した。
 大恐慌後に出されたケインズの提言は、よく生かされなかった。人間の欲望を抑える英知より、強欲の方が勝った。その結果、私たちは今日、大恐慌以来の経済危機を体験しているわけである。上記のケインズの言葉は、再び無視されることがあってはならない。そのためには、経済学は、ケインズの思想を振り返り、道徳を取り戻して、社会全体の調和ある発展に貢献するものとならなくてはいけない。

 ケインズ研究の第一人者スキデルスキーは、ケインズは、経済学者であると同時に、哲学者であり、モラリストだったと言う。ケインズは、若き日にジョージ・エドワード・ムーアの倫理学の影響を受けた。ムーアは、快楽・苦痛を数量化して功利(utility)を計算し、快楽を最大にすることを目的としたベンサムの功利主義を批判した。そして直観によって善であると把握されるさまざまなものを行為の目標とした。また、全体は部分の総和以上のものであるという有機的統一性の原理を説いた。ケインズは、ムーアの影響のもと、経済学を自然科学ではなく道徳科学であると考えた。道徳科学とは、倫理学の上に立つ社会科学である。
 ケインズは、アルフレッド・マーシャルを師とした。マーシャルは、限界革命に参与し、部分的均衡理論を樹立した経済学者である。一般にマーシャルは新古典派とされているが、マーシャルの経済学の根底には、倫理学があった。「マーシャルは倫理学を通じて経済学に行き着いたと繰り返し語っており、私は何よりもこの点でマーシャルの弟子だと考えている」とケインズは語っている。マ−シャルは他の新古典派経済学者と違い、人間をアトム的な個人ではなく社会的な関係の中にある存在と理解した。そして、イギリス伝統の騎士道精神を重んじ、騎士道精神を核とする経済倫理を以って、国民国家(ネイション)の維持・発展を目指した。その思想は、騎士道的ナショナリズムということができよう。
 マーシャルにとって、経済学は目的ではなく手段だった。ケインズにとっても経済学は手段だった。ケインズは、資本主義の効率性を評価してはいたが、資本主義を賛美してはいなかった。ケインズにとって富の追求は、それ自体が目的ではなく、「良い生活」を実現するための手段だった。「良い生活」とは「賢明に、快適に、裕福に」暮らす生活である、とケインズは考えていた。ケインズは、自分の孫の世代の時代である100年後には経済問題が解決し、人々は病的な「貨幣愛」を捨てて、余暇を増やし、効用より善を選び、「野の百合」のような生活をするようになる、という未来像を持っていた。
 ケインズは、経済学を道徳科学と考えた。この考えはケインズの独創ではなく、アダム・スミス以来の伝統を受け継ぐものでもあった。古典派経済学の祖スミスは「独占精神」に反対し、「自由競争」を主張したが、彼の説く自由競争は、自分の利益のためなら何をしてもよいというような、利己本位のものではなかった。スミスは『国富論』(1776年)を書く前に、大学で道徳哲学を講じていた。その講義をまとめて出版したのが、『道徳感情論』(1759年)である。スミスは『道徳感情論』において、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の「共感(sympathy)」が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の「共感」が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、と説いた。
 『国富論』にも、この見解が貫いている。スミスは、「見えざる手」に導かれて、市場の秩序が維持されると説いた。これは、人々が互いに「共感」を呼ぶ行動を行う場合のことである。もし人々が利己的一辺倒の行動を取るならば、市場は混乱を免れない、と予測した。

スミスは『道徳感情論』と『国富論』を刊行後、それぞれ死の直前まで繰り返し改訂した。これらは、社会の秩序と繁栄に関するスミスの思想を表した一連の書物と見ることができる。これらの著書において、スミスは相互共感にく市民社会を構想した。市民社会においてデモクラシーが発達すれば国民国家(ネイション)の発展となるから、スミスの思想はナショナリズムに通じるものだった。私は、スミスは自由主義者であり、かつナショナリストだったと理解する。だが、スミスの死後、実際の社会は自由放任の資本主義によって、弱肉強食の競争社会となった。利己的な個人、私益追求的な資本が跋扈し、市民社会的・国民国家的な道徳は衰退していった。
 スミス以後の経済学は、合理的に行動するアトム的な個人を仮定した理論を構築した。こうした人間像を「経済人(エコノミック・マン)」という。マーシャルは、経済人を「なんらの倫理的な影響を受けず、金銭上の利益を細心かつ精力的に、だが非情かつ利己的に追求しようとする人間」と定義した。彼が理想とした騎士道精神を持つ倫理的・愛国的な人間とは、正反対の人間像だった。20世紀の初頭から先進国では、所有と経営の分離が進み、産業資本と金融資本の分化が進んだ。株式会社と金融市場が中心的となった資本主義は、利己的な個人の行動を正当化した。そうした人間が横行闊歩する社会が破綻したのが、大恐慌だった。
 ケインズは、資本主義を否定せず、物質的な豊かさを追求することを否定しない。物質的な豊かさを達成してこそ、精神的な豊かさを実現できると考えた。だが、新古典派経済学は、価値判断を排除することによって、経済学から倫理を放逐した。市場原理主義は、他者の「共感」を考慮しない利己的な活動を促進した。資本主義は再び強欲に走り、大恐慌以来の世界経済危機が出現した。
 現在、人類は重要物資の不足により、資源・水・食糧等の争奪を繰り広げることになることが確実な状態にある。人類の生存と発展のため、ケインズの英知を再発見し、道徳をもって経済学を基礎づけ直す必要がある。

(3)ナショナリズムを発展させる

 ケインズの思想の第三は、ナショナリズムである。
 ケインズにはナショナリズムの思想がある。イギリスの自由主義は個人主義的だが、ケインズはこれに修正を加え、個人の自由に一定の制限をかけて、国民全体の繁栄と道徳的向上をめざした。これは修正自由主義であるとともに、ナショナリズムの思想でもある。
 本稿は、通説に従い、経済学を古典派及び新古典派経済学、マルクス経済学、ケインズ経済学に大別している。この分け方とナショナリズムとの関係をここで述べたい。参考になるのは、中野剛志氏の所論である。中野氏は『国力論〜経済ナショナリズムの系譜』(以文社)において、経済自由主義、マルクス主義、経済ナショナリズムという分類をしている。そして従来見逃されてきた経済ナショナリズムの系譜こそ、実は西欧思想の正統だったのだ、と主張する。中野氏によると、経済ナショナリズムは、18世紀イギリスのヒュームに始まる。ヒュームはアダム・スミスの親友であり、スミスに大きな影響を与えた。ヒュームの影響を受けたハミルトンがアメリカ、次いでリストがドイツで経済ナショナリズムを実践し、ヘーゲルが哲学的に深め、マーシャルがこれらを継承した。そして、中野氏はこの系譜を受け継いだ者の一人がケインズだとする。
 本稿の分け方で言えば、経済自由主義は古典派及び新古典派経済学、マルクス主義はマルクス経済学に対応する。経済ナショナリズムは既存の呼び名がないので、仮にナショナリズム的経済学と呼ぶ。すると、ケインズはヒューム以来のナショナリズム的経済学を発展させて、ケインズ経済学を樹立したことになる。ケインズは師のマーシャルも新古典派経済学者だとして、その部分的均衡理論の限界を打破した。しかし、マーシャルが自由主義というよりむしろナショナリズムの経済学者だったとすれば、ケインズは師を通じてナショナリズム的経済学を継承し発展させたという見方ができる。
 経済自由主義の経済学は、アトム的な個人をモデルとし、利己的で合理的に行動する人間を想定した理論を構築した。この理論では国民国家(ネイション)を具体的かつ現実的にとらえられない。だから経済学の理論だけを学んでいると、西欧の歴史における国家の役割を見失う。実際の経済の歴史は、国家と国家の関係の中で進んできた。また各国の資本主義は国家の存在なしには全体像をつかめない。イギリスは17世紀市民革命を経て近代的な国民国家を形成し、資本主義を発達させた。フランスはフランス革命を経て国民国家を樹立して、イギリスを追った。アメリカはイギリスから独立し、独自の国民国家を発展させた。ドイツは大陸で英仏に大きく遅れながらも国家を統一し、英仏に対抗した。
 資本主義の発達史は、単に個人と個人が作用する市場経済の歴史ではなく、国家と国家が競い合う国際社会の歴史でもある。この過程で、ナショナリズム的経済学は重要な影響を与えてきた。実際、イギリスにおけるヒューム、アメリカにおけるハミルトン、ドイツにおけるリストは、各国の国家経済・国民経済の発展に貢献した。このように考える時、ケインズはヒューム、ハミルトン、リスト、ヘーゲル、マーシャルと続く経済ナショナリズムの系譜に立ち、ナショナリズム的経済学を独自の理論で発展させたということができる。(註1)

なお、ケインズのナショナリズムは、自由を守りつつネイション(国家・国民・共同体)を発展させるものであり、ケインズにおいて自由主義とナショナリズムは不可分のものだった。実はヒューム、アダム・スミスにおいても、自由主義とナショナリズムは不可分のものだった。いわゆる経済自由主義は、伝統や慣習を重んじるイギリス伝統の経験主義的な自由主義とは異なる合理主義的な自由主義という色彩が強いのである。
 資本の論理と国家の論理は異なる。経済には、一定の自律的な法則がある。しかし、資本主義は経済原理論だけではとらえられない。経済外的な政府の政策や介入があり、支配と統治をめぐる国家間の力学があるからである。それゆえ、富と権力の関係は政治・経済の両面から総合的に考察しなければならない。また、この関係を把握するには、単なる理論的考察ではなく、具体的な人物や有力な家族、集団を要素として見ていかないと抽象論に終わる。イギリスで言えば、セシル・ローズ、ロスチャイルド家、王立国際問題研究所(RIIA)を抜きにして、マーシャルやケインズの時代の政治経済は語れない。この点は別の拙稿をご参照願いたい。(註2)
 話を戻す。ケインズの経済学は、自由主義とナショナリズムを抜きにして理解することができない。ケインズは、『一般理論』に先立つ1933年に「国家的自給自足」というパンフレットを書いた。この論文でケインズは、国家の自律性あるいは自己決定権を求める運動を「国家的自給自足」と呼んでいる。ナチス・ドイツのアウタルキーを連想させる言葉だが、その意味するところは、国家社会主義ではない。経済活動における修正自由主義的なナショナリズムである。ただし、ケインズの理論は経済原理論ではなく倫理学・社会心理学・政治学等を含む総合的な社会科学の理論である。ケインズにおいては、そうした総合的な理論の一部として経済学があると見る必要がある。
 ケインズは、そのような視野から国家的自給自足が必要だと主張した。それには、三つの理由がある。第一は、政治的理由である。古典的自由主義者は、自由貿易が国家間の平和と協調を達成すると考える。これに対し、ケインズは、そうした理想は、国際経済が国内政治や経済生活に及ぼす負の影響によって、実現を妨げられるだろうと説いた。第二は、経済的理由である。古典的自由主義者は、国際分業によって、世界の経済厚生は最大化すると考える。これに対し、ケインズは、国際分業の利点は認めるものの、国内経済によって供給される生産物の多様性が、生産の特化のために減少することを懸念した。第三は、社会的・文化的理由である。古典的自由主義者は、単一的な世界経済を良しとする。
 これに対し、ケインズは国民経済の多様性を擁護する。中野剛志氏は『国力論〜経済ナショナリズム』(以文社)で、「ケインズは、経済的価値より社会的そして文化的価値を優先し、ネイションの文化的そして社会的理想を実現するために、国家的自給自足が必要であると論じた」と書いている。これら三つの理由により、ケインズは国家の自給自足の必要性を主張した。国家は、国家としての自律性あるいは自己決定権を保つべきだと言うのである。
 このような主張をするケインズは、経済政策の価値判断は国家的国民的な利益の追求を基準とすべきだと考えた。そして政府の役割は国民国家(ネイション)の理想を実現することにあるという思想を展開した。
 ケインズは、1930年代に顕著になっていた所有と経営の分離の問題点を洞察していた。株式会社が多くなり、所有と経営が分離すると、経営について十分な知識のない多くの人間が企業への投資を行うようになる。そうした素人の意識を操作して儲けようとする人間も活動する。そのため、投機的な投資家の短期的期待によって、株式市場が不安的に変動してしまう。所有と経営が国際的に分離すると、所有と経営の距離はさらに拡大する。そのため、国際金融市場では、理想的な資源配分を達成できない。そこでケインズは、「金融は第一義的には、国内的なものにすべきである」と説いた。ケインズは『一般理論』でも所有と経営の分離の問題を取り上げ、自由市場では資源の最適配分ができないことを述べ、国益のために資源を再配分するには、総需要管理政策が必要であることを説いた。
 こうしてケインズは、個人主義的な資本主義を修正し、国民的な資本主義を建設しようとしたのだと私は思う。即ち、ナショナルな資本主義の建設である。
 ケインズにおけるナショナリズムに注目する時、(2)で述べた道徳には国民国家における道徳という性格があることが理解できる。ケインズは1930年に「孫の世代の経済的可能性」を書いた。ここでケインズは、自分の孫たちの世代には経済的・物質的問題はほぼ解決の目処が立つだろう。人類は史上初めて生存のための闘争から解放される。その時、新しい道徳律が現れるだろうと、予測する。その道徳律とは「目的性」だという。
 目的性とは「われわれが、自分たちの行動の質や周囲の環境への直接的な効果よりも、自分たちの行動の遠い将来における結果に関心を持つこと」だという。これは、個人の人生を超えて、将来の世代において達成すべき目標を定め、それに向って、世代から世代へと活動を継続することである。こうした道徳は、個人を超えた国民・民族の道徳である。そして、そういう目的性をもって生きることが、ケインズのいう「良い生活」なのである。経済学は、このような意味での「良い生活」を実現するための手段でなければならない。それが、ケインズの目指した道徳科学としての経済学と考えられる。ケインズの道徳は、ナショナリズムと合致するものであり、ナショナリズムが「目的性の道徳律」を裏付けるものだったのである。
 ケインズの思想について、自由・道徳・ナショナリズムの3点から述べた。これらを主要三要素とする思想が、ケインズの理論と政策の裏づけになっていると私は考える。三要素は相互に関連しており、自由あっての道徳とナショナリズムであり、道徳あっての自由とナショナリズム、ナショナリズムあっての自由と道徳である。そして、自由を守り、道徳を高め、調和をもって発展する国民国家を建設することが、ケインズの社会的目標として理解できる。
 ただし、ケインズのナショナリズムは、一国の繁栄のみを追及する狭隘なものではない。諸国がそれぞれ自国の経済的繁栄と国民の道徳的向上を図り、国際平和の実現を目指すものである。この点は、次章に書くことにしよう。
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註1
・国民国家については、拙稿「西欧発の文と人類の歴史」第4章「市民革命・国民国家・合理主義」をご参照下さい。

註2
・イギリスの例については、拙稿「現代世界支配構造アメリカ衰退」第9章「現代世界の支配構造」の(2)「大英帝国永続の夢」及び(3)「王立国際問題研究所」をご参照下さい。

 

 

 

4章 ケインズ主義の展開

 

●ケインズが開いた可能性〜共存共栄の国際経済へ

 これまでケインズの理論・政策・思想について見てきた。ここからは、ケインズが開いた可能性と世界経済への貢献、及びケインズ以後の歴史的な展開を見ていきたい。その後、わが国におけるケインズの摂取を振り返り、日本復活の道について述べたい。
 ケインズの有効需要の理論によれば、輸出は国内経済に対して有効需要を創出し、逆に輸入は有効需要の削減となる。したがって、貿易黒字は投資と同じように所得の増加をもたらし、好景気を生み出す。また貿易黒字は外貨の流入になる。それによって国内金融はゆるみ、低金利へと向う。低金利は民間投資を刺激し、有効需要を増加させ、さらに景気を刺激する。しかし、一国がこのような政策に成功する時、必ず逆の結果をこうむる国が出来る。もし各国が不況や失業から免れようとして、海外市場に活路を求めるならば、「万人の万人に対する闘い」となり、その結果は戦争とならざるをえない。ケインズはこのように考えた。そこでケインズは、こうした政策に代わって、各国が国内投資を増やす政策を取り、自国の失業をなくす努力をすることによって、国際平和を実現しようとする。
 19世紀から20世紀前半、資本主義国は、資源・市場を求めて争い合った。その争いは第1次世界大戦を引き起こし、ヨーロッパは深甚な破壊を被った。1930年代、再びヨーロッパに戦争の暗雲が垂れ込めた。そうしたなか、ケインズは、一国の繁栄が近隣国を窮乏化させ、ひいては戦争に至るような政策ではなく、各国が国内市場を優先し、協調して経済発展できる経済政策を提唱した。
 ケインズは『一般理論』に次のように書いている。
 「もし諸国民が国内政策によって完全雇用を実現できるようになるならば(その上、もし彼らが人口趨勢においても均衡を達成することができるならば――付け加えなければならない)、一国の利益が隣国の不利益となると考えられるような重要な経済諸力は必ずしも存在しないのである。適当な条件のもとで国際分業や国際的貸付が行われる余地は依然としてある」
 「国際貿易は現在では、外国市場に対して販売を強行しながら、購入を制限することによって国内の雇用を維持しようとする必死の手段となっているが、これはたとえ成功したとしても、失業問題を競争に敗れた隣国に転嫁するにすぎない。国際貿易は現在見られるこのような姿ではなくなり、相互利益の条件のもとで喜んで行われる財貨およびサービスの自由な交換となるであろう」と。
 こうしたケインズの経済政策は、世界経済を国際協調・共存共栄の体制に転換する可能性を開いた、と私は考える。それぞれの国家が、国内需要を拡大し、完全雇用を実現して、国民経済を発達させる。そうした国同士が相互の利益のために貿易を行う。利己主義にも利他主義にも偏しない。利己・利他一致の道である。この国際経済政策は、市場原理主義によるグローバリズムとは異なる。各国のナショナリズムの上に、国家間のインターナショナリズムを実現するものである。もっともケインズ自身は、アメリカの支配力を規制して大英帝国を中心とした世界秩序を形成することを目指したのだろう。その彼の理論の中には、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ等を含めた国際協調・共存共栄を実現する可能性が胚胎されていたと私は考えているのである。

●第2次大戦後の世界へのケインズの影響

 世界の現実は、各国のブロック経済化、通貨の切下げ競争、「持てる国」と「持たざる国」の激突となった。第2次世界大戦の最中、昭和17年(1942)ごろから連合国は戦後の国際経済秩序をどうするか議論した。昭和19(1944)7月、ニューヨーク郊外のブレトン・ウッズで、連合国通貨金融会議が開催された。この会議は、通貨切り下げ競争をなくし、国際貿易の均衡した発展の促進を目指した。ケインズは、イギリス代表として参加した。
 ケインズは「国際精算同盟案」、アメリカのホワイトは「連合国国際安定基金案」を提示した。会議は、事実上、ケインズ案とホワイト案の闘いだった。ケインズ案は、一種の世界銀行の設立であった。一国で中央銀行が操作するように、世界的に必要とする資金の流動性を保証するための世界中央銀行――ケインズが「精算同盟」と呼んだものをつくる。そして、銀行原理に基づいて「バンコール」という新たな不換紙幣である国際支払通貨を発行し国際的決済に当てるという案だった。一方、ホワイトは、金の裏づけを持つドルを基軸通貨として為替安定基金を設立するという通貨基金案だった。
 老いた帝国イギリスは、多くの点でアメリカの主張に押し切られた。ブレトン・ウッズ協定により、国際通貨の安定を図るための国際通貨基金(IMF)と戦後復興と開発のための国際復興開発銀行(世界銀行/IBRD)が創設された。世界の約8割の金(ゴールド)を持つアメリカが、金とドルの交換を保証し、各国は対ドル為替レートを固定する固定相場制を取ることになった。国際間の決済のほとんどにドルが必要となり、ドルが基軸通貨となった。しかし、戦後の国際通貨制度は、基本的にはケインズの構想に沿うものではあった。国際的な「最後の貸し手」となる機関の設立、及び国際収支の「基礎的不均衡」に際して調整可能な為替レートは、ケインズが早くから主張していたものだった。
 戦後の世界は、米ソ二大超大国が世界を二分する世界となった。戦勝国が支配する秩序のもと、資本主義と共産主義、自由主義と統制主義が対立した。資本主義・自由主義の側は、アメリカ主導の社会となった。ソ連が崩壊して冷戦が終焉すると、アメリカは唯一の超大国として、自国を中心とする世界経済体制を築いた。IMFや世界銀行は、当初の理念を失い、米欧の巨大資本が発展途上国に進出するのを支援する機関に変貌した。それらの機関を動かす人材が拠って立つ理論も、ケインズ主義から新自由主義・新古典派経済学へと変化した。
 現在の世界は、ケインズが構想した国際協調・共存共栄の国際経済とは、大きく異なるものである。しかし、アメリカの衰退とともに、世界経済は大きく変化しつつある。多極化・多文明化が進み、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの国々が目覚しく経済成長を続けている。こうした世界において、ケインズの構想は、目指すべき世界への手掛かりとなっていると私は思う。
 スキデルスキーは、「なにがケインズを復活させたのか?」に、次のように書いている。
 「ケインズのビジョンを要約できるとするなら、『調和のとれた社会』だろう。(略)ケインズは調和の経済学で、国内経済と国際経済をどちらも考えている。投資と所得再配分によって国内経済で完全雇用を実現すれば、貿易への圧力が軽減し、グローバル化から生まれる社会の緊張が緩和する。国際的な支払いを扱う精算同盟で、世界的なマクロ経済の不均衡がなくなり、多元的な世界が自然に作られていく。国と地域はそれぞれのアイデンティティを再発見し、発展させていく。地政学的要因による不均衡がなくなれば、通貨はもっと安定する。
 ワシントン・コンセンサスにくグローバル化以外に道はないと考える人たちは、このビジョンをまったく空想的だし、保護主義と戦争に向う危険性すらあるとみるだろう。それ以外の人たちは、この方向に進むのが自然な流れであり、今回の危機の教訓を学べば、この動きが加速するとみるだろう」と。
 ここでワシントン・コンセンサスとは、ワシントンを本拠とするアメリカ政府、IMF、世界銀行等の間で成立した意見の一致(コンセンサス)をいう。冷戦の終焉後に打ち出された新自由主義・新古典派的な国際経済戦略で、市場原理、貿易の自由化、直接投資の受け入れ促進、規制緩和、民営化等を世界各国に広めようとする動きである。ジョセフ・E・スティグリッツは、著書「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」(徳間書店)で、ワシントン・コンセンサスにくグローバリズムによって世界的に格差社会が広がっているとして批判し、IMF、世界銀行等の改革を提唱している。
 私は、ワシントン・コンセンサスは、欧米の支配者集団が集うビルダーバーグ・クラブ等における合意に裏づけられているものだろうと考えている。政府や国際機関を見るだけでは、現代世界の支配構造をとらえることはできない。世界経済を国際協調・共存共栄の体制に転換させるには、単にIMFや世界銀行を改革するだけでなく、現代世界の支配構造を踏まえて、人類の根本的な価値観を転換することが必要だろう。この点は、ケインズ論を超えた話ゆえ、本稿では立ち入らない。(註1)
 
註1
・ビルダーバーグ・クラブ等については、拙稿「現代世界支配構造アメリカ衰退」をご参照下さい。
 第1章「現代世界の支配構造」
 第3章「ビルダーバーグ・クラブ」

 

●ケインズ理論を普及させたIS−LM分析

 

説明: 説明: 説明: IS-LM~1


 『一般理論』は難解で知られる。ケインズは、経済学者を対象とし、一般の読者を想定していない。また議論の進め方が複雑で、主張は体系的でない。そのうえ、ところどころ自己矛盾が見られる。そのため、ほとんど通読されることがなくなり、1960年代には、ジョン・ヒックスのケインズ解釈を手掛かりにして、一般理論の主旨を理解するのが一般的となったという。
 ケインズの「有効需要の原理」は、乗数理論と流動性選好という二つの柱によって支えられている。ヒックスは、この二つを単純な図表の中で表現した。それがIS―LM分析である。
 IS―LM分析は、マクロ経済学の教科書に載っている縦軸に利子率(r)、横軸に国民所得(Y)を取った図である。そこに二つの線が引かれる。財・サービスに対する総需要額が、その総供給額に等しいという財市場の均衡を表すIS曲線と、貨幣保有に対する需要が、その供給に等しいという金融市場の均衡を表すLM曲線である。Iは投資、Sは貯蓄、Lは貨幣需要量、Mは貨幣供給量を意味する。IS―LM分析は、IS曲線とLM曲線の交点である均衡点Eにおいて、国民所得と利子率が同時に決まることを示す。ケインズの主張を直感的に理解することができる。
 IS―LM分析は、二曲線の交点における財・サービスの総供給額=総需要額が有効需要であることを示すものでもある。有効需要は、必ずしも完全雇用に見合う水準でなく、非自発的失業の発生を見るのが「一般的」である。古典派の想定する完全雇用均衡は「特殊」な場合であって、市場の自律的な調整機構だけでは実現し得ない。IS―LM分析は、こうしたケインズの主張の理解を助ける。ただし、ケインズが強調した不確実性は、この図で表現できない。中長期的な変動も表現できない。そういう限界はあるが、経済をマクロ的にとらえるには、充分有効である。
 ヒックスのケインズ解釈は、ローレンス・クラインなどによって計量化された。マクロ計量モデルは、第2次世界大戦後、先進国における経済統計分析で主要な役割を果たしている。財政金融政策の効果をシミュレーションで試算することを可能にし、経済政策の策定に重要な貢献をしている。計量経済学は、政府が将来の不確実性を軽減する政策を行うことにも役立つ。
 ヒックスのIS―LM分析は、ケインズの『一般理論』を均衡分析の枠組みで理解し、論点を整理した図だった。均衡論的な経済分析は、1960年代の半ばごろまでの経済状況には、概ね妥当だった。しかし、60年代の後半から、アメリカ経済や他の先進国の経済には、よく当てはまらなくなった。70年代に入ると均衡分析を適用できる状況は失われてしまった。宇沢弘文氏によると、ヒックスは、1974年に出版された『ケインズ経済学の危機』のなかで、IS−LM分析は1930年代の終わりごろの時点では、『一般理論』の意図するところを的確にとらえたものであったが、70年代のこの時点ではもはや妥当するものではないという意味のことを述べている、という。(宇沢著『ケインズ「一般理論」を読む』)
 しかし、これはIS―LM分析が誤っていたからではなく、経済状況が複雑に変化したからだと私は考える。この点は、サミュエルソンについて書く際に、改めて述べる。

●ケインズ以後のケインジアンの課題

 ケインズ以後のケインジアンには、『一般理論』を発展させる課題があった。ケインズは経済学において不確実性を強調し、資本主義が不安定で変動するものという見方を打ち出した。しかし、その実態の考察は、十分行われていなかった。景気はなぜ上昇・下降するのか、完全雇用での成長は可能か等の問いに答えるには、短期の想定ではなく、投資によって資本蓄積が変化し、そして資本蓄積の量が投資決定に影響を与えるように理論を拡張することが必要になる。つまりケインズ理論の長期化・動学化である。これに取り組んだ先駆者が、ロイ・ハロッドだった。ハロッドは、ケインズの年下の同僚だった。ケインズの理論では、投資は有効需要を増やし、生産量や雇用量を増やすが、同時に投資は同時に資本蓄積を通じて生産能力を拡大し、供給を拡大させる。ハロッドは、経済成長に伴う供給能力の増加と、所得上昇にともなう需要の増加との関係から、長期的な経済成長の可能性を理論化しようとした。そして、今日、成長理論と呼ばれる分野を切り開いた。
 ハロッドによると、「供給<需要」の状態が長期的に続くと、経済は不安定なインフレーションの局面に突入し、「供給>需要」が長期的に続くと、完全雇用の状態を維持できなくなり、長期にわたって非自発的失業の発生が続くことになる。ハロッドは経済成長の過程で、物価水準の安定を保ちながら完全雇用状態を維持することが困難であることを示した。ドーマーとともに創出したハロッド=ドーマー・モデルが知られている。
 第2次世界大戦後、イギリスからアメリカへと覇権国が交替するとともに、イギリスの経済学はアメリカの経済学に主流派の地位を譲るようになった。アメリカにおけるケインズ理解は、ヒックスの解釈を導きとしたものだった。ケインズ経済学は、アメリカで独自の発展をした。中心となったのは、ポール・A・サミュエルソンの「新古典派総合」である。ケインズ経済学と新古典派経済学を総合した理論である。サミュエルソンは、ケインズの政策である総需要管理によって完全雇用の実現に努力するが、完全雇用に至れば、市場メカニズムを基本的に信頼した新古典派経済学が復活するという考え方だった。
 ケインズは、『一般理論』で、「一般に受け入れられている古典派経済理論に対するわれわれの批判は、その分析における論理的な欠陥を見出すことではなく、その暗黙の想定がほとんどあるいはまったく満たされていないために、古典派理論は現実世界の経済問題を解決することができないということを指摘することであった。しかし、もしわれわれの中央管理によって、できるかぎり完全雇用に近い状態に対応する総産出量を実現することに成功するなら、古典派理論はその点以後、再びその本領を発揮するようになる」と書いている。
 ケインズは新古典派経済学を全く否定したのではなく、その理論を特殊な場合として包摂する理論を打ち立てた。だから、一般理論なのだと私は理解する。もちろん完全なものではないが、経済学のマクロ的な枠組みを示した画期的なものである。

●新古典派総合によるケインズ経済学の普及

 ケインズは、新古典派経済学の理論を打破し、「ケインズ革命」を起こした。当時、ケインズの理論を認めない経済学者は多くいた。フリードリッヒ・フォン・ハイエクは、自由への規制は自由の否定になるとして、政府の市場への介入に徹底的に反対した。ハイエクは新自由主義の旗手とされ、共産主義やファシズムから自由を守る人々を中心に幅広く影響を与えた。しかし、戦後の新古典派経済学の理論的な中心となったのは、ミルトン・フリードマンだった。フリードマンの理論は、マネタリズムと呼ばれる。通貨管理経済政策である。マネタリズムは、貨幣数量説の現代版で、インフレ抑制のために貨幣供給量を一定率で増やしていく政策を提言した。フリードマンは、ケインズ革命に対する反革命の烽火(のろし)を上げた。
 これに対し、サミュエルソンは、IS−LM分析を用いて、ケインジアンとマネタリストの両方の主張を総合できるとした。中村雅之氏によると、マネタリストは、供給された貨幣がほとんどすべて取引需要に吸収される世界を想定している。これはLM曲線が垂直になった完全雇用に近い領域で妥当する。つまり、LM曲線の右上部分がマネタリストの世界、「古典派の極」である。この極において財政政策は効力が無く、金融政策は景気を刺激する。一方、ケインジアンの考え方が典型的に現れるのは、国民所得の低い状態で「流動性の罠」に陥った「不況の極」である。利子率は下限に達し、金融政策で動かすことはできない。また投資の利子弾力性も低いため、利子率を下げることの効果は薄い。こうした状況では、財政政策こそが国民所得増大のために有効である。(根井雅弘著『市場主義のたそがれ〜新自由主義の光と影』)
 サミュエルソンは、IS−LM分析を「ヒックス=ハンセン図」と呼ぶ。そして、次のように述べている。
 「『ヒックス=ハンセン図』は、財政投資と金融政策、所得決定の理論、それに貨幣理論の全部を総合することに成功している。それはさらに、貨幣の流通速度についての明確な一般理論を提供することにより、マネタリストとケインジアンのマクロ経済理論を総合するのにも役立っている。すなわち重要な意味において、マネタリストの反革命は、LM曲線及びIS曲線の形状についての論争に帰してしまうのである』(サミュエルソン『経済学 第11版』1981年)
 サミュエルソンの「新古典派総合」によって、ケインズ経済学は世界的に普及した。1960年代、特にアメリカのケネディ政権の時代に、ケインズ主義は「黄金時代」を迎えた。サミュエルソン、トービン、ソローなどが経済政策に参画した。
 私の見るところ、正統派ケインズ主義を自称する丹羽春喜氏は「新古典派総合」の系統に立つエコノミストである。サミュエルソンは、ケインズの乗数理論を短期だけでなく中長期にも適用できるように発展させた「動態乗数理論」を考案した。丹羽氏は、自身の総需要管理政策は、この動態乗数理論に立脚するものだと明言している。また、丹羽氏は、単にフリードマンやルーカスの理論を論破するのではなく、合理的期待形成仮説を前提した「ルーカス的世界」においてもケインズ的政策は有効であることを論証し、新古典派を再度包摂し得る理論を展開している。ケインズ原理主義者ではなく、また単なるアンチ反ケインズ主義者でもない。

●ケインズ主義の世界への貢献

 ケインズの経済学は、第2次世界大戦後の世界の多くの国における経済学研究の主流となった。同時に、経済政策の策定に重要な役割を果たした。もちろんケインズの理論は完全なものではなく、またケインズの構想がすべて実現したのでもない。1970年代になると、ケインズ経済学は権威を失い、反ケインズ主義の新古典派経済学が主流となり、21世紀初頭には新古典派が圧倒的に優勢となった。しかし、ケインズの理論が20世紀後半以降の世界で、大きな貢献をしたことは疑えない。
 第一に、失業率を下げ、安定的な経済成長を可能にした。イギリスを始め多くの先進国では、失業率が一貫して低水準に留まっていた。失業率以外の他の指標でも、戦後経済は戦前より、はるかに良好である。わが国の実質GDPの成長率は、平均成長率が戦前より遥かに高い。他の多くの先進諸国でも同様である。このことは、ケインズの総需要管理政策が経済の健全な成長に不可欠とする考え方が政策に反映した結果と言えよう。
 第二に、国際経済機構が発達した。IMF=GATT体制は、アメリカ中心・戦勝国主導のものではあるが、IMFは戦前のブロック化、通貨切下げ競争の再発を防ぐ役割をしてきた。また、GATT(関税・貿易に関する一般協定)も、自由貿易に基づく効率的な資源配分の実現に加えて、貿易の拡大により有効需要を拡大し参加各国における完全雇用の実現に資するという理念が掲げられたものだった。ただし、その後、IMF等の国際経済機関は、当初の目的から逸脱するようになった。理論的にケインズ主義から新自由主義・新古典派に転換し、巨大国際金融資本の利益に奉仕する機関に変貌した。
 第三に、通貨管理制度が機能した。戦後世界は金本位制から管理通貨制度に段階的に移行した。最初は固定相場制が取られた。経常収支の慢性的な不均衡に対して為替レートの調整が明示的に認められた。過大評価された為替レートが実体経済に与えるデフレ圧力を避けるためである。多くの国が為替レートの調整を行った。その後、変動相場制に移行した。変動相場制では各国が完全雇用・完全操業に努力しないと不利になる。有利を得るにはケインズ的な政策を行う必要がある。
 第四に、これが最大の貢献だが、上記の諸点により、ケインズ理論は、資本主義・自由主義の諸国が自由を守り、ソ連との冷戦に打ち勝つことを可能にした。共産主義の経済活動は非効率であり、無駄が多かった。統制は自発性を奪い、技術やシステムの停滞を招いた。しかし、仮に戦後の世界で、戦前のようなブロック経済化や通貨の切下げ競争、市場・資源の武力争奪が繰り返されていたら、世界全体が共産化していたかもしれない。ページの頭へ

  

 

第5章 新古典派経済学の席巻

 

●ケインズ政策の弊害と新古典派経済学の復活

 ケインズ主義には、弊害もある。無駄な公共事業の増加、アメリカでの軍産複合体の巨大化、慢性的なインフレである。
 第一に、無駄な公共事業の増加である。『一般理論』は、人口・資本設備・技術は変わらないという短期の想定に立っている。そこから、『一般理論』の最大の弱点は、投資によって総需要が増せば、やがて総供給能力が増すという資本蓄積(ストック)の問題を考慮していないことである。投資は短期的には有効需要の一構成要素だけれども、長期的には生産力を増大させる効果を持つ。投資はそれに投資の潜在的・社会的平均生産性をかけた分だけ、潜在的生産力を増大させる。それゆえ、景気を安定させるには、増加する供給能力に見合う需要を作り出す必要がある。絶えず投資が増し、成長しないと、不況が来る。ケインズは『一般理論』で、「社会が豊かになればなるほど、現実の生産と潜在的な生産との間の差はますます拡大する傾向」があるとして、「豊富の中の貧困」を指摘した。しかし、この点の具体的な検討がされていなかった。
 各国では、ギャップ増大を回避するため、生産能力のない投資つまり無駄な投資が多く行われた。予算を消化するためだけの公共事業や、公共事業に群がる利権構造が、各国の経済を蝕んでいった。
 第二は、アメリカでの軍産複合体の巨大化である。大不況後、ケインズの理論を取り入れたニューデュイール政策はアメリカ経済を好転させたが、なお完全雇用にはいたらなかった。完全雇用を実現したのは、第2次大戦への参戦による戦争需要だった。戦後、アメリカでは軍産複合体が巨大化し、アイゼンハワーは大統領退任の際、軍産複合体の動向を警告した。ベトナム戦争に参戦し、長期化すると、軍事ケインズ主義と呼ばれるような軍需依存の経済が恒常化した。
 第三は、政府の総需要管理政策によって、物価がわずかずつではあるが上昇してゆき、それが国際収支を悪化させる可能性を持つようになった。ケインズは、インフレ時には、有効需要を減らし、景気を安定させる政策を説いている。しかし、1970年代に入ると、第1次石油危機によって、原油価格が大幅に上昇し、コスト高になった。それまで経済学では、失業率の上昇と物価の上昇は並存し得ないとされてきたが、不況下でインフレが進むという新たな現象が起こった。スタグフレーションである。これに対し、当時のケインズ主義経済学は、有効な対策を取れなかった。

●反ケインズ主義の興隆

 上記の三つの弊害について、今日では理論的・政策的な対応が可能である。しかし、1970年代のアメリカにおいて、ケインズ主義的な新古典派総合は、スタグフレーションの原因を説明できなかった。そのため、新古典派総合は権威を失い、同時にケインズ主義も権威を失った。
 新古典派総合は、ケインズ経済学と新古典派経済学によって構成される。新古典派総合が権威を失うと、経済学者の多くは、ケインズ経済学と新古典派経済学のどちらかを取った。
 多数派を占めたのは、新古典派経済学を取った側だった。戦後、アメリカでは、フリードマンが、新古典派の立場からケインズ経済学を批判していた。しかし、フリードマンのマネタリズムは、イギリスのサッチャー政権が実際に政策としてやってみると、かえって経済が悪化し、採用は中止された。そのため、フリードマンの主張は説得力を失った。
 フリードマン説が後退した後、ケインズ主義批判の先頭に立ったのは、ロバート・ルーカスである。ルーカスは「合理的期待形成説」を唱え、ケインズ的な総需要管理政策は無効であると主張した。そして「マクロ経済学のミクロ的基礎」を掲げ、マクロ経済学をミクロの経済主体の最適化行動から構成する方法論を樹立した。その影響は大きかった。反ケインズ主義が興隆し、ケインジアンはアメリカの学界の中枢から放逐された。
 そうしたなか、ケインジアンの中に、ケインズ経済学のミクロ的基礎付けに取り組む経済学者が現れた。その代表的存在が、グレゴリー・マンキューである。マンキューらは「ニュー・ケインジアン」を名乗り、それまでのケインジアンを「オールド・ケインジアン」と呼んで区別した。しかし、社会全体の有効需要の大きさが生産量や雇用量を決めるというマクロ的な見方を重視するケインジアンとすれば、自分たちの方が本来のケインジアンだということになる。なお、私の見るところ、丹羽氏は「オールド・ケインジアン」であり、だからこそ「正統派ケインズ主義」を標榜しているのだろうと思う。

 なお反ケインズ主義には、新古典派経済学とは別にマルクス主義もある。マルクス主義の克服に努めたケインズ主義は、今度は新古典派経済学の批判を受けるようになり、左右から挟み撃ちにあったわけである。

●新古典派経済学の再興

 アメリカで新古典派総合が権威を失い、ケインジアンが学界の中枢から放逐されて以降、経済学では、近年まで新古典派経済学が圧倒的な存在だった。
 フリードマンやルーカスによる新古典派経済学の復活・興隆は、「ケインズ反革命」と呼ばれる。彼らの思想は、ケインズ主義に対する反ケインズ主義である。ここで、新古典派経済学について概述する。
 一般に限界革命を経た経済学を、新古典派経済学と言う。ケインズは、新古典派経済学は、セイの法則を暗黙の前提としており、また完全雇用状態という特殊な場合にしか当てはまらないとしてその欠陥を指摘した。そして新古典派の理論を特殊として包摂する一般理論を打ち出した。
 しかし、ケインズの画期性を認めない経済学者もいる。例えば、ケインズとともに20世紀経済学者の双璧とされるヨーゼフ・アロイス・シュンペーターは、新古典派のワルラスを自身の経済学の支柱とした。
 ケインズの師マーシャルは、経済全体から一つの市場を取り出し、そこにおいて特定の財を取り上げて、「他の条件が変わらなければ」という仮定のもとで「需要と供給の均衡」をとらえた。これに対し、ワルラスは、すべての市場における、すべての財について、「需要と供給の均衡」を考察する、より一般的な理論を創出した。マーシャルの理論は「部分的均衡理論」、ワルラスのそれは「一般均衡理論」と呼ばれる。
 一般均衡理論は、ある与えられた時点で、人口・資源・技術・社会組織を与件として、競争を徹底的に行うならば、もはやこれ以上変化しない状態としての一般均衡状態に到達すると説く。この理論によれば、各市場において需給が一致する価格と生産量の組み合わせが実現している状態は、もっとも効率的である。その状態を実現する方法は、「絶対的な自由競争」つまり完全競争が機能するようにすることである。そして、各市場で完全競争が作用し、価格を通じた需給調整がうまくいくならば、最適の状態が達成され、効率的な資源配分が実現されるとする。
 第2次世界大戦後、新古典派経済学は、ワルラスの「一般均衡理論」を基礎にすえるのが主流派となった。1970年代から新古典派経済学は再興し、80年代以降は経済学の主流派となった。この再興の旗手となったのが、ミルトン・フリードマンである。

●フリードマンによるケインズ批判

 フリードマンは、ケインズ経済学全盛の時代から新古典派の孤塁を守り、一貫してケインズ経済学に対抗してきた。フリードマンの理論は、マネタリズムである。これはリカードからフィッシャーにいたる貨幣数量説の現代版である。貨幣供給量の増大が、短期的には生産量や雇用量を拡大させる効果があったとしても、長期的には物価を上昇させるだけだと説く。マネタリズムから導き出される政策は、ケインズ理論のそれとは正反対である。インフレの唯一の原因は過大な貨幣供給であるとし、インフレを抑えるために貨幣供給量を一定率で増加させるという政策提言を行った。
 フリードマンによると、ケインズ的な政策による財政支出の増大は、GNPの拡大には貢献しない。政府の公共投資は乗数がゼロであり、効果が無い。国債の市中消化は、金利を上昇させ、民間の投資を減退させるだけである。これを「クラウディング・アウト現象」という。金融政策は、有効需要をコントロールするために金利を上げ下げするのではなく、あらかじめ決めた率で貨幣数量(マネー・サプライ)を増加させるべきである。政府がするのはそれだけでよい、とフリードマンは主張した。これすなわち、「市場の自由」に任せよ、という主張に他ならない。
 フリードマンは、貨幣量の増大は長期的には物価を上昇させるのみという。貨幣が実物経済に何の影響も及ぼさず、ただ物価だけに影響を与えるという状況とは、完全雇用が実現された状態に他ならない。それゆえ、マネタリズムの理論や政策は、完全雇用の状態にしか当てはまらない。かつてケインズが新古典派に対して指摘したのと同じ問題点である。
 フリードマンは、『一般理論』は「流動性の罠」を典型的な状態と想定していると批判する。だが、この批判は当たらない。ケインズは、次のように書いている。
 「利子率がある水準にまで低下した後では、ほとんどすべての人が、きわめて低い率の利子しか生まない債権を保有するよりも現金の方を先行するという意味において、流動性選好が事実上絶対的となる可能性がある。この場合には、貨幣当局は利子率に対する効果的な支配力を失っているであろう。しかし、この極限的な場合は将来実際に重要になるかもしれないが、現在までのところでは私はその例を知らない」
 ケインズは「流動性の罠」を理論的可能性として想定していただけである。実は、その最初の実例となってしまったのが、1990年代の日本だった。

●修正資本主義から自由資本主義への逆行

 フリードマンは『資本主義と自由』(1962年)において、市場主義を前面に押し出し、政府が市場に介入することや累進課税による所得再分配政策を批判した。1970年代、アメリカはベトナム戦争の影響から財政が悪化し、インフレ率と失業率がともに上昇していた。ケインズ主義の経済学者たちの打ち出す政策は、インフレ率を押さえ込むことにも、失業率を下げることにも失敗していた。先行きの見えない不景気によって閉塞感が広がる中、ケインズ主義を批判するフリードマンがクローズアップされた。「市場の自由に任せる」という主張は、自由と個人の責任を尊ぶアメリカ人の気質にも合致し、次第に大きな支持を集めるようになった。とりわけ強く支持したのは高い所得税に不満を持つ富裕層であり、金融市場での活動を規制されていた巨大国際金融資本家だった。
 財政悪化のなか、1971年ニクソン大統領は金=ドル交換停止を発表した。ニクソン・ショックによって、戦後の国際通貨制度を支えてきたブレトン・ウッズ体制は一部崩壊した。1973年には固定相場制から変動相場制に移行した。アメリカは基軸通貨ドルを石油とリンクし、金融と石油で世界経済を支配する体制を構築した。
 変動相場制への移行に当たり、フリードマンは為替の変動リスクをヘッジするために先物取引所を作ることを正当化した。通貨先物が導入されたことで、金融技術は一気に複雑になった。大恐慌以後の規制をなくす動きが強まり、1999年にはグラム・ビーチ・ブライリー法が成立し、銀行・証券・保険の分離が廃止された。ゴールドマン・サックスを典型とする投資銀行が、世界中から富を集めた。新自由主義・新古典派経済学が、先物取引、デリバティブ、レバレッジ経営を生んだ。金融工学が資本主義を投機的・強欲的なものに回帰させた。その行き着く先が、2008年の世界経済危機である。
 ケインズは、マルクス主義から自由を守り、同時に自由主義の暴走を抑えるために、資本主義を政府が管理する修正自由主義の理論を打ち立てた。フリードマンは、これに反発した。大恐慌以前の古典的自由主義への復活を求めた。修正資本主義から自由資本主義への逆行運動が起こった。これを歓迎するのは、所有者集団であり、巨富を動かす投資家である。
 フリードマンは、シカゴ学派の頭領として勢力を振るった。サッチャー政権のイギリスやカーター政権のアメリカは、マネタリズムを政策に取り入れた。しかし、実際にやってみると、経済の停滞・不振がひどくなり、スタグフレーションが深刻化した。ケインズ的な財政政策を止めて金融政策一本にしたのでは、マクロ的に経済を管理することが困難になり、マネー・サプライは安定化するどころか、大きくかつ不規則にぶれた。それゆえ、政策論としてフリードマン評価を下げ、そのケインズ主義批判も攻撃力を失った。
 ここで、新たな反ケインズ主義の唱道者として現れたのが、ロバート・ルーカスである。

●ルーカスは「失業は職探しの投資だ」と言う

 フリードマンから旗を受け継いだルーカスは、「合理的期待形成説」を唱え、新古典派経済学の復活を決定的にした。
 合理的期待形成説とは、経済主体が政府の政策を合理的に予測してしまえば、その政策は無効になるという理論である。ここで想定されている経済主体は、完全な情報を持ち、合理的に将来を予測する個人である。これは、新古典派経済学が想定してきた個人と同じである。それゆえ、合理的期待という概念は、一般均衡理論の復活以外の何ものでもない。
 ルーカスは、個人や企業の行動の「合理性」と、価格と市場の役割を極限まで強調した。その結果、『一般理論』が対象にした「非自発的失業」という概念を放逐した。ルーカスによれば、失業とは、すべて職探しという「投資」に他ならない。失業者とは、眼の前にある職を取らずに将来より職を得ることを期待して職探しをしている人のことである。「自然失業」を上回って失業率が10%にもなる状態は、職探しという「投資」が過大に行われているのだ、とルーカスは説明する。これは、職を得ようとして得られず、不安の中で貯金を取り崩して生活している人々の実感とは、かけ離れている。冷酷非情である。こういう理論を説く学者が、ケインズ主義の政策を批判しているのである。
 ルーカスは、ケインズ経済学においては、期待の果たす役割が無視されていることを主張する。この主張は全く根拠がない。『一般理論』で、ケインズは随所で期待の果たす役割に触れ、雇用量や国民所得の水準が人々の期待によって左右されることを繰り返し述べている。その期待は、完全な情報を持って合理的に将来を予測するというルーカス的な意味での期待ではない。ケインズの期待は、主に慣習にく。一つの社会で歴史的に形成されてきた社会的経験知をもって、人々は将来を予測する。それは合理的な思考であるばかりでなく、不安や希望等の感情や直感によって揺れ動く。全員が同じ答えを出すのではない。楽観的予測も悲観的予測もある。実際の経済、特に金融市場を動かしているのは、そうした人々の集団心理である。それゆえ、ルーカスの批判は的外れである。
 ルーカスの理論において、合理的期待形成説以上に重要なのは、ミクロの経済主体の最適化行動によってマクロ経済学を基礎づける方法論である。この方法論は大きな影響力を振るい、アメリカでは、反ケインズ主義はケインズ主義の経済学者を学界の中枢から追い出した。実際、ケインズ主義の学者は、大学で職を得られなくなったり、論文を発表することができなくなったりしたという。
 

 

●さらに極端化したリアル・ビジネス・サイクル論

 1980年代に入ると、「ケインズ反革命」はさらに激しさを増した。「リアル・ビジネス・サイクル理論」(実物的景気循環論)という理論が登場したのである。この理論によれば、景気循環は新古典派的な均衡そのものの変動に他ならない。ルーカスは、失業とは「投資」であると説いたが、リアル・ビジネス・サイクル理論では、失業率が何%であろうと、すべて均衡の失業率つまり「自然失業率」そのものの推移に他ならない。現状は最適であり、景気の安定化に関して政府のできることは何もないし、その必要もない、とする。
 ここまで来ると、1970年代以降の新古典派経済学の本質がよく見えるだろう。ポイントは、失業の問題にある。ケインズは、1930年代、大恐慌後の社会において、街角に溢れる失業者の群れを見た。当時の新古典派経済学は、職を得ようとして探しても職を得られない「非自発的失業者」の発生を説明できなかった。ケインズはそれに反発し、「非自発的失業者」が多数出るのは、なぜなのか、その原因を追究した。そして、有効需要、特に投資の不足にその原因を見出した。さらに、その原因が投資家階級の「貨幣愛」にあるととらえた。富裕層の利己的な金銭欲が、不況を深刻化し、多数の失業者を生み、人々を困窮にさらしていると見た。そこで、雇用を生み出し、所得格差を是正する政策を提言した。
 これに比し、新古典派経済学は、ケインズ一般理論の意義を認めず、失業問題を軽視し、失業者の救済や支援よりも、資本の利潤最大化、投資家の利益拡大を保障する理論を提供し続けてきたのである。この延長上に、失業は投資だとするルーカスがあり、失業率が何%であろうと、政府は何もする必要がないとするリアル・ビジネス・サイクル論がある。これは科学的な理論ではない。所有者集団のための理論であり、支配集団のイデオロギーである。
 アメリカの大学は、ほとんどが私立大学である。私立大学は私企業ゆえ、経営のため、大口の出資者の意向を重視する。特に経済学部・経営学部は、出資者の意向を強く尊重する。そこに雇用される学者は、所有者集団の意思に沿って研究・教育をする職業人となる。フリードマン、ルーカスらの新自由主義・新古典派経済学の指導者は、ロックフェラーを中心とするアメリカの巨大国際金融資本に雇われた経営者集団と見るできだろう。東洋の言葉で言えば、曲学阿世の徒である。

●ケインズ主義と新古典派の認識論・人間観・価値観の違い

 私は、ケインズ主義と新古典派の対立には、上記のような集団的利害とは別に、認識論と人間観の違いという要素があると思う。
 新古典派の理論は、17世紀以来の要素還元主義、力学、合理的人間に基く。要素還元主義は、事象を要素に還元し、要素の集合として事象を理解する分析と総合の方法である。社会を個人の集合としてとらえ、アトム的な個人の行動の総和として社会現象を理解する。ニュートン力学は、機械論的自然学であり、機械をモデルとして事象を数学的に予測する。合理的人間は、理性によって行動する人間である。功利を計算し、効率的な手段で、最大限の成果を目指す。新古典派は、このように要素還元主義、ニュートン力学、合理的人間によって経済現象をとらえる。この典型が、次のルーカスの言葉だろう。ルーカスは自分の研究について、「互いに作用し合うロボットで構成される機械的で人工的な世界を構築しようとしており、経済学では通常、こうした世界を研究する」と語っているのである。
 これに対し、ケインズの理論は、20世紀に台頭した有機体主義、不確実性、非合理的人間に基く。有機体主義は、事象は要素に還元できず、全体は独自の有機的統一性を持つとみなす。不確実性は、将来には合理的な予測や確率論的な計算のできない事態が起こりうることを意味する。非合理的人間は、理性だけでなく情念によって行動する人間である。時に不安や衝動、直感が行動を決定する。ケインズは、有機体主義、不確実性、非合理的人間によって経済現象をとらえる。
 私は、こうした認識論と人間観の違いが、ケインズ主義と新古典派の対立の根底にあると思う。その違いは価値観の違いともなって表れる。一般に価値とは、真・善・美・聖を典型的とする。その反対は、偽・悪・醜・俗である。新古典派は、こうした倫理的な価値判断を排除する。それは価値中立的で自然科学的な態度のようだが、排除によって残るのは、数値で計量できる富、金銭に換算できる利益という一元的な価値となる。端的に言えば、金儲けが第一ということであり、拝金主義の態度にもつながる。私は、そこにユダヤ的価値観の影響を見る。
 逆から言うと、こうした価値観の違いが、認識論と人間観の違いの深層にあるという見方もできる。科学はイデオロギーや価値観から完全に自由なものではない。科学のパラダイムは、科学的な思考や方法以前の発想や常識に根ざしている。時代や文化の影響を受ける。自然科学以上に社会科学はそうである。特に経済学は富や金銭に関わる学問なので、価値観によって自ずと方向づけがされる。
 ケインズは倫理学者ではなく、深く宗教的道徳的な価値を論じたわけではない。しかし、富の追求は、それ自体が目的ではなく、「賢明に、快適に、裕福に」暮らす生活を実現する手段と考えた。ものの豊かさの達成の上に、心の豊かさの実現を考えた。また、個人の人生や自分の世代を超えて、子孫や将来世代の発展をめざした。ケインズ主義と新古典派の間には、こうした違いもまた存在すると私は考える。

 

●強欲資本主義の暴走

 新自由主義・新古典派経済学は、1980年代以降、アメリカの経済学界で主流となり、圧倒的な力を持っていく。
 1980年代、レーガンは、新自由主義・新古典派的なフラット税制を導入して、法人税と所得税を極端に低くし、一部の富裕層と株主や経営者の所得を最大にする財政政策をとった。大幅減税で税収が激減し、財政赤字が拡大した。またインフレ抑制とドル資金をアメリカに呼び寄せることを目的に高金利政策とドル高政策をとったために、製造業は海外に生産拠点を移していった。その結果、輸出が減り、輸入が増えて、貿易収支の赤字が拡大し、財政赤字と貿易赤字という「双子の赤字」が顕著になった。
 レーガンの後、ブッシュ父が1期務めた。この間、平成3年(1991)、ソ連の崩壊によって、アメリカは世界唯一の超大国となった。平成5年(1993)にビル・クリントンが大統領に就任すると、ケインズ主義的な政策を取った。レーガン税制を全面的に改正して、所得税も法人税も最高税率を引き上げた。また、財政支出を公共投資と投資減税に集中して、民間投資を喚起する政策を取った。その結果、5年で財政を黒字に転換させるという目覚しい業績を上げた。
 本稿の文脈で重要なことは、クリントン政権がIT産業と金融業の発展に力を入れたことである。それによってアメリカは、情報通信技術で各国に大きく抜きん出た。また、金融のイノヴェーションを進めて世界経済を支配する仕組みを作った。1980年代まで宇宙開発に従事していた科学者が金融業界に転じ、宇宙工学を応用して金融工学を発展させた。金融工学は、新古典派経済学に基き、将来の不安定性をリスクという概念でとらえ、確率論的な計算によって、リスクの分散や管理ができるとし、これを商品化した。デリバティブと呼ばれる金融派生商品が続々と作られ、情報金融システムを通じて、世界中で販売された。ここで猛烈な活動をするようになったのが、ゴールドマン・サックスに代表される投資銀行や、ジョージ・ソロスらによるヘッジファンドだった。
 アメリカは、ドルが基軸通貨であることを利用し、新たな金融商品を売ることで、ドルがアメリカに還流し、アメリカが繁栄する仕組みを作り上げた。アメリカ人は、ものづくりを軽視し、金融による利益取得に走り、ドルの力に基づく過剰消費癖から抜けられなくなってしまった。

●ブッシュ子の失政と世界経済危機

 平成13年(2001)、クリントンに替わってブッシュ子が大統領に就任した。ブッシュ子は、再び新自由主義の経済理念を取った。税制をレーガン型に戻し、法人税減税と高額所得者への減税を実行した。また、なぞの多い9・11の同時多発テロ事件をきっかけに、アフガニスタンやイラクに軍事介入し、軍事費が増大した。製造業が縮小し、国内の生産力が低下したアメリカでは、もはや戦争経済は経済の再興につながらなかった。クリントン時代に蓄積した財政黒字は一挙に赤字に転じた。また貧富の差が拡大し、税収が減少した。加えて、戦費の増加などで、財政赤字が拡大した。
 こうした問題に対処するため、アメリカはウォール街の株式市場に海外から資金を集める必要があり、様々な金融商品を開発して資金を呼び込んだ。自己資金の何倍もの資金を借りて株式を買うレベリッジという手法により、巨額の取引が行われた。石油、穀物など、あらゆるものが、投機の対象となった。中でも大きな問題となったのが、低所得者向けの住宅ローンを証券化し、これを安全性の高い商品であるかのように仕立てて、世界中で売りさばいたことである。これがサブプライム・ローン問題である。
 平成19年(2007)、サブプライム・ローンが焦げ付いた。これをきっかけに世界的な金融危機が始まった。翌20年(2008)9月15日、投資銀行のひとつリーマン・ブラザーズが倒産した。世界経済は約80年前に起きた大恐慌以来の危機に陥った。大恐慌後にケインズが発した警告は無視されていた。大恐慌の再発を防ぐために打ち出した理論と政策は排除されていた。ページの頭へ

  

 

第6章 ケインズの復活

 

●ケインズは復活した

 平成20年(2008)リーマン・ショックによる世界経済危機の勃発によって、世界的に新自由主義・市場原理主義の見直しがされるようになった。新自由主義・市場原理主義は、反ケインズ主義である。それゆえ、見直しは、ケインズの再評価を伴う。
 1970年代から約30年間、ケインズは経済学の世界では権威を失っていた。一般社会でも、ケインズの政策は無駄な公共投資を行って財政赤字を増大するだけと見られていた。ところが、リーマン・ショック後、わずか数ヶ月のうちに、ケインズは復活した。
 権威あるイギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』は、平成20年(2008)12月24日、「ケインズは危機の考察に最善の方法を提供してくれる」と題した論説委員マーティン・ウルフの記事を掲載した。翌21年(09)1月29日には、ジョージ・ソロスは、この危機を乗り越える手掛かりは「1930年代の経験とジョン・メイナード・ケインズの処方箋だ」と書いた。
 また、アメリカでは自由市場原理を代表する『ウォール・ストリート・ジャーナル』が、同年1月8日に一面を使ってケインズ特集を組んだ。かつてニューヨーク株式市場を襲った大恐慌以来の危機の中で、ケインズの景気刺激策が呼び起こされたのである。
 平成21年(2009)1月、オバマが大統領になった。オバマはさっそく総額8250億ドル、対GDP比5.7%の財政支出政策を発表した。オバマは、ケインズ主義的なクリントン政権の経済政策に準拠した政策で、経済の再興を図っている。しかし、就任以来、2年を過ぎたが、ほとんど効果は上がっていない。米国民の不満は強まっている。雇用を拡大し、5年間で輸出を倍増するという目標を掲げながら、雇用が増えず、輸出が伸びない。製造業は生産拠点を主に中国に移し、それによる失業者が増加している。アメリカ人はドルの力に基づく過剰消費癖から抜けられないでいる。その姿勢、精神を改めない限り、オバマの経済政策は成功しないだろう。またもし、オバマ以後、再びアメリカが新自由主義・新古典派経済学の経済政策に戻るならば、レーガン及びブッシュ子の失敗の繰り返しになるだろう。

●ケインズの再評価と継承・発展は、よりよい世界への鍵

 ケインズ研究の世界的な第一人者、スキデルスキーは、『なにがケインズを復活させたのか?』に、次のように書いている。
 「ケインズのビジョンを要約できるとするなら、『調和のとれた社会』だろう。(略)ケインズは調和の経済学で、国内経済と国際経済をどちらも考えている。投資と所得再配分によって国内経済で完全雇用を実現すれば、貿易への圧力が軽減し、グローバル化から生まれる社会の緊張が緩和する。国際的な支払いを扱う精算同盟で、世界的なマクロ経済の不均衡がなくなり、多元的な世界が自然に作られていく。国と地域はそれぞれのアイデンティティを再発見し、発展させていく。地政学的要因による不均衡がなくなれば、通貨はもっと安定する。ワシントン・コンセンサスに基くグローバル化以外に道はないと考える人たちは、このビジョンをまったく空想的だし、保護主義と戦争に向う危険性すらあるとみるだろう。それ以外の人たちは、この方向に進むのが自然な流れであり、今回の危機の教訓を学べば、この動きが加速するとみるだろう」と。
 情報の非対称性(偏り)の研究により、新古典派経済学の理論を論破し、自らケインズの系譜に立つことを明言しているのが、スティグリッツである。平成20年(2008)11月3日号の朝日新聞の記事で、スティグリッツは、次のような意見を述べている。
 「この危機(註 世界経済危機)をきっかけに、新自由主義は終わりを迎えなければならないと思う。規制緩和と自由化が経済的効率をもたらすという見解は行き詰まった。ベルリンの壁崩壊で、共産主義が欠陥のある思想であると誰もが理解したように、新自由主義と市場原理主義は欠陥のある思想であることを、ほとんどの人々が理解した。私の研究はすでにそれを説明してきたが、今回は経験によって示されたことになる」「結局のところ、特定の通貨に依存しない多角的でグローバルな準備通貨システム、すなわち『グローバル紙幣』が必要とされているのだ。それは各国通貨のバスケット方式であり、IMFのSDR(特別引き出し権)を恒久化したようなものだ。ケインズが1944年のブレトン・ウッズ会議でドルやポンドの代わりに主張した国際通貨『バンコール』の現代版でもある。同時に、IMFに代わる国際機関を創立することも必要だろう。新たなブレトン・ウッズ会議を開催すべきときなのだ」と。
 スティグリッツは、『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』『フリーフォール〜グローバル経済はどこまで落ちるのか』(徳間書店)等で、グローバル化をよりよく機能するものとするという立場から、世界的な格差縮小、貧困の撲滅、諸国の共存共栄、地球環境保全等を目指す具体的な政策を提案している。今日のケインズ主義の動きとして、世界的に最も注目される提案といえるだろう。
 私見を述べると、人類は、単に物質的な繁栄ではなく、同時に道徳的な向上を実現する社会を目指さねばならない。人々が窮乏から脱するとともに、精神的に成長できるような、物心調和の社会を建設しなければならない。自己実現・自己超越は、孤立した個人がそれぞれ求めるものではない。相互的共助的に自己実現・自己超越を促進し合う社会こそ、人類の建設すべき社会である。そうした社会では、経済活動は、個人の利益を利己的に追求するものではなく、利己と利他が均衡し、社会全体の利益を協同的に追求する活動となる。こうした経済社会を可能にするのは、個人が私的利益を最大化する資本主義ではなく、国民が協力して公共の利益を実現する資本主義である。そして、新しい社会の建設に努力する国家が国際社会で協力し合うところに、人類の新たな段階が開かれるだろう。各国の健全なナショナリズムが、国家間のインターナショナリズムのもととなり、人類文明が物質的にも精神的にも豊かに発展できる世界は、実現可能なはずである。私は、経済面については、ケインズの思想の中に、新しい物心調和・共存共栄の世界の建設を進めるための経済学の萌芽を見ることができると思っている。そして、ケインズの再評価と継承・発展は、よりよい世界を開く鍵の一つだと思う。(註1)
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註1
・倫理学に基づく共存共栄については、わが国の哲学者・和辻哲郎に優れた所論がある。
 拙稿「日本的倫理は世界的人倫実現の鍵〜和辻哲郎(1)
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第7章 日本での摂取・発展

 

●わが国におけるケインズの摂取・活用

 ケインズは、わが国でも復活した。リーマン・ショック以降、エコノミストは、多かれ少なかれ、ケインズ主義的な見解を述べるようになった。新自由主義・市場原理主義の危険性が認識されるようになり、アメリカ主導のグローバリズムに抗して、ナショナリズムを復興する動きが徐々に広がっている。こうした中で、以前からケインズ主義的な理論と主張をしてきたエコノミストへの評価が変わってきつつある。ここのところ私がMIXI、ブログに書いてきた宍戸駿太郎氏、山家悠紀夫氏、菊池英博氏、三橋貴明氏らは、私の見るところ、ケインズ主義的な提言をしている。中でも丹羽春喜氏は自ら「正統派ケインズ主義」を標榜するエコノミストとして異彩を放っている。
 ここでわが国におけるケインズ理論の摂取・活用の経緯を見ておこう。
 世界大恐慌後、わが国の経済を立て直した高橋是清は、「日本のケインズ」と呼ばれる。実際に高橋がケインズ的な政策を行ったのは、ケインズが『一般理論』を出す前のことである。すなわち、高橋は昭和6年(1931) 犬養毅内閣の大蔵大臣として、デフレ下の日本で積極財政を断行した。当時ケインズは『一般理論』への途上にあった。当然、高橋が一般理論を学んで経済政策を立案したのではない。高橋は農商務官僚、日銀総裁等を歴任した実務家として、独自の思考で政策を構築した。赤字公債を発行して日銀に引き受けさせ、それを財源として政府投資を行った。それによってわが国の景気は回復に向った。わが国は、大恐慌後の世界でいち早くデフレを脱出した。昭和8年(1933)に始まるアメリカのニューディール政策の先を行っていた。見事というしかない。
 昭和9年(1934)、岡田啓介内閣では、高率のインフレの発生が予見されると、これを抑制する政策を講じた。今度は政府投資の削減を目指し、主に軍事費を縮小する方針だったので、軍部の反発を買った。高橋は全くひるむことなく、軍部を厳しく批判した。そのため、2・26事件で暗殺された。
 デフレの時は総需要を増大し、インフレの時は総需要を削減して、景気の安定を図る。『一般理論』は昭和11年(1936)年1月に刊行された。高橋はそれ以前に、独創的な政策を実行していた。自らの思考でケインズ以前にケインズ以上に実際的な政策体系を創造したのである。ちなみにニューディール政策もルーズベルト大統領の政策スタッフが立案したものであって、ケインズの理論を待ってのものではない。『一般理論』は刊行後に、ニューディール政策を理論的に裏付けるものとして摂取された。
 戦前のわが国では、高橋の財政金融政策を理論化し、そこから新たな経済学を生み出す取り組みは、ほとんどなされなかった。2・26事件以降、政治家はテロをおそれ、軍部に異論を言えなくなった。軍部が政治に介入し、ドイツの影響で国家社会主義的な経済政策が企画・推進された。シナ事変から大東亜戦争に突入すると、戦時統制経済が徹底的に強化された。
 ケインズの『一般理論』は、イギリスの自由主義の伝統に立脚し、これに修正を加えた修正自由主義の理論である。昭和10年代のわが国では、英米的な自由主義は弾圧の対象だった。『一般理論』の邦訳は昭和16年(1941)に刊行された。当時ケインズは交戦国の経済学者だった。一部の学者・官僚の間で研究されてはいたが、ケインズがわが国の経済政策に影響を与えるようになったのは、敗戦後のことである。
 敗戦の荒廃から復興が進んだ昭和30年(1955)、55年体制が生まれた。日本における自民党と社会党の対立は、世界における米ソの対立に照応した。自民党政権の政策は自由民主主義的であり、反共産主義的である。ところが、大学ではマルクス経済学が支配的だった。ケインズ経済学は新古典派と併せて近代経済学と呼ばれた。「マル経」「近経」と略称された。「近経」は少数派だった。共産主義は進歩的な思想であり、共産主義の実現は歴史的必然であるとする思想が、社会に蔓延した。ワルラスであれ、ケインズであれ、社会主義的でない経済学は、「ブルジョワ経済学」として一緒くたに「反動」とされた。アメリカでは1950年代から60年代にかけて、サミュエルソンの新古典派総合が主流派になっていった。そのため、わが国では、主にアメリカのケインジアンを通じて、ケインズの理論が摂取された。ケインズのマクロ経済学は、自由主義・資本主義を維持・発展させ、マルクス主義・共産主義に対抗する上で有効な理論だった。

 

●高度経済成長とケインズの貢献

 昭和35年(1960)、池田隼人内閣が「所得倍増計画」を打ち出した。以後、わが国は、高度経済成長を実現し、世界を驚かせた。高度経済成長は、民間企業の活動だけでなく、政府のマクロ経済政策が功を奏したものだった。当時、政策策定の中心となったのが、大蔵官僚の下村治だった。下村は、ケインズ理論を動学化したハロッド=ドーマー・モデルを理論的な枠組みに用いた。「必要なのは需要面の政府の計画である。供給は企業家の創意と工夫に委ねていかねばならない」と下村は述べている。生産は個々の企業の自由な活動に任せる。もし有効需要の不足が起こったら、政府が社会全体の需要を適当な量まで増加させるために財政活動をする、という考え方だった。ケインズの修正自由主義の要諦を把握した政策だった。
 下村ら高度経済成長時代の経済政策を立案・推進した官僚・エコノミストたちは、ケインズの理論の猿真似をしたのではなく、わが国の経済に役立つところを取り入れて、うまく活用した。日本企業の日本的経営を生かし、政府と民間がそれぞれの能力を発揮して、世界に前例のない高度成長を成し遂げた。
 当時の日本企業は、単に利益追求の合理的組織ではなく、家族的な共同体だった。終身雇用、年功序列の制度は、家族的な共同性の表れだった。企業間では系列化が行われ、銀行は系列企業に重点的に融資する系列融資を行った。政府は、護送船団方式と呼ばれる行政を行い、特定の業界において一番経営体力・競争力に欠ける企業が落伍することなく、存続していけるよう、許認可権限などを駆使して業界全体を指導した。資本家と労働者は、敵対的に闘争するのではなく、互いが成り立つように融和・協力した。官民一体・労資協調によって国民全体が一つの共同体のように、国全体の富の実現を目指した。後にこれらの特徴は、何もかも否定されるようになったが、それは日本を弱体化しようとする勢力が宣伝した結果である。
 わが国の社会は、直系家族を主としており、わが国で発達した資本主義は、集団主義的特徴を持つ。絶対核家族が主であるアメリカやイギリスでは、アングロ・サクソン型の個人主義的資本主義が発達した。個人主義的資本主義は、利潤、労働と資本の移動性、短期的なものを奨励する。これに対し、集団主義的資本主義は、社会的団結、安定性、労働力の養成、長期的な科学技術的投資を尊重する。
 わが国の場合、特に私益より公益、株主の利益より社員の幸福、短期的利益より長期的利益、金銭的利得より信用・信頼を重視する傾向がある。こうした日本的資本主義と、ケインズの理論と主張には、よく通じるところがある。ケインズは個人主義的資本主義を修正し、国民的な資本主義を発展させようとしたからである。そして、私はこうした日本の経済成長に、ケインズの理論と政策が大きく貢献したものと思う。そして、1960〜70年代半ばの日本は、ケインズが構想した世代継承的な「目的性の道徳律」に裏打ちされた国民国家(ネイション)を実現しつつあったと思う。

●ケインズとともに貢献したシュンペーター

 私は、戦後日本の高度経済成長には、ケインズ以外に、シュンペーターの理論も大きく貢献しただろうと考えている。

シュンペーターは、著書『経済発展の理論』(岩波書店)で、経済発展の本質は、新結合の遂行による創造的破壊だという説を唱えた。シュンペーターは、新結合を5つの観点から定義した。すなわち、 新製品の創造、新生産方法の導入、新規の販売経路・市場の開拓、原材料と半製品の供給源の獲得、新組織の形成である。シュンペーターは、後に新結合をイノヴェーションと呼んだ。「革新、刷新、新機軸」を意味する言葉である。シュンペーターのイノヴェーションは、技術革新だけでなく、金融・流通・制度等の革新を含む。ケインズの理論を長期化し、長期的な経済成長を考える際には、成長の要因の一つとしてイノヴェーションに注目する必要がある。

企業家がイノヴェーションをしようとするときには、資金が要る。シュンペーターは、ここでの企業家に融資する銀行家の役割が大きいことを説いた。ケインズ的な政策をもって、政府が有効需要を拡大する時は、どういう分野や企業に投資をするかを考えねばならない。単に数字の上で国民所得を増やしても、長期的な経済成長にはつながらないし、国民生活の向上にも寄与しない。高度経済成長時代のわが国は、シュンペーターのいうイノヴェーションに多く投資した。日本の国民は堅実で将来に備え、貯蓄性向が高い。当時の銀行家は預貯金による豊富な資金を、成長しそうな民間企業に積極的に融資した。さらに、民間の金融機関では融資のしにくい基礎的な分野には、政府系の銀行が低利で融資をし、長期的な育成に努めた。後年アメリカの攻撃の的となった旧日本長期信用銀行(現・新生銀行)や旧日本債券銀行(現・あおぞら銀行)は、そういう任務を負った銀行だった。

ケインズとシュンペーターの間には、理論的・思想的に相容れない部分がある。しかし、ケインズの理論による総需要管理政策を、有意義なものにするには、シュンペーターの説くイノヴェーションを促進する政策が組み込まれねばならない。また、イノヴェーションを国家的な規模で促進するには、ケインズの総需要管理政策が最も有効である。ケインズとシュンペーターを学問的に総合することは、容易でない。だが、私は、高度経済成長時代のわが国は、ケインズとシュンペーターを実際的な観点からよく摂取し応用し得たのだと思う。そこには理屈より有用を重んじる日本人の実務感覚が発揮されたと思う。それとともに、もう一つの要因は、国民が協力して国民経済を発展させようとする熱意があったことである。そこにはナショナリズムが健全な形で働いていた。政治家・官僚・学者・銀行家・企業家・労働者等、国民の各層が、勤勉に、誠実に、明るく、希望を持って努力した。そこに日本というネイションの成長があった。今日の日本人は、そのことをしっかり思い出し、その時代を生きた先祖・先輩に感謝し、彼らの志を受け継ぐことが必要である。
 問題は、高度経済成長時代の日本は、経済の成長にばかり専心して、日本を立て直すという大目的を見失ったことである。日本人は、憲法の改正、自主国防の確立、日本の伝統的な精神の復興を怠った。その結果、外からの圧力で成長を押さえられ、富を奪われることになったのである。私たちは、その日本再建という課題も、先祖・先輩から受け継ぎ、自らの手で達成しなければならない。

 

●アメリカの日本への圧力と構造改革

 急速に経済成長をする日本は、大きな抵抗にあった。1980年代からアメリカが日本への外交攻勢を強めたのである。昭和60年(1985)のプラザ合意により、わが国のバブルが始まった。翌61年(86)、「前川レポート」が発表された。この報告書は、内需拡大、市場開放、金融自由化等を打ち出し、その後の日本の経済政策の基本方針になった。下村治は、日本の市場開放を強硬に求めるアメリカ政府を批判した。62年(87)に『日本は悪くない。悪いのはアメリカだ』(文春文庫)という著書を出して、題名どおりの主張をした。下村は、次のように述べている。
 「アメリカ経済が節度を失いはじめるにつれて世界経済にも動揺がはじまり、ついにはIMF体制が崩壊するに至ってしまった。この状態をレーガン大統領がさらに大々的に破壊してしまったのが現状である。(略)アメリカが従来持ち合わせた節度を回復しなければ、世界経済は安定できないのである。もちろん日本経済がその一部を占めるのはいうまでもないことだ」と。
また下村は、「前川レポート」は「日本の健全さを捨てさせるものだ」と喝破した。「この報告書が言う体質改善というのは、働く意欲を阻害し、勤労精神・貯蓄精神をゆるめ、節度ある経済・財政運営の気構えをなくして、もっと気楽な気持ちで鷹揚にカネをばらまき、怠けて遊ぶようにしなさい、ということである。そうすれば生活はよくなると。これはどこか狂っている」と批判した。
 バブルは、はじけた。下村の懸念どおり、日本はおかしくなった。だが、その後も下村の主張は無視された。1980年代から、わが国の経済学者・官僚は、アメリカを席巻した新自由主義・新古典派経済学の影響を強く受けるようになった。下村のような日本的かつケインズ主義的なエコノミストは、政府や学界の中枢にはほとんどいなくなってしまった。わが国は戦前には、ケインズ以前にケインズ的な政策を立案し、自ら実行し、デフレを脱却した高橋是清がいる。また戦後には、ケネディ政権に関与したアメリカ・ケインジアン以上にケインズ的な政策を成功させ、高度経済成長を実現した下村治がいる。こうした高橋=下村の政策を理論化し、独自の経済学を創出することこそ、日本のエコノミストの課題だろう。しかし、大勢は、アメリカ追従的な方向に進んでいった。
 冷戦の終焉後、アメリカはグローバリズムを打ち出した。わが国の政策担当者はそれに同調し、追従する市場原理主義的な政策を立案した。それが構造改革政策である。

●日本経済再興を提唱するケインズ主義

 橋本=小泉構造改革は、日本土着の直系家族的な集団主義的資本主義を、アングロ・サクソンの絶対核家族的な個人主義的資本主義に変造するものだった。経済や社会における伝統的な価値観や制度を破壊し、外来の価値観を植え付ける。それによって、米欧の資本が日本に進出し、日本を支配しやすくする。それを日本人が代理して推進するのが、橋本=小泉構造改革だった。
 橋本内閣の失政でわが国はデフレに陥った。デフレ下ではケインズの総需要政策による積極財政が有効である。ところが政府は、ケインズの理論ではなく、新自由主義・市場原理主義の政策を強行した。とりわけ小泉内閣では竹中平蔵氏が経済閣僚となってこれを強行した。
 フリードマン=ルーカスの理論はアメリカ主導のグローバリズムを裏付ける働きをし、ケインズの理論はグローバリズムに抗して国民国家を守るナショナリズムを補強する働きをした。かつては、マルクス主義・共産主義に対抗したケインズ主義が、今度は新自由主義・市場原理主義に対抗するものとなった。
 自らケインズ主義者と公言する数少ないエコノミストである丹羽春喜氏は、新自由主義・新古典派経済学が優勢になった1980年代から、これらを理論的に批判し、いち早くケインズ主義の復権を訴えてきた。丹羽氏はレーガン政権の政策の矛盾を指摘し、ボルカーFRB議長のマネタリズムによる金融政策を批判した。バブルが崩壊してわが国が1990年代の不況に落ち込むと、平成6年(1994)に「救国の秘策」を発表した。これは別稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏」で紹介した政府の貨幣発行特権の発動によって、ケインズ的総需要管理政策を行い、日本経済を再興する政策である。
 丹羽氏は、橋本=小泉構造改革の時代も、それ以降も、一貫して新自由主義・新古典派経済学による反ケインズ主義を批判し、「救国の秘策」を訴えてきた。丹羽氏とは別に宍戸駿太郎氏、山家悠仁夫氏、菊池英博氏、田村秀男氏、三橋貴明氏らも、ケインズ主義的な政策を提言し、政府に政策の転換を求めてきた。これらの各氏は、主に国債の発行を財源調達の方法とする。だが、わが国では反ケインズ主義が支配的であり、こうした政策提言は国民の注目を集めるまでにいたっていなかった。
 そこに勃発したのが、平成19年(2007)のサブプライム・ローンの破綻であり、翌20年(08)のリーマン・ショックである。世界的に経済危機が広がると、各国でケインズが復活した。わが国でもまたケインズが復活した。新自由主義・市場原理主義は、厳しく批判されねばならない。そして私は、ケインズ及びケインズ主義の理論と主張は、日本復活に不可欠の経済理論として、再評価すべきだと思う。
 また世界的には、自らケインズの流れを組むというスティグリッツの提案が注目されている。スティグリッツは、グローバル化をよりよく機能させるという観点から、世界的なレベルでの総需要管理政策、国際経済機関の運営の民主化、ケインズのバンコールを具体化した世界貨幣の発行、経済への倫理の復活等を唱えている。日本復活と、世界的な経済改革が合体すれば、日本経済・世界経済は大きく改良され、人類社会は向上・発展できるだろう。

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結びに〜東日本大震災を乗り超えよう

 

 本稿の連載中、平成23年(2011)3月11日に、東日本大震災が起こった。国内観測史上最大のマグニチュード9.0の大地震だった。大地震は津波と原子力発電所の事故を引き起こし、戦後最大の災害となった。被害は甚大で、死者・行方不明者は2万7000人以上、道路・建物等の直接的被害は政府の概算で16〜25兆円に上る。計画停電や原発事故の産業への影響を加えると30兆円とも言われる。
 この未曾有の国難を乗り越えて、日本を復興するには、指導者の決断と国民の団結が必要である。国家の復興は、国民の精神の復興に始まる。日本人が日本精神を取り戻し、一致団結することが、日本復活の道である。
 経済の面に関して言えば、デフレ・円高で苦境にある日本は、震災でさらなる打撃を受けた。被災地や産業の復興を進めるには、巨額の費用を要する。しっかりした経済政策を立てねばならない。ここにおいて私は、これまでわが国を誤らせてきた新自由主義・市場原理主義と訣別して、ケインズを再評価し、その理論・政策・思想をよく参考にして、日本復活の経済政策を策定すべきだと考える。その具体策については、別途掲載の拙稿をご参照願いたい。

参考資料
・ケインズ著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(東洋経済新報社)
・『世界の名著 ケインズ・ハロッド』(中央公論社)
・伊東光晴著『ケインズ』(岩波書店)『現代に生きるケインズ』(岩波新書)
・宇沢弘文著『ケインズ「一般理論」を読む』(岩波現代文庫)
・丹羽春喜著『ケインズ主義の復権〜レーガノミックスの崩壊と日本経済』(ビジネス社)『ケインズは生きている〜「長期不況」脱出の活路』(ビジネス社)

・間宮陽介著『ケインズとハイエク』(ちくま学芸文庫)
・ 吉川洋著『いまこそケインズとシュンペーターに学べ』(ダイヤモンド社)

・シュンペーター著『経済発展の理論』(岩波文庫)
・根井雅弘著『市場主義のたそがれ〜新自由主義の光と影』(中公新書)『入門経済学の歴史』(ちくま新書)

・瞠目卓生著『アダム・スミス―「道徳感情論」と「国富論」の世界』(中公新書)

・佐伯啓思著『幻想のグローバル資本主義(上)アダム・スミスの誤算』『同(下)ケインズの幻想』(PHP新書)
・スキデルスキー著『なにがケインズを復活させたのか?』(日本経済新聞出版社)
・中野剛志著『国力論〜経済ナショナリズムの系譜』(以文社)『経済はナショナリズムで動く』(PHP)『恐慌の黙示録』(東洋経済新報社)
・スティグリッツ著『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』『フリーフォール〜グローバル経済はどこまで落ちるのか』(徳間書店)

 

関連掲示

・拙稿「日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1
・拙稿「橋本=小泉構造改革を告発山家悠紀夫氏

・拙稿「経世済民のエコノスト〜菊池英博氏

・拙稿「『救国の秘策ある!〜丹羽春喜氏1

・拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ〜三明氏

・拙稿「『太陽の時代』のギガトレンド〜2紀の産業革命を促進しよう

 

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