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救国の経済学〜丹羽春喜氏2

2011.10.7

 

<目次>

はじめに〜「救国の秘策」の裏付け

第1章 丹羽経済学の理論的考察

(1)ケインズを評価し、マルクス主義を批判

(2)ケインズ主義を発展させた丹羽理論

(3)新古典派経済学の反ケインズ主義

(4)フリードリッヒ・ハイエクの不作為

(5)ミルトン・フリードマンの詭弁

(6)ロバート・ルーカスの欺瞞

(7)反ケインズ主義と新古典派経済学の超克

第2章 日本経済の根本的な問題点

(1)デフレとデフレ・ギャップ

(2)デフレ下で取るべき経済政策

(3)政府によるデフレ・ギャップの隠蔽

(4)歴代政権の経済政策を徹底批判

第3章 「救国の秘策」が日本復興の切り札

(1)唯一の起死回生策を提示

(2)救国の秘策は政府貨幣特権の発動

(3)丹羽氏の政策提言と類似案との違い

(4)政府貨幣の前例としての太政官札

(5)太政官札と「五箇条の御誓文」

(6)昭和恐慌での高橋是清への評価

(7)丹羽春喜氏と菊池英博氏の継承・発展

結び〜日本を復活させるのは、国民の力

 

 

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はじめに〜「救国の秘策」の裏付け

私は拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1」にて、丹羽春喜氏による日本経済復興のための「救国の秘策」を紹介した。東日本大震災後に書いた「日本復興の提言」シリーズでも、大震災からの復興に関する丹羽氏の提言を掲載した。
 「打ち出の小槌」を持った大法螺吹きのマッド・エコノミストか。それとも、日本が生んだ世界的な天才エコノミストかーーー丹羽氏への評価は極端に分かれている。
 私は、丹羽氏の「救国の秘策」を高く評価する。それは単に奇抜な策ではなく、経済学の学術的な理論にいている。その理論的な面を理解するためには、丹羽氏の所論をより深く考察する必要がある。それが本稿の目的である。

 

1章 丹羽経済学の理論的考察

 

(1)ケインズを評価し、マルクス主義を批判


●丹羽によるケインズの評価

 丹羽氏は「正統派ケインズ主義」を標榜する。では、丹羽氏は、ケインズをどう評価しているか。
 丹羽氏は「冷戦時代に、自由世界の基礎である私有制に基づく市場経済体制を守りぬくうえでの最強の戦力は、ケインズ主義のパラダイムであった。冷戦とは、経済思想の闘いの局面では、マルクス対ケインズの対決であったのである」と述べている(論文「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)。
 そして、丹羽氏は、「冷戦における西側自由市場経済陣営の勝利の根本的動因」は、ケインズ革命にあったと説く。
 「ケインズ革命によってマクロ経済学というサイエンスが確立され、それに基づく有効需要政策の体系が形成されたということは、経済学が圧倒的な現実的有効性を持った『社会工学』として立ち現れ、整備されたということを意味していた」「冷戦における西側自由市場経済陣営の勝利の根本的動因は、まさに、このことにあったわけである」(『政府貨幣特権を発動せよ。』)と。
 冷戦において資本主義・自由主義陣営が共産主義・統制主義陣営に勝利し得たのは、資本主義の効率性や自由の理念が、共産主義の非効率性や統制の思想に勝っているからだとするのが、多く見られる考え方である。しかし、丹羽氏は、ケインズ革命こそが「勝利の根本動因」だと強調する。この主張は、経済学的に言うと、共産主義・統制主義に勝利し得たのは、新古典派経済学によるのではなく、ケインズ経済学によるのだという主張である。
 ケインズ革命とは、一般にケインズの理論による経済学の大きな変革を言う。ケインズは、新古典派経済学の理論では解明できない経済の現実に取り組み、これを説明するために、一般理論を生み出した。そして、「有効需要の原理」に基づいて、政府による「総需要管理政策」の理念を打ち出し、それまでの経済理論に大きな変革をもたらし、経済政策にも大きな変化を与えた。丹羽氏は、ケインズ革命があったればこそ、冷戦において資本主義・自由主義陣営は共産主義・統制主義陣営に勝利し得たのだというわけである。
 丹羽氏は言う。
 「『ケインズ革命』の歴史的な意義は、ケインズ的マクロ経済学というサイエンスの確立を武器として、マルクス的な史的唯物論の歴史主義的な決定論・宿命論ニヒリズムと闘い、それを克服する途が人類文明に拓かれたということにあった」と。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし−いまこそ新古典派経済学のニヒリズムを打ち砕け−」)
 そしてまた次のように言っている。
 「ケインズ革命とは、何であったのか? エコノミストであれば誰でもが熟知しているように、ケインズ理論によって、マクロ経済学、社会会計学(国民所得計算)、および管理通貨制度の確立がなされた。このことによって、人類文明の経済は、市場メカニズムのメリットをフルに活用しつつ、そして、人々の経済的自由をいささかも犯すことなしに、

(1)景気変動の克服(デフレ、インフレの防止)
(2)成長通貨供給の貴金属制約からの脱却
(3)国際分業による共存・共栄的な成長・繁栄(為替フロート制の長所発揮)
(4)地理的フロンティアや搾取対象を必要としない経済成長の実現

などを達成しうることになった。すなわち、人類文明の経済は『ケインズ革命』によって、『決定論的宿命論のくびき』から解放されうるようになったわけである」と。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 こうしたケインズ革命への丹羽氏の評価は、ケインズを非常に高く評価するものである。しかし、丹羽氏は「ケインズ革命は、実は、まだ完全には達成されていない」と言う。ケインズが開いた可能性を理解し、ケインズの理論を継承・完成させて、人類文明の発展に寄与することが、丹羽氏の目指すところである。
 なお、ケインズについては、拙稿「日本復活へのケインズ再考」に私のケインズ論を書いた。本稿をお読みいただくに当たり、ご参考に願いたい。

関連掲示
・拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1
・拙稿「日本復活へのケインズ再考

 

●マルクス主義は「憎悪と怨恨と復讐心の世界観」と批判

 丹羽氏は、冷戦の時代から一貫して、マルクス主義・共産主義を批判している。丹羽氏は「マルクス主義の本質は、憎悪と怨恨と復讐心の世界観」であるとする。この見方は、ニーチェのルサンチマンの理論に通じる。弱者の強者への妬みや恨みなどの感情が、キリスト教道徳を生んだとする理論である。丹羽氏は、マルクス主義は「憎悪と怨恨と復讐心」という情念に基づく世界観であることから、「きわめて根本的な問題点」が内含されていると指摘する。そして、マルクス主義は、「科学としての社会主義」「科学的社会主義」と自称しても、「正統的な近代科学とは無縁なもの」にならざるをえないと説く。(『ソ連崩壊論』)
 平成2年(1990)にこのように説いていた丹羽氏は、約20年後の平成21年(2009)においても、次のようにマルクス主義を批判している。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 「マルクス主義のパラダイム」では、「マルクス=エンゲルス的な『史的唯物論』ならびに『マルクス経済学』のテーゼに基づいて、資本主義体制の崩壊と社会主義体制への移行は、抗しがたい『不可避の弁証法的な歴史的必然だ!』と強調され」る。「そのような体制移行をもたらす契機は、利潤率の低下と労働者階級の窮乏化、不況・恐慌の頻発と深刻化、そして、それらに触発される階級闘争の激甚化と、それによる『革命の勃発』によって資本主義体制が打倒されるということであるとされたわけである。しかも、そのようなプロセスは、マルクス主義的実践、すなわち、資本主義体制打倒を目指す『階級闘争的な左翼的革命闘争』によって促進・実現されるものと規定されていた」。レーニンは、資本主義国家の間で激しい帝国主義的な史上争奪の武力戦争が起こることも不可避の「必然的な法則」であるとし、そのような戦争を内乱に、「内乱を革命に転化せよ!」と叫んでやまなかった。しかし、丹羽氏によれば、「史的唯物論に基づく『歴史的必然』などということは、しょせん、論理も実証も不十分な仮説に過ぎない。また、資本主義的な経済体制の崩壊の『必然性』を論証することもできていない。
 丹羽氏は、次のように続ける。「労働者階級を主とする一般庶民の生活水準は大幅に向上してきており、窮乏化の趨勢などは観察されえない。しかも、企業に投下された資本の利潤率にも、長期的に不可避的な低下傾向などといったことは見られない」。とはいえ、「周期的に襲ってきた不況期、とくに1930年代に発生した激烈な世界大不況のときなどは、あたかも、マルクス主義パラダイムの不吉な予測が的中しはじめたかのごとく感じられたことも事実であった」。だが、それも決して歴史的な必然性としての共産主義への移行とはなっていない。
 私見によれば、マルクス主義は20世紀の人類に大きな災厄をもたらしたが、マルクス主義を克服する理論がなければ、世界の共産化はもっと進行・拡大しただろう。それを阻止しえた要因の一つは、経済学におけるケインズ理論の登場による。丹羽氏の説くところを敷衍すれば、このようになるだろう。
 ケインズの支持者・継承者をケインズ主義者(ケインジアン)と呼ぶ。ケインズ主義者には、マルクス主義・共産主義を容認し、これと連携する者がいる。これをケインズ左派とするならば、マルクス主義・共産主義に反対し、これを克服しようとする者はケインズ右派となる。丹羽氏は反共産主義を明確に表したケインズ右派である。
 ここで、丹羽氏のマルクス主義批判における特有の見方を指摘しておくと、丹羽氏は、マルクス主義は「決定論的宿命論」だと見ている。マルクス主義は「資本主義体制の崩壊と社会主義体制への移行は、抗しがたい「不可避の弁証法的な歴史的必然だ!」と説く。これを「決定論的宿命論」というわけである。また丹羽氏はマルクス主義にニヒリズムを看取し、これを「歴史主義的決定論ニヒリズム」だともいう。そして、ケインズは、人類をこの「歴史主義的決定論ニヒリズム」から解放したとして、丹羽氏はケインズ革命の人類文明史的な意義を強調する。 

 

●決定論・宿命論・ニヒリズムとその克服

 丹羽氏は「決定論」「宿命論」「ニヒリズム」という用語をしばしば使う。これらの用語を定義せずに使っているので、ここで基本的な意義を確認しておきたい。
 第一の「決定論」とは、あらゆる事象の生起と帰結が前もって決定されているとする立場である。第二の「宿命論」とは、一切の出来事はあらかじめ決定されていて、なるようにしかならず、人間の努力もこれを変更し得ないと見る説である。第三の「ニヒリズム」は、二―チェの思想に由来し、多様で複雑な意味がある。この用語は、その背景から確認する必要がある。
 ニヒリズムは、ニーチェの思想のキーワードである。端的には超越的な価値の否定ないし喪失をいう。ニーチェは、19世紀後半の西欧において、キリスト教によって代表される伝統的価値が、人々の生活において効力を失っていると洞察した。この状況を「神は死んだ」と表現した。ニーチェは、西洋思想の歴史は、プラトンのイデアやキリスト教道徳といった、彼にとって本当ありもしない超越的な価値、つまり無を信じてきたニヒリズムの歴史であるという。そして、このニヒリズムが表面に現われてくる時代の到来を予言した。ニーチェにとってニヒリズムは克服すべきものであり、これを克服し得るのは人間を超えた「超人」のみである。超人は新しい価値の体現者であり、超人の価値創造力は「力への意志」であり、「力への意志」そ生の唯一の原理であると説いた。
 ニーチェには、ニヒリズムと深く関係する永劫回帰という思想もある。永劫回帰とは一切のものが永遠に繰り返すという考え方で、神話的思考における「祖型と反復」(エリアーデ)に通じるイメージである。ニーチェは、永劫回帰を「無が永遠に続く」というニヒリズムととらえる。それを運命として肯定する者は、世界に意味を与える者となる。いわば無意味から有意味への反転である。このような極の反転は、神話的思考に見られる「対立物の一致」のイメージに通じる。
 ニーチェの思想は、このように複雑で、論理とイメージが混在し、矛盾を孕む。だが、その所論には鋭い洞察があり、欧米やロシアの知識人に重大な影響を与えてきた。そして、ニヒリズムという言葉は、ニーチェの思想から離れ、より広い意味で使われるようになった。ニヒリズムは、しばしば伝統的な秩序や価値を否定し、規制の文化や制度を破壊しようとする態度の意味で使われる。丹羽氏がニヒリズムというのは、この態度のことだろう。
 仮に丹羽氏のニヒリズムを、このように理解するとすれば、マルクス主義は唯物論であり、神や超越的な価値を認めない。その点において、思想的な二ヒリズムである。またマルクス主義は伝統的な秩序や価値を否定し、規制の文化や制度を破壊する思想・運動である。その点において、行動的なニヒリズムである。ただし、マルクス主義の階級闘争は、否定・破壊そのものが目的ではない。目的は、否定・破壊を通じて、共産主義社会を建設することである。そして、共産主義の実現は歴史的必然である、と説くところに、一種の決定論がある。丹羽氏はこのことをもって、マルクス主義を「歴史主義的決定論ニヒリズム」と言うのだろう。
 丹羽氏は、平成5年(1993)刊行の『ケインズは生きている』に次のように書いた。
 「戦後の西側自由主義陣営の主要諸国においては、かなり不十分な形のものではあったとはいえ、ケインズ的政策の実施慣行がほぼ定着し、その結果、戦前の1930年代に生じたような激烈広範な大不況が襲来する怖れは、ほとんどなくなったと信じられてきた。すなわち、全世界の資本主義的市場経済体制は、ケインズ的政策の定着ということによってこそ、はじめて、恐慌の激化による体制崩壊というマルクスの呪詛にみちた予言から、縁を切ることができるようになったわけである。このことが、きわめて大きな文明史的意義を持っていたことは、言うまでもないであろう」と。
 そして丹羽氏は、人類がこうしたマルクス主義を克服し得たのは、ケインズ革命によると強調する。すなわち、「ケインズ革命こそが、経済面での『歴史主義的決定論ニヒリズム』から人類を根本的に解放しえたという意味で、文明史上まさに画期的な意義をもった人間の自由解放へのブレーク・スルーであった」と言う(『政府貨幣特権を発動せよ。』)。
 ブレーク・スルーとは、ある問題に対し、従来の方法とは質の異なる方法によって解決策を見出すことであり、その結果としての画期的な突破である。しかし、この画期的な突破としてのケインズ革命は、まだ完成していない、それを完成させなければならない、というのが、丹羽氏の課題認識である。

 

(2)ケインズ主義を発展させた丹羽理論

 

●ケインズ主義の展開をどう見るか

 丹羽氏はケインズ以後のケインズ主義の展開をどう見ているか。
 丹羽氏は、平成11年(1999)から「正統派ケインズ主義」を自称している。
 丹羽氏は自分の解釈するケインズ理論をケインズの理論とし、自分の立場を「正統派ケインズ主義」と称する。しかし、「正統派」と言うのであれば、ケインズの理解を明示し、ケインズ主義のいくつかの流れへの評価を明言し、そのうえで何をもって「正統派」と称するかを述べるべきだろう。だが、丹羽氏がケインズとケインズ主義の流れをどうとらえ、何をもってケインズ理論とし、何をもって正統派と称するかは、明らかでない。自称正統派というところである。
 ケインズの解釈としては、ケインズ・サークルの直弟子たちや同時代の理解者による解釈がある。『一般理論』そのものがケインズと彼らとの議論の中から生まれた著作だった。しかし、丹羽氏のケインズ解釈は、ケインズ・サークルやイギリスのポスト・ケインジアンとは一致しない。ケインズの直弟子の一人、ジョーン・ロビンソンは、ケインズの理論を独自に解釈したヒックスのIS―LM分析を認めない。またサミュエルソンの「新古典派総合」も認めない。これに対し、丹羽氏は、ヒックスのIS/LM曲線を利用し、サミュエルソンの理論を発展させている。それゆえ、丹羽氏は、アメリカのケインズ主義を主に継承していると私は思う。
 ケインズ以後のケインズ主義の課題は、別稿のケインズ論に書いたようにケインズ理論の長期化・動学化だった。短期の想定を中長期的に応用し、また静態的な把握を動態的にとらえることのできる理論に発展させることである。丹羽氏はこの課題を当然よく認識しており、ケインズ以後のケインズ主義の発展を、下記のように概述している。
 「1940年代ごろまでは、短期的視点での乗数効果(いわゆる『静態乗数』効果)を念頭に置いた『ポンプの呼び水』などと呼称された政策を推奨することが、マクロ政策論で流行していた。しかし、そのような短期的な景気刺激策の効果は、線香花火のように、すぐに消えてしまうような不毛なものでしかないことが判明してきた」「1950年以降になると、そのような『ポンプの呼び水』政策の欠陥を是正・克服するために、ケインズ的政策は、デフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの発生状況を常にモニターしつつ永続的に行われ続けるべき『総需要管理政策』として体系化されるに至った」。そして「『総需要管理政策』を明確な形で制度化しようとしたのが『国民経済予算』制度」だと丹羽氏は言う。
 「国民所得(GNP、GDPなど)の形成メカニズムを、ケインズ的な『短期マクロ均衡理論』の枠組みに立脚しつつ、しかも、短期的のみならず中期的・長期的にも明確に説明しうるような理論体系とするために、ケインズ的乗数理論それ自体も再構築された。1940年代末に、サミュエルソンなどの努力で考え出された『動態乗数理論』がそれである。年々の『総需要管理政策』も、基本的には、この『動態乗数理論』によって基礎付けられているものとなったわけである」と丹羽氏は述べている。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)

●丹羽氏はケインズ主義を継承・発展

 私の見るところ、「正統派ケインズ主義」を標榜する丹羽氏は「新古典派総合」の系統に立つエコノミストである。サミュエルソンは、ケインズの乗数理論を短期だけでなく中長期にも適用できるように発展させた「動態乗数理論」を考案した。丹羽氏は、自身の総需要管理政策は、この動態乗数理論に立脚するものだと明言している。
 丹羽氏は自身について、次のように言う。「(註 丹羽氏が)これまで多年にわたって提言してきたケインズ主義的なマクロ政策案は、いずれも、この『動態乗数理論』に立脚した『総需要管理政策』として策定されたものである」と。
 わが国におけるケインズ研究の権威・伊東光晴氏は、ケインズ自身の乗数の理解は、カーンに始まりサミュエルソンらアメリカ・ケインジアンが依拠した「波及論的乗数理論」とは違うと主張する。丹羽氏は「波及論的乗数理論」を取っており、この点でも、丹羽氏は、サミュエルソンの系譜に立つ。
 丹羽氏は自身について、さらに次のように言う。「しかも筆者は、それを、厳密な計量経済学的分析による理論的・実証的な裏づけを十分に行ってから、立案してきたと自負している」と。
 ヒックスのケインズ解釈は、ローレンス・クラインなどによって計量化された。マクロ計量モデルは、第2次世界大戦後、先進国における経済統計分析で主要な役割を果たしている。財政金融政策の効果をシミュレーションで試算することを可能にし、経済政策の策定に重要な貢献をしている。丹羽氏は、こうした計量経済学的分析を使って、「救国の秘策」を立案している。この点でも、丹羽氏は、アメリカ・ケインジアンの成果を摂取し、発展させたエコノミストと言えよう。
 丹羽氏は、先に引いた『政府貨幣特権を発動せよ。』で次のように述べている。「ケインズ主義的な総需要管理がしっかりと行われるのに加えて、産業構造政策によって産業構造の近代化が効果的に促進されれば、いわば『鬼に金棒』ということになる」。そして「このような経済政策が、結果的に見て、かなり、うまくなされていたと思われるのが、1960年代までの高度成長日本であった」と。
 丹羽氏は、ケインズ主義の理論をもとに、1960年代の高度経済成長の日本を高く評価している。それは総需要管理政策と産業構造政策が一体化していたからだという。別稿のケインズ論に書いたように、高度経済成長時代のわが国では、下村治らがケインズを摂取・応用し、日本独自の政策を立案・実行した。そこには、計量経済学的な分析手法も活用されていた。丹羽氏の「救国の秘策」は、ケインズを摂取して、活用した戦後日本のエコノミストの努力を継承し、今日において独創的に発展させたものと見ることができよう。

 

●オールドゆえに正統派

 ケインズ学派について、「オールド・ケインジアン」と「ニュー・ケインジアン」という呼び方がある。新古典派総合を自称したポール・サミュエルソンの系統が前者、新古典派経済学のミクロ的手法を取り入れたグレゴリー・マンキューらが後者とされる。
 ケインズ経済学のミクロ的基礎付けに取り組むマンキューらは、それ以前のケインジアンを「オールド・ケインジアン」と呼んで自らと区別した。丹羽氏は、ミクロ的手法を取り入れていないので、「オールド・ケインジアン」になる。しかし、「ニュー」か「オールド」かは、「ニュー」を自称する側が、相手を「オールド」と言っているに過ぎない。社会全体の有効需要の大きさが生産量や雇用量を決めるというマクロ的な見方を重視するケインジアンとすれば、自分たちの方が本来のケインジアンだということになる。だからこそ、丹羽氏は「正統派ケインズ主義」を標榜しているのだろうと私は思う。
 オールドにしてオーソドックス(正統的)な「新古典派総合」は、ケインズ主義が新古典派を包摂して総合した理論である。丹羽氏はこの二つの学派のうち新古典派的な要素は少なく、ケインジアン的な要素が多い。「新古典派総合」をケインジアンの方向で発展させたと言えるだろう。逆に、マンキューらは、「新古典派総合」を新古典派経済学の方向に近づけたものと言えるだろう。見ようによっては、ケインズ主義を新古典派経済学の中に統合させる動きとも言えるだろう。

●新古典派経済学を理論的に包摂

 丹羽氏は、オールドでオーソドックスなケインジアンとして、新古典派経済学を厳しく批判する。ただし、丹羽氏は単に反ケインズ主義に反発するだけのアンチ反ケインズ主義者ではない。丹羽氏はフリードマンやルーカスの理論を論破するにとどまらず、「ルーカス的世界」においてもケインズ的政策が有効であることを論証した。すなわち、丹羽氏はルーカスの合理的期待形成仮設をそのまま導入しておいて、ルーカスの理論体系を再構築し、「ケインズ体系によるルーカス体系の吸収的統合」を成し遂げている。こうしてサミュエルソンによる総合の枠を破り出た新古典派経済学を再度、ケインズの理論の中に包摂する理論を展開しているところに、丹羽氏の学説の総合性・包括性がある。この点は後にルーカスの項目で詳しく述べる。
 戦後、わが国でケインズを一般に紹介した伊東光晴氏は、最近のケインズの文献研究にもとづいて、ケインズ自身の考えを詳細に研究している。そうしたケインズ原理主義的な学者から見ると、丹羽氏は、ケインズ自身とは違う考えを持つ逸脱したケインジアンとなるだろう。私はケインズを20世紀最高級の経済学者として高く評価するが、ケインズの一言一句を信奉してはいない。どのような学説も完全ということはない。時代の限界や前提の変化ということがある。良いところを摂り、足りないところは補って、主体的に発展させればよいのである。重要なことは、今日本当に有効かどうかである。ナニ主義の正統か、異端かで価値が決まるのではない。

●丹羽氏の画期的な業績

 丹羽氏は、ケインズ理論を独自に深化・発展させている。自称「正統派」をそれと認めるかどうかは、別として、その業績には画期的なものがある。
 丹羽氏は、「救国の秘策」として、ケインズの総需要管理政策にく政府貨幣発行特権の発動を説く。丹羽氏の画期的な業績の一つは、ケインズの理論におけるデフレ・ギャップ下の財源論を具体化したことである。
 丹羽氏は「『マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、国(政府)の貨幣発行特権の発動に依拠すべきだ』とする政策提言が、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー、ディラード、ブキャナン、スティグリッツといったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案である」と言う。ケインズは『一般理論』以前に出した『貨幣改革論』等でも政府紙幣の発行について述べている。それを発展させた政策案が、この政府貨幣発行論である。
 しかし、丹羽氏は先の巨匠経済学者たちは「抽象的な大原則を述べたものにとどまっていた」と言う。丹羽氏はこれを現実的に実行可能な方法に具体化したと自負している。この具体化は、ケインズ的な政策を大規模に行うために必要な財源調達の方法を実際の政策にしたことである。それによってケインズ革命を真に完成に導いたというのが、丹羽氏の自己評価である。丹羽氏は、次のように言っている。
 「ケインズ主義的な財政政策体系に、そのための財源調達手段として、政府の『セイニャーリッジ権限』の発動ということを、具体的に実行可能な方式の形で結合するということは、政策論上の大きな宿題として残されてきたことであった。したがって、筆者が、このように、ケインズ的財政政策の財源調達手段としての、政府による『セイニャーリッジ権限』の発動ということを、現実的に実行が可能な具体的な方式としてデザインしえたことは、『ケインズ革命』を真に完成させることができるような、非常に価値のあるブレーク・スルー的な業績であったと、筆者自身(丹羽)は自負している」(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 これは理論上、画期的な突破となる大きな業績である。問題それまだ政策案にとどまり、政府によって実行される日が来ていないことである。どのような理論も実践をしてみないとその真価はわからない。理論的には完璧のようでも、やってみると大きな欠陥を露にするものがあり、逆に理論的には半信半疑でも、やってみると想像以上に成果をもたらすものもある。実践の中で評価し、修正し、発展させていくしかない。

 

●ケインズ革命の完成をめざす

 一般に、ケインズ革命は、1930年代にケインズが経済学において成し遂げた改革のことを言う。経済学の歴史において起こった過去の出来事と理解されている。しかし、丹羽氏は「ケインズ革命は、実は、まだ完全には達成されていない」と言う。
 丹羽氏によると、「ケインズ革命とは、歴史の進行につれて直接・間接に不条理きわまる形で生起してくることの多い厖大な経済的惨害を、マクロ経済政策という手段によって防止し、さらには、そのような苦難に満ちた状況からの脱却と経済的福祉の向上を人々にもたらすことを可能にした」。その意味で、「『決定論的宿命論のくびき』から人類文明を解放しうるもの」であり、「まさに『革命的な福音と救済』そのもの」である、と言う。
 丹羽氏は、ケインズ革命を経済学における学説上の変革に留まらず、その理論を政策的に実行することによって、社会革命・文化革命を起こし得るもの、と理解している。しかも、人類文明に画期的な発展をもたらし得るもの、ととらえている。
 そして、「歴史の進行につれて直接・間接に不条理きわまる形で生起してくることの多い厖大な経済的惨害」から人類は逃れることができないと考える「決定論的宿命論」を打ち破ったところに、ケインズ理論の重要性を評価している。
 丹羽氏は、先に書いたマルクス主義だけでなく、新古典派経済学もまた「決定論的宿命論」だという。これらを「マルクス主義と反ケインズ主義という二つの知的ニヒリズム」ともいう。
 丹羽氏は、平成5年(1993)刊行の『ケインズは生きている』で、ケインズ主義が復権を遂げれば、21世紀は「黄金の世紀」になり得る、と壮大なビジョンを打ち出した。
 「マルクス主義と反ケインズ主義という二つの知的ニヒリズムの『くびき』から解放され、そして、ケインズ主義が復権をとげたときこそ、人類文明は、そして、言うまでもなくわが国も、輝かしい飛躍的興隆の時代を迎えうるのである。21世紀は、必ず、そのような『黄金の世紀』となりうるであろう」と説いた。
 また丹羽氏は、平成22年(2008)の世界経済危機の後に、次のように言う。
 「『決定論的ニヒリズム』のくびきを脱し得ないでいるようでは、人類文明の今後は暗い。したがって、ケインズ革命を肯定的・積極的に受け止めなおす以外には、人類文明の将来を拓く道はない。世界大不況襲来の危機的状況にある現在では、このことはきわめて緊急かつ深刻な意味を持っている。日本においては、なおさらのことである」と。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 そして、「ケインズ革命の画期的かつ絶大な人類史的意義の再確認によって、ケインズ主義の復権をはかる」ことを呼びかけ、わが国においてケインズ革命を完成することを提唱している。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)

●ケインズ革命完成のための必要条件

 だが、丹羽氏によると、「ケインズ革命によるそのような特質を持った政策システムを稼動させるための基本的な必要条件は、全世界的に、そして、とりわけ、わが国においては、まだ完全には充足されていないままに放置されてきているのが現状である」(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 それでは、その必要条件とは何か。またわが国の現状は、いかなる状態であり、どのような可能性がわが国にはあるのか。
 丹羽氏は、「ケインズ革命を真に成就させるための不可欠の必要条件」を三つ挙げる。
 すなわち、

@インフレ・ギャップ、デフレ・ギャップの、経済理論的に正しく信頼度の高い計測結果が利用可能であること
Aケインズ的概念での「有効需要の原理」(乗数効果)の作動状況の正確な測定・確認がなされていること
B「国の貨幣発行特権」の発動による十分に潤沢な財政政策財源の調達方式が是認・確立されること

以上の三つである。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)
 これらの三つの必要条件が満たされれば、わが国において、人類文明に画期的な発展をもたらすことができることになる。
 丹羽氏の「救国の秘策」を評価するには、こうした理論的・統計的な根拠を検討することが必要である。エコノミストの間では、その検討をすることなく、丹羽氏の秘策のある部分を取り上げて全体を否認したり、あるいは部分だけ利用して自己流に変更したりする傾向が見られるので、注意を要する。

 

●日本からケインズ革命を完成させる
 
 丹羽氏は、平成21年(2009)刊行の『政府貨幣特権を発動せよ。』を、「ケインズ革命を真に完成・成就させる秘伝」を述べ示す書であると自負する。
 先に掲載したケインズ革命による政策体系を稼動させるための必要条件は、三つあった。@の「デフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの計測と確認」については、丹羽氏によるグラフ(先に別掲)とその説明文によって示されている。Aの「『有効需要の原理』(乗数効果)の作動状況の把握」については、わが国の経済において、有効需要の原理が確実に、ゆるぎなく作動していることが実証されている。最後のB「『国(政府)の貨幣発行特権』の確立と、その財政財源への活用」こそ最も重要な必要条件だが、丹羽氏はこれまで多くのノーベル賞受賞経済学者が提案してきた「政府の貨幣発行特権」を発動するための「スマートで具体的な手法」を考案したとして、これを発表している。それゆえ、三つの必要条件は、この日本において充足されると丹羽氏は主張する。
 ケインズ革命に基づく経済政策を実行する体制の構築は、「為政者の決断次第で、容易になしうる」と丹羽氏は言う。わが国では、「真正のケインズ革命」が達成できる。「本格的なケインズ的政策の大規模な発動」が可能であり、「経済と国威の力強い飛躍的興隆」をもたらしうる。「世界的な金融の大混乱や諸外国の景気後退が、どんなに激甚であろうとも、理論上、そのことは十分に可能なことであり続けるはずである。主要諸外国も、これにならい始めるものとするならば、それは全人類文明の輝かしい繁栄を約束する重要な契機となるにちがいない」と丹羽氏は主張するのである。

●現状を打破する決起に期待する

 では、わが国の現状はどうか。丹羽氏は、同書で次のように言う。
 「過去20年あまりというものは、わが政府当局(とくに旧経済企画庁ならびに現内閣府)は、この3つの必要条件にぴったりと狙いを定めて、この@ABを、あるいは否認し、あるいは秘匿し、さらには、まぎらわしいミス・リーディングな数値を弄して隠蔽・糊塗をはかるなど、悪質な欺瞞情報オペレーションを徹底して駆使することによって、わが国において『ケインズ革命』が成就されて『ケインズ主義の復権』がなされることを、頑強に阻み続けてきているのである。
 このような頑迷固陋な経済官僚たちによる欺瞞情報オペレーションは、現在では、まさに、わが国の社会全般におよぶところの『反ケインズ主義』イデオロギーそのものによる強固きわまる思想統制システムとなりおおせてしまっている。これこそが、わが国の経済における異常に長引く不況・停滞と、国威の衰退・低落の主要原因をなしているのである」と。
 そして。次のように訴えている。
 「わが国の論壇人・言論人は、この危機的な真実の事態に目をふさぎ、それを直視しようとはせずにすごしてきた怯堕・小心な従来のスタンスを、今こそ、真摯に反省し、懺悔すべきである。そして、この不条理かつグロテスクな思想統制の鉄鎖を、なんとしてでも打ち砕かねばならぬと、断固として決意すべきである。しかも、そのことを為しうるのは、他でもない、結局のところ、知識人たち自身である。憂国の言論人たちが、志を同じくする編集者やメディア経営者たちと一丸となって、論壇の総力をあげて闘い続けるほかはないのである。知識人たち、言論人たちの決起に期待すること、真に切なるものがあると言わざるをえない」と。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)

 

●日本におけるケインズ主義の復権を阻むもの

 丹羽氏は、わが国の国内において、政府当局による「悪質な欺瞞情報オペレーション」や「不条理かつグロテスクな思想統制」が行われてきただけでなく、1970年代からわが国の発展を阻もうとする勢力があることを指摘する。
 丹羽氏は、『政府貨幣特権を発動せよ。』に次のように書く。
「わが国は、かつての、あれほどまでに輝かしかった高度経済成長の繁栄・興隆の道を見失うように仕向けられて、停滞・衰退の状態に陥り、しかも、今や、金融恐慌と世界大不況の狂爛怒涛によって厖大な惨害を被ることも避けがたいといった情勢に直面しつつある」。「ケインズ革命の偉大な文明史的意義を意図的に亡失させ、わが国を『決定論的宿命論のくびき』に縛りつけて無力化し、衰退と困窮への一路をたどらせ続けようと画策してやまないような、『得体の知れない、巨大な黒い思想勢力』の存在を感じ取らざるを得ないようにさえ、思われるのである。ひょっとすると、太平洋戦争(大東亜戦争)で日本を武力的に打倒して潰滅させたあと、思想的にも脆弱化させただけではなく、日本の経済的再興をも厳しく抑止しておこうとするような内外の反日分子による工作も、『反ケインズ主義』キャンペーンというカムフラージュに隠れて行われてきたのかもしれない」と。
 遡ると、丹羽氏は、平成15年(2003)に刊行した『謀略の思想「反ケインズ主義」』の「はしがき」に、次のように書いていた。
 「いま、わが国の巷では、わが国の経済の苦境が、『ユダヤ国際金融資本』や『フリー・メーソン、イルミナティー、三百人委員会』あるいは『米国CIA』等々の陰謀だとする説がさかんに語られており、街の書店では、そのような陰謀説を主張する書物が、おびただしく売られている。にもかかわらず、そのような数多くの通俗的な謀略説では、どれ一つとして、本書で明らかにされたような『反ケインズ主義』思想統制の弊害と、それによってわが国の経済が深刻な長期的不況・停滞へ陥らされてしまったという否定しようもない厳然たる客観的事実を、指摘し、分析したものは無いのである。すなわち、たとえ、そのような通俗的な書物などで言い立てられてきたような悪質な陰謀がどのように巧妙に仕組まれていたとしても、もしも、思想統制的な社会的マインド・コントロールによって封じ込められたりせずに、ケインズ的政策が、十分な規模での財政政策によるマクロ的な総需要管理政策として発動され続けてきたとすれば、わが国の経済は、現在のような不況・停滞・衰亡の状況に引きずりこまれることはなく、『右肩上がり』のたくましい成長と繁栄を続けてくることができたはずなのである」と。
 これは見逃せない指摘である。いわゆる陰謀論には、経済学の理論がないこと、具体的な経済政策がないことは、私も同感である。ただし、丹羽氏がケインズ的政策をやってさえいれば日本は成長・繁栄できると説くのは、甘い。日本経済はアメリカ政府の外交圧力や巨大国際金融資本の仕掛けによって、成長を挫かれ、富を吸い上げられる構造に組み込まれている。これは、経済政策だけの問題ではない。外交や安全保障を含む総合的な国家のあり方の問題である。
 丹羽氏は、日本の経済の再興を抑止しようとする「反日分子」の工作が反ケインズ主義キャンペーンのカムフラージュの下になされてきたのではないか、という。ここにいう「反日分子」とは何か。丹羽氏は具体的に述べていない。反日的なアメリカ人、あるいは反日的な欧米人のことか。私は、新自由主義・新古典派経済学を、米欧の巨大国際金融資本、ロスチャイルド家やロックフェラー家をはじめとする資本家、ユダヤ的価値観の保有者たちが、市場支配の道具として使っていると考えている。
 丹羽氏は、先に書いたようにマルクス主義を「歴史主義的決定論ニヒリズム」だという。また新自由主義・新古典派経済学をも「決定論的ニヒリズム」だという。すなわち、「人類文明の現行の経済体制を破壊し、衰亡させてしまおうとするきわめてニヒリスティックな情念」「人類文明の現行の経済体制にあえて甚大なダメージを与えようと意図しているとしか思われないような破壊主義ニヒリズム」「きわめてニヒリスティックかつ無政府主義的な、まさに文明破壊的とも言うべき危険思想」等の表現を丹羽氏は使う。しかし、私の見るところ、新自由主義・新古典派経済学の背後にある思想は、ニヒリズムというよりグローバリズムである。ニヒリズムと見えるものは、グローバリズムの破壊的な作用である。この点は、次に新自由主義・新古典派経済学について検討したうえで、再度より詳しく述べたいと思う。

 

(3)新古典派経済学の反ケインズ主義

 

●新古典派的反ケインズ主義の世界的流行

 丹羽氏は、「冷戦時代に、自由世界の基礎である私有制に基づく市場経済体制を守りぬくうえでの最強の戦力は、ケインズ主義のパラダイムであった。冷戦とは、経済思想の闘いの局面では、マルクス対ケインズの対決であったのである」と言う。(「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)
 戦後の自由主義陣営の主要諸国においては、ケインズ的政策の実施がほぼ定着し、1930年代に生じたような激烈広範な大不況が襲来する怖れは、ほとんどなくなった。資本主義的市場経済体制は、ケインズ的政策の定着によって、「恐慌の激化による体制崩壊というマルクスの呪詛にみちた予言」から、縁を切ることができるようになった。丹羽氏はこのことが、「きわめて大きな文明史的意義を持っていた」とする。
 ところが、「1970年代から1980年代にかけて、一種の政策論的ニヒリズムとでも言うべき反ケインズ主義が全世界的に流行し、1980年代になると、一時、ほぼすべての主要国で、ケインズ的な財政・金融政策は、ほとんどまったくその姿を消してしまった」と丹羽氏は言う。(「ケインズは生きている」)
 丹羽氏によると「米国の思想界から発信されてきた新古典派経済学のイデオロギーを信奉する勢力」は、「この世よりケインズ主義的なマクロ経済学とそれによる政策論のすべてを根絶しようとしているかのごとき、強烈きわまりない反ケインズ主義の政治的思想攻勢を、グローバルに展開してきた」(「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)。そして、
 「過去20年あまり、全世界の主要国の経済政策を導いてきたのは、米国の思想界から発信されて今や強固・激烈な戦闘的イデオロギーと化している新古典派経済学流の反ケインズ主義政策論であった」というのである。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)
 平成21年(2009)に刊行した『政府貨幣特権を発動せよ。』では、次のように言う。
 「多くのエコノミストたちが、現在でも、いぜんとしていわば隠れケインジアンであって、心の奥底では、前記(註 丹羽の理論)と同様な考え方をしているはずです。しかし、このようなケインズ主義的な政策論は、現在の全世界の経済思想界を牛耳っている新古典派経済学的なパラダイム(というよりはイデオロギー)とは相容れないものですから、それらの隠れケインジアンの大部分は、『長いものに巻かれろ!』というわけで、ひたすら、沈黙に徹しているような状況です。あるいは、発言しようとしても、学界やマスコミから、干されてしまっているので、どうにもならないといった実情です」と。

●小泉=竹中政権には新古典派反ケインズ主義の影響が顕著

 丹羽氏によると、過去20年あまり、全世界の主要国の経済政策を導いてきたのは、新古典派経済学流のパラダイムと「反ケインズ主義」イデオロギーだった。わが国においても、1990年代の半ば以降の歴代内閣の経済政策は、その支配的な影響を受けたものであった。
 「とりわけ小泉=竹中政権時代の経済政策は、ほとんど全て、このような新古典派経済学流のパラダイムと反ケインズ主義イデオロギーによって導かれてきたのであった。」(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)
 丹羽氏は、平成19年(2007)に書いた「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」では次のように言う。
 「われわれ日本国民として、困惑せざるをえないことは、わが政府の経済政策スタンスが、そのような新古典派の反ケインズ主義イデオロギーの支配下にあるようでは、わが国の、破綻の危機にひんしている政府財政を再建し、経済を低迷状態より脱却させて力強い興隆軌道に乗せ、自然環境の改善や社会保障の充実を推進するとともに、なによりも、防衛力の整備・拡充を断行して、他国からの侵略やあなどりを受けることのないようにするといった重要国策の遂行が、ほとんど不可能になるということである。なぜならば、このような重要国策の効果的な遂行のためには、何にもまして、経済政策当局によるマクロ経済理論の確固とした再確認と、それに基づいた大規模かつダイナミックなケインズ的政策の立案・実施ということが、必須であるからである」と。

●中谷巌氏の「懺悔」は不十分

 さて、中谷巌氏は、わが国に新自由主義・市場原理主義を導入したエコにミストの一人である。中谷氏は、小泉=竹中政権のブレーンとして、構造改革政策を推進した。しかし、2008年の世界経済危機の後、中谷氏は、「懺悔の書」と銘打って、『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社)を公刊した。私も本書を読んで感慨を覚えた一人だが、新自由主義・市場原理主義の政策が生んだ結果については反省を述べているが、それらの元になっている理論についての検討がされていない。丹羽氏は、この点を深くとらえて、中谷氏を批判している。平成22年刊行の「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし−いまこそ新古典派経済学のニヒリズムを打ち砕け−」にて、次のように書いている。
 「私は、この中谷氏の著書を読了したとき、(略)、重大な『疑念』を持つにもいたった。すなわち、わが国の経済学界ならびに経済論壇を代表する大家の一人であると目されて、過去20年間にわたってわが政府の新自由主義的・新古典派経済学流の経済政策の策定・実施についても少なからず指導的な役割を果たしてきたのが中谷氏なのであるから、現在の深刻きわまる全世界的な金融の混乱と経済大不況、そして、それに直撃されたわが国の危機的状況に同氏が想いをいたしての『懺悔の書』であるのならば、何をおいても、まず、経済学的な視点からの反省、とくに新古典派経済学プロパーの理論や政策論についての反省的吟味を、隠すところ無く論述すべきであったはずではなかったのか、という疑問である。ところが、奇妙なことに、この中谷氏の著書では、かんじんの、『経済学的な反省・吟味』の論述は、ほとんど全く行なわれてはいないのである」「本来ならば、中谷氏の『懺悔の書』は、新自由主義・新古典派経済学流の『反ケインズ主義』の理論とイデオロギーを超克するとともに、『ケインズ主義の復権』こそを、真剣に提言してやまないような内容であるべきはずである。しかしながら、同氏のこの『懺悔の書』では、そのような内容を読み取ることは、ほとんどできないのである」と。
 全くその通りで、中谷氏は本書で、フリードマン、ルーカスらを理論的に批判したり、ケインズの再評価をしたりしていない。自分のかかわった構造改革政策の結果を反省し、政策の修正・転換を説くのであれば、構造改革政策のもとになった経済理論を検討し、その理論を批判・修正する意見を述べるべきである。中谷氏はこれを行っていない。氏の「懺悔」は不十分であり、氏の転向は不徹底である。

 

(4)フリードリッヒ・ハイエクの不作為

 

●新自由主義「最大のカリスマ的指導者」ハイエク

 丹羽氏は、新自由主義・新古典派経済学の反ケインズ主義を厳しく批判している。これから、丹羽氏による理論的な批判を見ていきたいと思う。まず新自由主義の提唱者とされるフリードリッヒ・ハイエクに関する丹羽氏の見解を確認する。併せて、この機会に私のハイエクに関する見解を述べたい。
 ハイエクはケインズと並び称される20世紀最大級の経済学者である。また一部のエコノミストによって、ハイエクはケインズの最大の批判者とも見られている。丹羽氏は、ハイエクについて『政府貨幣特権を発動せよ。』で次のように書いている。
 ハイエクは「新自由主義学派の最大のカリスマ的指導者」である、と丹羽氏はいう。ハイエクは、新古典派経済学の一派をなすオーストリア学派に属するミーゼスの弟子だった。ハイエクは「ミーゼスとともに、早くも1920年代後半の時期から、市場メカニズムを十分活用しえない社会主義の命令経済体制では、合理的な経済計算が不可能になることによって経済の効率や作動が決定的に損なわれるにちがいないとして、早晩、そのような体制は崩壊するにいたるであろうと、鋭い批判的な予測を行った。(論文集『集産主義計画経済の理論』、原書公刊は1935年)」「これに触発されて、未曾有の大論争『社会主義経済論争』が戦後まで繰り広げられたのであるが、結局、学会の通説としてもハイエクやミーゼスの分析が正しいとされ、そして、まさに、そのような所論のとおりに、ソ連・東欧共産圏の社会主義的な命令経済体制は、その不効率と機能不全を露呈し、滅びてしまったのである」。
 社会主義経済論争については、私は拙稿「極度の合理主義としての共産主義の崩壊」において、その概要を紹介している。
 ケインズは、大恐慌後の1930〜40年代に、不況と失業を解決するために理論を発展させ、政策を提案し、その実現のために活動した。ケインズは、イギリス伝統の個人を尊重する個人主義的自由主義を説き、自由を守るために中央管理により、一定の規制を行うことを提唱した。それが有効需要の理論にく総需要管理政策である。この政策がイギリスの国策に取り入れられ、またアメリカのニューディール政策に理論的根拠を与えた。英米はケインズ的な政策によって経済的危機を脱し、共産主義革命の波及を防ぎ、またナチス・ドイツとの戦争に勝利することができた。いわば左右の全体主義から自由を守ることに、ケインズは重大な貢献をした。私はこのように評価する。だが、ハイエクはそうではない。

●『隷従への道』でのケインズへの態度

 ハイエクは、1938年から書いた論文をまとめ、第2次大戦最中の1944年に刊行した。それが、名著『隷従への道』(東京創元社)である。当時戦時経済を行なっていたイギリスで、ハイエクは戦後を見越して警告した。経済の計画化と社会主義は同義であり、計画化はソ連やナチスのような全体主義に帰結する、と。本書でハイエクは社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズムは同根の集産主義であると批判した。集産主義とは、collectivismの訳語で、すべての企業や農場等を政府が所有する政治体制をいう。この表れが全体主義である。ハイエクは集産主義に反対し、自由を擁護した。そして、「真の個人主義」つまり個人主義的な自由主義を唱導した。
 『隷従への道』は、巻頭に「あらゆる党派の社会主義者たちに」と書かれており、主に社会主義を批判する本である。ここでいう社会主義は、わが国の常識における社会主義の概念よりずっと広く、個人の自由より社会の利益を重視する立場である。『隷従への道』は、こういう広義の社会主義を批判する本である。それと同時に、本書はケインズ主義を間接的に批判している本である。ただし、私の見る限り、本書にはケインズの名前が出てこない。直接ケインズの引用もない。ハイエクは、1920年代にケインズと利子論をめぐって激しく論争したが、ケインズが『一般理論』を刊行した時、同書を「攻撃する仕事」をしなかった。『隷従への道』は、自由を守る点ではケインズの取り組みと重なる点があるのに、ケインズの名を挙げて評価したり批判したりはしていないのである。
 丹羽氏はこの点について、次のように書いている。本書で「社会主義の欠陥を鋭く突いたハイエクは、いわば『返す刀』で、西側自由世界陣営の『福祉国家』システムをも痛烈に批判した」。『隷従への道』は「福祉国家批判論の皮切り」とも言うべき書だった。「この本は、その一つの特徴が、ケインズ的なマクロ的有効需要政策をまったく無視してしまっているということであるが、そればかりでなく、福祉国家政策の弊害を防止するための諸種の政策的努力についても、あたかも、その可能性がありえないと決め付けているかのごとき黙殺的な態度で終始している」(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 「黙殺的な態度」、これこそハイエクが『隷従への道』において、ケインズに対して取った態度である。その一方、ケインズは、ハイエクの『隷従への道』を読んで、ハイエクの主張に賛同し、公刊に感謝の手紙を書いている。もちろん経済理論においては両者には相容れないものがある。ケインズの手紙も、自由を擁護するハイエクの思想について、賛意を表したものである。
 丹羽氏もまたハイエクの自由の思想に共感し、それを支持している。丹羽氏が強く反論するのは、新古典派経済学のフリードマン、マンデル、ルーカス等であり、ハイエクを彼らと一緒くたには見ていない。新自由主義・市場原理主義を批判する論者には、ハイエクをフリードマンと同様の主張をした学者として批判している人がいるが、ハイエクをどの程度読んで考察しているか疑わしい。またそういう論者の場合、ルーカスの名前すら出てこない。丹羽氏は、この点、学者としての水準が違う。

関連掲示
・拙稿「極度の合理主義としての共産主義の崩壊
 目次から06へ

 

●ハイエクは「合理主義の思い上がり」を戒める

 ハイエクは、自由主義を説く。だが、ハイエクの自由主義は自由放任主義とは違う。自由放任主義は、フランスに生まれた「レッセ・フェール」の思想であり、イギリスではその影響を受けたスペンサーが典型的である。スペンサーは、自由競争による淘汰を説く社会ダーヴィニズムの祖である。アダム・スミスは、自由放任主義ではなく、政府の役割を限定しつつも、その重要性を認めている。ハイエクは、スミス以来のイギリス古典的自由主義の系統であり、政府は競争が有効に行われるための関与や最小限の社会保障等をなすべきという考えである。ハイエクを単純な自由放任主義者のように書いている論者は、まともにハイエクを読んでいるとは思えない。
 丹羽氏は、ハイエクは『隷従への道』ではケインズ的な政策を無視し、福祉国家政策の弊害を防止する努力に黙殺的な態度で終始したが、「かといって、自由放任の市場経済であればよいと言うでもなく」、後半生に書かれたいくつかの論文では、「自由放任の市場経済も、インフレとデフレとに振り回される不安定なシステムでしかないと示唆しているのである」と指摘している。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 自由への規制を批判しながら、自由放任の市場経済も不安定というならば、ではどうすればよいのか。ハイエク自身はどういう政策を提案したのか。
 ハイエクは「どのような経済システムが望ましいとして、その実現のための政策デザインや提言をしているのかといえば、若い頃の若干の未成熟な小品的著作を除けば、ほとんど何もしていないのである」と丹羽氏は批判する。ハイエクは、ソ連やナチス・ドイツの「全体主義的な社会主義命令経済体制」も「福祉国家主義」も「ケインズ革命によって確立されたマクロ経済学や社会会計学的な国民所得勘定による推計・分析といったことそれ自体をも」、どれも「合理主義の思い上がり」とする。そして、その「淵源はデカルトやサン・シモンの思想にあると分析して、ついに合理的な経済政策を策定・実施するといった『おこがましい』ことなどは、考えるべきでないと結論するに至ったのである(「科学の反革命」1952年)」と丹羽氏は述べている。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 ハイエクは、頭の中で考えた理論で社会制度を設計し、それをもって社会を改造しようとする思想を、設計主義と呼ぶ。デカルトに始まり、サン・シモンらによって進められた思想である。ハイエクは、彼らの設計主義を「合理主義の思い上がり」であり、人間の驕りだとして厳しく批判した。人間は完全な知識を持ち得ないのであり、社会の慣習や伝統を大切にしてこそ、個人の自由が守られる、とハイエクは説いた。
 私見で補足すると、デカルトは確かに近代西欧合理主義の開祖だが、その思想は複雑で多面性を持つ。その思想を単純化し一面化したところに、思想史に言う合理主義が成立した。合理主義の表れのひとつが、社会思想としての設計主義である。ハイエクのいう設計主義者は、機械を設計するように社会制度を設計し、その設計図をもとに社会改造を進めようとした。その一人であるサン・シモンは、エンゲルスによって空想的社会主義者とされたフランスの初期社会主義者である。サン・シモンは「世俗的権力は今日では産業者の手に移し、精神的権威は科学者の手に移すべきだ」と説き、能力の階層制や、科学技術の専門家が指導する社会体制を目指した。その思想は「空想的」というより「科学的」であり、産業主義やテクノクラシーと呼ぶべきものである。
 話をハイエクに戻すと、ハイエクは、ケインズ死後、20年も経ってから、1966年に「回想のケインズと『ケインズ革命』」で、ケインズの理論に即したケインズ批判を行った。ハイエクは、一貫して個々の経済主体の行動から経済現象を分析するミクロ的な分析方法を取る。ハイエクの場合、その根底にあるのは、人間は完全な知識を持ち得ないという考え方である。その考え方に立って、ケインズが用いたマクロ的な集計量によるアプローチを批判した。この批判は、「合理主義の思い上がり」を戒めるのと同じ姿勢である。ハイエクの考え方は、ケインズ主義批判のもとになり、ケインズ主義の中にもミクロ的方法を取る動きが生まれた。私は、ミクロ的な方法は必要だが、マクロ的な方法には、それ独自の意義があると考える。丹羽氏も同様である。

●ハイエクはフリードマンの実証主義を批判

 では、同時代の新古典派経済学に対して、ハイエクはどういう姿勢を示したか。新古典派経済学は、完全な知識を持ち、合理的に行動する個人を想定した理論を立てている。ハイエクの考え方は、これとは正反対である。ハイエクは、フリードマンらの先駆者と誤解されがちだが、この点が全く違う。実際ハイエクは、1982年のあるインタビューで、フリードマンを批判している。
 「私がいま後悔しているのは、私の同志で友人でもあったミルトン・フリードマンが実証主義の経済学を説いたとき、彼を批判しなかったことである。フリードマンの実証主義経済学とは、実は、関連する事実のすべてについて、我々に完全な知識があるという前提にいて、適切な政策を決定できるとする思想と同じものなのである」と。
 つまり、ハイエクはフリードマンの経済学は、「関連する事実のすべてについて、我々に完全な知識があるという前提にいて、適切な政策を決定できるとする思想と同じもの」と批判しているのである。
 実証主義とは、ポジティヴィズム(positivism)の訳語である。ポジティブの原意は人工的ということであり、人間が意識的に産みだしたものを表す。神や絶対者、形而上学的な観念を前提とせずに、人間の経験でとらえた事実に限って思考を行う立場が、ポジティヴィズムである。よい訳語がないので、通例に従って実証主義というが、ハイエクはフリードマンの実証主義を批判したのである。実証主義は、合理主義から神学的・形而上学的要素を除去したところに成立する。19世紀前半に実証主義の哲学を体系化したコントは、設計主義者であるサン・シモンの弟子だった。近代西欧の合理主義・設計主義・実証主義は、一つの思想の系統なのである。そして、ハイエクは、デカルトやサン・シモンと同様にフリードマンを批判したのである。
 さて、ハイエクは、マクロ的な集計量に対して極めて批判的であり、個々の経済主体の行動から分析するミクロ的分析アプローチを取る。こうした立場から、フリードマンの説く一定のルールに則った安定的貨幣供給政策に疑念を表した。フリードマンのマネタリズムは、一元的な通貨を前提としている。これに対し、ハイエクは、政府や中央銀行だけでなく、一般の民間銀行にも通貨発行権を与える競争的複数通貨制度を提唱した。貨幣発行自由化論である。この点でも、ハイエクはフリードマンと全く違う。フリードマンの中心思想はマネタリズムだから、マネタリズムを認めないハイエクとフリードマンを一緒にはできない。

 

●ハイエクの思想的背景

 ここで丹羽氏のハイエク論と離れて、私のハイエクに対する見方を述べておきたい。後に書く丹羽氏による新古典派経済学批判を検討するための前置きともなる。
 ハイエクは、自らの思想を、17世紀のデカルトに始まる合理主義思想と区別し、イギリス経験論の系譜に位置づけている。イギリス経験論は17世紀のロックに始まり、18世紀にヒュームが完成したとされる。合理主義思想は大陸合理論ともいう。大陸というのは、ヨーロッパ半島を大陸に見立てたものである。
 イギリス経験論と大陸合理論の相違は、認識論にある。経験主義者は、人間は経験を通じて様々な観念・概念を獲得すると考え、感覚経験がすべての観念や知識の源泉だとする。これに対し、合理主義者は、人間は生得的に理性を与えられており、感覚経験に依存せずに観念や知識を得ることができるとする。こうした認識論の違いが両者の人間観・社会観の違いとなり、またイギリスとフランス・ドイツ等の経済的発達段階により、政治経済理論にも違いを生じた。

ホッブスは、デカルトの要素還元主義を社会に応用して、社会個人要素とする集団としてとらえ、原子的個人による社会契約論を説いた。ロックは、デカルトのコギトの認識に立ちながらも、個人を社会関係の中でとらえ、ホッブスの社会契約論を批判的に発展させた。また個人・自由・私有を基礎付けて、同時代の名誉革命を理論化する一方、人民の抵抗権を説いた。これに対し、ヒュームは、歴史的事実に照らして、社会契約論を否定した。またピューリタン革命を批判し、イギリスにおける君主と人民の調和による議会政治の発達に寄与した。近代の政治経済学の祖とされるアダム・スミスは、ヒュームの親友であり、彼の思想の影響を少なからず受けている。

ロックの思想はフランス、アメリカで急進化し、市民革命の推進力となった。フランス革命はロックの政治思想が大陸の合理主義と結合したことによって現実化した。これに対し、バークは、イギリスの経験論と歴史・伝統をもとに、フランス革命の過激化を批判した。バークはヒュームの年下の同時代人だった。
 こうした17〜18世紀の展開の中で発達したのが、自由の観念である。自由こそ、ハイエクの中心主題であり、また彼の名は自由主義とともに知られる。

●ハイエクにおける自由と市場社会

 ハイエクは、自由主義とは、17世紀イギリス市民革命において、君主による恣意的な権力の行使に対抗して、政府権力を規制する必要性から生まれたものだとする。そして、「自由主義的な自由の要求は、個人の努力を妨げるすべての人為的な障害物を除去せよという要求であって、社会なり国家が特定の善を提供すべきだという主張ではない」という。(「自由主義」)
 ハイエクは、イギリス経験論の古典的な自由論を継承する。先の引用における前半部分がその自由論で、T・H・グリーンの分類で言うと「消極的自由」である。引用の後半は「積極的自由」といわれるもので、「積極的自由」の追求は国家の役割を拡大するものとなる。ハイエクはこれに反対する。「積極的自由」の追求は全体主義や集産主義につながると考えるのである。
 ただし、ハイエクの自由は、自己本位・自己中心的な自由ではない。ハイエクは、自由とは社会的な規則を遵守することのなかではじめて存在し、社会的規則とは特定の個人や集団による専制支配を許さないために存在するとし、自生的秩序を重視すべきであると説く。自生的秩序とは、歴史的な過程において自生的に形成されてきた秩序である。伝統によるルールや慣習による法がこれである。こうした自生的秩序にく自由を尊重しようとするのが、ハイエクの新自由主義である。それゆえ、新自由主義は、古典的な自由主義への回帰でもある。19世紀に古典的な自由主義を修正したJ・S・ミル以後の修正自由主義、「積極的自由」を追求するグリーンや、彼らの影響を受けたイギリス的な社会主義は、ハイエクの争う対象である。
 ハイエクは、自生的秩序の原型を市場社会に見る。市場社会は自由な社会であり、知識の交換の場である。競争によって淘汰が行われる。市場の失敗を人間の意図的な管理や計画によって克服しようという試みは無益であり、また危険であるとハイエクは考えた。そして、自生的秩序としての市場経済に全面的に依拠した思想を説いた。それは、同時に自由を要求する思想であり、ハイエクは「自由のユートピアン」とも呼ばれる。
 1970年代からケインズ経済学の権威が揺らぐなかで、ハイエクの評価が高まった。サッチャー、レーガンがハイエクを称え、ハイエクは彼らの政策の支柱と考えられた。ハイエクの新自由主義は、ソ連の共産主義と闘うために宣伝された。東欧の民主化運動では『隷従への道』が読まれ、共産主義政権の打倒に結果した。冷戦の勝利は、新自由主義の勝利であるという見方が広がった。1990年代に、ハイエクの評価は絶頂に達した。
 ハイエクの考える市場社会の思想は、自生的な秩序による自由な社会を発展させるはずだった。だが、彼の説く新自由主義は、支持者たちによって定式化され、硬直化した。そこに、市場原理主義が生まれた。市場原理主義は、マーケット・ファンダメンタリズムの訳語である。新古典派経済学の単純化された競争均衡モデルに基づき、政府が自由放任的な立場を取っていれば、市場メカニズムが最適な資源配分と秩序の均衡をもたらすという思想をいう。新自由主義・市場原理主義は、自由競争、規制緩和、「小さな政府」を説く。その政策が、投機的な投資家や巨大国際金融資本に活動の自由を与え、強欲資本主義の暴走を許すことになった。伝統や慣習に基づく自生的秩序は破壊され、市場は金融工学によって操作される一大賭博場と化した。ハイエクの思想は、彼の意思を超えて、弱肉強食の闘争世界を生み出す要因となったのである。

 

●リーマン・ショック後の今、ハイエクの評価し直しを

 強欲資本主義の背景にある経済学は、新古典派経済学である。新古典派経済学は、ケインズ主義の後退とともに、1980年代から世界を席捲した。新自由主義・市場原理主義の新古典派経済学は、ハイエクの名と切り離せない。だが、ハイエクとフリードマンらとは、基本的な考え方が違う。そのことには注意を要する。
 先に書いたように、ハイエクは、人間は完全な知識を持ち得ないとし、「合理主義の思い上がり」を戒める。とりわけデカルト、サン・シモンらの系統を設計主義として、強く批判した。設計主義は、マルクス=レーニン主義やナチズムを生み、世界に災厄をもたらした。私見では、フリードマンらの新古典派経済学もまた、世界に災厄をもたらした。1929年の世界恐慌後、様々な規制で抑えていた強欲資本主義をよみがえらせたからである。ハイエクは、ケインズ主義を共産主義・ナチズムと同類と見て批判する一方、新古典派経済学に対しては積極的な批判をしなかった。ハイエクはこの点で間違っていた、と私は断じる。
 ハイエクの言うように人間は不完全なものであり、伝統と慣習を尊重しながら知恵を働かせるべきである。そして欲望を抑え、道徳を守って社会の改善を図っていくべきである。そうした努力には、政府が積極的に経済に関与して国民経済を発展させ、また国際協調によって国際経済を共存共栄の中で発展させるという取り組みもある。この取り組みは、必ずしも自由の喪失にはならない。一定の規制を行うことによって自由を守り、計画を立てることによって調和のある発展を目指すことはできる。そうした理論と政策と思想を打ち出したのが、ケインズである。
 ケインズは、平成20年(2008)9月15日、リーマン・ショック後の世界で復活し、再評価が進んでいる。ハイエクは、平成4年(1992)に、サブプライム・ローンもCDSも見ることなく、亡くなった。ハイエクについても、今日の状況を踏まえて、功罪両面から評価し直す必要があるだろう。中谷巌氏を始めとする経済学者は、ハイエクについて理論的な検討を行い、自らの見解を明らかにすべきである。

●経済自由主義と経済ナショナリズム

 従来、ケインズとハイエクを比較する際には、自由の概念を中心としたものが多かった。わが国では、間宮陽介氏の論考が知られる。だが、この見方では、ケインズとハイエクを、近代西洋思想史の大きな流れの中で、とらえることができない。近代政治経済学史の通説では、ヒュームやアダム・スミスの重商主義批判から経済自由主義の理論が始まり、リカードらの古典派経済学、ワルラスらの新古典派経済学へと発展的に継承され、それが経済学の主流になっているとする。これに対し、気鋭の経済学者・中野剛志氏は、従来見逃されてきた経済ナショナリズムの系譜こそ、実は西欧思想の正統だったのだ、と主張する。
 経済ナショナリズムとは、ネイション(国家・国民・共同体)の発展が国力の増大になるとし、国民の生産力を中心とした国力を増大させようとする思想である。経済ナショナリズムは、18世紀イギリスのヒュームに始まる。ヒュームはアダム・スミスと親交を結んでいた。ヒュームの影響を受けたハミルトンがアメリカ、同じくリストがドイツで経済ナショナリズムを実践し、ヘーゲルが哲学的に深め、マーシャルがこれらを継承した。そして、中野氏はこの系譜を受け継いだ者の一人がケインズだとする。
 私は、中野氏の見方は、通説を破る画期的なものだと思う。ただし、私は、経済自由主義と経済ナショナリズムは、相反するものではないと思う。確かに、経済自由主義の潮流の一部は、経済ナショナリズムと対立する。古典派経済学・新古典派経済学の主流には、ネイションの概念がない。しかし、本来、経済的な自由を追求することと、ネイションの発展によって国力を増大させることは、矛盾することではない。ヒュームやアダム・スミスは、自由主義者であり、かつナショナリストだった。それをどちらかに党派的に分類するのは、彼らの思想をとらえそこなうと私は思う。
 ところで、イギリスにはネイションと似た概念として、コモンウェルス(commonwealth)がある。「公共の幸福」を原義とし、国家・国民・連邦等の意味で使われる。16〜18世紀のイギリスでは、ノルマン系の土地貴族に対抗して、アングロ=サクソン系の民衆(common people)が「公共の幸福」を追求し、自由を獲得していった。その過程で、デモクラシー(民衆政治参加制度)が発達し、市民革命を通じて、君主制議会政治が確立された。そして、自由主義とデモクラシーが結合しつつ、一個のネイション(国民共同体)が形成されていった。経済的な自由主義及びナショナリズムは、こうした政治的・社会的な展開と並行して発達した。自由という価値のみから見る視点、また経済に偏した視野では、社会・思想・歴史の全体像が浮かび上がってこない。自由と平等、個人と国家、政治と経済を包括した総合的な見方が必要だろう。

 

●ハイエクが新古典派に利用されたわけ

 中野氏は、経済自由主義と異なる思想として経済ナショナリズムがあると説く。経済ナショナリズムはヒュームに始まり、ハミルトン、リスト、ヘーゲル、マーシャルと続き、ケインズはマーシャルを後継して、経済ナショナリズムを発展させたとする。だが、私は、経済自由主義と経済ナショナリズムは相反するものではなく、ヒュームやアダム・スミスは自由主義者であり、かつナショナリストだったと考える。ケインズもまた自由を守りながら、ネイションを発展させようとした自由主義的ナショナリストである。これに対し、経済自由主義の潮流の一部は、経済ナショナリズムと対立する。古典派経済学・新古典派経済学の主流がこれであり、ハイエクは、この点では典型的な経済自由主義者である。
 ハイエクの自由主義は、彼独自の個人主義の思想と切り離すことができない。ハイエクは、自分の思想にいて、個人主義を「真の個人主義」と「偽せの個人主義」に分ける。「真の個人主義」は、個人の行動から社会現象を理解しようとする。人間を社会的動物ととらえ、個人は合理的・利己的に行動するとは限らないととらえる。ロック、ヒューム、バークらがこれとする。「偽せの個人主義」とは、デカルトの合理主義思想に始まる合理主義的な個人主義である。アトム的な個人を想定し、人間は利己的で合理的に行動するものととらえる。ルソー、百科全書派らがこれとする。当然、ハイエクは前者の「真の個人主義」を自らの個人主義だとする。これに対し、ハイエクは、「偽の個人主義」は設計主義と結びつき、独裁的な革命思想や社会主義に転化すると説く。ロックについては、多少「偽せの個人主義」の影響を受けているとする。(「真の個人主義と偽せの個人主義」)
 ハイエクは、個人主義を社会主義ないし集団主義と対置する。そして、ナショナリズムを後者に属するものとする。また経済の計画化と社会主義を同義とみなし、ナショナリズムを計画化・社会主義に通じるものとして批判する。そして、これらはどれも「偽の個人主義」の表れだとする。それゆえ、私の見方では、ハイエクは、反ナショナリズムの経済自由主義者である。これに対し、ケインズは自由主義的なナショリストであるから、両者は違いを示す。
 経済学の理論については、ハイエクはケインズと新古典派の中間に位置し、新古典派に近い。その中間的な位置から、ハイエクはケインズと新古典派を共に批判した。だが、ハイエクの個人主義論をここに当てはめれば、ケインズは「真の個人主義」、新古典派経済学は「偽せの個人主義」となるはずである。ケインズはハイエク同様、人間を単純に合理的ととらえず、伝統や慣習を重んじ、新古典派は、利己的で合理的に行動する個人を想定するからである。私は、ハイエクはケインズと同じ側に立って、新古典派の「偽せの個人主義」を批判すべきだったと思う。ところが、「真の個人主義」を標榜するハイエクは、「偽せの個人主義」である新古典派を強く批判していない。そこにハイエクが新古典派にうまく利用された原因があった。それはハイエク自身の不徹底さによると私は思う。
 フリードマン、ルーカスらの新古典派経済学は、ハイエクの名を描いた旗のもとで、経済自由主義を理論的にも実践的にも徹底しようとした。しかし、新自由主義・新古典派経済学は、自由を世界に広めるグローバリズムの中に組み込まれ、超大国アメリカの世界戦略に寄与する理論に転じた。グローバリズムは、アメリカの国益を実現する思想である。どうして、経済理論の中にネイションの概念を持たない新自由主義・新古典派経済学が、アメリカの国家政策に貢献するものとなったのか。実はもともと経済自由主義は、各時代の中心国にとって、世界経済を主導するのに役立つ理論なのである。19世紀のイギリス、20世紀のアメリカにとっては、経済自由主義が国益にかなっていた。だがら、国策に採用されたのである。自由・個人・市場の価値は表向きのものであり、帝国中心部、及び巨大国際金融資本の利益こそが、主たる目的なのである。逆に、後進国や発展途上国が、英米に対抗して自国の国民経済を発展させるためには、経済ナショナリズムが必要である。また超大国の支配に対抗して、国際社会の発展を目指すためには、各国のナショナリズムにいて国際協調を図る理論が活用されねばならないのである。
 さて、私は上記のような観点から、丹羽氏の所説を見る者である。丹羽氏は、ハイエクとハイエク以後の新自由主義・新古典派経済学とを区別している。丹羽氏が厳しく批判するのは、フリードマン、ルーカスらの新古典派経済学である。次にその丹羽氏の新古典派経済学への批判に入ろう。

参考資料
・ハイエク著『市場・知識・自由』(ミネルヴァ書房)
・間宮陽介著『ケインズとハイエク』(ちくま学芸文庫)
・中野剛志著『国力論 経済ナショナリズムの系譜』(以文社)

 

(5)ミルトン・フリードマンの詭弁

 

●フリードマンのマネタリズムは間違っていた

 ミルトン・フリードマンは、「アグレッシブな反ケインズ主義で知られるシカゴ学派の頭領」であり、「全世界的に、一時は、きわめて大きな影響力を持った著名な経済学者」だったと丹羽氏は言う。
 丹羽氏は、ハイエクよりもフリードマンを強く批判している。その批判は、主にフリードマンのマネタリズム、恒常所得仮説、変動相場制擁護論に向けられている。そこで、これら3点を中心に、丹羽氏の所論を概観したい。
 第一に、マネタリズムへの批判である。1970年代から1980年代前半にかけて、フリードマンが提唱したマネタリズムが、新古典派経済学の中で主要な役割を演じた。新古典派は、貨幣の価値は貨幣の数量によって決まるという貨幣数量説を説く。フリードマン流のマネタリズムは、この貨幣数量説の現代版である。マネタリズムは、丹羽氏によると「ケインズ的な財政政策を排して、マクロ政策は金融政策のみにしぼり、マネー・サプライ(通貨供給量)の伸び率を一定に保てば、経済のマクロ・コントロールは全てうまくいくと強調しているもの」だった。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 1970年代以降、アメリカでは、インフレが大きな問題となっていた。しかも、インフレでありながら、景気が停滞するスタグフレーションという新しい現象が生まれていた。その主な原因には、第1次石油危機後の原油の高騰があった。しかし、当時インフレはケインズ的な政策が生み出したものという見方が有力であり、インフレ解決のため、新古典派、特にマネタリズムに期待が集まった。ところが、マネタリズムの理論に立脚して行われた「マクロ経済政策的な分析や提言のほとんど全て」は「現実的な妥当性に乏しいもの」にすぎなかった、と丹羽氏は指摘する。
 イギリスのサッチャー政権や、アメリカのカーター政権で、マネタリズム政策が実際に試みられたが、ともに失敗に終わった。「いずれも、経済の停滞・不振がひどくなり、スタグフレーション状況が深刻化したのである。マネー・サプライの伸びの安定化も、はたされなかった」と丹羽氏は言う。
 サッチャーは、政権の前半期に、マネタリズムの経済政策を実施したが、「成功とは程遠いもの」だった。そこで、政権の後半期には、「事実上のマネタリズムからの離脱」が行なわれた。イギリスが、「当時の悪性の経済スランプから脱却することができたのは、サッチャー政権時代も半ばを過ぎた1980年代の後半になってからのこと」だった。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」)
 カーター政権は、1977年から80年までだった。フォード政権時代を含めた1975年から1980年までの6年間に、米国の消費者物価は2倍(日本は1.53倍)、卸売物価は1.7倍(日本は1.36倍)に高騰した。しかも、経済の実質成長率が、それ以前の時期に比べて、むしろ低下した。(1975年、80年はマイナス成長) 失業率も7〜8パーセントといった高い率に達した。「マネタリズムの実施によって、米国経済のスタグフレーション状況は、かえって悪化した」と丹羽氏は分析する。
 丹羽氏によると、マネタリズムによる経済政策の中核は、「マネー・サプライを安定的な伸び率に保つということ」だったが、米英両国ともマネタリズム政策の実施期間は、「マネー・サプライの変化がきわめて大幅で不規則に」なってしまった。すなわち、「ケインズ的な財政政策を封止してしまって、金融政策のみに頼っているような状況では、マクロ的に経済をコントロールすることがきわめて困難になり、マネー・サプライも上下に大きくかつ不規則にぶれざるをえなくなった」のである。「フリードマン流のマネタリズムは、間違っていた」と丹羽氏は断定する。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」)

●恒常所得仮説は、ありえない前提による仮説

 次に、恒常所得仮説についてである。新古典派は、ケインズの「有効需要の原理」否定論を叫んでいる。需要面から有効需要原理を否定するのが、フリードマンの恒常所得仮説である。
 丹羽氏は、次のように言う。「フリードマンは、人々が消費支出を行なうのは、恒常所得からのみであって、変動所得部分からは消費支出がなされることは、ほとんど無いと見るべきだと主張してきた。だとすれば、たとえばケインズ的な積極的財政政策が行なわれたとしても、それによる所得増加は残業手当やボーナスや減税還付金といった変動所得の増加の形をとるであろうか、それらからの消費支出は行なわれず、乗数効果が作動しないので、結局、景気がよくなったり経済成長が加速されたりする効果は、きわめて微弱なものになってしまうはずだというわけである」と。
 残業手当やボーナスや減税還付金等は、家計にとって重要な収入であり、それも衣食住の消費に当てている家庭は多いだろう。常識で考えて、フリードマンの見方は、おかしい。素人でも、変だと分かる。丹羽氏は経済指標の分析から、わが国では「消費性向は、人々の恒常所得のみならず変動所得にも、ほとんど変わりなく妥当しており、したがって乗数効果も常にしっかりと作動している」と言う。そして「フリードマン流の恒常所得仮説なるものは、きわめて根拠が薄弱だと言わねばならないのである」と述べている。(「新古典派の『反ケインズ主義』は新左翼的ニヒリズムと同根だ」)
 フリードマンは、需要面から有効需要原理の否定を説いたが、それを供給面から説いたのが、ルーカスである。フリードマンは、そのルーカスの理論も取り入れて自説を補強している。ルーカスもフリードマンに負けず劣らずおかしな見方をしているのだが、その点は後に項を改めて書く。

 

●共存共栄を否定する変動相場制擁護論

 フリードマンは、国際経済論ではロバート・マンデルのクラウディング・アウト論とマンデル・フレミング効果論などを取り入れている。財政政策の財源調達のために国債の市中消化が行なわれた場合、それによって民間資金が国庫に吸い上げられて金融市場が資金不足状況になり、国内金利の高騰や民間投資の減少が生じる。これを「クラウディング・アウト現象」という。クラウディング・アウト現象が生じると、国内金利の高騰が円高を生じさせ、それが輸出の減少と景気回復の挫折をもたらす。これを「マンデル=フレミング効果」と呼ぶ。マンデル・フレミング効果論は、開放経済で変動相場制の下では、金融政策は有効だが、財政政策は無効であるとする。これらは、ともにケインズ的な財政政策を否定する理論である。
 これに関連するのが、変動為替相場制の問題である。フリードマンは1950年秋ごろから変動為替相場制擁護論を唱えていた。1971年8月15日、アメリカのニクソン大統領は突然、ドルと金の交換停止を発表した。ドルの流出を防ぐためだった。その後、紆余曲折を経て1973年前後にわが国を含む先進各国は相次いで変動相場制(フロート制ともいう)に切り替えた。この変動相場制への移行は、「フリードマンなどによる『フロート制に移行すべし!』というきわめて声高な唱導に、当時の主要諸国の政策担当者たちが従うにいたったという面が多かった」と丹羽氏は言う。
 丹羽氏によると、為替レートには「ハンディキャップ供与作用」がある。「自由貿易が行なわれている世界では、国際通貨市場における市場メカニズムの働きで、各国の生産性水準の絶対的な較差に照応して各国の通貨の為替レートが決まってくる。すなわち、生産性が絶対的に低い国の通貨の対外為替レートは割安に、生産性が絶対的に高い国の通貨の対外為替レートは割高に決まるのである。したがって、生産性が絶対的に低い国の場合であっても、その国の通貨の対外為替レートが割安に決まるので、この割安な為替レートという『ハンディキャップ』が与えられている条件で換算されると、そのような生産性の低い国が産出した粗悪で実質的にはコスト高な商品であっても、世界市場では相対的に安価な商品ということになるので、それらを輸出することが可能になるわけである。すなわち、(略)為替レートという特殊な価格の働きは、いわば、ゴルフのコンペでお馴染みの『ハンディキャップ』のようなものなのである。このような為替レートの『ハンディキャップ供与作用』があるからこそ、絶対的に生産性の高い先進工業国と絶対的に生産性の低い後進発展途上国のあいだであってさえも、貿易が活発に行なわれ、国際分業が成立しうるのである。そして、まさに、このような為替レートの媒介があってこそ、リカード的な『比較優位の原理』に基づく国際分業の利益を、全世界の人類文明が共存共栄の形で享受しうるようになるのである」と丹羽氏は説いている。(「新古典派は市場原理否認:新古典派『反ケインズ主義』は市場原理を尊重していない」)
 丹羽氏によると、フリードマンの変動相場制擁護論は反ケインズ主義的であることによって、この共存共栄の可能性を否定するものとなっている。

 

●承知の上で「牽強付会の詭弁」を使う

 丹羽氏は、変動相場制には「信賞必罰」の性質が内包されていると言う。「ある国の政策当局が、国内的に総需要の確保を怠り(あるいは、それに失敗し)、不況を発生させ、デフレ・ギャップを生じさせてしまうと、その国の産業による輸出ドライブが激化し、他方では輸入が減るため、国際通貨市場においてその国の通貨の交換価値(為替レート)が高騰──日本の場合であれば円高が進行──して輸出も苦しくなり、結局、不況の永続化という『罰』を受けることになるということである」と丹羽氏は説明している。(「安倍政権の政策担当マシーン諸氏へ」)
 フリードマンも、変動相場制の「信賞必罰」の特徴を「十分に知っていたはず」であり、「当然、フロート制がうまく機能するためには「ケインズ的政策」が不可欠であるということも、彼はよく知っていたはずである」と丹羽氏は言う。「そうであるにもかかわらず、フリードマンたちが、一方でフロート制への移行を強く唱導していながら、他方で、きわめて大規模かつアグレッシブに反ケインズ主義のイデオロギー的なキャンペーンをグローバルに繰り広げてきたということは、きわめて矛盾していることであった。
 フリードマンほどの巨匠が、『うっかりミス』でそのような矛盾をおかしたなどとは、とうてい考えられない。だとすれば、彼は、有害な矛盾を承知のうえで、あえて、そのように思想攻勢的な活動を陣頭に立って繰り広げてきたのだということになる。
 すなわち、フリードマンら新古典派のスタンスからは、人類文明の現行の経済体制にあえて甚大なダメージを与えようと意図しているとしか思われないような破壊主義ニヒリズムを看取せざるをえないのである」と丹羽氏は述べている。
 そして、「実は、このような左翼思想と底流を同じくしていると思われるようなニヒリズムを、われわれは、マンデルのスタンスからも読み取らざるをえない」と丹羽氏は言う。(「安倍政権の政策担当マシーン諸氏へ」)
 マンデルについては、丹羽氏は次のように見ている。マンデルは、「とくに国際経済論の視点から、ケインズ的な財政政策の効果についてネガティブな判断を下していることで知られている。すなわち、彼の見るところでは、景気を良くするためにケインズ的な積極的財政政策が実施されても、その結果としてクラウディング・アウト現象が起こり、国内金利が高騰し、外国からの資金の純流入が増えて、国際通貨市場ではその国の通貨の対外為替レートが上昇する(日本の場合であれば円高が進行する)ので、輸出が困難になり、結局、そのようなケインズ的財政政策の景気振興の効果は失われてしまうことになるにちがいないと、されているのである。マンデルのこの議論の場合においても、あたかも、金融政策によってクラウディング・アウト現象の発現が防止されるようなことは無いものであるかのごとく、前提されてしまっているのである」と。(「新古典派は市場原理否認:新古典派「反ケインズ主義」は市場原理を尊重していない」) マンデルに対しても、丹羽氏は、フリードマンにおけると同様、理論的な問題点を指摘しているわけである。
 丹羽氏によると、「為替レートのハンディキャップ供与機能に支えられたリカード的『比較優位の原理』に基づく国際分業の利益を各国が十分に享受しうるということこそが人類文明の基礎であって、まさしく、それに基づく共存共栄の『右肩上がり』の世界経済状況を確立する効果をケインズ的な政策体系が持っている」。ところが、フリードマン、マンデル、ルーカスらの新古典派による反ケインズ主義の思想攻勢は、「そのような共存共栄の国際分業システムを破壊し去ってしまおうとする危険な意味合いを内含している」と丹羽氏は指弾している。(「安倍政権の政策担当マシーン諸氏へ」)
 丹羽氏はフリードマンら新古典派の指導者たちは、彼らの理論が「いずれも、きわめて非現実的かつ妥当性を欠いた不自然なトリック的前提や仮定に基づいた牽強付会の詭弁にすぎないということを、よく知っているはずである」と言う。
 「日本経済が、(略)不況 → 円高 → 不況 の悪循環に捉えられ、為替レートという『ハンディキャップ』を大きく奪われて、産業空洞化と経済の衰退に苦しむことになるということも、かれらは、理論的に予測しえていたはずである。しかも、とりわけ日本経済の場合には、1970年代末から1980年代初頭のころに反ケインズ主義によって高度成長への復帰を急に阻止されてしまったのであるから、いわば激しいタックルを受けたのと同様な大衝撃であった。そして、このような日本経済の失速とその不況・不振の永続化は、早晩、アジア諸国の経済にとっても、大きな災厄──たとえば1997〜98年のアジア金融恐慌──とならざるをえないということも不可避であった。フリードマンたち新古典派反ケインズ主義陣営は、このことも、はっきりと予見していたはずなのである」と丹羽氏は言う。
 では、どうして「きわめて非現実的かつ妥当性を欠いた不自然なトリック的前提や仮定に基づいた牽強付会の詭弁」と分かっていながら、彼ら新古典派の指導者たちは、反ケインズ主義の経済理論を展開したのか。また、日本経済やアジア経済に対する影響を予測・予見しながら、彼らは「牽強付会の詭弁」を弄したのか。そこには、政治的な目的があったと見るのが自然だろう。
 丹羽氏は、彼らに「破壊主義ニヒリズム」を見る。私はそうではなく、アメリカの世界戦略が、こうした欺瞞的な経済理論を利用したと考える。この点は、一通り新古典派への丹羽氏の所論を見てから、私見を具体的に述べたいと思う。

 

(6)ロバート・ルーカスの欺瞞

 

●フリードマンの後、新古典派の中心はルーカスに

 丹羽氏は平成22年(2010)6月号の月刊誌『正論』に書いた「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし−いまこそ新古典派経済学のニヒリズムを打ち砕け−」で、次のように言う。
 「過去20年あまり、全世界の主要国の経済政策を導いてきたのは、米国の思想界から発信されて今や強固・激烈な戦闘的イデオロギーと化している新古典派経済学流の反ケインズ主義政策論であった。そして、とくに、ケインズ的有効需要拡大政策を無効であると理論的に決めつけたルーカス教授の教説の影響は衝撃的かつ甚大であった。現在では、この新古典派経済学流の反ケインズ主義、なかでもこのルーカス理論が、新自由主義の諸流派を支配し動かしている基本的情念となっているわけである」と。
 フリードマンのマネタリズムの失敗が明らかになった後、新古典派による反ケインズ主義の思想攻勢は、マネタリズムを捨て、ロバート・ルーカスの理論による有効需要政策無効論に、主として依拠して行なわれるようになった。ルーカスはミクロの経済主体の最適化行動によってマクロ経済学基礎づける方法論示した。この方法論は大きな影響力を振るい、ケインズ主義者に対しても影響を与えた。丹羽氏は、ルーカスの理論のうち、主に合理的期待形成仮説と総供給方程式を批判する。

●合理的期待形成仮設への批判

 丹羽氏のルーカス批判の第一は、合理的期待形成説に対してである。「合理的期待」は、rational expectationsの訳語であり、expectationsは予想と訳したほうがよいのだが、通例に従って期待と訳す。合理的期待形成説とは、経済主体が政府の政策を合理的に予測してしまえば、その政策は無効になるという理論である。それによって、政府による有効需要政策の効果を否定する。合理的期待形成説で想定されている経済主体は、完全な情報を持ち、合理的に将来を予測する個人である。これは、新古典派経済学が想定してきた個人と同じである。それゆえ、合理的期待という概念は、一般均衡理論の復活以外の何ものでもない。
 ルーカスは、ケインズ経済学においては、期待の果たす役割が無視されていることを主張する。この主張は全く根拠がない。『一般理論』で、ケインズは随所で期待の果たす役割に触れ、雇用量や国民所得の水準が人々の期待によって左右されることを繰り返し述べている。
 丹羽氏も、次のように言う。「経済学では、アダム・スミスの昔から、常に、社会の人々が合理的な予測・期待に基づいて行動するということを、基本的な大前提として、諸種の分析を行ない、理論を構築してきたからである。もちろん、ケインズ理論も、その例外ではなかった。要するに、『合理的期待(予測)形成仮説』なるものは、断じて、ルーカスたち新古典派の専売特許などではないのである」と。
 ケインズの理論における期待は、完全な情報を持って合理的に将来を予測するというルーカス的な意味での期待ではない。ケインズの期待は、主にその社会における慣習にくものである。一つの社会で歴史的に形成されてきた社会的経験知をもって、人々は将来を予測する。それは合理的な思考であるばかりでなく、不安や希望等の感情や直感によって揺れ動く。全員が同じ答えを出すのではない。楽観的予測も悲観的予測もある。実際の経済、特に金融市場を動かしているのは、そうした人々の集団心理である。それゆえ、こうした集団心理を無視したルーカスのケインズ批判は的外れである。

 

●総供給方程式は無理な決め付け

 丹羽氏のルーカス批判の第二は、総供給方程式に対してである。ルーカスは、自ら創案した「ルーカス型総供給方程式」に基づいて「ケインズ的な財政・金融政策による有効需要政策は無効だ」とする「定理」を導き出したとされる。
 丹羽氏によると、ルーカス型総供給方程式の理論においては「市場経済では、『自然失業率』に対応した水準のところで、経済は成長しえなくなり、上にも下にも行けない、にっちもさっちもいかない状態になってしまって、総需要が増えただけ、物価が上がるにすぎないという『定理』になっている」。(「政府紙幣 発行問題の大論争を総括する 」)
 自然失業率とは、経済の中で自然に発生する失業率のことで、長期的に失業率が落ち着くとされる失業率のことである。労働市場の需給均衡下における摩擦的失業率を意味する。丹羽氏によると、「ルーカスの理論では、有効需要が増やされても生産や雇用が増えて経済が実質タームで成長するようなことは無いとして、その意味で、ケインズ的な有効需要の原理は妥当しないのだと決め付けられており、したがって、財政政策によるものであろうと、金融政策によるものであろうと、有効需要拡大政策などは無効だと強調されるにいたった」。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」)
 ルーカスはこの決め付けをもって、理論的「証明」だとしており、この「証明」は、「ケインズ革命そのものの全面的な否認という、人類史的にまさに衝撃的な意味合いを内含していた」と丹羽氏は言う。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし−いまこそ新古典派経済学のニヒリズムを打ち砕け−」)
 ルーカスの理論は、有効需要の変動に諸商品の生産・供給は適応しえないのだと決め付けているという意味で、供給面からの「有効需要の原理」の否定論だった。フリードマンが、恒常所得仮説によって需要面から「有効需要の原理」の否定論を説いたのと相俟って、両面からケインズの「有効需要の原理」を否定しようとしたものである。

●消費者主権の原理を否認

 丹羽氏によると、ルーカスの理論に立脚すれば、おかしな話になる。「政府によるケインズ的財政・金融政策などとは関係なしに、純粋に民間の経済活力の高まりで民間投資が盛り上がって総需要が増えたような場合であっても、同様な論理で、マクロ的には経済が成長することはないというシニカルな結論になってしまう」。もしも、本当にそのようなことであれば、「そもそも、市場経済システムのもとでは経済の成長や発展などが全く望めないという、奇妙な結論に」なってしまう。ルーカスの理論は、需要に対して生産・供給が適応しないものと決め付けてしまうものである。このように決め付けるならば、「資本主義的な市場経済システムの特徴とされてきた『消費者主権の原理』」をも、「根源的に否認」することになってしまう。
 消費者主権の原理とは、どのような商品がどれだけ生産・供給されるかは、究極的な最終需要支出にほかならないところの民間ならびに政府の消費支出によって決まることをいう。ところが、丹羽氏によると、ルーカスの理論は、この「市場経済システム最大のメリット」を否定するものである。丹羽氏は、「ルーカスたち新古典派のエコノミスト・グループは、従来からマルクス主義陣営からなされてきた『消費者主権の原理』を否定・否認しようとする資本主義批判論に、いっそうラジカルな形で荷担しているものにほかならない」と言う。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」)
 新自由主義の経済理論が資本主義批判論に荷担するとはあり得ない話だが、ルーカスの理論は、無理な「定理」を立てたことで、結果として資本主義批判論に荷担する始末になっており、全く破綻しているわけである。
 「消費者主権の原理」については、新古典派全般に関する項目で、より具体的に述べる。

 

●ルーカスの「理論的トリック」を暴露

 ルーカスの理論は、「消費者主権の原理」を否定・否認し、資本主義批判に荷担する結果となっている。「これでは、あまりにも奇妙すぎる」として、丹羽氏は、ルーカス理論をよく吟味してみたという。それによってわかったことは、「ルーカス理論の体系では、需要の変動があっても、企業が(労働雇用量を変えるだけで)資本設備の稼働率を変化させてそれに対応するようなことはしないものとするという、きわめて非現実的な暗黙の仮定が設定されている」ということであったと丹羽氏は述べている。
 実際の社会では、企業家は、需要が増えれば、資本設備の稼働率を上げ、需要が減れば稼働率を下げて対応する。そのように対応しない企業家は、会社を潰すだろう。丹羽氏は、ルーカスのような頭脳明晰な学者が、「『うっかりミス』でこのようなことをするはずはないから、これは、一種の意図的な『理論的トリック』であろう」と言っている。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」)
 ルーカスは、極度に非現実的な前提を暗黙のうちに置くという「理論的トリック」を使って、「無理やりに、『有効需要の原理』が作動しないという論理を作り上げた」のだと丹羽氏は、ルーカスを批判している。
 丹羽氏によると、「フリードマンなどの『有効需要の原理』を否認しようとする反ケインズ主義的な漠然とした想念に、とにもかくにも、明確な理論体系を与えたのは、結局、ルーカスであった」。しかし、その「明確な理論体系」なるものは、「理論的トリック」による論理でしかない。しかし、マネタリズムが失速した後、新古典派経済学者による反ケインズ主義のキャンペーンは、「ルーカスによるこの牽強付会の極致ともいうべき奇怪な論理を主要な武器としてなされている」。そして、平成19年(2007)の時点で、いまやルーカス理論は「神格化」されている、と丹羽氏は述べている。
 丹羽氏によると、過去20年あまり、全世界の主要国の経済政策を導いてきたのは、新古典派経済学流のパラダイムと「反ケインズ主義」イデオロギーだった。わが国においても、1990年代の半ば以降の歴代内閣の経済政策は、その支配的な影響を受けたものであった。
 「とりわけ小泉=竹中政権時代の経済政策は、ほとんど全て、このような新古典派経済学流のパラダイムと反ケインズ主義イデオロギーによって導かれてきたのであった」(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし−いまこそ新古典派経済学のニヒリズムを打ち砕け−」)。なかでも、「ルーカス理論は、新自由主義・新古典派のパラダイムで支配されてきた過去四半世紀のわが国の経済学界・経済論壇では、ほとんど神格化されてきた」(「政府紙幣 発行問題の大論争を総括する 」)。「竹中平蔵氏に導かれた小泉内閣の経済政策スタンスも、明らかに、このルーカス理論であった」と丹羽氏は指摘している。(「新古典派の反ケインズ主義は新左翼的ニヒリズムと同根だ」)

●丹羽氏はケインズ体系にルーカス体系を統合

 丹羽氏は、単にルーカスの理論を党派的に批判し、排斥しているのではない。この点が重要である。丹羽氏は、ルーカスの理論的前提を検討し、「ケインズ体系によるルーカス体系の理論的統合の可能性」を発見したと主張する。
 「私(丹羽)は念のために、企業は、労働雇用量とともに資本設備の稼働率も変えて需要の変動に対応しようとするものとするという一般的妥当性の高い想定を設けて、そして、例の『合理的期待(予測)形成』仮設はそのまま導入しておいて、ルーカスの理論体系を再構築してみた。驚くべし、そのように一般化された想定のもとで再構築されたルーカス体系では、総需要が増えれば(そして、デフレ・ギャップという形でマクロ的に生産能力に余裕があれば)、それに応じて実質GDPも増大し、いわゆる『自然失業率』もどんどん低くなって、経済は真の完全雇用・完全操業の状態に近づいていくという理論的結論が得られたのである。つまり、そのように一般的妥当性の高い想定のもとで再構築されたルーカス体系は、ケインズ的政策に従うようになるわけである。換言すれば、ルーカス体系の牙がぬかれて、ケインズ体系によるルーカス体系の吸収的統合が、見事になされえたわけである」と丹羽氏は言う。
 丹羽氏は「言うまでもなく、私(丹羽)が得たこのようなファインディングが、きわめて重要な意味合いを持っていることは明らかである。私は、10年ほど前に、このファインディング(ほそかわ註 発見の意味)を学会で報告し、学術論文としてそれをまとめて計画行政学会の学会誌に『特別論説』として掲載( 『計画行政』24巻、3号、平成13年春 )した。私の著書(ほそかわ註 下記の著書)へもそれを収録し、さらには、一般読者向けにそれを平易に解説した論稿も、幾度も公にしてきた。もちろん、インターネットで検索すれば、このような私の論策はすぐに見出しうる」と自負している。(「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」) 
 この点については、専門的なので本稿では正確に紹介できない。経済学を専門的に研究している人は、丹羽氏の著書『新正統派ケインズ政策論の基礎』(学術出版会)の各論1「ルーカス型総供給方程式の一般化〜ルーカス、ケインズ両体系の統一的把握」を検証してみていただきたい。

 

(7)反ケインズ主義と新古典派経済学の超克

 

●反ケインズ主義は市場メカニズムを否定

 これまで書いてきたように丹羽氏は、フリードマン、マンデル、ルーカスら新古典派の理論を厳しく批判する。丹羽氏は、さらに新古典派は市場原理を否認している、と根底的な批判を行っている。
 丹羽氏は、「市場経済システムが人類文明にもたらしている主要なメリット」として、@価格によって合理的な経済計算ができる、A自動的な需給均衡作用がある、B「消費者主権」の原理が作動する、C為替レートを媒介とする自由貿易で国際分業の利益が得られる、という4つを挙げる。そして、これらの中で、とりわけBの「消費者主権」の原理が、きわめて重要な役割をはたしている、と言う。
 消費者主権の原理とは、どのような商品がどれだけ生産・供給されるかは、究極的な最終需要支出にほかならないところの民間ならびに政府の消費支出によって決まることをいう。上記の@A及びCも、Bの「消費者主権」の原理を促進・貫徹させるような効果を発揮しつつ絶えず作用している。「このことこそが、市場経済システムの最大のメリット」だと言う。
 丹羽氏によれば、市場経済は、「本質的に顧客志向型のシステム」である。社会の経済構造ないし産業構造は、結局のところ、消費支出という「需要サイド」によって決定される。市場経済では、「『需要サイド』の変動に対応する諸商品の生産・供給やそのための投資といった顧客志向型の調整が、競争原理を通じて、自ずから、きわめて活発に、巧妙・精緻をきわめて適切に行なわれる」。このことが、「かつてのソ連・東欧などの共産圏型の命令経済システムでは、まったく及びのつかないところ」だった。
 しかし、丹羽氏によると、反ケインズ主義者たちは、「『消費者主権』の貫徹という市場経済システムの根源的な特徴を否認ないし忘却し去っている」。そのため、反ケインズ主義者たちは、「需要サイドからの政策的アプローチであるマクロ的な有効需要政策の効果を否認し、もっぱら、規制緩和や法人税の減税といった『供給サイド政策』とされている諸措置にのみ頼っていこうとしてきたのであろう」と丹羽氏は言う。
 そして、次のように述べる。「これは、まことに奇怪なことであり、驚くほかはない。通俗的な一般論では、新自由主義学派ないし新古典派が『市場原理主義』を信条としているとされているのであるが、(略)実際には、新自由主義・新古典派の思想に少なからず影響されていると思われる現在のわが国の反ケインズ主義的経済学者たちには、市場メカニズムのメリットを尊重していこうとするスタンスが、むしろ、いちじるしく欠けているのである」と。(「新古典派は市場原理否認:新古典派『反ケインズ主義』は市場原理を尊重していない」)
 丹羽氏の指摘は、大多数の人を驚かせるものだろう。新自由主義・新古典派の「市場原理主義」とは、消費者を主体とするものではなく、巨大国際金融資本に奉仕し、その利益を追求するための理論であると考えると、丹羽氏の指摘の背後にある構造が浮かび上がってくるだろう。

●単一通貨論の弱肉強食性

 丹羽氏は、新自由主義・新古典派には、市場メカニズムのメリットを尊重する姿勢が、いちじるしく欠けている、と指摘するわけだが、このことは国際経済についても指摘することができる。
 丹羽氏によるフリードマンやマンデルへの批判をかいたところで、丹羽氏が為替レートには「ハンディキャップ供与」作用があると述べていることを書いた。丹羽氏によれば、それによって、「絶対的に生産性の高い先進工業国と絶対的に生産性の低い後進発展途上国のあいだであってさえも、貿易が活発に行なわれ、国際分業が成立しうる」。また「為替レートの媒介があってこそ、リカード的な『比較優位の原理』に基づく国際分業の利益を、全世界の人類文明が共存共栄の形で享受しうるようになる」。このことを丹羽氏は、「市場メカニズムが人類文明にもたらしている絶大な恩恵の主要な一つ」と説いている。(「新古典派は市場原理否認:新古典派「反ケインズ主義」は市場原理を尊重していない」)
 丹羽氏は、新古典派のエコノミストたちは、「単一通貨による広域経済圏の形成を唱道してやまない」と述べ、この点でも彼らが、実は市場メカニズムの働きを否認しているのだと指摘する。
 丹羽氏は、次のように言う。「ヨーロッパで単一通貨としての共通通貨ユーロを導入したEUが、その方向へ大きく前進しはじめているということは、周知のところであろう。究極的には、全世界を一つの広域経済圏にしてしまって、各国それぞれの通貨を廃止して単一の共通通貨のみが使用されるようにすることが、目標とされているようである。しかし、もしも、実際にそういうことになれば、各国の通貨間の交換比率である為替レートは存在しなくなるし、『ハンディキャップ供与』作用も消えてしまう。そうなってしまえば、『比較優位の原理』に基づく共存共栄の国際分業の利益を各国の国民が享受することも、不可能になる」。
 ここまでは、先に書いたことと同じ主旨である。そこから丹羽氏はさらに次のように論を進める。「国際分業がなされなくなった全世界は、はなはだしい貧困と弱肉強食の修羅場となりはてるであろう。すなわち、新古典派のエコノミストたちは、為替レートという特殊な価格の形成とその『ハンディキャップ供与』作用という、はかりしれない恩恵を人類文明に与えてくれている市場メカニズムの働きを、捨て去ろうとさえしているわけである」。
 それゆえ、「『新古典派=市場原理主義』であるとしてしまっている俗流マスコミ的な決め込みかたは、まったく間違っている」と丹羽氏は言う。そして、「この点を見たときに、いっそう、きわ立ってくるのは、新古典派の反ケインズ主義が、単なる理論や経験論ではなく、今では、強固できわめてアグレッシブな一個の政治的イデオロギーと化してしまっているということなのである」と言う。
 この主張は、新古典派は「破壊的ニヒリズム」だとする丹羽氏の主張と矛盾する。私は「破壊的ニヒリズム」ではなく、グローバリズムだという見解である。グローバリズムこそ、丹羽氏の言う「政治的イデオロギー」の固有名詞である。(「新古典派は市場原理否認:新古典派『反ケインズ主義』は市場原理を尊重していない」)

 

●新自由主義といわれるレーガン政策の実態

 先に丹羽氏の新古典派への理論的な批判を概観した。その中で、歴史的な展開として、1970年代からのイギリス・サッチャー政権、アメリカ・カーター政権において新古典派の政策を採用した際の結果に触れた。ここで、1980年代のアメリカ・レーガン政権の場合を中心に新古典派の実態に補足を述べたい。
 昭和56年(1981)に大統領になったレーガンは、ソ連を「悪の帝国」と呼び、共産主義との対決路線を打ち出した。とりわけ戦略防衛構想(SDI)の構想を発表したことによって、ソ連を軍拡競争に引き込み、ソ連を経済的に窮地に追い込んだ。冷戦を終結させ、ソ連共産政権を崩壊に導いたことは、レーガン政権の功績である。
 レーガン政権は規制緩和、富裕層を中心とした減税、フラット税制など新自由主義的な経済政策を行った。その政策は、レーガノミックスと呼ばれる。そこには、新古典派経済学の影響が顕著である。しかし、一方で、レーガン政権はガソリン税、社会保障税を増額し、またアメリカ史上最大の単一税増税を行った。行政部門の官僚は約10万人増員された。反ケインズ主義的なエコノミストから、レーガンは「ケインズ学説信奉者」になったという批判が上がり、レスター・サローはレーガンを「究極的ケインズ学説論者」と呼んだほどである。このようにレーガン政権の政策には、新自由主義的な要素とケインズ主義的な要素が混在していたというのが実態である。
 レーガン政権の時代、連邦準備制度理事会(FRB)の議長は、カール・ヴォルカーだった。ヴォルカーはカーター政権から引き続き、FRB議長の座にあった。ヴォルカーは、フリードマンの理論を信奉するマネタリストである。ヴォルカーは一般にレーガノミックスを主導し、金融引き締め策でインフレを鎮圧したと評価される。だが、景気回復は一時的で、「双子の赤字」は再び膨らんだ。

●丹羽氏は独自の視点でレーガン政策を批判した

 レーガン時代の只中にあって、丹羽氏はアメリカの経済政策を分析し批判した。昭和62年(1987)刊行の『ケインズ主義の復権』に、丹羽氏は次のように書いている。
 「もし過去数年間の米国において、連邦財政の大幅赤字を『連銀』(ほそかわ註 FRBのこと)が、高橋財政の時期に日銀がそうしたように、もっと積極的にファイナンスさえしていたら」、どうだったか。「80年代前半における米国の異常な高金利は避けられ、国民所得ははるかに高い水準にまで上昇し、投資も貯蓄も増え、そして連邦政府の租税収入も大幅に増えていたはずである。また高金利が避けられたとすれば、85年夏まで続いたあの異常なドル高も避けられたはずであり、米国の産業がほとんど全面的に対外競争力を失うに至ったという近年の惨たんたる状況も、また避けられたはずである」。さらに「双子の赤字なるものも発生しないですんだに違いないのである」。「国民所得増大に伴う生産拡大によって、米国の雇用水準はかなり上昇し、失業率を大幅に引き下げることができたであろう」と丹羽氏は分析する。そしてさらに次のように推測する。
 「もし、こういった状況だったとしたら、現在(ほそかわ註 1987年)の様に深刻な貿易摩擦が起こるようなことにはなっていなかったに違いない。そして、全世界は、そのような米国経済の成長・繁栄に支えられた拡大均衡の美果を享受しえてきたことであろう。また、85年秋から緊急に行われたような主要諸国中央銀行の協調介入による強引で急激な円高誘導と、それを景気に始まった円高の暴走によるショックに日本経済が脅かされているという現在の不自然な状況も、不必要であったはずである」と。
 この発言は、もし丹羽氏が言うようにFRBが政府の政策に協力していたら、昭和60年(1985)のプラザ合意は必要なく、ドル安誘導のために起こった急激な円高も必要なかったということを意味する。わが国のバブルとその崩壊は、プラザ合意がきっかけである。それゆえ、当時の丹羽氏の発言は注目に値するものだった。

 

●新古典派には文明への「敵対的な性格」が

 丹羽氏は、先の引用の20年後、平成19年(2007)の「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」で、改めてレーガン政権の経済政策について述べている。その主旨を要約にて記す。
 1980年代のアメリカでは、新自由主義者であるはずのレーガン大統領が、実際には、事実上のケインズ的大型積極財政の断行による軍事力の強化に努めて、軍拡競争でソ連を圧倒し、冷戦の勝利を導いた。
 政府が積極的な大型赤字財政を行い、その財源調達が国債の市中消化による場合は、クラウディング・アウト現象が起こる怖れがある。しかし、FRBが「買いオペ」のような金融政策手段を実施して、市場に資金を補給すれば、この現象は容易に防止できる。そのようにして、政府の財政政策をバックアップするのが、中央銀行による金融政策の極めて重要な任務である、と丹羽氏は書く。
 ところが、FRB議長のヴォルカーは、「『反ケインズ主義』という彼の信念に基づいて、対ソ軍備拡充を目指したレーガン政権の事実上の『ケインズ主義的』な積極的大型赤字財政を金融政策でバックアップするということを、まったく行なおうとはしなかった」。その結果、「激烈きわまるクラウディング・アウト現象」が発生した。米国の国内金利は「年利20パーセントを超えるほどの極端な高金利」になってしまった。
 米国の産業は、高金利で大打撃を受けた。高金利に誘われて、日本や西ドイツなどから大量の資金が米国に流入したので、米国の極端な高金利は、やや是正されたが、このような外国資金の米国への大量流入のプロセスは、対外為替市場におけるドル高を引き起こした。ドル高は米国の産業の対外競争力劣化と空洞化を激甚なものとした。
 米国経済が、なんとか立ち直り始めたのは、プラザ合意でドル高の是正が開始され、1987年にヴォルカーが解任されて、後任のFRB議長にグリーンスパンが就任してからのことである、と丹羽氏は見る。
 1970年代の後半から1980年代にかけて、ソ連は「無理に無理を重ねるような、非常手段的な経済運営をあえてして、きわめて大規模な軍備拡大を強行」していた。したがって、レーガンが断行した事実上のケインズ的な大型積極赤字財政の断行による米国軍備の増強という施策は、「米国のみならず、グローバルに、西側自由主義文明を守るためにも、ぜひとも必要なこと」だった。ところが、ヴォルカーは「レーガン政権の財政政策の足を引っ張って、それを、あわや画餅に帰させてしまおうとまでした」。彼らマネタリストたちのスタンスは「あまりにも奇怪」だった。「その当時から、マネタリズムなど、新古典派の反ケインズ主義イデオロギーによる政治的動きは、西側自由主義文明に対して、むしろ敵対的な性格を示しはじめていた」と丹羽氏は述べている。
 ここにいうマネタリズムとは、フリードマンが説いた理論である。ヴォルカーは頑固なマネタリストとして、レーガン政権のケインズ的な政策に協力せず、年利20パーセントを超える高金利やドル高、産業の空洞化等を招いたのである。これに対し、丹羽氏は、新古典派経済学の反ケインズ主義には西側自由主義文明に対して「敵対的な性格」があるという見方をしている。これは多くの人にとって意外なことだろう。当時の新古典派経済学は、反共産主義であり、自由を守る新自由主義の経済学であるというのが、大方の評価だからである。しかし、丹羽氏は「新古典派の反ケインズ主義イデオロギーによる政治的動き」は、レーガン政権時代に「西側自由主義文明に対して、むしろ敵対的な性格を示しはじめていた」と言う。そして、その「敵対的な性格」は、レーガン政権以後、より強く示されていったと丹羽氏は見ている。
 この「西側自由主義文明」に対する「敵対的な性格」とは何か。それを丹羽氏はニヒリズムと呼ぶ。ニヒリズムについては、先にマルクス主義に関するところに書いた。丹羽氏は、マルクス主義だけでなく、それに対抗する新自由主義・新古典派経済学にもニヒリズムを見ている。この点については、次項に書く。

 

●丹羽氏は新古典派にニヒリズムを見る

 丹羽氏は、新自由主義・新古典派経済学を「決定論的ニヒリズム」ととらえる。「人類文明の現行の経済体制を破壊し、衰亡させてしまおうとするきわめてニヒリスティックな情念」「人類文明の現行の経済体制にあえて甚大なダメージを与えようと意図しているとしか思われないような破壊主義ニヒリズム」「きわめてニヒリスティックかつ無政府主義的な、まさに文明破壊的とも言うべき危険思想」といった表現を丹羽氏は使う。
 ニヒリズムは、マルクス主義批判の項目に書いたように、ニーチェの思想のキーワードである。この言葉は、ニーチェの思想から離れ、より広い意味で使われるようになり、しばしば伝統的な秩序や価値を否定し、規制の文化や制度を破壊しようとする態度の意味で使われる。丹羽氏がいうニヒリズムとは、この態度のことだろう。
 丹羽氏は新自由主義・新古典派経済学の指導者であるフリードマンやルーカスをニヒリズムととらえる。
 フリードマンについて、丹羽氏は次のように言う。フリードマンは「フロート制」の「信賞必罰」の特徴を十分に知っており、「フロート制」がうまく機能するためには「ケインズ的政策」が不可欠であるということも、よく知っていたはずである。にもかかわらず、一方で「フロート制」への移行を強く唱導していながら、他方で、きわめて大規模かつアグレッシブに「反ケインズ主義」のイデオロギー的なキャンペーンをグローバルに繰り広げてきたということは、きわめて矛盾している。これは「うっかりミス」ではなく、有害な矛盾を承知のうえで、あえて、そのように思想攻勢的な活動を陣頭に立って繰り広げてきたのである。「フリードマンら新古典派のスタンスからは、人類文明の現行の経済体制にあえて甚大なダメージを与えようと意図しているとしか思われないような破壊主義ニヒリズムを看取せざるをえない」と丹羽氏は言う。
 ルーカスについても、丹羽氏はニヒリズムを指摘する。ルーカスは、ケインズ的マクロ財政・金融政策を無効だと断定した。これは、ケインズ革命の全面的な否認という「人類史的にまさに衝撃的な意味合い」を持っていた。しかし、ルーカス理論をつきつめていけば、ケインズ的政策の有無などとは無関係に、市場経済システムであるかぎり、経済の成長・発展は全く望めないとするような、極度に現実離れの結論になる。政府の政策とは無関係に、純粋に民間の経済活動によって総需要が増えたような場合でも、雇用や生産はまったく増えず、ただ物価が上昇するだけだとする、極めてペシミスティックで反市場経済的な結論となってしまう。「そのような『理論的トリック』によるニヒリスティックな結論は、まったくミス・リーディングであり、それに基づいて実際の経済政策の策定を行なうといったことが、もし、なされるとすれば、それは、この上もなく危険であろう」と丹羽氏は言う。
 
●ニヒリズムではなくグローバリズム

 新古典派経済学の姿勢には「人類文明の現行の経済体制を破壊し、衰亡させてしまおうとするきわめてニヒリスティックな情念が内含されている」と丹羽氏は言う。そして、新古典派のニヒリズムは「第2次大戦を契機に米国に本拠を移した『フランクフルト学派』の特徴であるニュー・レフト(新左翼)的なニヒリズムと、その底流を同じくしている」と言う。(「新古典派の「反ケインズ主義」は新左翼的ニヒリズムと同根だ」) また「おそらく、1960年代から70年代にかけて米国を浸した『ベトナム後遺症』による挫折感・失望感の広がりが、 この両者を結合させたのであろう」と述べている。(「ケインズ主義の復活なくして日本の復活なし」)
 このように、丹羽氏は、新古典派経済学に「人類文明の現行の経済体制を破壊し、衰亡させてしまおうとするきわめてニヒリスティックな情念」を見て、フランクフルト学派や新左翼のニヒリズムに通じるものがあると推測している。
 しかし、私の見るところ、新自由主義・新古典派経済学にあるものは、丹羽氏の言う意味でのニヒリズムではない。神や超越的な価値を排除し、物質的・金銭的な価値を追及するという意味では、一種の思想的なニヒリズムではある。だが、丹羽氏が言うような破壊的ニヒリズムではない。ちなみに、フランクフルト学派や新左翼も単なる破壊的ニヒリズムではない。マルクーゼは「エロス的文明」の実現を説き、トロツキストやマオイストは共産主義社会の実現を目指した。それが倒錯や妄想であったとしても、文明の破壊や人類の衰亡を目指したものではい。
 フリードマンやルーカスらの背後には、米欧の巨大国際金融資本、ロスチャイルド家やロックフェラー家をはじめとする資本家、ユダヤ的価値観の保有者たちが存在する。彼ら所有者や経営者を動かしているのは、ニヒリズムではない。グローバリズムである。単一市場・単一通貨・国家否定の地球統一主義、地球覇権主義としてのグローバリズムである。そして、彼らは自分たちの目的の実現のために、既成の秩序・制度・文化を破壊する手段として、経済学の理論を利用しているのである。
 それゆえ、一見ニヒリズムと見えるものは、グローバリズムの破壊的な作用なのである。作用を本質ととらえ違えてはいけない。単なる破壊・衰亡・自壊ではなく、既成の秩序・制度・文化を否定して、富の力による支配を進め、地球の統一、地球の制覇を達成しようとするものだろうと私は推察する。
 こうした運動の核心には、ユダヤ的価値観が存在すると私は見ている。ユダヤ的価値観とは、ユダヤ教において発生し、近代西洋において発達した拝金主義の価値観であり、富の力を至上のものとする価値観である。ユダヤ的価値観は、19世紀以降、英米のアングロ=サクソンの価値観と融合し、アングロ=サクソン・ユダヤ的価値観というべきものとなっている。こうしたアングロ=サクソン・ユダヤ的価値観をもって世界に新たな秩序を生み出そうとするものがグローバリズムであり、そのグローバリズムの思想・運動に貢献してきたのが、新自由主義・新古典派経済学であると私は考えている。
 私はこのように見ているので、新自由主義・新古典派経済学に破壊的ニヒリズムを見る丹羽氏の視線は、的外れだと考える。丹羽氏は新自由主義・新古典派を批判する際、彼らの背後に存在する米欧の巨大国際金融資本の存在を指摘しない。私は、ここに丹羽氏の限界の一つを見る。丹羽氏は、「反ケインズ主義」というだけで、米国政府や米欧の支配集団を直接批判しないのである。ページの頭へ

 

 

第2章 日本経済の根本的な問題点

 

(1)デフレとデフレ・ギャップ

 

●デフレとは何か

 丹羽氏は、早くからわが国の経済状況をデフレととらえ、デフレからの根本的な脱却策を提言してきた。第2部ではその脱デフレ理論の詳細を確認するとともに、わが国経済の1970年代以降の展開に対する丹羽氏の見解を検討したい。
 デフレとは、簡単に言うと、継続的に物価が下落することである。代表的な物価指数のうち、名目GDPを実質GDPで割ることで求められる指数を、GDPデフレーターという。GDPデフレーターが前期比でマイナスが続いている状態が、デフレである。
 もともとデフレーションという言葉は「収縮する」という意味であり、物価が下落しながら、経済が収縮していく現象である。
 商品の価格が低下すると、生産者の利益が減り、賃金が低下する。雇用状況が悪化し、失業者が増える。それによって、賃金はさらに低下する。物価の下落以上に、可処分所得が減ると、家計の購買力が低下する。商品は売れなくなり、生産者はさらに価格を引き下げる。物価が下落すると、貨幣の価値は上昇する。資産の価値が下がり続けると予想する者は、土地・住宅等の購入を控える。企業は投資を控える。金利は0%より下がらないから、実質金利が高止まりし、債務負担が増す。投資より借金返済を優先する企業が増える。投資の縮小は総需要の減少となり、さらなる物価の下落をもたらす。こういう悪循環が進むことを、デフレ・スパイラルという。
 物価の下落が継続し、それにつれて景気が悪化し続けると、経済全体が縮小する。いったんこういう状態に陥ったら、抜け出すのは、容易でない。民間の投資が冷え込んでいるので、政府が大規模な財政出動をしない限り、デフレは脱却できない。
 平成のわが国は、第2次世界大戦後の世界で、ただ一国デフレに陥った。わが国のデフレは、需要不足、供給過剰によって起こっている。世界有数の生産力がありながら、需要不足が原因でデフレになっている。デフレの解決策は積極的な財政出動しかないのに、わが国の政府はそれを行わないのみか、公共投資を削減して、ますますデフレが悪化する政策を行っている。この点を明確に指摘し、デフレ脱却を優先する政策を説く代表的なエコノミストに、宍戸駿太郎氏菊池英博氏、田村秀男氏、中野剛志氏、三橋貴明氏らがいる。
 丹羽氏は、デフレ脱却を提唱する点では、先のエコノミストたちと共通している。違うのは、わが国のデフレの統計的なとらえ方と、独創的な解決策である。まず丹羽氏のデフレの定義から見ていこう。
 丹羽氏は次のように言う。「『デフレ』という経済用語は、かなり、意味があいまい」であるが、「従来からの最も一般的な慣行としては、『金融収縮や総需要の低下・低迷といったデフレーション過程にともなって発生した不況』という意味での『デフレ不況』を表す語として用いられてきた」。そして、「そのような『デフレ不況』の現象が生じているような場合には、必ずデフレ・ギャップが発生している」と言う。(「マクロ経済学という科学を捨てては重要国策の遂行は不可能」)
 デフレ・ギャップとは、丹羽氏によると、労働力と資本設備の総合的な完全雇用・完全操業の状態での生産能力として把握されたマクロ的な生産能力の上限という「天井」から見て、実質GDPの水準が総需要の不足によって、どれだけ下回っているかを示すものである。

 

●丹羽氏は巨大なデフレ・ギャップを指摘

 

 丹羽氏は、わが国経済におけるデフレ・ギャップの発生・累増状況を計測した主要な算定結果をグラフにして公表している。ここでは、拙稿「救国の秘策がある!〜丹羽春喜氏」に掲載したものと同じ、1970年から2008年までのグラフを掲載する。これを第1図とする。

 

<第1図>説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: http://www.niwa-haruki.com/image/graph_70-08.gif

第1図は、1970年を「完全雇用・完全操業」の状態とし、その状態を継続していた場合のGDPを線で表している。これが潜在GDPであり、低め、中くらい、高めの三本の線で表わされる。グラフの一番下の線は、実際のGDPの推移を表す。つまり実質GDPである。右端の2008年の場合、1990年価格評価で見ると、「中」のケースで、潜在GDPは979兆円であるのに対し、実質GDPは537兆円。つまり差し引き、442兆円もの富が実現されずに失われていることを意味する。これは、実現可能なGDPの約45%にもなる。丹羽氏はこうして失われた潜在実質GDPは、過去四半世紀のあいだに、6000兆円と推計している。厖大な損失である。

 巨大なデフレ・ギャップによって潜在実質GDPが失われた例は、過去にも存在する。丹羽氏は、1929年世界大恐慌後のアメリカを挙げる。
 「戦前の米国も、1930年代の大不況期の約10年間にわたって生じた巨大なデフレ・ギャップによって、1929年の年間実質GNP額の、あるいは、それとほぼ同水準にようやく回復しえた1930年代末ごろの年間実質GNP額の、5倍ないし10倍、不況が最も激しかった1933年ごろの年間実質GNP額との対比では、その7倍ないし14倍にも達するほどの合計額の潜在実質GNPを失ったのですから、上記の過去四半世紀(ないし30年間)のわが国で失われた潜在実質GDP総額の見積もり額は、けっして過大推計といったものではなく、むしろ、控え目な推計値であると考えられるべきでしょう」と言う。(「マクロ経済学という科学を捨てては重要国策の遂行は不可能」)
 ここで、GNP(国民総生産)とGDP(国内総生産)は、ともに減価償却額をも含めたグロス・タームでの国民所得額を示す類似概念であるから、両者の数値に大きな差異はない。事例の比較には、十分有効である。

●デフレ・ギャップと需給ギャップの違い

 

 ここで、重要なことは、丹羽氏のいうデフレ・ギャップと需給ギャップの違いを理解することである。

 次に、丹羽氏による別の図を示す。この図、後で示す表、及びこれらに関する解説は、主に、平成19年(2007)6月発表のマクロ経済学という科学を捨てては重要国策の遂行は不可能」に拠っている。

 

<第2図>

 

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上記の第2図は、マクロ経済学で45度線分析と言われるグラフを応用したものである。45度線分析は、縦軸に総需要、横軸に国民所得を取って、総需要が国民所得を決定することを表す。第2図は、縦軸に総支出(需要)、横軸に総生産(供給)を取って、ケインジアン・クロス点とデフレ・ギャップを示している。
 この図について、丹羽氏は「近年のわが国では、経済が、ほぼ、マクロ均衡点(ケインジアン・クロス点)に在るため、需給が均衡しており、需給ギャップは無いと言ってもよい」。完全雇用・完全操業の場合の総生産を表す「Y(頭にー)」と、現実の総生産を表す「Y0」との間に距離がある。これが、ある年次でのデフレ・ギャップを表す。丹羽氏は、我が国経済におけるデフレ・ギャップは先に揚げた第1図に見るように、「1970年代の後半より現在まで、長期的かつ厖大に、発生・累増してきている」と解説する。
 第2図が表していることを、より具体的に言うと、次のようになる。
 「近年ならびに現在のわが国の経済においては、GDPに占める在庫変動額のウェートが0.1〜0.4パーセントにすぎず、ネグリジブル(註 無視できるほどわずか)である」。つまり、「需給がみごとに均衡しており、ミス・マッチなども、ほとんど生じてはいない」。すなわち、「現在、わが国の企業は、需要の変動に対応して、きわめて敏速・的確に諸商品を生産・供給しえている」。「この意味で、わが国の市場メカニズムは、きわめて優れたパーフォーマンスを示してきている」。わが国の経済は、「ほぼ完璧な需給均衡の状態」にあり、「まさに、『ケインジアン・クロス点』に位置している」。したがって、「需給ギャップはゼロと見なしてよい」。しかし、「総需要の水準が低すぎるために、このケインジアン・クロス点それ自体は、完全雇用・完全操業に対応した潜在GDPの可能上限という『天井』から見れば、ずっと低い水準のところにあり、したがって、巨大なデフレ・ギャップが発生し、居座っているわけである」。このように丹羽氏は述べている。(「日経NEEDSモデル ( MACROQ60 ) の問題点」)
 エコノミストの中には、デフレ・ギャップ(GDPギャップ)と需給ギャップを混同したり、確かな統計データに拠らずに政府の発表を鵜呑みにしてデフレ・ギャップを語る人が多いので、注意を要する。デフレ・ギャップの理解が違えば、出てくる政策も異なる。所見を誤れば、処方は効果がないか、下手をすれば逆効果となる。

註 上記の図を参照するのがわずらわしく、また分かりにくく感じる人は、マイブログをお読み下さい。図入りの同文を掲載しています。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110706

 

(2)デフレ下で取るべき経済政策

 

●デフレ下でGDPを伸ばすにはケインズ政策を

 

 わが国が、デフレを脱却するため、実質GDPを伸ばし、デフレ・ギャップを小さくしていくにはどうすればよいか。丹羽氏は、ケインズ的な総需要管理政策を行えばよいと説く。そして、過去のデータをもとに、その政策効果は確実であることを示す。

 ここで丹羽氏の作成した表を掲げる。

 

<付表>

 

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http://www.niwa-haruki.com/p012.html

 

この「付表」は、わが国の経済について、1970年より2005年までの期間をとって、それを全体として眺めたり、幾つかの期間に区切って観察したりしたものである。

表におけるGDPと自生的有効需要支出は、ともに実質値である。自生的有効需要支出とは、@民間投資支出額(国内実物投資)、A純輸出額(財貨・サービスの輸出超過額)、B政府支出額(中央政府に地方自治体をも含めた一般政府による公共投資および政府消費)というGDP勘定に計上されている3つの最終有効需要項目の支出額を合計した指標である。また、有効需要支出とは、「生産された財貨・サービスを実際に買う支出」という意味である」。それゆえ、株式やデリバティブなどの金融資産の購入額や、土地の購入額は算入されない。

 さて、丹羽氏は、表の全体、あるいは、幾つかの期間に区切った場合のその何れにおいても、「自生的有効需要支出額の伸び率とGDPの伸び率とが、おどろくほどピッタリと一致している」と指摘する。これは「現在のわが国の経済においては、トータルとしての自生的有効需要支出額の年々の額を増やしていきさえすれば、それと比例的にGDPをもきわめて確実に増やしていくことができる」ということを意味する。自生的有効需要支出額の中では「政府支出額」が大きなシェアを占めている。それゆえ、政府は「政府支出額を適宜に増減させることによって自生的有効需要支出額をコントロールすることができる」。したがって、「政府はGDPの成長をもコントロールすることができるはず」である、と丹羽氏は言う。(「マクロ経済学という科学を捨てては重要国策の遂行は不可能」)
 丹羽氏は、平成21年(2009)刊行の『政府貨幣特権を発動せよ。』でも、同じ表を使って次のように述べる。
 わが国の1970年から2005年の期間では、「GDPの伸び率に比べて、政府支出の伸び率のほうが低いことが通例であった」「つまり、政府支出に肥大化傾向などは見られない」。そして、「自生的需要支出額の伸び率と、GDPの伸び率とが、驚くほど、ぴったりと、よく近似・合致している」。それゆえ、「平成不況は『構造不況』などではなく、ただ単に、トータルとしての自生的有効需要支出額が低迷してきたという需要要因によってのみ生じた不況であったにすぎない」と。データに基づくこの認識が重要である。
 丹羽氏は、さらに次のように説く。1970年から2005年の間のGDPと自生的有効需要支出の伸び率比較が示しているのは、「たとえば5年なり10年なりの間に、自生的有効需要支出額が(略)仮に1.5倍、あるいは2.0倍に伸ばされたとすれば、GDPの年額も、同じ時期に、同じく1.5倍あるいは2.0倍前後の成長することが確実である」ということである。「ケインズ的な有効需要の原理による確固としたプロセスを用いれば、わが国の経済は、輝かしい繁栄と力強い成長を、簡単かつ容易に実現しうる」と。
 わが国の経済には、巨大なデフレ・ギャップが存在する。逆に「インフレ・ギャップ発生の心配がほとんどない」。こうした特別な状況ゆえ、わが国は「事実上、どんなにでも経済を成長させることができる。すなわち、自生的有効需要支出のマクロ的トータルを、財政政策などで大幅に増大させることによって、GDPを高度成長させればよいのである。近年のわが国では、自生的有効需要支出の約5割というシェアを一般政府支出が占めているのであるから、政府の決意次第でこのことは、十分に実行可能なはずである」。丹羽氏は、このように説く。
 そして、「わが政府にやる気さえあれば、自生的有効需要支出のトータルの額をどんどん伸ばして、GDPも力強く高度成長させていくといったことは、金融の世界的な危機や原油価格の乱高下といった撹乱要因がどんなにあったところで、いくらでもできることなのである。現下の全世界的な金融大混乱を乗り切る経済政策の極意は、まさに、これであり、またこれのみなのである。そして、わが国の興廃がかけられ、緊急の実行を迫られている重要諸国策も、そのような経済運営によってのみ、達成しうるのである」と丹羽氏は主張する。
 「全世界的な金融大混乱」とは、リーマン・ショック後の事態である。そして、ここで実行すべき経済政策こそ、「救国の秘策」なのだと丹羽氏は主張するのである。

(3)政府によるデフレ・ギャップの隠蔽

 

●旧経済企画庁・現内閣府のデータの問題点を暴露

 丹羽氏は、1990年代から一貫して、旧経済企画庁・現内閣府の発表するデータの誤りを指弾してきた。拙稿「救国の秘策がある!」に概略を書いたが、丹羽氏は精密な計算によって、わが国政府が発表する経済データの欺瞞を見破った旧経企庁・現内閣府は、正しいコンセプトでのデフレ・ギャップ(GDPギャップ)の計測を怠り、実情を隠してきた。まったく違うデータを作って、国民を欺いている、と丹羽氏は告発する。
 イギリスの政治家ベンジャミン・ディズレーリは言った。「世の中には3つの嘘がある。一つは嘘、次に大嘘。そして統計である」と。統計の全部がウソではないが、時に巧妙なトリックが仕掛けられていることがある。うのみにしてはならない。
 さて、丹羽氏は、月刊『正論』平成23年(2011)6月号の対談「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」で、次のように語っている。「内閣府の出す数字を僕は信用していません。内閣府が2月下旬に、現在の日本経済におけるデフレ・ギャップを発表しました。それがなんとたったの3.8%なんです。ということは資本設備と労働力と合わせて96.2%で稼動しているということになる。本当にそうなら、ものすごく景気のいい状態ですよ。あの高度経済時代でも5%や6%のデフレ・ギャップはあったです。日本経済はバブルが弾けてずっと停滞が続き、サブプライム・ローン不況やリーマン・ブラザーズ暴落が追い打ちをかけた。こういうひどい状況の中でデフレ・ギャップが3.8%ということはありえません」と。
 旧経企庁・現内閣府によるデータは、何が問題なのか。詳しく見ていこう。今まで内閣府が発表するデータに疑問を感じなかった人は、丹羽氏の所論を塾読・検討なされたい。
 丹羽氏は、平成19年(2007)9月に出した論文「内閣府の『需給ギャップ』推計値は、誤りと欺瞞の極致だ!」で、旧経企庁・現内閣府の姿勢を厳しく批判している。
 丹羽氏は、1960年代、70年代には、旧経企庁は、「オーソドックスかつ妥当なコンセプトでのデフレ・ギャップを推計し、当時の『経済白書』の各年次版などでそれを示していた」と言う。つまり、まともな時代があったのである。
 しかし、1990年代の平成不況の時期に入ってから、旧経企庁は、おかしなデータを出すようになった。すなわち、「慢性的に低迷を続ける状況となった実質GDPの実際値それ自体のでこぼこをならした平均的な趨勢値を算定し、そのような平均的な趨勢値からの年々の実質GDP実際値の偏差を『GDPギャップ』(デフレ・ギャップ)だと称して『経済白書』などに示すというやり方をするようになった」のである。「このような小幅の偏差を『GDPギャップ』(デフレ・ギャップ)と見なすなどということは、絶対に行なってはならないはず」なのだが、「旧経済企画庁は、そのような誤ったやり方を、あえて行なっていた」と丹羽氏は言う。
 そのため、「1990年代に入ってからの『経済白書』各年次版では、平成不況の深刻・激烈な状況が現実であったにもかかわらず、デフレ・ギャップ(GDPギャップ)の発生がきわめてわずかであったとされ、90年代のわが国の経済では『不況などは生じていなかった』かのごとく見えるような、現実離れのミス・リーディングな数値が、示され続けてきた」のである。丹羽氏は、多数の著作を通じて、このことを痛烈に批判してきた。
 平成13年(2001)に、旧経済企画庁を吸収して内閣府が発足した。内閣府は、同年12月に出した『経済財政白書』(平成13年版)で、「『GDPギャップ』(デフレ・ギャップ)の算定方法における、一見、重要な変更と思われること」を行い、「それが、以後の同白書の各年次版でも踏襲されることになった」と丹羽氏は指摘する。
 その変更とは、「それまでの、平均的な趨勢値からの実質GDPの実際値の偏差を測るのではなく、潜在的な実質GDPの水準から見て、実際の実質GDPの水準がどれだけ離れているかを計測することに、改められた」。この場合、「潜在的な実質GDPは、建て前としては、企業が資本設備を遊休させないで過不足なく稼動させ、労働力も完全雇用の状態(求人と求職のミス・マッチによる摩擦的失業を除けば)となったときに達成されうるはずの、実質GDP水準であると定義された」と丹羽氏は解説する。
 ということは、内閣府に変わったことで、旧経済企画庁のデータの誤りが是正され、丹羽氏の主張が採用されたということだろうか。さにあらず。
「実のところは、平成13年から上記のような計測方法の変更がなされたはずであったにもかかわらず、それ以降、現在まで、内閣府による『GDPギャップ』(デフレ・ギャップ)の推定値は、平成12年までの旧経済企画庁によって示されていた算定結果と、ほとんど同じ数値系列として続いてきている」と丹羽氏は言う。これは、実におかしなことではないか。
 そのため、丹羽氏の計算によれば、1970年代から拡大してきたデフレ・ギャップは、平成不況になってから「飛躍的に巨大化」してきているのに、旧経企庁のデータでも現内閣府のデータでも、その実態が示されないのである。

 

●官僚による意図的な数値の操作

 内閣府は、平成13年(2001)にGDPギャップ(デフレ・ギャップ)の算定方法を変更した。それにもかかわらず、それ以前の算定結果とほとんど同じ数値が示されている。一体、どこに原因があるのだろうか。
 丹羽氏が「綿密に吟味」してみたところ、内閣府によるこのようなミス・リーディングな計算は、主として3つの問題点に由来していることが判明した。

(1)経済の不況・低迷による失業がきわめて僅かしか発生してこなかったとする誤った失業率の数値を捻出(数式の誤りも含む)して用いていること、
(2)企業資本設備の「遊休を生じさせずに可能な過不足ない潜在的稼働率」を算定して用いるべきはずのところを、逆に、「平成不況期」に入ってからのきわめて低い値で持続してきた実際の稼働率の平均値に近い数字を使用してきたこと、
そして、
(3)労働力と企業資本設備という2つの本源的生産要素の潜在的投入量を加重幾何平均でアグリゲート(合算統合)するときのウェートとなるべき「労働と資本への分配率」を、GDP勘定に内含されている正しい数字とは大きく食い違った別の数字に換えてしまっていること

という3つである。
 これらの3点は、「問題点(欠陥)」というより、意図的な数値の操作と見るべきだろう。内閣府は、GDPギャップ(デフレ・ギャップ)の算定方法を変更しても、旧経企庁が出していたおかしなデータと、同じ結果が出るように、数値を操作し、旧経企庁官僚の誤りを隠すとともに、現実に存在する真の意味のデフレ・ギャップをも隠そうとしているのだろう。

●わが国経済の実態を隠す隠蔽・秘匿が行われている

 丹羽氏によると、1970年(昭和45年)の『経済白書』においては、わが国の経済社会では、労働力はほぼ完全雇用であり、94.5パーセントの操業率だった。すなわち、デフレ・ギャップはわずか5.5パーセントだった。当時の状況は、内閣府が「建て前として想定」したように、労働力は完全雇用、企業資本設備も遊休の無い過不足なき高稼動という条件に、十分に近似していたと考えることができる。
 そこで、丹羽氏はこの1970年を起点として、わが国の経済の実態を、独自に、統計的に明らかにしたのである。
 丹羽氏は、次のように述べる。
 「総務省(旧総理府)統計局および内閣府(および旧経済企画庁)による公表統計数字によると、その1970年からバブル期ピークの1990年(平成2年)までに、わが国の労働力人口は1.24倍に、そして、企業資本設備の総量(廃棄設備は控除)は4.89倍に増加した。さらに、この1990年から本年(2007年、平成19年)の初頭までの期間に、労働力人口が1.04倍、企業資本設備の総量が1.8倍に増加している。したがって、1970年から本年初頭までの全期間では、労働力人口が1.29倍、企業資本設備の総量が8.8倍に増加したと推計されているわけである」と。
 しかし、実際は巨大なデフレ・ギャップがますます拡大してきたというのが、丹羽氏のグラフ(第1図)の示すところである。この間、バブル期は高度経済成長期以後、最も景気がよかったと一般には考えられているのだが、丹羽氏は次のように言う。
 「バブル期(1988〜90年)には、マネー・ゲームこそ盛行をきわめてはいたが、実体経済の景況は、いま一つといったところであった」「デフレ・ギャップは、バブル期においても、その規模があまり縮小しなかった」「拡大・累増のテンポが多少おさえられた程度であった」と。
 デフレ・ギャップ(GDPギャップ)のグラフでも、この期間は前後の期間とそう変わっていない。そしてバブルの崩壊後、「平成不況期に入ってからは、デフレ・ギャップの規模は、飛躍的に巨大化するにいたって、現在にいたっている」と言うのである。
 「まことに遺憾なことに、旧経済企画庁も現内閣府も、こういった実情をありのままに計測することを怠り、さらには、それを隠蔽・秘匿しようとさえしているかのようなスタンスをとってきている」と丹羽氏は指摘する。
 旧経企庁・現内閣府の発表するデータは、大東亜戦争の時の大本営発表を連想させる。大本営は、政府が誤った戦争を開始したことを認めず、実態とかけ離れた戦果を捏造して、国民に誤った情報を流し続けた。マスメディアもこれに加担した。敗戦後、わが国民はこの経験を教訓としているが、メディアが発達し、情報公開が進んでいるこの平成の時代においても、政府による情報操作・世論誘導が、行われているのである。素人を欺く統計の詐術が駆使されていると言ってよいだろう。

 

●旧大蔵省・現財務省の失政を隠すための協同か

 

 さて、どうして旧経企庁・現内閣府は、こういう欺瞞的なことをするのだろうか。丹羽氏は、「反ケインズ主義のイデオロギー」によるものだとする。では、そのイデオロギーは、何を目指すものか。

 反ケインズ主義の二大潮流は、マルクス主義と新自由主義・新古典派経済学である。丹羽氏は、マルクス主義を「歴史主義的決定論ニヒリズム」だという。また新自由主義・新古典派経済学も「決定論的ニヒリズム」であり「破壊主義ニヒリズム」だと言う。私はこの見方は当たっていないと思う。マルクス主義は共産主義社会を目指す思想であり、新自由主義・新古典派経済学の背後にあるのは、グローバリズムである。前者は共産党による世界支配を目指し、後者は巨大国際金融資本による地球統一支配を目指す。その目標のもとにそれぞれ反ケインズ主義の姿勢を取っているのである。私はこのような観点から、旧経企庁・現内閣府の欺瞞的なデータの作成は、「反ケインズ主義のイデオロギー」でもニヒリズムでもなく、別の目的があると考える。

 私は、旧経企庁・現内閣府が欺瞞的なデータ作成を単独でやっているのではなく、彼ら国家官僚の中心に旧大蔵省・現財務省があると推測する。そして、旧大蔵省・現財務省の官僚が政治家を動かして行った失政を隠すために、旧経企庁・現内閣府の官僚が協同で、欺瞞的なデータを作成していると考える。橋本龍太郎内閣以後の旧大蔵省・現財務省の失政については、菊池英博氏が徹底的な解明と追及を行っている。橋本首相は、旧大蔵・現財務官僚の粗債務による財政危機論を真に受けて、緊縮財政と消費増税を行った。そのため、わが国はデフレに陥った。菊池氏が告発するように、旧大蔵・現財務官僚はこの失敗の責任を認めず、国民に謝罪していない。私は、旧経企庁・現内閣府の作為的なデータは、旧大蔵・現財務官僚の責任をごまかし、ひいては国家官僚集団の無責任体制と国富への寄生を維持することを目的とするものではないかと思量する。

 共産主義やグローバリズムに当たるような戦略的な思想は、そこにはない。しいていえば、利己主義である。国家組織を私物化して私利私欲を追及する官僚の利己主義である。それを背後から日本支配のために利用しているのが、米欧の支配集団だろう。丹羽氏による旧経企庁・現内閣府への批判と、菊池氏による旧大蔵省・現財務省への批判は、別個に行われているが、私は上記のようにこれを一本化するべきだと思う。

 

●部分が全体を破壊する利己主義

 

 マックス・ウェーバーは、近代社会における合理化の進展の中で、官僚制が発達し、官僚は「精神なき専門人」になると予想した。彼の言う「官僚」とは、国の役人という意味ではない。訳語に「官」という文字が入っているのでややこしいが、国家・企業・団体の経営に携る知識人のことをいう。知識人が官僚化して、国家・社会・企業を経営・管理すると同時に、知識人自身が巨大な官僚組織のなかで専門化され、拘束される。人間性が細分化される。そこにウェーバーは、現代人の運命を見た。

 確かに一面においてウェーバーが洞察した通りだが、その官僚的知識人は、自らの知識や技術を社会や国家の全体のためよりも、自己の集団の利益のために使うようになった。そこに、官僚制の腐敗があると私は思う。ここにいう官僚制は、国家官僚集団だけでなく、所有者集団や経営者集団が組織する広義の官僚制である。

 全体の中で部分が部分自体のために行動し、全体を支配しようとする。その結果、部分によって全体が破壊されていく。この破壊作用が、丹羽氏にはニヒリズムと見えるのだろう。こうした部分とは、人体に例えれば、ガン細胞のようなものである。正常な細胞が、ガン化する。ガン細胞の塊は、一個の集団として増殖する。社会において、このガン細胞に似た行動を取っているのが、中国の共産党であり、アメリカの巨大国際金融資本であり、日本の国家官僚である。部分が、栄養と活力ならぬ、富と権力を占有し、全体の維持と繁栄よりもよりも部分自体のために、富と権力を用いる。その点が、これらに共通する。共産主義国家も自由主義国家も官僚主義国家も、支配的な集団は、同じ行動原理ないし同じ欲望によって動いていると見ることができると私は思う。

 わが国の国家官僚に対して、厳しい意見を書いたが、国家官僚の中にも、志高く、国を憂え、誠意をもって国政に献身している人たちはいる。中でも世界的なエコノミストである宍戸駿太郎氏は、元経済企画庁の官僚だが、旧経企庁のデータの欺瞞を暴く丹羽氏が平成11年に刊行した『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』に推薦文を寄せている。また、同年に、丹羽氏が小渕首相に「建白書」を出した際には、提出者の一人となっている。大蔵省・財務省・通産省等の官僚だったが、政治家となって、日本の政治を変えようと国政に携わっている人たちもいる。最近では、経済産業省の官僚でありながら、京都大学の教職に就き、政府・経済産業省の政策を批判している中野剛志氏、同じく公務員制度改革を急務と訴える古賀茂明氏のような人士もいる。それゆえ、私が言いたいのは、すべての国家官僚は、ということではなく、その多くは、という主旨である。

 

●経済と道徳の一体化〜物心調和の発展のために

 共産主義国家も自由主義国家も官僚主義国家も、支配的な集団は、同じ行動原理ないし同じ欲望によって動いている。部分が富と権力を占有し、全体の維持と繁栄よりもよりも部分自体のために、富と権力を使う。ここにこそ改革の手を入れなければならない。
 重要なことは、社会経済体制のいかんにかかわらず、人間の精神的な向上が必要だということである。知識の量が多く、その質が高くなるほど、それを用いる人間には、高い道徳性が求められる。経済と道徳は別の課題ではない。社会の継続的かつ調和ある発展のためには、経済と道徳がともに向上しなければならない。
 丹羽氏は、ケインズ革命によって人類文明は飛躍的な発展を遂げることができると説くが、ケインズにとって経済学は手段だった。ケインズは、資本主義の効率性を評価してはいたが、資本主義を賛美してはいなかった。ケインズにとって富の追求は、それ自体が目的ではなく、「良い生活」を実現するための手段だった。「良い生活」とは「賢明に、快適に、裕福に」暮らす生活である、とケインズは考えた。ケインズは、自分の孫の世代の時代である100年後には経済問題が解決し、人々は病的な「貨幣愛」を捨てて、余暇を増やし、効用より善を選び、「野の百合」のような生活をするようになる、という未来像を持っていた。
 ケインズは、資本主義を否定せず、物質的な豊かさを追求することを否定しない。物質的な豊かさを達成してこそ、精神的な豊かさを実現できると考えた。現在、人類は重要物資の不足により、資源・水・食糧等の争奪を繰り広げることになることが確実な状態にある。人類の生存と発展のため、ケインズの英知を再発見し、道徳をもって経済学を基礎づけ直す必要がある。
 丹羽氏は、日本においてケインズ革命を完成すれば、経済的な発展がなされるとともに道徳的な向上が実現することを予想している。例えば、小渕恵三首相に宛てた「建白書」では、大意次のように説いている。
 「正統的かつ真正のケインズ的内需拡大政策が実施された場合には、わが国の経済が輝かしい興隆の軌道に乗り、しかも、物価の安定もそれにともなわれることが確実です。(略)そのような形で、従来の『豊饒の中の貧困』の矛盾を無為・無策に放置して人心を倦ましめてきたような政治のモラル・ハザード的状況からの脱却がはたされれば、わが国民のモラール(士気、意気)が高まり、わが国は、まさしく、明治維新の大憲章『五箇条の御誓文』にかかげられた『上下心を一にして盛んに経綸を行なう』ような国になるはずです。そうなれば、当然、わが国民のモラル(道徳、倫理)も向上し、わが国は全世界の模範となりえましょう」と。
 経済発展は、物質的繁栄だけを目的とするのではなく、それを基盤とした社会全体の道徳的向上を目的とするものでなければならない。後者を欠くならば、単に人間の欲望の解放を、際限なく追及するものとなる。その欲望を制御し、人間に内在するより高次の欲求に向けるものがなければ、経済学は人間を物質的欲求に縛り付けるだけのものになる。経済と道徳の一体化が必要である。
 私が経済と道徳の一体化を説くと、経済学に道徳を持ち込むことに反対する人がいる。特に経済学を専攻した人に多い。彼らは、アダム・スミスに始まる近代経済学を継承しているつもりのようだが、アダム・スミス自身は、経済と道徳を一体のものとして思考した。経済と道徳の一体化に反対する人たちは、近代経済学の祖とされるスミスの思想と理論にどの程度、関心を持っているのだろうか。

 

●アダム・スミスからケインズへと続く流れ

 アダム・スミスは『国富論』(1776年)を書く前に、大学で道徳哲学を講じていた。その講義をまとめて出版したのが、『道徳感情論』(1759年)である。スミスは『道徳感情論』において、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の「共感(sympathy)」が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の「共感」が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、と説いた。
 『国富論』は、この道徳論を基に書かれている。スミスは、「見えざる手」に導かれて、市場の秩序が維持されると説いた。これは、人々が互いに「共感」を呼ぶ行動を行う場合のことである。もし人々が利己的一辺倒の行動を取るならば、市場は混乱を免れない、と予測した。
 スミスは『道徳感情論』と『国富論』を刊行後、それぞれ死の直前まで繰り返し改訂した。これらは、社会の秩序と繁栄に関するスミスの思想を表した一連の書物である。これらの著書において、スミスは相互共感にく市民社会を構想した。そこには、経済と道徳を一体のものと考える思想が貫いている。
 だが、スミス以後の経済学は、合理的に行動するアトム的な個人を仮定した理論を構築した。こうした人間像を「経済人(エコノミック・マン)」という。ケインズの師・マーシャルは、経済人を「なんらの倫理的な影響を受けず、金銭上の利益を細心かつ精力的に、だが非情かつ利己的に追求しようとする人間」と定義した。これに対し、マ−シャルは人間をアトム的な個人ではなく社会的な関係の中にある存在と理解した。そして、イギリス伝統の騎士道精神を重んじ、騎士道精神を核とする経済倫理を以って、国民国家(ネイション)の維持・発展を目指した。マーシャルの経済学の根底には、倫理学があった。「マーシャルは倫理学を通じて経済学に行き着いたと繰り返し語っており、私は何よりもこの点でマーシャルの弟子だと考えている」とケインズは語っている。

●わが国における経済と道徳を一体とする伝統

 ケインズは、経済学を道徳科学と考えた。いわば倫理学を根底に置いた社会科学である。この考えは、アダム・スミスからマーシャルに続く伝統を受け継ぐものだったと言える。丹羽氏は、この点をどの程度理解しているか、著書に直接的な記述は見当たらない。だが、丹羽氏はケインズ革命によって「わが国民のモラール(士気、意気)」が高まり、わが国は、「明治維新の大憲章『五箇の御誓文』にかかげられた『上下心を一にして盛んに経綸を行なう』ような国」になる。そうなれば、「わが国民のモラル(道徳、倫理)も向上」し、「わが国は全世界の模範」となりえようと、道徳的なビジョンを示している。
 私は、丹羽氏の主張に、横井小楠・由利公正に連なる日本の精神的伝統を見出す。小楠は、勝海舟が西郷隆盛と双璧と称えた幕末・維新の巨人である。小楠は、新しい日本の方針として、富国強兵を実現し、大義を世界に広めることを掲げた。坂本龍馬は小楠の思想に敬服し、小楠とその弟子・由利公正とともに、一夜を語り明かした。龍馬は、由利の手腕を買い、新政府の財政担当に推した。由利は、丹羽氏の政府貨幣の先例となる太政官札を創案し、新政府の財源を確保した。また由利は、小楠・龍馬それぞれの国家構想を踏まえて、「五箇条の御誓文」を起草した。その草案の一項に、「士民心を一つに盛んに経綸を行ふを要す」とある。これが、丹羽氏の引く「上下心を一にして盛んに経綸を行なうべし」に発展した。「五箇条の御誓文」は、近代日本のデモクラシーとナショナリズムの起点となった。この点は、後に太政官札の項目で改めて書く。
 私たち日本人は、アダム・スミスからケインズにいたる西欧の伝統に学ぶだけでなく、わが国における経済と道徳を一体とする伝統を自覚し、継承・発展させるべきだろう。その伝統とは、小楠や由利だけでなく、上杉鷹山、二宮尊徳、そして渋沢栄一らを生んだ伝統である。

関連掲示
・アダム・スミスからケインズへと続く伝統については、拙稿「日本復活へのケインズ再考」第3章「ケインズの思想」をご参照下さい。
・横井小楠・由利公正については、項目「その1)」の下記の拙稿をご参照ください。
 目次から
  09「大義を世界に〜横井小楠」
  10「国是を示し経綸を為す〜由利公正」

 

●自己実現・自己超越を相互的に実現する社会へ

 経済と道徳の一体化に関連して、私見を述べたい。私は次のように考える。人間は誕生後、まず主に肉体的に成長する。そして肉体が一定段階まで成長すると、精神的な成長に重点が移る。肉体的な成長はこの精神的な成長のための基盤の形成であり、それ自体が目的ではない。肉体の成長には限界がある。だが、精神の成長には限界がない。知恵や徳性や霊性は、限りなく向上を続けることが可能である。
 私は、個人におけるこのような心身の成長の過程と、社会における発展の過程は、相似していると考える。社会における物質的発展は、個人における肉体的成長に対比される。物質面の成長は、その後の精神面の成長のための基盤の形成にすぎない。
 トランスパーソナル心理学の祖の一人、アブラハム・マズローは、人間の欲求は、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求という階層的な発展性を持っていることを明らかにした。
 生理的な欲求や安全性の欲求が満たされると、愛されたいという欲求や自己を評価されたいという欲求を抱くようになり、それも満たされると自己実現の欲求が芽生えてくるというのである。自己実現こそ人生の最高の目的であり、最高の価値であるとマズローは説く。そして、人間が最も人間的である所以とは、自己実現を求める願望にあるという。自己実現は、さらに自己超越という欲求へと高次化するとも説いた。
 マズローによると、高次の欲求は、低次の欲求と同じく、人間の中に本能的に内在している。ただし、自己実現の欲求は、他の欲求が満足させられたからといって必ずしも発展するとは限らない。食欲・性欲や名誉欲など、下位の欲求の段階でとまっている人が多いからである。唯物論的な共産主義や強欲資本主義は、こうした下位の欲求を最大限に追及するものである。その限界は、歴史が明らかにしている。
 自己実現・自己超越は、個人個人がその欲求を発し、自ら目指すものだが、それだけにとどまらない。人々は互いに自己実現・自己超越を促し合い、精神的に高め合うことができる。それが可能になる社会の状態を、マズローは「サイナジック」(synergic)と呼んだ。「サイナジック」は、協同的・相互扶助的という意味である。文明化した社会では、この共同性が失われつつあり、近代化した西欧社会では喪失が著しい。その回復が、現代社会の課題である。現代社会における経済発展は、単に生理的欲求や安全の欲求を満たすことに留まらず、人々のより高次の欲求の追及を社会的に可能にするものでなければならない。そこに、経済と道徳の一体化という課題がある。経済発展によってサイナジックな社会を実現し、物心調和の文明を建設するところに、経済学の真の目的を置くべきである。
 丹羽氏は、先に引用したように、ケインズ革命によって、日本が「『五箇の御誓文』にかかげられた『上下心を一にして盛んに経綸を行なう』ような国」になるというビジョンを述べてはいるが、私の考える経済学の真の目的を提示していない。
 旧経企庁・現内閣府の官僚の問題に関することから話が広がったが、わが国は明治維新以後、今日では、「『五箇の御誓文』にかかげられた『上下心を一にして盛んに経綸を行なう』ような国」とはかけ離れた国になっている。心が一つでなく、精神的に分裂・対立している。日本の復興のためには、日本人の精神的な建て直しが急務である。それには、国民の意識改革が必要であり、国民が国家指導層に意識改革を迫るものとならなければいけない。

関連掲示
・拙稿「人間には自己実現・自己超越の欲求が〜マズローとトランスパーソナル学
 目次から06へ

 

(4)歴代政権の経済政策を徹底批判

 

●1970年からのわが国の経済政策


 丹羽氏は、平成不況がどうして深刻化したかについて独自の分析をしている。丹羽氏は、拙稿「救国の秘策がある!」で詳しく紹介したように、平成10年(1998)から時の小渕・小泉・安倍の各政権に、積極的に政策提言を行ってきた。その提言の中で、丹羽氏は1970年代からのわが国の経済政策を批判している。それを概観しよう。
 平成10年に小渕首相に提出した「政策要求書」の「詳論」において、丹羽氏は、次のように問うた。
 「なぜ、わが国経済の不況がこれほどまでに深刻化し、かくも悪性の危機的な窮迫状況をもたらすまでに立ち至ったのか?」
 丹羽氏は、わが国の不況の起点を山家悠紀夫氏・菊池英博氏のように橋本政権時代とするのではなく、1970年代前半からだとする。当時からマクロ的に総需要の不足が続いてデフレ・ギャップが発生・累増してきていた。それは「昭和50年代の後半から、政府の誘導もあって、反ケインズ主義による社会的マインド・コントロール状況が形成され、不況克服の特効薬『ケインズ政策』の発動が封止されてきたから」だと言う。「ケインズ的なマクロ的総需要管理政策、とくに財政政策の発動が、社会的にタブーとされてしまった以上、ひとたび不況が発生し、しかも、それが市場メカニズムの自立的回復機能の臨界限度を踏み越える(すなわち「流動性のわな」現象が発現する)どの激しさに達したとなれば、不況のとめどない深刻化は、必至であった」。その不況が平成元年に起こった。
 菊池氏によると、バブルの崩壊によって、わが国の経済は、大打撃を受けた。1990年代はそこからの回復の過程だった。ようやく回復の兆しを示していた平成8年(1996)橋本龍太郎氏が総理大臣になった。橋本内閣は、粗債務だけを示す大蔵省の資料を鵜呑みにし、わが国は財政危機にあると判断した。そして、財政改革と称して「基礎的財政収支均衡策」を取り、増税を実行した。その結果、不況を招き、デフレに陥った。菊池氏は、今日まで続くデフレの原点は平成9年(1997)の緊縮財政であるとする。丹羽氏は、わが国の経済は、それ以前に、1970年代からデフレ・ギャップが発生・累増しており、それが平成不況の深刻さの根底にあることを統計的に明らかにしている。
 丹羽氏は、先の「政策要求書」や同時期の著作で、大意次のように言う。平成3年(1991年)に平成不況がはじまり、宮沢喜一内閣時代の平成4年(1992年)から数次にわたって合計数十兆円規模と称する「総合経済対策」が行われたが、その効果はほとんど現れなかった。このことをもって「ケインズ的政策が無効である証拠」とする見解が流布されているが、これは「きわめて悪質な思想謀略的デマゴーグ」である。平成3年から9年(1991〜1997)までの、政府支出(中央および地方)の実質額の伸び率は、平均年率2パーセント台にすぎない。「総合経済対策」なるものにおいて、有効需要支出へのネットの政策的追加額(いわゆる「真水」)が、各年度の本予算の伸びがいちじるしく抑制・削減されて大きな景気冷却効果がもたらされたことの差し引きで見れば、「事実上、マイナスでしかないような微々たるもの」とされてしまっていたからこそ、景気浮揚が成就されえなかったのである。
 民間投資支出の低迷を政府支出の増額で補って、この両者の合計額の実質伸び率を、たとえば平均年率5パーセント以上に維持するような政策運営が行なわれていれば、平成不況は起こらなかった。「総合経済対策」なるものは、リップ・サービスにすぎず、政府支出を必要なだけ増やして景気を回復させ、十分な経済成長率を維持しようとする政策運営は、ほとんど行なわれてこなかった。また、「そもそも、そのような考え方に基づく政策の策定そのものが、まったくなされていなかったと判定するほかはない。それは、反ケインズ主義の社会的マインド・コントロール強化をねらった策略の一環として、政府が、わが国民を騙してきたものと断ぜざるをえないのである」と当時、丹羽氏は主張した。

 

関連掲示

・拙稿「橋本=小泉構造改革を告発〜山家悠紀

 

●フロート制は「信賞必罰のシステム」

 わが国の不況には、世界的な為替通貨制度の影響もある。1973年に、世界は固定為替レート制度から変動為替相場制度(フロート制)に移行した。丹羽氏によると、フロート制の下で形成される為替レートには、「ハンディキャップ供与機能」がある。それによって、絶対的に生産性の高い先進工業国と絶対的に生産性の低い後進発展途上国の間でも、貿易が活発に行なわれ、国際分業が成立しうる。
 丹羽氏は平成18年(2006)に出した「安倍政権の政策担当マシーン諸氏へ」で大意次のように説く。
 フロート制のもとでは、財政・金融政策を行って、インフレ・ギャップやデフレ・ギャップを発生させないように適切な水準の総需要を確保し、完全雇用・完全操業という意味での「国内均衡」を保っていれば、フロート制の自動的な調整作用によって、為替レートを媒介として、貿易収支・国際収支の妥当な程度の「対外均衡」も、もたらされる。つまり、ケインズ的総需要管理政策を適切に実施していけば、あたかも、それに対する「褒賞」のごとく、経済の「国内均衡」と「対外均衡」とが、ともに達成される理想的な状態が自ずと実現可能となる。
 説明を加えると、完全雇用・完全操業に近いほど大幅に内需が拡大されれば、産業による「輸出ドライブ」が緩和され、また、わが国への外国産品の輸入が大きく伸び、為替レートは円安になる。そうなれば、対外競争力を大幅に回復することができ、産業の「空洞化」の危険は解消されるとも丹羽氏は言っている。
 しかし、丹羽氏によれば、ひとたび、マクロ的な経済政策の「かじ取り」を誤ると、事態は一変する。すなわち、ある国の政策当局が、国内的に総需要の確保を怠るか、それに失敗して、不況を発生させ、デフレ・ギャップを生じさせてしまうと、産業による「輸出ドライブ」が激化し、他方では輸入が減るため、その国の通貨が高騰して輸出も苦しくなる。日本であれば、円高の進行である。あたかも、失政に対する「罰」のごとく、為替レートによる「ハンディキャップの供与」も行なわれなくなり、不況が悪循環的に永続化することになってしまう。フロート制は「まさに『信賞必罰』のシステムなのである」と丹羽氏は言う。
 では、わが国では、どうだったか。丹羽氏は、次のように言う。
 「1970年代後半より現在まで、わが政策当局が、財政・金融政策によるケインズ流のマクロ的総需要管理政策を十分な規模でダイナミックに運営するという意欲を失ってしまってきたために、わが国の経済は、その実力を発揮することができなくなってしまっており、フロート制による厳しい『罰』を受けて、あたかもハンディキャップを剥奪されたままでコンペに出場させられたゴルフ・プレイヤーのごとく、永続的な不況・停滞と深刻な産業空洞化に苦しめられ続けてきているわけである。したがって、わが国の企業や産業が、それぞれに、どんなに合理化努力を傾注しても、その結果として、さらにいっそう厳しい円高による追い討ちを受けることにならざるをえなかったわけであり、まさに、賽の河原の苦しみが続いてきたのである」と。
 そのうえ、不況は政府の財政収入を落ちこませる。それに押されて、財政当局が増税と財政支出の緊縮につとめれば、総需要をいっそう減少させ、不況がますます激化するという悪循環が生じる。また、不況は、企業に諸種の「リストラ」努力を強いるが、それは、企業どうしが需要の削り合いを行なうことにほかならない。それもまた、不況、停滞、そして、経済衰退のプロセスをさらに悪化させるという悪循環をもたらす。経済学に言ういわゆる「合成の誤謬」である。

 

●日本経済は3つの悪循環に陥った

 丹羽氏は、わが国経済は、1970年代から3つの悪循環に陥ったのだと分析する。すなわち、

(1)
不況 → 円高 → 不況、
(2)
不況 → 財政破綻 → 緊縮財政と増税 → 不況、
(3)
不況 → 企業のリストラ → 需要の削り合い → 不況

の3つである。
 そしてこれら3つの悪循環は、「1970年代後半以降の30年間を通じて、きわめて明白に、そして、とりわけ1990年代以降の平成不況の時期に入ってからは極度に過酷に、日本経済を苦しめ、衰退に導いてきた」。しかも、「3つの悪循環は相乗作用を演じてきたのであるから、事態はきわめて重大であったと言わねばならない」と述べる。
 丹羽氏によると、フロート制への転換が行なわれた1973年を重要な契機として、翌年の1974年からわが国の経済においては総需要の伸びの不振からデフレ・ギャップが顕在化しはじめ、それは長年にわたって趨勢的に拡大の一途をたどってきた。
 ところが、わが国においては、「3つの悪循環を直視して、それからの有効な脱却の方途を策定するといった最重要なことが、ほとんど行なわれてこなかった」。「供給サイド構造改革、規制緩和、行革、税制見直し、等々、のミクロ経済的諸方策は、それら自体としてはなんらかの意味で必要なことであったと言いうるかもしれないとしても、肝心の、上記の3つの悪循環からわが国の経済を脱出させ、産業の衰退や空洞化を食い止めるという目的の達成のためには、むしろ有害であるか、まったく役に立たないか、せいぜいのところ、プラスの効果が若干はあるかもしれないとしても、それがきわめて不確実なものでしかなかった」と丹羽氏は言う。
 そして、丹羽氏は、3つの悪循環が、「疑いもなく、すべて、ケインズ的総需要管理政策の不在という同一の『需要サイド』の原因から生じている」と指摘する。そして、「そういった状況がもたらされてきたのは、フリードマンやルーカスを頭領とする、現代米国の新古典派を中心とする反ケインズ主義のグローバルな思想攻勢が、わが国の政策担当者たちをはじめ、政界、官界、財界、学界、マスコミ、論壇、等々、わが国民各層に絶大な支配的影響力を振るってきたからに、ほかならなかったのである」と主張する。
 すなわち、わが国では、政治家・官僚・財界人・学者・マスコミ等が反ケインズ主義の支配的な影響を受けために、不況の悪循環の根本原因は需要不足であることをとらえられず、3つの悪循環を脱することができなかったというわけである。
 新自由主義・新古典派経済学については、本稿の別の項目に書いた。繰り返しになるが、丹羽氏は、フリードマンらは、彼らの理論が「いずれも、きわめて非現実的かつ妥当性を欠いた不自然なトリック的前提や仮定に基づいた牽強付会の詭弁にすぎないということを、よく知っているはずである」と言う。そして、彼らの理論に従えば日本経済が悪化することを「理論的に予測しえていたはずである」と言う。そして、日本経済の失速と不況・不振の永続化は、アジア諸国にとっても、1997〜98年のアジア金融恐慌のような大きな災厄となることも、「フリードマンたち新古典派反ケインズ主義陣営」は、「はっきりと予見していたはずなのである」とも言う。
 丹羽氏によると、彼らは「トリック的前提や仮定に基づいた牽強付会の詭弁」と分かっていながら、反ケインズ主義の経済理論を展開した。また、日本経済やアジア経済に対する影響を予測・予見しながら、「牽強付会の詭弁」を用いた。わが国の政治家・官僚・財界人・学者・マスコミ等は、彼等の思想攻勢に圧され、その意図を見抜けずに、判断を大きく誤ったわけである。
 ここで1990年代以降のデフレについて私見を述べたい。
 1970年代から、日本に続いてアジア諸国が経済成長を始めた。エマニュエル・トッドは、近代化の指標の一つに識字率の向上を挙げる。識字化の進展によって、新興国に工業労働のできる労働者が増加する。先進国の企業は、安価な労働力を求めて、海外に生産拠点を移す。その国の生活水準が上がり、労働賃金が上がると、さらに安い労働力を求めて、拠点を他の国に移す。そのため、先進国では雇用が減少し、労働者の所得が低下する。また新興国で生産された安い輸入品が国内に入ってくるので、物価が下落する。これが1990年以降の世界的傾向である。冷戦が終結し、旧共産圏の国々も市場に加わり、世界的に長期的なデフレ傾向になっている。
 わが国の場合、こうした世界的なデフレ傾向の中で、政府が失政を行った。わが国自体がもともとデフレ傾向にあったのに、デフレを促進するような構造改革政策を行った。この大失敗によって、わが国は、大戦後、先進国後で唯一にデフレに陥り、深刻な状態に陥った。
 丹羽氏は、フロート制は「信賞必罰のシステム」だと言う。ケインズ的な政策によって内需を拡大し、国内で完全雇用・完全操業の実現を目指さないと、円高が進み、フロート制の「罰」を受ける。しかも、世界的なデフレ傾向は、長期的に続くから、わが国経済はますます悪化していく。
 戦後日本は、戦勝国アメリカに従属し、アメリカの政策に付き従ってきた。押し付けられたGHQ起草の憲法を、一字一句変えずに60年以上放置している。歴史認識においては、東京裁判で作られた日本断罪史観を踏襲した自虐史観が蔓延している。この心理傾向と、経済政策における自損自壊的な行為には、通底するものがある。デフレからの脱却は、戦後日本人が陥っている従属的・自虐的な心理状態から自らを解き放たないと、なしえない課題だと私は考える。

 

●1990年代からの構造改革政策を批判

 私は、日本の構造改革を、それを主に推進した政権の名を並べて、橋本=小泉構造改革を呼んでいる。構造改革は、橋本内閣で本格的に開始され、それ以降多少の行きつ戻りつはあったが、小泉内閣でさらに強力に推進された。
 私見によると、従米的なプラザ合意後に発生したバブルは、当然のこととして崩壊し、わが国の経済は大打撃を受けた。1990年代はそこからの回復の過程だった。ようやく回復の兆しを示していた平成8年(1996)、政権を担った橋本内閣は、6大改革を掲げた。これがわが国における本格的な構造改革の開始である。橋本内閣は緊縮財政と消費増税を行い、日本経済はデフレに陥った。またアメリカの圧力で金融ビッグバンを進め、わが国はアメリカに金融的に属国化した。こうした失政の結果、平成10年(1998)7月の参議院選挙で自民党は惨敗した。橋本内閣は総辞職し、小渕内閣が成立した。
 丹羽氏は、小渕政権の時代、わが国の政界・官界・財界等に浸透していた反ケインズ主義的な政策を厳しく批判した。
 平成10年5月に発表した「正統派的ケインズ政策の有効性」にて、丹羽氏は、大意次のように言う。当時、規制緩和が声高に叫ばれていたが、丹羽氏は「いかに懸命に規制緩和に努めたとしても、総需要が増えなければ、わが国経済の不況・停滞は続くことにならざるをえない。そして、規制緩和によって総需要が増えることになるかどうかは、本質的に、不確実」と言う。対照的に「正統的なケインズ的政策」は「100パーセント確実に総需要を拡大させうる」。「規制緩和でケインズ的政策の代用をつとめさせようという政策姿勢は、根本的に間違っている」。リストラや行革は「総需要を減少させるデフレ要因」であり、「不況・停滞を激化させるもの」にほかならない、と。
 丹羽氏は、このような見解をもって、時の国家最高指導者に直接提言した。平成10年(1998)に小渕首相に提出した「政策要求書」においては、次のように進言した。
 「わが国経済の現在の不況・停滞の原因は、現実には、構造改革・構造調整の立ち遅れだとか規制緩和の不十分だとかといったミクロ面の供給サイドの問題にあるのではありません。わが国経済の不況・停滞は、ひとえに、マクロ的な総需要の不足にこそ、その原因があります。したがって、平成不況がはじまってから今日まで、わが国の朝野を通じて広く唱えられてきたところの、『まず構造改革をやれ! それがすむまでは、総需要拡大政策などはやるな!』といった意見は、根本的に間違っています。そのうえ、リストラ、構造改革、等々は、企業どうしで注文を削りあうことにほかなりませんので、不況を激化させる要因でもあります」と丹羽氏は言う。そして「もちろん、構造改革は、それ自体、長期的には必要なことであるには違いありませんが、それは、総需要の拡大によって不況が克服され、経済が成長率を回復して、完全雇用・完全操業の『天井』が視野に入ってきた段階になってから行なうべきことですし、また、そうなれば、市場メカニズムの働きで、それは自ずからスムーズに行なわれていくことにもなるはずです」と述べている。
 丹羽氏は、平成11年にも小渕首相に「建白書」と題した政策提言を行った。小渕氏は、首相就任以来、橋本政権以来の財政改革を凍結して積極財政を行い、景気は回復に向った。そこに丹羽氏の提言が影響を与えたかどうかは不明である。
 小渕氏は、平成12年(2002)4月、志半ばで急病に倒れた。後継の森喜朗首相は、橋本構造改革に戻す経済政策をまとめ、小泉純一郎首相がそれを強力に実行した。橋本政権から小泉政権へと、小渕内閣を除いて、一つの方向性のもとに構造改革政策が行われているのは、財務官僚を中心とした官僚集団が企画・立案・推進しているからである。

 

●小泉内閣の構造改革・郵政民営化に反対

 平成13年(2001)4月、小泉純一郎氏が首相となり、構造改革を強力に推進した。小泉内閣は橋本内閣と同じ誤りを5年も継続し、デフレがいっそう進行した。
 小泉政権が始まった翌年(平成14年、2002)1月20日、丹羽氏は、小泉首相に「建白書」を提出した。構造改革を真っ向から批判し、その結果を正確に予測し、日本と世界のために「救国の秘策」を建言したものである。拙稿「救国の秘策がある!」にその要旨を書いた。若干重複するが、丹羽氏のわが国の経済政策への批判を歴史的に把握するために、ここにも概述する。
 丹羽氏は、小泉首相への「建白書」で、次のように直言した。
 「構造改革政策でこの危機を打開しようという小泉内閣の政策姿勢は、実は、全くの見当違いだと言わねばなりません。なぜならば、構造改革政策なるものをいくらやってみても、それによって総需要が増えるという確実な因果メカニズムは何も無いからです。それどころか、(略)現在の小泉内閣が構造改革政策として実施しようとしている諸施策では、むしろ、総需要の大幅な低下が惹起されることが不可避です。総需要が増えないかぎり、経済は成長しえず、景気が回復することもありえません。これは、経済の最も基本的な鉄則です」と。
 小泉構造改革の結果は、丹羽氏が指摘したとおりになった。1970年代から拡大したデフレ・ギャップはますます拡大し、丹羽氏によると、実際のGDPとして実現されることができずに空しく失われてしまった潜在GDPの額は、小泉政権下の平成17年(2005)の時点で累積5000兆円(1990年価格評価の実質値)にも上っていた。そのため、「倒産の多発、失業の増大、資産価値の崩落、自殺者の激増、等々、言語に絶する大惨害となった」と、丹羽氏は見る。(「『郵政改革』論争で忘れられてきた重要問題」)
 丹羽氏は、この大惨害は、民間には全く責任はない、と言う。総需要をコントロールするのは、政府の任務である。そのためにこそ、政府には、財政政策や金融政策を行使する権限が与えられている。しかも、巨大なデフレ・ギャップが存在するわが国の場合は、「政府の貨幣発行特権」を理想的な財政財源の調達手段として、いくらでも使うことができる。それゆえ、「わが政府は、やるつもりがありさえすれば、きわめて容易に総需要をマクロ的にコントロールすることができたはずであり、そうすることによって、巨大なデフレ・ギャップが生じて累増するようなことが無いようにし、上記のような大惨害の発生といったことを防止するということも、なんの困難もなく、なしえたはずである」と丹羽氏は指摘する。
 丹羽氏は、「この重要な任務を、一部の経済官僚たちの反ケインズ主義イデオロギーに偏したスタンスに追随して怠り続け、ついに、言語に絶するような辛苦を国民になめさせるにいたったわが政府の経済政策当局の責任は、厳しく批判されねばならないであろうし、政府の首脳者は、このことについての、明確な分析と真摯な自己反省・自己批判に基づいて、国民に謝罪し、明確な形で責任をとるべきである」と主張する。
 丹羽氏は、小泉構造改革を批判するとともに、その中心政策であった郵政民営化に反対した。丹羽氏の郵政改革批判は、財政投融資に照準を合わせている。
 「この最も基本的な問題についての政府首脳者による分析や自己反省・自己批判ならびに国民に対する謝罪がまったく無いままで、いわば、それに頬かぶりしたままで、郵貯350兆円が『財投』に用いられてきたのが『いけなかったのだ!』などと言い立てて、総選挙まで行なうということは、不誠実さの極至であるとともに、きわめてミス・リーディングでもあろう」。
 ここに言う「総選挙」とは、平成17年(2005)9月11日に行われた衆議院議員総選挙である。この選挙で自民党は圧勝し、郵政民営化が行われた。丹羽氏は当時、小泉政権のやり方は、「不誠実さの極至」「きわめてミス・リーディング」だと告発した。
 丹羽氏によると、わが国では四半世紀以上もの長い年月にわたって、総需要の不足が続き、大惨害が生じたが、「総需要不足という悪性の趨勢を、たとえ不十分ではあっても、多少ともあれ、それを緩和させるように機能してきたのが、『財投』による社会資本投資支出であった」。ところが、「郵政改革論者たちは、このわずかに機能してきた総需要を支える貴重な資金の動きを断ち切ろうとしている」と丹羽氏は糾弾する。
 そして、丹羽氏は「郵政改革論者たちの真の本音は、郵政改革よりも、むしろ、ケインズ的な総需要政策を全面的に封止することにあると考えざるをえない」。したがって、「郵政改革が強行されたとすれば、それは、「一部の経済官僚たちが主導する反ケインズ主義政策スタンスのいっそう強固な支配権確立」となり、その帰結として、国民を苦しめてきた大惨害が、「今後、いっそう激甚化することになることは必至であろう」と、憂慮を述べた。
 丹羽氏の郵政改革批判は、財政投融資に関して言うのみで、アメリカがわが国に民営を強要していることを告発したものではない。だが、実際はわが国の一部の経済官僚たち、そしてその上に立って経済政策を取り仕切った竹中平蔵氏らの背後で、簡易保険の資金を狙うアメリカの保険業界を中心とする米国政府の圧力が働いたのである。丹羽氏はここでも「反ケインズ主義」を批判するだけで、「反ケインズ主義」を利用する巨大国際金融資本の存在を指摘しない。丹羽氏の限界の一つである。

 

●安部政権にも政策を提言

 丹羽氏は、安倍政権になってからも、それまでの政権の政策を厳しく総括し、日本の救国のために積極的な政策提言を行った。安倍晋三氏は、小泉内閣で官房長官を務め、平成18年(2006)9月、小泉氏を後継して首相となった。当時自民党の権力基盤は郵政選挙で大勝した国会の議席数だった。安倍氏は「真正保守の旗手」として、憲法改正に向けた国民投票法の制定、教育基本法の改正、防衛庁の防衛省への格上げ等を、短期間に実現したが、経済政策においては、小泉内閣の経済政策を否定することができず、その部分修正に留まった。
 丹羽氏は、平成21年(2009)1月刊の『政府貨幣特権を発動せよ。』で、大意次のように言う。
 過去十年あまりも行われてきた構造改革政策は、わが国経済における巨大なデフレ・ギャップの発生・累増による数千兆円もの膨大な潜在実質GDPの喪失という「大惨害を阻止・回避するためには、ぜんぜん役に立たず、不毛そのもの」だった。「わが国経済の不況・停滞は、徹頭徹尾、需要サイドから生じた事態であったのにもかかわらず、構造改革政策なるものは、わが国経済の不況・停滞の原因を供給サイドに求めるという根本的に誤った考え方を根拠としているもの」だった。「トータルとしての自生的な有効需要支出の実質額が横ばい状況を脱しえておらず、それに照応して実質GDPもほとんど伸びないでいるといったゼロサム・ゲーム的な状況下での競争市場経済では、勝ち組は負け組みを食い殺すことによってのみ勝ちうるわけであるから、弱肉強食の修羅場が現出し、貧富の格差がはなはだしいものとなってしまっている」「わが国の基本経済戦略として、ケインズ的なマクロ有効需要政策が、ぜひとも必要なのである。それを放棄・封止して、新自由主義的・新古典派経済学的な反ケインズ主義のミクロ手法による供給サイド型構造改革政策を選択してきたことが、根本的な誤りであったのである」と。
 そして、丹羽氏は、次のように述べる。「今日、風雲急を告げつつある東北アジア情勢の下にあって、わが国は、破綻の危機に瀕している国家財政の再建をはじめとして、経済をマクロ的停滞状態から脱却させて『右肩上がり』の力強い成長路線に乗せ、国力・国威の振興と貧富の格差問題の克服を達成するとともに」、「重要な国家政策を、緊急に遂行しなければならない状況に迫られている。にもかかわらず、近年ならびに現在における、わが政府の新自由主義的・新古典派経済学的な政策立案スタンスでは、これらの重要国策の実行は、まったく不可能であると判定せざるを得ないのが、忌憚の無い実情であろう。このような状況は、まさに、亡国の危機を意味するような国難そのものである」と。
 丹羽氏は、こうした認識をもって、平成18年(2006)10月に、安倍内閣の経済政策担当者に提言を行った。それが別稿に掲載した「600兆円マニフェスト」である。しかし、提言は安倍内閣においても、容れるところにならなかった。

●麻生政権の政策は「姑息」「へっぴり腰」

 安倍氏は、潰瘍性大腸炎という持病をかかえており、主にこの健康上の理由により、志半ばで宰相の職を辞した。安倍氏の辞任により、麻生太郎氏が平成20年(2008)年9月に首相になった。
 私は、小渕首相以後の歴代総理大臣の中では、麻生氏が最も適切な経済政策を打ち出していたと思う。大胆な政策を行うには、首相が明確なビジョンを持ち、強いリーダーシップを発揮することが必要である。だが、麻生氏は小泉首相時代の政権基盤に依拠し、小泉構造改革を否定しないスタンスを取っていたので、政策に限界があった。
 丹羽氏は、麻生氏について、『政府貨幣特権を発動せよ。』で次のような所見を述べている。
 「麻生内閣が、2008年秋に、同年度中に実施予定の追加経済政策の立案に取り組み始め、内需拡大政策らしきものの実施を行おうとしていることは、一応肯定的に評価されるべきであろう。とはいえ、その追加経済政策なるものは、(略)あまりにも規模が小さい」「最も主要な施策とされている全国民への定額給付金の配布額は、その総額で見ると対GDP比でわずか0.3%あまりでしかない。しかも(略)1回限りだけの線香花火的な施策として策定されているに過ぎないようであるから、目に見えるほどの景気回復効果がもたらされうるとは思われない」「しかも、麻生総理は、将来時点で大幅な増税を行う予定であるということまで言明してしまっている」と。
また同年6月に、丹羽氏が自らのサイトに掲げた「政府紙幣についての基本的Q&A」では、次のように書いている。
 「今、もしも麻生内閣が、これまでのような姑息でへっぴり腰の政策スタンスを振り捨て、『国の貨幣発行特権』による『打ち出の小槌』財源をフルに活用した財政出動による大規模なケインズ的内需拡大政策の断行を決意して、わが国の実質GDPを、たとえば5年間に1.5倍、10年間に2倍にする(年成長率7〜8パーセントの高度成長)ということを明白に確約・声明したとしたら、どうでしょう」と丹羽氏は問いかける。
 「もちろん、そうすることは、わが国の経済を輝かしい繁栄と高度成長の軌道に乗せることになります。自然環境の改善、新エネルギー源の開発、所得格差の縮小、学術・芸術の振興、防衛力の整備、等々の重要国策もどんどん進め、年々の基礎年金の年間給付額の2倍への引き上げ、国民健康保険の料率の半額への引き下げといった施策なども断行し、増税や国債発行などは全く行なわず、そして、政府の負債残高(国債発行残高)も、200〜300兆円ほどの削減を同期間内に実現すると、堂々と、声高らかに宣言・公約して、その予算計画、および、財源調達手段の詳細も明示・公表することを行なったとすれば、全国民は歓喜のうずでしょう。そこで、総選挙を行なったとすれば、麻生氏の率いる自民党が、記録的な大勝をおさめうることになるのは必定です。『打ち出の小槌』財源を活用すれば、こういった良いことずくめ政策をきわめて容易かつ安全確実に実施できるのです」」と丹羽氏は述べる。
 「しかし」と丹羽氏は続ける。「麻生氏には、それをやる決断がつかないでしょうね。総選挙での自民党の苦戦は必至。民主党も、やってくれそうにありません。日本経済は絶望的に停滞・衰退を続けるのみ! 残念です!」と。
 ここにいう総選挙は、平成21年(2009)9月11日のそれである。丹羽氏の予想通り、自民党は大敗し、民主党が政権に就いた。鳩山由紀夫氏が首相となったが、鳩山政権は、これも予想通り、丹羽氏の提言する政策とは全く異なる経済政策を進めた。

 

●鳩山の東アジア単一通貨の危険性を暴露

 民主党の鳩山政権の経済政策は、安易で稚拙だった。リーマン・ショック後の世界経済の動向を把握できず、わが国のデフレの原因も理解せず、成長政策なき、バラマキ政策を行った。子ども手当、高校授業料の無償化、高速道路使用料の無料化、農家の戸別補償がそれである。こうした政策には、景気の浮上効果はなく、日本経済は一層勢いを失った。丹羽氏は、鳩山氏の経済政策のうち、特に東アジア単一通貨構想を取り上げて厳しく批判する。
 丹羽氏は、平成21年(2009)10月に発表した「鳩山プラン『東アジア共通通貨』の危険性」で、大意次のように論じた。
 鳩山氏は、組閣直前に月刊誌『Voice』(21年9月号)に、「祖父・一郎に学んだ『友愛』という戦いの旗印」という論文を寄稿した。この論文は、「私の政治哲学」と改題されて、鳩山氏のサイトに掲載された。丹羽氏は「経済学的な観点から見た場合、この鳩山論文で表明された最も危険な政策構想の一つが、『東アジア共同体』の形成にともなう同地域の『共通通貨制度』の構築というビジョンであろう」として、この問題を取り上げる。
 「東アジア共同体」は、鳩山氏の政治哲学である「友愛」にく構想である。私は、拙稿「友愛を捨てて、日本に返れ〜鳩山政治哲学の矛盾・偽善・破綻」で、氏の思想・政策を徹底的に批判した。そこで私は、氏の「東アジア共同体」及び「アジア共通通貨」の危険性を指摘した。
 丹羽氏の見方は、私の見方に通じるものである。
 まず金融政策について、丹羽氏は、大意次のように説く。EUにおいて、共通通貨ユーロの発行・流通が開始されたのは、平成14年(2002)の1月だった。これにより、「各国固有の伝統的な通貨」は「みな廃止」された。「英国以外のEU加盟各国は、金融政策を独自に行なうことができなくなってしまった」。EU本部と欧州中央銀行(ECB)の金融政策担当者が、利子率をEU圏の全般的な平均的景気動向に基づいて決め、ユーロ圏全域に一律に適用される。そのため、「不況・停滞に苦しめられているような国ぐにの多くにとっては、その利子率は高すぎ、不況・停滞からの脱出を困難にする」。逆に、「同じく圏内の、平均的な景況以上に景気過熱やインフレ傾向に悩んでいるような国ぐににとっては、その利子率は低すぎ、そのことが、それらの国ぐにのインフレ傾向をますます助長することになってしまう」。こうした矛盾は、「EUの宿痾」である。
 丹羽氏は次のように指摘する。「鳩山プラン『東アジア共同体』における単一の『東アジア共通通貨』制度なるものも、現行のEUユーロシステムに倣って形成されるものであるとすれば、その宿痾も同様に内含されてしまう」。「加盟各国の固有通貨の発行権限が、基本的には放棄・凍結され、金融政策を各国それぞれ独自に策定・実施することが不可能にされてしまうはずであり、このような矛盾が、どうにもならなくなる」と。
 丹羽氏は、鳩山プランにしたがって『東アジア中央銀行』が北京あたりに設立されて、その金融政策担当者が東アジア圏の共通利子率を決めるといった状況を想定する。そうした状況では、「たとえば、それがわが国にとっては高すぎる利子率となって、わが国の経済が不況・停滞から脱却することができなくなり、他方、逆に、たとえばタイやフィリピンや韓国の経済にとっては、その利子率では低すぎて、それらの国々がインフレの進行に苦しむといった矛盾が、随所に生じてしまうことが不可避となるであろう」と。

 

●通貨の発行権を守れ

 次に、財政政策については、丹羽氏は次のように書く。そもそもEUでは、加盟国の政府が赤字財政による財政政策を実施することに、厳しい制限が課せられている。鳩山プラン「東アジア共同体」においても同様であろう。「『国(政府)の貨幣発行特権』の発動を財政政策のための財源調達手段とすることは、できなくなる。なぜならば、「『東アジア共同体』も、加盟各国の『貨幣発行権』が剥奪されてしまうことになっているはずだからである」。これは、わが国の「救国の秘策」として政府貨幣発行特権の発動を説く丹羽氏にとっては、絶対認めることのできない事態である。
 単一共通通貨システムにおいては、各国固有の通貨の発行権が剥奪され、わが国をはじめ加盟各国は、金融政策・貨幣政策をそれぞれ独自に策定・実施することが不可能になる。「国債発行に依拠する財政政策を金融政策でバックアップするといったことも、行ないえない」。単一の共通通貨システムを基軸として形成される「広域経済共同体」では、加盟各国は「真の主権国家ではありえなくなる!」。これは、「まさに新自由主義・新古典派経済学流の無政府主義・国家廃絶主義にほかならない」と丹羽氏は、鋭く指弾する。
 これだけではない。丹羽氏は、さらに重大な問題点を指摘する。東アジア全域にわたる広域経済共同体での単一の共通通貨システムには、「いっそう本源的に憂慮されるべき問題点」がある。「それは、為替レートのハンディキャップ供与機能が失われるということである」と、丹羽氏は言う。
 先に書いたように、為替レートには、「ハンディキャップ供与」の機能がある。生産性がきわめて低い後進の発展途上国であっても、その国の通貨が国際通貨市場で安く評価され、その国の通貨が安く評価された為替レートが決まる。そのため、その国は、その産物を世界市場に安値で売ることができるようになり、貿易による国際分業に参加して、経済的に自立しうるようになる。フロート制のもとでは、「低開発国であろうと、先進国であろうと、それぞれ、あるいは多く、あるいは少なく、このハンディキャップ供与を受けるのであり、これによってこそ、国際分業が成り立ち、人類文明が存立しえている」。ところが、単一通貨システムでは、この機能が全く働かなくなる。 この点の重大さを丹羽氏は強調する。
 そして、「鳩山構想にあるような単一広域通貨としての『東アジア共通通貨』システムなるものを形成させるようなことを、絶対にさせてはならない」。「わが国は、円の発行権を断固として守り、廃貨されてしまうような事態を、なんとしてでも食い止めねばならない」「通貨発行権こそが、自衛権と並んで『国家の基本権』の最重要なものの一つである。これを固守し、活用し続けることこそが、わが国を再生・興隆させるための、不可欠な第一歩となるのである」と丹羽氏は、主張している。
 幸い鳩山氏は、22年(2010)6月に辞任した。東アジア共同体と単一通貨構想への無謀な動きは止まった。鳩山氏は普天間基地移設問題で日米関係を悪化させるなどし、「史上最低の首相」と呼ばれた。鳩山氏を後継した菅直人氏は、同年9月7日に発生した尖閣諸島沖中国漁船衝突事件で中国に対して屈辱的な外交を行うなどし、「史上最悪の首相」と呼ばれた。この「史上最悪の首相」の時、23年(2011)3月11日に、東日本大震災が起こった。大震災は多数の犠牲者と多大な損失を生み、戦後最大の惨事となった。丹羽氏は大震災からの復興のため、政策を提言した。その内容は、拙稿「救国の秘策がある!〜丹羽春喜氏1」の補説を参照願いたい。 ページの頭へ

 

第3章 「救国の秘策」が日本復興の切り札

 

(1)唯一の起死回生策を提示


●起死回生策、もはやこれのみと主張

 丹羽春喜氏は、わが国のように、超大規模のデフレ・ギャップが存在していて、インフレ・ギャップ発生のおそれがない状態のときには、「財政政策のための財源は、基本的には、政府紙幣をも含む政府貨幣についての「国(政府)の貨幣発行特権」の発動にこそ依拠するべきなのである」と説く。
丹羽氏は、この「国(政府)の貨幣発行特権」を「打ち出の小槌」財源と呼ぶ。「現在のわが国の経済においては、厖大なデフレ・ギャップが発生しており、インフレ・ギャップ発生の怖れは皆無である。したがって『打ち出の小槌』財源を活用して行うのであれば、わが政府は、思い切ったケインズ的積極財政政策を、後顧の憂い無く、どんなに大規模にでも、自由に実施することができる」「このことを認識することこそが、『救国の秘策』への最重要な立脚点となるべきである」と言う。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 政府が持つ貨幣発行特権の発動には、担保は必要なく、返済も利払いも必要ない。将来の増税も必要ない。なぜそんな夢のようなことが言えるのか。わが国は巨大な生産力を持ちながら、その60〜70%しか稼働していない。潜在的なGDPと現実のGDPの間に、巨大なギャップがある。このデフレ・ギャップの存在が、政府貨幣発行特権の発動を可能にする「真の財源」である。発動においては、政府紙幣を印刷する必要はなく、電子信号による入金だけでよい。日銀券を大量増刷する必要もない、というのが丹羽氏の主張である。
 丹羽氏は、平成18年(2006)にこうした政府貨幣発行特権の発動による「600兆円計画マニフェスト」を政府関係者に建言した。具体的には、国(政府)が所有している無形金融資産のうちの650兆円ぶんを50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売る。それによって、600兆円を調達する。同時に日銀も資産内容がいちじるしく改善される。600兆円のうちの250兆円程度を、3〜5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させる。残りの350兆円を用いて、国の長期債務残高の半分に近い350兆円を、数年のあいだに償還する。経済成長の回復にともなう税収の大幅な増加とあいまって、わが国家財政を根本的に再建するというものである。詳しくは、拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1」をお読みいただきたい。

 さて、近年のわが国では、自生的有効需要支出の約5割というシェアを一般政府支出が占めている。丹羽氏は「わが政府にやる気さえあれば、自生的有効需要支出のトータルの額をどんどん伸ばして、GDPも力強く高度成長させていくといったことは、金融の世界的な危機や原油価格の乱高下といった撹乱要因がどんなにあったところで、いくらでもできることなのである。現下の全世界的な金融大混乱を乗り切る経済政策の極意は、まさに、これであり、またこれのみなのである。そして、わが国の興廃がかけられ、緊急の実行を迫られている重要諸国策も、そのような経済運営によってのみ、達成しうるのである」と説く。
 「全世界的な金融大混乱」とは、リーマンショック以後の状況を言う。
 「数年前(註 平成21年の時点から見て)までであれば、『打ち出の小槌』財源の活用という『秘策中の秘策』を用いることを避けながらも、なんとか、わが国を致命的な衰亡過程から逃れさせうるような、なんらかの経済政策案を工夫しうる可能性も、ありえたかもしれない。しかし、現在においては、そのような可能性は、実際問題として、まったく乏しくなってしまっている。そして、2007年来の株価の大幅低落、とりわけ、2008年9月のリーマン・ブラザーズ社の破綻に触発された暴落以降の大崩落は、それに完全に止めを刺した。(略)いまや、わが国にとっては、現下のこのような国難的危機脱出へ残された唯一の方途は、(略)『打ち出の小槌』財源の活用に基づいた(略)『救国の秘策』が、あるのみなのである」と断言する。
 丹羽氏は、金融政策の限界を指摘し、財政政策と金融政策の一体的な実行を説く。「金融政策は、景気の過熱を抑えるのには効果的であるが、景気を上向かせる力は弱い。ましてや、100年に一度といった現在の超大不況の危機克服策としては全く無力であろう」(「政府紙幣 発行問題の大論争を総括する」)と。こうした危機の克服のためにはケインズ的な財政出動が必要であり、その財源は政府貨幣発行によるのみ、というのが、丹羽氏の主張である。

●東日本大震災からの復興も、この秘策によるのみと説く

 リーマン・ショック後の日本は、戦後最大の自然災害に襲われた。平成23年(2011)3月11日の東日本大震災である。大震災からの復興政策についても、丹羽氏は確信を持って持論を説く。月刊『正論』平成23年6月号における渡辺利夫氏との対談「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」で、丹羽氏は、震災復興に関し、次のように述べている。
 「今回の被害が50兆円あるいは100兆円にのぼるとしても、僕は大震災を出発点として、日本経済をもう一度、輝かしい繁栄と成長の軌道に載せることは決して不可能ではないと思います。冷静に経済学的に解釈したらそれは十分可能です。東北地方であれだけダメージを被りましたが、日本経済の規模から見れば致命的なダメージまでは行っていません」
 「もし素晴らしいグランドデザインができれば、それを実現していく力は、日本に十分あるですから、まずは政治家には頑張ってもらわないといけない」「10年、20年後を見据えた威風堂々たるグランドデザインとそれを実現するための威風堂々たる経済興隆計画を早く提示してほしいものです」「日本は20年間で7000兆円を失い、不況から一向に脱却することができていない。そこに今回の東日本大震災です。われわれは今こそデフレ・ギャップという形でのマクロ的生産力の余裕という宝を生かし、政府の貨幣発行特権という『打ち出の小槌』財政財源をうまく利用して復興事業に取り組むべきなんです。そうすれば、増税もなく、国債の大量発行に伴うクラウディング・アウトという副作用もなしに、日本経済そのものを輝かしい繁栄の軌道に乗せることができるはずなんです」
 「中国に『錬金術』があるのならば、わが方には『国(政府)の貨幣発行特権』の発動という『打ち出の小槌』財源がある。わが日本も、中国などには負けない威風堂々たる復興と経済成長を実現しようじゃないですか。これこそが、現在の国難からわが国を救う唯一の方途でしょう」と。

(2)救国の秘策は政府貨幣特権の発動

 

●救国の秘策としての政府貨幣発行

 私は、丹羽氏の「救国の秘策」を、拙稿「救国の秘策がある!〜丹羽春喜氏」で紹介した。また、同稿で丹羽氏が全国紙に書いた記事と、歴代の首相やその政策担当者に提出した文書を掲載して、氏の理論と活動の概要を示した。
 本稿では、拙稿「救国の秘策がある!」の内容をもとに、「救国の秘策」について補足し、考察を行いたい。
 古来、政府が財政収入を得る道としては、(イ)租税徴収、(ロ)国債発行、(ハ)通貨発行の三つの手段がある。丹羽氏は、これら三つの手段について、次のように書いている。
 アバ・ラーナーが『雇用の経済学』(1951)で強調したように、「そもそも政府支出をまかなうということのためには、印刷機の働きによる(ハ)の『通貨発行』に依拠すれば、それで足りるのであって、(イ)の租税徴収と(ロ)の国債発行は、マクロ的には、ただ単に、過剰購買力を削減してインフレ・ギャップの発生を防止するための政策手段でしかないのである」(「正統派的ケインズ政策の有効性」)
 「国家が印刷機でいくらでも紙幣を発行し、使用しうる権限を与えられてさえいれば、(略)租税や国債といった財源は不必要である」「ただし、経済社会全体のキャパシティーの限界を超えて、そのような『財源なし』の紙幣増発による財政支出拡大が続行されれば、インフレ・ギャップが発生して、物価高騰などの問題を生じる。そのような場合にこそ、そういった過剰購買力を吸い上げて、総需要や貨幣量の調整を行うために租税の徴収や国債の発行が必要になってくるのである。すなわち、租税や国債は『財源』のために必要なのではなく、総需要の管理やマネー・サプライの調整のための手段として必要であるに過ぎない」(『ケインズ主義の復権』)と。
 丹羽氏は、現在の日本では、(イ)の租税収入と(ロ)の国債発行は「ほぼ限界にきている」。それゆえ、(ハ)の通貨発行によるべきである、と言う。そして、この方法は、「経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案」だとする。平成18年(2006)10月に政府関係者に提出した「600兆円マニフェスト」では、次のように書いている。
 「総需要政策としての財政政策のためのマネタリーな財源調達には、マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、『国(政府)の貨幣発行特権』の発動に依拠すべきだとする政策提言が、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー(A. P. Lerner)、ディラード(D. Dillard)、ブキャナン(J. M. Buchanan)、スティグリッツ(J. E. Stiglitz)といったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案であるということを、銘記するべきである」と。
 丹羽氏が「打ち出の小槌」と呼ぶ政府貨幣発行特権の発動については、「禁じ手」と考え、実行してはならないと考えているが多いだろう。これに対し、丹羽氏は政府貨幣の発行が「禁じ手」と見なされねばならないのは、インフレ・ギャップが発生しやすいような状態にあるときだけだという。現在のわが国の経済においては、巨大なデフレ・ギャップが生じており、インフレ・ギャップ発生の怖れは皆無である。したがって、「打ち出の小槌」の活用を「禁じ手」のタブーだとすべき理由は、何もないと説いている。

 

●スティグリッツは、わが国に政府紙幣の発行を提言

 丹羽氏が挙げる経済学者のうち、スティグリッツは、今日世界で最も注目されるエコノミストの一人である。スティグリッツは、平成15年(2003)4月14日、日本経済新聞社、及び日本経済研究センターの共催によって東京で開かれたシンポジュウムで、基調講演を行なった。そこで、日本は政府の財政財源の調達のために、「政府紙幣」の発行に踏み切るべきだとする注目すべき提言を行った。(『日本経済新聞』平成15年4月15日付及び4月30日付による)
 丹羽氏は、このスティグリッツ提案は、「基本的には、私がこれまで繰り返し行なってきた政策提言と、同質的なものである」と述べている。
 さて、このシンポジウムで、当時日銀理事の白川方明氏(現在日銀総裁)は、政府紙幣も日銀券も紙幣であることには変わりはないから、スティグリッツ提案は無意味であると、批判した。しかし、丹羽氏は白川氏の意見は、「政府紙幣と日銀券の間における、造幣益の有無という決定的な違いをまったく見逃してしまっている」と指摘している。
 日銀券がいくら発行されても、それによって政府の財政収入と なるような造幣益は生じない。また、日銀券の発行額は日銀の負債勘定に計上される。
 「しかし」と丹羽氏は、言う。「日銀券の場合とはまったく異なって、わが国の現行法のもとでは、『政府貨幣』の発行額は、政府の負債としては扱われないのである。現在、発行されて流通している『政府貨幣』の総額は4兆3千億円前後であると思われるが、それは、政府の負債勘定には計上されてはいない。その発行額(額面価額)から原料費や加工費などの造幣コストを差し引いた差額としての正味の造幣益は、政府の財政収入として一般会計に繰り入れられてきたのである」と。このことは、旧大蔵省スタッフの共同執筆によって平成6年(1994)に、大蔵省印刷局より公刊された『近代通貨ハンドブック──日本のお金』でも明らかにされている。
 「政府貨幣としての政府紙幣も、同様な扱いとなり、政府に造幣益による(負債ではない正味の)財政収入をもたらすことになる。この点こそが、政府紙幣と日銀券の決定的な相違点である」と丹羽氏は述べる。そして、「スティグリッツ氏が、政府紙幣の発行は『債務としては扱われず、…政府の財政赤字には含まれない』(『日本経済新聞』430日付に掲載された同氏の基調講演要旨)と言い切っているのは、さすがである」と評価している。(「スティグリッツ氏の提案は間違ってはいない」)
 丹羽氏は、先ほどのノーベル賞級の巨匠経済学者たちは、デフレ・ギャップが発生しているときは政府の貨幣発行特権の発動を説いたが、「抽象的な大原則を述べたものにとどまっていた」と言う。スティグリッツの場合も、実行するための詳細な方法論を示しているわけではない。これに対し、丹羽氏は、「ケインズ的財政政策の財源調達手段としての、政府による「セイニャーリッジ権限」の発動ということを、現実的に実行が可能な具体的な方式としてデザインしえたことは、『ケインズ革命』を真に完成させることができるような、非常に価値のあるブレーク・スルー的な業績であった」とは自負している。(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 ブレーク・スルーとは、ケインズ主義の項目にも書いたが、ある問題に対し、従来の方法とは質の異なる方法によって解決策を見出すことであり、その結果としての画期的な突破である。

 

●政府貨幣と日銀券の違い〜造幣益が得られる

 わが国の現行法の規定では、わが国の「通貨」は「政府貨幣」と「日銀券」より成っている。政府貨幣と日銀券には、大きな違いがある。丹羽氏は、この点について、平成14年(2002)の「小泉首相への建白書」の「詳論」で、大意次のように説明している。
 日銀券は、いくら発行しても、それ自体では、政府の財政収入にはならない。仮に、戦前の高橋是清蔵相のときのように、新規発行国債の日銀による直接引き受けが行なわれたとしても、政府が日銀からそれだけの額の借金をしたということにすぎず、政府が造幣益という財政収入を得たわけではない。また、銀行券であるところの日銀券の発行額は日銀の負債勘定に計上されるから、日銀にとっても、「日銀券」の発行それ自体からは「造幣益」は得られない。
 平成10年(1998)3月末まで施行されていた旧「日銀法」では、日銀が「日銀券」を発行するときには、担保と見なしうるような所定の金融資産的裏づけを必要とするものと規定されていた。しかし、平成10年4月施行の「日銀法」では、「日銀券」の発行には、とくに担保を必要とはしないという規定に改められた。しかし、日銀にとっては負債である「日銀券」がそのように資産的裏づけ無しに多額に発行されると、日銀は債務超過に陥ってしまう。マスコミ等は大騒ぎをするだろうし、金融政策が姑息なものとなり、その信頼度が低下することは、避けられないだろう。
 ところが、政府貨幣は、この点が全く異なる。通貨に関する基本法である「通貨の単位および貨幣の発行に関する法律」(昭和62年、法律第42号)では、「貨幣」(すなわち「政府貨幣」)の製造および発行の権能が政府に属するという「政府の貨幣発行特権」(seigniorage セイニアーリッジ権限)が同法第4条に明記されている。発行には、なんらの上限も設けられておらず、担保も不要とされている。政府は何千兆円でも発行することができ、発行された政府貨幣の額が政府の負債として計上されることがなく、発行額は政府の正真正銘の財政収入になる。つまり、政府貨幣の発行額(額面価額)から、その発行のための原料代や印刷費や人件費などのコストを差し引いた額は、造幣益として国庫に入る。
 このように、造幣益が発生し、それが政府の手に入るということこそが、政府貨幣が日銀券と根本的に違っている点である。

●日銀の「借金の証文」と政府の「請求権証」

 丹羽氏の説明を続ける。政府貨幣と日銀券の間に、なぜ、これほどにも大きな相違が生じるのか。理由は、日銀券は「借金の証文」だが、政府貨幣は「請求権証」だということにある。日銀券は銀行券であるから、日銀という銀行が振り出した手形や小切手と同じ「借金の証文」である。それゆえ、日銀券が発行されると、日銀の会計では、その額だけ日銀の借金(負債)が増えたという勘定になる。これに対して、政府貨幣が発行されることは、「その発行額ぶんだけ、その国の社会が保有あるいは生産・供給しうる財貨・サービスに対する請求権を政府が持つ」ということを、宣言していることにほかならない。つまり、政府貨幣は「社会の財貨・サービスに対する請求権証」である。だからこそ、それは負債として扱われることにはならない。この請求権を、必要とあれば、無限にそれを行使しうるという権能が「貨幣発行特権」として国(中央政府)に与えられていることは、国家の基本権の一つである。「危急存亡の事態に国が直面したような場合には、政府は、それを発動して危機乗り切りをはかることができる」わけである、と。
 ここで私見を述べると、政府貨幣が政府の「請求権証」だとすれば、権利証ゆえ、負債にならない。国内の財・サービスに対する請求権を、無限に行使し得るということは、国内における最高権力としての主権の行使ということである。私は、こうした政府による主権の行使は、憲法に根拠となる規程を定めるべきものと思う。現行憲法には、「主権」の定義がない。私は、新憲法私案において、主権と統治権の関係を明記している。もちろん、明文化されていなくとも、主権は行使し得る。現行憲法の下でも、政府貨幣発行特権を発動することに問題はない。

関連掲示
・拙稿「日本再建のための新憲法〜ほそかわ私案

 

●救国には政府と日銀の連携が必要

 丹羽氏の説明に話を戻す。政府貨幣発行による造幣益に対しては、政府が利息を支払ったり償還をしたりする必要はない。マクロ的に生産能力の余裕が十分にある現在のわが国のような状況のもとでは、国民(現世代および将来世代)の負担にもならない。そこで、丹羽氏は「国(政府)の貨幣発行特権」の大規模発動こそが、まさに「打ち出の小槌」なのだと説く。
 丹羽氏によると、現在のわが国でこの「打ち出の小槌」を用いようとする場合、政府貨幣を実際に巨額発行する必要は必ずしもない。「国(政府)の貨幣発行特権」は、「政府が無限に多く持っている一種の無形金融資産」だから、そのうちの一定額ぶんの「政府貨幣発行権」を政府が日銀に売れば、それでよい。現行法では、政府貨幣は負債ではなく「諸財への請求権証」だから、日銀にとっては、その発行権の取得は、超優良資産を入手しうるということに他ならない。政府がその発行権の一定額ぶんを日銀に売るに際して、ある程度の値引きをすれば、日銀は、この「政府貨幣発行権」の所定額ぶんの取得によって日銀自身の資産内容を大幅に改善することができる。また、それを通じてわが国の金融を安泰・堅固なものにすることにも役立つ。「このようにして日銀が「政府貨幣発行権」の定額ぶんを取得することは、現行の日本銀行法の第38条の適用として可能だと思われる」と丹羽氏は言う。
 ここで日銀法第38条とは、下記の条文である。

(信用秩序の維持に資するための業務)
第38条 内閣総理大臣及び財務大臣は、銀行法(昭和56年法律第59号)第57条の5の規定その他の法令の規定による協議に基づき信用秩序の維持に重大な支障が生じるおそれがあると認めるとき、その他の信用秩序の維持のため特に必要があると認めるときは、日本銀行に対し、当該協議に係る金融機関への資金の貸付けその他の信用秩序の維持のために必要と認められる業務を行うことを要請することができる。
2 日本銀行は、前項の規定による内閣総理大臣及び財務大臣の要請があったときは、第33条第1項に規定する業務のほか、当該要請に応じて特別の条件による資金の貸付けその他の信用秩序の維持のために必要と認められる業務を行うことができる。

 2項にある第33条第1項に規定する業務とは、日銀の通常業務である。
 さて、丹羽氏は、日銀から政府への、その代金の支払も、「日銀券」の現金でそれを行なうといったことは不必要で、ただ単に、それだけの巨額の金額が記された日銀の保証小切手が政府の手に渡されれば、それでよいという。政府は、その保証小切手が手に入りしだい、それを財源として使用して、一挙に財政再建を達成することもできるし、また、それと同時に「右肩上がり」の高度成長軌道にわが国の経済を乗せるための大々的な内需拡大政策を実施することにも、直ちに取り掛かることができるようになる。これこそが、丹羽氏が提言している「救国の秘策」だという。
 日銀法の第4条は、次のように定めている。

(政府との関係)
第4条 日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。

 丹羽氏は、この条文を、日銀が常に政府の経済政策の基本方針に忠実に従うべきことを義務づけているものと解釈する。そして、総理大臣および財務大臣が、日銀法の規定の発動という手順を踏んで、このような財政財源調達方式への協力を、政府の経済政策に不可欠なことであるとして日銀に要請した場合には、「日銀がそれを拒否することは、まず、考えられない。そんなことがなされれば、日銀法違反となる」と言う。
 私見で補足すると、日本銀行は、わが国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。認可法人だが、上場されている株式会社である。政府が株式を55%保有しているとはいえ、純然たる政府機関ではない。日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならないと、日銀法第3条に定められている。そのうえで、第4条の政府との関係が規定されている。だが、日銀の自主性を尊重しすぎれば、政府は思い切ったことができない。政府は、日銀が政府の経済政策の基本方針と整合的に対応するように指導して、財政政策と金融政策を一体のものとして進めなければならない。

 

●「救国の秘策」は、ケインズ的政策の応用

 丹羽氏の「救国の秘策」は、デフレ下の日本で行うべきと丹羽氏が提唱する政策である。この政策は、単に景気対策として行う対症療法ではない。ケインズ経済学の理論に基づいて、総需要管理政策の一貫として、デフレの時にはこう行うべしという政策である。
 丹羽氏は、著書『ケインズ主義の復権』で、ケインズの理論について、次のように述べている。
 「ケインズ的な政策の中心部分はマクロ的に見て、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生しないような最適な水準に総需要を維持し、それによって最適な雇用水準や操業度がもたらされるような生産活動の水準を、マクロ的に保っていくということである。このような狙いで、いわゆる機能的財政主義によって、フィスカル・ポリシー(註 財政政策)を運営し、総需要を調整していこうというわけである」
 この点についての基本的な理解が必要である。ケインズ的な政策は、総需要管理政策であり、デフレの時にはデフレを脱し、インフレの時にはインフレを抑え、最適な水準に総需要を維持し、最適な雇用水準や操業度がもたらされるような生産活動の水準を保っていこうとする政策である。
 丹羽氏は、次のようにも書いている。「機能的財政が有効に総需要管理をなしうるためには、国家財政収支の帳じりは、総需要抑制のためには黒字、総需要拡大のためには赤字であるべきであり、均衡財政に固執するような政策をとってはならないというのが、近代的財政政策の最も重要な基本原理である」
 財政についてはこの点が重要であり、財政の「赤字」と聞けば、まるで家計の「赤字」と同じように錯覚して、「赤字」はよくないと考えるのは、基本的な理解を欠いたものである。
 もう一点、丹羽氏は、次のように書いている。「生産・供給能力を十分に発揮した時に達成されるべき国民総生産、つまり、完全雇用・完全操業水準に対応する国民総生産の額に比べて、実現すると予測される総需要の額がそれを下回り、いわゆるデフレ・ギャップが生じる恐れの濃い年度においては、このギャップを埋めて経済活動を完全雇用・完全操業水準まで回復させるに足るだけ、赤字財政によって経済に購買力を注入し、それとは逆に、前者よりも後者が上回り、インフレ・ギャップが生じる恐れが強い年度においては、このギャップを取り去って需要インフレの発生を防ぐに足るだけ、黒字財政を実施することによって経済から購買力を吸い上げねばならないのである。
 いうまでもなく、このような財政政策運営の方式は、ケインズ以後の機能的財政主義の近代的財政政策理論に基づく国民経済予算の考え方である。すなわち、ケインズ的政策は、このようにして自動化されうるのである」。
 丹羽氏の「救国の秘策」が、単に景気対策として行う対症療法ではなく、ケインズ経済学の理論に基づいて、総需要管理政策の一貫として、デフレの時にはこう行うべしという政策であることは、明らかである。当然、インフレの時はまったく違う政策を行うものとなる。
 なお、機能的財政主義は、ケインジアンであるアバ・ラーナーが確立した財政政策理論である。ケインズの理論そのものではない。ケインズ理論を発展させたケインズ主義の理論である。

●デフレ脱却とインフレ・ターゲット

 さて、「救国の秘策」の詳細についての説明を結ぶに当たり、脱デフレ政策とインフレ・ターゲット政策の関係に関する丹羽氏の見解に触れておきたい。インフレ・ターゲット政策は、ポール・クルーグマン等が一時、日本に勧めていたものだが、丹羽氏は、わが国の経済状況では、その実施は不可能と言う。「小泉首相への建白書」(平成14年)で、次のように書いている。
「デフレ・ギャップがきわめて巨大なわが国経済の現状(内閣府ならびに旧経済企画庁はそれを秘匿してきましたが)のもとでは、インフレ・ギャップを発生させて物価を上昇させるといったことは、どんなに、それをやろうとしても、現実には全くできない相談なのですから、『インフレ・ターゲット』政策の実施ということも、そもそも、不可能です」と。
 そして「デフレ・ギャップとインフレ・ギャップは、同時に発生することはありえない。インフレ・ターゲット政策が可能になるのは、デフレを脱却し、適度なインフレに転じた段階での話である」と述べている。
 確かに、デフレ・ギャップとインフレ・ギャップが同時に発生することは原理的にあり得ない。またわが国は巨大なデフレ・ギャップが存在するので、急にデフレからインフレに転じることは、考えられない。その点で、現状の日本でインフレを心配してすることは、季節外れである。ただし、ケインズ主義的な総需要管理政策は、デフレの時はデフレ脱却の政策を、インフレの時はインフレ抑制の政策を行う。そのことを明らかにし、デフレを脱却して適度なインフレに転じるために、適切なインフレ目標(2〜4%)を掲げて、財政金融政策を行う方針を取ることは、良いことだと私は思う。インフレ目標の導入においては、ただのデフレ脱却策ではなく、総合的な経済成長政策であることを、国民に明確に示すことが必要である。

 

(3)丹羽氏の政策提言と類似案との違い

 

●丹羽案と高橋洋一案・田村秀男案の違い

 丹羽氏の政府貨幣発行特権の発動論に対し、これに似た政策案を説くエコノミストがいる。丹羽氏は、そうしたエコノミストとして高橋洋一氏と田村秀男氏を挙げて論評している。まず高橋氏・田村氏の主張を紹介し、その後に丹羽氏の論評を掲載する。
 財務省出身の高橋洋一氏は、平成20年(2008)12月ごろから、政府紙幣25兆円の発行を提言して、マスメディアの注目を集めた。異論反論が多く上がるなか、産経新聞編集委員の田村秀男氏は、高橋氏の提言に賛同する意見を表した。
 産経新聞平成21年(2009)1月13日号は、1面トップで「いまこそ『100年に一度の対策』を」と題した田村氏の提案記事を載せた。田村氏は「世界はいま、『100年に1度』の経済危機を迎えている」とし、「100年に1度の危機には100年に1度の対策を打ち出し、危機を好機に変える戦略が問われている」と説く。そして、@日銀券とは別の政府紙幣、A相続税免除の無利子国債、B円建て米国債を引き付けの三つを提案した。このうち、@が政府紙幣に関する意見である。
 田村氏は、政府がお札を刷る政府紙幣は「発行費用は紙と印刷代で済むから、政府は財政赤字を増やさずに巨額の発行益を財源にすることができる。まるで政府が『打ち出の小づち』を振るような話だが、きちんとした経済理論的な根拠もある」という。
 「打ち出の小づち」は丹羽氏のキャッチフレーズだが、田村氏は丹羽氏の名前を挙げず、丹羽氏の理論を引用しない。また丹羽氏は政府紙幣を印刷せずに政府貨幣発行特権を発動する案を提唱しており、田村氏の理解は正確でない。
 田村氏は、記事において「物価が下がり続けるデフレ・スパイラルとは、モノやヒトの労働の量がカネに比べて過剰なのだから、カネの供給量を増やせばよい」「日銀券に比べ、政府紙幣には政治主導という利点がある。政策目的に応じて政府紙幣による財源を柔軟に充当できる。給付金としてばらまくことで個人消費を喚起するのも一案だが、失業者対策などの社会保障財源に回す、さらには民間の新たな地球環境プロジェクトを補助し、日本版『グリーン・ニューディール』を推進するのも手だろう」と言う。
 「給付金としてばらまく」というのは、丹羽氏の臨時ボーナスの支給を指すのだろう。田村氏は、最後に次のように言う。「もちろん、政府紙幣の発行額には限度もある。高橋洋一東洋大学教授は、その発行適正規模を『25兆円』とみている」と。
 丹羽氏の発行規模は600兆円だが、田村氏はそれも引用しない。高橋氏の25兆円に触れるのみである。もともとの提唱者に触れずに、亜流の高橋氏のみを紹介するのは、公明正大な姿勢ではない。

●政府貨幣の形態・規模や経済理論が異なる

 さて、高橋氏の政府紙幣発行論には反対意見が多く、高橋氏は、産経新聞平成21年(2009)2月13日号で、「日銀が何もしないのならば、政府がやるしかないではないか」と論じ、自らの主張を変えずに、「政府紙幣25兆円で危機克服を!」と訴えた。田村秀男氏は同紙同号で、「円高の今が、政府紙幣発行の好機だ!」と力説した。
 高橋氏の意見が載ったのは、インタビュー記事「政府紙幣25兆円発行せよ」というインタビュー記事である。その主要部分を引用する。
 「(略)私が提案しているのが、政府紙幣25兆円を発行し、日銀の量的緩和で25兆円を供給、さらに『埋蔵金』25兆円を活用し、計75兆円の資金を市中に供給するプランだ。2、3年で集中的に行い、さまざまな政策を組み合わせれば多方面に効果が出るはずだ。
 実は政府紙幣は経済政策としてとっぴではない。バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の持論でもあり、ノーベル賞を受賞した米経済学者スティグリッツ・米コロンビア大教授も2003年の来日時に提唱している。日銀や財務省は批判にならない批判をしているが、要するにインフレを懸念しているだけではないのか。
 だが、大デフレ時のインフレは良薬だ。デフレは例えれば氷風呂。政府紙幣は熱湯。普段のお湯ならやけどをするが、氷風呂なら熱湯を入れない方が凍え死ぬ。日銀が何もしないのならば政府がやるしかない。
 政府は通貨法で記念事業として1万円までの通貨を発行できるので、法改正は必要ない。政府紙幣は国債の日銀引き受けと同じ効果を持つが、政府だけで実行可能となる点が異なる。
 『インフレ懸念の観点から歯止めが必要だ』と言うならば『インフレ率3%になれば発行をやめる』など物価安定目標を定めればよい。これは同時に財政規律の確保にもつながる」
 これが高橋氏の政府紙幣発行論の要旨である。政府紙幣の発行、量的緩和、埋蔵金の活用を組み合わせた政策である。政府紙幣の発行という点は、丹羽氏の主張と似ているが、紙幣を印刷発行することや発行額の規模など、丹羽氏の主張とは異なっている。特に政府貨幣発行は、どういう経済理論に基づくものか、はっきりしない。
 実は、高橋氏は、小泉=竹中政権において、構造改革政策を推進した財務官僚である。退官後は、自民党の中川秀直氏を代表格とする「上げ潮派」のブレーンとして知られる。「上げ潮派」は、小泉=竹中政権の構造改革を継承する立場である。高橋氏の経済理論は、フリードマン=ルーカスの系統の新古典派に基づくものであり、政府貨幣の発行という丹羽氏と似た政策を提唱してはいるが、ケインズ主義と異なる立場で政府紙幣の発行を説いているのである。
 発行する政府貨幣の形態や規模の違いを認識せず、ケインズ主義か新古典派か拠って立つ経済理論も確認せず、丹羽氏と高橋氏を同類のように扱うエコノミストは、基本的な理解を欠いている。まともに丹羽氏の著書や論文を読んで検討しているとは思えない。

 

●丹羽氏の高橋案・田村案への論評

 丹羽氏は、高橋洋一氏、田村秀男氏の政府紙幣発行論をどのように論評しているだろうか。
 丹羽氏は、平成21年(2009)4月、「政府紙幣発行問題の大論争を総括する」という論文を発表し、自らの見解を明らかにしている。
 「実は、政府紙幣を新規に発行するという高橋氏・田村氏の政策案には、見逃しえない問題点がある」と丹羽氏は指摘する。「ちょっと考えればすぐわかるように、現行の日銀券と併行的に、新規に政府紙幣を実際に発行・流通させるためには、国内に無数に存在する種々様々な自動販売機やATMなどを全てやり換えねばならない。このことをとってみただけでも、諸種の社会的トラブルがきわめて数多く発生するであろうということは、明らかなところであろう。しかも、現在の日銀券の流通額が約76兆円程度のものなのであるから、それに加えて新規に政府紙幣を数十兆円、数百兆円も発行・流通させることは無理である。高橋洋一氏が提言している25兆円でも、かなり難しい。そして、肝心の景気振興政策の規模そのものが、その額に制限されてしまい、しかも線香花火のように短期的に一回だけ実施される施策にすぎないというのであれば、現下の大不況を克服するには、あまりにも非力である。ましてや、800兆円を超す国家負債の処理ということにまでなると、まったく役に立たない」と言う。
 丹羽氏は、自らについて、「私自身(丹羽)は、十数年も以前から、『国(政府)の貨幣発行特権』(seigniorage セイニャーリッジ権限)の発動によって国の財政危機を救い、わが国の経済の興隆をはかれと提言し続けてきた者であり、いわば元祖である」と述べる。そして、次のように言う。 
 「しかし、私は、『国(政府)の貨幣発行特権』を活用するやり方としては、政府紙幣を刷らないで、しかも、トラブル的な問題も起こさずに政府財政のための『打ち出の小槌』となるような、『スマートで容易な方式があるよ!』と指摘・詳述し、それを採用・実施することこそが『救国の秘策』のための秘策であると、今日まで提言し続けてきたのである」と。
 ここが重要な点で、丹羽氏は政府紙幣つまりお札を印刷して流通させるという案ではない。
 「『スマートでトラブル的な問題も起こさない容易な方式』とは、国(政府)が無限に持っている無形金融資産である貨幣発行特権のうちから、所定の必要額ぶん(たとえば、500〜600兆円ぶん)を、政府が(ある程度はディスカウントでもして)日銀に売り、其の代金は、日銀から政府の口座に電子信号で振り込むことにするというやり方である。しかも、このことは、現行法でも、十分に可能なことである。この方式であれば、新規の「政府紙幣」をわざわざ印刷・発行するようなことをしなくても、そして、言うまでもなく、増税をするわけでもなく、政府の負債を増やすこともなく、事実上、政府の財政財源のための無限の「打ち出の小槌」が確保されることになるのである」
 それゆえ、政府貨幣発行特権の発動には、政府紙幣を印刷する政府紙幣発行論と、電子信号振込み論がある。前者と後者は混同されてはならない。
 丹羽氏は、次のようにも書いている。「実は、私自身は、『国(政府)の貨幣発行特権』という『打ち出の小槌』を財政財源として活用するための、私自身が推奨・提言してきたやり方を、単なる緊急処置的な劇薬の一回限りの投与だなどとは、毛頭、考えていない。マクロ的なデフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの正しく注意深い計測と観察を怠らずに、採用・実施するのであれば、それを長期的に常用することによってこそ、わが国の経済と財政は、きわめて健全化され、活力に満ちて興隆への軌道に乗るはずだと、私は論証し続けてきた。正統派的なケインズ主義的総需要管理政策の理論構成からすれば、そう考えざるをえないのである」と。
 そして、丹羽氏は自らについて、次のように述べる。「すなわち、私は、高橋洋一氏や田村秀男氏が提言してきたようなレベルよりも、さらに踏み込んで、はるかにスケールの大きな高次元の財政政策・経済政策システムを構想し、それを実現すべきだと提言してきたわけである」と。
 エコノミストであれ素人であれ、丹羽氏の主張を批評するには、高橋氏・田村氏との方法と理論の違いを認識した上で批評する必要があることを強調しておきたい。

 

(4)政府貨幣の前例としての太政官札

 

●政府貨幣の前例となる明治維新の太政官札

 政府貨幣発行の実例としては、米国の南北戦争のさいのグリーン・バック紙幣と第1次大戦のときの英国のカレンシー・ノートが有名である。丹羽氏は「ともに、国家存亡の危機からこの両国を救った偉大な成功例」だと言う。
 わが国にも、政府貨幣発行の大成功例がある。明治維新の開始期に発行された太政官札(だじょうかんさつ)である。丹羽氏は、政府貨幣発行特権の発動策に関し、この太政官札の例を強調する。
 慶応3年10月14日(1867年11月9日)、大政奉還が行われ、朝廷を中心とする新政府ができた。だが、新政府は当初、財政的基盤が非常に弱かった。戊辰戦争を継続するにも資金が不足していた。このとき、新政府の財政担当となったのが、由利公正である。由利は、横井小楠の弟子であり、福井藩の経営で実績を上げた。その手腕を買った坂本龍馬が、新政府の財政担当を担えるのは由利しかないと推薦し、岩倉具視らに登用された人物である。
 由利は、新政府の財源を調達するため、政府紙幣の発行を提案した。それが太政官札である。
 丹羽氏は次のように評価している。新政府は、太政官札(後には民部省札)を大量に発行し、「それを財源として文明開化のための諸施策への支出を思い切って積極的に行ない、経済の高度成長と急速な近代化を実現しえた」と。(「正統派的ケインズ政策の有効性」)
 丹羽氏は、『月刊日本』平成15年7月号に掲載した「スティグリッツ氏の提案は間違ってはいない」で大意、次のように述べている。
 「坂本龍馬と光岡八郎(由利公正)の夜を徹しての協議(慶応3年10月末)で基本方針が定められ、慶応4年(明治元年)2月から実施されはじめた太政官札の発行は、客観的に見れば、明治維新を成功させるうえで、まさに決定打として役立った施策であったのである。
 すなわち、王政復古の大号令が発せられた慶応3年末から戊辰戦争が終わった直後の明治2年の9月までの期間をとって見てみると、当時の維新政府は、戊辰戦争のための戦費をも含めて5129万円の財政支出を行なっているのであるが、そのうちの実に93.6パーセントにあたる4800万円が太政官札という不換政府紙幣の発行による造幣益でまかなわれているのである」。
 当時の政府は、まだ基盤が脆弱で、威令も十分には行なわれていなかった。租税を組織的に徴収するようになったのは、明治4年(1871)に断行された廃藩置県の後である。当初、政府の財政は、累卵の上に立っているような危ない状況にあった。そのような中で発行された太政官札は、戊辰戦争の戦費支出を含む巨額の財政支出の93.6パーセントをまかなった。 
 「太政官札発行による造幣益が、もしも無かったとしたならば、維新政府は存続しえずに崩壊していたにちがいない。このことを想起するならば、当時、維新政府が太政官札の発行を断行しえたことこそが、維新の大業を成功させた決定的な要因であったと、考えねばならないのである」と丹羽氏は言う。
 太政官札発行開始の2年後に、小額紙幣として、民部省札の発行が始まった。これも不換政府紙幣だった。明治5年(1872)からは、太政官札と民部省札は、印刷を巧緻なものとした『新紙幣』と呼ばれる紙幣に取り替えられた。

 

●太政官札はデフレ・ギャップ存在の中で発行された

 明治新政府の基盤が固まり、税収が増えるにつれて、毎年の財政支出が政府紙幣の発券による造幣益に依存する程度は徐々に下がっていった。しかし、明治5年になっても、政府の財政支出が政府紙幣の造幣益に依存していた割合は、依然として30パーセントを占めていた。
 それほど巨額の不換政府紙幣が発行され、その造幣益を財源として、文明開化のためのインフラストラクチャー整備や防衛力充実のための巨額の財政支出と諸産業への政府融資が大々的になされた。さらに、廃藩置県に伴う旧藩の藩札等債務の償還等も、少なからぬ額で行なわれた。それにもかかわらず、「当時のわが国の国内物価は西南戦争が勃発した明治10年ごろまでは、基本的には安定していた」という事実を丹羽氏は指摘する。
 ここで丹羽氏が重視するのが、デフレ・ギャップの存在である。
 「明治維新の際にも、徳川幕府崩壊の衝撃で全般的に経済活動が委縮・麻痺し、江戸のまちが灯の消えたようにさびれたと伝えられているほどに、相当に深刻なデフレ・ギャップが発生していた」(「正統派的ケインズ政策の有効性」)
 幕府の倒壊による先行き不安により、マクロ的な生産能力の遊休、つまりデフレ・ギャップが巨大に発生していたために、明治10年(1877)に西南戦争が勃発するまで、物価は安定基調を保っていた。
 この点について、丹羽氏は次のように述べている。
 「明治の初年から10年間も物価が安定していたということは、不換政府紙幣の大量発行を財源としてなされた文明開化政策や軍備近代化の推進などによる有効需要の大幅な増大に対応して、そのような遊休生産能力が活用されはじめて、諸種の物資や商品の供給も順調に増えることができたのだということを意味しているのである。まさに、ケインズ経済学のセオリーどおりのプロセスが妥当していたということである。驚くべきことに、由利公正は、ケインズ理論が体系化される70年も前に、このようなプロセスを見通していたらしいのである」(「スティグリッツ氏の提案は間違ってはいない」)
 由利がそこまで見通していたかどうかは、定かでない。しかし、結果として、丹羽氏が言うように、「明治維新が成功したのは、このように政府紙幣の発行を断行して、デフレ・ギャップという「真の財源」を活用することができたから」と言えるだろう。丹羽氏は、「現在、深刻な不況と財政破綻に直面しているわれわれは、いまこそ、明治維新のさいの太政官札の故知にならうべきなのである」と主張している。(「正統派的ケインズ政策の有効性」)
 私見を述べると、太政官札は、わが国初の西洋近代的な紙幣だった。当時、欧米の紙幣は兌換紙幣だったが、太政官札は不換紙幣だった。わが国に中央銀行はまだ存在していなかった。由利の発想のもとは、江戸時代に各藩が出した藩札だろう。福井藩でも藩札を出して、領民に貸し付け、産業を振興した。由利は、この成功例をもとに、全国規模で実施しようとしたのだろう。丹羽氏は触れていないが、由利は太政官札に利息をつけて返済することとした。期間は13年、そのうちの3年分は利息の支払に当てた。こうした返済という点から見ると、太政官札は、国債に似た性格も持っていた。由利は、13年後には太政官札を正札に替える方針だった。太政官札は、国家危急の事態を打開するための独創的な方策だった。
 太政官札という政府貨幣の発行なくして、資金難の明治政府が立ち行くことはできなかった。文明開化、富国強兵、殖産興業を進めた明治維新の成功は、由利による政府貨幣の発行に負うところが大きいのである。

 

(5)太政官札と「五箇条の御誓文」

 

●横井小楠と由利公正

 太政官札を発行して新政府の財政危機を打開した由利公正は、横井小楠の弟子だった。
 勝海舟は、次のように語っている。「俺は今までに天下で恐ろしい者を二人見たよ。それは、横井小楠と西郷南洲であった。……横井の思想の高調子のことは、俺などとてもはしごをかけても及ばぬと思ったことがしばしばあったよ」(『氷川清話』)
 勝が畏敬するほどの人物、横井小楠は西郷・勝と並び、幕末維新の三傑と呼ぶにふさわしい巨人だった。
 小楠は越前福井藩の松平春嶽に招かれ、藩の財政改革を指導した。増産した絹や生糸を長崎で売却して農民に還元するという富国策は大きな成果を挙げた。この時、小楠の教えを受け、一緒に富国策を実施したのが三岡八郎、後の由利公正である。
 小楠は、『国是三論』を著した。本書は、富国・強兵・士道の三論より成る。それぞれ経済論・国防論・道徳論にあたる。小楠は、「富国強兵」によって国力を充実させたうえで、「大義」を世界に伝えるという国家目標を打ち出した。その思想は、勝海舟、西郷隆盛、坂本龍馬等に大きな影響を与えた。
 坂本龍馬は、福井藩を訪れて、小楠・由利に会い、大いに語り合った。小楠は日本の目指すべき国家像を語り、由利はそれを実現するために新政府の財政論を語った。
 龍馬は、新政府に必要な人材のリストに、小楠、由利を挙げた。龍馬の推薦により、二人は新政府に出仕し、新しい日本の建設に携わった。龍馬は暗殺され、小楠もまた出仕数ヵ月後に暗殺された。由利は、龍馬や小楠の意思を受け継ぎ、事実上、新政府最初の大蔵大臣となって、財政政策を担当した。
 由利は、太政官札を発行するにあたり、政府が信用を得ることが必要だと説いた。新政府の方針を示すため、自ら方針の草案を書いた。それが、「五箇条の御誓文」のもとになった。丹羽氏は、太政官札と「五箇条の御誓文」の関係について触れていないが、私はこの点が非常に重要だと考えている。丹羽氏の説く政府貨幣の発行は、太政官札に勝るとも劣らぬ大胆な策である。政府が国民の信用を確保し得てこそ、実行が可能となる。国民の信用を得るには、政府が国民に大方針を示す必要がある。国家の根本理念や目標像、それを実現するための計画を明確に打ち出し、国民の精神を統合することなくして、大胆な政策は断行し得ない。
 そこで、太政官札の先例に学ぶに当たり、「五箇条の御誓文」について記しておきたい。

●五箇条の御誓文

 慶応4年 (明治元年) 3月14日(1868年4月6日)、明治天皇は、「五箇条の御誓文」を発表した。政治の御一新に当たり、明治天皇が国家の大方針を示したものだった。
 御誓文は、次のようなものである。

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下(しょうか)心を一にして、盛んに経綸を行ふべし。
一、官武一途(いっと)庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦(う)まざらしめむことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道にくべし。
一、智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
 我国未曾有の変革を為(なさ)んとし、朕躬(み)を以て衆にじ、天地神明に誓、大(おおい)に斯(この)国是を定め、万民保全の道を立(たて)んとす。衆亦此(この)旨趣(ししゅ)に基き協心努力せよ。

 次に、現代語訳を示す。

一、会議を開き、多くの人の意見を聞いて政策を決める。
一、身分の上下に関係なく、心を合わせて、政策を行おう。
一、公家、武士や庶民の区別なく、国民の志がかなえられ、失望のない社会にしよう。
一、これまでの慣習をやめ、国際社会の習慣に従おう。
一、新しい知識を世界の各国に求め、国家を繁栄させよう。
 わが国は、未曾有の大改革を行うので、私はみずから先頭に立ち、天地神明に誓い、重大なる決意を持って、国家の大方針を決め、国家・国民の安定を図る道を確立するつもりである。国民の皆さんにもこの趣旨に基づいて、心を合わせて、努力をお願いしたい。

 「私」とは、明治天皇である。天皇が天地神明に誓って、国是すなわち国家の大方針を決め、これを国民に発表し、国民に心を合わせて努力してほしいと呼びかけたものである。

関連掲示
・拙稿「大義を世界に〜井小楠
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●横井小楠の「国是七条」

 大政奉還により、王政復古がなされたとき、天皇を中心とする新政府は、新しい日本の方針を国民に示す必要があった。その方針案を起草したのが、当時、新政府参与という役職にあった由利公正である。由利は、横井小楠や坂本龍馬の思想を深く理解・継承し、新政府の政治に生かそうとした。由利の方針案には、自ずと小楠や龍馬の思想が現れていると考えられる。
 由利の師・横井小楠は文久2年(1863)、松平春嶽が政事総裁職に就くと、春嶽に従って幕政に参加した。小楠は、幕政改革の方針を「国是七条」として建議した。下記の七条である。

一、大将軍上洛して列世の無礼を謝せ。
一、諸侯の参勤を止めて述職となせ。
一、諸侯の室家を帰せ。
一、外様・譜代にかぎらず賢をえらび政官となせ。
一、大いに言路をひらき天下とともに公共の政をなせ。
一、海軍おこし兵威強くせよ。
一、相対交易をやめ官交易となせ。

 七条の中で「大いに言路をひらき天下とともに公共の政をなせ」という条文は、「御誓文」の骨子の一つとなった。御誓文の「智識を世界に求め」は、小楠が『国是三論』で説いた「智識を世界万国に取て」から採られたものとみられる。小楠はまた同書に「一国上の経綸」という章を設け、経済について論じた。その影響を受けた由利が、御誓文の草案に「経綸」の語を用い、御誓文の「盛んに経綸を行ふべし」に結実した。
 文久3年(1864)4月、坂本龍馬は、勝海舟の使いで福井藩の松平春嶽を訪れた。目的は海軍の軍資金の調達だったが、龍馬は、「海軍おこし兵威強くせよ」と説く小楠の助力を受けて、多額の軍資金を得ることができた。この時、龍馬は小楠を自宅に訪ねた。小楠は龍馬を連れ、由利の家を訪れた。三人は国を憂い、大いに語り合った。その際に、龍馬が詠んだと伝えられるのが、次の歌である。

 君がため捨つる命は惜しまね 心にかかる国の行く末

 君とは、当時の志士において天皇を意味する。龍馬の尊皇と愛国の思いが表れた歌と言えよう。

●坂本龍馬の「船中八策」

 龍馬は、慶応3年(1867)6月9日、薩長による討幕を推し進め、天皇を中心とする新国家を創ろうと奔走した。そして、長崎より京都へ向かう船中で、新しい国の体制案を記した。それが「船中八策」である。

一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出ずべきこと。
一、上下議政局を設け、議員を置き、万機を参賛せしめ、万機よろしく公論に決すべき事。
一、有材の公卿・諸侯および天下の人材を顧問に備え、官爵を賜、よろしく従来有名無実の官を除くべき事。
一、外国の交際広く公議をとり、新たに至当の規約を立つべき事。
一、古来の律令を折衷し、新たに無窮の大典を選定すべき事。
一、海軍よろしく拡張すべき事。
一、御親兵を置き帝都を守衛しむべき事。
一、金銀物価よろしく外国と平均の法を設くべき事。

 第一の「天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出ずべきこと」とは、大政奉還である。第二の後半に「万機よろしく公論に決すべき事」とある。この主旨は、由利の御誓文草案の「万機公論に決し私に論ずるなかれ」を通じて、成文の「万機公論に決すべし」に生かされる。
 龍馬は、「船中八策」を書いた年の11月1日、由利を新政府の財政担当として招くため、福井藩を再訪した。由利の財政論を聴いた龍馬は、改めて由利の必要性に確信を深めた。その2週間後、11月15日、龍馬は京都・近江屋で暗殺された。

●由利公正の「議事之体大意」

 龍馬の死を知った由利は、深い悲しみに襲われた。龍馬の推薦により、横井とともに新政府に出仕したが、横井もまた暗殺された。日本は新たな出発において、実に貴重な人材を失った。
 残された由利は、新政府の財政的窮状を打開すべく、太政官札の発行を説いた。異論反論が起こったが、由利の政策を最も良く理解する岩倉具視が、採用を進めた。この時、由利は太政官札を通用させるには新政府の信用が必要であることを力説した。そのためには新政府の方針を広く世間に示すことだと主張し、自ら草案を書いた。慶応4年(1868)1月のことである。

一、庶民志を遂げ人心をして倦まさらしむるを欲す。
一、士民心を一つに盛んに経綸を行ふを要す。
一、知識を世界に求め広く皇基を振起すへし。
一、貢士期限を以って賢才に譲るべし。
一、万機公論に決し私に論ずるなかれ。

 第一の「庶民志を遂げ人心をして倦まさらしむるを欲す」は、御誓文の「官武一途庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦まざらしめむことを要す」に結実した。第二の「士民心を一つに盛んに経綸を行ふを要す」は、御誓文の「上下心を一にして、盛んに経綸を行ふべし」に結実した。第三の「知識を世界に求め広く皇基を振起すへし」は、御誓文の「智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし」に結実した。第四の「万機公論に決し私に論ずるなかれ」は、御誓文の「広く会議を興し、万機公論に決すべし」に結実した。
 由利案の「経綸」は小楠の「一国上の経綸」から来ており、「智識を世界に求め」は、小楠の「智識を世界万国に取て」に由来し、「万機公論」は、小楠の「大いに言路をひらき天下とともに公共の政をなせ」に発し、龍馬の「万機よろしく公論に決すべき事」による。

 

●「五箇条の御誓文」の完成と発表

 由利公正は「議事之体大意」を、東久世通禧を通じて議定兼副総裁の岩倉具視に提出した。
 由利案に対し、福岡孝弟が冒頭に「列侯会議を興し」の字句を入れるなどの修正を加え、表題を「会盟」に改めて、天皇と諸侯が共に会盟を約する形を提案した。これに対し、総裁局顧問の木戸孝允は、天皇が天神地祇を祀り、神前で公卿・諸侯を率いて、共に誓い、また全員が署名する形式を提案し、これが採用された。木戸はまた福岡案の「列侯会議を興し」を「広ク会議ヲ興シ」に改め、五箇条の順序を入れ替えるなどした。さらに、議定兼副総裁の三条実美は、表題を「誓」に修正した。こうして、「五箇条の御誓文」が完成された。
 改めて「五箇条の御誓文」を、次に掲載する。

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行ふべし。
一、官武一途庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦(う)まざらしめむことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道にくべし。
一、智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
 我国未曾有の変革を為とし、朕躬を以て衆にじ、天地神明に誓、大に斯国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦此旨趣に基き協心努力せよ。

 ここで私が強調したいのは、五箇条の文言に続いて、明治天皇が「我国未曾有の変革を為とし、朕躬を以て衆にじ」云々と述べておられることである。
 明治天皇はまた御誓文と同日、御宸翰(ごしんかん)を出された。宸翰とは天皇直筆の文書である。そこには次のような意味のことが記されている。
 「今回の御一新にあたり、国民の中で一人でもその所を得ない者がいれば、それはすべて私の責任であるから、今日からは自らが身を挺し、心志を苦しめ、困難の真っ先に立ち、歴代の天皇の事績を踏まえて治績に勤めてこそ、はじめて天職を奉じて億兆の君である地位にそむかない、そのように行う」
 すべての人が「所を得る」ような状態をめざし、全責任を担う。天皇の決意は、崇高である。ここには天皇が国民を「おおみたから」と呼んで、大切にしてきたわが国の伝統が生きている。御誓文と御宸翰に示されたもの、それが近代日本のデモクラシーとナショナリズムの始まりだったのである。
 由利は政府貨幣の発行には、政府の信用がいる、それには国家の大方針を示すべきだと述べ、自ら草案を書いた。五箇条の御誓文により、国家の大方針を示した新政府は、太政官札の発行による造幣益で財源を確保し、新しい日本の建設を進めることができた。
 新政府は、五箇条の御誓文の国是の下に、封建制度を改めた。その一環として封建領主が所有する領民と領地を天皇に返す改革が行われた。まず版籍奉還が行われ、続いて廃藩置県が断行された。ほとんど無血の革命が、わずか一日で実現した。明治新政府の課題は、一日も早く近代国家を建設にして、欧米列強に支配されないようにすることだった。それを成し遂げる資金を調達するには、各藩の徴税権を中央政府に集約するしかない。廃藩置県によって、近代的な租税制度が確立された。
 五箇条の御誓文は、その後、自由民権運動のよりどころともなった。政府が維新当初の理念から外れ、藩閥による有司専制に変質したのに対し、板垣退助らが「民撰議院設立建白書」を提出した。この際、五箇条の御誓文の起草者・由利公正は、建白書に名を連ねた。自由民権運動は、天皇を中心とする日本的なデモクラシーとナショナリズムを発展させた運動だった。その理念は、五箇条の御誓文に掲げられた近代日本の国是だった。

●政府貨幣の発行には国家の大方針が必要

 さて、太政官札との関係で「五箇条の御誓文」について書いてきたが、私が強調したいことは、御誓文は、由利公正が、太政官札を発行するにあたり、政府が信用を得ることが必要だと説き、新政府の方針を示すため、自ら方針の草案を書き、それが御誓文のもとになったことである。丹羽氏の説く政府貨幣の発行は、太政官札に勝るとも劣らぬ大胆な策である。政府が国民の信用を確保し得てこそ、実行が可能となる。国民の信用を得るには、政府が国民に大方針を示す必要がある。国家の根本理念や目標像、それを実現するための計画を明確に打ち出し、国民の精神を統合することなくして、こうした大胆な政策は断行し得ない。
 政府貨幣発行特権の発動は、単なる経済政策としてではなく、日本の復活・発展のための大方針のもとに、その実現方法として実行されるべき政策である。ここで私が最も重要だと思うのは、日本の復活・発展のために、日本人が日本精神を取り戻すことである。日本精神の復興がなってこそ、国家の大方針が確立し、それを実現するための方策も確定できる。政府貨幣の発行は方法論に過ぎず、方法論に偏しては政策の施行はうまくいかないだろう。
 ここで、私が日本精神の復興というのは、「五箇条の御誓文」に表れたような日本の精神的伝統の発展的な継承である。「五箇条の御誓文」は、直接的には由利・福岡・木戸らが作成に関与し、そこに小楠・龍馬の思想が反映しているが、彼らの背景には、長い歴史の中で受け継がれてきた日本人の精神があるのである。その伝統的な精神を、明治維新の際の先例を通じて学び、今日の日本において復興させること。そしてさらにそれを発展させること。それが、日本の危機を打開することにつながると私は思う。

 

(6)昭和恐慌での高橋是清への評価

 

●ケインズ的な政策を断行した高橋是清

 わが国近代の財政家のうち、一般に最も高く評価されているのは、高橋是清である。丹羽氏もまた高橋を高く評価する。高橋がケインズ以前にケインズ的な政策を行ったことが、丹羽氏の評価のポイントである。
 丹羽氏は高橋是清が「愛弟子の深井英五日銀総裁との名コンビによる画期的なマクロ財政・金融政策によって、大不況のどん底からわが国の経済を、ものの見事に回復・興隆させた業績は、すばらしいものがあった。わが国の防衛戦力にしても、昭和5年ごろの弱体化していた状況から見れば、高橋財政期には格段に強化され、わが国が大東亜戦争であれだけ善戦しえたのは、高橋蔵相のおかげであったと言ってもよいのである」という。
 そして、「ケインズ的なフィスカル・ポリシーの理論が、ケインズの主著『雇用、利子、貨幣の一般理論』の公刊によって体系づけられたのが、ようやく1936年(昭和11年)であったから、昭和6年の暮れから始動した高橋是清、深井英五の両氏による卓抜な財政・金融政策は、『模範的なケインズ的政策』を、ケインズ理論登場に数年も先立って実際に断行し、きわめて優れた成果をあげえたものであり、世界に誇るべき偉業であった」と賞賛する。(「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」)
 私見を述べると、世界大恐慌後、わが国の経済を立て直した高橋是清は、「日本のケインズ」と呼ばれるが、実際に高橋がケインズ的な政策を行ったのは、ケインズが『一般理論』を出す前のことである。すなわち、高橋は昭和6年(1931) 犬養毅内閣の大蔵大臣として、デフレ下の日本で積極財政を断行した。当時ケインズは『一般理論』への途上にあった。当然、高橋が一般理論を学んで経済政策を立案したのではない。高橋は農商務官僚、日銀総裁等を歴任した実務家として、独自の思考で政策を構築した。そして、新規発行の赤字公債を発行して、日銀に直接引き受けさせ、それを財源として政府投資を行った。
 高橋・深井の財政・金融政策の連携によってわが国の景気は、回復に向った。わが国は、大恐慌後の世界でいち早くデフレを脱出した。昭和8年(1933)に始まるアメリカのニューディール政策の先を行っていた。見事というしかない。
 高橋は、昭和9年(1934)、岡田啓介内閣では、高率のインフレの発生が予見されると、これを抑制する政策を講じた。今度は政府投資の削減を目指し、主に軍事費を縮小する方針だったので、軍部の反発を買った。高橋は全くひるむことなく、軍部を厳しく批判した。そのため、2・26事件で暗殺された。
 デフレの時は総需要を増大し、インフレの時は総需要を削減して、景気の安定を図る。『一般理論』は昭和11年(1936)年1月に刊行された。高橋はそれ以前に、独創的な政策を実行していた。自らの思考でケインズ以前にケインズ以上に実際的な政策体系を創造したのである。
 丹羽氏の場合、高橋是清の業績を高く評価しているが、現在のわが国においては、政府が新規国債を発行し、日銀が直接買い取りをするという方法よりも、政府貨幣発行特権を発動すべしと主張する。
 小渕首相への「建白書」においては、次のように言う。「もちろん純理論的には、戦前の高橋是清蔵相と深井英五日銀総裁が協力して行なって成功をおさめたように、新規発行国債を日銀が直接引き受けするという手段が、まだ有効なはずでありましょう。しかし、現実の問題としては、政策担当者諸氏は、現在すでにきわめて巨額なものに達してしまっている国債発行残高や政府債務を憂慮の念をもって顧慮せざるをえないでしょうから、どのような形のものであるにせよ(たとえ、日銀直接引き受けのものであろうとも)、新規の国債発行を財源とするような財政政策は、(略)必然的に、姑息かつ規模過小の弊に陥ることが避け難いものと、考えねばなりません」と。
 この丹羽氏の意見には、次のような反論が成り立つ。新規の国債発行を「姑息かつ規模過小」ではなく、5ヵ年計画かつ100兆円単位で行うこととし、それを強力に実行する政治家がいれば、日銀の直接買い取りという手段は有効である、と。私は、こうした政策の可能性を否定すべきでないと思う。

 

(7)丹羽春喜氏と菊池英博氏の継承・発展を

 

●丹羽春喜氏と菊池英博氏〜共通点と相違点

 現代のわが国を代表するエコノミストに、丹羽春喜氏と菊池英博氏がいる。丹羽氏については、拙稿「救国の秘策がある!」及び本稿に書いているように、政治家・財界人・有識者に少数ながら強い支持者がいる。菊池氏については、拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏」に書いた。過去数度、衆議院・参議院の予算委員会公聴会で公述しており、東日本大震災の直後にも国会に呼ばれて提言をした。氏の理論と主張に耳を傾ける政治家も少なくない。私は、丹羽氏と菊池氏は、現代日本のエコノミストの双璧だと思っている。
 ここで丹羽氏と菊池氏の共通点と相違点を提示し、比較・検討を行いたい。
 最初に、丹羽氏と菊池氏の共通点は、私の見るところ、主に5点ある。
 第一に、官僚の作ったデータに惑わされずに、わが国の経済状況の実態に迫っている。丹羽氏は、日本経済の実態を、デフレ・ギャップ(GDPギャップ)の統計によって示す。菊池氏は、財政を純債務で見ることによって日本経済の実態を示す。
 第二に、デフレ下において、緊縮財政に反対し、積極財政を説いている。理論的には、丹羽氏は自ら「正統派ケインズ主義」を標榜する。菊池氏はケインズ主義的だが、自らの理論的な論拠を明言しない。
 第三に、構造改革政策への批判である。丹羽氏は、総需要管理政策を行えば、構造改革政策は不要であり、効果が低いとして批判する。菊池氏は構造改革政策の規制緩和、不良債権処理等を具体的に批判する。
 第四に、現状における増税への反対である。丹羽氏はデフレ下での増税は論外、減税が必要と言う。菊池は、消費増税に強く反対し、「天下の愚策」だと痛烈に批判し、積極財政を行えば、消費税は0%にできると説く。
 第五に、郵政民営化への批判である。丹羽氏は、郵政民営化を財政投融資の意義を評価する視点から批判する。米資による日本の富の略取には言及しない。菊池氏は、郵政民営化の背後にはアメリカの圧力があることを述べ、日本郵政の株式売却の凍結等が必要だとする。

 次に、両者の相違点は、大きく二つに分けられる。
 第一に、財源の調達方法である。丹羽氏は、財源の調達を政府貨幣特権の発動に求める。菊池氏は、主に、政府系の金融資産を担保とした国債の発行に求める。
 第二に、それ以外の財政・経済に関する考え方である。財政の見方、国家会計制度のあり方、税に関する制度、金融に関する政策、企業経営と雇用に関する思想等である。
 これらの共通点、及び相違点を確認したところで、最大の相違点である財源の調達方法の違いについて、まず述べ、次にそれ以外の相違点について述べたいと思う。

●政府貨幣か国債か

 丹羽氏は、政府貨幣の発行を説くが、国債の発行自体について、否定的ではない。昭和62年(1987)刊行の『ケインズ主義の復権』(ビジネス社)の時点では、次のように述べている。
 「日銀は、事実上、政府の一部門とみなしうる機関であるから、日銀の保有している国債については、政府は利子支払や元本の償還を、いつでも無期延期できるということである。すなわち、日銀保有の国債は、それがどれほど巨額に累積されようとも、国家財政にとってはいささかの負担にもならないのである」
 しかし、その後、丹羽氏は、平成10年(1998)9月10日の「小渕首相への政策要求書」では、わが国の国債発行残高は既に膨大な額に達しており、国債を財源とする政策の策定は、「姑息かつ規模過小の弊に陥る」ので、「国債発行に頼るのは不適切」だと書いた。
 翌11年(1999)3月3日、小渕首相への「建白書」では、より否定的な主張を述べた。次のごとくである。
 「もちろん、純理論的には、戦前の高橋是清蔵相と深井英五日銀総裁が協力して行なって成功をおさめたように、新規発行国債を日銀が直接引き受けするという手段が、まだ有効なはずでありましょう。しかし、現実の問題としては、政策担当者諸氏は、現在すでにきわめて巨額なものに達してしまっている国債発行残高や政府債務を憂慮の念をもって顧慮せざるをえないでしょうから、どのような形のものであるにせよ(たとえ、日銀直接引き受けのものであろうとも)、新規の国債発行を財源とするような財政政策は、(略)必然的に、姑息かつ規模過小の弊に陥ることが避け難いものと、考えねばなりません」と、
 このように丹羽氏は、わが国の国債発行残高は既に膨大な額に達しているため、国債の発行は「姑息かつ規模過小の弊に陥る」として、国債発行を財源することに否定的である。
 だが、この点については、菊池氏は、国債発行による5年間で200兆円の財政出動という大胆な政策を打ち出しており、丹羽氏の指摘は当たらない。
 菊池氏は、拙稿「経世済民のエコノミスト」で紹介した「日本復活5ヵ年計画」で、次のような政策を提案している。政府投資の30兆円と減税枠の10兆円を合わせた40兆円を景気対策として毎年実施し、5年間にわたって継続させる。この200兆円の財政出動で名目GDPの成長率は4〜6%に達する。財源は、特別会計の埋蔵金100兆円を一般会計の投資項目に振り向け、「内需創出国債」を80兆〜100兆円発行し、個人向けに無利息の「デフレ脱却国債」、つまり無利子国債を20兆円以上発行する、という政策である。
 私の知る限り、丹羽氏による菊池氏のこの政策への論評はない。

関連掲示
・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

 

●国家埋蔵金の活用

 菊池氏は、5年間で200兆円の財政出動をするうちの100兆円は、国家埋蔵金を使う。特別会計の埋蔵金100兆円を一般会計の投資項目に振り向けると言う策である。この策についても、丹羽氏は直接論評していないが、埋蔵金については、次のような発言がある。
 「『政府貨幣・政府紙幣』発行権は無制限に認められていて、数百兆円、数千兆円の発行も可能である。つまり、国は埋蔵金などとはレベルの違う無限大の貨幣発行特権という無形金融資産の『打ち出の小槌』を持っているのである」(政府紙幣についての基本的Q&A」)
 「国家財政には、埋蔵金どころか、まさに「国家の基本権」としての「打ち出の小槌」が内含されている」(『政府貨幣特権を発動せよ。』)
 政府貨幣発行特権は、無限大であり、埋蔵金とはレベルが違う、と言っているから、菊池氏への間接的な批判ともなる。
 私は、国家埋蔵金については、国会で明らかにし、それを有効に使うことは必要と考える。そのままにしておくと、官僚が勝手に使う。大体、特別会計と一般会計による複雑な会計制度をつくり、財政が赤字であるかのように見せかけながら、埋蔵金を増やしてきたことが不正である。会計制度自体を正さないと、政府貨幣を発行しても、その仕組みによって、官僚や一部政治家に悪用される。
 また、国家埋蔵金について、菊池氏の主張が重要なのは、菊池氏がデフレの脱却のために、一時的な拠出として埋蔵金を使うことを提案しているのではないことである。菊池氏は、一般会計と特別会計を一本化する会計制度の改革によって、そもそも不透明な埋蔵金が生まれないような仕組みに変えることを提案している。この点が重要である。

●無利子国債の発行

 菊池氏は、200兆円の財政出動を行う財源の一部を、無利息国債(無利子国債)の発行で集めるという案も出している。これは個人向けに無利息の「デフレ脱却国債」を発行する案である。
 個人向けの新規国債として「無利息非譲渡性の預金」と同じ形式の5年物の国債を発行し、原則5年間継続で保有してもらう。これを「デフレ脱却国債」と名づける。購入者には5年後に無税扱いの10%の褒賞金か、同額の相続税の税額控除を受けられる特典を与える。
 現在、大ロの相続税は土地や農地で物納されることが多い。この新国債を購入した人には、政府系金融機関が土地を担保に同額の融資を実行する。高齢者がこの融資制度を利用して、生前にこの新規国債を購入しておけば、相続税に際して税額控除を受けることが可能になる、としている。
 丹羽氏は、無利子国債に対しては否定的である。「私は、無利子国債の発行ということについては、ずっと、否定的な意見を述べ続けてきた。その理由は、それが政府の負債(日銀に対する負債であるにせよ)をいっそう大きく増やすことになるので、IMFあたりからの非難をこうむる可能性も高く、国民をますます不安にさせて士気の低下を招き、政府の政策当局のスタンスも姑息で中途半端なものにさせてしまうことになると思われるからである」と言う。(「政府紙幣 発行問題の大論争を総括する 」)
 この点も、丹羽氏と菊池氏の違いの一つである。

 

●国債増発の限界

 国債について私見を述べると、国債発行の場合は、既に大量の既発国債が累増していることがネックになる。積極財政で景気を振興し、経済成長率を5%前後に引き上げれば、税収が増え、純債務の国民負担率は下がる。しかし、国民負担率は下がっても、新規国債の絶対額は増える。
 国債はどこまで増発できるのか。菊池氏は名目GDPの成長が上回れば、債務は薄まる、国民負担率は下がる。「経済成長がすべてを解決してくれるのだ」と言う。しかし、成長率が止まったり下がったりすれば、増大した国債の圧迫は大きくなる。長期金利の上昇、国債の暴落等になりかねない。
 また、累増した国債はいつか大量に償還しなければならない。仮に国債を永久国債(超長期債)で発行したとしても、金利の支払はついて回る。国債増発による経済成長論は、国債償還のための決め手がない。丹羽氏の「救国の秘策」には、その国債償還の方策が組み込まれている。
 丹羽氏は、「国(政府)の貨幣発行特権」であれば、「国債発行にともなう諸種の好ましからざる問題点の発現をすべて避けうる」(小渕首相への「政策要求書」)とし、政府貨幣は、政府は利息の支払いや元本の償還を行なう必要がなく、その発行額は、正真正銘、政府の財政収入となる、と説く。
 政府貨幣は、理論的には、生産能力の余裕がある限り、デフレ・ギャップの枠内で発行可能である。丹羽氏の推計では、デフレ・ギャップは現在、年間400兆円ある。それゆえ、丹羽氏の政策のように650兆円分の政府貨幣を発行しても、問題ない。丹羽氏は、この650兆円のうち、50兆円は日銀に割引し、250兆円は公共投資に投入し、残り350兆円を国債の償還に当てる。それで国の長期債務残高を約半分に減らすという案である。景気を振興するとともに、財政状況を直接改善する。しかも、円高を円安に誘導でき、産業の対外的競争力の回復も図れると言う。
 このように、政府貨幣発行特権の発動策は、国債の大量償還を政策に組み込んである。丹羽氏の案では、「流動性の罠」を避けるために政府貨幣で米国債等を買い、国債と等価交換する方法で償還するという方法も提示されている。
 菊池氏は、丹羽氏の政府貨幣発行論を直接、論評していないようである。政府貨幣発行論を採れば国債発行は必要ないから、国債発行を説く菊池氏は、政府貨幣発行に不賛成ということだろう。

●他のエコノミストの財源論
 
 ここで丹羽氏と菊池氏の比較から離れて、他のエコノミストについて見ておこう。
 デフレ下における積極財政を説くエコノミストは、丹羽氏、菊池氏以外にもいる。宍戸駿太郎氏、田村秀男氏、三橋貴明氏らがそうである。財源の調達方法については、宍戸氏、田村氏、三橋氏は、菊池氏と同じく、基本的に国債の発行である。
 宍戸氏は、平成11年(1999)には丹羽氏の『日本経済復興の経済学』に推薦文を寄せ、小渕首相に出した「建白書」に名を連ねた。しかし、現在は丹羽氏の政府貨幣発行論を積極的に支持していない。22年(2010)4月1日号の産経新聞のインタビュー記事では、国債発行論を説いている。「償還期間が5年の中期国債を特別増発すれば、企業収益の向上で法人税などが増え、7割を償還できる。通常の償還期間10年の国債なら完全な償還と需要創出を両立できるはずだ。財政出動で家計と仕事と医療を満たせば人口は必ず増えて経済は拡大し、財政問題もおのずと解決する。縮小均衡論に惑わされてはいけない」と言う。
 田村氏は、産経新聞平成21年(2009)1月13日号で、政府がお札を刷る政府紙幣は「発行費用は紙と印刷代で済むから、政府は財政赤字を増やさずに巨額の発行益を財源にすることができる。まるで政府が「打ち出の小づち」を振るような話だが、きちんとした経済理論的な根拠もある」と書いた。ただし「もちろん、政府紙幣の発行額には限度もある。高橋洋一東洋大学教授は、その発行適正規模を『25兆円』とみている」と言う。「打ち出の小づち」は丹羽氏のキャッチフレーズだが、田村氏は丹羽氏の名前を挙げず、丹羽氏の理論も引用しない。この仕方は言論人としてフェアーでない。
 三橋氏は、平成22年(2009)刊行の『崩壊する世界 繁栄する日本』で、日本の財政破綻はあり得ない、と断言し、「日本政府はいざというときには政府紙幣を発行したり、日銀に国債を買い取らせることも可能なのだ」と言う。23年(2011)5月刊の『日本経済、成長と復興の戦略』でも、「政府紙幣」に触れ、東日本大震災からの復興の財源は、国債でも政府紙幣の発行でも構わないという。しかし、基本的には国債の発行論である。日銀の直接引き受けの拡大をすべきと説く。三橋氏は、丹羽氏の名前を上げたり、著書を引用したりして論評していない。「政府貨幣」ではなく「政府紙幣」と書いており、丹羽氏の提言を正確に理解しているかは、疑わしい。

関連掲示

・拙稿「日本経済復活のシナリオ〜宍戸駿太郎氏1

・拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ〜三橋貴明氏


●政府貨幣は国債発行以上に、精神的な団結が必要
 
 私は、デフレ下で積極財政を説き、財源を国債の発行に求めるエコノミストの中で、菊池英博氏を最も高く評価する。菊池英博氏の「日本復活5ヵ年計画」は注目すべき提案である。しかし、国債の発行を続ける限り、いかに経済成長をし、国民負担率は下がったとしても、利払いはつきまとう。いつかは償還・回収しなければならない。永久債という手もあるが、これも利払いは続く。また永久債の所有者と非所有者の格差が固定される。それゆえ、丹羽氏が提唱する政府が貨幣発行特権を発動して日本経済を再興するという政策は、国債発行にまさる上策だと思う。ただし、この政策は巨大なデフレ・ギャップが存在し、生産能力に余裕のあるうちに実行しないと、実行可能な条件を失う。政府が愚かな政策を続けていると、またとない条件を自ら潰してしまう。
 日本は財政悪化、少子高齢化、人口減少の中で復活をかけた経済政策を行なわなければならない。策を得ず、時を失えば、日本は確実に衰退する。
 起死回生の政策は、既に提案されている。日本の復活のために国債の大量発行による積極財政を行うには、国民の精神的な団結を必要とする。政府貨幣の発行は、国債発行の場合以上に、強い団結を要する。日本人が日本精神を取り戻し、国民一丸となって取り組まなければ、世界のどこの国もやったことのない大規模な復興政策は、成功できない。また、国家指導者には、政策への国民の理解を得る努力をし、不退転の決意で政策を断行する強いリーダーシップが求められる。日本人の覚醒と覚悟が、日本の将来を決める。

 

関連掲示

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

 

●財源論以外の丹羽氏と菊池氏の相違点

 丹羽氏と菊池氏の相違点の主たるものは、財源の調達方法だが、それ以外の相違点には、財政の見方、国家会計制度のあり方、税に関する制度、金融に関する政策、企業経営と雇用に関する思想等がある。
 これらは、菊池氏が強く主張しているのに対し、丹羽氏はあまり具体的に説いていない。それゆえ、まず菊池氏の主張を示し、これに対する丹羽氏の見解を対置して、比較したい。
 菊池氏は、財政の見方については、純債務で財政を見て基礎的財政収支均衡目標をやめることを主張している。国家会計制度については、特別会計と一般会計を一体化する必要性を説いている。国家埋蔵金を一般会計に移すことも提案している。税については、税制を改革し、法人税・所得税を上げ、消費税は0%にすることを主張している。金融に関する政策については、時価会計・減損会計、ペイオフ、銀行の自己資金比率規制の金融行政3点セットを止めること、また大手銀行に対する外資の株式保有を制限することを提唱している。企業経営と雇用については、日本的経営を回復すべきことを説いている。
 私は、これらの菊池氏の主張は、どれも経済理論・経済政策に必要なことと考える。そこで丹羽氏はどのように考えているかを提示し、比較・検討したいと思う。

●財政は純債務で見る見方に改めるべき

 財政の見方によって、政策は大きく変わる。菊池氏は、日本の財政は粗債務だけでなく、純債務でとらえないと、実態をつかめないと言う。旧大蔵省・現財務省は粗債務で財政をとらえ、財政危機を強調し、緊縮財政や増税による財政再建を進めようとしている。これに対し、菊池氏は、日本の財政は純債務で見れば、それほどの危機ではないとし、積極財政による経済成長政策を説き、増税に反対する。私は、菊池氏が説くように財政の見方を改めなければならないと考える。
 純債務とは粗債務から金融資産を控除した「ネットの債務」である。財務省による22年(2010)末の粗債務は、919兆円である。これは巨大な数字だが、わが国はGDP(約500兆円)を超える金融資産(社会保障基金、内外投融資等、外貨準備)を持っている。金融資産を粗債務から差し引いた「純債務」は、約400兆円。この中央政府の債務に、地方政府の債務約100兆円を加えた約500兆円が、債務の実態である。また、わが国は世界最大の債権国であり、「純債権」が約270兆円ある。その収入だけで、利息、配当は毎年、15兆円から20兆円近く入ってきている。それゆえ、わが国は、財務省が煽り立てるような財政危機ではない。そういう認識に立って経済政策を立てないと、緊縮財政・消費増税という間違った政策で、わが国は自滅する。
 この点、丹羽氏は、財政のとらえ方は明確ではない。「救国の秘策」として政府貨幣を発行して大規模な財政政策を行って高度成長が再現されれば、「政府歳入の所得弾性値」が1.0を大幅に上回るようになる。そのため、政府貨幣の発行による造幣益の収入を勘定に入れなくとも、政府の財政は、「ゆうゆうと黒字化する」と説いている。だが、その場合も、そもそも財政をどう見るかという点が重要である。再建すべき財政のとらえ方は、はっきり粗債務だけでなく純債務で見るという見方に、改めるべきである。

 

●国家会計制度の改革が必要

 菊池氏は、特別会計と一般会計を一体化する必要性を説いている。財政区分には、一般会計と特別会計がある。菊池氏は「日本の予算内容を見るには、一般会計と特別会計の両方を見ないと実態がつかめない」という。
 一般会計と特別会計を合わせて、歳入・歳出を計算すると、平成19年度(2007年度)決算においては、残金として剰余金が42.6兆円も出る。菊池氏は「特別会計の剰余金42.6兆円を一般会計に戻せば、一般会計は黒字であり、一般・特別会計を一体としてみても、黒字になる」「当初の段階で特別会計への繰越金を大幅に減額すればよい。そうすれば、一般会計は黒字になる」と指摘する。
 わが国の一般会計は赤字なのではなく、上記のような特殊な財政操作によって、赤字に見えるようにされているのである。菊池氏の言うように、特別会計への資金援助額を大幅に減らせば、黒字になる。何も不正な帳簿操作をしているのではない。現在、奇妙奇天烈なやり方をしているのを、合理的な仕方に改めるだけのことである。
 詳しくは拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏」の「3.失政の責任を取らない財務省」をご参照願いたい。
 純債務で財政を見て、一般会計と特別会計を一体化して把握すると、財源は多数見つかる。これを経済活性化に生かせばよいというのが、菊池氏の主張である。
 丹羽氏は、一般会計と特別会計の仕組みの解明と一本化について、述べていない。私は、これが必要だと思う。仮に丹羽氏によって政府貨幣を発行し、臨時ボーナスの支給なり、計画的かつ大規模な公共投資の実施なりをした場合、財政の考え方や会計の仕組みが現状のままでは、無駄づかいを生んだり、豊満財政に陥る。国家会計制度の改革が必要である。

●税制の改革が必要

 菊池氏は、デフレ下における消費増税に反対し、税制の改革を説く。わが国は、新自由主義的なレーガン税制の亜流のような税制を取っており、そのうえ、消費税負担率が非常に高い。菊池氏は積極財政とともに、税体系を変更し、法人税の引き上げ、高額所得者への増税(累進課税の復活)、投資減税による景気振興策を並行して実施すれば、法人税・所得税の税収増が実現する、と説いている。具体的には、所得税の上限を現在の40%から50%に引き上げ、住民税は現在の一律10%のフラット税をやめて、上限を15%に引き上げる。大企業に対する法人税を現在の30%から40%に引き上げる、という案を提示している。
 仮に丹羽氏の政策を採用して政府貨幣を発行した場合も、納税は当然行われるわけだから、税制の改革は必要である。
 丹羽氏は、増税については、「小渕首相への建白書」(平成11年)以来、現在まで一貫して反対している。平成21年(2009)刊行の『政府貨幣特権を発動せよ。』では、次のように書いている。
 「現在のわが国にように、巨大なデフレ・ギャップが発生していて、経済が停滞と景気悪化に苦しんでいるような時には、増税(略)は民間部門での購買力低下や資金不足をもたらして、経済状況を一層悪化させる危険があるわけであるから、それをやってはならない」
 また、「雇用者報酬額が10年前にくらべて6〜7%も低いところに留まっているような現状で、これほどまでの増税などが行われれば、消費の低迷が激化し、景気の足を引っ張ることになるのは不可避である」「消費税の税率引き上げなどということは、まさに、論外とも言うべき暴論であろう」と主張している。
 丹羽氏は、投資減税などの適切な減税や租税構造の合理化は必要だとする。だが、それだけでは「大規模かつ決定的な政策効果をおさめることは、とうてい不可能」と言う。この点、私は、政府貨幣の発行とともに、投資減税などの適切な減税や租税構造の合理化を行うことで、一層効果的に、経済成長、財政再建、重要国策の実行ができると思う。

 

●金融政策の転換が必要

 平成8年(1996)の「金融ビッグバン」で「金融行政3点セット」が行われた。
 第一の時価会計は、資産と負債を毎期末の時価で評価し、財務諸表に反映させるアングロ・サクソン式の会計制度である。減損会計は固定資産の時価会計だが、評価益は出さず、評価損しか出さないので、不況の時には企業によって、不利な数字になる。時価会計と減損会計を継続していくと、デフレの日本では名目GDPがますます縮小し、一段と税収が上がらなくなる。
 第二のペイオフは、一銀行の一預金者に対する預金元本の保証限度額を1000万円とする制度である。平成17年(2005)にペイオフを完全実施した結果、銀行の預金構成は定期預金が預金全体の約40%に落ち込んだ。銀行は70%くらいの定期預金がないと、安心して資金を貸せない。安定した預金がないと、安定した貸し出しを伸ばすことができず、実態経済を衰弱させていく。
 第三の銀行の自己資本比率規制(BIS規制)は、国際業務を行う銀行は、自己資本比率が8%以上なければならないとするもので、日本の銀行の海外進出に対するアメリカの対策として考案された。そのうえ、わが国では、国内業務しか行わない銀行にも、自己資本比率4%以上という基準を独自に定めている。そのため、銀行は自己資本比率を維持するため、資金回収を行い、貸し渋り・貸しはがしが蔓延し、企業の倒産が増加している。
 これら「金融行政3点セット」をそのままにして、積極財政を行っても、効果は大きく減少する。
 また菊池氏は、大手銀行に対する外資の株式保有制限を法制化することも提案している。「欧米の金融理念や制度などはどうでもよい。日本の体質と伝統に合った金融理念と金融制度を樹立すべきである」と菊池氏は主張している。自らの伝統に基づいた理念や制度を発展させてこそ、社会の調和と民族の繁栄が得られる。日本は日本の道をゆけばよいのである。
 仮に丹羽氏の「救国の秘策」を採用したとしても、金融行政3点セットが改められず、大手銀行に対する外資の株式保有が制限されなければ、わが国の金融機関の苦境は続く。丹羽氏はこれらの施策の問題点を検討すべきである。

●日本の伝統に立った日本の再建

 菊池氏は、日本の伝統に立った日本の再構築を呼びかける。菊池氏は、雇用の安定と生活保障こそ日本の誇るべき伝統であり、社員・従業員重視、家族重視のあり方をよしとし、終身雇用、年功型人事システムを日本のよき伝統という。橋本=小泉構造改革によって、「日本のよき伝統と文化が破壊され、日本の実情に合わない手法で日本のシステムが破壊されて、なにもよくならない。すべては政策の失敗から来ている」と菊池氏は告発する。
 菊池氏は、「戦後の日本経済が高度成長した過程には、株主配当よりも雇用重視の考えがあり、これが企業の技術の発展と人材育成につながり、企業利益を増加させ、再び経営者と従業員に利益を戻すという好循環があった」と言う。そして、わが国は「雇用を最重視する経営方針を貫くべき」であると主張する。「内需拡大の過程で、日本の伝統的な経営手法と雇用のあり方を思い出し、市場原理主義の伝染病から完治することだ」と菊池氏は提唱する。そして、「日本の伝統的な経営手法の重視や非正規社員の原則廃止によって、社会的安定性を取り戻す政治経済政策をとるべきである。こうした社会基盤ができれば、経済が安定的に成長し、財政再建も増税なしで達成できる」と主張する。
 橋本=小泉構造改革とは、日本の直系家族的な集団主義的資本主義を、アングロ・サクソンの絶対核家族的な個人主義的資本主義に変造するものだった。経済や社会における伝統的な価値観や制度を破壊し、外来の価値観を植え付ける。それによって、米欧の資本が日本に進出し、日本を支配しやすくするものだった。日本の変造は、経済・金融の分野に限らない。司法や医学や教育等、あらゆる分野に及ぶ。総体的にいえば、西洋文明による日本文明の変造である。
 菊池氏は、構造改革で損なわれた日本のよき伝統を取り戻し、日本的な経営や雇用を回復することを説く。丹羽氏は、こうした方針を積極的に説いていない。仮に「救国の秘策」を行なった場合でも、わが国の企業経営や雇用のあり方が改革されなければ、真の効果は上がらないだろう。
 なお、私は、経済政策において雇用は中心的な課題だと考える。価値を生み出すのは、人間の労働である。デフレ・ギャップのもとになる潜在的な供給力も、国民の労働の蓄積である。この点は、後に、日本復活は国民の力によるという項目で詳しく述べる。

●丹羽氏と菊池氏の継承・発展

 私は、丹羽氏の「救国の秘策」を取る場合も、財政・税制・金融・経営・雇用等の改革が伴わないと、十分な成果を得られないと思う。臨時ボーナスの支給にしても、計画的かつ大規模な政府支出にしても、これらの改革を同時に進めないと、GDPは伸びても、制度的・政策的な欠陥はそのままであるため、効果が減少すると思う。政府貨幣の発行をやれば、すべてうまくいくという考え方は、単純すぎる。財政・税制・金融・経営・雇用等、総合的な経済政策を立案し、日本の復活を図る必要がある。
 私は、丹羽氏と菊池氏は、ともに日本の再建に有効な政策を提唱していると評価する。両氏の理論と政策に学び、総合的に検討し、継承・発展させていくべきだと思う。ページの頭へ

 

結びに〜日本を復活させるのは、国民の力

 

●日本を復活させるのは、国民の力

 丹羽氏の言う「デフレ・ギャップ」とは、「生産能力の余裕」のことである。「潜在実質GDPと実質GDPの差」であり、GDPギャップである。
 丹羽氏によると、わが国には巨大なデフレ・ギャップが存在している。このことは、厖大な生産能力の余裕があることを意味している。丹羽氏は「デフレ・ギャップという膨大な生産能力の余裕は、わが国の社会にとっての『真の財源』である」と言う。
 丹羽氏の計算では、わが国では現在、毎年400兆円にも上る実質GDPがむなしく失われている。このようにして失われた額は、過去四半世紀のあいだに、6000兆円と推計される。丹羽氏はこれが「真の財源」であり、生産能力に十分な余裕があるから、これを財源にして、政府貨幣を発行することができると言う。東日本大震災の発生後も、丹羽氏はこの持論をもとに復興策を提言している。
 ここで本稿の結びに、丹羽氏の生産能力と財源についての考え方について、私見を述べたい。一言で言うと、日本を復活させるのは、国民の力だということである。
 私は、丹羽氏の経済学には、生産と労働、及び価値の創造と交換という点の考察が弱いと考える。丹羽氏は、生産能力とは「資本設備と労働力を総合したもの」という。資本設備を活用するのは人間の労働である。人間が労働をして、土地・機械・資金等を用いて、財やサービスを生産する。また資本設備は、過去の労働の成果が蓄積したものである。それゆえ、生産能力において、より重要なのは人間の労働力である。
 生産とは、人間が自然に働きかけて、人間にとって有用な財・サービスを作り出すことである。生産における要素には、労働・資本・土地等がある。これらの生産要素のうち、最も重要なのは、人間の労働である。
 労働とは、生活手段や生産手段を作り出す活動である。人間は労働によって価値を生み出す。労働によって新たに作りだされた価値は、具体的には商品として市場で交換される。人間が生産したものの本来の価値は使用価値、市場で他の商品と交換される際の価値は、交換価値である。また、労働における価値の創造は、労働をする前の価値に新たな価値を加えること、つまり付加価値を産み出す活動である。労働なくして、新たな価値は創造されない。他の生産要素である資本・土地等は生産手段であり、労働の対象と手段である。労働こそ、経済全体の基礎となるものである。

●「国内総生産=国民総所得=国内総支出」の要となるのは、労働

 マクロ経済学では、経済活動を生産面・分配面・支出面の三つの側面からとらえる。そして、「国内総生産=国民総所得=国内総支出」という三面等価の原則が成り立つとする。
 一国の経済を生産面から見ることは、供給の側から見ることであり、支出面から見ることは、需要の側から見ることである。GDP(国内総生産)は、生産面=供給側から経済を見るための代表的な指標である。GDPとはその国が一定期間内に国内で産み出した付加価値の総額である。そして国内総生産の内容を理解するには、労働・資本・土地等の生産要素を通じて、GDPを分析することが必要になる。
 これらの生産要素の中で最も重要なものは、労働である。労働が、価値を創造する。言い換えれば、交換価値のあるものとしての商品を生み出す。市場で商品が売れると、その価格に応じて売り手は、報酬を得る。報酬は、一般に貨幣の形で得られる。それが所得である。市場で販売される商品には、財とサービスがあり、労働力も特殊な商品である。資本主義の社会では、労働者は労働力を商品として販売し、労働に対する対価として賃金を受け取る。それが所得となる。新たに作りだされた価値は、それが商品として市場で貨幣を仲介して交換される限り、必ず誰かの所得になる。それゆえ、一国における価値の生産の総量は、国民全体の所得と等しくなる。「国内総生産=国民所得」である。これはまた「国内総支出」と等しい。これら三つの側面で最も重要なのは生産面であり、経済指標として国内総生産(GDP)が主に使われるのはそのためである。生産の主体は人間であり、人間の労働が生産・分配・支出の過程の全体で最も重要な行為である。

 

●国民の力を信じ、引き出すこと

 

 丹羽氏の理論に話を戻すと、一国の生産能力に余裕があるということは、国民の労働力に余裕があるということである。換言すれば、国民が潜在的な力を出し切れていないということである。これは労働の機会を与えられなかったり、意欲や創造性の発揮を抑えられたりして、能力を十分発揮できていない状態である。一般には、失業率や操業率という指標で、この状態の程度を表す。労働力が資本設備に対し、最高度に発揮されている状態が、完全雇用・完全操業である。だが、労働は、雇用量と操業量を増やすだけでなく、国民の意欲や創造性を高めることによって、より価値のあるものが創造される。それゆえ、私は、丹羽氏の言うところの「生産能力の余裕」を「財源」とするということは、単に完全雇用・完全操業をめざすということではなく、国民の持っている力、国民の力を信じ、引き出すことだと思う。

 わが国には、世界的にも高い水準の教育を受け、勤勉で、豊かな創造性を持った国民が多数いる。その国民が十分に力を発揮できるような環境・条件を整えるところに、政府の役割がある。だが、丹羽氏によると、現在、わが国では、潜在的な生産能力の60〜70%しか発揮できていない。これは、政治家が、国民の力を60〜70%しか発揮できていないということである。私は、丹羽氏の所論をもとに、このように考えている。

 

●脱少子化を推進する

 

 丹羽氏は、わが国の経済には巨大なデフレ・ギャップが存在し、生産能力に余裕があることを指摘し、この生産能力の余裕を「真の財源」として、政府貨幣を発行し、わが国の経済を復活させる政策を提言している。

 この点について私の理解するところでは、政府貨幣の発行は、それ自体が目的ではない。貨幣の供給量を増やすことで、潜在的な生産能力を十分稼動させ、それによって国内総生産を大幅に増加させ、日本をいっそう繁栄させ、国民生活を豊かにし、文明を発展させることが目的だろう。

 そして、私が強調したいのは、それを実現するのは、国民だということである。国民は労働の主体であるとともに、生命の継承の主体、文化の創造の主体である。労働は、生命の維持・繁栄のために行う行為である。また、単に生命の維持・繁栄だけではなく、文化の継承・発展をめざすところに、人間の労働の目的がある。私は、ここでわが国の重要な課題として、脱少子化と生産性の向上を挙げたい。

 わが国は、少子高齢化とそれによる人口減少が進んでいる。若年層の減少と老年層の増加が長期的に予測され、今のままでは生産労働人口が大幅に減少する。こうした人口変動の予測に基づく国家戦略の策定が急務である。その策定のポイントの一つが、脱少子化である。

 少子化の直接の原因は、未婚率の漸増と既婚者の出生力の低下の二つである。つまり結婚しない人が増え、結婚しても子供を産む数が少なくなっていることが、少子化の直接的な原因である。それゆえ、結婚する人が増え、また子どもを産み育てる人が増えることが、脱少子化となる。

 脱少子を進めるには、制度・政策の改善より、もっと根本的なところから取り組まなければならない。私は日本人が、健康と生命に基礎を置いたものの考え方、生き方を回復する必要があると考える。そして、家族・民族・国家の維持と繁栄の取り組みを始めるべきである。つまり、日本人の精神、そして日本という国のあり方を根本的に改めないと、脱少子化はなし得ない。また、日本の適正人口を目標人口と定め、目標とすべき合計特殊出生率を決めて、具体的な方策を実行すべきだと思う。詳しくは、拙稿「脱少子化は、命と心の復活から」に書いたので、ご参照願いたい。

 次に、生産性の向上である。脱少子化の取り組みをしながら、生産性の向上を図る必要がある。この点は、次回に書く。

 

●生産性の向上を図る

 

 丹羽氏は、巨大なデフレ・ギャップを「真の財源」として、政府貨幣を発行し、日本経済を復活させよ、と説くが、「真の財源」とは、私の見方では、国民の労働力である。その労働力を活性化することを、日本復活の方策の柱にしなければならない。国民の潜在的な能力を十分に発揮するには、完全雇用・完全操業という量的な拡大を目指すとともに、生産性の向上をめざすことが必要である。少子高齢化・人口減少の傾向にあるわが国において、生産性の向上は、今後ますます求められていくに違いない。

 労働における生産性とは、生産過程に投入された生産要素が生産物の産出に貢献する程度である。生産手段を用いて付加価値を生み出す際の効率の度合いである。

 生産性とは、ミクロ的には、労働者一人当たりが生み出す付加価値である。マクロ的には、国民一人当たりが生み出す付加価値、すなわち国民一人当たりのGDPとなる。言い換れば、国民一人一人の生産能力の高さである。

 わが国は、GDPにおいては、アメリカ、中国についで世界第3位だが、国民一人当たりの名目GDPでは、決して上位ではない。IMFの発表によると、平成22年(2010)において、日本は世界第16位で、42,820USドル(以下同じ)。第1位のルクセンブルグは、108,832ドル。その半分にも及ばない。小国は国民経済の形態が違うので別としても、アメリカは第9位で、47,284ドルなので、わが国はアメリカに劣る。世界銀行の発表でも、日本はやはり上位ではなく、第22位で、39,738ドル。アメリカは第13位で、45,989ドル。やはりアメリカに劣っている。アメリカは国内の製造業が衰退して金融・サービスが中心となり、また巨額の負債を抱える債務国である。一方、日本は世界トップクラスのものづくりの技術を持ち、また世界最大の債権国である。にもかかわらず、日本の国民一人当たりのGDPは、決して高くないのである。言い換えると、生産性が低い。国民一人一人の潜在力を十分引き出せていない。私は、この点にもっと注目すべきだと思う。

 生産性の向上とは、労働者が一人当たりどれだけ多くの付加価値を生み出すことができるか、という課題である。生産性を上げるには、労働者の意欲と創意、技術の開発と活用、資金の投入等の方法がある。

 労働の意欲と創意を高めるものは、個人的には所得の増加、仕事へのやりがい、社会に貢献できる喜び等がある。次に、新技術の開発と活用においては、ロボットの利用、再生可能な自然エネルギーの活用、高度交通情報システム等が期待される。次に、蓄積した富の利用が重要である。世界最大の債権国として、自らの富を国民のために有効に使うことである。

 これらのうち私が最も重要だと思うのは、国民の労働の意欲と創意である。そして、国民の労働の意欲と創意を高めるには、単に個人的な動機だけでなく、国家としての理念と目標をしっかり立てることが必要だと思う。

 国民の労働とは、国民の意思の働きである。言い換えれば、国民の精神の作用である。人間の活動は、生命を維持・繁栄させるという目的が根底にある。単に自分が生きて生活するだけでなく、子供を生み育てるという生命活動が、世代から世代へと継承されなければならない。これは脱少子化と一体の課題である。個人主義で、自分個人の物質的な豊かさや感覚的な快楽を求めるだけでは、成長と向上には限界がある。個人中心から家族中心へ、もの中心から生命的な価値観への転換が必要である。日本人の価値観が換わらねばならない。集団的には家族の幸福、子孫の繁栄、国民的には国家目標、民族の繁栄が目的とされねばならない。

 だが、少子高齢化・人口減少で生産労働に従事する人口が顕著に減れば、潜在的な生産力は低下する。また、国民の労働の意欲や創意が減衰すれば、労働力は低下し、技術・制度等のイノヴェーションは停滞し、国民の富は米国等に収奪・吸収される。生産性は向上せず、逆に低下しかねない。さらにここで政府が潜在的な生産力を自ら損ねる失政を繰り返せば、日本は、巨大なデフレ・ギャップ、生産能力の余裕を生かすどころか、衰退の道へ進む。橋本=小泉構造改革がそれだった。国民の労働力を十分発揮できないような社会にしてしまった。格差拡大、地域格差、貧富の格差、国民の連帯感の断裂、伝統的価値観の喪失等がそれである。それによって、国民の一体感が損なわれ、精神的な混迷に陥っている。そして今日、過去の構造改革に勝る破壊力を持って日本に迫っているのが、TPPである。

 

●TPPへの参加は、潜在的生産力を失う亡国の道

 平成23年(2011)10月7日現在、政界・財界の圧倒的多数が、TPP参加を進めようとしている。野田首相は早期にTPPへの参加を決定し、APECに臨むつもりだ。アメリカの唱えるTPPに、「バスに乗り遅れるな」と参加を呼びかけている識者がいるが、「バスに乗り遅れるな」という言葉は、日独伊三国同盟の推進派が唱えた言葉だ。知ってか知らず、同じ言葉を唱え、またわが国の指導層は自滅的な条約を結ぼうとしている。TPPの日本への破壊力は、かつてのプラザ合意、金融ビッグバン、郵政民営化等の比ではない。敗戦後、日本が独立を回復してから、アメリカが仕掛けてきた日本の再従属化の集大成といえるものである。農業、金融、投資、労働、医療、健保、通信、法務等、あらゆる分野で徹底的な日本改造がされ、日本の富の収奪、文化・伝統の改変、対米完全従属化が行われることになる。日本人が日本は日本であり続けたいと思うなら、TPPへの参加を阻止しなければならない。
 わが国は、いま「真の財源」を生かして救国の秘策を打てば、世界最高の飛躍的発展ができる。逆にいまTPPに参加すれば、日本は潜在的な生産力を生かすことがなにもできずに、アメリカに食い物にされるのみ。日本の行き先は、地上天国か、はたまたこの世の地獄かというくらいの大きな分かれ目にある。

●国民の精神が日本を復活させる

 国民の能力とは、国民の意思の働きである。言い換えれば、国民の精神の作用である。
 丹羽氏は、「救国の秘策」を実行するケインズ革命によって、「わが国民のモラール(士気、意気)」が高まり、わが国は、「明治維新の大憲章『五箇の御誓文』にかかげられた『上下心を一にして盛んに経綸を行なう』ような国」になる。そうなれば、「わが国民のモラル(道徳、倫理)も向上」し、「わが国は全世界の模範」となりえようと、道徳的なビジョンを示す。
 「五箇条の御誓文」の「上下(しょうか)心を一にして盛んに経綸を行なうべし」は、太政官札と「五箇条の御誓文」の項目に書いたように、由利公正が国家大方針の草案に「士民心を一つに盛んに経綸を行ふを要す」と書いた一条がもとになっている。
 由利は、丹羽氏の政府貨幣の先例となる太政官札を創案し、新政府の財源を確保した。この太政官札を発行するに当たり、国家の大方針を示して政府の信用を得る必要があるとして起草したものが、「五箇条の御誓文」へと発展した。由利は、富国強兵を実現し、大義を世界に広めることを新しい日本の方針に掲げた横井小楠の弟子だった。「経綸」は小楠が著書『国是三論』で使った言葉で、小楠・由利においては、主に財政経済の意味で用いられたが、「五箇条の御誓文」においては、より広く「国家を治めととのえること」「治国済民の方策」の意味に発展している。
 ここで大事なのは、「上下心を一にして」という一句である。経綸は、国民が心を一つにして、力を合わせてこそ、盛んに行われる。国家の隆盛は、国民が一致協力してこそ、実現される。これを経済的な面から見れば、国民の労働力の発揮であり、道徳的な面から見れば、国民の精神力の発揮である。労働は人間の精神の営みであり、精神の働きが生産的な労働を生み出す。国民の精神の一致協力、元気発揚が、国家の隆盛をもたらす。経済活動は、その物質面における現われである。
 日本人が精神的に復興すれば、国民の能力は活発に発揮され、創造的かつ建設的な活動を展開できる。経済の問題は、突き詰めれば精神の問題である。日本人の精神の復興が日本経済の復興、ひいては日本文明の発展となるのである。
 日本人は明治維新の初めを振り返り、自らのアイデンティティを確認する必要がある。そして日本人は日本精神を取り戻し、国民が結束して、今直面している存亡の岐路を発展と繁栄の方向に進まねばならない。(了)
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関連掲示
・拙稿「『救国の秘策』がある!〜丹羽春喜氏1
・拙稿「日本復活へのケインズ再考

・拙稿「経世済民のエコノミスト〜菊池英博氏

・日本精神については「基調」をご参照ください。

参考資料

・丹羽春喜著『ケインズ主義の復権〜レーガノミックスの崩壊と日本経済』(ビジネス社)『ソ連崩壊論』(講談社、共著)『ケインズは生きている〜「長期不況」脱出の活路』(ビジネス社)『日本経済再興の経済学〜新正統派ケインズ主義宣言』(原書房)『日本経済繁栄の法則』(春秋社)『謀略の思想「反ケインズ主義」』(展転社) 『新正統派ケインズ政策論の基礎』(学術出版会)『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版)

・丹羽春喜+渡辺利夫対談「政府貨幣発行特権の発動で防災列島の構築を」(『正論』平成23年6月号)

・丹羽氏のサイト「新正統派ケインズ主義宣言」

http://www.niwa-haruki.com/

「政府紙幣 発行問題の大論争を総括する 」(H21・4)

http://www.niwa-haruki.com/index.html#new_item

論文4「正統派的ケインズ政策の有効性」(H10・5)

http://www.niwa-haruki.com/p004_985gakkai.html

論文6「スティグリッツ氏の提案は間違ってはいない」(H15・7)

http://www.niwa-haruki.com/p006.html

論文7「日経NEEDSモデル ( MACROQ60 ) の問題点」

http://www.niwa-haruki.com/p007.html

論文12「マクロ経済学という科学を捨てては重要国策の遂行は不可能」(H19・6)

http://www.niwa-haruki.com/p012.html

論文13「新古典派は市場原理否認:新古典派反ケインズ主義は市場原理を尊重していない」(H19・7)

http://www.niwa-haruki.com/p013.html

論文14「内閣府の需給ギャップ推計値は、誤りと欺瞞の極致だ!」(H19・9)

http://www.niwa-haruki.com/p014.html

・日本経済再生政策提言フォーラム

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/

論文1「太政官札『打ち出の小槌』を使っても、ハイパー・インフレの心配はない!(H17・7)

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/Haiper%20Infre-okorazu-.htm

論文2「郵政改革論争で忘れられてきた重要問題」(H17・9)

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/yuuseikaikaku.htm

論文3「新古典派の反ケインズ主義は新左翼的ニヒリズムと同根だ」(H18・11)

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/18.11gekkann-nihon.htm

論文4「安倍政権の政策担当マシーン諸氏へ」(H18・10以後)

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/18.12gekkann-nihon.htm

論文5「日銀マンよ、高橋是清の偉業を貶めるな!」(H19・6)

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/19.6.29-takahasikorekiyo.htm

論文6「サッチャー、レーガン伝説とフリードマンのマネタリズム」

http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/19.10.25-suttya-.htm

  

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