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説明: 説明: 説明: ber117

 

第2次大戦後の国際経済と現代資本主義

2009.5.22

 

<目次>

 はじめに

第1章 戦後の国際経済

第2章 金融による世界支配

第3章 現代の主義

に〜ユダヤ的価値観超克

 

説明: 説明: 説明: ber117

 

はじめに

 

本稿は、第2次世界大戦後の国際経済と現代の資本主義について、概説するものである。

 

 

第1章 戦後の国際経済

 

●新しい国際経済体制の構築
 
 第2次世界大戦は、第1次世界大戦の戦後体制の矛盾の中に、はらまれていた。英仏のドイツへの報復とそれへのドイツの反発、「持てる国」と「持たざる国」との格差拡大等がそれである。その上で、国際社会を揺るがした決定的な出来事は、世界恐慌だった。恐慌はアメリカに発し、世界に激震が走った。かつてない経済危機に対処するため、イギリス、フランス等がブロック経済を取った。そのことが、列強の激しい対立を生み出した。
 世界恐慌とそれによるブロック経済が2度目の大戦を引き起こす大きな要因になったという教訓から、第2次世界大戦の最中から軍事面の国際連合だけでなく、経済面でも各国が協調し合う新しい体制作りが模索された。
 新しい国際経済体制は、圧倒的な経済力を持つにいたったアメリカの主導によって形成された。この体制は、構想が練られた会議の開催地を取って、ブレトン・ウッズ体制と呼ばれる。主要な国際経済機関の名を取って、IMF=GATT体制ともいう。こうした国際機関を利用して、アメリカは、世界秩序の一元化を図った。自国の利益をもとにして、資本主義世界経済システムの再構築を進めたのである。

●アメリカ主導のプレトン・ウッズ体制

 大戦中の1944年(昭和19年)7月、ニューヨーク郊外のブレトン・ウッズにおいて、連合国44カ国の代表が集まって連合国通貨金融会議が開催された。44年(19年)7月とは、サイパン島で日本軍が全滅し、日本本土への空襲が迫ってきた時期である。その頃、連合国は、戦後の国際経済秩序を構想していたのである。
 連合国通貨金融会議は、通貨切り下げ競争をなくし、国際貿易の均衡した発展の促進を目指した。会議では、アメリカ案とイギリス案がぶつかりあった。アメリカ案は、財務省のハリー・デクスター・ホワイトによる。かのソ連のエージェントの疑いのある人物である。イギリス案は、大蔵省経済顧問のケインズによる。
 ホワイトは、金の裏づけを持つドルを基軸通貨として為替安定基金を設立するという通貨基金案だった。ケインズは、銀行原理に基づいて新たな不換紙幣である「バンコール」を発行して国際的決済に当てる国際精算同盟案だった。大戦で多くの海外資産を失い、その上に巨額の対外債務を負うイギリスが、圧倒的な経済力を持つようになったアメリカにかなうわけはなかった。会議の結論は、アメリカ案に基づくものとなった。
 こうして結ばれたブレトン・ウッズ協定により、1945年(昭和20年)、国際通貨の安定を図るための「国際通貨基金(IMF)」と戦後復興と開発のための「国際復興開発銀行(世界銀行/IBRD)」が創設された。

 ブレトン・ウッズ協定によって、アメリカは、1オンス(31・104グラム)=35ドルで金とドルの交換を保証し、各国は、対ドル為替レートを固定するという固定相場制を取ることになった。各国は、平価の上下1パーセント以内に為替相場の変動を抑えるように市場に介入する。金本位制の一種であるが、これを金為替本位制と言う。各国の通貨価値は、ドルで表示される。わが国は、1ドル=360円と定められた。
 協定に別に規定はないが、事実上、ドルは唯一の国際通貨となった。国際間の決済のほとんどに、ドルが必要となった。このような通貨を基軸通貨という。ドルがこうした地位を得たのは、当時世界の金準備の約8割がアメリカに集中していたことによる。
 ブレトン・ウッズ体制は、資本主義世界経済としての近代世界システムが形成されて以来、初めてつくられた一元的な国際経済体制である。厳密には、ソ連及びソ連の影響圏があるので、全世界規模のものではないが、原理的には一つのシステムとしての国際経済体制が、ここに構築された。それは、かつてないほど強大な力を持った覇権国家アメリカの経済力に大きく依存するものだった。それゆえ、将来もしアメリカの経済力が相対的に低下すれば、体制を維持できなくなる可能性を秘めていた。

●GATTによる貿易の自由化

 戦後世界における貿易に関しては、貿易の自由化を目指す国家間交渉が行われた。その結果、「自由・無差別・多角」という三原則に従って、国際貿易の拡大を目指す「関税と貿易に関する一般協定(GATT)」が、1947年(昭和23年)、主要23カ国の間で調印された。GATTは48年に発効し、戦後世界における貿易自由化を推進する中心的な役割を担った。
 GATTの基本原則は、開放経済体制に即した自由貿易主義である。そのため加盟国は、関税規則、諸手続きについては最恵国待遇を適用、特恵関税を撤廃または軽減、輸入品と国産品を差別することなく扱う内国民待遇を適用、輸入数量制限を撤廃、各国相互間の関税引き下げ交渉によるGATT税率を加盟国に一般化等を行うことを定めた。
 GATTによって大きな恩恵を受けたのが、わが国である。わが国は、1955年(昭和30年)にGATTに正式加盟した。日本は戦前、列強のブロック経済に苦しめられた。アメリカからは石油やくず鉄の禁輸措置を受けた。それらの資源・原料を買いたくても、売ってくれなかった。また工業製品を外国に売りたくても、市場に広く参入できなかった。ところが、第2次世界大戦によって、こうした制約条件が取り払われた。わが国が要望してそうなったのではない。世界の環境が大きく変わったのである。戦前は徹底的に締め出されていたわが国が、戦争が終わってしばらくすると、広く経済活動を展開できる環境に立つことになったのである。これは僥倖だと私は思う。

●ブレトン・ウッズ体制の変化

 ブレトン・ウッズ体制は、アメリカの圧倒的な経済力に依存していた。米欧の巨大国際金融資本は、互いに競争しつつも、この体制の維持には協力し合い、資本主義世界経済を発展させてきた。
 ただし、体制の及ぶ範囲は、自由主義・資本主義の国家間のみに限定された。戦後国際経済機構が創設されたとき、国際収支や金・外貨準備の公表が加盟の条件とされた。ソ連は、公表は計画経済の原則に反するとして、IMF・IBRD・GATT等に加盟しなかった。そのため、ブレトン・ウッズ体制は、資本主義圏に限定された。ソ連・東欧等の社会主義諸国は、一つの経済圏を形成した。米ソを二つの中心とした新たなブロック経済で、世界が二分されたともいえる。それゆえ、巨大国際金融資本及び自由主義・資本主義の国家にとっては、ソ連・東欧等を自由化することが大きな課題となった。そして、この課題の実現に成功し、1990年代以降、世界経済はほぼ一元化されつつある。
 ブレトン・ウッズ体制は、1940年代後半から世界の半分以上を占める地域で、国際経済の基礎として機能した。先の話になるが、この体制をアメリカが自ら突き崩すことになったのが、1971年(昭和46年)のニクソン・ショックである。これをドル・ショックとも言う。
 ベトナム戦争が泥沼化し、財政悪化に陥っていたアメリカは、この時、金ドル交換停止を発表した。それによって、ブレトン・ウッズ体制は崩壊したと一般に言われる。確かに固定レートによる金為替本位制は終わった。しかし、ドルの基軸通貨としての地位は変わらない。金の裏づけはなくなったが、各国が協同でドルを守る仕組みは変わらない。アメリカは依然として、ドルの力で世界の経済を主導している。莫大な財政赤字・貿易赤字を抱えながらも、ドルの発行量をコントロールし、国際市場からドルを還流させるなどして、アメリカの繁栄を維持している。
 だから、ニクソン・ショックによるブレトン・ウッズ体制の崩壊は部分的崩壊というべきである。その後は、ブレトン・ウッズ体制を変化させた形で、現在の国際経済体制が維持されている。1971年までを前期ブレトン・ウッズ体制、それ以後を後期ブレトン・ウッズ体制として区別するとよいと私は思う。

●IMF=GATT/WTO体制の一角をなす世界銀行

 ブレトン・ウッズ体制はIMF=GATT体制ともいう。そのうちIMFは、1971年(昭和46年)のニクソン・ショック後も、国際通貨の安定を図るという機能を果たしている。一方、GATTは、暫定的な国際協定だったので、発効後、貿易と関税引き下げに関する国際交渉が何度も重ねられた。その結果、1994年(平成6年)に発展的に解消し、1995年(平成7年)に新設された「世界貿易機関(WTO)」に吸収された。それゆえ、現在の変形されたブレトン・ウッズ体制を、IMF=WTO体制と呼ぶこともできるだろう。
 しかし、国際経済体制において、より重要な機関は、「国際復興開発銀行(世界銀行/IBRD)」及びその背後にある中央銀行制度である。中央銀行制度については、後に触れる。

 世銀はIMFの親分格であり、IMFは世銀の姉妹機関である。世銀を中心とした国際経済機関も、IMFもワシントンの中心街に事務局がある。世銀の歴代総裁はアメリカが独占し、また世襲化している。世銀の援助の目的は、援助国対象国(受益国)にアメリカ流の市場原理と自由競争を定着させ、資本主義経済圏に組み込むことである。そして融資に際し、厳密な条件をつけて、厳しい審査と監視を行っているのが、IMFである。
 世銀の職員は、国連の専門機関の中で最も多く、1万人を超える。これにIMFの職員を合わせると1万3千人を上回る。これは、国連本体の規模にほぼ匹敵する。国連本体の職員数に拮抗するほどの職員がいるのが、世銀・IMFなのである。

 世銀つまり「国際復興開発銀行」は、第2次世界大戦後の復興開発という役割を果たした後、1970年代以降は、発展途上国の経済社会開発のための融資・計画立案・助言・指導が主要業務になってきた。IMFも、当初の国際通貨の安定を図るための機関から、大きく業務を広げてきた。80年代にはブラジル等の累積債務国の救済をし、90年代にはメキシコ等の途上国の金融危機の克服に主導的役割を果たした。
 とりわけ1997年(平成9年)、東南アジアや韓国等を襲ったアジア通貨危機において、IMFは強力に活動した。この時、IMFは、通貨暴落で苦しむアジアの国々を外から経済的に管理する機関として働いた。
 当面の経済危機を解決し、その国の回復力を補助するのであれば、IMFの役割は、債務不履行を避けるために短期資金を提供することでよいはずである。しかし、IMFは、各国政府に、金利の大幅な引き上げと、中央銀行及び各銀行の信用創造の抑制、法改正を含む徹底的な構造改革を要求した。そのため、タイ、韓国、インドネシアでは、多くの銀行が破綻し、企業の破産、債務不履行の増加、工業生産の崩壊等が起こり、かえって、国民経済が深刻な状態に陥った。
 こうした状態を作り出しながら、IMFは外国の投資家が土地を購入し、銀行その他の重要産業を買収できるよう、各国政府に迫った。外資がどっと参入して、その国の資産を安く買いあさった。またIMFは、中央銀行を独立させ、その行動と政策について説明責任を負わなくするよう法改正をすることも、融資の条件の一つだった。それでいて、中央銀行は、IMFとは緊密に政策調整を図るべきだとした。このことは、その国の中央銀行を、IMFの管理下に置くものである。

 IMFの上位にある世銀及びIMFは、対象国への支援・援助という範疇を超えて、その国の経済を支配し、アメリカ主導のグローバリゼイションを強要する機関となっている。そして、世銀及びIMFの支援・援助を受けることで、かえって国内の貧富の差が拡大し、また人権侵害や自然環境の破壊が進むという批判が上がっている。こうした動きを見ると、もともと世銀及びIMFの本質は、金融による世界支配を目指すという点にあるのではないか、と私は思う。ページの頭へ

 

 

第2章 金融による世界支配

 

●金融による世界支配の仕組み

 金融による世界支配というのは、巨大国際金融資本による世界経済の管理である。IMFは、基軸通貨としてのドルの価値を高め、守るための機構である。そのドルは、アメリカで作られる。しかし、アメリカでは、政府には通貨の発行権がない。おかしな話だが、連邦準備制度理事会(FRB)という民間会社が握っている。
 連邦準備制度とは、1913年(大正2年)、連邦準備法に基づいて設立されたアメリカ独特の中央銀行制度である。全国を12の連邦準備区に分け、各区に1行ずつ連邦準備銀行を設置する。その頂点にあるのが、連邦準備制度理事会(FRB)である。連邦準備制度理事会は、通貨の発行だけでなく、金利の統制も行っている。連邦政府とは別に、経済上の政府が別にあるようなものである。FRBと各国の中央銀行制度については、後に改めて書く。

 ブレトン・ウッズ体制の前期は、一般にIMF=GATT体制ともいう。ブレトン・ウッズ体制の後期、つまり現在の体制は、IMF=WTO体制と呼ぶことができる。その一角に、IBRDがある。その点では、IBRD=IMF=GATT/WTO体制と呼んだほうがよい。ただし、ブレトン・ウッズ体制の基盤には、アメリカの連邦準備制度があり、それに各国の中央銀行が連なっている。そこに集結している巨大国際金融資本が、国際経済体制を動かしていると考えられる。
 FRB、各国中央銀行、IBRD、IMF、GATT/WTO等と並べ続けるのは、分かりにくいので、改めてこうした第2次世界大戦後の国際経済体制を、ブレトン・ウッズ体制と呼ぶことにしたい。

●ユダヤ的な価値観の普及

 戦後の国際秩序の経済面として、ブレトン・ウッズ体制について書いてきたが、この体制は金融による世界支配を目指すものであり、その基盤にはアメリカの連邦準備制度があると述べた。連邦準備制度について、その由来・背景を補足したい。

 私は拙稿「西欧発の文明と人類の歴史」に、次のように書いた。
 「産業資本の確立期以降の資本主義の精神は、キリスト教よりもユダヤ教に近いものに変貌している。ユダヤ教は、現世における利益の追求を肯定し、金銭の獲得を肯定する。プロテスタンティズム的な「世俗内禁欲」とは正反対の価値観である。そして、ユダヤ教的な価値観が非ユダヤ教徒の間にも広く普及したものこそ、今日に至る資本主義の精神だと私は考えている。
 近代資本主義は、産業資本の形成をもって、初めて資本主義となった。産業資本が出現する以前、資本は商人資本、高利貸し資本という形態を取った。経済史学者は、これらを前期的資本と呼ぶ。そして商人資本、高利貸し資本からは近代資本主義は生まれないとする。
 しかし、経済活動は生産だけでなく、消費と流通と金融なくしては成り立たない。近代資本主義においては、商人資本は商業資本となり、高利貸し資本は銀行資本となった。産業資本は、生産によって利潤の獲得をめざす資本である。これを生産資本と呼ぶならば、商業資本は流通資本、銀行資本は金融資本である。生産だけでなく、消費・流通・金融がバランスよく発達してこそ、経済規模が拡大する。それによって、資本の価値増殖運動は持続的に発展する。生産は消費と結びつくことで、継続・拡大する。この生産と消費を結びつける流通と金融に巧みなのが、ユダヤ人だった。
 産業資本の発達による貨幣経済の拡大は、ユダヤ人の活躍の場を広げ、彼らに膨大な富をもたらした。それとともに、資本主義世界経済の発達によって、ユダヤ教の価値観がヨーロッパ文明のみならず、非ヨーロッパの諸文明にも浸透したところに、グローバル資本主義が出現したといえよう。ユダヤ人だけでなく、ユダヤ的な価値観を体得した諸国民が、地球規模の資本主義経済を推進しているのである」、と。

 ここにいうユダヤ的価値観が経済機構として現実化したものの一つが、アメリカの連邦準備制度であり、また世銀やIMF等の国際経済機構だろうと、私は考えている。

●通貨の発行権と民間銀行

 さて、国際経済体制は、資本と国家という異なる原理を持った二つの主体が相互作用しながら運動する場所である。近代主権国家の経済システムは、資本主義である。資本主義の経済活動は、貨幣なくして成り立たない。貨幣こそ、生産された商品を流通させる媒介者である。貨幣はまたそれ自体が商品でもあり、貨幣という商品を流通させる活動が、金融である。それゆえ、近代主権国家の政府は、貨幣経済の管理を重要な役割とする。租税の徴収や商品の購入、政府機構で働く官僚への給与等のほとんどが、貨幣によって行われる。
 その際、重要なのが、通貨の発行権である。一国の通貨の発行権を誰が持っているかという問いは、その国の経済を誰が実質的に支配しているかという問いに、ほぼ等しい。通貨発行権を政府が持つのが当然だと考えるのは、素朴な思い込みである。ちなみに、わが国の紙幣は、日本銀行が発行している。紙幣には、日本銀行券と明記されている。しかし、日銀は、国立銀行ではない。政府系金融機関ではあるが、資本金1億円で、ジャスダックに上場している株式会社である。

 近代資本主義の発生の地、西欧では、一国の通貨の発行権を、民間の銀行が持っていることが多い。通貨発行権を最初に獲得した民間銀行は、1694年設立の英国銀行である。ロスチャイルド家が台頭するのは18世紀後半、欧州を席巻するのは19世紀初頭のナポレオン戦争を通じてゆえ、それより一時代前の話である。
 1743年、モーゼス・アムシェル・バウアーというユダヤ人の金匠が、「赤い盾」という名の古銭商の店を開いた。その息子のマイヤーは、家名を店の名の「赤い盾」、ドイツ語のロートシルトに変えた。ロスチャイルド家は、その時に始まった。
 マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、極めて先見の明のある人物だった。18世紀後半は、資本主義の発達とともに、近代主権国家が成長する時代だった。イギリスでは、産業革命が始まっていた。その時代の先を読んだように、マイヤー・アムシェルは、長男のアムシェル・マイヤーに本拠地のフランクフルトを継がせ、他の四人の息子をウィーン、ロンドン、ナポリ、パリに送った。そして、その地でそれぞれ銀行を設立させた。ロスチャイルドの息子たちは、その国の王侯・貴族と取引して巨富を得て、その国の主要な銀行家となり、他を圧倒していく。

●近代資本主義の完成としての中央銀行制度

 近代主権国家は、貨幣経済を管理するために、その国の信用制度の中心となる銀行を必要とする。それが中央銀行である。最初の中央銀行は、1694年にロンドンに設立されたイングランド銀行である。
 15世紀末、スペインからオランダに移ったユダヤ人は、アムステルダムでアムステルダム銀行を作り、銀行業務を発展させた。名誉革命以後、オランダからイギリスに多くのユダヤ人が移住した。彼らは、金融の知識・技術を発揮して、ロンドンを金融の中心地に変えていく。イングランド銀行は、ユダヤ人が銀行をさらに高度に発達させたものである。民間銀行だが、政府に巨額の貸付を行うことで、銀行券の発券特許を得た。これにより、政府は財政の維持や戦費の調達のために国債を発行し、銀行はそれをもとに貨幣を発行するという仕組みが作られていく。1833年には、イングランド銀行券は、法貨に定められた。法貨とは、法的強制力を与えられた貨幣である。

 銀行が出す貨幣は、銀行が保有する金(きん)に裏づけられ、いつでも金と引き換え可能とされる。しかし、実際には一度に引き換えが集中することはないから、銀行は保有している金の価値以上に、貨幣を発行できる。金の保有量の10倍の貨幣を発行しても、金融業務を行える。そこで銀行は、多量の貨幣を発行して貸し付け、利子を得る。こうして価値を増大することが出来る。
 もとは政府が銀行から金(かね)を借りるために、借金の証文として出した国債である。それをもとに銀行券を発行するのだから、無から価値を創造したようなものである。裏づけは、政府の信用であり、その信用は権力に基づく。さらにその権力は、政府の債務を返すために、国民から税金を徴収できるという強制力に基づく。国民は知らぬうちに借金をしていたことになり、政府がした借金を返済させられるわけである。
 近代主権国家は、個人の所有権、財産権、商業活動の自由、職業選択の自由等、国民の自由と権利を保障するための法制度を発達させた。それらは、資本と国家が富と権力を維持・発展することを可能とする仕組みである。そして、それに加えて、この中央銀行制度が完成したことをもって、私は近代資本主義が完成したと考える。
 貨幣は、利子をつけて貸すことで価値を増大させる。それが、資本主義の根本にある。貸し借りは権力関係を生む。この関係が個人と個人の間ではなく、資本家と政府の間で結ばれ、さらにその債権債務は政府が国民から徴税する方法で処理される。こうした仕組みが法制度化されたことにより、近代資本主義は仕組みとして完成したと私は考えるのである。
 
●ロスチャイルド家がアメリカに進出

 ナポレオン戦争は、ロスチャイルド家に飛躍をもたらした。各国に戦争のための資金を貸し出して巨額の債権を得、また戦争を通じた投機で大もうけをした。それによって、ロスチャイルド家は、当時の世界の金融の中心地、ロンドンのシティで主要な存在となった。
 イギリスでは、それまでシティの支配者だったのは、ベアリング家である。ベアリング家は、現在もイギリスの大貴族であり、一族で爵位を6つ持っている。また封建領主からの伝統的な貴族や海賊・商人上がりの貴族もいる。こうした所有者集団の一角に、ロスチャイルド家が入り込み、時を追うごとに中心的な存在となっていった。

 当時ヨーロッパの主要国は、植民地経営で栄華を誇っていた。ロスチャイルド家の発展はめざましく、イングランド銀行を始め、ヨーロッパの主要国のほとんどの中央銀行が、ロスチャイルド家の支配下に入ったり、ロスチャイルド家の所有銀行が中央銀行となった。例外は、帝政ロシアだけである。
 
 ロスチャイルド家が次に重要な進出地としたのが、新興国アメリカである。アメリカ合衆国は、植民地時代、イギリスのジョージ3世から、植民地独自の通貨の発行を禁止され、代わりにイングランド銀行の通貨を利子つきで購入し、それを使うように命令された。これに植民地の人民は反発した。本国イギリスからの独立は、ポンド・スターリングに代わる独自の通貨を発行する権利を獲得することをも意味していた。1792年、アメリカは、ドルを公式に採用した。
 合衆国憲法は、通貨の発行権は連邦議会にあることを定めた。第1条立法府の第8節(5)に「貨幣を鋳造し、その価値および外国貨幣の価値を定め、また度量衝の標準を定めること」とした。
 建国の功労者で第3代大統領となったトーマス・ジェファーソンは、「もしアメリカ国民が通貨発行を私立銀行にゆだねてしまったら、最初にインフレが起き、次にデフレが来る」と警告した。
 ロスチャイルド家を中心とするヨーロッパの金融資本は、自分たちの資金力でアメリカを金融的に支配しようと試みた。20世紀の初頭までに、彼らによる中央銀行の設立が8回計画されたが、設立の危険性を理解するアメリカの政治家は、これに対抗し、その都度廃案にした。

●他の財閥とともに連邦準備制度を設立

 20世紀初頭、アメリカの金融界は、ロスチャイルド、ウォーバーグ、モルガン、ロックフェラーの4大財閥によって支配されていた。彼らは協同で中央銀行の設立を目指した。そして、ついに1913年に連邦準備法が制定され、連邦準備制度(FRS)が創設された。米連邦準備銀行は、1694年にイングランド銀行・ドイツ銀行をもとに構想された。原案は、ロスチャイルド家と深い結びつきを持つポール・ウォーバーグが中心となって作成したといわれる。法案にはウィルソン大統領が署名した。ウィルソンには、エドワード・マンデル・ハウス大佐という側近がおり、ハウスは欧米の財閥の意思を実現するため活動した。
 先に書いたように、連邦準備制度とは、アメリカ独特の中央銀行制度にほかならない。ヨーロッパの中央銀行制度が、アメリカでも作られたわけである。
 アメリカの場合、全国12箇所に存在する連邦準備銀行を統括する組織として、連邦準備制度理事会が置かれている。理事会の議長の任命権は、大統領が持つ。

 連邦準備制度は、設立当初から、その危険性を多くの政治家が何度も指摘した。1922年、セオドア・ルーズベルト元大統領は、ロックフェラーのスタンダード石油と国際的銀行家を「陰の政府」と呼んだ。ニューヨーク市長ジョン・ハイランは、元大統領の発言を受け、彼らが合衆国政府を事実上運営していると公言した。
 1936年、連邦議会の銀行通貨委員会議長を務めたルイス・マクファッデン共和党議員は、下院での議会演説にて、連邦準備銀行は「政府機関ではない。自らの利益と外国の顧客の利益のために、合衆国の国民を食い物にする私的信用独占企業体だ。連邦準備銀行は外国の中央銀行の代理人である」「連邦準備制度理事会が合衆国政府を強奪してしまった」と述べた。

●アメリカ連邦準備銀行の株主

 ピーター・カーショウは、アメリカ連邦準備銀行の設立当時の10大株主を挙げている。すなわち、ロンドンのロスチャイルド家、ベルリンのロスチャイルド家、パリのラザール・フレール、イタリアのイスラエル・セイフ、ドイツのクーン・ローブ商会、アムステルダムのウォーバーク家、ハンブルクのウォーバーク家、ニューヨークのリーマン・ブラザーズ、同じくゴールドマン・サックス、ロックフェラー家だという。
 10のうち7つまでが西欧の財閥や会社である。アメリカの連邦準備制度は、単にアメリカの金融的中心というだけでなく、国際的な金融の中心となっていることが窺われる。と同時に連邦準備制度が創設された1913年当時の米欧の資本の力関係を反映しているのだろう。またロックフェラー家を除くと、みなユダヤ系である。なお、10大株主とされるうち、クーン・ローブ商会はリーマン・ブラザーズに吸収されている。そのリーマン・ブラザーズは、最近、2008年(平成20年)9月に経営破たんした。

 連邦準備制度は、全米を12に分け、それぞれ一個の連邦準備銀行を置く。そのうち中心的役割を担うのが、ニューヨーク連邦準備銀行である。ジム・マーズによると、ニューヨーク連銀は、チェイス・マンハッタン銀行とシティ・バンクの二つの銀行によって支配されている。この二行でニューヨーク連銀の株の53%近くを保有しているという。チェイス・マンハッタンは、現在のJPモルガン・チェイスである。
 私は、カーショウの10大株主という説と、マーズの二大銀行という説の整合性はまだよくわからないが、重要な点は、債権の所有者が誰であれ、制度の構造は変わらないということにある。

●連邦準備制度の問題点

 アメリカの連邦準備銀行は、民間団体でありながら通貨発行権を持っている。連銀は、その特権によって、連邦政府が印刷した紙幣を原価並みの値段で買い取る。それを政府は連銀から額面どおりの値段で借りる。その結果、利子の支払いが生じる。政府からほぼ原価で引き取った紙幣を、政府に額面どおりに売り、そのうえ利子を取るのだから、利益は莫大となる。この仕組みは、「紙幣の錬金術」と呼ぶに値する。
 連邦準備銀行は、民間企業でありながら、税金申告は免除され、会計報告も免除されている。連邦準備制度理事会の会計は、監査を受けたことがない。連邦議会の管理が効かない存在となっている。巨大国際金融資本による経済的な政府が、大統領を中心とする連邦政府を、背後から操作しているようなものである。
 アメリカの連邦政府はどのようにして、連銀から借りる紙幣の利子を支払うのか。1913年、連邦準備制度が創設された際、巨額の利子の支払いが予想された。巨大国際金融資本は、政治家に働きかけ、国民の税金を支払いに当てることを制度化しようとした。その目的で導入されたのが、個人の連邦所得税である。当時、連邦所得税は合衆国憲法に違反するという判決を最高裁が出していた。しかし、それにもかかわらず連邦所得税が導入された。その徴税を担う役所が国税庁(IRS)であり、連銀と同じく1913年に設立されている。

 連邦所得税は、連銀への利子の支払いに当てられる。国民のために使われるべき税金が、FRBへの支払いに費やされている。そんな馬鹿な、と誰もが思うだろうが、FRBと連邦所得税の創始後、レーガン大統領時代に初めてこの実態が明らかになった。
 レーガンはピーター・グレイスを委員長とする特別委員会を作り、税金の使途を調査した。その結果、個人の連邦所得税は全額、連銀への利子の支払いに当てられていることがわかった。1セントも国民のためには使われていないのである。特別委員会によって調査結果が発表されると、連銀は毎年印刷する紙幣の量、つまり国に貸し出す金額の公表を取りやめた。そのため、どれだけの金額を国が連銀から借り、それにどれだけの利子がつくのか、依然としてわかっていない。
 ちなみに、2006年度(平成18年度)のアメリカ連邦政府の年度会計では、個人の所得税が税収の半分近くを占めている。ところが、その個人所得税の総額、9696億ドル(116兆28億円)もの大金が、国民のためには使われていないという。

●巨大国際金融資本による世界中央銀行的存在

 アメリカの連邦準備制度は、アメリカ独自の中央銀行制度である。しかし、第2次世界大戦後、ドルが基軸通貨となったことにより、アメリカ連邦準備銀行は、先進国諸国の中央銀行の中で中心的な存在となった。すなわち基軸通貨ドルを発行し、金利を決定する世界の金融の要となったのである。

 世銀やIMFは、巨額の資金を対象国に融資し、戦後の復興の事業で利益を出した。また、その国が経済発展の段階に入ると、中央銀行を設立したり、または傘下にしたりして、その国の経済を管理下に置く。そして金融を通じて国家を支配する活動をしているものと思われる。

 その世銀にしてもIMFにしても、アメリカからドルの供給を受けるわけである。世銀やIMFは、アメリカの連邦準備銀行がその国際業務を、国際社会の経済機構に担わせたものとも考えられる。そして、連銀は、純粋にアメリカの銀行ではなく、ユダヤ系を中心とする米欧の巨大国際金融資本が共同出資した世界中央銀行的存在と考えられる。

 大戦後、基軸通貨として長く君臨してきたドルの力は、2000年代の今日、徐々に衰えつつある。地域統合が進むヨーロッパでは、統一通貨ユーロが創設され、中東やロシアとの間で石油・天然ガス等の決済に一部使われている。欧州連合(EU)では、欧州中央銀行制度が確立し、ドイツのフランクフルトに本部を置く欧州中央銀行(ECB)がユーロを印刷している。それを加盟各国の中央銀行に分配するという通貨システムが駆動している。その背後には西欧諸国の中央銀行を連結するロスチャイルド家等の巨大国際金融資本の意思が働いているのではないか。


●現代国際秩序の社会的諸関係


 近代世界システムは、世界帝国ではなく世界経済として形成された。覇権国家は、オランダ、イギリス、アメリカと移行した。冷戦終焉後は、アメリカが初めて世界帝国となった。この間、その時期ごとに、覇権国家には有力な対抗国家があった。オランダにはフランス、イギリスにはドイツ、アメリカにはソ連である。

 近代世界システムにおける国家の政策は、重商主義、自由主義、帝国主義と変化し、第2次大戦後は、新たな自由主義と共産主義が対立した。新たな自由主義とは、これまで書いてきたブレトン・ウッズ体制の基本政策である。このように政策は変化しても、資本主義の経済システムは一貫して拡大を続けてきた。

 近代世界システムにおいては、国家よりも資本が優位に立っている。文明間・国家間の相互作用の場所として、資本主義経済システムが全体を基礎付けている。

 近代資本主義は、最初から、一国内で発生・発達したものではない。資本主義世界システムは、15世紀後半、文明間・国家間の相互関係の中で発生した。その後も国際的分業体制の拡大とともに、中核部で産業資本が発達した。
 マルクスは、経済活動を、生産関係を中心に考えた。しかし、経済活動には生産・消費・流通・金融の四つの側面がある。経済活動は、生産・消費・流通・金融を含む経済的社会関係の全体で考えねばならない。第2次大戦後の世界では、ブレトン・ウッズ体制がこの関係に骨組みを与えた。

 こうした経済的社会関係を基盤として、文明間・国家間・都市間・地域間等の社会的諸関係が張り巡らされている。そのネットワークの中で、近代の独立主権国家が成長し、国内の法・制度を整備し、また思想・文化も発達した。第2次世界大戦後の世界では、国際機構としての国際連合、地域安全保障のためのNATO、ワルシャワ条約機構等が創設された。これらも、経済的社会関係の上に成立したネットワークの要素となっている。ページの頭へ

 

第3章 現代の資本主義

 

●資本主義とは何か

 ここで、改めて資本主義とは何かということについて述べたい。
 資本主義は、マルクスの用語ではなく、彼の後に幅広く使用されるようになった言葉である。まず資本とは、事業の元手である。一般には資金や生産設備と考えられている。資本制生産様式とは、生産手段を私有する資本家が、生産手段を持たない労働者の労働力を商品として買い取って商品生産を行う生産様式をいう。資本主義とは、資本制的生産様式が主たる生産様式になった社会経済体制をいう。近代市民社会は資本制的生産様式が支配的になった社会である。
 マルクスは、『資本論』で資本制的生産様式が支配的となった社会の原理を究明し、またこの社会が形成された歴史を描こうと試みた。彼のとらえた資本とは、資金とか生産設備とかいった物象ではなく、生産関係にほかならない。「資本とは、物象ではなく、物象を介した人と人との間の社会的関係である」(『資本論』)、「資本は一つの社会的生産関係である」(『賃労働と資本』)とマルクスは明言する。
 マルクスによれば、資本は貨幣や商品や生産手段ではなく、一方に生産手段を私有する少数の資本家、他方に生産手段を奪われ自分の労働力を商品として売るしかない多数の労働者がいるという生産関係が、貨幣や生産手段等を資本たらしめるのである。
 賃金労働者は、労働力商品を資本家に売り、資本家は、労働力という他人の所持する商品を買うという関係にある。マルクスは、この資本家と労働者の関係を、階級という概念でとらえ、階級関係は、政治的な支配関係を伴うが、本質的・基本的には生産の場における経済的関係であることを洞察した。

 資本制的生産様式においては、商品の生産過程で剰余価値が生み出され、資本家はこれを利潤として獲得する。資本は、賃労働者を搾取して得た剰余価値を領有する。従って、資本とは剰余価値を生む価値であるとマルクスは主張した。
 この理論の基礎にあるのは、労働価値説である。マルクスは、イギリス古典派経済学による、商品の価値はその生産に投じられた労働量によって決まるという労働価値説を継承した。彼は、労働と労働力を区別し、労働力商品が生産過程で余分の新価値である剰余価値を無償で産むという剰余価値説を唱えた。
 マルクスは、労働力商品が市場で売買される際、外形的には等価交換がされていることを認めている。その上で資本家が正当な手続きで商品経済の論理、等価交換の原理に則りながら、どうやって剰余価値を搾取しているか、その仕組みを解明しようとマルクスは試みた。
 マルクスによれば、資本家は労働力の価値の回収に要する必要労働時間以上に労働時間を延長することにより、その超過分である剰余労働を剰余価値として取得する。剰余価値は、利潤、地代、利子等の不労所得として現れるとした。
 私は、こうしたマルクスの資本主義に関する理論には、欠陥があると思う。

●マルクスの理論ではとらえ切れない

 資本主義に関するマルクスの理論的欠陥の一つは、商品について市場における価値の決定という要素を軽視していることにある。
 同じ量の労働時間を投じて生産した商品でも、他社の商品より品質が悪かったら売れない。また、消費者の求める新しい商品を開発しなければ、いつまでも同じ商品を作っているのでは、売れない。売れない商品を山ほど作っても、価値を産出したことにはならない。投下された労働時間が同じでも、売れない商品の価値はゼロである。商品が売れなければ、賃金は払えない。資本家自身も倒産する。
 また、マルクスは、労働力を量的にのみとらえ、労働者の能力の質的な違いを捨象した。しかし、労働力商品の価値もまた他の商品と同様、需要と供給によって決まる。また、単純作業の機械的肉体労働と、知性・感性を発揮する創造的精神労働では、市場における価値が大きく異なる。労働力の質が商品の価値を高める。発明や工夫、デザイン等、生産に知識・技術・美意識を要するものは、市場における価値が高くなる傾向がある。特に消費者の欲求に応え、また消費者の欲求を引き出す商品は、高い価値を獲得し、また多くの需要を創出できる。このように商品の価値を高めるものは労働力の量ではなく質であり、質の高い労働を行う労働者は、それだけ多くの賃金を得る。
 それゆえ、市場における交換原理を中心にすえない限り、価値の本質と、その創造、決定、増殖のメカニズムは、解明し得ないと思う。

 マルクスの理論的欠陥の別の点は、階級闘争や政治的支配を説きながら、権力に関する分析が不足していることである。
 資本主義における経済的社会関係は、権力関係を抜きに考えられない。権力関係が基礎にあって、資本制的生産様式の生産関係が構成されている。権力関係とは、支配―服従または保護―受援の関係である。資本主義社会で広く見られる支配―服従の関係は、一方が自分の意思に他方を従わせ、他方がこれに従うという双方の意思の働きである。意思の働きは、権威という心理的な作用のみで機能する場合と、実力ないし武力という物理的な作用を伴う場合がある。

 資本家と労働者の間における賃金の決定には、双方の意思が関わっている。これは支配―服従の権力関係によるものであって、商品経済の論理とは異なる社会的要素である。資本家の力が圧倒的に強い場合は、労働者は15〜16世紀のラテン・アメリカやアフリカの奴隷のように、まったく無力な存在となる。賃金すら得られない。逆に労働者の力が相対的に強くなると、資本家は賃金を上げざるを得ず、労働者は豊かになり、社会保障も充実していく。19世紀後半以降の西欧先進国では、こうした変化が起こった。この変化は、権力関係の変化によるものであって、経済法則からは出てこない。マルクスの理論モデルは、19世紀半ばのイギリス社会には、ある程度近似しているとしても、それ以前の非西欧文明やそれ以後の西欧社会には、よく当てはまらないのである。
 資本主義社会を把握するには、資本主義以前の経済社会、及び変貌する資本主義社会との比較の中で理解せねばならないが、そのためには権力関係に関する分析を重視しなければならないと思う。

 マルクスの理論的欠陥として、市場の交換原理の軽視と権力の分析不足の二点を挙げた。市場における商品交換と支配服従または保護―受援の権力関係は、ともに人間の意思の形成と交通に関する事象である。意思の形成と交通には、理性だけではなく情念つまり感情、感覚や信条が深く関わっている。数理的合理性では割り切れない人間の心の領域がそこにはある。そして、資本主義以前の社会における道徳・宗教・伝統文化等は、この情念を含む心理作用の表われであり、資本主義社会においても、人間の行動の基礎となっている。近代化とは「生活全般の合理化」(マックス・ウェーバー)の進展であるが、その一方で、市場における商品交換と支配服従または保護―受援の権力関係においては、目的合理的に合理化しえない心理作用が働いているのである。

 なお、ウェーバーは合理性を価値合理性と目的合理性に分けているが、価値合理的行為は単に理性的ではなく情念的な行為であって、倫理・芸術・宗教等における行為には、意識的な感情・感覚・信条だけでなく、個人的無意識、集合的無意識が働いている場合がある。これを、近代西欧的なデカルト的自我をモデルにした合理性という概念で覆い尽くすことは出来ないと私は考える。

 マルクス主義的共産主義は極度の合理主義である。それゆえ非合理性の領域を軽視し、そのために限界と矛盾を示した。20世紀の共産主義は旧ソ連の崩壊、東欧の自由化等に結果したが、その原因はもともとマルクスの理論的欠陥にあったのである。

関連掲示・
・拙稿「心の近代化と新しい精神文化の興隆
・項目「共産主義」の拙稿「所有と支配の矛盾〜求められる精神的向上」及び「極度の合理主義としての共産主義の崩壊」
 目次から05と06へ

 

●権力関係を加えないと価値の移転は説明できない

 イマヌエル・ウォーラーステインは、近代世界システムの分析において、中核部と周辺部の間で商品交換が行われる際、周辺部において競争的に生産される産品は弱い立場に置かれ、中核部において独占に準ずる状況で生産される産品は強い立場を占めるとし、「結果として、周辺的な産品の生産者から中核的な産品の生産者への絶え間ない剰余価値の移動が起こる」と説く。しかし、ウォーラーステインは、剰余価値という用語を使っていながら、この用語は「生産者によって獲得される実質利潤の総額という意味でしか用いていない」と断っている。
 アルギリ・エマニュエルは、周辺的産品が中核的産品と交換されるときに、剰余価値の移転を伴うとし、これを「不等価交換」と呼んだ。これについて、ウォーラーステインは、「不等価交換は、政治的に弱い地域から政治的に強い地域への資本蓄積の移転の唯一の形態ではない。たとえば収奪というかたちもあり、近代世界システムの初期の世界=経済に新しい地域が包摂される際には、広い範囲でしばしば行われた」と述べている。すなわち、「政治的に弱い地域から政治的に強い地域への資本蓄積の移転」には、収奪、不等価交換等の形態があるとしている。
 私見を述べると、不等価交換は、市場での交換における価値の移動の非対称性をいう。形式的には等価交換に見えるが、実質的には不等価交換になっているために、一方的に価値が移動していくわけである。これに比べ、収奪は、強制的に奪い取ることである。売買という経済的な行為ではなく、権力による政治的な行為である。多少の対価が支払われても、極度に非対称的な場合は、収奪という。
 ウォーラーステインは「政治的に弱い地域から政治的に強い地域へ資本蓄積の移転」と書いているが、私は、価値の移転は、経済原理論的なものだけではなく、政治学的な権力関係によると考える。そして権力関係という社会的要素を重視しなければ、資本主義の経済活動の根本構造は理解できないと私は思う。


●資本主義と社会主義の類似性

 次に、資本主義と社会主義の比較を述べたい。社会主義は、社会的不平等の根源を私有財産制に求め、それを廃止ないし制限し、生産手段の社会的所有に立脚する社会を作ろうとする思想・運動である。西欧の社会主義には様々な思潮があるが、1864年の第1インターナショナルの結成以後、社会主義は、主として議会を通じて平和的に目標を実現しようとする社会民主主義と、暴力革命によって社会改革を行おうとする共産主義の二つに大きく分かれた。
 共産主義は思想・運動であって、社会体制としての共産主義は、いまだかつて地上に実現したことがない。ここでは経済社会の体制をついて述べるので、混乱を避けるため、旧ソ連とその系列国の共産主義を、社会主義という上位の概念で記述する。

 私は、戦後世界を長く二分した旧ソ連の社会主義体制は、資本主義とまったく異なるものだったとは考えない。旧ソ連は、政策としては、思想的には共産主義、特にその中のマルクス=レーニン主義だが、経済体制としては社会主義である。
 旧ソ連の社会主義体制は、資本主義を脱却し、原理的に別のものになったわけではなかった。所有の形態は、一部私的所有から社会的所有に変わった。しかし、所有は支配という行為と関連付けて考えなければいけない。所有者が資本家から国家に変わったといっても、その国家を支配しているのが、権力を握る特定の集団であれば、その集団は、多くの富を領有することができる。旧ソ連では、共産党の官僚が新たな特権階級となり、新しい貴族となった。
 私は、先に資本家と労働者の間における賃金の決定は、権力関係によると書いたが、社会主義を標榜する国家において、貴族的な共産党官僚と貧しい労働者・農民という分化が起こったのは、支配集団と労働者・農民との権力関係による。共産党が権力を独占し、国民大衆には政治的自由がない。こうした社会では、自由主義的資本主義の社会よりも、労働者・農民は弱い立場となる。所有の形態より、支配の実態が重要なのである。

 それゆえ、旧ソ連の社会主義は資本主義を変形したものであって、資本主義とまったく別のものではなかったことがわかる。所有の形態が変わったとしても、資本主義の本質は維持されている。マルクスは、資本とは、貨幣や商品や生産手段ではなく、一方に生産手段を私有する少数の資本家、他方に生産手段を奪われ自分の労働力を商品として売るしかない多数の労働者がいるという生産関係が、貨幣や生産手段等を資本たらしめるとした。ここにおける資本家が共産党官僚に置き換えられた社会が、旧ソ連の社会主義体制であり、そこにおける生産関係は、本質的には変わっていない。
 社会主義は、資本主義が市場原理によるのに対し、計画経済を試みた。しかし、膨大な種類と量の商品を生み出す国民経済を、政府が完全に管理することはできない。工業製品の一部は計画的に生産できたとしても、農産物の収量は天候など自然条件に左右される。また、国民の生活資材は、国家が配給するものだけでは、欲求が満たされない。そのため、商品の価格を完全に統制することはできない。
 それとともに、旧ソ連時代の社会主義体制は、資本主義世界とまったく隔絶していたわけではない。資本主義諸国や外国資本から商品を購入し、またそれらに商品を販売していた。資本主義圏との間で、外貨を用いて貿易をし、通貨の交換を行っていたから、資本主義の経済システムに組み込まれ、その一部となっていた。

 次に、上記のような社会主義経済体制を取る共産主義とファシズムの違いは何か。共産主義的社会主義とファシズムは、経済的な側面に関する限り、私的所有と社会的所有の度合いの違い、及び政府による経済統制の度合いという相対的な違いに過ぎない。私は、ともに統制主義的資本主義と見ることができると思う。旧ソ連は、それをマルクス、レーニンの用語で粉飾し、ナチス・ドイツはマルクス、レーニンの用語を排除しただけで、政府による統制主義的資本主義という点では、本質的な違いはない。
 この点をより明確に理解できるのは、共産中国における社会主義市場経済の導入である。社会主義市場経済とは一見珍妙な概念だが、もともと社会主義は資本主義とまったく異なったものではなく、資本主義の変形である。政府の統制のもとで市場経済を拡大する政策が、原理的に可能なのである。
 共産主義とファシズムは、マルクス=レーニン主義的共産主義の思想で主導するか、ナショナリズムの思想で主導するかによって、表面は大きく違うが、その相違は本質的な相違ではない。特に共産主義を標榜しながら、ナショナリズムを強調する国家の外交的・軍事的行動は、ファシズムのそれと同様となる。その例が、スターリン時代の旧ソ連であり、江沢民以降の共産中国である。

●資本主義は変貌しつつ発達を続けている

 資本主義は、19世紀の後半から様々な点で変貌しながら生き延び、またますます発達を続けている。マルクスの理論によれば、恐慌によってとうに革命が起こり、社会主義に移行しているはずである。ところがそうはなっていない。
 資本主義の変貌の一つは、株式会社の普及である。株式会社は資本の一つの形態である。株式という金融商品の大衆化は、資本家と労働者を単純に有産者・無産者と分けることをできなくしている。ほとんどの企業は株式会社となり、労働者も株式を購入することで、小規模ながら資本の所有者となりうる。年金も、個々の労働者に支払われるのは小額だが、国民全体ないし企業組合が持つ原資は巨額となる。巨額の資金が機関投資家に委託され、銀行や証券会社はそれを株式・社債等で運用し、利益を上げる。その利益が、年金受給者に分配される。生命保険も同様で、加入者となった労働者は共同出資者となり、利益の配分を受けるから、小資本家でもある。
 かつてマルクス及びマルクス主義者によって、資本主義は、私有財産制と契約自由の原則に基づいて、資本家の私的利潤獲得のために生産が行われるから、社会全体の生産は無政府的性格を持つとされた。これは、19世紀から1920年代までの自由主義的資本主義には、当てはまる。しかし、アメリカにおけるニューディール政策やケインズの理論によって、資本主義は政府の介入を受け、一定の管理のもとで経済活動が行われるようになった。現代の資本主義は、管理された資本主義であり、修正資本主義といわれる。

 レーニンの理論によれば、20世紀初頭の帝国主義は資本主義の最高にして最後の発展段階であり、社会主義革命への準備段階だった。しかしその予想とは異なり、帝国主義は資本主義の最高の段階でも最後の段階でもないことが、歴史によって示された。むしろ社会主義は矛盾を示してソ連では崩壊し、中国では市場経済を取り入れている。
 レーニンが挙げた帝国主義の特徴の多くは、独占資本主義の特徴であり、経済学的な分析によるものである。しかし、帝国主義は、基本的には対外政策であり、もともと経済外的な動機による。経済外的な政策によって、資本主義経済が国際的に管理・統制されれば、各国の対外政策は変わりうる。
 事実、資本主義は、20世紀半ばから21世紀にかけて、大きく変貌した。19世紀的な軍事偏重の帝国主義政策は、維持されなくなった。国際連合の設立、ブレトン・ウッズ体制、植民地の独立等は、資本主義世界経済に新たな可能性を与えることになった。近代西洋文明が生み出した資本主義世界経済というシステムは、柔軟な可塑性と堅固な持続性を持っているのである。そして、1990年代以降、情報科学と金融技術が結びついたグローバル資本主義が、アメリカの主導により世界的に推進され、資本主義は新たな活力を発揮して、地球の隅々を覆いつつある。

 資本主義を根本から別のものに変える原理は、まだ見出されていない。現在の世界で可能なことは、国際的また各国的に資本主義を管理し、一定の制御の中で経済活動を行うことである。その制御は、欲望を縮小し、私益より公益の実現を喜びとし、自然との調和を重んじるという人々の精神的な向上なしには成し得ない。新しい精神文化の興隆が求められる所以である。

●ユダヤ人は古代中東の諸文明の伝統を継承

 現代世界に支配的な影響を与えているユダヤ的価値観を把握するには、文明史を振り返る必要がある。古代メソポタミア文明における古代バビロニア王国では、ハンムラビ王が、紀元前18〜17世紀に「ハンムラビ法典」を制定した。法典は、大商人から元手を借りて商業を行なう代理人が利益をあげなかった時は、借りた銀の2倍返すと定めていた。貧民は神殿で食料、種などを借りられ、貸付利子は大麦が33%、銀が20%だった。また為替で特定額の貸付を行うことが、ハンムラビ王の時代には知られていた。ヒッタイト人、フェニキア人、エジプト人の間でも、利子は合法的であり、しばしば国家によって利子率が決定された。
 イスラム文明で8世紀後半に樹立されたアッバース朝では、経済規模の拡大に通貨の供給が追いつかなかった。金銀貨の両替に当たる銀行が一種の小切手を振り出し、その使用が一般化した。バグダットには多くの銀行が設立され、そこで振り出された小切手は、アフリカ北西端のモロッコでも現金化できたという。

 こうした古代バビロニア王国からアッバース朝にいたる2千年以上の経済的伝統をよく体得したのが、ユダヤ人だった。ユダヤ人は、西アジアの諸文明の経済文化の影響を受けた。いわゆる旧約聖書にあたるタルムードは、「外国人には利子を付けて貸してもよいが、同胞には利子を付けて貸してはならない」(「申命記」)と定めている。同胞ではなく外国人からは利子を取っても、取り立てをしてもよいという教えである。
 故国を失って離散したユダヤ人は、移住した地でも生活できる職能を身につけた。その職能のひとつが商業だった。外国語を習得し、異文明間の交流において通訳と交易を行うことができるユダヤ人は、各地の為政者に重用された。西欧のキリスト教社会では、金銭を扱うことは汚い職業とされていた。そのため、ユダヤ人が金融業を担当していた。ユダヤ人は、ユダヤ教の教えに従って、キリスト教徒に、利子をつけて貨幣を貸し、利子の支払いを受けた。その商慣習がキリスト教徒の間に普及したとき、西欧に資本主義が胚胎したと私は思う。
 すべての価値は、市場において、貨幣をもって数理的に表現される。その貨幣は、賃借によって増殖する。それゆえ、貨幣を持つ者は、一層の富を集める。貨幣による富を追い求める者は、拝金主義者となる。拝金主義者は、いつの時代、どこの社会にもいた。重要なのは、西欧の社会におけるユダヤ人が、西欧社会にユダヤ的価値観を広げたところに、有色人種の植民地から西欧に富が収奪され、さらに産業資本が発生して生産力が飛躍的に向上したことである。生産を担う産業資本は資金が要る。また商品の流通には、信用制度が便利である。そこにおいて貨幣の所有者は、限りない価値増殖の場所を見出した。
 西欧における貨幣の所有者は、貨幣を産業資本家よりも、政府に貸し付けるほうが、巨大な利益を生むことを認識した。その最大の機会が、戦争である。戦費を調達し、政府に貸し出す。戦後は、その債権によって、貨幣は増殖する。平時においても、国債を購入することで、債権を得て、貨幣は増殖する。
 さて、このように述べてきたところで、再度アメリカの連邦準備制度について語っておきたい。貨幣所有者としての資本家が、政府に貨幣を貸し付けるその究極の形態こそ、通貨の発行である。政府が印刷した紙幣を原価で買い取り、それを額面で政府に貸し付ける。しかも利子を取る。こういう仕組みを作れば、恒常的に貨幣は利子を生み続け、資本は自己増殖を続ける。
 ここで重要なのが利子の支払いである。アメリカの連邦政府は、その利子の支払いのために、国民から個人所得税を徴収する制度を作った。銀行が政府に貨幣を貸し付ける。その利子を国民が税金で払う。これは、銀行が直接国民に貨幣を貸し付けているのと同じことである。銀行(資本家)が国民(労働者)にお金を貸し付けて利子を取る。ただし、国民は政府に納める所得税が、自分が知らぬ間に借りた借金の返済のために、徴収されているとは、わからない。こういう仕組みが、連邦準備制度=連邦所得税制度ではないかと私は考える。


●暴走する資本、欲望を制御できない人類への警告

 金融による世界支配とは、貨幣を持っているものが金の力で世界を主導・管理することである。これは、19世紀のヨーロッパでロスチャイルド家が実現したことである。ロスチャイルド家は、金融によるヨーロッパ支配を実現した。ナポレオンが武力で出来なかったことを、ロスチャイルド家は金力で成し遂げたのである。
 アメリカの連邦準備制度とは、このヨーロッパにおける金融による支配をアメリカにも拡大するものである。さらに、その制度を基礎とするIBRD・IMFは、それを世界に拡大するものだろう。こうした金融による世界支配は、ユダヤ的な価値観によるものだと私は思う。推進主体は、ユダヤ人に限らない。ユダヤ的価値観を体得した非ユダヤ人が、多数いる。ユダヤ系かどうか、ユダヤ教徒どうかは、本質的ではない。ユダヤ的な価値観を体現しているかどうかがポイントである。言い換えれば、巨大国際金融資本が、金融による世界支配を進めているのであり、その所有者や経営者の中には、ユダヤ人もいれば非ユダヤ人もいるということである。

 

結びに〜ユダヤ的価値観の超克を


 資本は欲望の権化であり、欲望の物質化・機構化にほかならない。欲望を解放し、欲望が欲望を刺激して、自己増殖するシステムが資本主義である。その欲望の解放・増大を肯定し、促進するのが、ユダヤ的価値観である。

 国家間の対立、イデオロギーや体制の違いに関りなく、資本は双方に投資し、国家間の競争を利用して価値増殖運動を続ける。戦争も平和も、好景気も不景気も、すべてビジネスチャンスであり、諸国家の興亡も、諸文明の隆衰も、資本の成長にとってはすべてが栄養となる。この資本と決定的に対立するもの。それは、自然である。地球の自然こそ、資本の暴走の前に立ちはだかる、もの言わぬ警告者である。自らの欲望を制御できずに突き進む人類に対し、地球の自然は、自滅の危機を黙示している。中でも重大な警告が、地球の温暖化であり、それに伴う気象の異変や生態系の崩壊である。
 人類社会を大きく変貌させてきた近代西洋文明の重要要素に、ユダヤ的な価値観がある。その価値観を超克し、人と人、人と自然が調和して生きる価値観を確立し、世界に普及すること。それが、現代人類の重要課題である。

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